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interview with Mars89

interview with Mars89

未来のための音楽

——Mars89、インタヴュー

取材・文:野田努    写真:小原泰広   Jul 07,2022 UP

肉体的にも精神的にも解放されること、都市生活のプレッシャーからの解放というか、そういう効果がいちばん魅力な気がしてます。

去年の年末号(『ele-king vol.28』)で、年間で一番良かった作品としてThe Bugの『Fire』を挙げてたと思うけど、『Visions』を作ってるときに影響を受けた音楽ってあります?

Mars89:もう、あらゆる音楽から影響を受けているんですけど、でも世代的には90s前半のドラムンベース、初期のメタルヘッズとか、あの辺ですね。『レイヴ・カルチャー』にも書いてありましたけど、郊外でのレイヴ・パーティーというユートピア的なものから、都市生活者の憂鬱に対する表現へと変わっていった時期の音楽にはすごく影響を受けました。あとは、オウテカが「反レイヴ法」(クリミナル・ジャスティス・ビル)を受けて出した曲(「Anti EP」)とか。

アルバム・タイトルを『Visions』にしたのはなんでなんですか?

Mars89:『Visions』ってそのまま視界という意味と、未来像や幻視といった意味があるんですけど、その自分の現実の視界と未来の幻視が重なった状態というか、(ウィリアム・)ギブスンの『ガーンズバック連続体』に近い感覚というか、その差異や、そこからくる渇望みたいなイメージですね。

曲名にはどんな意味があるんですか? 最後の "LA1937" とか、1937年のロスに何かあったんだろう?って。

Mars89:ある男が自分の想像する黄金時代として1937年のLAをヴァーチャルで作って、そのなかに住もうとする、という映画があって。そういうネガティヴなノスタルジーみたいなものをイメージしました。手に入らないものに対する渇望ですね。それは『13F』というB級っぽい映画ですが、ほかのどの曲名も、そういう好きな映画からのリファレンスがあります。

"Goliath"は?

Mars89:"Goliath"と"Auriga" と"Nebuchadnezzar"は、全部船の名前。"Auriga" は『エイリアン』シリーズで、"Nebuchadnezzar"は『マトリックス』、 "Goliath" は80年代にやってたUKの同名映画に出てくる海に沈んだ豪華客船の名前です。あと『天空の城ラピュタ』に出てくる空飛ぶ戦艦の名前もGoliathでしたね。

「Lucid Dream」を飯島(直樹)さんのところで買ってから5年も経つわけだけど、Mars89の音楽が日本でも理解されてきているという手応えはありますか?

Mars89:あんまり考えたことはないかな。でも、出演する場所は増えているし、見てくれる人も増えているし、ちょっとずつ認知が広がっているのかな、ということは感じています。

パンデミック以前には、シーンができつつあったのかな?

Mars89:どうなんだろう……。東京でのシーンというものがよくわかってないかも。内側にいるから、わからないんだと思うんですけど。ただ、ぼくらから下の世代はジャンルとしてのシーンはないような気がするし、すごく細分化されているけど、とくに孤立しているイメージはない、という感じです。フワッとした「東京のクラブ」みたいなものはありますが、それがシーンと呼べるものなのかはわからないですし、それはいまも同じかな。

パンデミックがあって、クラブ・カルチャーにとっては大きなダメージがあって、でもいま再開しつつあるじゃない。(DJなどを)やっていて(パンデミック以前に)戻りつつあると思う?

Mars89:そうですね。徐々に戻りつつあるんだろうな、という手応えはあります。パンデミック以降、クラブで遊ぶ子は若い子しかいなくなって、若い子は若い子だけでイベントやっていて。そうすると変なクラブのルールとかに接さずに、20歳になったからクラブに来て自分たちの独自の審美眼でパーティをやってて。それとコロナ以前に連綿と続いてきたものがいま繋がろうとしてる感じがありますね。

それは良い兆しだね。しかし、Mars89君のDJでみんな踊る? あんまり踊らせるタイプに思えないけど(笑)。

Mars89:踊ってるといいな、という(笑)。

実験的すぎるんじゃない(笑)?

Mars89:でもコロナ禍を経て、四つ打ちというものへの考え方が改まった部分もあって、前に比べると4×4のリズムを使う比率は少し増えました。

好きなDJとかいます?

Mars89:もちろんいますし、いろいろな人をつまみ食いして聴くんですけど。例えば、オランダのDJ マーセル(DJ Marcelle)とか。P.I.Lかけたり、ジャングルかけたり、いきなりハード・テクノかけたりとか一見めちゃくちゃなんですけど独特のノリがあって、面白いです。

面白い曲をセレクトする人が好きなんだ?

Mars89:そっちも好きですし、身近だとDJ NOBUさんのようにしっかりひとつのスタイルを突き詰めてフロアのためのDJをする人もいいなと思いますし、KODE 9のような新しい世界を見せてくれるような人も好きです。

クラブ・ミュージックとかクラブ・カルチャーは、なぜ良いと思いますか?

Mars89:ひと言で話すのは難しいな(笑)。肉体的にも精神的にも解放されること、都市生活のプレッシャーからの解放というか、そういう効果がいちばん魅力な気がしてます。それと同時に新しい考え方とか、目を開くチャンスに出会える場でもあると思います。

いまの日本の現状では、その可能性がものすごく少ないとはいえ、その可能性が存在することを示すだけで、意味があると思います。それこそマーク・フィッシャーの『資本主義リアリズム』での「他の可能性を考えられない状態」こそが絶望的なものだと思うし、他の可能性があることを示すだけでも未来は違ってくるのかな、と。

『Visions』は、いまの東京や日本を反映している作品でもある。で、ぼくは日本のことを考えると、暗いことしか思い浮かばないんだよ(笑)。Mars89が夢を人に語れるとしたらどんな夢がある?

Mars89:絶望だけ見せつけるのは、なんか無責任な気がしているんですね。いまの現状が絶望的なことはみんなわかりきっていて、じゃあどうするの、という。やっぱり可能性を追い求めたいという気持ちがあって。
 例えば、個人商店がどんどん潰されてショッピング・モール化していくこととか、大麻の使用罪が検討されていたりすること、同性婚も選択的夫婦別姓も認められないとかってことに、全部「仕方ない」で片付けることを良しとするような風潮があるような気がします。でも仕方なくはなくて、小さな個人商店が元気に自分たちのスタイルでやっていける可能性だってあるし、ドラッグが非犯罪化する可能性だってあるし、同性婚なども然り。いまの日本の現状では、その可能性がものすごく少ないとはいえ、その可能性が存在することを示すだけで、意味があると思います。それこそマーク・フィッシャーの『資本主義リアリズム』での「他の可能性を考えられない状態」こそが絶望的なものだと思うし、他の可能性があることを示すだけでも未来は違ってくるのかな、と。

Mars89が自分の作品を作ったりDJをやったりする上で、大切にしていることって何でしょう?

Mars89:DJは、フロアとのコミュニケーションが大事で、自分が持ってるものとフロアが持ってるエネルギーのぶつかり合いを大事にしていて、そのなかで自分が持っているものを出していくというものなんですけど、曲を作る方に関しては、もっとプライヴェートで、ごく個人的なものの延長としてリアルなものを描けたらいいな、と。あまり聴く人のことを考えてなくて、自分はこの社会のなかでこういう生活をしていて、こういうことを考えている、ということを抽象的なものとして伝えてみる、という感じですね。その両方に通じるものとしては、前へ向かうエネルギーがあって欲しいと思っています。

今回のアルバムでも、労働者階級に対する共感みたいなことを書いているけど、日本は階級社会ではないけど、明らかな格差社会で、ということだよね。そのメッセージはどういうところから出てきたの?

Mars89:格差があって、その拡大が進んでいくなかで、いわゆる新自由主義に支配されてしまうと、運が良かった金持ちとか、先祖が金持ちだったり権力を持っている人たちと、そうではない人たちにバツっと別れてしまう。そのときに自分や自分の周りの人って、いわゆる労働者階級で、経済的な勝ち組に入る人ってそうはいないだろうと思って。自分の目線と同じような高さの人に向けて、というのはあります。

日本の音楽で、その経済格差をいう作品って、意外と少ないんだよね。地球温暖化とか環境問題なんかはわりとテーマにする人がいるんだけど。

Mars89:基本的に生存権の問題で、全部繋がっていると思います。マイノリティやマージナライズドされた人たちは、経済的にも不当な扱いを受けやすいので経済格差を考える上でそこは無視できないと思いますし、いまの新自由主義社会をそのままにアイデンティティや環境の問題を考えることが可能とも思えません。例えばいまの社会で、企業に対する性的マイノリティ受容を促進する文脈で、ゲイのカップルは社会のなかで男性として働いている場合、カップルとしての総資産は男女のカップルや女性同士のカップルより多いから、ゲイ・フレンドリーの方が企業として儲かるよ、みたいな言説を目にしたことがあって。でも人権ってそういう経済的な利益の引き換えではないよね、と思うし。自民党の杉田水脈の「生産性」発言だって根は同じ。いまの社会って経済的な成功不成功というものがあらゆる価値観の中心にある感じがしてて。そういうのがあるから、今月プライド月間だったりするんですけど、いわゆるLGBTQフレンドリーというものが企業の広告のツールになったりとか、ピンク・ウォッシングやグリーン・ウォッシングがあったり。まだまだ利益優先というところが強いので、問題にしっかり向き合うためには、そのルールから脱するべきだと思っています。

それこそ黄色いベスト運動なんかは、環境対策によってガソリン税を上げられたことに怒った地方の労働者たちが起こしたデモだったわけで。

Mars89:例えば脱プラスチックしましょう、と言ったときに、レジ袋の1枚数円というのが、総資産が少ない人の方が絶対負担が大きいし、経済格差というものを正すことを前提としないと、良いものを長く使いましょう、という運動を貧困層はそもそもできないし。環境問題への取り組みとしても、格差を正すことを入れないと成功しないと思うので。それこそSDGsとかのなかには格差の解消ということも含まれているけど、そこはあまり省みられていない気がするし。
 ぼくなんかの周りでも、インボイス制度の話だったりとか、消費税が今後増えるかも、とか、消費税はそもそも要らなくない、という話をしたりしています。いまの日本は大企業優遇で、金利下げて円安になって、海外行くにしても高いし。円安が進むと、日本の(食料)自給率が低いから、いろいろなもののコストが上がって、収入増えてないのに、物価が上がって。言うならセルフ経済制裁状態なんじゃないかな、とかそういう話はします。

Mars89の周りでは、そういう社会や政治のことを話題にする人が多いんだね。だとしたら日本の音楽シーンもだいぶ変わったというか。

Mars89:似たような人が集まってくるんで(笑)。でもこの社会の問題に向き合って生きてると、考え方次第ではありますけど、基本的に負け続けてるような気持ちになりがちなわけじゃないですか。で、負けるのに慣れちゃって、負けを受け入れつつ、来たる絶望的な未来に対する贖罪というか、ある種言い訳的に意見表明をしている。というような精神状態に陥ってしまったり、諦めてしまいたくなることも少なくない気がするので、あんまりそうはしたくないし。明るい未来を諦めたくないんですよね。
 だから『Visions』のどの曲も、街に生きている人をイメージして作っているんです。普段クラブで会う人もそうだし、街だからこそ生まれる職業、例えばメッセンジャーとかフード・デリバリーとか、身近にやってる人もいるし、そういう街での生活を描きたかったんですね。
 それと、少し先の未来のサウンドトラックというイメージもありますね。それは、瓦礫だらけの東京と、ショッピング・モールだらけの東京と、両方のパラレル・ワールドを合わせたイメージで、なんとかそこで生き抜こうとしている人たちに向けてと言う感じですね。

小林:パンデミックがあってから、あの激しいThe Bugでさえアンビエント作品をたくさん作ったじゃないですか。そういう方向になりはしなかったんですか? 

Mars89:なぜか全くならなかったです(笑)。

むしろ逆にダブステップを作ったりして(笑)。

Mars89:それこそベリアルの「Antidawn」はすごく好きなんですけど、それに対していまの自分が抱えてるものは全然これじゃなくて、どちらかというとThe Bugの『Fire』のムードなんです。一回全部破壊し尽くす感じというか。だから、アンビエントを聴くという感じではないです。コロナ禍がはじまったときにみんな「ステイ・ホームしよう」と言っていても、「家にいても平気なやつはいいよな」と思ったし(笑)。例えばメンタル・ヘルスケアとかでも、みんなチルを求めるけど、そんな余裕なんかない。仕事のストレスを一時的に忘れて、明日からまた仕事頑張ろうとか、そういう傾向も資本主義のシステムのためのパーツとして人を形成していくための手法のひとつじゃないか、と思ったりしてて。そういう怒りとかもあって、アンビエントにはいかなかったですね。

取材・文:野田努(2022年7月07日)

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