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Home >  Reviews >  Album Reviews > Marcus Schmickler & Julian Rohrhuber- Politiken der Frequenz

Marcus Schmickler & Julian Rohrhuber

ElectronicExperimentalNoise

Marcus Schmickler & Julian Rohrhuber

Politiken der Frequenz

Editions Mego

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デンシノオト   Jun 16,2014 UP

 マーカス・シュミックラーは1980年代後半から活動するドイツの電子音楽家である。彼が2010年に〈エディションズ・メゴ〉からリリースした『パレス・オブ・マーベラス[クイアード・ピッチ]』は、(知られざる)電子音楽の傑作としてマニアの耳を掴んで離さない。この作品は「シェパード・トーン=無限音階を新たに解釈した」という技法で作られたという。いわば初期電子音楽の現在的な解釈のような音なのだが、その剥き出しの電子音のシークエンスが刺激的であり、脳内で拡張ループされていくような感覚を覚えてしまうほどであった(ちなみに2010年の〈エディションズ・メゴ〉は、ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー『リターナル』やエメラルズ『ダズ・イット・ルック・ライク・アイム・ヒア?』、マーク・マグワイアのソロ『リヴィング・ウィズ・ユアセルフ』をリリースするなど、現在のシンセ・ブームの下地作りをしたようなリリースが相次いだ重要な年だ)。
 
 今回、同じく〈エディションズ・メゴ〉からリリースされたマーカス・シュミックラーの新作も、硬質な電子音の快楽に満ちた傑作である。『パレス・オブ・マーベラス[クイアード・ピッチ]』と同様に、70年代的ともいえる硬派な電子音が鳴り響き、しかし2010年代的な高密度ノイズが嵐のように生成していく。楽曲の基本構造は、伸縮自在な電子ノイズに男女がテクストを読み上げるヴォイスがレイヤー・エディットされることで構成されている。声がノイズ生成のトリガーになっているかのようだ。
 コラボレーターはジュリアン・ローヒューバー。彼は音響合成用プログラム・スーパーコライダーの共同開発者・音楽情報システム工学教授/プログラマーであり、本作に工学的なエレメントを注入している重要人物だ。さらにレーベルのアナウンスによると、本作は哲学者アラン・バディウ(ジャン=リュック・ゴダールの『フィルム・ソシアリスム』にも出演した)の著作にも強い影響を受けているともいう。まさに音響・工学・哲学を横断する作品といえよう。
 
 コンセプトは数字と音の近似性。経済やデジタルデータなどの数字に支配される現在の状況に、音楽固有の数学性の問題をレイヤーし、現在社会のモノゴトを批判的に検証・実施している。その実験がもたらす聴取体験は、まるで映像のない実験映画を聴いているようでもあり、科学実験の成果を報告する架空の映画の音のみを聴いているようでもある(私はゴダールの『楽しい科学』を想起した)。
 本作の実験は、あらゆるモノゴトが飽和状態になった現在において重要な試みとはいえよう。私たちはこのアルバムから社会・経済・音楽という問題に思考を広めることもできるし、アラン・バディウの著作を手に取ることで哲学の問題体系に接することも可能だ(本盤のブックレットも詳細だ)。その意味で思想・音・体験が凍結された複製芸術時代のサウンド・インスタレーションともいえる。

 だが、である。やはり本作においても圧倒的な電子音の快楽が横溢しているのだ。それが何よりも重要である。いくらコンセプトが刺激的でも音が生温いのなら意味はない。本作は違う。デヴィッド・チュードアが暴走したような硬い電子音が運動し、伸縮し、変形し、電子の暴風のように耳の中を走り抜けていく。ああ、なんという気持ち良さ。それはオールドスクールな音などではない。最先端の電子ノイズである。そして男女の声がエディットされ、彼らの読み上げるテクストをトリガーにするようにノイズの嵐が巻きおこる。時折鳴るクリッキーなリズムも魅惑的だ。
 声とノイズ。ガラスのように鋭い電子音。聴覚を刺激する高音。そして球体のように柔らかい音。鼓膜から脳内に注入するような強烈にしてフェティッシュな電子の音のアディクション。何度も何度も何度も耳が求める電子の音の蠢き。この強烈な(電子)ノイズの官能。
 そして、その音響の生成と運動がもたらす官能は、マーカス・シュミックラーとジュリアン・ローヒューバーがプレゼンテーションする数字に支配される現在社会への批判的検証と遠くないはずだ。そう、ノイズの官能とは、管理を超えた余剰=エラーによる快楽であるのだから。

 個人的には(たとえるならば)ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー よりも、マーカス・シュミックラーの方を耳が求めてしまう。なぜか。ノイズ/ミュージック特有のピュアなノイズの残滓が抽出され、極めて官能的なノイズが煌いているからだ。〈タッチ〉からリリースされたトーマス・アンカーシュミットと同じく、まさしく2014年型の電子音楽/ノイズ作品の魅惑が圧縮された傑作と断言してしまおう。
 圧縮されたコンセプトを急速解凍するエクスペリメンス・エレクロニクス・ノイズの魅惑。まさに電子音フェティシュのマニア必聴のアルバムである。

デンシノオト