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interview with Jon Hopkins

interview with Jon Hopkins

昔の人間は長い音楽を聴いていた。それを取り戻そうとしている。

──ジョン・ホプキンス、インタヴュー

序文:松島広人質問:小林拓音   
通訳:中村明子
photo by by Imogene Barron  
Sep 27,2024 UP

 サウナ・ブームがいまだにある程度の盛り上がりを維持し続けているのは結構なことで、むしろ安易に乗っかったような人たちが、あのダウナーな魅力に取り憑かれて残り続けているのだろうと想像している。そうすればもはや敵視する対象ではない。情報の過剰摂取で脳が肥え太っている我々には、あのような嗜好品類に頼らないセラピーの一時が必要なのだ。
 自分にとって銭湯やサウナなどの温浴施設に通うことは教会や告解室に向かう営みに近く、同年代の客層をほとんど見かけなかったブーム到来以前から十数年ほど続けている。とにかく落ち着きがなく衝動的で、不注意ゆえの失敗を幾度となく繰り返し、頭のなかは常にダンプ・データで埋め尽くされている自分を強制的に落ち着かせるためには、あらゆる情報をシャット・アウトして、裸になってゆっくり浴槽やサウナ室で過ごしたり、薄暗い休憩室でまどろんだりするほかに手がない。肩肘を張らずにメディテーティヴな一時を過ごし、深い落ち着きを得るための、自分にとって唯一と言っていい救済措置として長年助けられている。

 前作『Music For Psychedelic Therapy』でサイケデリクスによってではなく、アマゾンの巨大な洞窟での3泊4日ほど過ごした体験をもとにして、音楽そのものによって別の世界に到る手引きを試みたジョン・ホプキンス。ティーンエイジャーのころからすでにプロ・ミュージシャンとして活動をスタートさせていた彼は、その長いキャリアのなかで次第に瞑想やヨガといった体験を通し、カウンター・カルチャーのなかで生まれたサイケデリック・セラピーへの関心を示すようになった。2014年作『Immunity』ではインダストリアル気味なIDM~ベース・ミュージックとたおやかなエレクトロニカ~アンビエントが同居していたが、年を経るにつれてその比率は次第に崩れ、どんどんと静謐かつサイケデリックな質感へ傾いていった。

 最新作『RITUAL』は、前作に引き続き直球的な「儀式」というタイトルの名を関した全8章構成のフル・アルバム。ショート動画の隆盛によってただでさえ奪われていた人類の集中力はさらに悪化の一途をたどっており、音楽産業のセオリーも「より短く、より過剰に、より華美に」変化しつつあるが、そうした潮流に真っ向から反旗を翻すようなシームレスな作りとなっている。本作はホプキンス自身もそう言及しているように、むしろ41分のワン・トラックとして聴かれるにふさわしい機構を備えており、深く潜るような聴き方をすべき作品であると断言できる。

 さて、そんな『RITUAL』の着想源となったのは、2022年にホプキンスがロンドンで参加したストロボ効果で視覚刺激を引き起こす「ドリームマシーン (Dreamachine)」という装置を介しての集団的リスニング体験プロジェクトだという。Dreamachine、つまり「夢みる機械」というこの装置は光と音による深い没入感を参加者に与え、体験を経て生きることの意味を再考してもらったり、疲弊した心のケアの一助となることを目的としているようで、うっすら疑似科学的な匂いもしないではないものの、僕にとってのサウナ施設のように、そこでしか得られない安らぎもきっとあるのだろう。

昔の人間はとても長い音楽を聴いていたし、そんなに珍しいことではなかったわけで、それを取り戻そうとしているんだ。

新作がリリースされて10日ほどが経ちますが、なにか嬉しいリアクションはありましたか?

ジョン・ホプキンス(Jon Hopkins、以下JH):世界中のいろんな都市で新作のリスニング・セッションをおこなっているんだけど、その反応がすごくよくてとても嬉しいね。たしかちょうどいま、モントリオールでやっているはず。バンクーバー、サンティアゴでもやったし、ロンドンでもやったんだ。結構激しい反応もあって、理屈抜きで受け取ってくれる人も多いみたいだ。素敵なコメントを見つけたんだけど、リリース当日にグループで集まって聴いてくれたようで、スタジオにキャンドルを灯して自分たちなりの儀式をしたらしい。まさにそういう反応を望んでいたから嬉しかったね。

「サイケデリック・セラピー」をテーマとした前作の背景には、エクアドルのアマゾンの洞窟で過ごした体験がありましたが、前作から今作のあいだに起こったことで、あなたにとって大きな出来事は何かありましたか?

JH:今回はそういう特定のアドベンチャーがあったわけではないんだ。外の世界ではなかったけど、自分の内なる世界では多くの冒険があったよ。アルバム冒頭部分は、僕も参加した「Dreamachine」というインスタレーションに影響を受けているんだ。本当の大きな変化は、それはおそらく以前よりもコラボレーターたちとの作業が増えたということじゃないかな。今作には友だちや素晴らしいミュージシャンたちが関わってくれていて、僕にとってはちょっとした旅のような経験だった。なにもかも自分だけでやってしまうのではなくて、より広がりのある作り方というか。素晴らしく励まされる経験だったね。創作中に壁にぶつかったり、なにかが自分の思っていた方向に進んでいないと感じたりしたときに、友だちやコラボレーターという頼もしい存在がいて一緒に考えてくれて。それであっという間に物事が前に進んだりして、作ることをより楽しめたよ。

いま言ったように今回のアルバムは、イギリス政府も資金援助している、「Dreamachine」というプロジェクトのために作曲した楽曲から生まれたものだそうですね。「Dreamachine」とは、複数人が共同で幻覚を体験するための装置のようですが、具体的にどういうものなのでしょうか?

JH:複数人での集団的リスニング体験で、参加者が目を閉じているところでストロボ・スコープの光が明滅するんだ。正確な理屈や理由は分かっていないけれど、光が一定の頻度で明滅すると人間の脳が様々な光景と瞑想状態を生み出して、明滅する速度によって見えるものが変わったり、人によって見るものが違ったりする。つまり本質的にはその人自身の心や脳の内容を見ているということ。非常に面白いプロジェクトで、今後も続いていくし、願わくば世界各地をツアーして多くの人に体験してほしい。僕にとってはこのアルバムの素晴らしいスタート地点にもなったからね。「Dreamachine」の仕事が終わったあとに、かなり方向性が変わったんだ。あのプロジェクトに参加できて本当に良かった。

ウィリアム・S・バロウズの著作はこれまであなたに影響を与えてきましたか?

JH:実は読んだことがなくて。あの世界についてはあまり知らないんだ。

いまは短い断片だけを聴くというような聴き方で、そこに迎合する音楽がたくさんあって。今回僕はそれに迎合せずに作った(……)深く潜り込んで聴くよう誘っているんだよ。

今回のアルバムのインスピレーションには「英雄の旅」もあるようですが、古代や神話にアイデアをもとめた背景には、現代文明における疲労が関わっていますか?

JH:面白いことに、僕の仕事のやり方は、実際にはなにかにアイデアを求めることはなくて、すべて直感で、自分のアイデアがどこから来ているのかはあまり考えない。でもアルバムを完成させたら、それを世界にどう提示するか、作ったものを言葉でどう表現するかを考えなければいけなくなるわけだ。本来はサウンドを言葉に翻訳する必要がないというのが理想だけどね。なぜならそのサウンドが物語のすべてだから、アルバムについて自ら進んで語りたいことというのはこれまでも特になかった。でも僕らが生きるこの世界ではそうはいかなくて、人びとはなぜ自分がそれに時間を費やすべきなのかを納得する必要がある。でも興味深いことに、作り終わってから追想する形で自分が深層心理的もしくは潜在意識下でなにを考えていたのか分析したときに、作品の流れが古典的な「英雄の旅」と同じだと気づいたんだ。ただ、たしかに古代であり神話ではあるんだけど、それは現代にも通じるどころか完全にいまのものでもある。多くのメジャー映画も本も同じストーリーの流れだからね。僕にとってはそれが内なる物語だったというか、勝てないと思う戦いで最後の最後で勝つとか、あるいは人生を捨てた放蕩者が後に自分の目的を再発見して本来の自分に戻って家に帰ってきたように感じるといったこと。古典的なものだけど、それが音楽に表れていたことが興味深かった。それは作り終わってから分かったんだ。
 我々は皆、さまざまな問題を抱えているわけだけど、それは人間がそこに住むべく進化してきたような世界に住んでいないからだと思う。これまで常に独自のペースで変動しながら自己改善していく自然なシステムの中で暮らしてきて、人間はそのほんの一部に過ぎなかったのに、なにもかもを科学と建物で塗り替えてしまい、極限まで人間が増えて動物が減り、その結果として人類は種としていまいろんな課題に直面しているんだと思う。だから、それに反抗するために僕らができる小さなステップのひとつは、深層にある動物的自己と意識に再びつながることだと思う。高尚なことを言っているように聞こえるかもしれないけど、でもこのアルバムと前作で僕がやろうとしているのはそういうことで、一時的に失われたなにかに再接続してほしいという思いがあった。そういうエンパワメントの作品を作りながら、それが自分自身にも影響があって、作ったことで強くなったと感じられたからすごくよかったよ。

8月に公開された、『the Quietus』のお気に入りの12作を選ぶ名物企画「Baker's Dozen」で、クラスター&イーノ “Ho Renomo” を選んでいましたね。そこであなたは「わたしたちの注意はつねに攻撃にさらされている」「ほんとうに音楽に没頭できるかどうかは、携帯電話を部屋から追い出して、WiFiを切ることにかかっている」と仰っていました。今回8つのパートをシームレスにつないだのは、40分間、音楽に集中してもらいたかったからですか?

JH:もちろんそう。元々8つのパートに分かれていたわけではなくて、全部でひとつの作品だけど、契約上というか現実的、物流的理由で分けたまでで。だから本来は分かれていなくて、聴いてもらったとおり曲と曲の間に隙間がないんだ。僕はアーティストの仕事とは、もしアーティストとしての良心があるなら、自分がこの世界で聴きたいと思うものを作ることだと考えていて。その際には、いまの音楽の聴き方の枠組みから外れるものを作るリスクを取ることになる。いまは短い断片だけを聴くというような聴き方で、そこに迎合する音楽がたくさんあって。今回僕はそれに迎合せずに作ったから、その結果として当然聴く人は少なくなるだろうけれど、より深いリスニング体験になることを願っている。今後は、より長い集中力を取り戻そうとする人がもっと増えるんじゃないかと僕は思ってるし、このアルバムも、深く潜り込んで聴くよう誘っているんだよ。そこには時間を拡張する効果があって、聴いていると時間の経過かが分からなくなるくらいの素晴らしい冒険になる。だからこそ没入感のあるいい音で聴いてほしいし、そうじゃないとあまり意味がなくなってしまう。とにかくいろんな意味で“普通のアルバム”ではないから、ちゃんと体感したければ、普通のアルバムとはなにかってことを忘れた方がいいかもしれない。昔の人間はとても長い音楽を聴いていたし、そんなに珍しいことではなかったわけで、それを取り戻そうとしているんだ。

前作リリース時のインタヴューの際、前作『Music For Psychedelic Therapy』は「アンビエントではない」と仰っていましたが、新作『Ritual』もやはりそう呼ばれるべきではない作品でしょうか?

JH:そうだね。アンビエントはブライアン・イーノ独自の定義を参考にしていて、それによるとアンビエントとは「無視できるけど注目すればそれに報いるもの」。あとアンビエントという言葉は、電子音楽のなかでも優しい感じのサウンドが多く使われているスタイルと結び付けられていると思う。それだけを取ってもこのアルバムはアンビエントとは言えないと個人的には思う。『Music For Psychedelic Therapy』はリスナーが生息できる音楽的構造物のようなもので、ゆえに深い没入型のリスニングをお勧めしたいし、それは自分を深く掘り下げるためのものであって、BGMではないしアンビエントとして聴かれるべきものでもない。『Ritual』はさらにそうで、非常にラウドで強いクライマックスがあって、作品全体がその極限のカタルシスに向けて高まっていくから、アンビエントとはまったく関係がないもので。アンビエント音楽にはその定義からしてストーリーがないからね。一方『Ritual』にも前作にも物語があるんだ。

空白、まっさらなキャンバスのようなもので、誰もが1日のうちにおこなう儀式のようなものがあるというか。お茶の淹れ方でも食事の作法でもなんでもいいけど、なんらかの深い実践。

今回のアルバムは「儀式(ritual)」と題されています。これには宗教的な含意があるのでしょうか? それとも、たとえば「シャワーを浴びるときは頭から洗う」のような、あるいは先ほどの「音楽を聴くときはWiFiを切る」のような、個々人それぞれの習慣的なニュアンスでしょうか?

JH:いや、頭から洗うとかではないかな(笑)。宗教的なものでもなくて、このタイトルは空白、まっさらなキャンバスのようなもので、誰もが1日のうちにおこなう儀式のようなものがあるというか。お茶の淹れ方でも食事の作法でもなんでもいいけど、なんらかの深い実践。個人的に宗教という言葉は使わないし、それがなにかはリスナー次第だと思うけれど、手がかりはトラックのタイトルに全部あるし、フィーリングやサウンドにもヒントがある。僕にとっての意味を言ってしまうと、どうしてもそれがリスナーの聴き方を左右してしまうと思うんだ。

宗教は人間にとって救いやシェルター、日々の励みとなる側面がある一方で、多くの対立や戦争も生んできました。何かを信じる、信仰するということは、あなたにとって、どのような意味を持ちますか?

JH:宗教的な信仰の悪用は現代世界最大の問題で、組織化された宗教に伴うナンセンスや教義をよそに、本来精神的な経験ほど個人的なものはないんだ。その人の内なる世界、内なる風景は極めて個人的なもので、これ以上に個人的なものなんてない。だからほかの人間がそれに構造を与えることなんてできないし、すべきではない。存在する多くの宗教が神聖な世界へのアクセスと、神聖がなにを意味するかということを制御しようとしてきた。それを取り戻そうとする試みは、この時代に起こり得ることだと思うし、人びとは自分自身の中にある強大な力を発見しつつあると思う。それもこのアルバムのテーマのひとつなのかもしれない。

これまでのアルバムでもそうですが、あなたが「物語(物語性)」に惹きつけられるのはなぜですか?

JH:長編の音楽、年齢を重ねてきた僕がいま作っているような音楽は、通常のアルバムよりもおそらく映画に近い気がする。よくあるアルバムの作り方として、30から40曲ほど書いてそこからベストの10曲を選んで曲順を決めるという方法があるけど、僕の場合はいつも聴かれる通りに頭から作るし、どういう順番なのかが最初から分かっているんだ。これまでに映画のスコアを手がけたこともあるけれど、言ってみれば存在しない映画の音楽を作っているような感じだな。なぜなのかは分からないけど好きなんだよね。

序文:松島広人質問:小林拓音(2024年9月27日)

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松島広人(NordOst)/Hiroto Matsushima松島広人(NordOst)/Hiroto Matsushima
DJ/ライター。編集・ライター業に従事する傍ら、パンデミックを期に一般社会のレールから脱線。以後国内のインディー電子音楽シーンにより一層傾倒していく。寄稿先にAVYSS Magazine、OTOTOY、Soundmain、FNMNL、ほか多数。2021年よりNordOst名義でDJとしての活動をスタートし、首都圏を中心に数多くのヴェニューにてマキシマリズムを想起させるジャンルレスなギグを続ける。パーティーシリーズ「第四の道」主催。

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