「MAN ON MAN」と一致するもの

interview with Fontaines D.C. (Conor Deegan III) - ele-king

 2019年の『DOGREL』の衝撃から5年、4枚目のアルバム『Romance』へと至る道、フォンテインズD.C.はもはや単純にポスト・パンクという言葉でくくれるようなバンドではない。レーベルが変わり、バンドの立つステージは大きくなり、周囲の環境も変わった。アイルランドを離れてのツアー生活、3枚のアルバムのプロテュースを務めたダン・キャリーのレコーディングから、アークティック・モンキーズやゴリラズを手がけるジェイムズ・フォードとともにフランスの大きく古いスタジオで収録した4thアルバム。作曲方法も変わり、年齢を重ねた感性も変化しバンドはまた違うものになっていく。変わらないのは暗さを抱えた憧れるようなフォンテインズのロマンだけだ。00年代後半のニュー・メタルのサウンドを解釈した “Starburster” の衝動に、80年代のギター・ポップ・バンドのようなきらめきを持った “Favourite”。それらは心を躍らせ、そうして自問自答を繰り返すフォンテインズの渦の中に返っていく。アルバムのなかで繰り広げられる探求、「ロマンスとは場所なのかもしれない」。最初に配置されたタイトル・トラックのなかで響くグリアンのその声がアルバム全体を通してずっと頭に残り続ける。場所と記憶と概念、そして感情、それらが交じり合うポイントにこそロマンスはあるのかもしれない。それは決して甘いだけのものではなく闇を感じさせもするもので……。

 23年2月の単独公演以来、フジロックのために来日したフォンテインズ。だが取材を予定していたカルロス・オコンネルは現れず、取材時刻から少し遅れてギターのコナー・カーリー、 ベースのコナー・ディーガン、 そしてドラムのトム・コールの3人が到着。カルロスが時間内に来ることは難しいという状況のなかで、カルロスに代わり急遽ベーシストのコナー・ディーガンがこのインタヴューに答えてくれた。彼は終始ご機嫌で、撮影の待ち時間に「パーパパッパパッパパー、パパパッパー」とフィッシュマンズの “LONG SEASON” を口ずさみながら歩き回っていた(取材後1時間ほどしてカルロスとグリアン・チャッテンが姿を見せ、撮影はメンバー全員でおこなわれた)。ディーガンが口ずさむ唄のように季節は変わり、ダブリンのこのバンドは新たな段階に入っていく。来夏の4万人規模の公演も決まり、大きくなっていくフォンテインズに4thアルバム『Romance』のその探求について話を聞いた。

過去のいろんな時代から見た未来というか、過去の時代に想像していたような未来の姿を表現したかった。残念だけどいまの時代に未来を想像しても、いい感じの未来が見えて来そうにないからさ。でも過去のある地点、たとえば90年代に思い描かれていた未来っていうのはもっと面白く、もっといいものだったような気がするんだよ。

今日はよろしくお願いします。フォンテインズとしては去年2月の単独公演以来の来日で。そのときとは季節も変わってまた違うかと思いますが、日本の夏の印象はどうですか?

コナー・ディーガン(Conor Deegan、以下CD):そうだね冬に来たときとは全然違う体験をさせてもらっているよ。なんていうかな前に来たときはもうちょっと穏やかな感じだったから。いまはまぁちょっと暑いよね。暑すぎ。

来てからどこかに行ったりしましたか?

CD:まだどこにも行ってないんだ。なにしろ着いてからまだ13時間くらいだから。

変化といえばバンドとしてもレーベルが〈XL Recording〉に変わりましたよね。音楽的に、あるいはその他の面でも違いを感じるところはありますか?

CD:うん、変化はいろんな面で感じているよ。仕切り直しっていうか新たなスタートを切りたいって考えていたから。音楽自体もそうだけど、それ以前に創作に対する空気が変わったって感じかな。〈XL〉は伝統あるレーベルで、いろんなバンドと契約してきた歴史があるから独特な空気があると思う。その一部になれたっていうのは光栄だし、うまくいっているんじゃないかって感じてる。もちろん前のレーベルもよかったんだけどね。

XLに所属しているアーティストで影響を受けた人はいますか?

CD:最初に名前を挙げるとしたら当然、キング・クルールかな。あと、影響を受けたっていうんならプロディジーも。

XL以外の人だと、最近はどんな音楽を聴いているんですか?

CD:ちょっと待って見てみるから(スマホを取り出してSpotifyの画面を見せる)。うん、いまはこんな感じかな。J・ディラ、チャーリー・XCX。あとはジェシカ・プラットの新しいアルバム『Here in the Pitch』、これはめちゃくちゃよかったよね。それにテス・パークス。

当時、ビートルズがメロトロンを使って表現しようとしたのは未来の音だったはずなのに、いまそれを聴いて僕らが感じるのが懐かしさなんだって思うとなんだか変な感じだけど。

今回からプレスショットの感じも変わりましたよね? いままでの落ち着いたものから一気にポップになったような感じで。あなたとグリアンがプレゼンのパワポの資料にスパイス・ガールズの写真が並んでいて~みたいなことを言っていたインタヴューの動画を見て……

CD:(笑)違う、違う。あれは冗談だよ、冗談。マジじゃないから。

あっそうだったんですね(笑)。実際はどんな感じだったんですか? かなりモードを切り替えたみたいな印象がありますけど、どのような意図であのプレスショットを撮ったんですか?

CD:僕たちが考えたことというか話し合ったことは「違った未来についての視点」を表現したいってことだったんだ。過去のいろんな時代から見た未来というか、過去の時代に想像していたような未来の姿を表現したかった。残念だけどいまの時代に未来を想像しても、いい感じの未来が見えて来そうにないからさ。でも過去のある地点、たとえば90年代に思い描かれていた未来っていうのはもっと面白く、もっといいものだったような気がするんだよ。映画の『12モンキーズ』(1996年/テリー・ギリアム監督)でも素晴らしい想像力で未来を描いていたし、1920年代の『メトロポリス』(1927年/フリッツ・ラング監督)も凄かった。そういう20世紀の映画のなかで描かれたような未来っていうのが大きなインスピレーションのもとになっている。グリアンのクリップで止めた髪っていうのはまさに1920年代の映画を参考にしているし、僕のとかカルロスの髪形はそれよりも先の時代、90年代に考えられていた未来の姿になっていると思うんだ。

過去から見た未来の表現っていうのは凄く面白いですね。未来のことでありながら同時にノスタルジックな感覚もあるという。話を聞いていて、アルバムに収録されている “Starburster” についてカルロスが「14歳のときに大好きでその後聴かなくなった曲をいま、再び愛するみたいなもの」と言っていたのにも近いものがあるのかなと思ったのですが、この過去と未来が交わるような感覚というのは曲を作る上でもありましたか?

CD:ノスタルジックっていうのはそうだね。“Starburster” にはそのアティチュードがあると思う。でもノスタルジックってだけじゃなくサウンド的にはもっと暗くて悲観的な部分もあってそれが混ざったような感じなんだけど。たとえば曲の真ん中くらいの部分にメロトロンを使ったところがあるんだけど、僕らにとってメロトロンの音は凄く懐かしさを感じさせる音なんだ。60年代のビートルズ気分になるみたいな。でもそれをもう少し、溶けたような感じにいじっていくと、喪失感のある、何かを失ったような感じにもなって……ダーク・ヴァージョンのノスタルジアって感じかな。当時、ビートルズがメロトロンを使って表現しようとしたのは未来の音だったはずなのに、いまそれを聴いて僕らが感じるのが懐かしさなんだって思うとなんだか変な感じだけど。
あとは90年代後半から00年代前半にかけてのニュー・メタル、たとえばコーンとかトゥールみたいな音楽の影響もある。そういう音楽を聴いていたときは子どもだったからその曲の持つテーマとかムーヴメントとかをよくわかっていなかったんだけど、いま聴くとミソジニーだって思えるところもあって。そういうよくない部分を取り除いてサウンドのクールなアイデアをいまの時代に合わせて再構築したって感じかな。

この言葉にはいろんな側面があって単にロマティックなものだけじゃないと思うから。毎日の生活のなかでロマンを感じるものだったり、人生における大切なものだと感じるようなものでもある。「ロマンス」には言葉にできない、きちんととらえられないような感情があって、痛みや悲劇的な側面だってあるんだ。

先行シングルとして発表された “Favourite” はこれまでのフォンテインズの曲とは印象が全然違って、80年代のギター・バンドみたいな疾走感や青春感がある曲でした。最初に聴いたときにこの曲からアルバムがはじまるのかなと思っていたのですが、実際には最後の曲で。アルバムはダークな “Romance” からはじまりますが、この曲順にはどんな意図があるのですか?

CD:アルバム全体のテーマとして「ロマンス」を探求するっていうのがあったんだ。ロマンスという概念はなんなんだってアルバムのなかでもう一回考えているみたいな。この言葉にはいろんな側面があって単にロマティックなものだけじゃないと思うから。毎日の生活のなかでロマンを感じるものだったり、人生における大切なものだと感じるようなものでもある。「ロマンス」には言葉にできない、きちんととらえられないような感情があって、痛みや悲劇的な側面だってあるんだ。だから “Romance” という曲からアルバムをはじめることで全体を通してそうした感情を探し、理解していく形にしたいって思いがあった。 ロマンスのポジティヴな面とネガティヴな面、両方に触れたアルバムになるように。
“Favourite” が最後なのは「ロマンス」という言葉の持つポジティヴな感情をアルバムの終わりで提示したかったからなんだ。「ロマンス」というものを探求した上で、僕たちにはそれができるんだってメッセージを最後に伝えたいって思いがあった。


photographer: YUKI KAWASHIMA collage: Ria Arai

レコーディングはどんな感じだったのでしょうか? 今回はジェイムズ・フォードとのフランスでのレコーディングだったということですが。

CD:うん。僕らにとってこれが初めてのイングランド外でのレコーディングだったんだ。大きな古いフレンチ・ハウスで、まぁ言ってしまうと幽霊が出そうな感じの場所だったんだけど。70年代の素晴らしい機材がいっぱいある大きな部屋で、音楽にインパクトを残せるようなスペースがたくさんあった。いままで僕らは小さな部屋の限られた空間のなか、ライヴ・セッティングで生々しさを閉じこめたみたいなレコーディングをしていたんだけど、今回は部屋の大きさに引っ張られてサウンドの大きさも変わっていったんだ。たとえばU2みたいにアリーナやスタジアムに響かせるような曲を録るにはレコーディングのやり方を変えなくちゃいけないよね。そんなふうに引っ張られていった結果としてアルバムの音も大きなサウンドになったと思う。

最近出演したフェスの映像などを見てもバンドとしてどんどん大きくなっているように感じていますが、曲作りにおいて1stアルバムを発表した当時と変化したような部分はありますか?

CD:曲作りに関して言うと、最初の頃はひとつの部屋に集まって演奏しながらみんなで作っていくってスタイルだった。ラップトップで誰かがデモを作ったのを持ち込んでみたいなことはやってなかったから。ライヴのための曲作りで、誰かの演奏がインスピレーションになってそこから曲が生まれたりもした。でも活動を続けていく内にツアーに出ることも増えて、みんなで一緒に集まって曲を作るってことが難しくなっていったんだ。だからここ数年はホテルの部屋でひとりで曲を作ることがほとんどになった。ラップトップで音楽を作るといろんな楽器を使うことができるよね? 実際には演奏できなくてもシンセとかストリングスとかトランペットとかを簡単に追加できる。昔は自分たちで演奏できないものは作れなかったけどいまは違って、選択肢がかなり広がった。そこから今度はライヴで実際に演奏するために調整するって過程が入ったりするわけだけど。とにかく、昔と違った形で曲を作っているっていうのは確かだね。このアルバムの曲は特にそうで、大胆なサウンドがたくさん入っている。そういう仕上がりになっていると思うよ。

今回のアルバムの曲で、ライヴで演奏するときに印象が異なったような曲はありましたか?

CD:うーん、今回のアルバムの曲はまだそこまでライヴでやっているわけじゃないからいまのところはなんとも言えない。ただやっぱり観客の反応が入ると印象が変わるよね。過去の曲で言えば2ndアルバムの “Lucid Dream” なんかはまさにそうで、作ったときにはこんなふうにライヴで大きく盛り上がる曲になるだなんて思わなかった。だから今度のアルバムの曲もそんなふうに変化していくと思うよ。“Starburster” はもう何度かライヴで演っているけど1stアルバムとか昔のアルバムの曲とは全然違う盛り上がり方をしていて。モッシュが起こるんじゃなくて合唱が発生するみたいな、そういう変化が起こっているかもしれない。

最後にアルバムのジャケットの話を聞きたいです。アートワークもいままでのものとガラッと雰囲気が変わりましたよね? ハートマークに涙を流した人の顔が写った、ある種異様とも思えるようなアートワークで。これはどういうものなんですか?

CD:このデザインはルー・リンって人が手がけたものなんだけど、僕も最初に見たときはほんとストレンジだなって思った。それこそ従来のものとは全然違う感じのものだったし。でも僕たちがやりたかった音楽、今回のアルバムのテーマを表すものとして考えると、このアートワークは凄くフィットしているって思うんだ。「ロマンスの形っていうのはこういうものなのか?」「本当にこれで合っているのか?」と問いを投げ掛けるようなものになっていて。それってまさに僕たちがこのアルバムでやろうとしていたことだから。ロマンスというものについて問いかけてくる、凄く良いアートワークだと思うよ。

Andrés - ele-king

 Andrés(アンドレス)、久しぶりの来日です。Moodymannのレーベル〈KDJ〉や〈Mahogani Music〉を中心にリリースを重ね、2023年には5作目のアルバム『Andrés V』をリリース。DJ Dez名義では、デトロイトのヒップホップ・シーンで活躍、Slum VillageのプロダクションやツアーDJとしても参加している。ハウス、ソウルやファンク、ジャズ、そしてキューバをルーツに持つ彼はサルサにも深い知識を持っている。この機会に、彼の深みのあるブラック/ラテンの世界を堪能しよう。

Andrés Japan Tour 2024

9.14(Sat))福島 @NEO Fukushima
K.I.S.S.#84 - 15th Anniversary Party -


Special Guest
Andrés aka DJ Dez

DJ
STILLMOMENT
MONKEY Sequence.19

Dance Session
Outside Elements

FOOD
バン才 - BANZAI -

Open 22:00
ADV 4,500yen with 1Drink
Door 4,500yen
U-23 3,500yen with 1Drink

Info: Club NEO www.neojpn.com
福島市本町5-1 パートナーズビルBF1 TEL 024-522-3125


9.15(Sun))東京 @DJ BAR Bridge Shibuya

DJ: Andrés aka DJ Dez, Kza, DJ MAS aka SENJU-FRESH!

Open 20:00
Door 2,000yen

Info: DJ BAR Bridge Shibuya https://djbar-bridge.com/shibuya/
東京都渋谷区渋谷1丁目25−6 渋谷パークサイド共同ビル10F Tel 03-6427-6568


9.20(Fri))大阪 @Club Joule

< 2F >
Andrés aka DJ Dez
HOOFIT (QUESTA, MASH, DY, KAZIKIYO)
STEW (TUFF DISCO)

VFX: catchpulse
Sound: Kabamix

< 4F >
IKEDA-IKERU
SHUNPURI
ORGTKD
NEGAN
PISAPPLE

THAT'S PIZZA
たこやきしんちゃん
Edenico

Open 22:00
ADV 3,000yen (e+ / Clubberia)
W/F 3,500yen
Door 4,000yen

Info: Club Joule www.club-joule.com
大阪市中央区西心斎橋2-11-7 南炭屋町ビル2F Tel 06-6214-1223


9.21(Sat)名古屋 @Club Mago

DJ: Andrés aka DJ Dez, Sonic Weapon

Open/Start 23:00
ADV 3,500yen
Door 4,500yen

Info: Club Mago http://club-mago.co.jp
名古屋市中区新栄2-1-9 雲竜フレックスビル西館B2F Tel 052-243-1818


最新アルバム『Andrés V』リンク
https://andres.bandcamp.com/album/andr-s-v


Andrés (aka DJ Dez / Mahogani Music, LA VIDA)from Detroit

 Andrés (アンドレス)はMoodymann主宰のレーベルKDJ Recordsから1997年デビュー。DJ Dezというアーティスト名でも活動し、デトロイトのHip HopチームSlum Villageのアルバム『Trinity』、『Dirty District』ではスクラッチを担当し、Slum VillageのツアーDJとしても活動歴あり。Underground Resistance傘下のレーベルHipnotechからも作品を発表しており、その才能は今だ未知数である。
 2012年、主宰レーベルLA VIDAを始動し、第1弾リリース『New For U』はResident Advisor Top 50 tracks of 2012の第1位に選ばれた。
2014年、DJ ButterとのアルバムDJ Dez & DJ Butter‎『A Piece Of The Action』をリリース。
 ラテンジャズパーカッショニストである父、Humberto ”Nengue” Hernandezからアフロ・キューバンリズムを継承し、アンドレス本人もパーカッショニストとしてAmp FiddlerやMoodymannのライヴや、Erykah Badu “Didn’t Cha Know” (produced by Jay Dee)の録音に参加している。地元デトロイトではミュージシャンを交えたジャムセッション・パーティーをSpot Lite Detroitで定期的に開催している。
 2023年、Andrésとして通算5枚目となるアルバム『Andrés V』をMahogani Musicよりリリースする。

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Gastr del Sol - ele-king

 ジム・オルークは、かつて自身が‶音楽の中の時間の問題〟と呼ぶものについて語ったことがある。つまり、音楽は構造的には(映画や文学とちがって)本質的に直線状であるため、前のモチーフや形を参照することでしか時間を遡ることができないということだ。
 『We Have Dozens of Titles』は、ジム・オルークを完全に満足させるような形で時間の問題に注意を向けさせることはないかもしれないが、実はこの作品において、時間は演奏される楽器のひとつのように扱われている。これはある意味ではレアな作品、未発売のトラックとライヴ・レコーディングのコレクションだが、一方ではまったく新しいガスター・デル・ソルのアルバムのように感じられる。さらに言えば、これはバンドとリスナー共々、一緒に過ごしたあの落ち着きのない実験に特徴付けられる1990年代という時間に遡る旅なのだ。100分を超えるアルバムのなかで、馴染み深いもの、予期せぬもの、そして不気味なものが互いにこすれ合い、途切れることなくいつの間にかすり抜けるか、正面からぶつかり合う。

 このようなレンズを通してアルバムに目を向けると、冒頭が“The Seasons Reverse(季節が逆戻り)”のライヴ・ヴァージョンというのは、待ちきれない熱心なリスナーが彼らの考えを知ろうと過剰反応するための安易な餌を、バンド自身が与えてからかっているように感じられる。そしてそれは、いくつかの点において時間の問題を浮き彫りにする選択でもある。“The Seasons Reverse”のスタジオ・ヴァージョンは、ガスター・デル・ソルの1998年のアルバム『Camofleur』のオープニング・トラックであり、今回再びこの曲からはじめるというトリックを使うのは、逆転させることよりもこだまさせること、あるいは参照させる行為であって、聴き手に時間の再構築を促すよりもその瞬間を思い起こすように誘っている。だが、それがライヴ・ヴァージョンであることが、コトを少し複雑にする。本質的にライヴ・ヴァージョンを聴くというのは参照する行為であり、慣れ親しんだ時間を呼び起こしてそれを現在に再配置し、前に進む時にも一緒に携えていくものだ。そしてガスター・デル・ソルは常に動き続けるバンドであり、このヴァージョンではヴォーカル、パーカッション、トランペットの華やかさを剥ぎ取るかわりに、アコースティック・ギターとエレクトロニクスにリズムとスペースを見出している。それでもライヴ・ヴァージョンの録音は、このトラックをその瞬間に固定してより明確に過去に位置付けている。曲の最後で、オルークがフランス語を話す子どもたちとの会話に失敗するサンプルは、スタジオ・ヴァージョンの曲の締めくくりで使われたものと同一であることから、ある瞬間の‶エコーのエコーのエコー〟という山びこ現象を創り出している。

 このアルバムでも、時間はさほど混乱せず、解決しにくい方法で流れてはいる。当然ガスター・デル・ソルの7年ほどの活動の瞬間に触れる数々の楽曲は、非線形的ではあるものの、独自の響きと鏡に満ち溢れている。そして時計の針をさらに巻き戻してみると、以前のアーティストのレンズを通してガスター・デル・ソルの音楽を眺めることもできるのだ。

 ガスター・デル・ソルはそのルーツを、ジョン・マッケンタイアを通じてシカゴ・シーンの同世代バンドのトータスと、バンディ・K・ブラウンとは前身バンド、バストロのオリジナル・ラインナップとしての役割を通して共有している。そして彼らがたとえ、本質的には決してポスト・ロックであったことはなかったにしても、アコースティック、エレクトロニック、ミュージック・コンクレートの要素をコラージュのようにミックスしていることから、少なくとも同一の一般的な音楽的生態系には置かれている(マッケンタイアは自身のバンド名を、ガスター・デル・ソルの“The C in Cake”のタイトルにちなんで‶The Sea And Cake〟としたほどだ)。彼らはさらに1980年代のデイヴィッド・グラブスを通じてスリントと、そしてケンタッキーのパンク・バンド、スクイレル・ベイト のブライアン・マクマハンとブリット・ウォルフォードとも関係している。言うまでもなく、スリントと同世代のビッチ・マグネットのメンバーとしても短期間活動していたからだ。ガスター・デル・ソルの旅路は、明らかにこれらのバンドが演奏していたロックの領域を避けて通っていたかもしれないが、静けさから大音量へ、あるいはより深遠な音とテクスチュアの衝突へ、時には厳しく暴力的な変化を求める耳を持つという点で一致していた。

 これはまったく別のバンドであるかのように、それぞれの曲にアプローチをする彼らの折衷主義的な習慣に起因している部分もあるのだが、同時にこのような鋭い転換は、我々をガスター・デル・ソルの音楽における時間の問題に立ち返らせることになる。「The Japanese Room At La Pagode」(1995年のトニー・コンラッドとのスプリット・シングル)ではアンビエントなフィールド・レコーディングが激しい電子音に中断され、曲の始まりに登場したピアノとヴォーカルのモチーフが舞い戻って来る箇所がある。曲の序盤ではその逆の転換があり、全く異なる様相で曲の断片が止まると、背後で鳴るフィールド・レコーディングがまるでずっとそこにあって最初から聴こえていたかのように感じられる。
 これと同じようなことがより拡張された、やはり1995年の曲“The Harp Factory On Lake Street”でもみられ、ここでは静寂からクライマックスへと突然何の警告もなく豹変したり、シークエンスの途中で閉幕するかのような沈黙が訪れたりするが、これは異なるペルソナの間でチャンネル・サーフィンするバンドということではなく、作品自体が時間のなかを行ったり来たりしながら点滅しているようだ。このような伝統的な構造の断絶はアヴァンギャルド・ジャズとも多くの共通点があるが、シュトックハウゼンが提唱した、音楽の形式が伝統の直線的な進行やナラティヴからの脱却を試み、各パートが独自の永遠の‶今〟として捉えられる〝モメント形式〟とも似ている。

 時計の針を再び現在まで進めてみると、ジム・オルークは大部分の激しい転換モード、つまり聴衆にマシンの内部構造の仕組みを披露する喜びを捨て去っている。その代わり、彼はリスナーをある場所から別の場所へと気付かせることなく移動させる方法を探求することを好む。アルバムの18分に及ぶ最終トラック“Onion Orange”は、アルバムを現在へと繋ぐ結合組織の役割を担っており、表面上で繰り返されるグラブスのギター・モチーフをゆっくりと繊細に、だが決定的にリスナーをオルークの電子的な操作で表面下へと運ぶのだ。

 このアルバムに入っている音楽を作った当時のデイヴィッド・グラブスとジム・オルークは若くて、多くの点でいまよりも洗練されたミュージシャンではなかった。しかし、いま私たちが聴くことができるアルバムの完成版を編集し、プロデュースし、シークエンスしたのは、年齢を重ねたこの男たちだ。その意味では、現在が過去の状況を操作し続け、エコー(反響)やレファレンス(参照)という言語で機能しているのだ。
 これほど多様でそれぞれの異なる断片を繋ぎ合わせたものとしては、このアルバムは並外れて理路整然としているが、ガスター・デル・ソルの首尾一貫した一貫性のなさこそが本作の連続性というものを手助けしたに違いない。これはまた、過去の作品を巡る旅でもあり、音楽の中にある繋がりや潮流を探求することで突然の衝撃なしに曲から曲へと移り変われるのに加えて、現在からの導きの手が過去についての物語を一緒に紡いでくれている。
 けれども、過去もまた、『We Have Dozens of Titles』を生み出す交渉における積極的な参加者だった。おそらく、ライヴ録音がその性質上、音楽を過去に定着させると同時に慣れ親しんだ形から記憶を逸脱させるものであるからこそ、過去のライヴの瞬間がアルバム全体に散りばめられて現代のアーキテクト(計画立案者)たちを助け、時間を逆行する旅であるかのようにその手で断片を繋ぎ合わせると同時に、新鮮な創造的衝動とその場にとどまることのない意志を吹き込んだのだ。


by Ian F. Martin

Jim O’Rourke has spoken in the past about what he describes as “the problem of time in music”, meaning that, structurally, music (unlike cinema or literature) is essentially linear and can only travel backwards by referencing earlier motifs and shapes.

“We Have Dozens of Titles” might not address the problem of time in a way that could ever fully satisfy O’Rourke, but it’s a work in which time is very much one of the instruments being played. On one level, it’s a collection of rareties, unreleased tracks and live recordings; on another, it feels like a brand new Gastr del Sol album; on still another, it’s a backwards journey through time, returning both band and listener to the state of restless experimentation that characterised their time together in the 1990s: familiar, unexpected and eerie rubbing up against each other, slipping seamlessly by, or colliding head-on throughout the album’s 100+ minutes.

Looking at the album through this lens, the fact it opens with a live version of “The Seasons Reverse” feels almost too easy a bait not to snatch hungrily at, like the band are teasing the eager listener to make too much of the idea. And it’s a choice that highlights the problem of time in a few ways. The studio version of “The Seasons Reverse” is the song that opened Gastr del Sol’s 1998 album “Camofleur”, so repeating the trick here is an act of echo or reference rather than reversal, inviting the listener to recall the moment rather than restructuring time. Being a live version complicates that a little, though. The nature of a live version is to be an act of reference, calling back to a familiar time and relocating it in the present, bringing it along with you as you move forward. And Gastr del Sol were always a band on the move, the version of the song here stripping away the vocals, percussion and trumpet flourishes, finding its rhythm and space in the acoustic guitar and electronics. Nonetheless, a recording of a live version anchors the track in that moment in time, locating it more explicitly in the past. The sample of O’Rourke failing to communicate with some French speaking kids that closes the track is the same one that ends the studio version, creating an echo of an echo of an echo of a moment.

Time flows through the album in less confusing and irresolvable ways too. Of course through the way the tracks touch on moments throughout Gastr del Sol’s seven or so years of activity, albeit in a nonlinear way, full of its own echoes and mirrors. But wind the clock back even further and you can see Gastr del Sol’s music through the lens of earlier artists still.

Gastr del Sol share roots with Chicago scene contemporaries Tortoise through John McEntire and Bundy K. Brown’s role in the band’s original lineup and precursor band Bastro, and if they were never exactly post-rock per se, the collage-like mix of acoustic, electronic and musique concrète elements that they employ at least places them in the same general musical ecosystem (McEntire even named his band The Sea And Cake after Gastr del Sol’s song “The C in Cake”). They also share a connection with Slint through David Grubbs’ time in the 1980s alongside Brian McMahan and Britt Walford in Kentucky punk band Squirrel Bait, not to mention a brief period as a member of Slint contemporaries Bitch Magnet. Gastr del Sol’s journey may have skirted clear of the rock territory these bands played in, but they shared a similar ear for harsh, sometimes violent transitions, whether from quiet to loud or more esoteric collisions of sounds and textures.

Some of this comes down to the band’s eclectic habit of approaching each song as if they were a different band entirely, but these sorts of sharp transitions also bring us back to the matter of time in Gastr del Sol’s music. There’s a point in “The Japanese Room At La Pagode” (from a 1995 split with Tony Conrad) when a stretch of ambient field recording is interrupted by a harsh, electronic squeal that gives way to a return of the piano and vocal motif that began the track. Earlier in the song, the reverse transition occurs very differently, when the song fragment stops and it feels like the background field recording had always been there and was in fact what you’d always been listening to all along.

There are parallels with this in the more expansive “The Harp Factory On Lake Street”, also from 1995, where transitions from quiet to climactic moments happen suddenly and without warning, or closure-like silences fall midway through a sequence — not like a band channel surfing between different personas but as if the piece itself is blinking back and forth in time. This breakdown in traditional structure shares a lot with avant-garde jazz, but also with Stockhausen’s “moment form”, where the structure of the music tried to break free of traditional linear progression and narrative, rather seeing each part as its own eternal now.

Wind the clock forward again to the present and Jim O’Rourke has largely abandoned this mode of harsh transitions: this glee in showing the audience the inner workings of the machine. Instead, he prefers to explore ways of carrying you from one place into another without you even noticing the transition has occurred. The album’s 18-minute final track “Onion Orange” offers some connective tissue to this present in the way it takes Grubbs’ superficially repetitive guitar motif and slowly, subtly, but irrevocably transports the listener via O’Rourke’s electronic manipulations beneath the surface.

The David Grubbs and Jim O’Rourke who made the music on this album were younger and in many ways less sophisticated musicians than they are now, but it’s those older men who compiled, produced and sequenced the finished work we can now listen to. And in that sense, the present continues to pull the strings of the past, working in the language of echo or reference.

It’s a remarkably coherent album for something pieced together from such diverse fragments, though this sense of continuity was surely helped by how consistent in their inconsistency Gastr del Sol always were. It’s also a trip through pieces of the past that seeks out connections and currents within the music which allow songs to transition from one to another without sudden jolts: guiding hands from the present stringing a narrative about the past together.

However, the past is nonetheless an active participant in the negotiation that created “We Have Dozens of Titles”. Perhaps because of the way live recordings, by their nature, both anchor music in the past but also to deviate from a form memory has rendered familiar, these live moments from the past help the album’s present-day architects, spread throughout the album, their hands holding its pieces together as both a trip backwards through time and something infused with a fresh creative impulse and unwillingness to stay put.

DJ Ramon Sucesso - ele-king

 ラモンは私のレーダーに映った。何の前触れもなく、自然に。2トン爆弾が腰に突き刺さるかのように。ウェブ上に蔓延しているバイラル動画が、ドゥーム・スクロール中の私の注意を引いたのだ。各動画は、TikTokのバイラル・アテンション・スパンにぴったりな短いもので、何の変哲もない室内(おそらく彼の寝室)で撮影され、ラモンがパーソナル・デッキの前で最初からコントローラーを操作し、ヴォーカルと散らばったビートをその場で何段階にもミックスしている。コール・アンド・レスポンスのサウンドスケープは瞬く間に合体し、解決への疑念は消え去り、轟音とどよめきのベースビートが鳴り響くたびにカメラが激しく揺れ、404のエラー・イマジネーションは大きく損なわれる。
 ラモン(ブラジル人、21歳)は、リオデジャネイロにほど近いノバ・イグアスのパルハダで生まれ育った。ファベーラ・ファンクのカリオカに膝まで浸かり、ビート・ボーリャから発せられる火花を屈伸させながら、まるで金属鍋の上で熱々のベーコンをジュージューと焼くような揺れのひとつひとつにアフリカの伝統を見せつける。

 ラモンの動画のテイスト(味)は、緊急に冷やした夏のフルーツに似ている。ラモンは、ほとんど忘れられた一族の末裔だ。DJデッキのまわりで何気なく踊りながら、たまにミキサーのツマミに触れ、自分たちが魔法を生み出し、オーディエンスが天才を目撃していると錯覚させるようなUSBメモリ使いのDJたちとは一線を画しているのだ。いまや多くの場合、DJはAIプレイリスト・セレクターと何ら変わりなく、オリジナル・トラック制作者の手柄を横取りしている。それゆえ、DJのスペクタクルはテクニックや才能ではなく、いかにセクシーに見えるか、エキゾチックに見えるか、いかにイヴェントを楽しく見せるかにある。観客を魅了するDJソーダの魅惑的なポゴ 「ジャンプ 」を思い浮かべてほしい。

 ラモンは、おそらく知らず知らずのうちに、実際にDJをしていた本物のDJたちの弟子であり、エレクトロニック/ダンス・ミュージックを革新してきた黒人の長い系譜に連なる革新的な信念の持ち主だ。ジャマイカのサウンドシステム・ヤーマン・ヴァイヴスや初期のニューヨーク・ラップの黄金期に習得された数々のテクニックのエコーが、彼の若い手に反映されている。
 しかし、彼は使徒でもある。機材を使い、マッシュし、スマッシュし、ミックスし、サノスの存在から新しい何かを振動させる。ラモンはDJ機材を選曲マシーンではなく、楽器のように扱う。ラモンは決して動きを止めず、創作に対する彼の精神的な鋭敏な注意は、絶対的に明瞭で白黒はっきりしている。ネット上の動画はどれも短く、ミキシングはダンスフロアの脳をメルトダウンさせるために振り切れている。

 よって、ブラジル行きの飛行機に乗れない私たちの多くが知りたいのは、芝居がかった動画ではなく、彼の長く録音されたミックスがいったいどんなものなのか、ということ。新たなスターダムを知るにはいいタイミングだろう、私はレーベル〈Lugar Alto〉から2023年末の11月にリリースされたリリースを手に入れた。
 最初に言っておく。ベースが鳴っていない。多くの人が彼のミキシング・スペクトラムの幅広い使い方に慣れているいま、ミックスは期待するほどドラスティックではない。私たちは皆、自分のステレオやiPhoneがそれを扱えることを知っている。『Sexta dos Crias』はふたつの長いミックスで構成されている。完全に楽しめるし、彼のユニークなスキルから期待されるべきものだ。しかし、他のダンス・レコードの中で完全に際立っているわけでもない……トラック2の途中までは。
 “Distorcendo a Realidade"では、急にテンションが上がり、彼の動画にあったダーティな雰囲気にへと変化する。ここまで来るのに時間がかかるのはどうかと思うが、だからといってそれまでの数分間が無駄というわけではない。いや、彼の計り知れない才能を判断するには、別のメディア、別の創作形態、圧縮の幅が必要なだけだ。『Sexta dos Crias』の2曲は、ほとんどのミックスがそうであってほしいようなペースで進んでいく。しかも彼はこれをリアルタイムでやっているわけだ! 私がDJプレイにこれほど興奮したのは、ジェフ・ミルズを見て以来のことだ。踊りたい、興奮もしたいし、絶頂に達するほど刺激されたい。DJが実際にデッキでパフォーマンスするのを見ることで、私の注意を惹きつけてほしい。世界中のDJがこのことに注目し、ベッドルームに戻って自分の能力をスパイスアップすることを願う。DJラモンは他の追随を許さない。

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Ramon came on my radar like any genuine sensation should. Spontaneously and without warning. Randomly and like a two ton bomb to the waist. Videos viral in their pervasiveness across the web caught my attention while doom scrolling. Short and perfect for TikTok viral attention span, each video was simply shot in one non-descript inside location ( possibly his bedroom?) with Ramon in front of his personal decks massaging the controllers from the get go, conjuring a multi level on-the-fly mix of vocals and scattered beats. The call and response soundscape quickly coalesces, all doubt of resolution is killed, and the 404 error imagination is severely damaged by the camera shaking violently with each thunderous, throbbing bass beat.
Ramon, Brazilian, 21 years old born and raised in Palhada, Nova Iguaçu, an area close to Rio de Janeiro, knee deep in favela funk carioca flexing the sparks emanating from beat bolha, shows his
African heritage with each tremor that sizzles hot bacon as if on a metal pan.

The taste of a Ramon video is similar to summer fruit chilled for immediate effect. Ramon follows in a line almost forgotten among 2024 USB stick carrying DJs who casually dance around dj decks only once in a blue moon touching the knobs of their mixers to make the dancing public falsely believe they are creating magic and they, the audience , witnessing genius. Often times djs are no different than AI playlist selectors taking the credit for the original track maker’s creation.
Hence the spectacle of Djing isn’t on technique or talent now but how sexy you look or exotic or how fun you make the event seem.
Ramon, most likely unknowingly, is a disciple of the OG DJs who actually DJed, a innovation believer in a long line of Black people innovating electronic / dance music. Echoes of the many techniques mastered before in Jamaican sound system yah-man vibes and the golden age of early NYC rap are reflected in his young hands.

But he is also an apostle. Using the equipment to mash, smash, mix and vibrate out of Thanos existence something new. Ramon treats DJ equipment like an instrument rather than a track selecting machine. Ramon never stops moving and his mental acute attention to creating is black and white with absolute clarity. Each video online is short and mixing is left in the red for dance floor brain meltdown.

So that brings one to wonder what would a longer recorded mix without the video theatrics sound like since most of us can’t grab a flight to Brazil. Just in time to capitalize on his new stardom, we have been graced with this first release put out in November at the tail end of 2023 by label Lugar Alto. I will disappoint you first. The bass ain’t bass-ing. The mix isn’t as drastic as one would hope especially as many people are now used to his wide use of the mixing spectrum. We all know that our stereos and iPhones can handle it. “Sexta dos Crias” comprises only 2 long mixes. Entirely enjoyable and what we should expect from his unique skills. But it also doesn`t stand out entirely from other dance records..... UNTIL mid way through track 2
“Distorcendo a Realidade” which suddenly turns waaaay up and gets grimy dirty resembling his videos. Too bad we have to wait so long but that doesn’t mean the preceding minutes are a waste. No, just a different medium, a different form of creation and compression range to judge his immense talent. The 2 tracks of “Sexta dos Crias” move at a pace that I wish most mixes moved at. Mind you he does this in real time! I haven’t been so excited about DJ work since I saw Jeff Mills. I want to dance but I want to also be excited and stimulated to the point of climax. I want the DJ to earn my attention in watching him actually perform on the decks. I hope all DJs worldwide take note and go back to their bedrooms to spice up their abilities. DJ Ramon is unmatched.

7月のジャズ - ele-king

 先月は南アフリカ共和国から生み出されたジャズ・アルバムを2枚紹介したが、リンダ・シカカネも南アフリカのダーバン近郊のウムラジ・タウンシップ出身のサックス奏者。


Linda Sikhakhane
iLadi

Blue Note / Universal Music South Africa

 10歳の頃から音楽スクールに通い、大学入学後は音楽理論や作曲などについても習得してきた。南アフリカのミュージシャンや訪れたミュージシャンたちとの共演を経て、2016年には海外留学の奨学金を獲得。2017年にニューヨークのニュースクール大学に入学し、ビリー・ハーパー、デヴィッド・シュニッター、レジー・ワークマン、チャールズ・トリヴァーに師事している。ビリー・ハーパー、デヴィッド・シュニッターは1970年代を代表する名サックス奏者で、特にハーパーはジョン・コルトレーンの後継者的な奏者として注目を浴びた。彼のファースト・アルバムはチャールズ・トリヴァーとスタンリー・カウエルが創設した〈ストラタ・イースト〉からリリースされ、そのときのベースはレジー・ワークマンだった。そうした面々の教えを受けたリンダ・シカカネもコルトレーンの系譜に繋がるサックス奏者と言える。
 同年にはファースト・アルバムの『Two Sides, One Mirror』を自主制作で発表するが、このプロデューサーは先月紹介したンドゥドゥゾ・マカティーニである。そして、ニュースクールの卒業リサイタルの模様を収録したライヴ録音の『An Open Dialogue』(2020年)にも、マカティーニはヴォーカルで参加。マカティーニ以外にもニューヨークで活動する南アフリカ出身のミュージシャンがサポートしていた。

 プロとなってからの第1作『Isambulo』(2022年)もマカティーニによる共同プロデュースで、リンダ・シカカネにとって彼は欠かせないミュージシャンというか、一種のメンター的な存在なのだろう。呪術師や祈祷師でもあるマカティーニから、音楽以外にも宗教や哲学などの影響を多大に受けているようだ。南アフリカのズールー族によるズールー語で啓示という意味の『Isambulo』について、シカカネ自身も「スピリチュアルな体験」と述べている。
 それから2年後の新作『Iladi』もマカティーニがプロデュースとピアノを担当する。シカカネは『Iladi』について、ズールー族の伝統や彼の生い立ちから導かれた儀式であり、アフリカのさまざまな文化的知識に裏付けされたものであると述べる。このアルバムはその儀式を音で表現したもので、彼が人生の旅において得てきたもの、学んできたことに対する感謝の意を表したものであると。マカティーニの端正なピアノをバックに、シカカネのテナー・サックスが魂の奥底からブロウするスピリチュアル・ジャズの “Influential Moments”、ダークなトーンで深く潜行していくようなミステリアスなモーダル・ジャズの “iGosa”、アラビックな旋律のポスト・コルトレーン的なナンバーの “Ukukhushulwa” と、マカティーニの『Unomkhubulwane』と対で聴きたいアルバムだ。


Forest Law
Zero

Les Disques Bongo Joe / Total Refreshment Centre

 フォレスト・ロウことアレックス・バークは、エセックス出身でロンドンを拠点に活動するマルチ・アーティスト。DJ/プロデューサーのエサ・ウィリアムズ率いるアフロ・シンセ・バンドというブラジリアン・ブギー・バンドや、ハハ・サウンズ・コレクティヴというポップ・ロック・バンドでも活動している。最初はジャイルス・ピーターソンのコンピ・シリーズ『Future Bublers』に収録されたことで注目され、〈ブラウンズウッド・レコーディングス〉からデビューEPの「Forest Law」を2020年にリリース。このEPにはエサ・ウィリアムズも参加していて、アフリカ、ブラジル、ラテン系のプリミティヴなサウンドと、ニューウェイヴやポスト・パンクを通過したディスコ・ダブをミックスしたユニークな作品となっていた。
 それから数年を経て、突如登場したのがデビュー・アルバムの『Zero』である。この数年、フォレスト・ロウはロンドンのトータル・リフレシュメント・センターでライヴやセッションなどをやってきたようで、この『Zero』のリリース元にも絡んでいる。YouTubeではトータル・リフレシュメント・センターでのライヴ・セッションの様子を見ることができるのだが、バンド・メンバーはギターとヴォーカルのフォレスト・ロウ以下、アーサー・サハス(フルート、パーカッション、シンセ、エレクトロニクス)、アンジー・プラサンティ(ベース)、イーノ・インワン(パーカッション、エレクトロニクス)、モモコ・ジル(ドラムス)というラインナップで、ほぼこのメンバーで『Zero』も録音しているようだ。

 先行シングルとなった “Ooo, I” はEPでもやっていたアフロ・ブラジリアン系のディスコ・ダブで、エサ・ウィリアムズ・アフロ・シンセ・バンドにも共通するテイスト(エサ・ウィリアムズ・アフロ・シンセ・バンドやハハ・サウンズ・コレクティヴもメンバー的には被る部分もある)。オランダのニック・マウスコヴィッチ・ダンス・バンドあたりに通じるところもあるが、全体的にはフォレスト・ロウの方がよりバレアリックな雰囲気が強い。ボヘミアのジプシー音楽的なダンス・グルーヴの “Niceties”、フルートとコーラスがミステリアスな雰囲気を誘うアフロ・ブラジリアンの “Difficulties”、土着的なアフロ・ブラジリアンとブロークンビーツをミックスしたような “Parece” など、世界各地の民俗音楽や伝承音楽をポップ・ミュージックと巧みに融合した世界を展開している。


Bryony Jarman-Pinto
Below Dawn

Tru Thoughts

 シンガー・ソングライターのブライオニー・ジャーマン・ピントは、ロンドン生まれで幼少期は英国北西部のカンブリア州で育った。ケルティック・バンドのバカ・ビヨンドなどで活動したベーシストのマーカス・ピントを父に持ち、ケルト音楽や英国トラッドから派生したブリティッシュ・フォークと、ソウルやジャズがミックスした音楽性を持つ。ソロ・デビュー前はマシュー・ハルソールとゴンドワナ・オーケストラや、トム・リアのヴェルカなど、マンチェスター方面でも客演してきた。トム・リアとはカンブリア州のペンリスにあるブルージャム・アーツという音楽スクールで共に学んできた仲間だ。ファースト・アルバムは2019年の『Cage And Aviary』で、これまで数々のコラボをしてきたトム・リアが共同プロデュースを担当。ムーンチャイルドのようなジャジーなネオ・ソウルのマナーを取り入れつつも、UK独自のソウルやクラブ・サウンドのエッセンスも取り入れ、何よりもそのアコースティックな肌触りはリアン・ラ・ハヴァスあたりに共通するものだった。

 その後、ジャイルス・ピーターソン主催の「ウィ・アウト・ヒア・フェスティヴァル」への出演があり、待望のセカンド・アルバム『Below Dawn』がリリースされた。パンデミック初期に制作がスタートしたというアルバムで、そうした社会の変化の中で自身も妊娠・出産を体験し、母となった。夜明け前を意味するタイトル『Below Dawn』についてブライオニーは、「このアルバムは、私が出産し、新しい世界に踏み出す直前の自分自身について語っている」と述べている。そして、プロデュースがノスタルジア77のベン・ラムディンが手掛けることもあり、サウンド的には前作以上にジャズの要素が増している。演奏メンバーもそのノスタルジア77のロス・スタンレー(キーボード)ほか、現代のロンドン・ジャズのキーパーソンのひとりであるトム・ハーバート(ベース)、アフロ・ジャズ・バンドのワージュのメンバーであるタル・ジョーンズ(ギター)などが参加。かつてのリチャード・エヴァンスを思わせるベン・ラムディンのストリングス・アレンジが冴える “Moving Forward” がその代表で、中間部のトランペット・ソロも含めて、ブライオニーの歌と共にバックの演奏も聴きどころが多い。“Deep” でのロス・スタンレーのエレピ演奏もそのひとつ。ルタ・シポラによるミステリアスなフルートがフィーチャーされた “Willow” は、ジャズ・スタンダードである “Willow Weep For Me” を下敷きとしている。ジャズ・シンガーとしてのブライオニーの艶やかさ、気品が伝わってくるナンバーだ。 そして、“Leap” でのジャジーなスキャット、“O” でのフルートと結びついた情感に満ちた歌、フォーキーなムードの “Feel Those Things” でのアーシーな力強さをまとった歌と、さまざまな表情を見せてくれるアルバムだ。


Ahmed Malek
Musique Originale De Films: Deuxième Tome

Habibi Funk

 最後に復刻物を紹介したい。アルジェリア出身の作曲家/ミュージシャンで、1970年代から1980年代にかけて数々のサントラを残したアーメド・マレック。アルジェリア放送局でテレビやラジオの音楽を制作し、映画やドキュメンタリーなどにも彼の音楽は用いられた。伝統的なアルジェリアの音楽と、西洋のジャズやファンクを融合し、またシンセをはじめとした新しい楽器やテクノロジーを取り込むことにも貪欲だったマレックは、アルジェリアのエンニオ・モリコーネとも呼ばれた。キューバやフランスでおこなわれた音楽祭にも参加するなど国際交流にも積極的で、2008年の没後以降は再評価が進み、2019年と2021年はアルジェ国立現代美術館で回顧展が開催された。彼のサントラやレコードはアルジェリア国内のみの流通で、また非英語圏の音楽であるためにこれまでほとんど聴く機会はなかったが、2016年頃よりドイツの〈ハビビ・ファンク〉が彼の作品のアーカイヴ化を進めている。『Musique Originale De Films: Deuxième Tome』もそうした1枚だ。

 “La La La” はブラックスプロイテーション風のジャズ・ファンクで、年代的には1970年代中盤頃の作品だろう。スリリングなリズム・セクションとワウ・ギターはブラックスプロイテーションの定番だが、どこかアラビックなムードがアルジェリア音楽ならではである。そして、フルートのような音色のモーグ・シンセが用いられ、当時の先端技術を駆使した作品であることも読み取れる。

水谷:そろそろVGA(VINYL GOES AROUND)でコンピレーションでも作ろうという話になったのって去年(2023年)の秋くらいでしたね。

山崎:VGAはレアグルーヴのイメージが強いという事もあって、いろいろ案を出しあった結果、「アンビエント・ブームへのレアグルーヴからの回答」というコンセプトができて取りかからせて頂きました。

水谷:一概には言えないのですが直球の70年代ソウルが今の時代にフィットしないような感覚があり、また思った以上にスピリチュアル・ジャズが盛り上がっている背景もあったので、その辺にカテゴライズされているものを中心に静かな楽曲をアンビエント的な解釈でコンパイルするのは面白いかもねというのが当初の話でした。そもそもアンビエントの定義とは何なのでしょうか?

山崎:ブライアン・イーノが提唱した「環境に溶け込む、興味深くかつ無視できる音楽」というのが定説ですが、境界線は曖昧ですね。90年代に流行したヒップホップやR&B、アシッドジャズのルーツにはレアグルーヴ的なサウンドがあったのに対し、テクノやハウスのルーツにはアンビエントやニュー・ウェイヴ、プログレッシヴ・ロックがあって、当時のレコード店にはテクノと同じ棚にアンビエント系も並んだりしていました。僕はそのあたりからアンビエントに興味を持ち始めました。

水谷:近年のアンビエント・ブームはどのような経緯で生まれたのでしょうか?

山崎: 今の世界的なアンビエント・ブームは80年代の日本の環境音楽やニューエイジが中心となっています。日本ではハウス系の文脈からバレアリックやイタロ/コズミック系に流れた人たちが2010年以降に開拓していったように思いますが、しかし90年代は、クラブミュージック界隈では誰もこの辺に興味を持っていなかったように思います。時代とともに価値観が逆転した感じですね。

水谷:今回のコンピレーションはその流れとも少し外れているように思いましたが、具体的にはどのような意図で選曲をしていったのですか?

山崎:まずコンピレーションの意義みたいなものを考えてイメージを膨らませました。僕が20代の頃(80〜90年代)によく聴いていたのは主に70年代のソウルやファンク、ジャズのいわゆるレアグルーヴ系のコンピレーションで、当時は知らなかった曲の発見に加えて、収録曲の完成度が高くてリスニング体験がとても豊かでした。でも2000年代を過ぎたあたりから発掘ネタも出尽くしてきて、様々なコンピレーションが重箱の隅を突くようになりどんどんクオリティーも下がっていきました。

水谷:レアグルーヴの視点でいうと欧米の主要な楽曲の発掘は2000年代で枯渇したように思われます。2000年代中盤に差し掛かると収録ネタのターゲットは辺境系にいきました。購買層もどんどんマニアックな人たちになっていき、それはコア層にとっては新鮮でしたが、いま、2024年に振り返ってみても一般的なスタンダードにならなかった曲が多かった気がします。

山崎:一方、同時期にレアグルーヴ系以外でよく聴いていたコンピレーションは、1994年にリリースされた『Café Del Mar』や1996年にリリースされた『Ocean Of Sound』で、前者は当時、イビザ島のカフェをテーマにしていてそこでレギュラーDJをしていたホセ・パディーヤが選曲をしているもの。後者はブライアン・イーノが設立したレーベル、Obscureからもアルバムをリリースするアンビエント/エクスペリメンタル・シーンのパイオニア、 デヴィッド・トゥープによるものなのですが、どちらもジャンルの深掘りというよりは、ジャンルも年代も広い範囲で捉えられていて、テーマにそって演出された選曲が斬新でした。

 それで散々アンビエント系のコンピレーションが出ている今、若いアナログ購入者層に向けるべきなのは、レアな曲を中心にセレクトするのではなく、定番もおさえた上でサブスクのプレイリストでは感じることのできないアナログの体験ができるようなコンピレーションではないか思いまして、また80年代アンビエント発掘系のMUSIC FROM MEMORYや、LITAの『環境音楽』とも違った方向性にしたかったので、『Café Del Mar』や『Ocean Of Sound』を意識し、テーマを決めて様々なカテゴリーから選曲する方向へとシフトしました。テーマは夜の部屋から望む月です。

水谷:どうして月なのでしょうか?

山崎:単純な理由なのですが去年、たまたまストロベリー・ムーン(毎年6月に見られる赤い満月のこと)に遭遇したんですね。海の水平線上に、これまで見たことのないくらい赤くて異様な感じで妖艶な光を放っていました。その時に撮った写真をジャケットにしたいという思いがありまして、実際に使わせていただきました。

水谷:このジャケットは秀逸ですね。なんとも言えない存在感を感じます。それとこの三角の帯、『ORIGAMI』もいい感じになりましたね。

山崎:この帯は水谷さんと一緒に考案させていただきましたが、通常の縦の帯はジャケットのアートワークの大事な部分を隠してしまうこともある。この帯はそんな時にいいですね。

水谷:ただ日本盤の帯って良くできていて、縦にドーンっとカタカナが入っている感じは外国人も好きですし、あの存在感が購買意欲に直結する感じもあります。なので『ORIGAMI』は今後もケースバイケースで使っていきたいなと考えています。

山崎:では曲を追っていきたいと思います。

水谷:1曲目はP-VINEのアーティスト、yanacoですね。最近はマイアミのシンガーソングライター、カミラ・カベロにサンプリングされたり、配信サービスのチャート常連になっている新進気鋭の日本人アーティストです。

山崎:この「Arriving」は最初に聴いたとき、ピアノのフレーズが綺麗で心に染みる感じがアルバムの導入にふさわしいと思い、すぐに1曲目にさせてもらおうと決めました。

水谷:yanacoはデモテープをP-VINEに送ってきてくれたアーティストの一人なのですが、アンビエント作品のデモテープって今、とても多いんですよ。語弊を恐れずに言うとアンビエントっぽい曲って簡単に作れてしまう。そういう事情もあってなのか、たくさんアンビエントのデモが送られてくるのですが、yanacoには他のアーティストとは明らかな違いを感じたんです。その違い何だったのか明確にはわからないのですが、アンビエントって冷たい曲が多い中、yanacoには不思議な温かみを感じたのも理由の一つで、彼が唯一リリースに繋がったアーティストです。

山崎:直感に触れてくるような親しみのある感じはとても良いですね。適度な緊張感を保っているので自然体で聴けます。今回、ジャンル特有の難解さはあえて避けましたのでフィットしました。
続いて2曲目にはフランスの黒人ピアニスト、Chassolの「Wersailles (Planeur)」です。

水谷:ピアノの流れが続きますが、遠い景観をイメージするようなゆったりしたyanacoの曲から疾走感のあるこの曲への繋がりがまるで映画のシーンが変わるようですね。

山崎:実際、この曲は『わたしは最悪。』という2021年のフランス映画で使われていて、主人公の女性が明け方に街を彷徨するシーンにマッチしていました。この映画では他にもArmad JamalやCymandeが使用されていて監督に同世代感を感じました。調べたらそのヨアキム・トリアー監督は1974年生まれでした。

水谷:ピアノがエモくていいですね。情景が浮かびます。Chassolはどういうアーティストなのでしょうか?

山崎:2015年に恵比寿のリキッドルームでモントルー・ジャズ・フェスティバルが開催されてそこでLIVEを初めて観ました。映像を使ったライブをする人なのですが、鳥のさえずりや人の会話の映像に演奏をかぶせていき、ピアノやドラムと映像がどんどんシンクロしいていってそれが少しずつ音楽に変わっていく。今まで観たことがない貴重な体験でした。その後、すっかりChassolのファンになってレコードを買うようになりました。良い曲が多いので今回、候補曲を絞るのが難しかったです。
次の3曲目はBrian Bennett & Alan Hawkshaw の「Alto Glide」です。

水谷:これはUK老舗のKPMというライブラリー音源ですね。やっぱりヨーロッパな感じがします。いつもUSの真っ黒な曲ばっかり聴いていても疲れちゃいますから、たまにはこういう洒落た曲を聴きたくなるので、僕も昔はフランスのEditions Montparnasse 2000とかをよく集めました。この「Alto Glide」は跳ねた感じのビートと浮遊感のあるシンセサイザーが気持ち良いですね。片割れのBrian Bennett の『Voyage』というライブラリー・アルバムを知っていますが、そこに収録の「Solstice」も、 ドープでゆったりとしたシンセ・ファンクでいい曲です。

山崎:KPMのライブラリー音源はイタリア系よりも70年代臭すぎず洗練された曲が多いです。John Cameronの「Half Forgotten Daydreams」とかKeith Mansfield「Morning Broadway」などは有名なレア・グルーヴ・クラシックでもあります。

水谷:今回、100%アンビエントにこだわっていないとは思いますが、これはビートが強いのでアンビエントとは言えない感じですね。

山崎:すでに3曲目でアンビエント色から外れてしまうというのもどうかとは思いましたが、緩急をつけることで曲それぞれが生きてくる感じを前半から作りたかったです。そして次につなげる橋渡し的な役割でもありました。

水谷:で、次がSven WunderのLP未収録の7インチ・オンリーの曲「Harmonica and....」ですね。

山崎:Sven Wunderは近年、人気が急上昇しています。この曲は彼の楽曲の中でも人気の高い曲で、7インチは最近では2万円くらいまで上がっています。また先日も、タイラー・ザ・クリエイターのアパレル・ブランドle FLEURのPV挿入曲としても使われていました。今回のコンピレーションの中ではある意味いちばん華やかな曲ですね。

水谷:しっかりとした音ですよね。こういうビートに豪華なストリングスが入るとDavid Axelrodを思い出しますが、その現代版と言ってもいいかもしれません。

山崎:David Axelrodは当時の最高峰のレコーディング環境とスタジオ・ミュージシャンを使っていますからね。で、あのサウンドをあの時代にやっていた。僕らにとってはもう神のような存在ですが、Sven Wunderもそこに追走していてかなり頑張っていると思います。

水谷:次はテキサスのアンビエント作家、Dittoです。ここで初めて80年代ニューエイジ・サウンド的なシンセサイザーの音色がでてきました。

山崎:なぜテキサスでこういう音楽をやっていたのかが謎な人です。これはビートがしっかり入っているので選曲しました。僕はWally Badarouが昔から好きで、この人はアンビエント的な曲を手がける黒人キーボーディストなのですが、アフリカンなビートにDX-7などの80年代シンセサイザーが特徴で、クラブ・クラシックな曲が多くあります。このDittoの「Pop」はシンセの音色と変拍子のリズムがWally Badarouにも通じる感じがしました。でも本人は白人でイーノやクラスターに影響を受けているらしいです。

水谷:次の曲は日本人ですね。

山崎:新津章夫さんはまさに80年代の日本のニューエイジ音楽家です。最近、ギター中心の一人多重録音で作られたアルバム『I/O(イ・オ)』(1978)がアナログで再発されました。自宅の物置をスタジオに改造して音楽制作をされていたらしいですが、工夫を凝らした作風で評価が高いです。この曲は1981年に発表された曲ですが、ゆっくり弾いたギターの再生スピードを上げてメロディーを奏でているところが特徴的で、この手法はホルガー・シュウカイもペルシアン・ラヴで使っています。

水谷:確かにペルシアン・ラヴに通じる曲ですね。

山崎:このような職人気質なニューエイジ/環境音楽家が80年代の日本にはたくさんいて今、それが世界で再評価されています。この辺の作家はYMOの影響下にある人も少なくないと思います。YMOが海外での評価が高かったことから日本の環境音楽シーンも海外を視野に入れて制作をされていたのではないでしょうか。今、ここにきてそれが実を結んだというのはいいですね。

水谷:次はLemon Quartetの「Hyper for Love」ですね。ここでアンビエント系からジャズに戻りました。どういうグループなのですか?

山崎:オハイオの現行ジャズ・グループですね。アルバムを2020年代に2枚リリースしています。全体的にECMにも通じるような作風で、最近のアンビエント系のファンから人気が高いです。今、ECMの中古レコードって以前に比べて高くなっているんですよ。

水谷:そうなんですね。昔は1000円以内で買えるイメージでしたが。

山崎:ECMはアンビエントとは呼ばれないですが、設立当初(アンビエントという定義ができる前)から「The Most Beautiful Sound Next To Silence (沈黙の次に美しい音)」というサウンド・コンセプトを示してきたレーベルなので、今また評価が上がっているのはアンビエント人気の延長にあると思います。

水谷:これを聴いて思うのはやはりスピリチュアル・ジャズとは違ってピアノが軽いですよね。スピリチュアル・ジャズのピアノは美しさと同時に重みがある。これはジャズなのにアンビエントとしても聴けるのはこの軽さが理由だと思います。このサウンドは今の時代を表しているように感じますね。

山崎:今回のコンピレーションで示したかったのはアンビエントをテーマにしながらもアンビエントではないジャンルの横断なので、この曲の良い意味で軽めな表現はコンセプトに合いました。

水谷:続いてはGigi Masin の「Clouds」です。よくできた曲ですね。古くからサンプリング・ネタとしても多くの人から使われています。

山崎:この曲は2016年に我が社で12インチをカットしていますがその時の世の中の反響はどうだったのですか?

水谷:日本ではちょっとしたGigi Masinブームが起こっていましたね。レコードも売れましたし、舐達麻の「FLOATIN’」でもその後サンプリングもされました。

山崎:この曲は美しいピアノが印象的ですが、バックのシンセサイザーのループが秀逸ですね。

水谷:このループ感がサンプリングネタになりやすい所以だと思いますが、アンビエントでも僕らのようなジャンルの人が聴ける重要な部分はこのループ感という気がします。ここにグルーヴを見出すことができる。

山崎:おっしゃる通りですね。ビートが無くても感じられるグルーヴの一つに、同じフレーズの反復があると思います。今回の選曲はこのグルーヴ感を重視しています。これがレアグルーヴからの回答なのかなと。

水谷:次はJohanna Billingの「This Is How We Walk On The Moon」ですね。アーサー・ラッセルのカバー曲です。アーサー・ラッセルって僕が最初にアンビエントを意識した人ですね。アンビエントからディスコ/ガラージ系、ニュー・ウェーブなど多方面で活動されていましたが、いろいろな層から高い評価をされるクロスオーバーな人の象徴のようなイメージです。

山崎:90年代はアーサー・ラッセルからのサンプリングって、ハウスでは結構ありますが、調べるとヒップホップでもカニエ・ウエストが2016年にサンプリングしているのである意味レアグルーヴな人だと思います。

水谷:このJohanna Billingという方はどのようなアーティストなのでしょうか?

山崎:スウェーデンで活動する女性のメディア・アーティストで、映像で多くの作品を発表しています。この「This Is How We Walk On The Moon」も彼女が2007年に発表した同名のショート・ムーヴィー(邦題『私たちの月面の歩き方』)のサウンドトラックで、当時は恵比寿映像際というアート・フェスでも出展されていたみたいですね。この作品は観ていないですが、彼女は主に即興とドキュメンタリーを掛け合わせたような作風らしいです。

水谷:チェロの感じはアーサー・ラッセルっぽいですが、パーカッシヴなトラックとしばらく歌が出てこないアレンジがいいですね。

山崎:原曲がいい曲っていうのもあるかもしれませんが、アート系の作家による音楽にしてはすごく良くできているアレンジだと思います。あとこの曲は歌詞がいいんですよ。翻訳を見たらとてもポジティブな内容で感銘を受けました。それもあって本作のタイトルはここから引用させていただきました。

水谷:続いてはWeldon Irvineの「Morning Sunrise」です。今、めちゃくちゃ人気のある曲ですが、僕たちがこんなことを言ってはいけないですが、「え?なんで?」って感じもありますよね。

山崎:1998年リリースの未発表アルバムに収録されていました。このアルバムは僕もリアルタイムで買いましたが、どちらかというと失敗したなと思った買い物でしたね。当時の周囲の評判もすごく悪かった。それが後にこの曲が跳ねるとは思いもしなかったです。

水谷:これもサンプリングされて人気が上がった曲ですね。Weldon Irvineの歌モノの代表曲といえば僕らの時代は「I Love You」っていう印象が強いのですが、今はどちらかといえばこの「Morning Sunrise」の方が代表的になっている気がします。

山崎:コンピレーションの終盤に夜明けをテーマにした曲を持って来れたのはちょうど良かったですし、他にソウルフルな楽曲が無かったのでうまくバランスが取れました。またあらためて聴くとやっぱりいい曲だなとも思いました。

水谷:そしてLPの最後はセキトオ・シゲオさんの「The Word II」。これもマック・デマルコによる引用で今や大人気の楽曲ですね。

山崎:そうですね。さすがに有名曲すぎるとも思いましたが、僕たちの界隈を外れたところでは意外と知らない人も多いので収録させていただきました。このオリジナルのレコードはエレクトーンの教則的なシリーズですね。日本人でもなかなかディグしないであろう曲をカナダ人のマック・デマルコが引用するなんて最初はびっくりしましたが、ネットの力はすごいというか、YouTubeの出現によって日本の古い音楽が世界に広まった代表的な事例の一つではないでしょうか。

水谷:LP収録曲をひと通り説明いたしましたがCDには井上鑑さんの「湖のピアノ」が追加収録されています。

山崎:この曲が収録されていたアルバム、『カルサヴィーナ』はもともとカセット・ブックのシリーズでリリースされています。井上鑑さんは多作すぎてすべてを聴いているわけではないですが、アンビエントを手掛けている作品は珍しいと思います。

水谷:日本で高い人気を誇る作編曲家だけあって音が鋭く響きわたりますね。

山崎:背景に鳴っているフィールド・レコーディングのような音とピアノにかかっているエコーやリヴァーブも効果的で美しいです。

水谷:吉村弘さんを筆頭に今、流行っているアンビエントって先ほどのDittoのようなサウンドなのかなって思うのですが、井上鑑さんのこの曲はそれとは全く別の音楽に感じます。アンビエントの中でもカテゴリーの枝分かれってあるのですか?

山崎:Dittoはシンセサイザー・ミュージックだと思います。井上鑑さんのこの曲は現代音楽よりでしょうか。この辺をひっくるめてニューエイジ・ミュージックと言うのだと思いますが、ニューエイジって瞑想のための音楽や音楽療法に使われるものだったりする宗教的イメージが強いので、先にも書きましたが昔は一般的には人気のある音楽ではなかったです。ただ現代からあらためて振り返ると、80年代のこの辺のサウンドって90年代以降に生まれたIDM系やダウンテンポに近いサウンドをそれよりも先に具体化していたように思います。ここに因果関係があるのかどうかは全くわからないですが、再評価されているのはそういうことではないかと勝手に思っています。

水谷:あとは80年代ディグの延長ですよね。このムーブメントは80年代ディグの最終地点かもしれません。

山崎:たしかに巷ではそろそろ90年代ディグに入ってきてますからね。

水谷:さて、今回、あらためてこの『How We Walk On The Moon』を通して聴きましたが、バランスよく上手くまとまっているんじゃないでしょうか。

山崎:そう言って頂けて安心しました。最後に伝えたいのですが、今回のLPはとても音がいいです。プレスは我が社の『VINYL GOES AROUND PRESSING』(VGAP)なので、非常に手前味噌で恐縮ですが、選曲を考えている間ずっとデジタル音源でこれらの曲を聴いていたんですよ。それでテスト・プレスが上がってきて初めてレコードに針を落とした時に、久しぶりにアナログというものの素晴らしさを感じました。あの感動は忘れられないですね。暖かみがあって奥行きがあって、解像度はデジタルの方が良いはずなのですが、すぐそこで楽器を鳴らしているようなリアルさも感じまして。で、やっぱりレコードって良い音なんだなぁとあらためて思いました。

水谷:うちの宣伝になってしまうようで申し訳ないですが、実際にVGAPのプレスの音は外からの評判もとてもいいんですよ。非常にありがたいお話ですが。

山崎:一般受注も開始しましたし、国内のレコード生産が今まで以上に活発になるといいですね。

VINYL GOES AROUND Presents
V.A. / ハウ・ウィー・ウォーク・オン・ザ・ムーン
V.A. – How We Walk on the Moon

CD:発売中
LP : PLP-7443 / Release: 2024年8月7日

LP収録曲
SIDE A
1. yanaco - Arriving
2. Chassol - Wersailles (Planeur)
3. Brian Bennett & Alan Hawkshaw - Alto Glide
4. Sven Wunder - Harmonica and…
5. Ditto – Pop
6. 新津章夫 – リヨン

SIDE B
1. Lemon Quartet - Hyper for Love
2. Gigi Masin – Clouds
3. Johanna Billing - This Is How We Walk On The Moon (It's Clearing Up Again, Radio Edit)
4. Weldon Irvine - Morning Sunrise
5. Shigeo Sekito – The Word Ⅱ

https://vgap.jp

『ボレロ 永遠の旋律』 - ele-king

 フランスの作曲家、モーリス・ラヴェルに興味を持ったのは坂本龍一が音楽百科『スコラ』で大きなパートを与えていたからだった。バッハやベートーヴェンはわかるけれど、ラヴェルがそんなに大事なのかと最初はちょっと不可解な気もした。クラシックに多少の興味があっても、若い頃はメシアンやシェーンベルクに手を延ばしがちで、ラヴェルという選択肢はそうはない気がするし、学校の授業か何かで “Boléro” に触れてユニークだなと思うことはあっても、それなりの環境にいなければ彼の作品をもっと聴いてみようとはならないのではないだろうか。『スコラ』で取り上げられたラヴェルを、まあ、でも、坂本さんだしと思って素直に聞いていると “戦場のメリークリスマス” が生まれた背景を多少とも想像させるところがあり、その後も “水の戯れ” などを繰り返し聴きながら、なるほどロマン派を批判して印象派が訴えようとした主観性からの脱却が “戦場のメリークリスマス” には受け継がれているということが少しはわかった気がしてきた。坂本龍一が『エスペラント』をつくる時にマーラー解体というテーマを内包していたことと裏表の発想だったのだなと。

 アンヌ・フォンテーヌがラヴェルの生涯を描いた『ボレロ 永遠の旋律』はロシアのバレエ・ダンサー、イダ・ルビンシュタイン(ジャンヌ・バリバール)の足元から始まる。ルビンシュタインは雨の中を工場に向かって歩いている。映像には青のフィルターがかけられている。建物の入り口にはラヴェル(ラファエル・ペルソナ)が待っていて彼女を内部に招き入れるとフィルターは外され、機械類が色鮮やかに映し出される。そして、機械が立てる繰り返しの音を賞賛し、これが音楽だと彼女に伝える。ルビンシュタインはこれに同意しない。彼女には機械の音は音楽には聞こえない。ラヴェルは機械の音が「繰り返し」であることに価値を見出している。ここで観客は “Boléro” が同じモチーフの繰り返しだということをいやでも思い出す。ラヴェルはサティのミニマル・ミュージックに触発されて “Boléro” を構想したとどこかで読んだことがあるので、あれはガセだったのかなと僕は戸惑い、リー・ペリーがドキュメンタリー映画『The Upsetter: The Life and Music of Lee Scratch Perry』(08・日本未公開)でツルハシを振り下ろす音の繰り返しがレゲエの起源だと語っていたこともついでに思い出す。「労働=繰り返し」をチャップリンが『モダン・タイムス』で主題化したのは “Boléro” が作曲された8年後。ラヴェルは幼少期を工場の近くで過ごしたそうで、意識下に機械の音が刷り込まれていたということなのだろう。クラフトワーク『Man-Machine』がリリースされた時点でもまだドイツでは「労働=ロボット」問題は議論されている。

 時制は過去に戻って1903年。30歳手前のラヴェルは大きなピアノの賞に挑み、受賞することができなかった。審査会場となっていた建物から転げ落ちたラヴェルは母親に自殺未遂を疑われる。彼は東洋風のメロディが聞こえてきて思わず身を乗り出してしまい、自分が2階にいたことを忘れていたと母親に説明する。ラヴェルについては表面的なことしかわかっていないそうで、この辺りはどっちが真実なのかわからない。ちなみにほとんどの人は彼を「モリース」と呼んでいて「モーリス」と呼ぶ人も何人かはいた。さらに20年以上が過ぎ、50歳を過ぎたラヴェルは売れっ子の作曲家になっている。本作ではものの見事に省略されているけれど、 “水の戯れ” など彼の代表作はほとんどが30歳前後の一時期に作曲され、それらをレパートリーとするピアノのソロ・コンサートが大人気を博している。つまり、ピアニストとしては評価されなかったけれど、作曲で大きな知名度を得、友人たちは彼が5回も受賞を逃したことが成功の要因だったと楽しげに話す。ラヴェルはアメリカに招聘されて全米各地をツアーで回り、コンサートの合間にはジャズの演奏も聞きに行く。機械の音を音楽だといい、ピアノ・ソロのコンサートを行い、ジャズに興味を示しているあたりも完全に坂本龍一とイメージがダブる。みんなと流行歌を楽しげに弾きながら歌うシーンも後半には出てくる。
 アメリカにツアーへ出かける前、ラヴェルはルビンシュタインにバレエ用の新曲を書いて欲しいと頼まれ、承諾の手紙を彼女に送っていた。当初はツアー中に書き上げてしまうつもりだったものの、まったく曲は書けず、パリに戻ってからもライターズ・ブロックからは抜け出せない。作曲家や小説家がスランプに陥るシーンはなぜか絵になるので、『ボレロ 永遠の旋律』でもそのあたりはかなり楽しんで撮られている。海岸に何度も波が打ち寄せるシーンはなかなか丁寧に撮られているので “Boléro” の繰り返しと直結するシーンなのかと思っていたら、ぜんぜんそうではなかった。本作は時系列がバラバラに配置されているので、素直にストーリーが流れていくわけではなく、第1次大戦に志願して出兵するシーンやその前後からラヴェルがミューズとして慕っているピアニスト、ミシア・セール(ドリヤ・ティリエ)とのやりとりが細切れに挿入される。2人の関係は複雑で、ミシアには夫がいて、その夫には複数の愛人がいる。ラヴェルはミシアに好意を寄せているものの、ミシアはその気持ちには応えない。

ラヴェルはミシアが忘れていった赤い手袋を携えて売春宿に出掛けて行く。ピアノを弾いて娼婦たちとさんざん騒いでからそのうちの1人と個室に入り、服は脱がなくていいと優しい口調で告げ、彼女にミシアの赤い手袋をつけてもらう。それ以上の描写はないものの、ラヴェルがフェティシズムを満足させたことは明らかに推察できる。前後してオーケストラを指揮するリハーサルのシーンがあり、エナメルの靴を家に忘れてきたとラヴェルは癇癪を起こす。これもラヴェルのフェティシズムに由来するものだったと、この時に初めてわかる仕掛けになっている(最後まで観るとマザコンがその根本にあったのかなという想像も湧き上がってくる)。その時のリハーサルではラヴェルがメロディよりもテンポを重視しろと楽団員たちに強く訴えるシーンが印象的で、これも明らかに “Boléro” がどんな曲になるのかという伏線になっている。ラヴェルが指揮棒を止め、口を開くまでの沈黙はまだその後の展開がわかっていないためにかなり恐ろしい。そして、オーケストラは爆発的な調子でエンディングだけを演奏する。

 “Boléro” が完成するまでのプロセスはサンプリングみたいでとても興味深い。彼がようやくとっかかりを掴むのはハウスメイドのルヴロ夫人(ソフィー・ギルマン)がクラシックよりも流行歌の方が好きですといって2年前にヒットした “Valencia!” を2人で演奏するところから。 “Valencia!” のリズムがラヴェルの指先から離れなくなり、彼は指先でピアノのボディを叩き続ける。当時の演奏をいくつか聴き比べてみると、トン、トトトトン、トトトトン……というフラメンコを思わせるリズム(母親はバスク出身)はポール・ホワイトマンのヴァージョンが “Boléro” とほとんど同じに聞こえ、ホーンのアレンジもこれにかなり近い。試行錯誤を重ねた末にメロディも完成し、クレッシェンド(だんだん強く)しながら17回繰り返すだけという発想にラヴェルはようやくたどり着く(締め切りまで時間がないからそうしたようにも受け取れたけれど、さすがにそのような言及はなかった)。完成した楽譜をラヴェルがルビンシュタインに渡すのが冒頭のシーン。ラヴェルはこの楽譜を渡すのに最もふさわしい場所が工場だと思ったと告げ、ルビンシュタインはすぐに楽譜に目を通し、とても気に入った様子。

(以下、ネタバレのような解釈) “Boléro” のリハーサルを見ていたラヴェルは自分の曲がまったく理解されていないと激昂する。ラヴェルにとってはオートメイションのイメージだった “Boléro” がルビンシュタインにとっては「ヴードゥー教の儀式を思わせるエロティックな音楽」と解釈され、振り付けもストリップまがいのものになっていた。それこそ1890年代から30年近くパリを熱狂で包んだムーラン・ルージュからキャバレーのダンスを借りてきたようなものになっていて、ルビンシュタインの “Boléro” は平和とオプティミズムの表現に変わっていたのである(ラヴ&ピースの発信地だったムーラン・ルージュは1920年代に入って再建され、 “Valencia!” も再開したムーラン・ルージュが生んだヒット曲である。また、ムーラン・ルージュは、世界中で進行している性教育の後退に対して「性の喜びと同意」をテーマに掲げた今年のパリ・オリンピックでも文化の象徴として看板を新しく付け替えられている)。

 初演の日になってもラヴェルは怒りが収まらず、曲の途中で耐えられなくなって劇場の外に出てしまう。しかし、明らかに聴衆は “Boléro” に魅了されている。ミシアはラヴェルを劇場に連れ戻す。実は長い間、僕は “Boléro” のエンディングがずっこけギャグのように思えて、せっかくの優雅な雰囲気が最後の最後で台無しだと感じていた。坂本龍一が(映画音楽用にアレンジした “Bolerish” はそうでもなかったけれど)洋服の青山50周年のために手掛けたアレンジではさらっと終わらせていて、さすがだなとも思っていた。しかし、ラヴェルの意図は違っていた。ラヴェルにとって “Boléro” のエンディングは破滅や消滅を意味し、工場で演奏して欲しいという希望さえ持っていた。パフォーマンスが終わり、聴衆が熱狂に包まれると、しかし、ラヴェルもようやくルビンシュタインの解釈が正しいことに気がつく。ラヴェルは「自分でも気がついていなかった曲の魅力を引き出してくれた」とルビンシュタインに謝り、2人は終演後にようやく和解する。ここで少し穿った見方をしてみたい。この作品を通してラヴェルは何度も売春宿に足を運びながら一度もセックスをせず、売春宿の女将に礼まで言われている。フェティシズムだけが彼のセクシュアリティであるかのように描かれ、もしかして童貞だったりするのかという疑いが頭をもたげてくる(前にも書いたようにラヴェルについて詳しいことはわかっていない)。ミシアと結ばれることがないラヴェルはいわば彼の愛を観念的なものとして捉えるしかなく、彼女との仮想のセックスを “Boléro” に昇華させたと考えることはできないだろうか。そして、そのことに本人も気づいていなかったのかもしれない。クレッシェンドはまさにセックスの高まりを示し、エンディングは射精して果てた状態を表しているのだと。実人生で求めていたことがどうしても叶わず、音楽にかたちを変えたもの、それが “Boléro” だったのだと。そうだとすれば印象派として認識されることでも対立し、ココ・シャネルと不倫を重ねながら “Le Sacre du printemps(春の祭典)” を書き上げたストラヴィンスキーとはことごとくが対照的だったともいえる。また、フォンテーヌ監督は若い頃に観たモーリス・ベジャールとジョルジュ・ドンによる “Boléro” があまりに官能的で心に残ったことが本作を撮る動機になったとも話している。

 “Boléro” の成功は、そして、ラヴェルの人生をゆっくりと狂わせていく。ラヴェルは神経変性疾患にかかり、ネクタイが結べなくなり、すぐにコーヒーカップを割ってしまう。最終的にはこれが原因で生涯を閉じることになっていく。記憶障害を伴うようになったラヴェルは自分が “Boléro” を作曲したことも覚えていない。ここからはあまりにも悲しい場面の連続で、最後まで観るのはちょっと辛かった。エンディングはまるで “Boléro” のミュージック・ヴィデオのような終わり方で、ラヴェルは亡くなっても “Boléro” は永遠に生きていると言わんばかり。

 本作を観るまで “Boléro” が最初はバレエのために作曲されたということを僕は知らなかった。バレエである以上、どうしたって肉体を表現することになるわけだから、ブラック・ミュージックとは別な意味で身体性とは不可分の音楽が編み出されていく。ピエール・アンリ、ラルフ・ルンゼン、スティーヴン・セヴェリン(バンシーズ)、アート・ウィルソン(アンドラス・フォックス)、最近だとJ・リンもウェイン・マグレガーのために『Autobiography』を書いている。冒頭で挙げた坂本龍一『エスペラント』もバレエのために書いたもので、踊れるものなら踊ってみろというつもりで坂本は書いたらしい。それをいったらクリスチャン・ヴォーゲル『Music for The Creations of Gilles Jobin』で、これをイダ・ルビンシュタインに聞かせたら、それこそ「工場の音にしか聞こえない」と言われそうである。

Lusine - ele-king

 近年ではロレイン・ジェイムズがフェイヴァリットにあげていたことを憶えているだろうか。そうした新しい世代にも影響を与えているエレクトロニカのヴェテラン、〈Ghostly International〉からリリースを重ねるルシーンの来日公演がアナウンスされた。2013年以来とのことなので、じつに11年ぶり。今回はドラマーを従えての公演で、迫力あるパフォーマンスが期待できそうだ。8/30(金)@CIRCUS Tokyo、8/31(土)@落合Soup、9/1(日)@CIRCUS Osakaの3公演、詳しくは下記をご確認あれ(なお落合Soup公演はソロでのパフォーマンスです)。

LUSINE JAPAN TOUR 2024 | エレクトロニカの重鎮11年ぶりにして、初のサポート・ドラマーを率いての来日決定!

昨年6年ぶりのニュー・アルバム『Long Light』をリリースしたエレクトロニカの重鎮LUSINEの、2013年の『EMAF TOKYO 2013』以来となる、およそ11年ぶりの来日公演が決定致しました。

今回はサポート・ドラマーのTrent Moormanを率いての初来日。エレクトロニクスとライヴ・ドラミングを組みわせてダイナミックなパフォーマンスが展開されます。(落合Soup公演はドラマー無しのソロ・エレクトロニック・セットです)
貴重な機会を是非お観逃しなく!

Ghostly International 25th Anniversary in Japan vol.2
LUSINE JAPAN TOUR 2024

LUSINE 東京公演①
feat. live drumming
日程:8/30(金)
会場:CIRCUS Tokyo
時間:OPEN 19:00 / START 20:00
料金:ADV ¥4,800 / DOOR ¥5,300 *別途1ドリンク代金700円必要

出演:
LUSINE (feat. live drumming)
and more…

前売りチケットのご購入はこちらから:
https://www.artuniongroup.co.jp/plancha/shop/?p=3165


LUSINE 東京公演②
solo set

日程:8/31(土)
会場:Ochiai Soup
時間:OPEN 18:30 START 19:00
料金:ADV ¥4,500 / DOOR ¥5,000

出演:
LUSINE (solo set)
and more…

前売りチケットのご購入はこちらから:
https://www.artuniongroup.co.jp/plancha/shop/?p=3165


LUSINE 大阪公演
feat. live drumming

日程:9/1(日)
会場:CIRCUS Osaka
時間:OPEN 18:00 / START 19:00
料金:ADV ¥4,500 / DOOR ¥5,000 *別途1ドリンク代金700円必要

出演:
LUSINE (feat. live drumming)
and more…

前売りチケットのご購入はこちらから:
https://www.artuniongroup.co.jp/plancha/shop/?p=3165


Lusine - Full Performance (Live on KEXP)

LUSINE:
テキサス出身のJeff McIlwainによるソロ・プロジェクト。L’usineやLusine Iclなどの名義でも活動を続してきた。デトロイト・テクノと初期IDMの影響を受けて制作を始め、メランコリックでメロディックなダウンビート・テクノとでも呼ぶべき独自のサウンドを生みだしたエレクトロニック・ミュージック界の才人のひとり。1998年よりカリフォルニア芸術大学で20世紀エレクトロニック・ミュージックとサウンド・デザイン、映画を専行、そこでShad Scottと出会い、1999年にL’usine名義でファースト・アルバム『L’usine』をIsophlux Recordsよりリリース。新人アーティストの作品としては異例なほど高い支持を受ける。2002年には、URB誌恒例のNext 100にも選出され、アメリカのエレクトロニック・ミュージックの今後を担う重要アーティストと位置づけられた。その後2002年後半からシアトルに移り現在に至るまで拠点にしている。様々なレーベルを股にかけ活動し、『A Pseudo Steady State』、『Coalition 2000』(U-Cover)、『Condensed』、『Language Barrier』(Hymen)、『Serial Hodgepodge』、『Podgelism』、『A Certain Distance』、『The Waiting Room』、『Sensorimotor』(Ghostly International)などのアルバム、数々の12インチ・シングル、EPなどをリリース。また、Funckarma、 Marumari、Lawrence、School of Seven Bells、Tycho、Max Cooper、Loraine Jamesなどのリミックス、McIlwainは、Mute、!K7、Kompakt、Asthmatic Kitty、Shitkatapultなど様々なコンピレーション、さらにはフィルム・プロジェクトのスコア制作など、多岐にわたる活動を展開。シアトルに移ってからはエレクトロニック・ミュージックの優良レーベルGhostly Internationalを母体にリリースをしており、
2023年にはおよそ6年ぶりとなるアルバム『Long Light』をGhostlyから発表。2017年の『Sensorimotor』で確立したインテリジェント且つエレガントなスタイルをさらにアップデートしたサウンドをみせた。また、Loraine Jamesなど、エレクトロニック・ミュージックの新世代からもリスペクトされている存在だ。

VINYL GOES AROUND - ele-king

 このサブスク時代、アナログ・レコードにまつわるさまざまな試みを展開し、「レコード・カルチャーの再定義」をコンセプトに活動している「VINYL GOES AROUND」。同プロジェクトが監修と選曲を手がけたコンピレーション『How We Walk on the Moon』がリリースされることになった。テーマは「静かな夜」とのことで、アンビエントやジャズをはじめ、ソウル、ライブラリー・ミュージックなどからメロウで美しい曲が選び抜かれた1枚となっている。仕様もこだわり抜かれていて、「ORIGAMI」なるまったく新しいタイプのオビを使用。CDは発売済み、LPは8月7日発売です。
 なお同作の制作のきっかけになったというミックス音源も公開されているので、ぜひそちらもチェックを。

 https://anywherestore.p-vine.jp/en/products/plp-7443

VINYL GOES AROUND Presents
V.A. / ハウ・ウィー・ウォーク・オン・ザ・ムーン
V.A. ‒ How We Walk on the Moon

LP : PLP-7443 / Release: 2024年8月7日 4,500円 + 税

サブスク時代における "レコード・カルチャーの再定義" をコンセプトに活動するプロジェクト「VINYL GOES AROUND」が選曲・監修を手がけた新しいコンピレーション・シリーズの第1弾『How We Walk on the Moon』は “静かな夜” をテーマにしたアルバムです。ヒーリング/イージーリスニングに寄りすぎず、美しい緊張感と、ピュアでメロウなムードに浸る、月明かりの下で聴きたくなるような幻想的なサウンドスケープが環境に溶け込みます。

アンビエントやジャズはもちろん、ソウル、ライブラリー、オルタナティヴなど、種々のジャンルから美しいピースを選りすぐって編み上げた選曲は、敷居を高く感じている人も多い「アンビエント」へのポップ・サイドからの入門としても役目を果たすであろう、すべての音楽ファンに聴いてもらいたい内容です。

また、LPは「VINYL GOES AROUND」が監修した『ORIGAMI/折り紙』と名付けられた全くの新しいタイプの帯を添え付けました。アルバムの世界観を更に深めるような、こだわりのデザインとなっています。

収録曲は、スウェーデン・グラミー賞2024のJAZZ部門にノミネートされた気鋭のアーティスト、スヴェン・ワンダーによる7インチ・オンリーの楽曲「Harmonica and...」や、舐達麻やNujabes、ビョークにも引用されたジジ・マシンの「Clouds」、2000年代以降、数多くの楽曲にサンプリングされたウェルドン・アーヴィンの人気曲「Morning Sunrise」などを収録。DJユースとしても重宝するであろう、従来のヒーリング/アンビエント系コンピレーションとは一線を画する面子が揃います。

このレコードと夜を過ごすことがとても贅沢に感じられるような、心が自由な旅へと解き放たれるひとときを味わえる、そんな1枚です。

スヴェン・ワンダーからのコメント

It is an honor to be included in this compilation alongside so many other talented artists who
have been an important part of my musical journey and hold a special place in my heart.
私の音楽遍歴の大切な「ひとかけら」であり、心の中で特別な位置を占めている才能のあるアーティストと同じアルバムに収録されたことを光栄に思います。
SVEN WUNDER

LP収録曲

SIDE A
1. yanaco - Arriving
2. Chassol - Wersailles (Planeur)
3. Brian Bennett & Alan Hawkshaw - Alto Glide
4. Sven Wunder - Harmonica and...
5. Ditto ‒ Pop
6. 新津章夫 ‒ リヨン

SIDE B
1. Lemon Quartet - Hyper for Love
2. Gigi Masin ‒ Clouds
3. Johanna Billing - This Is How We Walk On The Moon (It's Clearing Up Again, Radio Edit)
4. Weldon Irvine - Morning Sunrise
5. Shigeo Sekito ‒ The Word II

https://anywherestore.p-vine.jp/en/products/plp-7443

 自分でも気付かぬうちに、スティーヴ・アルビニは私の人生を変えていた。彼の特定の作品との出会いによって啓示を受け、人生の中にそれ以前と以後という明確な境界線が引かれたということでは全くない。それよりも彼の影響は、私の育った音楽世界の土壌に染み込んでそれを肥沃にしたものであり、そうとは知らない私が無意識に歩き回った風景そのものだったのだ。ようやく獲得し得た視野と意識によって振り返ってみると、私が通ってきた世界のすべてに彼の手が及んでいたことを思い知らされる。

 世代的なことも関係している。1962年生まれのアルビニは、ちょうど1980年代にジェネレーションXが成人し始めた頃の音楽シーンで地位を確立し、彼の音楽とアティチュードはその世代の心に響く多くの特徴を体現していたのだ。

 彼の作品は挑戦的で、パンクが退屈さに怒りをぶつける方法をさらに推し進めたものだった。彼自身の初期のビッグ・ブラックやそれ以降の音楽の中で、児童虐待やレイプ、暴力について恥も外聞もなく言及し、その言葉は人種差別や同性愛嫌悪の枠をはるかに超えるようなものだった。それでも後年には、彼のそういった挑発を裏打ちしていたのは無知と特権意識によるものだったという反省を、恥ずかしがらずに口にしてみせた。彼はこれらの考察を自分自身の個人的な言葉で組み立てることに細心の注意を払ってはいたが、それは同時に、1980/90年代の慣習に逆らった、エッジ―なポップ・カルチャーの多くが社会の隅に追いやられた人々の実生活の経験について、いかに無頓着で認識が甘かったのか、さらに、批評的かつ皮肉な出発点から一線を越えてしまったアートが、いかに他の人々に、昨今彼もよく目にするようになった本物のヘイト(憎しみ)によって、同じようなことを言うための扉を開いてきたかについての鋭い分析でもあった。

 アルビニの場合、人々に衝撃を与えたいという意欲が、彼のもうひとつの側面であるメインストリームといわれるもの全般、特に音楽業界の偽善的な常識を無視する姿勢と密接に結びついているのだ。ピクシーズ、ブリーダーズ、PJハーヴェイ、ニルヴァーナやジミー・ペイジとロバート・プラントなどの多大な影響力のあるアルバムの仕事で軌道に乗った、彼のレコーディング・エンジニアとしてのキャリアでは、業界のゲームに参加さえすれば莫大な金を稼ぐことができたのに、インディペンデント・アーティストに拘り続けた。

 そして、彼が実際に一緒に仕事をしたアーティストたちの話を聞いてみると、近年の内省的なアルビニは、以前の作品から想像されるような口汚い挑発者とそれほど対照的ではないかもしれないことに気が付く。そこから伝わってくるのは、自分の意見についてはぶっきらぼうで率直だが、バンドが望むものを達成するために自分の持つ専門知識を惜しみなく差し出して深い集中力でもって彼らを手助けするという人物像だ。1990年代にアルビニとアルバムを録音したバンドのメルトバナナによると、彼らは自分たちがレコーディングの主導権を握り始めた時の彼の寛大さを強調し、「3枚目を自分たちでレコーディングすると決めた時に、録音のアドバイスや必要な機材について尋ねると、たくさんのことを教えてくれた」と語った。ZENI GEVAの一員としてアルビニと仕事をした田畑満は、彼のことを「レコーディングについて知ることが、音楽の秘密に近づくことに繋がると気付かせてくれた人」と言い表した。

 彼が私自身の音楽世界に与えた影響の大きさが、長いこと私のレーダーから影を潜めていたことの理由のひとつに、彼が手掛けた多くの作品での自分の役割を最小限に抑えようとしていたことがある。プロデューサーとしてよりも、エンジニアとしてクレジットされることを好み、多くで偽名を使っていたことでも知られている。彼の死を知った後で、自分の持っているレコードを確認すると、アルビニが録音した作品でのクレジットは、Ding Rollski (シルヴァーフィッシュの『Fat Axl』)、Some Fuckin’ Derd Niffer(スリントの『Tweez (トゥイーズ)』)、そして彼の猫のFluss (ガイデッド・バイ・ヴォイシズの『アンダー・ザ・ブッシズ・アンダー・ザ・スターズ』の数曲)などとなっていた。それでも、ピクシーズとブリーダーズのキム・ディールはインタヴューで、彼が認めたがるよりもはるかに、スタジオでの影響力は絶大だったと示唆している。

 ビッグ・ブラックやシェラックにすでに影響を受けていたバンドが、‶スティーヴ・アルビニ・サウンド〟を求めて彼のエレクトリカル・オーディオ・スタジオでレコーディングを行ったことには、ほぼ間違いなく(とりわけ時が経つにつれて)、自主的な選択がはたらいていた傾向にあるが、やはり、彼の作品全体に繰り返し見られる識別可能な特徴があったのも確かだ。彼はアナログで作業することを好み、(田畑は「彼は世界最速のテープ・エディターでもあり、DAW使用者よりも速かった」と語っている)、ほとんどの装飾を取りはらった、広がりのあるサウンドを創りだした。彼の録音では、ドラムの自然なリヴァーヴを好んだことで、まるでミュージシャンと同じ部屋に一緒にいるかのような感覚が味わえる。彼の録音の多くに、独特のクランチーなベースのサウンドとスクラッチのような耳障りなギターがフィーチャーされている。それは、個別のアーティストたちが目指したゴールに応じて微調整された還元的で多様な作品の要約ではあるが、アルビニ自身の作品群をはるかに凌駕し、彼に影響を受けた何千人ものアーティストやエンジニアたちの作品にこだましたサウンドなのだ。そしてこのサウンドは、私が東京のミュージック・シーンに参入して足場を固めようとしていた頃の東京中のアンダーグラウンドのライヴ・ハウスで鳴り響いていたものであり、私が観たり一緒に仕事をしたりした全世代のアンダーグラウンド・バンドの作品を彩っていたものだった。

 彼が築き上げるのを手伝った音楽世界で育った者としては、スティーヴ・アルビニの死去によるひとつの世代の衰退を感じざるを得ない。彼が後悔していた‶クソなエッジロード(重度の厨二病患者)〟のことばかりではなく、彼が精力的に支持した反メインストリーム主義のDIYのエートス全体が、ますます過ぎ去った過去の遺物のようになってしまう――少なくとも、当時のような形ではなくなっていくのが感じられる。インディとメインストリームのニ極化的な対立や、それに付随する‶裏切り〟という非難は、文化的な戦線が他に移行し、オルタナティヴが必ずしもミュージシャンにとって経済的に存続可能な空間でなくなってきている現在においては、さほど重要な意味を持たなくなっている。アルビニ自身も、90年代に比べて独立系ミュージシャンが生きていくのがいかに難しくなったかについて言及している。彼がどれほど手頃な価格でスタジオを提供しようとしても、エレクトリカル・オーディオのようなインディに優しいスタジオでさえ、そのコストは大半のアーティストにとって回収できる金額を超えているのだ。

 これは、我々が失った世界への自分ではどうすることもできない類の叫びなのかもしれないが、それでもスティーヴ・アルビニの死は、私に音楽界のコミュニティにとって必要な物の多くを浮き彫りにしてくれた。我々には、疲れを知らずに働き続け、自分が勝ち得た成功を惜しみなく、まだ道を切り開こうとしている人々を支援するために活用できる人、潮流が自分に著しく不利に傾いた時でも、倫理的に正しいと信じることを貫き通せる人、過去の過ちを認識し、必要な時には新たな方向性を示すキャパシティの広さを持つ人、そして、私たちが間違ったことをしている時に、そうと教えてくれる辛辣な知性を備えた人々が必要なのだ。

 ミュージシャンが亡くなると、天国で他の偉大な仲間たちとジャム・セッションをする場面を想像したりするという、お決まりの言い回しがある――ジェフ・ベックのギターに、チャーリー・ワッツのドラム、そしてベースはウォルター・ベッカーといった具合の。スティーヴ・アルビニのファンの何人かは、これらの天使になった巨匠たちには、ようやく天上の世界で自分たちのことをクソだと進言してくれる人ができたのだと提言している。

私自身はスティーヴ・アルビニと直接知り合う機会はなかったものの、東京のアンダーグラウンド・シーンにいれば、必ずや彼と知り合いだった人に行きあたる。上に引用したように、この記事を書いている間に何人かに話を聞き、彼らのコメント全文を掲載するべきだと思ったので、ここに記す。

「スティーヴ・アルビニはレコーディングについて知ることが、音楽の秘密に近づくことに繋がると気付かせてくれた人。彼は世界最速のテープ・エディターでもあった――DAWユーザーよりも速いほどの。彼が恋しい。一緒に音楽を創ってくれてありがとう、スティーヴ。」
 田畑 満

 「スティーヴが亡くなったことは本当に悲しいです。彼は私たちの最初の2枚のレコードを録音してくれました。私たちは彼の昔の自宅のレコーディングスタジオでアルバムを録音しました。みんなで彼の家に泊まって過ごした時はとても楽しかったです。3枚目を自分たちでレコーディングすることを決めた時に、録音のアドバイスや必要な機材について尋ねると、たくさんのことを教えてくれました。それに、彼のバンド、シェラックとアメリカ、イギリス、フランス、ドイツで一緒にライブすることができて本当によかったです。私が彼の姿で一番よく覚えているのは、1枚目のレコーディングの時に彼がミキシングボードに向かって、深夜まで一人で黙々と作業をしていた後ろ姿です。その時、私は彼が飼っていた猫のFlussとずっと遊んでいました。彼は、私たちにたくさんのことを与えてくれました。スティーヴ、ありがとう。」
メルトバナナ/Yako/Agata


How Steve Albini secretly changed my world


By Ian F. Martin

Without me even noticing it was happening, Steve Albini changed my life. There was no single revelatory encounter with his work that drew a clear line in my life between before and after. Rather his was an influence that seeped into and fertilised the ground of the musical world I grew up in — a landscape I walked ignorantly around, before eventually gaining the perspective and consciousness to look back and see his hand in everything.

Part of this is generational. Born in 1962, Albini established himself in the music scene just as Generation X began coming of age in the 1980s, and his music and attitude embodied a lot of the characteristics that generation took to heart.

His work was confrontational, taking the way punk railed against boredom even further. In his own early music with Big Black and beyond, he wasn’t shy about making references to child abuse, rape and violence, language that stepped way beyond the boundaries of racism and homophobia. But nor was he shy in later years about reckoning with the ignorance and privilege that underscored a lot of his provocations. While he was careful to frame these reflections in his own personal terms, they were also an incisive breakdown of how carelessly naive a lot of transgressive or edgy 1980s/90s pop culture was about marginalised people’s real life experience, and how art that crossed those lines from a critical or ironic startpoint opened the door for others to say similar things with the genuine hate he came to see so widely around him in recent times.

In Albini’s case, his willingness to shock also went hand in hand with another of his defining characteristics: his disregard for the hypocritical niceties of the mainstream generally and the music industry in particular. As his career as a recording engineer took off with influential albums by the Pixies, The Breeders, PJ Harvey and Nirvana, not to mention his work with Jimmy Page and Robert Plant, he could have made obscene amounts of money by playing the industry game, but his focus remained on independent artists.

And it’s when talking to the artists he actually worked with that the reflective Albini of recent years feels like less of a contrast with the foul-mouthed provocateur his earlier work might lead you to imagine. The picture that comes across is of a man who was blunt in his opinions but deeply focused on deploying his expertise to help bands to achieve what they want. Speaking to the band Melt-Banana, who recorded with Albini in the 1990s, they highlighted his generosity when they began to take control of their own recording, noting that, “When we decided to record our third album ourselves, he gave us a lot of advice and equipment we needed, and he gave us all sorts of information.” Mitsuru Tabata, who worked with Albini as part of the band Zeni Geva, described Albini as “the man who made me realise that getting to know about recording could help get me close to the secret of music.”

Part of why the extent of his impact on my own musical world stayed under my radar for so long was down to the way he minimised his role in so much of the music he worked on. He famously preferred to be credited as an engineer rather than a producer, and in many cases worked under assumed names. Looking through my records after learning of his death, I found Albini’s recording work credited variously to Ding Rollski (Silverfish’s “Fat Axl”), Some Fuckin’ Derd Niffer (“Tweez” by Slint) and his cat Fluss (a couple of tracks on Guided By Voices’ “Under The Bushes Under The Stars”). Still, in interviews, Kim Deal from the Pixies and The Breeders has suggested that he was a far more influential factor in the studio than he liked to admit.

There was almost certainly (and especially as time went on) something self-selecting in how bands already influenced by Big Black and Shellac recorded at his Electrical Audio studios because they wanted “the Steve Albini sound”, but there were nonetheless identifiable characteristics that recurred throughout his work. He preferred to work analogue (Tabata remarks that “He was also the fastest tape editor in the world — even faster than DAW users”) and created a spacious sound with most of the frills stripped away. His recordings show a preference for natural reverb on the drums that creates a sense of them being there in the room with you. Many of his recordings feature a distinct, crunchy bass sound and scratchy, abrasive guitar. Of course this is a reductive summary of a diverse array of work that was finetuned according to each individual artist’s goals, but it describes a sound that reverberated far beyond the body of Albini’s own work into that of the thousands of artists and engineers who were influenced by him. It’s a sound that rang through basement live shows across Tokyo when I was first finding my feet in the music scene here, and it coloured the work of a whole generation of underground bands I saw and worked with.

As someone who grew up in the musical world he helped build, it’s hard not to see the fading of a generation in the passing of Steve Albini. Not just the “edgelord shit” he came to regret, but also the whole anti-mainstream DIY ethos Albini supported so vigorously feels increasingly like a relic of a generation whose time has gone — at least in the form it took at that time. The often confrontational dichotomy between indie and mainstream, and the related accusation of selling out, carry far less weight nowadays as cultural battle lines shift elsewhere and the alternative ceases to be a financially viable space for musicians. Albini himself remarked on how much more difficult it had become for independent musicians to stay afloat compared to in the 90s. No matter how affordable he tried to make it, even an indie-friendly studio like Electrical Audio’s costs are beyond what most artists can hope to recoup.

So maybe this is a helpless cry to a world we’ve lost, but Steve Albini’s passing still highlights to me a lot of what the musical community needs. We need people who work tirelessly, using whatever success they gain in ways that help support those still trying to make their way; we need people who stick to their guns ethically when they know they’re right, even at times when the tide seems to be inexorably turning against them; we need people with the capacity to recognise past mistakes and chart a new direction when needed; we need people with the caustic intelligence to tell us when we’re doing it wrong.

There’s an insipid trope when a musician dies of imagining them in heaven, jamming with all the other dead greats — Jeff Beck on guitar with Charlie Watts on drums and Walter Becker on bass. A few Steve Albini fans have suggested that these angelic maestros now finally have someone up there to tell them they’re shit.

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I didn’t know Steve Albini, but everyone in the Tokyo underground scene knows someone who did. As quoted above, I spoke to a couple of these people while writing this article, and felt I ought to post their full comments as well:

“Steve Albini was the man who made me realise that getting to know about recording could help get me close to the secret of music. He was also the fastest tape editor in the world — even faster than DAW users. I miss him. Thank you for creating music with me, Steve.” - Mitsuru Tabata

“I'm really saddened that Steve passed away. He recorded our first two records. We recorded the in his old home recording studio and had so much fun staying at his house. When we decided to record our third album ourselves, he gave us a lot of advice and equipment we needed, and he gave us all sorts of information. It was fantastic, too, to be able to perform with his band Shellac in the US, UK, France and Germany. What I remember most about him is seeing his back as he was working alone at the mixing board until late at night during the recording of our first album. While he worked, I just spent the whole time playing with his cat Fluss. He gave us a lot. Thank you, Steve.” - MELT-BANANA / Yako / Agata

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