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King Krule

Indie Rock

King Krule

Space Heavy

XL / ビート

木津毅 Jun 29,2023 UP

 親になることを主題とするシンガーソングライターの作品は多い。いや音楽に限らず小説にしろ映画にしろ、それが人生における大きな変化の契機であり続けている以上、テーマになるのは自然なことだ。しかし……、キング・クルールの4作目『Space Heavy』ほどメランコリックに父になることを表現したものを、僕はすぐに思いつかない。
 前作『Man Alive!』のリリースの際に自分が書いた文章(https://www.ele-king.net/columns/007475/)を読み返してみると、すでに僕はアーチー・マーシャルが父になったときの心理状態を心配している。余計なお世話かもしれないが、しかし、『Man Alive!』が現代の荒廃にドライで攻撃的な音を援用しながら対峙した作品だったことを踏まえた上で、彼の混乱は親になることでかえって深まるのではないかと想像したのである。個人的にもちょうど、友人や知人に子どもができて、彼らの将来への不安を聞いていたことも関係している。どうやら未来は明るいようには思えない、だとしたら、この子に何を伝えてやれるのか?

 マーシャルが父親になってからすぐにパンデミックがやって来て、『Space Heavy』はその時期の内省的な日々から生まれた。そういう意味ではここ数年多く作られたロックダウン・アルバムのひとつではあるのだが、マーシャルの場合はこれまで活動してきた南ロンドンと家族と暮らすリヴァプールを行き来する過程に強く影響されたとのことで、その地に足のつかない感覚を探ったようなところがある。サウンド的には相変わらず雑食的で、ブルージーな冒頭の “Filmsier” のイントロから、ポスト・パンクというかノーウェーヴ的にも聞こえる荒々しさを持った “Pink Shell”……と、序盤はキング・クルールを聴いてきたひとの意表を大きく突くものではないだろう。だが、続く “Seaforth” で少し違うぞ、と思わせる。これまで以上にメロディアスなギターが鳴るなかで、マーシャルが優しい歌声を聴かせる。なんてことのない弾き語りのギター・チューンのように……おそらく『Space Heavy』はこれまででもっともソングライティングにフォーカスしたアルバムで、これまでの投げやりにも感じられた彼のヴォーカルもかなり変化している。4歳の娘のマリナの名前がクレジットされているこの曲で、そして、マーシャルは父親として語りかけるように歌う。「僕たちは僕たちの間にある暗い日々を共有しているんだ」。
 それから “That Is My Life, That Is Yours”、“Tortoise Of Independency” とダウナーなギター・ナンバーが2曲。“Empty Stomach Space Cadet” ではイグナシオ・サルヴァドーレスのサックスとともにキング・クルールらしいジャジーな感覚がムードを高めつつ、断片的なストリングスが抽象的な響きを残すアンビエントの “Flimsy” 辺りから、アルバムはより曖昧な領域に踏みこんでいく。ダークで陰鬱なジャズ・ロック “Hamburgerphobia”、マーシャルの気力のないヴォーカルに対して存外に爽やかなギター・ロック・チューンにも聞こえる “From The Swamp”、気鋭のソウル・シンガーであるラヴェーナが参加するアンビエント・ポップ “Seagirl”。気分が定まらない様をそのまま捉えているような危うさがここにはあるし、世界に対する混乱も家族に対する愛情も明瞭な形を見つけられないまま過ぎ去っていく。たしかに存在するのは、解決することのない憂鬱だ。

 前作には社会に対する苛立ちや怒りがはっきりと入っていた。『Space Heavy』はそれを通過したあとで、あらたに家族を持つということとパンデミックという予想を超えた変化が自分の人生にやってきた心象をぼんやりと眺めているようなアルバムだ。湧き上がってくる娘に対する愛情と世界が壊れているという認識との間のどこかを彷徨い、自分の場所を見つけられない。これはいま、多くのひとが共有しうる感覚ではないだろうか。その言葉では捉えがたいタッチを追い求めるように、ギターは乱暴に鳴らされたり繊細に爪弾かれたりしながら、空間に溶けて消えていくようにはかない響きを残していく。
 恐るべき子どもとしてアイコニックな佇まいでシーンに現れた頃を思えば、マーシャルは自身の人生を作品にダイレクトに注入するタイプだったということだろうし、それが彼の作品により複雑なニュアンスを与えることになった。人びとが忘れ去ったものとしてのビートニクに憧憬していた少年は――それはどこか厭世的な逃避でもあっただろう――若い父親になり、自分の小ささになおも震えている。そしてアルバムは、アブストラクトな美を頼りなく求めるような “Wednesday Overcast” で「多くのことが変わって、いまは多くのことが僕に意味を持っている」との言葉で締めくくられる。不安と憂鬱に苛まれながらも、変化することをどうにか受容するような一枚だ。

木津毅