「PAN」と一致するもの

interview with Floating Points - ele-king


Floating Points
Elaenia
[ボーナストラック1曲収録 / 国内盤]

Luaka Bop/ビート

JazzAmbientElectronic

Amazon

 レコード文化がリヴァイヴァルしているとか、あれはもう終わったとか、ここ数年のあいだ正反対のふたつの意見があるんだけど、フローティング・ポインツを好きな人は知っているように、彼=サム・シェパードの〈Eglo〉なるレーベルは、ほぼアナログ盤にこだわって、自らのレコード愛を強く打ち出している。なにせ彼ときたら、12インチにせよ10インチにせよ、そのスリーヴには、エレガントで、風合いのある贅沢な質感の紙を使っている。実際、いまじゃ12インチは贅沢品だしね。
 昔は12インチなんていったら、ほとんどの盤にジャケはなく、レーベル面でさえも1色印刷が普通だった。12インチなんてものは、カジュアルで、ハズれてもいいやぐらいの気楽さがあった。が、いまでは12インチ1枚買うのにも気合いが必要だ。ええい、これを買ったるわい! うりゃぁぁぁ、とかいってレジに出しているのである。
 フローティング・ポインツの傑作「Shadows」(2011年)を買ったときもそうだった。ええい、買ったるわい! うりゃぁ、これぐらいの気合いがなければ、いまどき12インチ2枚組なんて買えたものではない。家に帰ってからもそうだ。うりゃぁぁぁ、気合いを入れながらビニールを開ける。レコード盤を取り出し、ターンテーブルの上に載せる。針を下ろし、ミキサーの音量をそうっと上げる。さあ、キミは宇宙の旅行者だ。

 ようやく出るのか……そうか、良かった良かった。現在29歳の、見るからに大学院生風のサミュエル・シェパード、デビューから6年目にして最初のアルバム『Elaenia』は、待望のアルバムだ。ベース好きもハウス好きもクラブ・ジャズ好きも、みんながこれを待っていたのである。この5年、レコード店で新譜を買っていた人のほとんどが彼の作品を知っている。ダブステップ全盛期のUKから登場した彼の作品は、同世代の誰よりも、圧倒的に洗練されているからだ。
 ディープ・ハウスとジャズ、アンビエントやクラウトロックまでもが折衷される彼の音楽は、彼のレーベル・スリーヴ同様にエレガントで、若々しく、そしてロマンティックだ。さあ、キミも気合いを入れてレコード店に……いや、この度は、彼の作品が初めて、そう、初めてCDで聴けるのだ。まあいい。家に帰って袋を破り、再生ボタンを押すんだ。いまもっとも陶酔的で、コズミックで、ファンタスティックな冒険が広がる。あるいは、こんな説明はどうだろう? フローティング・ポインツとは、フライング・ロータスより繊細で、カール・クレイグよりもジャジー、ジェイミーXXよりも音楽の幅が広い。



 以下にお見せするのは、去る9月に彼らが来日した際の取材記録である。彼がいかに新しくて古い男なのかよくわかるだろう。取材日は、安保法案が可決された日の翌日だった。

僕には政治的な部分がありますし、世界の痛みも感じます。いま起こっていることに怒りを覚えることだってあります。それが自分の音楽に直接関係しているとは断言できませんが、何かしらの形で影響はあるでしょう。反民主的なものと日々戦うひとびとの姿は、僕の心を揺さぶります。

昨日の日本はけっこう大変な1日だったんですけど、ご存知ですか?

フローティング・ポインツ(Floating Points、以下FP):はい。テレビでデモの様子を見たことがあります。

どこのテレビですか?

FP:イングランドのニュース番組です。

今回のあなたのアルバムからは、70年年代初頭のハービー・ハンコックであるとか、チック・コリア、あるいはスピリチュアル・ジャズみたいな要素を感じ取りました。

FP:ははは(笑)。そうですか。

あの頃のジャズは、彼らが生きていた当時の社会やポスト公民権運動みたいな政治的なものと、どこかで繋がっているものですけれども、あなた自身の音楽は社会とどのように関連づけられると思いますか?

FP:えーっと……。

最初から大きい質問でごめんね(笑)。

FP:いままでで一番難しい質問ですね。「イエス」と答えることもできるでしょう。ぼくには政治的な部分がありますし、世界の痛みも感じます。いま起こっていることに怒りを覚えることだってあります。それが自分の音楽に直接関係しているとは断言できませんが、何かしらの形で影響はあるでしょう。反民主的なものと日々戦うひとびとの姿は、ぼくの心を揺さぶります。
 今回の日本の出来事だって同様です。こういったことは必ず自分の音楽へ感覚的に還元されると思います。ですが、それが感情のサウンドトラックであっても、特定の政治的なものに対する音楽であるとは言えません。このアルバムにはアメリカの銃社会に着想を得たものがあります。幼い少女が自分の父親を誤って撃ってしまったという事件がありましたが、それはぼくにとってかなりショッキングでした。そのときに感じた悲しみを曲にしたんです。
 このように社会の出来事はぼくの音楽に影響をもたらします。ニュースは毎日必ず見ますし、国内外の出来事に関心があります。でも音楽的に、その出来事からというよりは、もっと「大きなスケール」で影響を受けています。

良き回答をありがとうございます。

FP:こちらこそ素晴らしい質問をありがとうございました(笑)。

ぼくは、初期の「ヴァキュームEP」(2009年)からすごく好きで、あなたの〈イグロ・レコーズ〉のリリースをコレクションしているくらいなんです。だからいつアルバムを作るんだろうとずっと思っていたんですが、すっごく時間がかかりましたね。アルバムってことで、気合いが入りすぎていたのでしょうか?

FP:大学の博士課程に在籍していたことがひとつの理由ですね。自分の頭が科学に集中した時期で、音楽のリリースは趣味のようなものになっていました。なのでアルバムの“大きな物語”に意識を傾けるのが難しかったんです。博士課程に進んでからの4年間でも、音楽はわずかですが作っていました。それで去年の4月に修了して、それから3、4ヶ月でアルバムを完成させたので、制作期間が長かったわけではないんです。同時にふたつのことができない不器用な人間なんです(笑)。

趣味とおっしゃいましたが、あなたにとって音楽が趣味でなくなったのはいつですか?

FP:博士課程に進む前から音楽を作っていて、自分の〈エグロ〉からリリースしていました。音楽活動は単純にすごく楽しいですからね。Ph.D.の研究が進んでいくうちに、レーベルも自分の音楽もどんどん成長していきました。音楽がちゃんと軌道にのりそうだったので、3、4回は博士課程を断念しようかとも考えました。ただ研究の終わりが見えてきていたので、投げ出さずに頑張ることにしたんです。その間は、音楽とPh.D.が戦いを繰り広げていましたね。
 それで博士課程が終わったときには、〈エグロ〉は立派なレーベルになっていたので、心境は前の続きをやるという感じではありませんでした。なので、Ph.D.を取得した次の日からスムーズにぼくはフルタイムのミュージシャンになれたのかもしれません。

あなたの神経科学の研究とあなたの音楽は完全に別のものと考えてもいいですよね?

FP:全然違います。科学と音楽がどう繋がっているのかよく訊かれるんですが、実はそれは自分にとっても謎です(笑)。

ははは(笑)。でも、フローティング・ポインツというネーミングは、サイエンスからきているかと思ってました。

FP:とってもつまらない回答になってしまうのですが、自分が音楽を作るときに使っていたソフトから採りました。そのうちの設定に「フローティング・ポインツ」と表示されていたんです(笑)。

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ひとつだけ明確な物語が表現されている曲があって、それがタイトル曲の“エレニア”です。冬になると南アメリカの中央へ向かって飛ぶ渡り鳥についての話で、その鳥の名前がエレニア。そういう夢を見ましてね……。夢って、あの寝ているときに見るやつですよ(笑)。


Floating Points
Elaenia
[ボーナストラック1曲収録 / 国内盤]

Luaka Bop/ビート

JazzAmbientElectronic

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あなたの初期のレコードは〈プラネットμ〉と〈R2レコーズ〉から出ていますが、それは2009年で、当時はUKでダブステップがすごく強かった時期だったと思います。あなたの作品は日本ではハウスのDJがかけていて、時代はあなたにダブステップを作らせたかったんだろうけど、あなたはディープ・ハウスやテクノをすごく作りたかった、という印象を受けました。

FP:当時はロンドンに住んでいたんですが、プラスティック・ピープルで開催されていた〈FWD〉はダブステップの世界的なホームのような存在でした。ですが、ぼくは〈FWD〉に行った次の日には、同じ場所へセオ・パリッシュのプレイを聴きに行きました。当時から違ったジャンルを聴くことがぼくは大好きでしたね。聴くだけではなく、様々なスタイルの曲も作っていました。ときにクラシカルなもの、ハウス、ダブステップといった具合です。周りのプロデューサーがリリースしそうな音楽を作っていたことはたしかですね。でも、ダブステップを作ることを期待されていたときも、他のジャンルであっても作りたい曲を作っていました。

あなたの〈エグロ〉のスリーヴ・アートは、デザインもそうですが紙の質までこだわっていて、すごく丁寧に作っています。それはいまのレーベルには珍しいというか。昔のレコード全盛期に対するあなたの特別な感情を感じるんですけど、その辺はいかかですか?

FP:お世辞でも嬉しいです(笑)。おっしゃる通り、かなり気を遣っています。ぼくはコレクターとしてたくさんレコードを買い集めてきました(1万枚のコレクションらしい)。〈ブルー・ノート〉の日本盤も買ったりしました。オリジナルの日本盤は、アメリカでプレスされたものよりも質が良いんですよ。紙も厚いですし、帯付きで中にはビニールのスリーヴやライナーが入っていて、細部へ注意が行き届いています。
 短い時間でレコードを量産しなければいけないシングルの市場では、そういった点が無視されがちですよね。でも、ちょっと時間をかければ紙もいろいろ試せて、同じ予算で質のいいレコードを作ることができるんです。ぼくはロンドンで、芸術を先攻している友だちといっしょに住んでいたので、アートワークに関する意見を出し合っていましたね。〈エグロ〉のアートワークは全部がその友だちによるものです。デザインだけではなく、なかには紙のサンプルを持っているひともいましたよ。

じゃあ主にはレコードを買うんですか?

FP:どんなフォーマットでも買いはしますが、ほとんどはレコードです。実は、いま家にCDプレイヤーがないんですよね(笑)。

あなたの世代だと相当な変わり者なんじゃないんですか?

FP:もちろん。ぼくの次の世代だと、完全にMP3ですよね。6、7歳若かったらぼくもレコードを買っていなかったかもしれませんね。

あなただって十分若いですよ(笑)。

FP:いつからレコードを買ってるっけな……、たしか12歳のときからですね。

それはどういう影響からなんですか?

FP:単純に安かったからです。ぼくはマンチェスター生まれなんですけど、当時はどの家庭でも親はCDを買っていました。ちょうどCDが出はじめたときで、値段がとても高かったんですよね。そのときぼくはクラシックにはまっていたんですが、例えばショスタコヴィッチの作品を新品でCDで買うとなると、60ポンドはしたんですが、中古レコード屋に行けば昔のヴァージョンが60ペンスで買えたんです。自分が必要とする音楽を聴くために、レコードを買うのが一番手っ取り早い方法でしたね。

ショスタコヴィッチみたいな作曲家の名前が出てくるとこがあなたらしいですね。

FP:彼はひとつの例えですが、ぼくにとって大きな影響源のひとりですね。ぼくはピアノを習っていて、クラシックのトレーニングを受けていました。メシアンやショスタコヴィッチ、ストラヴィンスキー、武満徹がお気に入りです。いまでも彼らの音楽をよく聴いていますよ。それと同時に、ビル・エヴァンズ、ハービー・ハンコック、チック・コリア、ジョージ・デュークも好きです。彼らにはたくさんの共通点を感じるんです。それらをひとつの世界として見ていて、境目はありません。同じ世界にジャズとクラシックとエレクトリック・ミュージックが存在しているんです。
テクノやミュージック・コンクレートは全然詳しくなかったんですが、エイフェックス・ツインなどを初めて聴いたときは、以前から自分が聴いてきた音の文脈で十分に理解することができたんです。ハウスやディスコだって同様です。でも最初にテクノから聴きはじめていたら、クラシックを理解できなかったかもしれませんね。

アーサー・ラッセルみたいですね。あのひとも現代音楽とディスコ、みたいな感じでしたから。でもあなたはジャズがあるからまた違うのかな。

FP:アーサー・ラッセルはぼくのヒーローです。彼とクラシックの間にも境界線はないと思います。

コンピュータ1台でアルバムを作った方がよかったかなと思います。アナログ機材をたくさん使ったぶん、故障が多くて大変だったんです(笑)。とってもイライラしました。せっかくストリングスを録音したのに、ミキサーが壊れていてたりとか……。これがコンピュータ上の作業だったら何の問題もないのになぁ、と(笑)。

今回のアルバムっていうのは、すごく大きな曲が7曲あって、時間がかかったのもわかるんですけど、教えていただきたいのが、あなたが先ほど言いかけていた大きな物語というものですね。それから、このアルバムがどのような録音をされたのかということ。生の音とかを使いつつも、完全にあなたのなかでコントロールされて作られていると思いました。

FP:必ずしもプロットがある物語ではなく、抽象的なものですが、自分にとっては一貫性が感じられる作品が完成したと思っています。そのなかで、ひとつだけ明確な物語が表現されている曲があって、それがタイトル曲の“エレニア”です。冬になると南アメリカの中央へ向かって飛ぶ渡り鳥についての話で、その鳥の名前がエレニア。そういう夢を見ましてね……。夢って、あの寝ているときに見るやつですよ(笑)。
 イメージのなかで渡り鳥の群れが南へ向かって飛んでいるんですが、1羽だけはぐれてしまって冬の森へと落ちてしまう。そこで何が起きるかというと、森が鳥を助けようとようとその体を包み込みはじめるんです。風が吹いて、木々の枝が動いて……。意味わかんないですよね? まぁ、夢ですから(笑)。結局鳥は助からないんですが、森が命を吸収し、その生を森全体が引き継ぐんです。我ながら、なかなかポエティックですね(笑)。
 曲は電子音を背景にはじまって、ピアノによるメロディは鳥たちの歌声を表しています。曲が半分くらいまで進むんで森の場面になると、こんどはピアノがバックになって電子音がメロディを刻みはじめます。つまりここでは曲のパートそれぞれが、物語の要素を語っているんです。 

それをアルバムのタイトルにしたのはなぜなんですか?

FP:この曲の持つ明確な物語が、アルバムの中核を成すように思えたからです。それに語感もとてもいい(笑)。

録音は、どうやっておこなったのでしょうか? 

FP:ロンドンにある自作のスタジオで行いました。博士課程がはじまるときに作ったもので、大きさはこの部屋(8畳ぐらい?)の5倍ほどありますね。ロンドンのほぼ中心にあってロケーションも抜群で、その場所を見つけられて本当にラッキーだったと思います。作業は木材を切るところからはじめました。音楽を聴いたり作ったりするのと同じで、スタジオを作るのも趣味のひとつになっていました(笑)。頑張ったのでけっこうちゃんとしたスタジオになりましたよ。
 『エレニア』を録音したのはそのスタジオです。日本製のテープ・レコーダーのオタリMX-80を使っていますよ。すっごく大きいやつです(笑)。それとコンピュータ、シンセサイザー、マイク、大きいミキシング・デスクがあります。曲を作るときはまずスコアを書いて、それをプレイヤーに渡して演奏してもらいました。

何人くらいのミュージシャンが参加したんですか?

FP:少しずつセッションを進めていったんですが、もっとも多いときで5人はスタジオにいましたね。10人くらい詰めようと思えばスタジオに入ります(笑)。ドラムとベース、ピアノとストリングスをいっしょに録音して、そこに電子音を加えていきました。メインのモジュラー・シンセサイザーはブクラ(Buchla)を使っています。パッチを組むのが複雑で大変でした。このシンセはノイズを作るのに役立つんですが、今回のアルバムではレコーディングの中心に据えて、ストリングスの音をブクラに通してエフェクトを掛けたりしています。それから、テープ・レコーダーは後から修正があまりできないので、正確に演奏し、目的の音を作るように心がけていましたね。

今回のアルバムの制作を通して、あなたが得た番大きなものは何ですか?

FP:そうですね……。あんまり奇をてらわずに、ここはマジメに答えた方がいいですよね(笑)?

別にジョークでも大丈夫ですよ(笑)。

FP:わかりました(笑)。振り返ってみると、コンピュータ1台でアルバムを作った方がよかったかなと思います。アナログ機材をたくさん使ったぶん、故障が多くて大変だったんです(笑)。とってもイライラしました。せっかくストリングスを録音したのに、ミキサーが壊れていてたりとか……。これがコンピュータ上の作業だったら何の問題もないのになぁ、と(笑)。
 ぼくが前に出した「シャドウズ」(2011年)のことを、みんなはEPと呼ぶんです。たしかに5曲しか入っていませんが、曲はけっこう長くて全部で40分くらいあるので、ぼくは「シャドウズ」をアルバムだと思っています。その経験から「アルバムって何だ?」と思うようになりました。ぼくにとって「シャドウズ」には一貫性があるので、楽曲群をひとつの音楽作品として捉えることができます。でも周りは「5曲しか入っていないから、やっぱりEPだよ」としか言わない。でも今作は「シャドウズ」より2分長いだけなんです。違いはそれしかないのに、『エレニア』はアルバムと呼ばれているわけです(笑)。

それはいいことを聞きました。「シャドウズ」は、音楽的な繋がりという意味で今作と似ていると思っていたんですよ。あなたのは、もっとフロア向けのシングルもありますし。

FP:どうして「シャドウズ」の話をしたのかといえば、当時はスタジオを持っていなかったので、あの作品はエレクトロニクスで作られているんです。1日だけスタジオを使える日があったので、ちょっとだけストリングスが入っていますけどね。だけどいまはスタジオが完成して、毎日ストリングスの録音ができる(笑)。これからはもっと演奏を取り入れていきたいです。

ちなみに「シャドウズ」のCDは出ていないですよね?

FP:出ていないですね。日本で海賊盤は出回っているかもしれない(笑)。CD化の話もしているんですけどね。

出さなくていいです(笑)。でも、『エレニア』はCDで聴きます。

FP:はははは。『エレニア』はバンドで作った作品なので、そのメンバーでヨーロッパとアメリカをツアーをする予定です。11人の大所帯ですよ。ドラム、ベース、ギター、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、ピアノ、トロンボーン、サクソフォン、クラリネット、フルート。このメンバーでクロアチアでライヴを行いました。まだボイラー・ルームにアーカイヴが保存されていると思いますよ。ツアーで日本に来れたらいいですね!

Arca - ele-king

禍々しい美
木津毅

 faggot、すなわちカマ野郎――という言葉が消えていく。性の多様性が正しいこととなっている現在において、不適切な単語はより無難で口当たりの良いものによって覆い隠されていく。まるで「カマ野郎」への侮蔑も消え失せてしまったかのように……。だが、まだそのワードに出くわすところもある。インターネットと、そしてアルカの新作である。
 アルバムの最後から3曲めに収められた、アルカにおけるアンビエンスがより追求されたそのトラック、すなわち“ファゴット”がなぜそのタイトルとなったのかまず自分は引っかかった。抽象的かつインダストリアルな感触の残るビートと複雑に折り重なっていくように鳴らされるほのかに東洋的なメロディとピアノの単音。アルカの入り組んだ美への探究は明らかにここで繊細な進化を見せている。このトラックを“ファゴット”と名づけずにはいられないところに彼のアーティストとしての姿勢が見て取れるが、これに呼応するのはアルバム・タイトルでもある“ミュータント”だろう。そこで金属音は地を這いずり回っている。それはミュータントなる生命体がもがき苦しんでいる姿が音像化されたようであり、そしてそれはもちろん、前作のタイトル『ゼン』から連なる、無性の生命体――アレハンドロ・ゲルシが変身した姿である。

 その作品においてセクシャリティが抜き差しならない問題となっている点、あるいは進んで異形の者であろうとする点において、アルカは現代のエレクトロニカにおけるアントニー・ハガティである。『ゼン』においてはおもにアートワークからその連想をしたのだが、『ミュータント』においてはむしろ音からそのことを思う……よく歌っているアルバムだからだ。もちろん、相変わらず圧倒的な情報量がおもにビートにおいて分裂的に次々と姿を変えていくのだが、ゲルシが奏でるメロディはトラックによって色を使い分ける彼自身の声のようであり、それらは本作でよりダイレクトに体感できる。4曲め、“シナー”でガシガシした打撃音の上からピアノの音が降り注いだかと思えば、“スネイクス”や“フロント・ロード”のようにはっきりとしたメロディ・ラインが牽引するトラックもある。そしてそれらはとてもエモーショナルだ。内省的だった『ゼン』と対比すれば、ファッション・ショウのために書き下ろされたためある意味で企画ものだった『シープ』を挟み、より外交的でそのポップ・センスが磨かれたアルバムだと言えるだろう。ほぼノン・ビートの“エルス”の静謐さなどに顕著だが、クラシックへの素養をさらに前に出し、その優美さも高めている。チェンバロやハープを思わせる音色。“グラティテュード”から“エン”へと至る、荒々しく吹き荒れるエディットのなかで陶酔的なメロディが宙を回り続けるときの息を呑むテンションこそが、アルバムのピークを描いていく。それはミュータントのエクスタシーだ。
 アルカ本人が出演する本作の一連のヴィデオによく表れているが、身体ごとさらけ出し、自身の深い、そしてたぶんに抑圧されていた官能をゲルシはここで解放し飛翔させようとする。OPNやD/P/I/よりもストレートに感情のひとだろうと思うし、その異物感において、オート・ヌ・ヴの『エイジ・オブ・トランスパレンシー』の狂おしさと並べられるものであるとさえ思う瞬間もある。前提として自らを忌避されるような存在――「ファゴット」と呼ばれるような――と規定し、ときに過度にグロテスクなものとして現れつつ、しかしそこから立ちのぼる禍々しい美でアルカはわたしたちを引きずりこんでしまう。

木津毅


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赤いやつの進撃
橋元優歩

「アルカのノイズって、世間に爪を立ててるんだと思うんだよね」と言うのは隣でPCを叩いている編集長だ。

 まったく、筆者にもそうとしか聴こえない。
 作風が変化したというほどではないが、このアルバムはどこか威嚇的で、外に向かって刃物を振りまわすようなかたくなさがある。神経に障る音が次々と落ち着きなく現れ、ビートからは快楽性が剥がれ落ち、メロディはなかなか形を成さない。しかし閉じない展開の中で発信者の心拍数は上がりつづける。OPNの余裕、コ・ラのふてぶてしさともまったくちがう──それはちょうど、手負いの生き物が「爪を立てている」姿を彷彿させる。

 そしてたいてい、そんなふうにしてつけられた傷は世間の側にではなく自分に残るのだ。本作『ミュータント』は、24、5にもなろうという人間にしてはあまりにピュアな、闘争意識と傷を全身に貼りつけたアルバムである。そしてそれは、正体不明のプロデューサーとして『&&&&&』の奇怪な生物(https://www.ele-king.net/review/album/003367/)の向こうにハイ・コンテクスチュアルな音を揺曳させていた頃のアルカに比して、むしろ痛ましいほどにみずみずしい。

 アルカことアレハンドロ・ゲルシは、ベネズエラ生まれのプロデューサー。政情不安と神秘の残るかの国で多感な時期を過ごし、高校時代にニューロの名で楽曲制作をはじめ注目を浴びるが、その後アルカを育んだのはニューヨークのアンダーグラウンドだ。音楽、映像、ファッション、多様な文化や性が混淆したトレンドの一大発信地として知られるパーティ〈GHE20G0TH1K〉などを通じ、ミッキー・ブランコやケレラといった、その後の一時代を築いていくことになるヒップなシンガーたちと出会ったばかりか、カニエ・ウェストの6作め『イーザス』への参加を請われることになった。その後のビョークとのコラボレーションや、オルタナティヴR&Bのアイコン、FKAツイッグス『LP1』(2014)などへの参加といった活躍は詳述するまでもない。

 しかし年端もいかないまま、アンダーグラウンドから突如世界的なステージに上げられたゲルシは、ただ時のプロデューサーとして以上の混乱や葛藤を抱え込むことになったようだ。メディアからの取材もほぼ受け付けないから、その思いの在り処は、ただ音と、そして彼に伴走するジェシー・カンダによる造形からしか量ることはできない。

 関節の崩れた真っ赤な塊は、腐敗した実の表面のように膨張あるいは萎縮して、しかし関節こそが身体の謂となるベルメールの人形にせまるほど、われわれにそれの存在を思い出させる。デビュー・アルバム『ゼン』における「ゼン」とは、sheでもheでもある自身の分身だったが、それがただオルタ―・エゴの類、つまり人格や精神としてだけではなく、分「身」としてジャケットに写る体を与えられたことは興味深い。性的なアイデンティティをめぐる若き苦悩があったということを知っていても知らなくても、ゲルシにとって身体こそが重要な表現の命題であるのだろうということを多くの人が感じただろう。そして、今作リリース前に、能面のような頭部を持つ赤い塊と、露出させた肌にハーネスで武装を施した本人のヴィジュアルが公開されたときに、そのテーマはよりはっきりとした。
 しかし、ゲルシはそれを「ミュータント」と呼ぶのか──突然変異体であると? もし自身をそう認識し、リプリゼントするのだとすれば、『ミュータント』はすさまじい自己肯定と、それと同程度の自己否定を含んだ、やはりなかなかにへヴィで痛ましいアルバムだと言わざるをえない。

 ヒップホップに軸足を置きながらも、クラシカルなピアノの素養もあるゲルシだが、それがジェイムス・フェラーロやゲームスなどとともに〈ヒッポス・イン・タンクス〉周辺のアブストラクトな音像を伴って表われていたこれまでのEPや『ゼン』を聴くと、彼の境遇やアートワークをふくめ、彼がなぜカニエやビョークといったハイ・カルチャー志向のセンスに好まれるのかということが察せられる。しかし、たとえばノイズといっても、アルカはインダストリアルに興味があるとか、クリックやグリッチといった方法を検証したいといった研究肌のノイジシャンではない。当人にもさほどノイズという意識はないだろう。とても感覚的で、若いエネルギーがそのひとつひとつの音に過剰に情報をつけくわえ、ノイジーさを生みだしている。

 2、3分ほどの短いトラック群には、“シナー”のようにビートとテーマが溶けてしまったようなインダストリアルな断章もあれば、“セバー”のチェンバロのように旋律が押し出されたものもあり、全体としては楽曲というよりはこのミュータントの挙動に付随するSEのようだ。もしくはサウンドトラック。その進路には天然の光はなく、金属の花々が咲き、赤い生命体は自らの収まるべき場所を求めて破裂や収縮を繰り返す……そんな妄想をゆるすほど、たとえば“サイレン・インタールード”から“エクステント”への流れなどには、とくに映像喚起的なものがある。物語と情感と映像を収める装置、楽曲というよりはそうしたメモリのようにトラックが並び、ひとつひとつに罪や痛みの名がラべリングされている。
 かつてネット・カルチャーにおけるラディカリズムを、ポスト・インターネット的な感性で描き出す若き才能として認識したアルカだったが、それだけではむしろ時代に消費されてしまっただろう。アルカがなにか素通りできず、シーンの空気をざわつかせるのは、そうした時代性を持つという以上に、これだけ正面から、存在証明という古めかしく大上段なテーマ性を抱えてのたうっているからで、われわれは結局、それに向かいあう人間への興味を捨てきることはない。
 傷がつけられるのは身体を得てこそだ。爛れ、膿んだ赤い塊から新たな生命の萌芽を見ることができるのか、見れなかったとしても、このときゼンが生き、ミュータントが動いていたことを、未来覚えている。

橋元優歩

旅するDJ(西日本編) - ele-king

 2013年から2015年にかけて、ぼくがDJした西日本のCLUB/DJ BARの中から、特に記憶に残っている10軒のお店を南から順に紹介します。
 ぼくは日本各地のいろいろな箱に行ってDJをする機会があり、毎回満員御礼になっているわけではないけれど、今回紹介しているお店は全て満員御礼か、それに近い盛況な時間帯があったところで、どのお店もおすすめです。これらのお店の地元の人や旅先で音を浴びたい時などにぜひ行ってみてください。

 ぼくは毎年何か作品をリリースしようと心がけていて、2015年はUKのレーベルからリリースする話が進行中ながらいまだリリースの契約にいたらず……踊ってばかりの国の下津に歌ってもらった曲もあるけどこちらもリリース日は未定。
 そのいっぽうで、スイスの老舗レーベル〈Mental Groove〉から出る日本人ユニットのPsilosibe Qubensisの曲をDJ Yogurt&MojaがRemixしたVersionが、10月にまずTest Pressで少数枚限定リリースされて即完売。このRemixは自分も今年よくDJ プレイしてダンスフロアが盛り上がったお気に入りの仕上がりなので、正式なリリースを心待ちにしつつ……2016年には海外からの作品のリリースが続くかもしれないのでひき続きCheckしてもらえたら嬉しいー!

2015/11/10

1. 【沖縄県・石垣島】 - 【Mega Hit Paradise】

 石垣島で一番大きな箱。自分はここで2009年と2015年の2回DJして、2回共に出演者多数のBig Partyになり、お店を仕切る力さんやオーガナイザーの力もあってお客さんが100人以上来てくれて盛り上がりイイ思い出に。この箱から歩いて5分くらいの場所にもう一軒「グランドスラム」という天井までスピーカーを積んだ素敵な雰囲気の箱や、Reggae系DJ BARの「Chaka Chaka」もあるので石垣島でクラブ巡りするのも楽しいことになりそう。

https://www.facebook.com/mhp.jp


2. 【沖縄県・那覇市】 - 【Love Ball】

 DJ光が2012年から始めて自分も呼んでもらったことがあるGood Party「OK? Tropical Ghetto」がレギュラー開催されている那覇の箱。大箱なんだけど店内の使い方が工夫が凝らされていて小箱にいるような居心地の良さを感じることも。Rittoらの楽曲をリリースする沖縄発のレーベル「赤土Rec」の拠点。スピーカーの出音は強烈かつ強力。那覇では他に国際通り沿いにある「熱血社交場」やTechno系のDJが出演していることが多い印象のある小箱「桜坂g」、りんご音楽祭・主宰DJ SLEEPERが経営するDJ Bar「On」もおすすめの箱。

https://loveball.ti-da.net/


3. 【沖縄県・沖縄市】 - 【音洞(Oto Bola)】

 那覇から車で一時間の沖縄市にあるコザ中央パーク・アヴェニュー入口右手つぼ八地下にあるお店「音洞(おとぼら)」。現在は三代目店長の潤がお店を仕切り、「音へのこだわり」を感じさせてくれるお店。小箱というには中はかなり広く、超満員になったら100人くらい入りそう。スピーカーの出音も良く、音好きの人たちにおすすめ。コザには他にTheo ParrishがDJしたことがある小箱「BPM」もあって音楽好きな人なら侮れない街。

https://otobola.ti-da.net/


4. 【福岡県・博多市】 - 【PEACE】

 これまで博多ではBlackoutやKeith Flack、イビサルテ、いまはなきデカタンデラックス等でDJしたことがあるけど、LIVE HOUSE兼CLUBの博多PEACEでDJしたのは2015年が初めて。
 メインフロアとBARラウンジがはっきり分かれている広いお店で、メインフロアは満員だと200人くらい入りそう。自分がCro-magnonのLive後にDJした夜は、メインフロアのスピーカーを増設して四隅に置き、素晴らしい出音でPartyの雰囲気も良かった。LIVEの無い日はBARラウンジのみ営業していて、30人くらい来たら盛り上がりそうなラウンジだけでも居心地良い感じ。

https://www.peace-livehouse.net/


5. 【福岡県・北九州市】 - 【Rockarrows】

 北九州市の小倉には地元の音楽好きDJのMoureeが自分をほぼ毎年呼んでくれていて、Moureeの前に呼んでくれていたMomoちゃんの頃から数えると既に10回くらい行っている小倉には思い入れがあり、日本の中でも特に気になる都市のひとつ。
 小倉ではこれまでにMegaheltzやいまはなき名店DIG IT!DIG IT!でもDJしたことがあるけれど、ここ数年はずっとRockarrowsでDJしていて、2015年に行った時はVJのHiralionと共演して、主催のMoureeも頑張ってくれて100人近く来て朝まで大賑わいの一夜に。ロックアロウズは川沿いにあって、外で和むのも気持ち良い場所。縦長の店内は200人くらい入れそうな広さで、ガンガン踊りたい人たちには特にお勧め。

https://www.facebook.com/Rockarrows


6. 【愛媛県・松山市】 - 【音溶】

大街道のすぐ近くにあるビルの3階にあって、50人入れば満員の小箱ながらスピーカーの出音の迫力は四国屈指で、四国のクラブの中でも特にTechno好きにお勧めの箱。
 オーナー兼店長のチャーリーがDJ NOBU、DJ光、CMT、OLIVE OIL等、数多くのUnderground系の凄腕DJ達を松山に呼んでいて、これだけ頑張り続けている箱は四国にそれほど多いわけではないと思う、音好きにとって貴重な存在。
 自分はこれまでに3回ここでDJして毎回盛り上がっていることもイイ思い出になっている。

https://www.oto-doke.com/


7. 【高知県・高知市】 - 【Love Jamaican】

 高知で初めてDJした箱はいまはなきオタマジャクシーだったけれど、その後はほぼこの箱・Love Jamaican。高知の大きな商店街からすぐ近くのビルの地下にあり、レコードを鳴らした時のスピーカーの出音は、四国のクラブの中で1、2を争う気持ちイイ音ではないかと感じることも。
 このお店はREGGAE~HIP HOP系のPartyが普段は多いみたいだけど、自分がこの箱でDJする時はDisco Dub~HouseをDJ Playすることが多く、日曜午前9時までDJしたこともあるほど、延々と盛り上がっていることもあるお店。
 日曜昼前に店長のITA-SANが店内のソファーで寝始めると、常連のお客さん達がBarカウンター内に入って普通に店を切り盛りして、営業を続行している場面を見た時はトバされた。

https://lovereggae.net/shop/shopdetail/shop_id/45


8. 【広島県・広島市】 - 【Cafe Jamaica】

 自分は2013年までに広島では3回DJしたものの毎回盛り上がりに欠けていて、お客さんも夜中3時には帰り始める状況で残念に思っていたけど、2014年12月にオーガナイザー兼DJのまさたろ率いるParty Crew/Crossbreedに呼んでもらって、カフェ・ジャマイカで初めてDJした時は、DJ FUMIさんのDJ生活20周年記念Partyということもあり朝6時まで盛り上がり、広島でもこれだけ盛り上がることがあると感動。ここのスピーカーの出音は広島随一の印象で、卓球さんやフミヤさんが出演しているのも納得。

https://www.cafe-jamaica.com/

9. 【大阪府・大阪市】 - 【circus】

 ここのところ自分が大阪でよくDJしているのがこの箱「サーカス」。自分の好きなDJを大阪によく呼んでいる印象のあるお店で、DJとダンスフロアの距離が近く、ここでモーリッツ・フォン・オズワルドのDJ Playを聴いた時は胸にくるものがあった。広すぎず狭すぎずな長細い店内で、音のパワーが体に伝わってくる感じが好き。東京だと大箱に出演している外国からのGUEST DJを、大阪だとDJから近い距離で体感できるCIRCUSで見ることができるのは貴重ではないかと思う。
 大阪では最近だとサーカスの他に「Union」でもDJしたことがあり、ユニオンのHOUSE愛漂う店内の雰囲気とスピーカーの出音も忘れられない。

https://circus-osaka.com/


10.【福井県・敦賀市】 - 【Tree Cafe】

 N.Y.に長期滞在していた事もあるベテランDJのChikashiさんがオーナーのお店。2015年にOshareboysと共に行って初めてこのお店でDJした時は、PM6時OPENからDJして、LIVEを挟んで夜中0時過ぎまで1人でDJすることになり、House~Disco Dub~Jazz等、5時間越えのLong Playに。
 この時に来てくれた人たちのおかげもあり自分も驚くほど盛り上がって、夏にはCro-magnonと同行して再びTREE CAFEでDJ。またしてもイイ雰囲気の中でDJすることになり、すっかりお気に入りのお店のひとつに。
 路面店ということもあり、Partyは夕方から夜中1時頃までの開催が多く、気になるPartyの時は早めにお店に行くことをお勧め。

https://www.tree-cafe.com/

HP : https://www.djyogurt.com/
Twitter : https://twitter.com/YOGURTFROMUPSET
Facebook : www.facebook.com/djyogurtofficial

■DJ Schedule

11/22(Sun.)Commune246@東京都・表参道
11/22(Sun.)Unice@東京都・代官山
12/5(Sat.) Melbourne@Australia
12/11(Fri.)Byron Bay@Australia
12/12(Sat.)Byron Bay@Australia
12/18(Fri.)AERA@静岡県・富士宮市
12/19(Sat.)Mushroom Project Japan Tour with DJ Yogurt@表参道Arc
12/21(Mon.)Integration@代官山Air
12/27(Sun.)Oneness Meeting@代官山Unice/UNIT/Saloon
12/28(Mon.)DJ Yogurt And 下津光史Solo Live@渋谷Cosmoz Cafe
12/29(Tue.)Cro-magnon,Deep Cover and DJ Yogurt@元住吉POWERS 2

interview with Takashi Hattori - ele-king


服部峻 - Moon
noble

ElectronicJazzSynthExperimentalProg.

Tower HMV Amazon

 2013年の暮れにひっそりと、だがレーベルオーナーの強い熱意とともにリリースされたミニ・アルバム『UNBORN』を耳にして、作曲家・服部峻の並々ならぬ才能に末恐ろしさを感じさせられた聴き手は少なくなかったことにちがいない。ミニマリスティックに反復するバス・クラリネットの響きから始まるそれは、ジャジーなドラムスが演奏に加わると、少しずつ何かがゆがみ、ねじれ、気づけばどことも知れぬ夢幻の世界に聴き手を誘っていく。眼前にありありと演奏する姿が浮かぶほど緻密に構築された「生音」のあたたかさが、しかしけっして現実世界にはありえないような仕方で、奇妙な空間を導出していく。眼にしたはずの演奏者は、具に観察してみるならば、いまやヒエロニムス・ボスの絵画のように不可解だ。今回のインタヴューで服部峻はなんどか「快楽成分」なる言葉を発していたが、正しく彼の音楽から聴こえてくる狂乱は「快楽の園」だった――だがすぐさまそうした連想を断ち切るようにしてひややかなグリッチ・ノイズが通り過ぎてゆく瞬間に、聴き手はこれが現代の楽園であることにいまいちど刮目させられることになる。それは録音芸術のひとつの幸福なありかたとでも言えばいいだろうか。

 ふだん生活する世界においてさえ、過剰に有意味化された「無音」とまるで意味が剥落した「騒音」とに取り囲まれながら、音盤を前にしたわたしたちは果たしてなにを聴いているといえるのだろうか? 少なくとも服部峻の音楽において「聴こえない音楽」を云々することは徒労だ。それに聴覚的類似から「現代音楽」や「民族音楽」や「ジャズ」や「ノイズ」やその他のあらゆる既成のジャンルを並べ立てて彼の音楽を語っても仕様がない。それはそうした言葉を闊達自在にすり抜けていく。そしてこの意味で彼の音楽は優れてポップ・ミュージックなのである。だがそれは同時にわたしたちを「軽やかな聴衆」にしておくことにとどまるものではない。楽園として立ち現れた服部峻の音楽が、アップル・ミュージックを渉猟する現代の聴き手に対して投げかける「聴こえない問い」を、快楽のただなかで手掴みにする機会をも与えてくれるからである。

 そして前作の発表からちょうど2年が経ったいま、服部峻の新たなアルバム『MOON』がリリースされる。初のフル・アルバムであり、来年公開予定の映画『TECHNOLOGY』のサウンドトラックでもある。音だけ先に届けられた。それはアルバムがたんなる映画の付属品ではないことを意味する。だがたしかに映画がなければ生まれ得ない作品でもあった。その理由は下記インタヴューをご参照いただければと思う。今回のインタヴューでは、これまでほとんど謎に包まれていた作曲家・服部峻の経歴から音楽観までを語っていただいた。もちろんアルバムのことも。『UNBORN』の制作過程の話であったり、『MOON』の誕生秘話といったものが、彼の音楽に新たな視点をもたらすことになるだろう。

■服部峻 / Takashi Hattori
大阪在住の音楽家。映像作品も手がける。映画美学校音楽美学講座の第一期生。当時まだ15歳だったにもかかわらず特別に入学を許可される。2013年12月、6曲入りの初作品集『UNBORN』を〈円盤レコード〉より発表。2015年11月、自身初のフル・アルバム『MOON』を〈noble〉よりリリース。

中学を卒業すると同時に大阪から上京して一人暮らしをはじめたんですが、渋谷のタワレコが好きで、よく5階のニューエイジのコーナーに行っていたら、ちょうど菊地成孔さんの『デギュスタシオン・ア・ジャズ』が発売されていて。

さっそくですが、服部さんがこれまでどのように音楽と関わってきたのかを、とりわけ最初のアルバム『UNBORN』より前のことを教えていただけませんか。

服部:最初に音楽に触れたのはピアノ教室に通っていたときですね。母が音楽療法士だったこともあって小さい頃から習わされていたんです。そこに通いながら、小学校の高学年になる頃には家で作曲をしたりしていて。もっと高度なこともやりたいと思って、中学3年生のときには音楽学校に通って、MIDIの打ち込みを教わってアレンジの手法を勉強したりしていました。中学を卒業すると同時に大阪から上京して一人暮らしをはじめたんですが、渋谷のタワレコが好きで、よく5階のニューエイジのコーナーに行っていたら、ちょうど菊地成孔さんの『デギュスタシオン・ア・ジャズ』が発売されていて。それまで菊地さんのことは知らなかったのですが、調べてみると東京大学でジャズの講義をしているとあって、面白そうだから通ってみることにしました。

のちに『東京大学のアルバート・アイラー』として書籍化された講義ですね。

服部:そうです。15歳だったんですが、高校をサボってモグりにいってました(笑)。そしたら9月に映画美学校というのが開講して、そこで菊地さんが音楽理論の講師を務める、と聞いたので、これは行くしかない! と思ってそこに通うことにしました。だから菊地成孔さんからは強い影響を受けていると思います。そのころはライヴとか、音楽活動らしい活動はしてなかったのですが、楽曲を制作してデモテープを送ったりということはしていて。そしたら音楽ディレクターの加茂啓太郎さんに声をかけていただいて、あるレーベルのデビュー予備軍としてスタジオを使わせてもらえるようになったんです。エレクトロニカのアーティストとして。でも当時ぼくは高校生で一人暮らしをしていて、生活していくのが精一杯で、体力がなかったというか、あまり曲が作れなかった。10代の終わりになってからやっと根性が出てきたというか、楽曲制作をこなしていくことができるようになったというか。だからそのときはあまり期待に応えることができなかったし、積極的に音楽活動をしていたというわけでもなかったですね。

服部さんはそれまでどのような音楽を聴いていたんですか?

服部:子どもの頃はクラシック音楽をよく聴いていて、エリック・サティが好きだったので真似して曲を作ったりしていました。でもやっぱり上京してからいろいろな音楽を聴きだすようになって、そっちの影響のほうが大きいと思います。映画美学校の岸野雄一さんとか、その界隈の方たちにいろいろ教えてもらったりして。それと、同じ時期に菊地さんの東大講義をサポートしてる団体主催のインプロ・ワークショップがあったんですね。それをジャズのアドリブのワークショップだと思い込んで応募してみたら、ジョン・ゾーンのコブラをやることになって、想像していたものとぜんぜんちがった(笑)。でも遊び感覚で参加することができてとても楽しかったです。横川理彦さんとかイトケンさんとか、外山明さんなんかが講師を務めていて。その時に横川さんから「ディアンジェロを聴いてみたらいいと思う」って言われて……。

ジャズのアドリブのワークショップだと思い込んで応募してみたら、ジョン・ゾーンのコブラをやることになって。(中略)その時に横川理彦さんから「ディアンジェロを聴いてみたらいいと思う」って言われて……。

インプロのワークショップでディアンジェロを勧められたんですか(笑)?

服部:そうなんです(笑)。でもそのときに初めてディアンジェロを聴いて、ものすごく感銘を受けて、いまでもブラック・ミュージックは大好きです。

コブラには何の楽器で参加されたんですか?

服部:カシオトーンを持っていたのでそれで参加しました。僕そんなに持っている楽器の数は多くなくて。すでにプロツールスを持っていたので、それを使ってエレクトロニカだとか、電子音楽ですね、そういうのを作っていたので。当時から完全にラップトップ派です。そこからまた欲深いんですけど、映像なんかも作りはじめたりして、映像と音楽を合わせてYoutubeにアップしたりしました。

現代音楽や、実験音楽と言われるようなものは好んで聴いたりしていましたか?

服部:高校生の頃はよく聴いていたんですけど、じつはそういう路線に傾倒したりはせず、いまはポップスばかり聴いているんですよ。電子音で終始「ピーーーーー」って鳴ってるだけみたいな、ああいうのはあんまり聴かない。池田亮司さんなんかは音圧の快楽みたいなところで攻めてくるから「サイコー!」だと思うんですけど、もっと堅苦しい、アート寄りのコンセプチュアルな音楽は、なんだか血が騒がないというか、音楽としての快楽成分が少ないっていうのかな。調性がないじゃないですか。いまはフランク・オーシャンとかクリス・ブラウンとかにハマってます。

現代音楽でもたとえば、ミニマル・ミュージックとかは快楽的なものもあると思うのですが、どうですか?

服部:はい、フィリップ・グラスとか大好きです。でも好きなアーティストは誰かって訊かれたら、やっぱり宇多田ヒカルとかになってしまう(笑)。でもポップスって盛り込む要素に比重がかかっているじゃないですか。何をテーマにするか。そういうのは楽曲制作をするときにすごく参考になります。

やっぱりぼくは音楽としての構造がギリギリあるものの方が好きなんです。完全にフリーっていうのはあまり……。「むちゃくちゃ」って快楽成分を感じないというか。

上京していきなりコブラに参加されたようですが、即興音楽に興味が向かうことはなかったんですか?

服部:そうですね……やっぱりぼくは音楽としての構造がギリギリあるものの方が好きなんです。構造がなくなるギリギリの領域で、かろうじて保たれている音楽というか、本当はあるんだけど瞬間的になくなったりもする、というような。完全にフリーっていうのはあまり……。「むちゃくちゃ」って快楽成分を感じないというか。やっぱり人間は、人類共通の感覚というのか、うれしいときには笑顔になるし、悲しいときには泣く。ものを食べたときの「おいしい」という感覚とか「いい匂い」みたいな価値観って、言語とか肌の色とか関係なく、そこは世界共通。音楽を聴く上での「気持ちよさ」にも、きっと人類に共通する感覚があると思うんですね。DNAに刷り込まれてるというか。
 だから、たとえば現代音楽の世界でいくら「新しいことをやっている」と言われても、人間が本来「気持ちいい」と感じる共通的な価値観からあまりにも乖離したものだった場合、ぼくはあまり魅力を感じない。退屈な音楽だなと感じると思う。やっぱりどこかにそういう「聴いていて気持ちいい」要素は絶対あってほしいと思うし、自分が作る音楽には入れたいと思う。「テクノロジーとしての目新しさ」に固着するんじゃなくて、新しい快感、今までにない旨み成分のようなものを音楽で模索したいなと思っています。一言でいうと、血が騒ぐ音楽ですよね。たとえば黒人音楽にはブルーノートとかフェイクとか、十二音階の鍵盤の、外側にある領域、ピッチがぐにゃりと可塑する瞬間があるじゃないですか。ピアノの外にある音、そういうものにこそ魅力があると思っていて。リズムとかも、ディアンジェロは完全にズレているわけじゃないですか。でもきっちりと刻んでしまうとグルーヴは生まれてこない。どこかズレていたりヨレていたり、はみ出ていたりするところに快楽成分が潜んでいるんだと思うんです。だからそういうものを独自に研究して自分なりのアプローチで、いままでにない「聴いていて気持ちいい・新しい発見のある」音楽を作っていきたいと思っています。

“Humanity”という楽曲を制作している途中にちょうど震災と福島の原発事故が起きたんですね。あれで自分のなかから複雑な調性音楽が湧き上がってきたというか

そうした音楽がひとつの作品として結実したものが前作『UNBORN』でもあるわけですね。あのアルバムはどういった経緯で制作していったんですか?

服部:曲作りはずっと続けていて、高円寺にある円盤というレコードショップの店長、田口さんからCDを出さないか、というお話をいただいたんです。それで既存の3曲と、お話をいただいてから新たに作った3曲の、合計6曲でアルバムを完成させたのですが、そのころから音楽活動にもやっと本腰を入れ始めたというか。それまでは自分の作風があまり固まっていなかったんですが、なんとかしてアルバムをまとめなきゃ、とにかく作品として仕上げなきゃ! と『UNBORN』を制作していくなかで、徐々に自分の作風も固まっていったと思います。

アルバムを制作することが音楽活動に向かうきっかけになったんですね。

服部:はい。でもたんにアルバムが完成したから作風が固まったというわけでもないんです。『UNBORN』に収録されている“Humanity”という楽曲を制作している途中にちょうど震災と福島の原発事故が起きたんですね。あれで自分のなかから複雑な調性音楽が湧き上がってきたというか。震災の衝撃のようなものを受けて、自然と自分の作風が変わっていった。それまではのほほんと曲を作っていたんですけど、そういった安全な場所から世界が転がり落ちていくような感覚を体験して、インスピレーションのようなものを得たといいますか。精神的なダメージは大きかったんですけど、原発事故のニュースなんかを見ていると、どんどんアイデアが出てきた。そこから、放射能についてとか、電力のこととかいろいろと調べていくうちに、変な話なのですが、アーティストとして表現欲をものすごく掻き立てられて。だからそれ以降の作品は作風が変わりました。“Humanity”を完成させるのに拘らず、丁度、長い曲というのもあっていろいろと実験してみたんです。

アルバム制作と重なるようにして起きた震災と原発事故が服部さんのなかで音楽活動の境目になっているということですね。

服部:そうですね。それ以前は私生活ものんびりだったので(笑)、このままじゃいけないと思って。やらないと、って。なのでじつは『UNBORN』っていうタイトルにも、そういう意味を込めたんです。日本がこれからどうなるかはわからない、でもここを境に新しい人たちがどんどん出てくるだろうっていう意味を。いまは時代の変わり目なんだけど、未来は予測不能な状態にあるじゃないですか。でもまだ誕生していないけど、絶対に何かが生まれ出てくるはずだという確信だけはあったんです。「渦中の音楽」。それをタイトルに込めました。

『UNBORN』に収録されている楽曲のなかで震災前に作っていたのはどれなんですか?

服部:後半の“World’s End Champloo”と“Lost Gray”の2曲が完全に震災前で、“Humanity”が震災を跨いでいて、前半の3曲が震災後の新曲なんです。ちなみにタネ明かしすると、『UNBORN』っていうアルバムは楽曲の制作順序と逆に曲順を並べていて、それは宇多田ヒカルのベストアルバムの真似ですね(笑)。まぁそれはいいんですけど、やっぱり震災前に作った曲を聴き返してみると、かわいらしいというか、作風がちょっとちがうなと思う。今回のアルバム『MOON』は当然「震災以降」の作風で統一されてますが、『UNBORN』は「以前」と「以降」が境目を跨いで同居した作品なんです。

Takashi Hattori “Humanity”

“World’s End Champloo”はもともと映画に使われた楽曲だったと聞きました。

服部:そうなんです。ぼくの友だちで映画監督の遠藤麻衣子さんという人がいて、彼女が沖縄を舞台にした『KUICHISAN』っていう映画を撮ったんですね。高江って場所を知ってますか? 沖縄の東村にあるジャングルみたいなところで、いまヘリパッド問題っていう政治的な問題も抱えてて。パワースポット的なスポットでもあって、時空が歪んでる場所。その高江に住んでる音楽家の石原岳さんの三男の子が主演を務めていて。高江自体は映画の中心的な舞台ではないんですが、シーンとして映っています。この映画のエンドロールに使われている楽曲で、沖縄が舞台なので“World’s End Champloo”という曲名にしました。インディ映画なので、日本で大々的に上映とかはしてなくて、非流通の作品なのですが。それが遠藤監督の第1作。去年、次の2作めを撮るから同じように音楽をやってくれと頼まれたんですよ。『UNBORN』を発表したら、やっぱり反響があって、ちょうど新しいアルバムを出さないかという話もいただいていたんですね。だから最初はサントラとしてアルバムを出そう! と思って、遠藤監督の誘いも引き受けました。

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西洋のテクノロジーと東洋のテクノロジーの衝突がインドを舞台に起こっている、というような内容なんですが、「これはインドに行かないとわからない」って言われて、それにはぼくも納得したんです。すぐビザを申請して、飛びました。

遠藤麻衣子さんとはどこで知り合ったんですか?

服部:バンドで知り合ったんです。自分がリーダーだったわけではなくて、シンセノイズで参加していたバンドがあって。高円寺の〈円盤〉では10代のときにちょいちょいライヴしてました。でもバンド自体はぼくも遠藤もそんなにやる気がなくて。だからそこで知り合ったけどバンドはすぐ辞めて、二人でよく遊んだりしてたんです。で、そんな彼女の頼みだから、2作目の映画音楽の話も引き受けたんですけど、最初はなかなかうまく曲が作れなかった。
 インドを舞台にした『TECHNOLOGY』という映画なんですけど、実験的な内容で、プロトタイプの映像を見て、反応に困ってしまったというか。ストーリーがあるわけでもないし、セリフもあまりなく、結末も「ヌヌ~ン……」みたいな映画で。だからどういう音楽をつけたらいいのかアイデアが浮かんでこなかった。それで遠藤にあれこれ問いただして、最終的に喧嘩みたいになっちゃったんです。自分としては、本当は協力したいけど、内容が内容なだけにやりたくないって。彼女がどんな曲を求めているのかスケッチされたノートも送ってもらったりしたんですけど、そこには「全てを超越した音楽」とか「神が眠る音楽」とか抽象的なことしか書いてなくて、その文章がまた映画の内容とも乖離してる。それでスカイプでまたミーティングして、最終的には口論になり、終いには「ほんとバカ」みたいな悪口の言い合いになってしまった(笑)。そのときに「そんなにできないんならお前、インドに行ってこい!」って言われて、その時はインドなんて本当に行けるとも思っていなかったので、「行ってやらぁ!」って言っちゃったんですね。それがトントンと話が進んで、9月に本当に1週間だけインドに行けることになったんです。遠藤は、今回の映画で「西洋と東洋の文明衝突」みたいなものをテーマにしていて、西洋文明が最近うまく機能しなくなっていて、それを東洋の文明が飲み込みかけている、その西洋のテクノロジーと東洋のテクノロジーの衝突がインドを舞台に起こっている、というような内容なんですが、「これはインドに行かないとわからない」って言われて、それにはぼくも納得したんです。すぐビザを申請して、飛びました。
 ぼくは海外には、いままでニューヨークとかオーストラリアとかコペンハーゲンには行ったことがあったのですが、アジアには行ったことがなかったんです。だから初めてのアジアで、インドの下調べもせずに、ツアーでもなく。とにかく現地で見るもの見てこなきゃ、という状況。何が何でもインスピレーションを得ないといけない。それで、一週間しかないし、ぼくは英語も話せないのでやっぱり本当に大変でしたね。最終的にニューデリーとアーグラとワーラーナシの、北インドの3都市を回ったんですけど、やっぱり刺激的で、これはオリジナル・アルバムとしても作れるかも、という今回のサントラ兼オリジナルアルバムという複合コンセプトも浮かんできて。それに原点の映画音楽の製作も、インドを巡って見聞きしたものを、そこから出てきた激しいアイデアをとにかく形にすれば遠藤監督の映画にも合うんじゃないかとも思って。

ニューデリーとアーグラとワーラーナシの、北インドの3都市を回ったんですけど、やっぱり刺激的で、これはオリジナル・アルバムとしても作れるかも、という今回のサントラ兼オリジナルアルバムという複合コンセプトも浮かんできて。

それで帰ってきてすぐ楽曲制作に着手しようとしたらぶっ倒れてしまった。約3ヶ月間、耳も聞こえなくなってしまったんですね。帰国直後は、鼓膜が詰まってしまったのと、副鼻腔炎っていうのを発症してしまったのと、あと肺もやられて喉もやられて。熱も出てお腹もこわして。皮膚まで膿んできたんですよ。全身ダウン状態でした。だから曲を作り始めたのは2015年になってからなんです。トップバッターでデリーをイメージした“Old & New”っていう曲がすぐにできたんですね。これは映画のためというよりも自分がインドで体験したことをもとに作ったんです。でもそれを監督に送ったらとても気に入ってもらえて。そこから他の曲もどんどん作っていきました。映画のほうも第2稿第3稿と映像が送られてきて、それを見ているとだんだん言いたいこともわかってきた。で、“Old & New”で使ったフレーズを別の曲にも使ったりして、他の曲に広げていくと、こんどは広がりすぎて映画の中で使いきれないほどアイデアがどんどんできてきて。映画のオーダーにはないけど気に入った音の素材ができたとき、それを発展させて一曲に仕上げて送ったり。『MOON』は最初はサントラとして引き受けて、予定では6曲くらいの感覚だったのですが、インドから帰ってきてどんどん構想が膨らんで、これはフル・アルバムにできると確信して、最終的には12曲になった。実際の映画に使われているのは曲のほんの一部分だったりが多いので、『MOON』は純粋なサントラとは言えないし、でもオリジナル・アルバムとまではいかないし、だからとても特殊な作品に仕上がったと思います。音楽的にもヴァラエティ豊かでエキセントリックなものになりました。

『MOON』はアルバムの冒頭からサックスがフィーチャーされているのがとても印象的なのですが、それには何か意味があるんですか?

服部:『TECHNOLOGY』に出てくる男の子がサックスを吹くんですよ。なので映画を観ていただけたらアルバムの楽しみ方も広がってくると思います。たとえば他にも、5曲めの“Rickshaw”っていう曲は、映画でも使われているんですが、アルバムに収録されている音源とはちがっていたり。だから映画で使われている音源と『MOON』というアルバムのなかに収録された楽曲との差異も楽しんでもらえたら、と思います。

インドの楽器を多用しているのも映画との関連からなんですか?

服部:そうですね。やっぱりオーダーがあるので、それは参考に作っています。あと高校生のころにタブラ・マシーンを渋谷の楽器屋さんで買って、それを録音して使ったり。ほとんど使っていなかったんでやっと日の目を見ることができました(笑)。

ふだんインド音楽を聴いたりはしていたんですか?

服部:はい、もともとワールド・ミュージックが好きだったのでけっこう聴いてはいました。もしも映画にストーリーがあって、ドラマがあったりしたら、曲もそれに寄り添ってインド音楽のようにしようと挑戦したかもしれないですけど、そこまでオーダーもなかったですし、実験色の強い映画なので、音楽も好き放題にできました。遠藤監督もその方向を求めていたと思います。

仲直りはできたんですか?

服部:喧嘩はいまだに根をひいていますね……。

(笑)

服部:映画が完成したら「よかったね」ってなるかもしれないですけど。

じゃあ来年になるんですかね。

服部:そうですね。当初の予定では今年中の完成を目指していたんですけど、映画の製作はやっぱり資金面が大変みたいで、来年完成、公開予定です。

ぜんぶ打ち込みで作ってます。打ち込みというのもアレだし、本当は「魔法です」って言いたいところなんですけど。既存のループを貼りつけているわけじゃなくて、フレーズは細かいところまでひとつひとつ作曲してピアノロールに打って作ってます。

『UNBORN』と比べて、『MOON』では制作手法を変えたりはしましたか?

服部:インドに行って自分のなかで浮かんできたものなんですけど、今回は主旋律をあまり使わないようにしました。『UNBORN』はほぼ全曲に主旋律があるんですよ。でも『MOON』では“Pink”っていう曲以外はほぼ主旋律がないんです。これは映画の中で結婚のテーマみたいな感じで使われる曲なんですけど。今回はループ・フレーズを多用してますね。

サンプリングした音源を貼り付けたりしているんですか?

服部:いや、「Logic」を使ってぜんぶ打ち込みで作ってます。打ち込みというのもアレだし、本当は「魔法です」って言いたいところなんですけど。既存のループを貼りつけているわけじゃなくて、フレーズは細かいところまでひとつひとつ作曲してピアノロールに打って作ってます。なので音程を微妙に上げたりとかできるんですよ。アーティキュレーションを変えたりとか。

それは何かの生演奏を参照してそういうニュアンスを付け加えていくんですか?

服部:うーん、というよりは頭の中でできることを何でもやってしまいたいと思っていて。とにかく細かいところまで作り込みたいので。ちがうアーティキュレーションを何回も書き出して、それで上手くいくのを採用したりしているんです。シンセとかでもランダマイズさせて10回ほど書き出して、同じフレーズでも10通りの波形ができるので、ポイントポイントでいちばんいい瞬間っていうのを切り抜いて、フェードで繋げてひとつの音にするのがぼく得意なんです。ずっとエレクトロニカを作っていたからそういう波形編集が十八番なんですね。ぐにょぐにょって変化する音が得意というか。ひとつにつながっているんだけど、ぐにゃぐにゃ変わってくみたいな。なので音色的には楽器なんですけど、生音を目指しているというわけではなくて、どっちかというとむしろパソコンを使った制作でしかできないような表現をやりたいと思っています。だから実際のアーティキュレーションを忠実に再現させたいかというとそういうわけでもない。実際の楽器にはあり得ないオクターブの飛び方とか、息継ぎのない木管系のグリッサンドとか、ユニークなほうが聴いてて面白いし、自分も作ってて面白いと思える。バンドでの活動だったりすると、ミュージシャン同士のセッションで次にどうなるかわからない、何が起こるかわからない要素を楽しみながら作り上げていけるじゃないですか。ひとりでの制作の場合、とくにインストって精神世界そのものみたいな感じで、とにかく浮かんでくるものをできるだけ形にしようと思っています。

実際のアーティキュレーションを忠実に再現させたいかというとそういうわけでもない。実際の楽器にはあり得ないオクターブの飛び方とか、息継ぎのない木管系のグリッサンドとか、ユニークなほうが聴いてて面白いし、自分も作ってて面白いと思える。

服部さんの音楽を生演奏で実現させたいと思うことはないんですか?

服部:ありますあります。むしろ理想はぜんぶ生演奏というか、実演したいですよね、曲のとおりに。ただ実際にやるとなると難しすぎて弾けないんですよね。早すぎて。だから困っていますが、いつかオーケストラを使って本当にやれたらなと思っています。

生演奏を参照していないだけに、実現困難なアーティキュレーションを施したりしていますよね。

服部:そうなんですよ。自由に作っているので。あとスケールも頻繁に変えてしまうので、実際にやるとなると、たとえばピアノだと1小節ごとに4回チューニングを変えなきゃならなかったり。だからまずはそれを演奏できるピアノを開発しないと駄目ですね(笑)。

電子楽器だったらできそうですけどね。

服部:そうそう、電子楽器だったらできるんですけど、とにかく実演したいです。

生音と電子音というと、たとえば最近は初音ミクに代表されるボーカロイドを使って、デスクトップ上で「声」を生成することもできるようになっています。服部さんはご自身の楽曲制作にボーカロイドを取り入れようと思ったことはありませんか?

服部:現状としてはあまり好きな音ではないですね、でもやっていることはじつは自分といちばん近いと思っていて。曲作りのやり方が。ノートを振って指令を出すわけじゃないですか。こういう歌い方でここを曲げてとか。でもボーカロイドを使った優れた作品はどんどん出てくると思う。いまはまだ音がガビガビというか、いかにも「機械」な感じで、その感じがむしろ好まれている節もあると思うんだけど。今後技術的にも確実に進歩していくだろうし、たとえば忠実にマライア・キャリーみたいな声質で、しかも張りあげ声からホイッスルヴォイスから、デスヴォイスやウィスパーヴォイスだったりが、ぜんぶ再現できるようになっていくと思うんです。それで椎名林檎みたいな歌詞を歌わさせられる。そうなったらぼくもボーカロイドに手を出すと思います(笑)。そういうことができるようになると、そうとう面白くなってくると思う。あれも究極のひとりミュージックじゃないですか。ぼくもひとりで作る音楽というのを突き詰めていきたいので、ボーカロイドを使った作品にはつねに注目はしています。

クリス・ブラウンとか宇多田ヒカルとかが大好きなんです。だからそういう音楽もやりたいんですよね。でもそれと並行して自分の表現も続けていきたいですね。ひとりでやる音楽だと、じつはもう次にどんなアルバムを作ろうか考えているんです。でも完成させるのに10年くらいかかりそう。

お話をうかがっていて、服部さんにとっての「電子音」は、「生音」に対立する別のものというよりも、「生音」の概念を拡張していくものとして捉えられているように感じます。

服部:やっぱり生の魅力っていうのはあるわけじゃないですか。たとえばデジタルと言われるものはつねにアナログの技術に押されてきたっていう側面がある。そういうアナログの魔力とか、生音の魅力にはどうやったって勝てない時代がずっと続いていたと思うんです。でも最近になってよくやく、デジタルでしかできない表現もどんどん増えてきて、ぼくはそれを追求していきたいし、それが面白いんです。いまだにアナログ至上主義者みたいな人たちはいて、そういう人たちはCDでさえ許せなかったりしますよね。レコードじゃないとダメっていう。でもデジタルの世界でも、ハイレゾ音源までいくと、そうでないと注ぎ込むことのできない情報量と、伝達の早さの魅力がある。アナログとデジタルはそれぞれ良さがあって、どちらかに甲乙つけるのはもはやナンセンスだと思います。
 音楽的にもデジタルでの作曲は、リアルでは再現できない領域の演奏が試せる。曲の小節間でチューニングを変えたりとか、フレーズごとにインストゥルメントを変えてフェードで繋げたりとか。生の楽器って、楽器そのものがもつ制限のなかで人間がどうやって演奏するのかという問題がある。でも機械のなかではそういった制限はないから、より自由な作曲ができる。そこは大きな魅力だと思います。ぼくはべつにアナログや生音のアンチなのではなくて、生音でもデジタル・ミュージックでも、どちらの世界も分け隔たりなく聞ける、リスペクトできる、純粋に楽しむことのできるような音楽シーン作りに貢献したいです。

ご自身の楽曲を生演奏で実現することのほかに、今後やりたいことはなにかありますか?

服部:さっきも言ったのですが、ぼくクリス・ブラウンとか宇多田ヒカルとかが大好きなんです。だからそういう音楽もやりたいんですよね。〈エイベックス〉とかそっち系で楽曲を提供する仕事をしたい。でもそれと並行して自分の表現も続けていきたいですね。ひとりでやる音楽だと、じつはもう次にどんなアルバムを作ろうか考えているんです。というかずっと前から考えていて、タイトルも曲順も決まっていて。でもそれは超大作というか、完成させるのに10年くらいかかりそう。本当はそれをデビュー作にしたかったんですけどね。でもそれがなかなか難しいので、『UNBORN』のなかにその伏線を張った曲を3つ入れたんです。とはいえ、とてつもなく時間がかかりそうなので、それを完成されられるかどうか、いまはまだなんとも言えません(笑)。

その構想しているアルバムは、実際に曲作りをはじめたりしているんですか?

服部:まだ着手はしていないんです。ライフワークじゃないですけど、ゆっくり作っていきたいと思っていて。そう考えるとやっぱり10年くらいかかるんじゃないかなぁ。でも、最近曲を作るスピードがどんどん早くなっているんですよ。『MOON』の最後に“Forgive Me”っていう曲があって、あれは映画のエンドロールに使われているんですが、15日間で完成させて、自分としては相当早かったんです。むかしは、たとえば“Humanity”なんかは1年くらいかけて作っていたので。だからこのまま曲作りのスピードが上がっていけば、10年も待たずにでき上がるかもしれないですよね。まぁ、いまはまだなんとも言えません(笑)。

The Silence - ele-king

 ちょうど『ミスター・ロンリー』のころだからもう10年ちかく前になるが、来日したハーモニー・コリンの取材もあらかた終わり、90年代はいまよりいくらかましだったよな、と次の取材までに空いた時間をたがいに世の中への不平をあげつらいながらつぶしていると、そういえばきみはゴーストのメンバーだったっけ、と彼は不意にいう。ゴースト? あの日本のサイケデリック・バンドの? 私は聴きかえした。うなずくハーモニー。つぶらな瞳だ。ミスター・コリン、たしかに私はご覧のような長髪だし、ゴーストのリーダーの馬頭に取材したこともあるし、彼らは好きなバンドだがざんねんながらそうではない。私はそう返答しながらしかし内心ギクッとした。どれくらいギクッとしたかというと「ねじ式」でメメクラゲに刺された主人公に「あなたは私のおっかさんではないですか?」とつめよられる老婆ほどギクッとした。なぜハーモニーはそんなことを訊いたのか、その理由はトレンディドラマに出てきそうな配給会社の宣伝ウーマンが私たちのあいだに割って入ったのでこんにちにいたるまで訊かずじまいだが、ひとは他者のことばで事実以上の真実の回路をひらくことがある。

 ゴーストをはじめて聴いたのはPSFから92年に出たオムニバス『Tokyo Flashback』の第二弾で、ハイライズやマヘル・シャラル・ハシュ・バズ、四人時代のゆらゆら帝国、石原洋さんが率い、ピース・ミュージックの中村さんがメンバーのころのホワイト・ヘヴンにもちろん灰野さんの不失者といった錚々たる面々のなかでもゴーストのアコースティック・サイケデリック・サウンドはひときわ異彩を放っており、当時ちょうど二十歳で、サード・イヤー・バンドはおろか、アシッドのなんたるかも知らなかった私は彼らの静謐なミニマリズムの奥に青い熾火に似たものをくすぶらせるエソテリックなアンサンブルにただただ耳を傾けるしかなかった。彼らの単独作品を手に入れたのはそれから時間が経ってからで、PSFのファーストは翌年、94年のサード『Temple Stone』は次作『Lama Rabi Rabi』のレコードといっしょに買ったので、90年代後半、ゴーストはすでに〈ドラッグ・シティ〉との契約を契機に海外に主戦場を求めていた。といういい方のおそらく半分はただしくない。ボアダムスしかりゼニゲバしかり、90年代を境に日本のアンダーグラウンドが海外に積極的に打って出たのは、地理的音楽的越境性を顕揚する風潮に乗った部分はあるにせよ、資本による逆輸入を念頭にした戦略ではなく、それは音楽を聴くこと、いかに聴くかということと不可分ではなかったが、それをつぶさに検証するのは本稿の主旨ではない。もっとゴーストもその例外ではなかった。いやむしろもっとも成功した例のひとつといってもいい。冒頭のハーモニーの発言をご想起されたい。彼らのサイケデリックは無国籍のエキゾチシズムと、それを側面から異化する情緒的──これを和的と換言するのはいささかためらわれるが──な旋律をもち、その総和として彼らの世界はたちあらわれる。そこには要素の混淆があり、海外のリスナーが日本のバンドにいだくエキゾチシズムはおそらく、徹底したこの折衷と、そこにひそませた批評性にある。ゴーストはそれを生きた。90〜2000年代、彼らは作品を重ね、それらは初期の秘境的な空間性を、その空間に政治的な視点さえもちこみ高めるものだったが、2007年のライヴ盤『Overture: Live In Nippon Yusen Soko 2006』を最後に活動は間遠に。ここにおさめたライヴには私も足を運び、圧倒されるともに一抹の不安を憶えもした、といえば遡及的な短絡かもしれないが、音盤にも、ゴーストの存在証明、グループ名になぞらえれば、不在となることではじめて存在する幽霊めいた存在の証明をたしかにおぼえるものがあった。

 馬頭將器がザ・サイレンスを結成したのは2013年、ソロ・ツアーで訪れたスペインのサラゴサで旧知の岡野太との再会が契機となった。元サバート・ブレイズ、ライヴ・アンダー・ザ・スカイ(好きだったんです)で現在は非常階段の一員でもある岡野の来西は河端一のアシッド・マザーズに参加するためで、ふたりが会うのはゴーストの96年のアメリカツアー以来、じつに17年ぶりだった。馬頭はそのころ、長らく活動休止状態だったゴーストの解散を考えていたが、次の活動にふみきる手だてがなく、悶々としていた。ツアー中のあわただしい時間のなか、小一時間ふたりはホテルで話しこみ、ともに音楽活動をはじめることを約束し別れた翌年春、馬頭はゴーストの解散を宣言し、直後に岡野との新しいバンドの構想を得て、ゴーストの盟友荻野和夫に編曲とプロデュースを依頼、荻野はベースのヤン・アンド・ナオミのヤン・スティグター、バリトンサックスとフルートにブラック・シープの吉田隆一をハントし、荻野がオルガンとエレキ・ピアノを担当する布陣におちついた。バンド名はヨガの沈黙の行により、馬頭は「静寂はいかなる音圧よりも重く、耳を聾する程の静寂は意識と無意識の境界線上でのみ我らが表現し得る」という。

 今年3月にリリースしたセルフ・タイトルのファースト、間を置かず発表する本作『Hark The Silence』について、ゴーストとの異同をいえば、アコースティックを効果的にもちいた多楽器主義のそれを彷彿するところもあるが、かつて形式の影にみえかくれしていたものがザ・サイレンスではのびのびと羽をのばしている。ギターのファズ・サウンドとレズリースピーカーをもちいたオルガンのハードなサウンドメイク、馬頭の日本語の訛りの英詞による歌唱に寄り添う吉田のバリサクがときにワールド的にときに(昭和)歌謡的な妖しささえかもす『The Silence』を馬頭の無二のソングライターの資質と各人の間口の広さを聴かせるものだとすると、冒頭の三部構成の“Ancient Wind”でじわじわとたちあがり畳みかける『Hark The Silence』ではより直截に合奏の一体感に主眼を置いている。同時期の録音というこの2作は彼らの内実の充実を如実に伝えるが、そればかりか、たとえば『The Silence』の“Black Is The Colour of My True Love's Hair”、『Hark The Silence』の“Little Red Record Company”、“Galasdama”といったカヴァー曲では系譜を垣間見せると同時にある種の遊び心も感じさせる。無数のヴァージョンがあるアパラチアン・フォークのトラッド“Black Is The Colour”はニーナ・シモンというよりパティ・ウォーターズだし(吉田がジュゼッピ・ローガン役)、デーモン&ナオミの“Little Red〜”は人脈的な結びつきをほのめかすとともにうたもの(サイケ)でのアレンジの妙味を聴かせる。“Galasdama(ガラス玉)”は裸のラリーズのカヴァーとのことだが、「造花の原野」の文言を表題に引いたこの曲は“造花”の歌詞と曲を基調に“夜より深く”を接ぎ木したもので、間奏の八分の六拍子パートの躍動とその後のギターおよびヴォーカル・アレンジふくめ、ラリーズというよりサイケデリックなるものの解釈において一日も二日もの長をおぼえさせるだけでなく、“Ancient Wind”は造花の原野をも吹き抜けたのではないかと私の妄想をもトリップさせる、その一助となるのは近藤祥昭の手になる録音で、アナログの音質にこだわった音録りは“DEX #1”のマッスな音群も、“Fireball”の演奏の空間を、馬頭にならうなら耳を聾する沈黙の支配するそこを的確にとられている。このような心技体のそろったアルバムの国内リリースがないのは国民の耳が節穴だからか、〈Pヴァイン〉の〈ドラッグ・シティ〉担当者が社内でよほど虐げられているからにちがいないが、私たちはさいわいなことに海外のファンにはない地の利がある。フランク・ザッパの命日にあたる12月4日、秋葉原の〈グッドマン〉でザ・サイレンスはワンマン公演をおこなうという(来春には北米ツアーをひかえているとのことなので、ハーモニー・コリンもひと安心である)。ゲストは想い出波止場〜アシッド・マザーズの津山篤と東京NPO法人。NPOは「なかなかポジティブな男達」の略なのだそうだ。よくわからないが、忘れられない夜になるだろう。

彼女にはその価値がある - ele-king

 インガ・コープランドという名前だけですでに十分な知名度と期待があるだろうが、2012年、ハイプ・ウィリアムスとしての来日の模様はこちらから。強烈なクリティシズムを匂わせながらもついに核心をつかませない、ローファイ電子音楽怪ユニット、ハイプ・ウィリアムスの片割れがふたたび来日、ソロでは日本発となるライヴを披露する。ジャンルの別なく2010年のインディ・ミュージック史に鮮やかなインパクトを刻んだ才能、その現在のモードを目撃せよ──「私にはその価値があるから」。

■INGA COPELAND JAPAN TOUR 2015
“私にはその価値があるから”

11.20 fri at Socore Factory 大阪
風工房’98 / NEW MANUKE / birdFriend / naminohana records / INTEL presents LOW TRANCE
~ Inga Copeland (ex Hype Williams) Tour In Osaka& Madegg ‘N E W’ Release Party ~

OPEN / START : 22:00
ADV : ¥2,500 w/1D | DOOR : ¥3,000 w/1D
more info : https://intelplaysprts.tumblr.com

11.22 sun before Holiday 東京
BONDAID#7 FIESTA! Inga Copeland & Lorezo Senni

START : 23:30 at WWW Tokyo
ADV ¥3,000 | DOOR ¥3,500 | UNDER 23 ¥2,500
more info : https://meltingbot.net/event/bondaid7-fiesta-inga-copeland-lorenzo-senni

11.23 mon at 木揚場教会 / Kiageba Kyokai 新潟
experimental room #20

OPEN 17:30 / START 18:00
ADV ¥3,000 | DOOR ¥3,500円 | NON NIIGATA / 県外 2,500円
UNDER 18 FREE / 18才以下無料
more info : https://www.experimentalrooms.com/

Tour Info : https://meltingbot.net/event/inga-copeland-japan-tour-2015/

■BONDAID#7 FIESTA!

2015.11.22 sun before Holiday
START : 23:30 at WWW Tokyo
ADV ¥3,000 | DOOR ¥3,500 | UNDER 23* ¥2,500

液状化するダンス、レイヴ、アートの融点。ダブの霧に身を潜めるミステリアスなロンドンの才女 Inga Copeland と“点描トランス”と称されるミラノの革新派 Lorenzo Senni を迎えた新感覚の屋内レイヴが開催!

Co La (Software)、Andrew Pekler (Entr’acte)、D/P/I (Leaving)、TCF (Ekster)、M.E.S.H. (PAN)といった世界各地の先鋭的な電子音楽作家を招聘してきた〈melting bot〉プロデュースの越境地下電子イベント〔BONDAID〕が第7回目のラッキー・セブンを迎えて送る祝祭“FIESTA!”を今年で5周年記念を迎える渋谷WWWにて開催。ゲスト・アクトはHype Willimas (Hyperdub)での来日パフォーマンスが大絶賛だったロンドンの女流電子作家Inga Copelandの日本初のソロ・ライブとミラノのサウンド・アートティストLorenzo Senniの〔Sonar〕でも評判となった“点描トランス”と称されるレイザーを使った、こちらも日本初となるインスタレーション“Oracle (神託)”。本公演は今年の6月に東京のLIQUIDROOMと大阪のCONPASSで行われたベルリンの実験/電子レーベル〈PAN〉をフィーチャーしたイベント〔PAN JAPAN SHOWCASE〕に続く、現在のイメージ化するジャンルと抽象化するダンス・ミュージックの坩堝を体現したコンテンポラリーな屋内レイヴ・ナイト。

LIVE :
Inga Copeland [ex Hype Williams / from London]
Lorenzo Senni “Oracle Set” [Editions MEGO / Bookman Editions / Presto!? / from Milan]
Kyoka [raster-noton]
Metome
Renick Bell [Quantum Natives / the3rd2nd]
Koppi Mizrahi [Qween Beat / House of Mizrahi]
& yumeka [OSFC] “Vogue Showcase”

VJ : Ukishita [20TN! / Nice Air Production]

DJ :
Toby Feltwell [C.E]
Sapphire Slows [Not Not Fun / Big Love]
Yusuke Tatewaki [meditations]
HiBiKi MaMeShiBa [Gorge In]
Hibi Bliss [BBC AZN Network]
Pootee
SlyAngle [melting bot]

#LEFTFIELD #ELECTRONIC #RAVE
#TRANCE #DANCEHALL #VOGUE
#TECHNO #GLITCH #GORGE #NEWAGE
#CONTEMPORARY #DANCE #ART

ADV TICKET OUTLET : 10.15 ON SALE

e+ / WWW / RA / Clubberia
disk union (Club / Dance Online, Shibuya Club, Shinjuku Club / Honkan, Shimokitazawa Club, Kichijoji)

*23歳以下のお客様は当日料金より1000円割引になります。ご入場の際に生年月日が記載された身分証明書をご提示下さい。
※20歳未満の方のご入場はお断り致します。年齢確認のため顔写真付きの身分証明書をご持参下さい。

主催 : BONDAID
制作 / PR : melting bot
協力 : Inpartmaint / p*dis
会場 : WWW

more info : https://meltingbot.net/event/bondaid7-fiesta-inga-copeland-lorenzo-senni


特集 エレクトロニカ“新”新世紀 - ele-king

 こういうひとつの括り方に抵抗を感じる人がいるのはわかっているが、なかば強引にでも括った方が見えやすくなることもある。もともと踊れもしないテクノ(エレクトロニック・ミュージック)を、しかし前向きなニュアンスで言い直したのがエレクトロニカ(ないしはえてして評判の悪いIDM)なるタームである。

 90年代の後半のクラブ・シーン/レイヴ・カルチャーは現在と似ている。アンダーグラウンド文化に大資本が介入すると、音楽が、最大公約数的にわかりやすいものへと、やんわりと画一化されていってつまらなくなる。ゲットー的なもの、冒険的なものはまず排除される。逆に、こういう状況のなかでカウンターとしての需要を増し、発展し、新たなリスナーを獲得したのがエレクトロニカだった。ポストロックと並行してあったものなので、リスナーも重なっている。

 2010年に〈エディションズ・メゴ(Editions Mego)〉からOPN(Oneohtrixpointnever)が『リターナル(Returnal)』を出したときは、この手の音楽がエレクトロニカというタームを使って解釈されることはまずなかったが、しかし、エイフェックス・ツインが華麗な復活を遂げて、かたやEDMが全盛の今日において、エレクトロニカ新世紀と呼びうるシーンが拡大するのはなんら不思議なことではない。

 いや、むしろエレクトロニカ的なものがなければ、音楽は面白くないのだ。それは、この音楽が実験的であるとか、高尚であるとか、知的であるとか、そんな胡散臭い理由からではない。この(なかば強引な)ジャンルが、リスナーをさまざまな音楽を結びつけるからである。ジャンルという牢獄から解放することは、90年代後半を経験している世代は充分にご存知のことだろう。

 新世代を代表するのはOPNとArcaだろうが、他にもたくさんの秀作が出ている。また、受け手が作り手と紙一重なのもこのシーンの特徴でもあるので、我々がここでチェックできていない新しい作品がなんらかのカタチで出ていることは充分にあるだろう。もしそうした穴があれば、ぜひ教えてください。なにはともれ、今回の特集が少しでも、あなたの宇宙を拡張する手助けになれば幸いである。   (野田努)

Electronica Classics - ele-king

さて、「エレクトロニカの“新”新世紀」と銘打って、とらえがたくも魅力的なエレクトロニック・ミュージックの現在を示している作品群を取り上げる本特集だが、一般的に「エレクトロニカ」という名で認識されている作品にはどのようなものがあっただろうか。リアルタイムで聴いてこられた方も多いことと思われるが、あらためていま聴き返したいエレクトロニカ名盤選をお届けします。


Alva noto - Transform
Mille Plateaux (2001)

 キム・カスコーンが「失敗の美学」と名づけたデジタル・グリッチの活用によって、90年代後半から00年代前半にかけてのノンアカデミックな電子音響が始まった。カールステン・ニコライ=アルヴァ・ノト/ノトは、そのグリッチ・ノイズをグリッドに配置することで、ステレオの新美学とでもいうべき電子音響を生み出していく。とくに本作の機械的でありながら優美で洗練されたサウンドは、2001年の時点ですでにポスト・グリッチ的。数値的なリズム構成が生み出すファンクネスには、どこかクラフトワークの遺伝子すら感じるほどだ。00年代以降のエレクトロニカに大きな影響を与えた傑作。


Fennesz - Endless Summer
Mego (2001)

 ティナ・フランクによるグリッチなアートワークは、リアルな「永遠の夏」そのものではなく、いわばポップ・ミュージックの記憶から生成するヴァーチャルな世界=記憶の表象であり、このアルバムの魅力を存分に表現していた。これはテン年代的(インターネット的)な光景・環境の源流のようなサウンド/イメージともいえ、たとえば、甘いギター・コードに介入する刺激的なグリッチ・ノイズは、「歯医者で聴いたフィル・コリンズ」というOPNのコンセプトへと接続可能だろう。ヴェイパーウェイヴ以降のインターネット・カルチャー爛熟期であるいまだからこそ新しい文脈で聴き直してみたい。


Jim O'Rourke
I'm Happy, And I'm Singing,
And A 1, 2, 3, 4
Mego (2001)

 ジム・オルークの唯一の「ラップトップを用いたオリジナル・アルバム」は、00年代以降、多くのエレクトロニカの雛形ともなったアルバムでありながら、しかしほかの何にも似ていない孤高のアルバムでもあった。じじつ、この弾け飛ぶような電子音には、ヴァン・ダイク・パークスのポップネスから、メルツバウのノイズまでも圧縮・解凍されており、ジム・オルーク的としかいいようがない豊穣な音楽が展開されている。フェネス、ピタらとのフェノバーグとは違う「端正さ」も心地よく、まさに永遠に聴ける電子音楽的名盤といえる。2009年に2枚組のデラックス・エディションもリリースされた。


Ekkehard Ehlers
Plays
Staubgold (2002)

 このアルバムこそ、00年代後半以降の「ドローン/アンビエント」のオリジン(のひとつ)ではないか? コーネリアス・カーデュー、ヒューバード・フィヒテ、ジョン・カサヴェテス、アルバート・アイラー、ロバート・ジョンソンなどをソースとしつつも、それらのエレメントを弦楽的なドローンの中に融解させ尽くした美しい音響作品に仕上がっている(元は12インチシリーズであり、本作はそれをアルバムにまとめたもの)。“プレイズ・ジョン・カサヴェテス2”における超有名曲(“グッド・ナイト”?)を思わせる弦楽にも驚愕する。イックハルト・イーラーズの最高傑作ともいえよう。


Shuttle358
Understanding Wildlife
Mille Plateaux (2002)

 00年代初頭に人気を博したクリッキーなビートはエレクトロニカの「ポップ化」にも貢献した。LAのシャトル358(ダン・エイブラムス)が、2002年に〈ミル・プラトー〉よりリリースした本アルバムは、その代表格。細やかに刻まれるビートに、朝霧のように柔らかい電子音が繊細にレイヤーされ、00年代初頭の小春日和のような空気を見事に象徴している。耳をくすぐるカラカラとした乾いた音響が気持ちよい。2015年には11年ぶりのアルバム『キャン・ユー・プルーブ・アイ・ワズ・ボーン』を老舗〈12k〉よりリリース。こちらは森の空気のようなアンビエント作品に仕上がっていた。


Frank Bretschneider &
Taylor Deupree
Balance
12k (2002)

 電子音響とエレクトロニカの二大アーティストの競演盤にして、ミニマル/クリック&グリッチ・テクノの大名盤。初期テイラー・デュプリー特有のミニマル・テクノな要素と、フランク・ブレッシュナイダーのクリッキーかつグリッチなエレメントが融合し、緻密なサウンドのコンポジションを実現している。シグナルのような乾いたビートと、チリチリとした刺激的なノイズが交錯し、マイクロスコピックな魅力が横溢している。ミニマル・グリッチな初期〈12k〉の「思想」を象徴する最重要作といえよう。フランク・ブレッシュナイダーはシュタインブリュッヘルとのコラボ作もおすすめ。



SND
Tenderlove
Mille Plateaux (2002)

 マーク・フェルとマット・スティールによるクリック/グリッチ・ユニットSNDのサード・アルバム。近年でもファースト・アルバムがリイシューされるなど常に高い評価を得ている彼らだが、本作は、そのキャリア中、もっともハウス・ミュージックに接近した問題作である。ハウス・ミュージックの残滓を残した甘いコード感と、シンプル/ミニマルな音響の中で分断されていくダンス・ビートなどは、現在のアルカなどにも繋げていくことも可能だろう。後年、〈エディションズ・メゴ〉や〈ラスター・ノートン〉などからリリースされたマーク・フェルのソロ作も重要作。あわせて聴きたい。


Hecker
Sun Pandämonium
Mego (2003)

 なんというノイズか。まるで太陽のように眩く、獰猛であり、優雅でもある。嵐のようなノイズの奔流はラッセル・ハズウェル級であり、まさに取り扱いが危険な盤だが、しかしその強靭な音響は一度ハマると抜け出せなくなる快楽性がある。いわば90年代末期に誕生したピタなどのグリッチでノイジーな電子音響と、2010年代的なインダストリアル/ノイズをつなぐアルバムといえ、いまをときめく〈パン〉が、2011年にアナログ盤でリイシューしているのも頷けるというもの。まさにヘッカーの最高傑作だ。刀根康尚やデヴィッド・チュードアなど実験音楽や電子音楽の系譜にも繋げて聴いてみよう。


Pan Sonic
Kesto
Blast First (2004)

 キム・カスコーンがグリッチ・ムーヴメントの最重要バンドと認識するパン・ソニック。ファースト・アルバム『ヴァキオ』(1993)が有名だが、ここではあえて本作を紹介したい。彼らの5枚目のオリジナル・アルバムにして、脅威の4枚組。ブルース・ギルバート、灰野敬二、スーサイド、スロッビング・グリッスル、アルバン・ルシエなどに捧げられた楽曲群は、インダストリアルから電子ノイズ、果ては静謐なドローンまで実にさまざまで、さながらパン・ソニック流の電子音楽/ノイズ史といった趣。グリッチ以降の電子音響が行き着いた「宇宙」がここにある。アートワークも素晴らしい。


Stephan Mathieu
The Sad Mac
HEADZ (2004)

 フィールド・レコーディングに弦楽のようなドローンがレイヤーされ、記憶の層が再生成していくような美しい音響作品であり、同時に「作曲家」ステファン・マシューの個性が前面化した最初の作品でもある。弦楽曲のもっとも美しい瞬間を、まるで記憶のスローモーションのように引き伸ばすシネマティックな作風は、電子音楽とエレクトロ・アコーステイックの境界線を静かに融解させていく。アルバム・タイトルは愛用してきたマックのクラッシュを表現しているようで、いわばマシンへのレイクエムか。現在のアンビエント/ドローンの系譜を振り返るときに欠かせない重要なアルバム。


Electronica “New” Essential Discs - ele-king

「こういうひとつの括り方に抵抗を感じる人がいるのはわかっているが、なかば強引にでも括った方が見えやすくなることもある。もともと踊れもしないテクノ(エレクトロニック・ミュージック)を、しかし前向きなニュアンスで言い直したのがエレクトロニカ(ないしはえてして評判の悪いIDM)なるタームである」

「2010年に〈エディションズ・メゴ〉からOPNが『リターナル』を出したときは、この手の音楽がエレクトロニカというタームを使って解釈されることはまずなかったが、しかし、エイフェックス・ツインが華麗な復活を遂げて、かたやEDMが全盛の今日において、エレクトロニカ新世紀と呼びうるシーンが拡大するのはなんら不思議なことではない」
(本特集巻頭言より)

──とすれば、フロアにもベッドルームにも収まらない今日的なエレクトロニカとはどのようなものか。ディスク・レヴューで概観する。

Akkord - HTH035 (Houndstooth 2015)


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 シーンに現れたときにはマスクを被り謎の存在だったアコード。彼らはマンチェスター近郊を拠点に活動をするシンクロとインディゴによるテクノ・ユニットだ。プロジェクトをはじめるにいたってエイフェックス・ツイン、セラ、シャックルトンといった面々を念頭に置き、この作品においてはその影響がジャングルやダーク・アンビエントを通して噴出。そのリズムをアタマで理解しようとすると複雑で脳の中枢が熱くなり、体で捉えようとすると妙なダンスが生まれる。また今作の後半にはフィスやリージスといったプロデューサーたちのリミックスを収録していて、特にハクサン・クロークによる「数多くの証人」と題された曲がトんでいる。前半の楽曲すべてをひとつにリフィックスしてまとめたもので、家でもフロアでも聴けないような音の暴力が10分続き、ド派手なSF映画のようにそれが突如パッと終わる。(髙橋)

Actress - Ghettoville (Werk Discs, Ninja Tune / ビート 2014)


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 思えば、転換期は2010年だった。アクトレスで言えば『Splazsh』の年。その後も『R.I.P』、そして『Ghettoville』へと着実に我が道を進んでいる。UKクラブ・カルチャーから生まれたモダン・エレクトロニカを代表する。(野田)

AFX - Orphaned Deejay Selek 2006-08 (Warp/ビート 2015)


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 エレクトロニカとは、いかに工夫するか。リチャード・D・ジェイムスにとってのそれは機材の選び方にも関わっている。高価なモジュラー・シンセや最先端のデジタル環境を賞揚するわけではない……という話は佐々木渉に譲ろう。『Syro』から続く3作目は、アシッド・サウンドの最新型。(野田)

Albino Sound - Cloud Sports (Pヴァイン 2015)


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 日本においてこのエレクトロニカ・リヴァイヴァルの風を敏感に感じ取ったひとりが、アルビノ・サウンド。詳しくはインタヴューを参照。(野田)

Arca - Mutant (Mute/トラフィック 2015)


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 音楽作品において、これほど強烈なヴィジュアルは、久しぶりである。若く敏感な感性は、なんとも妖しい光沢を発しているこのヴィジュアルに間違いなく手を伸ばすだろう。アルカはそういう意味で、現代のハーメルンの笛吹き男である。(野田)

Four Tet - Morning/Evening (Text/ホステス 2015)


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 好き嫌い抜きにして、フォー・テットの功績は誰もが認めざる得ないだろう。最新作は2曲収録。メトロノーミックなドラミングの上を、エキゾティズムを駆り立てるように、インド人の歌のサンプリングが挿入され、叙情的な展開を見せる1曲目。そして静かにはじまり、多幸的な協奏のなか、心憎いドラミングでエンディングを用意するもう1曲。見事、というほかない。“ストリングス・オブ・ライフ”のカヴァーも素晴らしかったし。(野田)

Holly Herndon - Platform (4AD/ホステス 2015)


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 〈リヴェンジ(RVNG Intl.)〉からの『ムーヴメント』(2012年)がクラブ・シーンにも届いたこともあって、新作は名門〈4AD〉からのリリースになったサンフランシスコ出身のホーリー・ハーンダン。簡単にいえば、ローレル・ヘイローとは対極にいるプロデューサーで、彼女の女性らしい“声”がこの音響空間では重要なファクターとなっている。「R&Bエレクトロニカ」とでも言ったらいいのかな。(野田)
https://www.youtube.com/watch?v=nHujh3yA3BE

Huerco S. - Colonial Patterns (Software / melting bot 2013)


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 ブルックリンの新世代電子音楽マスターが、2013年にOPN主宰〈ソフトウェア〉からリリースしたアルバム。デトロイトの高揚感と、ハウスの優雅さと、ミニマル・ダブの快楽性と、00年代以降のアンビエント/ドローンの浮遊感を、ポスト・インターネット的な情報量と感性で(再)構築。4/4のテクノ・マナーと、雲の上を歩いているようなスモーキーな感覚が堪らない。あの〈オパール・テープス〉などからも作品をリリースしている。(デンシノオト)

Kind Midas Sound, Fennesz - Edition 1 (Ninja Tune / ビート 2015)


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 ザ・バグことケヴィン・マーティン、イラストレイターとしても活躍するキキ・ヒトミ、詩人でありテクノ・アニマルでマーティンと共演したこともあるロジャー・ロビンソンによるスーパー・ダブ・トリオが、電子音楽化クリスチャン・フェネスと組んだ意外作。家(に籠る)系アカデミシャンを、ストリートの知性派ギャングが外へ引きずり出したらどうなるのか? いや、ここでの実験はその逆だろうか。〈ハイパーダブ〉からのリリース作で聴けるスモーキーで力強いダブステップは押しやられ、フェネスの繊細な残響プロダクションがバグのラフさをときに助長し、ときに漂白する。リズムがもう少しあってもいいかなと思う気もするが、両者のバランスを考えれば納得もできる。インテリジェント・ダブ・ミュージック。(髙橋)

Laurel Halo - In Situ (Honest Jon's / Pヴァイン 2015)


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 ローレル・ヘイローが2010年に何をやっていたかと言えば、〈ヒッポス・イン・タンクス〉からチルウェイヴ風の柔らかい作品を出していたのだった。が、ヨーロッパを経験してからは、彼女の音楽は遠近法のきいた音響のダンス・サウンドへと変容した。2013年に〈ハイパーダブ〉から出した12インチ「ビハインド・ザ・グリーン・ドア」に収録された“スロウ(Throw)”なる曲は彼女の最高作のひとつで、ピアノとサブベース、パーカッションなどの音の断片の数々は、宙の隅々でささやかに躍動しながら、有機的に絡み、全体としてのグルーヴを生み出す。テクノへと接近した新作においても、立体的にデザインされた小さな音の断片とサブベースが、独特のうねりを創出している。凡庸のテクノとは違う。女性アーティストに多く見受けられる甘い“声”(ないしは女性性)をいっさい使わない硬派による、素晴らしい作品だ。(野田)

Lee Bannon - Pattern Of Excel (Ninja Tune/ビート)


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 サクラメントのプロデューサー。2012年にアルバム『ファンタスティック・プラスティック』でデビューして以来、ヒップホップに軸足を置きつつもしなやかに音楽性を変容させ、翌年の『オルタネイト/エンディングス』ではジャングルを、そしてこの『パターン・オブ・エクセル』ではアンビエント・ポップを展開。2015年はジョーイ・バッドアスのプロデュースで話題盤『B4.DA.$$』にも参加するなど、時代にしっかりと沿いながらもジャンル性に固執しない無邪気さを発露させている。自らが「ピュア・ベイビー・メイキング・ミュージック」と呼ぶもうひとつのペルソナ、ファースト・パーソン・シューター(FPS)名義ではチルウェイヴに同調。クラムス・カジノやスクリュー、ウィッチ・ハウスとも隣り合いながら、まさにFPS(一人称視点のシューティング・ゲーム)──主観性が先行する世界をドリーム・ポップとして読み替え、2010年前後のリアリティを提示した。(橋元)

Logos - Cold Mission (Keysound Recordings 2013)


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 〈テクトニック〉や〈Keysound〉といったレーベルからリリースを重ねてきた、UKのグライム・プロデューサー、ロゴスのファースト・アルバム。マムダンスとの『プロト』(Tectonic, 2014)ではUKハードコアの歴史を遡りフロアを科学する内容だったのに対して、こちらはリズム・セクションを可能な限り廃して、空間に焦点を当てたウェイトレス・グライムを前面に出し、そこにアンビエントの要素も加えた実験作。グライムの伝統的なサウンドである銃声や叫び声のサンプリングと、尾を引くベース・キックがフロアの文脈から離れ、広大な宇宙空間にブチまけられているかのような様相は恐怖すら覚える。「グライムを脱構築していると評された」本作だが、本人は大学で哲学を学んだ経験から「ロゴス」の名前を採っているとのこと。(髙橋)

Mark Fell - Sentielle Objectif Actualité (Editions Mego 2012)


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 Sndのマーク・フェルも長きにわたってこのシーンを支えているひとり。2010年以降はコンスタントに作品を出している。これもまたミニマルを追求した作品で、NHKコーヘイとも共通するユーモアを特徴としている。(野田)

NHK - Program (LINE 2015)


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 NHKコーヘイは、本当にすごい。〈ミル・プラトー〉〈スカム〉〈ラスターノートン〉と、そのスジではカリスマ的人気のレーベルを渡り歩き、ここ数年は〈PAN〉、そしてパウウェルの〈Diagonal〉からも12インチを切っている。もちろん彼にとっての電子音楽は大学のお勉強ではない。それは感情表でもなければ研究でもない、おそらくは、意味を求める世界への抵抗なのだろう。2015年の新作では、素っ頓狂なミニマルを展開。小さなスクラッチノイズのループからはじまるこの反復の、どこを聴いても物語はない。タイトルは、あらためて言えば、NHK『番組』。(野田)

Oneohtrix Point Never - Returnal (Editions Mego 2010)


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 この1曲目から2曲目の展開を、大音量で聴いていない人は……いないよね? いい、1曲目、そして2曲目だよ。そうしたら、最後まで聴いてしまうだろう。(野田)

Patten - ESTOILE NAIANT (Warp/ビート 2014)


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 OPNが錯視家なら、パテンは詐欺師。「D」とだけしか名乗らないロンドンの“ミステリアスな”プロデューサーによるセカンド・フル。煙に巻くようなタイトルやアートワーク、あるいは言動によって、アブストラクトなダンス・トラックにアートや哲学の陰影をつけてしまうスリリングなマナーの持ち主だ。〈ノー・ペイン・イン・ポップ〉から最初のアルバムを、〈ワープ〉から本作をリリースしたという経歴は、〈エディションズ・メゴ〉と〈メキシカン・サマー〉をまたぐOPNが同〈ワープ〉と契約したインパクトに重なり、当時のインディ・シーンにおける先端的な表現者たちがいかに越境的な環境で呼吸をしていたのかを象徴する。とまれ、Dは人気のリミキサーにして自身もレーベルを主宰するなど才能発掘にも意欲的。彼の詐術とはまさにプロデューサーとしての才覚なのかもしれない。(橋元)


 本当だったら「エレクトロニカの“新”新世紀」特集に載っていたはずの新騎手、各誌讃辞を惜しまない新作とともに来日。後日の公開をお楽しみに。

■Visionist Live presented by Diskotopia & melting bot

2015.11.15 sun at CIRCUS Tokyo
START : 18:00 ADV ¥2,000 | DOOR ¥2,500

〈PAN〉再来襲! 現代グライムの旗手、ロンドンのVisionistがデビュー・アルバム『Safe』を携え来日。FKA Twigsとの帯同ツアー、KENZOやAcne Studiosの音楽も手がけ、ファッションまでも巻き込む気鋭がUKサウンドシステム・カルチャーを拡張する日本初のライブを披露。

Objekt、Afrikan Sciences、Bill Kouligas、Lee Gamble、M.E.S.H.、TCF、そしてRashad Beckerと来日ラッシュの続くベルリンの実験/電子レーベル〈PAN〉から今度はロンドンのVisionistが新譜『Safe』を携え来日。ここ数年でUKを中心に再興する00年代前半にダブステップと共に現れたラップ・カルチャー、ロンドン発祥のグライムを再構築しながら、UKの電子音楽やクラブ・ミュージックに根付くUKサウンドシステム・カルチャーを拡張、最新作『Safe』では脱構築を試み、グライムを彫刻のように掘り込みアブストラクトな音像を浮かび上がらせたアート・ピースはクラブや音楽シーンを飛び出しファッションまでも巻き込み話題を集めている。ブリストルとロンドンを中心に新たなる時代を迎えたUKサウンドシステム・カルチャーの前人未踏の領域へと踏み込むフロンティア、Visionistのライブが東京で実現する。

Main Floor :

Visionist Live [PAN / Codes from London]
ENA [Samurai Horo / 7even]
Yomeiriland (嫁入りランド) Live
食品まつり a.k.a foodman Live [Orange Milk / melting bot]
Prettybwoy
with MC Pakin [Dark Elements / GUM]
A Taut Line [Diskotopia]
BD1982 [Diskotopia]

VJ : Shun Ishizuka

First Floor :

VOID : Azel / Gyto / Shortie / Tum
Mr. James [Expansions, London]
asyl cahier [LSI Dream]
JR Chaparro

ADV Ticket Outlet :

Peatix / PIA (P-CODE 280477)

主催 / 会場 : CIRCUS
制作 / PR : Diskotopia | melting bot
協力 : Inpartmaint

more info : https://meltingbot.net/event/visionist-live-presented-by-diskotopia-meltingbot

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■Icy Tears Vol.3 featuring VISIONIST
Presented by Joyrich

2015.11.13 fri at Club Arc
START : 22:00 Door ¥3,000 w/1 Drink

DJ:

VISIONIST
WILL SWEENEY (ALAKAZAM)
KIRI (PHIRE WIRE)
1-DRINK
HIROSHI IGUCHI
AVERY ALAN (PROM)
KOKO MIYAGI


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