日本のメディアが何かと話題にする「Z世代」、UKとは着目点にだいぶ隔たりがあるようだ。最近英国在住のある人物から言われたZ世代とは、まず環境やジェンダーや人種問題に関しての意識が高く、つまりPCがしっかりしていて、健康に悪い酒も煙草もやらない(大麻は別)、ほとんどが環境に優しい自転車派……云々、そして続けて言われたのは、しばらく保守党政権が続くのだろうけれど、ブーマー世代がほとんどいなくなったときには、自分たちの理想とする社会と資本主義とは噛み合わないことに気づいている/気づきつつあるミレニアルやZ世代が有権者となって、いっきに左よりの政権が生まれるんじゃないかと。偏った見方かもしれないけれど、この話の是非はともかくひとつ確実に言えるのは、こんな楽観論はとてもじゃないけれどいまの日本からは出てこないということだ。
UKのインディー・ロック/ポスト・パンク新世代の特集記事を7月末発売の別冊エレキングで企画し、彼の地のパワフルな若い音楽に熱中していると、嬉しい反面、ふと我に返ると悲しくなる。世界各国1時間あたりの賃金増加率を20年前と比較した場合、80%増加のイギリスに対して5%マイナスの日本。去年1月デイリーミラーが掲載した「イギリス人観光客のためのもっとも安い場所」の第三位が日本。日本円で390円のビッグマックはアメリカでは620円だそうで、以上は数週間前のTBSの報道番組で報じていたことだが、敢えて資本主義的観点で言えば、(円安政策とはいえ)どれだけ俺たちは安いんだろうかと。ちなみにイギリスとの比較で言えば、ボリス・ジョンソンがワクチン調達チームをスタートさせた昨年の4月、こちらはその月アベノマスク配布スタート……。
もうこの辺で止めておこう。暗くなるばかりだ。
昨今のUK音楽には、音楽学校がその役割を果たしているケースが多々ある。アデルやエイミー・ワインハウス、最近ではブラック・ミディを輩出したブリット・スクールだけではない、シャバカ・ハッチングスやUKジャズ・シーンの面々の多くもトゥモロウズ・ウォリアーズというジャズ・ミュージシャンの育成機関出身だ。階級を問わず才能さえあれば無償で入れるこうした教育機関は、ともに1991年という景気の良かったとは言えない年に設立されているが、イギリスは文化というモノに力を入れている国なんだなと。翻って我が国は……はい、もう止めます。
スクイッドはブラック・ミディやブラック・カントリー・ニュー・ロードのように、多大な参照元をもって音楽を自由形式に繰り広げているいまどきのバンドで、ブライトン出身の5人組。手短に言えば、CANとトーキング・ヘッズを掛け合わせたようなミニマルなファンク・サウンドとリチャード・ヘルをうるさくしたような、悲鳴さながらのヴォーカリゼーションに特徴を持っている。マーク・フィッシャーの『資本主義リアリズム』に影響されているような左よりの知的好奇心旺盛な連中で、たとえばMVでは今日の明るいディストピアとしての再開発された都市が描かれていたりする。
『ブライト・グリーン・フィールド』は、満を持してのデビュー・アルバムというわけだが、前評判に違わずじつにエキサイティングで、推進力のあるサウンドになっている。彼らの勉強熱心で頭でっかちなところにもぼくは好感を抱いているのだけれど、〈Warp〉が出すだけあって趣向を凝らしたそれぞれの楽曲はたしかに興味深い。たとえば“2010”はクラウトロックとボサノヴァを混合したような心地よさがあり、一瞬だけ対極的なハードコアが火を噴くものの、最後はスペース・ロックの彼方に飛んでいく。サン・ラー風のフリー・ジャズからはじまる“The Flyover”は、クラスター風の電子の宇宙に転換したか思えば、突如トーキング・ヘッズ風のファンクへと進路を変える。
こうした節操のない折衷感覚は、繰り返しになるがブラック・ミディやブラック・カントリー・ニュー・ロードらと同じで、過去の情報が無秩序に溢れかえっている現代らしい傾向であり、それを前向きに捉えたアプローチであることは彼らの意気揚々としたサウンドからも感じられる。
しかしながら、スクイッドを好きになれるかどうかはサウンドよりも、クセの強いヴォーカルを受け入れられるかどうかに関わっているのかもしれない。アルバムでもっとも目立っている“Narrator”は、軽快で、じつにクールにポスト・パンクなファンクを展開しているが、ここに泣きわめいているようなオリー・ジャッジのヴォーカルが心おきなく噴火する。曲の後半では、スピーカーから汗が飛び散るかのような勢いでひたすら叫び続けているわけだが、叫びたいのはこちらのほうである。毎晩ニュースを見るのが憂鬱で仕方がない……って、いやいやいや、それよりも、これまたブラック・ミディと同じことが言えるのだが、スクイッドの音楽にも演奏の喜びが横溢している。そして、それにしてもみんな演奏がうまい、うま過ぎる。
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大物同士の共演だ。坂本龍一とデイヴィッド・トゥープによる初のコラボ作が7月9日にリリースされる。『Garden Of Shadows And Light』と題されたそれは、2018年の6月、ロンドンはシルヴァー・ビルディングでのパフォーマンスを収録。レーベルは〈33-33〉で、これまで灰野敬二とチャールズ・ヘイワードの共作や、オーレン・アンバーチとマーク・フェル&ウィル・ガスリーらのコラボ作品を出してきたところ。当時の映像は、NTSによって公開されており、下記より視聴可能です。
ドイツのポスト・パンク系の音源をたくさんリリースしている新潟の〈SUEZAN〉がディー・クルップスのデビュー・ライヴの映像をDVDとしてリリースする。日本でディー・クルップスといえば、「俺のカラダの筋肉はどれをとっても機械だぜ」のバンドとしてのほうが通りが良いかもしれないが、国際的にはミニマルなメタル・パーカッションの元祖的な存在として知られている。CANのインナースペースで録音されたファースト・アルバム『鉄工所交響曲』はメッセージとしては労働と機械を主題とした作品で、ドイツのポスト・パンクにおける重要な1枚となっている。
で、今回リリースされる彼らのデビュー・ライヴの映像だが、これは阿木譲氏が当時その場に居合わせて撮影したというもの。古いビデオテープからデジタル化してのリリースというわけだ。当時の生々しさは充分に伝わってくる、まさに貴重な記録。
なお、〈SUEZAN〉は今年で10年目を迎える。
うん、これは素晴らしいバンドが登場しました。ロサンゼルスの郊外、インランド・エンパイア出身の3人組、ブレインストーリーなるバンド。極上のメロウ・グルーヴ、ジャズ+AOR+サイケ+グローバルによる恍惚、ファンクと甘美なまったり感、たまらないですな。まずはこのPVで腑抜けになって下さい。
6月24日にブレインストーリーの7曲入りの「RIPE」が発売。初回限定先着80枚には、アーティスト・インタヴュー/歌詞対訳/写真など掲載の12頁ZINE付属。クルアンビンのファンはマストです。詳しくはレーベルのホームページをどうぞ。https://www.m-camp.net
イギリスやフランスはかつてアフリカに植民地を作っていたこともあって、アフリカからの移民やその子孫が多く住んでおり、アフリカ音楽が広まる土壌を作っている。ロンドンのジャズ・シーンにアフリカ音楽の要素が多分に感じられるのもその表われのひとつであるし、フランスであればマヌ・ディバンゴやトニー・アレンといったキー・パーソンが居住し、アフリカ音楽を広めていった。こうした具合に西ヨーロッパの国々には、程度の差はあってもいろいろな場面にアフリカ音楽が入り込んでいる。
イタリアの場合はイギリスやフランスに比べてアフリカ系人種の比率が低く、アフリカ音楽の影響をそれほど受けた国ではないが、それでも民族音楽を主体とするレーベルがあったり、ジャズやラテン~ブラジル音楽を介してアフリカ音楽が入り込んできた歴史がある。ピエロ・ウミリアーニのようにアフリカ音楽を題材にライブラリーや映画音楽を作る作曲家もいた。地理的に見ればイタリアは地中海を挟んで北アフリカや中近東と接していて、アフリカ北部から地中海を渡ってきた難民を受け入れている。とくに2010年代以降は移民が年々増加傾向にあり、グローバル化が進んでいるようだ。
こうしたグローバル化はイタリアの音楽にも影響を及ぼし、クラップ・クラップのようなアフリカ、ラテン、東南アジアなどの民族音楽を大きく取り入れたクリエイターを生んでいる。そのクラップ・クラップとも近い関係にあるのがDJカラブ(本名ラファエル・コスタンティノ)である。
ラジオDJからスタートしたカラブは昔からアフリカ音楽に強い興味を抱いており、ローマでアフリカをテーマにしたイベントを開いてきた。エチオピアン・ジャズの大家であるムラトゥ・アスタトゥケをイベントに招いたこともあるし、マリ共和国のシンガーであるババ・ソシコもゲスト出演し、それをきっかけに『カラブ&ババ』(2015年)という共演アルバムもリリースした。『カラブ&ババ』はクラップ・クラップの『タイー・ベッバ』(2014年)などとともに注目を集め、トロピカル・ベースという言葉も生んだ作品のひとつだ。
サウンド・クリエイターとしても注目を集めるようになったカラブは、クラップ・クラップの作品をリリースする〈ブラック・エイカー〉からビート・テープや、そのクラップ・クラップをフィーチャーした『ティエンデ!』(2015年)というEPをリリースしていく。その後、〈オン・ザ・コーナー〉からリリースした『ブラック・ノイズ2084』(2018年)はシャバカ・ハッチングスやモーゼス・ボイドら南ロンドンのジャズ勢と共演した実験的な作品集で、カラブなりに解釈したアフロ・フューチャリズムを披露している。
こうしてカラブは「アフロ・フューチャー・ビート・シェイク」とか、「エレクトロ・シャーマン」と呼ばれる存在となっていったのだが、このたび新作の『ムベラ』をピーター・ゲイブリエル主宰の〈リアル・ワールド〉から発表した。
『ムベラ』は西アフリカのマリ難民キャンプに避難する音楽家集団との共演となっている。マリ共和国と国境を接するモーリタニアの難民キャンプのムベラでこのアンサンブルは生まれた。マリ共和国は1960年のフランスからの独立後、軍事独裁政権と反抗勢力との衝突が長い間続いており、中でも砂漠の遊牧民であるトゥアレグ族による反政府闘争が大きな広がりを見せていた。2012年のクーデターで反政府勢力のアザワド独立宣言が出されたが、その紛争で多くの難民が発生し、難民キャンプやヨーロッパへの避難が行われた。
こうした難民キャンプでは音楽やダンス、演劇などのワークショップが開かれ、避難生活で荒む人々の心の癒しとなってきた。トゥアレグ族とアラブ人からなるムベラ・アンサンブルも難民に寄り添ってきた存在だ。カラブとムベラ・アンサンブルとの接点がどこで生まれたのかはわからないが、恐らくはババ・ソシコからの仲介もあると考えられるし、またイタリアへのマリ難民が間に入っているのかもしれない。
そして、このプロジェクトはイタリアのINTERSOS(インターソス)という非営利人道援助組織のサポートを受けている。インターソスの活動はいろいろあるが、難民支援や難民キャンプの運営なども含まれており、『ムベラ』もその活動と連動している。
ムベラ・アンサンブルは全部で18名ほどの集団で、トゥアレグ族とアラブ人のほかにイタリア人ジャズ・ドラマーのトマッソ・カッペラート(彼は『ブラック・ノイズ2084』にも参加していた)やカラブの音楽仲間のDJナフなども含まれる。録音は2017年5月にモーリタニアで行われ、2019年9月から2020年9月の1年ほどの間にカラブとナフがローマのスタジオでミックス作業をしている。モーリタニアでカラブはDJもやっていたようだが、そうしたなかでフィールド・レコーディングスを通して持ち帰った素材をもとに、スタジオ・ワークでエレクトロニクスを介して再構築するというプロセスを経て『ムベラ』は完成した。
トゥアレグ族の音楽と言えばティナリウェンが有名だが、エレキ・ギターとアフリカ固有の打楽器のコンビネーションによるサウンドが特徴で、俗に砂漠のブルースとも呼ばれる。近年も砂漠のジミ・ヘンとの異名をとるムドウ・モクターが活躍しているが(彼はニジェール共和国に住むトゥアレグ族出身)、ムベラ・アンサンブルもこうしたトゥアレグ族ならではの音楽を持つ。“ウィ・アー・ムベラ”はそうしたムベラの声明文的なナンバーで、トゥアレグ語によるメンバーの声が録音されている。男と女、若者や老人など様々な声だ。“スキット・イン・マイ・ハート”は一種のコーランのような歌で、イスラム教に属するこの地域の宗教観が色濃く出ている。一方で“レステ・ア・ロンブレ”にはフランス語によるアジテーションが流れ、フランス語とトゥアレグ語が共用語となるこの地域の文化的背景が伺える(ティナリウェンもフランス語とトゥアレグ語の両方で歌う)。“レステ・ア・ロンブレ”の楽曲自体はテクノ調のダンサブルなナンバーで、カラブのDJならではの持ち味が出た1曲だ。
“デザート・ストーム”はマリ、モーリタニア、ニジェール、セネガル、ナイジェリアなど西アフリカのサヘル地域の自然や環境をイメージした曲。サハラ砂漠の南に位置するこの地帯は厳しい環境下にあって、近年は砂漠化の危険が叫ばれており、アルカイーダとISLの対立など政治や治安も不安定である。こうした環境下で人びとは音楽と言葉によって伝統や教訓、情報などを紡ぎ、“ザ・グリオ・スピークス”のような楽曲が生まれる。グリオとは西アフリカで古来より続く世襲制の伝統伝達者で、祈祷師や吟遊詩人のような存在である(ユッスー・ンドゥールやババ・ソシコもグリオの家系出身)。
一方、“ザ・ウェスタン・ガイズ”とはカラブら西欧人のことを指すのだろうか。トゥアレグ族のギター・サウンドと西欧音楽ならではの重たいファンク~ロック・ビートが融合した楽曲である。“カーフュー”はギターとパーカッションの素朴なアンサンブルに始まり、次第にエレクトロニクスが加わってミニマルなビートを刻んでいく。フォー・テットとスティーヴ・リードのセネガル録音となる『ダグザール』(2007年)を思い起こさせるような楽曲だ。
“ムーラン・シュクール”もエレクトロニクスが大きく導入された楽曲で、トゥアレグ語のコーランのような歌と独特のエキゾティックなメロディーがフィーチャーされる。やはりフォー・テットがプロデュースしたことで知られるシリアのオマール・セレイマンに通じるような楽曲だ。
“ダンシング・イン・ア・デザート・ムーン”はレフトフィールド・ディスコの極致とも言うべきアフロ・ビート・ハウスで、トゥアレグ族の音楽が持つ舞踏性とも繋がっている。そして、まさに砂漠のブルースという言葉がふさわしい寂寥感に満ちた“スキット・ギット”でアルバムは締めくくられる。全体的に見ればカラブのエレクトロニクスは前に出過ぎることなく、トゥアレグ族の音楽が持つ本質を見事にとらえ、そして現在の音楽シーンにうまくアップデートした作品集となっている。
ベリアルが新曲 “Dolphinz” を5月21日に公開している。これは、昨年アナウンスされていた〈Hyperdub〉からのシングル “Chemz” のB面にあたる曲で、リリースの遅れていたヴァイナル盤の発売にともない、ようやくお披露目となった次第。不穏かつ美しい9分のアンビエント・サウンドを聴くことができる。
https://burial.bandcamp.com/album/chemz-dolphinz
報じそびれてしまったけれど(反省)、じつはベリアルは4月29日にもロンドンのレーベル〈Keysound〉からも新曲を発表している。そちらはブラックダウンとのスプリットEPで(「Shock Power of Love EP」)、ベリアルは “Dark Gethsemane” と “Space Cadet” の2曲を提供。とくに前者がめちゃくちゃかっこいいんです。「暗いゲッセマネ(=イエスが最後の晩餐のあとに訪れユダに裏切られた、エルサレムの場所)」なる意味深なタイトルも気になるところ(イスラエルによるガザの空爆は5月11日だから、それとは関係ないと思われる)。合わせてチェックを。
民謡クルセイダーズのドキュメンタリー映画 『BRING MINYO BACK』を完成させるためのクラウドファンディングが開始されました(https://www.kickstarter.com/projects/minyo/bring-minyo-back)。
あともう少し撮影と編集だそうで、なんとか完成しますように!
ジミ・テナーは毎年コンスタントにアルバムを発表していて、最新作は昨年リリースの『アウロス』となる。2000年代よりジミはアフリカ音楽に傾倒し、アフロ・バンドのカブ・カブやトニー・アレンとも共演してきた。トニー・アレンとはその晩年までセッションを続け、『OTOライヴ・シリーズ』(2018年)という実験的な電子アフロビート・アルバムをリリースしている。近年のジミのソロ・アルバムは、そうしたアフロにジャズ、ソウル、ファンクなどがミックスされ、さらにサイケやプログレ、クラウト・ロック、エクスペリメンタル・ミュージックの要素も散りばめられたものが多い。『アウロス』もそうした作品だ。
一方、配信のみのリリースとなった『メタモルファ』(2020年)はテクノやハウスなどエレクトロニック・ミュージック寄りのもので、モーリス・フルトンと共演している。1990年代のジミはこうした作品が多く、〈Warp〉時代の彼にはエレクトロニック・サウンドのプロデューサーというイメージを持つ人も多いのではないだろうか。ただ、『メタモルファ』のトラックは実質的にモーリス・フルトンによるもので、ジミ自身はフルートやサックス演奏などミュージシャンの立ち位置となっている。
2010年代のジミは特に即興演奏家としての色を強め、フィンランドを代表するビッグ・バンドのUMOジャズ・オーケストラやドイツのビッグバンド・ダッハウなどと共演し、それらでは作曲家・編曲家としての才能も披露している。2000年よりインポスト・オーケストラという名義で実験的なエレクトリック・ジャズもやっているが、これなどはフリー・インプロヴァイザー/コンポーザー/アレンジャーとしてのジミが結集されたものだ。ジミは1998年にフィンランドのフリー・ジャズ~インプロヴィゼイション界の大家であるエドワード・ヴェサラと組んで、シティ・オブ・ウーマンというプロジェクトをやったことがある。前衛音楽家としてのジミは既にこの頃から輝きを放っていたのだ。
この度、『ディープ・サウンド・ラーニング』というジミの未発表音源集が発表された。1993年から2000年にかけてレコーディングされたもので、1997年から2000年まで在籍した〈Warp〉と、それ以前に作品をリリースしていたフィンランドの〈サーコ〉傘下の〈PUU〉時代の未発表作品となる。
この〈PUU〉と〈Warp〉時代、ジミはデビュー・アルバムの『サーコミーズ』(1994年)を皮切りに、『ヨーロッパ』(1995年)、『インターヴィジョン』(1997年)、『オーガニズム』(1999年)、『アウト・オブ・ノーホェア』(2000年)と5枚のアルバムをリリースしている。テクノやミニマルにジャズを融合し、フューチャー・ジャズという新たな世界の先駆けとなった『サーコミーズ』、ジャズにソウルやファンクなどを導入した現在のジミの作品の原型と言える『オーガニズム』『アウト・オブ・ノーホェア』というラインナップだが、中でもジミの名前を一気に広めたのが『ヨーロッパ』と『インターヴィジョン』である。
『ヨーロッパ』の “テイク・ザ・S・トレイン” と『インターヴィジョン』の “キャラヴァン” は、それぞれ誰もが知っているようなジャズの古典をモチーフに、モンドでアヴァンギャルドな電子音楽家ジミ・テナーの世界を確立した。『ディープ・サウンド・ラーニング』は、そうしたジミ・テナー・ワールドを満喫できるものだ。
ソウルフルでジャジーなディープ・ハウス “エキゾティック・ハウス・オブ・ザ・ビラヴド”、初期シカゴ・ハウスの流れを汲むような “ベイビー・イット・ハーツ”、アシッド・ハウスのマナーに基づく “アンナ・メンナ” のようなダンス・サウンドの一方で、エレクトロとジャズ・ファンクを融合した “ヘイノーラ” や “ジェイムソン” のようにピコピコした風変わりな音楽があるのがジミらしい。“ヘイノーラ” や “ジェイムソン” あたりは、ジャン・ジャック・ペレイ、ガーション・キングスレイ、ピエール・アンリなど1960年代に活躍した電子音楽家たちを現在にアップデートしたような楽曲と言える。
ウネウネした TR-808 が次第にその唸り声をあげる “スーパー・ビート” は、ジミ流のアシッド・ハウスという見方もできるが、それよりもジャズから前衛電子音楽に進んだディック・ハイマンが、ジェイムズ・ブラウンをミニ・モーグでカヴァーしたことを想起させる楽曲だ。ビッグ・バンド・ジャズとエレクトロやニューウェイヴが出会ったような “ウォーキー・トーキー” からは、ピッグバッグやリキッド・リキッドなどに通じる世界が見えてくる。パーカッシヴなアフロ・サンバの “サンバコントゥ” は、前述した “テイク・ザ・S・トレイン” や “キャラヴァン” に準じるようなアプローチで、未来のエキゾ・サウンドとでも言うべき世界を作り上げている。“ダブ・デ・パブロ” はノスタルジックなラテンと実験的な電化ダブ・サウンドの融合。こうした取り合わせの妙がジミの音楽にある。
演奏家としてのジミはフルートをもっとも得意とするのだが、スペース・エイジ・ジャズ的な “アナザー・スペース・トラヴェル” ではそんなフルート演奏が幻想的な世界を作り出す。“エスポー” は土着的なフルートの即興演奏を繰り広げる小曲。テナー・サックスを演奏する “ダウンタウン” は、短い曲ではあるが比較的に即興演奏家として姿を垣間見せるもので、またオーケストラ風のサウンドを指向する点も後のジミの活動を暗示している。“プラン・ナイン” もサックスの即興演奏とフィリーフォームなシンセが独特のムードを生み出す。
また、この時期はオルガン演奏も数多く取り入れており、アフロ・ジャズ風味の “サロ” ではチープとも言えるオルガンの音色が独特の味を出している。エロティックなジャズ・ファンクの “オー・セックス” もそうで、時計仕掛けのようなオルガンと疑似ビッグ・バンド風のブラス・サウンドがアクセントとなったキッチュな楽曲。
そしてドリーミーなソウル調の “ドゥーイン・オールライト” は、1990年代に広まったラウンジ・ミュージックの概念を映し出すような楽曲。この曲やムーディー・ジャズの “マイ・ウーマン” ではジミのヘタウマなヴォーカルが聴ける。抽象的な電子音にはじまる “トラヴェラーズ・ケイプ” は、ハウスとエキゾ・サウンドやスペース・エイジ・ジャズが一緒になったような不思議な世界。どこかノスタルジックな中に近未来を想起させ、一歩間違えれば極モノとなりそうな微妙な匙加減がこの頃のジミ・テナーの魅力だったと言える。
2年前、ブレグジットに触発されたビッグ・バンド作品を送り出したマシュー・ハーバート。彼のソロ名義による新たなハウス・アルバム『Musca』が10月22日にリリースされる。レーベルはいつもの〈Accidental〉。
同作は昨年のロックダウン中に録音されたそうで、これまで一緒にやったことのない8人のヴォーカリストがフィーチャーされているとのこと。
ハーバート自身のコメントによれば、新型コロナウイルス感染症のみならず、政治的暴力の増加、フェイスブックと親和的なファシズム、白人至上主義、気候変動などがテーマになっているようだ。現在リード・トラック“The Way”が公開中。
トリニダード・トバゴ共和国を発祥とするスティールパンは、19世紀半ばに民族楽器として誕生し、主にカリプソをはじめとしたカリビアン、ラテン、レゲエなどの世界で使われてきた。そして1960年代頃から世界中に広まり、カリビアン・ミュージックにとどまらないさまざまなジャンルの音楽で用いられるようになっている。日本ではヤン富田がその普及者として知られ、細野晴臣、リトル・テンポ、上々颱風から武満徹にいたるさまざまなアーティストが用いている。
海外に目を向けるとトリニダード・トバゴ本国はもとより、その旧宗主国であるイギリスはじめ、フランス、スペイン、オランダなど西ヨーロッパ諸国に広く普及している。イギリスでは1970年代半ばにトゥエンティス・センチュリー・スティール・バンドが登場し、スティールパンとファンクやソウル、レゲエをミックスしたサウンドで一世を風靡した。彼らの1975年のアルバム『ワーム・ハート・コールド・スティール』に収録された “ヘヴン・アンド・ヘル・イズ・オン・アース” はサンプリング・ソースとしても有名だ。
トゥエンティス・センチュリー・スティール・バンドはロンドンに住むトリニダード・トバゴ系の移民9名からなり、ドラム以外は全てスティールパンという異色の編成だった。通常であれば鍵盤楽器・管楽器・弦楽器などが入ってメロディーや旋律を演奏するのだが、さまざまな音色のスティールパンが全てそれをやっている。そのメンバーのひとりがフィンバー・ブラーヴォである。トゥエンティス・センチュリー・スティール・バンドはアルバム2枚を残して解散してしまうが、その後もフィンバーはソロ・アーティストとして活動を続けている。
フィンバーは1990年に自身のレーベルの〈ブラーヴォ・ブラーヴォ〉を設立し、『ソカ・ピクチャーズ』(1990年)や『スモール・トーク』(2004年)などのアルバムをリリースしている。『スモール・トーク』はセネガル出身のコラ奏者のカディアリー・クヤテとのコラボ作で、「ワールド・ミュージック」の分野でも高く評価された。
一方でミッキー・ムーンライトの『アンド・ザ・タイム・アクシス・マニピュレーション・コーポレーション』(2011年)への参加はじめ、クラブ~エレクトロニック・ミュージック方面のアーティストとの共演もいろいろおこなうなど、民族音楽の伝統に基づいた演奏だけではないスティールパンの可能性を広げることにも意欲的だ。〈モシ・モシ〉からリリースした『コン・フュージョン』(2013年)にはミッキー・ムーンライト、ホット・チップとそのコラボレーターであるトム・ホプキンス、日本からロンドンに移り住んで活動するゾンガミ(向井晋)、オプティモやナム・ガボのユニットで活動するジョニー・ウィルクスとジェイムズ・サヴェージらが参加し、エレクトロなベース・ミュージックとスティールパンを全面的に融合した内容となっている。現在のトロピカル・ベースにとってフィンバーはとても重要な存在となっているのだ。
その『コン・フュージョン』から8年ぶりとなる新作が『ルナー・トレッド』である。これまで共演してきたカディアリー・クヤテ、ゾンガミ、ホット・チップのアレクシス・テイラーのほか、ゾンガミと共に前衛サイケ・バンドのヴァニッシング・ツインのメンバーであるキャシー・ルーカス、ガレージ・ロック・バンドのザ・ホラーズのメンバーであるトム・ファーズ、エクスペリメンタル・ジャズ・バンドのジ・インヴィジブルのドラマーであるレオ・テイラー、レゲエやジャマイカン・ジャズ界のシンガーのカッティー・ウィリアムズ、セネガル出身のパーカッショニスト&ドラマーのママドゥ・スターなど多彩な面々が参加する。これまでの活動の集大成とも言える内容で、スティールパンや土着的なアフロ~カリビアン・リズムと、エレクトリックで先鋭的なアプローチが融合し、さらにサイケやロック、エクスペリメンタル・ミュージックなどまでがメルティング・ポット状態となった実験的な作品となっている。
呪術的なポエトリー・リーディングにはじまり、インダストリアルで荒々しいハウス・ビートと軽やかなスティールパンが結びついた “キャント・コントロール・ミー” は一種のプロテスト・ソング的な要素も持つ。コズミック・ディスコの “タブリ・タブリ” などはムーディーマンのスティールパン・ヴァージョンと言えるかもしれない。カディアリー・クヤテのコラとコラボした “ハイヤー・マン”、アフリカのハイ・ライフを現代的に再構築した “ウーンヤ・ワー” など、今回のアルバムはダンサブルな楽曲が目につく。古来カリブやアフリカの音楽は祝祭や舞踏、そして戦いのために生まれてきたものであり、社会や生活、政治とも強く結びついているのだが、フィンバーの根底にもそれは流れていることを示している。
ベーシック・チャンネルのようなダブ・テクノとジャズとの出会いである “コール・マイ・ネーム” では即興的なスティールパン演奏があり、フィンバーの前衛的な姿を見せてくれる。“シンゴ” や “カリビアン・ブルース” のようにシンプルで牧歌的なナンバーがある一方、“F・パン・ランディング” や “カミング・ホーム” ではレゲエやトリッピーなダブにアプローチする。ピースフルで穏やかなムードから徐々にダンサブルなビートが紡がれていく “カミング・ホーム” は、フィンバーの音楽の真骨頂ではないだろうか。そして表題曲の “ルナー・トレッド” はアルバム中の静を象徴する作品で、瞑想的な世界を作り出していく。ここでのスティールパンの音色は非常に神々しく宗教的でさえある。
