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Fimber Bravo

CalypsoCaribbean Art PopsDisco

Fimber Bravo

Lunar Tredd

Moshi Moshi

小川充   May 14,2021 UP

 トリニダード・トバゴ共和国を発祥とするスティールパンは、19世紀半ばに民族楽器として誕生し、主にカリプソをはじめとしたカリビアン、ラテン、レゲエなどの世界で使われてきた。そして1960年代頃から世界中に広まり、カリビアン・ミュージックにとどまらないさまざまなジャンルの音楽で用いられるようになっている。日本ではヤン富田がその普及者として知られ、細野晴臣、リトル・テンポ、上々颱風から武満徹にいたるさまざまなアーティストが用いている。

 海外に目を向けるとトリニダード・トバゴ本国はもとより、その旧宗主国であるイギリスはじめ、フランス、スペイン、オランダなど西ヨーロッパ諸国に広く普及している。イギリスでは1970年代半ばにトゥエンティス・センチュリー・スティール・バンドが登場し、スティールパンとファンクやソウル、レゲエをミックスしたサウンドで一世を風靡した。彼らの1975年のアルバム『ワーム・ハート・コールド・スティール』に収録された “ヘヴン・アンド・ヘル・イズ・オン・アース” はサンプリング・ソースとしても有名だ。
 トゥエンティス・センチュリー・スティール・バンドはロンドンに住むトリニダード・トバゴ系の移民9名からなり、ドラム以外は全てスティールパンという異色の編成だった。通常であれば鍵盤楽器・管楽器・弦楽器などが入ってメロディーや旋律を演奏するのだが、さまざまな音色のスティールパンが全てそれをやっている。そのメンバーのひとりがフィンバー・ブラーヴォである。トゥエンティス・センチュリー・スティール・バンドはアルバム2枚を残して解散してしまうが、その後もフィンバーはソロ・アーティストとして活動を続けている。

 フィンバーは1990年に自身のレーベルの〈ブラーヴォ・ブラーヴォ〉を設立し、『ソカ・ピクチャーズ』(1990年)や『スモール・トーク』(2004年)などのアルバムをリリースしている。『スモール・トーク』はセネガル出身のコラ奏者のカディアリー・クヤテとのコラボ作で、「ワールド・ミュージック」の分野でも高く評価された。
 一方でミッキー・ムーンライトの『アンド・ザ・タイム・アクシス・マニピュレーション・コーポレーション』(2011年)への参加はじめ、クラブ~エレクトロニック・ミュージック方面のアーティストとの共演もいろいろおこなうなど、民族音楽の伝統に基づいた演奏だけではないスティールパンの可能性を広げることにも意欲的だ。〈モシ・モシ〉からリリースした『コン・フュージョン』(2013年)にはミッキー・ムーンライト、ホット・チップとそのコラボレーターであるトム・ホプキンス、日本からロンドンに移り住んで活動するゾンガミ(向井晋)、オプティモやナム・ガボのユニットで活動するジョニー・ウィルクスとジェイムズ・サヴェージらが参加し、エレクトロなベース・ミュージックとスティールパンを全面的に融合した内容となっている。現在のトロピカル・ベースにとってフィンバーはとても重要な存在となっているのだ。

 その『コン・フュージョン』から8年ぶりとなる新作が『ルナー・トレッド』である。これまで共演してきたカディアリー・クヤテ、ゾンガミ、ホット・チップのアレクシス・テイラーのほか、ゾンガミと共に前衛サイケ・バンドのヴァニッシング・ツインのメンバーであるキャシー・ルーカス、ガレージ・ロック・バンドのザ・ホラーズのメンバーであるトム・ファーズ、エクスペリメンタル・ジャズ・バンドのジ・インヴィジブルのドラマーであるレオ・テイラー、レゲエやジャマイカン・ジャズ界のシンガーのカッティー・ウィリアムズ、セネガル出身のパーカッショニスト&ドラマーのママドゥ・スターなど多彩な面々が参加する。これまでの活動の集大成とも言える内容で、スティールパンや土着的なアフロ~カリビアン・リズムと、エレクトリックで先鋭的なアプローチが融合し、さらにサイケやロック、エクスペリメンタル・ミュージックなどまでがメルティング・ポット状態となった実験的な作品となっている。

 呪術的なポエトリー・リーディングにはじまり、インダストリアルで荒々しいハウス・ビートと軽やかなスティールパンが結びついた “キャント・コントロール・ミー” は一種のプロテスト・ソング的な要素も持つ。コズミック・ディスコの “タブリ・タブリ” などはムーディーマンのスティールパン・ヴァージョンと言えるかもしれない。カディアリー・クヤテのコラとコラボした “ハイヤー・マン”、アフリカのハイ・ライフを現代的に再構築した “ウーンヤ・ワー” など、今回のアルバムはダンサブルな楽曲が目につく。古来カリブやアフリカの音楽は祝祭や舞踏、そして戦いのために生まれてきたものであり、社会や生活、政治とも強く結びついているのだが、フィンバーの根底にもそれは流れていることを示している。
 ベーシック・チャンネルのようなダブ・テクノとジャズとの出会いである “コール・マイ・ネーム” では即興的なスティールパン演奏があり、フィンバーの前衛的な姿を見せてくれる。“シンゴ” や “カリビアン・ブルース” のようにシンプルで牧歌的なナンバーがある一方、“F・パン・ランディング” や “カミング・ホーム” ではレゲエやトリッピーなダブにアプローチする。ピースフルで穏やかなムードから徐々にダンサブルなビートが紡がれていく “カミング・ホーム” は、フィンバーの音楽の真骨頂ではないだろうか。そして表題曲の “ルナー・トレッド” はアルバム中の静を象徴する作品で、瞑想的な世界を作り出していく。ここでのスティールパンの音色は非常に神々しく宗教的でさえある。

小川充