Home > Reviews > Album Reviews > Jimi Tenor- Deep Sound Learning 1993-2000
ジミ・テナーは毎年コンスタントにアルバムを発表していて、最新作は昨年リリースの『アウロス』となる。2000年代よりジミはアフリカ音楽に傾倒し、アフロ・バンドのカブ・カブやトニー・アレンとも共演してきた。トニー・アレンとはその晩年までセッションを続け、『OTOライヴ・シリーズ』(2018年)という実験的な電子アフロビート・アルバムをリリースしている。近年のジミのソロ・アルバムは、そうしたアフロにジャズ、ソウル、ファンクなどがミックスされ、さらにサイケやプログレ、クラウト・ロック、エクスペリメンタル・ミュージックの要素も散りばめられたものが多い。『アウロス』もそうした作品だ。
一方、配信のみのリリースとなった『メタモルファ』(2020年)はテクノやハウスなどエレクトロニック・ミュージック寄りのもので、モーリス・フルトンと共演している。1990年代のジミはこうした作品が多く、〈Warp〉時代の彼にはエレクトロニック・サウンドのプロデューサーというイメージを持つ人も多いのではないだろうか。ただ、『メタモルファ』のトラックは実質的にモーリス・フルトンによるもので、ジミ自身はフルートやサックス演奏などミュージシャンの立ち位置となっている。
2010年代のジミは特に即興演奏家としての色を強め、フィンランドを代表するビッグ・バンドのUMOジャズ・オーケストラやドイツのビッグバンド・ダッハウなどと共演し、それらでは作曲家・編曲家としての才能も披露している。2000年よりインポスト・オーケストラという名義で実験的なエレクトリック・ジャズもやっているが、これなどはフリー・インプロヴァイザー/コンポーザー/アレンジャーとしてのジミが結集されたものだ。ジミは1998年にフィンランドのフリー・ジャズ~インプロヴィゼイション界の大家であるエドワード・ヴェサラと組んで、シティ・オブ・ウーマンというプロジェクトをやったことがある。前衛音楽家としてのジミは既にこの頃から輝きを放っていたのだ。
この度、『ディープ・サウンド・ラーニング』というジミの未発表音源集が発表された。1993年から2000年にかけてレコーディングされたもので、1997年から2000年まで在籍した〈Warp〉と、それ以前に作品をリリースしていたフィンランドの〈サーコ〉傘下の〈PUU〉時代の未発表作品となる。
この〈PUU〉と〈Warp〉時代、ジミはデビュー・アルバムの『サーコミーズ』(1994年)を皮切りに、『ヨーロッパ』(1995年)、『インターヴィジョン』(1997年)、『オーガニズム』(1999年)、『アウト・オブ・ノーホェア』(2000年)と5枚のアルバムをリリースしている。テクノやミニマルにジャズを融合し、フューチャー・ジャズという新たな世界の先駆けとなった『サーコミーズ』、ジャズにソウルやファンクなどを導入した現在のジミの作品の原型と言える『オーガニズム』『アウト・オブ・ノーホェア』というラインナップだが、中でもジミの名前を一気に広めたのが『ヨーロッパ』と『インターヴィジョン』である。
『ヨーロッパ』の “テイク・ザ・S・トレイン” と『インターヴィジョン』の “キャラヴァン” は、それぞれ誰もが知っているようなジャズの古典をモチーフに、モンドでアヴァンギャルドな電子音楽家ジミ・テナーの世界を確立した。『ディープ・サウンド・ラーニング』は、そうしたジミ・テナー・ワールドを満喫できるものだ。
ソウルフルでジャジーなディープ・ハウス “エキゾティック・ハウス・オブ・ザ・ビラヴド”、初期シカゴ・ハウスの流れを汲むような “ベイビー・イット・ハーツ”、アシッド・ハウスのマナーに基づく “アンナ・メンナ” のようなダンス・サウンドの一方で、エレクトロとジャズ・ファンクを融合した “ヘイノーラ” や “ジェイムソン” のようにピコピコした風変わりな音楽があるのがジミらしい。“ヘイノーラ” や “ジェイムソン” あたりは、ジャン・ジャック・ペレイ、ガーション・キングスレイ、ピエール・アンリなど1960年代に活躍した電子音楽家たちを現在にアップデートしたような楽曲と言える。
ウネウネした TR-808 が次第にその唸り声をあげる “スーパー・ビート” は、ジミ流のアシッド・ハウスという見方もできるが、それよりもジャズから前衛電子音楽に進んだディック・ハイマンが、ジェイムズ・ブラウンをミニ・モーグでカヴァーしたことを想起させる楽曲だ。ビッグ・バンド・ジャズとエレクトロやニューウェイヴが出会ったような “ウォーキー・トーキー” からは、ピッグバッグやリキッド・リキッドなどに通じる世界が見えてくる。パーカッシヴなアフロ・サンバの “サンバコントゥ” は、前述した “テイク・ザ・S・トレイン” や “キャラヴァン” に準じるようなアプローチで、未来のエキゾ・サウンドとでも言うべき世界を作り上げている。“ダブ・デ・パブロ” はノスタルジックなラテンと実験的な電化ダブ・サウンドの融合。こうした取り合わせの妙がジミの音楽にある。
演奏家としてのジミはフルートをもっとも得意とするのだが、スペース・エイジ・ジャズ的な “アナザー・スペース・トラヴェル” ではそんなフルート演奏が幻想的な世界を作り出す。“エスポー” は土着的なフルートの即興演奏を繰り広げる小曲。テナー・サックスを演奏する “ダウンタウン” は、短い曲ではあるが比較的に即興演奏家として姿を垣間見せるもので、またオーケストラ風のサウンドを指向する点も後のジミの活動を暗示している。“プラン・ナイン” もサックスの即興演奏とフィリーフォームなシンセが独特のムードを生み出す。
また、この時期はオルガン演奏も数多く取り入れており、アフロ・ジャズ風味の “サロ” ではチープとも言えるオルガンの音色が独特の味を出している。エロティックなジャズ・ファンクの “オー・セックス” もそうで、時計仕掛けのようなオルガンと疑似ビッグ・バンド風のブラス・サウンドがアクセントとなったキッチュな楽曲。
そしてドリーミーなソウル調の “ドゥーイン・オールライト” は、1990年代に広まったラウンジ・ミュージックの概念を映し出すような楽曲。この曲やムーディー・ジャズの “マイ・ウーマン” ではジミのヘタウマなヴォーカルが聴ける。抽象的な電子音にはじまる “トラヴェラーズ・ケイプ” は、ハウスとエキゾ・サウンドやスペース・エイジ・ジャズが一緒になったような不思議な世界。どこかノスタルジックな中に近未来を想起させ、一歩間違えれば極モノとなりそうな微妙な匙加減がこの頃のジミ・テナーの魅力だったと言える。
小川充