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Tinariwen

Afro

Tinariwen

Elwan

Wedge/Pヴァイン

Tower HMV Amazon

小川充   Feb 17,2017 UP

 昔から欧米ではアフリカ音楽に強い関心が寄せられてきたのだが、昨今はその中でもマリ共和国の音楽に注目が集まることが多い。特に有名なものが、マリに住むベルベル人系のトゥアレグ族に伝わるタカンバなどの伝統音楽をルーツに、現代性を取り入れていったソンガイ・ブルースで、俗に「砂漠のブルース」と形容される。今はソンガイ・ブルースを演奏するアーティストもいろいろ紹介されるようになったが、その認知を高めた要因のひとつとして、ティナリウェンの2011年のアルバム『タッシリ』が第54回グラミーのワールド・ミュージック部門でアウォードに輝いたことが挙げられる。マリ北東部のキダルを拠点に、1979年から長い活動をおこなうティナリウェンだが、アルジェリア南部のサハラ砂漠内にあるタッシリでレコーディングされた『タッシリ』は、アメリカからウィルコとTVオン・ザ・レディオのメンバーが参加した。ティナリウェンは2000年代よりヨーロッパやアメリカを含めたワールド・ツアーを重ね、欧米のミュージシャンには彼らのファンが多かったのだが、そうしたところから実現したセッションだった。もともとデビュー時から西欧音楽の要素をアフリカ音楽にミックスすることに長けていた彼らだが、『タッシリ』ではそうしたオルタナ・ロック・バンドとのジャム・セッションにより、自身のバンドとしての存在意義を再確認することになった。また、『タッシリ』の収録曲はフォー・テットやアニマル・コレクティヴなどによってリミックスされ、それによってダンス~クラブ・シーンからも注目されるようになった。

 しかし、そのグラミー受賞の発表に先駆けた2012年1月、マリ北部で長年にわたり独立を目指してきたトゥアレグ族が民族蜂起する。対するマリ政府の政情不安定につけこんだ軍部がクーデターを起こし、そこからアル・カーイダ系武装組織との抗争へと発展。ついにフランスなどの欧米諸国の軍事介入によって戦乱状態となった。現在は西アフリカ諸国の支援による安全保障下にある状態だが、紛争は今も絶えてはおらず、戦乱や無政府状態がもたらした難民や貧困といった社会問題が山積している。こうした社会情勢により“故郷を奪われる”ことになったティナリウェンは、2013年のワールド・ツアーの間にアメリカで『エマール』を録音。レッチリのジョシュ・クリングホファーから、ファッツ・カップリン、マット・スウィーニー、ソウル・ウィリアムズらと共演した『エマール』は、流浪のミュージシャンとなったティナリウェンの、故郷への情景と亡国に対する社会批判などに溢れたものだった。

 『エマール』から3年ぶりのスタジオ録音となる『エルワン』も、そうした故郷マリ共和国に対する政治的・社会的メッセージが込められたものである。ツアーの合間に米カリフォルニアのジョシュア・ツリー国立公園(2014年10月)と、アルジェリア国境に近い南モロッコ(2016年3月)で録音がおこなわれた。ジョシュア・ツリー国立公園内のランチョ・デ・ラ・ルナは、『エルワン』でも用いたスタジオで、周囲の環境はサハラに似た砂漠地帯。前作に続いてマット・スウィーニーほか、ウォー・オン・ドラッグスのカート・ヴァイル、クイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジに関わってきたアラン・ヨハネスとマーク・ラネガンなど、ティナリウェンに共鳴するミュージシャンが集まった。モロッコではオアシス地帯のムハミドにキャンプを張り、現地の若手ミュージシャンやガンガ(ベルベル人によるグナワのミュージシャン集団)のバンドを呼び寄せ、セッションをおこなった。ツアーやレコーディングでメンバーが入れ替わり、流動的なミュージシャン集団のティナリウェンだが、今回の『エルワン』では昔から参加するベテラン主要メンバーのイブラヒム・アグ・アルハビブ、アルハッサン・アグ・トウハミ、アブダラー・アグ・アルフセインと、比較的若手にあたるエヤドゥ・アグ・レシェ、エラガ・アグ・ハミド、サイド・アグ・アヤドという構成で、そうした新旧世代の音楽観、音楽性が融合されているところもティナリウェンの特徴だ。そして、『タッシリ』以降のティナリウェンの作品には、アメリカなど外部のミュージシャンたちとの邂逅による活性化がある。

 “Tiwàyyen(ティワイェン)”は、ティナリウェン特有の4本のイシュマール・ギターが奏でるメタリックなアフロ・ブルース。パーカッシヴでダンサブルなビートの“Hayati(我が人生)”や“Assàwt(タマシェクの女の声)”とともに、ティナリウェン・サウンドのエネルギッシュでパワフルな側面が表われた楽曲であり、西欧音楽への柔軟なアプローチが生きている。イシュマール・ギターとエレキ・ギターが協奏する“Sastanàqqàm(お前に問う)”もファンクやロックの影響が色濃く、ドクター・ジョンにジミ・ヘンドリックスを想起させるところがある。ディストーションを施した歪んだギターの音色も彼らの持味で、ドープなサイケデリック・サウンドの“Fog Edaghàn(山頂)”にはドアーズやヴェルヴェット・アンダーグラウンドに通じる世界がある。ヴードゥー教の儀式のような“Imidiwàn N-àkall-In(同郷の友ら)”、イシュマール・ギターとパーカッションやハンドクラップがミニマルな雰囲気を作り出す“Talyat(少女)”、瞑想的なムードの“Nànnuflày(充足)”は、ティナリウェンのミスティックなテイストが表われた楽曲だ。一方、“Nizzagh Ijbal(俺は山中で暮らしている)”や“Ittus(我らのゴール)”の枯れた味わいには、ブルース特有の悲しみや苦しさが込められており、故郷を失ったティナリウェンの心の叫びがダイレクトに伝わってくる。インド音楽に通じるピースフルなムードに包まれた“Arhegh Ad Annàgh(俺は伝えたい)”も、愛する人たちを奪われた苦悩から生まれた曲である。“Ténéré Tàqqàl(テネレの成れの果て)”の歌詞に登場する象は、アルバム・タイトルの『エルワン』にもなっている。古代アフリカでは神聖な象徴として崇拝された象だが、ここでは先祖代々の伝統や生活、民族の絆などを踏みにじる荒々しい獣として描かれる。それは民兵や軍事ゲリラ、多国籍軍や傭兵部隊などを比喩しており、民族独立の闘士でもあるティナリウェンの怒りが込められている。

小川充