「Lea Lea」と一致するもの

Aphex Twin - ele-king

 問答無用。昨年は趣向を凝らしたシングル「Blackbox Life Recorder 21f / in a room7 F760」でわれわれをわくわくさせてくれたエイフェックス・ツインだけれど、新たな朗報の到着だ。この3月に30周年を迎えた1994年の問題作にして名作『Selected Ambient Works Volume II』が新装版となって蘇ることになった。
 CD3枚組、LP4枚組に再編された同作には、これまでLPでしか聴けなかった “#19”、フィジカルではリリースされていなかった “th1 [evnslower]”、今回初の公式リリースとなる “Rhubarb Orc. 19.53 Rev” が追加音源として収録される。発売は10月4日。というわけで、稀代のアルバムをあらためていま大いに楽しもうではないか。

 ちなみにele-kig booksからは『Selected Ambient Works Volume II』の秘密をさぐる書籍『エイフェックス・ツイン、自分だけのチルアウト・ルーム』を刊行しています。ぜひそちらもチェックしてみてください。

エイフェックス・ツイン
〈WARP〉第一弾アルバムにして
音楽史に残るアンビエントの大名盤
『Selected Ambient Works Volume II』

30周年記念新装エクスパンデッド・エディション発売決定!
・日本限定3枚組CDボックスセット
・日本語帯付き4枚組LP
・Tシャツ付セット
予約受付スタート!

これまでLP盤のみでしか聴けなかったレア音源
「#19」公開!

エイフェックス・ツインことリチャード・D・ジェイムスが、1994年に若干22歳で発表した音楽史に残るアンビエントの大名盤『Selected Ambient Works Volume II』。エイフェックス・ツインにとっては〈WARP〉移籍後第一弾アルバムでもある記念碑的作品が、リリースから30周年を迎え、追加音源を加えた新装エクスパンデッド・エディションでリリースされることが発表された。

今回の30周年記念新装エクスパンデッド・エディションは、日本限定3枚組CDボックスセット、日本語帯付き4枚組LP、輸入盤3枚組CD、輸入盤4枚組LP、そしてTシャツ付セット(日本限定3枚組CDボックスセット/日本語帯付き4枚組LP)の形態でリリースされる。また、これまでLP盤のみでしか聴けなかった「#19」、初めてフィジカル・フォーマットでリリースされる「th1 [evnslower]」、今回初めて公式リリースされる「Rhubarb Orc. 19.53 Rev」が追加音源として収録される。また今回の発表に合わせて「#19」が公開された。

日本限定3枚組CDボックスセット

輸入盤3枚組CD

輸入盤4枚組LP

日本限定3枚組CDボックス+Tシャツセット

日本語帯付き4枚組LP+Tシャツセット

Aphex Twin - #19
https://youtu.be/iHzuygQd3do

新装盤となったエクスパンデッド・エディションのデザインは、オリジナルのアートワークを手がけ、エイフェックス・ツインの代名詞でもあるロゴもデザインしたポール・ニコルソンが担当している。

[3CD Tracklist』
CD01 - 1. #1
CD01 - 2. #2
CD01 - 3. #3
CD01 - 4. #4
CD01 - 5. #5
CD01 - 6. #6
CD01 - 7. #7
CD01 - 8. #8
CD01 - 9. #9

CD02 - 1. #10
CD02 - 2. #11
CD02 - 3. #12
CD02 - 4. Blue Calx
CD02 - 5. #14
CD02 - 6. #15
CD02 - 7. #16
CD02 - 8. #17
CD02 - 9. #18
CD02 - 10. #19 

CD03 - 1. #20
CD03 - 2. #21
CD03 - 3. #22
CD03 - 4. #23
CD03 - 5. #24
CD03 - 6. #25
CD03 - 7. th1 [evnslower]
CD03 - 8. Rhubarb Orc. 19.53 Rev

[4LP Tracklist]
A1. #1
A2. #2
A3. #3

B1. #4
B2. #5
B3. #6
B4. #7

C1. #8
C2. #9
C3. #10

D1. #11
D2. #12
D3. Blue Calx
D4. #14

E1. #15
E2. #16
E3. #17
E4. #18

F1. #19
F2. #20
F3. #21

G1. #22
G2. #23
G3. #24

H1. #25
H2. th1 [evnslower]
H3. Rhubarb Orc. 19.53 Rev

label: Warp Records
artist: Aphex Twin
title: Selected Ambient Works Volume II (Expanded Edition)
release: 2024.10.4

日本限定3枚組CDボックスセット:¥6,000+tax
日本語帯付き4枚組LP:¥10,400+tax
輸入盤3枚組CD:¥3,800+tax
輸入盤4枚組LP:¥10,000+tax
日本限定3枚組CDボックスセット+Tシャツ:¥11,000+tax
日本語帯付き4枚組LP+Tシャツ:¥15,200+tax
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=14189

Jeff Mills - ele-king

 去る4月、戸川純をフィーチャーした舞台作品およびそのサウンドトラックで注目を集めたジェフ・ミルズ。早くもニュー・アルバムの登場だ。題して『The Eyewitness(目撃者、証人)』、発売は7月5日。いかにしてメンタル・ヘルスの状態を良好に保つか、その対処法を示すためにつくられたアルバムだという。
 先行シングルとして、“Those Who Worked Against U” が昨日6月18日にリリースされている。ジミ・ヘンドリックスの “星条旗” にインスパイアされたこの曲は、わたしたち自身について、わたしたちの世界について、わたしたちが未来に向かう道筋について再考するときがあらためて訪れているのではないかという、その目覚めのコール、警鐘なのだそうだ。

 アルバムに寄せられたミルズのメッセージは下記より。


トラウマとその衝撃効果、つまり厳しい現実の残滓はあまりに影響力が強いため、自分をとりまくみんなやあらゆることについて、想像をめぐらせたり、いいことを思い描いたり、そのなかでみずからの立場を見定めたりする方法を固めてしまいます。新しいタイプの心理的な輪が発達し、境界が強化され、人間関係は後退、傷ついたちっぽけなシステムはあてもなく漂うことになります。価値ある目的を連想させるいかなるものに対しても脆弱に、また、そうしたものによってこそ脆弱になります。事実についての真実は嘲笑的な独白に、批判的な調整を欠いた行き場のない表現になります。わたしたちはみな、以前そうなってしまっただれか、もしくはこれからそうなるだろうだれかを知っているはずです。
──ジェフ・ミルズ

Artist: Jeff Mills
Title: The Eyewitness
Format: Double vinyl / Digital album
Label: Axis Records
Release date: 05.07.24

Single ‘Those Who Worked Against Us’
out 18.06.24

Tracklist:
A1. In A Traumatized World
A2. Menticide
B1. Those Who Work Against Us
B2. Surge Complex
C1. Indoctrination
C2. Wonderous Butterfly
D1. Menticide (Repeat Victimization)
D2. No Safe Place
D3. Mass Hypnosis

Iglooghost - ele-king

 満を持して、というべきだろう。先月〈LuckyMe〉から鮮烈なニュー・アルバム『Tidal Memory Exo』を送り出したばかりのイグルーゴースト。かつてフライング・ロータスの〈Brainfeeder〉から放たれた『Neō Wax Bloom』(2017)で注目を集め、“Z世代のAFX/スクエアプッシャー” とも呼ぶべきサウンドを打ち鳴らすこのロンドンの才があらためて来日を果たすことになった。東京、高知、大阪の3か所を巡回、2年前同様全公演に BABii (イグルーとは『XYZ』を共作)が帯同する。新作発表直後のツアーという絶好の機会、デジタル時代のプロデューサーならではの独創的な表現を見逃すことなかれ。

Iglooghost「Tidal Memory Exo」Release Japan Tour 2024

Special Guest: BABii

東京 TOKYO
7/5(金) @CIRCUS TOKYO
open 18:30 start 19:00
adv: ¥4,000(+別途 1 drink)
https://circus-tokyo.jp/event/iglooghost%E3%80%8Ctidal-memory-exo%E3%80%8Drelease-japan-tour-2024/
https://eplus.jp/sf/detail/4118800001

高知 KOCHI
7/6(土) @OUTER SPACE
open / start 20:00
adv: ¥3,000(+別途 1 drink)
https://outer-space.info/event/20240706_iglooghost/

大阪 OSAKA
7/7(日) @CIRCUS OSAKA
open 18:00 start 18:30
adv: ¥4,000(+別途 1 drink)
https://circus-osaka.com/event/iglooghost%E3%80%8Ctidal-memory-exo%E3%80%8Drelease-japan-tour-2024/
https://eplus.jp/sf/detail/4119140001-P0030001

interview with John Cale - ele-king

 ジョン・ケイルほどの充実したキャリアがあると、どこから話をはじめればいいのかわからない。ウェールズの小さな村ガーナントで、近所の教会でオルガンを弾き、地元の炭鉱労働組合の図書館が収蔵する楽譜に熱中したのがはじまりかもしれない。ロンドンでフルクサスの芸術家コミュニティと協働していた時期や、アメリカで名前の似たジョン・ケージやラ・モンテ・ヤングと一緒に活動していた時期もある。ヴェルヴェット・アンダーグラウンドでロックのオルタナティヴな領域まるごとの基盤を築きもした──そこから派生するもうひとつのロック史を、モダン・ラヴァーズやパティ・スミスやハッピー・マンデーズなどのプロデュース仕事を通じて育んだことは言うまでもない。彼の長く多彩なソロ活動のどの時点でも物語の入口となる。
 しかし、彼のすばらしい最新アルバム『Poptical Illusion』は、ジョン・ケイルの現在地とそこに至る歴史の両方への窓口として、ごく自然な出発点となるだろう。
 ケイルはこのアルバムのタイトルにあまり大きな意味を持たせたくないようだが、これは本当に内容を表している。『Poptical Illusion』をポップ・アルバムとして聴くことは可能だし、1曲目の “God Made Me Do It (Don't ask me again) ” から、フックとメロディーと結晶のように完璧なプロダクションが差し出される──その意味で、ここにはポップを求める人に発見されるべきものがたしかにある。
 幻想的な側面はより制約から自由だ。あらゆるポップは幻想やファンタジーの技なのだという感覚がある。それは悲しみの物語を伝えるときでさえ、すべて大丈夫だと嘘をつき、慣れ親しんだコードやメロディーであなたを心地よく抱擁し、期待通りに解決してくれる。だが、それはジョン・ケイルのやりかたではない。ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの頃から、彼の音楽はつねに慣れ親しんだものを転覆させ期待を裏切るやりかたを見出してきた。彼のソロ活動はひとつの成功を定型化することを決してよしとしない道のりをたどってきた。初期にはテリー・ライリーと大部分がインストゥルメンタルのコラボレーションをおこない、評価の高い1973年のアルバム『Paris 1919』では繊細なチェンバー・ポップを、続く『Fear』や『Slow Dazzle』では全体的により荒涼とした、歪んで揺れる脱構築されたロックンロールを聴かせた。以降、彼はクラシックとアヴァンギャルドとポップの極致を探求し、決してひとつの場所に留まることなく、つねに次へと動き続けている。
 『Poptical Illusion』自体が多彩なアーティストたちとのコラボレーションを特徴とした前作『Mercy』からの変化を示しており、今回はより音楽的に自己充足した世界となっている。とはいえ、作品のテーマやケイル独自の豊かなヴォーカル、そして歌詞には連続性がある。初期にルー・リードとつながりがあったからだろうか、ケイルは作詞家としては十分に評価されていないようだが、彼はストーリーを理解するのに必要な情報のほとんどを行間に置いて語り人を惑わせる才能がある。曲中の登場人物が恐怖や不安や憂鬱を表現し、それらの文脈となる出来事や行動を断片的にしか明かさないやりかたは、M・ジョン・ハリスンやアラン・ロブ=グリエのような作家たちの不安げでありながら解き放たれた雰囲気を想起させる文学的な色合いを、この新しいアルバムにもたらしている。
 そしてケイルの音楽的な多様性に関して言えば、『Poptical Illusion』には、 “Calling You Out ” の途中でキーが外れて胃が痛くなるような急展開や、 “Shark Shark ” のキャッチーなフックのループを通して何層にも重なってゆくディストーションなど、彼の過去の作品に通じる慣れ親しんだものを脱臼させる感覚がある。
 このアルバムのリリースに先立って、ロサンゼルスの自宅にいるケイルにオンラインで話を聞いた(以下の会話は簡潔性と流れを重視して編集されている)。

図書館はすごく重要だった。あの小さな小さな建物の一室にあらゆる本が揃っていて、そこからたくさんのことを学んだ。

あなたの新しいアルバム『Poptical Illusion』は昨年の『Mercy』から間を置かずにリリースされますね。

JC:できるだけたくさんの仕事をしようとしているんだ。きっかけはロックダウンだった。あれが起こったとき一緒にやってくれる人が周りに誰もいなくて、突然、自分がいつまで仕事をやっていけるのかわからなくなった。本当に周りに人がいなかった。だから動き出したらできるだけたくさんの仕事をしようとした。その結果、プロジェクトの最後まで自分でかなり精力的に取り組むことになった。最終的にはこの成り行きにとても満足した──音楽にはたくさんのアイデアと、さまざまな種類の攻撃性があった。完成に至ったときにはたくさんの曲ができていた。期待していなかったことだけれど、とても満足していたんだ。

すべての曲が他のアーティストとのコラボレーションだった『Mercy』に比べると、新作はより自己充足している感じがします。それはパンデミックの影響ですか?

JC:そうだね。私はただ仕事に取りかかり、自分が音楽に求めるある種の攻撃性を掴んだ。ほんの少し楽になったよ。だけど、あのアルバムが完成してからたくさんの曲を書いたし、このアルバムがあったからすぐに出すのはまあ簡単なんだ。

ある種の攻撃性とおっしゃいましたが……

JC:まあ、それは作品を完成させられるか本当に不安だったから生まれたものだね。

これはまた違う種類の攻撃性かもしれませんが、いくつかのテーマは『Mercy』から続いているように感じます。歌詞はおそらく抽象的だったり斜めからアプローチしているのかもしれませんが、そこには現在進行中の社会の崩壊という一本の線が引かれているようです。

JC:そう、それが歌詞を書くことの魅力のひとつだ。さまざまな言葉の使いかたがある。ものごとの混沌とした側面が自分にとっては本当に魅力的なんだ。ただ要求に合わせようとして、自分の詩的な側面が無視されていることを確認するだけの話じゃない。

あなたは過去に、作詞家としてのルー・リードと曲を作ってよかったことに、彼がものごとの矛盾を扱うのがとても上手かったことがあると言っていましたね。

JC:ああ、そうとも言えるね。つまり、私はそれを心に刻んでいた。混沌が受け入れられるということが自分にとってとても重要だったんだ。

あなたの過去の作品にはディラン・トマスの影響もあるように感じます。

JC:というか、そうしようとしているんだよ! うまくいかないとき、「どうなろうがディラン・トマスの詩を全部音楽にしてやるぞ!」と言った。それは挑戦だった。すごく力強い詩の感覚を持っている人物を相手にしているわけだから、そこからできる限り吸収して学ぼうとしたけど、彼のリズム感はただただ圧倒的だ。ウェールズで育つと、「わあ、僕もこんなふうにできたらいいのに!」と思うようになることのひとつだね。すごく重要なことだ……「わかった、やってみろ! 心配しないで、やるしかない!」ってね。

ディラン・トマスの詩を音楽に合わせるのに本格的に取り組んだのは、『Words for the Dying』でしたね。

JC:そのとおり。

自分はウェールズ系の家庭で育ったので、彼の作品の重要性はよくわかります。つまり、ウェールズからの影響というのは、ずいぶん前にそこから離れているにもかかわらず、あなたがたびたび戻ってくる主題だと思うのですが。

JC:(笑)そうだね、それは認めるよ! ウェールズという土地のあたたかさと寛大さに一度気づくと、それはずっと心に残り続けるんだ。誰かに腹を立てるだけで無くなるものじゃない。特にその遊び心。 “Davies and Wales ” を書いたときはそういうユーモアの一面があらわれていて、自分としては満足だ。そして “Shark Shark ” にも、その領域に通じるある種の陽気さがある。

“Davies and Wales ” と聞いて思い出されたのは、自分の家族のウェールズ系の人びとが80年代から90年代にかけて、ジョナサン・デイヴィスがキャプテンを務めていた頃のラグビーを観戦していたことでした。

JC:私はラグビー的感性が織り込まれていることについて聞かれ続けてるよ!

年に一度、シックス・ネイションズ、当時はファイブ・ネイションズ(※ラグビーの国際選手権大会)の期間中に、母が「デイヴィスとウェールズ! カムリュ・アム・ベス!(※ウェールズ語で「ウェールズよ永遠に」)」と叫ぶのが聞こえてくるようでした。

JC:ファイブ・ネイションズ、ちょっと怖いね。ある意味笑えるし、活気と喜びに満ちあふれているけど、それと同時に他のどこでも同じような過ちが犯されてきた可能性がたくさんある。

そこにはある種の暴力性も潜んでいるかもしれませんね。

JC:間違いない。

ウェールズでの少年時代、あなたにとって故郷の村の図書館がとても重要だったと読んだことがあります。

JC:図書館はすごく重要だった。あの小さな小さな建物の一室にあらゆる本が揃っていて、そこからたくさんのことを学んだ。そこに行って探している本が見つからないときは、本の名前を言えば走って取ってきてくれた。バートランド・ラッセルやウィトゲンシュタインなんかの哲学者だったら1週間以内に手元に届いた。でも、音楽は(ロンドンの)メリルボーン公共図書館から取り寄せることになって、そこが楽譜を手配してくれたんだ。シェーンベルクやもっと無名の作曲家が欲しかったりすると彼らが買ってくれる。図書館はとても重要だった。たとえばハウベンシュトック=ラマティの音楽が欲しいとき──図書館のなかでもっともすばらしく、もっとも知られていない曲のひとつだった!──それが突然に自分の手のうちにやってくるんだから、すごくわくわくしたよ。

あの時点で私たちがやろうとしたことを本当にやった人はまだ誰もいなかった。つまり、ルーはそれに夢中になり、私はなんとしてもその境界線を壊してやろうとしていた。自分たちはいい線いってたと思う!

今朝起きてソーシャルメディアのフィードで目にした最初のニュースは、アイダホ州にあるそういう小さな図書館の話でした。新しい州法によって子どもが本にアクセスすることが法的に難しくなりすぎたという理由で、子どもが図書館を利用できなくなったというのです。あなたの新しいアルバムにある歌詞、「右翼が図書館を焼き払う」を思い出しました。

JC:その歌詞にはとても満足している。いい歌詞をいくつか書けたよ!

でも、混沌のなかに身を置いている割に、『Poptical Illusion』というタイトルは……

JC:ただの思いつきだよ! そこにユーモアのセンスが効いていたから、思いついたときに「こんなことを考えたんだけど……」と言ったら、その場にいた人が、「それ使わないと!」と言ったんだ。だから、いろいろなことにあてはまるし、そこに忍び込んできたんだ。

あなたの作品はつねにポップ・ミュージックとある種の関係を結んでいるように見えます。違いますか? あなたはキャリアの早い段階から、広い意味でポップ市場と呼べるようなところで仕事をすることを選んできましたね。したがって、ポップはクラシックやアヴァンギャルドと対話しているわけですよね。

JC:そう、それは豊穣な土地だ。人生で発見する最良のものごとをすごいスピードで吸収する──音楽や他のあらゆるもの、図書館やきみが必要なもの何もかも。アイダホのああいう人びとは思慮が浅い。人生に何が役立つのかについて考えが足りないんだ。私たちは何かを学んだり身の回りのものを吸収したりする機会があるからここにいるのであって、それを利用しなければただ時間を無駄にしているだけだってことを、彼らは考えたこともないんだろう。

この背後に潜んでいるのは子どもたちが学びすぎることへの恐れ、あるいは子どもたちが成長することへの恐れだと思います。子どもの自立に対する恐れです。

JC:そう! その通り! 恥ずべきことだ。愚かなことだ。はっきり言っていい、それはただの無知蒙昧だ!

この1週間あなたの旧譜を聴き直してみて、『Paris1919』の興味深い点は、表面的にはポジティヴだけれど、おそらくいまは抑えつけられているけれどふたたび表に出るのを待っている暗いものの種を体現しているところだと感じました。

JC:ある時点で、『Paris1919』は言ってみればその醜悪さを楽しませるようにして生き延びてきたと思うようになった。でも、あのアルバムが出たときには、「おまえは何をやってるんだ? 自分にとってヨーロッパとは何かを説明した、LAに住んでる、ワーナー・ブラザーズのために働いてる、すごく変わった感性を備えたアルバムを作った、自分がやってきたことのかなりの部分はウェールズからLAに行くことの意味をカタログ化し、そこに戻って何が起こっているかを語ることだ……『そこに戻って』が何であろうとも」と考えていた。

なるほど。自分があの作品に惹かれたのは、あれが参照している時代のためだと思います。第一次世界大戦が終わり、第二次世界大戦が未来に迫っている。ある意味、それはいまの私たちが経験していることに似ています。瓶詰めにされたものがふたたびこぼれはじめている。

JC:同感だ。でも、それは同時に……ひとつの設定なんだ。このまま続けるためにやっているのか、それともただ自分の周りのことを観察するためにやっているのか? これはそれ以上のものだと思う。避けては通れないものだ。これが私たちの持っているもの、つまり、さあ、やってみようという。

いま、私たちは少しばかり暗い時代の最中にいるように感じていますが、新しいアルバムではほんの少し希望や光を求めているところがあるのではないでしょうか?

JC:それほど頑張ってはいない。そんなに頑張ろうとはしていないよ。

“How We See The Light ” について考えているのですが、この歌詞は憎しみが溶けてゆくようなちょっとしたエンパシーの瞬間に触れているように思えます。

JC:ううむ……つまり、それはとても上品な言いかたで、自分にはまだその準備ができているとは思えないな!

音楽をやっていて年をとるのは避けられないことかと思うのですが、『Mercy』はいまは亡き人や、過去に一緒に仕事をした人、あなたにとって重要な人びとの亡霊たちに取り憑かれているような感じがします。

JC:亡くなった人びとというよりも自分にとって重要な人びとという言いかたがしっくりくるね。なぜかはわからないけれどそれを認識し、認識する行為が自分にとって必要なことのすべてであるように祈るんだ。

今回のアルバムにもそうした亡霊たちの一部がまだ残っているのでしょうか?

JC:たしかにいるだろうね。ただ自分がそれらを意識していないだけなんだ。自分には取り組むべきものがたくさんあると思うけど、ただやり続けるだけだ。というのも、自分のやってきたことは作曲や作詞のスタイルに関して手を出してみたことやアルバムのエネルギーそのものにあらわれていると思う。自分がどうやっているか、何をしているかにより多くの情熱が傾けられているんだ。

意識的に何かに取り組むことなく曲を書き、しばらく時間が経ってから「ああ! あれはこういうことだったんだ!」と思うようなことはありますか?

JC:あるある!『Paris1919』について言ったのはそういうことだ。

ブライアン・イーノが自身のファースト・アルバムについてコメントしたのを読んだことがあります。友だちに「あの曲でブライアン・フェリーについて書いたのはとても勇敢だ!」と言われて、「何だって? あの歌詞はただのナンセンスだ!」と思ったけれど、聴き返してみると「うわ、これは彼のことに違いない!」と思ったそうで。

JC:(笑)! ほらほら、認めろよ、ブライアン! ほら! 私たちは結局のところみんな嘘つきなんだ。

ある意味こっそりやるんだ。そこには狡猾さがある。文学的な側面に寛大な態度でアプローチしようとすると、人びとは曲から出てくる言葉に心地よい驚きを覚える。それは重要だった。

ポップという概念と、それがあなたが経験してきた他の分野といかに相互作用を起こしているかの話に戻ります。それがヴェルヴェット・アンダーグラウンドであなたが担った役割の一部だったのでしょうか? つまりある意味で耳慣れた心地よいロックンロールのようなものを採用し、それを複雑化させたり脱臼させたりする方法を見つけることが。

JC:そう。つまり、脱臼させることはとても重要だった。あの時点で私たちがやろうとしたことを本当にやった人はまだ誰もいなかった。つまり、ルーはそれに夢中になり、私はなんとしてもその境界線を壊してやろうとしていた。自分たちはいい線いってたと思う!

たしかに! その後、あなたはソロアルバムの制作に移行しましたが、『Vintage Violence』の際により馴染みのある伝統的なやりかたでの曲作りを学ぶ必要があるという感覚はありましたか?

JC:少しはあったけど、ロックの作曲法には取り止めなく実験的な部分もあって、それもちょっと邪魔になったな。

何かに斜めから取り組むことが、あなたがつねに追求しているアプローチなのでしょうか。そうでなければストレートでありふれたものになってしまいかねないような。

JC:私の問題は歌詞でも曲でもシンプルに完成させることができないことで、だからつねに何かにぶつかってしまうんだ。衣装棚か何かにつまづいて自分が追い求めていたのは何だったっけと考えなければならない。それは最近でも続いている。つまり、こんな話をするほど私の頭ははっきりしていないんだ。

なるほど。近頃では音楽制作技術の進歩によって、やりたいことに関して技術的な制約がほぼないようなものになって、無限の選択肢がありますよね。

JC:そうだね。自分が何をやってみたいかを選ぶことの方が問題になるね。

それについて今回はいかがでしたか?

JC:このレコードにどれだけ怒りを込めることができたか、かな。ただ、人に気づかれないようにね。

それをどのようにやりましたか?

JC:ある意味こっそりやるんだ。そこには狡猾さがある。文学的な側面に寛大な態度でアプローチしようとすると、人びとは曲から出てくる言葉に心地よい驚きを覚える。それは重要だった。

怒りに満ちたものによりソフトなアプローチを採用することで、力強いものが生まれるかもしれません。つまり、パンクとそれがノイズ・ミュージックに発展していく過程において、衝撃を与えるために音響的にできることには限界があると、かなり前に結論が出ています。

JC:かつてアヴァンギャルドはそれを大量に提供し、その背後にはジョン・ケージの微笑みがあった。それはきみの人生を少しだけ楽にしただろう。「これを理解しようとしなくてもいい」と言って。一方でシュトックハウゼンなら「これを聴こうが聴くまいがどうでもいい!」と言うだろう。だから、もうそういうゲームの時代は過ぎ去ったという意見には同意するよ。いずれにしてもヒップホップがすべてを追い越していったと思うね。

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“I think how much anger I could get into the record. But without people noticing it.”
interview with John Cale
by Ian F. Martin

In a career as rich as John Cale’s, it’s hard to know where to start. You could start at the beginning, in the small Welsh village of Garnant, playing organ in a nearby church and immersing himself in sheet music from the local miners’ union library. His early years in London collaborating with the Fluxus art community, or in America working with his near-namesake John Cage and La Monte Young. Creating the foundations for a whole alternative universe of rock with The Velvet Underground — not to mention fostering the parallel rock history that spun out from it through his production work for The Modern Lovers, Patti Smith, The Happy Mondays and more. Any point in his long and diverse solo career is the entry point into a story.

But for both a window into where John Cale is now and into the history that underscores it, his superb new album “Poptical Illusion” is the natural starting point.

For all Cale’s reluctance to attribute too much meaning to the album’s title, a big part of why it works is because it rings true. It’s possible to listen to “Poptical Illusion” as a pop album and it delivers right from the moment opening track “God Made Me Do It (don’t ask me again)” in the hooks, melodies, the crystalline perfection of its production — in that sense, there’s certainly a pop album in there to be found by those with a mind to seek it out.

The illusory aspect is more open-ended. There’s the sense in which all pop is the art of illusion or fantasy: that it lies to you that everything is OK, wrapping you in the comforting embrace of familiar chords and melodies that resolve just how you’re expecting them, even when relaying stories of of sadness. That’s not how John Cale does things, though. Ever since his days with The Velvet Underground, his music constantly finds ways to subvert the familiar and upend expectations. His solo career has followed a path of never letting one success become a formula. His early years took in a largely instrumental collaboration with Terry Riley and the delicate chamber pop of his well regarded 1973 album “Paris 1919”, followed by the deconstructed rock’n’roll and generally starker, lopsided lurch of the subsequent “Fear” and “Slow Dazzle”. From there, he has explored classical, avant-garde and pop extremes, never satisfied to stay in one place, constantly moving on to the next thing.

“Poptical Illusion” itself marks a shift from its predecessor, “Mercy”, which was characterised by its many collaborations with a wide variety of artists. Instead, it’s a far more musically self-contained world. There are nonetheless markers of continuity in the themes, Cale’s distinctive, rich vocal delivery, and also in his lyrics. Perhaps partly due to his early connection with Lou Reed, Cale seems like a songwriter who has never fully got his due as a lyricist, but he has a disorientating talent for telling stories that leave most of the information needed to fully understand them in the gaps between the lines. The way characters in the songs express their fears, anxieties and melancholy, rarely revealing more than fragments of the events and actions that give them context, lends this new album a literary hue recalling the queasy and untethered atmosphere of writers like M. John Harrison or maybe Alain Robbe-Grillet.

And for all Cale’s musical diversity, “Poptical Illusion” shares his past work’s sense of dislocating the familiar, from the stomach-turning lurch out of key in the middle of “Calling You Out” to the layers of distortion that build up through the catchy, looping hook of “Shark Shark”.

In advance of the album’s release, I spoke to Cale online from his home in Los Angeles (transcript edited for concision and flow):

IM:Your new album “Poptical Illusion” comes quite swiftly after last year’s “Mercy”.

JC:I’m trying to get as much work done as possible. It all started because of the lockdown. When that happened, all of a sudden I didn’t know how long it was going to be possible to get the work under my belt because there was no one around to work with me on it. A lot of people were really not around. So I tried to get as much work done as I could when I got going. It turned out that I was pretty aggressive about getting to the end of the project. In the end, I was very happy about how things were going — there were plenty of ideas around and different kinds of aggression in the music. By the time I finished it, I had a whole lot of songs. I didn’t expect it, but I was very happy about it.

IM:Compared with “Mercy”, where every track was a collaboration with other artists, the new one feels more self-contained. Was that the influence of the pandemic?

JC:Yeah. I just got to work, and I got a grip on the kind of aggression that I wanted in the music. And it just came a little bit easier. But the fact I wrote so many songs since that album was finished, and now I have this one so it’s a little easier to bring it out quickly.

IM:You say about a kind of aggression…

JC:Well that’s something that just happened because I was really anxious to get the work finished.

IM:Maybe this is a different sort of aggression, but it feels like some of the themes carry over from “Mercy”. The lyrics maybe approach it from an abstract or oblique angle, but there does seem to be this thread of an ongoing breakdown of society.

JC:Yeah, that’s one of the attractive things about writing lyrics. You have different ways of using language. The chaotic side of things are really attractive to me. It’s not just trying to fit the bill and make sure your poetic side is is ignored.

IM:You’ve said in the past that one of the great things about working with Lou Reed as a lyricist is that he was so good at teasing out the contradictions in things.

JC:Yeah, you could say that. I mean, I took it to heart. It was very important to me that chaos is acceptable.

IM:I feel like there’s also been this influence of Dylan Thomas that runs through your work in the past.

JC:I mean, I try to! And then when I didn’t quite get it together, I just said “To hell with it, I’m going to try to set all of Dylan Thomas’ poems to music!” That was a challenge. You’re really dealing with someone who has a very powerful sense of poetry, so I took what I could and tried to learn as much from it, but his sense of rhythm is just stunning. It’s just one of those things when you grow up in Wales that you… “Wow, I wish I could do that!” It’s very important… “OK, go ahead and do it! Don’t worry about it, get on with it!”

IM:It was on “Words for the Dying” that you went really hard into setting Dylan Thomas’ poetry to musig, wasn’t it?

JC:That’s right.

IM:Growing up with Welsh family, I understand exactly what you mean about the importance of his work. I mean, I think the influence of Wales generally is a topic you keep coming back to, despite having moved away a long time ago.

JC:(Laughs) Yeah, I confess to that! It’s really, once you’ve had that inkling of the warmth and generosity of that place, it stays with you. It’s not something you can get rid of just by getting angry at somebody. Especially the sense of fun. When I wrote “Davies and Wales”, that was something satisfying to me because it showed that side of humour. And “Shark Shark” too, there’s a certain frolic that goes with the territory.

IM:When I heard “Davies and Wales”, what it reminded me of was the Welsh side of my family watching the rugby in the 80s and 90s when Jonathan Davies was captain.

JC:I’ve been grilled about the tapestry of rugby sensibilities!

IM:I could kind of hear my mother crying out “Davies and Wales! Cymru am byth!” once a year during the Six Nations, or the Five Nations it was then.

JC:The Five Nations, it’s kind of scary. It’s kind of funny in a way, and full of life and joy, but at the same time, there’s so much potential there for the same sort of mistakes that have been made everywhere else.

IM:Maybe a kind of violence lurking inside there as well.

JC:No doubt.

IM:In your early days in Wales, I read that the library in your home village was very important.

JC:The library was very important, very important. I learned so much from that small, little building with one room in it that had all the books. And you could go in there and if you couldn’t find what you were looking for, you gave them the name of the book and they would run off and get it. Bertrand Russell, Wittgenstein, any of the philosophers, you would get within a week, but if you went and asked them for music, I would get the music from Marylebone Public Library (in London), who would make sure they got you the scores for the music. If I wanted Schoenberg or I wanted some obscure composers, they would go and buy it for you. The library was very important. It was very exciting for me if I wanted a piece of music by Haubenstock-Ramati, for instance — one of the finest, obscurest titles in the library! If you suddenly had it in the palm of your hand.

IM:The first piece of news I saw in my social media feed when I got up this morning was a story about a small library like that in Idaho that has just announced they can’t allow children anymore because new state laws make it too legally difficult to let children access books. It reminded me of the lyric on your new album about “the right wingers burning their libraries down”.

JC:I was very satisfied with that. I got a good few licks in there!

IM:But for all of this immersing yourself in chaos, the title “Poptical Illusion”…

JC:I just made that up! The thing with it was that it had a sense of humour that worked, so when I came up with it and said, “Here’s something to think about…” the other person in the room said, “You’ve got to use that!” So that covers a lot of ground, it sneaks in there.

IM:Your work does always seem to be in a sort of relationship with pop music though, doesn’t it? You chose from an early point in your career that you were going to work in what I suppose we could broadly call the marketplace of pop, so pop’s in this conversation with the classical and the avant-garde.

JC:Yeah, it’s a fertile ground. It’s the speed at which you can absorb the best things you can find in life — music and everything else. Libraries and whatever you need. These people are thoughtless: whoever these people are in Idaho are. They’ve no consideration for what is useful in life. I don’t think it ever occurred to them that you’re around here because you have a chance to learn something or absorb what’s available to you, and if you don’t take advantage of it, you’re just wasting time.

IM:I think what’s lurking behind this is almost a fear of children learning too much or a fear of children growing up. A fear of the independence of children.

JC:Yes! Absolutely! It’s shameful. It’s so stupid. You’ve got to call it what it is: it’s just ignorance!

IM:Listening back over your back catalogue this past week, I felt that an interesting aspect of “Paris 1919” was that it’s positive on the face of it but maybe it embodies the seeds of something dark that’s been repressed, waiting to come out again.

JC:I think at one point, Paris 1919 did have a life that had these uglinesses being entertained, shall we say, but by the time the album came out, I thought “What are you doing? You’ve now explained what Europe means to you, you live in L.A., you’re working for Warner Brothers, you’ve written an album that has very peculiar sensibilities in it, and pretty much what you’ve done is you’ve catalogued what it means to go from Wales to L.A. and talk about what’s happening back there… whatever ‘back there’ is.”

IM:I see. I suppose what caught me with it was the time period it references, between the end of the First World War and with the second looming in the future. And in some ways that feels like what we’re going through now, with things that had been bottled up starting to spill out again.

JC:I agree, but it’s also… it’s a set up. Are you doing this to carry on or are you doing this just to observe what’s around you? I think it’s more than that: it’s something you can’t evade. This is what we have: let’s get on with it.

IM:We’re in the midst of what feels like a bit of a dark period right now, but on the new album aren’t there perhaps places where you looking for a bit of hope or light?

JC:Not too hard. I’m not trying too hard.

IM:I’m thinking of “How We See The Light”, where the lyrics seems to touch on these little moments of empathy where the hatreds can dissolve.

JC:Hmm… I mean, that’s such a genteel way of putting it, I’m not sure I’m ready for that yet!

IM:I suppose this might be an inevitable feature of growing older in music, but “Mercy” seems like it was haunted by the ghosts of people who’ve now passed, or who you’ve worked with or were important to you.

JC:That’s the way to put it: not so much people who’ve passed but people who were important to me. You don’t know why, but you recognise it and you pray that the act of recognising it is everything that you need.

IM:Are some of those ghosts still present on this current album?

JC:I’m sure they are. I just haven’t addressed them. I think I’ve got plenty of stuff to work with, but I carry on. Because I think what I’ve done is I’ve put my finger on something in the style of writing and the lyrics, and the energy of the album itself, that’s a lot more passionate about how I’m doing and what I’m doing.

IM:Do you find something that happens is that you’ll write music without consciously addressing something and then after some time’s passed between you and the music’s passed, you think, “Ah! That’s what that was about!”

JC:Yes! Yeah, that’s what I was saying about “Paris 1919”.

IM:I remember reading a comment by Brian Eno about his first album and having a friend come up to him and say, “It’s so brave what you wrote about Bryan Ferry on that song!” and him thinking, “What? Those lyrics were just nonsense!” but then listening back and thinking, “Oh God, this is absolutely about him!”

JC:(Laughs!) Come on, own up, Brian! Come on! We’re all liars in the end.

IM:To come back to this idea of pop and how it interacts with the other disciplines you’ve experience in, was that part of your role in The Velvet Underground? To take something that could be kind of familiar, comforting rock’n’roll and to find some way of complicating or dislocating that?

JC:Yes. I mean, the dislocation was very important. No one had really done what we tried to do at that point. I mean, Lou was enthralled by it and I was hellbent on breaking the boundaries. I think we got somewhere with it!

IM:Definitely! When you moved onto making your solo album after that, with “Vintage Violence”, was there a sense where you had to learn how to write songs in that more familiar, traditional way as well?

JC:I mean, there were a few, but there were also some disjointed experiments in rock writing that got in the way a little bit as well.

IM:So is that approach of always looking for oblique approaches to something that otherwise might be straightforward and familiar something you always gravitate towards?

JC:My problem was that I couldn’t complete a verse or a song with simplicity, so there was always something that I was bumping into. I’d trip over a chest of drawers or something and I’d have to figure out what it was I was going after. And it kept going, even recently. I mean, I’m not clear-headed enough to talk about all of that.

IM:Sure. Though nowadays, with music production technology’s advances, it’s almost like there are almost no technical restrictions on what you want to do if you want to because there are so many options available.

JC:That’s true. It’s more a problem of choosing what it is you want to mess with.

IM:How about this time round?

JC:I think how much anger I could get into the record. But without people noticing it.

IM:How do you go about that?

JC:It’s kind of sly. There’s a trickiness to it. You try and approach the literature side of it in a forgiving way, and people can be pleasantly surprised by the kind of language that comes out of these songs. Not quite as understandable, which was important.

IM:It can be powerful to take a softer approach into something angry. I mean, with punk and how it evolved into noise music, it’s almost like the limits of what you could do sonically to shock reached their conclusion a while back anyway.

JC:The avant-garde used to provide this in reams, and behind it there would be a John Cage smile that would make your life a little easy, saying “Don’t worry about understanding this.” Whereas Stockhausen would have said, “Listen to this or get lost! I don’t care.” So I agree with you that the time has passed for that game. I mean anyway I think hip-hop has overtaken the whole lot.

Bianca Scout - ele-king

 ロンドンの音楽家、サウンド・アーティスト、ダンサー、振付師ビアンカ・スカウトの最新アルバム『Pattern Damage』が、マンチェスターのエクスペリメンタル・ミュージック・レーベルの〈sferic〉からリリースされた。
 内容はといえば薄明かりの世界で繰り広げられるインダストリアル・アンビエントなトラックをバックしたシンガーによるエクスペリメンタル・ミュージックといった趣の作品であった。とても不思議な音楽世界で、とても美しい音響世界である。あえて単純化して言えば声と弦楽と電子音による「インダストリアル・アンビエント・オペラ」だろうか。

 ビアンカ・スカウトは、2016年ごろから音源を発表し、ストリートでのダンス・パフォーマンスを行うなど、多面的な活動を展開してきた才人である。
 昨年2023年は、マーティン・レイド(Martyn Reid)とのエレクトロ・ポップ・ユニットMarina Zispin『Life And Death - The Five Chandeliers Of The Funereal』、教会でレコーディングされたというソロ前作『The Heart Of The Anchoress』などをリリースしている。その妖艶なサウンドは、ほかのエクスペリメンタル・ミュージックにはない魅力を放っていて、特に『The Heart Of The Anchoress』はエクスペリメンタル・ミュージック界隈で(密かに)話題になっていたように記憶している。
 そして本年リリースの本作『Pattern Damage』は、『The Heart Of The Anchoress』を超える、まさに集大成、そして新境地ともいえるアルバムであった。ダークかつ夢幻的な世界観を基調にしつつ、ノイズ、モダン・クラシカル、歌曲、アンビエントが交錯し、まるで幻想的な舞台劇を観る(聴く)ような音世界が展開されていたのだ。さまざまな音の要素が交錯するエクレクティックな作風だが、単なるカオスではなく、揺るぎない美意識/意志によって統一されている点が重要だ。いわば明確な審美眼を持ったアーティストによる「総合芸術」と称したいほどの音楽作品なのである。
 昨今のアンビエント/エクスペリメンタル・ミュージック・シーンは、そのスタイルを突き詰め、音響を磨き上げるように「音楽の純化」を希求するものが多いように感じられるのだが、ビアンカ・スカウトの音にはジャンルや音楽を軽やかに越境していくようなエクレクティックな魅力がある。ミカ・レヴィのシネマティックな音楽、OPNの音響世界、ローレル・ヘイローのアンビエント・サウンド、クラインのクラシカル/エクスペリメンタルな音世界などにも共鳴するようなアルバムであった。

 アルバムは全12曲で計40分。それぞれの曲は電子音楽、クラシカル、ポップ、アンビエントなどなどいくつもの音楽形式へと変化していく。そもそも1曲の中にも複数の音楽要素が存在しているのだ。
 1曲目“Intro”は文字通りアルバムの入り口となるトラックだが、グリッチ・ノイズのような音が鳴り始め、次第に、ピアノや電子音が高速に早送り(もしきは巻き戻し)するように流れ始める。失われた記憶にアクセスするかのように、アルバムは開幕する。
 ふたたびノイズへと戻り、2曲目“Forest Spirit”が始まる。この曲ではノイズとシルキーなアンビエンスの交錯によるエクスペリメンタル/アンビエントな祈りの歌のような楽曲を展開する。3曲目“Midnight ”はクラシカルなピアノの旋律から始まり、そこに歌唱がのる。ミニマルであり幽玄なトラックだ。続く4曲目“Interlude”では声が旋律からハーモニーのように変化していく。微かな低音が不穏なアクセントを演出する。5曲目“Chances”では何層もの声が折り重なりながらも、どこかアンビエントR&Bとでもいうようなムードを醸し出す曲。ドラムンベース的なビートが断続的に鳴り響くのも面白い。
 6曲目“Desert”は、どこかMarina Zispin的ともいえるインダストリアル・ポップだが「feat. Marina Zispin」らしい。ここでくっきりとしたビートの曲を挿入してくるのは、なかなか面白い演出である。あきらかにアルバム全体のムードからすると異質なのだが、この曲がアルバムのほぼ真ん中に置かれることで、アンビエント/エクスペリメンタルだけに止まらない広い音楽性を表現しているように思えた。
 7曲目“Lead Us”以降はアルバムの後半だ。“Lead Us”ではサンプリングされたと思えるストリングスがループしつつも、その上に、さらにストルングスの旋律がレイヤーされ、モダン・クラシカルなアンビエントを展開する。アルバム後半はこの“Lead Us”のサウンドとムードが基調となって展開する。
 8曲目“When My Heart Is Lonely (Monks Orchard) ”は、前曲の弦楽の音からシームレスにつながるような曲調のボーカル曲だ。9曲目“Passage”はまるで教会の音楽のような声楽曲だが、サンプリングされた音のずれや編集によって独自の音響空間が生まれている。
 10曲目“Almost Nothing”はアルバム前半のアンビエントR&Bのようなヴォーカル曲とアルバム後半のモダン・クラシカル+声楽のムードが一体化したような曲である。アルバム中の集大成のような楽曲といえるかもしれない。11曲目“I Don't Sleep”は薄明かりの光のようなアンビエンスと可憐なボーカルが交錯する曲だ。どこか子守唄ような曲にも感じたが、曲名は「I Don't Sleep」。アルバム最終曲にして12曲目“Anon's Song”は、7曲目“Lead Us”を思わせるストリングスのループによるアンビエント曲である。まるで深い催眠へと誘うようなサウンドが麗しい。
 
 改めて全曲を聴き終わると、つくづく不思議な世界観のアルバムだと感じ入ってしまった。音楽の形式に意図的でありながら、その形式が内側から溶けていくような音楽とでもいうべきか。リズムにも声にも明確に身体性が宿っていながら、しかしこの世のものとは思えない幻想性も放ってもいる。境界線の無化、融解とでもいうべきか。
 アートワークのモノクロームのダンサーのように過去でも未来でもない廃墟で聴く音響劇、もしくはオペラのようであった。もしかするとこのアルバムの「世界」は遠い未来の出来事で、冒頭の“Intro”での音楽のコラージュは過去の記憶にアクセスしている様子なのかもしれないとも。いやむろんこれは妄想=空想に過ぎない。だが想像力を刺激されるアルバム=音楽作品であることに違いはない。その「謎」の感覚を得るために、私は何度も何度も繰り返しこの夢幻的な「インダストリアル・アンビエント・オペラ」(勝手に名付けた)を聴くことになるだろう。そう、この不可思議なアルバムが放つ音楽、音響の魅力はどこまでも深いのだから……。

interview with Anatole Muster - ele-king

 ジャズの世界でも最近はZ世代の活躍が目立ってきており、ドミ&JDベックのデビュー・アルバム『Not Tight』(2022年)はグラミー賞にもノミネートされた。若干22歳のアナトール・マイスターもそうしたZ世代のひとりだ。スイス出身で現在はロンドンを拠点に活動する彼は、ジャズの世界では珍しいアコーディオン奏者で、またプロデューサーとして自身でトラックや作品制作もおこなう。彼が影響を受けたハービー・ハンコック、ジョージ・デューク、パット・メセニー・グループ、リターン・トゥ・フォーエヴァーなど1970年代から1980年代にかけてのエレクトリック・ジャズやフュージョンのマナー、そして現在暮らすロンドンのジャズ・シーンやトム・ミッシュedblなどから発せられる新しいUKサウンド、さらにUS西海岸のルイス・コールサンダーキャットキーファーなどのクロスオーヴァーなジャズが融合し、それを幼少期から親しんできたアコーディオンを交えて表現しているのがアナトール・マイスターのサウンドである。

 2020年にファーストEP「Outlook」でデビューし、エモーショナルなメロディやエレガントなタッチのプレイで高い評価を受けたアナトール・マイスターは、テニソン、キーファー、ルイス・コールといったアーティストたちとのコラボレーションも実現させ、スイスやブラジルでおこなわれたモントルー・ジャズ・フェスティヴァルにも出演し、ロサンゼルスやロンドンでも公演を成功させるなど、現在注目のアーティストへとステップを上がっていった。そして、2024年4月に待望のファースト・アルバム『Wonderful Now』をリリース。ルイス・コールをはじめ、サンフランシスコのビートメイカー/ピアニストのテレマクス、SNSで爆発的な人気を誇る女性シンガーのジュリアナ・チャヘイド、南アフリカで絶大な支持を集めるポップ・バンドのビーテンバーグのM・フィールドといった多彩なゲストをフィーチャーし、エレクトリック・ジャズやフュージョンをベースに、ダンサブルなビートやハイパーなポップ・サウンドを取り入れた2024年の最新型ジャズ・アルバムとなっている。

僕がずっと演奏してきた楽器と、聴いてきた音楽が自然と結びついたプロダクションをやって、気づいたらジャズのアコーディオン・プレイヤーになっていたよ。

あなたのプロフィールから伺います。スイス生まれとのことですが、音楽とはどのように出会い、どんな音楽を聴いて育っていったのですか? 子どもの頃はバルカン民謡やアイルランド民謡、ジプシー音楽などを聴いていたと伺っているのですが、スイス特有の音楽も聴いていたのでしょうか?

アナトール・マスター(以下AM):ヨーロッパ各地の伝統的な民謡をたくさん聴いて育ったよ。他にもクラシックもよく聴いていた。僕の親はクラシックのミュージシャンであり、民謡も大好きだったんだ。他にはタンゴやボサノヴァとかかな。スイスの伝統民謡はあまり聴かなかったかも。理由はわからないけど、僕の周りにはあんまりスイスの民謡を聴いたり、演奏したりする人はいなかったんだよね。

ティーンエイジャーの頃に父親のレコード・コレクションを通じてジャズと出会い、ハービー・ハンコック、ジョージ・デューク、スパイロ・ジャイロ、カシオペアなどおもに1980年代のフュージョン系のサウンドを聴いていたそうですね。ほかにもアラン・ホールズワース、パット・メセニー、ライル・メイズなどが好きだったそうですが、こうしたジャズ/フュージョンのどのようなところに惹かれ、影響を受けるようになったのですか?

AM:父親の古いレコード・コレクションを見つける前は、YouTubeとかでフューチャー・ベースやチルホップのようなエレクトロニック・ミュージックにハマっていて、そこからの流れで同じくYouTubeでよりジャジーなアーティストであるリド、テニソン、メダシン、ロボタキ、トム・ミッシュ、ケイトラナダ、パーティ・パピルスとかを聴くようになったんだ。そこから偶然僕の父親のレコード・コレクションを見つけて、ハービー・ハンコックやジョージ・デュークのようなエレクトロニック・ジャズやフュージョンを自然と聴くようになったんだよね。似たような音楽をすでに聴いていたからスッと入ってきたよ。このときにはすでにエレクトロニックなビートメイクをしていたんだけど、ハービーとか1970年代、1980年代の音楽をより多く聴くようになって、それらから影響を受けてハーモニーやグルーヴを意識するようになった。だからいままで聴いたいろいろな音楽をミックスして自分の音楽にしているつもりだよ。

いま話に上がったテニソンはじめ、サム・ジェライトリー、ノウワーなど現在のエレクトリックなサウンドにも興味を持つようになったそうですが、たとえばハービー・ハンコックなどもそうしたサウンドの元祖と言えるところもあるので、ジャズとそうしたエレクトロニック・ミュージックはあなたの中で自然に結びついていったのでしょうか?

AM:とても自然に結びついたね。むしろ、僕はエレクトロニック・ミュージックの要素が入ってないジャズをあまり聴かないかも。

あなたが演奏するアコーディオンやバンドネオンは、アストル・ピアソラはじめアルゼンチン・タンゴの世界で有名で、またジプシー音楽やシャンソンなどでもよく用いられる楽器です。一方、ジャズの分野ではあまり使われない楽器で、アメリカ出身だがヨーロッパで人気を博したアート・ヴァンダムや、フランスのリシャール・ガリアーノなどが有名ではあるものの、プレイヤーは多くはありません。最近はポルトガルのジョアン・バラータスなど若い演奏家も出てきているようですが、あなたはなぜこの楽器を選んだのですか? おじさんの影響で8歳の頃から演奏していると聞きますが。

AM:僕が小さい頃にアコーディオンという楽器を選んだのは、僕のおじの音楽が大好きだったからだね。彼はアコーディオンの演奏家で、プロデューサーであり作曲家なんだ。10代のはじめまでアコーディオンの演奏を続けて、そこからエレクトロニック系統の音楽にハマっていって、最終的にジャズにたどり着いたんだ。僕がずっと演奏してきた楽器と、聴いてきた音楽が自然と結びついたプロダクションをやって、気づいたらジャズのアコーディオン・プレイヤーになっていたよ。

アコーディオンをプレイするのが好きであると同時に、ジャズ/フュージョンとエレクトロニック・ジャズが本当に好きっていう感情があり、それらが混ざりあっただけなんだ。他のことはできる気がしないし、これをやるしかなかったって感じかな。

アコーディオン奏者として影響を受けたアーティスト、好きな作品などを教えてください。

AM:パーソナルに普段聴いている音楽で、アコーディオンが入ってる曲を探すのは結構大変なんだけど、ミシェル・ピポキーニャとメストリーニョの “Baião Chuvoso”、アドリアン・フェローとヴィンセント・ペイラーニの “Marie-Ael”、エディット・ピアフの “L’Accordéoniste”、ペタル・ラルチェフの “Krivo Horo”、アストル・ピアソラの “La Casita de Mis Vjejos” とかがお気に入り。アコーディオニストでいうと、ペタル・ラルチェフ、ヴィンセント・ペイラーニ、メストリーニョが大好きで、彼らはアコーディオンという楽器の可能性を大きく広げてくれたアーティストたちなんだ!

バーゼルの音楽学校でアコーディオン演奏を習うと同時に、作曲や音楽理論も学び、アコーディオンの即興演奏など技術も身につけていきます。そして、現在はロンドンのロイヤル・アカデミー音楽院でジャズを勉強中とのことですが、進学のためにロンドンへ移住したのですか? また、ロンドンに来てから音楽に対する取り組みや環境で変わったことはありますか?

AM:ロンドンに引っ越した一番の理由は活発的な音楽シーンがあるからだね。スイスに住んでいるときもロンドンのシーンで何が起きていたのかをチェックしていたよ。ここに引っ越してこれてハッピーだし、成果もたくさんあったね。たくさんの素晴らしい友人を作れたし、とても大事なコネクションも得ることができた。ロンドンのシーンと上手くやっていると思うよ。

2020年に初めてのEP「Outlook」を発表し、モントルー・ジャズ・フェスに出演したり、テニソン、キーファー、ルイス・コールなどさまざまなアーティストと共演するなど、プロのミュージシャンとして活動するようになったのもロンドンに来てからですか?

AM:「Outlook」でテニソンやキーファーとコラボしたときは、両方ともロックダウンしていた時期で、とにかくその時期は僕にとってクリエイティヴなことに熱中できる時期だった。多くのミュージシャンが僕と同じように家から出られずにいたから、普段以上にコラボレーションするには最適な時期だったと思う。だからこのアドヴァンテージを活かすことに決めて、多くのプロダクションをはじめたよ。 ルイス・コールと初めて会ったのは僕がロンドンに引っ越してきてからの話で、それから多くのヤバイことが起きていった。リオで開催された モントルー・ジャズ・フェスティヴァルに呼ばれたのもそのうちのひとつだね。

ロンドンにはジャズのシーンがあり、世界的にも注目を集めているわけですが、あなた自身はそこと交流を持っていますか?

AM:そうだね! 僕もロンドンのジャズ・シーンの一員として役に立てるように頑張っているよ。幸運なことに世界的に活躍しているミュージシャンと一緒にプレイできている。多くのジャム・セッションをおこなうことで、たくさんのミュージシャンと繋がりを持てるし、音楽的なアイデアの交換もできているよ。

どちらかと言えばクラシカルなイメージの強いアコーディオンという楽器を、ジャズの中でも新しい試みをおこなうフュージョンやエレクトリックなサウンドと結びつけるアイデアはどのように生まれてのですか? アコーディオンの伝統的な奏者とは明らかに異なることをやっているのですが。

AM:アイデアを思いついたというよりは、アコーディオンをプレイするのが好きであると同時に、ジャズ/フュージョンとエレクトロニック・ジャズが本当に好きっていう感情があり、それらが混ざりあっただけなんだ。他のことはできる気がしないし、これをやるしかなかったって感じかな。ラッキーだったのは、僕はプレイヤーとしてだけではなく、プロダクションにも関わっていたので、自分の好きなことをひとつのアイデアとしてまとめあげることができたって感じかな。

クラブ・ミュージックの世界では、2000年代にフランスからゴタン・プロジェクトが登場し、タンゴや古いジャズ、ラテン音楽やアコーディオン・サウンドとエレクトロニクスを融合したユニークなサウンドで注目を集めました。彼らはアストル・ピアソラやガトー・バルビエリなどもカヴァーしていたのですが、聴いたことはありますか?

AM:このユニットは聴いたことなかったから、いま聴いてみたけど、めちゃくちゃ良いね! 似たような音楽を聴いたことがなかったよ! レコメンドありがとう!

普段の音楽制作はどのようにおこなっていますか? アコーディオン演奏はもちろんですが、あなた自身でビートメイクをしているのでしょうか?

AM:そうだね、僕は作曲、アレンジ、演奏、プロダクション、ミキシングまで全部ひと通り自分でやっているよ。コラボレーションのパートとマスタリングだけ他の人にお願いしている感じかな。僕のアルバムはラップトップで作ったんだ。マイクでヴォーカルを録音したり、MIDIのキーボードを使ったりはする。アコーディオンに関しては僕の持ってるアコーディオン・マイクを使っているね。ラップトップだけでなんでもできちゃう世の中に感謝しちゃうよ!

ラップトップだけでなんでもできちゃう世の中に感謝しちゃうよ!

ファースト・アルバム『Wonderful Now』について伺います。あなたにとって初めての声明とも言えるこのアルバムですが、どのようなアイデアやコンセプトがあり、どのようにして生まれたのですか?

AM:『Wonderful Now』は僕の音楽のアイデンティティを探す旅を閉じ込めたものだね。幼い頃からエレクトロニック・ミュージックが好きで、それと同時にジャズ/フュージョンに強い繋がりを感じはじめた。ロンドンでジャズの勉強をはじめたとき、ジャズ/フュージョンがトレンド的なモノだとは全く感じていなかったので、孤独を感じていたし、ときには自分の音楽をどういう方向性で作りたいのか迷走してしまった時期もあって、そのときは音楽の楽しみ方すら忘れてしまっていたよ。だから自分のルーツに一度戻ってみて、昔よく聴いていたフューチャー・ベースやディープ・ハウスのような音楽を制作して、そうしたときに感じた興奮を取り戻したんだ。それでいつの間にかプレッシャーは消えて、また音楽を作ることが楽しめるようになった。それでいままで作ってきた音楽の中にゆっくりとジャズが僕の音楽性として染み渡っていき、新しい道を開いてくれたんだ。それが、新しさのある音楽に生まれ変わって『Wonderful Now』という誇らしい作品を作ることができたよ。さっきも言ったけど、ほとんど僕のラップトップの中で制作された作品だね。もちろん素晴らしいミュージシャンとのコラボレーションも混じっているけど。

ルイス・コールのほかは新進のミュージシャンが多く参加していて、サンフランシスコや南アフリカなど、世界各地に人脈が広がっています。SNSで話題になっているような人もいて、そうしたネットを通じて広がった人脈かなと思うのですが、どのようにしてゲスト・ミュージシャンを集めたのですか? また、身近なロンドンや出身地のスイスではなく、少し離れた場所の人たちとネットを介して繋がっているのがいまっぽいなという印象です。彼らとはデータのやりとりなどオン・ラインで音楽を制作したのですか?

AM:ほとんどのミュージシャンとはネット上で出会ったね! レオ・マイケル・バードは学校の友だちなんだけど、他のミュージシャンに関しては僕がInstagramやSpotifyで見つけた人なんだ。いまではほとんどの人と直接会って、仲良くなったよ。例えば、M・フィールドはここ2年間に最もSpotifyで聴いたアーティストのひとりで、彼にインスタのDMで僕がどれだけ彼の音楽が好きなのかを伝えて、「僕の曲で歌ってくれないかな?」とダメ元で連絡してみたら、返事が帰ってきてね! 彼もいまはロンドンに住んでるから、一緒に曲を作ったり、フリスビーをして遊んだり、ホット・チョコレート作って飲んだり、一緒にライヴで演奏するようになったね。遠くに住んでいるアーティストはだいたい自分のパートをデータで送ってきて、それを僕がミックスして形にしているよ。

ルイス・コールのノウワーとも共通するのですが、アルバム全体の印象としては非常にポップなサウンドになっていると思います。シンガーをフィーチャーしているのもノウアーと同様のアプローチですし、実際に今回のアルバムにも参加するルイス・コールからの影響が大きいのでしょうか? 彼と共演するサンダーキャットなども影響を与えているのかなとも思いますが。

AM:もちろん! ルイス・コールとノウワーからはいつも凄くインスパイアされてるよ。僕が音楽制作をスタートした頃から彼らの音楽が好きで、どうやったらあのようなサウンドを作れるか知りたかったくらいだ。サンダーキャットもずっとファンだね!

かつてのリターン・トゥ・フォーエヴァーのように、ジャズという音楽をロックやポップ・ミュージックとうまく融合し、新しい時代を切り開いていくようなアルバムになっていると思いますし、それはあなたが影響を受けたというハービー・ハンコックやジョージ・デュークなどにも共通するものです。あなた自身はあなたの音楽についてどこを目指していますか?

AM:僕の音楽的なゴールは、自分が駆け出しの頃に憧れていたようないまいちばん熱いシーンの中心にある音楽を作ることだね。

Claire Rousay - ele-king

 気鋭のアンビエント・アーティスト、クレア・ラウジーによる新作アルバム『sentiment』は、ラウジーのキャリアにとって極めて重要な作品となるだけではなく、2024年のインディ・ロックとエクスペリメタル・ミュージックにおいても重要極まりないアルバムだ。
 この『sentiment』には、音楽とジャンルの壁をしなやかに越えようとする意志がある。少なくも私には、この2024年において、インディ・ロックとエクスペリメンタル・ミュージックがこういったかたちでつながるとは思ってもみなかった(時代は90年代ではないので……)。リリースは名門〈Thrill Jockey〉からというのも示唆的である。レーベル側からラウジーにアプローチをかけてきたようだが、レーベルの慧眼に唸るしかない。

 本作『sentiment』において、アンビエント・アーティストのクレア・ラウジーは、シンガーソングライターとして、曲を作り、詩を書き、そして歌っている。声はオートチューンで加工されているが、そのことによってかえってラウジーのパーソナルな面を感じるようにもなっている。いわば生々しさが抑制されることで、その人の本質がより表出した、というべきか。
 じっさいとてもパーソナルなアルバムだと思う。『sentiment』には「孤独、ノスタルジア、感傷、罪悪感」という感情が込められているという。心の痛みや苦しさを吐露しつつ、しかしそれらが自己へのセラピーになるように歌われている。
 しかし大切なことは、決して人生への否定性に留まってはいない点だ。そこにはこの辛い世界を、私は私として生きていくというしなやかな意志があるように感じられた点である。何より、ラウジーが作り出したメロディやサウンドからは前向きな力を感じるのだ。世界に満ちている「音」への信頼もある。音楽を愛し、音楽への探究心と、音を出すことへの喜びに満ちている。
 何より大切なことは、「歌い出すこと」への気負いがない点にある。少なくとも音に不自然さはない。これまでも盟友モア・イーズとの共作でポップなボーカルトラックを作ってきたラウジーだが、自身のソロアルバムでボーカル曲をメインに展開するのは初だった。にもかかわらず「歌うことと/歌わないこと」の境界線など最初からなかったようのように、ある必然性をもって、ごく自然に歌い始め、歌っているのである。
 もちろんこれまでどおりの環境録音や楽器の音を主体としてアンビエント曲もある。このアルバムはヴォーカル曲が半数以上を占めるが、アンビエント・トラックとの境界線は曖昧だ。アルバムを通して聴いていると全く違和感なく、曲と曲が繋がっていくのである。本作『sentiment』においてラウジーは、音楽の幅が広がったというより、より自由になったというべきかもしれない。若くしてこの境地に至ったとはクレア・ラウジーとは、いったいどういう音楽家なのだろう。

 ラウジーは、かつて打楽器奏者として活動していた(岡村詩野氏によるクレア・ラウジーのインタヴューを参考にさせて頂きました。本当に素晴らしいインタヴューです)。マスロックが好きで、そこからスロウコアを発見し、やがてシカゴのロブ・マズレク(!)と知り合いになり、そこからトータスなどへ遡って聴いていったという。90年代中盤の米国のオルタナティブなロックを時代を遡行するように「発見」していったのだ。
 もちろん〈American Dreams〉や〈Ecstatic〉、〈Shelter Press〉などからアルバムをリリースしているラウジーは、アンビエント/エクスペリメンタル関係のアーティストとの交流も盛んである。2024年もリサ・ラーケンフェルトの『Suite For the Drains』にリミックスで参加している。
 何よりラウジーは、自身の音楽を見出すためにボーカルレスのアンビエントサウンドを見出したということが興味深い。もっとも本人は自分が作り出したサウンドをアンビエントとは思っていなかったようだが、逆にいえばラウジーにおいて音/音楽に差異や優劣がなく、自由に音楽を奏で作り出してきたことの証左になっているように思う。
 その意味で、「歌う」ことになったのは、ラウジーよ音楽遍歴を考えると当然のことだったはずだ。音楽と音響と歌は、ずっとラウジーの中に「リスニング経験」としてあったのだから(かつてジム・オルークが歌い出したことを思い出すし、その意味でリスナー型音楽家であるといえる。ロブ・マズレクやトータスなどのシカゴの音楽家たちとの共通点もそこにあるのかもしれない)。
 何よりその曲の良さに驚いた。スロウコアというよりは、どこかビートルズ的なブリティッシュフォークにも近いメロディだが、そのように時代/歴史の枠組みにとらわれないのも今の時代ならではの感性なのだろう。そもそもクレア・ラウジーにとって、音も声も環境音もすべてが同列であって、そこに優劣はない。歴史ですらもフラットであり優劣がないはずだ。何より歌も声も環境音も、同列な存在として鳴り響いているのだ。
 
 アルバムには全10曲が収録されている。〈HEADZ〉からリリースされた日本盤CDにさらに追加で長尺アンビエントと歌物の曲が2曲収録された。構成としてはオートチェンジャーで変換されたラウジーの歌声とギターとエレクトロニクスによるモダン・フォークといった趣のヴォーカル曲が6曲、ポエトリー・リーディング、環境音、ギター、電子音などが折り重なるインストのアンビエント曲が4曲が収められている。
 アルバムは男性の声でラウジーの詩を朗読する“4PM”で幕を開ける。声と環境音が交錯し、さながら映画の1シーンのようなサウンドだ。朗読は〈Students Of Decay〉や〈Longform Editions〉などから作品をリリースするサウンドアーティストのTheodore Cale Schafer。先にビートルズ的と書いたが本作のコーダに鳴らされるループするストリングスはビートルズの“good night”を弦楽を思わせるものがあった。
 2曲目“Head”、3曲目“It Could Be Anything”、4曲目“Asking For It”がボーカル曲である。どの曲もソングライティングが優れている。“Head”は本作を代表するボーカル曲といえるが、その唐突な幕切れが耳を撃つ。また“It Could Be Anything”などは構成、アレンジもかなり練られた楽曲である。ラウジーが影響を受けたスロウコアというより、どこかフランク・オーシャンの『Blonde』(2016)をエクスペリメンタル・ミュージック経由でモダン・フォークとして仕上げたような印象の楽曲だ。
 5曲目はヴァイオリンとチェロの硬質な響きが折り重なるモダンクラシカルな楽曲である。楽曲は終わりに向かうに従い、弦が消え、ラウジーのギターが聴こえてくる。やがてそれすら消えて微かな環境音のみになる。見事な構成だ。
 6曲目“Lover's Spit Plays in the Background”は前曲のムードを受け継ぎつつ、ギター、弦、そしてボーカルが音空間に浮かび上がってくるアレンジが素晴らしい。ギターはラウジーが演奏しているが実に味わい深い演奏だ。まだ初めてまもないらしいがさすがというほかない。
 7曲目“Sycamore Skylight”は再びインストのアンビエント曲である。キーボードの音に、環境音が静かにレイヤーされ、鳥の声や人の声も聴こえてくる。そこに持続音が鳴り始め、音響を次第に変化させていく。再び聴こえてくるギターのアルペジオ。穏やかにして繊細なサウンドである。
 8曲目“Sycamore Skylight”で再びボーカル曲だが、前曲のムードをグラデーションのようにシームレスに受け継いでいる。9曲目“Please 5 More Minutes”は環境録音による曲。アルバム最終曲である10曲目“ILY2”でボーカル曲に戻る。ギターのアルペジオとコーラスとアンビエントなシンセサイザーによるサウンドカードの交錯が見事な曲である。この曲には インディ・フォークのハンド・ハビッツが参加している。
 オリジナルはここで終了するが、日本盤CDにはさらにボーナストラックが2曲収録されている。11曲目は長尺のアンビエント曲、12曲目はシンプルなボーカル曲。この2曲がまた上質な曲なのだ。いかにもボートラといった不自然さはなく、まるでアルバムの最後のピースのように違和感なく収まっている。オリジナル盤を聴いた方もぜひとも聴いてほしい楽曲である。
 個人的に最も気になった曲は7曲目“Sycamore Skylight”だった。インストのアンビエント曲だが、ヴァイオリンやエレクトロニクスとの折り重ねあいが絶妙であり、クレア・ラウジーが今実現したいサウンドに感じたからである。穏やかな日中に見る夢のような音とでもいうべきか。ヴァイオリンはマリ・モーリス(Mari Maurice)で、これまでもラウジーの楽曲に参加している。また、マリ・モーリスは、モア・イーズのアルバムに参加している。
 これまでの経歴やアルバムの参加メンバーを考えると、ラウジーの音楽はコミュニティと密接な関係があることが分かってくる。そこで生き、そこで音楽を演奏し、音楽を作ること。ラウジーにとって、「アルバム」は、まさにその名のとおり、人生の記録であり、人生の証のようなものかもしれない。

 何はともあれ2024年、インディ、フォーク、エクスペリメンタルなアンビエントをつなぐ重要なアルバムである。何より誰が聴いても心地よく、真摯で美しいアルバムである。多くの人に耳と感性に触れてほしい作品だ。

interview with Yui Togashi (downt) - ele-king

 ステージ上で速く複雑なピッキングでギターを弾きまくり、ときに叫びにも近い感情的な歌を聴かせるギタリスト/ヴォーカリストと、壇上から降りたあと、注意深く耳を傾けないと聞きとれないほどの小さな声で話す富樫ユイとの間には、とても不思議なギャップがある。

 2021年に結成されたdowntは、富樫と河合崇晶(ベース)、Tener Ken Robert(ドラムス)とのトリオで、富樫のソングライティングを中心に、作品をつくることに重きを置いて、東京で活動している。これまでにミニ・アルバム『downt』(2021年)、EP「SAKANA e.p.」(2022年)、シングル「III」を発表し、日本のインディ・ロックの紹介にも力を入れているUKの〈ドッグ・ナイツ・プロダクションズ〉からコンピレーション・アルバム『Anthology』(2022年)がリリースされたこともある。2022年にはFUJI ROCK FESTIVALのROOKIE A GO-GOにも出演し……と、活動歴はまだ3年だが、実績を着実に積み上げてきている。いま注目のバンド、と特に今年は何度も紹介されたことだろう。

 3人がここにきてつくりあげたファースト・アルバム『Underlight & Aftertime』が、バンドの歩みを振り返りつつ(“111511” や “mizu ni naru”、“AM4:50” と、初期の重要曲の再録が含まれている)、これまでにない新しいアプローチでバンド・アンサンブルを深化させていることは、過去の作品と聴き比べたらよくわかる。変わったこと、変わらないこと。エモやオルタナティヴ・ロックの蓄積の反響と、この国特有のロックの複雑性や質感の反映。

 ただ、そういう外在的で分析的な視点がどうでもよくなってくるほどに、このアルバムは内在的で、暗く塞がった、けれども心地よい孤独感に満たされている。それは、孤高というのとはだいぶちがう。冷めていて、刺々しさがありながらも、自問自答の精神世界に深く導かれるような、そして聴き手に直接語りかけてくるような、「氷の炎」とでも言うべき、突き放した親密さというか。どん詰まりに行きあたったものの、解決の糸口を見つけたかと思ったら、また元の場所に戻っていくような、ものさびしいストーリーテリングが、アルバムを構成している。その表現の芯に富樫の歌や詞やギターがあるのは、疑いようがない。では、そのさらに奥の背景にあるものとは?

 アルバムのリリースからしばらく経っておこなったこのインタヴューでは、過去に様々な場で語られてきたことを繋ぎあわせながら、富樫のライフ・ストーリー、downtというバンドを結成するまでのことから現在のありようまでを聞いた。音楽の話というよりも、内面を掘りさげたものになったが、それもこのバンドの音楽を知るうえでは意味のあることだと思う。

最初は「何がいいんじゃ?」って感じでまったくわからなくて、何十周も聴いたんです。期間を空けたら、なんか逆に聴きたくなってきちゃったんですよね。マイナー・スレットを、特に。

中国でのライヴが目前ですね(取材は2024年4月15日におこなった)。

富樫ユイ(以下、YT):海外に行くこと自体が初めてなのでドキドキですね。downtの企画をやると「飛行機で来ました」と伝えてくださる中国や韓国からのお客さんがいて、「はー!」ってびっくりします。bilibili(中国の動画サイト)に上げる動画も反応がよかったりします。

そういえば、3月22日のリリース・ライヴに行ったとき、中国人のファンがすぐそばで見ていました。『Underlight & Aftertime』がリリースされて1か月以上経ちましたが、反応はいかがですか?

YT:想像していた反応とはちがったかもしれないですね。制作中はオーディエンスやリスナーの反応は考えないようにしているんですけど、新しいアプローチで曲をつくったので、「私たち以外の人が聴くとどう感じるのだろう」と思ったりはしました。昔から知ってくれている人やバンドの友だちからは「ソリッドになったね」とか、そういう意見が多かったですし。実際リリースされると、嬉しい反応が多かったかもしれないです。自分が思ってたよりは……。

このアルバムからdowntを知る人のほうが多いのでは、とも思います。

YT:そうですね。初めて出した『downt』は自己紹介みたいなものだったので。今まで私たちのことを知らなかった人たちにも聴いてもらえたら、ひとつの起点やなにかのきっかけになったらうれしいです。

今回のインタヴューは富樫さんのパーソナルな話を中心に聞きたいと思います。生まれは札幌だそうですが、どんな場所でしたか? 都心部だったのか、郊外や田舎のほうだったのかなど。

YT:都心部だったと思います。夏は過ごしやすくて、冬は雪が降っても暖かったです。気温が氷点下になっても、なぜかあったかいんですよ。除雪機が雪を道路の脇にばっと積んで、その雪がかまくらみたいになって風が遮られるので。

musitのインタヴュー(https://musit.net/interview/downt-underlight-n-aftertime)では、子どもの頃は勉強が好きになれず、絵を描くのが好きだったとおっしゃっていました。富樫さんが描く、ゆるキャラっぽいグッズのイラストと関係しているのかな? と思ったのですが。

YT:グッズはメンバーの要望や意見を組み合わせて、自分なりに「こんな感じかな?」と模索しながらつくっているので、ゆるキャラっぽいのが多くなっているような……。絵を描くのは好きで、根詰めてずっと制作していて「あ~……」ってなってくると、気分転換で描いたりします。私は漫画が好きで、昔は漫画家になりたかったんです。

そうなんですか!? それは意外ですね。

YT:ちっちゃい頃の話なんですけど、『ちゃお』や『りぼん』の後ろの方に「新人漫画家募集!」というのが載っていたので、Gペンを買ってもらって自分の作品を描いて応募したりしていました。

本格的ですね。描いていたのは少女漫画ですか?

YT:そうです。でも、当時はホラーやサスペンスにハマっていて、私もそういう少しグロテスクなものを描いていたみたいで……(汗)。
 漫画を描いて、「できた!」って母親に見せたら、母の顔が真っ青になったのを覚えています。「あんた、大丈夫?」って心配されて、すごく悲しかったんですよ。そんな風に言われるなんて思っていなかったから。それで漫画を描くのをやめちゃった記憶があります。

当時憧れていた作家や好きだった作品はなんでしたか?

YT:『満月をさがして』という種村有菜さんの作品がすごく好きで、サイン会に行ってサインしてもらったこともあります。

その頃のご自身と現在の富樫さんは繋がっていると思いますか?

YT:う~ん……。ひとつのことをひとりでずっとやる、みたいなところは繋がっているかもしれないです。

家にいるのが好き、という点は今も一貫していますか?

YT:昔からですね。友だちと遊ぶのが得意じゃなかったんです。友だちはいたんですけど、ひとりで遊ぶ方が楽しくて。それはどうしてかっていうと、自由にできたから。人に合わせるのが苦手だったんでしょうね。自分でつくったルールのなかで遊ぶのが好きで。公園で好きだった遊びが、砂を研磨することだったんです。

どういうことですか(笑)?

YT:滑り台の上の方にこうやって何度も砂を投げると、砂が滑り台を転がって研磨されてめちゃくちゃ綺麗になるんです。そういう遊びをひとりでひたすらやっていました(笑)。

孤独な反復で何かを磨いていく行為は絵を描くことやギターの練習にも繋がっていそうですね。

YT:高校時代は友だちから「ユイ、このあと一緒に遊ぼうよ」って誘われても、「ごめん、家帰るわ」って断ってしまっていたことが多かったです。ひとりで音楽を聴いたり、家でギターを弾いているほうが楽しかったんですよね。そのうちに、気がついたら誘われなくなってました。

子どもの頃はピアノを習っていたんですよね?

YT:3歳から中学に上がるまでやっていました。ただ先生が厳しすぎて「行きたくない!」と親に泣きついてやめました。ピアノが楽しいというよりも、先生が怖いという印象の方が強くなってしまって。でもピアノはいまも好きで、寝る前はクラシック・ピアノを流しながら寝ることが多いです。

ところで、「春が嫌い」と以前おっしゃっていましたが、たしかにdowntの音楽に春夏感はないですよね。圧倒的に秋冬感が強い。

YT:春は嫌いなんですけど……たぶん好きなんでしょうね、きっと。嫌よ嫌よも好きのうち、みたいな。嫌いだけど春にしか感じられないことがあって、それを感じていたい。
 夏は好きです、嫌いだけど。どんな季節が好きなんだよって思われそうですけど、たぶん全部の季節が嫌いで。

あと、富樫さんがインタヴューなどでよく使う言葉に、「冷たい」というのがありますよね。「冷たいものが好き」とか。「冷たさ」は富樫さんの表現における核のひとつだと思うんです。

YT:私が言う「冷たさ」は「寒さ」とかじゃなくて、キラキラしたものにも必ずある棘や冷たい空気感みたいなもの、というか。それは人との会話に感じるときもあるし。冷たいけど嫌な感じじゃなくて、すごく悲しくて美しいもの。そういうところに身を置きたくなるというか、そういうのが心地よいですね。

「冷たいものの美しさ」というのは、downtの音楽の一側面を言い表していますね。先日、よく晴れた日曜日の昼下がりに外を歩きながら『Underlight & Aftertime』を聴いていたら、陽気や暖かい空気に全然合わなかったんです(笑)。ただ、夜の暗さやひんやりとした空気にはすごく合う。

YT:それはよく言われます。「夜っぽい」って。夜は好きですね。

夜更かしするタイプですか?

YT:しますね。私はまとまった睡眠時間はあまりとらなくて、起きたり寝たりを繰り返しているので、就寝時間も決まっていないんですね。夜になると目がすごく冴えてくるんです。幼少期は家庭が厳しかったので「早寝早起きしなさい」と言われていたんですけど、そういうのから解放されて自由になってから、こういう生活のほうが合うなって思いました。なので、子どもの頃はずっとしんどかったと思います。

ものすごい喪失感があったんです。それを埋めるために……必死で埋めたくて埋めたくて、がむしゃらに音楽をやりはじめたのかもしれません。ここにいたらダメだ、私は自分の力で自分を変えなきゃいけないって。

話は変わりますが、富樫さんが「バンド」というものを知ったのは中学時代、ELLEGARDENをすすめられたことだとおっしゃっていましたね。あと仲のよかった先輩が学園祭でバンドをやっていたとか。

YT:そうです。中学でバンドの演奏を初めて生で見て、バンドという概念を知って。スピッツの “魔法の言葉” をやっていて、「これって演奏できるんだ! バンドってすごい!」と思いました。

でも「ドラムは家で練習できない」、「ベースは力がいるから女の子には無理」と言われて、ギターを弾くことになったという。

YT:ギターは最終選択肢だったんです。初心者セットを買ってもらって弾きはじめました。

厳格なご家庭だったのにギターを買ってもらえたんですね。

YT:私も不思議でした。音楽は親が昔できなかったことだったみたいで、「私がやれないのはかわいそうだ」、「同じ気持ちにさせたくない」ってことでギターを買ってあげた、という話は親から聞いたことがあります。

ギターの練習はコピーからはじめたのでしょうか?

YT:そうです。兄がドラムをやっていたのでバンド・スコアを見せてもらって。

何のバンド・スコアでしたか?

YT:ハイスタ(Hi-STANDARD)とかマスドレ(MASS OF THE FERMENTING DREGS)とかエルレ(ELLEGARDEN)とか。すごく好きだったのは東京事変の長岡亮介さんです。でも、長岡さんのギターってめっちゃむずいじゃないですか。当然うまく弾けないんですけど、弾けないながらもひたすら練習していました。まず、コード弾きしていたところから単音弾きができるようになるには山をひとつ越えなきゃいけないので、練習しては挫折しての繰り返しでしたね。高校時代はバンドを組んでいたわけでもなく学園祭でたまにちょっと弾いてみるだけで、あとはひたすらひとりで練習して楽しんでいました。

昨年、「III」のリリース前に『ele-king vol.31』でインタヴューさせていただいたとき、先輩から「これを弾け」と言われてジェフ・ベックなどを練習した、とおっしゃっていましたよね。

YT:ジェフ・ベックじゃなくてレッド・ツェッペリンですね。高校に軽音部がなかったので、大学では絶対に音楽サークルに入りたいと思って。大学で入ったサークルに70、80年代のロックが好きな先輩が集まっていたんです。「ギターをやりたいです」って言ったら、「お前はまずこれを弾け」ってまったく聴いたことがなかったレッド・ツェッペリンとかキング・クリムゾンを耳コピさせられて。画質が酷いYouTube動画で運指を見ながら練習していたんですけど、挫折しました……。キング・クリムゾンの音楽は大好きなんですけど、自分では弾けないし別に弾きたくないなって。

当時、富樫さんが好きだったギタリストはどなたですか?

YT:大学時代は赤い公園の津野米咲さんが大好きでした。長岡亮介さんっぽさを感じたんですけど、米咲さんのインタヴューを読んだら「長岡さんが好き」と書いてあって、「やっぱり」って。それでもっと好きになりました。ふたりに共通しているのは、ギターをピアノみたいに弾くじゃないですか。そこがすごく好きで。自分がやりたいことのひとつですね。downtではあまりできていませんが、そういうギターを弾けたらいいなと思っています。

『Underlight & Aftertime』では、複雑なフレーズを速いパッセージで弾くプレイが以前よりも減っていて、コード・ストロークやシンプルなリフ、ゆっくりとしたアルペジオなどが中心ですよね。

YT:今回はバンド・サウンドを目指したんです。「自分はなんでバンドをやっているんだろう? バンドで何がしたいんだろう?」ってすごく考えて。いままでは自分が弾きたいフレーズとかを優先していたんですけど、今回はアンサンブルにより重点を置きました。ノリや曲の山場、各楽器の絡み方、曲の全体像をより高い場所から見るように考えてつくったので、余計なことはしないようにしました。

トリオならではの演奏を活かして、アンサンブルを塊にした?

YT:まさにそうです。音が重なってできる塊。ひとりで音楽をしていない意味はそこにあると思っていて。バンドでやれること、バンドをやる意味ってなんだろう? と考えて、そういう方向へシフトしていきました。

その一方で、「こういうかっこいいフレーズを弾きまくりたい!」というもうひとりの富樫さんもいたのでは?

YT:たしかに、曲のオケやデモをつくっていると、無意味なギターを弾きだす自分もたくさんいましたね。でも今回の制作では以前よりもさらに、この曲においてこのギターは、この音は本当にいるのか? ということをずっと考えていたので。ただ、これを弾きたいんだっていう気持ちというかマインド的なものは、なくしちゃいけないと思ってます。

「聴く音楽が変わった」ともおっしゃっていましたよね。

YT:聴く音楽というか、音楽の聴き方が変わったかなと思います。きっかけはD.C.ハードコアで、それは「好き」とかとはまたちがった感覚で。個人的には初めてこんな気持ちになったかな。

ベーシストの河合さんが好きなジャンルですよね。

YT:そのあたりは、河合さんがすごく好きで。制作をするにあたってまずコミュニケーションができないと、鳴らした音に対しての会話もできないと思って。最初は「何がいいんじゃ?」って感じでまったくわからなくて、何十周も聴いたんです。その後また、自分の好きな曲を聴いたりして期間を空けたら、なんか逆に聴きたくなってきちゃったんですよね。マイナー・スレットを、特に。「この気持ち、何だろう? これってバンド・サウンド? もしかしてアンサンブル?」みたいな感じで未だに解明できていないんですけど、それから音楽の聴き方が変わった感じがします。視野を広げて曲の全体像をひとまとまりとして上から見下ろせるようになったかもしれません。

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あんまり家庭環境がよくなかったんですよね。たぶんずっとさみしかったんだと思います。そこがはじまりで。その頃から他人に対する違和感とか、どこまでいってもわかりあえないとか、自分は何もできないんだって無力感が。友だちを失ったことをきっかけに、もうこれは自分を一回死なせるしかない、と思って。

話は戻りますが、札幌から京都に移られたのはいつ頃でしたか?

YT:高校卒業後です。札幌にいた頃の私は、ロボットみたいだった。京都に来てからは、肌馴染みがすごくよかったです。何もしなくてもスッと浸透してきて。とても心地よい場所です。

大学卒業後は就職して働いていらっしゃって、ご自身でバンドをやらずに友人の演奏を見たり聴いたりしていたそうですね。

YT:そうです。オリジナル曲をやるってすごい、ハードルが高いな、自分なんか……ってずーっと思っていました。恥ずかしい、自分の曲なんて他人に聴かせられないって。自信がなかったんですね。なので、オリジナルをやっている人たちが羨ましかったです。それとは裏腹に、(小声で)「私、たぶんもっといい曲が書けるんじゃかな~……」って思ったりもしていました(笑)。ただそう考えるだけで、「形にすること自体がすごいんだ」とか、自分のなかでいろんな思いが対立していて。

ただ、表現欲求のようなものが溜まっていたということですよね。

YT:たぶんそうですね。昔からそうで。中学の同級生がみんなすごく勉強していて、自分も勉強させられていたけど、一番になるのは絶対に無理だったんです。それでいつも劣等感を覚えていて、「何だったら勝てるんだろう? 勝ちたい」とずっと思っていて。負けず嫌いなのかも。なので、自分は表現……かっこよく言っちゃえば「芸術」みたいなののほうが得意かもしれない、とは思ってました。

苦しかったですか?

YT:いや、苦しさはなかったですね。もやもやはしていました。芸術をうんとやれる環境に身を置いてみたかった自分もいたけれど、どうしてもそれを口に出せなかったです。もやもやがずっとあって、あることをきっかけに「もういいや。誰に何を思われてもいい」と自分で決めたときの決意はすごかったです。

『MUSICA』2024年4月号でのインタヴューでそのあたりのことを深いところまでお話しされていましたが、人間関係のトラブルで友人を失って苦しみから抜けだせなくなった、とおっしゃっていましたね。それも同じ頃ですか?

YT:まさにそのタイミングでした。ものすごい喪失感があったんです。それを埋めるために……必死で埋めたくて埋めたくて、がむしゃらに音楽をやりはじめたのかもしれません。ここにいたらダメだ、私は自分の力で自分を変えなきゃいけないってそのときに強く思って。誰も私のことを知らない場所と状態ではじめてみようって。

自作曲のデモ作りもそのタイミングではじめたんですか?

YT:急にやりはじめました。“111511” が初めてつくった曲で、そこからすべてがはじまりました。打ち込みもやったことなかったけど、なんとなく感覚でやってみて。すごい意味のわからないフィルとか、めっちゃ入ってましたし(笑)。

『Underlight & Aftertime』はその “111511” や “mizu ni naru” のような初期の曲が中盤から後半にかけて置かれていて、構成にストーリーが感じられました。

YT:そうですね。アルバムという作品をつくるなかで、流れは大事かなと思っています。意味は後づけかもしれないけど、直感的にこの流れがいいなと。

富樫さんがメンバーを募集してバンドを組んだ際の動機に、「作品づくりをしたい」というのがあったそうですね。その起点が、downtの作品にはよく表れていると思います。インタールードを複数入れることで、構成されたひとまとまりの作品をつくろうという意志が強く感じられるんです。

YT:私――私だけじゃなくメンバーもそうかもですけど、シングルってあんまり聴かないかもしれないです。
 一曲を聴いただけじゃ感じられないもの、アルバムを通して聴いたときにだけ感じられるものが絶対にあると思うので。「SAKANA e.p.」もですけど、聴いてそういうものを感じられるところまで作品を持っていきたいと思っています。

「ライヴで大きな音を出したい」ではなく「作品をつくりたい」という気持ちが根っこにあることが、富樫さんとdowntの魅力に繋がっていると思うんです。

YT:人前に立つのが得意ではないかな……。
 バンドをはじめる前は特にそうで、いまだにライヴがそんなに好きじゃなくて慣れないんですけど。根本的につねに不安と手を繋いでいてしまっているんですよね。だからこそなのか、作品として形になったものを残してみたいという思い入れが強かったんじゃないかなと思います。ライヴはやらなくていいかなっていう気持ちもあったし。
 でも、最近はライヴをするのも楽しくなってきたかもしれない。気のせいかもしれない。

また話を戻しますが、富樫さんが決意をして京都から東京に出てきたことは、人生をリセットしたことに近いと思うんです。その決断はご自身にとってよかったと思いますか?

YT:すごくよかったと思います。私たぶん、あのときに一回死んでるんですよね。いまもう一度生き直そうとしているので、生き直せてよかったと思います。こうなるって未来はまったく予測していなかったし、「大丈夫かな? 急に死ぬかな?」って思っています。

結成からまだ3年なので、バンドの成長や拡大がハイ・ペースではありますよね。

YT:なので、つねにギリギリで生きています。踏み出してよかったです。ずっと踏み出せなかったので、怖くて怖くて。あのとき、踏み出した自分を「よくやりました」ってほめてあげたいです。まあ、あのときの自分はもう死んでるんですけど。

過去の富樫さんを葬る以前、いちばん嫌だったことって何でしたか?

YT:……幼少期まで戻ってしまうと、あんまり家庭環境がよくなかったんですよね。父と母の関係とか、母がずっと働きづめだったとか。それで、たぶんずっとさみしかったんだと思います。でもそれを母にも言えない、兄もいたけど言えなかった。恥ずかしかったんです。そこがはじまりで。その頃から他人に対する違和感とか、どこまでいってもわかりあえないとか、そういう思いがありました。自分は何もできないんだって無力感がすごくあったんです。友だちを失ったことをきっかけに、もうこれは自分を一回死なせるしかない、と思って。あんな行動力は、たぶんもう出せないと思います。っていうぐらい、そのときのエネルギーはすごかったです。「生前」はそんな感じでした。

音楽をやることでその違和感、無力感、喪失感に抗っている?

YT:きっと元に戻らないことには気づいて。それが音楽をやることによってちょっと楽になれた部分はありました。空いた穴のなかには黒くて重たい錘があって。その重さと等しいくらい外に向かおうとするエネルギーは持っているんですけど、そこからはみ出ることはなくて、円の縁をずっとぐるぐる回っているような感じ。どこに行きつくわけでもないから、抗っているのとはちがうかもしれない。エネルギーを保持してバランスを取り続けるものが音楽なのかもしれないです。

前に何かがあってそれを掴もうとしているんじゃなくて、後ろにある美しさみたいなのを引っ張り出そうとしている気がします。アルバムのタイトルもそうで、日が昇って沈んでを繰り返しているような。

「リスナーやオーディエンスの反応は気にしないで制作している」とおっしゃっていましたが、今回これまででいちばん大きな規模で作品をリリースして、ご自身の作品が他人に聴かれていることについてはどう感じていますか?

YT:「誰かのために」を目的にしているわけではないけれど、作品を聴いてもらえるのは、もちろん嬉しいです。一方で恥ずかしかったり、そこに踏みこむのがまだ怖い自分もいると思います。自分が納得できる音源をつくりたいと思っていますが、制約があったり、リミッターがかかっちゃったり、100%のものが出せているかというとちがうかもしれない。自分がそれに納得できていない部分もあるけど、誰かが聴いてくれて「よかった」って言ってくれたり、いろんな意見を聞いたりすると、「これはこれでよかったのかな」、「やってよかったのかな」と思えたりもします。自分のなかに閉じ込め続けていると息ができなくなってしまいそうになるから。少し換気できるかな。

先日のライヴで共演された穂ノ佳さんも、downtのファンなんですよね。

YT:穂ノ佳が「好きです」って話しかけてくれて、そこからの縁です。私も穂ノ佳の音源を聴いて「好き!」ってすぐに感じました。トキメキを覚えています。だから、そういうアーティストと一緒にライヴができて嬉しかったし、とてもしあわせでした。やっている音楽は全然ちがうかもしれないですけど、第六感的なものが動いていたような気はしました……。

過去の富樫さんを葬って東京でゼロからリスタートし、バンドをはじめて、その穂ノ佳さんや、くだらない1日のような仲間も増えたと思います。ご自身にとって急激な変化だったのではないでしょうか?

YT:ライヴハウスに行けば知っている人がいっぱいいるし、「これってどこまでが友だちなの?」って最初は思っちゃいました。人との関わりがものすごい勢いで増えていくことを一度に処理しきれない自分がいて――昔の性格を引きずっているんだと思うんですけど。急激な変化に追いつけなかった自分がいて、いまも追いつけているわけじゃないし、不器用な部分がいっぱいあるんです。変化が激しくなって、それに追いつこうとすればするほど、より家にひきこもりたがる自分がいて。でも最近はそんなこともなく、人ともっと話そうと思ったりしています。それこそ、昔はほぼありえなかったけど自分から誘ってみる、とか。

ただ、このアルバムを聴いていても思うのですが、孤独感や閉塞感は富樫さんやdowntの表現に通底してあると思うんですよ。それこそが作家性や個性でもあるのですが。

YT:ちっちゃいときからそうなんだと思います。怖いものを排除したがるというか、シャッターを下ろしちゃう性格なので。好奇心はあるけど傷つきたくないから触れられなくて、「傷つくぐらいだったら」とシャッターを下ろしてしまう。そういう性格を形成してきちゃったので、たぶんそれは変わらない。自分はそこで止まっちゃってるんです。ずっとさみしいですし。ずっとさみしいのに、そこに帰っていく自分がいる。

その部分が創作のモチベーションやベースになっていると思いますか?

YT:ベースにはなっていますね、確実に。埋まらないものをずっと埋めようとしているというか。モチベーションは季節を感じつづけることです。

アルバムの構成の話を先ほどしましたが、“mizu ni naru” や “111511” のような初期の曲が中盤から後半にかけて配置されている流れは、バンドのスタート地点に戻っていくように感じられるんです。新しい曲が前半にあるのですが、そこから富樫さんが生き直しをはじめた古い曲がある場所にだんだん戻っていく構成というか。

YT:たぶん、前に何かがあってそれを掴もうとしているんじゃなくて、後ろにある美しさみたいなのを引っ張り出そうとしている気がします。アルバムのタイトルもそうで、日が昇って沈んでを繰り返しているような。
 私はずっとそこにいたいんでしょうね。“13月” という曲もそうで、ずっと居心地のよい場所にいたい、それが続けばいいなって思ってる。身体で感じる時間軸のなかでは不可能なものでも、空想をできるだけ輪郭のあるものに再現することによって可能になるというか。たぶん、そういう居場所を自分でつくりあげようとしているのかもしれないです。そこからちょっとはみ出るとき、前に進もうとするときもあるけど、結局元に戻っていくんだなって。

まさにループしている作品だと思いました。前半の方が暗くて後半の方が明るく感じられるので、夜明けに向かっていくんだけど、冒頭の暗闇にまた戻っていくループ感があります。

YT:ちょっと明るくなりかけるんだけど、やっぱり暗いとこが好きなんじゃない? みたいな。元いた場所に引っ張られていく感じですね。

そういえば、「笑うのが苦手だったけど、バンドを始めてから笑うようになった」ともおっしゃっていましたよね。

YT:昔はほんとに笑えませんでした。誰かを見て、「何が面白くてこの人は笑っているんだろう?」とか考えたり――以前の自分が本当に怖いんですけど(笑)。いまはみんなに笑っていてほしいし、自分も笑いたいし、みんなが笑顔になる話を聞くのが好きです。以前と比べてすごく明るくなったと思います。「大丈夫?」って心配されるぐらい暗かったし、子どもの頃は変な漫画を描いていたし……。音楽をはじめて、ほんとに変わりました。いまは楽しいです。

ギアがローに突然変わってめちゃくちゃ暗い方にいく、そういう表現に向かう可能性もありますか?

YT:全然あります。つねにそうやってもがきながら生きているので。

闇落ちしたdowntの音楽も聴いてみたいですね(笑)。本日はありがとうございました。

 

Overmono - ele-king

 それぞれテセラ、トラスとして10年以上前から活動してきたエド&トム・ラッセル兄弟によるエレクトロニック・ダンス・ユニット、オーヴァーモノ。昨年ついにファースト・アルバム『Good Lies』を送り出し、フジへの出演も話題になった彼らだけれど、いよいよ単独公演が開催されることになった。10月16日@梅田 CLUB QUATTRO、10月18日@渋谷 Spotify O-EASTの2公演──まだ少し先の話とはいえ、秋の目玉イベントになりそうなこの公演、いまから期待を膨らませておきましょう。

Mars89 - ele-king

 東京を拠点にDJからプロテスト・レイヴまで精力的に活動をつづけるMars89が、新たにレーベルを始動する。その名も〈Nocturnal Technology〉。資料によれば、「80年代のインダストリアルやニューウェーヴの姿勢にインスパイアされ、現代のオーディエンス向けにアップデートされた」レーベルだという。レーベル名には、「DJ技術が夜間に活気づく」という意味がこめられているそうで、なるほど、暗闇のなかでも音波でモノを捉えるコウモリがロゴなのはコンセプトにぴったりだ。
 気になる最初のリリースは、Mars89自身と、ダブやサウンドシステム文化から影響を受けたカナダはブリティッシュコロンビア拠点のアート集団──この3月には〈Riddim Chango〉からもリリースしている──シーカーズインターナショナルによるコラボレイション作品。アシッド・ハウスやブリープ・テクノ、初期のレイヴ・ミュージックに触発されつつ、インダストリアルなものもとりいれた内容に仕上がっているようだ。フォーマットはカセットテープとデジタルの2種。ちなみにカセットテープには再生プラスティックを使用しており(レーベルTシャツもオーガニックコットン100%+ハンドプリント仕様)、彼のこだわりがうかがえる。
 Mars89の新たな試みから目が離せない。

artist: Mars89, SeekersInternational
title: DANGEROUS COMBINATION
label: Nocturnal Technology
release: April 18, 2024
format: Cassette, Digital

tracklist:
01. Dangerous Combination
02. Baddest Clash
03. Can't Ovaa
04. Big Up Worldwide
05. New King In The Street
06. Body Break
07. Selektaaa
08. Come Round Ya
09. Helicopter
10. [Jack] Till Morning
11. Untitled ICE

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