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John Cale

ExperimentalRock

John Cale

Mercy

Domino/ビート

野田努 Jan 31,2023 UP

 音楽を愛したことでも知られる19世紀のドイツの哲学者アルトゥール・ショーペンハウアーは、譜面のなかにダ・カーポ記号がある意味について独自の解釈をしている。すなわち、もういちど最初から繰り返すということは、音楽に込められたものは一回聴いただけでは理解できないほど深いからだと。これが言葉表現の場合、ダ・カーポされたらゲンナリすること請け合いだ(たとえばここにD.C.があったら、読者はこの文章を見捨てるに違いない)。音楽は繰り返し聴かれることを歓迎するし、なんどもダ・カーポして聴かなければわからない音楽もある。そう、ジョン・ケイルの新作『マーシー』のように。

 今年81歳になるロック界のレジェンドの説明をここでする必要はなかろう。ジョン・ケイルは故郷ウェールズを離れロンドン大学に進学し、そしてアメリカに渡ると60年代のクラシック音楽界における若い世代による革命──実験音楽ないしはミニマル・ミュージックないしはドローン──と出会う。それらをケイルがロックに持ち込んだことでロックはサウンド面において飛躍を成し遂げ可能性をモノにした。彼はヴェルヴェッツの音楽監督であったばかりか、プロデューサーとしてもソロ・アーティストとしても、すでにいくつもの名作を(わりといい歳になってからも)残している。巨匠もいいところというか、ロック界の生きるオルタナ史みたいな人である。

 何年か前、あれはちょうどブレイディみかこ氏の授賞式があった晩のこと、青山のブルーノートでジョン・ケイルのライヴを見た。ギターを弾いて歌うステージのジョン・ケイルは若々しく、シンプルに再現された彼の名曲の数々にオーディエンスは酔った。ケイルのソロ作を聴き入った過去をお持ちの方ならわかるように、彼にはまず、それが彼だとすぐにわかるあの渋い声がある。その魅力的な声が、この新作『マーシー』ではエフェクトがかけられ茫漠とし、靄にかかっているごとしなのだ。ひと昔前のチルウェイヴやドリーム・ポップのように。
 今作『マーシー』におけるトピックとしてまずあるのは、若手(あくまでケイルから見た場合の若手だが)インディ系アーティストたちとエレクトロニック・ミュージック界のレフトフィールドにいるふたりとのコラボである。80歳になっても好奇心や冒険心を失わず、面白いことをやっている若い世代(あくまでケイルから見た場合だが)に自らアプローチする。プライドだってあるし、だれにもできることではない。今作のゲスト陣のなかにローレル・ヘイローアクトレスの名を見たとき、さすがジョン・ケイルは何がいいのかわかってらっしゃると感服したものだった。彼らとの共作はアルバムの最初の2曲に配置されている。当たり前だが、期待は否応なしに高まる。
 しかしながら、アルバムのオープナーであるヘイローとの表題曲“Mercy”は、苦しみに身悶えする、装飾過剰でもったいぶった葬送曲にしか思えなかった。巨匠を前に恐縮してしまったのか、そもそもヘイローはこの曲のどこにいるのだろうかと、これがぼくの第一印象だ。続くアクトレスが参加した“Marilyn Monroe's Legs(マリリン・モンローの足)”にしてもそうだ。不明瞭なケイルのかったるい歌が全体を包みこんでしまい、ビートはあるが、変則エレクトロニクスの旗手は曲の影のなかに潜んでしまっている。曲の輪郭がはっきりしはじめるのは3曲目の“Noise of You”からで、それでも後半のコッテリした弦楽合奏がぼくにはきつい。よく言えば重厚で、悪く言えば音の隙間、静寂や間というものがないのだ。ジャズ・ピアノにはじまる“Story of Blood”では、SSWのワイズ・ブラッドをフィーチャーしながら多少の抑揚感をこのアルバムで初めてみせている。この曲にはケイルらしい、魅力的な良いメロディがあるにはあるのだが、声は依然としておぼろげなまま……。

 かつてのコラボレーター、イーノの評伝によると、ケイルは(共作した当時は完璧なノンポリの政治嫌いだったイーノと違って)すべての新聞に目を通すほどの人だったそうだ。『ガーディアン』に掲載された今作に関してのインタヴューによれば、ケイルはいま「人類はレンガの壁にぶつかった」という認識を持っている。ぼくは『マーシー』の、ぼくには忍耐(と繰り返し)を要したアルバムの冒頭を聴きながら、彼がかつて手がけた傑作のひとつ、ニコの『ザ・マーブル・インデックス』を思い出すにいたった。いや、これはじつは、昨年うちから日本版を刊行したマーク・フィッシャーの『奇妙なものとぞっとするもの』のなかに出てくる作品だったので、ぼくは数十年ぶりに聴いたばかりだったのだ。ニコの件のアルバムは、ケイルの編曲によって彼女の荒廃した内面を残酷なまでに描いた傑作だが、あのときのケイルと今作はどこか繋がっている。言うなれば果てしなく暗い夜が続くという、それは暗澹たる今日の世界(そしてヨーロッパの衰退)のメタファーであり、また、ひょっとしたら彼の内面の荒れ地にも関わっているかもしれない。過ぎ去った日々への言及のほとんどは、このアルバムにおいては苦々しいものとして繰り返されている。

 アルバムは中盤からケイル節とも言える、多少のメリハリをもたせているが、陰鬱さが消えることはない。ケイルが描こうとする鬱々とした世界のあたかも一部となっているかのようなゲスト陣のなかで、アニマル・コレクティヴが異質な存在としてアルバムに面白い効果を与えているのは予想外だった。21世紀サイケデリックの使徒たるアニマル・コレクティヴがここにいるのは、ヴェルヴェッツとビーチ・ボーイズが同じステージにいるようなもので……というのは言い過ぎだが、とにかく意表を突いている。
 アニマル・コレクティヴによってスイッチが入ったのか、アルバム後半は前半にくらべるとずいぶん入りやすい。あれだけヒップホップ(とくにドクター・ドレ)を評価してきたのに関わらず、そのスジのゲストがいないのは残念な話ではあるのだが、ある意味もっとも意外なゲスト、ハウス・プロデューサーのセヴン・デイヴィス・ジュニアが参加した2曲“Night Crawling” と“Not The End Of The World” では、いまどきの音楽に相応しく音数は削ぎ落とされ、ファンクのリズムが刻まれている。しかも後者の曲でサウンド・エフェクトを担当しているのは、LAビート・シーンから登場したトキモンスタだったりする。

  “mercy” とは神からの慈悲を意味する宗教的な言葉だが、宗教は関係ないと『ガーディアン』の取材でジョン・ケイルは言う。そうはいえこの御仁は “Story of Blood” のMVで神父めいた衣装で登場しているから、じつに紛らわしい。そのタイトル曲の通りに、祈りはこのアルバムのエッセンスのひとつだ。「慈悲を、慈悲を、慈悲を私に」とケイルは何度も歌っている。「寒い、寒い、寒い、命あってのもの、いや、命なんてどうでもいい」
 音楽にダ・カーポは必要である。坂本龍一の『12』だって、半年ぐらい聴いたうえで書くべきなのだろう。だからケイルの『マーシー』も、なんども聴いているうちに、装飾的で、朧朧たるアルバム冒頭の全体像も少しは見えてきた。思うに、とにかくこの老音楽家は、現世を、ヨーロッパの没落を、とことん憂いているのだ。重厚な演奏の楽曲の魅力もその抑えがたい切なさにあるのだろうし、ヘイローやアクトレス、あるいはセヴン・デイヴィス・ジュニアらが果たした役割も、その重さにケイルとは別種のセンスによって変化を与え、多少は和らげることにあるのかもしれない。ことに涙とは無縁のアクトレスのエレクトロニクスは、彼の個性を活かしきれているとは言いがたいが、多少は効果的だった。
 とはいえ、降りしきる雨の暗い空の下がこれほど似合う音楽もない。だが、ケイルの情熱が向かう先がそのさらに向こう側にあることは、たしかなのだ。

野田努