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ブレイディみかこ Dec 21,2012 UP
クリスマス・シーズンに英国で流れる曲は、毎年決まっている。
ザ・ポーグス&カースティ・マッコールの"Fairytale of New York"、スレイドの"Merry Christmas Everybody"、ボブ・ゲルドフ&仲間たちの"Do They Know It's Christmas"などである。が、数年前から上記曲群の仲間入りをしているのが"Hallelujah"だ。といっても、街中でかかっているのはレナード・コーエンのオリジナルではなく、数年前にオーディション番組で優勝してクリスマス・チャート1位になった女性歌手のカヴァー・ヴァージョンや、『シュレック』で使われたジョン・ケイルのヴァージョンもある。ジェフ・バックリーのカヴァーもかかるし、ルーファス・ウェインライトのヴァージョンも耳にする。
「秘密のコードがあると聞いた。ダビデが弾いて、神がそれに喜んだという」
という歌詞で始まるこの歌は、アーティストならつい歌いたくなるアンセムだろう。
既成の曲を切り貼りしてコラージュすることが創造作業になる時代の遥か前、詩人や音楽家はこうしたアンセムを創出したのである。
この曲を書いたレナード・コーエンの新譜が今年の初めにリリースされた。御年77歳。あと3年で80代だ。
ロックを聴いているのは中高年。という現象は万国共通で、『UNCUT』や『Q』は、本国では「おっさん雑誌」としてカテゴライズされている。しかし、70代というのは、もはや「おっさん」ですらない。ミック・ジャガーとキース・リチャーズも来年は70歳になる。ポール・マッカートニーやルー・リードも70歳だし、ボブ・ディランも71歳だ。もはや、時代は「おっさんロック」から「爺さんロック」へとシフトしている。
ロックと老い。それは一見すると相容れないもののようであるが、レナード・コーエンの新譜を聴いたときに、実はかなり相容れるものではないかと思った。もともと、わたしは「怒れる爺さん」というのが結構好きなのだが、他者に向けてのアンガーは結局すべて自分に跳ね返ってくるということを知り尽くし、本当はそれに対して一番怒っている老年の怒りは、どこか孤高だ。深遠に、そして静かに怒れる爺さんの、死への恐れや希望や後悔や欲望が渦巻く『Old Ideas』を聴いていると、ロックと相容れないのは、老いではなく、アンチ・エイジングという名のリアリティーの否定なのだとつくづく思う。
個人的には一番好きな"Hallelujah"のカヴァーを歌ったジョン・ケイルも70歳だ。
ケイルは、新譜について「宝石のコレクション」と『ガーディアン』紙のインタヴューで語っている。「宝石を見るとき、この心惹かれるものは、いったい何なんだろうと人は理解しようとする。新譜のすべての曲に何か魅惑的なものがある。僕にとっては、それはリズムだし、他の人びとにとってはテクスチャーかもしれない」と言うが、現在の彼の音楽が、例えばAlt-Jのような多様なテクスチャーを見せてくれることはない。「古臭い。80年代から90年代前半みたいな曲ばかりで『いま』を感じない」と書いた評論家もいる。
ケイルの新譜を買う気になったのは、BBC2の「Later...With Jools Holland」のせいだった。この番組では、Joolsを円の中心として、ブレイク寸前バンドからレジェンドまで、の広範なアーティスト&バンドが円の弧を描くように配置されており、出演者たちは常に所定の位置に立っている。よって、他人が演奏している時のアーティストたちの様子がカメラの隅に映ることがあり、これが演奏そのものよりも面白かったりする(最近では、ビーチ・ボーイズで陽気に腰を振っているジョン・ライドンが良かった)。
ケイルが出演した回には、ジェシー・ウェアとザ・ヴァクシーンズが出ていたのだが、ケイルはこの両者の曲でさかんに頭を振っていた。その振り方というか上半身の動きが激烈にクールだったので、わたしはついアルバムまで買ってしまったのだ。ケイルは、参考のため研究しているとかではなく、本当に若い人びとの音楽が好きなんだろうと思う。
「いま」という観点でいえば、80年代から90年代前半というのはトレンドである。
ケイルの新譜も、5曲目まではまさにあの時代を髣髴とさせる。さすがにこなれているので、オーセンティックになり過ぎるのだが、新し物好きの彼は、もしかすると若い人々に触発されて、リヴァイヴァルをやってみたのだろうか。
となると、「彼はもはやカッティング・エッジではない」とか言っているメディアのほうが、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドや前衛音楽のケイルを忘れることができない老人なのである。
ジョン・ケイルはそんなことには目もくれず、ウェールズの谷間を吹く風のように飄々と、「いま」を楽しんでいる。
ブレイディみかこ