「TT」と一致するもの

Bruno Major - ele-king

 コロナ禍によってミュージシャンの活動もいろいろ制限を受け、それによって音楽制作や表現方法も変わらざるをえない部分がある。ロックダウン下にあるときはスタジオに行くこともできないし、人と会うこともままならないので、自宅にスタジオがある人はひたすらそこに籠ってひとりで曲を作る。ブルーノ・メジャーのセカンド・アルバム『トゥ・レット・ア・グッド・シング・ダイ(素敵なことを終わらせるために)』の1曲目の “オールド・ソウル” は、恋人と別れた直後に自己憐憫の情から3週間も家にこもり、一日3食すべてウーバーイーツで済ませるときのための曲ということだが、図らずもコロナの状況下にとてもマッチする内省的な曲である。この曲に限らず『トゥ・レット・ア・グッド・シング・ダイ』に収められた曲はどれも内向きで、またギターやピアノの弾き語りなどシンプルな演奏に乗せて切々と飾り気のない心情を吐露していくものが多い。もちろんラヴ・ソングとかもあるけれど、もっとシリアスに自分の内面に向き合い、己の存在について問いかけているのが『トゥ・レット・ア・グッド・シング・ダイ』である。こうしたアプローチもコロナの状況下ならではかもしれない。

 ジェイムズ・ブレイク、サム・スミス、サンファトム・ミッシュなど、ここ10年ほどを振り返ってもイギリスは優れた男性シンガー・ソングライターを生み出してきた。そしていま、その新たな1ページに付け加えられようとしているのがブルーノ・メジャーである。かつて〈ヴァージン〉とレコード契約を結ぶもののうまくいかず、不遇を囲うなかでシェイクスピアの劇中音楽を作るなど、とにかく曲を書きまくった。2016年からの2年間で400ほどの曲を書いたそうだが、そうやって2018年にファースト・アルバムの『ア・ソング・フォー・エヴリー・ムーン』を発表する。部分的にはトム・ミッシュ、ジェイムズ・ブレイク、サム・スミスなどに通じるところも感じさせるというのが世間一般の評価だが、もっとも近いと感じさせるのは伝説的なシンガー・ソングライターの故ニック・ドレイクだろうか。『ア・ソング・フォー・エヴリー・ムーン』から2年ぶりの『トゥ・レット・ア・グッド・シング・ダイ』でも、ギターの弾き語りに薄っすらとストリングスを絡めた “フィグメント・オブ・マインド” などにニック・ドレイクの影を見ることができる。実際のところニック・ドレイクの『ピンク・ムーン』を聴いてブルーノはソングライターになろうと思ったそうだ。

 『トゥ・レット・ア・グッド・シング・ダイ』の制作はロサンゼルスに赴き、ビリー・アイリッシュの兄でもあるプロデューサーのフィネアス・オコネルとの共同作業で行なわれた。フィネアスが主にリズム・トラックを手掛け、“ザ・モスト・ビューティフル・シング” のようなカントリー調の曲を生み出している。アコースティック・サウンドと歌とリズムのバランスという点では、“タペストリー” に顕著なようにジェイムズ・ブレイクのプロダクションに影響を受けた曲作りも見られる。でもそれだけでなく、シンガーとしてはチェット・ベイカーやエラ・フィッツジェラルドから、ギターはジョー・パスからとジャズ・ミュージシャンからも影響を受けている。アマチュア時代はジェローム・カーンやコール・ポーターら往年のジャズの作曲家をいろいろ研究し、それを現代風に再構築して SoundCloud にアップするということもやっていた。今回のアルバムでは “リージェント・パーク” がまさにそうした作りの曲で、歌い方もチェット・ベイカー風である。プーマ・ブルーやジェイミー・アイザックなど、いまのサウス・ロンドンのアーティストはチェット・ベイカーの影響を受けている人が多いのだが、“オールド・ファッションド” のレトロで枯れた味わいもまさにそんな感じである。

 ブルーノはほかにもランディ・ニューマン、ビリー・ジョエル、ポール・サイモンからの影響を口にしていて、今回はランディ・ニューマンの “シー・チューズ・ミー” をカヴァーしている。2017年発表のアルバム『ダーク・マター』に収録された曲のカヴァーで、本家ランディのスタンダードなアレンジをモダンに換骨奪胎したユニークなものだ。レトロさと現代性をうまく融合させて新しいものを作るという点では、FKJ あたりとも比較されるべき才能を持っている。『トゥ・レット・ア・グッド・シング・ダイ』に関するインタヴューでブルーノは、「マーティン・スコセッシ監督の映画『ディパーテッド』の冒頭で、ジャック・ニコルソンの “I don't want to be a product of my environment. I want my environment to be a product of me” (俺は環境に左右されたくない。環境を俺の手で生み出したいんだ)という台詞がある。まさに真理とも言える言葉で、ひとつの音楽だけでなく、自分が影響を受けてきたすべてのものをインスピレーションにしながら、自分自身の環境、音楽を作り出すことが大事だと思うんだ」と述べている。ジャズ・スタンダードや古典的なポピュラー・ソングなどベーシックな作曲方法を土台とした上で、いろいろな影響を糧に自身の歌や声を編み出していく、そんな彼らしい発言だ。レトロななかにもモダンな佇まいを感じさせる、そんなタイムレスさがブルーノ・メジャーの音楽にはある。

Bibio - ele-king

 歳のせいか、音楽を聴いて涙を流すなんてことはめっきり減ってしまったけれど、いまでも年に一度くらいはそういう瞬間が訪れる。2019年でいえばそれは、ビビオの “Lovers Carving” を聴いたときだった。
 同曲を収める「WXAXRXP Session」は〈Warp〉の設立30周年を祝うべく録音された企画盤で、いわゆるアコースティックな形式でヴォーカルを際立たせつつ(おもに)10年前の『Ambivalence Avenue』収録曲を再演するという内容だったわけだけど、なかでも “Lovers Carving” に惹きつけられてしまったのは、たぶん、大胆にアイリッシュ・トラッドへと舵を切ることで新境地を開拓し(ながら、従来の彼のフォーキーな側面が好きなファンにもアピールし)た、その時点でのビビオの最新型である『Ribbons』のスタイルが接ぎ木されていたからだと思う。
 もちろん、感傷や懐古がなかったといえば嘘になる。でもそれだけじゃない。生まれ変わった “Lovers Carving” は、ある楽曲がまったく異なる姿へと変身しうることの素朴な驚きを呈示してもいたし、また、ノスタルジーをこそ主武装とするアーティストが自己言及を試みることの意味について考える、そのきっかけを与えてくれてもいた。いまビビオは、そして、自己言及に自己言及を重ねがけしている。新作『Sleep On The Wing』収録の “Oakmoss” において彼は、2019年版 “Lovers Carving” で接ぎ木したパートの旋律を移調し、再利用しているのである。

 計30分未満とトータル・ランニング・タイムが短いためだろう、EP扱いしているサイトもちょいちょい見かけるが、レーベルの品番的にはアルバムであるところのこの『Sleep On The Wing』は、『Ribbons』とおなじ遺伝子を有する作品である。たとえば『Ribbons』を特徴づける要素のひとつであったバッハ~バロックからの影響は、本作においても “A Couple Swim” や “Awpockes” といった楽曲から聴きとることができる(前者はもともと、ジブリも一枚噛んだ2016年のアニメ映画『レッドタートル ある島の物語』のために提供された曲)。あるいは、おなじく前作を際立たせる要素のひとつであったヴァイオリンも、くだんの “Oakmoss” や表題曲 “Sleep On The Wing” で大いに活躍の場を与えられているわけだが、こと弦にかんして注目すべきは “The Milkyway Over Ratlinghope” と “Watching Thus, The Heron Is All Pool” の2曲だろう。まるでチェロのような響きを聞かせるその低音は、18世紀のヴァイオリンをもとにビビオ当人が独自の改造を施したヴィオラによって奏でられており、その創意工夫が清冽なメロディと合流することですばらしい情感を生み出している。

 他方、軽快なハンドクラップがダンスへの欲動をかきたてるジグ “Miss Blennerhassett” からはビビオの民俗的なものにたいする関心がうかがえるし(曲名は映画『ウィズネイルと僕』の登場人物に由来)、冒頭から唐突にキャッチーなベースラインをぶちこんでくる異色の “Crocus” は、絶妙な音響上の「揺れ」を強調することで彼の飽くなき実験精神を伝えてくれてもいる。そういった「現在」のビビオの冒険心を体現するアプローチとともに、フィールド・レコーディングを駆使した “Lightspout Hollow” や “Otter Shadows” によくあらわれているような、初期ビビオを想起させる独特のテープの触感も本作の聴きどころだろう。

 彼があえて古い機材を利用したり音質を劣化させたりするのは、ある特定の過去の時代──それは往々にして「あのころは良かった」という根拠なき感慨を人びとに与える──を思い出させるためではないと、ビビオ本人は最新インタヴューで力説している。彼が音を歪ませ、濁らせ、粗く処理するのはずばり、クリーンさを除去するためなのだ。おなじくボーズ・オブ・カナダのフォロワーであるタイコとは正反対のアプローチと言えるが、それはたとえば再開発に代表されるような、過剰なまでの潔癖主義にたいするささやかな反抗であると、そう考えることも可能だろう。
 おなじインタヴューのなかで彼は、興味深い事例を語ってくれている。〈Warp〉と契約する以前、大学で音楽のテクノロジーについて教えていた彼は、単純なギターのループを録音したデモを用意し、それをカセットに入れてふたたび録音、さらにそれをカセットに入れて録音するというプロセスを何度も繰り返した。その各段階の音を学生たちに聞かせたところ、ほとんど全員がもっとも損傷の激しい録音を好んだという。
 この実験は、何度も何度も傷つき、ぼろぼろになっていくことのポジティヴな可能性を示唆している。いうなれば劣化することの肯定であり、汚れていくことの称揚である。ここに “Lovers Carving” から “Oakmoss” へと至る、自己言及の重ねがけが結びつく。どんなかたちだっていい、過去に耽溺するのではなく変わっていくこと、変化することそれじたいをビビオのノスタルジーは肯定しているのだ。そのあまりに力強い肯定の連鎖に、わたしたちは涙を流してしまうのだろう。

Matmos - ele-king

 相変わらず感覚が尖っているというか……。ドリュー・ダニエルのほうはこの春クラストコアのカヴァー集を公開したばかりであるが、ふたり揃ったマトモスとしての新作『The Consuming Flame: Open Exercises In Group Form』が本日8月21日、〈Thrill Jockey〉よりリリースされている。なんとCD3枚組で、そしてなんと99人ものゲストが参加しているからおそろしい。
 マシュー・ハーバートダニエル・ロパティンマウス・オン・マーズ、ラビット、ジャイアント・スワン、ヨ・ラ・テンゴといった強力な面々が集結しているが、なかでも注目すべきは、2020年の音楽の台風の目とも呼ぶべきディフォレスト・ブラウン・ジュニア(スピーカー・ミュージック)の参加だろう。やはりマトモスのふたりはしっかりとした審美眼を持っているようだ。
 なお、かれらゲストたちには「なにをやってもいいが、BPMは99であること」という条件が課せられている。各々がどのように応答しているのか、注目である。

公式サイト
https://thrilljockey.com/products/the-consuming-flame-open-exercises-in-group-form
バンドキャンプ
https://matmos.bandcamp.com/album/the-consuming-flame-open-exercises-in-group-form

Félicia, Akira, Takuma - ele-king

 なんでもイギリスではコロナ禍ではクラシック音楽が売れているそうで、ま、家にいる時間の多いいま楽しめるのは「家聴き」ということなのでしょうか。
 渡邊琢磨の新プロジェクトによる作品が素晴らしい。これは、彼が音楽を手掛けた映画『まだここにいる』(染谷将太監督、脚本・菊地凛子)のサウンドトラックを素材に再構築(recomposed)した曲からなる新作で、アキラ・ラブレーとアンビエント・ミュージシャンのフェリシア・アトキンソンとの共作でもある。
 ロバート・アシュレー風の声とピアノを美しいアンビエントに変換する“The Rain”やイーノ風アンビエントの最良なところを拡張した“その時間にかけ橋が生まれる”、ミニマル/ドローンの美的世界“Particle”、情感たっぷりの“まだここにいる”の4曲。アンビエント好きにはhighly recommendです。

渡邊琢磨 / Akira Rabelais / Félicia Atkinson
『まだここにいる』original soundtrack recomposed
Inpartmaint Inc.
※デジタル配信でのリリース

【渡邊琢磨】
宮城県仙台市出身。高校卒業後、米バークリー音楽大学へ留学。大学中退後ニューヨー クに渡り、キップ・ハンラハンと共同作業でレコーディングを行う。同作には映像作 家ジョナス・メカスらが参加。04 年、内田也哉子、鈴木正人らとバンド [sigh boat] を結成。07 年、デヴィッド・シルヴィアンのワールドツアー 18 カ国 30 公演 に バ ン ド メ ン バ ー と し て 参 加。楽 曲「The World Is Everything( ア ル バ ム 『Sleepwalkers』収録曲 ) を共作。14 年、自身が主宰する弦楽アンサンブルを結成。 自身の活動と並行して映画音楽も手がける。近年では、冨永昌敬監督『ローリング』 (15)、吉田大八監督『美しい星』(17)、染谷将太監督『ブランク』(18)、ヤングポー ル監督『ゴーストマスター』(19)、ほか。

【Akira Rabelais】(アキラ・ラブレー)
米テキサス南部生まれ、ロサンゼルス在住の作曲家 / ソフトウェア設計者 / 作家。 ビル・ディクソンに作曲、電子音楽および編曲を学び、カリフォルニア芸術大学では 電子音楽のリーダーであるモートン・スボトニックおよびトム・エルベに師事。音や 映像を歪めたりノイズを加えることができる自作のソフトウェア『Argeïphontes Lyre』を制作。アキラ・ラブレーはソフトウェアを書くことを詩を書くことになぞっ ており、例えば数あるフィルターを「形骸化蘇生法」「ダイナミック FM 音源」「時間 領域変異」「ロブスター・カドリール」など独特な言葉で綴っている。彼の作り出し たものは、数学の持つ完璧な美しさと言葉の情緒を以て、私たちを別次元へと誘う。

【Félicia Atkinson】(フェリシア・アトキンソン)
1981 年フランス生まれ。レンヌ在住。2008 年、エコール・デ・ボザールで MFA (Master of Fine Arts With honors) を取得し、パフォーミング・アートの可能性を 探求するボリス・シャルマッツと共に人類学およびコンテンポラリーダンスを研究。 彼女の作品はインスタレーション、彫刻、詩、絵画、ドローイング、パフォーマンス、 音楽など多岐に渡り、数多くレコード・リリースやライブ上演、世界各地の実験音楽 シーンやアートフェアへの参加など、国際的な活動を行っている。フランスを拠点と するインディペンデント出版レーベル・Shelter Press にて、バルトロメ・サンソン と共に共同発行人を務める。

Marie Davidson - ele-king

 君はマリー・デヴィッドソンを憶えているかい? そう、2018年に『Working Class Woman』(w.ele-king.net/review/album/006626/)なるシニカルでユーモラスで挑発的なダンス・アルバムによって世界を笑って踊らせたカナダのプロデューサーのことです。
 彼女がPierre Guerinea(DFAからの作品で知られる)とAsaël Robitaille(Orange Milkからの作品で知られる)の2人と組んだ新プロジェクト、Marie Davidson & L’Œil Nuのアルバムが出ます。
 まずはリリック・ヴィデオ。

 「このレコードはカネを生まない/負け組の見解を調査中/用語なんか気にしない/これは反逆の故障/あなたのアドヴァイスなんか要らない/あなたの政治的アジェンダになんか興味ない/あなたの意図は株式市場のように変動/あなたのスタイル、計算されすぎ」……
 前作はクラブ・ミュージックであることが通底していたけれど、今回のアルバムはハウスやシンセポップはもちろんだが、ギター・ポップからフレンチ・ポップ、はたまたバロック音楽までとヴァラエティーに富み、ポップ作品としての完成度がそうとうに高い。やっぱこの人、才能あるなー。


※Marie Davidson & L’Œil Nuの『Renegade Breakdown』は〈Ninja Tune/ビート〉より9月25日発売

Sufjan Stevens - ele-king

 コロナ禍で経済が落ち込んでいるなか、巷の噂ではゲーム業界は調子良さそうじゃないですか。昔エレキング編集部にいた橋元優歩もゲーム業界だし……。
 そんな折りにスフィアン・スティーヴンスの新曲はずばり“Video Game”。軽めの80年代風エレポップで、MVには10代のTikTokダンサーが大フィーチャーされております。うーん、これは面白い!

 「I don't wanna play your vdeo game....」。ラナ・デル・レイにも同名曲があって、彼氏の家に行ったけど彼氏はゲームに夢中で「一緒にやらない?」みたいな、これって昔からある風景なんですが、スフィアンの曲における“TVゲーム”は、なんつうか、ニューエイジへのアイロニーというか、メタファーですね。「あなたの神になんてなりたくない/自分自身の信者になりたい/宇宙の中心になんかなりたくない/自分の救世主になりたい/あなたのTVゲームなんかやりたくない」

※スフィアン・スティーヴンスのニュー・アルバム『The Ascension(昇天)』は9月25日リリース。

第4回 映画音楽と「ヤバい奴」 - ele-king

 最近家の近所で大量のミミズが死んでいる。
 夜になると近くの公園から大量のミミズが這い出て、蠕動する体をアスファルトに擦り付けながら幅およそ4メートルの道路を横断しようとする。どうやらその先に新しい土地があると信じているらしいが、そこに辿り着く者がいるようには思えない。毎朝律儀にのぼる太陽は彼らのことなど気にかけない。夏の日差しに焼かれ、干からび、蟻に食われることさえなく、風にその形を削り取られてゆくままになっている。この毎夜行なわれるミミズたちの狂気的な行進が報われる日は来るのだろうか。毎日のようにSNSのフィードに最悪のニュースが流れてくるのを目にしていると、人類もまたこの行進の最中なのだろうかと思わずにはいられない。しかし、より良い方向へ世界を変えようとする意志やエネルギーが存在していることも確かだ。そしてその希望と絶望的現実の狭間で「変われ!!!」と叫ぶ映画が公開された。豊田利晃監督の『破壊の日』だ。

 この二ヶ月の間のことを思い返す。もしかしたらもっと長かったかもしれない。体感は一週間ぐらい。豊田監督から映画の劇伴を依頼されてから公開までの期間は、だいたいそれぐらいだったように思う。これが僕にとって初めての映画音楽の制作だった。
 緊急事態宣言解除直前のある日、幡ヶ谷の小さな喫茶店で僕は豊田監督から映画の話を聞き、資料のデータが入ったUSBと共に劇伴音楽の制作を依頼された。「プリントアウトしようとしたけどコンビニのコピー機がUSBを読み込まなくて」と言って、監督はザックリとしたあらすじを話してくれた。その時はそれだけだったが、その中に面白さの気配が満ちていた。USBスティックをポケットに入れながら「やります。一応データ確認してからまた返事しますけど、でも、やります。とりあえずデータ確認しますが」という中途半端な返事を二、三度して、その幡ヶ谷の小さな喫茶店を後にした。家に帰る道中、頭の中では既に作曲が始まっていた。帰宅してすぐに MacBook Pro にUSBを挿し、データを確認しながら豊田監督に「やります」のメッセージを送った。そして、MacBook Pro に頭を突っ込み、数日で曲のラフが出来上がる。この時点では映画の冒頭約10分の劇伴を作る予定だったのだが、このあと監督の無茶ぶりによって大幅に増えることになる。
 というわけで「ここと、ここと、ここと、ここも作ってくれない?」と言われ大幅に増えたのだが、その増えた箇所のほとんどが「ヤバい奴」が出てくるシーンだった。以前にどこかでも書いたことがある気がするが、僕は曲を作るときにマインドセットをしっかりとやるタイプで、特定の世界を自分の中に作り込んでから作曲を始める。そういえば渋川清彦さんは、出演するにあたって監督から「狼入れてこい」と言われたそうだ。シーザーを理解するためになんとやらというのは、こういう場合にはうまく機能しないようで、僕はその「ヤバい奴」を何種類か入れる必要があった。この制作のスタイルについて、憑依型のシャーマンのようだと思うことがしばしばある。(脱魂型の人もいるのだろうか)シャーマンが自身に神や霊を憑依させた後に、それを祓ったり抜いたりする儀式が必要なように、僕も毎日就寝前に入れた「ヤバい奴」を抜く儀式が必要だった。うまくいかないとよく眠れなかったり悪夢を見たりする。悪夢は好きなので大歓迎だが、眠れないのは心身によくない。いずれこれを利用していい感じの悪夢を積極的に見る方法を編み出そうと思う。
 制作に集中したいタイミングで、ありがたいことに本格的な梅雨が訪れて外界への誘惑を片っ端から断ち切っていってくれた。作業は順調に進んで音楽は仕上がった。そして無事、映画は公開された。ここに至るまでのストーリーが少し雑だが、ネタバレしたくないし、自身の作品を詳しく説明するということほど野暮なこともそうないので、このあたり勘弁してもらいたい。とにかく劇場で観て、何かを感じて欲しい。あ、そうそう、音の最終調整を音響デザインの北田さんと東宝のスタジオで行なったのだが、その時、自分の感覚では程よく心地良い感じで音圧や低音の量を調整したので、まさか公開後に爆音や轟音と言った感想がたくさん出てくるとは思わなかった。物足りないなと思った人は、是非サウンドシステムを積んだパーティーに遊びに来てもらいたい。

 そして梅雨が明けて、ここ数日は灼熱の太陽が照りつける日々が数日続いている。「今年は冷夏になります」と言った誰かを恨んでみるが、数日前まで「7月なのに長袖来てるよ!」とか言ってたことを思い出してため息をつく。降り続く雨と肺にカビが生えそうな湿気は非常に不快だったが、もし今年オリンピックをやっていたら気温の面は意外と大丈夫だったかもしれない。そういえば『破壊の日』は当初、あらゆる利権と思惑が絡み合った東京オリンピックに向けて「強欲という疫病を祓う」という目的で構想が始まったそうだ。結果として本物の疫病が訪れて東京オリンピック自体は中止になったが、強欲をはじめ元々人類の中に巣食っていたものが新しい疫病に引き寄せられたかのように噴出し、結果として祓わなければいけないものが増えた。映画の公開前夜に行なわれた前夜祭では渋川さんと切腹ピストルズが宮益御嶽神社で祝詞をあげたあと、渋谷の街で練り歩きを行なった。車道を使ったデモの申請の都合で左折しかできなかった結果、宮益坂を下り、スクランブル交差点を左折し、246を左折、そしてヒカリエとスクランブルスクエアの間を抜けて、宮下公園の前を通るという、見事なまでに強欲の塊の中を抜けて行くコースとなった。Protest Rave をやってる者としても新しい抗議行動の形が見えるような気がして、思わず熱くなってしまった。
 特に宮下公園に対しては、渋谷区が公園を Nike に売ってホームレス排除をやっていた頃に抗議活動に参加したこともあって特別ムカついている。弱者やストリートに息づく文化を排除して、金を持ってる “勝ち組” たちのために作られた庭で飲むスターバックスのコーヒーは美味いですか? そこに入ることを拒否されたもの達が視界に入らない高台から眺める渋谷の景色は美しいですか? 空中庭園が限られた者たちのユートピアだって、SFの定番をよく分かっているじゃないか。そしてSFの定番では、もちろんバビロンは滅びる。Babylon must fall.

Stormzy - ele-king

 イギリスのグライムMC・ラッパーとして圧倒的な人気を誇るストームジーが、マイノリティの教育を支援する団体 The Black Heart Foundation へ50万ポンド(約7000万円)の寄付を行なったことを発表した。イギリス国内に暮らす、黒人、アジア人などあらゆるエスニック・マイノリティで、経済的に支援が必要な学生50人に対して、奨学金の形で支援する。この制度は年齢不問でどのレベルの教育を受ける学生も応募可能とのこと。

 The Black Heart Foundation は2013年に設立され、既に100名の学生が奨学金を受け取っている。これまでは、遠方の学校への通学費や、パイロットになるための訓練費、アルバイトをせずに大学での勉学に専念できるようにするために支払われてきた。
 今回の寄付は、彼がマネージメントとともに設立した #Merky Foundation が行なうもので、10年で1000万ポンド(=約14億円)の寄付を行なうという計画の一環。

 ストームジーはこれまでも人種不平等の是正に取り組んできた。2018年からケンブリッジ大学と提携し、毎年2名の黒人学生を支援する「Stormzy Scholarship」奨学金を創設し、イギリス最大手の出版社ペンギン・ブックスと連携、黒人の作家を世に送り出すレーベル「#Merky Books」を創設してきた。UKのラッパーのなかでも桁違いの成功を収めている彼は、その責任を果たし、フィランソロピー活動を積極的に行なっている。

 また、ストームジーの作品には常に人種不平等や差別へ対抗する姿勢がある。人種差別的な発言が多いボリス首相を名指しで批判し、自身のガーナのルーツや肌の色を誇る。バンクシーが制作した黒と灰色で塗りつぶされたイギリス国旗をモチーフとした防弾チョッキで、UK最大のフェス〈グラストンベリー・フェスティバル〉のメインステージに登場した姿は、イギリスにおいて黒人であることを端的に象徴していた。

 Black Lives Matter 運動に呼応しながら、長期的なプロジェクトとして制度的な人種不平等と戦うストームジー。彼のマネージメント、#Merky が発表している “誓い” は彼自身の力強い言葉で制度的な人種差別へ戦う姿勢を表明している。

私たちの国が認めようとしない不都合な真実は、イギリスの黒人は生活のあらゆる面で常に不利な立場に置かれてきたということです。今の立場にいる私は確かに幸運に恵まれていますが、「イギリスがそんなに人種差別的なら、どうやってここまで成功したんだ」と言って、イギリスに人種差別が存在することを否定する人たちの話をよく聞きます。私はこう反論します。私は、黒人が一生懸命働くと何が起こるかというイギリスの輝かしい例ではありません。私たちは何百万人もいます。私たちは遠くもなく少数でもありません。私たちは、積み重なった人種差別的な制度と闘わなければならず、私たちが生まれる前から失敗するように設計されているのです。黒人はあまりにも長い間、不均等なフィールドでプレーしてきましたが、ここに最終的にそれを均等にしようとする戦いを継続することを誓います。
https://www.stormzy.com/pledge/

(米澤慎太朗)

Oliver Coates - ele-king

 オリヴァー・コーツが話題となった2018年の『Shelley's On Zenn-La』以来のアルバムを〈RVNG Intl.〉からリリースする。先行で公開されているMVもなかなか良いので、これは期待できそう。

 新作のタイトルは『skins n slime』で、リリースは10月16日。(収益の一部はダウン症候群スコットランドに寄付される)日本盤は〈PLANCHA〉より30分を越えるボーナストラック付きです。

Cabaret Voltaire - ele-king

 時代が悪くなるとアートは面白くなる。昔からよく言われる言葉で、20世紀においてもっとも重要な芸術運動であるダダイズムは第一次世界大戦中に起きている。そのダダイズムの拠点から名前を取ったバンド、キャバレー・ヴォルテール(通称キャブス)が11月に26年ぶりの新作を出す。

 1970年代のUKはシェフィールドで結成されたキャブスは、UKで失業者が急増した時代におけるポストパンクの重要バンドのうちのひとつで、音楽的に言えば、感情を抑えたドイツ実験派(カン、クラフトワーク、ノイ!ら)からの影響とウィリアム・S・バロウズ仕込みのカットアップ(ミュージック・コンクレートともサンプリングとも言えるのだろうが)、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのノイズとミニマリズム、そしてジャマイカのダブやなんかが電子的に入り混じった状態で、レーガン時代の右傾化を予見した『Voice Of America』や中東の政治情勢を題材にした『Red Mecca』など政治性もはらみながら、彼らはディスコやハウス、デトロイト・テクノといったダンス・カルチャーとも積極的にリンクしていったし、初期〈Warp〉にとっての精神的な支柱でもあった。
 そんな大物の復活作、タイトルは『Shadow of Fear』(恐怖の影)という。公開されたばかりの曲“Vesto”を聴きながら11月を待とう。


 

Cabaret Voltaire
Shadow Of Fear

Mute/トラフィック
発売日:2020年11月20日(金)

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