「Low」と一致するもの

interview with Plaid - ele-king




PLAID
Reachy Prints

Warp/ビート

ElectronicaTechno

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 コンセプトしてのチルウェイヴってやつには3つの切り口がある。ひとつ、ネット時代のコミュニティが生んだジャンルであると。もうひとつ、ベッドルーム・ミュージック。で、もうひとつはドリーミーであるってこと。この3つのポイントについて時間を遡ると、1992年の〈ワープ〉に行き着くわけだ。よって橋元優歩さんはオープンマインドになって、この時代のテクノを復習すべきってことですね。
 『アーティフィシャル・インテリジェンス』のジャケに、CGによって描かれているのは踊っている人の群れではない。部屋に佇む「ひとり」だ。ネットが普及するずっと前の話だが、ネット上の議論の模様をそのままジャケに掲載したのも『アーティフィシャル・インテリジェンス』の「2」だった。
 何故こんな懐かしい話をしているのかって? 橋元さんはそこまで強情なのかって? いやいや、そういうわけでは……ほら、聞こえるでしょう。パテン、リー・バノン、DJパープル・イメージ(D/P/I/)、あるいは、ブレイク必至のゴビー(ARCAのレーベルメイトで)……、そう、エイフェックス・ツインの足音がもうすぐそこまで来ているじゃありませんか。
 彼こそはクラブの壁を崩して、その向こう側にあるベッドルームとの往復を実現させた張本人。そして、プラッドは、その方向性に与した人たち。「僕は部屋で座って未来を夢想している(I'm sitting in my room imagining the future)」、出てきたばかりの彼らの有名な曲(“Virtual”)には、こんな科白があった。1989年、セカンド・サマー・オブ・ラヴの真っ直中に、ひとりになりたいと彼らは言っていたのである。(大幅に中略)……それでも彼らがダンス・カルチャーと離れることはなかった。このねじれ方、パラドキシカルな感覚こそ90年代的だったと言えるのかもしれない。

 そんなわけで、プラッドの最新アルバム『リーチー・プリント』、フィジカル・リリースとしては2011年の『シンティリ』以来の作品だ。

 『リーチー・プリント』はクセのない作品で、テクノ・マニア専用の音色があるわけでもない。こざっぱりとして、メロディアスで、とにかく、聴きやすいアルバムである。プラッドの音楽はもともと聴きやすかったけれど、新作は、さらにいっそう、まるくなったように思われる。一歩間違えればMORだが、いや、これは円熟と呼んであげよう。彼らの音楽は、際だったキャラのエイフェックス・ツインと違って、地味~に、地味~に(25年経とうが、コアなファン以外で、エドとアンディの顔が即座に思い描ける人はどれだけいるだろう)、長い時間をかけて愛されてきたのだから。
 ──ちなみに、エイフェックス・ツインやプラッド(当時はブラック・ドッグとして知られていた)を世界で最初に大々的に推していたのは、のちにアニマル・コレクティヴを世に広めるロンドンのファット・キャットである。


その時代はハウス・パーティが終焉を迎える時期だったと思う。プロパガンダによりパーティがたくさんあったけど、結局右翼とかが出てきて、取締りにあったりして、だんだんパーティ自体が消滅していったよね。

いまも、おふたりともロンドンで暮らしているのでしょうか?

アンディ:ロンドンのスタジオは一緒にシェアしているんだけど、僕はまだロンドンに住んでいて、エドはロンドンから1時間半の郊外に住んでるよ。

2枚のサントラを入れると10枚目のアルバムになるんですね。おふたりの場合、Black Dog 名義での活動もありますから、Plaidとしての10枚というのはどんな風に思っているのかなと。

エド:かなり長いあいだレコーディングしてたからこれが本当にリリースされるのかどうなのか正直不安になったほどだったけど……いまはリリースできて嬉しいよ。

オリジナルのフル・アルバムとなると2011年の『Scintilli』以来となりますが、この3年間はどんな風に活動していましたか? 

アンディ:ライヴがいちばん活動として多かったかな。あとはコマーシャル・プロジェクトや映画の仕事とか。でも曲は常に書いてる感じだね。

※ここでエドの回線がおかしくなり、通話から消える。

日本には根強いPlaidのファンがいることはもうご存じかと思います。日本のライヴの良い思い出があれば話してください。

アンディ:日本には良い思い出があるね。でもすごく覚えているのが日本に行った時に映画の仕事を同時並行でやっていたときがあって、締切の関係で日本でのライヴが終わった後も作業をしなくちゃいけなくて睡眠時間が少なくて、とても辛かったのを覚えているなぁ。
 あとは僕個人としては家族と一緒に富士宮に行ったことが一番印象深いね。いつもツアーであちこち行くだけで本当の意味でその国の街並みを見ることってあまりないんだけど、そのときはゆっくり日本を堪能出来てとても楽しかったね。

あなたがたの作品が日本で出回りはじめたのは1991年頃なのですが、実は、今年で結成25周年なんですね。1989年の、結成当時のことはいまでもよく覚えていますか?

アンディ:エドと僕は学生時代からの友だちなんだけど、卒業後は連絡先を失くしてしまって音信不通になっていたんだ。ところが、お互いロンドンに出てきていて、そこで再会したんだよ。当時僕はロンドンのラジオ局でDJをしていて、エドは曲を書いたりしていたんだけど、僕のライヴを見に来てくれて、そこで再会して、連絡先を交換して、一緒にやることになったんだ。

最初はどんな機材で作っていたのですか?

アンディ:最初は最小限の機材で作業してたんだけど、MIDIとかAMIGA500、あとたしかチーターっていうシンセと初期のローランドを使ってたかな。その後AKAI 950とかも使いはじめたと思う。

お互いの役割というのは、いまも昔も変わりませんか?

アンディ:うん、とくに変わってないね。

最近は90年代リヴァイヴァルだったり、セカンド・サマー・オブ・ラヴが再評価されていますが、若い子たちからあの時代の質問をされることが多いんじゃないですか?

アンディ:いや、実は他の人からもこのこと聞かれたんだけど、僕自身は自分たちがそういう風に取られられてることにあまりピンと来てないんだよね。だけど、君が言う通り、その質問は多くされるよ。

80年代末から90年代初頭は、おふたりにとっても良い時代だったと思いますが、あの時代のどんなところがいまでも好きですか?

アンディ:好きだと言うより、その時代はハウス・パーティが終焉を迎える時期だったと思う。プロパガンダによりパーティがたくさんあったけど、結局右翼とかが出てきて、取締りにあったりして、だんだんパーティ自体が消滅していったよね。

学生時代は、自分たちの将来に関してどんな風に考えていたんですか?

アンディ:残念なことに僕は家を早くに出たから、学生でいた期間はとても短いんだけど、そのときはあまりどうしようとか考えてなかったと思う。クリエイティヴなことをしたいなって思ってただけで、そこまでいろいろ考えていたわけでもなかったなぁ。

もし、ヒップホップやテクノと出会ってなかったら、何をやっていたと思いますか?

アンディ:もしやってなかったらMaster of Artの修士を取ってたと思うよ。さっきも話たけどクリエイティヴなことをやってたと思うんだ。例えばプログラマーとかね。

Plaidもそうだったし、エイフェックス・ツインもそうでしたが、デビュー当時、いろんな名義を使って匿名的に活動していましたよね。あれはあなたがたにとってどんな意味があったんでしょうか?

アンディ:実はとても最悪なレーベルと契約してしまったことがあって、別で活動するために名前を変えたっていうのがあるんだ。そのレーベルと契約したときにアルバムをリリースしても自分たちに一銭もお金が入らなかったりして、困ってたことがあったんだ。でも契約している名前を使って曲を作るとまたお金も入ってこないから、別の名前を使って活動するしかなかったというのが本当のところだよ。

シカゴ・ハウスやアシッド・ハウスよりもエレクトロやデトロイト・テクノのほうが好きだったのでしょうか?

アンディ:全体的には、そうだね。最初はヒップホップから入ったんだけどね。ラップのジャンルレス的な感覚に惹かれて、ヒップホップを聴きはじめて、その後デトロイ・トテクノに出会って、自分はこういうのが好きなんだってわかったんだ。なんていうか、いろんな要素を含んでいるのにメロディがあって楽しめる音楽っていうのがいいよね。

あなたがたの音楽がダンスの要素を強調しなかったのは、クラブで遊びよりも、どちらかといえば、部屋に籠もっているほうが好きだったからなのでしょうか?

アンディ:うーん……わからないなぁ。いまはもう40代も半ばだから昔ほど踊らないというのはあるけど……でも、いまでも出かけて音楽を聴いてるよ。


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もう遅いかもしれないけど、宇宙飛行士になりたいのはずっと昔から同じだよ。それがダメならクリエイティヴなことがいいかな。音楽じゃないならゲームデザインとかね。


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Black Dog Productionsとしての活動が、日本で暮らしている我々にとっての最初の出会いでした。いまでも『Bytes』(1993年)には愛着がありますか? それともPlaid名義の最初のアルバム『Mbuki Mvuki』のほうがより愛着があるものですか?

アンディ:僕は『Bytes』かな。これこそ僕らの原点だなって思うんだ。『Mbuki Mvuki』はもっとヘヴィーなサウンドなんだけど、これはそのときの雰囲気を詰め込んだっていう感じだから、ちょっと普段の僕たちとは違うよね。

オリジナル・メンバーだったKen Downieとは連絡は取り合っているのでしょうか?

アンディ:いや、もう別れて以来話してないね。

新作の『Reachy Rrints』は、いままで以上、とてもリラックスした感覚を持っていますね。メロディは魅力的で、音色も曲調も、ねらってやっている感じがないんです。そこは自然にそうなったのでしょうか?

アンディ:どちらもっていう感じかな。最初にあったレイヤーからいらない音を省いていくって作業をするんだけど、いろいろな作業を経て最終的にいちばん良い物だけを残すんだ。

録音がとてもクリアなのですが、特別に気を遣っていることがあれば教えて下さい。

アンディ:正直プロダクションの効果がいちばんあると思う。さっき話した通り、余分なものを取り除いたりしたから、クリアなサウンドが出たのかもしれないよね。

のりで作ったという感じではなく、時間をかけて丁寧に、緻密に作っているように思うのですが、実際のところいかがでしたでしょうか?

アンディ:基本的に曲はライヴでやることを前提に作っているんだよね。やっぱりライヴで聴きたいと思う曲を作る方が聴いてるオーディエンスにも伝わりやすいでしょ?

1曲目の“OH”をはじめ、音色の豊富で、弦楽器などいろいろな楽器の音を使っているようですが、音選びについてはどのように考えていますか?

アンディ:ストリングスを弾いているのは、ここ最近一緒にやってるギタリストなんだけど、生のストリングスとシンセサイザーのストリングと、どっちも使って音の質感の違いを出しているんだよ。

何か機材面での変化はありましたか?

アンディ:新しいドラムマシンをいくつか試したんだけど……エド! お帰り! 戻ってこれてよかったよ。もうインタヴューは進んでいて、機材の話だよ。ドラム以外で新しい機材何か使った?

※ここでエドの回線が復旧して戻ってくる。

エド:Razorっていう新しいシンセを試したよ。ヴォコーダーとしても使えるからこのアルバムでは結構使ったね。ちょっといままでと違う感じの音になるしね。

4曲目“Slam”には、ちょっとオールドスクール・エレクトロのセンスが入ってるように思いましたが、90年代のように、マニアックなテクノ・リスナーを想定していないというか、もっと幅広いリスナーに向けられているように感じます。そのあたり、映画のサウンドトラックの経験が活かされているのかなと思ったのですが、どうなんでしょうか?

アンディ:そうだね、さっきも話したけど、映画と自分たちのアルバムを作ることは違うプロセスがあるけれど、そういうことから学んだことを自然と活かせているのかもしれないよね。

老いることが音楽にどのように影響しているんだと思いますか?

エド:どうだろう、まぁ、少なからずとも経験値が増えたことでいろいろなことができるようになっているとか、そういうスキルアップはあると思うけど、歳をとることで何かが変わることはとくにないと思うよ。

作者からみて、今回のアルバムが過去の作品と決定的に違っているのは、どこにあると思いますか?

アンディ:すべて新しい曲だっていうことだね。コンセプトがあるわけじゃないから、何が違っていうのもはっきりはわからないけども、新しいことを取り入れていることも前と違うっていう意味ではそうなのかなぁ。

エド:同じことを何度もやらないようには気をつけてるよ。でも単純に好きなことをやるっていうのはあるかもしれない。基本的な核の部分は最初から変わってないと思うよ。

今回のアルバムのコンセプトは、人生における「以前」「以後」だと言いますが、どうしてそのようなことを思いついたんですか?

エド:アルバムをまとめはじめたときに、なんとなく君が言ってる意味に集約されている感はあったんだ。別に何も意図したわけでもなく、なんとなくまとめていったらそういう感じのものになっていたというか。「記憶」っていうキーワードが見えてきて、その記憶がよみがえったり、記憶が消えていたりっていう、それが自分のイマジネーションをどう掻き立てるのかっていうところに行きついたというか。

アンディ:アルバムをまとめるときに各ピースをあてはめていくんだけど、なんとなくハマらないピースとかもあったりするんだよね。それをのぞいてハマるものを探していったら、そういうテーマっぽいものにまとまったっていう感じだよね。

曲名はどのように付けられたのですか?

エド:いくつかは仮タイトルをそのまま起用したり、その他は曲が出来あがってからそのイメージでタイトルをつけたりしたね。タイトルをつけるときは聴いた人がその曲をはっきりイメージできるようなタイトルにするように心がけているけど、できるだけ抽象的に、聴いた人が自分の解釈で曲を聴けるようにっていうところは気をつけてるかな。

アンディ:曲名自体はそんな重要じゃないと思うんだよね。タイトルはシリアルナンバー的なものだと思うから、人と話すときに助けになるものあればいいと思ってるくらいかな。

いま現在のあなたがたの音楽活動を続ける以外の夢はなんでしょうか?

アンディ:僕もだけど、ふたりともプログラミングが少しできるからそういうのをやってもいいし、あとはアプリの開発をやりたいね。他にオーディオ・ヴィジュアルに関連することもいいね。僕たちの音楽に関係することがいいよね。

エド:もう遅いかもしれないけど、宇宙飛行士になりたいのはずっと昔から同じだよ(笑)。それがダメならクリエイティヴなことがいいかな。例えば、音楽じゃないならゲームデザインとかクリエイティヴなビジネスとかね。

Plaidの音楽は、政治や社会とは直接関わりのあるものではありませんが、そのことは意識しているのでしょうか? 

アンディ:まぁ頭にあることはたしかだけど、あまりダイレクトにそれを出さないようにはしてるね。あまりはっきりしたものよりも抽象的なもののほうが聴く人に委ねられるから、そのほうがいいかなって思ってる。

若い世代のエレクトロニック・ミュージックは聴きますか?

エド: ふたりともDJもやるからいろいろな音楽は聴くよ。それが若い世代かどうかまではよくわからないけど……

いま、Plaidがリスナーとして面白がっているエレクトロニック・ミュージックはなんでしょう? 

エド: いまは、MASTとエッセントっていうのが面白いと思う。

人生でもとくに今日は最悪な日だというときに聴きたい音楽は何でしょうか?

アンディ:わからない……自分にとってどういう意味で最悪だと定義するかで聴く音楽が変わると思うけど、全般的にエレクトロ・ミュージックを聴くかな。落ち込んでるときにハッピーな気分にさせてくれるからね。

エド:僕は、オールド・ソウルとかニューオリンズのファンク・バンドとかダンス・ミュージックを聴くかなぁ。

今年の予定を教えて下さい。

アンディ:3週間後からツアーがはじまるよ。いまのところはツアーがメインだね。その後もしやれるのであれば映画音楽をまたやりたいなと思っているよ。


マージナル=ジャカルタ・パンク - ele-king

 インドネシアに熱いパンク・シーンがあるという話はけっこう前から小耳に挟んでいたし、日本からもFuck on the BeachやCheerio、Jabaraといったアンダーグラウンドなハードコア・バンドがインドネシア・ツアーを行って現地バンドと交流しているのも知っていた(FxOxBは東南アジア・ツアーで共演したジャカルタのバンドRelationshitとスプリットCDもリリースしている)。
 そんなジャカルタのパンク・シーンに興味を持ち、取材を続けている日本人女性がいる、ということを都築響一さんがメルマガの記事にしていた。
https://www.roadsiders.com/backnumbers/article.php?a_id=294
https://www.roadsiders.com/backnumbers/article.php?a_id=297

 メルマガでの、フォトジャーナリストの中西あゆみさんへのインタヴューでは、彼女がどのようにジャカルタのパンクに興味を持ち、紆余曲折を経てシーンの中でもある種特別なポジションにあるバンド、マージナルと出会い、彼らに魅せられて取材を続けていったのかが紹介された。最終的にはマージナルのドキュメンタリー映画として完成させることが目標となっているプロジェクトだが、資金調達を兼ねた経過報告として、ライヴハウスなどでの小規模な上映会が行われたのが昨年秋のこと。その際、ぼくは中野のライヴハウス〈ムーンステップ〉で、Cheerioなどいくつかの日本のバンドのライヴと併せた形で行われた上映会に足を運んだ(そのときのことはブログにも書きました。ここで一気に心をつかまれた。

 いわば高度経済成長期にあるインドネシア、とくにジャカルタでは大規模な都市開発が進む一方で、少なからずそれに取り残された人々が存在する。マージナルは学校に行くこともままならないような貧しい子どもたちにウクレレを提供して演奏を教え、自分自身で日銭を稼ぐ術を与えている。バンドの音楽性は代表曲“レンチョン・マレンチョン”をはじめ、人懐っこくも力強いシンガロングをフィーチャーしたフォーク・パンクともいうべきものだが、子どもでも演奏できることが想定されているのだと思うとそれもまた納得できる。



 さらには自分たちが住む住居をコミュニティ〈タリンバビ〉(「豚の牙」の意)として近隣の子どもたちに場所を提供しているのである。バンドのマーチャンダイズ、そしてバンド・メンバーたちによる版画やタトゥーの収入などで家賃を捻出し、みんなで食事をしている姿には、CRASS以来のアナーコパンクの理想が地に足をつけて息づいていることがまざまざと感じられる。

 さて、じつはぼくは1月にインドネシア旅行に行ったので、その際に〈タリンバビ〉を訪れている。数日前からメールや電話でコンタクトを試みていたのだがぜんぜん連絡が取れずにおかしいなと思っていたのだけれど、住所はわかってるからとりあえず行ってみることにした。タクシーの運転手にその住所を見せたところ、「そのあたりは洪水の被害に遭っているから行けないかもしれないよ」と。たしかにちょうどその時期は雨季にあたり、何度か土砂降りにあったりもしていたのだが、それで連絡がつかなかったのか……。でもせっかく来たので「なんなら泳いでいくからとにかく行けるとこまで行ってくれ」とタクシーを走らせて一路郊外へ。1時間ほども走ったところで、「この先だよ」と言って、小さな路地を指差される。見るとたしかに、一歩路地に入ると膝まで水に浸かっている。まあ仕方ない、ここまで来たら行くしかないとザブザブと入っていく。

 道の両脇には民家が並んでおり、ぶらぶらしている人がいるので、前方を指差して「タリンバビ?」と聞いたりしていると、ちょっと前を歩いている女の子たちが「あなたたちもタリンバビに行くの? わたしたちも行くからいっしょいっしょに行こう」と言ってくれた。マレーシアから来たという。
 数十メートルも歩いていくと、小さな一軒家にたどり着く。「ハローハロー」とか言いながら入っていくと、マージナルのヴォーカリスト、マイクや子どもたちが笑顔で迎えてくれた。

 マイクは昨年の上映会の際に来日しており、終了後にぼくもちょっと挨拶もしたのだけど、幸いこちらのことを覚えていてくれて、そこから1時間ほどいろんな話をしてくれた。
マージナルはそもそもスハルト政権時代に、政府に抗議する学生運動を通して生まれたこと、近所の人たちとはうまくやっていて政府から弾圧されるようなことがあってもみんなが守ってくれること、近所の子どもたちからすればタリンバビは第二の我が家みたいなものだということ。洪水の被害は心配していたほどではないようで、雨季にはよくあることなので洪水が来れば近所同士で声を掛け合い、手助けしあって荷物を二階に運んでいること等々。


 そうはいっても大変だろうからせめて何かの足しにでもと思い、Tシャツを買うと申し出たのだけれど、むしろこんな状況でおもてなしもできなかったからと言ってTシャツやらパッチやら次々と「いいから持って帰れ」と言ってこちらに渡してくるので、このままいるとどんどん物をもらうことになってしまいそうなので、再会を誓って帰ることに。
 映画のとおりの魅力的な人物だった。短い滞在だったがいっしょに行った妻(ロックとかパンクとかはぜんぜん興味がないというかむしろ嫌いなのだが)も、マイクの暖かい人柄に、すっかりファンになったのだった。

 そして、そのマイクとマージナルがやってくる。すでにアップリンクにてドキュメンタリー映画(「2014年春版」としてアップデートされている)の上映ははじまっており、マイクおよびバンドのもうひとりの顔であるボブは上映にあわせて一足先に来日してアコースティック・ライヴや版画のワークショップを行っている。「パンク」というものに多少なりとも思い入れを持っているすべての人に見てほしいと思う。



■マージナル=ジャカルタ・パンク 2014年春版
Jakarta, Where PUNK Lives ? MARJINAL


© AYUMI NAKANISHI

渋谷アップリンク・ファクトリー
料金一律¥1,500(別途ドリンク代)
https://www.uplink.co.jp/movie/2014/25940

・5/11(日)アコースティックライヴ&版画ワークショップ
(ゲスト:MARJINAL Mike&Bob)
※5/11(日)版画ワークショップは開場時間から始めさせていただきます。
・5/12(月)アコースティックライヴ
(ゲスト:MARJINAL Mike&Bob)
・6/11(水)トークショー ゲスト近日発表
・6/12(木)トークショー ゲスト近日発表
・6/13(金)トークショー ゲスト:都築響一、中西あゆみ

さらにはほかのメンバーが合流し、バンドとしてのツアーも続く。タートル・アイランド主催の「橋の下音楽祭2014」に出演するほか、各地のすばらしいアンダーグラウンド・ハードコア・バンドたちとの共演や映画上映、ワークショップ等が行われる。

5/16 (Fri): 中野MOONSTEP(東京)
517&18 (Sat)(Sun): 豊田橋の下音楽祭. "SOUL BEAT ASIA 2014," (愛知)
5/19 (Mon): 四日市VOTRTEX(三重)
5/21 (Wed): CAFE BORDER(広島)
5/24 (Sat): PLAYER'S CAFE(沖縄)
5/25 (Sun): 新宿ANTIKNOCK(東京)
5/28 (Wed): 横浜CLUB LIZARD(神奈川)

まだまだGW圏内!
いま公開中、もしくはもうすぐ公開の注目映画をいくつかご紹介いたします。


© Final Cut for Real Aps, Piraya Film AS and Novaya Zemlya LTD, 2012
アクト・オブ・キリング
監督/ジョシュア・オッペンハイマー
配給/トランスフォーマー
シアター・イメージフォーラム 他にて、全国公開中。

 ドキュメンタリー映画としては……いや、ミニシアター系のなかでも、異例の動員となっているらしい。本作については水越真紀さんと紙エレキングで対談したのでそちらをご参照いただきたいが、そこに改めて付け加えるとすれば、やはりこれだけ世界的にも評価された上に多くの映画好きの心を掴んだのは、これが非常に含みのある、映画についての映画となっているからだろう。すなわち、映画はどういうところで生まれるのか、どうしてわたしたちは映画を観ることを欲望するのか? 幸運なことに僕は監督にインタヴューする機会に恵まれたのだが、そこで尋ねるとこんな風に答えてくれた。「映画というのは、現代でもっともストーリーテリングに長けたメディアです。この映画では、人間が自分を説得するためにどのように“物語るか”ということに関心がありました。インドネシア政権も、嘘の歴史を“物語って”いるわけですから」。『アクト・オブ・キリング』は、虐殺の加害者たちが自分たちの過去を自慢げに“物語る”様をわたしたちが「観たい、知りたい」と思う欲望を言い当てているのである。つまり、それが映画の罪深さであり、同時に可能性であるのだと。わたしたちはその欲望を入り口としながらも、思わぬ領域までこの「映画」で連れて行かれる。
 この映画で何かが具体的に解決するわけではないが、政治的であると同時に優れてアート的で示唆的だという点で、歴史に残る一本となるだろう。ヒットを受けて、都心部以外の上映も次々と決まっている。ぜひ目撃してほしい。

予告編


©2013 AKSON STUDIO SP. Z O.O., CANAL+CYFROWY SP. Z O.O., NARODOWE CENTRUM KULTURY, TELEKOMUNIKACJA POLSKA S.A., TELEWIZJA POLSKA S.A. ALL RIGHTS RESERVED
ワレサ 連帯の男
監督/アンジェイ・ワイダ
出演/ロベルト・ヴィェンツキェヴィチ、アグニェシュカ・グロホフスカ 他
配給/アルバトロス・フィルム
岩波ホール 他にて、全国公開中。

 もし10代、20代に「いま上映している映画で何を観ればいいか」と問われれば、僕はこれを推薦したい。ポーランドの超大御所、アンジェイ・ワイダによる〈連帯〉のレフ・ワレサ(正しい発音はヴァウェンサ)の伝記映画……というと、堅苦しいものが想像されるかもしれないが、これが非常に熱い一本となっているのは嬉しい驚きだ。政治的にはワレサと袂を分かったらしいワイダ監督だが、ここでは彼の歴史的な功績を描くことに集中しており、彼の傲慢さも含めてエネルギッシュな人物像が魅力的に立ち上がっている。本作ではイタリア人女性ジャーナリストによるワレサへの有名なインタヴューが軸になっているのだが、そこでふたりがタバコをスパスパ吸いながら遠慮なくやり合う様など、どうにも痛快だ。高揚感のある政治映画はある意味では危険だが、そこはワイダ監督なので労働者……民衆を中心に置くことに迷いはない。そして80年代のポーランド語のロックとパンクがかかり、ワレサのダブルピースが掲げられる。かつての理想主義、そして政治参加という意味で、スピルバーグの『リンカーン』と併せて観たいところ。 



© 2013 UNIVERSAL STUDIOS
ワールズ・エンド
酔っぱらいが世界を救う!

監督/エドガー・ライト
出演/サイモン・ペッグ、ニック・フロスト 他 
配給/シンカ、パルコ
渋谷シネクイント 他にて、全国公開中。

 サブカル好きにもファンが多い、『ショーン・オブ・ザ・デッド』、『ホット・ファズ』チームによる新作。高校時代は輝いていたが中年になって落ちぶれた主人公が幼なじみを地元に集め、かつて達成できなかった12軒のパブのハシゴ酒に挑戦するが、町はエイリアンに支配されていて……というB級コメディ・アクション、そしてどこまでも野郎ノリなのはこれまで同様。そこに無条件に盛り上がるひとも多いみたいだけれど、僕はこの「(男は)いつまでもガキ」な感じに完全に乗ることはできないし、プライマル・スクリームの“ローデッド”ではじめるオープニングもちょっとベタすぎると思う。が、書けないけどラストである反転が用意されていて、それは本当に感心した。マイノリティというのはべつに、「人数が少ない」ことではないし、また「虐げられた同情すべきひとたち」でもない。それは選び取る立場なのだ……という決意。その1点において、僕はこの映画を支持する。イギリスの音楽もいろいろかかります。

予告編


© 2013- WILD BUNCH - QUAT’S SOUS FILMS – FRANCE 2 CINEMA – SCOPE PICTURES – RTBF (Télévision belge) - VERTIGO FILMS
アデル、ブルーは熱い色
監督/アブデラティフ・ケシシュ
出演/アデル・エグザルコプロス、レア・セドゥ 他
配給/コムストック・グループ
ヒューマントラストシネマ有楽町 他にて、全国公開中。

 90年代のサブカル系少女マンガと近い感覚を指摘するひともいてたしかにそうなんだけど、フランス映画らしくバックグラウンドにはっきりと社会が描かれていることは見落としてはならないだろう。あるふたりの女同士のカップル(「レズビアン」であることを強調はしない)の蜜月と別れを3時間に渡って辛抱強く描くのだが、それぞれが属する異なる社会的階層がその土台にある。美学生のエマはアーティストである種のエリートだが、主人公のアデルは一種の社会奉仕的な立場としての教師という職業に身を捧げていく。ある苛烈な愛を描きながらも、そこからむしろ離れたところで使命を見出していくひとりの若い女性の感動的な歩みを映している。それぞれの立場を無効にするのが激しいラヴ・シーンなんだろうけど、それが過度にスキャンダラスなまでに絵画的に美しく描かれているかどうかは、正直判断しがたい。が、それ以上にラスト・カットのアデルの歩き去る姿、それこそがこの映画の芯だと僕は感じた。その瞬間のための3時間だと。

予告編


Photograph by Jessica Miglio © 2013 Gravier Productions, Inc.
ブルージャスミン
監督/ウディ・アレン
出演/ケイト・ブランシェット、サリー・ホーキンス、アレック・ボールドウィン 他
配給/ロングライド
5月10日(土)より、新宿ピカデリー、Bunkamuraル・シネマ 他にて全国公開。

 ここのところヨーロッパで軽妙なラヴコメを撮っていた印象のウディ・アレンだが、これもまた彼のシニカルさの純度を研ぎ澄ましたという意味で、あまりに「らしい」一本。いや、『それでも恋するバルセロナ』(08)辺りと比べても、あの最後のカットの虚しさを引き伸ばしたものだとも言えるだろう。セレブ暮らしだった女がその虚栄心ゆえに落ちぶれていく様を、ただただ「まあ人間こんなもんだよ」という認識であっさり描いているのだが、それでもケイト・ブランシェットのエレガントな壊れ方はパフォーマンスとして優れている(相変わらず発話が素晴らしい)。それを肯定も否定もせず、そこに「在るもの」として簡潔に見せてしまうために彼女の力が必要だったのだろう。80歳目前のアレンのこの冷めた見解にはある意味呆然とするが、しかしある種の救いを今後の彼の作品に期待するのも見当違いなのかもしれない。

予告編

彼らこそはライヴ・バンド - ele-king


65daysofstatic
Wild Light

Superball Music / 残響

Amazon Tower HMV

 65デイズオブスタティックは、なによりもまずライヴ・バンドだという点が重要だ。彼らの音についての「静と動のダイナミズム」という謳い文句は、レコード・ショップの試聴機からドラマチックな展開をみせたという『ワン・タイム・フォー・オール・タイム』(2005年、セカンド)リリースの頃によく目にしたものだが、それはあの構築的で緊張感漲るサウンドやサンサンブルを寸分の狂いなく表現していた。
 モグワイらをポストロックと呼んだそのポスト──轟音を激情でさらに煽り、それと駆け引きをするかのような計算やプログラミングをマスロック的な感性で対置させ、エイフェックス・ツインの叙情も一刷け、さらにはグリッチ、IDM的な佇まいまで有したポスト・ポストロックの肖像。盤でこそ表現可能だとも思われたあのサウンドを、しかし彼らはバンドという人力スタイルで提示する。


One Time For All Time(2005年)


The Fall Of Math(2004年)

 イギリスはシェフィールドにて結成された4人組インスト・バンド、65daysofstatic。2005年に発表されたセカンド・フル『ワン・タイム・フォー・オール・タイム』は、彼らの真骨頂たる轟音ノイズ+構築的楽曲&アンサンブル+トドメのピアノ・フレーズという圧倒的な様式性によって日本においても大きく支持を得た。麗しき中二心を刺激されたティーンも多かったことだろう。同年にはファースト・アルバム『ザ・フォール・オブ・マス』の日本盤もリリースされ、「マスロック」という呼称の一般化とともに多くのロック・リスナーの記憶にとどめられる存在となった。

 あれから10年。その間もたゆまず新譜を発表しつづけていた彼らだが、2010年の〈METAMORPHOSE〉以来、久々となる来日公演が決定した。そう、彼らがとりもなおさずライヴ・バンドであるということを、われわれはまたまざまざと見せつけられることになるだろう。昨年2013年には5枚めとなる最新作『ワイルド・ライト』を発表し、轟音よりもむしろ空白と間隙をめいっぱいに活かすようにして緊張感を生み出す、成熟したいまの姿を見せてくれた。これがどのように演奏されるのだろうか。

 動かざること山の如し、しずかなること林の如し。動くときには火のように……あのしずかな熱狂をもういちど感じに出かけよう。サポート・アクトにはアニメ『進撃の巨人』の後期エンディング・テーマとして楽曲が使用されたことでも知られるエモ/ポストロック・バンド、cinema staffが登場。〈残響〉的な世界観をしなやかに進展させる新鋭だ。


ツアー・トレイラー

■65daysofstatic ジャパンツアー


65daysofstatic

大阪
5月13日(火) @ 梅田AKASO
Support act: cinema staff
OPEN 18:00/ START 19:00
TICKET¥5,500(オールスタンディング/税込)
<問>キョードーインフォメーション 06-7732-8888

東京
5月14日(水) LIQUIDROOM
Support act: cinema staff
OPEN 18:00/ START 19:00
TICKET¥5,500(オールスタンディング/税込)別途 1 ドリンク
<問>クリエイティブマン 03-3499-6669

65dayofstatic: https://www.65daysofstatic.com
残響レコードHP内イベントページ: https://zankyo.jp/event/469

65daysofstatic - 「Prisms」MV




【cinema staff】
飯田瑞規(Vo&Gt)、辻友貴(Gt)、三島想平(Ba)、久野洋平(Dr)からなる 4 人組ギター・ロック・バンド。2003 年に飯田、三島、辻が前身となるバンドを結成し、2006 年に久野が加入して現在の編成となる。愛知、岐阜を拠点にしたライヴ活動を経て、2012 年 6 月に 1st E.P.「into the green」でポニーキャニオンよりメジャーデビュー。2013 年 8 月には TV アニメ「進撃の巨人」後期 ED テーマとなった「great escape」をシングルリリース。 オルタナティヴ、エモ、ポストロックに影響を受けたポップなメロディとアグレッシヴなギ ターサウンド。繊細かつメロディアスなボーカルで着実に人気を高めている。

Brainfeeder 4 - ele-king

 だから言ったでしょ。5月は忙しいって。で、5月23日の〈ブレインフィーダー〉のパーティ、これがすごい。メンツがとにかくすごい。フライング・ロータスとその仲間たち、そして、ゴストラッド、シミラボ、セイホー……とにかく、とんでもないメンツ。

 そもそも、同レーベルのパーティは、日本でこれまでに3回開催されているが、レーベルを主宰するフライング・ロータスが来たのは最初の1回目だけ。2012年のエレグラや去年のフジロックで、彼はいままでこまめに来日をしているものの、クルーに囲まれた彼の姿をファンはずっと待っていた。今回の「ブレインフィーダー4」、フライング・ロータスは仲間を引き連れてやって来る。ライヴセットでは音を操り、そしてキャプテン・マーフィーとしてマイクも握る!

個性派ぞろいの〈ブレインフィーダー〉だが、今回来日するクルーは、クラブの領域には留まらない越境者が多くいる。
 前回の「ブレインフィーダー3」で、圧倒的なテクニックとセンスを披露したサンダーキャット。彼はキャプテン・マーフィーのバックバンドも担当する。
 テイラー・マクファーリンは要注目だ。この若い才能は、ちまたで議論を呼んでいるロバート・グラスパーのような、新感覚ジャズ系のミュージシャンからもあつい支持をえている。アルバムのリリースも控えているので、ある意味では今回もっとも注目を集めるかもしれない。
 4月に来日したばかりのティーブスも出る。今回は、彼のもうひとつの顔であるグラフィティ・アーティストとしてもライヴ・ペインティングを披露する。
 2011年から〈ブレインフィーダー〉に参加し、テクノロジーを駆使してヒップホップと向き合うモノ/ポリーのステージも見逃せない。

で、日本からも最高のメンツが登場するぞ。
 なんと……3月に傑作『Page 2 : Mind Over Matter』を発表したばかりのSIMI LABが登場。夢がある共演というか、これはサプライズですね。
 また、〈Day Tripper Records〉を主宰し、特定のジャンルに縛られない世界を追求するレイヴ男、SEIHOも出演決定だ。

〈ブレインフィーダー〉が日本のDJをキュレーションするという企画もある。
 出演者は、まずはベース・ミュージックを突き詰める我らが英雄、ゴス・トラッド。そして、〈ハイパー・ダブ〉からもリリースがあるQuarta330。関西で活動し、ジャンルを越境するOKADA。アメリカのヒップホップ・シーンも唸らせたDJ SARASA。どうだ、圧倒的な独創性を放つラインナップになっているだろう。

 筆者のように、10代の頃にフライング・ロータスを通して、最先端のクラブ・ミュージックを聴くようになった人は少なくはない。世界においても、日本においても、ここ数年でフライング・ロータスは本当に大きい存在になった。それにつけても、今回はビッグな〈ブレインフィーダー〉祭だ。5月はこれでしめるぜ! (Y.T)

 

 

interview with JAPONICA SONG SUN BUNCH - ele-king


JAPONICA SONG SUN BUNCH
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 BREEZEが心の中を通り抜ける。というよりは、血沸き肉踊るような熱く飛び跳ねる色とりどりの多彩なリズムが、いちど聴いたらすぐに忘れさせてはくれないグッド・メロディが、ひとときに身体を絡めとって離さない。色気たっぷりの歌ときらめくスティールパンが舞い踊る。ファンキーでラテン・ミュージック・オリエンテッド、トロピカルにカラッと乾いていてスムースでジャジー、クールだけれどとってもホット――それにエロティック。

 月にいちど新宿歌舞伎町の地下、〈新宿LOFT〉で催される、1000円で2時間飲み放題という狂騒の〈ロフト飲み会〉において熱気が地上に噴き出してしまいそうなパワフルな演奏を「余興」として繰り広げてきたジャポニカソングサンバンチ。藤原亮(フジロッ久(仮))の脱退、という残念なニュースはあったものの、“クライマックス cw/恋のから騒ぎ”の7インチ・シングルの発表を経てとうとう彼/彼女らのデビュー・アルバムが完成した! 分厚いホーン・セクションを塗り重ね、老若男女が歌って踊れる歌謡ダンス・ミュージックが鳴らされる現場の模様を見事な鮮度で音盤化した快作である。

 ここには先の2曲はもちろんのこと“かわいいベイビー”や“踊り明かすよ”などなど、笑っちゃうほどポップで開放的な楽曲も収められている。2014年の『泰安洋行』、なんて呼ぶにはこの『Japonica Song Sun Bunch』は軽やかにすぎるし色気がありすぎる。

 バンドのソングライターにしてセクシーなヴォーカリストである千秋藤田(でぶコーネリアスのフロント・マンでもある)を中心に、トロピカル・ダンディーことスガナミユウと鍵盤奏者しいねはるか(もちろん両者ともGORO GOLOのメンバー)を交えて話をきいた。あなたのハートかっさらう歌謡舞踏音楽一味、ジャポニカソングサンバンチのインタヴューを、どうぞ!

■ジャポニカソングサンバンチ
メンバーは千秋藤田(Vocal & Sax)、きむらかずみ(Steel Pan)、 キムラヨシヒロ(Bass)、 しいねはるか(Piano & Keyboard)、太田忠志(Drum)、スガナミユウ(Direction & Guitar)。でぶコーネリアスのフロント・マンとしても輝かしい作品を発表しているジャマイカ生まれのアーティスト、千秋藤田を中心に、〈音楽前夜社〉の面々がバック・バンドを務める話題の音楽プロジェクト。毎月1 回、〈新宿ロフト〉のバー・スペースにて、夜20 時から2 時間1000 円ポッキリで飲み放題の「ロフト飲み会」をショウパブ・スタイルで開催。


『ビートマニア』世代なので。あれをやっているとジャンルが切り取られて、ジャンルがゲームのなかで確立されるんですよ。あれはイケないツールですね。人間が逆にシーケンスされてるっていうか(笑)。 (千秋)

まず、ジャポニカソングサンバンチ(以下「ジャポニカ」)がどういうふうにはじまったのかを教えてください。

スガナミ:ジャポニカをはじめたのは2011年の夏です。

千秋:その前に別のバンドでジャポニカの曲をすでに演奏していたんですが、あまり形になっていなくて。〈音楽前夜社〉という凄腕たちと出会って、彼らが「千秋の歌、やってみようか」と言ってくれたので、〈音楽前夜社〉といっしょにジャポニカをはじめました。

スガナミさんないし〈音楽前夜社〉と千秋くんの出会いはどういうきっかけだったの?

千秋:俺はGORO GOLOのファンだったんです。GORO GOLOは一度解散をしたんですけど、2010年頃に復活したときによくライヴを観に行っていました。そしたらGORO GOLOのメンバーの方たちに俺を紹介してくれて。それから(スガナミ)ユウくんが俺の曲を聴いてくれて、「千秋の曲を理想の形に近づけたい。千秋の曲をやりたい」と言ってくれたので、俺も「〈音楽前夜社〉とやりたい」と相思相愛の形でジャポニカソングサンバンチとしての活動をはじめました。

千秋くんのやりたかった音楽というのはジャポニカでかなり形になっている?

千秋:うん。

たとえば、ファンクとかラテンのリズムがジャポニカの音楽にはすごく入っていると思うんだよね。千秋くんはでぶコーネリアスというパンク・バンドでデビューしているわけだけど、そういう音楽は昔から好きだったの?

千秋:それは昔から好きでした。そこはでぶコーネリアスよりはやりやすくなった。バランスなんですよ。(ジャポニカはファンクやラテンのリズムを)もっと前に出せるようなメンバーでもあるから、すごくやりやすくなったんです。

でぶコーネリアスの『SUPER PLAY』(2009年)っていうアルバムではファンキーなこともやっていたよね。だからそこからジャポニカへつながっているのかな、と思っていた。

千秋:それもありますね。比重というかバランスなんですけど、そこ(でぶコーネリアス)で遊びでやっていた部分を、こっち(ジャポニカ)で思いっきしやるというのはあるのかもしれないです。

スガナミ:ハードコア・マナーでやっていた部分をもっとラテンとかに寄せた。

千秋:(ジャポニカは)歌もあるので別次元でやりたいな、と思って。

千秋くんはジャマイカ生まれだけど、レゲエはやらないの?

千秋:レゲエはやらないっす(笑)。レゲエできるのかなあ?

アルバムを聴いて意外だなって思ったんですよね。1曲はレゲエが入ってくるんじゃないかと思って。サルサとかカリプソっぽい曲はあるけど。

千秋:レゲエ、難しいんですよね。でも最近、レゲエっぽいことをスタジオでやっています。でもレゲエにはしないと思う(笑)。ソカとかそういう音楽のほうへいこうかなって思っています。

そういう中南米系の音楽はいつ頃から聴いているの?

千秋:『ビートマニア』(コナミ、1997年)世代なので(笑)。あれをやっているとジャンルが切り取られて、ジャンルがゲームのなかで確立されるんですよ。

それはすごい話だね(笑)。

千秋:あれはかなり影響力があります。ゲームに合わせて(パッドを)指で叩くじゃないですか。それが小学4年生ぐらいのときかな、めっちゃ流行ったんすよ。ゲーセンでずーっとやってて。

『ビートマニア』でいろいろなリズムが叩きこまれたんだね(笑)。

千秋:そうそう。ボサノヴァとかジャングル・ビートとか。ハウスもあったしレゲエもあったしヒップホップもあったし。あれはイケないツールですね(笑)。人間が逆にシーケンスされてるっていうか(笑)。

機械から人間がシーケンスされている(笑)。

千秋:それはゲームとしてやっていたから、意識的なことではないんですけど。

でもそれが原体験として血肉化されている。

千秋:あと『ダンスダンスレボリューション』(コナミ、1998年)もあったし!

はははは! 『ダンレボ』だ。

千秋:「ワン・トゥー」が入ってるんすよねー。

スガナミ:スペシャルズの“リトル・ビッチ”?

僕、やったことないんだよね。

千秋:おもしろいですよ。小学生の頃、(『ダンスダンスレボリューション』)専用のコントローラーが買えなくて、段ボールで作って……。

(一同爆笑)

千秋:授業中、それを叩いたりこすったりして、真似事をしてたんですよね。

しいね:DIYの歴史があるんだね(笑)。

千秋:1プレイ100円って、小学生にとってはけっこう高いので。

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「バンチ」っていうのは、「グループ」「一味」っていう意味で。「sun bunch」と「三番地」でダブル・ミーニングになるのかな(笑)。  (千秋)


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ジャポニカソングサンバンチっていうバンド名はすごくいいなと思う。

千秋:ありがとうございます。

「バンチ」っていうのは英語の「bunch」なわけじゃん?

千秋:そうですね。

日本語の「番地」ともかかってる。「bunch」って「集団」とか「仲間」とかいろいろと訳があって、いちばんおもしろかったのが「一味」っていう訳。

(一同笑)

スガナミ:「一味」いいね。

「一味」っぽさがジャポニカにはあるのかなって。

千秋:手分けしてものを盗んでそうっすね(笑)。

ワイルド・バンチって実在の窃盗団がアメリカにいて、サム・ペキンパー監督の『ワイルドバンチ』っていう映画もあるんですけど。あと、マッシヴ・アタックの前身のグループがワイルド・バンチ。

一同:へー!

そういう不良っぽさがジャポニカにはある。というか、千秋くんにあるなあと(笑)。バンド名はどうやって決めたの?

千秋:(バンド名を)どうしようかな、みんなで決めようってなってて。最初は「デラベッピン」とかすごくいなたい名前になりそうになって、これはマズいと思って(笑)。

スガナミ:「ジャポニカリズム○○」みたいなのもあったよね?

千秋:そうですね。友だちと富士サファリパークへ行った帰りに、「ジャポニカソングサンバンチ」にしよう、と思いついて。

「バンチ」っていうのはもちろんそういう意味で使ってるんだよね?

千秋:うん。「グループ」「一味」っていう意味で。「sun bunch」と「三番地」でダブル・ミーニングになるのかな(笑)。

千秋くんのスター感、アイドル感がジャポニカの魅力になっているかなって、ライヴを観ていて思うんだよね。昔、でぶコーネリアスのライヴを観たとき、千秋くんが光GENJIみたいな格好をしていて……頭に長いピンクの鉢巻を巻いていた。

千秋:ふふふ(笑)。

あれはいまもやってるの?

千秋:いまはもうやっていないですね。いまはTOKIOになりつつあるので(笑)。

そうなんだ(笑)。その千秋くんのパフォーマンスっていうのはそういう昔のアイドルとかにロールモデルがあるのかなと思って。

千秋:パフォーマンスは自分で飽きないように、毎回ちがうことをしておもしろくしよう、というのがつねにあるので。でぶコーネリアスと主軸は変わっていないと思うんですけど。毎回ステージに出てきて同じことをして帰るんじゃなくて、自分でもびっくりするようなことがしたい。

ハプニング?

千秋:ハプニングっすね。それが毎回、起きちゃうっていうか。なんかあるんすよね。自分では意識してないんですけど。〈(CLUB)QUATTRO〉の上、登ったらめっちゃ怒られましたね。

(一同笑)

ジャポニカとでぶコーネリアスで意識的に変えていることはある?

千秋:まず「歌を歌う」っていうのがあるから、そこかなあと思います。でぶコーネリアスは「べつに歌なんて歌わなくてもいいかなあ」っていう感じなので(笑)。

千秋くんの歌はすごく色気があるよね。節回しを工夫しているのを感じる。そこがジャポニカの歌謡曲感につながっていると思う。一聴してラテン歌謡の感じがジャポニカにはあって。アイドル・ソングや、フォーク、歌謡曲のすべてに共通するようなグルーヴや雰囲気があった頃の時代が、ジャポニカのグルーヴからは香ってくるというか。千秋くんはもともとどういうところを目指して曲を書いていたの?

千秋:もともと遊びで歌を作っていたんですよ。ライヴでやらなくてもいいから、作ったものを音源にしてただひとりで楽しむみたいな、それぐらいのレベルだったんです。そういう感じだったんですけど、これは外でやろうということになって。そこからやっていくうちにこうしていこうというのは見えてきたんですけど。もっとキッズたちに聴かせたいとか(笑)。

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ジャポニカにバラードがなくて。俺は“上を向いて歩こう”がすごく好きなんだよね。それの現代版というか、自分なりの落とし込みかたとして“愛を夢を”を作った。 (スガナミ)


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スガナミ:アルバムの曲でいちばん最初に作った曲ってなんだっけ?

千秋:“天晴れいど”じゃないですか? BGM的なノリですけどね。

スガナミ:イージー・リスニング的な。

千秋:ゲームのセレクト画面でずっと鳴ってる、みたいな(笑)。それはけっこう「パレード」に近いものがあって。延々と繰り返すメロディはどういうものなのか、って考えていたんですけど。最初に作ったのは“天晴れいど”じゃなくて“クライマックス”かな? 他の曲とはちょっと毛色がちがうと思うんですけど、“クライマックス”は完全にふざけて作っていたんですよ。もともとは「アイドルっぽいやつを作ろう」と言っていて。たとえばトシちゃんが歌うような、そういう感じのノリで作ったんです。ジャポニカでやったらぜんぜんちがう形になったんですけど。

やっぱりそういう、80年代のアイドル・ポップスがすごく好きなのかなあって感じる。

千秋:好きですね。

それはどうして聴いてたの? トシちゃんとか、光GENJIとか。

千秋:中学生のときに昭和歌謡の復刻がたくさんあって。

スガナミ:コンピレーションが出てたよね。

しいね:出てたね。「青春○○年鑑」みたいな。

千秋:べつに懐古主義ではないですけど、中学生にはすごく新鮮に聴こえるじゃないですか。あと『ルパン三世』が好きだった、ってのもあるんですけど。サントラやリミックスが出てたりして。

ああ、小西康陽さんの(『PUNCH THE MONKEY!』、1998年)。

千秋:あのシリーズが完結したぐらいの年だったんですよ。それはたぶん、意識していない刷り込みっていうか。

昭和歌謡という点でスガナミさんにお訊きしたいんですけど、“愛を夢を”は唯一スガナミさんが書いた曲ですよね。これはどういう歌なんですか? すごく昭和感が出てる(笑)。

スガナミ:ジャポニカにバラードがなくて。俺は“上を向いて歩こう”がすごく好きなんだよね。それの現代版というか、自分なりの落とし込みかたとして“愛を夢を”を作った。だから、出だしの歌詞で「滲んだ星を数えてみた」とあるのはそれを意識してみたんだよね。テンポをどうしようか悩んでいたんですけど、千秋が「“上を向いて歩こう”と同じぐらいのテンポでやってみたらどうですか」とアイディアをくれて、やれたっていう感じかな。

そうなんですね。

千秋:中村八大です。

スガナミ:そう、中村八大(笑)。

千秋:中村八大は俺の地元の市歌を作っている人なんです。だからゴミ収集車が中村八大のメロディを流しながらゴミ収集するんですよ。

(一同笑)

スガナミ:当時、中村八大の話はよくしてたよね。

そっか。中村八大がジャポニカのアルバムに影を落としているわけですね。

千秋:(“愛を夢を”は)詩もまたいいんすよね。俺、そういう気持ちにさせちゃったかなあ、と思って(笑)。

スガナミ:やっぱり千秋の歌詞があって、どういうのを書くかっていうのを考えながら書いたところはある。

スガナミさん自身ではなく千秋くんが歌うから、というのもある?

スガナミ:それもあるね。

その前に入っている“想い影”っていう曲の歌詞がすごくおもしろい。歌詞の「鳴き虫通り」って、「なき」っていう漢字が最後は「亡き」になっているんだけど。

千秋:それは字のとおりですね。もちろん裏に「泣き」があるんですが。

この曲の歌詞はどうやって思いついたの?

千秋:もともと作曲のキム(ラヨシヒロ)が以前やっていたclassic fiveっていうグループのインストの曲だったんですよ。これにメロディを乗っけて、歌詞をつけて、ジャポニカでやってみようってなって。ぜんぶ同じコードなんですよね。

スガナミ:そうだね。ずーっと4つのコードで。

千秋:それにAメロ、Bメロ、サビをつけて、間奏をつけました。実験的な、自分でも挑戦的な感じになったんですけど。

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俺はラップができないから、そこで5・7・5という言葉の配列、リズム、テンポの川柳をいきなりかましてみようと(笑)。  (千秋)


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他の曲とぜんぜんちがう作り方?

千秋:そうですね。

スガナミ:千秋のメロディですごくいい抑揚のついた曲になったよね。

しいね:ずっと繰り返しなのにね。〈(音楽)前夜社〉でやるともう少し単調になるよね。豊かだよね。

スガナミ:川柳パートがすごく斬新なんだよね。間奏の部分の歌詞はぜんぶ5・7・5になっていて。

しいね:いきなり決めてきたんだよね(笑)。

千秋:あはは!

スガナミ:こういうユーモアの投げ方って新鮮。

千秋:俺はラップができないから、そこで5・7・5という言葉の配列、リズム、テンポの川柳をいきなりかましてみようと(笑)。

スガナミ:原始な言葉遊びを(笑)。

しいね:でもさ、25歳でラップができないから川柳ってなかなかないよね(笑)。

(一同笑)

スガナミ:ヒップなスムース・ジャズみたいな曲だからラップは合うんだけどね。

千秋:もしかしたらラップっぽく聞こえるかもしれないんですけど。

5と7の言葉のリズムだと、やっぱりすごく日本っぽくなって、歌謡感がすごく出ると思う。秋元康の歌詞って、けっこう5と7のリズムだったりするんですよ。だからちょっと歌謡曲っぽさがある。ジャポニカの歌詞って、言葉をさらっと流さないというか。言葉をはっきりと区切っていて、歌詞がそのまま歌として伝わってくる、スッと入ってくるよね。もちろん言葉の選択もすごく工夫しているからだと思うんだけど。ジャポニカの歌詞はどういうふうに書くの?

千秋:素の気持ちで、音、リズムといっしょに(書く)。

曲が先にあるんだよね?

千秋:曲が先なんですけど。「こういうテーマで書いてみよう」っていうのはあります。このテーマだからこういうリズムで、こういう言葉で、こういうフックで、みたいなものをざっくり決めてやっていますね。

初期にできた“クライマックス”は歌詞がすごくいいよね。こういう言い方は千秋くんは嫌かもしれないけれど、コピーライター的なひっかかり方がある言葉の選択になっていると思う。「レモンの刺激」と韻を踏んでいるのが「胸に霹靂」とか。直接的な言葉なんだけど、もっと膨らみがあるというか。言葉がスッと入ってきつつも、もっといろいろな意味が喚起される。「眩しい 街中 色彩 パニック」という単語を4つ並べているところもすごくいいと思う。フレーズ、フレーズで勝負している感じがある。

千秋:ありますね。そこはグッと寄って……グッと抱きしめて(笑)。

スガナミ:パンチ力?

千秋:そうですね。どの部分を切り取ってもパンチ力が(あってほしい)、っていう性格なんですよね。BメロでもしっかりBメロとして立つようにしようとか、そういう感じですね。

好きな作詞家っている?

千秋:安井かずみ先生。

あー。僕もすごく好きだな。僕は加藤和彦がすごく好きなんだ。

千秋:いいですね。あの(加藤和彦と安井かずみの)タッグがすごく好きで。松山猛さんも好きなんですけど。松山猛さんはもっとおしゃれっていうか、雑誌感、ファッション感があるんですけど。安井かずみ先生は、テーマが小さくて、かつ広いな、と思うんです。あとは……松本(隆)先生かな。松本先生は偉大すぎる。あの人はカッコよすぎる。キザすぎる感じがあるかもしれない(笑)。

でもジャポニカの歌詞もキザだよね。

千秋:マジっすか?

そんなことない? ロマンティックだと思う。

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1000円で2時間飲み放題というのは新宿歌舞伎町ではありえない設定だと思うんですけど。ジャポニカをやるときに「酒の場でやりたいですね」と。キャバレーじゃないですけど。 (千秋)


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千秋くんが書いてきた曲をジャポニカでどういうふうに形にしていくの?

千秋:このメロディをいれたいとか、こういうリズムをやりたい、ドラムはこのパターン、というざっくりしたアレンジの「骨」をメンバーに渡すんですよ。そこでパッとやって、そこから自分たちの味つけをしてもらう、っていう感じかな。メンバーにとっては(曲は)「お題」ですよね。かつ「このフレーズをいれてくれ」という指示があるなかで、この演奏をしている人に対してこの演奏をして反応を示そう、という積み重ねがあって(曲が)できると思います。完璧に「これがこれで」と1個ずつやってはいられないので、そんなに細かい指示出しはしてないです。

でもそれだけ千秋くんに主導権があるというか、千秋くんのバンドだなあ、っていうのはすごく感じる。〈音楽前夜社〉だからスガナミさんがやたら存在感あるけれど。スガナミさんはこのバンドではどういう立ち位置なの?

千秋:えーっと、スタジオ予約係です。

あはははは!

千秋:嘘です(笑)。マネージャーじゃないですけど、つねに横にいる存在です。ギターも弾いてますけど。俺と〈音楽前夜社〉のメンバーとの間にも入ってくれてます。「千秋どう?」「こんな感じですけど、どうっすか? いいっすか?」みたいにお互い聞き合う感じですね。

ご意見番みたいな感じで。

千秋:あんまアテになんないっすよね。ははは!

そうなんだ(笑)。

千秋:俺がいいようにしてくれます。「これはこうしたほうがいい」みたいなアドヴァイスは、時たまあります。ちゃんと意見を言ってくれます。サウンド面にはあんまり口出ししないようにしてると思う。

千秋くんの意見や考えを優先してくれるんだね。そうなんだ。どういうふうな関係性でジャポニカが成り立っているのかなあってすごく不思議だったので。

千秋:不思議ですよねー。(アルバムでは)1曲しかギター弾いてないのにすごい存在感がある。

ジャポニカは〈ロフト飲み会〉で毎回演奏しているよね。ジャポニカは〈ロフト飲み会〉っていう特定の場所、特定の時間と密接に結びついている。その「箱バン」的なあり方や場所性がジャポニカが普通のバンドとちがうところだと思っていて。〈ロフト飲み会〉が最初にはじまったのはいつ?

千秋:2年前の4月頃ですね。最初はGORO GOLOとかが出ていて、そこからゲストを呼んでいった。「1000円で飲み放題」っていうルールは崩さないように。かれこれ2年ですかね。1000円で2時間飲み放題というのは新宿歌舞伎町ではありえない設定だと思うんですけど。ジャポニカをやるときに「酒の場でやりたいですね」と。キャバレーじゃないですけど。

ナイトクラブ。

千秋:うん。お客さんには、会議しているバンドマンもいれば、若い子が来て踊ったりしてるし、ナンパして口説いてるやつもいると。そういう遊び場を作れたらなあと思っていたんです。幹事はユウくんなんですけど、裏で「この人がいいなあ」って言うのが俺の役目です。

ジャポニカの曲とそういう場とは合っていると思う?

千秋:うん。合ってるかな。聞きやすいというか。DJに負けたくないな、っていうのがありますね。ライヴでもつねにDJのような勢いでやらないと。ちゃんとインプットされる曲ってなんなんだろうって考えるようになって。

DJがかける超有名な曲と渡り合う、みたいな?

千秋:そうっすね。そういう曲がどういう原理でできているのかな、と思ったら、意外と単純で原始的であるってことがわかって。これは今後の自分の課題でもあるんですけど。どれだけ原始的にできるかな、と。言葉もそうだし。飲みの席でもあるし、難しいことなんかいらないと思うんで。

シンプルだからこそすごく普遍的というか、大衆的な響きがある。難しいことはぜんぜん言ってないんだよね。

千秋:俺はあんまり難しいことは考えられないので(笑)。横文字はわかんない、みたいな(笑)。正直な気持ちで(曲を)書けているのかな。

ジャポニカってこれまでCDを出してないよね。リリースしているのはマッチ(『火の元EP』)や勿忘草の種(『WASURENAGUSA EP』)にダウンロード・コードをつけたものと、“クライマックス”の7インチ。このフィジカルのアイディアは千秋くん?

千秋:そうですね。レコードを出したかったんですけど、レコードを出すために資金をどうやって作るか、と。

レコードが目標としてあって。

千秋:もともと出すならレコードがいいなあ、っていうのがあったんです。シングルを3枚切ってアルバムを録ろう、みたいな。でも、いきなりそれは無理だっていうことになって(笑)。まだバンドをはじめたばかりで名刺代わりになるものをどうしましょう、という話になりました。レコードは作れないし、CD-Rだとお粗末でダメかなあと思って。そのときダウンロード・コードが流行っていたので、これをどうにかしようと思って。ダウンロード・コードがいまメインで主流の新技術だとしたら、いちばん古い技術をくっつけて売っちゃおう、と。「火を点ける」っていう意味もあって、人間が発明した新しいものと古いものをくっつけた。

なるほどね。

千秋:ジャポニカのコンセプトにもそういうところがあるのかなあとも思ったりするので。新しいものと古いものと。それを出した半年か1年後ぐらいに、〈less than TV〉が骨(ThePOPS『BONE EP』)を出すんですよね(笑)。骨にダウンロード・コードをつける。これはヤバいなと。パッケージングとして極まってるもんな、と思って(笑)。

だって最近、ビニール袋にCDを入れてたよね(FOLK SHOCK FUCKERSの『FOLK SHOCK FUCKERS ③』)。

千秋:ダウンロード・コードとのつきあいかたがおもしろいですよね。〈less than TV〉の骨を受けて、そのあと種を出したんです。あっちはハードコア・パンクならではの「死」だけど、こっちは「リヴィング」「生きていくぞ」と対比になるものを。

ジャポニカはそういうふうに方向性がはっきりとしていて、フィジカル・リリースに対してちゃんと裏付けがあって、その一貫性がすごくいいと思う。

千秋:レコードの代わりというか、天秤にかけてレコードと同じくらいの重さのものを作ろうって考えてできたのがマッチと種ですね。本当はレコードが出したかったけど、それがダメならどうするか、と。そういう感じですね。

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言葉や音選びで「なにを持って出かけよう?」と。なるべく手ぶらがいいと思うんですけど。なにを持って出かけるかをすごく慎重に選んでいるかもしれないですね。 (千秋)


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千秋くんはアートワークも手がけていてすごいな、と思う。

千秋:アルバム・ジャケットは中東っぽいところが売りですね。

細野晴臣さんの『泰安洋行』とか『トロピカル・ダンディー』っぽいよね。音楽的にも、2014年の『泰安洋行』。

千秋:あっ、いいっすね。

『トロピカル・ダンディー』感あるよね、スガナミさんが(笑)。

千秋:「クロコダイル・ダンディー」かもしれないですよ(笑)。

絵は昔から描いているの?

千秋:そうですね。落描き程度にひそかに描いていました。

デザインは勉強してない?

千秋:勉強はしてないですね。ぜんぜん学校も行かなかった。

自己流なんだ。

千秋:1年ぐらい、女性のヌードとファッションのデッサンはしました。お絵かき教室みたいなところは行っていました。

千秋くんってJ-POPについてどう思う? 聴く?

千秋:ここ最近のですか? 聞きますよ。(中田)ヤスタカ先生はすごいな、と思います。Perfumeはすごい。最近のPerfumeときゃりー(ぱみゅぱみゅ)は歌詞もおもしろいと思います。ああいう音楽が平然とメインのシーンというか、お茶の間に出ているのがすごい。

いちばんメジャーなところで実験をやっているようなものだからね。先鋭的だもんね。

千秋:あとはブルーノ・マーズが好きっすね(笑)。

ブルーノ・マーズ!?

千秋:ダフト・パンクも相当すごいですよね。ダフト・パンクってシブい大人からナンパなヤングまで聴けるじゃないですか。あんなにシブいアルバムを出したのに、『EDM 2013』みたいなコンピにも入ってる。その幅の広さが恐ろしいと思って。ダフト・パンクさすがだわー、と。J-POPじゃないですね。

なんでJ-POPについて訊いたのかというと――ジャポニカってJ-POPというよりは歌謡曲に近いと思うんだよね。いまのJ-POPって歌謡曲的なものはすごく少ない。歌謡性をジャポニカは表現していると僕は勝手に思っているんだけど、ジャポニカが歌謡性を持ったポップスをやるっていうのは、アンダーグラウンドからのJ-POPへの揺さぶりかけのように思う。

千秋:あるかもしれないですね……。自分たちはいちおうJ-POPとしてやっているつもりなので。最近のJ-POPはその人が歌っているのかコンピュータが歌っているのかわからないようなものが多いじゃないですか。(ジャポニカは)そういうものとは真逆のやりかたでやっているのかな、と思う。もちろんジャポニカでチャートを狙う勢いで今後やっていきたいと思うんです。

それは絶対に狙えると思うんだよね。

千秋:目に入ってくるし、耳に入ってくるし、そこ(J-POP)を無視しているわけではないので。「ああ、こういうのが売れるんだ」と(笑)。疎外感はちょっとありますけどね。そういうアプローチのバンドは……。

あまり周囲にはいない?

千秋:そうですね。シンプルで原始的な形で残すってどんな感じなんだろう? と。いまはまだ勉強中なんですけど。いまは飛び道具的だったりとか、消費的だったりとか、そういうものがメインじゃないですか。まだそこには到達していないんですけど、いずれはゴリゴリのEDMサウンドがジャポニカソングサンバンチでできたらいいんじゃないですかね(笑)。やらないと思うけど(笑)。

ジャポニカの曲のメロディ・センスはオーヴァー・グラウンドに行けるようなものだと思う。でも、千秋くんが歌謡曲をリアルタイムで聴いていたわけではないということが関係していると思うんだけど、ジャポニカの歌謡性はぜんぜん懐古的じゃなくて、もっと未来に向いているよいうな、推進力になっていると思う。

千秋:「なにを持って出かけよう?」という感じはあるのかもしれないですね。

どういうこと?

千秋:たとえば、言葉や音選びで「なにを持って出かけよう?」と。なるべく手ぶらがいいと思うんですけど。なにを持って出かけるかをすごく慎重に選んでいるかもしれないですね。それが表現のひとつになっているのかもしれないです。

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 前回のレヴューで、ジャングルには、「音楽的にもまだ開拓する余地があり、横断的に、そしていろんなアプローチを取り入れることができるのだ」と書いた続き。
 遅ればせながら、僕は新世代ジャングルにハマっている。細かく断片化されて再構成されたパーカッシヴなブレイクビートの、言葉が舌に引っかかって出てこないようなまどろっこしさと、それとは相反して加速していくような滑らかさが同居しているという、ある種分裂的な感覚が実に気持ち良い。
 マンチェスターのアコードは、それをミニマル・テクノとうまい具合に調合する。

 さて、いま僕の隣にいる男が、アコードのふたりはシャックルトンからの影響が大きいとわめいている(彼は昨晩彼らと一杯やってきているのだ)。なるほど、たしかに、たしかにそうだ。それにしても、シャックルトンの影響がこういうかたちで表出するのか……。
 
 〈Houndstooth〉は昨年からファブリックがはじめたレーベルで、本作のリリースも2013年の冬、アルバムより半年ほど前に同レーベルから出している「Navigate EP」をいま聴くと──これまたごく個人的な興味の流れでリアルタムで追っている人には「何をいまさら」な話なのだが──リズムの組み方が新鮮に感じられる。
 シャックルトンのような、お化け屋敷で迷子になったような怖さはないが、フィリップ・K・ディックの描くまやかしの世界に迷い込んだかのようだ。風景が揺れているように感じるほど眩惑的で、ホアン・アトキンスともどこかで繋がっているのではと勘ぐらせる、マシナリーな、ロボティックなポスト・ダブステップ・ファンクといった風でもある。
 アコードのふたりは、いまちょうど来日中なので、興味のある方はぜひパーティに行ってみよう。東京公演は、日本人DJのラインナップも面白い。

 もう1枚、昨年のリリースで「何をいまさら」だが、とくに良いと思ったのはフレデリック・ロビンソンのデビュー・アルバムの『Mixed Signals 』。

 90年代にもジャングルはフュージョン/ブラジル音楽との接続を果たしたものだが、それはレイヴ・カルチャーが共同体に疲れて、なかばうんざりした時期におきた、離反と成熟から生まれたものだった。要は、それ相応の手続きと時間を要したのだが、この21歳のドイツ人青年は、そうした、いかにもシーンで揉まれてきたかのような汗や手垢の一切を感じさせないクリーンさで、しかし似たようなことをやっている。ロマンティックな美しいメロディと、こと細かく編集されたブレイクビートのドリルンベースで魅了したエイフェックス・ツインをフュージョンの側に寄せた感じだとでも言えばいいのか。しかもこの青年はひとりで、さまざまな楽器──鍵盤のみならずバイオリンまで──の演奏をこなしている。なんてクールなヤツだろう。

 ダンス・カルチャーには、フィリップ・K・ディックが『パーマー・エルドリッチの三つの聖痕』で描いたように、そこが楽園だと信じてあれこれ貪ったあげくに世にもおそろい目に遭うという側面がある。ゆえに……と言っていいのだろうか、ダンス・ミュージックには、おそらく直感的に、そこを楽園だとは思わせないような、ダークネスを敢えて描くところがある。
 アントールドやミリー&アンドレアの、暗い衝動を秘めたアルバムを聴き入ったあとでは、憎たらしいほどキラキラしていて、屈託のなさが気になるというか、気持ち良すぎて気持ち悪いのだが、耳に優しいのはフレデリック・ロビンソンだ。叙情に耽ることなく、清々しいまでに前進している。ああ、若いって良いナー。家聴きには最高のアルバムだし、僕は、初期のDJサッセや一時期のスヴェックのような、北欧系の、透明度の高いクラブ・サウンドを思い出す。
 本作は、下北沢のZEROに行けばまだ在庫があるかもしれないので、この音にピンと来た人は早めに駆けつけたほうが良いです。

The Correspondents - ele-king

 エレクトロ・スウィングというUKでちょっとした盛り上がりを見せているシーンがある。スウィング・ジャズとハウス、ヒップホップ、エレクトロ・ダンスの交合によって生まれたこのジャンルは、90年代に出現してなんとなく消えたスウィング・ハウスの流れを汲むと言われているが、数年前から復活の兆しを見せており、わが街ブライトンはロンドンと並ぶその聖地に数えられている。
 2009年にこのジャンル専門の初めてのパーティ、ESC(エレクトロ・スウィング・クラブ)がロンドンに登場すると、それに呼応してブライトンにもホワイト・ミンク・クラブが現れ、ロンドンのESCとブライトンのホワイト・ミンクはUKエレクトロ・スウィング界の2トップになった。ブライトンに同性愛者やアナキストが多いということはこれまでも書いてきたが、ブライトンについて言われているもうひとつの要素としてクラブが多いということがあり、骨董の街ということもある。なのでエレクトロ・スウィングのメッカとなる地盤はあった。UKのイビサとも呼ばれるブライトンのクラブ文化と、骨董品屋や古着屋が立ち並ぶザ・レインをうろつくレトロな若者の文化が交合すれば、それはそのままエレクトロ・スウィングというジャンルそのものになる。
 んなわけで、ブライトンのホワイト・ミンクとロンドンのESCは、このジャンルのアーティストやDJをキュレートして様々なダンス・イヴェントを主催しており、The Correspondentsもその周辺から出てきたアーティストである。ロンドン在住のDJ Chucksとフロントマンのイアン・ブルース(この人は将来を期待される画家でもあり、Courvoisier社の「英国の未来を担う全業界混合500人」のひとりにも選ばれた)のデュオであるThe Correspondentsは、イヴニング・スタンダード紙に「キング・オブ・ヒップホップ・スウィング」と称された。その形容がぴったりだったEP「What's Happened to Soho?」を聴いたときには、わたしは少なからず動揺したのであり、“Washington Square”のPVを見たときには、「オスカー・ワイルドがラップしてる」と思ったものだった。

 同曲や“Jive Man”など6曲が収録された2011年リリースのEP「What's Happened to Soho?」は「これがエレクトロ・スウィングだ!」とジャンルを丸ごとぶち投げて来た点で、本当はあれこそが彼らのデビュー・アルバムになるべきだったと思う。というのも、待ちに待っていた彼らのファースト『Puppet Loosely Strung』は、彼らを以前から知っている(とくにステージ)人間からすると、「へっ?」な違和感があるからだ。
 これはおそらく、彼らがエレクトロ・スウィングという狭いサークルから卒業し、ポップ界への進出を宣言したアルバムなのだろう。だからこそスウィングのエレメントは希薄になり、代わりに80年代エレクトロ・ポップのフレイヴァーが色濃く加味されている。リスナー層を広げたいという野心が本来の持ち味を薄めたと思うと悲しいが、それでも『Puppet Loosely Strung』はここ数カ月間わたしが一番聴いているアルバムである。全くそこにある必要性を感じない冒頭曲をすっ飛ばして2曲目の“Fear & Delight”から聴けば、これはこれでやはり新しいムーヴメントの息吹を感じさせるし、昨年のMelt Yourself Down同様、理屈や薀蓄抜きでまず踊れるのがいい。『華麗なるギャツビー』のリメイク映画のサントラでブライアン・フェリー・オーケストラやウィル・アイ・アムもそれっぽいことをやっていたが、アンダーグラウンドなエレクトロ・スウィング・シーンの熱さを伝えるのはやはり彼らのような人々のサウンドだ。

 それと呼応するのかどうかはわからないが、日本では、菊地成孔がホットハウスというダンスパーティを主催していると聞いた。紙版エレキングで、ペペの新アルバムが『戦前と戦後』というタイトルであることを知り、そう言えば、スウィング・ジャズが流行したのも第二次世界大戦の直前だったのだよなあ。なんてことを考えていた。

          *******

 話は唐突に変わるが、4月前半は日本にいた。
 今回の帰省でこれまでにない衝撃を受けたのは、「(戦争は)100%ないとは言い切れない」と言った人がいたことである。
 スウィング・ジャズが流行したのは……。とまた眉間に皺を寄せて考えそうになったが、ふと、ケン・ローチの『The Spirit Of 45』のBGMにもスウィングが使われていたことを思い出した。終戦直後の英国人たちが、戦争に勝った名相チャーチルではなく、地べたの庶民のための政治を選んだピープルズ・パワーの時代にも、あの音が鳴り響いていたのである。
 そして今。
 21世紀のブロークン・ブリテンのアンダーグラウンドでエレクトロ・スウィングが鳴っている。
 と書くと過剰に浪漫的かも知れないが、そのサウンドをヒットチャートに入れる可能性を持ったアーティストがいるとすればThe Correspondentsだ。というのはしごく現実的なファクトである。

interview with Teebs - ele-king


Teebs
Estara

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 いったい何故にどうして、いつからなのか……。自分がどうしてこの地上に存在しているのかを考えたときに、倉本諒なら迷わず、ぶっ飛ぶためだと言うだろう。ティーブスにしろマシューデイヴィッドにしろ、そしてフライング・ロータスにしろ、LAビート・シーンの音は、どうにもこうにも、フリークアウトしている。それらは、「ビート」という言葉で語られてはいるが、サイケデリック・ミュージックとしての表情を隠さない。日本で言えば、ブラックスモーカー、オリーヴ・オイル、ブン、ダイスケ・タナベ、ブッシュマインドなどなど……。彼らはストリートと「あちら側」を往復する。
 ティーブスは、そのなかでもとくに内省的で、ひたすら夢幻的だ。僕は恵比寿のリキッドルームにあるKATAで開催中のTeebs展に行った。12インチのレコード・ジャケをキャンパスにした彼の色とりどりの作品がきちんと飾られている。幸いなことに平日の昼下がりでは、客は僕ひとりしかいなかったので、ゆっくり見ることができた。鮮やかな色彩で塗られらコラージュは、どう考えても、ピーター・ブレイクがデザインした『サージェント・ペパーズ〜』のアップデート版で、また、彼の音楽世界をそのままペインティングに変換しているかのようだ。ヒップホップのビートに液状の幻覚剤が注がれているのだ。
 ティーブスの新作『Estara』には、プレフューズ73、ラーシュ・ホーントヴェット(Jaga Jazzist)、ジョンティ(Stones Throw)、そして、シゲトも参加している。僕がKATAに展示された彼のアートでトリップしていると、Teebsはふらっと姿をあらわした。感じの良い、物静かな青年だ。

マッドリブの初期のものとか、カジモトとか。僕は当時12歳で、そんな変な音楽を聴いている12歳は僕だけだったと思う。かなり主流からは離れている音楽だけど、僕はそういうのが大好きだった。

生まれはブロンクスだそうですが、いつまでそこに住んでいたのですか?

Teebs:良く覚えていないんだけど、2歳くらいだったかな。

通訳:かなり小さいときだったんですね。

Teebs:そう、でも10歳くらいの時まで毎年NYには帰ってたんだ。親戚がいるからね。

どんなご両親でしたか? 

Teebs:母親は、クールで寛容な人だった。彼女は物書きで、ブラジルやバルバドスで起こっていたことなどを小さな出版社の雑誌に書いて世界を救おうとしていた。母親は、ジミヘンやカリブ音楽なんかを聴いてた、クールな女性だった。父親は数学者で、とても厳しい人だった。僕はあまり彼のことを知らなかった。でも、仕事熱心で家庭をしっかり支えていたからクールな人だったよ。

あなたにどんな影響を与えましたか?

Teebs:父親には勤勉さを教わったよ。僕が内向的なのも父親譲りだと思う。でもそのおかげで、自分の面倒がちゃんと見れるようになった。母親は「あなたのやりたいことをやりなさい」みたいな感じだったから、父親と母親両方からの影響で一生懸命に好きなことをやる、というバランスが上手く取れるようになったんだと思う。

日本盤の解説を読むと、ご両親が音楽好きで、レゲエやアフロ・ミュージック、ジミヘンなどを聴いていたそうですが、子供の頃のあなたもそうした音楽を好みましたか?

Teebs:母親がかけていた音楽で、アメリカの音楽は馴染みもあったし好きだったね。カリブ音楽は、まあまあ好きだった(笑)。当時、僕は幼すぎたからね。家では、夜中の3時までそういう音楽をかけてダンス・パーティをしていた。

通訳:それは子供にとっては刺激が強すぎますよね。

Teebs:その通り。「もう寝たいんだよ……」って思ってた。だから当時はまったく理解できなかった。大人になるまではね。いまではそういうリズムがどこからか聴こえてくると笑みがこぼれるよ。誰がかけてるんだろう? って気になっちゃう。

当時ラジオでかかっているヒット曲や最新のヒップホップ/R&Bのほうが好きでしたか?

Teebs:僕は87年生まれだから90年代だよね。ヒップホップが僕のすべてだった。変わったものが好きだった。僕には兄がいて、彼から色々教わったんだ。僕の年齢じゃ本当はまだ知るべきじゃなかったことなんかもね(笑)。兄の影響で、とても変わったヒップホップが好きになった。

通訳:例えばどんなのですか?

Teebs:変わっているというか、ポップ・ミュージックにはないような感じのもの。MADLIBの初期のものとか、QUASIMOTOとか。僕は当時12歳で、そんな変な音楽を聴いている12歳は僕だけだったと思う。マッシュルームを食って音楽を作っているやつの作品を聴いてる12歳なんて僕だけだったと思うよ(笑)。

通訳:12歳でQUASIMOTOとは、たしかに変わってますよね。

Teebs:うん、かなり主流からは離れている音楽だけど、僕はそういうのが大好きだった。当時そういった変わったヒップホップや、アンダーグラウンドなヒップホップは、あまり良い出来ではなかったのかもしれなけど、誰にも知られてなかったていうことが、僕にとってはクールだった。その世界にどっぷりのめり込んだね。

通訳:それはやはりお兄さんの影響?

Teebs:そう。だから、当時起こっていたクールなものは全て見逃した。Q-Tipが全盛期のときも、僕は「いや、でもSwollen Membersってのもいてさ……」なんて言ってた。

通訳:カナダのグループですよね。

Teebs:そうそう(爆笑)。そういう奴らにすごくはまってて……。

通訳:アンダーグラウンドな。

Teebs:うん。本当にそれがクールだと思ってた。だから、主流な音楽は全然聴いてなかった。Living Legendsがはじまった時期は、Circusなどの複雑なラッパーが好きで、それからラップをやっていたころのAnticonも好きだった。そしてDef Jux。Def Juxには僕の人生をしばらくのあいだ、占領されたね。あと、バスタ・ライムス。彼は一番好きだったかもしれない。初めて買ったアルバムはバスタ・ライムスのだったなぁ。

通訳:彼はポピュラーな人ですよね。

Teebs:そうだね。僕が聴いていたときも既に人気があった。でもファンキーですごく奇抜だった。

ずいぶんと引っ越しをされたという話ですが、どんな子供時代を過ごしたのか話してください。

Teebs:引っ越しが多かったから、兄と遊ぶことが多かった。僕の親戚はみんな東海岸なんだけど、東海岸に住んでいるとき、アトランタにいたときは従兄たちと遊んでいた。従兄たちがやんちゃだったから、一緒にバカなこともやってた。デカいTシャツを着てね(笑)。

通訳:まさに90年代ですね。

Teebs:うん。90年代、ヒップホップ、アトランタ。で、Wu-Tangをずっと聴いてた(笑)。そんな感じで適当に遊んでたよ。それからカリフォルニアに引っ越してチノに来た。そしたら、いままでの(東海岸の)感じとまったく違った。スケボーがすべてで、僕もスケボーにはまっていった。そのきっかけが、変な話で、ビギーの曲をラップしている奴がいて、僕もそのリリックを知ってたからそいつの隣に行っていきなり一緒にラップしたんだ。そいつは「え、お前だれ?」みたいな感じだったけど、一緒にラップしたんだ(笑)。ラップが終わって握手したら、そいつが「俺はこの町でスケボーやってて友だちもたくさんいる。お前も俺らのところに遊びに来いよ」って言ってくれた。

通訳:それでスケボーをやり始めたんですね。

Teebs:うん、スケボーをはじめて、スケボーのおかげで聴く音楽もさらに幅広くなった。単なる変わったラップ、アングラなものだけじゃなくて、変わったプロダクションの音楽なんかも聴くようになった。Mr. Oizoを初めてきいたのもそのとき。
 それからエレクトロニックなヒップホップを聴くようになり、その流れでエレクトロニック音楽を聴くようになった。友だちはロックにはまってるやつらもいて、AC/DCのカヴァー・バンドをやっていて、僕も一緒になってやってみたんだけど、上手くいかなかったな。見てのとおり、その方面では芽が出なかったよ(笑)。僕はあまり上手じゃなかったからバンドにも入れてもらえなかったくらいだ。

通訳:バンドでは何をやっていたの?

Teebs:ギターを弾こうとしてた。友だちはスケボーのロック/パンクな感じが好きだったみたい。だからその方面で音楽をやってみたけど、まあ、そんなにうまくいかなかった。とにかく、スケボーが全てを変えた。たくさんの音楽を知るきっかけになったよ。音楽がどんなにクールなものか、ってね。

通訳:私もスケーターカルチャーは大好きです。スケーターはみんなカッコイイですよね。

Teebs:スケボーをやる人はいろんなことがわかってる。普通の人が持つ人間関係の悩みなんかを、早々に乗り越えて、経験や開放性を第一にして生きている。

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90年代、ヒップホップ、アトランタ。で、僕はウータンをずっと聴いてた(笑)。そんな感じで適当に遊んでたよ。それからカリフォルニアに引っ越してチノに来た。そしたら、そこはがすべてで、僕もスケボーにはまった。


Teebs
Estara

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子供時代のいちばんの思い出は何でしょう?

Teebs:たくさんあるよ。バカなこともたくさんやった。僕が通っていた高校は新しくて、まだ建設中だったときがあった。僕たちが第一期生だった。最初は全校で30人しかいなかった。新設校だったんだ。まだ工事中だったとき、夜中に学校に行って鍵を盗んで建設用のゴーカートを乗ったりしてた。ゴーカートは家まで乗って帰るんじゃなくて、ただ乗りまわして遊んでた。それから、建設用の大型機械とかも乗ってたな。

通訳:ええ!?

Teebs:ああ、死にそうになったときもあったよ。そういうバカ騒ぎをやってた。

通訳:悪ガキだったんですね(笑)。

Teebs:いや、バカなだけだよ。小さな町で退屈して、何か面白いことをしたかっただけさ。そこに、機械の鍵があったから……
 そういう、バカなことをした思い出はたくさんあるよ。アキレス腱を切ったときもよく覚えている。血がものすごく出たんだ。スケボーをしていてガラスの上に転んだんだ。急いで病院に運ばれたよ。あれはクレイジーだった。

旅はよくしましたか?

Teebs:家族とは時々した。他の州に行く程度だけど。あと、ロンドンにも一度、家族で行った。それから母国のバルバドスとマラウイにも一回ずつ行った。とても美しい所だった。それはとても貴重な体験だったから、家計をやりくりして実現させてくれた両親は心から尊敬している。

画家を志そうと思ったきっかけについて教えて下さい。

Teebs:とにかく絵を描くことが好きだった。それから正直、兄の影響が大きい。兄はマンガが大好きで、アニメの絵を描くのが大好きだった。最初はグラフィティだったんだけど、次第にアニメにすごくはまっていっていた。僕たちはLAのMonterey Parkというエリアに住んでいたんだけど、そこに住んでいる黒人は僕たちだけだった。他はみんなアジア人。アジアって言ってもいろいろなアジア人がいて、中華系が一番多かったけど、日本のアニメやゲーム・カルチャーの影響はその町にも強く表れていた。僕と兄は、そういったアニメやゲームの世界に囲まれていた。ゲーセンに行ってバーチャルな乗り物に乗ったりして遊んでた。
 兄は当時からクールなキャラクターの絵を描いていた。兄を見て、アートを通してアイデアを絵にして置き換えることができるのは、クールだと思った。素晴らしいことだな、と思った。自分でもやってみようと思った。僕たちは引っ越しが多かったから、友だちを作るのが結構大変だった。だから兄にいつもくっついていたんだけど、彼には「あっちいけ!」なんて言われてたから、ひとりで遊ぶようになった。アイデアを考えてストーリーを生み出し、それを絵にすることができるんだ、と思ってペンを使って自分のヴィジョンを見つけることにしたのさ。

ちなみに何歳から画家としての活動が本格化したのでしょう?

Teebs:2005年。高校の終わりの頃。スケボーショップでバイトしていて、僕は店でもいつも落書きしてた。そしたらショップのオーナーが、店で展示会をやらないかと言ってくれた。それがきっかけで、画家としての活動をすることになった。小さな町で展示会をやった。そしたら人からの反応があった。「すごいよ、これ!」なんて言ってくれた。びっくりしたけど、そこからもっと絵を描きたくなって、それをコミュニティのみんなと共有したかった。

あなたのペインティングは、抽象的で、ときには具象的なコラージュを使います。色彩にも特徴があります。あなたのペインティング表現に関しての影響について話してもらえますか?

Teebs:中世の作品、宗教画などがすごく好き。ヨーロッパの大昔の絵。昔のキリスト教のアート。そういったものの影響はとても大きい。色彩が鮮やかなところがすごいと思う。
 宗教画を見ると、「教会に毎日来ないと神から罰せられるぞ!」というメッセージが強烈に伝わってくる。その信仰心というのはすさまじくて、狂信的なほどの信仰心から生み出される作品というのは、本当にクレイジーだ。その作品に注がれる感情も強烈だ。その真剣な姿勢がとても好きだった。構成も好きだった。初期の大きな影響は宗教画。それからスケボーがアートに影響を与えた。いまは、なんだろう、人生という大きなかたまりかな。

あなたにとって重要な主題はなんでしょう?

Teebs:人とコミュニケーションが取れるポイントを、なるべくストレートな物体を使わずに、見つけて行くこと。なるべく意味のわからないものを使って。線や記号だけを使って、人に語りかけたい。そのアプローチが気に入っている。「より少ないことは、より豊かなこと」みたいな。自分自身を作品に登場させるのも好きだし、観察者を作品の中に描写するのも好き。その概念でいろいろ遊んでみる。例えば、今回のレコード・ジャケットの展示で、4本線は人を表している。作品の中に4本線があるときがある。それは僕にとって大切で、自分や家族を表している。「U」の記号は、他の人を表す。それも頻繁に使われている。作品を見てまわると、結構見えてくるよ。そういうシンプルな形やマークを使うのが好きなんだ。

ファースト・アルバムのアートワークにも、今回のジャケにも使われていますが、青、赤、緑のリボンのようなペイントは何を意味しているのでしょう?

Teebs:円の中にそれがたくさんあったら、自由形式というか体を自由に動かしている、ということ。あれは僕のしるしのようなもの。僕が頭のなかをスッキリさせているとき、リラックスしているとき、パレットを白紙に戻すというとき、その絵が出来る。それを描くことによって、自分の中にあった緊張やストレスが緩和されていく。心身のバランスが取れて、安心した気分になる。

あなたが花のモチーフを好むこととあなたの音楽には何か関連性があるように思いますが、いかがですか?

Teebs:関連性はあるかもしれない。花をアートのモチーフに使う理由と、自分が音楽をつくる理由とでは結構違いがあるけど、花が生れて形を変化させながら成長して枯れる、というのは音楽と共通するところがあるかもしれない。音楽も一時的に開花して、その後は徐々に消えて行くものだから。そのパターンは似ているかもしれない。

LAにはいつから住んでいるのですか?

Teebs:LA中心部に移ったのは2009年。チノには2001年からいたけど、LAの中心部に引っ越したのは2009年。

では、音楽活動をするきっかけについて教えてください。

Teebs:最初は兄のためにヒップホップのビートを作ろうとしたのがきっかけ。クールだと思ったんだ。兄はラップができたんだけど、僕はできなかった。だから僕はビートを作ろうと思った。

通訳:ではお二人でデュオをやっていたとか?

Teebs:いいや。兄は、兄の友だち同士で音楽活動をしていた。彼の友だちと一緒に制作をしていた。兄は多方面に活動している人だった。僕は、音楽を制作するということに興味を持ち始めていた。でもひとりでビートを作っていただけ。ビートを兄と兄の友だちに提供していた。それが音楽活動のきっかけだね。

通訳:いまではエレクトロニックな音楽を作っていますが、ヒップホップからエレクトロニックへと進化していったのは、やはりクラブへ行きはじめたからでしょうか?

Teebs:そうだよ。最初は、音楽の表現方法を深めるために、いろいろな音楽を聴いた。それから、クラブにも行きはじめた。その両方をしているうちに、サウンドでも自分のアイデンティティを確立していきたいと思うようになったんだ。ヴィジュアルな要素で、自分のアイデンティティを確立していくのと同じようにね。

どのようにしてLAのシーンと関わりを持つようになったのでしょうか?

Teebs:最初はDublabを通じてだね。〈Brainfeeder〉にも所属しているMatthewdavidがMySpaceで「君はクールだね、俺たちと一緒に音楽をやろうぜ」と言ってくれた。当時、LAシーンは既に盛り上がっていたけど、僕はまだチノにいたから、シーンのみんなとはMySpaceを通じて知り合った。

通訳:MySpaceに音楽をアップしていたんですね。

Teebs:うん。で、「君はクールだね」と言われた。僕もDublabはクールだと思ってたから嬉しかった。そこから、お互い、音楽をメールで送るようになった。それからDJ Kutma。彼のおかげでLAシーンと繋がり、LAの皆に僕のことを知ってもらうことができた。

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高校の終わりの頃。スケボーショップでバイトしていて、僕は店でもいつも落書きしてた。そしたらショップのオーナーが、店で展示会をやらないかと言ってくれた。それがきっかけで、画家としての活動をすることになった。小さな町で展示会をやった。


Teebs
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Teebsという名前の由来は?

Teebs:たくさんのニックネームを経てTeebsになった。僕の本名はMtendere(ムテンデレ)というんだけど、その名前を見るとMがtの前にあるから、発音がむずかしいと思われてしまう。マラウイの言葉で「Peace(平和)」と言う意味なんだ。チェチェワ語というんだけど、チェチェワ語の名前にしてくれてよかったよ。だって英語で「Peace」なんて名前だったら恥ずかしいだろ? 「Peace、お前、世界を救ってくれるのか?」なんて言われそうだ。とにかく僕の本名はそういう語源なんだけど、Mがtの前にあるから、みんな覚えにくいし言いにくい。だからニックネームになった。で、いつかTeebsになって、それがいまでもニックネームになってる。

通訳:Teebsは気に入っていますか?

Teebs:もちろんだよ。でも本名も好きだ。発音するのが難しくなければいいのにと思う。でもTeebsは楽しいし、人が発音しても楽しいし、僕の名前で遊んでもらっても楽しい。いまでも使っているのは気に入っているからだよ。本当はTeebsになった裏にはストーリーがあって、グロいから、いつか、オフレコで話すよ(笑)。

初期の頃にデイデラスとスプリット盤を出したのは、やはり彼の音楽にシンパシーを感じたからでしょうか?

Teebs:デイデラスは本当に大好きで、エレクトロニック音楽のプロダクションに興味を持ちはじめたのは、彼の音楽を聴いたからなんだ。普通のヒップホップのビートとは全く違うものだった。デイデラスのライヴを見て、すごく興奮した。そして、ダンスっぽいビートを作って彼に送ったんだ。友だちも、彼ならとくに気に入ってくれるかもしれないと思ったほどだから。何ヵ月も彼からの反応はなかった。だから、もしかしたらすごく嫌だったのかも、と心配した。ようやく彼から連絡があって、「最高だよ、毎日かけてる。一緒に音楽を作ってみようぜ」と言ってくれた。それから〈All City〉が声をかけてくれて「デイダラスと一緒に音楽制作をしないか」と言われた。すでに、デイダラスと音楽を作っていたところだったから、本当に良いタイミングだったよ。

通訳:デイデラスとは既に友だちだったんですね。

Teebs:ああ、かなりよく知っている方だった。でも、彼は西に住んでいて、僕は東というかチノに住んでいたから実際に会う機会は少なかったけどね。

Teebsの音楽にはビートがありますが、非常にドリーミーで、日本でもボーズ・オブ・カナダを聴いているようなリスナーから支持されています。ヒップホップ以外からの影響について話してもらえますか? とくに今回のアルバムには、ジャガ・ジャジストのラース、イタリアのポピュラス、シゲトなど、さまざまなスタイルのアーティストが参加していますよね。

Teebs:エレクトロニック音楽の影響は大きかった。ボーズ・オブ・カナダは、僕が音楽をはじめてからずいぶん後に知ったんだ。ボーズ・オブ・カナダを聴いたときは、「クールな音楽をやっている人がいるんだな!」ってびっくりしたよ。Dabryeの初期の作品はクールだった。ヒップホップ色が最近のものより少なかった。あとは、Vincent Galloの古い作品とかも良いね。他は、ギターだけで作られた、Bibioの初期の作品。きれいな音楽をたくさん聴いていた。ヒップホップとバランスをとるためだったのかもしれない。

通訳:ではヒップホップとエレクトロニカは同時期に聴いていたのですね。ヒップホップからエレクトロニカへと移行したのではなく。

Teebs:ヒップホップが先だったけど、それにエレクトロニカを追加した。ヒップホップは大好きだった。それから西海岸ではインディ・ロックも人気だった。IncubusとかNirvanaとか、そういのにもはまってたね。

エレクトロニカ/IDMスタイルの音楽でとくに好きなモノは何でしょう?

Teebs:いまはとくにいない。誰かを聴いて、ものすごく興奮するというのは最近ないな。

通訳:では過去においてはどうでしょう?

Teebs:ドイツの二人組がいて、Herrmann & Kleineというんだけど、かなり変態。Guilty pleasure(やましい快楽)って言うの?

通訳:ドイツのエレクトロニカですか?

Teebs:そう。ストレートなエレクトロニカで、しかもかなりハッピーなサウンド。自分の彼女にも、それが好きなんて言わない(笑)。Herrmann & Kleineは密かに好き。それからコーネリアスもすごく好き。彼の音楽を聴いたときはぶったまげた。すごくクリエイティヴで遊び心に溢れてる。でも音楽的にも、とてもスマート。彼は天才だよ、大好き。

プレフューズ73との出会いについて話してもらえますか?

Teebs:インターネットなんだ。それから、プレフューズ73がLAに来たときに、友人に紹介してもらった。Gaslamp Killerとプレフューズ73が一緒にショーをやって、その時に友人が僕たちお互いを紹介してくれた。それ以来、彼とは連絡を取り合って、彼のアルバムのアートを僕が描いたんだけど、そのアルバムは結局リリースされなかった。すごく楽しみにしていたのに残念だったなぁ。プレフューズ73も「あのアルバムについては悪かった。最後で意向が変わったんだ。その代わりと言ってはなんだが、次のアルバムは音楽の面で一緒に作業できたらと思う」と言ってくれた。なのでギアをアートから音楽に切り替えて、一緒に音楽を作った。

テクノのDJ/プロデューサーでお気に入りはいますか?

Teebs:テクノの人の名前は全然知らない。でも最近はテクノやハウスについてたくさん学んでいるところ。僕にとってテクノは、家で聴く音楽でもないし、誰が好きと言ってその人の音楽をフォローする感じでもないし、自分でコレクションを持ちたいというわけでもない。だけど、クラブで誰かが、かっこいいテクノをかけていると、メロメロになっちゃって、クラブで酔っぱらいながらそのDJに「あんた、すげえカッコイイなあ〜!!」なんて言っちゃう。ブースのそばでめちゃくちゃ興奮してるやつ、よくいるだろ? 僕はそうなっちゃうタイプでね(笑)。

通訳:好きではあるんですね。

Teebs:大好きだよ。自分がその音のなかにいるのが好き。次の展開が読めずに音をそのまま楽しむのがすごく楽しい。

ドリーミーと形容されるとのとサイケデリックと形容されるのでは、どちらが嬉しいですか?

Teebs:言葉としては、サイケデリックという言葉はとにかく最高だよね。でも僕の作る音楽はどちらかというと、サイケデリックというより、ドリーミーだと思う。でも、僕も、もともとはサイケデリックな音楽を聴いていたから、サイケデリックのほうが嬉しいかな。でもどっちでもいいや(笑)。

新作の『エスターラ』というアルバム・タイトルの意味を教えて下さい。

Teebs:Estaraは、僕がアルバムを作っていたときに住んでいた通りの名前。言葉として、とても美しと思った。言葉の意味を調べていくうちに、スペイン語の「〜である(Esta=To be)」だとわかった。「〜である」というのは、物理的にそこにいる、という意味と、その時の精神状態という意味がある。僕のファーストアルバムを振り返って、今回のアルバムを合わせると、円を一周して、元の位置・状態に戻る、ということになる。以前の状態を経て今回の状態へとなる、という意味なんだ。

曲が、“Piano Days”〜“Piano Months”と続きますが、今作におけるピアノの意味について教えて下さい。

Teebs:ピアノの美しさや簡潔さを表現したかった。本当に素敵な楽器だ。

通訳:ピアノは弾けるんですか?

Teebs:ああ、遊び感覚ではよく弾くよ。君をうっとりさせるほど、ちゃんと弾けるわけではないんだけど(笑)、僕とピアノとしばらくの時間があれば、何らかのものは生れてくる。“Piano Days”〜“Piano Months”と一緒にしたのは、理由があって、このアルバムはリスナーにとって、口直しのようなものであってほしいと思っている。このアルバムを聴いて、頭がスッキリして、心身ともに白紙な状態に戻ってもらえたらいいと思う。“Piano Days”を聴いたあとに、リスナーにもう少し、そのアイデアの余韻に浸ってもらっていたかったから“Piano Months”を次に持ってきた。

“Hi Hat”、“NY Pt. 1”、“NY Pt. 2”など、シンプルな曲名が良いのは何故でしょう? 

Teebs:直接的だから。なるべく直接的であるようにしている。物事もなるべくシンプルであるのが良いと思うから。

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デイデラスは本当に大好きで、エレクトロニック音楽のプロダクションに興味を持ちはじめたのは、彼の音楽を聴いたからなんだ。普通のヒップホップのビートとは全く違うものだった。デイデラスのライヴを見て、すごく興奮した。


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同じアメリカですが、カニエ・ウェストやファレル・ウィリアムスのような文化と、あなたがたの文化との大きな違いはどこにあるのでしょう?

Teebs:カニエの文化は、オーディエンスが大勢いるからそれに対応してアイデアやサウンドを表現していかなければいけない。そして、もっとポップの要素がたくさん入っている。それに比べて、僕たちの文化はもっと実験的で、ゆるくて、独特だ。僕たちの文化から生み出される良いアイデアが、フィルターを通して彼らの文化に表れている。そういう仕組みだと思う。みんな、僕たちの世界をのぞいて良いアイデアがないかと探す。それを彼らのプロダクションに活かすというわけさ。

通訳:それに対して否定的な感情はありますか?

Teebs:いや、ないよ。僕の作品から何かを取ったと聞いたら、それは一種の称賛として受け止める。僕がやっていることが評価されて取られているわけだから称賛だと思うね。本当にそっくりそのまま盗まれていたら否定的になるけど、それ以外だったら自分が正しいことをしているという意味だから、いいや。金のことはあんまり気にしない(笑)。

今後の予定を教えて下さい。

Teebs:Obeyの服のラインから洋服をリリースする。それは夏には出ると思う。とても楽しみにしている。プレフューズ73とは今後も、さらに一緒に制作をする予定。アメリカでアートの展示会をやる予定で、海外でも、もう何カ所かでやろうかと考えてる。去年、あまり活動的じゃなかったから、今年はいろいろな分野で活動していきたいと思っているよ。

※朗報! 5月23日、フライング・ロータス率いる《ブレインフィーダー》のレーベル・パーティーが史上最大スケールで日本上陸!

FLYING LOTUS
THUNDERCAT
TEEBS,
CAPTAIN MURPHY
TAYLOR MCFERRIN
MONO/POLY
AND MORE …

2014.05.23(FRI) 新木場ageHa
OPEN/START 22:00 前売TICKET¥5,500
※20歳未満入場不可。必ず写真付き身分証をご持参ください。
YOU MUST BE 20 AND OVER WITH PHOTO ID.
企画制作:BEATINK 主催:SHIBUYA TELEVISION 協賛:BACK CHANNEL

www.beatink.com

Flying Lotus (フライング・ロータス)
エレグラ2012、昨年のフジロックと急速に進化を続ける衝撃的オーディオ・ヴィジュアルLIVE『レイヤー3』、次はどこまで進化しているのか?その眼で確かめよ!

Thundercat (サンダーキャット)
昨年の来日公演でも大絶賛された天才ベーシストのバンドによる超絶LIVE!強力なグルーブとメロディアスな唄を併せ持つ極上のコズミック・ワールドへ!

Teebs (ティーブス)
1台のサンプラーから創り出される、超絶妙なグルーブ感と限りなく美しいアンサンブル。真のアーティストの神業に酔いしれろ!

Taylor McFerrin (テイラー・マクファーリン)
ロバート・グラスパーやホセ・ジェイムズと共演するなど、その実力でデビュー前から大注目を集めるブレイク必至の逸材が、遂にアルバムと共に来日!

Mono/Poly (モノ/ポリー)
超ヘビーなベースに、コズミックなサウンドスケープとグリッチなHIP-HOPビーツで注目を集める彼が遂に来日!

and more...

WATER(POOL):BRAINFEEDER DJs ステージ
● ブレインフィーダー所属のアーティスト達などによるDJ!

BOX(TENT):JAPANESE DJs ステージ curated by BRAINFEEDER
● ブレインフィーダーがキュレーションし選んだ日本人DJ達によるステージ!

ISLAND [メイン・バー&ラウンジ]:
BRAINFEEDER ON FILM& BRAINFEEDER POP-UP SHOP

● Brainfeeder On Film:映像作品上映エリア:ブレインフィーダーにゆかりの深い映像作品を一挙上映
● Pop-Up Shop:CDやアナログはもちろん、レーベルや関連アーティストのレアグッズを販売!
  この日しか買えないプレミアム・グッズも!
● Back Channel:人気ブランドBack ChannelとBrainfeederの限定コラボTシャツを販売!

ART:[LIVE PAINTING]&[EXHIBITION]
● ブレインフィーダー関連アート作品などの展示やライブ・ペインティングを展開!

※各ステージの更なる詳細は後日発表予定!

TICKET INFORMATION
前売チケット:¥5,500
●イープラス [https://eplus.jp]
●チケットぴあ 0570-02-9999 [https://t.pia.jp] (Pコード: 225-408)
●ローソンチケット 0570-084-003 [https://l-tike.com] (Lコード:72290)
●tixee(スマートフォン用eチケット) [https://tixee.tv/event/detail/eventId/4450]
●disk union (渋谷クラブミュージックショップ 03-3476-2627 /
新宿クラブミュージックショップ 03-5919-2422 /
下北沢クラブミュージックショップ 03-5738-2971 / 吉祥寺店 0422-20-8062)
●BACKWOODS BOROUGH (03-3479-0420)
●TIME 2 SHOCK (047-167-3010)
●FAN (046-822-7237) ●RAUGH of life by Real jam (048-649-6866)
●LOW BROW (042-644-5272) ●BUMBRICH (03-5834-8077)
●NEW PORT (054-273-5322) ●O.2.6 (026-264-5947)

【ビートインクWEB販売】>>> beatkart (shop.beatink.com)
[BEATKART限定!BRAINFEEDER4特製アート・チケットをお届け!!]

※20歳未満入場不可。必ず写真付き身分証をご持参ください。You must be 20 and over with photo ID.

[ INFORMATION ]
BEATINK : 03-5768-1277 / info@beatink.com
https://www.brainfeedersite.com/
企画/制作:BEATINK 主催:SHIBUYA TELEVISION 協賛:BACK CHANNEL
www.beatink.com

深夜+早朝イヴェント 〈Space Ritual〉#2&#3

 ライブハウス〈四谷アウトブレイク〉では、今年に入ってから隔月で朝5時からの早朝イヴェントを開催しているらしい。朝5時、だと……!? エネルギーとテンションが高まりすぎているひとのためなのか、超健康志向なのか、あるいは修行なのか。いやいや、ちゃんとからくりはある。早朝イヴェントの客層は大きく分けて2つ。「オールナイト明けで帰る前に立ち寄った人」と「早起きして駆けつけた人」。で、その前者に目をつけたのが本イヴェントだ。深夜+早朝の2部構成で開催されるとのこと!

 今回の深夜+早朝イヴェントを企画したのは、東京で活動している3人組スペースロックバンドGalaxy Express 666。「Psychedelic Underground」篇と「Young Fresh Fellows」篇という構成で、夜はディープなアンダーグラウンドを、朝は個性的な若手たちをフォローする。その他、出演者はサイケ、ガレージ、ハードコア、インディロック、ジューク等々さまざまな分野にわたる。鎮まりきらない夜を過ごした方はもちろん、早起きした方にも必ずや三文の得があるだろう。


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