「チャールズ・ボウデンの思い出によせて」との献辞が本作に添えられていたので、ノンフィクション作家だというチャールズ・ボウデンとキャレキシコのつながりについて調べてみると、中南米とアメリカにおける国境や移民、麻薬組織について多くの著作を残すノンフィクション作家(昨年他界)だというボウデンの『The World That Made New Orleans』という本についてインスピレーションを受けたというメンバーのジョーイ・バーンズの発言を見つけることができた。「それはハイチ、キューバ、ニュー・オリンズ、それにもちろん植民地からのアフリカ人奴隷とのつながりについて書かれたものだった」、「そんなに強いつながりがそれらの街や国にあることに僕は気づかなかったけれど、キューバに行ったときに僕の大好きなニューオリンズのある部分を思い出したんだよ」。それはアメリカのインディ・ロックとルーツ音楽がラテン・ミュージックへの旅を夢見たかのようなキャレキシコの音楽を説明するのに、それ以上ないほど適したものである。
そしてまた、8作めとなる本作『エッジ・オブ・ザ・サン』のインナースリーブにはボウデンの文章からの引用がある。「わたしは答や答をわたしに与える人びとを信じない。わたしは泥と骨と花、新鮮なパスタとサルサ・クルダと赤ワインを信じる。わたしは白ワインを信じない;わたしは色を要求する」。どういうことだろう、と僕は2、3度アルバムを聴きながら考えてみた。しかし考えてみたところでボウデンが言うように答はない……のだろう。だが、このアルバムにある「色」は、わたしたちが中南米の風景を想像するときに頭のなかで浮かべる、あの眩しい原色のことではないか。
前作『アルジアーズ』に勝手に枯れた味わいを見出していたので、オープニング“フォーリング・フロム・ザ・スカイ”から目を丸くしてしまった。この爽快で衒いのないロック・チューンはうれしい誤算だ。あるいはシンセ・サウンドがブリブリ鳴るラテン・ダンス・トラックのその名も“クンビア・デ・ドンデ”。得意のマリアッチ・ロック・ナンバー“ビニーズ・ザ・シティズ・オブ・ドリームズ”。情熱的で、しかしよく統制されてもいる。“トラッピング・オン・ザ・ライン”、“ウッドシェド・ワルツ”など哀愁たっぷりのフォーク・ナンバーもあるにはあるし、演奏の落ち着きぶりには円熟味と貫禄もあるが、アルバムを通して受ける印象は若々しく、エネルギッシュだ。メキシコシティのコヨアカンに実際に赴き録音したということがかなりの部分で影響しているのだろう、それはこのヴェテラン・バンドにフレッシュな息を吹きかけた。アイアン&ワインのサム・ビーム、ニーコ・ケース、バンド・オブ・ホーセズのベン・ブリッドウェルといったインディ・ロック勢から、ギリシャのバンドであるタキムのメンバーやメキシコ人シンガーのカーラ・モリソンなどワールドワイドなゲストが加わっていることも、このアルバムに際立った色彩を与えている。国内盤のボーナス・トラックにはよりラテン色が強い小品が収められており、そちらもとにかく痛快だ。
キャレキシコの音楽はいつも、決められた境界線をそれでもはみ出してしまう人びとや文化について鳴らしていた。ここで高らかに鳴るブラス・アンサンブルを聴けば、旅に出たくなる。それに赤ワインを飲みたくなる、たぶんに……白ワインではなく。いやこの際、酔えるならどちらでもかまわない。うまいパスタとサルサを食べよう。それはフェイスブックにせわしなく写真をアップすることではなく、南の風を頬に浴びることだとこの歌たちは教えてくれる。「僕は行きたい/あの豊かな地へ/遠く離れた/笑顔のある場所へ/そしてあのクンビアで踊りたい」。もうすぐ夏がやってくる。
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──著者「序文」より
つねに家庭崩壊の危機に瀕している先行き不安な人間が言うのもなんだが、これから先、日本でも離婚はどんどん増えていくだろう。一般論を振りかざして申し訳ないが、女性の社会進出が加速し、経済的にもどんどん自立して、家庭内における役割も相対化されていったとき、夫婦が何十年も一緒にいることの意味はさらにもっと厳しく問い詰められていくだろう。とくに慣習にあぐらをかいている多くの男性諸君は、ある時期が来たら必ずビビることになるので用心したほうがいい。人生における経験とは、ラヴソングのようにはいかないことを学ぶことなのだ……なーんて、ビョークのレヴューに相応しくない枕詞だな。
そもそも『ヴァルニキュラ』は、かれこれ数ヶ月前(配信は1月? CDが4月?)にリリースされた作品。かくいう僕は5月に入ってアナログ盤で買ったぞ。熱心なファン(僕もそのひとりなんだけど)の方々はとっくに聴いている。そのなかには、満足した人も満足できなかった人もいるだろう。以下の文章は、それほど満足できなかった人間の与太話として聞き流してもらえたら幸いである。
アルカ、そしてハクサン・クロークといった人たちの起用は、チルウェイヴ全盛期にウィッチな感性を打ち出した〈トライアングル〉系が脚光を浴びたのが2011年あたりだから、かつて流行に敏感だったビョークにしては、ずいぶん遅れた反応だ。
別に早ければいいってものでもない。ウィッチ・ハウスとモダン・クラシカルの溝を埋めたのが、ジュリア・ホルターであり、ジュリアナ・バーウィックであり、さらにまたこの4年のあいだにローレル・ヘイローやインガ・コープランドをはじめ、グライムスとかサファイア・スローズとか、宅録女子──性で音楽を括る愚行をお許しいただきたい──がシーンに与えてきたエネルギーを振り返ってみても、さすがビョーク、脇目もふらない力業の1枚だと思う。
しかも、その貫禄ゆえかアルカとハクサン・クロークも自分たちの良さを出すというよりはビョークに合わせた感が強い。ビョークの熱い歌いっぷり、それをなかば演劇的に強調するトラック。夫婦仲の破局を描いた濃厚なメロドラマは、ストリングス系の調べの優麗な響きを重ねながらスピリチュアルに展開する。キャッチーな曲もなければ、離婚後の財産分与の心配などもない。僕自身もポップスターの恋の破局に同情を寄せるほど余裕があるわけではない。
なにか別の視点があれば……マーク・ベルの不在を思う。ビョークのベストソングのひとつ“ヨーガ”においても、ベルの無機質なエレクトロニクス/ノイズが果たしている役割は大きかった。さもなければ、これまたビョークのベストソングのひとつ“オール・イズ・フル・オブ・ラヴ”におけるファンクストラングのプログラミングを思い出して欲しい。つまり、今回のような個人的で、重たい主題であればなおさらアントールドのような、感情移入はせずに、音の鳴りだけにしか関心のない人を起用するべきだったというのが僕の意見である。
ローレル・ヘイローやインガ・コープランドなんかを聴いて、男のリアリズムを過信しているととんでもないことになるぞと思うのと違って、なんだかんだ言ってビョークは古風な人なんだと思う。僕も自分を古風だと思っている。そして、なにが正解なのか僕にはいまだにわからない。夫婦の破局/家庭崩壊──しかしこれらとて人生の新たな門出/家庭再構築と前向きに捉えることだってできる。が、理屈だけでは解決できないのところにファミリーというものの難しさがある。
こと男女関係について言えば、僕に有益な情報を分け与えてくれるのは長年クラブ・カルチャーに関わっている人たちである。高次な精神性とは遠いかもしれないが、しかしときとして高僧並みに人間をよく見ているヤツだっている。男のリアリズムなんて嘲笑の対象。生身の男と女なんてある意味アブノーマルで、ネットで情報を拾っているだけでは、ぜんぜん真実には近づけないから。やはり早いうちにいろいろ学んでおくのが、悲劇/人生の新たな門出を避けるもっとも有益な方法だと思う。でも、それができたら苦労しないよな。
海外から受けるインタヴューで、もっともよく聞かれることは「日本人であることと、あなたの音楽の関係には、どんなことがありますか?」ということだ。アンビエントに興味を持っている海外のリスナーは、日本のアンビエント・ミュージックの特異性というものに興味があるらしい。このことは、アンビエントに限らず、ノイズやミニマル、音響シーンにおいても共通していることだろう。日本の文化には何か独特のものがあることは間違いない。その理由として、日本語という言語と、高温多湿な環境が関係しているという有名な脳科学の話がある。脳科学だけでモノごとを済ませる論法は短絡さを感じる部分もあるけど、そこに倍音と日本文化を絡めた話は、なかなか面白い。
日本人の脳は、音楽と言語ということに関して、世界でも特殊なシステムを持っていることが科学的にわかっている(角田忠信『右脳と左脳』)。
倍音というのは、基音になる一番低い音以外の音で、音色の差異を生み出している。同じ音程でも音色が違うのは、その基音に重なる倍音によって決まっている。
整数倍音というのは、基音の周波数を整数倍したもので、西洋の楽器によく見られる。これに対し、非整数倍音というのは、自然界の音やかすれ声のように、基音と倍音の関係が整数倍ではない複雑な音のことを指す。和楽器を始めとした民族楽器は非整数倍音の要素が高い。一般的に、整数倍音の声は、カリスマ性や荘厳性を高めると言われている。ジョン・レノン、ボブ・ディラン、美空ひばり、タモリの声なんかは整数倍音の比率が高い。一方の非整数倍音は、重要性や親近感を高める。森進一、ビート・たけし、さんまは非整数倍音が多い。(中村明一『倍音』)
子音というのは自然界の音に近くて、非整数倍音の比率が高い。通常、左脳では言語を、右脳では音や感情を知覚する。日本語とポリネシアの一部の言語以外は単語の中に子音だけの音も多く、子音だけを左脳で、母音は右脳で処理される。つまり、言語の意味は左脳で処理され、母音やその他の「音そのもの」に関しては、右脳で単なる「音」として処理をされる。しかし、すべての音に母音を含む日本語で6歳から9歳を過ごすと、母音も左脳で処理されるようになり、日本語脳になる。そのため、本来右脳で感じる自然音や和楽器といった非整数倍音を多く含む音も、左脳で処理するようになるのだ。通常、音は音として右脳で感じ、その音の意味というものを感じとることができないが、日本語脳では、非正数倍音の音を言葉と同じく左脳で理解し、言葉を非整数倍音の情報も加えて理解する。
わかりやすい例に、打検士という缶詰の中身の状態を、叩いた音で判断する職業がある。日本で発達したこの職業を海外で普及しようとしても、音の意味を考えるという能力が、日本語脳でないと難しいらしく、海外では普及できなかったそうだ。(この資格が、平成9年に公的な資格ではなくなってしまったのは悲しいことだ)
また、日本語には擬態語や擬音語(オノマトペ)、あるいは同音異義語が多いという特徴がある。漫画を外国語に翻訳をするとき、このオノマトペの翻訳が一番難しいとされる。「ペシ」とか「メリ」とか「ボゴッ」「グシャッ」とか。そういう音の違いが意味するところの感覚は日本人特有のものらしい。
あるいは、「し」という同音異義語であれば、日本人は「死」「師」「詩」の違いを、音の高低ではなく、非整数倍音の割合で判断している。重要な「し」ほど非整数倍音が多く含まれる。
反響の少ない環境では、倍音が聴きやすい環境になる。こういった言語上の特性は、高温多湿で、木々や襖に囲まれた日本の生活だからこそ育まれたものと考えられている。
アンビエント・ミュージックというのは、呼吸や自然音との関係が密接だと書いたが、これらの音は、非整数倍音という点で共通している。とくに呼気の音というのは、人間の身体で生じうる非整数倍音の最たるものだ。ブライアン・イーノが言ったアンビエント・ミュージックに特有の「アク」というのは、非整数倍音のことだと僕は思っている。
自分自身のこれまでの感覚を顧みても、アンビエントに限らず僕が感銘を受けてきた音楽は、この非整数倍音との関係が深い。まずは、武満徹。今でももっとも尊敬する音楽家のひとりであり続ける彼の音楽は、尺八や琵琶などの非整数倍音を多く含む和楽器を多用している。あるいは、「PROPERTY OF BRIAN ENO」と銘記されたイーノ愛用の初代Mackie1202は結構なノイズが乗る。同じくMackieの専門家、中村としまるさんは非整数倍音の鬼だし、ケン・イケダさんの「Kosame」というアルバムも、楽器に触れる音である非整数倍音にフォーカスされた曲作りに衝撃を覚えた。ヴァイナルやFLACのリリースにこだわり続けるステファン・マシューは、現存する最高の倍音奏者の一人と言って差し支えないだろう。「自分の音楽がCDになる度に、この音楽は自分の音楽ではないと落胆するよ」と言っていた。テイラー・デュプリーをはじめとした12Kの面々も非整数倍音へのこだわりは強い。フェデリコ・デュランドのノイズも、彼のトレードマークに近い。最近はまっている風鈴なんかは、非整数倍音に風で揺れることによるドップラー効果というゆらぎが加わる。
真空管の魅力も倍音そのものだが、倍音の話を知る以前から、僕の作品はいつも小松音響さんの真空管のラインアンプを通して録音をしてきた。マスタリングもほとんどの場合、真空管を通すようにしている。自身の最初のアルバムの1曲目は「弦と指の間の日常的な会話」という曲で、ウクレレと指の摩擦音によって生じる音がテーマになっている。とくに意識をして作った訳ではないが、20年近く前から、漠然と追い続けてきた「音の肌触り」というのは、この非整数倍音のことだったのかと最近納得している。僕の中で音楽はいつも言葉より先にある。
もちろん、日本人だけでなく、海外の音楽家もこの非整数倍音への意識は高い。非整数倍音は、左脳で感じようが右脳で感じようが、美しさという点では変わらずに判定できるのだろう。ただ、その美しさに伴う「意味」を感じ取れるとしたら、それは日本語脳を持っている脳の方が向いているのかもしれない。そうなってくると、日本人の音楽は必然的に特殊なものになってくるだろう。
良くも悪くも、日本人はハイブリッドな人種であることはたしかだ。現在の医学界の中でも、これほど西洋医学と東洋医学の中間に位置する国はない。日本人の選民思想などは持ち合わせていないが、現在の日本という国が世界の中で置かれている位置というのは特別なものがある。
音環境が日本人の脳を左右するように、日本人の免疫を始めとした身体機構も、おそらくなんらかの特異性を保有している可能性が高い。なぜなら非整数倍音は脳だけでなく、身体にも作用していることがわかっているからだ。現に和服というのは、皮膚に非整数倍音が伝わりやすい構造の衣服でもあるとも言われている。
この非整数倍音の意味は何か。産業という均一化のベクトルに対して、複雑さをもたらす音によって、近代以降の陰陽バランスを整える意味をアンビエント・ミュージックは担っているのではないだろうか。という僕の解釈を前回書いた。非整数倍音がもたらす心身への作用は大きい。からだとこころの環境に非整数倍音を。
ブルースの王者、と何の注釈も懐疑も付されることなく尊称を受けた人物、BBキングが89才でこの世を去った。2015年5月14日。王者の死とは何を意味するのだろう。あるいはブルースの死とほとんど変わらない意味を持つものなのか。
BBが身近な存在だった人もいれば、ブルースなんてまったく別世界、という人もむろん多かっただろう。根源的な音楽、だけれど避けて通りたい音楽、できればその音楽ファンだと悟られたくない音楽……であったかもしれない。でもこの世に生きている以上、その網の目から逃れることのできないのは、ブルースという音楽の持つ根強さ、存在感、無意識のうちに人に宿る精神性あればこそである。BBキングはまさにそれを体現していた。
1925年、和暦で言うなら大正14年、日本では初めてラヂオ放送が開始されたというこの年、蛇行するミシシッピ川と歩みを共にする死の川、ヤズーの流れを近くに見るデルタ地帯バークレアで貧しい刈り分け小作人一家に生まれたライリー・B・キングだったが、空腹をどうにも抑えきれないまま、州を東西に走るハイウェイ82を往きつ戻りつした少年時代から星霜いくつか、終のすみかとしたのは、糖尿病と闘ったラスヴェガスの自宅であった。死ぬまで現役、2度の結婚暦があるが66年以降独身であり、15人の女性の間に15人のこどもがいる、と本人は確認していた。
功成り名を遂げた人生のように思えるが、そこへ至る道筋は容易なものではなく、何よりもBB本人の不屈の前へ進む力、底知れぬエネルギーがあって初めて実ったものだった。
BBのブルースに対する姿勢は首尾一貫したものがあったが、その周囲の聴き手は揺れ動くものだった。メンフィスのラジオ局でDJとして活動していた頃の1952年「夜明け前3時のブルース」の大ヒットによって一躍黒人社会で名声を手にした。しかしそのあと、ロックンロールの時代の到来により人気下降の音楽となったブルース、それに歩調を合わせようとしたり、また白人ポピュラー歌手の分野に入ってなんとかメインストリームの聴衆をつかもうともした。最も心が痛んだのは、黒人聴衆がブルースに背を向けたときだったろう。ブルースは奴隷制時代を思い出させる、過去の忌まわしい音楽、というような見方が広がり、ステージでブーイングを受けたこともしばしばだった。その苦しみからの救出は、60年代後半にやってきた。ロック・ギタリストたちによる一種の神格化である。68年、初めて線路を渡り、今や伝説的なライヴ、フィルモアへの出演では、ステージに登場するなり観客が総立ちとなっており、BBは感激のあまり涙を流したと伝えられる。一部とはいえ黒人客からのリアクションとのこの違い。自分の音楽をなんとかしてメインストリームに届けたいと思い描いてきたBBにとって、突然の啓示ととらえられたのではないだろうか。60年代初めにはBBの打ち立てたモダン・ブルースは完成していた。ホーン・セクションを前面にしてドライヴし続けるバンド・サウンド、核心には愛ギターのルシールに歌わせながら、一体化してゆく自身の濃密な歌。ヴォーカル&ギターの合体があってこそのキングの称号であり、ブルースの一大革新である。
71年初めて日本へやってきた。年に300日を超えるワン・ナイターを繰り返すBBだが(記録では1956年には年間342回のライヴを行ったことがある!)それと寸分違わないショーを日本人に披露、このライヴにはぼくも度肝を抜かれたものである。ロックでもない、ソウルとは違う、かといってジャズとは別もの。初めて日本にブルースが屹立した。このとき、公演を行った今や伝説的ショウ・クラブ、赤坂ムゲンの屋根裏楽屋で幸運なことにインタヴューする機会を得たが、その人当たりの良さにさらに驚愕したものだ。まだ40代の王者の顔をのぞき込む。いったいこの人はどういう人物なのか、お人好しか、あまりにもプロフェッショナルなのか……BBの好きそうなレコード、ドクター・クレイトンのブルースなどかけながらぼくは判断しかねていた。ちょうど彼の最大のヒット曲ともなる「スリル・イズ・ゴーン」の時期だ。「スリル・イズ・ゴーン、いやまったく」などとレコード評にしたり顔で書く男もいたが(筆者です)、一般世界ではとっつきにくいと思われたブルースがいくぶんポップ分野に降り立ってきたところだった。
この時点でBBはスーパー・ギタリストとしての扱いを主にロック側から受けるようになっていた。だからといって黒人聴衆をないがしろにするような人物ではなく、いわゆるチタリン(臓物)・サーキット(黒人ミュージシャンが渡り歩くライヴのルート)回りは続けている。エリック・クラプトンやU2との共演が飛躍的にファン層を広げたのは確かだし、それはBBの意志と、60年代からバックについたマネージャー、シドニー・サイデンバークの力の結晶でもあった。そんな一方、時期的には晩年になるが同じミシシッピ出身のヒップホップ・ニューカマー、ビッグK.R.I.Tの人種主義をテーマにした曲に敢然と参加したりしたのも、BBにとって決して忘れることのない事柄が何なのかを端的に示していた。それは前を見据える25才の青年と酸いも甘いもかみわけた85才の老人が意気投合した一瞬であり、ブルースという名前を持った音楽が飄々と現れることに、アメリカにとって逃れることのできないくびきを感じる場面だった。「ヒップホップはブルースだ」とはBBの訃報に接したジェイZの一言である。
王者はスウィート・チャリオットに乗って、たゆたう天空を昇っていった。だがブルースは誰の心にも生き続ける。それがBBの大書していった遺言である。
数々の有名EDMのトラックから低周波のみをサンプリングし抽出することで、まるでグルーヴの残滓を再生成するかのように快楽的なミニマル・ダブを生みだすこと。これが本作の目論見である。いわば「極限のサンプリング」によるサウンド生成。
ジ・オートマティックス・グループはヨーク大学の音楽研究所の一員、テオ・バートのプロジェクト。本作は〈アントラクト〉から200部限定で2011年にリリースされた『サマー・ミックス』(E130)の国内盤である。
〈アントラクト〉はエクスペリメンタルなサウンド・アート的な作品を送り出しているレーベルだが、音楽の形式性に束縛されない自由なリリースを継続しており、本作もレーベルにしては異質の(それゆえこのレーベルらしい)ミニマル・ダブ・アルバムとなっている。乾いた砂塵のような持続音と、偶然と構築のエラーから生まれたマイクロスコピックな電子音、再蘇生したようなキックなどからなるトラックは、とても快楽的だ。まさに2015年の夏に相応しいテクノといえる。ベーシック・チャンネルをオリジンとし、Gas(ウォルフガング・ヴォイト)、ヤン・イェリネック、ディープコードなどに連なる洗練されたミニマル・ダブの系譜にあるアルバムだ。
だがよく聴いてみると、いわゆるミニマル・ダブとは低域の作り方が異なっているようにも思える。端的にいって音が軽いのだ。その「軽さ」ゆえ、聴覚に直接的にアディクトする感覚もある(音量の増大によってトラックのコンポジションを起こっているように聴こえる)。となると、やはりEDMのサウンドを抽出し、そのサウンドによってトラックを組み上げていったことが、とても重要なことに思える。
つまり、「EDMのトラックから抽出したコンセプチュアルな音響生成によって生まれたこと」を考慮すると、〈アントラクト〉のレーベル・カラーどおりのサウンド・アート作品にも聴こえてくる/思えてくるわけだ。これは2010年代ならではの「音響彫刻」作品なのではないか。
すると砂丘の砂塵のように乾いた快楽的な音が、デジタルサウンドの残骸のようにも感じてくるから不思議だ。仮想の人工楽園で展開される開放的な死後の世界のような無常観が、ディスプレイのむこうに再現される、そんな同時代的なアイロニー感覚を感じるのだ。また、EDMのアーティストの名を羅列した「だけ」の曲名にも強いアイロニーを感じる。まさに「デス・オブ・レイヴ」!
このような独創的なアルバムを2011年にCD作品としてリリースした〈アントラクト〉の先駆性も驚きだが、それを2015年にアナログ再発した〈デス・オブ・レイヴ〉、さらに国内CD盤リリースに踏み切った〈メルティング・ボット〉の同時代的な嗅覚も素晴らしい(国内盤「JP」はボーナス・トラックが1曲追加され、計5曲収録の決定盤となっているのでお勧め)。アルバムのアートワークもこの国内盤に合わせ、〈アントラクト〉の近年のリリース作品のフォーマットにリメイクされている。
それにしてもベーシック・チャンネルといいGasといい、ミニマル・ダブのサウンドが、まったく古くならないのは何故なのか。テクノロジーの進化と直結している電子音楽が、数年でそのサウンドが古くなってしまうことが多いなか、ミニマル・ダブの耐久度の高さは異常なほどだ。単なるサンプリングではなく、原型をとどめないほどにサウンドを加工することから生まれる音の快楽性、低音重視という聴覚の普遍性を接近しているからか。
本作は、高度に完成されたサンプリング/エディットの美学であるミニマル・ダブに、EDM(の残骸)を利用するというアイロニーによって介入している点が重要なのだ。まさに2010年代敵な「デジタルの残骸」の活用。ここにヴェイパー以降、2010年代的な「新しいアイロニー/ニヒリズム」があるといえば、いい過ぎか……。
むろん、普通に聴いても最高のミニマル・ダブ/テクノであることは繰り返すまでもない。この夏、そんな「世界の終わりのダンス・ミュージック」を聴きまくりたいものだ。
昨年『ザ・レフト―UK左翼セレブ列伝』という本を書いた。
で、5月7日に行われた英国総選挙の前後、そこで取り上げた著名人たちにも動きがあったので拙著の続編としてまとめてみたい。
まず、マンチェスターのサルフォードから国会議員に立候補した元ハッピー・マンデーズのベズ。彼はリアリティー党という政党を立ち上げ、今年1月に選挙委員会に登録しようとしたが、以前リアリスト党という政党が存在したことが判明し、有権者の混乱を招くかもしれないので改名せよと選挙委員会から命じられ、ウィー・アー・ザ・リアリティー・パーティー(俺らがリアリティー党だ)という党名に変更している。
のっけからトラブルに見舞われた船出となったが、立候補者3名のミニ政党にしてはさすがに注目を集め、BBCニュースの小政党特集にも招かれ、ベズが党首インタヴューを受けた。吉本新喜劇のヤクザ役が着るような派手なストライプのスーツを着て登場したベズは、緊張していたのかラリってたのか判然としない目のとび方で、「フラッキングに反対ならマラカスを振れ」、「全ての人に変革を、それも今すぐに」という党の選挙スローガンについて語った。目つきはヤバいしスーツは池乃めだかみたいだし、ってんで完全にイロモノ扱いされていたが、ベズはインタヴューの中で、自分が政党を作って立候補したのはみどりの党がマンチェスターでは弱いからだということを明かした。
みどりの党のお膝元といえば我が街ブライトンだが、各選挙区で勝利した政党のカラーで色分けされた英国マップを見ていると、ロンドンは赤(=労働党)だが、それより南の地域は見事にブルー(=保守党)一色であり、最南端のブライトン&ホーヴ市だけが赤とグリーン(=みどりの党)になっている。よって「ブライトン&ホーヴは南部のスコットランド。独立すべき」などと言う人もいるが、みどりの党の国会議員キャロライン・ルーカスは、拙著『アナキズム・イン・ザ・UK』に登場する底辺生活者サポート施設のアドバイザーを務めていた人だ。みどりの党は、「エコお洒落なミドルクラスのための政党」と呼ばれた頃とは違い、近年は反緊縮や貧困廃絶のカラーを強く打ち出している。
北部の労働組合が強い地域は今でも労働党が幅を利かせているので、ベズが立候補したサルフォードでも約2万1000票を獲得して労働党議員が当選した(ベズは約700票で落選。8候補者中6位)。が、ブレア以降、著しく保守党寄りの政策をとるようになった労働党にベズは不満を感じており、SNP(スコットランド国民党)やウェールズ党と組んで反緊縮、反核の左翼連合を組んだみどりの党への強い共感を表明している。
投票日の夜、ベズは地元紙にこう語っている。
「これは単なる始まりだ。今年は勝てなくとも、俺たちが重要だと思っている問題への人びとの認識を高められたと思う。同時に、俺は人びとにもっとみどりの党に投票してほしい。彼らのマニフェストは俺たちと非常に似ている」
他党への投票を訴える党首というのもなかなか新鮮だが、みどりの党さえベズを受け入れる勇気があれば、次はグリーンのマラカスを振っている可能性もあるのではないか。
べスの政党同様、ケン・ローチのレフト・ユニティーも今回は全滅した。10人の候補者を立てたが、最も多くの票数を獲得したべスナルグリーン&ボウ選挙区でも949票となかなか厳しい。レフト・ユニティーは著名人候補者を1人も立てなかったし、ケン・ローチを前面に出してメディアを使う戦略も取らず、地味な草の根の選挙運動を行ったので、一般的にはまだその存在を知られていない。若いスクワッターやフディーズと、ゴリゴリの社会主義タイプの中高年の両方を党員に抱える政党なので、意見の衝突もあるようだが、あくまでもストリートで支持者を獲得して行こうとする方針では一致しているようだ。
ベズとは対照的に、ケン・ローチはSNP、みどりの党、ウェールズ党の国内左派ブロックは屁温いと感じているようで、ギリシャのシリザ、スペインのポデモスへの共感を示し、「国境を超えた反緊縮連合VS大企業に支配されたヨーロッパ」のイメージを構想している。
「緊縮の終焉は新経済の誕生を意味する。それがシリザやポデモスが求めていることだ。これはヨーロッパ規模で行わねばならない。大企業支配への対抗勢力を作らねば」
「産業を計画し、生産を計画すれば、国民全員の雇用を実現できる。すべての子供たちに社会に貢献する権利を与えなければいけない。安定した生活を得て、家庭を作ることを計画でき、人生を計画する権利を一人一人の子供たちに与えなければ」
とマニフェスト発表記者会見で語ったローチは、SNPやみどりの党、ウェールズ党の国内左派連合については
「反緊縮での連携は良いことだ。しかし、これらの党は社会民主主義政党だ。彼らは庶民に有利に働くように市場を操作することは可能だと思っている。僕はそうは思わない」
と発言している。
EU離脱、スコットランド独立問題などのナショナリズムの気運が高まる英国で、ケン・ローチの欧州主義は時代に逆行する古めかしさを感じさせるが、逆に「今」ではないからこそ「未来」を見ているのかもしれない。
今回の選挙で大きな注目を集めたのが革命の扇動者ラッセル・ブランドだ。彼は投票日直前に労働党のミリバンド党首を自宅に招いて公開インタヴューを決行し、現在の労働党に足りないものを率直に助言した。それを知った保守党のキャメロン首相が「ラッセル・ブランドは単なるジョークだ」と発言し、右派の新聞が「コメディアンにまで頼らねばならないピエロを首相にはできない」とミリバンドをこき下ろしたものだからラッセルは激昂、「現代の政治への最大の抵抗は投票しないこと」というスタンスから劇的なUターンを見せ、投票日の3日前に「緊急事態発生:革命のために投票を」と題した映像を900万人のツイッター・フォロワーたちに送った。彼は映像中でこう呼びかけた。
「もし君がスコットランドに住んでいるなら、すべきことはもうわかっているだろうし、もし君がブライトンに住んでいるならみどりの党に投票してくれ。だが、それ以外の人びとは労働党に投票して欲しい。なぜなら、ミリバンドはまだ我々の言うことを聞こうとするからだ。一番危険なのは他者に耳を傾けない首相だ」。
しかし、保守党が過半数の議席を獲得して勝利した直後、衝撃を受けたラッセルはもう政治からは手を引くと宣言し、右派メディアが自分とミリバンドのインタヴューを利用して大騒ぎしたことが労働党のマイナスイメージに繋がったとして、「選挙をクソみたいな結果にした責任の一端は自分にもある」と反省した。が、すぐに気を取り直し、キャメロン首相の勝利演説を鋭く批判する映像を発表し、「これはポスト・ポリティクスの時代の始まりだ。人びとが政治から離れ、自分たちでオルタナティヴなシステムを創造する時代が来る」と発言している。
最後に、スコットランドとSNPの躍進が大きくクローズアップされた今回の選挙で、そのとばっちりを受けた人物としてJ・K・ローリングに触れておきたい。スコットランドは左翼的思想と燃えるようなナショナリズムを両立させている地域だが、後者のほうは結構えげつない部分もある。スコットランド在住のローリングは昨年の独立投票で反対派に回ったので、一部のSNP支持者たちから「裏切り者」「スコットランドで生活保護を受けながらハリポタを書いたくせに、その恩を忘れたか」と迫害された、という話は『ザ・レフト』に書いたところだ。
で、SNPが労働党の議席を奪って選挙に大勝すると、勝利の美酒に酔う一部のSNP支持者たちが再びローリングいじめを始めた。
「親愛なるJ・K・ローリング様。わが国は95%がSNP支持者になりましたが、まだご無事でおられますか」「労働党支持の糞ビッチは出て行け」「労働党のクソどもはくたばれ。スコットランドでは貴様ら左翼の時代は終わった。特にお前だ、J・K・ビッチ顔」など、数多くの口汚いツイートが寄せられたが、中でも面白いのは最後のつぶやきで、これなどはSNP支持者には自分たちを右翼だと思っている人もいるということを端的に示している。はっきり言って彼の地ではもう誰が右なのか左なのかわからない状況なのではないか。というか、SNPは右にも左にも足をかけているから支持が飛躍的に伸びるのだ。両方カバーできるのだから無敵である。
で、彼女をビッチと呼んだり、容姿をからかったりする愛国者たちのツイートをJ・K・ローリングはこう制した。
「インターネットは女性憎悪的な虐待を行う機会を提供しているだけではありません。ペニス増大器具もこっそり買えたりしますよ」
彼女の反撃はイングランドでは痛快だと評価され、メディアに大きく取り上げられた。一方、スコットランドの新聞のサイトでは、ローリングを批判した人びとが彼女のファンからネットで集中攻撃を受けているという話が大きく報道されていた。
昨年から、この国では「ソリダリティー」という言葉がよく聞かれるようになってる。が、どうも今のところ民衆のソリダリティーはナショナリズムの枠組みの中にしか存在しないように感じられる。愛国主義がソリダリティーの位置にすっぽりスライドしているというか。
だとすれば、それは同性愛者たちが炭鉱労働者たちと団結した『パレードへようこそ』のあのソリダリティーとは異質のものであろうし、新しい夜明けが来るように感じられた選挙前のムードが実はまったくの勘違いだったのも、それと無関係だとは思えない。
モデスト・マウスとはアイザック・ブロックの眼光の鋭さである。アーティスト写真をはじめて見たときから、エラくこちらを睨みつけるコワモテの兄ちゃんだなと思っていたら、ライヴのときもその顔のまま歌い叫んでいてちょっとぎょっとしてしまった。そして、それ以来モデスト・マウスを聴くことは、ブロックの視線を浴びることなのだと感じるようになった。
8年ぶりのアルバムだということが必ず言及される本作『ストレンジャーズ・トゥ・アワセルヴズ』だが、その点では何も変わっていない。というか、20年以上のキャリアを持ち、メジャーでのヒット作『グッド・ニュース・フォー・ピープル・フー・ラヴ・バッド・ニュース(悪いニュースが好きなひとたちへの良いニュース)』、2004)、『ウィ・ワー・デッド・ビフォア・ザ・シップ・イーヴン・サンク(我々は船が沈む前に死んでいた)』、2007)を経たいまでも、丸くならない。そこにあるのはいつも怒りと悲しみである。ちょうどすぐ上の世代が狭義のオルタナティヴ・ロックだったという出自も関係しているだろうが、しかし、ヴェテラン・バンドが……インディ出身の人気メジャー・ロック・バンドが、いまだに怒りをたぎらせているように見えるのはちょっと普通ではない。モデスト・マウスがいつまで経ってもインディ然としているのはそのためだろう。
本作はまず、ひたすら怒鳴り散らすようだった前作とはちがい、深いメランコリーが帰ってきていることが大きなトピックだ。人類を大量自殺するネズミに見立て、「進め! 進め! 進め! 進め!」と笑いながら唾を飛ばして叫んだ前作のオープニングとは対照的に、物悲しくも優しいメロディが広がるタイトル・トラックで幕を開ける。「俺たちはツイてる」……という歌い出しが全然ツイてるように聞こえないのがモデスト・マウスらしい。「実に誠実に努力して来たのに忘れてしまうのさ/俺たちは忘れてしまうんだ」。
アルバム全編を通して、そのモデスト・マウスらしさが炸裂する。変わらない……『ピッチフォーク』には「よく知られるモデスト・マウス・サウンドのグレイテスト・ヒッツ・ヴァージョンの類」と書かれているが、その変わらなさをどう捉えるかが本作の評価の分かれ目だろう。たしかに先行シングル“ランプシェイズ・オン・ファイア”に顕著だが、管弦楽器をふんだんに配し、パンク・ロックを演奏する楽団となったバンドのテイストは以前から定着していたものだ。なかには“ピストル”のようなふざけたラップ・チューンのようなものもあるが、それだって以前“タイニー・シティズ・メイド・オブ・アッシェズ”でやっていたことの変型ヴァージョンだと言える。
だが、そのコアにある怒りと悲しみゆえに、この変わらなさは頼もしさと同じであるように自分には感じられる。ペーソス溢れる弾き語り調の“コヨーテ”で、ブロックは「人間は連続殺人鬼のように振る舞う」と歌うが、彼は必ず自分を含めたものとしての(「人間」というより)「人類」の愚かさについて描写する。歌詞には皮肉と厭世感が溢れ、ブロックは開き直ったように、あるいはあざ笑うかのように、ときには諦めたように、それを茶化した発声をする。「俺たちはあらゆる霊長類のなかで一番セクシー/自分たちの魅力をのびのび発揮しよう」と歌う“ザ・ベスト・ルーム”は、けれどもその曲自体のパワフルさと独特のグルーヴによって、怒りとも悲しみとも断定できない複雑さを孕んでくる。ときにヤン・シュヴァイクマイエルのようにグロテスクなほど風刺的で、ときにアメリカン・ニューシネマのように反骨精神に満ちている。
「生活は良くなる、未来は明るい」と繰り返す経済学者や指導者の類にとって、アイザック・ブロックの言っていることはちょうど不気味な預言者が告げる不吉な未来のようなものだろう。けれどもこのバンドがいまも人気を博しているという事実は、「未来はない」ことを一度噛みしめることが痛切に求められていることではないか? “ビー・ブレイヴ”では「俺たちはやめない/やめるつもりもないし やめることもできないし/とにかくやめない」という宣言がなされる。そのとおり、バンドはいまも新人のようにハードなツアーを組み、夜ごと「勇気を出せ」と叫ぶパンク・チューンを叩きつけている。
1999 年にリリースした『Eureka(ユリイカ)』は先鋭化と細分化きわまった90 年代音楽の粋を集めた作品であっただけでなく、その実験とポップの相克のなかにつづく2000 ~ 2010 年代のヒントを散りばめた、まさに世紀を劃す大傑作だった。
このアルバムでジム・オルークはシーンの中央に躍り出た。
多面的なソロワーク、秀逸なプロデュースワークに他バンドへの参加、映画音楽にゆるがない実験性を披露した電子音楽の傑作群、さらに2006 年来日して以降の石橋英子や前野健太とのコラボレーション―以降の活躍はだれもが知るとおりだ。
そして2014 年5 月、ジム・オルークは個人名義の「歌ものアルバム」を発表する。
そこには『ユリイカ』以後の年月に磨かれた何かが凝縮しているにちがいない。
それについて訊きたいことは山ほどある、というより、このアルバムを聴き尽くすこと、ジム・オルークを多面的に知ることは音楽の現在地を知ることにほからない、のみならず、おしきせの90年代回顧を覆す問題意識さえあきらかになるはずだ。
ジム・オルーク、新作を語り尽くす~超ロング・インタビュー
10人の批評家による新作大合評、関係者によるコメンタリー、本人監修による(もっとも完全にちかい)ディスコグラフィ
初回版のみフジオプロが描きおろすジムさん肖像画ハガキが綴じ込み付録!
過去は同時に未来だ。いまや私たちの時間はリニアには進んでいない。過去と呼べるものは、常に未知のフォームとして再生成し、未来に置かれるからだ。それはリングのように円環している時間構造といえよう。クリストファー・ノーランの映画『インターステラー』のように、過去と未来という時間の概念が紙の両面のように存在する感覚は、21世紀=インターネット的に階層化したデータ閲覧社会を生きる私たちにとっては実感できる感覚のはずだ。新/旧という概念がフォルダの中に並列に置かれ、無制限にコピーされていく。コピーの余剰に生まれるノイズ。そして、その果てにある新しいロマン主義の誕生……?
カールステン・ニコライ=アルヴァ・ノトが2007年から進める「ゼロックス(Xerrox)」シリーズは、現代社会を覆うコピー=オリジナルという問題をテーマとしたアンビエント作品だった。同シリーズは2007年に「Vol.1」、2009年に「Vol.2」がリリースされており、今回、6年ぶりにリリースされる本作「Vol.3」によってシリーズは、さらに大きな円環を描く。
「Vol.1」が「旧世界へ」、「Vol.2」が「新世界へ」がテーマだった。そして、本作「Vol.3」のテーマは「宇宙にむかって」。宇宙という円環する時間領域にむけて、まるで反射する光のように美しい音響/音楽で結晶させていくのだ。このアルバムはまずもって徹底的に美しい。
先に書いたように、「ゼロックス」シリーズは、オリジナルとコピーという現代的な諸問題をテーマとしつつも、音楽的にはカールステン・ニコライ=アルヴァ・ノトによるアンビエント作品となっている。2000年代後半以降のカールステン・ニコライ=アルヴァ・ノトは、大きく分ければ、「ユニ(Uni)」シリーズがビート作品、「ゼロックス」シリーズがアンビエント作品と2系列に分かれている。その2つのシリーズによって、90年代からのデザイン的/建築的/科学的な音響構築から一歩も二歩も前進し、「音楽」というもののフォームを、ビート(リズム)とアンビエント(ドローン)の両極から刷新させてきた。
ビート・トラックである「ユニ」シリーズが、バイトーンとのダイアモンド・ヴァージョンへと発展し、ポップ/アートの様相を極めていくことに対し、「ゼロックス」シリーズは、まるでカールステン・ニコライの個人史へと遡行するように、より内面的な作品となっている。
この「Vol.3」は、「宇宙にむかって」というテーマからもわかるように本作がSF映画的だが、『2001年宇宙の旅』にせよ、『惑星ソラリス』にせよ、『コンタクト』にせよ、『インターステラー』にせよ、「宇宙の果て」で人は自分自身の投影するもの(コピー?)と出会い、そのことによって自らの内面性が乱反射し、自己の再認識(=再統合?)が行われる構成であった。
いわば世界の果ての自己との邂逅。本作もまた、宇宙的な音響と旋律の中に、カールステン・ニコライの幼少期の記憶が圧縮され解凍されていく。
事実、本作はカールステン・ニコライが幼少期・少年期に観たであろう『惑星ソラリス』などのSF映画にインスパイアされているという。アンドレイ・タルコフスキーの『惑星ソラリス』は1972年のフィルムなので、1965年生まれのカールステン・ニコライ、6歳か7歳のときの作品ということになる。もっとも東ドイツで生まれた彼が「ソラリス」を観たのはもう少し後かも知れないが、いずれにせよ、彼の幼少期である70年代の記憶や気分とこの映画がつながっているのはわかる気がする。
そう、この『ゼロックスVOL.3』には、幼少期や当時に観たSF映画への追想などによって、彼の「70年代の記憶」が折り畳まれているのかもしれない。現代社会におけるコピーとオリジナルの問題をアンビエント/グリッチノイズ作品として昇華した「ゼロックス」シリーズが、「Vol.3」において、このようなパーソナルな領域に行き着いたことは非常に興味深い。
カールステン・ニコライの幼年期の記憶。それは「東ドイツの幼年時代」とでもすべきものか。さながらヴァルター・ベンヤミン的でもあるが、それと呼応するかのように、この作品はカールステン・ニコライの旅行=トランジットのさなかで(空港で、飛行機で、車中で)制作されたという(マスタリングなどの仕上げは2014年にスタジオで行われている)。つまり、本作には旅の記憶と幼少期の記憶が交錯している(つまり、この『ゼロックスVol.3』は東ドイツ出身のアーティストのエッセィ的なアルバムとはいえないか)。
また、「70年代とドイツ」とすると、70年代のクラフトワークや初期タンジェリン・ドリームなどジャーマンロックとの関連性も無視できない。本作の重く暗い旋律とアンビエントなサウンドにはそれらからの(無意識の?)影響を強く感じる(同時に硬いノイズの響きが現代へと直結している)。
さらに「ゼロックス」シリーズには、アルヴァ・ノトの作品にあって旋律的な要素が表面化しているのだが、本作は、旋律は、はっきりと「作曲」という次元にまで高められている。このメロディはまたドイツ的なのだ(10曲め“Spiegel”のピアノは誰の演奏か。クレジットはない。坂本龍一のようにも聴こえるが……)。
幼少期。映画。音楽。ドイツ。旅。それら記憶のフラグメンツが交錯するときに生まれるロマンティックな電子音響。それが本作だ。私は、このようなアルバムをカールステン・ニコライが作ったことに「成熟」を聴きとりもするが、同時にある種のロマン主義の萌芽を感じもする。そして、このパーソナルな個人史や内面への遡行は、2015年現在の電子音響の状況を考える上でとても重要なことではないかと思う。
そう、私たちはインターネット社会以降の新しい「ロマン主義」を生きている。コピーとノイズが溢れかえり、それらがすべて可視化されてしまう社会。その「悪い場所」において、より個人の内面性や実存性を重視すること。そのロマンティックな記憶の結晶が、新しい「美学」とでもなるかのように(だが、それは外部への連携として表出してはならず、あくまで個人の中に煌めきとして輝くべきものとも思える。それが作品化されるからこそ美しい)。
本作に煌めいているパーソナルで美しい響きは、そんな現代社会からの美しい乱反射のようにも思えてくる。2015年の最重要電子音響作品だ。
