Home > Reviews > Album Reviews > Calexico- Edge of the Sun
「チャールズ・ボウデンの思い出によせて」との献辞が本作に添えられていたので、ノンフィクション作家だというチャールズ・ボウデンとキャレキシコのつながりについて調べてみると、中南米とアメリカにおける国境や移民、麻薬組織について多くの著作を残すノンフィクション作家(昨年他界)だというボウデンの『The World That Made New Orleans』という本についてインスピレーションを受けたというメンバーのジョーイ・バーンズの発言を見つけることができた。「それはハイチ、キューバ、ニュー・オリンズ、それにもちろん植民地からのアフリカ人奴隷とのつながりについて書かれたものだった」、「そんなに強いつながりがそれらの街や国にあることに僕は気づかなかったけれど、キューバに行ったときに僕の大好きなニューオリンズのある部分を思い出したんだよ」。それはアメリカのインディ・ロックとルーツ音楽がラテン・ミュージックへの旅を夢見たかのようなキャレキシコの音楽を説明するのに、それ以上ないほど適したものである。
そしてまた、8作めとなる本作『エッジ・オブ・ザ・サン』のインナースリーブにはボウデンの文章からの引用がある。「わたしは答や答をわたしに与える人びとを信じない。わたしは泥と骨と花、新鮮なパスタとサルサ・クルダと赤ワインを信じる。わたしは白ワインを信じない;わたしは色を要求する」。どういうことだろう、と僕は2、3度アルバムを聴きながら考えてみた。しかし考えてみたところでボウデンが言うように答はない……のだろう。だが、このアルバムにある「色」は、わたしたちが中南米の風景を想像するときに頭のなかで浮かべる、あの眩しい原色のことではないか。
前作『アルジアーズ』に勝手に枯れた味わいを見出していたので、オープニング“フォーリング・フロム・ザ・スカイ”から目を丸くしてしまった。この爽快で衒いのないロック・チューンはうれしい誤算だ。あるいはシンセ・サウンドがブリブリ鳴るラテン・ダンス・トラックのその名も“クンビア・デ・ドンデ”。得意のマリアッチ・ロック・ナンバー“ビニーズ・ザ・シティズ・オブ・ドリームズ”。情熱的で、しかしよく統制されてもいる。“トラッピング・オン・ザ・ライン”、“ウッドシェド・ワルツ”など哀愁たっぷりのフォーク・ナンバーもあるにはあるし、演奏の落ち着きぶりには円熟味と貫禄もあるが、アルバムを通して受ける印象は若々しく、エネルギッシュだ。メキシコシティのコヨアカンに実際に赴き録音したということがかなりの部分で影響しているのだろう、それはこのヴェテラン・バンドにフレッシュな息を吹きかけた。アイアン&ワインのサム・ビーム、ニーコ・ケース、バンド・オブ・ホーセズのベン・ブリッドウェルといったインディ・ロック勢から、ギリシャのバンドであるタキムのメンバーやメキシコ人シンガーのカーラ・モリソンなどワールドワイドなゲストが加わっていることも、このアルバムに際立った色彩を与えている。国内盤のボーナス・トラックにはよりラテン色が強い小品が収められており、そちらもとにかく痛快だ。
キャレキシコの音楽はいつも、決められた境界線をそれでもはみ出してしまう人びとや文化について鳴らしていた。ここで高らかに鳴るブラス・アンサンブルを聴けば、旅に出たくなる。それに赤ワインを飲みたくなる、たぶんに……白ワインではなく。いやこの際、酔えるならどちらでもかまわない。うまいパスタとサルサを食べよう。それはフェイスブックにせわしなく写真をアップすることではなく、南の風を頬に浴びることだとこの歌たちは教えてくれる。「僕は行きたい/あの豊かな地へ/遠く離れた/笑顔のある場所へ/そしてあのクンビアで踊りたい」。もうすぐ夏がやってくる。
木津毅