「Noton」と一致するもの

Shinichiro Watanabe - ele-king

 カマシ・ワシントンボノボフローティング・ポインツの起用でも話題の渡辺信一郎監督最新アニメ『LAZARUS ラザロ』。放送開始がいよいよ迫ってきている。4月6日よりテレ東系にて、毎週日曜夜11時45分から放送開始(各配信プラットフォームでも配信予定)。随時、公式サイトはチェックしておきましょう。

 なお、現在制作中の『別冊ele-king』は「『LAZARUS ラザロ』と渡辺信一郎の世界」と題し、同作を大特集。渡辺監督自身の超ロング・インタヴューをはじめ、監督のマニアっぷりが発揮された細野晴臣との特別対談も掲載予定です。カマシ・ワシントンやボノボに加え、サンダーキャットフライング・ロータスのインタヴューもあり。そちらは5月下旬発売、乞うご期待!

●期待高まるオープニング映像、曲はカマシ・ワシントン

●公式トレイラー、迫りくる世界の終わりを止めるには?



Whatever the Weather - ele-king

 そうきたかぁ、というのが最初の感想である。そうきたのかぁ、ロレイン。
 ロレイン・ジェイムス、彼女のアンビエント作品を発表するさいの、ホワットエヴァー・ザ・ウェザー名義の2作目。未発表曲のなかからアンビエント風の曲を集めて作ったアルバムだった前作に対して、今作はすべて最初からこのアルバムのために作った。だいぶ意味が違っている。前作がコンピレーションで、今回こそが最初のアルバムと言えるのだからね。
 で、ロレインがどうきたのかと言えば、むちゃくちゃトンがってきたのである。彼女のこれまでのカタログのなかでもっとも実験的な音響がここにはある。心地よい、慣れ親しんだアンビエントではなく、おや、これはなんだろう? という発見のあるアンビエント、いや、もうこれはアンビエントと言いたくはないな。 “エレクトロニック・ミュージック ” と言ってしまっては広くてイメージがつかめないので、強いて言えばIDM+グリッチ。IDMというタグに関しては、90年代からその「知的」という冠に賛否があり、いまもあるが、ロレイン・ジェイムスは恐れなくこのジャンル用語を使う。

 彼女は今回のアルバムにインスピレーションを与えたアルバムを公開している。 蓮沼執太『Hooray』、Marow『+-O』、スケッチ・ショウ『Loophole』、そして同じく日本人アーティストのSora『Re:Sort』の4枚である。クリック&カット作品をよく聴いていたそうで、ツジコ・ノリコと青木孝允の『28』についても「過小評価されている」とコメントしている。先日、AFXが「Supreme」と組んでのまさかのストリート・ファッション展開をしたとき発表したプレイリスト100曲には、横田進と細野晴臣の曲が選ばれていたが、日本のエレクトロニック・ミュージックを深掘りしているのはあきらかにロレインのほうである。

 そういえば先日、遅ればせながら「坂本龍一 | 音を視る 時を聴く」に行った。スケールの大きな、みごとな展覧会だったが、ぼくはなぜかその帰り道にポール・モーリーという英国人の書いたエッセイを思い出していた。アルヴィン・ルシエとカイリー・ミノーグを並列に、同じように(ハイブローに)語るという、アクロバティックな、ちょっと奇をてらった内容だが、それを通じて音楽とは何かをあぶり出そうという試論でもあった。アルヴィン・ルシエを愛する人間がカイリー・ミノーグを愛さないとは限らない。北原ミレイとアーサー・ラッセルはまったく異なるものだが繋がっていないとは限らない。この小さな地球という惑星における同じ音楽だ。それは地下道で通じているかもしれないし、環状八号線を真っ直ぐ北上したところで出会うかもしれない。カンが言うように、すべての門は開いているのだ。
 ロレイン・ジェイムスはそのことをよくわかっていた。アメリカのデス・キャブ・フォー・キューティーが『フィード・ミー・ウィアード・シングス』と繋がっていることをわかっていた。マウス・オン・ザ・キーがテレフォン・テル・アヴィルと、セントラル・シーがジュリアス・イーストマンと繋がっていることを。その道順も、行き方も、高速道路の入口も、わかっていた。いざ、アクアバーンを北上せよ。3月もなかばの雪が降った日、「坂本龍一」展に行ったぼくは、その日の深夜、このアルバムをもういちど聴いた。「音を視る 時を聴く」以外のもうひとつのアプローチ、「音の温度を測る」。どうやって?

 ホワットエヴァー・ザ・ウェザーは曲名がすべて温度の数値になっている。このアイデアが、ただのこじつけではないことが今回のアルバムではたしかめられよう。いや、こじつけかもしれない。が、ノイズ混じりの声──「ちょっと肌寒いね。夏になるのが待ち遠しい……寒い、寒い」──からはじまる1曲目の “1℃”が絶品で(1°Cではそりゃあ、たしかに寒い)、最初の出音からしてグっとくる次曲 “3°C” 、まずはこの展開でもっていかれる。ロレイン・ジェイムスは、たとえばayaのようなエキセントリックで新しいモードをどん欲に取り入れるタイプではないようだが、彼女は、クリック&カッツのようにダンスの枠組みに収まらないかつてのスタイルは、いまでも充分に応用できるし、それを現代的に更新できると考えているのだろう。
 また、実験的だと思われるエレクトロニック・ミュージックは、ときにその刹那的な刺激を重視するあまり、2年後にはまったく聴かれなくなることがままある。家でじっくり聴いてみたいという欲求には答えられない、その場限りのサウンドのことで、そこへいくと本作『Whatever the Weather II』の嬉しい点は、この実験的な音楽が何度でも聴きたくなる魅力を兼ね備えていることにある。これはロレイン・ジェイムスがAFXの領域にもっとも近い場所にいることを暗示している。もっとも長尺の……といっても6分ほどの “20°C” は、トラップ/ドリル以降の世界における『Ambient Works Vol.2』である。
 ぼくがはっとした曲のひとつは、 “5°C” だ。なんという曲だろうか、これは夢見る彼女の資質が、幼き頃からの夢見癖がもたらした一篇に違いない。音はエメラルド色の光となって、軽やかに跳ねている。
 本作中でもっとも高温の “26°C” は、ブライアン・イーノのアンビエントにもっとも近い曲だが、ずいぶんこもった響きで、地下の蒸気から上がってくるかのような、ロレイン独特のタッチが楽しめる。フリーケンシーと化した公園で遊ぶ子どもたちの声とグリッチおよびシンセサイザーで構成される “9°C”もぼくは好きだな。これはロレイン・ジェイムスがアルヴァ・ノトの領域にも接近していることを告げている。
 クローザーの “12°C” もみごとな曲で、ハイパーポップがアンビエントに流し込まれ、電子の河は合流し、曲の後半ではアコギの演奏へと転換するという、なんともシュールな展開が待っている。そういえば、ロレイン・ジェイムスは昨年のフェイヴァリット・アルバムにスティル・ハウス・プランツを挙げていたが同時にチャーリーXCXも挙げていた(むむむむ……)。まあ、カンが言うように、すべての門は開いているのである。

 なにはともあれ、夏が来るには、太陽はあと何度も何度も何度も何度も沈まなくてはならない。それまでは『Whatever the Weather II』をたくさん聴ける。もちろん夏が来てからも。将来、20年後か30年後、ロレイン・ジェイムスの作品のなかではこれがベスト、という人がいてもおかしくはない。

Aphex Twin - ele-king

 去る3月上旬、ブランド「Supreme」とのコラボが話題をよんだエイフェックス・ツイン。「Windowlicker」のTシャツはなかなかインパクトがありましたね。なんでも、トラヴィス・スコットなどのラッパーがエイフェックスのTシャツを身に着けたことで、ファッションの分野でもAFXへの注目が高まったのだとか。
 そのコラボを記念してか、エイフェックス・ツインが特別なプレイリストを公開している。ピエール・アンリにはじまるその191曲のリストには、ジョン・ケージやBBCレディオフォニック・ワークショップ、デリア・ダービシャー、ブライアン・イーノやホルガー・シューカイ、ノイ!といった先達たち、デリック・メイやカール・クレイグらデトロイト勢、リロードやルーク・ヴァイバートといった同世代たち、シャット・アップ&ダンスにラガ・ツインズ、あるいはベリアルやアクトレスといった後進たち、さらにはハービー・ハンコックやアジムス、ビーチ・ボーイズからミーターズまで、たくさんの興味深い名前が並んでいる。なかでも日本からは細野晴臣と並んで横田進がピックアップされている点には注目しておきたい。

https://open.spotify.com/playlist/3jfnlosjVZhBSZBqS2cJg7

Shinichiro Watanabe - ele-king

 昨年からお伝えしてきた渡辺信一郎監督による最新作『LAZARUS ラザロ』、カマシ・ワシントン、ボノボ、フローティング・ポインツという豪華な面子が音楽を手がけたことでも話題の同作だが、ついに放送開始日が決定している。4月6日(日)夜11時45分からテレ東系にて放送スタート、ほか各配信プラットフォームでも見られるとのこと。新たなヴィデオも公開されているのでチェックしておきましょう。3月7日(金)には新宿バルト9にて先行上映会が、3月15日(土)には第1話の無料先行上映会がアニメイト店舗で実施されるそうで、詳しくは公式サイトをチェック(https://lazarus.aniplex.co.jp)。
 なお、これを機にわれわれエレキングも特集号『別冊ele-king 『LAZARUS ラザロ』と渡辺信一郎の世界』を準備中です。お楽しみに!

lots of hands - ele-king

 レーベルのカラーというのはやはりどこかフットボールのクラブに似たところがあるのかもしれない。移籍があり獲得がありリリースした作品によって歴史とイメージか形作られていく。そんなことをスラッカーなUSオルタナ・ロックを響かせるパックスの1stアルバム『Take the Cake』をレヴューに書いたが、あれから4年弱が経ってもアメリカのレーベル〈Fire Talk〉は自身の価値を証明し続けている。去年、24年の〈Fire Talk〉はフィラデルフィアのマスロック・バンド・パームのメンバーがはじめた破壊的なエレクトロニクス・サウンドに柔らかさのある有機音を重ねたようなカシー・クルトと契約し、〈Stereogum〉のベスト・ニュー・アーティストのリストにも名を連ねたシューゲーズバンド・シャワー・カーテンのアルバムをリリースした。さらにその前年にはロンドンのスローコア・バンド・デスクラッシュの2ndアルバムやマンチェスターのエクスペリメンタルなバンド・マンディ・インディアナをリリースしている。大きな場所で響くような音楽ではないが、誰かの心に確かなトゲを刺すオルタナティヴな音楽を送り出す。メインストリームではなくかといってアンダーグラウンドでもないその中間にある空白地帯、〈Fire Talk〉は少しだけ違ったものを求める人たちの心の隙間を埋めるようなレーベルだ。

 そんな〈Fire Talk〉が 一番新しく契約したのがこのリーズを拠点に活動する 二人組ロッツ・オブ・ハンズだ。最初に〈Fire Talk〉と契約しアルバムをリリースするというニュースを聞いたときには意外に感じだがアルバムを聞いた後ではぴったりではないかと思えてくる。16歳の頃にニューカッスルの学校で知り合ったというビリー・ウッドハウスとエリオット・ドライデンからなるデュオは21歳になったいま、失われていく幼い頃の記憶の断片を集め、現実世界に繋ぎ止めたかのようなアルバムを作り上げた。「君の髪をとかそう/悪夢の中で/僕らは田舎の空気を吸っている」“barnyard” でそう唄われるように、大都市ではない場所の、どこのシーンにも属さないベッドルームの空白地帯にある音楽が心の隙間に入り込む。コラージュを駆使し、オーガニックなフォーク・サウンドと電子的な処理をほどこしたサウンドとを組み合わせたそれはアレックス・Gを思わせる柔らかで優しい音楽として目の前に現れる。牧歌的というにはモダンなサウンド過ぎて、アンダーグラウンドの尖った音楽というには優しすぎる、だからきっとカテゴライズされずに手のひらからこぼれ落ちていってしまう。しかしそれこそがインディ・ミュージックを求める人の心を惹きつけるのだ。

 このアルバムを通して表現されるのは思い出のフィルターに包まれた悲しみや喪失感、そしてそれらを経験し成長していくという感覚だ。エリオット・スミスの香りが漂う “game of zeroes” や “rosie” のような曲でドローンやエフェクトを組み合わせて彼らはそこに隔たる時間と距離とを演出する。シンプルな美しさを持ったアコースティック・ギターと柔らかなヴォーカル・メロディの上に縫い合わせるようにコンピューターで処理された音を重ね空間をゆがめる。まっすぐに染み込むフォークという基本の形から距離を作り出すことで現実感を失わせ、曲の流れを少しだけ異質なものにしていく。それはあたかも時間や空間の概念を無視して結びつく頭の中の記憶や夢の世界の出来事のようで、扉を開けた先の思い出とダイレクトに繋がっているかのような感覚を与えてくれる(現実世界のルールに縛られないそれは当たり前に起こる不思議な出来事だ)。
 あるいは喪失感を表現した “the rain” のサウンド・コラージュのように、処理のできない感情の雨粒が頭の中に染み込んでくるような効果を狙った曲もある。「雨は止まない」「死はただ冷たいだけだから/君は壁に寄りかかって/その音を聞く」霧のように体に触れる不明瞭なヴォーカルと共にちいさな痛みでゆがめられた空間は普遍性を持ち、聞き手の頭の中の思い出と結びついていく。

 時間に対して距離を置くようなロッツ・オブ・ハンズの小さな実験はこのアルバムの中で結実している。それが今までのリモートの形で作ったアルバムでなく、はじめてふたりで同じ空間を共有して作られたもので起こるというのも面白いが、いずれにしても大きな場所ではなくベッドル−ムで作られた小さな音楽が、遠く離れた他の誰かのベッドルームの中に響いていくのだ。曖昧な感覚を曖昧なまま捉えようとする、ロッツ・オブ・ハンズがここで作り上げようとしてのはそんな音楽だ。死や、時間、記憶や感情といったはっきりしないが確かなものの感覚がここにはある。それが大げさではなく、成長する過程において起こった個人的なものとしてさりげなく提示されているのがまた素晴らしい。

Mark Pritchard & Thom Yorke - ele-king

 近年はザ・スマイルでの活動や日本を含むツアー、ソロ・リリースなどで話題を集めるトム・ヨークと、90年代初頭よりテクノ、アンビエントからベース・ミュージックまで幅広く手がけ活動を続けている電子音楽家、マーク・プリチャード。ふたりのコラボレーション・シングル “Back In The Game” がサプライズ・リリースされている。

 本作 “Back In The Game” はトム・ヨークのソロ・ツアー《Everything》の初日となるニュージーランド公演で初めて演奏され、その後オーストラリア、日本、シンガポールでも披露された。2016年に〈Warp〉からリリースされたマーク・プリチャードのアルバム『Under The Sun』に収録された “Beautiful People” に続く、2度目のコラボ楽曲だ。

 マーク・プリチャードは本作において、世界初のオーディオ・デジタル・エフェクト機器のひとつである名機「H910ハーモナイザー」を用いてトム・ヨークのヴォーカルにデジタル・エフェクトを加えるなど、伝統と革新を両立するかのような趣向を凝らしているとのこと。

 また、ヴィジュアル・アーティストのジョナサン・ザワダによるMVもリリースに合わせ同時公開されている。ジョナサン・ザワダはアナログとデジタル技術を融合させた多面的なアプローチで知られ、マーク・プリチャードとは10年以上にわたってコラボレーションを続けている。

 はたして今回の両者のコラボレーションはどのような形へと発展していくのだろうか。今後もチェックしておきたい。

Artist: Mark Pritchard & Thom Yorke
Title: Back In The Game
Label: Warp / ビート
Format: Digital
Stream:https://markpritchard.ffm.to/backinthegame
Release Date: 2025.03.26

つくって食べる日々の話 - ele-king

これ絶対、おいしい本!
食の文芸、最前線の一冊がついに発売

人気小説家や食エッセイの第一人者、ノンフィクションライターなど様々な分野で活躍する16名の表現者による「料理と生活」をテーマにした書き下ろしエッセイ集。

(執筆)
平松洋子/円城塔/スズキナオ/春日武彦/大平一枝/白央篤司/牧野伊三夫/阿古真理/絶対に終電を逃さない女/辻本力/オカヤイヅミ/島崎森哉/宮崎智之/松永良平/ツレヅレハナコ/滝口悠生

目次

はじめに

そこそこおいしい 円城塔
いつもの自分を取り戻すためのつまみ スズキナオ
料理の習得と通過儀礼(老人版) 春日武彦
揺れる台所 大平一枝
喉が鳴り、お腹が空き、心洗われる 白央篤司
画家と台所 牧野伊三夫
それでも料理を好きになれない 絶対に終電を逃さない女
私と料理とこの社会 阿古真理
なんでこんなに楽しいのかよ 辻本力
自炊になるまで オカヤイヅミ
板挟みとしての料理、板挟みとしての事務 島崎森哉
「料理は大事」と人は言う 宮崎智之
つくって食べるレコードの話 松永良平
じぶん弁当 ツレヅレハナコ
湯剥きの手間 滝口悠生
乾きかけのトゲ 平松洋子

執筆者一覧

Lambrini Girls - ele-king

 ランブリーニ・ガールズという、遊び心と反抗心、快楽とアイロニー、および現代英語圏の若者言葉のセンスが込められた名前(洗練されていない、大衆的で安物アルコールを飲んでいる少女たちといったニュアンスで、いかにも英国風のウィットがある)を名乗るブライトンのパンク・バンドのデビュー・アルバムが英国で話題になっている。最近の流れでいえばニュー・オーリンズのスペシャル・インタレスト、あるいはメルボルンのアミル・アンド・ザ・スニッファーズなんかのパーティのりにも似ている。怒っているが、楽しんでもいるのだ。この享楽性は、世のなかが暗くなると、とかく禁欲的になりがちな日本にはちょうどいいかもしれない。

 とくに目新しいトピックはないものの、ポジティヴなメッセージがアルバムを通底し、「えー、それ言っちゃうの」みたいな言い方や現代の若者スラングが多そうなので、歌詞がわかるとより楽しめるのだろうけれど、バンド(中心はヴォーカル兼ギターのフィービー・ラニーとベーシストのリリー・マシエラ)の気迫およびユーモアはサウンドだけでもじゅうぶんに伝わってくる。とにかくむちゃくちゃ威勢がいい。ライオット・ガールの影響を受けていることは言われなくてもわかるけれど、この、エクレクティックではない一本調子のサウンドがいまは新鮮に聴こえるから不思議だ。

 そしてアルバムを聴きながら、どういうわけかぼくはここで、1990年代の英国にオアシスというバンドがいたことを思い出した。彼らがすごかったことのひとつに、自分たちの主要な影響源をビートルズとピンク・フロイドの『ザ・ウォール』であると堂々と言ったことがある。あの当時の英国インディ・ロック・バンドは、プライマル・スクリームがいい例だが、音楽に詳しかった。ジョン・ライドンが音楽マニアでレゲエやクラウトロックの知識を持っていたように、ジョニー・マーには60年代ポップスの知識があった。トニー・ウィルソンいわく「なぜマンチェスターから良いバンドが出てくるのか知りたければ、彼らのレコード棚を見ればいい」
 この流れにオアシスというのは、いま考えると一周回って面白い。男らしさというか潔さというか、オアシスはポスト・パンクからのひとつの流れ、頭でっかちでナードなところを遮断した。彼らはビートルズの青盤/赤盤しか知らなかったという説もあって、実際にはストーン・ローゼズやセックス・ピストルズの影響も受けているからそれはさすがに都市伝説だろうが、それにしてもベタだ。そして、わずかそれだけの影響であれだけ良い曲を作れたのだから、やはり突出した才能があったのだろう。

 デジタル時代の英国のインディ・ロック・バンドたちは、じつに広く、20世紀の若者にはあり得なかったほど、いろんな過去の音楽をよくご存じだ。マニアックな音楽からメインストリームの音楽、ジャンルを問わず英米以外の音楽も分け隔てなくフラットに聴いている。もう、オアシスのようなバンドが出てくる可能性はだいぶ低いが、こんな状況だから、ぼくは一本調子のサウンドで押し切るバンドに対して奇妙な関心を抱くようになってしまったのである。(*)

 ずいぶんと話が脱線してしまったが、ランブリーニ・ガールズの『Who Let the Dogs Out(こいつらを連れてきたのは誰だ)』は、ひょっとしたら、オアシスのような男性的な男性バンドをおちょくってもいるようにも思われる。が、しかし日本人のぼくは、ここに同じような英国風「やったれ」感を感じてしまう。偏見かもしれないけれど、ぼくはその英国風「やったれ」感が好きなのだ。まあ、だからといって、それをサッカー場やパブなんかでビールを片手に壁を作る労働者階級の男たちを連想させるオアシス的世界のZ世代ヴァージョンとはさすがに言いません。まったくあの感じではない! スリーフォード・モッズのようにここには「泣き」はないし、ウィット重視で、爽快なまでに一本調子のサウンドで走り抜いている。とはいえ、曲のヴァリエーションのなかにエレクトロニックな要素も入っていて、ひょっとしたらこの先ダンス・ミュージックよりの展開を見せるかもしれない。現時点でもアゲアゲで、スピーディーで、パーティな感じ全開だし。

 まあ、なんにしてもトランプ政権が世界に与える文化的影響を思えば、このぐらいの先制パンチは必要だろうと、しかしねぇ……「抗議し、デモをやって、労働組合を結成しろ」とか「グレート・ブリテイン、マジにそう?」とか、「ケイト・モスが私の人生を台無しにした、クソ、炭水化物を食べさせろ」くらいならまだしも、「デカチン・エネルギー、デカチン・エネルギー、ねえ、私から離れてくれる?」「 上司が私をファックしたがっていることを無視して笑おう」──男らしさを罵倒し、富裕層に牙をむくランブリーニ・ガールズだが、たまに出てくるその下品な表現がSNSに散見される罵詈雑言とどこが違うのかぼくの英語力では判別つかない。過去に男性ロッカーが同じようなことをやってきてはいるが、しかしスラヴォイ・ジジェクが言うところの「猥褻なものが公の場に浸透」している現在。「礼儀正しさ」や「誠実さ」が却下され、勝利に酔った下品な笑いがこだまするこんにちにおける口汚い抵抗に、このおいぼれは一抹の危うさを覚えている。それでもいまは、パンク好きのひとりとして、この音楽にほとばしっているエネルギーに一票入れたいと思う。

(*)ちなみに、オアシス以前にパンク以降の若いバンドがその影響源として「ビートルズ」の名前を大々的に出したバンドはおそらくいない(テレヴィジョン・パーソナリティーズがアルバム名で使っているくらいじゃないかな)。みんなビートルズの偉大さは知っているけど、大き過ぎてそれを影響として言うのはちょっと違うかなと思っていたのだろう。


【2月4日追記】
2月1日、ロンドン中心部では「極右を止めろ(STOP THE FAR RIGHT)」デモに約5,000人が集まった。これは、同日おこなわれた「トミー・ロビンソン」(極右活動家)を支持するデモ(こともあろうか、ザ・クラッシュの“ロンドン・コーリング”が演奏されたらしい)に反対するためであり、LGBTおよび人種差別、そしてファシズムへの反対集会だった。ランブリーニ・ガールズは、この集会でスピーチした。

Lifted - ele-king

 アンドリュー・フィールド・ピカリング(マックス・D)とマット・パピッチ(コ・ラ)によるリフテッドの新作『Trellis』(Peak Oil)は、彼らの音楽的探求が成熟に達したことを示すアルバムだ。

 彼らは10年代を象徴する音楽の本質を理解し体現してきた。それを一言で表せば「楽園への/からの逃走」ではないかと私は考える。われわれは「楽園」を失った楽園」という言葉を「過去」や「未来」と置き換えてもいいだろう。
 膨大な情報がノイズのように蔓延し、感情や記憶が生成される間もなく泡となって消え去る時代。その中でノスタルジアや未来への希望は、生まれる前に消滅する運命にあった。それが10年代という時代の特徴だった。奇妙なニヒリズムが社会に蔓延し、人々の脳は数値的な評価や即時的な動員の思想に毒され、一瞬のデータに一喜一憂する。彼らの音楽は、このような時代背景と共にあった。
A
 リフテッドの音楽は、そのような「失われた過去と未来」を収集するかのように構築され、音を通して「心をどのように休めることができるのか」という問いを投げかけていた。彼らの作品は、いわばヴェイパーウェイヴ的なムードに寄り添いながらも、同時にその枠を少しだけ逸脱する個性を持っていた。
 その音楽には、電子音、テクノ、ジャズ、アンビエントといった要素が折り重なり、それらは形式ではなく、むしろ失われた記憶の断片のようなムードとして音楽全体に溶け込んでいた。それは陶酔というより、安息の音響であり、同時にそれは現代の技術で精巧に作られた過去のイミテーションのようであった。だからこそ私たちはそこに失われた未来を聴き取った。
 2015年に〈PAN〉からリリースされた『1』と、2019年にリリースされた『2』は、どちらも当時の音楽的潮流を反映した作品だった。現在、改めて聴き直してみると、ジャズの要素が想像以上に多く含まれていることに気付く。おそらく20世紀のムード音楽とジャズが密接な感性にあるからともいえる。いわば音全体は「フュージョン・アンビエント」とでも呼ぶべき心地よさに満ちており、その一方でその心地よさを一瞬で破壊するような意地悪な仕掛けも存在していた。この相反する要素の交錯こそが、極めて10年代的であり、ヴェイパーウェイヴ的と言えるかもしれない。
 2022年に〈Future〉からリリースされた『3』では、ジャズやフュージョン的な要素がより前面に押し出された。リリース当時はその変化に戸惑いを覚えたが、今になってみると、『3』が示した変化の意味がようやく腑に落ちる。
 本作『Trellis』も『3』までと同様にエレクトロニカとフュージョンの交錯のようなサウンドを構成している。いや、より生楽器が取り入れられているともいえよう。
 まず最初の1曲目“All Right”のギターとドラムのアンサンブルに驚かされた。まるで60年代末期のフリージャズを思わせる大胆な演奏なのだ。エレクトリック・ギターが加わり、どこかサイケデリックなムードを感じさせる。エレクトロニック・ミュージックの要素はほとんど姿を消しており、この音楽が本当にリフテッドの作品かと疑うほどの変化を遂げていた。ジャズとサイケデリック。それがこのアルバムの最大の特徴に思える。
 2曲目“Open Door”はミニマルなピアノを中心とするムーディーな曲だ。その音は深い残響に包まれている。1曲目“All Right”とは異なった音だが、同時にサイケデリックな浮遊感があり、アルバムはそのようなトーンで進行していく。
 アルバム中、実験的な成果が聴かれる曲は4曲目“Warmer Cooler”と6曲目“The Latecomer”だろう。“Warmer Cooler”では、どこかフラジャイルなシンセパッドと微細なノイズによってサウンドのテクスチャーが生成されていく曲だ。“The Latecomer”は、アトモスフィアなブラシ・パーカッションと不安定な電子音と管楽器のソロによるアンビエント・ジャズな曲である。7曲目はクリッキーなリズムが流れる曲だ。アルバム中、もっともエレクトロニカな曲だ。“The Latecomer”の不穏な感覚から、明るさを感じさせるトーンになっている。
 本アルバムは、ギタリストのダスティン・ウォンやドラマーのジェレミー・ハイマン、さらにはマルチインストゥルメンタリストのベンジャミン・ボールトらとともに録音された。また、モーショングラフィックスもピアノで参加している。2021年にメリーランド州のスタジオ「テンポハウス」で録音された。

 アルバム全体を通して、エレクトロニクスとアコースティックの要素が絶妙に絡み合い、聴き手に新たな感覚をもたらす波動を生み出している。しかし、それはかつてのように楽園への逃走を目指す音楽ではないように思える。失われた未来を追い求めるだけでは、最後には虚しさしか残らない。大切なのは「いまここ」で「音楽」をどう突き詰めるかということではないか。
 それは逃避でも、過去や未来への回帰でもない。10年代的なペシミズムはすでに過去のものだ。「いま、ここ」に音楽があることの証明すること。これがリフテッドの「現在地」であり、音楽を通して時代を超えて響く新たな「場所」を示している。

 いや、だから「インディ・ロック」というものはだね、そもそもは……えー、そもそもは……そもそもはあれですよ、あれ、……そう、「あれ」で通じるよね、いまとなっては。だからここでは自省を込めて、あらためて「インディ・ロック」というものがそもそもなんだったのかを振り返ってみたい。なにぶん私奴は「ポスト・パンク」から「インディ・ロック」の時代、70年代末から80年代なかばのUKの自主制作によるアンダーグラウンドな音楽にけっこう漬かってもいたので当時のことは憶えている。「インディ・ロック」とは、単純なところでは1980年代の英国のインディペンデント・レーベルに所属するギター・バンドのことを意味していたが、文脈というものがあったし、文脈こそが重要だった。そこには、固有の繊細さ、固有の美意識、そして希望を秘めた敗北感という興味深いパラドックスがあった。〈サン〉や〈モータウン〉をインディーズとは呼ばないように、独立系レーベルの音楽というだけの定義ではないのだ。

 かつてキース・レヴィンは言った。「自分がロックンロールをどれほど嫌悪していたのかわからなかったけれど、その感情はPiLの動機の一部だった」
 パンクが成し遂げられなかったロックの古い伝統との断絶を実行するか、ロックを別の何かに書き換えるか、とにかくサウンドの可能性を重視しながら、メインストリームや業界とは距離を持って、わざわざ首都に出向くことなく、地元にいながらにして自分たちの創造的な活動を実行したのが、1979年以降の「ポスト・パンク」だった。その基盤となったのは〈ラフ・トレード〉や〈ファクトリー〉のようなインディペンデント・レーベルで、当時こうした自主制作の音楽を聴くことは、メジャーにはないただ変わった音楽を聴くこと以上の新しい体験で、最近の例で言うなら最初にヴェイパーウェイヴを聴いたときのような、少し昔の話で言えば最初にシカゴ・ハウスを聴いたときのような、ちょっとやばいものに手を出してしまったんじゃないかとハラハラするようなあの感覚だ。ザ・レインコーツやザ・スリッツやザ・ポップ・グループの7インチなんて、もう、とにかくミステリアスで、そこから漂うのは、ラジオから流れるアバやYMOのポップ・ヒット、ロッド・スチュワートやクイーンが何万もの人間に向けて歌う音楽とはあきらかに異質の、ある特定の文化圏を拒絶する、前向きな閉鎖性と呼べるような気配だった。八方美人ではないからこそ生まれる強度、それが思春期特有の自意識とばっちり重なっただけの話でないのは、ポスト・パンクが変えた文化がその後どのように発展していったのかを歴史的に振り返ればわかる。ディスコがその後のポップ・ミュージックのあり方を永遠に変えてしまったように、ポスト・パンクはこの文化の新しい未来像を描いた地殻変動だった。

 ポスト・パンク以降の新しい文化土壌──DIY主義、地方主義、意図的に主流から外れることで得られる自由などなど──こうした文脈から生まれのが「インディ・ロック」だった。「インディ・ロック」におけるもっとも重要な始祖を挙げるなら、何よりもまず、グラスゴーの〈ポストカード〉という1979年に始動したレーベルを拠点に登場したオレンジ・ジュースになるだろう。ほかには、ロンドンではサブウェイ・セクトやテレヴィジョン・パーソナリティーズほか。そしてもうひとつ重要な「インディ・ロック」はマンチェスターで生まれている。オレンジ・ジュースのファンだった(*1)ジョニー・マーがスティーヴン・モリッシーを誘って結成したバンド、ザ・スミスだ。
 これらのバンドに共通するのは、ロックのフォーマットに忠実で、ポスト・パンクが腐心したサウンドの変革よりもポップであることを優先させたところにある。彼らのように過去のポップス(シャングリラスからバーズ、ヴェルヴェッツなど)からの影響をつつみ隠さず取り入れるなんてことは、ポスト・パンクにはなかった。ジーザス・アンド・メリー・チェインのフィードバック・ノイズの背後から60年代ポップスの引用を聴き取れたとしても、ワイヤーのなかにロネッツやビーチ・ボーイズを見つけることなど絶対にあり得ない。
 ディスコやソウルが注がれたオレンジ・ジュースのギター・サウンドは荒削りだが力強く、そして何よりも当時としては新鮮なくらいにロマンティックだった。敗北感にみちた歌詞を歌うザ・スミスにはジャングリーな(きらきらした)ギターと陶酔感をもった旋律があった。サウンドだけ見れば、ポスト・パンクの革新性から後退したように思えるかもしれないが、DIY精神と前向きな閉鎖性は継承されているし、図書館に通うような学生にも突き刺さる言葉があった。もうひとつのポイントは、ザ・スミスが当初プロモーション・ヴィデオを作らなかったこと、多くのバンドが初期のニュー・オーダーのように自分たちの顔写真をジャケットに載せなかったことだ。
 初期のインディ・ロック・バンド界隈が活気づいた1980年代半ばのポップ・ミュージックの世界はMTV時代の真っ直中で、メジャー・レーベルでは新作を出すたびに不特定多数の人目を惹くための凝ったPVが作られていた。マドンナ、プリンス、マイケル・ジャクソンのようなポップ・モンスターばかりでなく、ピーター・ゲイブリルからカジャグーグーのような落ちぶれたニューウェイヴまで、手の込んだPVを使ってその凡庸な曲をチャートに載せていた。「インディ・ロック」はこうしたやり方も拒絶した。この姿勢は、「セレブになるために音楽をやった」と敢えて堂々と言うことを選んだマドンナのアプローチとは真っ向から対立する。「インディ・ロック」はたくさんのポップ・ソングの名作を作ったけれど、フィル・コリンズのそれとは違う何かであった。
 「インディ・ロック」は、アメリカでは「オルタナティヴ」という言葉に翻訳されるが、意味を考えればこれは妥当な言い換えである。たしかにそれはオルタナティヴな、しかしアヴァンギャルドでもエクスペリメンタルでもないポップ・シーンだったのだから(*2)。1986年に『NME』は、ザ・スミス以降における「インディ・ロック」の広がりを『C86』という、いまとなっては時代の分水嶺を象徴するカセットにまとめた。ここにはプライマル・スクリームやザ・パステルズをはじめとする22組のバンドの音源が収録されている。
  初期の「インディ・ロック」にはそれなりに強い信念はあったと思うが、オレンジ・ジュースの1982年のデビュー・アルバムはメジャー・レーベルからのリリースだった。厳密に言えばその時点でインディ・ロックではないし、『C86』に参加した多くのバンドもそうだった。つまりインディ・ロックという枠組みは早くも揺れたわけだが、オレンジ・ジュースはインディ・ロックであり続けた。バンドにとってもファンにとっても、インディペンデント・レーベルに所属していること以上に、ポスト・パンク以降の流れを汲んでいたかどうかがその定義により大きく影響していたからだろう。ファンション面から見みても、当時のインディ・キッズが高価なブランドものを着ることはあり得なかった。男女ともにドレスダウン志向で、ビート族のようにアンチ・エレガント、古着や軍の払い下げ(*3)を工夫して着ることのほうが、キャサリン・ハムネットがデザインしたワム!のTシャツよりも格好いいという自負があった。周知のように服に対するこうしたアプローチをアメリカで受け継いだのがグランジやライオット・ガール(あるいはオルタナ・カントリー)だ。

 ところで80年代には、「インディ・ロック」と並走して、もうひとつの閉鎖的な一群が存在した。「ゴス」である。スージー・アンド・ザ・バンシーズやジョイ・ディヴィジョン、マガジンを起点としながら、キュアー、バウハウス、キリング・ジョーク……(ほか多数)、USからはリディア・ランチにザ・クランプス、オーストラリアからはバースデー・パーティー……これらアドロジニアスで黒装束の社会不適合者たちによる秘密めいた集会もまた、ポール・マッカートニーやビリー・ジョエルの歌のように誰に対しても開かれてはいなかった。こうした「インディ・ロック」や「ゴス」──日本では「根暗なニューウェイヴ」などと嘲笑された音楽が、いやー、ぼくは大好きだったなぁ。

 2000年代はポップ界の大物たち、たとえばコールドプレイがリアーナと、カニエ・ウェストがケイティ・ペリーと、ニッキ・ミナージュが誰それと……といった具合になんだかやたらと交流するようになった。それが常態化し、たいして話題にもならなくなってくると、10年代はカニエ作品にボン・イヴェール、ビヨンセ作品にジェイムス・ブレイク・ソランジュにパンダ・ベアとか、大物と元インディの交流がはじまった。話題作りのためではなく、互いにリスペクトあっての交流だとは思うけれど、どれほど意味のあることだったのかは議論の余地がある。あの時代、ベン・ワットの作品にロバート・ワイアットが参加することはあっても、モリッシーやビリー・ブラッグがスプリングスティーンのアルバムに参加することなど500%考えられなかった。だいたいインディーズはメジャー・レーベルへの対抗意識を露わにしていたし、自分たちのほうが数段格好いいと思っていた。ポップ・ミュージック・シーン全体から見れば、これは良き対抗意識で、良き緊張関係にあったと言えるんじゃないだろうか。そう、誰かが言ったように、「逆張りなくして進歩はない」のだ。

 かのデイヴィッド・ボウイが「バイセクシャルと言ったのは人生最大の失敗」と、70年代の偉業を自ら突き放したのが1983年──ボウイが保守的なポップスへの迎合を果たした『レッツ・ダンス』の年──だった。その前の年にオレンジ・ジュースがデビュー・アルバムを発表し、84年にザ・スミスが “ヘヴン・ノウズ”を歌っている。「仕事を探して、やっとこさ仕事を見つけたけれど、天もご存じ、ぼくは惨めだ。ぼくが生きているか死んでいるかなど気にしないような連中のために、何故ぼくは自分の時間を割いているのだろう?」。こういうキラーなフレーズは、インディの世界からしか生まれなかった。
 80年代の「インディ・ロック」は、70年代末の「ポスト・パンク」の流れをもって、自分たちのリスナー像が見えていた。もちろんフィル・コリンズだってひとりバーで佇む傷心のオヤジに向けて歌っていたのだろうし、スプリングスティーンが汗水ながす労働者階級に向けて歌っていたのは言うまでもない。しかし80年代「インディ・ロック」の焦点はもっと絞られていたし、メインストリームでは歌われないであろう題材(政治的なものからあいつやあの娘のほんとうの感情)に意識的で、それが等身大であることの強みだった。

 あの時代の「インディ・ロック」の功績はここでは書ききれないほど大きい。ボサノヴァを取り入れたペイル・ファウンテンズやEBTG、暗い雨の夜からはエコー・アンド・ザ・バニーメン、誰よりもドラッグについての曲を書いたスペースメン3、不本意ながらシューゲイザーと括られるマイ・ブラッディ・ヴァレンタイン、エーテル系の始祖コクトー・ツインズのようなバンドは、ポスト・パンクからインディーズへと展開した1980年代のアンダーグラウンド・シーンから出てきている。さらにまた、80年代末のレイヴ・カルチャーに集合した主要成分が元インディーズや元ゴスだったことを思えば、閉鎖性を持つことは次なる大爆発へのプロセスだったと言える。
  あるいは、こんな考えもできるだろう。1980年代〜90年代のデトロイトのテクノ・シーンは、UKの86年型インディーズの黒人版のようだ。じっさいこの世代のデトロイト・ブラックは、80年代の欧州ニューウェイヴが大好きだったし(*4)、ハリウッドに魂を売ったモータウンに対する複雑な感情のみならず、オリジナルUKインディーズのようにメインストリーム(ジミー・ジャムとテリー・ルイス──デトロイト・テクノがプリンスを愛したことを思えば皮肉な話だが──みたいな爽快なR&B)への対抗意識をあきらかに持っていた。メッセージ・トゥ・メジャーズ。あの時代のあの閉鎖性、あの特権意識、自分たちの美意識に関するあの自信が、まったく違う国の違う人種における未来の音楽の活力の醸成にひと役買ったとしたら、それはやはり、逆説的に開かれていたということなのだ。 “モダン・ラヴ” や“イントゥ・ザ・グルーヴ”がどれほど売れようと、こうした変革力に与していない。(*5)

 昨年ある人物から日本の有望な若手グループについて説明を受けたとき、その人は、「彼らが良いのは、自分たちがやっているのは “J-POP” だと主張しているところなんですよ!」と語気を強めた。これがぼくには、「彼らはインディよりもメインストリームを格好いいと思っているんですよ!」に聞こえた。いや、ぼくはその価値観に賛同はしないが尊重はするし、そういう考えのほうが日本では共感されやすいことも理解している。ただぼくは、バンド/ミュージシャンのキャリアをインディーズ時代/メジャー・デビュー以降という風に分ける日本の価値基準にはかねてからずっと違和感を覚えている。だってこれがいかにナンセンスであるかは、たとえば80年代のニュー・オーダーの功績、あるいはR.E.M.のインディーズ時代の作品を鑑みても瞭然でしょう。
 まあ、R.E.M.もいまとなってはレディオヘッドやコールドプレイらと肩を並べるダッド・ロック・バンドの代表格であって86年インディーズの価値観とはだいぶ遠いのだが……。が、しかしその86 型の理想とて霧散したのもあっという間の話で(その後のモリッシーに関しては……いまここでは省略です)、よって残されたのはそのサウンド、そのスタイルだけ──まあ、それはそれでじゅうぶんな恩恵ではある。かつてのインディーズのもうひとつのトレードマーク、主にジョイ・ディヴィジョンやザ・スミスがまき散らした内省的なメランコリーや倦怠感も90年代には時代遅れになったが、それでもこのフィーリングはしぶとくも90年代前半のブリストルのトリップホップやアンドリュー・ウェザオールにといったロック以外のところで受け継がれていった(あるいは、シアトルのニルヴァーナへと)。
 さらに輪をかけて今日では、既述したように「インディ・ロック」というターム自体はますます意味不明になっている。ギター・バンドであれば何でも「インディ・ロック」になっているし、かくいう私奴もかなりいい加減に使ってしまっている。まあ、それでなんとなく伝わることもあるのだろうし、アニマル・コレクティヴをインディ・ロックと呼んでも、もう、さほどの違和感はない。が、しかしぼくはある日突然、何故かわからないのだが、これはやはり、その源流に関しては、はっきりさせておきたいと思ってしまった。

 以上、ぼくと同世代人には「何をいまさら」という話であります。幸か不幸か現代の音楽リスニングでは古いものと新しいものとの境界線がますますなくなって、古くてもそれがその人にとって新しい衝撃になる機会は1980年代よりも確実に多くある(ぼく自身もそうです。サン・ラーやPファンクやアーサー・ラッセル他多数、過去の音楽に感動している)。というわけで、ザ・フォール、ニュー・オーダー、オレンジ・ジュース、サブウェイ・セクト、ヤング・マーブル・ジャイアンツ、テレヴィジョン・パーソナリティーズ、アズティック・カメラ、ザ・スミスなどなど……あの時代のバンドとわりと最近出会った人にはぜひとも当時の「文脈」を知っておいてもらいたいなと、はい、インディよもやま話、ではまた来週お会いしましょう。

(*1)
ジョイ・ディヴィジョンの影響力もすごいが、オレンジ・ジュースのそれもでかい。同郷のベル・アンド・セバスチャンにとっても大きな影響源だった。

(*2)
アメリカのオルタナティヴは、その時代のカレッジ・ロックという括りにも近い。カレッジ・チャートは、メインストリームに価値観に対する反論でもあった。

(*3)
古着はかつて安かった。安いからインディ・キッズは着ていた。軍の払い下げもそう。面白いことに、かつて軍の払い下げのミニタリー・ウェアは60年代末から反戦運動家のファッションになり(一時期のジョン・レノンを参照)、そして80年代のインディ・キッズがダボダボのパンツを穿いたのも、安くて丈夫で、着方を考えれば格好良かったからだった。それがいまではすっかり高価なファッション・アイテムになっていることにお父さんは面食らいます。

(*4)
ホアン・アトキンスはリエゾン・ダンジュールズ、デリック・メイはデペッシュ・モードにニュー・オーダーとエレクトロニック・ミュージック系ではあったが、カール・クレイグはザ・キュアーが好きだった。

(*5)
エクスキューズをひとつ。何もこの原稿で、マイケルやマドンナを貶めるつもりはない。ぼくはデトロイトのクラブで高速にミックスされた “ビリー・ジーン” で踊っているし、『オフ・ザ・ウォール』は良いアルバムだと思います。マドンナに関してもとくにファンだったことは一度もないが、ただ、後にコートニー・ラヴが評価したことは憶えているし、フランキー・ナックルズへの尊敬を込めて、1990年の “ヴォーグ” の世界的なヒットがハウス・ミュージックが世界に認められた瞬間であったという説には賛同しておこう。 “イントゥ・ザ・グルーヴ” や “ライク・ア・プレイヤー”も良い曲だと思いますけどね。

  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111 112 113 114 115 116 117 118 119 120 121 122 123 124 125 126 127 128 129 130 131 132 133 134 135 136 137 138 139 140 141 142 143 144 145 146 147 148 149 150 151 152 153 154 155 156 157 158 159 160 161 162 163 164 165 166 167 168 169 170 171 172 173 174 175 176 177 178 179 180 181 182 183 184 185 186 187 188 189 190 191 192 193 194 195 196 197 198 199 200 201 202 203 204 205 206 207 208 209 210 211 212 213 214 215 216 217 218 219 220 221 222 223 224 225 226 227 228 229 230 231 232 233 234 235 236 237 238 239 240 241 242 243 244 245 246 247 248 249 250 251 252 253 254 255 256 257 258 259 260 261 262 263 264 265 266 267 268 269 270 271 272 273 274 275 276 277 278 279 280 281 282 283 284 285 286 287 288 289 290 291 292 293 294 295 296 297 298 299 300 301 302 303 304 305 306 307 308 309 310 311 312 313 314 315 316 317 318 319 320 321 322 323 324 325 326 327 328 329 330 331 332 333 334 335