「MAN ON MAN」と一致するもの

Sun Ra Arkestra - ele-king

小川充

 1993年の他界(宇宙への帰還)後もいまなお、数多くのサン・ラーのレコードがリリースされている。むしろ生前よりもたくさんのレコードがリリースされているくらいだ。その中にはアンソロジーもあればリイシュー、もしくは未発表の音源もあるのだが、そもそもサン・ラーが残した音源はあまりにも膨大で、いまだその全てが明らかになっていない。まるで宇宙空間のように無尽蔵なレコード・ライブラリーが広がっていて、土星からの使者を名乗ったサン・ラーらしい。彼の作品はいわゆるレコーディング・スタジオに入って録音するものではなく、ライヴ会場で即席で録ったものを自主でレコード化して次のツアー会場で売るというような形が多かったので、行ったコンサートの数だけレコードが存在していると言っても過言ではない。そして、サン・ラーが率いたアーケストラ(方舟の意味であるアークと楽団を指すオーケストラとを合わせた造語)は、サン・ラーの死後も活動を続けている。世界中をツアーしていて、数年前には来日公演も行なった。主なきいまもサン・ラーの名を冠しているのは、サン・ラーの精神が宿った楽団であるということなのだが、それは歌舞伎の屋号のようでもあり、実際サン・ラーは「かぶき者」(変わった風体や行動を美意識とする洒落者、歌舞伎の語源)のようでもあった。

 実際のところ現在のサン・ラー・アーケストラは、1950年代の最初期からのメンバーであるサックス奏者のマーシャル・アレンが中心となっている。彼はずっとサン・ラーと行動を共にしていて(アーケストラの場合、メンバーは演奏以外でも寝食を共にするコミューン活動を行なっていた)、サン・ラーの音楽から思想や信仰などを新しいメンバーに伝えている。アーケストラに在籍したメンバーにはジューン・タイソン、スティーヴ・リード、アーメッド・アブドゥラーなどいろいろいたが、サン・ラー同様に他界したり、音楽業界から引退してしまった者もいる。現アーケストラにはビル・デイヴィス、ジュイニ・ブースなど古くからのメンバーもいれば、ジェイムズ・スチュワート、ジョージ・バートンなど、2010年代より加入したメンバーもいる。総勢20名を越す大所帯にはいろいろな国籍や人種、音楽キャリアを持つ者さまざまだが、そうしたミュージシャンが一種の劇団のように集結し、現座長のマーシャル・アレンのもとに劇(演奏)を行なっているのがサン・ラー楽団と言える。

 このたびリリースされた『Swirling』は、そんな現サン・ラー・アーケストラによるこの20年間での最初のスタジオ録音アルバムである。最初にも述べたようにライヴ録音が主なサン・ラー・アーケストラにとっては異色の企画ではあるが、演奏する作品は新曲というわけではなく、往年のアーケストラのレパートリーをスタジオで実演したものとなっている。レコーディングでは20数名のメンバーから15名ほどが抜擢され、即興的なパートはあるものの、基本的には1950年代後半からおよそ60年ほどやってきた、アーケストラのメソッドに基づく演奏が収められている。これもまた歌舞伎などの伝統芸能に近いだろう。タラ・ミドルトンのヴォーカルも往年のジューン・タイソンのそれに限りなく近く寄せていて、ファリド・バロンのピアノやオルガン、キーボードなども在りし日のサン・ラーが演奏していた機種に近いものを揃えている。マーシャル・アレンはアルト・サックスのほかにエレクトロニクスも手掛けているが、それも古い時代の機材をいまなお使い続けていて、それがアーケストラ独特のレトロ・フューチャリスティックな味わいを生んでいる。いまの時代の新しいジャズに合わせたり、その影響を取り入れようとする姿は微塵もなく、潔いまでに自分たちのジャズを貫いている。たとえそれが古臭いと言われようとも。それによって結果的に彼らは影響を受ける側ではなく、影響を与え続ける側でいられるわけだ。

 サン・ラー・アーケストラの楽曲には宇宙や星、惑星などをテーマにしたものが多い。本アルバムにも “Satellites Are Spinning” “Door Of The Cosmos” “Astro Black” などが収められている。そうした宇宙志向や未来志向がアフロ・フューチャリズムと結びついていったわけだが、サン・ラーの場合はそこに古代や太古の神話との繋がりを持たせ、新しいものと古いものが融合した独自の世界を作りだした。冒頭の “Satellites Are Spinning” から “Lights On A Satellite” へと繋がる流れは、まさにそんなサン・ラー・マジックを象徴するものだ。“Seductive Fantasy” の牧歌性に富む演奏も宇宙空間の遊泳をイメージしているようであり、一方でバリトン・サックスがバグパイプのような音色を紡いで民族色豊かなところも見せる。“Swirling” はまさしく古き良き時代のスウィング・ジャズで、“Angels And Demons At Play” はデューク・エリントンのアフリカ色の強い演奏を電化処理したとでも言うべきか。“天使と悪魔の劇” というタイトルが示すようにサン・ラーの風刺性を代表する1曲だが、後半に向かうにつれてエレクトロニクスを交えて混沌としていく様がまさに戯曲的である。“Sea Of Darkness”~“Darkness” はアカペラ・コーラスからワルツへと展開するクラシカルなモーダル・ジャズで、“Rocket No. 9” はラップの先駆けとも言えるヴォーカリーズ・スタイルの歌。トマス・ピンチョンの『競売ナンバー49の叫び』に触発されたような題名のこの曲は、アメリカのポップ・カルチャーも取り込んだような楽曲で、ディジー・ガレスピーの “Salt Peanuts” を下敷きにしたようなほぼワン・コードのシンプルなトラック上で、ホーン・セクションやピアノがコズミックなSEを交えて即興演奏を見せるという構成。サン・ラー・アーケストラのひとつのスタイルだが、伝統的なジャズのビッグ・バンド・スタイルが底辺にあり、ジャズ界の異端とみなされることが多いサン・ラーだけれども、実はオーソドックスなジャズを土台としていることがわかる一例だ。

 アカペラとコズミックなSEだけで綴る “Astro Black” はサン・ラーならではのゴスペル・ソングであり宇宙賛歌。宇宙の神秘は続く “I'll Wait For You” でのフリー・ジャズへと受け継がれる。各楽器が無秩序状態の音を奏でていく様は暗黒の宇宙空間を飛び交う惑星をイメージさせ、その無秩序や混沌を音楽へと構築していくという現代音楽に接近した作品だ。一方で “Unmask The Batman” はアメコミの世界にコミットしたポップ・カルチャー的作品。演奏も「バットマン」のテーマを下敷きにしたブギウギ~ロックンロール調のもので、前衛的な作品と並立してこうした俗っぽいこともやってしまうところがサン・ラーの凄さでもあった。“Sunology” もムーディーなヴォーカルをフィーチャーしたスウィング・ジャズ調のもので、ジャズの本流からすると異形とされたサン・ラーがこうしたオーソドックスな曲をやってしまうのは、一種の皮肉でもあるかもしれないが、ある種痛快でさえある。“Queer Notions” も「異形」のための作品であるが、デューク・エリントン張りのオーケストラ・ジャズとなっていて、まさに裏エリントンだったサン・ラーならではだろう。宇宙の孤独を綴った “Space Loneliness” はブルース曲で、ジャズにとどまらずブギウギからゴスペル、ブルースなどあらゆる音楽を飲み込んでいったサン・ラーの音楽性を象徴する。“Door Of The Cosmos / Say” はファラオ・サンダースなどにも影響を与えたスピリチュアル・ジャズだが、演奏スタイルはジャズ・バンドのそれというより、大道芸とかチンドン屋のそれに近いものだ。サン・ラー自身もそうした大道芸人的なところがあり、実はとてもサービス精神の旺盛な人だったが、そうした人柄を偲ばせるようなピースフルな1曲である。

Next >> 野田努

[[SplitPage]]

野田努

私の音楽に耳を傾けてくれれば、
人びとはエネルギーを得る。
彼らは家に帰り、
おそらく15年くらい経ってから言うだろう、
「15年前に公園で聴いたあの音楽は素晴らしかった」と。*
サン・ラー (1991)

 これは特別なアルバムだ。理由はふたつある。まず、アーケストラがサン・ラーの死後、20年以上の年月を経て発表する新録のアルバムであるということ。もうひとつは、それを “いま” 発表することの意味。で、しかし、ほかにもうひとつある。『Swirling』は半世紀以上も演奏を続けてきたアーケストラが一回しかできないことをここでやっているという意味においても特別なのだ。

 アーケストラは、自らをサン・ラーと名乗った音楽家であり、思想家でも詩人でもあった人物のバンドの名称である。名前はエジプトの神ラーの箱船(Ra's ark)から取られている。サン・ラーいわく「Arkestraには、最初と最後に “ra” がある。Ra は Ar または Ra と書かれ、“Arkestra” の両端は同じ母音、最初と最後が等しい……音声的に均衡がとれている」(1988)*
 それは1950年代のシカゴ──サウスサイドだけでもジャズ・クラブが75もあった街──で誕生した。

私の音楽のなかではたくさんの小さなメロディーが流れている。まるで音の海のように、海は現れ、戻っていき、うねる。*

 アーケストラはただのバンドではなかった。多くの場合ジャズ・バンドのメンバーは演奏(仕事)においての顔合わせであって、日常での友人関係は持たなかった。が、サン・ラーにとってミュージシャンたちは友であり、バンドはコミュニティだった。アーケストラはサン・ラーという父親が統合するいわば家族であり、学校だった。そこには規律(disciple)があり、ジャズの世界では異例と言えるほどの道徳が要請された。故ジョン・ギルモア(tr)も「サン・ラーとは生徒と教師の関係だ」と言っているが、まあ、大学時代は教職を考えていたサン・ラーは人に教えるのが好きだったろうし、思想を共有することはアーケストラによって最大の任務でもあった。

 ちなみに、アーケストラにおいては、物事には集団で向かうものだった。たとえば演奏中に誰かが間違えたとき、ほかのみんなも間違えれば、それは間違いではなくなる、解決とはこうして共同でおこなうもの、団結して成し遂げるものだった。ホワイト・パンサー党の党首であり MC5 のマネージャーだったジョン・シンクレアが「60年代を生き続けている存在」と呼んだのも、もちろん大いなる否定者であるサン・ラーの態度ゆえなのだろうが、コミュニティ(共同体)へのこだわりにもその一因があるのだろう。
 しかしながら、1914年生まれのサン・ラーは1960年代にはすでに50過ぎである。だから、多くの人が知るところの名曲 “Space Is The Place” の頃はほぼ60。ディスコのリズムを取り入れた “Disco 3000” のときは60代半ば、スリーマイル初頭の原発事故に触発された「Nuclear War」をポストパンク時代に出したときはほぼ70歳だ。

 本作『Swirling』を仕切っているマーシャル・アレンは今年で96歳。アーケストラのオーボエ/アルトサックス奏者、バンドの諸作で聴けるエキゾチックなメロディはたいていアレンのオーボエだったりする。彼はシカゴ時代の1958年にメンバー入りし、以来、ずっとアーケストラとして活動しているが、コミュニティの存命においてもアレンは欠かせない人物だった。
 60年代初頭、アーケストラはシカゴからNYへと移動したが(そこでアミリ・バラカのブラック・アート・ムーヴメントにも合流した)、家賃の高騰とリハーサルにおける騒音問題によって、1968年にはNYを出ていかざるをえない状況になっていた。引っ越しはしかも、決して容易なことではなかった。なにせ、複数の中核メンバーを受け入れ、なおかつ大人数での日々のリハーサル場所を確保しなければならない。
 そんな彼らに救いの手を差し伸べたのが、フィラデルフィアのモートン・ストリートに不動産を持っていたマーシャル・アレンの父親だった。かくしてサン・ラーご一行は長屋のようなところにおさまり、結局、そこがアーケストラにとっての最終的な拠点となった。もちろん本作『Swirling』も同地でリハーサルがなされている。

 アーケストラにとってのリハーサルは、演奏技術を磨くということだけが目的ではなかった。そこはサン・ラーが “宇宙哲学” を語る、いわば講義の場でもあった。ときにそれは何時間にもわたることがあったというが、アーケストラにとって重要なのは、世界を変えるために音楽を利用することだった。「明日のイメージを描くために、すべてをジャズに見せかけた」とジョン・F・スウェッドは評伝『Space Is The Place』のなかで表現しているが、実際1958年に彼らの自主レーベル〈サターン〉からは2枚目としてリリースされた『Jazz In Silhouette』のスリーヴにはこう記されている。「これはジャズに見せかけたシルエット、イメージ、そして明日の予想である」
 リハーサル時におけるサン・ラーの話は、あまりにも多岐に及んだという。歴史学、言語学、占星術、天文学、人智学、数秘学、それから冗談とジャズ話……。彼は弁舌家としても有名なのだ。

 また、サン・ラーはメンバーひとりひとりのために譜面を書いたが、往々にして、譜面には通常の音域外の音が指示されていたという。先日、アーケストラをカヴァーストーリーとして掲載した『Wire』誌10月号では、扉の写真にマーシャル・アレンがぶあつく重ねられた譜面を見ている場面を使っているが、それらぼろぼろの年季の入った紙切れたちこそサン・ラーが書いた譜面である。彼がメンバーそれぞれのパートのために書いた譜面はじつに細部にまでしっかり記述されていたが、しかし演奏がはじまると決して譜面通りにはいかないのがアーケストラだった。かつてサン・ラーはメンバーにこう指導したことがある。「君が “知らない” ことのすべてを演奏せよ(Play all the things you don't know!)」*
 たとえばマーシャル・アレンの場合は、アーケストラに入ったことによって、サックスを使っての吠え、叫び、鳥の歌などを会得したのである。

 そう、本作を読み解くヒントは、サン・ラーの人生とその人物像にある。なのでもう少しおさらいしておこう。そもそも彼は第一次世界大戦がはじまる年に生まれている。日本はまだ大正時代である。
 1920年代の(やがてサン・ラーを名乗ることになる)ハーマン・ブラントは成績優秀な優等生だった。1930年代のハーマンは、それに輪をかけての読書家だった。大恐慌時代に黒人が読書家であることはじつに異例のことで、人種隔離された図書館で黒人が本を借りるには、裏口から黒人職員を呼んで本を取ってきてもらうしかなかったという。
 ハーマン~サン・ラーの読書には、確固たる目的があった。それは西欧文明と聖書の欠点を探るためであり、自分とはいったいどこから来たのかを知るためだった。
 そのため彼は古代文明に着目した。ギリシャ哲学やピタゴラス教団、神秘主義に惹かれた彼はグノーシス派にも向かった。ブラヴァツキー(シュタイナーに影響を与えた人)の人知学に傾倒したこともある。また、エジプトの秘密を知るべく、英語以外の言語で書かれた書物も辞書を引きながら読んだというから、ちょっとした素人学者だ。シカゴ時代は、彼の家に来た誰もが壁を隠すほどその床に積み重ねられた本の量を見て驚くほどだったが、彼が古代アフリカにおける文明を知るに至ったことは、サン・ラーの哲学と音楽にとって大きな収穫となった。
 サン・ラーは自分の信念を曲げない人でもあった。1940年代の第二次大戦中は、身体の障害を理由に兵役拒否を続けた。また、収監されてもなお反論することができるほどの知性を彼はすでに持ち得てもいた。軍の幹部が、よく教育された黒人知識人だと感心したというほどに。
 戦後、貧困な黒人たちのあいだで支持者を拡大していたネーション・オブ・イスラムには、関心は示したものの決して賛同はしなかった。あれだけ “黒さ” にこだわり、白い文化に頼らず自律することを目標としながら、しかしサン・ラーにとって白人だけが悪魔ではなかったし、分離主義を望んでもいなかった。彼はつねに、(特定の人種ではなく)人類に対する否定的な意見を述べていたのだから。それにまあ、ありていに言って彼はマッチョな人間ではなかった。サン・ラーはこうも言っている。「私はリーダーでも、哲学者でも、宗教人でもない。ただ、人間を変えることのできる何かを示したいだけだ」*

私の音楽はいつもうねっている。それは人びとの頭の上に行き、一部の人びとを洗い流し、再活性化し、彼らを通り抜け、宇宙へと戻っていき、再び彼らの元にやって来る。*

 たしかに『Swirling (渦巻く)』はうねっている。まずは女性メンバーのタラ・ミドルトン(vln)が、1970年代初頭から歌い継がれ、かつては故ジューン・タイソン(アーケストラ全盛期の女性メンバー)も歌ったサン・ラーの詩をいままた歌う。

衛星たちは回転している
よき日々が壊れている
銀河たちは待っている
惑星地球が目覚めるのを
私たちはこの歌を勇敢な明日のために歌う
私たちはこの歌を悲しみを廃止するために歌う
 “Satellites Are Spinning” (1971 / 2020)

 小さな渦が集合するコズミック・ジャズの “Lights On A Satellite” が続く。そこから “Seductive Fantasy” までの展開は、晩年にサン・ラーが喩えたように、アーケストラのメンバーひとりひとりが宇宙ニュースを記事にしている「宇宙新聞(Cosmic News Paper)」である。
 “Seductive Fantasy” は1979年の『On Jupiter』に収録されているが、同曲が新鮮なアレンジによって演奏されているように、ほかにも “Angels And Demons At Play” や “Rocket Number Nine” といったお馴染みの曲がみごとに甦っている。批評家のグレッグ・テイトは、「アーケストラの面々は、6つのディケイドに渡って展開されたサン・ラーのコンセプトがいまも魅力的であることを充分わかっている」と評しているが、たしかに彼ら・彼女らはサン・ラーの遺産に新たな生命を吹き込んでいるのだ。
 演奏はおおらかで、総じて祝福めいている。実験性には遊び心があり、アレンの電子音にはユーモアがある。サン・ラーの代わりに鍵盤を操っているファリド・バロンの演奏はまったく生き生きとしているし。つーか、この長老たちときたら……

 マーシャル・アレン作曲による表題曲 “Swirling” はスウィング・ジャズだが、これはアヴァンギャルド全盛の60年代~70年代に敢えてスウィングをやったサン・ラーに捧げているのかもしれない。笑ってしまうというか、なるほどというか、ある意味「らしい」と思えるのは、ロックンロール/リズム&ブルースまで披露しているところだ。
 サン・ラーといえば、いまや「アフロ・フューチャリズム」の古典となっているが、20世紀の初頭に生まれ、黒人文化人として世界大戦も経験しながら活動してきた彼を「アフロ・モダニズムの人」と評する向きもある。彼はたしかに、バンドのメンバーから猛反発をくらってもディスコを取り入れるほどの柔軟性のある人だったし、50年代にいくら批評家たちからぞんざいな扱いを受けようとも実験(電子音、短いソロや反復)もメッセージ(あるいは詩)も宇宙服(白人文化の象徴であるスーツの拒絶)も止めなかったが、サン・ラーがもっとも好きだったのはトラディショナルなビッグバンド・ジャズだったと言われている。ことにブルースであれば、同じフレーズを繰り返さずに延々と弾いていられたそうだ。スピリチュアルな人だったのだろうが、世俗的な音楽もずいぶんと愛していた。サン・ラーのそんな側面も今回の新録盤にはよく出ている。
 だが、そうした嗜好性とは別のところで、彼は「音楽は人間世界以前に存在し、人間がいなくても存在し続けることができた」と真剣に考えてもいた。そして、音楽が人間世界以前に存在するのであれば、音楽とは宇宙のものだ。その宇宙の音をこそ、彼とアーケストラはひたすら探求し続けていたのだ。つまり、トラディショナルなジャズと未来志向とのブレンド。

 1993年1月に卒中で倒れ、それでもライヴ・ツアーを続行したサン・ラーも、いよいよ自らの最期を覚悟したとき、アーケストラの面々にこう言ったという。「この世界は甘やかされた子どもたちによって作られている。狂った熊たちの世界だ。自分の思うところを外に向かって伝えよ。私はもうおまえたちにできる限りの情報を与えた。あとはおまえたち次第だ」*
 その成果がこのアルバム、門下生たちが力を振り絞って録音した『Swirling』というわけだ。サン・ラーが生まれてこのかた100年以上も経った21世紀のいま、こんな作品が聴けるなんて幸せこのうえないことで、アーケストラはこの音楽が超越的であることを身をもって証明しているわけだが、悠長なことを言ってもいられない。コロナ、BLM、そして分断された社会と……、ジ・アーケストラがサン・ラーの哲学をふたたび外に向けて伝えるなら、いましかないのだろう。世界を変えるために音楽をやるなんてことがとてもじゃないけど言えなくなったいま、怒りと、しかし喜びに満ちた宇宙の音楽をやるのは15年後では遅い、いまなのだ。

自分が間違っているとわかっているということをわかっている、
ということを知ったら、君はどうするのかい?
音楽と向き合って
宇宙の歌を聴かなければならない
The Sun Ra Arkestra “Face The Music” (1991)

したがって私は話したのだった
そして今後は星々に書かれる
 『Swirling』のブックレットより

* 引用は、ジョン・F・スウェッド著『サン・ラー伝(原題:Space Is The Place)』(湯浅恵子訳)より

TSUBAKI FM - ele-king

 インディペンデントで良質な音楽を届けるインターネット・ラジオ、TSUBAKI FM が名古屋と京都をまわるミニ・ツアーを開催する。名古屋は11/21に、今年オープンしたばかりの club GOODWEATHER にて。11/22の京都はおなじみの CLUB METRO で、ストリーミングもあり。東京から Midori Aoyama、Souta Raw が参加。お店の感染対策に従って楽しもう。詳細は下記より。

時代を反映する新旧ベニューで彩る秋のミニツアーを開催

東京発、インディペンデントミュージックを発信する音楽プラットフォーム「Tsubaki fm」。今夏から新たにマンスリープログラムを開始した名古屋、京都の2都市をまたぎ秋のミニツアーを開催。初日の名古屋公演は新栄に誕生した新しいヴェニュー club GOODWEATHER にて、ローカルに根差した独自の活動を展開してきた名古屋レジデンツと共に。そして京都は今年30周年を迎える古豪ヴェニュー CLUB METRO にてストリーミング配信も含む複合イベントを開催。東京からは Midori Aoyama、Souta Raw の2人も駆けつけ充実のラインナップで至極のミュージックジャーニーをお届けする。

TSUBAKI FM
https://tsubakifm.com/


▶︎NAGOYA
2020/11/21/SAT
club GOODWEATHER
Open: 22:00 / Entrance: ¥2,000
愛知県名古屋市中区新栄1丁目14−24 第3和光ビル2F
https://www.goodweather.org/

MIDORI AOYAMA
SOUTA RAW
AGO
MUSICMAN
SAMMY the RIOT
S.O.N.E.



▶︎KYOTO
2020/11/22/SUN
CLUB METRO
Open:21:00 / Entrance: ¥2,000 inc.1 Drink
京都市左京区川端丸太町下ル下堤町82 恵美須ビルB1F
https://www.metro.ne.jp/

MIDORI AOYAMA
SOUTA RAW
MASAKI TAMURA
YOSHITO KIMURA
SOTA × KUWABARA
soO

FOOD: 明ヶ粋ヶ

TALK LIVE :
TSUBAKI FM × soO × OFF LINE

第5回 ハラキリを選ばない生き方 - ele-king

 ハッピーハロウィン。あなたがこのコラムを読んでいる頃にはもう、ハロウィンは終わっているだろう。思い立ってdocsに文章ファイルを作成した今日は10月30日。思い立っただけで書きたいことはまだ抽象的で、その抽象的な要素どうしが脳内で4次元構造を作りながら漂っているような状態だ。書き終わる頃にはクリスマスが見えているかもしれないし、一応メリークリスマスとも書いておこうか。

 ハロウィンは明日に迫っているが、世間の浮き足立った空気は今年は感じない。ここ数年の渋谷での激しい盛り上がりが嘘のようだ。去年の今頃、初めての Protest Rave を渋谷で行なった。あの熱気が遠い過去のように感じられる。世界は変わってしまったのだ。ハロウィンといえば年に一度唯一ゴスやダークな世界観のものが表の世界でフィーチャーされる、あるいは表の世界の住人に利用される日だが、そのダークな側の世界は私が日常的に接している世界でもある。そしてそのことを思っていると、なぜ私はダークな力に惹かれ、いつから私はそのダークな力に惹かれはじめたのだろうかと、思いがけず自分の人生を振り返ってしまっていた。おそらく私のコラムを読む人の大半もまたその魅力を知っている側の人だろうと思う。昼/夜、明/暗、陽/陰、天使/悪魔、ライトサイド/ダークサイド、地上/地下などと、世界はしばしば二分される。その二分された世界で私は後者に自分の居場所を見出した。

 私はクリスチャンの家庭で育った。夕食の前には神に祈り、日曜日は礼拝と教会学校に行って聖書を学んだ。自身で選択するまで洗礼は受けなくて良いという親の方針のおかげで私はクリスチャンではない。無神論者のいま、その方針には感謝している。念のために記しておくが、私は神を信じないが、宗教や他者が神を信じることを否定しない。聖書を学ぶ中で天使/悪魔という概念をまず得ることになった。その頃はビートルズが好きでよく聴いていた。
 小学校3年生のときに転校をした。二つ下の弟と両親の四人で住むには木造のアパートは狭すぎたため、郊外に引っ越すことになった。転校後に仲良くなった友人の証言によると、私は転校初日から挨拶もろくにせずにノートにずっと絵を描いていたらしい。よく覚えていない。その学校では “先生のお気に入り”(嘘つき)と喧嘩をして理不尽に怒られたことが何度かあったことを覚えている。神様は全てを見ておられます。なら証言台にも立ってくれ。その頃は KISS が好きだった。血を吐いたり火を吹いたりするのに憧れていた。他のクラスメイトはモーニング娘。を聴いていた。サンタクロースはいなかった。
 その後、順調に反抗期を迎えた私の反抗心は生物学上の親ではなく、宗教上の父=神に、そしてその宗教に向いた。悪魔という存在は、神に対する忠誠心の強化のために排他的で二元論的な価値観が生み出した存在だと私は主張していた。正統派の絵に描いたような中二病に正しい時期に罹患して良かったと思う。その頃よく聴いていたのは Dr Dre と Sean Paul、あと Marilyn Manson や Sum 41。不良の先輩の影響で Cyber Trance も少し。制服の下にバンドTや ALBA ROSA のTシャツを着て、ボタンを開けた制服のシャツの隙間から見えるTシャツの色や、背中に透かして見えるTシャツの柄で精一杯の自己主張をしていた。

 こうしてローティーンまでの人生を過ごし、中二病的な症状が治ったあともいろいろなものと何度も衝突し、そうして自我が成長していくに従い、はじめに書いた後者の世界に自分の居場所を見出していくことになった。
 良い子じゃいられなくなったとき、良い信徒になれなかったとき、お手本に忠実になれなかったとき、その決まり切った価値観から否定されたとき、そこにまた別の世界/生き方/可能性/未来が選択可能だということを示してくれたのがダークサイドのものたちだった。

 「罪を告白せよ」「神はいつも正しい」と言われ、ペニー・ランボーとスティーヴ・イグノラントは「SO WHAT!」と叫んだ。「要するに良い事ー悪い事、ホンモノーニセモノっていう二律背反で物事を考えていくと、どんどん視野が狭くなっていくのさ」と江戸アケミは諭した。彼は幼いときに洗礼を受けたクリスチャンだったが、後に棄教した。坂口安吾は『堕落論』の中で「日本は負け、そして武士道は滅びたが、堕落という真実の母胎によって始めて人間が誕生したのだ。生きよ堕ちよ、その正当な手順の外に、真に人間を救い得る便利な近道がありうるだろうか。私はハラキリを好まない」と記した。二律背反で物事を考えていくと世界は非常にシンプルになる。神の側、あるいは良い事の側、正当な手順の側、ハラキリの側、文頭に書いた前者の側は二律背反で物事を考え、それに反するものを罪/悪魔/悪いこと/ニセモノ/堕落とカテゴライズしてきた。しかし、世界はより複雑であり、前者の側は無数にある選択肢のひとつに過ぎず、そしてその集合以外の場所にも無限の選択肢が存在する。選択肢は生き方であり可能性であり、無限の選択肢は無限の未来を生む。そして無限の未来は必ず希望を内包する。坂口安吾はその「正当」と「堕落」の間に存在する人間性に対する態度の差を指摘した。前者は人間らしさを恐れるあまり規律や戒律によって、あるいは力によってそれを制限しようとする。私もハラキリを好まない。彼は続けて「堕ちる道を堕ちきることによって、自分自身を発見し、救わなければならない」と記した。私はダークな力を借りて、そのハラキリを選ばない生き方の中に自身を見出した。二律背反的な思考で大きなものに寄り掛かり、そこに自身のアイデンティティを同化させて依存していては、真に人間らしい自分らしさを発見することができないどころか、その二律背反的な思考で寄り掛かった大きなものに反する人に対しては、その存在をも攻撃し、否定するようになる。規律や戒律によって、あるいは力によって人間らしさや自分らしさが否定されるとき、私たちはそれに向かって「SO WHAT!」と叫ばなければいけない。私は私のやり方で「SO WHAT!」と叫ぶ。君は君のやり方で「SO WHAT!」と叫ぶ。「SO WHAT!」と叫んだ先にこそ二律背反から解放された自由があり、そこでのみ真に自分自身を発見し、救われることができる。江戸アケミは「救われたいんだよ。けど、宗教は嫌なんだよ。だから、何に救われたいかって言ったらリズムで救われたいんだよ」と言っていた。その救いとはまさにこの、自分自身を発見した先にある救いなのではないだろうか。「SO WHAT!」と叫んだ先には無限の可能性や未来があり、その中には必ず希望があり、救いがある。もう一度言う。規律や戒律によって、あるいは力によって人間らしさや自分らしさが否定されるとき、私たちはそれに向かって「SO WHAT!」と叫ばなければいけない。

 ゲイやレズビアンのカップルは子供が産めません。SO WHAT!
 ピンクは女の子の色です。ブルーは男の子の色です。SO WHAT!
 大麻は違法です。SO WHAT!
 日本人らしくありません。SO WHAT!
 言葉遣いが良くないです。SO WHAT!
 そんなんじゃお嫁にいけません。SO WHAT!
 タトゥーは悪の象徴です。SO WHAT!
 あなたの言動は政府の方針に反します。SO WHAT!
 So what, so what, so what, so what, so what, so what, so what, SO WHAT!!!

former_airline - ele-king

 90年代後半より活動をつづける久保正樹によるソロ・プロジェクト、former_airline のニュー・アルバム『Postcards from No Man's Land』が、なんと、イアン・F・マーティン主宰の〈Call And Response〉より10月28日にリリースされている。フォーマットはカセットテープ(ダウンロード・コード付き)と配信の2種。バンドキャンプで買えます。パンデミックの最中に制作されたという本作、シューゲイズやポストパンク、クラウトロックから影響を受けたサイケデリック・サウンドをお楽しみあれ。

former_airline
「Postcards from No Man’s Land」
2020/10/28リリース

久保正樹によるソロ・プロジェクト。いくつかのバンド活動を経て、90年代後半よりギター、エレクトロニクス、テープなどを使用した音作りを始める。2000年代後半より former_airline 名義で活動開始。J・G・バラードにも例えられる音世界は、ときに「サイファイ・サイコ・エロチシズム」、「ディストピアン・スナップショット」などと称されたりもする。カセットテープを中心に、日本、イギリス、アメリカ、ドイツ、フランスほか世界各国のレーベルより8枚のアルバムをリリースしている。
今回のフルアルバム『Postcards from No Man's Land』に収録された曲のいくつかは2019年に録音され、多くは2020年に新型コロナウィルスによるパンデミックのなか自宅にこもり録音されたもの。

久保は、この過渡的な状況において、アルバム制作を通じて表現をすることが重要だと語る:
「このアルバムは、何気なかった日常が遠い思い出と消え行き、新しい普通とともに世界が大きく変わってしまう前後の音の記録として、どうしても『いま』リリースしたかった作品で、そこに残されたいまだ知らない空虚を見つめ、したためた便りのようなものです」

former_airline の音楽は、21世紀のパニックと情報過多を表現しているが、それを超えて希望に満ち忘られている未来が、世界を悩ましている精神的な夢の空間へと導いているよう。アルバム『Postcards from No Man’s Land』では、閉所恐怖症的な感覚、モートリック、アーバン、インダストリアルな要素がドリーミー、サイケデリック、トランスの要素へ途切れなく溶け込んでいく。
ポストパンク、クラウトロック、ミニマルウェーブ、シューゲイズ、ダブ、アシッドハウスからの影響を受けていながらも、former_airline はそれらを受け入れて、楽観的で今のカオスに根ざした彼自身の音の世界を作り上げている。

Artist website: https://formerairline.tumblr.com
Artist Twitter: https://twitter.com/former_airline_
Label website: https://callandresponse.jimdofree.com

CAR-44
『Postcards from No Man's Land』
Side A
 In Today's World
 Geometries of the Imagination
 Insane Modernities
 On the Sea of Fog
 Dubby the Heaven
Side B
 Paint This December Blue
 Destroy What Destroys You
 Walking Mirrors
 S. Sontag in the Psykick Dancehall

Format: カセットテープ+DLコード / Bandcamp
Price: ¥1500+tax

11/8 (日) ONLINE RELEASE EVENT
スタート 20:00 JST
LIVE:
・former_airline
・Demon Altar
https://www.twitch.tv/callandresponse

BudaMunk & TSuggs - ele-king

 ビートメーカー/プロデューサーとして様々なアーティストの楽曲を手掛ける一方で、Sick Team の一員としての活動や mabanua とのユニット=Green Butter、Fitz Ambrose とのユニット=BudaBrose、さらに Joe Styles、Aaron Choulai、ISSUGI、ILL SUGI など様々なアーティストとのコラボレーション作品を生み出してきた BudaMunk。ソロでもビート・アルバムだけでなく、ヴァラエティに富んだメンツをゲストに迎えた作品も展開しているのだが、2018年にリリースされたソロ・アルバム『Movin' Scent』の収録曲 “Froaura” にて美しい鍵盤のメロディを響かせていたのが、今回のコラボレーターであるジャズ・ピアニストの Tony Suggs こと TSuggs だ。

 80年以上の歴史を誇る名門ジャズ・バンド、Count Basie Orchestra の5代目ピアノ・プレーヤーを務め、故 Roy Hargrove が率いていたR&B/ヒップホップ・プロジェクト=The RH Factor のアルバム『Hard Groove』にもオルガンで参加するなど、USジャズ・シーンのコアな部分に身を置いていたのがその経歴からも伺える。2000年代のアンダーグラウンド・ヒップホップをルーツに持ちながら、実に数多くの作品を発表してきた BudaMunk であるが、今回の TSuggs とのプロジェクトは、彼にとっても最もジャズのカラーが強い作品であることは間違いない。曲のキモとなっているビートの部分は BudaMunk が手がけているので、曲の芯の部分にあるのはもちろんヒップホップなのだが、曲によってはジャジーなヒップホップというよりも、ヒップホップ・テイストが濃厚なジャズと表現したほうが相応しいようにも思う。

 そんな本作のヒップホップとジャズとの絶妙なバランス感を象徴するのが一曲目の “Mergers and Acquisitions” だろう。DJ YUZE によるアブストラクトなスクラッチに、ジャズ、R&B、ヒップホップなど様々なジャンルのアーティストと共演するギタリストの吉田サトシが参加し、緊張感のある絡みが展開しながら、TSuggs によるキーボード(主にローズ・ピアノ?)によって実に美しく透明な空気感が曲全体を覆う。続く “Convinced” に参加しているのが、TSuggs と同様に Roy Hargrove とも繋がりのあるベーシストの Amen Saleem で、BudaMunkによるビートとキーボード、ベースとのトリオによるライヴ感あるセッションはまさしくジャズそのものだ。他にもベーシストの日野 "JINO" 賢二が参加した “Half on a Baby”、トランペット奏者の Patriq Moody が参加した “Kozmic Question” など、ゲスト参加曲での躍動感溢れるグルーヴ感は実に面白く、ヴォーカル曲では Iman Omari が参加した “Good Vibes” は間違いなく本作の目玉となる極上の一曲だろう。その一方で、BudaMunk と TSuggs が一対一で対峙するミニマルな構成の楽曲での、ビートとキーボードのみが作り出すグルーヴはやはり格別で、永遠に聴き続けていられるような圧倒的な心地良さを与えてくれる。ゲスト参加したアーティストも交えながら、本作の魅力をぜひライヴでも再現してほしいと思う。


CAN:パラレルワールドからの侵入者 - ele-king

 映画『イエスタデイ』は、ビートルズのいない世界を想像してみろと、私たちに問いかける。リチャード・カーティスの、代替えの歴史の悪夢のように陳腐なヴィジョンのなかでも、音楽の世界はほとんどいまと変わらないように見え、エド・シーランが世界的な大スターのままだ。

 しかし、多元宇宙のどこかには、ロックンロールの草創期にビートルズのイメージからロックの方向性が生まれたのではなく、カンの跡を追うように出現したパラレルワールド(並行世界)が存在するのだ。それは、戦争で爆破された瓦礫から成長した新しいドイツで、初期のロックンロールがファンクや実験的なジャズと交わり、ポピュラー・ミュージックがより流動的で自由で、爆発的な方向性の坩堝となり、アングロ・サクソン文化に独占されていた業界の影響から独立した世界だ。

 カンのヴォーカルにマルコム・ムーニーを迎えた初期のいくつかの作品では、このような変化の過程を聴くことができる。アルバム『Delay 1968』の“Little Star of Bethlehem”では、ねじれたビーフハート的なブルース・ロックのこだまが聴こえるし、“Nineteenth Century Man”は数年前にビートルズ自身が“Taxman”で掘り起こしたのと同じリズムのモチーフを使った、拷問のようなテイクをベースにしている。

 カンの1969年の公式デビュー盤、『Monster Movie』のクロージング・トラック、“Yoo Doo Right”は、いかにバンドがチャネリングをして、ロックンロールを前進的な思考で広がりのあるものへと変えていったかがわかる小宇宙のようだ。ムーニーのヴォーカルが、「I was blind, but now I see(盲目であった私は、いまは見えるようになった)」や、「You made a believer out of me(あなたのおかげで私は信じることができた)」とチャントして、ロックとソウルの精神的なルーツを呼び覚ますが、それはベーシストのホルガ―・シューカイとドラマーのヤキ・リーベツァイトのチャネリングにより、制約され、簡素化されて、容赦のないメカニカルでリズミカルなループとなり、ミヒャエル・カローリのギターのスクラッチや、渦巻き、切りつけるようなスコールの満引きに引っ張られて、ヴォーカルから焦点がずらされる。

 カンが1960年代に取り組んでいたロックの変幻自在の魔術への、もうひとつ別の窓は、映画のための音楽を収録したアルバム『Soundtracks』で見ることができる。クロージング・トラックの “She Brings the Rain” などは、かなり耳馴染みのある1960年代のサイケデリックなロックやポップのようにも聴こえるが、このアルバムでは、それ以外にも何か別のものが醸し出されている。それは “Mother Sky” の宇宙的なギターとミニマルなモータリックの間に編まれた緊張感のあるインタープレイや、ヌルヌルしたグルーヴと新しいヴォーカリスト、ダモ鈴木の “Don’t Turn The Light On, Leave Me Alone” での不明瞭なヴォーカルでより顕著であり、おそらくバンドの最盛期の基礎を築いている。

 『Tago Mago』、『Ege Bamyasi』、『Future Days』といったアルバムは、現代のポピュラー・ミュージックの基礎となったカンのパラレルワールドが、我々の世界にもっとも近づいた所にあるものと言えるだろう。目を細めれば、異次元の奇妙な建築物と異界のファッションが、世界の間に引かれたカーテンをすり抜けて侵入しているのが、かろうじて見えるはずだ。それはポスト・パンク・バンドのパブリック・イメージ・リミテッド、ESG、ザ・ポップ・グループ他の生々しい、調子はずれのファンクのリズムや、ざらついたサウンドスケープ、あるいはマッドチェスター・シーンのハッピー・マンデーズやストーン・ローゼスといったバンドのゆるいサイケデリックなグルーヴのなかに、またソニック・ユースとヨ・ラ・テンゴのテクスチュアとノイズのなかに見ることができる。さらに1990年代初期のポスト・ロック・シーンでも、ステレオラブやトータスといったバンドの反復や音の探究を経て、おそらく21世紀でもっとも影響力のあるバンド、レディオヘッドにまで及んだ。カンは過去半世紀にわたり、ポピュラー・ミュージックの進化に憑りついてきた幽霊なのだ。

 カンの影響が長いこと残り続けるあらゆる“ポスト〜”のジャンル(ポスト・パンク、ポスト・ロック、そしてかなりの範囲でのポスト・ハードコアも)が、私にとって重要に思えるのは、これらはジャンルを超越したところにある、生来の本能的なジャンルだったからだ。ポスト・パンクは、パンクに扇動されて自滅したイヤー・ゼロ(0年)に、ファンク、ジャズ、ムジーク・コンクレート、プログレッシヴ・ロック他を素材として掘り起こし、自らを再構築しようとしていた音楽だ。一方、ポスト・ロックは生楽器をエレクトロニック・ミュージックの創作過程のループ、オーバーレイやエディットに持ち込んだ。それらは、従来のロック・ミュージックの世界での理解を超えた居心地の悪い音楽的なムーヴメントだったのだ。言うまでもなく、カンは最初からロックの接線上に独自の道を切り開いてきており、マイルス・デイヴィスが自身のジャズのルーツから切り開いた粗っぽいロックンロールのルーツと同じく、予測不可能なジャンルのフュージョンへの地図を描いていた──おそらくカンの爆発的なジャンルを超越した初期のアルバムにもっとも近い同時代の作品は、マイルスが平行探査した『Bitches Brew』 と『On the Corner』などのアルバムだろう。

 この雑食性で遊び心に満ちた折衷主義は、鈴木の脱退後のアルバムにおいても、カンの音楽の指針となっていたが、『Tago Mago』で到達した生々しい獰猛さを、1974年の『Soon Over Babaluma』の雰囲気のある、トロピカルにも響くサイケデリアのような控えめな(とはいえ、まったく劣ることのない)ものに変えたのだ。

 彼らはもちろん時代の先をいっていた。ロックの純粋主義者たちは、バンドの70年代後半のアルバムに忍び寄るディスコの影響を見て取り、冷笑したかもしれないが、グループの当時のダンス・ミュージックの流行への興味は、カンの幽霊の手(『Out of Reach』のジャケットのイメージによく似ている)に、彼らの宇宙的な次元と、報酬目当てのメインストリーム・ミュージックが独自の行進を続ける世界との間のヴェールを掴ませる役割を果たしていたのだ。カンは一度もロック・バンドであったことはなかったし、シューカイが徐々にベーシストとしての役割からリタイアし、テープ操作に専念するようになったことは、バンドの特異なアプローチが、音楽がやがてとることになる幅広いトレンドの方向性を予見させる多くの方法のひとつであったと言える。もっとも、カン自身はそれらのトレンドに対しては、斜に構え、独自の動きを続けた。

 そういった意味では、1979年の自身の名を冠したアルバムは、カンのことを雄弁に物語っている。10年に及ぶキャリアのなかで蒔いた種が、新世代の実験的なマインドを持ったアーティストたちに刈り取られ始め、カンの音楽とアプローチを軸にした作品が創られ始めたため、彼らはそういった作品に、“巨大なスパナを投げつけて”、妨害せずにはいられなかった。カン自身が創ったミニマリストのような、歪んだノイズのアトモスフェリックなディスコと、ファンクに影響されたサウンドは、キャバレー・ヴォルテールやペル・ウブ、ア・サートゥン・レシオなどと並べても違和感がなく、“ A Spectacle” や “ Safe” などのトラックは、彼らの技の達人ぶりを示していた。しかし決して安全な場所には留まらないのがカンであり、デイヴ・ギルモア時代のピンク・フロイド(1979年には絶対クールではなかった)のような世界にも喜んで飛び込み、SIDE2の大部分を躁状態のダジャレの効いたジャック・オッフェンバックの「天国と地獄」のダンスのテーマである“Can-Can(カン・カン)”の脱構築に費やし、間にはピンポン・ゲームまではさんでいる。言うまでもなく、彼らの最もバカバカしく、最高のアルバムのひとつだ。


 カンの影響下にあるパラレルワールドは、時に我々の世界の近くにありながら、その音楽はあまりにも多くの迂回路に進むため、ほとんどの場合、ぎりぎり手が届かないというフラストレーションを感じてしまう。我々は、次元の間に引かれたカーテンを完全に通過することはできないかもしれないが、隅々まで目をこらして、影や、我々の世界の亀裂を見ると、そこにまだ特異性が根付いているのを見出すことができる。そこには何かが存在し、他の場所からの侵入者が、我々が引いた線の間をぎこちないファンキーさで滑りこんできて、固体を変異可能にし、現実を異世界にし、異世界を現実にするのだ。

 ここに、バンドの面白さを象徴していると思う6枚のアルバムを挙げる。

『Soundtracks』──1960年代のロックから、より宇宙的なものへのバンドの変遷を示している。

『Unlimited Edition』──カンのもっとも折衷主義的で、実験的なアルバム。

『Tago Mago』 ──カンのもっとも極端な状態。

『Ege Bamyasi』──ダモ鈴木時代の、もっとも親しみやすさを実現した作品。

『Landed』──ポップ、エクスペリメンタル、アンビエントなアプローチをミックスするカンの能力を示す素晴らしい一例。

『Can』 ──バンドがバラバラな状態にあっても、常に自分たちにとって心地よいカテゴリーの作品を作るのを避けていたことがわかる。

(7枚目の選択として、『Soon Over Babaluma』は、もっとも繊細で雰囲気のある、カンの一例。)

Can: Intruders from a Parallel World

Ian F. Martin


The movie Yesterday asks us to imagine a world without The Beatles. In Richard Curtis’ nightmarishly banal vision of that alternate history, the music world seems much the same and Ed Sheeran is still a global megastar.

Somewhere in the multiverse, though, there’s a parallel world where the direction of rock emerged out of its rock’n’roll youth not in the image of The Beatles but rather sailing in the wake of Can. It’s a world in which a new Germany, growing from the war’s bombed-out wreckage, was the crucible in which the raw energy of early rock’n’roll merged with funk and experimental jazz, taking popular music in more fluid, free-flowing, explosive directions, independent from the hegemonic influence of the Anglo-Saxon culture industries.

You can hear this process of transformation happening in some of Can’s early work with Malcolm Mooney on vocals. On the album Delay 1968, you can hear warped, Beefheartian echoes of blues rock in Little Star of Bethlehem, while Nineteenth Century Man is based around a tortured take on the same rhythmical motif The Beatles themselves had mined on Taxman a couple of years previously.

On Can’s official debut, 1969’s Monster Movie, the closing track Yoo Doo Right is like a microcosm of how the band were channeling rock’n’roll into something forward-thinking and expansive. Mooney’s vocals summon forth chants of “I was blind, but now I see” and “You made a believer out of me” from the rock and soul’s spiritual roots, but it’s constrained, streamlined and channeled by bassist Holger Czukay and drummer Jaki Liebezeit into a relentless, mechanical rhythmical loop, the vocals dragged in and out of focus by the ebbs and flows of Michael Karoli’s scratching, swirling and slashing squalls of guitar.

A different window into the transformational witchcraft that Can were working on 1960s rock can be seen on the album Soundtracks, which collects some of their work for films. Some songs, like the closing She Brings the Rain, come across as quite familiar sounding 1960s psychedelic rock and pop, and yet something else is brewing in the album too. It’s there most clearly in the tightly wound, tense interplay between cosmic guitars and minimalist motorik rhythms of Mother Sky, as well as more subtly in the slippery grooves and new vocalist Damo Suzuki’s slurred vocals on Don't Turn The Light On, Leave Me Alone, laying the ground for what is probably the band’s most celebrated phase.

The albums Tago Mago, Ege Bamyasi and Future Days are really where that parallel world in which Can were the foundation of modern popular music moves closest to our own. Squint and you can just about see that other dimension’s strange architecture and alien fashions trespassing through the curtain between worlds. You can hear it in raw, discordant funk rhythms and harsh soundscapes of post-punk bands like Public Image Limited, ESG, The Pop Group and others; it’s in the loose, psychedelic grooves of Madchester scene bands like The Happy Mondays and The Stone Roses; it’s in the textures and noise of Sonic Youth and Yo La Tengo; it’s in the repetition and sonic exploration of the nascent 1990s post-rock scene, filtering through bands like Stereolab and Tortoise, eventually informing perhaps the most influential rock band of the 21st Century, Radiohead. Can are a ghost that’s been haunting the evolution of popular music for the past half century.

The lingering influence of Can on all the “post-” genres (post-punk, post-rock and to a large extent post-hardcore too) feels important to me, because these were genres with an innate instinct towards transcending genre. Post-punk was music trying to build itself anew after the year-zero self-destruction instigated by punk, mining fragments of funk, jazz, musique concrète, progressive rock and more as its materials. Meanwhile, post-rock brought the live instruments of rock into the loops, overlays and edits of electronic music’s creation process. They were musical movements uncomfortable in the world of rock music as conventionally understood. Can, needless to say, had been charting their own path on a tangent from rock since the beginning, approaching a similar slippery fusion of genres from the rough roots of rock’n’roll that Miles Davis had been charting from his own jazz roots at the same time — arguably the closest thing to Can’s explosive, genre-transcending early albums among any of their contemporaries can be found in Davis’ parallel explorations on albums like Bitches’ Brew and On the Corner.

That omnivorous, playful eclecticism remained a guiding feature of Can’s music in the albums that followed Suzuki’s departure, even as they traded in the raw ferocity that had reached its peak in Tago Mago for something more understated (but in no way lesser) in the atmospheric and even tropical sounding psychedelia of 1974’s Soon Over Babaluma.

They stayed ahead of the curve too. Rock purists may have sneered at what they saw as a creeping disco influence on the band’s late-70s albums, but the group’s interest in then-contemporary dance music kept Can’s spectral hand (much like the jacket image of Out of Reach) grasping at the veil between their cosmic dimension and the mercenary world where mainstream music continued its own march. Can had never been a rock band anyway, and Czukay’s gradual retirement from bass duties to focus on tape manipulation is another of the many ways the band’s idiosyncratic approach foreshadowed the direction broader trends in music would eventually take, even as Can themselves continued to move oblique to those trends.

In this sense, their self-titled 1979 album says a lot about Can. Just as the seeds sown by their then ten year career were starting to be reaped by a new generation of experimentally minded artists and the pieces were starting to realign themselves around Can’s music and approach, they couldn’t resist throwing a giant spanner in the works. The sort of minimalist, noise-distorted, atmospheric, disco- and funk-influenced sounds Can had made their own would have sat very comfortably alongside the likes of Cabaret Voltaire, Pere Ubu and A Certain Ratio, and in tracks like A Spectacle and Safe, Can showed they were masters of that craft. Can were never about being safe though, and they were just as happy diving down rabbit holes of Dave Gilmour-era Pink Floyd (desperately uncool in 1979) and devoting a large chunk of side 2 to a manic, pun-driven deconstruction of Jacques Offenbach’s “Can-Can” dance theme, interspersed with a game of ping pong. Needless to say, it’s one of their silliest and best albums.

The parallel world that lives under the influence of Can is sometimes tantalisingly close to our own, and yet their music pursues so many oblique detours that it mostly feels frustratingly just out of reach. We may never fully be able to pass through that curtain between dimensions, but look in the corners, the shadows and the cracks in our world where idiosyncrasies can still take root, and there is something there: some trespasser from elsewhere, slipping in their awkwardly funky way between the lines we draw, making the solid mutable, the real otherworldly and the otherworldly real.


Here are 6 albums that I think represent six interesting aspects of the band.

Soundtracks - Shows the band's transition from 1960s rock into something more cosmic.
Unlimited Edition - Can at their most eclectic and experimental.
Tago Mago - Can at their most extreme.
Ege Bamyasi - The most accessible realisation of the Damo Suzuki era.
Landed - A great example of Can's ability to mix pop, experimental and ambient approaches.
Can - Shows how even as the band were falling apart, they always avoided making anything that fit into a comfortable category.

(As a 7th choice, Soon Over Babaluma is a great example of Can at their most subtle and atmospheric.)

Planet Mu's 25th anniversary - ele-king

 マイク・パラディナスが主宰するエレクトロニック・ミュージック・レーベル〈Planet Mu〉が創立25周年を記念してコンピレーションを出します。いや、すばらしい、おめでとうございます。
 マイク・パラディナスは、90年代初頭のエイフェックス・ツインの衝撃があって以降に登場した才能でした。そう、リチャードが〈Rephlex〉なる自分のプラットフォーム的レーベルをはじめて、そこからデビューしたのがマイク(μ-Ziq)で、彼の最初のアルバムそして2枚目は当時はまさにAFXに次ぐ衝撃だったのです(アンドリュー・ウェザールもその年の自分のベストに挙げておりました)。本当にあれは素晴らしかったなぁ。そしてマイクはいろんな名義を使い分けながら現在にいたるまで作品を出し続けています(今年もTusken Rider名義でアルバムを出しています)。1995年からはじめた自分のレーベル〈Planet Mu〉も当初はほとんど自分の作品ばかりでした。それがゼロ年代あたりからいろんなアーティストの作品も出すようになり(COM.Aの兄であるジョセフ・ナッシングの作品も出してましたね)、で、2008年のダブステップ系の名コンピレーション『Warrior Dubz』以降はFalty DLや初期のFloating Points、そしてシカゴのフットワークを世界に知らしめた名コンピレーション『Bangs & Works』を出したりしています。ちょうど10年前にインタヴューもしていました
 〈Planet Mu〉は、日本に支部がないためプロモーションされてませんが、ここ最近も本当に良い作品/挑戦的な作品を出しているんです。昨年はRian Treanor、今年で言えばまずはSpeaker Musicですよね。East Manもありました。しかしこうしてリンクを見ていると、書いているのは三田格さんばかりじゃないですか。いかん、もっとたくさんの人に聴いてもらわねば!
 マイクが本当にそう思ったのか、定かではありませんが、最近のレーベルの魅力をパッケージしたコンピレーション『Planet Mu 25』が出ます。エクスクルーシヴが7曲あり、そのうち1曲はBasic RhythmによるDJ Nateの曲のリミックスです。

 リリースは12月4日、デジタルとCDの両方で発売。なお、オウテカやエイフェックス、スクエアプッシャーとはまた違った活動を続けているマイクの最新インタヴューは、紙エレキングの年末号に掲載されるでしょう。乞うご期待。

Tracklist:
01 East Man & Streema - Know Like Dat
02 RP Boo - Finally Here (ft. Afiya)
03 Konx-om-Pax - Rez (Skee Mask Remix)
04 Ital Tek - Deadhead
05 Gábor Lázár - Source
06 DJ Nate - Get Off Me (Betta Get Back) (Basic Rhythm Remix)
07 Ripatti - Flowers
08 Speaker Music - Techno Is A Liberation Technology (ft. AceMo)
09 Jana Rush - Mynd Fuc
10 Rian Treanor - Closed Curve
11 Bogdan Raczynski - tteosintae
12 RUI HO - Hikari
13 FARWARMTH - Shadows In The Air
14 Meemo Comma - Tif’eret
15 Eomac - All The Rabbits In The Tiergarten

 11月7日(土)、川崎の工業地帯で野外パーティ、Bonna Potが開催される。海辺にある芝生の広場だそうで、詳しい場所(およびコロナ対策)は、前売りチケット購入者に追って知らされることになっている(当日券の発売は一切無し)。だいたい都心から電車とバス、またはタクシーで約1時間ほど。駐車場の関係で車でのアクセスはナシのことです。
 出演するDJは、Toshio “BING” Kajiwara、Shhhhh 、Ground、Mamazu、7e。
 また、会場内には音響会社HIRANYA ACCESSプランニングによるTaguchiの最新フラットユニット・スピーカーを導入し、高音質のサウンドシステムを構築するのこと。いったいそこでは何が……

"Bonna Pot"
2020/11/7(sat) 22:00~
@Secret location / An open-air party in Kawasaki industrial area

DJs:
Toshio “BING” Kajiwara (HITOZOKU Record)
Shhhhh (El Folclore Paradox)
Ground (Chill Mountain/ESP institute)
Mamazu (Hole and Holland)
7e

Sound design: HIRANYA ACCESS

Speakers: Taguchi

Solar Power: RA -energy design-

Lighting & Deco:
The Hikariasobi Club
Keisuke Yago
and more!

Food & Bar: 万珍酒店 / MANGOSTEEN

Tonic Shop: Circle Shot

Organized by Nusic & HIRANYA ACCESS

Ticket: 4,500YEN
- RA
https://jp.residentadvisor.net/events/1427402
- 銀行振込 
*以下のメールアドレスに「購入者名(カタカナ表記」と「希望人数」をお送りください。振込口座と詳細をご返信いたします。
bonnapotmusic@gmail.com

*当日券の販売は一切ありません。
*会場の場所は前売りチケット購入者の方々にパーティ前日のお昼頃にemailでお知らせいたします。アクセスは都心から電車とバス、またはタクシーで約1時間ほどです。駐車場の関係で車でのアクセスは出来ません。
*Emailでコロナ対策に関する情報をお送りします。

 今回のBonna Potは川崎の夜景の美しい工業地帯にあるオープンエアスペースで開催します。海辺にある広々とした芝生の広場にHIRANYA ACCESSプランニングによるTaguchiの最新フラットユニットスピーカーを導入し、ケーブル等を含め徹底的に音のクオリティにこだわったサウンドシステムを構築、18メートル四方のダンスフロアを出現させます。数ヶ月前に完成したばかりの新しいスピーカーはしっとりとした豊かな低音の質感が比類なく、楽曲の再現性の高さ、繊細さとぬくもり感、そしてパワフルなアタック感を前回以上のクオリティで表現するために、Bonna Potで使用するためのその新作スピーカーを現在量産してもらっています。場内には一切ガソリンの発電機を置かずに発生ノイズをなくしたピュアな環境をつくり、サウンドシステムは会場に並べたソーラーパネルで充電した太陽光発電による音響専用バッテリーシステムで鳴らします。DJ陣は前回同様のShhhhh、Ground、Mamazu、7eに加え、Toshio “BING” Kajiwaraがプレイします。それぞれが本当に幅広い音楽性とオリジナリティを合わせ持つ唯一無二のDJ陣です。音楽とダンスが好きであれば誰でも楽しめる空間をつくりたいと思っているので是非一緒に踊りたい人たちを誘って遊びにきてください。


Toshio “BING” Kajiwara

90年代初頭のNYでターンテーブルや自作楽器を駆使した独自の即興パフォーマンスを始める。後にクリスチャン・マークレイと実験音楽トリオを結成、00年代初頭まで数々の海外遠征やパフォーマンス・イベントを共にする。他にもペーター・コワルド、シェリー・ハーシュなどの演奏家たちとも活動。また13年間に渡りNYの老舗中古レコード店で勤務し、埋没した歴史的音源の発掘や再評価の運動にも貢献する。現在は京都に拠点を移し、パフォーマンス・アーチスト、芸術家、エンジニアーの集合体「ANTIBODIES Collective」を首謀しながら独自の演出方法と舞台音響の探求を続け、日本各地でパフォーマンス芸術の社会的な役割とその可能性を提示することに関わっている。また、京都/木屋町にて「ヒト族レコード」を運営し、マージナルな文化芸能への開かれた回路を地域に提供している。


DJ.Shhhhh (El Folclore Paradox/ The Observatory)

DJ/東京出身。オリジナルなワールドミュージック/伝統伝承の発掘活動。フロアでは民族音楽から最新の電子音楽全般を操るフリースタイル・グルーヴを発明。執筆活動やジャンルを跨いだ海外アーティストとの共演や招聘活動のサポート。2018年秋よりベトナムはホーチミンのクラブ、The ObservatoryのレジデントDJに就任。
https://soundcloud.com/shhhhhsunhouse
https://twitter.com/shhhhhsunhouse
https://www.facebook.com/kanekosunhouse
https://jp.residentadvisor.net/dj/shhhhh


Mamazu

90年代中期頃からDJとして活動を始める。今は無きclub青山MIXの洗礼を浴び音と人、空間に触発され多種多様な音を吸収。小箱から大箱、野外まで独自の視点で形成される有機的なプレイを続け、今を踊らせる。これまでにFuji Rock FestivalやBoiler Room、香港のCassio、ロンドンのNTS Radioなどに出演。様々な国のレーベルから楽曲やRemixを発表し、Nicola CruzによるRemixもリリースされた。それらの楽曲はいずれも高い評価を得て、Andrew Weatherallをはじめ多くのDJにプレイされている。またadidasやADAM ET ROPE’, BEAMS, EVISEN, HUF, SON OF THE CHEESEなどにも楽曲やMIXを提供している。
https://soundcloud.com/mamazu
https://hole-and-holland.com/


Ground (Chill Mountain/ESP institute)

DJ・Producer・Remixer。
音楽をツールに世界20カ国を超える様々なフェスやイベントに出演。デジタルレーベル「Chill Mountain Rec」をKabamix&Mt.chillsと共に運営。自身の楽曲制作では、2015年より3枚のアルバムを発表、2018年には、LA拠点のレーベルESP instutiteよりワールドデビューアルバム「SUNIZM」をリリース。2019年初旬、エクアドルはキトにて2ヶ月間の滞在の末に現地アーティストらとの共同制作で作られたEP、「Metcha Quito vol.1&vol.2」をリリース。2020年初旬ESP Instituteより(Wakusei Ep)、7年振りとなるMIXCD(Energemizmix)をリリース。
今夏最新Mini Album (Atarayo)がChill Mountain Recよりリリース中。
https://djgroundjapan.wixsite.com/ground13
https://soundcloud.com/dj-ground


7e

実験的電子音楽から世界のストリートミュージックまで、幅広いアーカイブから選ばれた新旧の楽曲を実験的にミックスする独自のダンスセットをプレイする。東京のディープなバーやクラブ、野外フェスティバル/パーティを中心に、近年はブラジルやドイツでのVOODOOHOPやAcid Pauliの主催パーティ、北カリフォルニアの人気フェスPricelessやLAのウェアハウス・パーティ、メキシコのアンダーグラウンド・パーティなど、世界に活動の幅を広げている。
https://soundcloud.com/7e_romanescos
https://www.facebook.com/7emusica

Marie Davidson & L'OEil Nu - ele-king

 「アプリケーションは拒否した?/私はあなたの機能の奴隷ではありません/あなたは気晴らしの大量兵器が欲しい/私はあなたにデモンストレーションする/あのー、ところで、これは金儲けするレコードではありませんから/今回、私は敗者の視点で調査します/言葉は気にしないでね/それが裏切り者のブレイクダウン」
 彼女の新プロジェクト、マリー・デイヴィッドソン&ルウィユ・ニュはこんな風に、敗者の弁からはじまる。裏切り者(レネゲイド)とは、彼女自身。なにからの? クラブ・カルチャーからの。
 「私のスピーチをもっと良くしようなんていう、あなたのアドヴァイスなどいらない/あなたの政治の話にも興味なし/あなたの意志は株式相場のように変動/あなたの仮面舞踏会はグロテスクだし、あなたのその格好ときたら計算しすぎ」

 “Renegade Breakdown”は敗者の曲にしてはファンキーなエレクトロ・ディスコで、歌詞には相変わらず男性社会へのアイロニーがあり、アグレッシヴだ。転んでもただでは起きない人になっているようにも感じられるが、この場合タイトルは「裏切り者の挫折」とでも訳すべきなのだろう。もっともマリーは2016年に『Adieux Au Dancefloor(ダンスフロアにさよなら)』なる題名のアルバムを出している。内的にはつねに葛藤があったのだろうけれど、彼女の出世作となった前作『Working Class Woman』のサウンドの骨格にあるのはテクノやハウスといったクラブ・ミュージックだったし、しかしそれ以前となるともっとぐちゃぐちゃな電子音響だったりもする。ちなみに彼女のデビュー・アルバムのタイトルは『Perte D'Identité(アイデンティティの喪失)』。

 「捨てることはなんも恥ずかしくない/最初から必要なかったから/すべてを取り戻してやる/商品になんかにしがみついてたまるか/もし香水があるのなら、その名は「ノーコラボ」/コラボレーションへの期待などありません/警察は必要なし/自警するから/私が作るすべてに背く/怒りが私のすべて」
 
 マリーの20代はたいへんだったと、彼女は『ガーディアン』の取材で打ち明けている。アルコール依存症、睡眠薬中毒、慢性的な拒食症。彼女はクラブ・カルチャーの浅はかな側面に関しては嫌悪しているが、しかしクラブと決裂した大きな理由はそこではない。それは彼女の悪化する健康状態に起因している。前作にあった“Workerholic Paranoid Bitch”とは自分のことで、あの曲のヒステリックな感覚は自虐でもあったのだろう。いずれにせよ、マリーがこれ以上音楽を続けるには、クラブ以外のほかのやり方を探すしかなかったと。
 そんなわけで、彼女はミュージシャンで夫のピエール・ゲリノーとプロデューサーでマルチ楽器奏者でもあるAsaël Robitailleといっしょにバンドを組むことにした。バンド名はフランス語で「肉眼=L’OEil Nu」。
 表題曲は途中で転調し、マリーはフランス語でシャンソン調に歌う。カナダのモントリオールの住民の大半がフランス系で公用語はフランス語。カナダのメディアではイアン・F・マーティンの記事もフランス語に訳されている。

 『Renegade Breakdown』はポップ・アルバムを目指して作られたアルバムで、マリアンヌ・フェイスフルやビリー・ホリデー、それから同郷の歌手ミレーヌ・ファルメールを参照しているという。なるほど、マリアンヌの『ブロークン・イングリッシュ』のように心身共にボロボロになったところからの回復はアルバムのテーマとしてたしかにあるのだろう。が、マリーが良いのは、拙訳で申し訳ないけれど、引用している歌詞を読んでいただければわかるようにパンチの効いたユーモアがあるところだ。幻滅や惨めさや自分の弱さを歌いながら傷口を見せびらかすのではなく、風刺やジョークをまじえてそれを観察し、怒りも忘れずに、そしてクラブの外側にある人生を綴ろうとする。
 
 いろんなスタイルをシャッフルした『Renegade Breakdown』はスタイリッシュで、ポップ・アルバムとして充分に楽しめるアルバムだ。前作の“Work it”のようなずば抜けたハウス・トラックがないのは残念だが、アコースティック・ギターをバックに歌う内省的な“Center Of The World”、キャッチーなエレクトロ・ポップな“C'est Parce Que J'm'en Fous”、ラウンジ・ジャズを展開する“Just In My Head”、そして美しいバラードの“My Love”やフレンチ・ポップな“La Ronde”などなど、一度で好きになれるような曲がアルバムの大半を占めている。
 彼女が活動をはじめた10年前はちょうど同郷のグライムスが脚光を浴びはじめた頃で、同じリハーサル・スタジオを使っていた自分たちはアンダーグラウンドのなかのさらに下の下だったとマリーは件の取材で回想している。つまり自分は何もないところから来たんだと、そんな風に腹を括れたことで、なんとか自分の居場所を見つけることに成功したと。クラブから外の世界へと出たときの、その広さのなかで。

 「私のたった一度限りの人生は反戦略的/それは喜劇と悲劇のあいだに横たわっている」



※CDとアナログ盤には歌詞が掲載されている。

DISTANCE 2020 - ele-king

 これは果敢な試みだ。静岡県沼津市の「泊まれる公園」こと INN THE PARK にて、11月6日(金)から8日(日)の3日間、野外フェス《DISTANCE》が初開催される。

 ラインナップにはじつに贅沢な面々が並んでいて、DJ Nobu、dj masda、Mars89 らをはじめ、エレクトロニック・ミュージックの最前線で活躍する気鋭たちが一挙集結。寺田創一、食品まつり、YPY、鴨田潤らはライヴを披露、人気テクノ・イベント《KONVEKTION》を主催する Takaaki Itoh & DJ YAZI は初めてのB2Bに挑戦する。

 名前にもあらわれているように、出口の見えないこの時代だからこそのフェスになるようで、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐべく、定員数を制限しての開催となる(沼津市役所とも相談済みとのこと)。マスク着用、ソーシャル・ディスタンスなど、ガイドラインに沿いつつ秋の野外で音楽を楽しもう。

[開催概要]

名称:DISTANCE 2020 ***Limited Open Air Music Festival***
日程:2020年11月6日(金)~8日(日)開場15:00~閉場21:00
会場:INN THE PARK(静岡県沼津市)

料金:前売3日通し券(400枚限定)18,000円 / 前売25歳以下限定3日通し券(100枚限定)10,000円
駐車:前売パーキング券(180枚)無料
宿泊:近日公開(会場内テントサイト及び宿泊棟のほか、近隣にも宿泊施設がございます)
チケット販売:https://www.residentadvisor.net/events/1426560

出演:Akiram En, DJ Nobu, dj masda, Eugene Kelly, guchon, Jun Kamoda [Live], Mari Sakurai, Mars89, Soichi Terada [Live], Takaaki Itoh & DJ YAZI, YPY [Live], 食品まつり a.k.a. foodman [Live] and more * Sound Design: OtOdashi sound system * Lighting: Nagisa * Decolation: 密林東京

※料金・宿泊・注意事項・新型コロナウイルス感染拡大防止対策について下記を必ずご確認ください。
https://note.com/distance___fest/n/n84d2eb115c8f
https://www.facebook.com/events/370934564086868
https://twitter.com/Distance___fest
https://www.instagram.com/distance_festival/

  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111 112 113 114 115 116 117 118 119 120 121 122 123 124 125 126 127 128 129 130 131 132 133 134 135 136 137 138 139 140 141 142 143 144 145 146 147 148 149 150 151 152 153 154 155 156 157 158 159 160 161 162 163 164 165 166 167 168 169 170 171 172 173 174 175 176 177 178 179 180 181 182 183 184