「S」と一致するもの

 雑誌『ビックリハウス』の表紙や、マンガ雑誌『ガロ』などで連載をしていた「クシー君」シリーズ他、数多くのイラストやグラフィック・デザインを手掛けていた漫画家・イラストレーター鴨沢祐仁。その唯一無比の、オシャレでファンシーかつ形而上学的な独特のイラストは、音楽関連でも、オメガドライブ新井正人は熱狂的なファンでアルバムやシングル盤のジャケに多数採用、またムーンライダーズの鈴木慶一プロデュース『ビックリ水族館』『SF -サイエンス・フィクション-』のジャケ、ムーンライダーズのトリビュート・アルバムなど。

 いまなお多くの熱狂的なファンを持つ「稲垣足穂よりタルホの世界を表している」鴨沢祐仁。惜しくも2008年に他界した彼の没後10年を追悼した、初のイラスト集を北原照久氏の協力の下、刊行決定!!

■少年なのに大人
ロボットなのに人
室内なのに自然
冷たいのに可愛い
鴨沢祐仁のキュートな魅力は、対立項が絵の中で握手しているからである。
そのマジックは絵を成立させている線を見ればよく分かる。
クッキリした冷たい線描がこんなにも優しく愛らしいキャラクターを出現させる。
そのマジックが鴨沢祐仁の魅力なのである。
日本のキューティズムは、鴨沢祐仁から始まったのだ。
――萩原朔美(エッセイスト・映像作家/元ビックリハウス編集長)

■私は、鴨沢さんの最良の絵を与えられた幸せな編集者だった。――南伸坊

■彼が作るロゴだとか、パッケージ・デザインだとか、本当にお洒落で全部商品にしたい!って思ってしまうほどセンスが素晴らしかった。――北原照久

■稲垣足穂の世界を絵画で、カニ星雲のラヂオ放送から流れてくる音楽が、君にも聴こえるだろう?と鴨沢祐仁に誘われたわけである。――湯浅学

解説:南伸坊、湯浅学、北原照久

■5/19(土)より青山ビリケン・ギャラリーにて、「稲垣足穂と鴨沢祐仁(仮)展」行なわれます!!

お問い合わせ
ビリケン商会:03-3400-2214
営業時間:12:00~19:00(毎週月曜日定休)
〒107-0062
東京都港区南青山5-17-6-101 ビリケン商会

Príncipe Discos Label Showcase - ele-king

「絶対にあの辺りを散歩しようなんて考えちゃいけないよ、あそこは郊外だから――」
 筆者がリスボンに住み始めた直後、滞在手続きに問題があり郊外の移民局まで出向かなければいけない、そう言ったときの友人たちの反応である。

 ポルトガルの首都リスボンは、世界治安の良い都市ランキングの上位にも入る、基本的には安全な都市だ。しかし、ときおり発砲騒ぎやドラッグ関連の事件も起こり、その舞台はたいてい郊外だ。若い、土地に不慣れな外国人が用もないのにひとりでふらつく場所でないのは明らかで、実際、それ以降郊外には行くこともなかった。

 〈Príncipe〉の音楽は、まさにその郊外から生まれた音楽だ。誰も訪れず、そこで何が起きているかなど誰も気に留めない。「街の人たちと違って、郊外で育った自分たちにはプロデューサーも完璧なスタジオも、音楽活動をするためのサポートもなかった」。最近〈Warp〉からEPを発表したレーベルの出世頭 DJ Nigga Fox もインタヴューで語っていたように、ポルトガルの場合、人種格差以上に地域格差が深刻である。「街の人たち」「郊外の自分たち」――彼が繰り返したこの対立構造は、クリエイターのみならず、社会全体の対立構造でもある。

 リスボンで開催されている音楽見本市、MIL(Lisbon International Music Network)。主にポルトガル音楽の海外向けプロモーションを目的とし、100組近いアーティストが出演したこのイベント最終日、メイン会場でのアフター・パーティを任されたのが、〈Príncipe〉であった。英国をはじめヨーロッパ諸外国から「発見」され逆輸入的にポルトガル国内でも認知されるに至った〈Príncipe〉が、ポルトガルの音楽を紹介する国際音楽ショウケースに出演するに至ったのは、彼らにしてみればいまさら感があるかもしれないが、感慨深いものがあった。

 一般客も入場可のパーティということもあり、金曜夜の会場は入場規制がかかるほどの混雑ぶり。パンフレットに「Príncipe All Star」とあった割に、会場にレーベル注目株DJたちの姿は見当たらない。関係者に訊ねると、今夜はほぼ DJ Marfox だという。一瞬「『オールスター』なのに、DJ Nigga Fox も、DJ Firmeza も DJ Lilocox もいないのか」とがっかりしたものの、レーベルの若手 Anderson Teixeira と Márcio に続き始まった Marfox のパフォーマンスは、さすが〈Príncipe〉の中心人物にふさわしい圧巻のパフォーマンスであった。

 レーベルの見習いか取り巻きと思わしき若いアフリカ系青年たちが熱い視線を向ける Marfox の手元からは、クドゥーロやフナナーを想起する乾いた変則ビートが繰り出される。〈Príncipe〉初のCDコンピレーション収録の“Swaramgami”や人気曲“2685-2686” “Eu Sei Quem Sou”のリズムが行き交い、数分置きに頭には「?!」マークが浮かぶ。惰性での踊りを許さない、奇妙な音楽的体験だ。

 辺りを見回すと、年齢も人種も国籍もバラバラのオーティエンスが、皆思い思いのダンスでこのビートを咀嚼している。
 しかし、これは「unite」ではない。街と郊外が融合する日なんて、永遠に来ないのだから。
 郊外で育ったアフリカ系移民が、郊外のベッドルームで作った音楽が、リスボンの街のど真ん中の有名クラブで鳴り響く。「街の人たち」が踊る。「郊外の人たち」が踊る。そんな対立構造など知りもしない外国人観光客が踊る。世界が踊る。それ以上に何が必要だろう?

 一日中ライヴ・ショウケースを巡って会場間を走り回り、身体はクタクタの朝5時。しかし、心は妙に清々しく晴れやかで、〈Príncipe〉がポルトガルの、世界のダンス・ミュージックの潮流を変えうる存在であることを、改めて実感する一晩となった。

Marc Ribot's Ceramic Dog - ele-king

 音楽でメッセージを伝える方法。
 そのひとつは言うまでもなく、リリック。言葉。言いたいこと、伝えたいこと。言葉は、同じ言語(ラング)世界内において不特定多数の相手に意味を運び、時に意味そのものとも同化して扱われる、高効率の意味伝達手段である。
 もうひとつは、リリック以外の構成素たる「音」。それは言葉と違って狭義の記号性を保持しがたいがゆえ、それ自体でメッセージ作用を孕むことは一般的に難しいという前提で議論とされることが多い。(「音そのものには政治性は無い」といったように)しかし我々はこれまでも、例えばジェリー・リー・ルイスがピアノを叩きつけるときに生まれる三連符や、ジョニー・ラモーンが性急なダウンストロークで鳴らすパワーコード、または空間を埋め尽くすように咆哮するジョン・コルトレーンによるテナーサックスの音、そういった音々に、尋常ならざる意味やメッセージを読み取ろうとしてきた。

 そもそも西洋クラシック音楽史上においても、ソナタ形式が洗練を重ねながらどのような「意味」を付与されてきたのかといったことを読み解く行為は、伝統的な音楽教養主義の中核を形作るものでもあったし、短調は「悲しげ」、長調は「楽しげ」だとする、現代では広く共有される認識も、長い歴史の中で徐々に獲得されていった「印象」であり「意味」である。今日共有される「音の意味」は、度重なる創作と鑑賞・批評の相互干渉がもたらした混合物であるのだ。(もちろん文化相対主義的視点からは、上記のようなクラシック音楽における記号論・意味論が西欧社会ローカルでの議論であり、世界では様々な音が様々なコミュニティで様々に意味付与されているということも強調しておきたい)
 さて、あらためて考えてみるに、そういった音そのものと意味の対応関係の醸成過程というのは、実はまさに「言葉」が辿った道筋と近似であるということが分かるだろう。いうまでもなく、言葉ははじめ「音」であり、他の音との峻別や使用される場面、文脈、あるいは話者は誰か、そういった様々な場面で段階的鍛錬を経ることで「意味」を獲得していったのだった。
 そう、歴史性ということに着眼して記号論的視点を敷衍するならば、決して「言葉」と「音」というものは隔絶した概念ではなく、むしろ近似のものであると言えるだろう。だから、「音」だけでメッセージを伝えることだって可能なはずである。かつて、リンク・レイによるロックンロール名曲「ランブル」を、青少年の非行を励行するおそれがあるとして、インスト曲にも関わらず放送禁止指定した人たちは、おそらくそのことを十分すぎるほどよく知っていたのだろう。


 セラミック・ドッグはマーク・リーボウが近年最も力を入れて取り組んでいるバンドである。(あくまでプロジェクトではなく「バンド」であると彼は主張する)。キャリア初期からジャズとロックの垣根を取り壊すギター・プレイを披露し、「偽キューバ人たち」なる、アルセニオ・ロドリゲスらキューバ音楽のレジェンドへのリスペクトを捧げつつもバンド名通りどこかいかがわしい(しかしすごくフィジカルな)グループを組んだり、エルヴィス・コステロやトム・ウェイツといったロックの巨人たちのセッションで、あまりに記名性の高い独特の演奏を提供したりと、様々なフィールドでカメレオン的と呼ぶべき活動してきた彼が、このセラミック・ドッグにおいては、かなり直裁的に、というか素直にロック・ミュージックへの志向を見せていた。自身の激烈なエレクトリック・ギター・プレイに加え、腕っこきのチェス・スミス(ドラムス)、シャザード・スマイリー(ベース)というメンバーを従え、ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスやブルー・チアー、遠藤賢司バンドといった燦然と輝く轟音ロック・トリオを彷彿とさせるその演奏は、前作『ユア・ターン』でひとつの頂点を極めていたとも言えるだろう。
 しかしこの3作目『ホワイ・アー・ユー・スティル・ヒア』において彼らは、そうしたパワー・ロック・トリオ的表現から、より汎世界音楽的な視点を持ち込もうとしている。それは、これまでのマーク・リーボウの活動を知るものとしては当然の旋回に思えるかもしれないが、そうした音楽的偏移とともに、バンド発足当初より強く発散してきた太い基軸としての「怒り」を、トランプ政権下で進行しつつある移民政策の歪みなど様々な不条理へ反抗的に咆哮することで、一層具体化・先鋭化させることとなった。様々に織り込まれたレベル・ミュージックから得られる「意味」をガソリンとして。

 ドラムスのキックが騒々しく八分音を刻み、マークのけたたましいボーカルが駆け巡る“Personal Nancy”は、その曲名の通り、シド・ヴィシャスによるあの支離滅裂なソロ・アルバムにあったパンクとしか言いようのない混沌を思わせるし、続く“Pennsylvania 6 6666”ではキューバン・ミュージックのストリートな肌触りを借用しながら、ドクター・ジョンによる、あの恐ろしげなファースト・アルバム『グリ・グリ』のブードゥー的世界を蘇らせる。「Agnes」では、まるであの『ナゲッツ』や『ペブルス』シリーズに収録されていても違和感が無さそうなアングリー・ヤングマン風情のガレージ・パンクと、プライマス的(懐かしい……)ミクスチャーロックを強引に接合する。
 “Oral Sidney With A U”はインストゥルメンタルだが、かつてマーク自身が在籍したラウンジ・リザーズを思わせるアナーキックで脱臼的ジャズが奏でられ、しかも途中にはマザーズ・オブ・インヴェンションの「ハングリー・フリークス・ダディー」のフレーズが挿入されるのだった。ビリンバウのヒプノティックな響きを交えたジャム“YRU Still Here”では、初期アシュ・ラ・テンペルがごとき不穏さが覆い、一見穏やかめかしたマークのボーカルがかえって静かな怒りを抑えつけているようで、異様な緊張感が漲る。
 “Muslim Jewish Resistance”では、その曲名通り各宗教コミュニティを鼓舞し、彼らを不当に扱うものへ抵抗せよ! と呼びかける。ポストパンク的シリアスを湛えた演奏に導かれながら、フリーなサックスが咆哮する中、マークが初期ビースティー・ボーイズやパブリック・エネミーが如き極めてテンションの高いラップを繰り出していく。意味深長なタイトルを持った“Shut That Kid Up”では、90年台初頭のグランジ的熱狂を思わせる3人のプレイが圧巻。ここでいう“That Kid”とは……? それは、いうまでもなくトランプ大統領のことを指しているのだろうが、インスト曲にこの曲名を持ってくる辺り、却って並々ならぬバンドの憤怒を知らしめているようだ。
 そして、アルバム中もっとも直接的で反抗的歌詞をもった“Fuck La Migra”。“Migra”とは、米国移民税関捜査局の俗称で、現在の移民行政を推進する組織と、その体制、そしてその体制を支持する価値観を徹底的に攻撃する。
 「俺の兄弟に指一本触れたら、お前はまた震え上がることになるだろう/トラブルは起こしたくないし仕事もある、俺は穏やかな男さ/だけどさらに言うならば、共和党員が一人減ることになるだろう」という剣呑なリリックが載るのは、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンを思わせる演奏で、しかもコーラス部では80年代UKのOiパンクが如きシンガロング・スタイルで「くたばれミグラ!」を連呼する。続く“Orthodoxy”は「正統性」(ギリシャ正教、ユダヤ教正統も意味する)という曲名にも関わらず、シタールが導く南アジア的世界を表出させ、「正統」を撹乱する。
 “Freak Freak Freak On The Peripherique”はESGやリキッド・リキッドといった80年代ニューヨークのノーウェイブ~ポストパンク・アクトを思わせる性急且つステディーなビートがストリート的焦燥を騒がしく掻き立てる。そしてクローザー曲“Rawhide”は、映画『ブルース・ブラザース』で南部白人の保守性の象徴としてコミカルに使われていた有名な同名曲をギターリックで喚起させつつも、クラフトワーク的に変質した声色が駆け巡りながらブロークンなパンク・ジャズを奏で、まるでレジデンツか!? というべき奇異世界を作り出す。

 数多の音楽要素がゴツゴツと荒っぽく閉じ込めれた本作、なによりもマーク・リーボウ自身の憤怒と焦燥が聴くものの胸に強く蟠る。それは、ここに収められた曲が、リリックもさることながら、なんといっても音そのものに「反抗性」を色濃く付与された音楽遺産からの引用に溢れているということに拠るところが大きいだろう。これまで各曲を聴きながら述べてきたとおり、ポピュラー音楽史上に数々現れた「レベル・ミュージック」の断片を、記号論・意味論的に用い、極めてトピカルなリリックとの融合物として、それらに付与されてきた反抗性を鮮やかな手際で蘇生してみせる。その意味でこれは、幅広い含蓄を楽しむべき一種のレベル・ミュージック賛歌集であるとも言えるかもしれない。
 怒るべきことに対して、直情的なリリックで強く怒りを表明しつつも、音楽表現の手法として記号論的観点をも用いるというしたたかで強靭な知性を持つアーティスト。鳴らされている音楽は激烈だけれど、思慮と分別も内蔵している。マーク・リーボウという人は、新たな時代における「怒り」のイデオローグとして、最前線にいるのかもしれない。実にカッコいいではないか。

Interpol - ele-king

 00年代前半、ポストパンク・リヴァイヴァルの波に乗って登場し、いまやNYを代表するバンドにまで成長したインターポール。昨年は、彼らの出発点となるファースト・アルバム『Turn On The Bright Lights』(Other Musicで売れたアルバム100枚のなかでは17位にランクイン)から15周年ということもあり、ロンドンにて同盤を丸ごと再現したライヴがおこなわれたが、去る5月11日にそのライヴを題材にしたドキュメンタリー映像が公開されている。

 バンドは先週、デヴィッド・ボウイの画像をあしらった謎めいた写真をInstagramに投稿してもおり、これを受け『NME』は、2014年の『El Pintor』に続く6枚目のフル・アルバムの発表が近づいているのではないかと報じている。

Interpolさん(@interpol)がシェアした投稿 -


 ちなみに『El Pintor』のリミックス盤にはファクトリー・フロアやティム・ヘッカーといった興味深い面子が起用されていたけれど、そういったアーティストからのフィードバックがあるのかも気になるところ。続報を待とう。

 2016年リリースの初となるオフィシャル・ソロ・アルバム『VOICE』でシーン内外に大きなインパクトを残した仙人掌(センニンショウ)。その完結編であり次作への始まりを感じさせてくれた限定EP『Word From ...』を挟み、待望のセカンド・アルバム『BOY MEETS WORLD』のリリースが決定! NY在住のビートメイカー、DJ SCRATCH NICEが全面サポートをする純度の高い仙人掌のHIPHOPを提示する作品となり、その確かな内容を確信させるティーザーがまずは公開!
 そして!そのリリースのアナウンスに合わせ、田我流、OYG、BES、jjjらをゲストに迎えてMONJUとしての新録音源も収録し、3月に完全限定プレスでリリースされたEP『Word From ...』も5/11(金)よりデジタル解禁!

仙人掌『BOY MEETS WORLD』 Teaser

仙人掌
BOY MEETS WORLD

WDsounds / Dogear Records / P-VINE
2018年6月27日(水)

PROFILE :
MONJU/DOWN NORTH CAMPのメンバー。東京最高峰のMC。
吐き出すバースの危険さは数々の楽曲で証明済み。今までにストリート・アルバム、メンバーズオンリー・アルバム、オフィシャル・ファースト・アルバム『VOICE』をリリース。2018年春に『Word
From ...』EPをリリースし、夏の始まりに2ndアルバムをリリース予定。

interview with Courtney Barnett - ele-king

 コートニー・バーネットが特別なのは、女性だからとか、オーストラリア出身だからだとか、絶滅の危機に瀕した(何度も)ロックに立ちむかう左利きのギタリストであるとか、フィンガー・ピッキングを用いているからだとか、あるいはジェンダーであるからとか、そういう特徴的なところではなくて、まず極めて優秀なシンガー・ソングライターだという真理を先に伝えておかなければならない。珍しさではないということを。


Courtney Barnett
Tell Me How You Really Feel
(歌詞対訳 / ボーナストラック付き)

MilK! Records/トラフィック

Indie Rock

Amazon Tower

 ファースト・アルバム『サムタイムス・アイ・シット・アンド・シンク、サムタイムス・アイ・ジャスト・シット』を2015年にリリースした後に、大ファンだと公言しているカート・ヴァイルとの昨年のデュエット作を経て3年ぶりに発売されるセカンド・アルバム『テルミー・ハウ・ユー・リアリー・フィール』は、静寂を切り裂くようなグランジィなギターを響かせた“Hopefulessness"から幕を開ける。前作のラストに収められた“Boxing Day Blues"の続きのようにも聴こえるし、新しくダイナミックなコートニーのようにも聴こえるから不思議だ。彼女には様々な苦悩や葛藤を焼き尽くして淀みのないスタンダードでドライなロックに昇華させる力が携わっているようで、それは今作でもしっかりと健在。2018年に聴くべき音かと問われればポップスのように後に振り返れるような時代との連動性は無いけれど、3年後や10年後に聴いたとしても同じように伝わる普遍的な音であり、音楽史ではなく誰かの心に深く残る音だと答える。そして彼女のラフな佇まいや、気怠い歌声や、惚れ惚れするほど歪んだ音を鳴らすギター・プレイからは、何よりも自分自身であることの正しさ、大切さを受け取ることができる。それはフェミニズムにおける定義としてではなく、現代の多種多様な生き方の選択肢としてのさりげないメッセージのようにも思える。

 街が傷ついた魂を哀れんでる
 どんな素敵な散文も 心の穴を埋められない
 誰もが敵意に飲まれてる
 冬の厳しさは容赦なく 本心は口にできないわ
 友達は他人のように接してくるし
 他人は親友のように接してくる
 今日もまた 憂鬱な1日に目覚める
 まだ長い道のりがある ありがたく思わないと
“City Looks Pretty”

 憂鬱で笑っちゃうほど孤独、そんな俗世間にいる自分をユーモラスに切り取る歌詞は、今作では更に鋭いまなざしで何かを見つめ、しかし語り口は少し優しく変化している。優れたソングライターとは、リスナーがそこに自分がいると錯覚を起こすような言葉を曲のなかにいつも忍ばせているものだ。アルバムのタイトルが示唆するのは、つまりそれがあなたの本当の気持ちだということなのかもしれない。


Photo:Pooneh Ghana

自分はなんというか、つねに何かを学んでいるし、何であれ、いろいろと葛藤し続けているしね。そう……だから、とにかく自分にとっては常に続いている「学び」のプロセスみたいなものだし、その葛藤を続けることを本当に楽しめるようになってきた、という。だから、「自分は何もかも知っているわけじゃないんだ」という、その点を認めて受け入れるってことだし、だからわたしはすごくオープンになっている。

あなたのファースト・アルバム『Sometimes I Sit And Think,And Sometimes I Just Sit』は世界中のメディアに賞賛されましたが、3年前のことをいま振り返ってみるとどんな状態でしたか?

CB:そうだな、あれはとても……エキサイティングな旅路だった、みたいな。で、その旅はまだ続いているのよね、ほんと。とにかくこう、新しくエキサイティングなことがどんどん起こっているし。たとえば世界中を旅して人びとの前で自分の歌を歌えるだとか……それって、「自分にやれるだろう」なんて思ってもいなかったことだった。だから、そう、自分でも驚かされっぱなしなの。

じゃあグラミー賞ノミネート等々も、やはり驚きだったでしょうね。

CB:ええ、もちろん思ってもいないサプライズだった。だけど、わたしはそういった「外部のもろもろ」みたいなものはなるべく知らないままでおこうとしたっていうのか、ほんと、そこらへんはあまり考え過ぎないようにしていた。それよりももっとこう、とにかくライヴをやりに出向いていって、実際にチケットを買って音楽を聴きに来てくれた会場いっぱいのお客を相手に演奏する、そちらの方が自分にとっては大事、というか。それは、アウォード云々がもたらすような何よりもわたしにとっては重要だったから。

ライヴでなら、実際の聴き手/お客さんを前にして彼らとコネクトできるわけですしね。

CB:ええ。

昨年リリースされたカート・ヴァイルとの共作『Lotta Sea Lice』はおふたりともとてもリラックスして楽しんでる様子が伝わってくる大好きなアルバムなのですが、この作品を制作したことはあなたの新作にどんな影響を与えていますか?

CB:もちろん、影響はあったわ。っていうか、何にだって影響されるものなんじゃないかな? わたしが何か作ろうとすれば、いつだってそこでは何もかもが影響し合っているんだし……というのも、わたしたちはあのアルバム(『Lotta Sea Lice』)をやっている間にそれぞれ自分たちの作品に取り組んでいたし、わたしはあの間に自分の新作のソングライティングもやっていたのね。
だからそう、それって(わたしとカートの)双方向に作用するだろう、というか、わたしのこのアルバムはふたりでやったコラボレーション作に影響を受けただろうし、彼の作品にしてもそれは同様だ、と。だからほんと、わたしはたまたま同じデスクに腰を据えることになった、同じ時期に同じデスクに向かってあれらの曲を書いていた、みたいな? そうやって曲を書いていったたわけだけど、ただ、結果的にあれらは2枚の違うレコードに収まることになった、という。で、うん……それに、普段とは違うミュージシャンたちとプレイするだとか、いつもと違うジョークをいつもと違う人たち相手に言い合うとか、その程度のことだって、それらすべてが合わさっていくと、やっぱりいままでとは異なる体験やインスピレーションになっていくものだろうし。

そしてカートとの共作は今後も続く可能性はありますか?

CB:ええ! またやれれば良いなと思ってる。うん、割と最近彼ともそれについては話したし、2、3年後にでも、また一緒に集まろうか? それでどんな感じになるか試しやってみようよ、という話はしてる。

それは良いですね!

CB:(笑)ええ。

新作についてですが、『テルミー・ハウ・ユー・リアリー・フィール(Tell Me How Really Feel)』というタイトルにこちらを覗き込むような顔、静かな怒りやメッセージを含んだ歌詞など新しいスタイルを感じました。

CB:うん。

それとは裏腹に歌い方は穏やかで優しくて、ギターは相変わらず荒々しく鳴っているアンバランスなところにも魅力を感じました。ファースト・アルバムを制作した後に何か大きな心情の変化はありましたか?

CB:そうね……でも、大きな変化はそれこそ毎年、コンスタントに自分に起きているな、そんな風に感じているけれども。来る年来る年、自分には常にある種の大きな変化が訪れてきたし、そうした変化って、一生続くものなんじゃないか?と。そうだな、そこが、自分でもわかりはじめてきたところなんだと思う。
だから、時間が経つにつれて自分は物事に対処しやすくなる、あるいは物事の筋道が理解しやすくなるだろう、と考えるわけだけど、実はそんなことってないんじゃないか、と思っていて。わたしからすれば、自分はなんというか、つねに何かを学んでいるし、何であれ、いろいろと葛藤し続けているしね。そう……だから、とにかく自分にとっては常に続いている「学び」のプロセスみたいなものだし、けれどもそのプロセスに抵抗して闘うのではなくて、その葛藤を続けることを本当に楽しめるようになってきた、という。

なるほど。

CB:だから、「自分は何もかも知っているわけじゃないんだ」という、その点を認めて受け入れるってことだし、だからわたしはすごくオープンになっている。そうやって色んなことに対してオープンである状態を続けながら、そうだな、さらに色んなものを学ぼうとしているってことじゃないかと思う。

ちなみに、このアルバムを作るにあたって特別なテーマなどを設けたのでしょうか?

CB:ノー! それはなかった。そうじゃなくて……なんというか、曲を書き続けていくうちにだんだんテーマがはっきりしていった、というものだったんじゃないかな。アルバムには繰り返し出て来るアイディアが2、3あるけれども、「これ」といったかっちりしたテーマはとくになくて。だから、自分でも「テーマはこういうものだ」って風に見定めてレッテルを貼り付けることをしないまま、とにかく曲を書いていっただけだし、そうすることで自然にどんな風に広がっていくかを見守ろう、と。

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Photo:Pooneh Ghana

まあわたしはそもそもネットやSNSにはそんなにハマっていないと思うけど、そういった面にはあまり関わらないように努めていた、みたいな? 自分もソーシャル・メディアはちょっと使うけど、すごく「活用してる」ってほどじゃないし……んー、あれってまあ、奇妙なものよね。


Courtney Barnett
Tell Me How You Really Feel
(歌詞対訳 / ボーナストラック付き)

MilK! Records/トラフィック

Indie Rock

Amazon Tower

前作の"Pedstian at Best"などはMVの制作にも関わっていたと伺いました。今作の"Nameless,Faceless"のMVはフランツ・フェルディナンドの"Take Me Out"を彷彿させる、実写映像とモーショングラフィックスを掛け合わせたようなユーモアの効いたMVですが、これはあなたのアイディアによるものですか?

CB:いや、自分のアイディアという意味ではそこまでではなくて、あのMVは……友だちのルーシー、彼女がほとんどやってくれた、というか。「大体こういう感じ」と彼女に伝えて、でも、そこから先は彼女自身の発想であのヴィデオを作っていってくれた、という。わたしとしてもそうして欲しかったし、彼女のことは信頼していたし、彼女のアイディアを知ってわたしとしても「それでオーケイ、やってみて」と。

(笑)。

CB:うん。彼女はすごく良い仕事をしてくれたと思う。

じゃあ基本的に、彼女はあの曲を聴いて、それを彼女なりの解釈であのヴィジュアル、というかヴィデオへと変換した、という。

CB:そうね、そういうこと。

有名になることでそれこそ名前のない、顔のない人びとの誹謗中傷されることもあるかもしれませんが──

CB:ああ。

なかには誉めてくれるポジティヴな人もいるし、一方で悪口を言う人間もいる、と。で、インターネットやSNSとの付き合い方についてはどうお考えですか?

CB:うん、自分でもトライした、というか……まあわたしはそもそもネットやSNSにはそんなにハマっていないと思うけど、そういった面にはあまり関わらないように努めていた、みたいな? 自分もソーシャル・メディアはちょっと使うけど、すごく「活用してる」ってほどじゃないし……んー、あれってまあ、奇妙なものよね。そうだと思う。だから言うまでもなく、わたしであれ誰であれ、ああしたプラットフォームに出ている人たちは、何を言われても「非難された」って風に気にしない、それらを個人攻撃だとは受け取らない、そういう強い人間である必要があるわけよね。それに、たとえパーソナルな批判ではないと承知していても……だから、(ネットでの)人びとが持つああした姿勢というのは、その人間の抱く「恐れ」から来ているんじゃないか? と思っていて。

ああ、たしかに。

CB:たとえば、「自分は他のみんなについていけてない」とか、「自分は他よりも劣っている」みたいな恐怖感のこと。で、そういう恐れを抱いている人びとは、自分の優越感のために他の人間たちに対してパワーを誇示しようとする、という。で、いったんその仕組みを理解してしまえば、なんというか、ある意味ネットのもろもろに接するのが楽になる、っていうのかしら。
だから、自分自身に対して厳しく接するのって、人間に本来備わっている性質のようなものだと思うのね。自分のやっていることに対して「これで充分、ばっちり」って風に絶対に満足できないものだし、まだ自分には努力が必要だ、と考える。みんないつだって……っていうか、わたし自身はそうなんだけど、「誰もわたしのことなんか好きじゃない」、「自分のやっていることはまだまだ」云々ってことをいつも感じているし。
だから、どうなんだろう? それって恐れってことだし、とにかく誰もがそうした恐れだとか不安感は抱いているものだと思う。失敗するのが怖い、とかね。それらを乗り越えるのはなかなか難しいわけで。

若い人にとってはその不安感は大きいみたいですしね。ネットは便利だし役に立つけれども、逆に常に美しい世界や人びと、金持ちのライフスタイルを見せつけられて、「なんで自分はこうじゃないんだろう?」と悩んだりするみたいですし。

CB:そうよね。


Photo:Pooneh Ghana

先日10年ぶりに発売されたブリーダーズの新しいアルバムにあなたがコーラスで参加し、反対にあなたの曲"Nameless,Faceless"にはキム・ディールがコーラスで参加しているそうですが、どういった経緯でこの交流が行われたのですか?

CB:あれは、わたしたち……キム・ディールとわたしとで、2年くらい前に『Talkhouse』という番組のポッドキャストをやったのね(2015年4月)。お互いをインタヴューし合った、という。あれは最高だったし、以降もわたしたちはコンタクトをとり続けていた。で、あるときオハイオ州に立ち寄ったことがあって、そこで彼女に「せっかくだから会わない?」と電話してみたの。そうしたら彼女はブリーダーズとスタジオ入りしていたところで、「スタジオに来なさいよ」と言われて、それでわたしたちもお邪魔することにしたんだけど、彼女たちはちょうどあのヴォーカル・パートを録っていたところで、それでわたしたちも飛び入りで参加して歌うことになった、と。で、その2、3ヶ月後に……っていうか、1年くらい経ってからだったかな? 今度はわたしが自分のアルバムに取り組んでいて、そこで彼女たちに自分の音源を送ってみたのね。そうしたら彼女が電話してきてくれた、という。そういう成り行きだった。

いずれ、ブリーダーズとのツアーがやれたらいいですね?

CB:あー、そうなったらグレイト! うん、ぜひやれたらいいわよね。

"Nameless,Faceless"の歌詞のサビ部分ではカナダの女流作家マーガレット・アトウッドの言葉を引用、というか少し言葉を変えて引用しているということですが──

CB:ええ。

あのフレーズはすごく的を射ている、言い得て妙だな、と個人的にも思うんですが──

CB:そうよね。

で、先日、性被害撲滅運動を求める「MeToo」運動について彼女は、運動の行き過ぎと裁判なき非難や司法制度を迂回することに懸念を示す発言をしている、という記事を目にしました。オーストラリアの音楽業界の性差別の撲滅についての署名を行ったというあなたは、このことについてどう考えますか?

CB:そうね、っていうか、あの記事そのものに関しても、自分はいろんな立場/視点から書かれたものを目にした。だから、それだけ扱いが難しいのよね、こういうことって……もちろん、ああした何らかの「ムーヴメント」には、それがどんなものであれ、(「運動」である限り)ある種の良くない部分というのはつきものなわけで。ポジティヴで良い面があるけれども、一方で足を引っ張る側面も出て来る。だからとても難しくもあるのよね、というのも、みんなそれぞれに異なるヴァージョンを持っている、各人の見方を通じてそのムーヴメントの働きなり、「その運動は何か」というそれぞれの解釈がある、みたいなもので。

なるほど。

CB:だから、たとえば……(思わず噴き出す)それこそ1960年代頃の古い話まで遡っても、あの頃だって平和主義か、それとも好戦主義か? とのバランスの間で戦いが生じていたわけだし。ただ、今回が違うところ、というか、これに関して難しいのは、わたしにも人びとの様々な意見が理解できるからなのよね。ただ、意見は異なっていても、求めている最終的なゴールはみな同じだ、と。
だから、誰もが同じ目的で闘い、それについて語り合っているわけだけれども、困るのはそれで逆にゴールが見失われてしまうこともある、ということで。実際の問題を極力抑えようと努力する代わりに、様々な議論によって、本来の目的が見失われてしまったりする。で、その本来の問題っていうのは……男性/女性間の格差のバランスを是正しよう、ということだし、それに、あの……あー、何だっけ? とっさに単語を思い出せないな(と思いあぐねて困っている)……ああ、だから、「双方のちゃんとした同意に基づかない性的な関係(Non-consensual sexual relationship」に対する異議だ、と。

はい。

CB:で……要はそういったことなのに、話が大きくなって議論が様々にふくらむにつれてわたしたちはそのなかに立ち往生してしまって、肝心な本来の問題のことを忘れてしまっているんじゃないか? と。運動のそもそも主意は、いま言ったくらいシンプルなことだったというのにね。で、誰もが(性を基準にした格差や、同意なしのセックスの強要は)「それは良くない、悪だ」って点では同意しているというのに、(苦笑)なぜだかこう、それ以外のもっとスケールの大きい政治的な会話の数々のなかに巻き込まれて、その点が見失われている、と。
だから、自分が思うに、わたしたちはもっとこう……議論の原点、最終的に達成したかったゴールに繰り返し立ち返っていくことが大事なんじゃないかな。要するに、女性嫌悪は終わりにしよう、性差別もお断り……それもあるし、とにかくああいう、他人を常に自分よりも下へとおとしめようとする行為だったり、権力を持つ者/持たない者との間の葛藤ってことよね。で……うん、話がいろいろに広がっていくと、その点が見えにくくなってしまうものだ、そこはわたしも分かっているの。ただ、肝心な点はそこだったでしょう? と。そここそ、人びとが思い出さないといけない点なんじゃないか、わたしはそう思ってる。

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Photo:Pooneh Ghana

雑誌とかテレビなんかで男性のロック・バンドばかり目に入ってくると、「そういうものなんだ、女の自分が属する世界じゃないんだ」みたいな感覚を抱くでしょうし。ただ、その状況は今、大きく変わってきていると思う。もちろん、そうした状況はとても長く続いてきたけれども、ここしばらくはずいぶん変化してきていて、すごく良いなと思っている。


Courtney Barnett
Tell Me How You Really Feel
(歌詞対訳 / ボーナストラック付き)

MilK! Records/トラフィック

Indie Rock

Amazon Tower

同世代のミュージシャンの中であなたがシンパシーを感じる人がいれば教えてください。

CB:うん、たくさんいるわ。多過ぎるくらいで……というのも、わたしは今、ものすごく音楽に夢中って状態だから。過去2、3年ですごくたくさんの人びとに出会えたし、そのおかげで自分はまた音楽に改めて恋するようになった、みたいな感じで。

ああ、それは素敵ですね。

CB:それこそ、自分が10歳だった頃に戻った気分なの。で、わたしがカート(・ヴァイル)とツアーをやったとき……あのとき一緒にやったバンド(=The Sea Lice。スリーター・キニーのジャネット・ワイス他を含む)はとてもインスピレーションに満ちていたし、他にもメルボルン出身のCamp Copeってバンドだとか、アメリカのWaxahatchee……同じくアメリカ人のShamirにPalehound 、それからSpeedy Ortiz等がいる。自分たちの声をポジティヴに使っている優れたアーティストがこんなにたくさんいて、ほんと素晴らしいなと思う。

音楽そのものがもちろんもっとも大事でしょうが、あなたが何か音楽を好きになるときは、そのアーティスト/バンドが彼らの「声」を持っていること、何らかのメッセージを発している、というのも重要なファクターですか?

CB:ええ……っていうか、音楽には本当にいろいろなパワーが備わっている、ということよね。たとえば、わたしはインスト音楽もよく聴くけれども、インスト音楽というのは「言葉(歌詞)による」メッセージは含んでいないわけ。それでも、わたしたちはそれらを聴いてこう、(笑)自分たちなりのメッセージをこしらえていくわけじゃない? だから、人びとがどう言っていようと、わたしたちは最終的にはいつだって音楽を自分独自のやり方で解釈しているものだ、と。けれども、うん、そうね、わたしはとても強い歌詞を持つ「歌」といったものに惹かれがちだし……それはただ、ソングライターの責任ってことじゃないかとわたしは思っている。
というのも、ステージに立って人びとに向かって自分の歌を歌うことができる、それって本当に名誉で特別な立場だと思うし、だったらやっぱり一語たりとも無駄にしたくない、と。それくらい、人びとが歌に耳を傾けてくれるのって、本当に名誉なことだから(と言いつつ、我ながら生真面目な口調が照れくさくなったのか、「ハハッ!」と笑っている)。

たしかに。それに、ステージに立つのには別の責任も伴ってきますよね。だから、何もあなたが「お手本役」だとは言いませんけど、ロック・ミュージックやギター・ロックは伝統的に男性が多い世界なわけで……

CB:そうよね。

だからこそ、あなたみたいな存在はロックをやりたい若い女性や少女たちがギターを手にするきっかけ、励みになるだろうな、と。

CB:ええ。それってすごくクールだなと思う。それに……もしもロックをやりたいのに、それをあなたに踏みとどまらせているものってただひとつ、さっきも話した「恐れ」というか、社会の側が言ってくる「君たち(女性)にはそれは無理」っていう考え方なんだろうし。だけど……(苦笑)だから、「どのジェンダーが他のジェンダーよりもギターを上手く弾けるか」なんていう科学的な証拠なんてどこにもないんだし……

(笑)ですよね。

CB:バカバカしい話! それに、物事のプレゼンのされ方/視覚的な影響もあるんじゃないかな。だから、雑誌とかテレビなんかで男性のロック・バンドばかり目に入ってくると、「そういうものなんだ、女の自分が属する世界じゃないんだ」みたいな感覚を抱くでしょうし。ただ、その状況はいま、大きく変わってきていると思う。もちろん、そうした状況はとても長く続いてきたけれども、ここしばらくはずいぶん変化してきていて、すごく良いなと思っている。

いまは家にいるだけで誰もが世界中のありとあらゆる音楽を聴くことができるのでリスナー側にとってはありがたい世のなかではありますが、結果的に音楽の価値が下がってしまうことには強い抵抗感があります。いまの音楽の聴かれ方についてミュージシャン側から見るとどのように感じますか?

CB:そうね……どうなんだろう? だからわたしは、そのふたつって「是か非か」を判断するのがとても微妙な境目だな、とずっと思ってきたのよね。というのも、たとえばストリーミングにしたって、わたし自身、ストリーミングのおかげで聴けるようになったなかから素晴らしい音楽を本当にたくさん発見してきたんだし、これが以前だったら、わたしは実際にレコードを買っていたわけで。何かを聴きたいと思ったら、そのレコードを買うより他に聴く手段はなかった。それがいまでは、ストリーミング等のおかげでそれまで知らなかった新たなお気に入りをいろいろ見つけることになったし、彼らのライヴを観に行くこともできるわけで……でも、そうね、ちょっと奇妙な話だと思う。奇妙よね……だから、どこかの地点でわたしたちは、音楽というアートをリスペクトするのをやめてしまったのかも? というか、もしかしたら音楽に対する敬意なんてはじめからなかったのかもしれないけど(苦笑)。アートとしてではなく単なる「娯楽」として、わたしたちミュージシャンはずっと見くびられてきたのかもしれないし……んー、自分にもよくわからない。とにかく奇妙な……奇妙な職種ってことよね、これって(苦笑)。

まあ、いまは実際にミュージシャンにお金が入ってこない、とよく言われますよね。とは言っても、コンサートはまた別でしょうし、ますますライヴが重要になっている、と。

CB:うん、その点は良いことだと思う。ミュージシャン収入の多くはいまはツアー活動から発生しているんだろうし、もちろん、それはそれで、ひっきりなしに長く続けていくのは難しい活動だけれども。そうは言いつつ、ツアー、あるいは様々なフェスティヴァルにしても、それらの多くは企業スポンサーの投資で成り立っているんだし、ライヴ会場にしたって基本的には(チケット代ではなく)アルコールの売り上げで経営を続けているんだ、みたいな感覚もわたしは持っていて。その意味では……ある種のおかしなサークルに陥っている感じだし、とにかくほんと、ストレンジだなぁ、と。

たしかに(苦笑)。

CB:(笑)ね。

今作の歌詞の一部には「友だちは他人のように接してくるし他人は親友のように接してくる」や「みんなが自分の意見を言いたがる 交通事故が起きることを永遠に待ち望みながら」など、シニカルとまでは言いませんが、鋭い心理描写があるな、と。

CB:ええ。

で、そのなかに何となくあなたが傷ついているように感じたのですが、今作を作るためにスタジオに入る前に、あなたが傷ついていた、苦い体験があったりしたのでしょうか?

CB:そうね、たぶんビターとまではいかないと思うけど……もっとも、わたしのソングライティングにはいつだって苦さは混じってきたけれども。

ええ(苦笑)。

CB:っていうのも、たぶんわたしはそういう思いを日常生活のなかであんまり出さないし、だからこそつい書く歌のなかに入り込んできてしまうんでしょうね。まあとにかく、うん、作品を作っていた頃の自分の気分が必ずしもビターだった、とまでは思っていなくて。それよりも、ただ単にこう……嫌な気分だった、というのかな。だから、いまの世界の状況に対して嫌な気分になっていたし、いろんな人びとが苦しんであがいているなと感じたし、それで自分は悲しくなっていた、という。うん。

では、歌詞についてはいまも前作"Kim's Caravan"の一節の「I am just a reflection Of what you really wanna see」と考えていますか?

CB:そうだな……だから、それってソングライターとして担う興味深い役割なんじゃないか、と思っていて。さっきも少し話したことだけれども、曲をいろいろと書いていって、それらの歌にはある種の意味合い……はっきりとした、もしくは半分くらい「こういう意味だろう」と察しのつくような内容が含まれているわけだけど、ほとんどの場合、わたしたちは曲を自分なりに解釈しているわけよね? だから、作者がどんな意味を込めた曲であっても、最終的に聴き手は自分たちが感じたままにそれを好きに解釈していく、と。わたし自身の言わんとしたこととは一切関係がないかもしれないけれど、彼ら聴き手は違う方向へその曲を持っていってしまうわけ。だけど、それはまったく問題ないし、完全にノーマルな行為なのよね。わたし自身、音楽を聴いてそれと同じことをやっているんだし。みんなそうやって、自分の思うように解釈しているんだと思う。で、そこなのよね。だから、いったん曲を書き終えてレコーディングして世に出してしまうと、それは自分個人のものではなくなる。その曲を聴いてくれる誰も彼もに属する何かになってしまうわけだし、聴いた彼らはそこで彼らなりに解釈したストーリーを「こういうもの」という風にその歌に付与していくわけよね。で、彼らの解釈は、ある意味わたしが言おうとしていたこととはまったく関係がないものになっていってしまう、という。

なるほど。ある意味、自分で書いた曲に「さよなら」しなくちゃいけないんですね。

CB:ええ。

それってある意味悲しいんじゃないか?とも思いますけど。その曲を書くのにあなたはたくさんの時間や手間ひまをかけたのに、一度世に出てしまったら、もうあなたのものではない、人びとの解釈に任せる、ということでしょうし。

CB:うん。だけど、何も自分の努力が無駄になったとか、完全に失われてしまった、というわけじゃないんだけど。ただ……

あなたの手を離れて独立した何かになってしまった、という?

CB:うん、そういうことなんでしょうね。

アルバムのなかで1曲だけ聴いてほしい曲をいまの気分で選ぶとするとどれですか?

CB:あー、たぶん、“Sunday Roast”じゃないかな?

ナイス! あれはこう、穏やかで良い曲ですよね。

CB:うん。

今後、活動の幅を広げるために故郷のオーストラリアを抜け出して有名なプロデューサーと豪華なスタジオでレコーディングをする、というようなことに興味はありますか?

CB:んー、ああ。でも、自分でもわからないな……だから、自分としては、常にいろんなオプションに対してオープンでいようと思っているけれども。うん、今後どうなるか、誰にもわからないわけで。 

ええ。でも、有名なプロデューサーと仕事する、というのはどうですか?

CB:っていうか、その案は過去にも浮上したことがあったのよね……ただ、自分が考えるのは、もしもそれをやるとしたら、それはアート/音楽そのもののためになる、アートが向上するからやる、ということであって。要するに、ただ単にそのプロデューサーが有名人だから共演する、というのではなくてね。

はい。

CB:やるとしたら、自分は正しい根拠があった上でやるんだし。だから、ただ単に「こうすればもっと売れるだろう」とか、「この人は有名だから」といった理由で他の力を借りようとはしないし、とにかく、それって自分にとっては興味がないことだ、という。

ファースト・アルバムのジャケットのイラストを手掛けていましたが、あなたにとって絵を描くことは日常的ですか? 音楽を作ることとはまた違う表現の仕方なのでしょうか?

CB:ええ。でも、実はここしばらくはあんまりドローイングはやっていなくて。それが理由なのよね、今回、自分の写真をジャケットに使うことになったのは。イラスト/ドローイングをやるよりも写真を撮る方にもっと時間をかけていたから。

なるほど。でも、イラストであれ写真であれ、それらはあなたにとって音楽とはまた違う自己表現の仕方?

CB:そうね。だから、それぞれに……それら異なる媒体は、それぞれに違う面を引き出してくれるものだと思ってる。

音楽をやるうえであなたがいちばん大事にしていることや拘っていることは何ですか?

CB:そうだな、それってこう、ある意味……本来の目的に戻っていくことだ、というかな。それと同時に、真摯さに戻っていくこと、というか。ああ、それに、それと同時に、自分の脆さを受け入れること、もあるかな。自分自身の弱さ/脆さから逃げ出すのって、ある意味簡単なのよね。で、そうした自分の弱さを恐れて隠れてしまう、怖がってしまう、という。だけど、うん、自分にはそういう脆さがあるんだっていう事実を自分でも受け入れて、ある意味それを享受するようにまでなること……だから、そうした弱さを何かの形で役立てられるようにする、というのかな?

なるほど。では、反対にやりたくないと思っていることは?

CB:あー、でも、そういうことは、いざ自分の身に降り掛かってきたらすぐに「やりたくない!」とわかると思う。だから、本能的に「これはやりたくない、これは自分にはどうにも居心地が悪い」、って風に感じてやらないんじゃないかな。要は、そのときそのときで、「何が正しいか/正しくないか」って判断はみんなそれぞれに下しているんでしょうし。

アルバム・リリースに合わせて来日する予定はありますか?

CB:まだ公式な告知は一切していないけれども──そのプランには取り組んでいるところ。日本にまた行ける日が待ち遠しくて仕方ない。日本はすごく気に入ったし、ほんと、最高で……だからまた日本に行けたらいいよね? とみんなエキサイトしてるし、ほんと、できればまた来日が実現したらいいなと思ってる(笑)。

それは良かった。ファンもみんな再会を楽しみにしていると思います。

CB:うん。

今日は、お時間いただいてありがとうございました。

CB:ありがとう。バーイ!

Grouper - ele-king

 点々のグリッド(Grid Of Points)──グリッドとは、網や格子、基盤目のようなものを意味するから、そもそもグリッドは線であり点ではない。が、点々のグリッド──この不思議な題名は、これまでのリズ・ハリスの作品において、『丘の上に死んだ鹿を引きずりながら(Dragging A Dead Deer Up A Hill)』や『ボートで死んだ男( The Man Who Died In His Boat)』『廃墟(Ruins)』のような具象的なイメージを喚起させる言葉とは違っている。『A|A』のように抽象的だ。しかしこのアルバムから聴こえる音/歌は、ある意味まったく変わることのない彼女のものだ。そこでぼくたちは、世界でもっとも孤独なフォーク・ソングと言いたくなる感情を抑えながら話を進めなければならない。

 情緒障害ははじまった
 私が扉を開けることのできなかったその夜
 外からロックされていたから
 私は泣き叫んで悪魔になった
 ふちに身体を叩きつけて
 ドアノブに力を込める
 根元がゆるくなるまで
 そして私の血は床にしたたり落ちる
“BIRTHDAY SONG”

 歌詞を訳せたのは彼女にしては珍しくこの曲のみ歌詞を掲載しているからだが、それにしてもこの国は、ネイティヴでも聞き取りが困難だと思われるほど歌にエフェクトがかけられている。もともと彼女の歌は、歌らしからぬ歌というか、歌としての輪郭が煙か水に浸した水彩画のように茫洋としているのだが、とはいえほかの歌は、これまでの彼女の作品においては抑揚があると言えるだろう。彼女がポップ・ソングに近づくことは500%考えられないが、少し前までを思えば、歌としての体はあるといえばある。前作『Ruins』に引き続き、ときおりフィールド・レコーディグや抽象音などがミックスされるものの、楽曲を構成するのは歌らしからぬ歌と簡素なピアノの伴奏だ。

 それにしてもなぜリズ・ハリスは、“BIRTHDAY SONG”のみ歌詞を掲載したのだろう。記憶は点である。グリッドとは時間のことだろうか。

 グルーパーは、OPNやハイプ・ウィリアムスやティム・ヘッカー、あるいはザ・ケアテイカーなどなどが注目されはじめたほぼ同じ時期に注目されたひとりだった。フリー・フォークの流れで登場したアーティストで、呟きと歌の境界線上をぼやかしながら彷徨うかのようなその作風は、ドローン・フォークなどと呼ばれもした。いくつかの作品のジャケットにプリントされた女性の写真はすべて彼女以外の人の写真だった。2012年に来日して、その幽居なたたずまいと超現実的な静けさで、そこにいることができたじつに幸運なオーディエンスにとって忘れがたい演奏を披露した。いま思えばよくあのとき取材できたものだ。彼女ほどの厭世主義者めいたひとを。

 そして、こうして〈クランキー〉から新しいアルバムをリリースしてくれた。全8曲、全体でわずか22分少々という平均からすればずいぶん短いアルバムではあるが、だから注意深く聴かないといつの間にか終わってしまう。そのかわりにこの音楽に集中すると、やかましかった世界は静まりかえり、スローモーションになる。リズ・ハリスにしか作れない歌とはいつもそういうものだ。

Gwenno - ele-king

 世界は滅びる。あまりにもたやすく、それは消失する。核戦争なんか起こらなくたっていい。地球外生命体からの侵略を待つ必要もない。あなたがいつもどおり毎日の暮らしを送ってさえいれば、ただそれだけで世界は滅び去っていくのである。
 たとえば「This is a pen」という定型文がある。この言い回しから想像される風景は、「これはペンです」という言い回しから想像される風景と大きく異なっている。言語はそのおのおのに固有の認識の帝国を築き上げる。ようするに、言語こそが世界を作り上げているのである――なんて書くと構築主義っぽくなっちゃうけれど、言語にそういう側面があることは否定しがたい事実だろう。だから、あるひとつの言語が失われるということは、それによって認識されていた世界がひとつ滅亡するということなのだ。
 現在地球上に生存する言語の数は3000とも5000とも8000とも言われている。その正確な数をはじき出すことは不可能だが、2年前の『ワイアード』の記事によると、それらは4ヶ月にひとつのペースで失われていっているのだという。あるいは2週間にひとつ、という説もある。いずれにせよ、あなたが歯を磨いたり満員電車に揺られたりクラブで踊ったりして過ごしている数週間ないし数ヶ月のあいだに、少しずつ、だが確実に、世界は消滅していっているのである。

 そんなふうにいまにも消えてしまいそうな世界を崖っぷちのぎりぎりで支えている言語のひとつに、コーンウォール語(ケルノウ語)がある。ケルト語派に分類されるその言語はユネスコの評価によれば「極めて深刻」な消滅の危機にあり、日本でいうとアイヌ語がこれに相当する。
 コンセプチュアルなインディ・ポップ・バンド、ザ・ピペッツのシンガーだったグウェノー・ソーンダーズ、彼女にとって2枚目となるソロ・アルバム『Le Kov』は、そんな絶滅の危機に瀕したコーンウォール語で歌われている。タイトルの「Le Kov」が「the place of memory」すなわち「記憶の場所」を意味していることを知ると、なるほどこのアルバムは彼女の母語をとおしてその私的な思い出を回顧する類の作品なのかと思ってしまうけれど、しかしグウェノーはコーンウォール人ではなく、ウェールズはカーディフの出身である。じっさい、SFからの影響とフェミニズムなど政治的な題材を掛け合わせた前作『Y Dydd Olaf』(2014年)は、おもにウェールズ語で歌われていたのだった(収録曲“Chwyldro”はのちにウェザオールがリミックス)。とはいえ、コーンウォール語の詩人を父に持ち、幼い頃にその言語を教わった彼女にとってコーンウォール語は、ウェールズ語と同じように「ホーム」を感じることができる言語なのだという。

 エレクトロニック・ミュージックのリスナーにとってコーンウォールと言えば、何よりもまずエイフェックスである。彼は当地の出身というだけでなく、『Drukqs』でじっさいにコーンウォール語を曲名に使用してもいる。その14曲目、ピリペアド・ピアノが美しい旋律を奏でる小品“Hy A Scullyas Lyf A Dhagrow”から着想を得たのが、グウェノーのこのアルバムのオープナーたる“Hi A Skoellyas Liv A Dhagrow”だ。といってもエイフェックスから借りてきたのはどうやらタイトルだけのようで、レトロなストリングスと囁くようなヴォーカルの合間に挿入されるトリッシュ・キーナンのごときコーラスは、むしろブロードキャストを強く想起させる。いまはなきかのバーミンガムのバンドの影はこのアルバム全体を覆い尽くしており、シングルカットされた2曲目“Tir Ha Mor”や、8曲目“Aremorika”あるいは9曲目“Hunros”など、随所にその影響が滲み出ている。

 全篇がコーンウォール語で歌われているからといってグウェノーを、絶滅危惧言語の保護を声高に叫ぶアクティヴィストに仕立て上げてしまうのは得策ではない。4曲目“Eus Keus?”は英語に訳すと“Is there cheese?”となるそうで、古くからあるコーンウォール語の言い回しをそのまま使ったものらしいのだけれど、ようするにただ「チーズある? ない? あるの?」と歌っているだけの冗談のような曲である。つまり彼女はここで、マイナー言語による表現だからこそ尊い、というような反映論的な見方に対しても果敢に闘いを挑んでいるわけだ。

 プロデューサーであるリース・エドワーズの仕事だろうか、ブレグジット後の孤立感が歌われているという3曲目“Herdhya”など、エレクトロニクスの使い方もまずまずで、かねてよりウェールズ語を己のアイデンティティとしてきたスーパー・ファーリー・アニマルズのグリフ・リースが気だるげな歌声を聴かせる“Daromres Y'n Howl”なんかは、アヴァン・ポップのお手本のような作りである。ドラムを担当しているのは同じくウェールズ人脈のピーター・リチャードソン(元ゴーキーズ・ザイゴティック・マンキ)で、全体的に催眠的だったり浮遊的だったりする上モノをきゅっと引き締めるその手さばきもまた、本作に良い効果を与えている。
 このようにグウェノーの『Le Kov』は、歌われている内容がまったく理解できなかったとしても、鳴っている音に耳を傾けるだけでじゅうぶんに楽しむことのできるアルバムとなっている。コーンウォール語という言語のマイナー性に頼らずに遊び心に溢れたサウンドを聴かせること――まさにそこにこそ本作の大きな魅力があるといえるだろう。

 たとえ世界が滅亡してしまったとしても、すなわちたとえコーンウォール語が完全に消失してしまったとしても、いまエイフェックスの『Drukqs』が若い世代に参照されそれまでとは異なる意味を帯びはじめているように、グウェノーのこのアルバムもまた文字どおりレコード=記録として永遠に……とまではいかなくともそれなりに長期にわたって振り返られることになるだろう。すでに滅び去った世界を指し示す、新たな想像=創造の契機として。

 個人的な話で恐縮ですが、ぼく(=野田)は、たったいちどだけ鴨沢祐仁さんにお会いしたことがある。鴨沢さんの都心から離れた沿線上の、駅からもさらに離れた一軒家にお邪魔したことがある。1980年代のぼくにとって鴨沢祐仁はもっとも重要な漫画家のひとりだったのだ。というか、とにかく大ファンだった。『クシー君の発明』は貴婦人にプレゼントするためなどの理由から、のべ5冊以上は買っている。
 というのも、それは『XIE'S CLUB BOOK ~鴨沢祐仁イラスト集~』に寄せた湯浅学さんの原稿にもあるように、鴨沢祐仁さんほど『一千一秒物語』を絵画によって巧妙に解読したものはほかにいないように思えたからだった。
 え? なんのことかって?
 君がもし、音楽や自転車が好きなようにお月様や帚星が好きだと言えるなら、このアンチ・ヒューマニズム的童話の天文学書を手に取りたまえ。

XIE'S CLUB BOOK ~鴨沢祐仁イラスト集~
XIE'S CLUB BOOK制作委員会・編
B5判 128P 定価¥2,700+税 5月23日発売 P-VINE / ele-king books
Amazon

■「鴨沢祐仁とイナガキタルホの世界」展
青山ビリケン・ギャラリーにて、5/19(土)より6/3(日)まで、発売記念として開催!!
各ジャンルで活躍する作家による、鴨沢祐仁と稲垣足穂に捧げるオマージュをご高覧ください。
参加作家(敬称略/五十音順)
青木俊直/石塚公昭/オカムラノリコ/かなまち京成/コマツシンヤ/近藤ようこ/高橋キンタロー/田中六大/永野のりこ/鳩山郁子/花輪和一/ヒロタサトミ&midinette minuit/巻田はるか/南伸坊/森環/森雅之/森泉岳士/山田勇男/ユズキカズ/吉田稔美/吉田光彦/わだちず
お問い合わせ ビリケン商会:03-3400-2214
営業時間 12:00~19:00 (毎週月曜日定休)
〒107-0062 東京都港区南青山5-17-6-101 ビリケン商会

Novelist - ele-king

 デビュー・アルバム『Novelist Guy』をリリースしたノヴェリスト。これまでマムダンスとのコラボEPを2014年に〈XL・レコーディング〉よりリリース、スケプタのヒット・アルバム『Konnichiwa』への参加、チェース&ステータスの客演など印象的なコラボレーションをいくつも重ねてきている。その注目のデビュー・アルバムは何回かの発売延期の末、自身のレーベル〈ウーンイェア・レコード〉(Mmmyeh Records)からのリリースとなった。ほぼ全曲をノヴェリストが制作し、グライムのBPM140からラフサウンド(BPM160)までと幅を広げた。浮遊感のあるシンセが奏でるもの悲しげな雰囲気、モノトーンでエネルギッシュなラップが独特のサウンドを鳴らしている。
 もしノヴェリストのエネルギッシュなスタイルを知りたければ、まず“マン・ベター・ジャンプ・アップ”や”ノヴ・ウェイト・ストップ・ウェイト”を聴いてみればいい。ソウルが滲み出るラップ、歪んだキックと無骨なビートが組み合わさり、鋭くもポップな曲となっている。アルバムはそれだけではない。より重要なのは、若干21歳のノヴェリストがロンドンの同世代の若者に向けられたメッセージにあると思う。

 伝えられる情報は間違っている
 だからおまえ自身でおまえの欲するものを学べ
 そう、欲するものを学ぶんだ
“ドット・ドット・ドット”

 2曲目“ドット・ドット・ドット”には、ロンドンの若者を夢中にさせるノヴェリストからの責任感あるメッセージが込められている。彼はこの曲で、「自分で考えて行動しろ」と伝えている。だからといって、彼は上から目線で、聖人君主のようにロンドンの若者に教えを説いている存在ではない。ノヴェリスト自身が「俺らにはギャングスタのやり方しかわからない」と告白する3曲目“ギャングスタ”は、ノヴェリスト自身がギャングスタ、反抗的な若者の側であると主張する。

 ビッグボス・スピッター、それが俺のなるべき者
 フッドで生まれ育った、俺の邪魔はするなと奴らに言ってやらなきゃな
 郵便番号(コード)にこだわる、実はそれが俺のポリシー
 ギャングスタとしてそこは誠実にやるって自分に言い聞かせる
“ギャングスター”

 ノヴェリスト自身が、先日ツイッター上で「このアルバムがiTunesにエクスプリシット・マーク(Explicit)*を付与されたこと」について強く抗議していた。じっさい『Novelist Guy』には性的な表現やNワードのような露骨なスラングは一切使われていない。抗議の背景には、注意深く言葉を選び、スラングや“汚い”言葉を使わずに若者に広くメッセージ届ける、ロールモデルたる姿勢が感じられる。

 俺は明確なヴィジョンを持ったきちんとした大人
 俺みたいに考えたいか、なら聞いておけ
 俺は与えられたものを受け取る奴じゃない
 選択肢が見えないときでも選択肢が見える
 太陽が登って落ちる訳ではない、地球が回ってるんだ
 俺には光と闇が見える、
 輝きがないときでもそこに光はある
“アフロピック”

 この曲は、アフロの櫛(Afro Pick)を自身のブラックネスを象徴する存在として取り上げているのだろうか**。そこで語られるのは、黒人の若いギャングスタでありながら、違う考え方でものごとを捉える姿勢、それによってなるべき姿に近いているということだ。
 次の“ストップ・キリング・ザ・マンデム”でも、ブラックネスは強く意識されている。マンデム(Mandem)はロンドンの黒人の間でよく使われているスラングで、マン(Man)とほぼ同じ意味だが、「友だち」とか「身内」というようなニュアンスが含まれている。つまり、俺の友だちとか俺の身内を殺すな、というメッセージなわけだ。“ストップ・キリング・ザ・マンデム”という言葉は、ロンドンのブラック・ライヴス・マターの運動でノヴェリスト自身がデモ中に掲げたプラカードのメッセージでもあった。彼は世界中で黒人がターゲットされて警察に暴力を振るわれていることを問題視し、黒人を潜在的な意味で危険視するメディアにも厳しい目線を向けている。
 https://www.instagram.com/p/BhhYei2HVhs/

 法を破ることは文化のせいじゃない
 法を破ることは社会のせいじゃない
 問題にガンフィンガーを立てたからといって、
 俺はしょっぴかれる訳じゃないだろ
 黒人は世界的にターゲットになっていて
 ニュースはまるで俺ら自体のせいみたいに扱う、
 それは遠く、ローカルで起きていることみたいに話しやがる
 問題は、俺がこの問題について話すからって訳じゃないだろ
 少年が反社会的になるのは、
 彼らがもっと人生をソウルフルに過ごしたいってことなんだ
“ストップ・キリング・ザ・マンデム”

 ここで彼がBLMついて話すことは、なにも大文字の「政治」について話すことだけではない。彼の周りの若者やギャングスタについて話すことなのだ。
 アルバムの後半ではライヴのエネルギー溢れる雰囲気の曲が続き、スキットではインターネットラジオでのMCとのセッションの様子が垣間見える。(これがまためちゃくちゃ速射のラップで凄い)
 そして、ラストソング“ベター・ウェイ”のふたたび内省的なリリックでこのアルバムを締めることになる。ここでは、“アフロピック”で出てきた太陽の喩えが再び登場する。先ほど太陽は人生に選択肢を与える存在として出てきたが、ここではイナーピース***を象徴している。

 陽が落ちる。いい気分だ、疲れ切っていない。
 空を見上げる、理由はわからないが、頭は雲のうえにある
 疑いようもない、俺のエネルギーが尽きることはない
 俺は俺のギャングスタにリアルであり続ける、
 俺たちのママに俺らを誇らしくする
“ベター・ウェイ”

 『Novelist Guy』にはノヴェリストから団地の若者へ、ロンドンの黒人へ、ギャングスタへ向けられたポジティヴなメッセージが詰まっている。そう、アルバムのジャケットのように、彼らの頭上にいつか陽が昇り、光が照らすように。


* 教育的に問題のあると見なされた露骨な表現が含まれるというマーク、iTunes版のParental Advisory
**彼は最近アフロピックを刺したままフリースタイルをしている。
https://www.youtube.com/watch?v=AujWZ-SVsXM
***精神が落ち着いていて、内面的に落ち着いたな状態

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