ふつうの音楽ならどんどん進行していってくれるので、あまり考える余白がないじゃないですか。私にとってのアンビエントって、考える余白がめちゃくちゃあるものなんですよ。
副業にこそ活路を見出すべし。本人からはお叱りを受けそうだが、モジュラーシンセ・マスター galcid によるアンビエント作品はそれほど魅力的なのだ。
最初の驚きは前回の「Galcid's Ambient Works」。それまでのインプロ主体の印象を覆し、アルバムとしての完成度を高めた(齋藤久師との)SAITO 名義の作品もリスニング・テクノとして刺戟的ではあったのだけれど、galcid の可能性はじつはアンビエント路線にこそ潜んでいるのではないか。少なくともぼくはそう感じた。
整理しておこう。去る3月、〈Detroit Underground〉から『Hope & Fear』が出ている。これが、前回のインタヴューで語られていた、完成しているのに世に出るのが遅れに遅れたセカンド・アルバムだ。SAITO における音の冒険や幅の広がりなんかも、きっとこの『Hope & Fear』で手ごたえをつかんだ結果なのだろう。冒頭のメッセージ・ソングを筆頭に、いろんなタイプの曲が並んでいる。とくに注目しておきたいのは最後の “Microscope”。このノンビートの小品こそ、「Galcid's Ambient Works」の天啓をもたらしたにちがいない。
その続編となる「Galcid's Ambient Works 2」も4月27日にリリースされたばかり。これまた「1」に引けをとらない良質なアンビエント作品で、やっぱり galcid のアンビエント路線、めちゃくちゃ合ってるんじゃないかと思う。そんなわけで今回は、galcid にとってアンビエントとはなんなのか、大いに語ってもらいました。
コロナで外に出なくなって家で音を流していると、やっぱりスクエアプッシャーとかに反応してしまうんですよね。「エモい!」みたいな(笑)。やっぱり私の源流はここにあるんだなって。
■まずは3月に出た『Hope & Fear』についてですが、これが昨年のインタヴューで仰っていたセカンド・アルバムですよね。
レナ:はい。あれからコロナでさらに遅れて、3年越しですね。もう自分でも内容を憶えていないレヴェル(笑)。ちょっと他人事というか。そのときは一生懸命つくりましたけど、3年も空くとね。もうフレッシュではないイメージになっていて。半分お蔵入りというか(笑)。
■ファーストよりも曲の表情というか、ヴァラエティが豊かになっていて、機械のエモーションのようなものを感じました。
レナ:それはあるかなと思います。1作目は意識的にかなりミニマルにしていましたので。この2作目は、たとえば最後の曲なんかは、前回のアンビエント作品(「Galcid's Ambient Works」)につながる感じになっています。自分のそういう側面も出していきたいという想いが増えて。あと、言葉もけっこう入れていますし。
■冒頭からいきなりメッセージ・ソングですよね。原爆と原発をつないでいる。なぜこれを1曲目に?
レナ:聖域をつくるというか……
■聖域?
レナ:メッセージも強いし、音も過激なので、これを聴けるひとはその後の曲も聴けるだろうって。ここを越えてきてくれたひとは、ぜんぶ受けいれてくれるだろうなと。会員制のような(笑)。超えてきてくれたひとに「どうぞ、ほかにもいろいろあるよ!」って。
■なるほど、だいぶ分厚い扉ですね(笑)。3・11について、考えることがよくあったということですよね。
レナ:ありましたね。じつは、この曲だけ “Noticed nuclear” という名前で、少し前につくっていたんですよ。でもそれから年月が経つにつれ忘れられていっている感じがしたし、知り合った福島の方がいたんです。それでリアルな話を聞く機会もあったので、“Noticed nuclear” のように安易な曲名ではなく、“Awareness” に変えて冒頭に持ってきたというのはありますね。
■アルバムが出たのが3月だから、ちょうど10周年のタイミングですよね。
レナ:しかも、他の曲名もいまのコロナの世相を反映している感じになっていて。
■期せずして、いろんな意味を含んだアルバムになったと。
レナ:はい。“Large Crowd” とか「密」じゃないですか。3年寝かせた意味があったのかもしれないと思いました。聴きなおして、音も古くはなっていなかったのでよかったです。それに、買ってくださった方も多くてびっくりしました。
■ヴァイナル即完だそうですね。ディスクユニオンでも1位になったとか。
レナ:そうなんですよ。ダンス・チャートで1位に。
■再プレスの予定はあるんですか?
レナ:ないです。転売してください(笑)。うちにも1枚しかないんですよ。
■それほどリアクションがあったのは、ご自身ではなぜだと思いますか?
レナ:ぜんぜんわからないんですよね。大々的に広告を打ったわけではないですし。予約時点で売り切れていたそうなんですが、だれかが頑張ったというわけではないんですよね。リリース・パーティもいっさいできなかったので、理由はわからないです。ただ、バンドキャンプでの注文が多かったみたいなので、けっこう試聴はしてもらったのかもしれないですね。
■今回も基本はインプロですか?
レナ:インプロ感を残しつつ、作曲しています。そのせめぎ合いを(齋藤久師に)プロデュースしてもらった感じで、勢いは残したいけれど、作品としてリピータブルにもしたい、そのせめぎ合いでしたね。
■つくられたのは3~4年前ですが、そのとき「これはブレイクスルーだな」と思った曲はありましたか?
レナ:じつは、自分にとってすごく恥ずかしいことをやったんですよ。“Back To Teenagers” とかモロじゃないですか。
■いわゆるドリルンベースですね。
レナ:高校生のときに聴いていたやつをそのままやったんです(笑)。もちろん、いまの私なりの解釈は入れてますけど、ここまで「まんま」でやる? みたいな笑っちゃう感じの自己開示ですね。これまでは「とくに影響受けてないです」みたいな顔をしていたんですが、コロナで外に出なくなって家で音を流していると、やっぱりスクエアプッシャーとかに反応してしまうんですよね。「エモい!」みたいな(笑)。やっぱり私の源流はここにあるんだなって。この曲を聴いたレーベルのオーナーもニヤニヤしていました(笑)。
■今度まさにスクエアプッシャーのファーストがリイシューされますよ。ちなみにぼくは “Electronic Flash” が気になりました。ちょっと点描的な感じがあって。
レナ:その曲も好評でした。あと “Scheme And Impatience” も好反応が多かったです。みんなばらばらなんですけどね。でもそうやっていろんな方にプレイリストに入れてもらったりしたのがセールスにつながったのかもしれないですよね。これまでは、アンダーグラウンドであることに妙なプライドがあったというか、「べつに売れなくていいんです」みたいな、ちょっと卑屈な感じがあった。「どうせ理解されないし」みたいな。でも今回結果を出して、ひとつスタイルを確立できて、自分のなかですごく自信になりました。
美しいメロディをつくるというよりも、まぬけなメロディをいかにきれいに美しくやるか。
■そして「Galcid's Ambient Works 2」も出ました。
レナ:今回、カセットテープは JetSet Records と waltz で取り扱ってもらっています(註:4月27日現在、waltz では予約段階でソールドアウト)。
■アンビエント・シリーズはカセットで、みたいなこだわりがあるんでしょうか?
レナ:レーベルは変わりましたが、そもそも1作目のとき、カセットで出さないかというオファーだったんです(〈Detroit Underground〉)。その1作目を聴いたスペインのレーベル(〈Sofa Tunes〉)がすごく気に入ってくれて、うちからカセットで出さないかと言ってくれて。
■なるほど、そういう経緯でしたか。このレーベルは知らなかったんですが、どうして急にスペインのレーベルになったんだろうと。Galcidのアンビエント路線、ぼくはかなり良い方向だと思っています。
レナ:アンビエントはすごく開眼させてくれますね。自分の色づけや音楽の幅を持たせてくれる。
■でもやっぱりノイズを入れずにはいられないところはニヤッとさせられました。そこは久師さんですか?
レナ:ふたりともですね。どうしても汚しにいってしまいたくなるというか。その辺はやっぱり中学生なんですよね(笑)。宅録の延長というか、音質の悪さを追求したくなる。
■1曲目はとくに、良い音の濁り具合だなと思いました。
レナ:宅録でカセットテープでやっちゃったみたいな、そういう音にしたかった。それを実際にカセットで聴いたらどうなるか、わからないですけど(笑)。あとメランコリーというか、退廃的な匂いを入れたいというのもありました。1曲目はとても暗くて。暗くないですか? モールス信号でメッセージも入れています。ぜひ解読してください(笑)。
■暗さはそれほど感じませんでしたけど、美しい風景のようなものは浮かび上がりました。
レナ:私としては、デヴィッド・リンチが好きなので、ああいう滲んだ色というか、緑がかった映像のイメージがありました。写実的なかっちりしたものよりも、リンチだったり『ブレードランナー』だったり、ああいう青緑の雰囲気を醸し出したいというのは無意識的にあったと思います。
■好きなアンビエントのアーティスト、あるいは作品はなんですか?
レナ:ベタすぎですが、やっぱりブライアン・イーノとエイフェックス・ツインが好きなんですよね。
■おおお。イーノだと、どれがいちばん好きですか?
レナ:『Thursday Afternoon』ですね。『Music For Airports』も好きですけど、やっぱり『Thursday Afternoon』かな。
■85年の、ワン・トラックのやつですね。どの辺が?
レナ:まどろみというか、あれもやっぱり独特のカラーを感じて。いま私、「アルコール・インクアート」というのをやっているんですよ。アルコール・インクアートってご存じですか?
■知りませんでした。
レナ:インクをアルコールに垂らすと、ぶわーっと混ざっていって、色がどんどんまだらになるんです。そういうアートがあって。(スマホで動画を見せる)私はそれを利用して音を使い「周波数アート」と命名してやっています。
■名前からしてヤバそうですね。
レナ:(スマホで動画を見せながら)色に音を当てるんです、こうやって模様を描いていく。ブライアン・イーノの音って、まさにこういう世界なんですよ。音色がゆっくり混ざっていく感じ。抽象画を描くプロセスを見ているイメージで、すごく想像力を与えてくれる。
■『Thursday Afternoon』って、もともと「ヴィデオ・ペインティング」としてはじまった作品なんですよ。たしかインスタレーションのサウンドトラックのような位置づけで。ヴィデオ版も出ています。だから、レナさんのその受けとり方はまさにどんぴしゃというか。
レナ:そうだったんですね! 映像は観ていないですけど、音でそれを感じたんです。音ですごく色を感じて。しかも一色ではなくて、動いて、ちがう色が出てきて、それが流れていくという。アート作品のプロセスを観ているような。音楽って一般的には譜面というプロセスがあるけれど、それをキャンバスのうえでやっているような雰囲気がすごく好きですね。でもなんで『Thursday Afternoon』なんだろう。木曜日にやったのかな(笑)。
■きっと共感覚をお持ちなんでしょうね。しかし、イーノ作品で『Thursday Afternoon』がいちばんというのはおもしろいですね。
レナ:「Bloom」というアプリがありましたよね。あれもすごく好きなんですけど、それにも通じているんですよね。時代順に聴いたわけじゃなかったので、最初『Thursday Afternoon』も「Bloom」でやったのかな? って思ったくらいです。
■『Reflection』は聴きました? アプリでも出ていて、再生するたびにちがう音が鳴るんです。(アプリを立ち上げ)春夏秋冬でムードが変わるようにも設計されている。
レナ:いいですね! 「Bloom」で止まってました(笑)。いろんな意味でブライアン・イーノは先輩なんですよ(笑)。創始者でもありますし、考え方や、医療関係だったり教育関係だったり、音楽と活動の仕方にかんしても。人としてすごく興味があります。
アンビエントを聴くと頭が支配されてしまうんです。キャンバスが用意されているような状態、「なに描くの?」って言われているような状態なんです。最初からそこに模様がいっぱいあったらなにも描こうとは思わないじゃないですか。でもアンビエントは余白が多いから、「ここにはなにを描こうか」とか、いろいろイメージが湧いてきちゃう。
■エイフェックスは、やっぱり『Selected Ambient Works Volume II』ですよね?
レナ:そうです。(「Galcid's Ambient Works 2」という)タイトルからしてもう「すんません!」って感じです。これも自己開示ですね。これまで Galcid は、影響元を隠していたわけではないですが、ルーツが見えづらい部分もあったと思うんです。そこら辺はもう、ドーンと出していこうと思って。あとエイフェックス・ツインのメロディって、拙いというか、すごくチープですよね。カシオトーンのプリセット音色で弾いてるんじゃないかくらいの(笑)。それが心を打ったりもするんですけど、自分たちの音をつくるとき、それにすごく勇気づけられた。美しいメロディをつくるというよりも、まぬけなメロディをいかにきれいに美しくやるか、という。
■『SAW2』にも色彩を感じますか?
レナ:そうですね、またべつのタイプの。緻密さがないように私は感じたんですよね。日本人の音の構成ってすごく緻密で凝っているけど、エイフェックスには感性的なものを感じました。そこに憧れているところがあって、だから自分でやるときも作りこみすぎないようにしています。あとエイフェックスは、アンビエントじゃない作品ももろに聴いていたので、その振れ幅もリスペクトしていますね。
■まあエイフェックスはちょっと別格ですよね。
レナ:そうそう。最近ワークショップとかでいろんな方と話す機会があるんですが、思考で音楽を聴く時代は終わったなって思っているんです。日本の方はまじめなので、情報とか、思考で音楽を聴いてしまうところがある。私にもありました。でも、本当は心で聴きたいというか、感性で聴きたい。それって、つくる側もそうじゃないと、そういうふうに聴いてもらえないんじゃないかって思うんです。プロデューサー(齋藤久師)が思考ではつくらないタイプ、完全に感性だけでやっていくタイプなので、私は「ちょっとこれは……」とか思うときがあるんですけど、(齋藤久師は)「いやぁ、頭で考える必要ないでしょ!」みたいな(笑)。
■アンビエント・シリーズはぜひ今後もつづけてほしいですね。
レナ:つづけたいですね。ほかのこともやりながらですけど、やっぱりアンビエントは好きなひとも多いので。
■ひと口にアンビエントといってもいろいろありますが、なにをアンビエントだと思いますか?
レナ:もともとは「環境音楽」ですよね。どんな音楽でも「環境」を変えると思うんですが、とくにアンビエントは、「その場」の空気を変える印象があります。アンビエントは「場」を変えて、人間を持っていっちゃうイメージ。だから、アンビエントを聴いていると持っていかれちゃうので、仕事にならないんです(笑)。私の定義だと、そうなりますね(笑)。
■それは、鳴っているサウンドに注意が向いてしまうということですか?
レナ:うーん、あまりにも余白があるからなのかなぁ。アンビエントって、楽曲としての主張がそれほどないじゃないですか。だからどうしても場に調和してしまう。だから「環境音楽」なんだと思うんですが……
■音を聴きこんでしまって聞き流せない、ほかのことに集中できない、ということでしょうか?
レナ:聴きこむわけではないですね。たぶん、音がそれほど入っていない分、余白が大きすぎて、自分の脳がいろいろ想像しちゃうんですよね。ふつうの音楽ならどんどん進行していってくれるので、あまり考える余白がないじゃないですか。私にとってのアンビエントって、考える余白がめちゃくちゃあるものなんですよ。世界観だったり、昔のことを思い出したりして、頭が忙しくなっちゃうんです。
■ああ、なるほど。シンプルに4つ打ちが鳴っているほうが楽、みたいな。
レナ:そうそう! 私はですけどね(笑)。
■珍しいタイプですよね。4つ打ちがむしろアンビエントとして機能してしまっている(笑)。
レナ:そうかもしれない(笑)。珍回答だなあ。アンビエントを聴くと頭が支配されてしまうんです。キャンバスが用意されているような状態、「なに描くの?」って言われているような状態なんです。最初からそこに模様がいっぱいあったらなにも描こうとは思わないじゃないですか。でもアンビエントは余白が多いから、「ここにはなにを描こうか」とか、いろいろイメージが湧いてきちゃう。私も他方ではやかましい音楽もやっていますけど、そっちはもうすごい幾何学模様で、描く余地も考える余地もない。ただ受けるだけで、こちらから能動的になにかする余地がないというか。
■なるほど。さきほどからアプリの『Reflection』を流しっぱなしにしてしまいましたが、レナさんは取材に集中できなかったかもしれないですね(笑)。
レナ:引っぱられぎみにはなりますね(笑)。クラシックとかもそうなんですよ。ドビュッシーの「月の光」とか聴いてもどんどん持っていかれちゃいますからね。ゆっくりできない(笑)。
■イーノとエイフェックスのほかに、ピンときたアンビエントはありますか?
レナ:タイトルが数字の……『1979』だっけ? DERUの。
■それは知りませんでした。聴いてみます。
レナ:すごく好きなんですよね。あれも独自の世界観を持っていて。やっぱり持っていかれちゃいます。忙しい作品です。
■逆に、アンビエントの名作と言われているけれど、ピンとこなかったものってあります?
レナ:イーノとかエイフェックスを聴きだしたら、ジ・オーブがチャラくみえてきました(笑)。なんかめっちゃCGチックというか(笑)。好きなのは間違いないんですけど、私は基本的にツルっとしたものよりもノイジーだったり、いわゆるアナログな音が好きなんだなというのがよくわかりました。
■なるほど(笑)。では最後に、レナさんにとってアンビエントとは? ひと言でお願いします。
レナ:「頭が忙しい」ですね(笑)。クリエイティヴィティをすごく刺戟されるのがアンビエント。落ち着けません!
5/4 galcid 配信ライヴ
“Galcid Wars”
(アフターパーティーあり)
https://galcidwars.peatix.com/view
Galcid
Galcid's Ambient Works 2
Sofa Tunes
JetSet Records
https://www.jetsetrecords.net/i/747005900779/
Waltz
https://waltz-store.online/?pid=159209631






























