Home > Reviews > Album Reviews > WaqWaq Kingdom- Shinsekai
ワクワク・キングダム、すなわち「わくわく王国」というユニット名に、大阪の下町のシンボルである『Shinsekai(新世界)』というアルバム・タイトル。ヨーロッパからのリリースとなるどうにもいかがわしい作品なので、西洋人から見たサイバー・タウン大阪をイメージしたものかと思われるかもしれないが、やっているのはキング・マイダス・サウンドのヴォーカリストで、イラストレーターでもあるキキ・ヒトミと、DJスコッチ・エッグ名義でのゲームボーイを使ったハードコアなパフォーマンスが知られ、またベーシストとしてシーフィールやデヴィルマンといったバンドでも活動するイシハラ・シゲルという欧州在住の日本人に、イタリアのエクスペリメンタル系パーカッション奏者のアンドレア・ベルフィによるユニット。大阪出身のキキ・ヒトミは1990年代にロンドンへ移住し、東京出身のイシハラ・シゲルも2000年頃からベルリンを拠点に活動しているので、もともとの日本人の感覚に、ヨーロッパから見た日本のイメージが組み合わさっているとも言える。キキ・ヒトミは現在ドイツのライプツィヒ在住だそうで、その地元のレーベルである〈ジャータリ〉を根城に活動している。レーベル名が示すように、主にダブやレゲエ、デジタル・ダンスホール系の作品を出しているところだ。キキ・ヒトミはここから2016年に『Karma No Kusari(カルマの鎖)』というソロ・アルバムを出したが、デジタル・レゲエなどに混じって日本の演歌も歌い、ヨーロッパのメディアからは「演歌ダブ」という名で面白い作品と評価を受けた。ザ・バグことケヴィン・マーティンと詩人であるロジャー・ロビンソンが組んだキング・マイダス・サウンドでは、トリッキーとブリアルをかけあわせたようなドープで実験的なトリップホップ~ダブステップをやっているが、そこでも日本語の歌詞を取り入れている。常々、ホレス・アンディやケン・ブースなどのレゲエ・シンガーのこぶしの効かせ方は、日本の演歌歌手に近いものがあるなと思っていたそうで、そうした発想がレゲエのビートで演歌を歌う『カルマの鎖』へ繋がったようだ。収録曲の“ピンクの着物”は、藤圭子を意識したそうである。
それから約1年ぶりとなる『新世界』は、演歌を含めた日本の歌と、ダブやアフロなどのワールド・ミュージック、ダブステップやデジタル・クンビアなどがさらにシェイクされている。サイモン・フォウラーによる魑魅魍魎としたジャケット・アートワークに、ポールによるマスタリングが加わり、『カルマの鎖』にあったポップな方向性が、サイケデリックで混沌とした世界へと導かれている。クラブ・サウンドやエレクトロニック・ミュージックの世界でワールド・ミュージックにアプローチした例としては、ここ数年ではクラップ!クラップ!、モー・カラーズ、マーラなどがあり、それぞれ独自の手法やサウンドを持っているのだが、『新世界』は表面ではクラップ!クラップ!のようにカラフルな色使いを感じさせつつも、キング・マイダス・サウンドの頃から見られるドープでヘヴィなダブ・サウンドが中心にあり、実に骨太な作品だ。そうした中、途中で和風とも中華風とも東南アジア風とも言えない音色が差し込まれ、少しユーモラスなところを感じさせる点は、オンラの『シノワズリ』シリーズと共通の味わいである。“アイ・ウッド・ライク・トゥ・レット・ユー・ゴー”や“バード”の無国籍なエキゾティシズムは、アルゼンチンのデジタル・クンビア勢に通じるところもあり、それにニューウェイヴ的なアグレッシヴ感覚を混ぜている点も特徴だ。“オー・イッツ・グッド”はダブ色が濃いパンク・ファンクで、アンドレア・ベルフィのトライバルなラテン・パーカッションも生かされている。ESGとザ・ポップ・グループがジョイントし、それをリー・スクラッチ・ペリーがミックスしたような曲とでも言おうか。また、全てが土着的なワールド・ミュージック系というわけではなく、中にはSBTRKTのようなフューチャリスティックなベース・サウンドの“ブロウ・イット・アップ”もある。“ラヴ・ゲーム”はパーカッシヴなアフリカ系のナンバーで、プリミティヴな要素とそれに反するようなフューチャリスティックな要素がうまく融合している。“ステップ・イントゥ・ア・ワールド”はアルバム中でもっともヘヴィでドロドロとしたベース・サウンドだが、コーラスがブロンディの“ラプチャー”のメロディを引用するという遊び心もある。“ココ・セイズ”は「森羅万象」や「花鳥風月」といったフレーズが出てくる日本語の歌。神秘的なイメージの曲で、時代で言えば平安時代や奈良時代をイメージしているのだろうか。“ワクワク・ドリーム”はボカロ風のヴォーカルで、花魁とか舞子とか情緒的な光景が思い浮かぶ一方で、アニメ的なポップでキッチュな表情も見せる摩訶不思議な和の世界。和のメロディの取り入れ方は、YMOのそれに近いところも感じさせる。「演歌ダブ」とはまた異なるキキ・ヒトミのユニークな和の世界を見せてくれる。
小川充