「Noton」と一致するもの

♯8:松岡正剛さん - ele-king

 たとえば林檎を描くとする。赤い林檎をそのまま正面から描くか、ひと口かじったそれを描くか、あるいは緑の林檎にするか、それとも半分に割った林檎にするか、その描き方にはいろいろある。編集者というのは、「(ほかの描き方も複数あるが)今回はこの林檎でいこう」だ。35年前に松岡さんから聞かされたこの喩えが、いまでも頭にこびり付いている。流動性のなかにこそ編集の極意あり。存在の流動化、存在から存在学へ、ほうき星の存在学。編集者は、言うなれば仮面から仮面へ、惑星から惑星へ、そして灰から灰へと渡り歩くことができる。だが、真を追求するアカデミアの研究者はそうはいかない。だからこの発想には両義性がある。
 編集者のテクニックのひとつに、コピーライティングがある。松岡さんは権威的な文体や難読漢字の多用を嫌い、メディアの武器であり資本主義の道具でもあるこの文章技術に入れ込んでいた。目次に凝るのが好きで、ときには雑誌の表紙や中吊り広告のキャッチコピーさえ面白がっていたが、松岡さんが見ていたのは、商品セールスのためのそれではなく、コンセプト伝達手段としてのコピーライティングという表現の可能性だった。そして編集的流動性における咀嚼力、メタファーの応用。松岡さんは難解な理論を平易な喩えで説明するのが抜群にうまかった。ただ、そこにもやはり両義性がある。たとえば、「山東京伝は江戸のアンディ・ウォーホルである」といったとしよう。アンディ・ウォーホルの研究者からしたら、それを誤謬というかもしれない。厳密に突き詰めれば、それはたしかに違う。だが、そういってみることで初めて伝わることは確実にある。

 80年代後半から91年にかけて、ぼくは自分が23歳から27歳までの4年あまりの年月を松岡正剛さんの会社で働き、あらゆる知識と、編集という仕事における創造性および文章の書き方までほんとうに多くのことを教えてもらった。編集以外にもとにかくいろんな仕事があったので、家には帰らず麻布にあった編集工学研究所の床で寝ることはしょっちゅうだったが、それがぼくには楽しみでもあった。そこには『遊』の創刊号からすべてが揃っていたからだ。会社に泊まっては、『遊』(あるいは工作舎関係の本など)を片っ端から読みながらそのまま寝落ちするという日々だった。(ろくに風呂にも入っていなかったわけだからそうとう臭かったと思うけれど、翌朝、ハイパーな上司だった渋谷恭子さん、杉浦イズムを継承するデザイナーの木村久美子さんにたたき起こされるという、いま思えばある意味牧歌的な日々でもあった。あのころは “歩く日本文化の事典 ”こと高橋秀元さん、ぼくがもっとも敬愛する画家のまりのるうにいさんにもほんとうにお世話になった)

 では、ここで面白いエピソードをひとつ。ヒップホップにハマったぼくは、ある日そのファッション・スタイルで出勤した。それを見た松岡さんから「おまえ、バスケットボールをやりに来たのか? 着替えてこい!」と怒られて、家に帰って着替えてきたことがある。あのときの松岡さんはほんとうに怖かった──そう、しかしこれはただの思い出話ではない。
 ぼくは、松岡正剛とはグランドマスター・フラッシュだと思っている。織田信長をベンチャー起業家という松岡さんなら、このくらいの突飛な喩えを面白がってくれるだろう。グランドマスター・フラッシュとは音楽ファンには説明不要の、ヒップホップの初期段階において、2台のターンテーブルを使って2枚のレコードをミックスすることで、テキストを別のテキストに転用することで新たな作品をクリエイトした人物のひとりだ。要するに、過去の文化を引用し、流用し、借用し、再編集することでブラック・ミュージックに新しいパラダイムを創出したDJのパイオニアである。ヒップホップにおけるサンプリングという表現形態の青写真だが、松岡さんはほとんど同じようなことを、サウスブロンクスで音楽の革命がおきていた同じ70年代に『遊』でやった。
 松岡さんの最高傑作は、ぼくはいまでも『遊』だと思っている。なかでも1976年の「存在と精神の系譜」の2冊は、デジタル時代到来より20年も前の、杉浦康平の先駆的サンプリング・アートとしか言いようのない驚異的エディトリアル・デザインをともなって、松岡正剛の編集理念が象徴的に具現化されていると言えやしないだろうか。空海も、ピタゴラスも、オスカー・ワイルドも、過去のあらゆる形態の知がオープンテキスト化され、こともあろうか「雑誌」として刊行された。『遊』という誌名が仄めかすように、ここにはアカデミアの束縛から解放された解釈の自由がある。(よく引き合いに出される1975年に創刊された『エピステーメー』は、当時の保守的なアカデミアでは無視されていた現代思想を紹介する雑誌で、根本的なコンセプトが違っている)
 グランドマスター・フラッシュやアフリカ・バンバータのような初期のDJは、JB'sからスライ、クラフトワークからYMOまで、あらゆる既発音源を横断的にサンプリングしたが、彼らのミックスでは、自分が流用した曲への敬意はあるものの、それぞれのソースの持つ神話性や歴史的な文脈は切り取られ、従来の意味は覆される。重要なのは、2台のターンテーブルとミキサーという流動性のなかで、遊び心をもって編集されながら生まれたその新しい作品なのだ。それは往々にして、クロード・レヴィ=ストロースの用語にならって「ブリコラージュ」と喩えられるが、ぼくは松岡さんのなかに、エリートたちのモダニズムを切り崩すという意味での(そしてハイカルチャーとローカルチャーの境界線を無にするという意味での)ポストモダニズム的な感性があったと見ている。じっさいのところ松岡さんはフーコーやデリダ、ソンタグらに共振していた。『遊』は紙メディアのトランスフォーメーションだったし、新しいパラダイムを創出した。アカデミアに従属する「知」の喧伝ではなく、ポストモダニズム的な大衆性に目するものだったから、それができたのだろう。まさに「大学から遊学へ」。そういう意味で松岡さんは、哲学(ないしは科学や宗教学)がポップ・カルチャーにもなりうるとわかっていた。
 「俺が初めてテレビに出たのはな……」と松岡さんはなかば笑い話として言った。「機動隊に担がれていったときだった」。学生運動というグランド・ナラティヴ(大きな物語)の真っ直中にいた松岡さんが、どうして1971年の『遊』創刊へと向かったのか、ぼくがもっとも知りたくて訊けなかったことだ。『遊』がつくったもうひとつのパラダイムは、『遊』というメディア自体をひとつのローカル・ナラティヴ(小さな物語)にすることだった。『遊』には、その号の寄稿者/聞き手と話し手、編集者やデザイナー、制作スタッフ全員が物語の登場人物さながら紹介されている(編集部それ自体を物語化するという見せ方は、ロック雑誌に継承される)。若き日の三田格も書店員として紹介されていたように、『遊』が制作され、流通し、売られるまでがひとつのナラディヴだった。はからずともここにも、ブラック・カルチャーにおけるパラダイム・シフトとしてのヒップホップとのアナロジーがある。ヒップホップ用語で言うところのフッドの美学だ。

 松岡さんの訃報を知って、覚悟していたこととはいえ大きな喪失感を覚えながら、この1週間、上記のようなことをうつらうつらと考えていた。松岡さんは『遊』時代になかば強引に、とことん拡張した知識の風呂敷を、その後はより緻密化させ、独創的なアプローチをもって深化させていったのだろう。と同時に、「セイゴオちゃんねる」という番組名がいい例だが、もうひとつのペルソナをつくることにも腐心した。「自分の職業は松岡正剛」という科白が寺山修司の引用(サンプリング)だとしても、松岡さんが「松岡正剛」という物語(ペルソナ)に生きていたことは、ネットで散見できる松岡さんの写真からもわかる。またその一方で、「千夜千冊」という、尋常ではない量の自分の元ネタのデータベースを惜しみなく公開するかのような、自分語りめいた他に類をみない書籍エッセイもやっている。
 松岡さんの先見的だった考え方のひとつに、「たったひとつのアイデンティティに縛られることはない」というのがあった。人間には複数のアイデンティティがあってもいいだろう、松岡さんはそう主張したが、これは「千夜千冊」で取り上げているジュディス・バトラーが1990年に発表した先駆的クィア理論(『ジェンダー・トラブル』)に通じている。アイデンティティ・ポリティクスが加熱するいまこそ、もっとそのことについて話してもらいたかったと思う(まあ、そんなことを言ったら他にもたくさんあるが)。しかしながら、松岡さんがポストモダニズムに対してアンビヴァレンスだったことも「千夜千冊」から見える。アレックス・カリニコスを取り上げているのがわかりやすい。このイギリスの左翼の批評家は、『アゲインスト・ポストモダニズム』という主著で、1968年の革命世代の多くが専門職や管理職という新しい中流階級に取り込まれたことを主張した。闘争で流された血から新しい資本主義が生まれたと言っている。 
 「千夜千冊」で興味深く思ったのは、サルトルに対して思いのほか辛辣だったことだ。いや、でも、それはそうなのか、松岡さんは大江健三郎のようにはなれなかったと書いている。ぼくが松岡さんのもとで働いていた80年代末は、プラザ合意直後のバブル景気の恩恵というか経済的勘違いを思い切り受けた時代だった。そして美空ひばりの死、昭和天皇の崩御、ベルリンの壁の崩壊、湾岸戦争、……こうした歴史的な出来事を松岡さんといっしょに経験している。あれはいつだったか、テレビの画面越しにマーガレット・サッチャーの演説をいっしょに見たことがある。スタッフのひとりが「サッチャーのクイーンズ・イングリッシュの発音はすごいですね」と言った。松岡さんは、八百屋の娘として生まれ、労働組合の男たちに囲まれて育ち、やがて英国の首相としてその男たちを窮地に追いやり、世界の政治的風景を確実に変えてしまったひとりの女性の演説を、ただ無言で、じっと見ていた。
 松岡さんは、いったい誰の味方だったのだろうか、そんなことを考えたりもした。東浩紀や宇川直宏のような、在野の思想家/DIY主義者/独創的なメディアの作り手たちへの純粋なシンパシーはよく理解できる。松岡さんはそういうひとだ。ぼくが知りたかったのは、かつて政治闘争の渦中にいたひとの、その後の政治性についてだった。「松岡さんや平岡(正明)さんのように若い頃に海外文化に親しんだ左派が、70年代はどうして意識的に日本の文化へと舵を取ったんでしょうか」とぼくは訊いた。「中上健次も忘れるな」とそのとき松岡さんは言った。平岡正明は、とある本で松岡さんのことをクサしているが、松岡さんは平岡さんのことを評価していた。「あんなすごい書き手は、いまの音楽界にはいないよな」とぼくに言った。考えてみれば、たとえそのひとがアンチ松岡でもあっても、自分が認めたひとの悪口を言う松岡さんを見たことがないし、状況によってはむしろ擁護する側だった。ぼくは松岡さんのそういう懐の深さが好きだった。だいたいぼくのようなアホで無知な若者をよく雇ってくれたものだと思う。あのころ、いちど松岡さんの前で歌を歌ったことがある。そうしたら、続いて松岡さんも自作の歌を歌いはじめた。何年か前に再会したとき、松岡さんが「いまはもう俺の前で歌ってくれるやつはいないよ」と笑みを浮かべて言ってくれたのは嬉しかった。松岡さん、ありがとうございました。ぼくには感謝しかない。

Black Midi - ele-king

 ブラック・ミディが「無期限の活動休止」もしくは「解散」したとのニュースが飛びこんできた。経緯をたどると、まず、先週末おこなわれたインスタグラム・ライヴでのセッションで、中心人物のジョーディ・グリープが「ブラック・ミディはおもしろいバンドだったけど、もう無期限に終わってる」と発言。つづく日曜、今度はベースのキャメロン・ピクトンが「 “解散” についてはなにもいわない約束だったから、昨日はぼくもみんなとおなじように予想外の出来事に驚いたんだけど、たぶんみんなとは違う意味でだろうね」とツイッター(現X)で反応、その後削除している。現在、メンバーはそれぞれソロ活動にいそしんでいるようだ。続報に注目したい。

HISTORY OF TECHNO - ele-king

 オルタナティヴな夜の社交生活が東京でいちだんと活発化したのは、悪名高き1992年の夏を過ぎてから1〜2年後のことだった。アンダーグラウンド ・パーティの足場は築かれ、ナイトクラブ文化はドラスティックに変わろうとしていた。なによりも音楽、世代、着る服、踊り方、それ以外のすべても。踊るためにひとは集まり、朝が来て、明け方の、あのいい感じで汚れた渋谷の街を駅に向かって歩く足が軽かったのは、みんなまだ若かったからだ。20代後半のぼくがシーンのなかでは年上だったのだから、いかに若かったことか。
 音楽の主役はテクノ/トランス。街の支配的なナイトクラブ文化も、ディスコの徒弟制も、ほとんどの音楽メディアもそのことをまだ知らなかった。まあ、これは一笑に付していただきたい話だが、ぼくたちはアニエスベーで気取った渋谷系とは違う惑星にいたわけだ。なにしろこちとら「808」と書いてあるTシャツだったりする。こりゃあ、まあたしかに、ファッション誌が相手にするはずもない。それでも自信を持って言おうじゃないか。あの時代、テクノ/トランス・シーンほどパワフルでエネルギッシュなシーンはなかった。ダンスの熱量にしても集まる人数にしても、そしてパーティの数やなんかにしても、だ。スピーカーの上によじ登って踊ることは、熱狂に対する純粋なリアクションだった。
 テクノ/トランス・シーンはある時代までは、完璧な、あり得ないほど100%アンダーグラウンドだった。この点においては、すでに業界のサポートを受けていたハウスとは決定的に位相が違っていた。ディスコ業界の伝統とも隔絶された自由、DIY的で、庶民的で、草の根的なシーン。それでいて、エレクトロニックで、抽象的で、ミニマルなサウンド。どこの馬の骨ともわからぬ若者たちがガキっぽい音楽で騒いでいる、こんな印象をもたれていたのだろう、メディアで仕事をしていたぼくは、自分よりも年上のクラブ関係者からたまに皮肉を言われたものだった。しかし、我らが暴走は止まることを知らなかった。たとえテクノ・ポップ原理主義者が嫌悪を口にしても、このシーンの勢いの根幹にあったのは、そのときそのときの「喜び」だったのだから。
 深夜の解放区。闇のなかの天使と悪魔といっしょに、ぼくたちは、30人が数ヶ月後には100人になって、一年後には1000人規模へと発展していくシーンの渦中にいた。1993年、一週間に最低二回は複数のレコード店に通い、欧米から届く12インチ・シングルの溝に掘られたサウンドにいちいち驚嘆していた頃、シーンをさらに若返らせ、さらに大きくした起爆剤がフミヤと卓球だった。フミヤは大阪出身のDIY主義者、20歳そこそこながらも腕の立つDJだった。卓球はもうポップスターだったが、ゆえにアンダーグラウンドでの活動にはいろんな障害があった。アンダーグラウンドは光明ばかりではない、暗黒面もある。しかしまあ、話を端折れば、いずれにしても彼らの情熱がすべてを乗り越えていったのだが。

 テクノ/トランス・シーンは、言うなればYMOがやらなかったことをやった。それは、クラフトワークやYMOらに影響されたアメリカの黒人たちやその音楽を触媒とした欧州のダンス文化にリンクすることだった。ふたりに「華」があったとしても、まずはDJとしての技術、アイデア、音楽作品に関する知識や思い切りの良さも持ち合わせていた。あの時代の、デトロイトの〈ミュージック・インスティテュート〉におけるデリック・メイ、シカゴの〈パワー・プラント〉におけるロン・ハーディのような存在だったと、ダンスフロアを知らなかった多くの若者たちを惹きつけたという点においてなら、そのように喩えてもあながち大げさではないはずだ。
 90年代の日本には、ほかにも良いDJが何人もいたことは、当たり前の話である。究極的に言えば、良いDJとはそのひとにとっての良いDJであって、絶対的な司祭などいない。だから、彼らが日本で最高のテクノDJとは言わないが、ただし、こうは言えるだろう。おおよそ30年後の2024年の夏になっても、あの時代と同じようにリキッドルームを満員にし、DJプレイによって素晴らしいダンスのパーティを演出したと。安心したまえ。会場を埋めていたのは、もちろん、ぼくと同様、命がけの90年代世代もいたにはいた。が、おそらく多くは、ぼくたちが夜な夜なダンスしていた頃には、まだ生まれていないか赤ちゃんだったような人たちである。

 この夜の祝賀者たち、ファンキーな快楽主義たちに混じってぼくが会場に入ったのは、我が同世代人たちがパジャマに着替えているであろう、23時過ぎのことだった。フロアには、フミヤのターンテーブルから、ミックスされた “リコズ・ヘリー” のごろごろしたベースラインが響いていた。で、それから数十分後には “ステップ・トゥ・エンチャントメント” のリフだ。もうおわかりだろう、その夜のテーマが何だったのか。
 細かいことを言えば、あくまでレコード盤を使ってミックスするふたりのプレイを聴きながら、あらためて彼らの技術の高さ、アイデアの面白さ、などなどに感服した。プロ相手に言うのも失礼な話だが、PC一台でもDJができてしまう時代だからあえて強調しておきたい、ふたりとも圧倒的にうまい。
 彼らは、魅力的な音楽をかける黒子としてのDJであり、ミキシングの表現者だ。卓球が“ザ・ダンス”と“アイム・ア・ディスコ・ダンサー”をミックスしたときにフロアから聞こえた絶叫や大笑いは、グランドマスター・フラッシュから連なるDJイング(ターンテーブルによるサウンドコラージュ)に対するリアクションであり、また、我々が「アンセム」と言うところの、知っている曲がかかったことへの嬉しさの表れだ。こうした妙技が、ひとをフロアから離さないのである。だいたい、深夜の明け方までの音楽の旅は、何が起こるかわからないものだ。この夜もちょっとした事件があった。フミヤが“ソニック・デストロイヤー”のリフをカットインした瞬間、なんと田中宗一郎といっしょに踊り、絶叫することになるとは、いやはや、人生わからないものである。
 思わず笑いがこみ上げてくるとはまさにそれだ。いまさら言うのはためらわれるが、DJイングは、その手法にフォーカスすればポストモダンではある。が、それがポストモダン的な皮肉やスカした冷笑主義に陥らないのは、ターンテーブルとミキサーを使ったあの時代のDJが人前に出るには、ひたむきな修練が必要だったからだろう。トランス状態を誘発するには、それ相応の代償があったのだ。ダンスするほうだってそう。
 もっとも、ひと晩二杯までという個人的な基準値を優に超え、“アイ・フィール・ラヴ”で燃え尽きたぼくは明るくなる前に離脱したわけだが、午前6時過ぎの生存者たちにはご褒美の“アマゾン”が待っていたと、編集部コバヤシから翌々日に教えてもらった。良かった良かった。しかしほんとうに重要なのは、踊ること。イシュメール・リードの歴史捏造小説『マンボ・ジャンボ』のジェス・グルーに感染すること、あるいはジョージ・クリントンが言ったように、踊っていれば水のなかでも濡れないと、そういうことだ。なぜなら、ひとは音楽を感じて、サウンドの渦に巻き込まれながら踊るために集まっているのだから。そして、当然のことながら疲れて、やがては、明るくなったぼろぼろの街角へと放り出されて、いずれは現実へと戻っていく。ただそれだけのことなのだが、まこと不思議なことに、そのときのサウンドが長いときで一週間は頭のどこかで鳴り響いている。そういうものだったりもする。


ステージ後方では、AIを使ったVJで場にシュールな花を添える宇川直宏&REAL Rock DESIGNがいた。

Zach Bryan - ele-king

 ザック・ブライアンが2022年にリリースしたライヴ・アルバム『All My Homies Hate Ticketmaster(俺の地元仲間はみんなチケットマスターを嫌ってる)』は、ジョン・デンバーの“Take Me Home, Country Roads”のカヴァーから始まる。一音だけでアメリカの田舎の風景が浮かぶようなギターのイントロ、素朴なメロディ。それに応える割れんばかりの大合唱。田舎の道よ、故郷に連れて行ってくれ、帰るべき場所へと。ウェスト・ヴァージニアの母なる山。故郷へ連れて行ってくれ、田舎の道よ……。それは、そこに集まった人びとの心を繋ぎとめる歌として演奏される。アメリカの田舎町で、日々をどうにか暮らす人びとの歌として。続いてブライアン自身の楽曲“Open the Gate”が演奏されると、やはり大合唱が巻き起こる。

 軍隊に入る伝統を持つ家庭のもとで1996年に沖縄で生まれオクラホマで育ったザック・ブライアンは、情熱的な演奏と歌によって近年のカントリーの盛り上がりにおける新世代を代表するひとりだ。ビッグ・シーフやワクサハッチーのようにインディ/オルタナティヴ・ロックの側からカントリーにアプローチする例もあるが、ブライアンはもっと伝統的なカントリー・シーンに属していると言えるだろう。ただ、いまメインストリームでもっとも大きな存在となっているモーガン・ウォーレンなどに比べると音楽的にも存在的にオルタナティヴなところがあり、自分は前作『Zach Bryan』(2023年)を聴いて2000年代後半頃のザ・ナショナルみたいな管のアレンジがあるなと思っていたら、EP「Boys of Faith」(2023年)ではボン・イヴェールをゲストに呼んでいたので、そうした21世紀のUSインディ・ロックに影響されているところは明確にあるのだろう。何かと保守的と言われがちなカントリー・シーンに身を置きながら、シーン内のトランスフォビアを公然と批判していたりするのも存在としての新しさを感じさせる(ふわっとLGBTQの権利を支持すると言うのではなく、いまもっとも攻撃の対象になっているトランスジェンダーの権利をはっきりと主張していることが重要だ)。
 そうした意味でブライアンはクロスオーヴァーと評される向きもあるのだが、大きく言えば伝統に繋がる意思の強いミュージシャンではある。1950年代のホンキー・トンク、1970年代のアウトロー・カントリーを参照しつつ、躍動するカントリー・ロックとして演奏する。何よりも過去や先祖の意思を継承することを感じさせるのである。モチーフの多くは私的なもので、アルコール依存症を抱えて亡くなった母親、軍隊での経験やそれに対する引き裂かれた想い、故郷のオクラホマの風景やそこで生きる人びとに対する心情などを歌っており、そうした個人の悲しみや傷は必然的にカントリーが伝統的に描いてきた物語と重なっていく。『Zach Bryan』の2曲目“Overtime”のイントロでアメリカ国歌が引用されていたように、そして、ブライアンは自身の経験や感情をアメリカの一部として語るのだ。都会の「進歩的な」連中が見落としていた人びとの痛切な現実として。ヒットしたメジャー・デビュー作のタイトルは、『American Heartbreak(アメリカの傷心)』(2022年)だった。
 もうひとつ、ブライアンの音楽を説明するのに欠かせないのがハートランド・ロックだ。ルーツと自らを接続しながら中西部や南部の労働者の心情を表現してきたとされるハートランド・ロックはブルース・スプリングスティーンの『Born to Run』(1975年)によってブレイクスルーしたとされているが、ブライアンがスプリングスティーンとよく比較されるのは『The River』(1980年)~『Nebraska』(1982年)辺りのダークなアメリカの風景においてである。だから、そう、ブライアンが過去の先達から受け継ごうとするのは、繫栄した大国の片隅で取り残された者たちの想いを表明することだ。

 評価と人気がさらに高まるなかでリリースされた5作目『The Great American Bar Scene』は、大きく音楽性を変えることのない分、ザック・ブライアンらしいエモーショナルなカントリー・ロックが詰まったアルバムに仕上がっている。よく響くギター、弦、ハーモニカ。心のこもった歌唱。ジョン・メイヤーのようなスターとの共演曲もあるが、同郷のジョン・モアランドやカナダのノエリン・ホフマンら素晴らしい声を持ったシンガーとのデュエット曲こそがしみじみと染みる。それに、スプリングスティーンが“Sandpaper”で満を持して登場している……そのフォーキーに軽やかな一曲でスプリングスティーンがやや年老いた声で「俺はいまでも伐採工場にいる/きみが隠れられる屋根を作っているだけ」と歌えば、どうしたってこみあげてくるものがある。ブルージーな“American Nights”では、季節労働者がやって来ては去っていく町の風景が活写される。あるいはブライアンの歌の情感がはじめのピークに達するのは、叙情的なフィドルが感情的な昂ぶりを聴かせるカントリー・チューン“28”だろう。そこでは彼がたどり着いた愛が噛みしめられる。彼の歌には、人生で起こるひとつひとつのことを胸に深く刻もうとする意思が宿っている。フォーク・デュオのワッチハウスを迎えた“Pink Skies”から“Bathwater”の穏やかな終わり方も温かい。このアルバムではフォークとカントリーが分化しないものとして鳴らされている。
 たっぷりと19曲、情緒的な光景が次々に出現する一枚だ。2時間を超える長さの『American Heartbreak』をリリースしてからも毎年1時間前後の尺のアルバムを出し続けているブライアンは、批評家にもてはやされるような歴史的傑作を作るというよりは、とにかく次々に曲を出して、ハードな日程のツアーに繰り出すタイプのミュージシャンなのだろう。そんな風にして、庶民が音楽のもとに集まることのできる場所を都会以外の場所にも生み出しているのだ。

 豊かなアメリカから取りこぼされた人びとの心情を切実に掬いあげているとしてJ・D・ヴァンスの『ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち』が話題になったのが2016年。自分も邦訳を読んで感銘を受けたし、ロン・ハワードによる映画版も観た(映画の出来はあまりよくなかった)。そのヴァンスがトランプのイエスマンとして副大統領候補に選ばれている2024年、僕は大混乱の様相を見せる大統領選挙のニュースから離れて、ビヨンセのカントリー・アルバムを、ワクサハッチーの生命力に満ちた『Tigers Blood』を、あるいはザック・ブライアンのこのアルバムを聴く。カントリーはいま、アメリカの政治的な分裂から距離を取って、ひとりひとりの切り分けられない感情を捕まえようとしているから。そしてブライアンは、アメリカの田舎町のバーに集まった人びとを沸かせる音とともに、「湿っていて、暑い、アメリカの夜」を讃えている。

MADCHESTER - ele-king

 1988年から1992年までのUKインディ・ロックのディスク・ガイドとその概略を紹介する、横田勇司による『マッドチェスターの光芒: ニュー・オーダーからザ・ストーン・ロ ーゼズへ MADCHESTER 1988-1992』が刊行された。マンチェスターのみならずこの時代のUKのインディ・シーンを網羅した本で、リアルタイム世代には懐かしく、後追い世代には良き案内書になることだろう。かなりの情報量で、ジョニー・マーとグレアム・マッセイのこの本のための貴重なインタヴューが掲載されているのも嬉しい。レコ店か書店に行ってチェックしましょう。

著者: 横田勇司
書名:マッドチェスターの光芒: ニュー・オーダーからザ・ストーン・ロ ーゼズへ MADCHESTER 1988-1992
出版社: スローガン
ページ数: 368
ISBN: 978-4-909856-12-8
C コード: 0073
価格: ¥3,900+税【関連 T シャツ¥5,500+税、T シャツ付エディション ¥8,000+税も同時発売】
https://www.slogan.co.jp/madchester/

Actress - ele-king

 アクトレスの新譜『Statik』は、彼のこれまでのアルバムにあったディストピア=人間以降の世界観をより深化させたようなアルバムだった。廃墟に鳴るエレクトロニック・ミュージックとでもいうべきか。
 リリースは2014年の『Ghettoville』から2023年の『LXXXVIII』まで続いた〈Ninja Tune〉ではなく、ノルウェイ・オスロのレーベル〈Smalltown Supersound〉からである。〈Smalltownx Supersound〉は、すでに「老舗」といっても過言ではないレーベルだが、そのフレッシュなキュレーション・センスは常に健在であり、近年もケリー・リー・オーウェンス 、カルメン・ヴィラン、ベンディク・ギスケなどの印象深いアルバムを連発している。

 そんな〈Smalltown Supersound〉からアクトレスのアルバムが出ると知ったときは少々意外に感じたものだが、同時に実験的なエレクトロニック・ミュージックという側面からどこか共通項を感じたものだ。加えて何か新しい「変化」もあるのだろうかとも思った。実際、『Statik』は、これまでのアクトレスとはどこか異質なアルバムに仕上がっていたのである。
 では今までのアクトレスのサウンドと比べて、どこが違うのか。アクトレスの作品の中でも、もっともアンビエント色の強いアルバムだが、ときにビートもあるし、インダストリアルな音を組み合わせるサウンドのプロダクションも健在である。その意味で大きな差異はないといってもいい。鉄屑に雨が降り注ぐような、人間以降の世界を思わせるSF /ディストピアなムードも中期以降のアクトレスと大きく変化はない。が、「何か」が遠い。音が遠いのか。それとも感情が遠いのか。もしくは世界が遠いのか。何か世界から乖離されていくような感覚があるのだ。

 1曲目“Hell”からして環境音、かすかなノイズ、音楽のループ、断片的なビートなど、アンビエントともインダストリアルでもない複数の音の連鎖が、どこか「遠い」感覚を生成している。2曲目“Static”では不安定な持続音=ドローンが流れ始め、アンビエント色が強くなるが、しかし近年のアンビエントのようにエモーショナルになるわけでもなく、過度に静謐になるわけでもなく、フラットな音のまま終わる。
 最初の2曲はいわばアルバムのオープニングだろう。3曲目“My Ways”以降はミニマルな音楽性とビートによるトラックが展開されていく。盛り上がるわけでもなく、過剰に静謐になるわけでもなく、淡々としたエレクトロニック・ミュージックが展開されていくのだ。そのどこかフラットな感覚が心地よい。マシンの音とヒトの音の「中間状態」に鳴っているような音でも称すべきか。
 4曲目“Rainlines”では、チリチリとしたノイズに4つ打ちのキックとシンセリフが重なり、オーセンティックなテクノ・トラックかと思いきや、そのキックはすぐに途切れる。雨のようなノイズのみが続き、またキックが流れる。盛り上がりをあえて断絶するような構成でありながら、一定の感覚の音の持続=ノイズがあるおかけで、アンビエントとしても聴ける曲である。
 5曲目“Ray”では深海に潜るようなシンセのアルペジオが鳴り、そこにまた微かなノイズがレイヤーされる。遠くの方にベースラインが微かに聴こえる。やがてハイハットやヴォイス・サンプルも鳴るが、やはり盛り上がるというよりは一定のトーンが持続したまま曲は進行する。脱構築されたテクノとでも言いたくなるほどの不思議な曲だ。
 6曲目“Six”でも同じようなムードが継続する。控えめなビートに、空気のように微かなノイズがレイヤーされていく。7曲目“Cafe del Mars”は6分48秒ある曲で、アルバム中もっとも長い曲である。淡いシンセ鳴り、2分ほどしたところでハイハットやキック、ベースがなり始める。それらはやはり曖昧な空気を纏っており、強烈な音で踊らせるというよりは、感覚にゆっくりと浸透していくように鳴り続ける。
 8曲目“Dolphin Spray”でもミニマルなアルペジオにキック・スネアが絡むというシンプルなトラックだが、しかしそのムードもどこか曖昧で遠い。こんな感覚をエレクトロニック・ミュージックで感じるのは稀な事態だと思う。
 その「曖昧」で「遠い」ムードは9曲目“System Verse”でも持続する。YMO、もしくは70年末期のTVゲームの爆発音のような音にダブなムードのキックが折り重なるだけの曲だが、しかし、その音すべてを「地味」に「遠く」していることで、不可思議な感覚を生成しているように思えた。
 10曲目“Doves Over Atlantis”の酸性雨(古い表現だがどうもこういういい方がしっくりくる)が降り注ぐようなアンビエント/ドローンはまさに本作のクライマックスに相応しいといえる。スタティックなクライマックスとでいうべきかラストの11曲目“Mellow Checx”はサウンドにほんの少しの明るさ、微かに光がさしてくるような質感のアンビエントを展開する。いわばエンディング曲といえよう。ここでも少しずつ遠ざかっていくような感覚が広がっていく。いずれにせよこのアルバムの音には「心」が「無」になっていくような感覚がある。だがそれが不思議と心地よい。

 全11曲。それぞれの曲としてはヴァリエーションに富んでいるが、アルバム全体としてはどこか薄暗いトーンで統一されている。かといって過度にダークというわけでもなく、何か単純に一言で言い表せない曖昧なムードが横溢する。それが冒頭に記した「遠い」という感覚に結びつくのかもしれない。
 いってみればかつて「人」がいた場所、つまりは「廃墟」に対する安らぎに近いとでもいうべきか。希望も絶望もない時間として廃墟。われわれはそのような時間にどこか安らぎを覚えてしまう。アクトレスの『Statik』は、そんな感覚を思い出せてくれるアルバムなのだ(繰り返すが音自体は聴きやすいエレクトロニック・ミュージックである。決して極度に難解な音楽ではないことを何度も書いておきたい)。

 2020年の『Karma & Desire』と2023年の『LXXXVIII』は、どこか21世紀のディストピア的な観光地に鳴るサウンドトラックのように聴こえたが、本作『Statik』は、その世界を反転させたような場所に鳴る音に感じられた。
 言葉を変えれば『Statik』は「失われた未来を希求したヴェイパーウェイヴの失われた未来」のようなサウンドのようにも感じられたのである。出発点は同じだが終着点が違うヴェイパーウェイヴとでもいうべきか。煌びやかな仮想のビジュアルを剥いだ後に見える現実の廃墟に鳴るサウンドトラック。
 本作を聴き終わったあとに『Hazyville』(2008)や『Splazsh』(2010)を聴くと、随分と「遠い」場所に来てしまったような気がする。無にして美。美にして無。いわば「鉄屑」に満ちた廃墟世界への慈愛のような音楽が鳴っている。
 だがそれは間違いなく今ここ、この現在地点の音なのだ。2012年に『R.I.P』というアルバムを発表してからアクトレスは、いわば世界を漂うエーテルのように、その不定形な姿を変化し続けている。本作はそんな彼による世界の現在報告書のようなアルバムなのかもしれない。

Mica Levi - ele-king

 去る7月10日、ミカチュー名義でも知られる音楽家、ミカ・リーヴィが12分ある新曲 “slob air” をリリースしている。これまで自身の作品はむろんのこと、ティルザなどのプロデュース、種々のサウンドトラック制作など幅広く活躍、UKのアンガーグラウンド・ミュージックを支えてきたキイパースンのひとりが20周年を迎えた〈Hyperdub〉と契約を交わしたことは、ちょっとした事件といえよう。続報に注目です。

High Llamas - ele-king

 相変らずショーン・オヘイガンが作る音楽は、誰にも似ていない。
 2003年の『Beat,Maize & Corn』においてショーン本人の言葉で、「じゃがいもの袋は変わったけれど、それでも中に入っているのはじゃがいもだ」とあったが、この変化に対しての冗談めいた意志表明(タイトルを訳すと『甜菜、とうもろこし、そして穀物』となる)は、『Hey Panda』を聴くと予言として機能していたのではないかとさえ思えてくる。いや、もちろん変わり続けてきたのがハイラマズで、90年代の初期ハイラマズから、98年『Cold and Bouncy』、99年『Snowbug』、2000年『Buzzle Bee』あたりのエレクトロニックに影響を受けたサウンドはわかりやすく変化として捉えることができたし、雰囲気はどこか初期に戻りつつも明らかにポップスとしての画角を押し広げた『Beat, Maize & Corn』、2006年『Can Cladders』、2011年『Talahomi Way』は、変化を感じさせる間もなく、驚くほど自然な形でリスナーをラマズの世界に引き込んだ。レコード屋のソフト・ロックのコーナーで偶然発見した『Hawaii』に衝撃を受け、初めてのリアルタイム・ラマズは『Talahomi Way』だった自分も、遡るにあたってエレクトロニックに影響を受けたアルバムに多少のハードルを感じた薄い記憶ならある。でも「これほどまでにハイ・ラマズの音楽に焦点を当て直したものはない」というのは事実だろう。問題作というインフォメーションにも頷ける。

 散々語られている通り、現行 R&B やヒップホップからインスピレーションを得たということも、仮にハイラマズの作品だと知らずに聴いたとして、これはハイラマズだろうということも、一聴してわかる。今作にも参加しているフライヤーズ、レイ・モリス、ボニー“プリンス”ビリーとの仕事や、ロックダウン中に家の中で子供たちが聴いていたというSZAやソランジュ、ノーネーム、スティーヴ・レイシー、エズラ・コレクティヴ等々から影響を受けたそうだ。2000年代に感銘を受けたというJ Dillaへの思いが時を経て伏流水のように湧き上がったロマンもある。
 第一印象は、サブベースやトラップぽいビート、オートチューンに多少の驚きを感じつつも、ラマズらしいストリングスやピアノ、シンセの響きに耳を傾けると鳴らしっぱなしにされているというよりは細かい単位で配置されながら曲が展開されていくことに気付いてくる。たしかに新しい魅力だと感じた。それでいて、全然煽られる瞬間がなくて、むしろ展開に対してとても豊かな時間の流れがアルバム全体に通底している印象を受けた。BPMがゆったりなこともあるが、現行のプロダクションを抑制をよく効かせながら深く取り込みつつ、やはりハイラマズのポップスとして聴かせるショーンの手腕は流石であるということまではわかった。「僕は、毎日巨大なニンジンを食べるパンダのTikTokファンとして、ロックダウンと回復を過ごした。とても幸せだった。」となんとも言えない安堵感を誘うコメントから察するに、ロックダウンの束の間の豊かな時間も反映されていそうと思ってしまうが、深読みだろうか。

 ところで、この機会でハイラマズを久しぶりに聴きなおしてみると、よく覚えていることに自分自身驚いた。アウトロで次の曲のイントロが脳裏に浮かぶあれだ。思っていたよりもよく聴いたのだろう。いまよりも時間の流れがゆっくりだったのかもしれない。ハイラマズ以降そういうアルバムが何枚あるだろうか。わざわざレコードで買った新譜の何枚を2回以上聴いただろうか。問題作は自分自身だった。
 レーベル〈Drag City〉のインスタグラムには、「現代のポップ・ミュージックの魅惑的な錬金術で幕を開けた『Hey Panda』は、定義が時間とともにどのように変化するかを多角的なレベルで反映した素晴らしい曲集です。喜びを広げ、自信をかき立てることを目的としたアルバムで、若くて勇敢な世界へのラヴレターです」とあった。リスナーもまた時間と共に、楽しみながらラマズの変化を感じていけばよいというか、そうするしかないというか、なんとも楽観的で核を突くメッセージを受け取りました。
 いや、アルバムは相変わらずのポップ・センスを充分に湛えていて、これからの季節にぴったりだと思うし、素直に飛び込んでくる作品だとも思います。ただ、偏屈な僕にはありがたい棘が少し残りました。ラスト・トラック“La Masse”は南米の香りが感じられる(個人的にはエドワルド・マテオを想起した)必ず救われるキラーチューンだし、アウトロのらしいコーラスワークからのフェイドアウトは、まだまだハイラマズは続くという暗示を感じます。レコードは買う。

Kinnara : Desi La - ele-king

 最近はアリス・コルトレーンアンドレ3000ミルフォード・グレイヴスのレヴューなど、ele-kingに寄稿している在日のアフリカ系アメリカ人アーティストのKinnara : Desi Laが7月23日夕方以降のみの高円寺にてイベントを開催します。音楽だけではなく、彼のアート、テクノロジー、ファッションも展示され、販売されます。ぜひ足を運んでみてください。デジさんは日本語も流暢なので、話しかけてましょう。

 3Dメディアアーティスト / エレクトロニックミュージシャン / グラフィックデザイナーであるKinnara : Desi Laが、7月23日午後5時から10時まで、東京・高円寺のAMP CAFE(https://ampcafe.jp/)でSPHERE OBJEKTSポップアップを開催します。これはアート、テクノロジー、音楽、ファッションが融合した一夜限りの特別なイベントであり、Kinnara : Desi Laにとって6年ぶりのポップアップとなります。

 SPHERE OBJEKTSは、もともと2021年にメタバースのNFTとして構想され、複雑な3D建築庭園オブジェクトの革新的なシリーズであり、キメラのようにきらめきます。各オブジェクトは、仏教の黄金、環境瞑想、自然と金属の建築融合の小宇宙です。いくつかのSphere Objektsは、銀座で開催された人気のShinwa Digital Art Week 2022で初めて展示されました。現在、このシリーズはさらに多くのオブジェクト、空間3Dゲーム、そしてユニークなオーディオ体験へと大幅に拡大しています。

 このテクノロジー満載のマルチメディアの夜には、イベント限定で入手可能な新しいカセットリリース、遊べる空間ARビジュアル、Desi LaのBeautiful Machine衣料品ブランドの新商品、そしてDesi Laの最新オーデイオビジュアルパフォーマンスSPHERE OBJEKTSを初めて体験する機会が提供されます。地元で人気のVloqeeがDJサポートを務めます。

Cornelius - ele-king

 これを待っていた。コーネリアスによるアンビエントをフィーチャーした作品集である。昨今は日本のロック・ミュージシャンがアンビエントに挑むケースも見受けられるようになったけれど、もともと少なめの音数で特異かつ高度な音響を構築してきたコーネリアスだ。相性が悪かろうはずもなく、凡庸の罠にからめとられることもありえない。

 布石はあった。ひとりの音楽家として大きな曲がり角を迎えたあとの、重要な1枚。影と光、そのいずれをも表現した復帰作『夢中夢 -Dream In Dream-』は、全体としては彼のルーツを再確認させるようなギター・サウンドに彩られていたわけだけれど、終盤には穏やかなインストゥルメンタル曲が配置されていたのだった。アルバム・タイトルと関連深い曲名を授けられ、アルバム中もっとも長い尺を与えられた “霧中夢”。それは、ここ10年くらいの欧米のアンビエント/ニューエイジの動きにたいする、コーネリアスからの応答だった。じっさい、リリース時のインタヴューで彼はジョゼフ・シャバソンや〈Leaving〉、ケイトリン・アウレリア・スミスといったエレクトロニック・ミュージックを聴いていたことを明かしている。近年断片的に発表してきたアンビエント寄りの楽曲のコレクションたる『Ethereal Essence』は、だから、出るべくして出た作品といえよう。
 もちろん、彼がアンビエントへと関心を向けはじめたのは最近のことではない。独自の音響に到達した『Point』の制作時、小山田はよくアンビエントを聴いていたという(当時のお気に入りはザ・KLFイーノだったそうだ)。たしかに、『Point』や『Sensuous』などに収録された一部のエレクトロニカは、こんにちの多様化したアンビエントの観点から眺めれば、そうタグづけされたとしてもなんら不思議はない。『夢中夢』の軸が原点を振り返ることにあったのだとしたら、今回は長年にわたるそうした関心を集約、一気に解放してみせた作品と位置づけられる。

 アンビエント寄りといってもノンビートの曲ばかりで埋めつくされているわけではない。ザ・ドゥルッティ・コラムを想起させる “Sketch For Spring” はしかしサマーでもウィンターでもなく、過ぎ去った春の陽気をありありと思い出させてくれる。湿気に圧殺されそうないまこそ聴くのにぴったりの曲だけど、波のごとくギターが左右に揺れ動く “Melting Moment” もおなじタイプの心地よさを提供してくれている。
 中盤の “サウナ好きすぎ、より深く” や最後の坂本龍一のカヴァー “Thatness And Thereness” のようなヴォーカル入りの曲はいいアクセントになっていて、本作がたんなる寄せ集めではなく、構成の練られたひとつの作品であることを示している。音響上の冒険としては、リンゴをかじるような音を水中音のように聴かせる “Forbidden Apple” がベストだろうか。
 異色なのは、谷川俊太郎の詩の朗読を電子音でトレースする “ここ” だ。この曲だけはまったり聴き流すことができなくて、どうしてもコーネリアスが「ここ(=アンビエント)こそがいまの自分の居場所だ」と主張しているように思えてしまう。もしかしたらぼくたちはいま、新しい──そして初めから大きな──アンビエント作家の誕生の瞬間を目のあたりにしているのかもしれない。

 コーネリアスのようにすでにみずからの音楽性を確立しているアーティストがアンビエントの世界に参入していくことの意味は小さくない。音楽家のなかには「アンビエントなんてだれでもつくれる」と考えているひともいる。パンデミック以降アンビエントのリリースが増え、玉石混交の念を抱くリスナーがいることはうなずけるけれど、そうした軽視や狂騒めいた状況にコーネリアスは、その質とオリジナリティでもって一石を投じているのではないか。
 だから、いつかコーネリアスによる、すべて新曲の本格的なアンビエント・アルバムが登場する。いろんなアイディアが詰めこまれたこの『Ethereal Essence』を聴いてそう確信した。これはきっとその助走なのだ。

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