「S」と一致するもの

Schoolboy Q - ele-king

「ギャングスター・ラップは社会の写し鏡だ……(中略)その地元や社会で何が起こっているかを映し出すカメラなのさ」
(テック・ナイン/『ギャングスター・ラップの歴史 スクーリー・Dからケンドリック・ラマーまで』ソーレン・ベイカー著/塚田桂子訳・解説 DU BOOKS)

 現代のように現実が複雑化すれば、とうぜんその現実の写し鏡とされる音楽も複雑化してしかるべきである。そうあってほしい。けれども、ポップ産業は単純化をも好む。それによって利益を生む。
 世のなかは、複雑化した現実を、手元にあるそれなりにリベラルな価値観や美意識、あるいは政治意識で都合よく腑分けして単純化した表現や解説にあふれている。もしくは政治的、思想的、民族的なステレオタイプの、政治的正しさに基づいた相対化をこころみる“反体制風体制プロパカンダ”の映画やドラマなどのエンタメの洪水である。
 私たちはそれらのエンタメ産業にのみこまれながら、まるで自分の意識が更新されて賢くなった気になって溜飲を下げている。まったくの欺瞞だ。それが資本主義社会におけるポップ・カルチャー受容というものだ、そんなに目くじらを立てることじゃないと開き直ってしまえば、話はそれまでだが。

 ただし、冒頭に引用した、「ラップはゲトーのCNN」(チャック・D)と同様の社会反映論のラップ解釈の文句そのものも使い古されてはいる。だから、それが当事者の弁だったとしても、私はこの引用の書き出しにためらいがないわけではない(テック・ナインに罪はない)。
 ラップだってずいぶんと脚色した“リアル”を売り出してきたし、ゲトー・リアリズムへの過剰な幻想は弊害にもなり得る。いや、より正確に書けば、ゲトーやフッドの過酷な物語やある種の暴力性を政治的正しさへの逆張りとして、自分のロジックのためにロマンティックにとらえてしまうことへの警戒心がある。これは猜疑心の強い自分の話だが、その手の陳腐な二項対立もまた巷にあふれている。
 しかし、である。それでも、誕生から35年以上を経たギャングスタ・ラップという資本主義の鬼っ子であるヒップホップのサブジャンルの優れた作品には、私の知るかぎり、日米問わず、さかしらな欺瞞を暴き出そうとする知性(ストリート・ワイズ)と蛮勇があるものだ(舐達麻を思い出してみてもいい)。
 LAのサウス・セントラルで育った、1986年生まれのスクールボーイ・Qの6枚めのアルバムは、そういった意味において、最新のすばらしいギャングスタ・ラップである。

 ケンドリック・ラマーの盟友でもある彼は、フッドやアメリカ社会を生きることで抱くさまざまな感情またそれらの表出のあり方の、多義的かつ微妙なニュアンスを、多彩なサンプリングや引用による映画的な構成や洒落の効いたサウンドで音楽化したヒップホップ・アルバムを作り上げた。
 ギル・スコット=ヘロンやザ・ワッツ・プロフェッツ、日本のシンガーソングライターの長谷川きよし、あるいはジョン・コルトレーンやヒップホップ世代にもお馴染みのギタリスト、デヴィッド・T・ウォーカーの楽曲(PUNPEEも使っていた曲だ)などのサンプリングは聴き手を楽しませてくれる。
 本国のアメリカでも高い評価を受けていて、3枚めの『Oxymoron』(2014)と4枚めの『Blank Face』(2016)でグラミーの最優秀ラップ・アルバム賞に2度ノミネートされたラッパーのキャリア史上の最高傑作という声もある。

 そんな本作には数多くのプロデューサーやライターが関わっている。なかでも、マッドリブが立ち上げたレーベルのライブラリー・ミュージック・シリーズからアルバムを出したプロデューサー/アレンジャー、マリオ・ルシアーノ、トップ・ドッグ・エンターテインメント(TDE)のプロデューサー・チーム、デジ+フォニックスの一員、テイ・ビースト、ロック・ネイションのJ.LBSの3人がキーパーソンではないか。
 あまりにもスウィートでソウルフルであるために、逆説的に不吉な予感を演出する挿入歌や劇伴をおもわせる“Funny Guy”(たとえば、あまりにショッキングな描写に賛否両論を呼んだ、背筋も凍てつく人種主義ホラーのドラマ『ゼム』を連想する。舞台はLAのコンプトン)からラッパーのリコ・ナスティを客演に迎え、Nワードとポップという単語を交互に連発する攻撃的なその名も“Pop”、そしてジュリアス・ブロッキントンの牧歌的なサイケ・ソウルをもちいた前半から一転、プロジェクト・パットの曲を引用したダーティ・サウスめいた中盤になだれこむ“THank God 4 Me”へ。
 このめくるめく冒頭の3曲を聴いて、本作が現実の複雑さに向きあったうえでその複雑さを楽曲構造そのものに変換しようと試みた、一筋縄ではいかないユニークかつ挑戦的な作品ではないかと感じたのだ。

 いみじくも、Qにインタヴューした『ローリング・ストーン』のライター、Mankaprr Contehは本作を「エッジの効いた成熟したアートハウス・ラップ」と評した。
 じっさい“青い唇”というタイトルからして風刺が効いている。その定義を、Qは「ショックを受ける。言葉を失う。恥ずかしくなる」という言葉で端的に説明している。もちろん青は、彼がかつて所属していたギャングのクリップスのカラーでもある。
 このタイトルについてインタヴュアーの彼女がさらに問うと、ゴルフにのめりこみ、CMにも抜擢されたQは次のような苦々しい体験を具体例として挙げている。「ゴルフのコマーシャルをやっていて、『よお、グリルを入れろよ』って言われるんだ。アジア人に『箸を持ってこい』とか言ったらどうなる? わかるだろ? 『グリルを入れろ。ちゃんと黒くしろ』ってことだ。何だと?」
 「ユーモア自体がどこから来るか、その秘密の源泉は喜びではなく悲しみである」とは、アメリカのポップ・カルチャーの歴史を描いた大著『ヒップ』の著者、ジョン・リーランドの言葉だが、Qがラップで巧みに表現する辛辣なアイロニーや毒気のあるユーモアは、アメリカで黒人として生きることで直面せざるを得ない、あまりにも理不尽ではらわたも煮えくり返る、恐怖を伴った体験が源泉にあることは想像に難くない。

 言うまでもなく、フッドでの経験も表現の源泉だ。Qは、本作の自身のベストの曲として、ピアノとストリングスと語りかけるようなフロウが織り成すムーディーなジャズ・ポエトリー風の“Blueslides”を挙げている。この曲にかんしては、故・マック・ミラーのデビュー・アルバム『Blue Slide Park』に因んだ、ミラーに捧げた曲という解釈も広まっているが、本人は前述したインタヴューではっきりと強く否定している。
 「マック・ミラーを利用したくない(ミラーはピッツバーグ出身だが、LAに住んでいた)」「ドラッグで4人の仲間を失ったから、彼ら全員について話したんだ。 “仲間を失った”というのは、“仲間たちを失った ”というのとは響きが違う」、そう述べている。
 さらに、この曲では、「俺たちは利益をひとびとと分けあう」と仲間との助けあいを歌う一方で、「俺はたくさんのひとびとを助けてきたが、ヤツらはそんな俺のことを当然だととらえた」と、成功とそのことで仲間とのあいだに生まれる摩擦といったキレイゴトだけではすまされないフッドの実情を、勇気をもって伝えている。こうしたフッドとリプリゼント(代弁)の緊張関係の率直な表明は、ある意味では“フッド神話”の解体と聴くこともできる。

 他にもユニークな曲がある。たとえば、強烈なキック、通り過ぎるサイレン、ガラスの割れる音、そしてタイトルが暗示するように、警察=Pigへの抵抗を荒々しく示す“Pig Feet”、TDEのラッパー、アブ・ソウルをむかえ、公民権運動やブラック・パワーを背景に黒人の誇り、抵抗、社会的平等を力強くうったえたザ・ワッツ・プロフェッツのポエトリー“Dem Ni**ers Ain't Playing”(1971)を冒頭で引用し、ビートはフリースタイル・フェローシップのラッパー、P.E.A.C.E.がドラムンベースに接近したころの楽曲を彷彿とさせる“Foux”。
 そして、Qとフレディ・ギブスがジョン・コルトレーンのあまりにも美しい“NAIMA”のフレーズと併走しながらラップする“Ohio”が最高だ。20代前半の私が4ヒーローのリミックスでコルトレーンのこの名曲を知り、あの美しい叙情に得も言われぬ感動をおぼえ、出会ったことのなかった自分のなかのナイーヴさや傷つきやすさを発見したように、この曲のサンプリングを通して、この崇高なジャズに強く感化される人がいるであろうことを想像すると羨ましく思う。

 『BLUE LIPS』は現実の複雑さを単純化せずに音楽化しようとしたと感じられるし、その点では、難解ではないものの、わかりやすくもない。しかし、だからこそ誠実で、実験的で、何よりかっこいいヒップホップ・アルバムだ。残念ながら、LAのフッドに縁などなく、英語にも堪能ではない私にとって、Qの高度なアイロニーとラップ、ストリート・ワイズの理解には限界がある。
 それでも、彼がラップと音で伝えようとする、ドラッグと仲間たち(homeboys)の死、成功と裏切り、厳しい労働倫理の追求、その一方で酒やドラッグに溺れる怠惰、または退廃と快楽と自己啓発、富と貧困──そうした複雑にからみあったのっぴきならない諸問題は、幸か不幸か、若いころにアメリカのラップを聴いていたときより切実に感じることができてしまうのだ。

Pet Shop Boys - ele-king

 この数年、ペット・ショップ・ボーイズ(以下PSB)の存在の大きさを噛みしめることが多い。タイトルからしてPSBの初期の名曲を引用し、ロンドンのエイズ禍の時代におけるクィア・コミュニティの苦境を描いたドラマ『IT’S A SIN』(2021)では当時青春を送ったゲイたちが共有できるポップスとして象徴的に使われていたし、アンドリュー・ヘイ監督作で山田太一の小説を原作とした映画『異人たち』(2023)においても、1980年代のゲイ・ミュージシャンによるシンセ・ポップがいかにクローゼットのティーンエイジャーのゲイの心を慰めるものだったかを示すものとして引かれていたように思う。それは80年代、「わたしたち」が何者かを確認し合うための合言葉のようなものだったと。だから、デビュー40周年のベスト・ヒッツ・ツアーの模様を収めたライヴ映画『ペット・ショップ・ボーイズ・ドリームワールド THE GREATEST HITS LIVE AT THE ROYAL ARENA COPENHAGEN』を観ていると、観客席で笑いながら歌い踊る大勢の中高年ゲイが映し出されていて、僕は涙せずにいられなかった。みんな、いろんな時代を乗り越えてここに集まったんだね……と。
 そのライヴ映画のなかで、ニール・テナントが“Domino Dancing”(1988年リリース)を「昔、友人と(ゲームの)ドミノをプレイしたときに着想を得た曲だよ」とだけ紹介していて、おや、と思った。50代のゲイの先輩から、「この曲はエイズでゲイがどんどん死んでいくことを、ドミノ倒しのダンスに暗喩したものなんだよ」と聞いたことがあったからだ。調べてみても諸説あって真偽のほどはわからないのだが、あの時代、多くのゲイ・ポップスが逃れようもなくHIV/エイズ、そして死と結びついたものとして受け取られていたことはたしかだ。PSBは当時ゲイであることを公言はせずに、様々なゲイネスを彼らのシンセ・ポップに織り交ぜていた。だから2024年にPSBのグレイテスト・ヒッツを聴くということは、ゲイ・ヒストリーを回顧することでもある。
 あるいは映画『異人たち』は、主人公のゲイの中年が死んだ両親の幽霊に再会するという物語なのだが、そこでは幼い頃にできなかった両親へのカミングアウトを「やり直す」ことが重要なものとして描かれる。母親は80年代で価値観が止まっているために典型的な偏見をはじめはぶつけてしまうのだが、彼女なりにゆっくりと息子のセクシュアリティを受容していき、その後、PSBの“Always on My Mind”(1972年リリース、もとはソウル歌手グウェン・マクレエの楽曲)を口ずさむ場面がある。彼女はそれをゲイのミュージシャンによる歌だと知っていただろうか? PSBのポップスはポップスであるがゆえに、価値観に拠らず多くのひとが口ずさめるものだったのだ。

 『Nonetheless』はPSBにとって15枚目のオリジナル・アルバムであり、前作まで続いていたスチュアート・プライスのプロデュースがジェームズ・フォードに変わったというのはあるが、根本的には何も変わっていないPSB印のシンセ・ポップ作だ。フワフワしたテナントの歌が乗るダンス・ポップがあり、華麗なストリングスが飾るセンチメンタルなバラッドがあり、相変わらずダンスと魅力的な男の子について歌っている。自分が70歳近くなってダンスと男の子のことを考えているか想像できないのだが、それはテナント個人の情動というよりPSBのポップスの型として守られているようなところがある。今回のアルバムはゴージャスなオーケストラが入ったキャッチーなダンス・ナンバー“Loneliness”のような曲と、メランコリックなシンセ・バラッド“A New Bohemia”のような曲のバランスがいいというのがもっぱらの評判だが、それは「新作」でもベスト・ヒッツのようなことをしているとも取れる。思い切り80年代風のシンセ・ファンクに彼ららしい甘ったるいメロディが乗る“Bullet for Narcissus”は懐かしくて笑ってしまう。
 ただ、80年代のゲイ・カルチャーのように、決死の覚悟で暗示せねばならないものはもうあまり存在しないだろう。だからPSBは先駆者として歴史を提示している。テナントのグラム時代の青春を回顧する“New London Boy”で彼は“West End Girls”(1985年リリース)風の無機質なラップで「スキンヘッズがからかい、カマ野郎と言うだろう」とラップする。それは彼個人の記憶であり、しかし彼だけのものではない。ゲイ・ヒストリーの一部なのだ。テナントはこの曲のはじめ、「ぼくは誰だろう?/ぼくはどうなるのだろう?/秘密を明かすために、どこかに行かなければならないのは知ってる/ここから出ていかないといけなくなるまで、長くはかからないだろう/そしてぼく自身が考え出した人生を生きるんだ/まあ、すでにかなり奇妙(クィア)だけどね」とフワフワ歌う。僕はやっぱり少し泣いてしまう。
 つねにどこか切なさや憂鬱を抱えたPSBのダンス・ポップがいまどきのクィアの若者たちに響くかどうかは僕にはわからないが、時代が変わり人権的な価値観が前進したとしても、それぞれの個人が抱えるものはそれほど変わらないのかもしれない、とも思う。アンドリュー・ヘイは本作の楽曲のミュージック・ヴィデオを監督したという。そうして世代を超えて続いていくものがあるのだ。『Nonetheless』はそして、ときにはオスカー・ワイルドの時代にまで遡りながら、わたしたちがいつでも帰ることができる場所としてのポップスをいまも用意するのである。

『オールド・フォックス 11歳の選択』 - ele-king

 いまの日本はどこも雰囲気が悪い。それは「努力が報われる社会」から「才能が活かされる社会」に変化したいという要請が行き渡り、その気になっている人が多数いるにもかかわらず才能が認められるプロセスがいつまでも不透明なので、着地点が見つからない人たちの焦りやイライラがあちこちに充満しているからだろう。1989年の台湾を舞台にリャオ・ジエ(バイ・ルンイン)が『オールドフォックス 11歳の選択』で直面する事態も努力以外の価値観があることに気づいたことが端緒となり、11歳の少年が経験するにはあまりに過酷な社会の諸相がむき出しとなっていく。感情表現すらまだ覚束ない少年を中心としながらも登場人物の多い群像劇は勝ち組と負け組のどちらにも肩入れせずに粛々と進行するため、周囲の人々に影響を与えるリャオ・ジエの焦りやイライラは映画を観る者にもダイレクトに貼り付いてくる。どこか突き放したような演出は前期フェリーニを思わせるアトモスフィアを醸し出し、行ったことがないのに郷愁を掻き立てる街の景観や「美人のお姉さん」と呼ばれて「まあ、嬉しいわ」と返す軽口など俗に呑み込まれない俗という意味でもフェリーニの名前はどうしても挙げたくなる(実際にはシャオ・ヤーチュエン監督はホウ・シャオシェンの弟子で、台湾ニューシネマの代表とされたシャオシェンは報道された通りアルツハイマーにコロナの後遺症が重なって引退を発表し、『オールドフォックス 11歳の選択』が最後のプロデュース作となる)。

 同作は台湾でバブル経済が弾け、多くの人々が苦境に追い込まれた時期を背景としている。実話がベースになっているそうで、導入からしばらくは誰1人として孤立したものがいない温かなコミュニティの描写が続く。異なる階級の人間が出会う場所として高級レストランが設定され、分断どころか、適切なコミュニケーションの頻度が多様な人間関係を成立させていることもなかなかに印象深い。ここにあるような人間と人間の距離感は80年代の日本もしくは東京にはすでに存在していなかったもので、若い人が観れば『三丁目の夕日』などを思い出すのかもしれない。冒頭から赤い服を着た女性が1人夜道を歩いている。その場の雰囲気に合っているとは思えない鮮やかな服の色は「夜道で暴漢に襲われる」というフラグにしか思えなかったものの、実際には彼女は地域の家賃を集金して回り、その街と距離があるどころか、資本主義的には効率が悪いと思うほどあちこちで会話の花を咲かせていく。家賃も「取り立てる」というような雰囲気からはほど遠く、『闇金ウシジマくん』の見過ぎで荒んだ心には部屋を借りている者と貸している者がお互いに尊厳をもって接しているとしか見えない温かさをもたらしてくれる。リャオ・ジエは家賃を集めに来たリン(ユージェニー・リウ)からいつものようにおやつをもらい、また同じお菓子だという顔をする。リンはその後も風邪をひいたリャオ親子の面倒を看るなど、家主の代理人という立場からは大きく逸脱した行動をとり続ける(後にわかることだけれど、明らかにそれは無償の行為で、「無償の行為」と注釈をつけて解説しなければいけない日本の現状にも違和感を覚えてしまう)。ジエはまた、平日の午後には父のリャオ・タイライ(リウ・グァンティン)が働くレストランの片隅で宿題のノートを広げ、従業員たちは何かと彼に余った食べ物をくれる。ジエは地域の人たちから可愛がられ、とても大事にされている。

 悪い予感のかけらもなかったムードに初めてバッド・サインが点灯する。リャオ・ジエは学校の帰りに同じ年頃の悪ガキにいじめられ、同年代の子どもたちとは必ずしもいい関係でないことが示唆される。リャオ親子が住むアパートの一階でラーメン屋を営むリー夫婦は戒厳令が解かれたことで歯止めが効かなくなった投資ブームにのって大きな儲けを出し、同時に不動産価格が跳ね上がり、店舗のなかにはしばらくすると立ち退きを迫られる職種も出てくる。ジエは亡くなった母親がやろうとしていた理髪店を自らの手で開くという夢を持ち、父のタイライにはあと3年で開業資金が貯まると告げられる。一方で、タイライの弟の結婚式で会った叔父も株で大金を手にしていて、それを理髪店の開業資金に回してくれると聞いたジエは3年も待てないと思い、自分でも株をやりたいと思い始める。そんなある日、ジエは雨の日に屋台の横で雨宿りをしていると高級車で近寄ってきた家主のシャ(アキオ・チェン)に家まで送ってやると言われて車に乗り込む。シャは知らない人の車に乗ってしまうジエに少し呆れ、街でジエを見かけると車に乗せては勝ち組になる心構えを教えて聞かせる——他人の気持ちを思いやるな。そんなことをする人間は負け組にしかなれないと。

 作風はいわゆるネオレアリズモ。これにジエの母親が生きていて理髪店を営んでいるシーンが空想として差し挟まれ、もうひとつ、ゴミの廃棄所でジエが転ぶと、ゴミの山の上にシャが立っているシーンはあまりに不自然で、ありえない場面ではないものの、さすがに作為的といえ、社会の底辺で2人が繋がっていることを象徴的に示す目的が強かったと思われる。そして、誰のことも助けるつもりがないシャがジエだけを目にかけるのは過去の自分をジエに重ねているからだと告げ、利益を度外視した売買の契約を彼は承諾する。それは自分への憐れみであり、かつての自分がして欲しいことをジエにしてあげたという代替行為に相当する。シャはジエに売ってやると告げた物件に足を運ぶと約束を翻さざるを得ない事態に遭遇して日本語で怒鳴り、そのまま子ども時代の回想へと場面は切り替わる。シャは日本語で「部屋を貸して!」と何人もの家主に向かって訴えている。他人を思いやるなというシャの考え方は台湾を占領していた日本人が彼に冷たくしたことで芽生えたものだったということがそこからは汲み取れる。日本人の顔は1人として映し出されず、日本人の表現には人格を伴っていないことが強く印象に残る。

 シャの向こうには日本人が見え、それは台湾にとっての父性という意味を持っているのだろう。ジエにはそして、3人の母がいる。亡くなった母と代理母性であるリン、そして父親のタイライもここで果たしている役割は母性に近い。リャオ・ジエは11歳にして社会に抑圧されていることに矛盾を感じ、父と同じ生き方をしていたのでは、一生、底辺暮らしが続くと考える。(以下、ネタバレ)シャはある情報をジエに教え、それをもってジエは自分をいじめる悪ガキどもにリヴェンジを果たす。「情報」が人生を大きく左右すると知ったジエはよく考えずにリンに関する情報をシャに伝える。結果、いつも自分に優しくしてくれたリンはシャに殴られ、顔に大きな痣ができる。ジエにとっては父性が母性を傷つける場面を自らが招いたことになる。ジエはこのことをどう受け止めたのか。それは33年後に彼が建築設計士として働く様子からそれぞれが考えるというつくりになっている。ジエは富裕層の家を設計し、山の中腹に建てられた豪邸を緑で覆い尽くし、そこに家があることもわからなくしてしまうのがいいのではないかと提案する。発注主は戸惑い、少し考えさせてくれと悩む。ジエは父のタイライからカッターの刃をむき出しで捨てずにダンボールで包んでから捨てるという「気遣い」を受け継いでおり、豪邸を緑で覆い隠すというジエの提案はまるで富裕層の存在を視界から消してしまい、そうすることで他の人たちの心を落ち着かせようとしているかに思えてくる。かつての理髪店を開くというジエの望みは亡き母への執着と捉えることが可能で、他人が住む家を設計するという仕事にモチヴェーションを変形させた彼は、家を建てることによって母性の必要性を人に伝え続けていると考えられる。一方で、タイライの初恋の相手でもあるヤン・ジュンメイを門脇麦が演じており、彼女もまた夫に痣がつくほど顔を殴られる。シングル・ファーザーを中心とした物語のなかで2人も女性が殴られるというのは女性に恨みがあるか、それとも男性にも母性は備わっていて、この社会に女性は必ずしも必要ではないというステートメントにさえ思えてくる。「母」は過剰に慕われるけれど「女性」は殴られる。それとも男性は女性を殴る生き物だということを強調したいだけなのだろうか。女性に対する両義性はやはりフェリーニに通じるものがあり、それはそのまま中国本土に対する感情を表しているのかもしれない。そして、今日、中国からの独立派である頼清徳が新たな新総統に就任した。

全レゲエ・ファン必読

全世界に影響を与えた彼は、
いったいどんな人物で、
どんな人生を歩んだのか、
ダブ・マスターの謎に包まれた生涯が
いま明らかになる……

*未公開写真多数

キング・タビーはラスタではなかった。彼はマリファナも吸わなかった。ジャマイカから一歩も外に出ず、人生の大半をキングストンの狭い域内で送った。そんな彼の人生は、主要なふたつの “共鳴箱” を介して地球の果てにまで “エコー” のように反響している。そのふたつとは、キングストンのウォーターハウス地区と、サウンド・システムの文化的叙事詩だ。彼のジャマイカ人としてのメンタリティが、彼のエスプリを、芸術を、プロジェクトを形作った。ダブはローカルな囃子であり、それが最終的に全世界を揺るがすことになったのだ。(本書より)

四六判/480頁+別丁24頁

目次

イントロダクション

第1章 ゼイ・コール・イット・マーダー(1989)
第2章 ウォーターハウス
第3章 シャーロック・クレセント
第4章 たっぷりのダブ(ダブ・ガロァ)
第5章 《MCI》とビッグ・ノブ
第6章 タブスとフライヤーズ(1973-1975)
第7章 アリーナに死す(1975)
第8章 キング&プリンスィーズ
第9章 ディジタル・テンポ(1984-1989)
第10章 レコードの送り溝(リード・アウト・スパイラル)

ダブワイズ・セレクション
訳者あとがき

ティボー・エレンガルト(Thibault Ehrengardt)
フランスのレゲエ専門誌『ナッティ・ドレッド』の元編集長。現在は〈DREAD Editions〉の代表。ジャマイカには25回ほど訪れており、レゲエとジャマイカに関する本も数冊執筆している。

鈴木孝弥(すずき・こうや)
1966年生まれ。音楽ライター、翻訳家(仏・英)。主な著書・監著書に『REGGAE definitive』(Pヴァイン、2021年)、ディスク・ガイド&クロニクル・シリーズ『ルーツ・ロック・レゲエ』(シンコー・ミュージック、2002/2004年)、『定本リー “スクラッチ” ペリー』(リットーミュージック、2005年)など。翻訳書にボリス・ヴィアン『ボリス・ヴィアンのジャズ入門』(シンコー・ミュージック、2009年)、フランソワ・ダンベルトン『セルジュ・ゲンズブール バンド・デシネで読むその人生と女たち』(DU BOOKS、2016年)、パノニカ・ドゥ・コーニグズウォーター『ジャズ・ミュージシャン3つの願い』(スペースシャワーネットワーク、2009年)、アレクサンドル・グロンドー『レゲエ・アンバサダーズ 現代のロッカーズ』(DU BOOKS、2017年)、ステファン・ジェルクン『超プロテスト・ミュージック・ガイド』(Pヴァイン、2018年)、ジョン・F・スウェッド『宇宙こそ帰る場所――新訳サン・ラー伝』ほか多数。

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interview with I.JORDAN - ele-king

クラブ・ミュージックは労働者階級から生まれたものだから、そういう街にいたことが自分に影響を与えているんだと思う。

 ハウスかと思えばテクノへ、テクノかと思えばトランスへ、トランスかと思えばハーフ・テンポのビートへ、あるいはジャングル~ハードコア、ガラージ、フットワーク、ポップスへ。紙一重でグルーヴを保持しつつもDJセットのなかで絶えずジャンルを横断するようなプレイングはクラブ・ミュージックのスタンダード・スタイルとすら言い切れる。特定のジャンルやスタイルへと身を捧ぐ美学も依然としてクラブ・カルチャーに欠かせない重要な要素のひとつだけれど、私たちの普段のリスニング態度というのはもっと気ままに、さまざまなサウンドやビートをコラージュするようなものであることは間違いないし、その自由さをクラブに持ち込むということはごく自然な動きでもあるだろう。

 そして、多くの若い人びとがクラブ・ミュージックを横断的に聴く、ということを強く意識したのはコロナ禍の、あのクラブの扉に鍵がかかってしまった時期のことではないだろうか? ホーム・リスニングを強いられた時代を経て、私たちは配信プログラムやウェブ上のDJミックス、動画コンテンツ、あるいはストリーミング・サーヴィスに星の数ほど広がるプレイリストの数々を絶えず渡り歩いてきた。その蓄積はけっして無意味なものではなかったし、むしろダンス・ミュージック受容の可能性を拡張したのではないか、とも考えられる。そんな感覚を(時代の要請とは無関係に)持ち合わせているアーティストたちに、いま光が当たりはじめている気配がする。

 今回インタヴューをおこなった〈Ninja Tune〉所属のアイ・ジョーダンもそのひとりだろう。北イングランドの郊外、労働者の街ドンカスターで生まれ育ち、現在はロンドンを拠点とするノンバイナリーのアーティストだ。階級差別と静かに闘いつつ、物心がつくころから変わらないピュアな音楽愛をもとに多彩なジャンルを横断するプレイヤーで、約10年にわたるアンダーグラウンドでのDJ活動を経て、2019年以降〈Local Action〉からシングルをリリース、2020年にはヒット曲 “For You” を送り出している。のちにコラボするフレッド・アゲイン同様、パンデミック時代が生んだプロデューサーと言えるだろう。その後〈Ninja Tune〉と契約、21年の “Watch Out!” であらためてその存在感を見せつけたアイ・ジョーダンの、ファースト・アルバムがついに完成した。現在流行のトランシーな感覚を維持しつつも、さまざまなスタイルに挑むこの新星にUKダンス・ミュージックの現在地を訊く。

音楽業界には労働者階級の人はあまりいないから、成功するために自分の訛りをなるべく消すように努めてきたけど、歳を重ねたいまは自分がどこから来たのかってことにプライドを持てるようになったし、出自への感謝も湧いてきたんだ。

いまはロンドンが拠点なんですよね。育ったドンカスターという街はどんなところですか?

IJ:ドンカスターが日本でよく知られてないのは、そんなに素敵なところじゃないからかな(笑)。基本的には労働者階級の街で、わたしが好きな音楽のシーンはなかった。だから16歳のときにドンカスターを出たんだけど、あそこは自分にインスピレーションを与えてくれる場所でもあったんだ。クラブ・ミュージックは労働者階級から生まれたものだから、そういう街にいたことが自分に影響を与えているんだと思う。ドンカスターはベースラインが生まれたシェフィールドとそう遠くないしね。ドンカスター・ウェアハウスっていうヴェニューがあるんだけど、そこは90年代初頭のUKレイヴやハードコア・テクノのパーティにとって重要な場所だった。

労働者階級であるということは、音楽をやるうえでもご自身にとって大きいですか?

IJ:そうだね。イギリスっていうのはすごく階級意識の高い国で、たとえば自分にはヨークシャーや北イングランドあたりの訛りがあるんだけど、そうした要素から、その人の階級をすぐに判断されてしまうような風土があって。わたしは、そういったものと闘ってきたところもあるかな。音楽業界には労働者階級の人はあまりいないから、成功するために自分の訛りをなるべく消すように努めてきたけど、歳を重ねたいまは自分がどこから来たのかってことにプライドを持てるようになったし、出自への感謝も湧いてきたんだ。ただ、自分は労働者階級のダンス・ミュージックをつくっているし、そうしたものに影響を受けてはいるんだけど、やっぱり音楽をつくるにはお金も練習するための時間も必要で、でも労働者階級だとそうした余裕は持てない。実際、自分の家族のなかでドンカスターを出たのはわたしだけだしね。もちろん、音楽の道に進んでいったのも。

最初に音楽を聴くようになったのはいつごろで、どういうものに惹かれていましたか?

IJ:人生をとおしてずっと音楽に影響を受けつづけてるよ。最初にギターを手にしたのが3歳ぐらいのころで、母がジョージ・マイケルやプリンス、フィル・コリンズ、シンプリー・レッドとか、そういう音楽を聴いていたから影響を受けたかな。10歳のころには本格的にギターを練習するようになって、そのときはロックに夢中だった。16歳ごろから徐々にダンス・ミュージックに興味を持つようになって、トランスやミニストリー・オブ・サウンド、イビザ的なサウンドを聴くようになったんだ。そのあともっとハードな音を求めてペンデュラムやハッピー・ハードコア、ドラムンベースなんかを聴くようになった20歳ごろからDJをはじめて、テクノ、ハウス、ドラムンベース、ガラージ、そういったものをプレイするようになっていった。

ノスタルジアというか、郷愁のようなものをトランスに感じとっている人が多いんじゃないかな。

あなたの音楽の特徴のひとつに、トランシーな感覚があります。いまトランスが流行しているのはなぜだと思いますか?

IJ:UKだけじゃなく、いまヨーロッパ全体でトランス・ミュージックが流行っていると思う。とくに90年代から00年代初頭のサウンド、ユーロ・ダンスのようなトランスがね。わたしもその時期の音楽には影響を受けていて、デビューEPの「DNT STP MY LV」にもトランスを入れてる。トランスの浮遊感や多幸感に触れる体験が好きだから、自分もつくってるんだ。そして、いまはトランスと同時にテクノ・エディットしたものがブームになっていて、たとえば自分もつくった曲を違うヴァージョンでテクノ・エディットにしたりしてる。全体的にノスタルジアというか、郷愁のようなものをトランスに感じとっている人が多いんじゃないかな。

現在トランスを受容している層はおそらくリアルタイム世代ではないですよね。

IJ:当時流行ってたトランスは聴いてたよ。7歳ぐらいのころに(笑)。労働者階級の住む街、とくに北イングランドだと、子どものころからダンス・ミュージックに触れる機会がすごく多いんだ。昔は中古のトランスのコンピレーション・アルバムなんかが簡単に、安く手に入りやすかったし、海賊盤もたくさん売ってたから。

UKではいまやはりレイヴも勢いがあるのでしょうか。

IJ:レイヴやクラブはすごく流行っていると思う。というか、それらはイギリスの一部だから、流行りつづけていると言ったほうがいいかな。とくにコロナ以降はこういったものをみんなすごくありがたがっていると思うし。

スクウォット式のレイヴもいまだ根強い?

IJ:いまでもフリー・パーティやスクウォット・レイヴはけっこうあるよ。とくに夏場は野外でおこなわれるものが多くて、たとえばロンドンのハックニー・マーシーズって公園だと、昼も夜もそういったパーティをやってるかな。

あなたが躍進していったのはコロナ禍のタイミングでしたが、トランスやレイヴといったカルチャーが盛り上がるようになったのは、やはりパンデミックの影響だと思いますか?

IJ:そうだと思う。パンデミックがあったことで音楽の聴き方や音楽への向き合い方が人びとの間で大きく変わっていったと思うけど、パンデミックが終わって友だちと一緒にクラブで音楽を聴けるようになったことを祝うムードはすごく大きくなったと思う。同時に、ダンス・ミュージックというものが違った方向でも聴かれるようになったと思ってる。クラブが閉鎖されているからこそ、その枠を飛び越えるようなダンス・ミュージックの新たな可能性をロックダウンが示してくれたんじゃないかな。

ちょうどパンデミックの起こった2020年に、あなたの代表曲ともいえる “For You” がリリースされました。2023年の現時点から振り返ってみたとき、どういう印象を抱きますか?

IJ:3年経って、この曲のことを考えることはよくあるけど、いまクラブではプレイしてないかな。今回の東京や上海は初めてプレイする場所だったから今回はかけたけどね(註:取材は昨年12月、来日公演のタイミングでおこなわれた)。3年間で自分は大きく成長できたと思うし、そのなかでこの曲はたくさんプレイしてきたから。いまは “For You” のことを誇りに思っているよ。

当時流行ってたトランスは聴いてたよ。7歳ぐらいのころに(笑)。労働者階級の住む街、とくに北イングランドだと、子どものころからダンス・ミュージックに触れる機会がすごく多いんだ。

〈Local Action〉のあと、〈Ninja Tune〉と契約に至った経緯を教えてください。

IJ:“For You” をリリースしたあとオファーをもらって、2枚のEPと1枚のアルバムを出すという内容の契約を結んだんだ。〈Ninja Tune〉はすごくいいレーベルで、できれば条件を達成したあとも契約を更新していきたいなと思ってるよ。

移籍した2021年にEP「Watch Out!」をリリースしていますが、それまで以上にハードコアなブレイクビーツが披露されている印象を受けました。

IJ:いや、そういうわけではなくて、わたしはハードコアなサウンドをずっとつくりつづけているつもりなんだ。「Watch Out!」には2曲ぐらいハードコアが入っているけど、ディスコ・エディットのハウス・トラックがあったりするし。ハードコア・テクノは自分の一部だから、その時期はとくに熱中してつくってたかな。いまは少し変わってきてて、テクノやトランスを中心につくるようになった。アーティストとして、いろんなプロダクションにアプローチしていきたい気持ちが強くて、たとえばアルバムはテクノやトランスもあるし、ガラージや実験的な要素も含まれている。なるべく多くのジャンルを横断的につくっていきたいと思ってる。

ふだんの制作において、なにかコンセプトを考えたうえでつくることはありますか?

IJ:EPや曲単体にかんしては内省的で自分自身を見つめ直すようなものが多いんだけど、明確なコンセプトはないかな。ただ、やっぱりアルバムを制作するとなると客観的な視点やコンセプトが必要になってくるから、ある程度ぼんやりとは考えている。

現在制作中のアルバムはどのような内容になっているのか、教えてください。

IJ:このアルバムは、自分の人生のなかでいちばん重要なプロジェクトで、誇りに思える大切な作品になった。わたしの尊敬するアーティストや友人たちともたくさんコラボレーションしていて、UKのクラブ・ミュージックをベースにエクスペリメンタルやハウス、トランス、ドンク、ガラージのような多彩な方向性を持つ音楽が混ざりあった内容で。それぞれ違ったセッティングや環境でも楽しんで聴いてもらえるアルバムだと思うよ。

Sisso - ele-king

 ロシアのウクライナ侵攻を一貫して支持しているチェチェン共和国は先月、子どもたちの未来のために音楽のテンポに制限を加え、BPM80以下もしくは116以上の音楽を取締りの対象にすると発表した。イスラム教というのは突拍子もなくて何を制限するのか予想もつかないけれど、どうしてまたそんなことを思いついちゃうのかなあ。ロック=西洋とか、ゲイに厳しい風土なのでディスコやハウスを規制したいというのはわかるとして、BPM80以下というのはダブとかスクリュードにも政府が脅威を感じたということなのか。だとしたらそれはそれでスゴい気もするし、BPM80~116というとほとんどのヒップホップはOKなので、チェチェンの未来はヒップホップ一色になっていくのかなとか。いずれにしろこれでチェチェンの子どもたちは〝フィガロの結婚〟や〝ナイトクルージング〟は聞けないことになり(クイーン〝We Will Rock You〟はぎりセーフ)、ましてやタンザニアのシンゲリである。2010年代後半にインド洋に面したダルエスサラーム州キノンドーニで火がつき、タンザニア全土で人気となったシンゲリはBPM170なら遅いほうで、ウィキペディアによると200から300がアヴェレージだとされている。300だと半分でとっても116以下にはならないし、そもそも「半分でとってます」と言っても警察には通じないだろうし……それ以前に警察官たちはBPMを理解できるのか? 逮捕する時はストップウォッチで測りながら?

 ウガンダの〈Nyege Nyege Tapes〉がタンザニアのシンゲリをまとめて紹介した『Sounds Of Sisso』が早くも7年前。シンゲリは当初からBPMの早さが話題で、伝統的なンゴマや外国の影響を受けたタアラブと呼ばれる祭りの音楽から派生し、ジュークやフットワークとも同時代性を感じさせる音楽へと発展する(伝統的な祭りとの結びつきが強いせいか、同じくウィキによると男は高速ラップで女はコーラスとジェンダーが分かれる傾向があるらしい)。『Sounds Of Sisso』はそれなりの話題を呼んだものの、同作がつくられたスタジオの所有主であり、中心人物の1人と目されるシッソことモハメド・ハムザ・アリーが翌19年にリリースしたソロ・アルバム『Mateso』は一本調子であまりいい出来とは言えず、シンゲリにフラップコアと呼ばれるフレンチ・ブレイクコアを掛け合わせたジェイ・ミッタの方が(14歳のMCを起用していたこともあって)僕の仲間うちでは面白がられていた。シッソとジェイ・ミッタは同じ年、さらにベルリンからエラースミス、グラスゴーからザ・モダーン・インスティチュート(=ゴールデン・ティーチャー)を迎え入れて共作アルバムをリリースし、翌20年にライアン・トレイナーが同地で受けた刺激を『File Under UK Metaplasm』にまとめたり、『Sounds Of Sisso』の続編で〈Pamoja Records〉の音源を集めた『Sounds of Pamoja』やDJトラヴェラといった若手の台頭が相次ぐものの、折からのパンデミックに出鼻をくじかれたか、同じクラブ系ミニマルでもベースに重きを置いた南アのゴムに較べるとそれほど大きく裾野を広げた印象はない。強いていえばタンザニア内でさらにBPMを早め、ハードコア化していくことになる。

 そして『Mateso』から5年。シッソは大きな成長を遂げていた。音楽性がまずは格段に豊かとなり、曲の構成だけでなく一本調子だったアルバム全体の構成も複雑になって、質素どころか実にゴージャスな『Singeli Ya Maajabu』の完成である。シンゲリといえば高速ラップだけれど、前作同様ここでもMCは入れず、躁状態のパーカッシヴ・サウンドをメインとしたインストゥルメンタル・アルバムに仕上げられている。オープニングはオルガンを連打し、テリー・ライリーがタコ踊りを踊っているような高速トロピカルの〝Kivinje〟。続く〝Kazi Ipo〟もパッセージの早いパーカッションに対して様々なスピードで挟まれるSEが幾重にもレイヤーされ、リズム以外に追いかける要素が多いことがとても楽しいBPM186。部分的には〝ウイリアムテル序曲〟などを思わせるため、DFCクラシックのレックス名義〝Guglielmo Tell〟なんか思い出したりして(つーか、これでもBPM155なのね)。前作の『Mateso』でもシャンガーンを思い出す場面は何回かあったけれど、〝Chuma〟はまさにマルカム・マクラーレンなどが遠くに聞こえ、アルバム全体にその感触は広がっている。〝Uhondo〟は比較的過去のハードコアに回帰したようなモノリズム調で、涼しい鉦の音から始まる〝Kiboko〟は一転してコノノ Nº1などのヘヴィな早回しヴァージョン。そう、00年代初頭にアフリカのオルタナティヴ・サウンドと呼ばれたコノノNº1やスタッフ・ベンダ・ビリリに比べてシンゲリはおそろしいほどヘヴィで、ベースは入ってないのにボトムの重量感がまったく違うところは明確に時代の差といえる。どこか食品まつりに通じる〝Timua〟からインタールードとして奇妙な女性コーラスをメインにした〝Mangwale〟が挿入されるあたり、リズムで押せ押せだった前作からは考えられない構成の妙で(笑)、ポリリズムを強調した〝Rusha〟はリズムがまさにごった煮で気がつくとリズムの迷子になりかける(こういう曲は5年か10年後にもう一度聴くのが楽しみです)。TGにシンゲリをやらせたらこうなるかなと思う〝Jimwage〟から水の音をループさせたり、エレクトロアコースティックを無理やりダンスフロアに引っ張り出したような〝Mizuka〟。メリハリを効かせた〝Jimwage〟に対してミニマルに徹した〝Njopeka〟はヤン富田を高速ブレイクビーツ化したようなもので、このあたりがアルバムのクライマックスをなしている。DJトラヴェラのレイヴ趣味にアンサーを返した〝Shida〟はとにかくウネウネとシンセがくねり、冒頭の〝Kivinje〟や〝Kazi Ipo〟に戻った〝Zakwao〟と、最後まで高速で突っ走る〝Ganzi〟で「見たことのない景色」は幕を閉じていく。シンゲリがどうというより、シッソがスゴいですよ、これは。僕はレコード・レビューの文章に「進化」というワードを使ったことがないけれど、これは確実に「深化」だといいたい。とはいえ、いまはBPM80以下の音楽が聴きたいかも……

interview with Anatole Muster - ele-king

 ジャズの世界でも最近はZ世代の活躍が目立ってきており、ドミ&JDベックのデビュー・アルバム『Not Tight』(2022年)はグラミー賞にもノミネートされた。若干22歳のアナトール・マイスターもそうしたZ世代のひとりだ。スイス出身で現在はロンドンを拠点に活動する彼は、ジャズの世界では珍しいアコーディオン奏者で、またプロデューサーとして自身でトラックや作品制作もおこなう。彼が影響を受けたハービー・ハンコック、ジョージ・デューク、パット・メセニー・グループ、リターン・トゥ・フォーエヴァーなど1970年代から1980年代にかけてのエレクトリック・ジャズやフュージョンのマナー、そして現在暮らすロンドンのジャズ・シーンやトム・ミッシュedblなどから発せられる新しいUKサウンド、さらにUS西海岸のルイス・コールサンダーキャットキーファーなどのクロスオーヴァーなジャズが融合し、それを幼少期から親しんできたアコーディオンを交えて表現しているのがアナトール・マイスターのサウンドである。

 2020年にファーストEP「Outlook」でデビューし、エモーショナルなメロディやエレガントなタッチのプレイで高い評価を受けたアナトール・マイスターは、テニソン、キーファー、ルイス・コールといったアーティストたちとのコラボレーションも実現させ、スイスやブラジルでおこなわれたモントルー・ジャズ・フェスティヴァルにも出演し、ロサンゼルスやロンドンでも公演を成功させるなど、現在注目のアーティストへとステップを上がっていった。そして、2024年4月に待望のファースト・アルバム『Wonderful Now』をリリース。ルイス・コールをはじめ、サンフランシスコのビートメイカー/ピアニストのテレマクス、SNSで爆発的な人気を誇る女性シンガーのジュリアナ・チャヘイド、南アフリカで絶大な支持を集めるポップ・バンドのビーテンバーグのM・フィールドといった多彩なゲストをフィーチャーし、エレクトリック・ジャズやフュージョンをベースに、ダンサブルなビートやハイパーなポップ・サウンドを取り入れた2024年の最新型ジャズ・アルバムとなっている。

僕がずっと演奏してきた楽器と、聴いてきた音楽が自然と結びついたプロダクションをやって、気づいたらジャズのアコーディオン・プレイヤーになっていたよ。

あなたのプロフィールから伺います。スイス生まれとのことですが、音楽とはどのように出会い、どんな音楽を聴いて育っていったのですか? 子どもの頃はバルカン民謡やアイルランド民謡、ジプシー音楽などを聴いていたと伺っているのですが、スイス特有の音楽も聴いていたのでしょうか?

アナトール・マスター(以下AM):ヨーロッパ各地の伝統的な民謡をたくさん聴いて育ったよ。他にもクラシックもよく聴いていた。僕の親はクラシックのミュージシャンであり、民謡も大好きだったんだ。他にはタンゴやボサノヴァとかかな。スイスの伝統民謡はあまり聴かなかったかも。理由はわからないけど、僕の周りにはあんまりスイスの民謡を聴いたり、演奏したりする人はいなかったんだよね。

ティーンエイジャーの頃に父親のレコード・コレクションを通じてジャズと出会い、ハービー・ハンコック、ジョージ・デューク、スパイロ・ジャイロ、カシオペアなどおもに1980年代のフュージョン系のサウンドを聴いていたそうですね。ほかにもアラン・ホールズワース、パット・メセニー、ライル・メイズなどが好きだったそうですが、こうしたジャズ/フュージョンのどのようなところに惹かれ、影響を受けるようになったのですか?

AM:父親の古いレコード・コレクションを見つける前は、YouTubeとかでフューチャー・ベースやチルホップのようなエレクトロニック・ミュージックにハマっていて、そこからの流れで同じくYouTubeでよりジャジーなアーティストであるリド、テニソン、メダシン、ロボタキ、トム・ミッシュ、ケイトラナダ、パーティ・パピルスとかを聴くようになったんだ。そこから偶然僕の父親のレコード・コレクションを見つけて、ハービー・ハンコックやジョージ・デュークのようなエレクトロニック・ジャズやフュージョンを自然と聴くようになったんだよね。似たような音楽をすでに聴いていたからスッと入ってきたよ。このときにはすでにエレクトロニックなビートメイクをしていたんだけど、ハービーとか1970年代、1980年代の音楽をより多く聴くようになって、それらから影響を受けてハーモニーやグルーヴを意識するようになった。だからいままで聴いたいろいろな音楽をミックスして自分の音楽にしているつもりだよ。

いま話に上がったテニソンはじめ、サム・ジェライトリー、ノウワーなど現在のエレクトリックなサウンドにも興味を持つようになったそうですが、たとえばハービー・ハンコックなどもそうしたサウンドの元祖と言えるところもあるので、ジャズとそうしたエレクトロニック・ミュージックはあなたの中で自然に結びついていったのでしょうか?

AM:とても自然に結びついたね。むしろ、僕はエレクトロニック・ミュージックの要素が入ってないジャズをあまり聴かないかも。

あなたが演奏するアコーディオンやバンドネオンは、アストル・ピアソラはじめアルゼンチン・タンゴの世界で有名で、またジプシー音楽やシャンソンなどでもよく用いられる楽器です。一方、ジャズの分野ではあまり使われない楽器で、アメリカ出身だがヨーロッパで人気を博したアート・ヴァンダムや、フランスのリシャール・ガリアーノなどが有名ではあるものの、プレイヤーは多くはありません。最近はポルトガルのジョアン・バラータスなど若い演奏家も出てきているようですが、あなたはなぜこの楽器を選んだのですか? おじさんの影響で8歳の頃から演奏していると聞きますが。

AM:僕が小さい頃にアコーディオンという楽器を選んだのは、僕のおじの音楽が大好きだったからだね。彼はアコーディオンの演奏家で、プロデューサーであり作曲家なんだ。10代のはじめまでアコーディオンの演奏を続けて、そこからエレクトロニック系統の音楽にハマっていって、最終的にジャズにたどり着いたんだ。僕がずっと演奏してきた楽器と、聴いてきた音楽が自然と結びついたプロダクションをやって、気づいたらジャズのアコーディオン・プレイヤーになっていたよ。

アコーディオンをプレイするのが好きであると同時に、ジャズ/フュージョンとエレクトロニック・ジャズが本当に好きっていう感情があり、それらが混ざりあっただけなんだ。他のことはできる気がしないし、これをやるしかなかったって感じかな。

アコーディオン奏者として影響を受けたアーティスト、好きな作品などを教えてください。

AM:パーソナルに普段聴いている音楽で、アコーディオンが入ってる曲を探すのは結構大変なんだけど、ミシェル・ピポキーニャとメストリーニョの “Baião Chuvoso”、アドリアン・フェローとヴィンセント・ペイラーニの “Marie-Ael”、エディット・ピアフの “L’Accordéoniste”、ペタル・ラルチェフの “Krivo Horo”、アストル・ピアソラの “La Casita de Mis Vjejos” とかがお気に入り。アコーディオニストでいうと、ペタル・ラルチェフ、ヴィンセント・ペイラーニ、メストリーニョが大好きで、彼らはアコーディオンという楽器の可能性を大きく広げてくれたアーティストたちなんだ!

バーゼルの音楽学校でアコーディオン演奏を習うと同時に、作曲や音楽理論も学び、アコーディオンの即興演奏など技術も身につけていきます。そして、現在はロンドンのロイヤル・アカデミー音楽院でジャズを勉強中とのことですが、進学のためにロンドンへ移住したのですか? また、ロンドンに来てから音楽に対する取り組みや環境で変わったことはありますか?

AM:ロンドンに引っ越した一番の理由は活発的な音楽シーンがあるからだね。スイスに住んでいるときもロンドンのシーンで何が起きていたのかをチェックしていたよ。ここに引っ越してこれてハッピーだし、成果もたくさんあったね。たくさんの素晴らしい友人を作れたし、とても大事なコネクションも得ることができた。ロンドンのシーンと上手くやっていると思うよ。

2020年に初めてのEP「Outlook」を発表し、モントルー・ジャズ・フェスに出演したり、テニソン、キーファー、ルイス・コールなどさまざまなアーティストと共演するなど、プロのミュージシャンとして活動するようになったのもロンドンに来てからですか?

AM:「Outlook」でテニソンやキーファーとコラボしたときは、両方ともロックダウンしていた時期で、とにかくその時期は僕にとってクリエイティヴなことに熱中できる時期だった。多くのミュージシャンが僕と同じように家から出られずにいたから、普段以上にコラボレーションするには最適な時期だったと思う。だからこのアドヴァンテージを活かすことに決めて、多くのプロダクションをはじめたよ。 ルイス・コールと初めて会ったのは僕がロンドンに引っ越してきてからの話で、それから多くのヤバイことが起きていった。リオで開催された モントルー・ジャズ・フェスティヴァルに呼ばれたのもそのうちのひとつだね。

ロンドンにはジャズのシーンがあり、世界的にも注目を集めているわけですが、あなた自身はそこと交流を持っていますか?

AM:そうだね! 僕もロンドンのジャズ・シーンの一員として役に立てるように頑張っているよ。幸運なことに世界的に活躍しているミュージシャンと一緒にプレイできている。多くのジャム・セッションをおこなうことで、たくさんのミュージシャンと繋がりを持てるし、音楽的なアイデアの交換もできているよ。

どちらかと言えばクラシカルなイメージの強いアコーディオンという楽器を、ジャズの中でも新しい試みをおこなうフュージョンやエレクトリックなサウンドと結びつけるアイデアはどのように生まれてのですか? アコーディオンの伝統的な奏者とは明らかに異なることをやっているのですが。

AM:アイデアを思いついたというよりは、アコーディオンをプレイするのが好きであると同時に、ジャズ/フュージョンとエレクトロニック・ジャズが本当に好きっていう感情があり、それらが混ざりあっただけなんだ。他のことはできる気がしないし、これをやるしかなかったって感じかな。ラッキーだったのは、僕はプレイヤーとしてだけではなく、プロダクションにも関わっていたので、自分の好きなことをひとつのアイデアとしてまとめあげることができたって感じかな。

クラブ・ミュージックの世界では、2000年代にフランスからゴタン・プロジェクトが登場し、タンゴや古いジャズ、ラテン音楽やアコーディオン・サウンドとエレクトロニクスを融合したユニークなサウンドで注目を集めました。彼らはアストル・ピアソラやガトー・バルビエリなどもカヴァーしていたのですが、聴いたことはありますか?

AM:このユニットは聴いたことなかったから、いま聴いてみたけど、めちゃくちゃ良いね! 似たような音楽を聴いたことがなかったよ! レコメンドありがとう!

普段の音楽制作はどのようにおこなっていますか? アコーディオン演奏はもちろんですが、あなた自身でビートメイクをしているのでしょうか?

AM:そうだね、僕は作曲、アレンジ、演奏、プロダクション、ミキシングまで全部ひと通り自分でやっているよ。コラボレーションのパートとマスタリングだけ他の人にお願いしている感じかな。僕のアルバムはラップトップで作ったんだ。マイクでヴォーカルを録音したり、MIDIのキーボードを使ったりはする。アコーディオンに関しては僕の持ってるアコーディオン・マイクを使っているね。ラップトップだけでなんでもできちゃう世の中に感謝しちゃうよ!

ラップトップだけでなんでもできちゃう世の中に感謝しちゃうよ!

ファースト・アルバム『Wonderful Now』について伺います。あなたにとって初めての声明とも言えるこのアルバムですが、どのようなアイデアやコンセプトがあり、どのようにして生まれたのですか?

AM:『Wonderful Now』は僕の音楽のアイデンティティを探す旅を閉じ込めたものだね。幼い頃からエレクトロニック・ミュージックが好きで、それと同時にジャズ/フュージョンに強い繋がりを感じはじめた。ロンドンでジャズの勉強をはじめたとき、ジャズ/フュージョンがトレンド的なモノだとは全く感じていなかったので、孤独を感じていたし、ときには自分の音楽をどういう方向性で作りたいのか迷走してしまった時期もあって、そのときは音楽の楽しみ方すら忘れてしまっていたよ。だから自分のルーツに一度戻ってみて、昔よく聴いていたフューチャー・ベースやディープ・ハウスのような音楽を制作して、そうしたときに感じた興奮を取り戻したんだ。それでいつの間にかプレッシャーは消えて、また音楽を作ることが楽しめるようになった。それでいままで作ってきた音楽の中にゆっくりとジャズが僕の音楽性として染み渡っていき、新しい道を開いてくれたんだ。それが、新しさのある音楽に生まれ変わって『Wonderful Now』という誇らしい作品を作ることができたよ。さっきも言ったけど、ほとんど僕のラップトップの中で制作された作品だね。もちろん素晴らしいミュージシャンとのコラボレーションも混じっているけど。

ルイス・コールのほかは新進のミュージシャンが多く参加していて、サンフランシスコや南アフリカなど、世界各地に人脈が広がっています。SNSで話題になっているような人もいて、そうしたネットを通じて広がった人脈かなと思うのですが、どのようにしてゲスト・ミュージシャンを集めたのですか? また、身近なロンドンや出身地のスイスではなく、少し離れた場所の人たちとネットを介して繋がっているのがいまっぽいなという印象です。彼らとはデータのやりとりなどオン・ラインで音楽を制作したのですか?

AM:ほとんどのミュージシャンとはネット上で出会ったね! レオ・マイケル・バードは学校の友だちなんだけど、他のミュージシャンに関しては僕がInstagramやSpotifyで見つけた人なんだ。いまではほとんどの人と直接会って、仲良くなったよ。例えば、M・フィールドはここ2年間に最もSpotifyで聴いたアーティストのひとりで、彼にインスタのDMで僕がどれだけ彼の音楽が好きなのかを伝えて、「僕の曲で歌ってくれないかな?」とダメ元で連絡してみたら、返事が帰ってきてね! 彼もいまはロンドンに住んでるから、一緒に曲を作ったり、フリスビーをして遊んだり、ホット・チョコレート作って飲んだり、一緒にライヴで演奏するようになったね。遠くに住んでいるアーティストはだいたい自分のパートをデータで送ってきて、それを僕がミックスして形にしているよ。

ルイス・コールのノウワーとも共通するのですが、アルバム全体の印象としては非常にポップなサウンドになっていると思います。シンガーをフィーチャーしているのもノウアーと同様のアプローチですし、実際に今回のアルバムにも参加するルイス・コールからの影響が大きいのでしょうか? 彼と共演するサンダーキャットなども影響を与えているのかなとも思いますが。

AM:もちろん! ルイス・コールとノウワーからはいつも凄くインスパイアされてるよ。僕が音楽制作をスタートした頃から彼らの音楽が好きで、どうやったらあのようなサウンドを作れるか知りたかったくらいだ。サンダーキャットもずっとファンだね!

かつてのリターン・トゥ・フォーエヴァーのように、ジャズという音楽をロックやポップ・ミュージックとうまく融合し、新しい時代を切り開いていくようなアルバムになっていると思いますし、それはあなたが影響を受けたというハービー・ハンコックやジョージ・デュークなどにも共通するものです。あなた自身はあなたの音楽についてどこを目指していますか?

AM:僕の音楽的なゴールは、自分が駆け出しの頃に憧れていたようないまいちばん熱いシーンの中心にある音楽を作ることだね。

seekersinternational & juwanstockton - ele-king

彼らは暗闇に虹を残す ——マッシヴ・アタック“ブルー・ラインズ”

 ダブの面白さは、レイヴ・カルチャーと似ている。実際ぼくが行ったことのある、1993年、つまり再開発されるよりずっと以前の時代にブリクストンの倉庫でやった口コミのみのレイヴ会場のセカンド・ルームでは、中央に大きなピラミッドがあり(笑)、そしてキング・タビーやらルーツ的のダブがかかっていた(そしてピラミッドを囲んで何人かは瞑想していた)。この親和性は、ふたつの共通点からも理解できる。ひとつはこれらが基本的に都会の音楽であるということ、もうひとつは非言語的な音楽であるということ。さらにもうひとつ付け加えるなら、昔、ダディ・Gがサウンドシステム文化について語った次の言葉に集約されるだろう。「シンガーのような中心的存在は必要ないから、エゴイスティックな過剰な露出がない」
 カナダは、ブリティッシュ・コロンビア州のリッチモンドを拠点にするシーカーズインターナショナルは、この10年ものあいだコンスタントに作品を出し続けて、世界中のいたるところでファンを増やしている。いや、この言い方は正確ではない。正確には、ダブと呼ばれる音楽が世界中にそのファンを増やしているのだ。しかしなんで、なんでこの、夜とコンクリートの壁が似合う非言語的な(要するに、特別な言葉のメッセージのない)無言の音楽が人びとを誘うのか。現実逃避のためのシェルター? 
 ダブがアンビエントと決定的に違っているのは、あの大腸に響く、暴力的とも言える低音にある。体験談として言うが、ロンドンのジャー・シャカのサウンドシステムでは、そのすまさじい低音に気分が悪くなってぶっ倒れる人だっているほどで、だからダブとは無視できるような音楽ではなく、間違っても他の何かをしながら聴けるようなしろものではない。あれほど身体に響く音楽はないし、無害なイメージを絶え間なく再生産する一部のアンビエント/ニューエイジなどと違って、いくらそこから離れていたとしても、気がつけば夜の回路にアクセスし、その暗闇のなかでは何かが消失され、何かが生まれる。

 ダブは、その創始者キング・タビーの想像を遙かに超えたものとなって拡大していることが、シーカーズインターナショナルとジュワンストックトンの共作『キンツギソウルステッパーズ』を聴いているとまたしても感じられる。最新のダブをチェックしている音好きには言うまでもないことだが、ダブとは、いまや必ずしも引き算の音楽ではない。フィリピン系移民たちによるこのグループの音楽の背景には、Qバートのようなヒップホップのバトル系DJ(このシーンにもフィリピン系アメリカ人が大いに関わっていた)とベルリンのベーシック・チャンネル系のダブ・テクノがあり、この奇妙な組み合わせが彼らのユニークなサウンドの核にある。本作では、それをサウンド・コラージュの脈絡のない混乱をもって、さらにアップデートさせている。このアルバムを大きな音でかけていると、編集部小林が「ヴェイパーウェイヴですか?」と勘違いしていたが、近いのはダブルディー&スタンスキーの「レッスン1,2&3」のほうだ。80年代のサンプリング時代のヒップホップの支離滅裂だがビートに乗せてしまうあの遊び心、あのばかげた高揚感がここにはある。“Shinjuku Skanking”なる曲は、スタジオに『ファンタズマ』時代の小山田圭吾がいるのかと思わせるほど細切れのカットアップによるギザギザのグルーヴが展開されている。ラウンジーな“Mercury Rising”なんて曲もあるが、テーブルにグラスを置けないほど振動するこの音楽においてはカクテルパーティなどもってのほか。ぶっ飛びすぎているのだ。
 
 ダブは、ぼくにとっては、理論化されることを拒みながら膨張する宇宙だ。近年、ぼくが聴いたダブにおいてもっとも強烈だったのは、何度でも書くが、空しい10年代を予見したかのようなハイプ・ウィリアムスのライヴで、先日Casanova.S氏がレヴューしていたグレート・エリアの奇妙な(そして魅力的な)シンセ・ポップがそうであるように、いや、それ以上におそろしく空虚な何かだった。たいしてこちらシーカーズは、汚染された夜にさえもまだ楽しみはあると告げている。この素晴らしいダブ・アルバムは今年の春、日本の〈Riddim Chango〉からリリースされた。また、シーカーズは先日、Mars89との共作も発表しているが、そちらはより重たくダークで、テクノ寄りの音響に変換されている。機械を使って、スクラップだけで構成された音楽、言うなれば幽霊たちのコラージュが、いま東京で聴かれることを待っているこの事態に、ぼくたちは注意を払う必要があるだろう。

Claire Rousay - ele-king

 気鋭のアンビエント・アーティスト、クレア・ラウジーによる新作アルバム『sentiment』は、ラウジーのキャリアにとって極めて重要な作品となるだけではなく、2024年のインディ・ロックとエクスペリメタル・ミュージックにおいても重要極まりないアルバムだ。
 この『sentiment』には、音楽とジャンルの壁をしなやかに越えようとする意志がある。少なくも私には、この2024年において、インディ・ロックとエクスペリメンタル・ミュージックがこういったかたちでつながるとは思ってもみなかった(時代は90年代ではないので……)。リリースは名門〈Thrill Jockey〉からというのも示唆的である。レーベル側からラウジーにアプローチをかけてきたようだが、レーベルの慧眼に唸るしかない。

 本作『sentiment』において、アンビエント・アーティストのクレア・ラウジーは、シンガーソングライターとして、曲を作り、詩を書き、そして歌っている。声はオートチューンで加工されているが、そのことによってかえってラウジーのパーソナルな面を感じるようにもなっている。いわば生々しさが抑制されることで、その人の本質がより表出した、というべきか。
 じっさいとてもパーソナルなアルバムだと思う。『sentiment』には「孤独、ノスタルジア、感傷、罪悪感」という感情が込められているという。心の痛みや苦しさを吐露しつつ、しかしそれらが自己へのセラピーになるように歌われている。
 しかし大切なことは、決して人生への否定性に留まってはいない点だ。そこにはこの辛い世界を、私は私として生きていくというしなやかな意志があるように感じられた点である。何より、ラウジーが作り出したメロディやサウンドからは前向きな力を感じるのだ。世界に満ちている「音」への信頼もある。音楽を愛し、音楽への探究心と、音を出すことへの喜びに満ちている。
 何より大切なことは、「歌い出すこと」への気負いがない点にある。少なくとも音に不自然さはない。これまでも盟友モア・イーズとの共作でポップなボーカルトラックを作ってきたラウジーだが、自身のソロアルバムでボーカル曲をメインに展開するのは初だった。にもかかわらず「歌うことと/歌わないこと」の境界線など最初からなかったようのように、ある必然性をもって、ごく自然に歌い始め、歌っているのである。
 もちろんこれまでどおりの環境録音や楽器の音を主体としてアンビエント曲もある。このアルバムはヴォーカル曲が半数以上を占めるが、アンビエント・トラックとの境界線は曖昧だ。アルバムを通して聴いていると全く違和感なく、曲と曲が繋がっていくのである。本作『sentiment』においてラウジーは、音楽の幅が広がったというより、より自由になったというべきかもしれない。若くしてこの境地に至ったとはクレア・ラウジーとは、いったいどういう音楽家なのだろう。

 ラウジーは、かつて打楽器奏者として活動していた(岡村詩野氏によるクレア・ラウジーのインタヴューを参考にさせて頂きました。本当に素晴らしいインタヴューです)。マスロックが好きで、そこからスロウコアを発見し、やがてシカゴのロブ・マズレク(!)と知り合いになり、そこからトータスなどへ遡って聴いていったという。90年代中盤の米国のオルタナティブなロックを時代を遡行するように「発見」していったのだ。
 もちろん〈American Dreams〉や〈Ecstatic〉、〈Shelter Press〉などからアルバムをリリースしているラウジーは、アンビエント/エクスペリメンタル関係のアーティストとの交流も盛んである。2024年もリサ・ラーケンフェルトの『Suite For the Drains』にリミックスで参加している。
 何よりラウジーは、自身の音楽を見出すためにボーカルレスのアンビエントサウンドを見出したということが興味深い。もっとも本人は自分が作り出したサウンドをアンビエントとは思っていなかったようだが、逆にいえばラウジーにおいて音/音楽に差異や優劣がなく、自由に音楽を奏で作り出してきたことの証左になっているように思う。
 その意味で、「歌う」ことになったのは、ラウジーよ音楽遍歴を考えると当然のことだったはずだ。音楽と音響と歌は、ずっとラウジーの中に「リスニング経験」としてあったのだから(かつてジム・オルークが歌い出したことを思い出すし、その意味でリスナー型音楽家であるといえる。ロブ・マズレクやトータスなどのシカゴの音楽家たちとの共通点もそこにあるのかもしれない)。
 何よりその曲の良さに驚いた。スロウコアというよりは、どこかビートルズ的なブリティッシュフォークにも近いメロディだが、そのように時代/歴史の枠組みにとらわれないのも今の時代ならではの感性なのだろう。そもそもクレア・ラウジーにとって、音も声も環境音もすべてが同列であって、そこに優劣はない。歴史ですらもフラットであり優劣がないはずだ。何より歌も声も環境音も、同列な存在として鳴り響いているのだ。
 
 アルバムには全10曲が収録されている。〈HEADZ〉からリリースされた日本盤CDにさらに追加で長尺アンビエントと歌物の曲が2曲収録された。構成としてはオートチェンジャーで変換されたラウジーの歌声とギターとエレクトロニクスによるモダン・フォークといった趣のヴォーカル曲が6曲、ポエトリー・リーディング、環境音、ギター、電子音などが折り重なるインストのアンビエント曲が4曲が収められている。
 アルバムは男性の声でラウジーの詩を朗読する“4PM”で幕を開ける。声と環境音が交錯し、さながら映画の1シーンのようなサウンドだ。朗読は〈Students Of Decay〉や〈Longform Editions〉などから作品をリリースするサウンドアーティストのTheodore Cale Schafer。先にビートルズ的と書いたが本作のコーダに鳴らされるループするストリングスはビートルズの“good night”を弦楽を思わせるものがあった。
 2曲目“Head”、3曲目“It Could Be Anything”、4曲目“Asking For It”がボーカル曲である。どの曲もソングライティングが優れている。“Head”は本作を代表するボーカル曲といえるが、その唐突な幕切れが耳を撃つ。また“It Could Be Anything”などは構成、アレンジもかなり練られた楽曲である。ラウジーが影響を受けたスロウコアというより、どこかフランク・オーシャンの『Blonde』(2016)をエクスペリメンタル・ミュージック経由でモダン・フォークとして仕上げたような印象の楽曲だ。
 5曲目はヴァイオリンとチェロの硬質な響きが折り重なるモダンクラシカルな楽曲である。楽曲は終わりに向かうに従い、弦が消え、ラウジーのギターが聴こえてくる。やがてそれすら消えて微かな環境音のみになる。見事な構成だ。
 6曲目“Lover's Spit Plays in the Background”は前曲のムードを受け継ぎつつ、ギター、弦、そしてボーカルが音空間に浮かび上がってくるアレンジが素晴らしい。ギターはラウジーが演奏しているが実に味わい深い演奏だ。まだ初めてまもないらしいがさすがというほかない。
 7曲目“Sycamore Skylight”は再びインストのアンビエント曲である。キーボードの音に、環境音が静かにレイヤーされ、鳥の声や人の声も聴こえてくる。そこに持続音が鳴り始め、音響を次第に変化させていく。再び聴こえてくるギターのアルペジオ。穏やかにして繊細なサウンドである。
 8曲目“Sycamore Skylight”で再びボーカル曲だが、前曲のムードをグラデーションのようにシームレスに受け継いでいる。9曲目“Please 5 More Minutes”は環境録音による曲。アルバム最終曲である10曲目“ILY2”でボーカル曲に戻る。ギターのアルペジオとコーラスとアンビエントなシンセサイザーによるサウンドカードの交錯が見事な曲である。この曲には インディ・フォークのハンド・ハビッツが参加している。
 オリジナルはここで終了するが、日本盤CDにはさらにボーナストラックが2曲収録されている。11曲目は長尺のアンビエント曲、12曲目はシンプルなボーカル曲。この2曲がまた上質な曲なのだ。いかにもボートラといった不自然さはなく、まるでアルバムの最後のピースのように違和感なく収まっている。オリジナル盤を聴いた方もぜひとも聴いてほしい楽曲である。
 個人的に最も気になった曲は7曲目“Sycamore Skylight”だった。インストのアンビエント曲だが、ヴァイオリンやエレクトロニクスとの折り重ねあいが絶妙であり、クレア・ラウジーが今実現したいサウンドに感じたからである。穏やかな日中に見る夢のような音とでもいうべきか。ヴァイオリンはマリ・モーリス(Mari Maurice)で、これまでもラウジーの楽曲に参加している。また、マリ・モーリスは、モア・イーズのアルバムに参加している。
 これまでの経歴やアルバムの参加メンバーを考えると、ラウジーの音楽はコミュニティと密接な関係があることが分かってくる。そこで生き、そこで音楽を演奏し、音楽を作ること。ラウジーにとって、「アルバム」は、まさにその名のとおり、人生の記録であり、人生の証のようなものかもしれない。

 何はともあれ2024年、インディ、フォーク、エクスペリメンタルなアンビエントをつなぐ重要なアルバムである。何より誰が聴いても心地よく、真摯で美しいアルバムである。多くの人に耳と感性に触れてほしい作品だ。

R.I.P. Steve Albini - ele-king

 5月7日、スティーヴ・アルビニが心臓発作で死去。享年61歳。バンド、シェラックの10年ぶりの新作『To All Trains』の発売を今月に控えたあまりにも急で早すぎる死だった。

 80年代、学生時代にシカゴでジャーナリズムを学び、ファンジンのライターと並行して最初のバンド、ビッグ・ブラックの活動を開始。リズムマシーンとギター×2、ベースという編成。ドライなマシン・サウンドと金属的でノイジーなギター・サウンドをもってアンダーグラウンド・シーンで頭角を現した。

 彼のバンドとしての活動は、ちょうどCDの登場する時期と重なっていた。ジャケットで日本の劇画『レイプマン』の引用がされていることでも知られるアルバム『Songs About Fucking』の裏ジャケットには「The future belongs to the analog loyalists. Fuck digita」(未来はアナログ支持者のもの。デジタルなんぞ糞食らえ)と書かれている。この姿勢は終生変わらなかった。

 1987年にはその『レイプマン』をバンド名に冠した新バンド、レイプマンを結成。ビッグ・ブラックではラモーンズを念頭に置いたシンプルな曲に徹したと発言しているが、レイプマンはドラムも人間になり、レッド・ツェッペリンを凶悪にアップデートしたようなスタイルへと進化したものの、やはりバンド名が問題になり非難が殺到、解散を余儀なくされ、予定されていた来日もあえなく潰えた。

 レイプマンの “”Kim Gordon's Panties ” という曲でサーストン・ムーアとキム・ゴードンを揶揄し、サーストンに殴られたという話も有名だ。アルビニの死を受けてツイートされたサーストンの一連の発言を見たかぎりでは、もう長年にわたってアルビニとサーストンは没交渉だったようだが、その背景にはソニック・ユースがメジャーと契約したことに対するインディ原理主義者アルビニの憤りがあったように思える。

 この件でもわかるようにアルビは偏屈かつ辛辣なユーモア感覚の持ち主であり、それがしばしばミソジニーだったり差別的な形を取ることがあった。これについてはのちに反省し、謝罪もしている

 1992年には新たにシェラックを結成。ギター、ベース、ドラムスという最小編成。いよいよ研ぎ澄まされたシンプルなアンサンブルを極めていった。この頃には自分のバンドの録音にとどまらず、プロデューサー/レコーディング・エンジニアとしても活躍するようになっている。ピクシーズ、スリント、ジーザス・リザード、プッシー・ガロアにジョン・スペンサー・ブルース・エクスプロージョン、フガジなどインディバンド中心に手掛けていたが、やはり彼を一躍有名にしたのはニルヴァーナの『イン・ユーテロ』だろう。

 もともとアルビニは『ネヴァーマインド』が引き起こしたオルタナ/グランジブームについてはかなり痛烈に批判もしていたのだが、自身の出自であるアンダーグラウンドへの回帰を望むバンド側からの熱望により起用が実現した。最終的にはアルビニの手が離れた後に手が加えられるなど、スムーズにはいかなかったようだが、20周年記念版にはアルビニ自身がミックス、マスタリングしたバージョンがリリースされている(これが当時のオリジナル・ミックスかどうかは不明)。この際にアルビニがバンドに送ったFAXの文面というのも後に公表されている。そこでは高額な印税支払いを断っている。自分が納得できるだけの金額をもらえればそれでいいとしており、配管工のように仕事をしたいと言っている。

 自宅をスタジオにして録音の仕事を始めたアルビニだが、その後設立したレコーディングスタジオ〈エレクトリカル・オーディオ〉でもエンジニア料金は明朗会計で、現時点でサイトに記載されている料金表によれば「$900/ day at EA、$1300/ day elsewhere」とある。頑張れば出せない金額じゃないところがいいなと思う(円安でなければ……)。

 アルビニは「プロデューサー」というクレジットを嫌い、あくまでも「レコーディング・エンジニア」という表記にこだわった。自身を「記録者」と位置づけており、マイクのセッティングにとにかく時間をかける一方で録音自体は一発録りであまりテイク数を重ねない。コンソールのフェーダーもほぼフラットだったという目撃証言もある

 アルビニはアラン・ローマックスに影響を受けたと公言している。アメリカの民俗音楽の収集家であり、全米各地で民謡を発掘・収集してウディ・ガスリーやレッドベリーといったアーティストの紹介に貢献した人物だ。フィールド・レコーディングのように音楽を録音するという意味で、その影響関係はよくわかる。

 訃報のあと、とりあえずシェラックのヴァイナルを何枚か爆音で聴き直したのだが、改めて音のよさに感嘆した。すべての楽器、とくにドラムがその場で鳴っているような生々しい録音。バンドの生の姿を捉えることに全力を注ぐその姿勢は、録音後のエフェクトや編集を重視するタイプのプロデューサーとは正反対だ。バンドの地力がもろに露呈するので、怖い面もあると思う。反時代的とも思えなくもないその姿勢は、インディ美学の掲げる理想のひとつの現れだったのだろう。

 日本でもアルビニが録音したアーティストは数多い。ゼニゲバの90年代前半の諸作品やメルト・バナナの初期作品は、アルビニの録音によって世界的な知名度につながった側面もあるだろう。当時、サーストン・ムーアやジョン・ゾーンと並んで日本のインディバンドが世界に認識されるきっかけになった人物でもあった。現在でも、いつかアルビニに録音されたいという夢を抱いていたバンドマンは数多くいただろう。

 最後に、個人的なアルビニ・ワークスのおすすめ盤を挙げておく。自身のバンドから3枚、エンジニアとしての仕事から10枚を選んでみた。なにしろ仕事量の多いひとなので筆者もその一部しか聴けていないのと、世代的にどうしても90年代のものが多いのはご容赦いただきたい。それと、お蔵入りになってしまったチープ・トリックの『蒼ざめたハイウェイ』再録盤は今からでもリリースしてもらえないだろうか。

Selected discs

Big Black / Songs About Fucking

Rapeman / Two Nuns A Pack Mule

Shellac / 100 Hurts

Jesus Lizard / Liar

Zeni Geva / DESIRE FOR AGONY (苦痛志向)

Space Streakings / 七徳

Melt Banana / scratch or stitch

Los Crudos/Spit Boy / split

PJ Harvey / Rid of Me

Tony Conrad / Slapping Pythagoras

The Ex / Starters Alternators

Neurosis / The Eye of Every Storm

SUNN O))) / Life Metal

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