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Pet Shop Boys

Synth-pop

Pet Shop Boys

Nonetheless

Parlophone/ワーナー

Amazon

木津毅 May 20,2024 UP

 この数年、ペット・ショップ・ボーイズ(以下PSB)の存在の大きさを噛みしめることが多い。タイトルからしてPSBの初期の名曲を引用し、ロンドンのエイズ禍の時代におけるクィア・コミュニティの苦境を描いたドラマ『IT’S A SIN』(2021)では当時青春を送ったゲイたちが共有できるポップスとして象徴的に使われていたし、アンドリュー・ヘイ監督作で山田太一の小説を原作とした映画『異人たち』(2023)においても、1980年代のゲイ・ミュージシャンによるシンセ・ポップがいかにクローゼットのティーンエイジャーのゲイの心を慰めるものだったかを示すものとして引かれていたように思う。それは80年代、「わたしたち」が何者かを確認し合うための合言葉のようなものだったと。だから、デビュー40周年のベスト・ヒッツ・ツアーの模様を収めたライヴ映画『ペット・ショップ・ボーイズ・ドリームワールド THE GREATEST HITS LIVE AT THE ROYAL ARENA COPENHAGEN』を観ていると、観客席で笑いながら歌い踊る大勢の中高年ゲイが映し出されていて、僕は涙せずにいられなかった。みんな、いろんな時代を乗り越えてここに集まったんだね……と。
 そのライヴ映画のなかで、ニール・テナントが“Domino Dancing”(1988年リリース)を「昔、友人と(ゲームの)ドミノをプレイしたときに着想を得た曲だよ」とだけ紹介していて、おや、と思った。50代のゲイの先輩から、「この曲はエイズでゲイがどんどん死んでいくことを、ドミノ倒しのダンスに暗喩したものなんだよ」と聞いたことがあったからだ。調べてみても諸説あって真偽のほどはわからないのだが、あの時代、多くのゲイ・ポップスが逃れようもなくHIV/エイズ、そして死と結びついたものとして受け取られていたことはたしかだ。PSBは当時ゲイであることを公言はせずに、様々なゲイネスを彼らのシンセ・ポップに織り交ぜていた。だから2024年にPSBのグレイテスト・ヒッツを聴くということは、ゲイ・ヒストリーを回顧することでもある。
 あるいは映画『異人たち』は、主人公のゲイの中年が死んだ両親の幽霊に再会するという物語なのだが、そこでは幼い頃にできなかった両親へのカミングアウトを「やり直す」ことが重要なものとして描かれる。母親は80年代で価値観が止まっているために典型的な偏見をはじめはぶつけてしまうのだが、彼女なりにゆっくりと息子のセクシュアリティを受容していき、その後、PSBの“Always on My Mind”(1972年リリース、もとはソウル歌手グウェン・マクレエの楽曲)を口ずさむ場面がある。彼女はそれをゲイのミュージシャンによる歌だと知っていただろうか? PSBのポップスはポップスであるがゆえに、価値観に拠らず多くのひとが口ずさめるものだったのだ。

 『Nonetheless』はPSBにとって15枚目のオリジナル・アルバムであり、前作まで続いていたスチュアート・プライスのプロデュースがジェームズ・フォードに変わったというのはあるが、根本的には何も変わっていないPSB印のシンセ・ポップ作だ。フワフワしたテナントの歌が乗るダンス・ポップがあり、華麗なストリングスが飾るセンチメンタルなバラッドがあり、相変わらずダンスと魅力的な男の子について歌っている。自分が70歳近くなってダンスと男の子のことを考えているか想像できないのだが、それはテナント個人の情動というよりPSBのポップスの型として守られているようなところがある。今回のアルバムはゴージャスなオーケストラが入ったキャッチーなダンス・ナンバー“Loneliness”のような曲と、メランコリックなシンセ・バラッド“A New Bohemia”のような曲のバランスがいいというのがもっぱらの評判だが、それは「新作」でもベスト・ヒッツのようなことをしているとも取れる。思い切り80年代風のシンセ・ファンクに彼ららしい甘ったるいメロディが乗る“Bullet for Narcissus”は懐かしくて笑ってしまう。
 ただ、80年代のゲイ・カルチャーのように、決死の覚悟で暗示せねばならないものはもうあまり存在しないだろう。だからPSBは先駆者として歴史を提示している。テナントのグラム時代の青春を回顧する“New London Boy”で彼は“West End Girls”(1985年リリース)風の無機質なラップで「スキンヘッズがからかい、カマ野郎と言うだろう」とラップする。それは彼個人の記憶であり、しかし彼だけのものではない。ゲイ・ヒストリーの一部なのだ。テナントはこの曲のはじめ、「ぼくは誰だろう?/ぼくはどうなるのだろう?/秘密を明かすために、どこかに行かなければならないのは知ってる/ここから出ていかないといけなくなるまで、長くはかからないだろう/そしてぼく自身が考え出した人生を生きるんだ/まあ、すでにかなり奇妙(クィア)だけどね」とフワフワ歌う。僕はやっぱり少し泣いてしまう。
 つねにどこか切なさや憂鬱を抱えたPSBのダンス・ポップがいまどきのクィアの若者たちに響くかどうかは僕にはわからないが、時代が変わり人権的な価値観が前進したとしても、それぞれの個人が抱えるものはそれほど変わらないのかもしれない、とも思う。アンドリュー・ヘイは本作の楽曲のミュージック・ヴィデオを監督したという。そうして世代を超えて続いていくものがあるのだ。『Nonetheless』はそして、ときにはオスカー・ワイルドの時代にまで遡りながら、わたしたちがいつでも帰ることができる場所としてのポップスをいまも用意するのである。

木津毅