Home > Reviews > Album Reviews > Fred again.. & Brian Eno- Secret Life
2023年は多くの魅力的な音楽が生み出された一年だった。その総まとめについてはぜひ年末号をお読みいただきたいけれども、ただ、タイミングがあわずレヴューしそびれてしまった作品が少なからずあることが心残りで……というわけで、気持ちが落ちつく1枚を紹介しておきたい。昨年5月にリリースされたフレッド・アゲイン‥とブライアン・イーノによるアンビエント・アルバムは、新年早々気の滅入る出来事がつづいている現下のお伴にも適した内容だと思う。
フレッド・アゲイン‥ことフレッド・ギブスンは10年代末ころに頭角をあらわしてきたロンドンのプロデューサーだ。貴族の家系出身という珍しいルーツのもち主でもある。リタ・オラ、エド・シーランといった億単位の再生数を稼ぐメインストリーム勢の楽曲に携わる一方、ストームジーを手がけたりUKドリルのヘディ・ワンと共作したり、積極的にストリート文脈とも交わろうとするその振れ幅は、自身のバックグラウンドに反抗しているかのようにも見えて興味深い。多くの人びとがアンビエントに心奪われたパンデミック中にはそれと真逆ともいえるダンス・サウンドに挑戦、『Actual Life』3部作(2020~2022)でハウス/UKガラージのアーティストとして一気に知名度を高めることになった。その手腕は2023年に出たロミーのアルバムでも存分に振るわれている。
そんな彼の音楽キャリアにおける転機は早くも10代に訪れている。16歳のとき、ギブスンはある家族の友人からご近所さんのアカペラ・グループの稽古に招待されることになったのだが、そのご近所さんこそまさかのブライアン・イーノだったのだ(イーノは合唱好きとして知られる)。かくしてアンビエントの巨匠と接点を有した彼は、2014年のイーノ・ハイド『Someday World』に参加、演奏者としてのみならず共同プロデューサーとして大抜擢されてもいる。
それから9年。45歳差コンビによる共同名義のアルバムがついに実現されることになった。ピアノやささやかなノイズなどを後景に、ヴォーカルが控えめにことばを投げかけていくアンビエント作品である。“Enough” や “Chest” のように大味なメロディがやや主張しすぎるトラックがある一方で、UKガラージもしくはダブステップの影響だろうか、声のサンプルを切り刻んだ “Safety” や “Cmon” の実験は聴きごたえがある。御大のほうはサポートに徹している印象だが、“Pause” のピアノづかいなんかは彼のアンビエント作品を想起させなくもない。
音響的にもっとも成功しているのは “Secret” だろうか。レナード・コーエン “In My Secret Life” の一節が引用されるこの曲ではギターらしき音にもこもこした具体音や鍵盤が重ねられ、独自の穏やかな時間を味わわせてくれる。つづく “Radio” も顔だろう。チェロをバックに漂流する音声サンプル、消え入りそうなギブソンのヴォーカル──どこか『World Of Echo』を想起させ、これは現代にアーサー・ラッセルを蘇らせる試みといえるかもしれない。同曲ではCOVID-19に斃れたカントリー・シンガー、ジョン・プラインの “Summer's End” が引用されており、その「帰っておいで」という悲しげでありながらどこかあたたかみを伴ったフレーズは、最終曲 “Come On Home” でも再利用されることになる。パンデミックなのか戦争なのかわからないけれど、失われたたいせつななにかを痛切に訴えているような1曲だ。
アンビエントが盛んになった時期にハウスに挑み、逆にダンス熱が最高潮に達しているポスト・パンデミックの現在、静穏を求めるかのようなアンビエント作品を送り出すギブソンの活動からは、たんにあまのじゃくというだけではない、アティテュードのようなものが読みとれる。そういう意味では、本作がフォー・テットのレーベルから出ている点も見過ごせないだろう(キーラン・ヘブデンはマスタリングも担当している)。それは、すでにメインストリームで大成功を収めている彼が、いまだインディペンデントなシーンとの接点を失っていないことの明確な証だからだ。
ついでに昨年のイーノについても振り返っておくと──『トップボーイ』のサントラはもちろんのこと──やはりその反戦メッセージを忘れるわけにはいくまい。爆撃開始から11日後の10月19日には即時停戦をもとめる公開状に署名、同月21日からはじまったキャリア初のソロ・ライヴ・ツアーでもパレスティナとイスラエル双方の人民に曲を捧げ、11月13日には自身が議長を務める「戦争やめろ連合(StWC:Stop the War Coalition)」(ちなみに副議長はジェレミー・コービン)のサイト(https://www.stopwar.org.uk/)で「わたしたちはどんな道徳的世界に住んでいるのでしょう」と、まるで歌のようなリフレインを含む声明を発表している。いわく、「これは、ユダヤ人対それ以外のひとびと、という話ではありません。ユダヤ人であろうがなかろうが、平和を信じる人民対戦争を信じる人民、という問題なのです」。75歳にしてこの活動量に熟考。頭が下がるばかりだ。
相変わらず戦争はつづいているし、能登地震に羽田空港の事故に秋葉原の刺傷事件にイランのテロにアイオワの銃乱射にと、新年早々まったく心休まらぬ日々がつづいているわけだけれど、短絡的な条件反射とか、あるいは自分からオンラインに悲しみを浴びにいく「ドゥームスクローリング」はひとまずやめて、じっくりこのアルバムに浸ってみることをおすすめしたい。
小林拓音