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Romy

Dance-PopHouse

Romy

Mid Air

Young/ビート

木津毅 Oct 17,2023 UP

 ロミーのソロ・デビュー・アルバム『Mid Air』は、彼女が10代のときに通っていたクィア・クラブでの経験や記憶がインスピレーションになっているという。それで僕も、アルバムを聴きながらはじめてゲイ・クラブに行ったときのことを思い出していた。
 忘れもしない。大学浪人が決まったあとの18歳の春だった。クラブ・イヴェント自体慣れていなかった自分には刺激が強かったけれど、それよりも何よりも、自分が住んでいる街にこんなにもゲイがいることに驚いた。それは普段の生活のなかではまったく見えないものだったからだ。よく身体を鍛えた薄着のお兄さんたちが光に照らされて楽しそうに踊っていた。ドラァグクイーンやゴーゴーボーイのショーにも目を丸くした。ディスコ・クラシックやハウス・ミュージックがかかっていたような気がするけど、当時の自分には何もかもが衝撃的だったので音楽についてはあまり覚えていない。あのときの経験がなかったら、ゲイとしての自分の人生はもっと違うものになっていたと思う。見知らぬひとたち、だけどもしかしたら似たような経験をしてきたひとたちと同じ夜を過ごすことが、どれだけ高揚感に満ちたものかそれまで知らなかったから。

肩を並べていっしょに踊ろう
この世界にいままで存在しなかった
自分たちより親密な他人同士は
自分たちより親密なふたりなど
(“Loveher”)

 いかにもシャイな若者たちとしてザ・エックスエックスがデビューしたとき、僕はすぐにその親密なインディ・ポップに夢中になったけれど、シンガーのふたり、ロミーとオリヴァーがレズビアンとゲイであることを知ったのはもう少しあとのことだった。そのメランコリックなラヴ・ソングは「I」と「You」で綴られるジェンダーレスなものだったし、世界に自分の姿をさらけ出すことをどこか遠慮しているような奥ゆかしさがあった。ゲイ・クラブでよく流されるマドンナの「あなた自身を表現しなさい」という問答無用の強さ、エンパワーメント志向とは距離のあるものだったのだ。
 だけどそれから時間が経ち、オリヴァー・シムはHIVポジティヴである自身の経験や感情を主題にしたソロ・アルバムを発表し、ロミーはこのアルバムを「She」や「Her」によるレズビアンのラヴ・ソングでいっぱいにした。オープニング・トラック “Loveher” の舞台はおそらくクィアのナイトクラブだ。4つ打ちのハウス・ビートとはかなげなピアノの旋律が鳴らされれば、彼女は彼女を愛していると柔らかな歌声で繰り返す。けれども彼女はまだ少し恥ずかしそうに、テーブルの下でそっと愛する彼女の手を握るのだ。胸が締めつけられるようなダンス・ポップの名曲である。
 盟友のプロデューサーであるフレッド・アゲインの力を借りて2000年代初頭頃にクィア・クラブでよく流されていたポップなハウスの要素をふんだんに入れているという『Mid Air』だが、ザ・エックスエックスに通じる切ないメロディがたくさん聞こえてくるのもポイントだろう。それはつまりベッドルームの感傷であり、本作はだから、孤独な場所にいた控えめなクィアの子どもがクラブに行って仲間や恋を見つけるまでのドキュメントのようなものである。そこでは、たくさんのものがキラキラと輝いている。集まったひとたちが着る服やメイクが、ミラーボールに反射する光が、流れるダンス・ミュージックの上モノが。ダンス・トラックとしてはシングル・カットが強力ないっぽうで、たとえばミドルテンポの “One Last Try” の開放感も気持ちいい。“Strong” や “Did I” ではやや安っぽく感じられるようなトランスのサウンドも聞こえてくるけれど、それもまた、10代のロミーの心を奪ったものだった。彼女はクィア・クラブの愛すべきところとして、誰もが知るポップスが皮肉ではなくアンセミックに流されることを挙げている。サビのメロディをみんなで歌いながら光に手をかざせば、自分たちの性愛を祝福するようなフィーリングが得られるから。
 僕がそうだったように、音楽それ自体よりも出会いや仲間との楽しみを求めてクィアのクラブに来るひとが多いと思う。もちろんセックスへの期待もあるだろう。このアルバムはそうした場所のフィーリングを立ち上げつつも、ゲイ男性が占有しがちなシーンのなかにレズビアンの愛を歌ったダンス・トラックを投入することで、より現代的にインクルーシヴなものにしようとする意図も見て取れる。アルバムのハイライトである力強いハウス・トラック “Enjoy Your Life” でサンプリングされているのは、トランスジェンダーのシンガーのビヴァリー・グレン=コープランドの歌だ。「あなたの人生を楽しんで」。それはクィア、とりわけトランスジェンダーへの攻撃が世界中で激化するなかで切実なメッセージとして引用されているように僕には思える。そもそもクィアという言葉自体、何かと内部で対立しがちなLGBTQ+コミュニティを「ヘンタイ」という意味を逆手に取って緩やかに繋げようとするものだ。『Mid Air』は、ハウスのビートときらびやかなシンセ・リフで、何よりも「わたしたち」の心を結びつけようとする。まだベッドルームにいるあなたにも届くように。
 アルバムは女性が女性に恋に落ちる瞬間をとらえた軽やかなシンセ・ポップ “She’s On My Mind” で幕を閉じる。肩を横に揺らすベースラインと、静かに熱を持つ鍵盤の打音。「もう隠したくない/たとえ傷ついても/もう気にしない/恋に落ちてしまった/彼女と」。『Mid Air』は、ダンスフロアのそんな瞬間を讃えるためのポップ・アルバムだ。だから、SNSの心ない言葉を相手にしてる時間なんてない。夜の街に出て、同じ曲で歌って、踊って、仲間や恋を見つけよう。

木津毅