「ele-king」と一致するもの

RCサクセション - ele-king

 ♪バカな頭で考えた〜、これはいいアイデアだ〜と、日本のロック史に燦々と輝くRCサクセションの1980年4月5日久保講堂でのライヴ盤『RHAPSODY』のことは説明するまでもないだろうけれど、当日演奏された9曲をあらたに加え完全版として2005 年にリリースされた『RHAPSODY NAKED』のことも知っているよね? え? ぜんぜん知らないって? あ、そう。。。
 無理もないよなぁ、まだ君が生まれる前の音楽だし、この音楽を聴いて君のお父さんやお母さんがまだ若く仲良くしていたなんてとても信じられないだろう。もはや見る影もないかもしれないけれど、心のどこかにはまだロックンロールの欠片が残っているかもしれないよ。ちなみにぼくがこのバンドのライヴを初めて見たとき、まだ15歳とかそんなだったんだけれど、“ブン・ブン・ブン”という曲をはじめる前に、「最近、俺のダチの井上陽水が捕まったけどよ、冗談じゃねぇ、俺は絶対捕まらないぜ」なんてMCが入って曲がはじまったことをいまでも鮮明に憶えているんだ。すごいだろう。
 さすがに今回の『RHAPSODY NAKED Deluxe Edition』は、マニアックだし高価だし、まだ10代の君には重たいかもしれないけれど、君のお父さんやお母さんにぜひ教えてあげて欲しい。とんでもないシロモノがリリースされるみたいよと。そしたらこう言うだろう。えええー、当時の未発表が12曲も追加だって? マジかよ!!! 何もこんな金がないときに出さなくたっていいだろうが! と突然怒り出すかもしれないけれど、多めに見てやってくれ。いつか君もこの音楽を聴くときが来るだろう。

RC サクセション
『RHAPSODY NAKED Deluxe Edition』

■仕様
〈通常盤〉3CD──三方背 BOX +紙ジャケ(ゲイトフォールドジャケ&シングル紙ジャケ)+44P ブックレット
〈限定盤〉3CD+1 Blu-ray+3LP(180g 重量盤)──LP3 枚入りジャケット+4 disc トレイ+LP サイズブックレット+LP サイズケース

■価格
〈通常盤〉¥4,000(税込)
〈限定盤〉¥14,000(税込)
■発売日
〈通常盤〉2021年6月9日(水)
〈限定盤〉2021年7月7日(水)
〈「RHAPSODY NAKED 2021 Remaster」デジタル配信(ハイレゾ含む)2021 年 6 月 9 日(水)
■収録内容
〈通常盤〉〈限定盤〉共通
Disc1,2(CD)RHAPSODY NAKED 2021Remaster
Disc3(CD) Official Bootleg
ライナーノーツ:宗像和男+高橋 RMB
〈限定盤〉のみ
Disc4(Blu-ray) ライブ映像(“NAKED”収録映像の音声をリマスター音源に差し替え)
3LP(180g 重量盤)RHAPSODY NAKED 2021 Remaster


・収録曲目:
【Disc1】(RHAPSODY NAKED 2021 Remaster)
01. Opening MC
02.よォーこそ
03.ロックン・ロール・ショー
04.エネルギー Oh エネルギー
05.ラプソディー
06.ボスしけてるぜ
07.まりんブルース
08.たとえばこんなラヴ・ソング
09.いい事ばかりはありゃしない
10.Sweet Soul Music~The Dock Of The Bay

【Disc2】(RHAPSODY NAKED 2021 Remaster)
01.エンジェル
02.お墓
03.ブン・ブン・ブン
04.ステップ!
05.スローバラード
06.雨あがりの夜空に
07.上を向いて歩こう
08.キモち E
09.指輪をはめたい

[MUSICIANS]
RC サクセション:忌野清志郎(Vo)仲井戸麗市(G)小林和生(B)新井田耕造(Dr)G2(Key)
Guest Musicians:小川銀次(G)梅津和時(Sax)金子マリ(Vo)
Recorded at久保講堂 1980年4月5日

【Disc3】(Official Bootleg)
01, 雨あがりの夜空に
 1979 年 7 月 17 日放送 NHK-FM『サウンドストリート 対決スタジオ LIVE』
02, ステップ!
 1979 年 7 月 17 日放送 NHK-FM『サウンドストリート 対決スタジオ LIVE』
03, スローバラード
 1979 年 7 月 17 日放送 NHK-FM『サウンドストリート 対決スタジオ LIVE』
04, いい事ばかりはありゃしない
 1980 年 4 月 5 日「LIVE!!RC サクセション」 久保講堂リハーサル
05, お墓
 1980 年 4 月 5 日「LIVE!!RC サクセション」 久保講堂リハーサル
06, よォーこそ
 1980 年 6 月 21 日「HARUMI オールナイト・ロックショー’80」
 at 晴海オーディトリアム国際貿易センター
07, ブン・ブン・ブン
 1980 年 6 月 21 日「HARUMI オールナイト・ロックショー’80」
 at 晴海オーディトリアム国際貿易センター
08, ボスしけてるぜ
 1980 年 6 月 21 日「HARUMI オールナイト・ロックショー’80」
 at 晴海オーディトリアム国際貿易センター
09, エネルギー Oh エネルギー
 1980 年 8 月 17 日「JAPAN JAM 2」at 横浜スタジアム
10, 雨あがりの夜空に
 1979 年 9 月 2 日「第一回下北沢音楽祭」
11, いそが C
 1980 年 12 月 25 日「PLEASE Play it Loud」at 渋谷公会堂
12 ヒッピーに捧ぐ
 1980 年 12 月 25 日「PLEASE Play it Loud」at 渋谷公会堂

 Guitar:小川銀次 on Track 01,02,03,04,05,10
 Sax:梅津和時 on Track 04, 05, 06, 09
 Horns:生活向上委員会 on Track 11,12
 Vocal:金子マリ on Track 04・美空どれみ on Track 01
 *M-1,2,3,6,7,8,9,10:Licensed by NHK/NHK SERVICE CENTER,INC.
 *M-11,12 はオーディエンス録音のカセットテープ音源につき、お聞き苦しい箇所がございます。
 ご了承ください。
*Disc3 の音源に関しては、RC サクセション 50 周年プロジェクト委員会の主導の元、選曲しております。

【3LP】
SIDE-A
01.Opning MC
02.よォーこそ
03.ロックン・ロール・ショー
04.エネルギー Oh エネルギー

SIDE-B
01.ラプソディー
02.ボスしけてるぜ
03.まりんブルース
04.たとえばこんなラヴ・ソング

SIDE-C
01.いい事ばかりはありゃしない
02.Sweet Soul Music~The Dock Of The Bay
03.エンジェル

SIDE-D
01.お墓
02.ブン・ブン・ブン
03.ステップ!

SIDE-E
01.スローバラード
02.雨あがりの夜空に 03.上を向いて歩こう

SIDE-F
01.キモち E
02.指輪をはめたい

Dry Cleaning - ele-king

 もうかれこれ1年以上もライヴハウスで演奏できないと、だけれども、それにしてもUKのポスト・パンク新世代はエネルギッシュで、パワフルで、じつに興味ぶかい作品を発表している。スクイッド、スティル・ハウス・プランツ、ゴート・ガールブラック・ミディシェイム、ザ・クール・グリーンハウス、ワーキング・メンズ・クラブ、ガールズ・イン・シンセシス……。(USはもっとアナーキーで、つまり政治的だったり……スペシャル・インタレストやジョイのように。いずれにしても彼ら・彼女らも“現在”を象徴しているし、そもそもWARPのサブレーベル〈Disiples〉がスペシャル・インタレストの作品をリリースすること自体からも“いま”が見える)

 ドライ・クリーニングもポスト・パンク新世代のロンドンのバンドで、まあ、言ってしまえば今年の注目のひとつだ。スカスカの空間とリード楽器としてのベース、無機質なドラミング、抑揚のないナレーションめいた女性ヴォーカル──、どこかで聴いた風かもしれないけれど、しかし決して誰かの物真似ではない。ドライ・クリーニングの奇妙で魅力たっぷりの音世界はすでに完成されている。だいたいすでに彼らには、“Strong Feelings”という傑出した曲がある。

感情を枯渇したものばかり集めるコレクター
脳裏に浮かぶ様々なこと
17ポンド払ってあなたにマッシュルームを買った
なぜって私は愚かだから

ただあなたに伝えたい
私の頭にはかさぶたがあると
生きるなんて無駄なこと
何時間もずっと考えている
あのホットドッグを食べようと

 地ベタに座って路上飲みする人たちが批判的に報道されているが、あれは無意識ながら反抗が苦手な日本人なりの抵抗の表れじゃないだろうか。行き場もない若者たち、ラチのあかない大人たち、不誠実な政治と政治利用されたオリンピック、いつ接種できるのかわからないワクチン……「暗い顔して2人でいっしょに雲でも見ていたい」(by 佐藤伸治)
 ドライ・クリーニングは、怒りを通り越して冷え切った音楽の、颯爽たる躍動のようだ。ぼくのもうひとつのお気に入りは“Leafy”という曲。ここでもまたミニマルの美学と闇夜のギター、そしてフローレンス・ショーの静的なヴォーカルとのコントラストが素晴らしいインパクトを創出している。

片付け行けないものって何?
ベーキングパウダー
大瓶入りのマヨネーズ 
手つかずのままのソーセージはどうする?
グリルパンにこびり付いた油を落とさないと
やらなきゃいけないことのなかで
これがいちばん大変

 ドライ・クリーニングは、深刻そうに下らなそうなことを歌い、シュールだが叙情的で、ナンセンスを装いながら意味のあることを歌う。面倒くさい人たちを煙に巻いているようだが、まあ、このバンドを前にニューエイジなどと言おうものなら、もはやギャグでしかないだろう。
 こうしたポスト・パンク新世代の勃興は、マクロで言えばロックの復権だが、ミクロで言えばまた意味が違ってくる。そもそも70年代末のオリジナル・ポスト・パンクとは、それこそジョン・ライドンによるロックの否定に端を発しているのだから。当時のポスト・パンクが否定したロックが表象するものとは──ストリートのリアル、ドラッグと女、破天荒な生き方の賛美と男たちのロマン、売れた者勝ちの論理──、こうした古いロック気質というか、いまでは一部のラップも代理している男性的な価値観に背を向けたのがポスト・パンクだった(ゆえにポスト・パンクは自分たちの始祖としてCANやクラフトワーク、ヴェルヴェッツ、キャプテン・ビーフハートのようなバンド、あるいはイーノのようなアーティストを選んだ)。セールスのために制限をかけれらた創造性を解き放ち、とりあえずやれるところまでやってみると。だからいろんなヘンな音楽が生まれたのである。

 ドライ・クリーニングはバンド名からして間抜けな感じが出ているが(ポスト・パンクにおいて、強面なバンド名などありえない)、しかしそのサウンドには冒険的で、自由な発想が具現化されている。ギターのトム・ドウスはフローレンスの「かったるくてやってられない」感が滲み出いているヴォーカルとは対照的に、ザ・スミスにおけるジョニー・マーを彷彿させるメロディアスで透明感のあるギターを弾いている。プロデューサーはPJハーヴェイとの仕事で知られるジョン・パリッシュで、彼は曲によって鍵盤を弾いているが、このバンドの魅力──遠くで聴くと無表情だが、近くで聴くとものすごい情感がある──をよく引き出していると思う。

サッカーユニ姿でふらっとうちに入り込んで
「ここは誰の家?」と聞かないでくれるかな
そっちこそ誰?

日給45ポンドの孤独な仕事
日給32ポンドの孤独な仕事
いいから受けなさいよ
状況は変わっていくんだから
“A.L.C”

 音楽は否応なしに時代を反映する。オリジナル・ポスト・パンクにはアートと政治が融和していたが、新世代にもそれは当てはまるようだ。うん、いい感じじゃないでしょうか。

 昨年、このサイトの記事で、音楽における政治の重要性について書いた。アーティストがオーディエンスの生活と繋がりを持ち、自分たちの音楽と世界への視点を豊かにする方法と、メインストリームな組織以外の場所で、繋がりを築く方法について述べた。しかしその記事では取り上げなかったひとつの大きなイシュー(問題点)がある。政治に内在する対立が芸術に入り込んだ時に何が起こるのか、ということだ。

 これこそが、多くの人が日常的な交流のなかで、政治の話を避けようとする主な理由だ。新しい同僚に対して慎重になって政治についての話題を避けたり、高校時代の旧友が、政敵について好意的に語ると胃が締めつけられる気がしたり、何杯かの酒の後に抑制が効かずに家族と衝突してしまったりする。学校の教師をしている両親の息子である自分は、普段、ミュージシャン、ライター、アーティストやその他のクリエイティヴな人びとの輪のなかでほとんどの時間を過ごしているが、自分の政治観(社会的リベラル、経済的には左寄り)が決して皆のデフォルトではないことを想像するのが難しい時がある。だが、自分の住む国やより広い世界に少しでも目を向けると、それが真実ではないことがわかる。

 音楽の世界にも充分すぎるほどの対立があり、ミュージシャンが自分の意見をオープンにすればするほど、その境界線が明確になる。セックス・ピストルズとPiLのジョン・ライドンは、昨年の米国大統領選挙でトランプ支持を表明した。ザ・ストーン・ローゼズのイアン・ブラウンは、COVID-19の偏執的な陰謀論の声高な擁護者となり、アリエル・ピンクとジョン・マウスは米連邦議会を襲撃したトランプ支持者たちとともに行進し、モリッシーは口を開くたびに、人種差別的なばかげた言葉の塊を吐き出し続けている。彼らは何をしているのだろう? 彼らは我々の仲間ではなかったのか? どうやら“我々”にはあらゆる大衆が含まれているらしい。

 一見、似たような政治観を持つ人びとの間でも、より微妙な対立が生じることがある。英国のグループ、スリーフォード・モッズとアイドルズは表面上、非常によく似ている。どちらも政治意識が高く、イギリスの保守党体制を鋭いリリックで批判し、音楽的にはまったく異なる方法で、ポスト・パンクのねじ曲がって歪んだ構造を想起させる。しかし、彼らの間には、階級政治に根差した意見の相違があったのだ。

 2019年、スリーフォード・モッズのジェイソン・ウィリアムソンが、アイドルズは、はるかに安定したミドル・クラス(中流階級)出身であるにもかかわらず、「ワーキング・クラス(労働者階級)の声を盗用している」と批判した。このコメントで引かれた、スリーフォード・モッズとアイドルズの間の境界線は、新しいものではない。1981年にドイツのSPEX誌がザ・フォールのマーク・E.スミスに、ギャング・オブ・フォーについて訊ねた際のスミスの批判は、似たような所から来ていたのだ。

「彼らは左翼的な思想を説く。彼らは大学で学び、特権階級に属している。ワーキングクラスが何を求めているのか、知ったふりをしているのが問題だ。でも何もわかっていない。シャム69は、自分たちが言っていることをよく理解していてよかった。自分を含むイギリスのワーキングクラスにとって、ギャング・オブ・フォーの音楽は、侮辱的で、無礼で傷つけられると言う意味で有害だ」

 ここには、階級政治に関わるイシューがあり(2017年のジョーダン・ピールの映画『ゲット・アウト』でも人種問題における力学の似たような試みが行われている)、ブルジョワのリベラル派が自分自身のブランド価値を高めるためにワーキングクラスを装って、もがいてみせることがある。その方法で迎える典型的な結末は、ワーキング・クラスの人たちが元の場所に置き去りされ、彼らの声さえもが他人に利用され、薄められてしまうのが常だ。スリーフォード・モッズの最近のアルバム『Spare Ribs』からの曲、「Nudge It」で、ウィリアムソンは、こう言う。

愚かで自暴自棄になってる奴らの前でプレイしてきた  
愛とつながりについての乏しい見解
バカな考えにとらわれて
お前が作れる料理はそれしかないから
クソッタレなクラス・ツーリス((階級見学ツアーの参加者)め
お前たちは社会集団というものを混同している

 もう少し根本的なところでは、いつの時代も説教臭い人間は忌々しいし、リベラルや左派の人間が他人の意見に対して小うるさく、偉そうにする傾向があることが、ジョン・ライドンを、トランプの、ガサガサした革のような腕の中に押し込めた原因のひとつかもしれない。そもそもパンクは、進歩的な政治のムーヴメントとはいえないものだった。パンクは常に何かに反応していたが、反応と反動の境界線は、我々の多くが信じたかったものよりも、薄っぺらなものだったのだ。1970年代後半、パンクはしばしば保守の体制に反応したが、根本的には、世間体のよい立派な人間になるように命令する、あらゆる声に反発していたのだ。

 そういう意味でトランプは、良いパンクな大統領だった。彼の魅力の多くは、結果など気にもとめずに、人を混乱させ、無視し、奪ったり侮辱したりしながら人生を歩む能力にある。トランプの不名誉な行いを見ると、パンクが与えたのと同じような、責任感からの解放がある。彼は立派であろうとせず、繊細さや礼儀正しさが求められるところで失敗しても、無頓着でいられる才能があるのだ。話す内容の細部は意味をなさないが、彼が発するメッセージはキャッチ―でシンプル、そしてパンク・ロックのコーラスのように、反復的だ。

 トランプと極右の人びとのシンプリシティを志向する本能こそが、ブルース・スプリングスティーン(“ボーン・イン・ザ・USA”)やニール・ヤング(“ロッキン・イン・ザ・フリー・ワールド”)、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン(“キリング・イン・ザ・ネーム”)などの反国家主義的な曲を、国家主義的な主義信条のサウンドトラックとしてうまく利用できた理由だ。彼らはバカではない。これらの曲が彼らに反対するものであることを知りながら、その繊細なメッセージを一切見ようとはせずにそれを消し去り、完璧な重度の繰り返しにより、自分たちのための曲だと主張することができた。曲のキャッチ―さを利用し、皮肉を逆手にとり、洗練された部分にはドリルで穴をあけて、曲が元来持つシンプルな魅力を掘り起こしたのだ。トランプの「クソッタレ、お前のいうことなんて聞かない」という態度こそが、彼の支持者たちへのアピールの核心だ。

 スリーフォード・モッズは、そのような伝統のなかにおいては、それほど派手な不作法さはない。ウィリアムソンは音楽が生まれた場所について正直であることを重視し、演壇やお立ち台などがなくても人びとにコミュニケートする能力がある。“Elocution”という楽曲は、皮肉たっぷりの歌詞で始まる。

やあ、そこの君
今日は独立系コンサート会場の重要性について話しに来た
そしてそれについて話すことに同意することで、
俺自身がそのような会場でプレイすることをやめられる立場になることを、密かに望んでいる。

 この歌詞は、アイドルズや他のミドル・クラスのロッカーたちへの批判のようにも読めるが、バンドが成功するにつれ、より大きな会場に招かれ、ウィリアムソン自身が隣人たちのことを書いて有名になった地元の街から、家族を連れて郊外に引っ越すにつれ、自分のなかで芽生えた不安が反映されているのかもしれない。歌詞の皮肉はさておき、スリーフォード・モッズはパンデミックで大打撃を受けた、インディペンデント系の会場の強力な支援者であり、2020年12月には、“インディペンデント・ヴェニュー・ウィーク・キャンペーン”を支持してコンピレーション・アルバムに曲を提供している。

 アイドルズもまた、インディペンデント系の会場の積極的な支援者であり、2021年に発表した楽曲“Carcinogenic”のミュージック・ヴィデオは、彼らの故郷ブリストルの地元の会場を支援するために制作された。バンドとPR会社は、確かにそれを大々的に宣伝しているが、ブリストルにある会場のうち、文句を言っている所などあるだろうか?

 ある意味、アイドルズのヴォーカルのジョー・タルボットは、ウィリアムソンとは異なる領域に、自分の真正性の杭を打ち込んでいるともいえる。彼のリリックや公式見解の多くは、ソーシャルメディアなどの不安定な場でよくみられる、告白めいた、少し防御的な姿勢で書かれてはいるが、ある種のポジティヴな自己表現を土台としている。彼には(ワーキング・クラスとしての)“真正な”生い立ちの物語はないかもしれないが、自分に対して正直だ。2020年のアイドルズのアルバム『ウルトラ・モノ』に収録されている“The Lover”では、まさにこのような声で、批評する人たちに訴える。

お前は俺の決まり文句が嫌いだというが
俺たちのスローガンやキャッチフレーズは
”愛はフリーウェイのようなものだ”
クソッタレ、俺はLOVERだ

 社会の変化に伴い、ワーキング・クラスとミドル・クラスの伝統的な区分が複雑になっているのも問題のひとつだろう。アイドルズ自身はワーキングクラスではないかもしれないが、彼らの音楽の怒りと祝福の声は、増え続ける不安定雇用に陥っている、大学教育を受けた社会的意識が高い若者層と呼応している。最近出現したプレカリアート(雇用不安定層)の新メンバーたちは、その苦悩や先の見えない将来の不安を味わっているにもかかわらず、気取ったノスタルジックな1950年代の田舎やワーキング・クラスの生活の幻想を懐かしむ政治やメディアから、特権的な学生と嘲笑されているのだ。彼らは、田舎は自分たちの世界よりも現実的だといわれたり、ビスケットの缶の絵からそのまま取ってきたような田舎の愛国心のイメージなどに、また、自分たちの理想主義が揶揄され、軽蔑されることに疲れている。多くの人にとってアイドルズのヴォーカリスト、ジョー・タルボットは、“本当のイングランド”という安直な概念を切り崩し、フラストレーションや怒りを受け止めてくれる存在なのだ。

 「不平等ということに怒っているのなら、“お前は間違っている、クソッタレ”というのではなく、代替案としての平等を説くべきだ」と、タルボットはウィリアムソンの批判に応えて述べた。「1970年代にパンクスがやっていたことをいまも議論し続けているのは、“クソッタレ”的なことでは成功しなかったという事実があるからだ」

 「もうウンザリだ、俺の怒りは正当化される!」というアチチュード(姿勢)もあり、トランプ支持者のそれと似ているようにも聞こえるが、極端な比較をするのには慎重になる必要がある。似たような怒りのアクティヴィズム(行動主義)であっても、残酷ではない社会を求めて戦うことと、白人至上主義を支持して議会を襲撃することは同義ではない。だが、その原動力には似通ったものがある。どちらも怒りを原動力とするマシーンであり(“怒りはエネルギーだ”と言ったのは誰だっけ?)、いずれも無力感やある程度の個人的な承認欲求から生まれたものだ。彼らは信じられないぐらい複雑化する社会に方向性を与えると同時に、人びとの声を多数に分けて、それぞれに自分の主張を最も声高に叫ばせている。

 アイドルズは、多くの政治的な議論やレトリックには軋轢が存在することを認識しているようだが、団結を求める彼らの声(少なくとも彼ら側では)は、自分自身の真実を語るというタルボットの、本質的には個人主義的な必要性に、常に磨きをかけている。“Grounds”という曲のなかで、彼は批判者たちが建設的ではないと非難する。

勇敢なことや役に立つことなど何もない
お前はクソなたわごとを小個室の壁に書きなぐり
俺の人種や階級はふさわしくないという
だから俺は自分のピンク色の拳を振り上げ、
ブラック・イズ・ビューティフルと言う。

 タルボットにしてみれば、自分の人種や階級を理由に、自分が関心のあるイシューに貢献することを妨げられたくはないのだ。しかし他人は、タルボットのその思いには、白人のミドル・クラスの男性として、自分が選択したどの領域の誰の問題にも関わって指揮を執ることができるという、生まれながらの特権があると思っていると感じてしまう。さらにその結果として得られるキャリア上の利益の権利があると思っている、そのことこそが問題の核心なのだ。

 このような論争を、大きな視点から眺めてみれば、それほど重要なことではない── 「音楽は政治問題を解決できない」と言ったジェイソン・ウィリアムソンはおそらく正しいし、その延長線上にあるミュージシャン同士の政治的な不和はさほど重要ではない。しかし、音楽における政治の役割が、アーティストがいかに自分たちのオーディエンスにつながるかということに行きつくのだとすれば、スリーフォード・モッズとアイドルズは微妙に異なりながらも、かなりの程度、重なり合うオーディエンスに対して、非常に効果を発揮している── 一方は政治を辛辣でシュールな、時に自嘲的な日常の見解と織り交ぜ、他方は、あらゆる自制心を焼き尽くす、自分自身と信念に対する祝福のような主張をしているのである。


Class, Politics, Sleaford Mods and Idles

by Ian F. Martin

In an article for this site last year, I talked about the importance of politics in music — as a way for artists to connect with their audience’s lives, of enriching both their music and perspective on the world, and to build links with others organising outside the mainstream. One big issue that piece didn’t try to address, though, was what happens when the conflict inherent in politics enters art.

This, of course, is the reason many people try to avoid politics in their daily interactions — why we tiptoe around it with new coworkers, why we feel our stomachs tighten when an old high school friend drops a talking point favoured by our political enemies into the conversation, why we clash with family members after a few drinks have loosened our inhibitions. For me, the son of schoolteachers, who spends most of his time in a bubble of musicians, writers, artists and other creative people, it’s sometimes hard to imagine that my politics (socially liberal, economically left-leaning) aren’t the default for everyone, but a simple glance around the country I live in or the wider world proves that’s not true.

Within the music world, there’s plenty of division too, the lines of which become clearer the more open musicians are about their views. John Lydon of The Sex Pistols and PiL came out in support of Donald Trump during last year’s US elections; Ian Brown of The Stone Roses has been a vocal proponent of paranoid COVID-19 conspiracy theories; Ariel Pink and John Maus marched with the Trump supporters who invaded the US Senate in January; nuggets of racist idiocy continue to drop out of Morrissey’s mouth every time he opens it. What are they doing? Weren’t they one of us? Apparently “us” includes multitudes.

Even among people with apparently similar political outlooks, more subtle antagonisms can arise. The British groups Sleaford Mods and Idles are on the face of it quite similar — both delivering politically conscious, sharply worded lyrics critical of the British Conservative establishment, with music that evokes, albeit in very different ways, the twisted and distorted structures of post-punk. Nevertheless, they’ve had their disagreements, with the roots lying in class politics.

In 2019, Jason Williamson of Sleaford Mods criticised Idles for “appropriated a working class voice” despite coming from a far comfortable, middle-class background. The line these comments draw between Sleaford Mods and Idles isn’t a new one. Back in 1981, when German magazine SPEX asked Mark E. Smith from The Fall about Gang of Four, Smith’s criticisms came from a similar place:

“They preach the leftist ideas. They went to university and belong to the privileged class. The problem is that they pretend to know what the working class wants. But they haven't got a clue. Sham 69 knew what they were talking about and they were good. The English working class (including myself) find the music of the Gang of Four offensive, insulting, hurtful.”

There’s an issue relating to class politics here (and Jordan Peele’s 2017 movie “Get Out” takes aim at a similar dynamic in race issues) in how bourgeois liberals often dress themselves up in the struggles of the working classes to boost their own personal brands, in a way that typically ends up leaving the working classes right where they were, with even their own voice appropriated (and often watered down) by others. On “Nudge It” from Sleaford Mods’ recent album “Spare Ribs”, Williams says:

“I been out playin to this mindless abandon / This ropey idea about love and connection / Just stuck on silly ideas / ‘Cause it's all you can cook / You fucking class tourist / You mix your social groups up”

On a more fundamental level, of course, people who come across as preachy are always annoying, and the tendency of liberals and the left to be fussy and pompous about other people’s opinions seems to be part of what pushed John Lydon into the leathery arms of Trump. But then punk was arguably never a politically progressive movement to begin with: it was always reacting against something, and the line between reactive and reactionary is perhaps thinner than a lot of us want to believe. In the late-1970s, it was often reacting against a conservative establishment, but more fundamentally, it was reacting against any voices ordering them to be respectable.

Trump was a good punk president. A lot of his appeal lies in his ability to shuffle, shrug, mug and insult his way through life with no care for the consequences. There’s a liberation from responsibility in watching Trump’s disgracefulness that is similar to what punk gives — he doesn’t care about being respectable and he has a talent for blundering carelessly through any demands for subtlety or decorum. When he speaks, the details are always nonsensical, but the message is as catchy, simple and repetitive as a punk rock chorus.

It’s an instinct for simplicity that has enabled him and other far right figures to successfully co-opt anti-nationalistic songs by Bruce Springsteen (“Born in the USA”), Neil Young (“Rockin' in the Free World”) and Rage Against The Machine (“Killing in the Name”) to soundtrack a nationalist cause. They’re not stupid: they know these songs are aimed against them, but by simply refusing to see the subtlety in the message, they can erase it and claim the song for themselves through sheer weight of repetition, using the catchiness of the hooks to turn irony back against itself, drilling past its layers of sophistication and reclaiming the simple appeal that the song hangs from. The attitude of “Fuck you, I won’t do what you tell me” is at the heart of Trump’s appeal to his supporters.

Sleaford Mods are in a less brash sort of tradition. Williamson puts a great deal of importance on honesty about the place music comes from, and his talent is in his ability to communicate to people without a soapbox or pedestal. The song “Elocution” begins with the sarcastic opening line,

“Hello there, I'm here today to talk about the importance of independent venues. I’m also secretly hoping that by agreeing to talk about the importance of independent venues, I will then be in a position to move away from playing independent venues.”

You can read this as a criticism of Idles and other middle class rockers, but it’s perhaps just as much as a reflection of his anxieties about himself as he grows more successful, as his band gets invited to play larger venues, as he moves his family out from the neighbourhoods that he became famous writing about and into the suburbs. The line’s sarcasm aside, Sleaford Mods are strong supporters of independent venues, which have been hit badly by the pandemic, and in December 2020 contributed a song to a compilation album in support of the Independent Venue Week campaign.

Idles have also been vocal supporters of independent venues, and the 2021 music video for their song “Carcinogenic” was made to support local venues in their hometown of Bristol. The band and their PR machine certainly make a big show out of their cause, but how many venues in Bristol are complaining?

In a way, Idles vocalist Joe Talbot is just staking out his own sort of authenticity in a different territory from Williamson, many of his lyrics and pronouncements coming in the sort of confessional, slightly defensive voice usually encountered on the unsteady ground of social media, but grounded in a sort of positive-minded self-expression — he may not have an “authentic” backstory, but he’s true to himself. On “The Lover” from Idles 2020 album “Ultra Mono”, he addresses his critics in just this voice:

“You say you don't like my clichés / Our sloganeering and our catchphrase / I say, ‘love is like a freeway’ and / ‘Fuck you, I'm a lover’"

Part of the problem may also be that traditional divisions between working- and middle-class have been complicated by changes in society. Idles may not be working class themselves, but the angry yet celebratory voice of their music chimes with the growing class of university-educated, socially-conscious young people trapped in unsteady employment. Despite their struggles and increasingly dim futures, these new members of the recently emerged precariat have been derided as privileged students by a political and media establishment that prefers to see authenticity in twee, nostalgic 1950s fantasies of rural and working class life. They’re tired of being told that (for example) the countryside is more real than their world, when images of rural patriotism come straight off biscuit tins — tired of having their idealism sneered at and derided. To many people, Idles vocalist Joe Talbot cuts through these facile notions of “the real England” and offers a voice that acknowledges their frustration and anger.

“If you’re angry about inequality, you have to preach equality as an alternative rather than go, ‘Fuck you, you’re wrong,’” said Talbot in response to Williamson’s criticisms. “The fact that we’re still talking about the same stuff punks were dealing with in the 1970s means that ‘Fuck you’ thing didn’t work.”

There’s an attitude of “I’m tired of it, and my anger is justified!” that might sound similar to that of the Trump supporters. We should be wary of taking the comparison too far — similarly angry activisms, one fighting for a less cruel society and one storming the Senate in support of a white supremacist, are not the same thing — but there’s something similar in the dynamics. They’re both machines powered by anger (who was it that said “anger is an energy”?), both born from feelings of powerlessness, and also on some level driven from a personal desire for validation — to feel heard. They give people direction in a world that feels like it’s becoming impossibly complicated, but they also divide them into a multitude of voices, all trying to shout out their claims loudest.

Idles seem aware of the divisiveness of much political debate and rhetoric, but their calls for unity (on their own side at least) constantly rub up against Talbot’s essentially individualistic need to speak his own truth. In the song “Grounds”, he accuses his critics of being unconstructive:

“There’s nothing brave and nothing useful / You scrawling your aggro shit on the walls of the cubicle / Saying my race and class ain’t suitable / So I raise my pink fist and say black is beautiful”

To Talbot, he doesn’t want to be held back from making a contribution to issues he cares about simply because of his race and class. To others, though, Talbot’s annoyance at being told what it’s appropriate for him to say or otherwise may seem like a reflection of the core problem: that as a white, middle class man, he feels he has an intrinsic right to take command of any issue he chooses, on anyone’s territory, as well as the right to whatever career benefits that might accrue to him as a result.

When you look at disputes like this from a wide view, they’re obviously not that important — Jason Williamson is probably right when he says that “music can’t solve political problems”, and by extension of that, the political disagreements between musicians themselves are of little consequence. However, if the role of politics in music really comes down to how artists connect to their audiences, this is something both Sleaford Mods and Idles are doing very effectively to slightly different (but also to a large degree overlapping) crowds — one interweaving politics with caustic, surreal and often self-mocking observations of daily life, the other a celebratory insistence on itself and its beliefs that burns through all demands for restraint.

CAN - ele-king

 5月28日に『CAN:ライヴ・シリーズ』の第一弾がリリースされることは既報の通りだが、ついにというか、やっとというか、CANの全カタログ16作品のサブスク/デジタルが解禁された。
 また、『CAN:ライヴ・シリーズ』に関して、ダニエル・ミラー(MUTE創始者)のインタヴュー映像も届いたので、リンクをどうぞ。エレキングでも5月後半、イルミン・シュミットの最新インタヴューを掲載します。まだまだCAN再評価は続くのだった。

■ダニエル・ミラー(MUTE創始者)インタビュー映像(日本語字幕付)

interview with Telex - ele-king

ベルギーはヨーロッパの中央に位置する国だし、だから誰もがベルギーを襲ってきた。ローマ人の昔から、ドイツ人、フランス人、スペイン人等々。それくらい行き来が盛んだと、ユーモアの感覚を持たずにはやっていられない。それがないと、死ぬか、裏切り者になるしかないから(苦笑)。


Telex
this is telex

Mute/トラフィック

Synthe-PopTechno

 テクノ四天王などとは言いたくはない。テレックスは仏教徒ではないのだから。しかしテレックスは、クラフトワーク、ジョルジオ・モロダー、YMOらと並ぶ、70年代テクノの始祖たちの重要な一角を占めていることは間違いない。それにしても、テクノにおいてドイツ、イタリア、日本、そしてベルギーというポップの主流たる英米以外の国において突出した個が出現したというのは、一考にあたいする興味ぶかい事実だ。

 とまれテレックスは、その70年代テクノ・ビッグ・フォーのなかでは、わりかしマニアックなポジションに甘んじていた感があった。つまり知る人ぞ知るというヤツだ。そこで、CANの再評価を促した〈ミュート〉の総帥ダニエル・ミラーが、2021年からはブリュッセル生まれの伝説のテクノ・ユニットのリイシューに着手した。で、まずは挨拶状として、『This Is Telex』が4月30日にリリースされる。テレックスの全カタログから選曲されたベスト盤的な内容で、未発表も2曲ある。

 テレックスは、すでに音楽家としてのキャリアのあった3人のベルギー人によって結成されている(そこはYMOと同じだ)。たとえば、その言い出しっぺであるマルク・ムーランなる人物は2008年に他界してしまったが、彼はテレックス以前にはプラシーボなるジャズ・バンドの中心メンバーで、エレクトリック・マイルスへのベルギーからのアンサーとしていまだに再評価が続いたりする。そんな事情もあって、じつはテレックスはレアグルーヴ方面からの注目もあったりするのだ。

 とにかく我々は、ユーモアと実験、ポップへのこだわりをもって挑んだブリュッセルのテクノの始祖たちに話を訊くことにした。ありがたいことに、取材はダン・ラックスマン&ミッシェル・ムアースの2人が同時に受けてくれた。長いインタヴューだが、これを読んだらあなたはますますテレックスが好きになってしまうだろう。若い世代もこれを機にぜひ、テレックスの愉快なエレクトロニック・ミュージックの世界に触れて欲しい。楽しいってことは素晴らしいことなのだから。

いかにしてテレックスは生まれたのか

我々はちょっとスペシャルなことをやりたかったし、単なる「ポップ・ミュージック」ではなく、そこに別の次元が加わった何かをやりたかったんだと思う。

ミッシェルさん、ダンさん、こんにちは。

ダン・ラックスマン&ミッシェル・ムアース:(それぞれ)こんにちは。

今日はお時間いただきありがとうございます。

ダン&ミッシェル:(共に笑いながら)どういたしまして。

まずは今回の〈ミュート〉との再発プロジェクトについて。どのようにこの企画ははじまり、そしてこれから進展していくのでしょうか?

ミッシェル:ああ、今回の『This is Telex』は予告篇に過ぎないんだ。6枚のアルバムからそれぞれ2曲ずつ選んであり、未発表曲を2曲加えてある。うまくいけば今年じゅう、もしくはその後に、(オリジナル・アルバム)全タイトルを再発する予定だ。それに続いて、たぶんリミックス・アルバムが出るよ。素敵な男の子&女の子たちによるリミックスが(苦笑)。

ダン:(苦笑)

ミッシェル:リミクシーズを出す予定だ。

わかりました。で、日本には昔ながらの熱心なテレックスのファンがたくさんいますが、この取材はあなたたちを知らない若い世代のための取材にしたいなと思います。

ダン&ミッシェル:(共にうなずいている)

まずはテレックスの歴史についてお訊きします。結成は、1978年、ジャズ・バンド、プラシーボ(Placebo)解散後に故マルク・ムーラン(Marc Moulin)さんがおふたりに声をかけてはじまったと聞きますが、大体それで合ってます?

ミッシェル:……っていうか、君はもうわかってるよ。質問しなくて大丈夫!(笑)

ダン:たしかに。アッハッハッハッハッ!

(笑)当初あったコンセプトについてお聞かせください。

ミッシェル:うん。彼は以前に、別のプロジェクトでダンと何度かセッションで仕事したことがあってね。わたしもそのプロジェクトに参加していて、そこでマルクが思いついたのは──ダンは、すでに電子楽器に関するスキルで知られていたし、マルクはポップ・ミュージックを作ってみてはどうだろう? と思いついたんだ。それまで彼はジャズ、わたしは地味なフォーク・ロック~ジャズ的な音楽をプレイしていたからね。大衆に受ける音楽をやっていたのはダンだけだった。

ダン:(笑)

ミッシェル:そんなわけで、マルクは何かポップなものを、欧州大陸発の、ギターを使わない音楽をやりたいと考えたんだ。当時電子音楽は盛り上がりつつあったし、そこで彼はまずダンに声をかけ、彼らふたりはわたしをシンガーとして参加させるのに同意してくれた、と。

ダン:(苦笑)

ミッシェル:(笑)彼らが望めば、他にもっといいシンガーはいただろう。

ダン:アッハッハッハッハッ!

ミッシェル:とはいえ、歌の上手い/下手だけではなく、わたしの物事の考え方や曲の書き方等々が新しかったから、それで参加することになった。

ダン:その通り! でも、もちろんシングル1枚だけ、とは思っていなかったよ。我々はちょっとスペシャルなことをやりたかったし、単なる「ポップ・ミュージック」ではなく、そこに別の次元が加わった何かをやりたかったんだと思う。テレックスをやる前からマルクと仕事したことがあったのは事実だよ、あれはたしか、プラセーボの最後のアルバムのひとつじゃなかったかな? ブリュッセルの大きなスタジオで、わたしはシンセサイザーで協力してね。で、スタジオでの休憩中にマルクから「我々で電子音楽のグループを結成するのはどう思う?」と尋ねられて、ものすごく驚いたし、即座に「もちろん!」と答えて。
 とはいえ、自分たちにはもうひとりのパートナー、兼シンガーにもなってくれる第三の人物が必要なのはわかっていたし、ミッシェル・ムアースはどうかな? という話になった。ミッシェルとは、我々の一緒にやっていたレコーディングのひとつで出会ったばかりだったし、わたしもそれはいい、オーケイ! 試しに彼とやってみようじゃないか、と。
 わたしはあの頃、まあ「ホーム・スタジオ」と呼んでいいくらいの設備を自宅に構えていて、セミプロ級の8トラック・マシンも持っていた。でも、まずはそれで充分だったんだよ、我々がやりたかったのはシンプルなことだったから。8トラック、そして非常にベーシックなエレクトロニック機材、ヴォーカルで事足りるだろう、と。
 というわけで改めて1日一緒に集まることにし、スタジオで「さて、試しに何をやってみよう?」と話し合った。そこで、とても有名なフランス産の大衆ポップ曲、“Twist a St. Tropez”(※Le Chats Sauvages/1961)を取り上げ、それを作り替えてみよう、ということになった。オリジナルの歌詞はキープしつつ……あの歌詞は、非常に、なんと言えばいいのか……

ミッシェル:シュールレアリスティックだった。

ダン:そう、シュールな内容だったし、原曲のテンポをできるだけスローなものに変えてみたところ──突如として曲のトーンも非常に単色で、ヴォーカルもフランジャーがかかったものになり、自分たちも完全に「これはいい」と思えるものになった。というわけで、その日のうちにラフ・ミックスをカセット・テープに録り、たしかその後、翌日か、その2日後くらいだったかな? マルクはたまたま、我々の共通の知り合いと話していたんだ。彼は当時新興の、我々も知っていた〈RKM/Roland Kluger Music〉というレコード会社で働いていた人で、マルクが彼にデモを聴かせたところ「いいね、気に入った。上司(ローラン・クルーガー)に聴かせる」と。それでデモを聴いてもらい、すぐにレコード契約に至った。ところが「やばい、1曲しかない」と気づいて(苦笑)、B面用にもう1回セッションをやることになった。そもそもデモだった“Twist a St. Tropez”にトラックをひとつ付け足しリミックスしたものを作ってB面に入れ、それがテレックスにとってのファースト・シングルになった、と。

ミッシェル:“Twist a St. Tropez”のいいところは、我々が最初に抱えた疑問が「オリジナルを聞き返すべきかどうか?」だった点だね。というのもあの曲、原曲はずいぶん古くて、あの20年くらい前に出たのかな?

ダン:60年代のヒット曲だ。

ミッシェル:10年か20年近く前の古い曲だし、聞き返さずにカヴァーすることにしたんだ。記憶に頼ってカヴァーした、みたいな。

ダン:うん。

ミッシェル:だからこそ原曲の「コピー」にならずに、ほぼ自分たちの言語で作り替えることができたという。

3人がグループをはじめた当初は、シリアスな思いよりも、むしろ実験してみよう、というのに近かったでしょうか? テレックスというグループのヴィジョンは最初からはっきりしていた? それとも続けていくうちにそれが見つかった感じですか?

ミッシェル:そもそもの発想は、自分たちも気に入る、と同時にラジオやクラブでもかかる音楽を作る、というものだったね。けれども、さっき話したようにポピュラー音楽を作っていたのはダンだけだったし、わたしとマルクの音楽はもうちょっと一般には知られないものだった。そうだね、人びとにもっと聴いてもらえるものを作ろう、というのがアイディアとしてあった。

ダン:ああ。それに、我々もスタジオで楽しんだんだよ。たとえば、ファースト・アルバム用のセッションの際も「よし、今日は何をやろう?」「こんな曲にトライしたらどうだ?」という具合で、機材のスウィッチを入れてね。“Twist a St. Tropez”だと、まずあの曲のシークエンスからスタートして、例の(同曲のリフ・メロを歌う)♪ダダダ・ディ・ダダダダ……と弾いてみた。非常にシンプルなメロディだし、では続いてテンポに取り組もう、と。もちろん当時コンピュータはなかったし、テンポにしてもボタンをマニュアルで操作してスピードを落とす/上げるしかなくてね。で、テンポをどんどん落としていき、いいじゃないか、これでよし、というところまで遅くしていった。1曲目はそんな具合で、メインのシンセ・メロに続いて他のトラックをひとつずつレコーディングし、ヴォーカルを録り、ミックス。次は何をやろう? じゃあ、パリからモスクワに向かう列車についての曲はどうかな、ディスコなパートのある曲を? と。いいアイディアだ、やろうということになったし、さて、列車か。じゃあ、それを蒸気機関車だと想像してみて、ハイハットを通常のサウンドではなく、♪チチチチチチッ……という響きにして蒸気に見立てよう、と(編註:テレックスの大ヒット曲“Moskow Diskow”のこと。曲の冒頭ではポッポーという機関車の音が入っている)。そんな具合で、我々は本当にひとつひとつ作っていったし、かつそれを楽しんでいた。それに尽きる。

ミッシェル:アルバムを作ったとき、マルクはいろいろ考えていたと思う。

ダン:ああ、もちろん。単にマシンでやっただけではない。

ミッシェル:わたしにしても、いくつかデモを作ってきたし、あの頃はギターで作ったね。

ダン:もちろん、うんうん。

ミッシェル:だから、何もロマンチックなおとぎ話のように、「マシンに電源を入れたら、すぐに何もかも出来上がり」なわけではなかった。歌詞にしても、ちゃんと書いたしね。

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シンセサイザーの発見

“Twist a St. Tropez”のいいところは、我々が最初に抱えた疑問が「オリジナルを聞き返すべきかどうか?」だった点だね。

ダンさんは、70年代の早い時期からモーグを演奏されていますよね。

ダン:その通り。

テレックスの前にも『Disco Machine』というアルバムをThe Electronic System名義で発表したりしていますが、そもそもどうして電子楽器、シンセサイザー等に興味をもたれたのですか?

ダン:フム、それはたぶん、わたしは……音楽は多少勉強したけれども、キーボード奏者としてはあまり腕がよくなかったんだ。ミスも多かったし、楽譜もちゃんと読めなくて。で、マシンが登場したとき、わたしはまだ若いスタジオ技師だったけれども、新たなサウンドを出せるマシンに対して即座に興味が湧いてね。その点は自分にもすぐわかったし、実際、当時一般市場に出回った最初のシンセの一台をなんとか購入することもできた。モーグではなく、EMS VCS3というマシンだった。スタジオに置いてあったら、実物を君に見せてあげることもできるんだが……いまでも作動しているよ。でまあ、たまたまマシンを入手することができて、あれは1972年だったかな? 71年か72年のことだったと思う。ポピュラー音楽界にも突如として“Popcorn”(ホット・バター/1972)や“Switched on Bach”(ウェンディ・カーロス/1968)といったヒットが登場し出し、人びとも突然、シンセサイザーを発見しはじめた。
 で、そんな自分もスタジオにシンセサイザーを一台持っていたし、シンセをレコードで使いたがっている人びとのためにマシンをプログラムすることができるな、と思った。そんな風にして始まったんだ。みんなに「シンセを持っているから、エレクトロニック・サウンドを使いたかったら言ってくれ」と声をかけたし、おかげでそれがメインの仕事になっていった。
 フリーのエンジニアとしても働いていたものの、シンセサイザーのプログラマーとしての仕事の比重がどんどん大きくなっていって。そのうちにチャンスが訪れ、ソロとして最初のアルバムを作ることになった。“Coconut”というヒット曲を出してね。あれは世界各国で売れたし、日本でもヒットしたはずだ。スペインでは1位になったと記憶している。その成功で得た収入で、税金を払う代わりに、わたしは大型のモジュラー・シンセサイザーを買ったんだ。あのおかげで大きなモジュラー機材に投資することができた、と。あれがきっかけになって、ヴォコーダー等々、いろんな機材を買っていった。
 で、さっき君も言ったように、The Electronic Systemの最後のアルバムが『Disco Machine』で、あの作品でわたしはシーケンサーで実験していたんだ。まだ機材としてはプロトタイプの段階だったけれども、シーケンサーを使ってインスト・アルバムを作ろうと思った。だからたぶん、そうした何もかもがテレックスのはじまりを準備していたんだろうね。マルクにはそこがわかっていたんだと思う。彼とわたしは、我々がミッシェルと出会う以前に、わたしの狭いスタジオでアルバムを3枚レコーディングしたことがあったから。
というわけで、すべての要素はすでにあった、という。だからなんだよ、さっき「マシンに電源を入れたら、我々の準備はオッケー、レッツゴー」みたいに話したのは。というわけで……これが質問の答えになっているかどうかわからないけれども、うん、電子音楽機器には最初から興味があったよ。

ミッシェルさんは作曲家であり、デザイナーでもありますが、テレックスではどんな役目を負っていたのでしょうか? 作曲がメイン? それともヴィジュアルやコンセプト面を主に担当していたのでしょうか?

ミッシェル:いや、コンセプトは3人で考えたもの。でも、コンセプト面は主にマルクの範囲だったね。わたしはあの当時、建築家だったんだ。だから、音楽をやりつつ、建築仕事も掛け持ちしていた。ベルギーの都市計画等々のね。あの頃、ベルギーは新たな都市を作ろうとしていたんだよ。

■そうだったんですね。

ミッシェル:あれはたぶん、ベルギーで作られた唯一の「ニュー・シティ」だったんだろうな、というのも、この国はとても小さいし。

(笑)

ミッシェル:まあ、それはさておき──テレックスでのわたしの役割は作曲で、主に歌詞を担当した。それに、うん、レコード・スリーヴも何枚か手がけたな。写真家でもあるんだ。建築写真は結構撮ってきたし、音楽も作ったことがあるし、掃除も得意だ。

(笑)

ミッシェル:(笑)でも、テレックスでは主に、作曲面だったね。歌詞をメインで担当していたし、でも、何もかもをわたしひとりで書いたわけではない。

ヴィジュアル面やコンセプト的なところはいかがですか? すごく印象的ですし、たとえば『Neurovision』他で、エヴァ・ミューレン(Ever Meulen)のイラストを使っています。

ミッシェル:うん。

あなたたちにとって、ヴィジュアル面も、音楽と同じくらいに重要だったのでしょうか?

ミッシェル:というか、実は我々は、テレックスというグループとして、自分たちの顔を表に出したくなかったんだ。となったら一番いいのは、(本人たちの写真ではなく)ドローイングに代弁してもらう、ということで。実際、最初のうち、“Twist a St. Tropez”の頃はマスクをかぶっていた(※同曲のヴィデオでは、メンバーはゴーグルをかぶっていて顔が見えない)。でも、結局マスクは外さざるを得なくなってね、ドイツにテロリストがいたし、レコード会社から「テロリストのように、素性を出さずに顔を隠すのはまずい」と言われて。

(笑)

ミッシェル:(笑)だからなんだ、我々が正体を現すことになったのは。それにあの当時は、音楽業界側にもそういう思考を受け入れる準備が整っていなかった。いまだったら、ダフト・パンクがいるけれども。

たしかに。

ミッシェル:ただ、我々にとっては、音楽そのものの方が自分たち自身より重要だった。それに、ベルギーは国としてとても小さいから、常に副業を持っていないと音楽だけではやっていけなかった。ダンはエレクトロニック界でいろいろやっていたし、マルクもラジオの仕事をやっていた。

ベルギー人にユーモアは不可欠だ

たぶん……ユーモアはベルギー特有のものだろうけれども、それに加えて、我々がブリュッセルに住んでいるというのもあったと思う(苦笑)。というのも、典型的なブリュッセル人には、やや懐疑的なところがあってね。


Telex
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Mute/トラフィック

Synthe-PopTechno

クラフトワークやジョルジオ・モロダーからの影響があったのはわかるのですが、テレックスは彼らよりも遊び心とウィット、ユーモアがあったと思います。ユーモアについてのコンセプトもテレックス結成当初に話されていたと思うのですが、1997年にベスト盤『I Don't Like Remixes』を出したときも、2006年に『How Do You Dance?』で復活したときもテレックスは最後までユーモアを貫きましたよね。なぜそこまでユーモア、笑い、ギャグに強いこだわりを持っていたのでしょうか?

ミッシェル:思うに、それは……我々は、ここ(ベルギー)は、漫画に囲まれているわけでさ。エルジェの『タンタンの冒険』をはじめとしてね。それがどこから発しているかと言えば、ベルギーはヨーロッパの中央に位置する国だし、だから誰もがベルギーを襲ってきた。ローマ人の昔から、ドイツ人、フランス人、スペイン人等々。それくらい行き来が盛んだと、ユーモアの感覚を持たずにはやっていられない。それがないと、死ぬか、裏切り者になるしかないから(苦笑)。だから、我々のユーモア感覚はそこから来たんじゃないかとわたしは思う。それにもちろん、漫画文化もある。こっちでは“la ligne claire”と呼ぶんだけど……英語ではなんて言えばいいかな、『タンタン』がいい例だけれども。

ああ、「clean line」のことですね(※筆致の強弱がなく、陰影もつけない、平坦な画風のドローイング。日本大正時代のジャポニズム版画からも影響を受けたとされる簡潔な輪郭線と色彩の画法で、フランス/ベルギー圏のバンド・デシネに用いられた)。

ミッシェル:そう。で、我々の音楽も最初のうちはそんな感じだったんだ。それに──ユーモアの感覚もたまにある、っていうのはいいことなんだよ。音楽がおふざけになるのはよくあることだけれども、音楽でユーモアを醸すのは楽ではないから。

だと思います。たとえば映画にしても、真面目で重い映画だと誰もが「これは重要な作品だ」と言いますが、ユーモラスなコメディ映画だと、どんなによく作られた作品であっても軽んじられがちですし。

ミッシェル:そう。悲しいものを作るのがアートだ、と思われているからね。

ユーモアは、実はすごく難しいアートだと思います。

ダン:それもあったし、たぶん……ユーモアはベルギー特有のものだろうけれども、それに加えて、我々がブリュッセルに住んでいるというのもあったと思う(苦笑)。というのも、典型的なブリュッセル人には、やや懐疑的なところがあってね。たとえばブリュッセル人は、「ああ、もちろん!(yes, of course!)」と言いたい場面でも、ストレートにそう言わずに「いや、たぶんそうじゃないの?(no, maybe?)」と答えるんだよ。

(笑)

ダン:だから、いまミッシェルの言ったことに加えて、そこもあったんじゃないかと思うよ、我々がこう……やや「距離」を置いた音楽を作ったのは。音楽そのものは真面目に作っていたけれども、と同時に、そこに若干の距離も置いていた。要はロックンロールっぽいものだったわけで、そんなに「生真面目に」シリアスになることはないだろう、と。

(笑)。しかし、ただでさえ70年代末の当時は、まだエレクトロニック・ミュージックはシリアスに捉えられていなかった時代でしたよね。そんななかで、テレックスはさらにふざけていたように見えたから、ますますその作品がシリアスに評価されることはなかったというような話をムーランさんがされています。テレックスはリアルタイムではさほど評価されず、そこにフラストレーションを感じたことは?

ミッシェル:いいや……。

ダン:ノー、それはないなぁ。

ミッシェル:そこまで(評価は)悪くなかったし(苦笑)。もしかしたら唯一、ベルギーではそうだったかもしれないよ。というのも、我々のサクセスは国外発だったから。マルクはラジオでDJもやっていたけれど、彼は絶対に、自分のやっている音楽はラジオでかけなかった。だからあれは……

ダン:英語でどう言えばいいかわからないけれども、ベルギーではこういう意味のフレーズがあるんだよ、「生まれた国では誰も予言者になれない(Nobody's a prophet in his own country)」という。

ミッシェル:うん。

ダン:だから、ベルギー国内よりも国外でもっと成功を収めることになる、と。それに、ベルギー人というのはあんまり──フランス語では「chauvin(排外的な、熱狂的な愛国心)」と言うけれども、それほど強く自分自身を誇りに思っていないんだ。非常にchauvinなフランス人とは反対だよね、フランス人は(声色を強めて)「これはフランス産である、だからいいに決まっているではないか!」みたいな感じで。

(笑)

ダン:ところがベルギーでは、フランスのほぼ反対というのかな、(消極的な口調で)「我々はベルギー人です……」という感じだし。とは言っても、実は我々はいろんな面でクオリティは高いんだ。それは、さっきミッシェルも言っていたように、ベルギーはとても小さな国だからであって。たとえば、ベルギーのスタジオの人気が非常に高いのは、とてもいいスタジオだからであって。たぶん、小さな国だし、隣国と競い合う必要もあり、だからどんなスタイルの音楽にも対応できるいいスタジオになっていった結果じゃないかと。というか、それは世界じゅうどこでも同じだろうね。
 それに、ベルギー人というのは、たしかにユーモア感覚もあるけれども、他国と較べるととても自意識が強いところもあって。これはまあ……非常に大雑把な話だけれども、わたしはたまに、人びとが「自分はすごいことをやった!」と自慢して触れ回っているのを見て驚かされる。というのも、実際はそんなに大したことじゃないんだから。いやまあ、たしかにその人間はいい仕事をしたのかもしれないよ? けれども、別に奇跡的にすごい、というほどのことではないわけで──

ミッシェル:──我々は謙遜しがちなんだ。

ダン:そう、その通り。

ミッシェル:でも、ダンの言う通りだよ。我々が“Twist a St. Tropez”をリリースしたとき、ラジオでちょっと流れはじめてね。で、その頃行きつけだったカフェで、わたしが音楽をやっていると知っていた人に出くわして、その人は「聴いたかい? この曲(=“Twist a St. Tropez”)、最高じゃないか! でも、これがベルギー産のはずがない」と。

ダン:その通り。

ミッシェル:(苦笑)当時、我々はマスクをかぶっていたし、誰も正体を知らなかったんだよ。はじめのうちは自分たちが誰か明かさなかったし、それは我々3人にはそれぞれ異なるバックグランドがあったし、いろいろと悪口を言われそうだな、と。でも、リアクションは「いや、こりゃ絶対にベルギー産のはずがない!」だったっていう。

ダン:「ベルギー産だってぇ?」と。

(笑)。で、質問を作成した方は、ブリュッセルには90年代に2回(91年と98年)、2005年に1回行ったことがあるんです。古い街並みが美しくて印象に残っていて、91年に行ったときは、メインはアントワープのファッション・シーンの取材だったんですが、レコード店にはレイヴ音楽が溢れておりました。

ダン:うんうん(とうなずいている)。

で、テレックスが始動したころ、ブリュッセルにはあなたがた以外にも刺激的な音楽のシーンはあったのでしょうか?

ダン:……(困り顔で)ハッハッハッハァッ! ミッシェル、憶えてる?

ミッシェル:そうだねえ、ひとり、アルノー(おそらくArno Hintjensのこと)という男性アーティストがいたし──

ダン:たしかに、彼はもういたね。

ミッシェル:それに、わたしも好きだった、デウス(dEUS)というバンドもいて……

ダン:えっ? 彼らは70年代から活動していたっけ??

いやいや、90年代のベルギー・シーンではなく、70年代の話なんですが(※90年代のベルギーの話を枕にしたので、混乱させたようです)。

ミッシェル:ああ、そうか、オーケイ。70年代ね。

ダン:ぶっちゃけ、思い出せないなあ。憶えてる?

ミッシェル:いや、80年代に入ったら、一群のグループがいたよ。主に、イギリスから来た連中で。

ダン:ああ、そうだった。だから、ベルギーの「自国産」という意味では、ビッグなアクトはひとつもいなかったね。人気があったのは女性シンガー、あるいは北フランス出身のグループぐらいで。だからあの当時成功したものといったら、主にフランス発のヒットと、そしてイギリスから来たグループとに分かれていたね。

ミッシェル:でも、その後に〈クレプスキュール〉勢なんかも登場した。

ダン:そうだった。

ミッシェル:でも、彼らはそんなに人気が高かったわけではないし……

ダン:たぶん、我々がスタートした頃と言ったら、プラスティック・ベルトラン(Plastic Bertland)の“Ca Plane Pour Moi”(1977)が大きかったんじゃない?

プラスティック・ベルトランはパンク寄りなノヴェルティ・アクトで、エレクトロニック・ミュージックとはあんまり関係がない印象ですが。

ミッシェル:ああ、音楽的にはそうだね。

ダン:そうかな? でも……

あの頃だと、ボウリング・ボールズ(The Bowling Balls)なんかもいましたよね。

ダン&ミッシェル:ああ、イエス。

彼らも、ジョーク半分なグループだったようですが(※The Bowling Ballsは、漫画に登場する架空のバンドを具現化した、フェイクな企画ものグループ)。

ミッシェル:彼らは、もっと冗談寄りだったと思う。

ダン:たしかに、彼らは非常にジョークっぽかった。だけど、メンバーはいい連中でね。ミッシェルもわたしも知っているけれども、主要メンバーのひとりのフレデリック・ジャナー、彼もわたしの少し後にEMSシンセサイザーを買ったんだよ。彼もエレクトロニック・ミュージックを作りたがっていたからね。それに漫画家でもあったから、彼は常に「音楽をとるべきか、それとも漫画の道を進むべきか?」と悩んでいたね。でも、結局彼はどちらもやることにしたし、そんな彼の音楽作品のひとつがボウリング・ボールズだった。そう言っても、あれは友人仲間が集まってやったものに過ぎないし、実際、アルバムも1枚しか残していない。ただ、やっていて楽しかったし、あれは純粋に……英語だとどう言えばいいのかな、まあ、ジョークとして、お楽しみとしてやったことだったんだろうね。

ミッシェル:でも、彼らには、少なくともいい曲が2曲あったと思う。

ダン:ああたしかに、いい曲だった。それに、君にも見せてあげようか(と、立ち上がってアナログ盤を引っ張り出す)。フレデリック・ジャナー、彼は、わたしのレコードのスリーヴのイラストを描いてくれたんだ(見せてくれたのは、『The Electronic System Vol.2』のジャケット)。

素敵なジャケですね!

ダン:彼と出会ったきっかけは、彼から「VCS3を買うべきか、それともミニ・モーグを買うべきだろうか?」と相談を受けたことでね。で、わたしの答えは、「もしも君が、単にサウンド/音符を出したいだけではなく、ちゃんとエレクトロニック・ミュージックをやりたいのなら、VCS3の方がもっと可能性があるよ」と。で、彼も助言にしたがってVCS3を購入したし、「ありがとう」の意味を込めて、ある日、このイラストをわたしに残してくれてね。こちらとしても、ああ、これは完璧だ!と。ちょうど2枚目のアルバムを出そうとしていたし、これをジャケットに使わせてもらうよ、と。というわけで、この絵はボウリング・ボールズをやっていた、フレデリック・ジャナーの手によるものなんだ。


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『This Is Telex』と今後の展開

『This is Telex』の「これぞテレックス(This is Telex)」というタイトルは、テレックスの何たるかを示すと共に、おそらく、テレックスを知らない若いリスナーも「これがテレックスなんだ」と思ってくれるだろうし。


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Synthe-PopTechno

『This Is Telex』の選曲について教えてください。ダニエル・ミラーが選曲したんですか?

ミッシェル:〈ミュート〉が選曲してくれた。

ダン:うん、〈ミュート〉によるものだ。で、我々も「これはいいアイディアだ」と思ったんだよ、というのも、『This is Telex』は、さっきミッシェルも言ったように一種の予告編であり、いわゆる「ベスト盤」ではないからね。そうは言っても、割りと有名なヒット曲も含まれてはいる。ただ、アルバム6枚からそれぞれ2曲ずつ収録するというアイディア、これは素晴らしい。それに、このアルバムのタイトルだよね。「これぞテレックス(This is Telex)」というタイトルは、テレックスの何たるかを示すと共に、おそらく、テレックスを知らない若いリスナーも「これがテレックスなんだ」と思ってくれるだろうし、各アルバムから2曲、そして未発表曲も2曲含まれていて……

格好のテレックス入門編、イントロダクションだろう、と。

ダン:そうそう、イントロダクションだね。

“Rock Around The Clock”や“Dance To The Music”のカヴァーは当時としては画期的でした。テレックスにとって誰かの曲をカヴァーするというのはどんな意味があったんでしょうか?

ミッシェル:最初のうちは、我々自身のヴォキャブラリーを見つけるための手段としてやっていたんだ。

ダン:うん。

ミッシェル:ところが続けていくうちに、ポップ音楽のカタログみたいなものになっていった。たとえば、最初にやったカヴァーはロックンロール味のフレンチのイェ・イェ・ポップだったし、遂にはメキシコの“La Bamba”も取り上げた。だから、世界じゅうのポピュラー・ミュージックのカタログのようなものになったし、そこがポイントだった。ジャンルを越えて、それらを我々のものにする、という。かつ、どの曲もほぼ、原曲よりテンポを落としたものだったね。

ダン:ああ。

ミッシェル:誰にでもアピールするように(笑)

ダン:テンポがゆったりしていれば、誰でも踊れるからね!(笑)

“Moskow Diskow”はどのくらいヒットしたのでしょう? ベルギーよりも、むしろヨーロッパ全土でヒットした感じだったんでしょうか。

ミッシェル:というか、あの曲は世界的にヒットしたと思うよ。

ダン:そうだね。

ミッシェル:我々にとってのメイン曲というか、面白いもので、あの曲は我々の編集盤には大抵含まれる。だからおそらく、人びとがもっともよく知っている曲があれになるだろうね。もしかしたら彼らは、「テレックスの曲だ」とは気づかないまま聴いているのかもしれないが。

なにゆえテレックスはディスコないしはダンス・ミュージックであることは意識したのでしょう? ディスコというのは、初期のエレクトロニック・ミュージックにおいてもっとも自由に実験ができる場だったのですか?

ミッシェル:……自分たちとしては、「ダンス・ミュージックを作っている」という思いで音楽を作ったことはなかったんじゃないかと思うけどなぁ……?

ダン:まあ、“Moskow Diskow”は除いていいんじゃないかな。あれは、列車の中にディスコテークがある、というアイディアから生まれた曲だし。ただ、それ以外では、ミッシェルの言う通りだ。

ミッシェル:(フーッと嘆息)とにかく、テンポをああやって調整しただけだし。わたしは、たまにクラブ等に踊りに行ったことはあったよ。でも、他のふたりが踊っている姿を見かけたことは一度もないし──それより、ふたりが椅子に腰掛けている姿なら思い浮かべられるけどね!(苦笑)

ダン:ハッハッハッハッハッ!

ミッシェル:とにかく自分たちにとって気持ちがいい音楽を作っていたし、「ダンス・ミュージックを作ろう」という思いでやったことではなかったと思う。結果的にダンス・ミュージックになった、ということであって。

なるほど。“Rock Around The Clock”(1979)でリミックスを手掛けるPWL(ピート・ウォーターマン)とはどうやって知り合って、お互いどんな関係で仕事をしたのでしょう?

ダン:彼とは、〈RKM〉のローラン・クルーガー経由で知り合った。ローランだったんじゃないかな、彼にあのリミックスを依頼したのは? どう思う、ミッシェル?

ミッシェル:(考えながら)彼は、我々がBBCの『Top of the Pops』に出演した際について来てくれたんじゃなかった?

ダン:ああ、そうだ! 彼に会ったのは、あれがはじめてだった。

ミッシェル:で……そうして知り合ったし……

ダン:そうそう。

ミッシェル:でも、それ以外は──(苦笑)いや、可笑しかったのは、彼はリミックスをやってくれたけれども、あの曲にサックスを加えたんだよね。

(爆笑)

ダン:(笑)なんたる悲劇!

ミッシェル:(苦笑)でまあ、あれはちょっと、ヘンだった。

ダン:ハッハッハッハッ!

ミッシェル:(グフフッと吹き出しながら)あれは、我々のユーモア感覚の度すら越えていたよ。

(笑)サックスは、さすがにちょっとクサそうですね。

ミッシェル:どうだったんだろう? とにかく、あれは我々には理解できなかった。というか、リミックスを気に入ったことは滅多にない。だから、自分たち自身でいくつかリミックスをやったんだしね。でもまあ、時代的にも早かったんだと思う。リミックス自体、まだそんなに一般的ではなかったし。

ダン:そうだね。

ミッシェル:だからきっと、彼もいろいろ試していたってことだと思う。気に入らなくて、ごめんよ(笑)

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細野さんとの思い出

細野晴臣さんとコシミハルさんがスタジオを訪れたときのことは憶えていますよね? 

ダン:ああ、もちろん!

彼らの“L'Amour Toujours”もとても洒落ていましたが、当時どんな風にセッションがはじまったのか教えて下さい。細野さんがあなたたちにアプローチをかけたんでしょうか?

ダン:ああ、そうだよ。

ミッシェル:この話は、ダンに任せる。あのとき、わたしはヴァカンスに出かけていてスタジオにいなかったから(苦笑)

ダン:うん、彼(細野さん)が連絡をとってきて、ごく普通に、スタジオをブッキングしたんだ。わたしとしては「なんと!」と驚いたけれどもね、イエロー・マジック・オーケストラのメンバーが自分のスタジオに来るなんて、と思ったし、3日間のブッキングだったな。とてもシンプルなセッションだったよ。彼らがスタジオにやって来て、彼は英語を喋らなかったし、残念なことにわたしは日本語を喋らなかった。それで、とてもナイスなフランス人の通訳氏、たしか東京在住の人だったはずだが、彼が現場での通訳として付き添ってくれてね。ところが、彼にはほとんどやることがなかったんだ、というのも、音楽を通じてであれば、言葉を使って会話する必要はないから。それに、彼(細野さん)と自分のやっていることが非常に似ているのにも気づいた。わたしは非常に初期のシーケンサーのひとつ、とても複雑な、ローランドのMC-4という名前の機材を持っていてね。で、あれはMIDIやコンピュータ以前の時代のシーケンサーだったから、何もかも自分でプログラムを打ち込まなくてはならなかったんだ。あれでシークエンスを作るのは面倒で悪夢のようだったけれども、彼の打ち込みのスピードはあっという間、本当に早くてね! で、彼は「モーグ・モジュラーで曲をやろう」と言ってきて、我々は主にモーグのモジュラーを使い、一方で彼がシークエンスをプログラムしていき、それをレコーディングした、と。あれはファンタスティックな3日間だった。
 それに、さっきも言ったように、我々は言葉が通じなくても大丈夫だったんだ。それはグレイトだったし、思い出すよ、通訳氏が「僕は不要みたいなので、外に出かけるとします。あなたたちだけで放っておいて大丈夫でしょう」と言ったのは。そんなわけで我々はレコーディングを進め、ヴォーカルを録り、以上、と。そして彼はテープを……あの曲のミックスは、わたしがやったんだったかな? ミックスも、もしかしたらやったかもしれない。ともかく……ああ、たしか彼は、当時世界ツアーをしていたんだったと思う。で、レコーディングをやった何週間か後に、レコード会社から完成したアルバムが届いた、と。とてもシンプルで、とても素敵な、とてもいいお土産をもらったね。あれは素晴らしかった。

あの頃、もうイエロー・マジック・オーケストラのことはご存知だったんですね。

ダン&ミッシェル:うんうん、もちろん。

テレックスは、ときに「ベルギー版クラフトワーク」、あるいは「ベルギー版YMO」とも称されますよね。

ミッシェル:(苦笑)

もちろんそれぞれ異なる個性のグループとはいえ、そういった意味でYMOにはどこかしら親近感も抱いていましたか?

ミッシェル:ああ。

ダン:自分と彼(細野さん)の仕事の仕方がどれだけ近いかに気づいたときは、とても驚かされたんだ。それもあったし、彼がモーグを好きというのにも驚いたね。日本には自国産の素晴らしいシンセサイザーがたくさんあるのに、彼はポリ・モーグのサウンドが好きで、あれは珍しかった。実際、可笑しかったんだが──あの何年か後、90年代に、わたしの新しいスタジオで日本人プロデューサーと仕事する機会があったんだ。残念ながら、彼の名前は忘れてしまったけれども。で、彼は細野氏の友人だそうで、わたしのスタジオに来てびっくりしていた。「細野さんのスタジオと同じですよ!」と。

ミッシェル:(笑)

ダン:で、ふと思い出したのが、そう言えば細野氏は、スタジオにいたときやたら写真を撮っていたっけな、と。

(笑)

ダン:(笑)だから、もしかしたら彼は自分のスタジオを、わたしのスタジオに少し似せて編成したのかもね? それはまあ、笑える逸話、ということだけども。

ちなみに、ダンさんのSynsound Studioはレコーディング・スタジオとしていまでも続いているんですね。

ダン:ああ。

しかもシンセサイザー(アナログ&デジタル)やサンプラー、ドラムマシンなど、70年代~80年代の貴重な機材が揃っています。やはりこういった機材がそうとうお好きなんですね?

ダン:そう。いま、君がスタジオにいないのが残念だね、こっちにいたらあれこれと見せてあげられるんだけれども。でも、うん、モジュラー・シンセはいつでも使えるよう整備してあるし、しかもミニ・モーグも新たに買った。わたしがもっとも好きなシンセサイザーは、もちろんアナログだ。ちなみに、アナログ・シンセはまた人気が再燃しているんだよ。

ですよね。

ダン:どうしてそうなったかと言えば、音響制作機材の進化はあったものの、その基本であるアナログ・シンセサイザーに再び立ち返ったということじゃないかと思う。だから、自分自身のサウンドを作る必要があるんだよ。どれだけプリセット他のサウンドがあったとしても、サウンドを考え、それを自分で作り出さなくてはならない。ただ他から音を盗んできて、それを何かに作り替えることのできるサンプラーとはわけが違う。だから、アナログ・シンセにやれることは少ないかもしれないけれども、そのぶん逆にクリエイティヴになれると思うんだ。
 というのも、本当に自分で一からはじめなくてはならないし、電気からサウンドを作ることになるから。本当に興味深いのはそこだ。というわけで、うん、わたしはまだいろいろやっているし、この取材の後にスタジオに入り、新たに曲を作るつもりなんだ。ベーシックなアイディアが浮かんでいるし、それをマシンにフィードして新しい曲を作ろうかな、と。スタジオ・エンジニアとして働くのも好きだけれども、できれば自分がやりたいのは、サウンドをクリエイトし、そこから曲を作ることだから。電気からね。

80年代以降、エレクトロニック・ミュージックを更新したもっとも重要なアーティスト、あるいはあなたたちよりも下の世代の電子音楽家で好きな人/共感できる人は誰ですか?

ミッシェル:……ビョークかな。

ダン:ああ、彼女だね。

ミッシェル:彼女は常に探索を続けているし、わたしが音楽に関して好きな点もそこなんだ。そうは言っても、わたしもポップな音楽は好きだよ。ただ、何かをサーチしている人が好きだね、音楽として、必ずしも聴きやすくはないかもしれないけれども。

ダン:ビョークに……

ミッシェル:たとえばビョーク、それからFKAツィッグス等。そういう人たちだな。

ダン:そう。ビョークは、もちろんだ。彼女は常にイノヴェイティヴで新たなことをやろうとしているし、それに──まあ、この名前はちょっと一般的過ぎるかもしれないけれども、わたしはビリー・アイリッシュも好きだ。

ミッシェル:(先を越されてやや悔しそうにつぶやく)彼女の名前は、わたしも言おうとしていたところだよ。

(笑)そうなんですね!

ダン:(笑)ああ、彼女は大好きだ。

ミッシェル:まあ、音楽面は、彼女の兄がほとんどやっているらしいけれども。

ダン:ああ、そうだよ。だが、あのふたりは、どちらも非常に才能がある。

ミッシェル:彼女の音楽は悲しい感じだけれども──

ダン:うん。

ミッシェル:──(苦笑)でも、音楽はグレイトだ。

テレックスにはグルーヴがある


Telex
this is telex

Mute/トラフィック

Synthe-PopTechno

マルク・モーランがいまここにいないことは残念ですが、彼はどんな人だったのか教えていただけますか?

ミッシェル:彼はどうだったか……。彼は考える人だったと思う。かつ、ユーモアと才能にあふれていた。よき友だった。

ダン:そうだね。それに、彼は本当に優れたミュージシャンでもあった。そう思うのは、何年か前にテレックスの音源をデジタル化した際にマルチ・トラックを聴く機会があって、そこで彼がどれだけグルーヴにノって演奏していたかを発見したからでね。あの当時はテクノロジーも単純、ごく初歩的だったし、シークエンスに関してはあまりテクノロジーの活躍する可能性がなかった。だから、ドラムと非常に基本的なシークエンスを除き、ほとんどのトラックは手で、マニュアルに演奏されていたんだ。ベース・ラインの多くは手で演奏されていたし、それが実にグルーヴに富んでいてね。完璧ではなかったし、でも、それこそがグルーヴというものの概念であって。
 だからだろうな、自分たちがこう思ってきたのは……人びとは「エレクトロニック・ミュージックは冷たい音楽だ」と考えるけれども、そんなことはないんだよ。我々はそんな風に感じなかったし、スタジオにいた間、本当にグルーヴをエンジョイしていた。リズム・トラックがあり、ベーシックなドラムがあり、ベース・ラインがあり、そこに最初のキーボードが入ってくる云々、彼はそこに常にいた。それにもちろん、彼はアイディアが豊富だった。わたしは機材の背後でボタンetcを操る役まわりだったけれども、マルクとミッシェルが曲について話し合っている様は聞こえた。
 いまでもよく思い出すのは、3人一緒にサウンドを見つけようとしていた場面だね。わたしは機材のボタンを調整していて、そのうちに自分でも「これはいいな」と感じて、すると同時にミッシェルとマルクも「いいぞ!」と言ってくれて。「その位置のままで、いじらないで」と言われて、わたしも「わかった」と。そういった様々が組合わさった経験なんだ。

ミッシェル:それもあったし、たぶん……さっき、君は我々を「ベルギー版クラフトワーク」と呼んだけれども──いや、そう形容した人は君が最初ではないから、気にしなくてもいいんだよ(笑)

ダン:(苦笑)

ミッシェル:ただ、クラフトワークと我々の主なひとつの違いと言えば、それはおそらくグルーヴだろうね。

ダン:そう!

ミッシェル:というのも、マルクは黒人音楽に心酔していたし、彼はジャズ・マンでもあった。だから、思うにクラフトワークとの主要な違いは、テレックスにあったグルーヴではないか?と。さっきダンも話していたように、サウンドの多くは手で演奏したものだったからね。

ダン:そうだ。それにわたし自身、デジタルに変換していたとき、それに気づいて驚いたんだ。レコーディングの現場で、マルクがどれだけ楽々とあれらの演奏をしていたかは憶えているし、その場ではわたしも深く考えていなかった。ただサウンドを出し、プレイしていただけだし、そのテイクでオーケイ、それで決まりという感じで、実に楽だった。ところが、あれは一見楽そうに見えて、そうではなかったんだね。彼のプレイは本当に大したものだったな。タイミング感が、本当に、実によかった。そういえば、最後のアルバムを作る際に、マルクがキーボードを習い直しているんだ、と言っていたのは憶えているかい、ミッシェル? 彼は毎日数時間、もっと上手くなるためにキーボードを練習したんだ。そもそも非常に腕のいいキーボード奏者だったにも関わらず、それでもなおがんばった、という。

ミッシェル:間違いない、彼なしには、テレックスはあり得なかった。

ダン:それはもちろんだ。あり得ないよ、まったくそう。

ミッシェル:彼が決め手だった。

アルバムの最初と最後が未発表曲でしたね。2曲(“The Beat Goes On/Off”、“Dear Prudence”)ともカヴァー曲で、2曲ともとても面白いと思いましたが、どうしてこれがお蔵入りになっていたんでしょう?

ミッシェル:(苦笑)

秘密としてキープしてあった曲、とか?

ミッシェル:いやいや。あれは……我々が音楽作りをストップした後も、たまに顔を合わせて、何か一緒にやれることはないか?と探っていたんだよ。

ダン:アイディアをね。

ミッシェル:あれら2曲は、取り組みはじめてはみたものの、やった当時は興味深いとは思えなくてね。将来性を感じられなくて……。

ダン:アルバム1枚を作るに足るだけのアイディアが浮かばなかったんだよ。そこで、あの2曲はとっておくことにしたはずだ。で、やっと最後のアルバムができたとき、あれはマルクのアイディアをもとにしたんじゃなかったっけ、ミッシェル? この話は何日か前に思い出したんだけれども、そのアイディアは自分たち自身をサンプリングする、というものでね。だから、歌のパーツからはじめて、そこから新たなサウンドを作り出す、という。あのアイディアを、我々は実に──

ミッシェル:リサイクルする、ということだよね。

ダン:そう。興味深く、エキサイティングなアイディアだと思ったし、とても上手くいった。あのおかげで、最後のアルバムを完成させることができたんだ。

ミッシェル:とても上手くいったとはいえ、それほど成功には結びつかなかったな(苦笑)

(笑)

ダン:(苦笑)いや、それはなかった。

ミッシェル:でも、今回リミックスして、気がついたよ。あれは実にいいアルバムだ、うん。シンプルでいい作品。わたしも気に入っている。

ダン:わたしも同感。

日本には長きにわたってテレックスの熱狂的なファンがいますが、彼らに対してひと言お願いします。また、これからテレックスを聴くであろうリスナーにもひと言。

ミッシェル:んー……こう言おうかな。「我々を眺めるのではなく、音楽を聴いてください」

ダン:(笑)。そうだね、わたしも同じだ。「音楽を聴いてください」だ。

質問は以上です。今日はお時間いただき、ありがとうございました。

ダン&ミッシェル:ありがとう。

この再発を期に若いリスナーがテレックスを発見してくれると思うとワクワクしますし、今後の展開を楽しみにしています。もしかしたらあなたたちの新しい音楽を聴ける日が来るかも?と、期待していますので。

ミッシェル:……たぶん、それはない。

ダン:フフフフフッ!

ミッシェル:(苦笑)

そうですか。残念です……

ミッシェル:あ、ひとつだけいいかい? 君は通訳だよね? 音楽関係の仕事を主にやっているの? たとえば、いま君の言った最後のセンテンス、あれは質問者の言葉なのか、それとも君自身の言葉?

いちばん最後はアドリブです。でも、質問作成者も同じ思いを抱いているはずですので。今日は通訳として話させていただきましたが、わたし自身音楽ライターもやっていますので、音楽は少し知っています(苦笑)。

ミッシェル:ああ、そこはわたしも感じたよ。とてもいいインタヴューだった。どうもありがとう。

ありがとうございます。くれぐれも、お大事に。さようなら。

ダン&ミッシェル:ありがとう、君もね。

Squarepusher - ele-king

 90年代を思い返すようなアルバム『Be Up A Hello』から早一年。今度は、まさに90年代につくられたスクエアプッシャーの記念すべきファースト『Feed Me Weird Things』(96年)がリマスターされ、リイシューされる。サブスクでも初解禁。これは嬉しいぜ。
 ちなみに同作はもともと〈Rephlex〉からリリースされていたが、25年のときを経てついに、トム・ジェンキンソンの他のアルバム同様、〈Warp〉のラインナップに加わることとなった。

俺の最初のアルバムを出してくれた〈Rephlex〉はアーティスティックな意味ではすごくイイ。こだわったリリースをしてるしね。でもやっぱりカルトなものばかりで、多くのヒトに聴いてもらいたいものを出すのには向いていないだろ。俺は自分の音楽をあるカテゴリーにわけられたり、ものすごくコアなひとにしか聴いてもらえないものにはしたくないんだ。 ──97年のトム・ジェンキンソンの発言(『Warp 30』124頁)

 今回の復刻では、おなじく〈Rephlex〉から出ていたEP「Squarepusher Plays...」収録の2曲が追加される(つまり、旧日本盤の構成が本国へもフィードバックされたかたちですな)。細やかにプログラムされたドラムにフュージョンのベース、どこか憂いを帯びたせつないメロディ。スクエアプッシャーの原点が、いま蘇る。 

SQUAREPUSHER

デビュー作にして、ジャズとエレクトロニクスの革新的な融合を成し遂げた
不朽の大名盤『FEED ME WEIRD THINGS』の25周年を記念し、
待望のリマスター再発決定!
高音質CD紙ジャケ仕様の国内盤やTシャツセット含め、
6月4日世界同時リリース!
サブスク/デジタルも同時解禁!

鬼才スクエアプッシャーによる衝撃的デビュー・アルバムにして、その後の音楽シーンに多大なる影響を与えた大名盤『Feed Me Weird Things』。1996年にエイフェックス・ツインことリチャード・D・ジェイムスによるレーベル〈Rephlex〉よりリリースされ、10年以上もの期間、CDやLPはもちろん、ストリーミングやダウンロード配信も行われていなかった本作が、リリースからちょうど25年目にあたる6月4日に待望の再発決定! サブスク/デジタルも同時解禁! 発表に合わせて “Theme From Ernest Borgnine” が公開!

Squarepusher - Theme From Ernest Borgnine
https://youtu.be/Mp0JLqc8oTQ

スクエアプッシャー本人が監修した今回のリイシュー盤の音源は、オリジナルのDATからリマスターされており、同時期にリリースされたEP作品「Squarepusher Plays...」のBサイドに収録された2曲 “Theme From Goodbye Renaldo” と “Deep Fried Pizza” も収録。16ページの拡大版ブックレットでは、制作当時を振り返るセルフライナーノーツや、使用機材の情報を含む本人による各曲解説、当時の貴重な写真やメモが掲載され、キャリア初期の背景を解き明かす内容となっている。紙ジャケ仕様の国内盤CDは、高音質UHQCD(全てのCDプレーヤーで再生可能)となり、ブックレット訳とリチャード・D・ジェイムスによる寄稿文の対訳、そして解説書を封入。また数量限定のTシャツセットも発売され、輸入盤LPには、ブラック・ヴァイナル仕様の通常盤に加えて、クリア・ヴァイナル仕様の限定盤も発売される。

2020年リリースの最新アルバム『Be Up A Hello』では、90年代の機材を多用したという点も注目を集めたが、若干19歳の時に作った楽曲も収録されている『Feed Me Weird Things』を聴けば、当時の初期衝動が今もなお彼を突き動かし、常に型破りな作品を生み出し続けていることが理解できるだろう。

様々なサブジャンルが誕生した当時のエレクトロニック・ミュージックにおいて、今作がこれだけ特別な輝きを放ち、他のアーティストによる同時代の良作と一線を画していた理由の一つには、ジャズの影響を強く受けたトム・ジェンキンソンが、ジャズとエレクトロニクスの革新的な融合を成し遂げ、その卓越したベースプレイを披露した最初の作品であることも挙げられる。複雑に構成され、時には超高速に展開するビートが刺激を与えてくれる一方で、すでに完成されていたベースプレイは、心地よく魅力的に響き渡り、先進的な音楽ファンのすべてを虜にした。

スクエアプッシャーは、フルートという楽器を使わずに、フルートに開いた穴だけでどんな音が鳴らせるかと考える人物だ。過去に一度も鳴ったことのない音を出すため、リチャード・ロジャーズとジュリー・アンドリュースは『サウンド・オブ・ミュージック』すなわち音楽の響きをもたらし、ジョン・ケージやサイモン&ガーファンクルは(「4分33秒」や「サウンド・オブ・サイレンス」で)静寂の響きをもたらし、そして今、スクエアプッシャーは “サウンド・オブ・サウンド” つまり “音による響き” を我々にもたらす。 ──PRichard.D.Jams ※
※ リチャード・D・ジェイムス(アートワークに掲載された原文まま)

リチャード・D・ジェイムスとグラント・ウィルソン・クラリッジが主宰した〈Rephlex〉にとっても最重要作品の一つである今作『Feed Me Weird Things』のトラックリストは、トムから渡されたテープをもとにリチャードが監修して組まれたという。アートワークには、リチャードが他のアーティストのために書いた唯一の寄稿文も記載されている(国内盤CDの解説書には対訳を封入)。

初期のEP作品や、96年にリリースされた『Feed Me Weird Things』をきっかけに〈Warp〉と契約したスクエアプッシャーは、同年末に「Port Rhombus EP」、翌97年には「Vic Acid EP」と『Hard Normal Daddy』を〈Warp〉からリリースし、以降レーベルを代表するアーティストとして今もなお第一線で活躍している。

label: Warp
artist: Squarepusher
title: FEED ME WEIRD THINGS
release: 2021/06/04

tracklist:
01 Squarepusher Theme
02 Tundra
03 The Swifty
04 Dimotane Co
05 Smedleys Melody
06 Windscale 2
07 North Circular
08 Goodnight Jade
09 Theme From Ernest Borgnine
10 U.F.O.'s Over Leytonstone
11 Kodack
12 Future Gibbon
13 Theme from Goodbye Renaldo
14 Deep Fried Pizza

Jun Togawa - ele-king

 ヤプーズといえば『ヤプーズ計画』と『大天使のように』はアナログでリリースされましたが、いきなり押し寄せたCD化の波によって『ダイヤルYを廻せ!』以降はCDしかリリースされませんでした。これが20年の時を経てアナログ化されます! 針を落として目をくるくる回してアナログの音を楽しみましょう~。♪いろいろあったわよね~ 覚えているわ~ 


ヤプーズ
ダイヤルYを廻せ!

8月18日(水)
品番:PLP-7171
価格:¥3,850 (税込)(税抜:¥3,500)
★初回生産限定
Pヴァイン盤もベストセラーを続ける言わずと知れたヤプーズの1991年の3作目、『赤い戦車』収録! 邦楽ロック史上最強の大傑作アルバムが初のアナログLP化!(オリジナル・リリース:東芝EMI 1991年)



ヤプーズ
ダダダイズム

発売日:8月18日(水)
品番:PLP-7172
価格:¥3,850 (税込)(税抜:¥3,500)
★初回生産限定
これまたPヴァイン盤もベストセラーを続ける4作目。平成が始まらんとする年1992年に発売した、ヤプーズの底力を思い知らされる1枚。ジム・オルークの愛情たっぷりな解説も。(オリジナル・リリース:東芝EMI 1992年)

※各定価¥3,850(税抜¥3,500)


4日間限定アーカイブ配信
そして、先日行われたバースデイ・ライヴの模様が4日間配信されます!

■JUN TOGAWA BIRTHDAY LIVE 2021
3/31にクラブチッタ川崎で行われたライヴを、ほぼノーカットで配信!
新曲「おしゃれババア」を初披露! ゲストに高木完!

5/7(金)19:00 → 5/10(月)23:59
*チケットの販売は5/10 21:00まで

視聴チケット¥3500 4/24から販売。
Streaming+、ZAIKO
*ZAIKOは海外からの視聴可能。

Fishmans - ele-king

 まずはデビュー記念日の本日、4月21日(水) 20:00から、緊急無料配信イベント“Time passes and the future is now” が開催されます。茂木欣一がMCをつとめ、フィッシュマンズの30年間のこと、映画のこと、今後のことを大いに語る! そして、アコーステックなライヴもありです。

<イベント詳細>

オンラインイベント:”Time passes and the future is now”
配信日時:4月21日(水) 20:00 スタート予定
出演:フィッシュマンズ
チケット:無料 配信チャンネル:
https://www.youtube.com/channel/UCidxrkly1E665xDoTkaHNaw

*チャンネル登録お願いいたしますね!

 続いて、『映画:フィッシュマンズ』の続報です。
 以前、お知らせしした映画、いよいよ詳細があらわになってきました。ポスター&ティザー予告、そして、UA、ハナレグミ、YO-KING(真心ブラザーズ)、原田郁子(クラムボン)、こだま和文など豪華オールキャストも解禁。

【あらすじ】
90 年代の東京に、ただ純粋に音楽を追い求めた青年たちがいた。彼らの名前は、フィッシュマンズ。プライベートスタジオで制作された世田谷三部作、ライブ盤「98.12.28 男達の別れ」をはじめ、その作品は今も国内外で高く評価されている。
だが、その道のりは平坦ではなかった。セールスの不調。レコード会社移籍。相次ぐメンバー脱退。1999 年、ボーカリスト佐藤伸治の突然の死......。
ひとり残された茂木欣一は、バンドを解散せずに佐藤の楽曲を鳴らし続ける道を選ぶ。その想いに仲間たちが共鳴し、活動再開。そして 2019 年、佐藤が世を去ってから 20 年目の春、フィッシュマンズはある特別な覚悟を持ってステージへと向かう——。過去の映像と現在のライブ映像、佐藤が遺した言葉とメンバー・関係者の証言をつなぎ、デビュー30 周年を迎えたフィッシュマンズの軌跡をたどる。

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佐藤伸治
茂木欣一 小嶋謙介 柏原譲 HAKASE-SUN HONZI 関口“dARTs”道生 木暮晋也 小宮山聖 ZAK UA ハナレグミ YO-KING(真心ブラザーズ) 原田郁子(クラムボン) こだま和文
監督:手嶋悠貴
企画・製作:坂井利帆
ACTV JAPAN/イハフィルムズ 2021/日本/カラー/16:9/5.1ch/172 分
©2021 THE FISHMANS MOVIE

7月9日(金)より新宿バルト9、渋谷シネクイントほかにて公開決定!

※別冊エレキング『永遠のフィッシュマンズ』もいま作業の真っ直中です! 乞うご期待。

Otagiri - ele-king

 Otagiri(オタギリ)の『The Radiant』はリアルではない。痛快なほどシュールだ。このアルバムを聴いていると想像力がかき立てられ、思いも寄らぬイメージがつぎつぎと湧きあがってくる。非常にスリリングな音響体験だが、これは日本で生まれたヒップホップのアルバムである。
 文脈を異にするさまざまな音の断片が入り乱れ、予測のつかないかたちでコラージュされていく。ことばも、ラップというよりはポエトリー・リーディングや演説に近い。ひとつひとつのサウンドや単語は、なるほどたしかにドキッとさせる瞬間もあるにはあるが、決定的な人生の物語や内面を描写することはなく、ただ曲全体のなかへと埋没していく。サックスやら声明やら具体音やらが転げまわり、日本語は唐突に英語へと切り替わる。まずは “Music Related” を聴いてみてほしい。

 Otagiri なるこの才能は、すでに10年ほどまえから活動をはじめていたようだ。これまで Soccerboy や S̸ といった名義で音源を発表したりライヴをしたり、劇作家の岡田利規や ECD とコラボしたり、沖縄を拠点にしているらしいこと……しかしより詳しい情報は出てこない。むかしのバンドキャンプのページも削除されてしまっている(コンピ『REV TAPE VOL.2』は生存を確認。ほかにフィジカル盤では、コンピ『Fresh Evil Dead』や ECD のベスト盤にその名が見える)。『fnmnl』のインタヴューから読書好きだというのはうかがえるのだが、バイオ的なことはほぼ不明。直近では KID FRESINO の新作『20,Stop it.』に参加していた。

 本作のプロダクションを手がけるのは横浜のDJクルー LEF!!! CREW!!! の DJ MAYAKU と Otagiri 本人。まず、彼らの音づくりが卓越していることは疑いない。マスタリング担当は90年代から活躍するヴェテラン音職人のツッチー。シンガーソングライターの butaji も客演している。
 このアルバムを聴いていると、 そもそもヒップホップそれ自体が以前までのポップ・ミュージックに抗う、ある意味で実験的な音楽だったことを思い出す。Otagiri は、キャラに頼らずとも音とことばだけで闘えることを証明しようとしている。なにより、これほどまでにサウンドと向き合い、独自の音楽を創造することを諦めない彼自身は、きわめてリアルというほかない。

4 今月聴いた音楽と余談 - ele-king

1. My Bloody Valentine - Loveless

 マイブラが帰ってきた!
〈Domino〉との契約を発表し『Isn't Anything』、『Loveless』、『ep's 1988-1991 and rare tracks』、『 m b v』の再発、ストリーミング解禁。そして『ニューヨークタイムス』の記事でケヴィンが〈Domino〉から2作品のリリースの予定を発表。発売日はまだ未定だが年末までには完成させると言ってるそう。 やったー!
 この際シングルも再発してくれ。なかなか見ないのもあるしとにかく高い。当初の計画では今年に新作のリリースとツアーを予定してたようです。やる気があるならこちらは待ちましょういつまでも。
せっかくなので移動中にSpotifyで聴いていたら、ギターの轟音が電車の走行音と重なっちゃって「あれ? これギター? 電車?」って。そもそも少し音ちっちゃいから全然聞こえなくなってきちゃって。マイブラは都心の移動中に聴くもんじゃないようです。
 『ニューヨークタイムス』がケヴィンの最近の様子を書いてました。最近の趣味は料理と散歩、詠春拳(中国拳法)を習いはじめ、音楽はSpotifyで聴いててお気に入りはフランク・オーシャン。散歩で見つけたらしい鹿の生態をどこかのインタヴューで楽しそうに語っているという。だいぶ穏やかな生活送っているようです。詠春拳してるケヴィン・シールズ……見たい……そういうのが楽しくなってくる年齢なのもわかるけど、「最近好きなのはフランク・オーシャンです(真顔)」なんて言われたらちょっと不安になっちゃうよ……
 マイブラの曲は皆さんもう聴いていると思うのでケヴィンとジェイの謎セッションをどうぞ。

2. The Orielles - La Vita Olistica

 ロンドン、〈Heavenly Recordings〉からThe Oriellesのサード・アルバム!  Stereolabファンなのでこの手のバンドは大好物。ベース・ヴォーカルとドラムの姉妹とギターの3ピース・バンドだけど使う音もアイデアも多彩で聴いてて楽しい!  こういう手数の多さはそれまで触れてきた文化の多様さが出ますね。 本アルバムはセカンド・アルバムのセルフカヴァーの曲も多いのですがガラッと変わったわけではなくアップデートというよりは別解釈。前作も良かったので比べ合わせて聴くと間違い探し的に面白いです。

3. Floating Points, Pharoah Sanders, The London Symphony Orchestra - Promises

 NYCは〈Luaka Bop〉からFloating PointsとPharoah Sandersのコラボ・アルバム! ロンドン交響楽団も参加。版元の〈Luaka Bop〉はDavid Byrneのレーベルなんですね、ということはByrneも一枚噛んでるのか。
 9曲通して1曲に構成されていて、ファラオ・サンダースのサックスもFloating Pointsのシンセももちろんロンドン交響楽団の完璧な演奏もまったく土下座もので素晴らしいんですが、正直、少し地味かなと感じてしまう。高尚すぎて僕にはまだ早いんだな...

ファラオ・サンダースのデケデケデケドォ〜。

アルバムのプロローグの動画で担当楽器やらレコーディングの状況が中々細かく解説されてます。

4. black midi - John L / Despair

 〈Rough Trade〉からblack midiのニュー・シングル。セカンド・アルバムのリリースも決まっているようです
 それにしても〈Rough Trade〉はblack midi、〈Warp〉はSquid、〈Heavenly〉はWorking Men's Club、〈Domino〉はSorry と、ここ数年で頭角を現したポスト・パンク・バンドを老舗レーベルが取得。black midiとSquidは複雑なアンサンブルやシュプレヒゲザング(喋るような歌い方)がとくに似た印象で、どちらもポストロック要素が多い感じ。
 black midiはより禍々しく、曲の緩急がストーリー性を強く感じる。クラウトロックの影響も強そう。おそらくほぼ同世代のshameはツアーも多かったので一足先にアメリカでウケましたが、上記で挙げた様なバンドもコロナがなければもっと大きくなってたかも。


余談

 ここからは音楽関係なく『シン・エヴァンゲリオン』の話をしたいと思います。冒頭の小型潜水艦を改造した月着陸船、ピアノ線で吊られた8号機と戦艦の空中戦から始まり、レイアウト、ボタンの押し方に至るまで、すべてのキャラの一挙一動にオマージュが込められているであろう常軌を逸した作り方。到底追いきれない元ネタの数と特撮の知識。これは『ウルトラマンA』だ! とか『バロム・1』かな、あの漫画かな、この映画かな、などとやってるうちに映画は終盤に差し掛かりで気付いたらマスクは涙でビショビショ。碇ゲンドウは成仏した。綾波もアスカもカヲルも成仏した。シンジとマリは大人になった。あのシンジが。つい2時間前まで鬱で飯も食えなかったシンジが。日本一のオタクからの外に出よという全オタクへのメッセージ。これはTV版でも旧劇でも繰り返し言われてきたことだけど、これまでのエヴァンゲリオンより確実に大人になったキャラクターたちは、庵野秀明は僕らを傷つけて目を覚まさせるのではなく、手を差し伸べ、引っ張っていってくれる。でも僕はとりあえずウルトラマンと仮面ライダーを見直します。
 ひとつ気になって調べたのですが、第3村で綾波(仮)とおばちゃんたちが前進しながら田植えをします。通常手植えでは後進しながら植えますが、一部地域、とくに棚田のある地方は前進しながら田植えするそう。第3村の田んぼは棚田なので前進しながらするのが正解。細かすぎる! 一瞬でも浅知恵で見つけちゃったー! と喜んだのが恥ずかしい。感服です……

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