Home > Reviews > Otagiri- The Radiant
Otagiri(オタギリ)の『The Radiant』はリアルではない。痛快なほどシュールだ。このアルバムを聴いていると想像力がかき立てられ、思いも寄らぬイメージがつぎつぎと湧きあがってくる。非常にスリリングな音響体験だが、これは日本で生まれたヒップホップのアルバムである。
文脈を異にするさまざまな音の断片が入り乱れ、予測のつかないかたちでコラージュされていく。ことばも、ラップというよりはポエトリー・リーディングや演説に近い。ひとつひとつのサウンドや単語は、なるほどたしかにドキッとさせる瞬間もあるにはあるが、決定的な人生の物語や内面を描写することはなく、ただ曲全体のなかへと埋没していく。サックスやら声明やら具体音やらが転げまわり、日本語は唐突に英語へと切り替わる。まずは “Music Related” を聴いてみてほしい。
Otagiri なるこの才能は、すでに10年ほどまえから活動をはじめていたようだ。これまで Soccerboy や S̸ といった名義で音源を発表したりライヴをしたり、劇作家の岡田利規や ECD とコラボしたり、沖縄を拠点にしているらしいこと……しかしより詳しい情報は出てこない。むかしのバンドキャンプのページも削除されてしまっている(コンピ『REV TAPE VOL.2』は生存を確認。ほかにフィジカル盤では、コンピ『Fresh Evil Dead』や ECD のベスト盤にその名が見える)。『fnmnl』のインタヴューから読書好きだというのはうかがえるのだが、バイオ的なことはほぼ不明。直近では KID FRESINO の新作『20,Stop it.』に参加していた。
本作のプロダクションを手がけるのは横浜のDJクルー LEF!!! CREW!!! の DJ MAYAKU と Otagiri 本人。まず、彼らの音づくりが卓越していることは疑いない。マスタリング担当は90年代から活躍するヴェテラン音職人のツッチー。シンガーソングライターの butaji も客演している。
このアルバムを聴いていると、 そもそもヒップホップそれ自体が以前までのポップ・ミュージックに抗う、ある意味で実験的な音楽だったことを思い出す。Otagiri は、キャラに頼らずとも音とことばだけで闘えることを証明しようとしている。なにより、これほどまでにサウンドと向き合い、独自の音楽を創造することを諦めない彼自身は、きわめてリアルというほかない。
小林拓音