「レイヴ・カルチャー」と一致するもの

Ursprung - ele-king

 サード・アルバム『ブラック・ノイズ』で叙情派ミニマルのトップに躍り出たパンタ・デュ・プリンスが、古巣に戻って、同作にも参加していた写真家でワークショップのメンバーとしても知られるステファン・アブリーと新たに結成したミュージック・コンクレート-ミニマル・テクノ-クロスオーヴァーの1作目。ユニット名は「起源」を表し、アルプス山中で何度かセッションを繰り返し、自分たちでも「なんだろうね、これは?」と思うようなものが出来上がったという。ワークショップはちなみにマウス・オン・マースの運営するゾーニッヒから6作目と、いまのところ最後となる7作目をリリースしているクラウトロックの「はぐれ雲」。元はといえばパンタことヘンドリック・ヴェーバーが10年前に、まだハンブルグでステラというシンセ-ポップのユニットに加わっていた頃、ワークショップとは〈ラーゲ・ドー〉(ラドマット2000のサブ・レーベル)のレーベル・メイトだったことがふたりを近付けたらしい。

 鈴を転がすような柔らかい音が特徴的だった『ブラック・ノイズ』に対して、ウーシュプルンクは人を寄せ付けない緊張感のある音に支配され、なるほど「ギターをメインとしないドゥルッティ・コラム」というレーベルのアナウンス(https://www.kompakt.fm/releases/ursprung)もそれなりに頷ける。それこそフェネスやティム・ヘッカーなど、快楽的な音から遠ざかりはじめたゼロ年代初頭のエレクトロニカともオーヴァーラップするところが多く、このところヴォルフガング・フォイトが勢いを取り戻している感覚とも符号は合う。快楽主義に水を差すような動きは、レイヴ/テクノは何度も経験してきたことだし、結果的にはそれがダンス・ミュージックの幅を大きく広げてきたことも否めない。ハード・ワックスがはじめたダブステップのレーベル、〈ヒドゥン・ハワイ〉ではAnDがノイズ・ドローンに最小限のリズムを足すことでダブステップを成立させる試みなど、フォーマットの更新は常におこなわれている(ちなみにヴェーバーは2010年からゲイズ名義でノイズ・カセットを3本リリースしている)。

 とはいえ、『ウーシュプルンク』の85%はまだミニマル・テクノの範疇に収まっている。異様な物音にエレクトロのリズムが打ち込まれ、ギターのアルペジオが乱舞する「リジー」など、ややこしいことこの上ないにもかかわらず、観たこともない景色に連れ去られる感覚はレイヴ・カルチャーの王道からそれほどズレているとはいえないし、不安を煽るようなベース・ラインとシンセサイザーの合唱が異様なほど気分を左右する"ナイトバーズ"、多種多様なSEがこれでもかと詰め込まれた"イークソダス・ナウ"......と、繰り返し聴いていると『ブラック・ノイズ』からそれほど離れた作品ではないことが少しずつわかってくる。『ブラック・ノイズ』はいささか完成され過ぎたアルバムだったし、ひとりでは破れなかった完成度という名の壁をアブリーの力を借りて破壊したというのが実際のところではないだろうか。クラシック・ピアノと波の音が混沌としたイメージをつくりだすエンディングはあまりに荘厳で、彼(ら)なりの大袈裟なカタルシスの表現とも受け取れる。

Slugabed - ele-king

 ジャンルのことをぶつくさ言う人がいるけれど、何かがはじまって、それがまだ未分化の状態にあるときに、何が何だかわからないままに楽しんだことがないと、それは文句もいいたくなるでしょう。ジャンル名というのは、結果的につけられるものだし、文句を言っている人たちはいちばん面白いところを逃しているわけだから。セカンド・サマー・オブ・ラヴなどというのはそれの巨大なものだった......もいいところで、ドラムンベースが分かれて出てくるまでに7年が経過し、さらにはシカゴ第2波からフレンチ・タッチに飛び火して、余裕で10年以上も続いたというポテンシャルは、分化していく過程そのものがレイヴ・カルチャーの推進力にもなっていたさえ思えてくるし(1899年にパリのムーラン・ルージュから始まったサマー・オブ・ラヴが再び100年後のパリに戻ってくるという円環構造もまた素晴らしい→12回めの映画化となるバズ・ラーマン監督『ムーラン・ルージュ』から「I first came to Paris one year ago. It was 1899, the summer of love. I knew nothing of the Moulin Rouge, Harold Zidler or Satine. The world had been swept up in the Bohemian revolution and I had traveled from London to be a part of it. On a hill near Paris, was the village of Monmatre. It was not what my father had said. But the center of the Bohemian world. Musicians, painters, writers. They were known as the children of the revolution. Yes! 」。

 ルーマニア語でスルガベーを名乗るグレゴリー・フェルドウィックがリック・ジェイムズ"スーパーフリーク"をネタにマッシュ・アップをリリースしたときも、これはなんだろうという感じで、その音楽にジャンル名がつけられないもどかしさとその快楽は多くのDJやリスナーを魅了した。これが、たった3年前のことだったとはとても思えない。同じ09年に〈ランプ〉からリリースされた「グリットソルト」は初のオリジナルだったにもかかわらず、あまりいい出来ではなかったので、彼の名前はあっという間に廃れていく。しかし、ココ・ブライスとの変則スプリットを経て、〈プラネット・ミュー〉からのリリースとなった「アルトラ・ヒート・トリーティッドEP」(10)が彼の知名度を回復させ、いや、飛躍的に高め、2011年には〈ニンジャ・チューン〉と契約。「ムーンビーム・ライダーEP」「サン・トゥー・ブライト・ターン・イット・オフ」「セックス」と順調にリリースを重ね、その度に、ダブステップだ、ヒップホップだ、いや、エレクトロだと言われながら、何が何だかわからないままファースト・アルバムまで辿りついてしまった。その間にもココ・ブライスの『トロピカル・ヒート』シリーズやアキラ・キテシとのタッグ、さらにはサージョンのミックスCDにも使われていたスターキーを始めとする山のようなリミックス・ワークもこなし、なかではリコーダによるレーベル・コンピレイション『アストロダイナミクス』に提供した「クランク・クランク」が圧倒的な素晴らしさだったといえる。そして、そのどれもがいまだにジャンル分けされず、未分化のビートを鳴らし続けている。しかも、統一感はありまくる。スゴい。

 とはいえ、少しはジャンル分けに挑戦してみよう。コズミックで複雑怪奇なダウンビートの"ムーンビーム・ライダー"、ワールド・ミュージックを徹底的に脱色したような"ドラゴン・ドラム"、キラビやかなグリッチ・エレクトロを聴かせる"セックス"をそれそれ先行EPから採録し、新たに9曲をプラスした『タイム・ティーム』は全体にどこか儚い叙情性に覆われつつ、ジ・オーブをフュージョンに解体したようなアーバンかつ夢見がちな気分にあふれかえっている。ラスティフローティング・ポインツの中間を行く"マウンテインズ・カム・アウト・オブ・ザ・スカイ"や"クライミング・トゥリー"ではどこまでも美しい景色が続き、かつては初期のフィル・アッシャーやイアン・オブライアンが見せてくれたものとまったく同じ場所へと連れ去られる。それはすでにオープニングから予感ははじまっていて、いちども裏切られることはない。グルグルと螺旋を描きながら、同じでありながら少しずつ違う景色へと運ばれていく。そして、終わり方はきっと誰にも予想できない。そこにはまた新たな未分化が待ち受けている。なんて巧妙なんだろう......

Grouper、青葉市子、ILLUHA、en、YusukeDate - ele-king

 午後5時半、曇の日の弱い光が臨済宗のお寺の本堂の障子越しからぼやっとはいってくる。畳の上の黒い影になった100人ほどの人たちは、本陣をぐるりと囲んでいる。竜が描かれている天井の隅にある弱い電灯が照らされているアメリカのポートランドからやって来た女性は、980円ほどで売られているようなカセットテレコが数台突っ込まれたアナログ・ミキサーのフェーダーを操作しながら、膝に抱えたギターを鳴らし、歌っている。時折彼女は、テレコのなかのカセットテープを入れ替える。そのときの「がちゃ」という音は、彼女の演奏する音楽よりも音量が大きいかもしれない。本陣の左右、ミキサーの前にふたつ、そして本堂のいちばん隅の左右にもスピーカーがある。その素晴らしく高性能なPAから流れるのは控えめだが耳と精神をを虜にする音......この風景の脈絡のなさは禅的とも言えるだろう。が、たしか我々は、その日の昼の1時からはじまったライヴにおいて、ある種の問答のなかにいた。我々はなぜ音楽を聴くのだろうか......そして、ここには禅的な答えがある。聴きたいから聴くのだ。聴いたら救われるとか、気持ちよくなるとか、自己肯定できるとか、自己啓発とか、頭良くなるとか、嬉しくなるとか、とにかくそうした期待があって聴くのではない。ただ聴きたいからただ聴く。そう、只管打坐である。

 禅宗は、欧米のオルタナティヴな文化においてつねに大きな影響のひとつとしてある。ヒッピー、フルクサス、ミニマル・ミュージック、あるいはレナード・コーエン......僕が好きな禅僧は一休宗純だ。戒律をやぶりまくり、生涯セックスし続けた風狂なる精神は、日本におけるアナキストの姿だと思っている。まあ、それはともかく、僕は会場である養源寺に到着するまでずいぶんと迷った。1時間もあれば着くだろうと高をくくって家を11時半に出たのだけれど、会場は商業音楽施設ではない。結局、こういときはiphoneなどのようなインチキな道具は役に立たず、八百屋の人やお店の人に尋ねるのがいちばん正確に場所に着ける。ふたり、3人と訊いて、ようやく僕は辿り着けた。
 谷中、そして団子坂を往復しながら、着いたのはYusukeDateのライヴの途中だった。1時を少し過ぎたばかりだと言うのに、本堂の1/3は人で埋まっていた。
 YusukeDateの弾き語りは、アンビエント・フォークと呼ぶに相応しいものだった。アンビエント・フォーク? 安易な言葉に思われるかもしれないが、歌は意味を捨て音となり、ギターは伴奏ではなく音となる。それは、ここ数年のフォークの新しい感性に思える。僕は畳に座りながら、少しずつその場のアトモスフィアにチューニングして、そして次のenのライヴのときにはほぼ完璧にチューニングできた。〈ルート・ストラタ〉を拠点にするふたりのアメリカ人によるこのプロジェクトは、ひとりが日本語が堪能で、日本語の軽い挨拶からはじまった。
 enのひとりは日本の琴の前に座り、もうひとりは経机の上のミキサーの前に座っている。いくつかのギターのエフェクター、そしてミキサーの上には数台のカセットテレコが見える。琴の音が響くなか、無調の音響が広がる。畳の上には子連れの姿も見え、子供はすやすやと眠っている。曲の後半では、カセットテレコを揺さぶり、音の揺れを創出する(なるほど、だ)。また、カセットテレコについたピッチコントロールを動かしながら、変化を与え、曲のクライマックスへと展開する。

 セットチェンジのあいだ、僕は本堂の下の階で飲み物を売っている金太郎姿の青年からビールを買って、次に備える。1杯300円のビールは良心的な価格......なんてものではない。この日のコンサートへの愛、音楽集会への愛を感じる。

 次に出てきたILLUHAは、今回の主宰者というかキューレター的な役目の、伊達伯欣とコーリー・フラーのふたりによるユニットで、すでにアルバムを出している。伊達は、古い、捨てられていたという足踏みオルガンの前に座って、フラーはギターを抱えながら、ミキサーの前に鎮座する。ミュージック・コクレートすなわち具体音──このときはドアがきしむ音だったが──が静寂のなかを流れると、ILLUHAのライヴはゆっくりをはじまる。オルガンの音が重なり、やがて、完璧なドローンへと展開する。
 enとも似ているが、具体音を活かしたパフォーマンスは彼らのそのときの面白さで、そしてメロウなギターの残響音そしてハウリングは、ドローンはラ・モンテ・ヤング的な瞑想状態を今日的な電子のさざ波、グラハム・ランブキンらの漂流のなかへとつないでいる。
 enのライヴにも感じたことだが、ひと昔前(IDMから発展した頃)のドローンは、猫背の男がノートパソコンを睨めているような、お決まりのパターンだった。が、この日はenもILLUHAもアナログ・ミキサーを使い、そして、パソコンもどこかで使っていたのかしれないが、ついついiPadを表に出してしまうような味気ないものとは違っていた。デジタルやソフトウェアに頼らず、そしてアイデアでもって演奏する姿は、これからのアンビエント/ドローンにおいてひとつの基準になるかもしれない。
 また、こうした「静けさ」を主張する音楽において、ほとんど満員と言えるほどの若いリスナーが集まったことは注目に値する。「ライヴ中に寝てしまったよ」とは通常のライヴにおけるけなし言葉だが、この日のライヴにおいては「眠たくなる」ことは賞賛の言葉だった。本堂という木の建造物における音の響き、畳の上での音楽体験という環境や条件も、この新しいアンビエントの魅力を浮彫にしていた。

 青葉市子は、その評判が納得できる演奏、そして佇まいだった。本堂の障子の外から子供の泣き声が聞こえると、彼女はその"音"を聞き逃さず、「あ、泣いている」と言う。その瞬間、我々は、そこでジョン・ケージのその場で聞こえる音も音楽であるというコンセプトを思い出す。彼女は、オーソドックスなフォーク・スタイルだが、しかし、彼女の素晴らしいフィンガー・ピッキングによる音色は、音としての豊かさを思わせる。曲が終わるごとに、まだ20歳そこそこの若い彼女は、「足を伸ばしたり、リラックスして聴いてくださいね」とか「空気入れ替えませんか」とか、気遣いを見せながら、「こういう手作りのコンサートでいいですね」と素朴な感想を言った。その通りだと僕も思った。

 リズ・ハリス(グルーパー)は、大前机の上の、でっかいアナログ・ミキサーの前にテレキャスターを持って胡床に座った。黒いパーカー、黒いジーンズ、そして足下にはペダル、エフェクター(ボーズのディレイ、オーヴァードライヴなど)がある。それまで出演してきた誰とも違って、何の挨拶もなく、何台かのテレコに何本かのカセットテープを入れ、それぞれ音を出す。リハーサルかと思いきや、音は終わらず、そのまま、いつの間にか、彼女の曇りガラスのような独特の音響が本堂のなかを包み込む。前触れもなく、それははじまっていた。
 マニュピレートされたテープ音楽が流れるなか、彼女はギターを弾いて、音をサンプリング・ループさせ、歌とも言えない歌を重ねる。ギターの残響音をループさせると、彼女はギターを置いて、そしてテープを入れ替え、ミキシングに集中する。いつからはじまり、そしていつ終わったのかわからないようにリズ・ハリスは音量をゆっくり下げる......。しばし沈黙。マイクに近づき、たったひと言「サンクス」(それがこの日、公に彼女が話した唯一の言葉だった)......大きな拍手。

 この日のライヴは、この賑やかな東京においては、本当に小さなものなのだろう。ハイプとは1万光年離れたささやかな音楽会だ。が、このささやかさには、滅多お目にかかれない豊かな静穏があった。そして、いま、音楽シーンにもっとも求めらていることが凝縮されていたように思えた。300円のビール、美味しい!
 この日は、2000円で、お客さんをふくめ誰でも参加自由な打ち上げもあった。青葉市子さんは、自ら率先して、料理を運んでいた(若いのにしっかりした方だ)。こうした音楽集会のあり方は、最初期のクラブ/レイヴ・カルチャーを思わせる。
 なお、グルーパーは、日本横断中。名古屋~京都~金沢、そして都内では4/30に原宿の〈VACANT〉でもある。その日は、CuusheやSapphire Slowsも出演。たぶん、まだ間に合うよ。
 最後に、蛇足ながら、ライヴが終了後、リズ・ハリスに30分ほど取材することができました。結果は、次号の紙ele-kingで。

Battles - ele-king

つまり識は「テクノ」にへと 文:三田 格

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 「踊れるサムラ・ママス・マンナ」。それがバトルズの正体だろう。SMMは70年代にスウェーデンで結成されたプログレッシヴ・ロックの4人組で、例によって解散→再結成を経てゼロ年代からはドラムスにルインズの吉田達也が参加している。悲しいかなバトルズは超絶技巧だけでなく、ユーモアのセンスまでSMMを模倣していて、オリジナルといえる部分はレイヴ・カルチャーからのフィードバックと音質ぐらいしか見当たらない。疑う方はとりあえずユーチューブをどうぞ→
https://www.youtube.com/watch?v=yqSmqh-LdIkhttps://www.youtube.com/watch?v=ZYf7qO9_MV8https://www.youtube.com/watch?v=jkWL1lOi1Hg、etc...

 ......といったことを割り引いても、昨年の『グロス・ドロップ』はとても楽しいアルバムだった。バーズやP-ファンクにレイヴ・カルチャーを掛け合わせたらプライマル・スクリームで弾けまくったように、SMMにレイヴ・カルチャーを掛け合わせてみたら、思ったよりも高いポテンシャルが引き出された。そういうことではないだろうか。おそらくはまだロックにもそうした金鉱は眠っているはずである。テクノやハウスだって、どう考えてもそれ自体では頭打ちである。何かを吸収する必要には迫られている。アシッド・ハウス前夜にもどれだけのレア・グルーヴが掘り返されたことか。そう、アレッサンドロ・アレッサンドローニやブルーノ・メンニーなんて、もはや誰も覚えちゃいねえ(つーか、チン↑ポムなんてザ・KLFのことも知らなかったし......)。ためしに誰かブルース・スプリングスティーンにレイヴ・カルチャーを掛け合わせてみたらどうだろう......なんて。

 本題はそのリミックス・アルバム。人選がまずはあまりにも渋い。しかも、様々なジャンルから12人が寄ってたかってリミックスしまくっているにもかかわらず、おそろしいほど全体に統一感がある。シャバズ・パレス(元ディゲブル・プラネッツ)の次にコード9だし、Qのクラスターからギャング・ギャング・ダンスなどという展開もある。しかも、そこから続くのがハドスン・モーホークとは。全員がバトルズに屈したのでなければ、セルフ・プロデュースの能力が異常に高いとしか思えない。

 オープニングからいきなりブラジルのガイ・ボラットーが情緒過多のミニマル・テクノ。マカロニ・ウエスターンに聴こえてしまうギターがその原因だろう。ミニマルの文脈を引き継いだシューゲイザー・テクノのザ・フィールドは、一転してヒプノティックなテック-ハウス仕上げ。続いてドラマ性に揺り戻すようにしてヒップホップを2連発。このところ壊疽=ギャングルネとしての活動が目立っていたアルケミスツはソロで90年代末に流行ったダンス・ノイズ・テラー風かと思えば、昨年、一気にダブ・ホップのホープに躍り出たシャバズ・パラスは彼の作風に染め上げただけで最もいい仕事をしたといえる。ダブステップからUKガラージに乗り換えつつあるコード9はそれをまたコミカルに軌道修正し、2年前に"エル・マー"のヒットを飛ばしたサイレント・サーヴァントやラスター・ノートンからカンディング・レイはそれぞれのスタイルでダブ・テクノに変換と、いささかテクノの比重が高すぎる気も。これは自分たちにできないことをオファーしているのか、それとも自分たちが次にやりたいことを先行させているのか。いずれにしろ、その結果はユーモアの低下とリズムの単調さを招き、チルアウト傾向ないしはリスニング志向を強めることになった(クラスターの起用はまさにその象徴?)。

 後半で最大の聴きどころは、珍しく同業のパット・マホーニーを起用した"マイ・マシーン"で、シンプルなリズム・ボックスに絡むゲイリー・ニューマンのヴォーカルは最盛期の気持ち悪さを思わさせるインパクト。ジャーマン・トランスにありがちなリズム・パターンなのに、ロック・ミュージックとして聴かせてしまう手腕はかなりのもので、思わず、ほかにはどんなリミックスを手掛けているのだろうと調べてみたら、まったくデータが見つからなかった(これが初仕事?)。エンディングはヤマタカ・アイで、トライバルとモンドの乱れ打ちはこの人ならでは。ダイナミズムよりもリスニング性を優先したことで最後に置くしかなかったのかもしれないけれど、それはちょっと消極的な判断で、僕ならギャング・ギャング・ダンスとハドスン・モーホークのあいだに置いただろう(バトルズの意識が「テクノ」に向かっている証拠ではないか)。

文:三田 格

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そして『グロス・ドロップ』の完全なる分解 文:松村正人

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 アンダーグラウンドのスーパーバンドから『ミラード』で転身したバトルズはタイヨンダイ・ブラクストンは抜けたが、『グロス・ドロップ』で前作をさらに発展させ、そこでは初期のハードコアを構築し直した鋭利な、しかし同時に鈍器のようだったマス・ロックの風情は退き、かわりにポップな人なつこい音が顔を出した。強面だった数年間からは考えられない柔和な表情をしていたが、いまのパブリック・イメージはむしろこっちである。それまでのいくらかすすけたモノトーンはツヤめいた内蔵の色に塗りこめられた。ジャケットがそれを暗示する。有機的であり抽象的であり生理的でもある。私は以前にレヴューを書いてから聴いていなかった『グロス・ドロップ』を、『ドロス・グロップ』を書くために、しばらくぶりに苦労してひっぱりだして聴いたが、おもしろかった。たしかここに書いたレヴューは最初おもしろくないと思ったと書いたと思ったが、聴き直したらやはりおもしろくないことはなかった。私は『ドロス・グロップ』を先に聴いて、原曲をたしかめるために聴いたからかちがいがおもしろさを後押ししたが、オリジナルとリミックスの幸福な相乗効果がうまれたのは、前者が音で語ることに腐心したアルバムであったことに多くを負っている。そこには内面は投影されていない。語るのはあくまで音楽であり、バトルズの連中ではない。それに任せる。タイヨンダイというアイコニックな人材を欠いた逆境がある種のスプリングボードとなり、バンドを、音楽の生成を何よりも彼ら自身がたのしんでいる(たのしまざるを得ない)、陽性の作品性へ追いこんだのだと穿つこともできなくはないが、この結果はいってみれば、往時のダンスカルチャーの匿名性を思わせるものであり、その意味で、リミックスという行為との親和性はいうまでもなかった。
 
 アルバムは先行した4枚の12インチを若い順に並べた。テクノ~ヒップホップ~(ポスト)ダブステップ~ミニマル~ワールド~ディスコパンクなど、ゼロ年代以降のダンスミュージックを巡礼する構成で、総花的なつくりでもあるが、散漫な印象を与えないのは、カテゴリーの遍歴そのものが音楽を前のめりにさせるからだろう。サンパウロのギ・ボラットとストックホルムのザ・フィールド、〈コンパクト〉勢のループは『ミラード』までのバトルズの交響的な――つまり縦軸の――ループを横倒しにしたように、渦を巻き滞留するようでありながら、前方へジワジワと音楽を煽り、ヒップホップ/ブレイクビーツ~2ステップ/UKファンキーのブロックへバトンタッチすることでアルバムのタイムラインは最初の山と谷(もちろん逆でもいい)を経過する。山はすくなくともあとふたつはあるようである。3つかな?と思うひともいるであろう。それはどっちでもいいが、この高低差は現行のダンスカルチャーの地形図であり、すくなくともリミキサーたちは所属するジャンルに奉仕する職人的な仕事に徹することで、楽曲を解体するだけでなく、原曲とリミックスとの間の、あるいはトラックごとの偏差が彼らの特質をあぶりだしもする。なんであれ解釈が生じる場合、ズレがうまれる。その隙間を広げるか埋めるかが、音を仲立ちにした対話では焦眉の問題になるが、原曲はどうあがいても完全な姿で回帰しない。このあたりまえのところにうまみがある。
 私は先に職人的な仕事と書いたが、解釈はいずれも大胆である。とくにクラスター、ブライアン・デグロウ(ギャング・ギャング・ダンス)、ハドソン・モホークのブロックは原作を再定義したというか、たとえばデグロウのリミックスは原曲のリフの音色が喚起するリズムのつっかかりをビートに置き直し『グロス・ドロップ』でいちばんポップでカラフルだった"Ice Cream"をデジタル・クンビア的な疑似アーシーな場所にひきつけることで、スラップスティックかつフェイク・トロピカリアとでも呼ぶべき原作のムードを二重に畳みこんでいく。ハドソン・モホークの着眼点もたぶん同じで、クラスターの作家性とはちがう――しかしそれはこのアルバムのアクセントでもある――が、デグロウ=モホークの視点はバトルズのそれとも同期し、元ネタの笑いをトレースし、さらに展開する、難儀な作業を的確にやっている。もっともそのユーモアはモテンィ・パイソンがミンストレル・ショーを実演するような、ねじれた、くすぶった笑いではなく、現代的な抑制が利いたものなのだが、であるからこそ、LCDサウンドシステムのドラマー、パット・マホーニーのディスコ・パンク調の"My Machine"という最後の山だか谷だかのあとのヤマンタカ・アイの、原作にひきつづきシンガリをつとめた"Sundome"で『グロス・ドロップ』は完全に分解したように思える。そして私は聴き終えたあと、ヘア・スタイリスティックスが聴きたくなった。

文:松村正人

Odd Future - ele-king

 なるほど橋元さんの言う通りである。『イナズマイレブン』のことではない。ましてやコロコロコミックのおまけでもない(紙エレキングVol.4 参照)。南アからダブステップを打ち出してきたスプー・マサンブがセカンド・アルバムから〈サブ・ポップ〉に移ったら、これが急にメジャーを意識したような音楽性に成り果てていて、かなりたじろいでしまったからである。どんな必要があって、こんなことになってしまうのだろう。才能がひとつぶッ潰れたような印象さえ持ってしまった。ウォッシュト・アウトに起こったことがまったく同じことかどうかはわからないけれど。

 ウォッシュト・アウトは、しかし、〈サブ・ポップ〉に移る前から僕は受け付けなかったので、そのせいで、チルウェイヴの影響下から現れたクラウド・ラップというシーンもおそらくは馴染まないだろうと最初から僕は遠ざけていたw。しかし、毎週のようにジェット・セットに行くと、たいていのものは売り切れていくのに、クラウド・ラップでは初のフル・アルバムだといわれるメイン・アトラキオンズは1ヶ月を経過してもぜんぜん売れ残っている。訊いてみると、いち度売り切れて再入荷というわけでもないらしい。いくら半年ばかりデータ先行だったとはいえ、3月のヴィンセント・ラジオでも特集され、あれだけツィッターなどで話題になっているんだから......ツィッターで話題になっているとフィジカルはあんまり売れませんよね、そういえば。

 そこで少し考えた。ウォッシュト・アウトは何もかもが受け付けられないけれど、ひとつの要因としてリズムの貧しさがまずは耐えられない。それぐらいのことが......レイヴ・カルチャー通過後にはなかなかクリアーできなくない。レイヴに突入する以前はあれだけ好きだったレニゲイド・サウンドウェイヴもリズムが単調で聴く気が半減してしまったように、踊るための音楽ではないというイクスキューズがどうあっても成り立たなくっている(エディットが流行る理由はそこでしょう)。リズムが貧しい音楽は、ただ座って聴いていても気持ち悪いことこの上なく、それを補ってあまりあるものがなければ、存在価値があるとは思えない。とりあえず僕は聴けなくなってしまった。

 チルウェイヴに端を発しているとはいえ、クラウド・ラップは曲がりなりにもヒップホップの新潮流である。ということは、下部構造には少しは期待していいのかもしれない。そう思って、メイン・アトラキオンズを視聴用のターンテーブルに乗せてみた。......買わなかった。ははは。

 次の週、やっぱり買ってみた。理由はよくわからない。ジャケット・デザインがちょっとユーモラスだったから? クラムス・カジノが1曲だけプロデュースしていたのも気にはなった(https://www.youtube.com/watch?v=WZ57C53bSNY)。家に帰って、何度か聴き直してみると、ジューク(?)みたいな"ヴェジタブル"とかレゲエ・タッチの"モンダー・モ・マーダー"とかいいのもあったけど、基本的にはアンチコンというか、ドーズワンと同じだなーと思い、そういえばしばらくドーズワンのソロは聴いてないなーと思って検索してみたら、ちょうどサウンドクラウドに昨日アップしたという新曲があり、これが半分を過ぎたあたりからあまりにもユーフォリックなので驚いてしまった。チルウェイヴやクラウド・ラップの醍醐味というものがなんなのかまったくわかっていないので、困ったものだけれど、スモーキーでトベるとか、そういうことなら別にドーズワンの新作でもいいような......

 オッド・フューチャーも、そして、クラウド・ラップに数える人がいる。そうなのか。本当にそうなのか(電気グルーヴ風に)。

 タイラー・ザ・クリエイターやジ・インターネットのアルバムが先行したオッド・フューチャーも例によってイーグルスやレズビアンたちと揉め事を起こしながら、11人総出でクルー・アルバムをリリース。当然のことながら曲調も多岐に及び、PVの世界観を反映したようなフザけた曲調からサイプレス・ヒルのパロディ(?)など、シンプルで乾いたムードを浴びせ続ける(ジ・インターネットやメロウ・ハイプは逆に超ウェットで、むしろいいアクセントになっている)。ジャケットが何種類かあるようだけど、スケーターのルーカス・ヴェルチェッティを使ったものが通常盤らしい(?)。

 それにしても、このフザけ方(https://www.youtube.com/watch?v=fN-xq7t6pKw)は、彼らがまだティーンエイジャーだということもあるだろうけれど(なぜか人体の変形ネタが多い)、ウータン・クランの時期=90年代と違って、貧しいのが黒人だけではないという時代背景も反映しているのではないだろうか。ビル・クリントンによって中道政権が誕生したことによって左翼の位置にいることが難しくなったジェシー・ジャクスンが黒人の最下層を支えていたネイション・オブ・イズラム(同時多発テロ以降、統一教会と合体)に金銭的なサポートの打ち切りを伝えなければならなくなったときと違って、経済格差と人種問題はいまやリンクしなくなっている。それこそカニエ・ウエストがオキュパイNYを支持したところ、「お前は1%だろ」といって追い返されたり、ジェイ・Zとのジョイント・アルバム『ウォッチ・ザ・スローン』でも、満を持して復帰したのに人気が回復しなかったジェイ・Zが金では買えないものがあるとラップする傍から、なんでも買えて嬉しいな~と能天気にラップしていたカニエ・ウエストは不評サクサクと、同じアルバムでも聴きたい部分と聴きたくない部分があるなどと『ニューズウィーク』にも酷評され、金がなくても楽しくやるさという気運が共有される範囲はまったく人種とは重ならなくなっている(......といってる沙汰からオッド・フューチャーがカニエ・ウエストとスタジオ入りしたという情報がw)。

 また、L.A.で銃による抗争を続けているのは、いまや「あぶない刑事」ぐらいで、ひと頃のようなギャング・モードではないという話も聞いたので(いまの流行りはツィッターで示し合わせた人たちが同時に同じデリなどを襲うフラッシュ・モブ)、オッド・フューチャーの表現自体がすでにパロディとしてのそれだという見方もある。すべてを笑いに還元できるわけではないけれど、オッド・フューチャーに関する限り、笑いの要素は少なからず彼らの知性を反映していることはたしかで、そのことがシリアスなかたちで曲になったエンディングなど、とにかく多様な聴き方ができるアルバムである。クラウド・ラップとのつながりはよくわからなかったけど......。

*『ジ・OF・テープス Vol.1』はちなみに2008年にリリースされていて、来月CD化されるらしい(?)。タイラー・ザ・クリエイターのサード・ソロ『ウルフ』も5月リリース予定。

Batida - ele-king

 〈ワープ〉や〈オネスト・ジョンズ〉が関心を示した南アのクワイトシャンガーンだけでなく、ハウス・ミュージックはアンゴラの伝統音楽とも結びつき、クドゥロと呼ばれるダンス・ミュージックも勢いを増している。先鞭をつけたのはフレデリック・ガリアーノや"サウンド・オブ・クドゥロ"でM.I.A.をフィーチャーした南アのブラカ・ソム・システマで、昨年はワールド・ミュージックに関心を示しつつあるスイスの〈メンタル・グルーヴ〉からジェス&クラッブルによるコンピレイション・アルバム『バツァク』もつくられた。コンパイラーのひとり、ジェスことジャン-セバスチャン・ベルナールはアレクシス・ル-タンと組んだヴィンテージ・ディスコの発掘シリーズ『スペース・オディティーズ』でも話題を呼んだことはまだ記憶に新しい(『バツァク』にはアフリカのプロデューサーだけが集められたわけではないようで、ヴェネズエラのダブステッパー、パチェンコの名前も散見できる。パチェンコはゴス-トラッドがはじめたダブステップのクラブ、〈バック・トゥ・チル〉に立ち上げから関わったDJ百窓と09年にスプリット・アルバムもリリースしている)。

 愉快で奇怪で、聴く度に発見がある『バツァク』に"トリバリスモ"を提供していたバティーダ(スペイン語で「襲撃」)が、そして、デビュー・アルバムをリリース。これがまたとにかく能天気で、スエーニョ・ラティーノの〈DFC〉チームがアンデスのアタユアルパに続いて手掛けたコロンビアのラミレスや、最近だとバイリ・ファンキをストレートに思い出すにぎやかさ。つーか、ジュークもシャンガーンもクドゥロもどうしてこんなにテンポが速いのか。ナゾだ。適当な推測さえ思いつかない。

 アフリカ・ベースではなく、アンゴラ系ポルトガル人のDJプーラ(Mpula)によるプロジェクトだからだろうか、音の抜き差しはいかにもDJ的で、やたらめったら電子音が飛び回り、クワイトやシャンガーンのような土着性はまったく認められない。それでもバティーダは、70年代のアンゴラ音楽をサンプリングするなど『バツァク』にまとめられたプロデューサーのなかでは伝統とのつながりを感じさせるタイプだそうで、アフリカのピッツブルかベースメント・ジャックスだといっても通りそうなのに、「運動的」な聴き方が好きな人にも多少は好まれているらしい。

 そう、80年代にはイーノやデヴィッド・カニンガムに続けと、デヴィッド・バーン(ルアカ・バップ)やピーター・ゲイブリエル(リアル・ワールド)が相次いでワールド・ミュージックに接近していった頃、日本でも民俗音楽をワールド・ミュージックと言い換えて、パキスタンのヌスラット・アリ・ハーンやマリのサリフ・ケイタを聴くことが流行った時期が続いたことがある。しかし、その当時の聴き方はどうも「帝国主義に対抗して」とか「民衆の音楽」といった教条やアティテュードが先に立ち、僕は素直に耳を傾けられなかった。結果的にはサウンドデモと同じ経過を辿ったというか、レイヴ・カルチャーを通過したいまは、ただ単に快楽原則で音を振り分け、その上で興味が湧くことがあれば、そうした音楽の背景にも探りを入れてみたりする程度なので、まずはアシッド・ハウスやエイフェックス・ツインがぶちかましてくれたようなインパクトがあるかどうか。ワールド・ミュージックを聴く動機はそこしかない。クドゥロにしてもそこは同じだし、バティーダだってそれがなければ聴いていない。

 〈オネスト・ジョンズ〉の共同出資者であるデーモン・アルバーンもコンゴでDRCミュージックを制作した後(なのか、並行してやっていたのか)、ロング・タイムのコラボレイターであるトニー・アレン及び飛行機のなかで意気投合したというレッド・ホット・チリ・ペパーズのフリーと新たなプロジェクトを発足。ファンク色の強いデビュー・アルバムを完成させた。トーキング・ヘッズ『リメイン・イン・ライト』のようにまるごとアフリカン・ファンクをコピーしてしまうようなことはなく、自然と出てきたリズムに任せてみたようで、なかにはエスニックでもなんでもない曲もあるし、むしろアフリカと西欧の距離感が素直に出た内容といえる(エリカ・バトゥなど客演にはアフリカ系が多い)。リズ・オルトラーニやM・ザラのように勝手な想像力でいい加減なアフリカン・ミュージックをつくり出す面白さももちろん、忘れてはいけないと思うし、それはそれで巧妙にやらなければならなくなるんだろうけれど(アメリカの言い訳にしか思えなかったリドリー・スコット監督『ブラック・ホークダウン』はともかくとして、フェルナンド・メイレレス監督『ナイロビの蜂』やジャン=ステファーヌ・ソヴェール監督『ジョニー・マッドドッグ』のような映画を観てしまうと、バカな振りにも限界がある)、そのような強烈な思い込みのないところから(それこそ運動ではなく)はじまるアフリカン・ミュージックも悪くないものである。

 ミックスはマーク・エルネストゥス。個人的には奇妙なインプロヴァイゼイションが楽しい"イクスティングイッシュト(鎮火)"のような曲をもっとやって欲しかった。

Interview with Orbital - ele-king


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 いまでこそ日本でも「セカンド・サマー・オブ・ラヴ」というタームは普通に使われているけれど、このムーヴメントを最初に紹介したのは何を隠そう、三田格だった。『remix』というクラブ雑誌があったが、同誌はアートの延長線上においてハウスを解釈した。社会的なムーヴメントとしてのレイヴ・カルチャー、すなわち「セカンド・サマー・オブ・ラヴ」には触れなかった。
 『NME』というロック新聞はアシッド・ハウス・ムーヴメントを社会的な抵抗の文脈で紹介した。『i-D』というファッション誌はライフスタイル文化の延長で捉えた。よって1988年、前者はスマイリーを引きちぎる警官の写真を、後者は純粋にスマイリーそのものを表紙にした。とにかくまあ、大きなことが「セカンド・サマー・オブ・ラヴ」という括りのなかで起きているというのに、それが日本で紹介されていないのもおかしな話だということで、1992年、『クラブ・ミュージックの文化誌』における三田格の原稿が日本では最初にがっつりと、「セカンド・サマー・オブ・ラヴ」を紹介したものとなった。羽目を外して人生を台無しにした人が誰に苦情を言えばいいのか、もうおわかりだろう。
 
 オービタルのふたり――ポール&フィル・ハートノル兄弟は、「セカンド・サマー・オブ・ラヴ」からやって来た。プロジェクトの名前は、レイヴが開かれていた場所から取られている。
 彼らの初期のヒット曲、"チャイム"や"ハルシオン"、"ラッシュ3"を特徴づけるのは美しい音色のシンセサイザーと催眠的でトランシーな曲調、ダンサーを彼方へと飛ばすドラッギーな展開にある。そして......こうした恐るべき現実逃避の文化を背景に持ちながら、他方でオービタルは1990年の初めての「トップ・オブ・ポップス」の出演の際、反人頭税のTシャツを着て登場している。人頭税とはマーガレット・サッチャー第三期政権のときに出された法案で、人の数だけ税を取るという、低所得で子だくさんの家庭には洒落にならないものだったが、この反対デモが90年代ロンドンの最初の暴動へと発展している(この暴動に参加した自分の写真をジャケットに使ったのがジュリアン・コープである)。
 
 新作『ウォンキー』はオービタルにとって8年ぶりの、そして8枚目のオリジナル・アルバムとなる。ダブステップ時代においてオービタルがアルバムを作るとどうなるのか、それが『ウォンキー』だ。手短に言えば"2012年にアップデートされたオービタル"、ゾラ・ジーザスも参加しているし、ベース・ミュージックからの影響も前向きに取り入れている。その屈託のなさ、トランシーなフィーリングは変わっていないと言えば変わっていない。モードが一周してしまったこの時代の、ストーン・ローゼズやハッピー・マンデーズらに続く、「セカンド・サマー・オブ・ラヴ」世代の帰還と言えよう。
 取材はポール・ハートノルが答えてくれた。

みんなが自分たちに何を期待してるかわからなかった。いざステージに立ってみると、18歳から20代前半のオーディエンスが多くてビックリした。「待てよ、君たちって、俺たちが活動をスタートしたときはまだ赤ん坊だったよな?」って感じだった(笑)。

実に久しぶりのアルバムですね。

ポール:だね。活動を休止したあと、俺たちはそれぞれ違うことをしようと決めたんだ。俺は旅に出ることにしてイギリスを出たんだけど、母親が癌になってしまって、医者から余命9ヶ月って言われたから、急遽戻らないといけなくなった......それで曲のライティングをはじめた。
 俺はずっとオーケストラをやってみたかったから、自分にそれができるかどうか試してみたくて。それから2、3年はソロ・アルバムを書いて、レコーディングをしていた。『ジ・アイディール・コンディション』(2007年)をね。ソロ・オーケストラや聖歌隊と一緒に仕事した。最高だったよ。オーケストラを9人に濃縮して作品を作ったんだけど、それがすごく面白かったから、続けようってことになった。本当に楽しい作業なんだよ。
 あとは、『トーメンティッド』っていうホラー・アルバムのスコアも書いたりもしてたな。音楽は全部エレクトロニック。それもすごく楽しかった。フィルはロング・レンジのアルバムを作ったり、DJしてたね。お互い、いろんなことを試してた。休止したとしても、俺たちが音楽をやめることはないんだよ。

その間、ライヴは積極的にやっていたのですか?

ポール:ギグは......何年かストップしてたんだよな......最後のギグはいつだったかな? たぶん2010年だったはず。そのあとは他のことをやってたから。それまではいくつかギグをやってたよ。プラハでもやったし、〈ビッグ・チル〉(UKでもっとも評価の高いテクノ系のフェスティヴァル)でもやった。
 クリスマス休暇が終わって、去年の1月に小さなスタジオを借りてレコーディングをはじめた。お気に入りのシンセと機材を使ってレコーディングしたんだ。新しい部屋に新しい場所、新しいアイディア......新鮮ですごく良かった。自分たちがライヴ・セットで聴きたいもの、プレイしたいものを考えながら作った。いままでのライヴに何が欠けてたとかね。自然とそのアイディアで構想がどんどんできていった。

いまではセカンド・サマー・オブ・ラヴ以降に生まれたキッズもオービタルのライヴに踊りに来るわけですよね。

ポール:そうそう、来るんだよね。素晴らしいことだよ。本当にラッキーだと思う。そのポジションにまだいれるなんてさ(笑)。〈ビッグ・チル〉の前にプラハのにフェスに出演したんだけど、オーディエンスが自分たちに何を期待してるかわからなかった。普段のオービタルのショーでいいのかな? と思っていたけど、いざステージに立ってみると、18歳から20代前半のオーディエンスが多くてビックリした。他のフェスでもそんな若い彼らが俺たちのショーを気に入ってくれてて......、で、「待てよ、君たちって、俺たちが活動をスタートしたときはまだ赤ん坊だったよな?」って感じだった(笑)。
 いまだにそういうポジションにいて、彼らをエンターテインできるなんて最高だよね。変な感じもするけど。いまは年齢や年代が関係なくなってるんだろうね。前みたいに世代が関係しなくなってる。デジタルのおかげかもしれないね。iTunesとかiPodとか、ああいうのがあれば、例えばロックンロールの歴史をすべて持ち歩けるわけだろ? 自分が好きなものを、どこでも簡単にきける時代だからね。

8年ぶりの新作となるわけですが、新作を作ろうと思い立ったきっかけは、そうしたライヴからの刺激ですか?

ポール:ツアーをやりはじめて1年経って、で、2年目に突入したとき、こんなにライヴが続くなんて考えもしてなかったんだ。2、3回やって終わりだと思ってたのに、オーストラリアでまでライヴをやって、で、勢いが止まることがなかった。それで、自分たちが活動をエンジョイしてることに気づいたんだ。そのフィーリングを壊したくなくて、続けなくてはと思った。ただ続けるだけじゃなくて、ちゃんとしたものにしたかったから、ライヴに何か新しいものを入れたくなって、それで2、3トラック作ることにしたんだ。
 2010年にそれをスタートしたんだけど、トラックを作ってるうちにアルバムを作ろうってことになった。2011年の1月から本格的にスタートさせた。ライヴを続けたいって気持ちがアルバム制作につながったんだね。曲を書くのも好きだけど、ライヴも楽しいパートのひとつだからね。

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現代のダンス・シーンとからは確実に影響を受けてるよ。アルバムからは、少しだけどダブステップの要素が感じられると思う。『スニヴィライゼイション』にはジャングルの要素があったけど、あれがジャングルのアルバムじゃなかったのと同じように、今回もダブステップ・アルバムってわけじゃないけどね。


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ここ数年はダブステップの盛り上がりもあって、UKではずいぶんとダンス・カルチャーが熱気を帯びているようですが、そうした状況も後押ししていますか?

ポール:もちろんだよ。現代のダンス・シーンとか、それに関係したものからは確実に影響を受けてるよ。そう、つねにね。このアルバムからは、少しだけどダブステップの要素が感じられると思う。『スニヴィライゼイション』にはジャングルとかドラムンベースの要素があったけど、あれがジャングルやドラムンベース・アルバムじゃなかったのと同じように、今回のアルバムもダブステップ・アルバムってわけじゃないけどね。でも、要素のひとつだということはわかりやすいんじゃないかな。誰だって、自分がいいなと思うものがあればそれを試したくなるだろ? 音楽に限らず、アイディアはそうやって発展して、変化していくものだと思う。それって素晴らしいことだと思うんだ。

最近の若い子たちが集まるようなレイヴには行ったことがありますか?

ポール:最近は行ってないね。90年代はもちろん行ってたけど。いまは基本的にフェスでそういうのを楽しむかな。DJの仕事のときとか、いろいろチェックして楽しむんだ。そういうときに会場をまわって様子をみるんだよ。

いまのダンスの盛り上がりは、1989年から1991年の盛り上がりとはどこが同じで、どこが違うのでしょうか?

ポール:うーん、何だろう......ひとつ言えるのは、初期のダンス・ムーヴメントは全部アマチュアによるものだったということだね。あの頃は、みんな何もわかってなかった。運営してる人間のなかにプロがいなかったんだよ。いまはプロばかりだと思う。
 でも、ダンスは基本的にいつの時代も変わらないよね。どんな時代でもダンスに行きたいという気持ちはそのまま。人はつねに人と集まりたいし、大きな集団のひとつになりたいんだ。それは変わらない。ただ、80年代のイギリスのダンスはアグレッシヴだった。そこからケンカや殴り合いが勃発することも少なくなかった。ナイトクラブでね。人がビクビクしていた時代もあったかもしれない。いまはそれがフレンドリーになってきたかも。良いことだよ。ダンスのなかではみんなフレンドリーで、ハッピーになれる。ビジネスとしてしっかりしているし、もう、ナイーヴなふりは通用しない。みんなが状況をちゃんと把握してるから。まぁ、アマチュアのダンス・イヴェントを好む人もたくさんいるから何とも言えないけどね。

そもそも、あなたが最初にダンスの洗礼を受けたのはいつで、それはどんな経験でしたか? 

ポール:最初はたぶん、キングス・クロスにある〈ミュートイド・ウェイスト・カンパニー〉に行ったときだったと思う。超、超デッカいウェアハウスなだったよ。おもしろい格好をした奴らがたくさんいたんだよ。『マッドマックス』から出てきたような奴らがゾロゾロ歩いてるんだ。クレイジーだったね。
 最高だったのは、サウンドシステムが6、7つあったこと。ある部屋ではハウスが流れてたり、ある部屋ではヒップホップがガンガンかかってたり。トラベラーとかヒッピーっぽいパンク・ミュージックとかも流れていた。みんなが入り混ざって、一緒にダンスしてたんだ。いろんなジャンルの人が一緒に楽しく時を過ごしてたんだよ。本当に素晴らしかった。値段も安かったしね。とにかく最高な空間だったんだ。

"チャイム"はセカンド・サマー・オブ・ラヴの雰囲気を持った曲ですが、実際にあなたがたも自身がレイヴ好きだったんですよね?

ポール:もちろん。オービタルがはじまってからも行ってたよね。〈ドラム・クラブ〉にも行ってたし、ブライトンにあるクリス・ココがやってた〈ココ・クラブ〉ってクラブにもよく行っていたよ。あと、トンカのパーティにもよく行ってた。彼らのサウンドシステムは素晴らしいんだ。彼らも最高だったな。それにもちろん〈メガドッグ〉も。そこではギグもやってたしね。最高だったな。1990年代は、少なくとも1週間に1回は出かけていた。金曜の夜は〈メガドッグ〉、木曜は〈ドラム・クラブ〉、月曜はトンカ、土曜もクラブにでかけてたし......ははは(笑)! 毎日必ず何かはやてたから。ソーホーに集まって、土曜の夜にベロンベロンに酔っぱらって、二日酔いのときは出かけなかったりね。

いまはどうですか?

ポール:最近はほとんど出かけないよ。子供が3人いるし。出かけるのは自分のギグをやるときやDJするときだけ。ブライトンのライヴを見にいったりはするけどね。

そもそもオービタルは何がきっかけで結成されたのでしょう?

ポール:以前からふたりとも家で音楽を作ってたんだけど、あるときパイレーツ・ラジオ局に関与するようになった。アシッド・ハウスの良い作品をしょっちゅうプレイしてたDJがいたんだけど、彼が俺たちが金曜にプレイした"チャイム"をかなり気に入ってくれた。絶対に出したほうがいいと言ってきて、リリースしたら、2、3週間で2000枚も売れた......その時点ですでに6つのレーベルからオファーがあったから、名前から何からすべてを急いで決めないといけなかった。名前はすぐにオービタルに決まった。街の外に続くロンドン・オービタル・モーターウェイ(ロンドンにある環状高速道路)があって、この環状線の南東地域がデッカいレイヴが起こってた場所だから、そこから名前をとって、オービタルの活動がスタートした。
 俺は常に音楽を作ってたんだ。フィルがそれに参加したりしなかったりで。自分は13歳くらいからギターを弾きはじめて、バンドと一緒にジャムしたりしてた。パンク・バンドとかね。ドラムもギターもキーボードもプレイしてたし、大学のスクール・バンドでもプレイしていたよ。そのあとフィルと一緒にエレクトロにもハマっていった。そこからふたりで音楽を作りはじめたんだ。

当時のダンス・カルチャーの熱気はどんなものだったのでしょうか?

ポール:オービタルがスタートしたのは1989年だけど、その頃は、さっきも言ったように、幸福なアマチュアの時代だったね。とにかくアシッド・ハウスしかなかったな。そのあとデトロイト・テクノがちょっとでてきたって感じだったと思う。

日本でも"チャイム"はもちろんのこと、"オーメン"、"ハルシオン"や"ラッシュ3"など、日本でも僕の友人たちをはじめ、多くのクラバーをトリップさせましたが......。

ポール:そう言ってもらえると嬉しいね。

あなたがたはどんな狙いでこうした曲を作っていたのですか? 

ポール:いや~、狙いとか、そういうのはほとんどなかったね。ただただ、良い音楽を作ろうとしていただけなんだ。自然と出て来るアイディアに正直になるよう意識していたよ。書きはじめたらいつも流れにまかせて曲を書き続けるんだ。ライヴ・セットもそんな感じだし。
 俺たちの曲作りは1枚の絵を書いてるようなものでね。ストーリーを書いてるとかじゃなくて、直観で書くって感じかな。軽く聞こえるかもしれないけど、聴いてる人が踊れて、何らかの形で人びとを動かすことができればそれで良いんだ。プレイして、それで人びとが楽しめれば、それがいちばんだ。音楽作りで、いろいろ考えるのは逆に難しい。「just do it」がいいんだよ。そこから自分が好きだと思うサウンド、しっくりくるサウンドを作っていけばいい。俺は深くは考えない。直観と自然の流れにまかせる主義なんだ。

オービタルを特徴づけるのは綺麗でトランシーな音色ですが、アシッド・ハウスからの影響はどれほどあったのでしょうか? 

ポール:アシッド・ハウスは最初はキライだったんだけよね。知り合いが"アシッド・トラックス"をプレイしてきたんだけど、俺は気に入らなかった。新しすぎたからかもしれないけど、抵抗がなくなるまでに時間がかかったね。いくつか素晴らしいと思うものもあるけど、正直、いまでもアシッド・ハウスのトラックはあまり好きじゃない。お気に入りのジャンルじゃないんだな(笑)。アシッド・ハウスの定義って、わかるやついるのかな? と思うけどね。303のマシン自体は面白いと思うけど。小さいのに、すごくパワフルなサウンドを創り出すからね。ベースラインにはとくにいい。独特なサウンドだよね。パンチの効いた音をつくるし、それは他にはないと思う。でも好きではないんだよね(笑)。だから、アシッド・ハウスの解釈ってわけじゃないんだ。

なるほど。それでは、ドラッグ・カルチャーに関しては?

ポール:いまのドラッグ・カルチャーは......どうなんだろうね。コカインが出回ってるのは知ってるけど、あれは最悪なドラッグだ。みんな自己中になるし、ものすごく短気になる。ドラッグ・カルチャーに関してはいまは何も知らないし、意見もない。本当に何も知らないんだ。1回、どのフェスかは忘れたけど、あるフェスでオーディエンスが明らかにヤバかったのは覚えてるけどね(笑)。みんな、確実にエクスタシーをやっていた(笑)。ウケたよ(笑)。お互いにぶつかりあって、ぼけーっとしてるんだ。「おーい、こっち見てる奴ひとりでもいるか?」って感じ(笑)。DJしながらずっとそれを見てたんだ。あれは最強だったね(笑)。
 そもそも俺はドラッグに関しては語らないことにしてるんだ(笑)。全然やってないといえばつまらなく聞こえるし、昔やってたと言えばそれはそれで良くない(笑)。だから、謎のままにしておきたい(笑)。自分とまわりの友だちだけが知ってることにしたい。ミュージシャンはドラッグがつきものっていう印象はあるけどね。

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直観で書くって感じかな。軽く聞こえるかもしれないけど、聴いてる人が踊れて、何らかの形で人びとを動かすことができればそれで良いんだ。プレイして、それで人びとが楽しめれば、それがいちばんだ。音楽作りで、いろいろ考えるのは逆に難しい。


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DJよりもライヴのほうが重要ですか?

ポール:いや、DJはずっとやってるよ。去年もずっとDJしてたし。アルバムを書いてたから、ライヴができないぶん、DJをやってた。パフォーマンスをストップしたくなかったからね。それにDJは書いてるものを試しに使ってみることができるからいいんだ。書いたものをさっと木曜に録音して、金曜にDJするときに持っていってプレイしてみるっていうのを何回もやってた。それを楽しんでたしね。
 90年代は頻繁にDJをやってたけど、子供が生まれてからしばらくストップしてたんだ。わざと止めたわけじゃないし、封印したわけでもない。俺は、DJもライヴもどちらも好きなんだ。ふたつとも違うことだし、違う人たちと繋がることができる。どちらもいつだって楽しいしね。

あながたはUKトランスのスタイルを作ったと思うのですが、クリミナル・ジャスティス(レイヴ禁止法)への抗議を主題とした1994年の『スニヴィライゼイション』では、音楽的にはトランスから脱却しましたよね。

ポール:たしかに脱却したね。その前のアルバムにくらべてトランスっぽさがなくなったから。俺たちはトランスに影響を受けていただけで、トランスの方向に進もうとしてたわけじゃなかったからね。ただ、自分たちが進むべく方向性に進んで行っただけなんだ。いつも新しいものに挑戦していくのが自分たちだからね。あのアルバムはストーリー性のあるコンセプト・アルバムにしたかったかんだよね。わざと脱却したわけじゃなくて、流れでそうなったんだ。そのときに求めていたものが、たまたま違っただけ。そうしようと考えてたわけじゃなかったんだけど。

ダンス・カルチャーが嫌いになったことはありますか?

ポール:いいや。それは絶対にない。自分の要素を嫌いにはなれないよ。何年もオービタルの要素になってるものだし。ダンス・カルチャーではいつも何かしら面白いことが起こってると思う。つねに大好きってわけでもないけど(笑)。でも、嫌いになることはない。

ダブステップの影響に関する話がありましたが、最新の音をまめにチェックするほうですか? 

ポール:どちらとも言えるね。やっぱり俺はDJでもあるから、いつも新しいサウンドをチェックしないといけないし、ツイッターで新しい音楽のオススメを訊いたりもする。それでいつも違うものを試すようにしてるんだ。でも曲を書くときは......クラフトワークが言ってたんだけど、彼らは音楽を書いてるときは他の音楽は聴かないようにしてるらしい。気が散ってしまうから。俺もそれと似ていて、ライティングのときはあまり音楽は聴かないようにしてるんだ。自分の音楽に集中できるようにね。
 まあ、そうでもなければ、最近ではコンテンポラリー・フォークが好きでよく聴いてる。メランコリーなフォーク・ミュージックをね。ジョアンナ・ニューサムとかさ。そういう音楽は自分がやらないことだし、自分にできないことだから。エレクトロをもっと聴くべきだとは思うけど、仕事でいっつも聴いてるからさ......エレクトロには厳しくなっちゃうんだよね。毎日やってることだから。本当に良いものじゃないとダメなんだ。そのなかでも良いなと最近思ったのはプラッドのニューアルバム。あれはお気に入りだよ。

若い世代の音楽は?

ポール:よく聴くのは、エミリー・ポートマン。大好きなんだ。アルバムでも彼女の曲をサンプルしてる。エレクトロだと、〈ナイト・スラッグス〉は面白いことをやってると思う。そこから作品を出してるエルヴィス(L-Vis)1990はとくに良いね。最近アルバムを出したんだけど、彼も良いよ。彼は"ニュー・フランス"のリミックスをやってくれてるんだ。

たとえばインストラ:メンタルの昨年のアルバムを聴いたら、1990年ぐらいのジョイ・ベルトラムみたいでびっくりしたんですね。なんか、我々の世代にとっての古いものがいまの若い世代には新しいんじゃないかと思ったんですが、そう感じたことはありますか?

ポール:インストラ:メンタルを知らないからあまりわからないけど......そういう意味ではエレクトロは古くなることはないよね。グルグルと廻ってるんだ。エルヴィス1990は初期のシカゴ・ハウス・ミュージックをやってるけど、彼は当時のそれを経験したことはないわけだよね。それって面白いと思うんだ。いま20とか21歳の若者がそういう音楽を作ってるわけだから。しかもその場で構成を学んでるわけじゃないから、昔のシカゴ・ハウスとまったく一緒ではない。もちろん影響は受けているわけだけど、いつも新鮮で、オリジナルとは違うものができるんだ。それが面白いと思うんだよね。自分たちが影響を受けてきたものに、いまの若者が影響を受けて音楽を作ってるっていうのが。違いがあって面白いよな。

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ダンスは基本的にいつの時代も変わらないよね。どんな時代でもダンスに行きたいという気持ちはそのまま。人はつねに人と集まりたいし、大きな集団のひとつになりたいんだ。それは変わらない。


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新しいアルバムのタイトルを『ウォンキー』にした理由を教えてください。

ポール:ウォンキー(普通じゃない、不安定な、歪んだ)ってって言葉が、オービタルの音楽を表してると思ったからこのタイトルになった。アルバムにピッタリの名前だと思った。オービタルの音楽の軸はエレクトロだけど、エレクトロというひとつのジャンルにとらわれたことはないんだ。このジャンルでもあれば、あのジャンルでもあって......って感じ(笑)。つまり、ウォンキーなんだよ(笑)。べつの言葉で言えば、すべての音楽に成りうるってこと。
 俺たちは、ある特定のジャンルをフォローしてことはないんだ。自分に正直に、やりたいことをやって、作りたい音楽を作ってる。このアルバムは、ダブステップでもあればグライムでもあるし、昔のオービタルっぽいサウンドも残ってる。いろんな要素が詰まってるんだ。その状態をうまく表してるのが『ウォンキー』って言葉だった。

1曲目なんかホントにオプティミスティックだし、3曲目の"Never"や"New France"もパワフルで美しい曲ですよね。"Stringy Acid"も前向きなフィーリングを持った曲です。今回のアルバムはポジティヴな感覚が際だっているように思います。

ポール:ライヴ・フィーリングだよね。自分たちがライヴで何を聴きたいかを考えながら作ったんだ。それがポジティヴなフィーリングをもたらしたんだと思うよ。もちろんすでに作られたムーディーでダークな曲をライヴでプレイすることもできるけど、ライヴでプレイすることを初めから意識して作られた音楽はポジティヴになりやすいんじゃないかな。とにかく、ステージのことを考えて作った。とくに前向きでいたいって意識してたわけじゃないけど、ライヴを考えてたらこういう音になった。

新しいアルバムにはゾラ・ジーザスが参加していますが、彼女を起用したのはどんな経緯からなんですか?

ポール:アメリカに住んでる友だちが彼女をススめてきたんだ。だからいちど聴いてみることにした。聴いた瞬間、「最高!」って思った。彼女こそ自分たちが求めてるヴォーカルたった。そしたら彼女がちょうどその時期にロンドン公演を控えていて、こっちに来る予定になってたから、最終週にスタジオに来てもらって一緒にレコーディングした。ギグの合間に2、3日来てくれたかな。タイミングが良かったんだ。レコーディングも本当に順調で、最高だったよ。

オービタルは、ちょうどUKで人頭税の暴動の頃にデビューしてますよね。1990年に「トップ・オブ・ポップス」に初めて出演したときも反人頭税のTシャツを着て演奏しました。で、昨年のUKの暴動に関してはどのような意見を持っていますか?

ポール:クレイジーな出来事だったよね。俺は暴動を起こした連中と同じ立場にいないからコメントはすべきじゃないけど......何か他の方法で行動をおこせなかったのかなとは思うね。
 アルバムにはそういうものはぜんぜん反映されていない。普段のオービタルの作品に社会は反映されているけど、このアルバムはレアだね。毎回違うことをやるっていうスピリットがあるから、それはそれで良いことだと思う。でもちょっと考えてみると......現代の注意散漫さとかは少し反映されているかもしれないな。「やばい! 今日はまだフェイスブックをチェックしてない!」とか、そういう現代の社会的交流とかね。いまの時代、世のなかにはインフォーメーションが溢れすぎている。メディアも同じ。そういう精神錯乱みたいなものは、アルバムの要素のひとつかもしれないな。他にもあるはずだけど、メインはそれだよ。

たしかにそういう意味でも、この20年で音楽文化はほんとに変化しましたよね。インターネット、ダウンロード、iPod、mp3、PCひとつで音楽が作れる時代になって、そしてクラブのDJブースからはほとんどターンテーブルが消えてCDJとPCになりました。

ポール:そこはあんま関係ないと思う。家具を作るのにどの工具を使うかを議論してるのと一緒さ。大した問題じゃないんだよ。家具のできが良ければいいのと同じで、でき上がる音楽そのものが良ければそれでいい。良いDJがいて、音楽が良くて、ダンス・パーティが盛り上がってれば、それ以上に求めるものはないよ。

昔が懐かしいと思うことは?

ポール:ノーだね。それは全然ない! アナログ・シンセは好きだけど、ヴィンテージは高くなってきてるし、いまでは同じ機能をもつ新しいシンセがもっとたくさんでてきた。テクノロジーのおかげで、すべてがオープンになってきていると思うんだ。俺だって、パソコンひとつで壮大で素晴らしいテクノ・シンフォニーを書ける。しかも飛行機のなかでね(笑)。それって最高だよ。スタジオがなくても、どこでだって書けるんだ。ファンタスティックだと思うし、それをいちどできるようになると、もう昔には戻れないよ。

同世代の友人とはいまでも会って、遊んだりしますか?

ポール:いろいろな友人と会うよ。ケミカル・ブラザーズのトムには、けっこう近くに住んでるから、1年に1回くらい遭遇するんだ。そのときはシンセサイザーのことなんかを話してる。ほとんどは自分と同じ世代の人と出かけてるけど、騒ぐというより、パブとかに行くね。しかも、小さなパブにいくことが多いかな。

家にいるときによく聴いているのはどんな音楽ですか?

ポール:フォーク・ミュージックがほとんどかな。最近レナード・コーエンの新しいアルバムを買ったばかり。他は......やっぱりエルヴィス1990! エミリー・ポートマンもね!

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 以前ワイリーが来日したとき、本人が言葉の壁をひどく重たく感じたという話を関係者から聞いたことがある。なるほどとうなずけはするが、少々意外にも思った。なぜならワイリーは、その音だけでも充分に魅力的だ。
 ワイリーの音楽は、その昔は、「エスキービート(ないしはエスキモー)」なる呼称で語られるほど寒々しかった。せっかちな早口ラップとダークなガラージ・ビートによる独特のアーバン・サウンドは、ぞんぶんに尖っていた。そして、それは実に多くの若い世代に影響を与えた。ゴス・トラッドもワイリーがひとつの契機になったと話していたが、ラスティもゾンビーも、あるいはジョーカーも、多くのダブステッパーはワイリーのエスキービートに影響されている。
 実際のところいまやグライムの古典とされる2004年の『トレッディン・オン・シン・アイス』、2007年の『プレイタイム・イズ・オーヴァー』の2枚はUKアンダーグラウンドからの奇襲攻撃だった。エスキービートとは、ワイリーが自らのオルターエゴを「エスキーボーイ」と名乗ったことに由来するが、グライムというジャンルを定義したワイリーの発明は、いわば氷点下のmp3によるガラージで、それはジャングルのブレイクビーツのパートをそっくりラップに入れ替えることで生まれる氷のハーフステップだった(たとえば、140bpmの言葉、70bpmのスネア)。
 『プレイタイム・イズ・オーヴァー』がリリースされたときワイリーが何をラップしているのかを知りたくて訳してもらったことがある。そこで描かれていたのは、東ロンドンのボウ、縄張りのこと、路上の緊張感、仲間や彼女のこと、あるいは服のブランドのことなど、まあ、僕にはいまひとつピン来るような言葉ではなかったが、これがUKにおいてマイクを通して拡声されればとんでもない騒ぎへと発展するわけだ。グライムのパーティあるところに警察ありとは有名な話である。
 とはいえ、ワイリーがシーンの幅広いところから脚光を浴びたのは紛れもなくサウンド面における革新性ゆえだった。当時はオウテカのようなIDMの巨匠までもが「エスキービート」を賛辞したほどで、おそらくワイリーが思っている以上に彼のアートはさまざまな次元で伝播している(ちなみに言っておくと、グライムも立派にベッドルーム・ミュージック)。

 ワイリーは、無計画にひたすら作り続ける、野性的なタイプのアーティストである。嗅覚とリズム感、そしてひらめきをもっている、いわば天才型のプロデューサーだ。ハウス路線を展開した2008年の『シー・クリア・ナウ』もUKファンキーの台頭と歩調を合わせていると言えばそうだし、USラップに刺激されながらもUKレイヴ・カルチャーという彼のアイデンティティを明かしている点においても興味深い内容だった。が、自分の性に合ったのはワイリー直系で言えばスケプタ(ボーイ・ベター・ノウ)、もしくはテラー・デンジャー、ガラージ系だったらスティッキーのようなダンスホール寄りな感じ、さもなければ関西在住のCESのミックステープ......そんなところだった。『シー・クリア・ナウ』に収録された4/4ビートのポップ・ダンス"ウェアリング・マイ・ロレックス"はワイリーにとって最初のメインストリームでの商業的成功作となったが、ポップに舵を取ったワイリーに僕はそれ以前までのような魅力を感じなかったのである(これはリアルタイムで聴いてきた人にはわかる話だ)。
 『プレイタイム・イズ・オーヴァー』以来4年ぶりの〈ビッグ・ダダ〉からのリリースとなった昨年の『100%パブリッシング』に続いての同レーベルからの本作、『進化するか、さもなければ絶滅させられるか』というタイトルのこれは、Discogsで数えると7枚目となるが、2008年には〈エスキービーツ・レコーディングス〉から『グライム・ウェイヴ』も出しているのでワイリー名義では8枚目......いや、前作『チルアウト・ゾーン』を入れたらワイリー名義としては公式には9枚目だ。しかし、ネットにupされたzipファイル、エスキーボーイ名義を入れたら彼のカタログはさらにもっと増える(本人でさえも過去の自分の作品をすべて覚えていない)。

 アルバム・タイトルが言うように、新しいことをやってやろうという意気込みを具現化したのが『イヴォルヴ・オア・ビー・イクスティンクト』だ。CDで2枚組、アナログ盤で3枚組となったこの大作は、彼の多様なビートが詰め込まれている。それはこの2~3年のあいだワイリーから遠ざかっていた僕にとって都合の良いコレクション......というわけでもなかった。
 ワイリーの魅力は、5~6年前まではその寒々しさ、路上の緊張感にあった。コンピュータに取り込まれた低容量データの屈折した混合で、プロデュースの行き届いたヒップホップとは対極の、むしろフットワークと共振しうるような、ダンサーさえも戸惑うような少々せっかちな変異体にあった。『イヴォルヴ・オア・ビー・イクスティンクト』は活気のある作品だが、初期のカオスに回帰することはない。ワイリーは、このアルバムでは彼におけるポップ路線を新たなアプローチによって再構築しているように思える。『シー・クリア・ナウ』のときのような4/4ビートによる露骨なポップ・ダンスをやっているわけではない。が、アルバムのリリース前にネットでupされた"ブーム・ブラスト"と"アイム・スカンキング"の2曲、前者はエレクトロ路線で後者はご機嫌なトライバル、前者はスタイリッシュで後者はシンコペーションの効いた リズミックなトラック、どちらもユニークな曲だが耳に入りやすいキャッチーな曲でもある。実際、"ブーム・ブラスト"はものの見事にUKのナショナル・チャートに入ったが、僕はこれはワイリーがヒットを狙ったんじゃないかと思っている。だとしたら、『イヴォルヴ・オア・ビー・イクスティンクト』は無鉄砲なワイリーがいままで以上に練ったアルバムということになる。

 この10年でグライムの一流の役者すなわち街の問題児たちは、UKではポップの主役の座をモノにしている。それでもなお、幅広い層へのインパクトという観点で言えば、『ボーイ・オン・ダ・コーナー』と『トレッディン・オン・シン・アイス』の冷淡なカオスを脅かす作品は出ていない(まあ、新世代から出きそうな気配はいまある)。『イヴォルヴ・オア・ビー・イクスティンクト』は、グライムの親玉が『トレッディン・オン・シン・アイス』の高評価に自ら反論するかのような力作である。
 気持ちの良さを持ったアルバムだが、ビートの実験も忘れていない。"ブーム・ブラスト"にはワイリーらしい解釈が加えられているし、本作における最高の驚きのひとつ、UKテクノのベテラン、マーク・プリチャードの参加はアルバムに新鮮な活力を与えている。その2曲"スカー"と"マネーマン"にはUKテクノとグライムとの濃密な邂逅がある。前者ではアシッド・ハウスとの、後者はオールスクール・エレクトロとグライムとの溝を埋めている......というのは安直な説明だが、2曲とも真剣に格好いい。
 何はともあれ、これぞアーバン、そう、UKアーバン・ミュージックの最良の1枚だ。アルバムにはしっとりとしたR&Bバラードもあれば寸劇もある。タクシーの運転手との喧嘩らしいのだが、言葉がわかるとそれなりにバカバカしくて面白いらしい。かつて薄氷のうえを歩いていたグライムの長老は(といっもまだ33歳だが)、ユーモアも忘れない。
 ジョーイ・バートンというフットボーラーがいる。UKでは貧困と犯罪で知られるエリアで育ったミッドフィルダーである。少年時代、親類は殺され、学校には暴力があった。バートンはしかし、彼の才能と努力でイングランド代表にまでになったが、刑務所にも入った。模範生として釈放されると、フットボーラーとして活躍してはまたしても事件を起こし......数々の試練を経ていまも現役の、そして有能なパサーである。ワイリーとは、音楽におけるジョーイ・バートンであるとBBCはたとえている。

Moon Pool & Dead Band - ele-king

 ここ数年、USアンダーグラウンドがこぞってダンス・カルチャーへとベクトルを向け出したことは面白い現象だけれども、ジョン・エリオット(エメラルズ)のミストがジャーマン・トランスを模倣したり、ホワイト・レインボウがハード・ミニマルに吸い込まれていくのをボーッと見たいわけではなく、やはり、かつてのレイヴ・カルチャーからは出てこなかったフォームを聴かせてくれなければ興味を持つ意味はない。そういう意味では、何もフロアユースな作品でなくてもいいとは思うし、実際、これでもダンス・カルチャーのつもりなのかなという作品は少なくない。もしくは甞めてるとしか思えないものも多い。つーか、絶対に甞めている。セカンド・サマー・オブ・ラヴも最初はそうだった。

 リーヌ・ヘルにドリップハウスやニンバイも加わった3人組として〈100%シルク〉からデビューしたキューティクルは、デビュー・アルバムのクレジットを見る限り、ニンバイのソロ・プロジェクトとして存続することにしたらしい。そして、これが、ダンス・カルチャーを甞めるにもほどがあるだろうというほど自由な発想を全開にし、聴くだけだったら面白い作品にはなっている。おそらくビートが入っていれば何をやってもいいと思っているのだろう。ハウスだと思って聴いていると、途中からウネウネと意味不明なシンセサイザーがとぐろを巻きだし、気がつくとビートもどこかに消え去っているし、ニュー・グルーヴ辺りの懐かしいイントロダクションだと思って聴いていると、そのように感じさせるシークエンスが何回かループされるだけで、それ以上、先へは進まなかったりする(ここでキックだろ、ここだ! とか思っているうちにあっさりと終わる)。ダブ・ベースもただ単に面白い音として扱っているようで、リズムが早すぎて踊りには不向き。表面的にはイジャット・ボーイズのデビュー時やPILのパロディに聴こえるものの、いっそのことビートを抜いてアンビエントとして聴きたくなってくる。頼りないヴォーカルもつい聴いてしまうし、最後なんかリズムの合っていない『E2-E4』にカール・クレイグが逆立ちしながらベースを足したような悪酔いモード。悪趣味を理解できるのは趣味のいい者だけだといいますけれど......。

 もっとスゴいのがウルフ・アイズからネイト・ヤングらによる別プロジェクトで、なんとデトロイト・テクノを標榜しているにもかかわらず、そんな曲は1曲も収録されていない。これも上記と同じくダンス・カルチャーに名を借りた自由な発想の部類であり、途中でビートが消えてしまう展開も似たようなものだけれど、リズム感覚はそれなりによかったりするし、オルタナティヴ・ファンクとしての面目は保っている。発想も豊富で、ダンス・カルチャーを体験としてとらえているセンスもかつてのアシッド・ハウス・イクスペリエンスと共通の意義を見出せる。"ザ・クリエイション"と題された曲はこれだけがかなり混沌としたドローンだけれども、ウルフ・アイズの作風とは接点をなしているといえ、ダンス・カルチャーに乗り換えたわけではなく、応用が効くことを証明しようとしているかのようである。蟻の巣にゆっくりと引きずり込まれていくようなエンディングも実にいい。

 また、ディスコやエレクトロをつくっていればダンス・カルチャーに突入できたと思っている現在のUSアンダーグラウンドで、デトロイト・テクノを意識する作り手が出てきたことは、それなりに興味深いことでもある。ダブステップやUKガラージのいくつかはあまりにもデトロイト・テクノの型にはまってしまったものも多いので、そういう意味では型破りなデトロイト・テクノを期待できるのはUSサイドではないかと思う面もあるからである。トリップ・ミュージックとしても新たな可能性は感じさせるし、何よりも自分たちでこれはデトロイト・テクノだと信じているところがいい。それは明らかにいままで誰も持っていなかった耳である。むしろ彼らがデトロイト・テクノを理解してしまう日が来ないことを祈りたい。

 とはいえ、2作ともあまりにもジャケット・デザインがヒドい。なるほどアメリカというか......マエキン、なんとかして下さい!

Kuedo - ele-king

 ムーヴメントの解釈は十人十色というか百人百様というか、人によって違うものだけれど、年末にゴス・トラッドを取材して気がつかされたことは、彼のダブステップ解釈が音楽のスタイルではなく、違ったバックボーンの人たちが一同に会していたということである。ああー、たしかにその話は昔他の誰かからも聞かされた覚えがある。異なった階層、異なった趣味、異なった人たちが出会うという点ではゴス・トラッドの主張の通り、ダブステップはレイヴ・カルチャーの理念を再現していたということになる。まだシーンがアンダーグラウンドだった時代は。
 2006年のブリアルの主張を思い出す。彼はダブステップはメインストリームに進むべきではないと繰り返していた。が、欧米ではダブステップはメインストリームとなり、こうしてあらたな分裂がはじまった。昨年リリースされたセパルキュアのデビュー・アルバムのようなアンダーグラウンドの折衷主義(ポスト・ダブステップ、UKガラージ、ダウンテンポ、ハウスそしてテクノなど)なども分裂後の動向の好例のひとつだ。ベテランのリスナーはハウスが"ディープ・ハウス"と、テクノが"エレクトロニカ/インテリジェント・ダンス・ミュージック"というタームで選別されはじめた頃を思い出せばいい。

 そしてベテランのリスナーに向けては、クエド(ヴェックストの名義でも知られる)のデビュー・アルバム『セヴァレント』を説明するのも簡単だ。これは要するに、ダブステップ/グライム世代における20年前のブラック・ドッグ・プロダクションズやグローバル・コミュニケーションのようなものである。『セヴァレント』は、ダンスフロアの熱狂の軌道修正という意味でも、そして夢想的な上もののシンセサイザーやスモーキーな感覚においても、〈ワープ〉の『アーティフィシャル・インテリジェンス』のダブステップ・ヴァージョンと言える。当たり前の話、さすがに当時ほどの楽天性はないものの......というか、むしろ絶妙なセンスでグライムの黙示録的な終末感が展開されているというのに、つまり本人にはそのもつもりはないだろうけれど、僕には古典的な〈ワープ〉サウンドの新世代による再解釈としても聴けてしまう。マイケル・パラディナスが、そして佐藤大や稲岡健がこれを嫌いなはずがない。『ピッチフォーク』はOPNなどと比較しているが、どうだろう。こちらのサウンド・プロダクションの骨格をなしているのはクラブ・ミュージックだ。『セヴァレント』はダブステップとグライムによって更新されたエレクトロニカないしはチルアウトなのである(たとえば2曲目と3曲目などは涙ものです)。

 もうこの際だから、90年代の豊かさを再発見する意味でも、〈ワープ〉をライセンスしているビートインクあたりがこの時代の音源を再発をするのもいいのではないだろうか。クエドから入った若いリスナーが1991年から1994年あたりまでの〈ワープ〉に代表されるUKのテクノ(あるいはまたアイトホーフェンのテクノ)を好きになるのは目に見えている。この手のサウンドに関しては当時の日本からも〈ダブレストラン〉や〈トランソニック〉、〈サイジジー〉といったレーベルを中心に良い曲がたくさん生まれているわけだし。

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