Home > Reviews > Album Reviews > Wolfgang Voigt- Kafkatrax
カフカをモチーフにしているという話題だけが先行していた「カフカトラックス」を1枚にまとめ(て5曲をプラスし)たマイク・インクによる本人名義の4作目。ピアノをモチーフとした昨年の『フライラント・クラフィエムジーク』(裏アンビエントP189)がかなりいい出来だったので、つい買ってしまった。アート・ワークがよかったせいもある。活動を再開してからの勢いに押されているともいえる。......とはいえ、M:I:5やスタディオ1でやっていたことと大きく隔たりがあるわけでもない。『クラフィエムジーク』の方がリヴァイヴァルしつつあるミュージック・コンクレートとの親和性も高く、新機軸には富んでいたし、「カフカ」という目くらましがなければ、従来と同じミニマル・テクノの範疇でしかない。低音が効いていて、ビートはドイツに特有のメトロノミックなそれ。洗練度は格段に高い。
アルバム全体に散りばめられているのはカフカの小説を朗読している「声」。これが断片的に聞えてきたり、あらゆる方向から、そして、折り重なって響き渡る。言葉の意味がダイレクトにはわからないので、内容的なことまではわからないけれど、基調は『クラフィエムジーク』で使い倒されたピアノと同じく、不安を呼び起こすような使い方が「カフカ的」だと信じられていることは確か。統合失調症の人が聴いたらどうなってしまうんだろうと思うようなオープニングを筆頭に、次から次へと「声」は波状に襲い掛かり、ヴァーゴやバム・バムなど初期のシカゴ・アシッドがそうであったように、どう考えてもバッド・トリップに誘い出そうとしているとしか思えない(ユーロ危機のサウンドトラックとしては充分すぎる効果を上げている)。とくにアルバム用につくられたクロージング・トラック「3.4」の重厚さには特筆すべきものがあり、14年前につくられた無機質でダークなM:I:5がどれだけ躍動感に満ちていたかを痛感させられる。メクチルド・フォン・ローシュ(裏アンビエントP133)もかくや、ゆっくりと地の中に引きずり込まれるようなループ・サウンドは、回転数を落としただけなんだろうけれど、逆説的に醸し出される甘美さと奇妙な説得力に満ち溢れている。このような重苦しさはヨーロッパの白人にしかつくれないに違いない...(ことダンス・カルャーに関する限り、アメリカもイギリスも再度、サマー・オブ・ラヴへと向かっているというのに...)。
そういえばカフカと同じく、アメリカに行かずしてアメリカを描こうとしたラース・フォン・トリーアの映画『ドッグヴィル』は、この7月にオスロで大量殺戮を行ったアンネシュ・ベーリング・ブレイビクのフェイヴァリットなんだそうである(ゼロ年代における僕のベスト2作品でもあるけど。あとの2本は、クリストファー・ノーラン『メメント』とチャーリー・カウフマン『脳内ニューヨーク』)。
ちなみに『カフカトラックス』と同じことを日本の小説でやるとしたら、誰のどの作品を使えば、同じように「不安」を煽れるのだろう?
三田 格