「レイヴ・カルチャー」と一致するもの

interview with IR::Indigenous Resistance - ele-king

私たちにとってダブはスタイルではなく、アティチュードである。私たちは、音楽やその他の手段による抵抗や抗議、社会正義の主張が、植民地的・資本主義的・白人的な流れの中で制度化され、無力化され、活力を奪われた世界に住んでいる。ダブは、このような同化と融和のプロセスのB面なのだ。

 インディジェナス・レジスタンス(IR::Indigenous Resistance、以下「IR」)は、地球上の音楽シーンにおいて際立った存在感を放つダブ・アーティスト/アクティヴィスト集団だ。世界各地で反植民地主義と先住民の権利のために活動するIRのアクションは、音楽のみならず、絵画・書籍・映像・ストリートアートなど多岐にわたっている。おもな拠点のひとつはウガンダにあり、ジャングルの奥深くに創造的なアートスペース「Atuadub Shrine」がある。

 彼らは80年代のテクノ/ハウスや90年代のレイヴ・カルチャーの影で台頭してきた。IRとしての作品は2002年のザ・ファイアー・ディス・タイム『Krikati / Galdino / Remembering Galdino』(IR1)にはじまり、最新作の『Mongolia African Ancestral Travel M.A.A.T. 』(IR73)に至る。彼らの活動はきわめてアンダーグラウンドなもので、実態は依然として謎に包まれている。中心人物のひとりであるアマスタラは、人々がIRの全体像を把握しづらいのは彼らが意図的に行っていることだという。

アマスタラ:私たちはアクションのたびにチームを組み替え、世界同時多発的に、また、非中央集権的な組織作りを通じて、バビロンを混乱させることを目指している。たとえば、西パプア解放運動を支援するイベントでは、コロンビア、ブラジル、エチオピア、ウガンダ、インドネシアの共謀者や協力者と協力して同時開催を実現した。私たちが「African Anarchists」という曲の中で言及しているように、現在アフリカと呼ばれている地域には、古代において、中央集権的な王国ではなく、自治的な村々がゆるやかにつながった連合体によって統治されていた地域があった。私たちはこれを組織のモデルとして気に入っている。

「IRにとってダブとは?」とアマスタラに尋ねると、IRの音楽の本質であり、たんなるジャンルではなく抵抗のアティチュードである。そして「音の周波数を使った混乱でバビロンを震え上がらせること」だと答えてくれた。

アマスタラ:ジャマイカのダブ・レゲエは、デトロイト・テクノ、ハードコア・パンク、アフリカ音楽、そして南太平洋のソロモン諸島や北アメリカの先住民族の固有の音楽の伝統と同様に、私たちにとって大きなインスピレーションとなっています。私たちがこれらの影響を受けているのは、その根底にある深い原理があるから。つまり、私たちにとってダブはスタイルではなく、アティチュードなのです。エコーやリバーブ・エフェクトを使うことだけがダブではない。IRにとってダブとはたんなる音楽ジャンルや手法ではなく、本質。ダブとはあらゆるものの本質なんだよ。私たちは、音楽やその他の手段による抵抗や抗議、社会正義の主張が、植民地的・資本主義的・白人的な流れの中で制度化され、無力化され、活力を奪われた世界に住んでいる。ダブは、このような同化と融和のプロセスのB面なのだ。
 ダブは抑圧的なシステムに問題を引き起こしながらも、人類の向上に役立つようなやりかたでシステムに挑む。「バビロンを震え上がらせること」の重要性を、私たちはとくに強調したい。それは、音の周波数がどのように使われうるか、また使われるべきかという私たちの常識を完全に混乱させる。この混乱こそがダブをまったくもって美しくしているのであり、人生の美しさと奔放な複雑さを肯定しているのです。

 最新アルバム『Mongolia African Ancestral Travel M.A.A.T. 』に収録され、先行シングルとなった「Dreams Are Dub But Genocide Is A Reality」は、日本人アーティスト、マサヤ・ファンタジスタとの共演。モンゴルでの偶然の出会いが、コラボレーションの契機になったという。ウランバートルのレコード店〈ドゥンゴル・レコーズ〉のオーナーを通じて知り合ったアマスタラとマサヤは、共通する音楽理念やモンゴル文化への理解を通じて友情を深めた。

アマスタラ:そう、本当に美しい出会いだった。それは私たちが「自然なダブの流れ(natural dub flow)」と呼ぶものです。2023年の夏、マサヤはドゥンゴル・レコーズの音楽スペース兼カフェの公式オープニングでプレイするために来ていた。マサヤはじつに静かで温かみのあるダブを醸し出していて、音楽の話になると、すぐに似たようなつながりがあることに気づいた。彼は私たちの音楽仲間であるデトロイト・テクノの反逆者アンダーグラウンド・レジスタンスとも関係が深かった。フェラ・クティのドラマー、トニー・アレンを日本に連れてきたときの責任者のひとりがマサヤだったと聞いて、さらにその絆は深まった。私がフェラ・クティ本人と個人的なつながりがあることを知って、彼は本当に驚き大喜びした。こうしてマサヤ・ファンタジスタはこのプロジェクトに参加することになりました。

Masaya Fantasista

「Dreams Are Dub But Genocide Is A Reality」(夢はダブだが虐殺は現実だ)。重いテーマを扱ったこの曲で、先入観を覆すためにマサヤがもたらしたジャズの要素を取り入れたのだとアマスタラはいう。

アマスタラ:マサヤがこの曲に加えたジャズのエレガンスは、私たちが歌詞を書いた意図とも一致していた。ジェノサイド(大量虐殺)のようなトピックが音楽の焦点になると、人々はそれがパンクやノイズのような攻撃的な音楽ジャンルと結びついていると考えがちだ。私たちはパンクやノイズが大好きだけど、この先入観を覆したかった。トラックの最初の行が「彼らは優しく抱きしめ合った(They embraced tenderly)」なのはそのためだ。同時に、世界中で起こっているジェノサイドのさまざまな事例を、多くの人が予想するような形ではなく、ストーリーテリングの手法で語れるようにしたかった。
 マサヤのソウルフルなジャズのエレガンス、バッド・ブレインズのパンクの影響、バントゥー(Bantu)とダンシャ(Dhangsha)のノイズ、不協和音、ベース・ミュージックへの新しいアプローチ、エイドリアン・シャーウッド、マーク・スチュワート、ソイ・ソスのようなインダストリアル・ダブの影響、そして伝統的なアフリカのジャンベ・ドラムとモンゴルの馬頭琴。この曲の歌詞を書いているとき、私たちの魂に響いた曲のひとつがバニー・ウェイラーの「Bide Up」だった。ソウルフルなエレガンスと美しさに満ちた曲で、華麗なフルート、パーカッション、そして精神的な敬虔さと逆境に対する勝利に焦点を当てた歌詞に支えられたルーツ・レゲエ・トラックです。

 アルバムのハイライトとなる「A Fiery Kumina Groove For Thomas Sankara & Fela Kuti」(トーマス・サンカラとフェラ・クティのための燃えるようなクミナ・グルーヴ)には、ダブ空間に鳴り響くテクノ・ビートとともに、アフリカ起源の音楽のエレメントが色濃く込められている。

アマスタラ:アフリカ音楽の要素は、私たちの音楽に大きな役割を果たしている。ウガンダの伝統的なフルートや、ジャンベやケテ・ドラムなどの打楽器だけでなく、過去にはエチオピア西部のヌエル族やアヌアク族の伝統音楽で使われている撥弦楽器の親指ピアノも使ったことがある。これらの楽器は、エチオピア西部の土地収奪をテーマにしたIRの楽曲で演奏されています。また、強制的に奴隷にされたアフリカ人が海を越えて持ち込んだアフリカ音楽の伝統を活用していることも重要だ。ジャマイカのクミナやナイヤビンギの太鼓の伝統、そしてアフロ・コロンビアの重要な伝統である太平洋岸のマリンバ。クミナはコンゴから強制的に奴隷にされたアフリカ人がジャマイカに持ち込んだ精神的な儀式です。私は個人的にクミナの儀式を目撃したことがあり、そこには強烈な催眠術のようなドラミングがあり、参加者は踊りながらトランス状態に入っていきます。この儀式を目の当たりにするのはすばらしくうっとりする体験で、私はいつもこれを音楽のトラックに取り入れたいと考えていました。私たちの経験では、伝統のスピリットを真に感じれば、それは難なくダブに流れ込む。作為的なダブとは対照的な「自然なダブの流れ(natural dub flow)」なのです。

モンゴルのアンダーグラウンドにもアクセスするIR

2023年の夏、マサヤはドゥンゴル・レコーズの音楽スペース兼カフェの公式オープニングでプレイするために来ていた。マサヤはじつに静かで温かみのあるダブを醸し出していて、音楽の話になると、すぐに似たようなつながりがあることに気づいた。彼は私たちの音楽仲間であるデトロイト・テクノの反逆者アンダーグラウンド・レジスタンスとも関係が深かった。

 IRのスローガンのひとつ「ダブ・リアリティ」。
 「ダブ」と「現実」。一見すると相反するふたつの要素だが、彼らの言葉を借りるなら、IRはB面(ダブ)から見えるヴィジョンを通じて地球上の現実と人類の歴史を掘り下げ、同時に音楽としてのダブを拡張している。

 IRが行っていることは「全地球をダブにする」ことだと私には思える。
 アフリカを拠点に世界中の先住民との交流を続けるIRのダブは、ヘヴィなベースとエコー・チェンバーを武器に、はかりしれないパワーと知識とスピリットが注ぎ込まれた音楽なのだ。

 最後に、つい先日完成したIRによる短編映画を紹介しよう。
 アフリカの映画監督ジョシュア・アリベットとIRの3度目の共同制作であり、ジャマイカ出身のアマスタラがモンゴルを「もうひとつの故郷」とする体験を描いた『Mongolian Dub Journey』に触発されている。映画の舞台はウガンダだが、モンゴル文化がアフリカの背景に溶け込む様子が印象深い。
 ここでもIRは先住民族への暴力や抵抗運動への連帯を訴え、社会正義の可能性を問いかけている。

Under The Moon, We Return To Water : An Indigenous Resistance Dub Suite

■アルバム 情報

Indigenous Resistance
IR 73 Mongolia African Ancestral Travel M.A.A.T.

https://dubreality.bandcamp.com/album/ir-73-mongolia-african-ancestral-travel-m-a-a-t

Indigenous Resistance
IR 71 Dreams Are Dub But Genocide Is A Reality + E book A Mongolian Dub Sublime

https://dubreality.bandcamp.com/album/ir-71-dreams-are-dub-but-genocide-is-a-reality-e-book-a-mongolian-dub-sublime

Sherelle - ele-king

 この10年のドラムンベースを聞き続けた人ならわかると思うけれど、相変わらず破天荒なスクリームや新進のティム・リーパーなどDJはガンガンいっているのに、ハーフ・タイムが停滞して以降、新作としてリリースされるものは紋切りでつまらないものが増えている。もちろんいい作品を出し続けている人はいる(Dev/Null, Sully, Nebula, Pugilist, etc)。最近だとレイクウェイだとかゼアティス(Xaetis)などEDMと絡み合った動きの方がまだしもユニークに感じられるところがあり、先に進めないのなら後に戻るということなのか、ゴールディ『Timeless』の25周年記念盤を筆頭にクラシックの再発がやたらと続き、何事もなかったように黄金時代のクリシェが反復されていく。咋24年も〈1985 Music〉や〈Over/Shadow〉といったレーベルはクリシェの波を立て散らかし、〈Samurai Music〉だけが相変わらず踏ん張り続けたという印象がある(ドラムン・ベースとダブ・テクノを融合させたリーコ(Reeko)『Urmah』やテクノの中堅がいきなりスタイルを変えてコービー・セイをMCに起用したブレンドン・メラーにはけっこう驚いた)。そして、今年の初めにトルコ(現ベルリン)のDJストロベリーことエムレ・オズトゥルク(Emre Öztürk)がリリースしたセカンド・アルバム『Playground』はグルーヴのあるドリルン・ベースであると同時にダブ・テクノと交錯させたアシッド・ジュークともいうべき属性を兼ね備えていて、これが久しぶりのブレイクスルーとなった。『Playground』のリリースを待っていたかのようにその後はどんどんユニークな曲が続き(Baalti“Overbit”、Patås“Bontelabo”、Svagila“Niteee”、Briain“Coma Cluster”etc)、ドラムン・ベースのタグから旧態依然としたものとそうではないものを聞き分ける楽しみが1ヶ月半ほど続いた。そして、なんの予告もなくシェレルのデビュー・アルバムがサプライズ・リリースされたのである。なんというタイミングだろう。シェレルはここ数年、ティム・リーパーと並んでハードコアの復権を促してきたアイコニックなDJであり、自分の作品をリリースすることにはそれほど意欲的ではないのかと思っていたら、実はアルバムをつくっていたとは。これが、そして、なんとも痺れる内容で、間違いなくハードコアの刷新といえるものだった。アルバム・タイトルの『With A Vengeance』はイギリスの慣用句で「無闇に」とか、最近の日本でいえば「鬼のような」というニュアンスのイディオムである。「鬼のように」、そう、シェレルは鬼のようにスネアを叩き込んできた。

 6人編成のフットワークDJ、6フィギュアーズ・ギャングのメンバーでもあるシェレル・トーマスがソロで脚光を浴びたのはコロナ直前に行われたボイラールームのDJで、前半にUKガラージ、後半にハードコアを配した構成は現在の流行りからいつのまにか異次元へ飛ばされる驚きがあった。2010年代後半にTSTS: Radio Chillでシェレルが担当していたミックス・ショーはもっと幅広い選曲で、ときにAORやエキゾチック・サウンドを聞かせる時間もあったから、彼女がハードコアにスタイルを定めたのはコロナ直前ということになるのだろう。聞いていると体内から湧き上がってくる力を抑えきれなくなる彼女のDJはボイラールームの翌年にBBCエッセンシャル・ミックス・オブ・ジ・イヤー、さらに次の年にはDJ Magのベスト・ブリティッシュDJに選出され、bpm160で統一されたミックスCD『fabric Presents SHERELLE』へとつながっていく。その勢いで黒人とクィア専門のレコーディング・スタジオ「BEAUTIFUL」を設立し、最初のコンピレーション『BEAUTIFUL presents BEAUTIFUL Vol.1』には気鋭のナイア・アーカイヴスからヴェテランのロスカ、さらにはロレイン・ジェイムスや:3lONといった変わり種もフィーチャー。また、ダンス専門の〈Hooversound Recordings〉もスタートさせ、ドラムン・ベースにこだわらず、UKガラージやエレクトロにハウスと幅広くリリースを重ねていく。無観客のロンドン・コリセウムでティム・リーパーとb2bを行なった2022年には初の日本ツアーも行い(昨年、2回目のツアーも)、23年にはマルセル・デットマンやモデラートなどドイツ勢のリミックスを立て続けに手掛けるも、なぜか自分の作品はEPが1枚(「160 Down the A406」)とスプリット・シングルが1枚(「GETOUTOFMYHEAD」)のみで、レコード・プロデューサーとしての活動はあまり活発ではなかった。「160 Down the A406」はしかもまるで後期の808ステイトをアップデートさせたようなテクノ・ガラージだし、“GETOUTOFMYHEAD”もbpm160のソリッドなUKガラージ。さらに『fabric Presents SHERELLE』に提供した“JUNGLE TEKNAH”はジェフ・ミルズ“Change of Life”をサンプリングした(?)UR式のブレイクビーツ・テクノと、正直、DJとしてガンガンぶっ飛ばしてきた彼女が自分ではどんな曲をつくるのか、ほとんど未知数だったのである。

 ここにドカンと10曲入りである。期待を膨らませる助走期間も設けず、ヴィジュアル戦略もなく(サプライズ・リリースの2日後に“Freaky”のヴィデオが公開)、先入観が一切なく音が飛び込んでくる状態はとても理想的。最初は座って聞き、次はランニングをしながら聴いた。体を動かして聞いた方が圧倒的にいい。いつもより長い距離を走ってしまった。構成の骨組みは『fabric Presents SHERELLE』と同じで前半部がハードコア一辺倒。ハードコアを基本としながらもDJストロベリーと同じくフットワークとドラムン・ベースの境界がぜんぜんなく、独自のセンスでスネアを叩きまくる。フットワークはベースが16で、ドラムン・ベースはドラムが16だから両者が混ざるはずはないのに、どうしてそう聞こえるのだろう? 折り返し地点で意外にもジョージ・ライリーのヴォーカルをフィーチャーした“Freaky”。流れで聞くとそうでもないけれど、単独で聞くとかなりポップで、さすがにセル・アウトした印象を受ける。そうかと思うと“JUNGLE TEKNAH”をつくり変えた“Ready, Steady, Go!”は一転して実験的になり、次はURを思わせる“Speed(Endurance)”。これは『fabric Presents SHERELLE』でピック・アップしていたDJラシャド“Acid Bit”を自分なりにつくり変えたものだろう。様々なジャンルを横断していたTSTS: Radio ChillでもDJラシャドの曲をかけなかった日はないのでDJラシャドには相当な影響を受けていると思われる。最後にまたハードコアを畳み掛けるかと思いきや、最近のDJセットで試していたエレクトロ・ファンクや様々な音楽ジャンルが渾然となった“Thru The Nite”でクロージング。シェレルのDJはいつも終わった気がしない終わり方で、もっと続けろという気持ちになるけれど、ここでもそれは同じだった。『地面師たち』のピエール瀧とは正反対に「まだ行けるでしょう」と呟いてしまうというか。この感覚をサプライズ・リリースがあった次の日に早くもガーディアンでベン・ボーモン-トーマスは「最後までスピードを緩めない粘り強さと回復力の表現」と捉えていた。彼によると「イギリス中がスピードに取り憑かれ、そのなかでも最も早いのがシェレル」であり、「シンゲリやシャンガーンといったアフリカのダンス・ミュージックが異様に早いbpmだということが影響している」と。なるほど。どちらかというと長らく欧米から現れることがなくなった新しいリズムを次々とアフリカが生み出していることに対して、ロックでいえばブリット・ロックのような位置にハードコアがいて、ポップ・ミュージックにおけるイギリス人のアイデンティティを再確認していると考えた方がしっくりくるのではないだろうか。『fabric Presents SHERELLE』で要になっているのはアフロダイトで、93年と94年にそれぞれリリースされた“Feel Real”と“Navigator”が前半でも後半でも最もエモーショナルなポイントをなし、このダイナミズムを自作をもって置き換えようとしたのが『With A Vengeance』ではないかと(アフロダイトも16~21年にかけて『Classics』が6集までまとめられている)。それこそ冒頭に書いたように黄金時代のクリシェを反復しているのは基本の部分ではシェレルも同じで、イギリス人がイギリス人を演じたのがブリット・ポップなら、同じことを移民文化のフェイズでも繰り返し、「最後までスピードを緩めない粘り強さと回復力」をアンダーグラウンドの存在意義として再提示したのである。シェレルがレイヴ・カルチャーに待望されること。EUと分かれたイギリスが必要としているエネルギー。独立した経済圏とイギリスらしさの確保。コロナ禍を経てイギリスのクラブは1/3が閉店したままであり、それは観光資源の枯渇を意味している。

 いや、だから「インディ・ロック」というものはだね、そもそもは……えー、そもそもは……そもそもはあれですよ、あれ、……そう、「あれ」で通じるよね、いまとなっては。だからここでは自省を込めて、あらためて「インディ・ロック」というものがそもそもなんだったのかを振り返ってみたい。なにぶん私奴は「ポスト・パンク」から「インディ・ロック」の時代、70年代末から80年代なかばのUKの自主制作によるアンダーグラウンドな音楽にけっこう漬かってもいたので当時のことは憶えている。「インディ・ロック」とは、単純なところでは1980年代の英国のインディペンデント・レーベルに所属するギター・バンドのことを意味していたが、文脈というものがあったし、文脈こそが重要だった。そこには、固有の繊細さ、固有の美意識、そして希望を秘めた敗北感という興味深いパラドックスがあった。〈サン〉や〈モータウン〉をインディーズとは呼ばないように、独立系レーベルの音楽というだけの定義ではないのだ。

 かつてキース・レヴィンは言った。「自分がロックンロールをどれほど嫌悪していたのかわからなかったけれど、その感情はPiLの動機の一部だった」
 パンクが成し遂げられなかったロックの古い伝統との断絶を実行するか、ロックを別の何かに書き換えるか、とにかくサウンドの可能性を重視しながら、メインストリームや業界とは距離を持って、わざわざ首都に出向くことなく、地元にいながらにして自分たちの創造的な活動を実行したのが、1979年以降の「ポスト・パンク」だった。その基盤となったのは〈ラフ・トレード〉や〈ファクトリー〉のようなインディペンデント・レーベルで、当時こうした自主制作の音楽を聴くことは、メジャーにはないただ変わった音楽を聴くこと以上の新しい体験で、最近の例で言うなら最初にヴェイパーウェイヴを聴いたときのような、少し昔の話で言えば最初にシカゴ・ハウスを聴いたときのような、ちょっとやばいものに手を出してしまったんじゃないかとハラハラするようなあの感覚だ。ザ・レインコーツやザ・スリッツやザ・ポップ・グループの7インチなんて、もう、とにかくミステリアスで、そこから漂うのは、ラジオから流れるアバやYMOのポップ・ヒット、ロッド・スチュワートやクイーンが何万もの人間に向けて歌う音楽とはあきらかに異質の、ある特定の文化圏を拒絶する、前向きな閉鎖性と呼べるような気配だった。八方美人ではないからこそ生まれる強度、それが思春期特有の自意識とばっちり重なっただけの話でないのは、ポスト・パンクが変えた文化がその後どのように発展していったのかを歴史的に振り返ればわかる。ディスコがその後のポップ・ミュージックのあり方を永遠に変えてしまったように、ポスト・パンクはこの文化の新しい未来像を描いた地殻変動だった。

 ポスト・パンク以降の新しい文化土壌──DIY主義、地方主義、意図的に主流から外れることで得られる自由などなど──こうした文脈から生まれのが「インディ・ロック」だった。「インディ・ロック」におけるもっとも重要な始祖を挙げるなら、何よりもまず、グラスゴーの〈ポストカード〉という1979年に始動したレーベルを拠点に登場したオレンジ・ジュースになるだろう。ほかには、ロンドンではサブウェイ・セクトやテレヴィジョン・パーソナリティーズほか。そしてもうひとつ重要な「インディ・ロック」はマンチェスターで生まれている。オレンジ・ジュースのファンだった(*1)ジョニー・マーがスティーヴン・モリッシーを誘って結成したバンド、ザ・スミスだ。
 これらのバンドに共通するのは、ロックのフォーマットに忠実で、ポスト・パンクが腐心したサウンドの変革よりもポップであることを優先させたところにある。彼らのように過去のポップス(シャングリラスからバーズ、ヴェルヴェッツなど)からの影響をつつみ隠さず取り入れるなんてことは、ポスト・パンクにはなかった。ジーザス・アンド・メリー・チェインのフィードバック・ノイズの背後から60年代ポップスの引用を聴き取れたとしても、ワイヤーのなかにロネッツやビーチ・ボーイズを見つけることなど絶対にあり得ない。
 ディスコやソウルが注がれたオレンジ・ジュースのギター・サウンドは荒削りだが力強く、そして何よりも当時としては新鮮なくらいにロマンティックだった。敗北感にみちた歌詞を歌うザ・スミスにはジャングリーな(きらきらした)ギターと陶酔感をもった旋律があった。サウンドだけ見れば、ポスト・パンクの革新性から後退したように思えるかもしれないが、DIY精神と前向きな閉鎖性は継承されているし、図書館に通うような学生にも突き刺さる言葉があった。もうひとつのポイントは、ザ・スミスが当初プロモーション・ヴィデオを作らなかったこと、多くのバンドが初期のニュー・オーダーのように自分たちの顔写真をジャケットに載せなかったことだ。
 初期のインディ・ロック・バンド界隈が活気づいた1980年代半ばのポップ・ミュージックの世界はMTV時代の真っ直中で、メジャー・レーベルでは新作を出すたびに不特定多数の人目を惹くための凝ったPVが作られていた。マドンナ、プリンス、マイケル・ジャクソンのようなポップ・モンスターばかりでなく、ピーター・ゲイブリルからカジャグーグーのような落ちぶれたニューウェイヴまで、手の込んだPVを使ってその凡庸な曲をチャートに載せていた。「インディ・ロック」はこうしたやり方も拒絶した。この姿勢は、「セレブになるために音楽をやった」と敢えて堂々と言うことを選んだマドンナのアプローチとは真っ向から対立する。「インディ・ロック」はたくさんのポップ・ソングの名作を作ったけれど、フィル・コリンズのそれとは違う何かであった。
 「インディ・ロック」は、アメリカでは「オルタナティヴ」という言葉に翻訳されるが、意味を考えればこれは妥当な言い換えである。たしかにそれはオルタナティヴな、しかしアヴァンギャルドでもエクスペリメンタルでもないポップ・シーンだったのだから(*2)。1986年に『NME』は、ザ・スミス以降における「インディ・ロック」の広がりを『C86』という、いまとなっては時代の分水嶺を象徴するカセットにまとめた。ここにはプライマル・スクリームやザ・パステルズをはじめとする22組のバンドの音源が収録されている。
  初期の「インディ・ロック」にはそれなりに強い信念はあったと思うが、オレンジ・ジュースの1982年のデビュー・アルバムはメジャー・レーベルからのリリースだった。厳密に言えばその時点でインディ・ロックではないし、『C86』に参加した多くのバンドもそうだった。つまりインディ・ロックという枠組みは早くも揺れたわけだが、オレンジ・ジュースはインディ・ロックであり続けた。バンドにとってもファンにとっても、インディペンデント・レーベルに所属していること以上に、ポスト・パンク以降の流れを汲んでいたかどうかがその定義により大きく影響していたからだろう。ファンション面から見みても、当時のインディ・キッズが高価なブランドものを着ることはあり得なかった。男女ともにドレスダウン志向で、ビート族のようにアンチ・エレガント、古着や軍の払い下げ(*3)を工夫して着ることのほうが、キャサリン・ハムネットがデザインしたワム!のTシャツよりも格好いいという自負があった。周知のように服に対するこうしたアプローチをアメリカで受け継いだのがグランジやライオット・ガール(あるいはオルタナ・カントリー)だ。

 ところで80年代には、「インディ・ロック」と並走して、もうひとつの閉鎖的な一群が存在した。「ゴス」である。スージー・アンド・ザ・バンシーズやジョイ・ディヴィジョン、マガジンを起点としながら、キュアー、バウハウス、キリング・ジョーク……(ほか多数)、USからはリディア・ランチにザ・クランプス、オーストラリアからはバースデー・パーティー……これらアドロジニアスで黒装束の社会不適合者たちによる秘密めいた集会もまた、ポール・マッカートニーやビリー・ジョエルの歌のように誰に対しても開かれてはいなかった。こうした「インディ・ロック」や「ゴス」──日本では「根暗なニューウェイヴ」などと嘲笑された音楽が、いやー、ぼくは大好きだったなぁ。

 2000年代はポップ界の大物たち、たとえばコールドプレイがリアーナと、カニエ・ウェストがケイティ・ペリーと、ニッキ・ミナージュが誰それと……といった具合になんだかやたらと交流するようになった。それが常態化し、たいして話題にもならなくなってくると、10年代はカニエ作品にボン・イヴェール、ビヨンセ作品にジェイムス・ブレイク・ソランジュにパンダ・ベアとか、大物と元インディの交流がはじまった。話題作りのためではなく、互いにリスペクトあっての交流だとは思うけれど、どれほど意味のあることだったのかは議論の余地がある。あの時代、ベン・ワットの作品にロバート・ワイアットが参加することはあっても、モリッシーやビリー・ブラッグがスプリングスティーンのアルバムに参加することなど500%考えられなかった。だいたいインディーズはメジャー・レーベルへの対抗意識を露わにしていたし、自分たちのほうが数段格好いいと思っていた。ポップ・ミュージック・シーン全体から見れば、これは良き対抗意識で、良き緊張関係にあったと言えるんじゃないだろうか。そう、誰かが言ったように、「逆張りなくして進歩はない」のだ。

 かのデイヴィッド・ボウイが「バイセクシャルと言ったのは人生最大の失敗」と、70年代の偉業を自ら突き放したのが1983年──ボウイが保守的なポップスへの迎合を果たした『レッツ・ダンス』の年──だった。その前の年にオレンジ・ジュースがデビュー・アルバムを発表し、84年にザ・スミスが “ヘヴン・ノウズ”を歌っている。「仕事を探して、やっとこさ仕事を見つけたけれど、天もご存じ、ぼくは惨めだ。ぼくが生きているか死んでいるかなど気にしないような連中のために、何故ぼくは自分の時間を割いているのだろう?」。こういうキラーなフレーズは、インディの世界からしか生まれなかった。
 80年代の「インディ・ロック」は、70年代末の「ポスト・パンク」の流れをもって、自分たちのリスナー像が見えていた。もちろんフィル・コリンズだってひとりバーで佇む傷心のオヤジに向けて歌っていたのだろうし、スプリングスティーンが汗水ながす労働者階級に向けて歌っていたのは言うまでもない。しかし80年代「インディ・ロック」の焦点はもっと絞られていたし、メインストリームでは歌われないであろう題材(政治的なものからあいつやあの娘のほんとうの感情)に意識的で、それが等身大であることの強みだった。

 あの時代の「インディ・ロック」の功績はここでは書ききれないほど大きい。ボサノヴァを取り入れたペイル・ファウンテンズやEBTG、暗い雨の夜からはエコー・アンド・ザ・バニーメン、誰よりもドラッグについての曲を書いたスペースメン3、不本意ながらシューゲイザーと括られるマイ・ブラッディ・ヴァレンタイン、エーテル系の始祖コクトー・ツインズのようなバンドは、ポスト・パンクからインディーズへと展開した1980年代のアンダーグラウンド・シーンから出てきている。さらにまた、80年代末のレイヴ・カルチャーに集合した主要成分が元インディーズや元ゴスだったことを思えば、閉鎖性を持つことは次なる大爆発へのプロセスだったと言える。
  あるいは、こんな考えもできるだろう。1980年代〜90年代のデトロイトのテクノ・シーンは、UKの86年型インディーズの黒人版のようだ。じっさいこの世代のデトロイト・ブラックは、80年代の欧州ニューウェイヴが大好きだったし(*4)、ハリウッドに魂を売ったモータウンに対する複雑な感情のみならず、オリジナルUKインディーズのようにメインストリーム(ジミー・ジャムとテリー・ルイス──デトロイト・テクノがプリンスを愛したことを思えば皮肉な話だが──みたいな爽快なR&B)への対抗意識をあきらかに持っていた。メッセージ・トゥ・メジャーズ。あの時代のあの閉鎖性、あの特権意識、自分たちの美意識に関するあの自信が、まったく違う国の違う人種における未来の音楽の活力の醸成にひと役買ったとしたら、それはやはり、逆説的に開かれていたということなのだ。 “モダン・ラヴ” や“イントゥ・ザ・グルーヴ”がどれほど売れようと、こうした変革力に与していない。(*5)

 昨年ある人物から日本の有望な若手グループについて説明を受けたとき、その人は、「彼らが良いのは、自分たちがやっているのは “J-POP” だと主張しているところなんですよ!」と語気を強めた。これがぼくには、「彼らはインディよりもメインストリームを格好いいと思っているんですよ!」に聞こえた。いや、ぼくはその価値観に賛同はしないが尊重はするし、そういう考えのほうが日本では共感されやすいことも理解している。ただぼくは、バンド/ミュージシャンのキャリアをインディーズ時代/メジャー・デビュー以降という風に分ける日本の価値基準にはかねてからずっと違和感を覚えている。だってこれがいかにナンセンスであるかは、たとえば80年代のニュー・オーダーの功績、あるいはR.E.M.のインディーズ時代の作品を鑑みても瞭然でしょう。
 まあ、R.E.M.もいまとなってはレディオヘッドやコールドプレイらと肩を並べるダッド・ロック・バンドの代表格であって86年インディーズの価値観とはだいぶ遠いのだが……。が、しかしその86 型の理想とて霧散したのもあっという間の話で(その後のモリッシーに関しては……いまここでは省略です)、よって残されたのはそのサウンド、そのスタイルだけ──まあ、それはそれでじゅうぶんな恩恵ではある。かつてのインディーズのもうひとつのトレードマーク、主にジョイ・ディヴィジョンやザ・スミスがまき散らした内省的なメランコリーや倦怠感も90年代には時代遅れになったが、それでもこのフィーリングはしぶとくも90年代前半のブリストルのトリップホップやアンドリュー・ウェザオールにといったロック以外のところで受け継がれていった(あるいは、シアトルのニルヴァーナへと)。
 さらに輪をかけて今日では、既述したように「インディ・ロック」というターム自体はますます意味不明になっている。ギター・バンドであれば何でも「インディ・ロック」になっているし、かくいう私奴もかなりいい加減に使ってしまっている。まあ、それでなんとなく伝わることもあるのだろうし、アニマル・コレクティヴをインディ・ロックと呼んでも、もう、さほどの違和感はない。が、しかしぼくはある日突然、何故かわからないのだが、これはやはり、その源流に関しては、はっきりさせておきたいと思ってしまった。

 以上、ぼくと同世代人には「何をいまさら」という話であります。幸か不幸か現代の音楽リスニングでは古いものと新しいものとの境界線がますますなくなって、古くてもそれがその人にとって新しい衝撃になる機会は1980年代よりも確実に多くある(ぼく自身もそうです。サン・ラーやPファンクやアーサー・ラッセル他多数、過去の音楽に感動している)。というわけで、ザ・フォール、ニュー・オーダー、オレンジ・ジュース、サブウェイ・セクト、ヤング・マーブル・ジャイアンツ、テレヴィジョン・パーソナリティーズ、アズティック・カメラ、ザ・スミスなどなど……あの時代のバンドとわりと最近出会った人にはぜひとも当時の「文脈」を知っておいてもらいたいなと、はい、インディよもやま話、ではまた来週お会いしましょう。

(*1)
ジョイ・ディヴィジョンの影響力もすごいが、オレンジ・ジュースのそれもでかい。同郷のベル・アンド・セバスチャンにとっても大きな影響源だった。

(*2)
アメリカのオルタナティヴは、その時代のカレッジ・ロックという括りにも近い。カレッジ・チャートは、メインストリームに価値観に対する反論でもあった。

(*3)
古着はかつて安かった。安いからインディ・キッズは着ていた。軍の払い下げもそう。面白いことに、かつて軍の払い下げのミニタリー・ウェアは60年代末から反戦運動家のファッションになり(一時期のジョン・レノンを参照)、そして80年代のインディ・キッズがダボダボのパンツを穿いたのも、安くて丈夫で、着方を考えれば格好良かったからだった。それがいまではすっかり高価なファッション・アイテムになっていることにお父さんは面食らいます。

(*4)
ホアン・アトキンスはリエゾン・ダンジュールズ、デリック・メイはデペッシュ・モードにニュー・オーダーとエレクトロニック・ミュージック系ではあったが、カール・クレイグはザ・キュアーが好きだった。

(*5)
エクスキューズをひとつ。何もこの原稿で、マイケルやマドンナを貶めるつもりはない。ぼくはデトロイトのクラブで高速にミックスされた “ビリー・ジーン” で踊っているし、『オフ・ザ・ウォール』は良いアルバムだと思います。マドンナに関してもとくにファンだったことは一度もないが、ただ、後にコートニー・ラヴが評価したことは憶えているし、フランキー・ナックルズへの尊敬を込めて、1990年の “ヴォーグ” の世界的なヒットがハウス・ミュージックが世界に認められた瞬間であったという説には賛同しておこう。 “イントゥ・ザ・グルーヴ” や “ライク・ア・プレイヤー”も良い曲だと思いますけどね。

interview with Iglooghost - ele-king

 2024年の文化的衝撃のひとりに、パリ・オリンピックにおいてレスリング女子76キロ級の金メダルを獲得した鏡優翔がいる。彼女は「kawaii」という文字が描かれたマウスピースを装着して試合に出場し、そして勝利すると手を振り上げて「カワイイ!」と絶叫したのだ。もちろん、柔道において「捨て身技」に分類される、極めてリスキーな(つまり度胸と速度を要する)巴投げで試合を制した角田夏実もすごかった。ただ、彼女のそれは伝統的な意味合い(すなわち男性的想像力の範囲内)でのすごさだ。女子レスリング重量級の選手が人目をはばからず「カワイイ!」と叫んだりするのは、過去にはなかったことで、つまりこれはオルタナティヴであり、歴史的文脈からの堂々たる逸脱だったと言える。
「カワイイ」はいまや世界語で、それは「キュート」の和語ではない。かつて「クール」と呼ばれていたものが「カワイイ」へと変容している。その表象は社会的、感情的、ジェンダー的な文脈ないしは個人によって異なる。語源が「かわいそう」と関連していることから、脆弱性という意味合いも含有している。

 「カワイイ」は物や人本来の性質ではなく、見方の一形態である。つまり、ある物や人を「カワイイ」と呼ぶことで、見る者は共感、親密さ、感情を込めた柔らかな視線を向ける。「カワイイ」という言葉は、見る者について、見られる者と同じくらい多くを語る。
クリスティーン・ヤノ
『ピンク・グローバリゼーション』(2013)

 IDM——いや、近年では“デコンストラクテッド・クラブ”などと括られるハチャメチャなスタイル——と「カワイイ」との出会い、イグルーゴーストのこれまでの作風をこのようにまとめるのはいささか乱暴ではあるが、「カワイイ」は、彼がたびたび比較されるエイフェックス・ツインやフライローになかった趣であることはたしかだ。
 いまからでに遅くはない。2015年の「Chinese Nu Yr」をチェックして欲しい。2017年の楽しいカオス『Neō Wax Bloom』を体験しよう。シュールな「Clear Tamei」に酔い、妖しくも美しい『Lei Line Eon』に進入すべし。眠れない夜は“ᴗ ˳ ᴗ Snoring”を聴きたまえ(坂本龍一へのオマージュあり)。グリッチホップ、IDM、トラップ、クラシック、アンビエント……いろんなものが融合しているエレクトロニック・ミュージックだが、過去の遺産を亡霊扱いすることなく、音楽が醸し出すムードにおいては、おそろしいほど前を見つめている点はソフィーと似ている。だが、ソフィーと違ってイグルーは「カワイイ」……いや、それもいまや過去形とするべきなのだろう。

 そう、ここまでさんざん「カワイイ」と言っておきながら話をひっくり返すようだが、彼の最新作『Tidal Memory Exo』に「カワイイ」はない。イグルーゴーストは変わった。荒々しいレイヴ・ミュージックはイマジナリーではあるが身体的で、グルーヴィーだがダーク、同作の世界観はアートワークが象徴的に表している。ぼくは、当初「カワイイ」がないこの作品世界に動揺し、思わず一歩、そして二歩引いてしまったのだが、しかし聴いているうちにすっかり好きになった。理由は以下のように説明できるかもしれない。『Tidal Memory Exo』の主要成分にはジャングルがある。また、同アルバムのコンセプトには汚染にまみれ荒廃した居住区がある。しかしこの音楽は、たとえばBurialのような空しさや内省、絶望や孤独には向かわない。妙な前向きな活気が漲っている。イグルーゴーストはソフィーや鏡優翔のように、伝統的な想像力から逸脱した新世代なのだ。

子供の頃は毎日のようにテレビで「ムーミン」を観て、マイナーなアニメも早朝の時間帯に放送されていたんだよ。そのイメージを複雑なストーリーラインと組み合わせて表現するのが好きだった

時間作ってくれてありがとうございます。調子はどうですか?

イグルー:いまやっと時差ぼけが治ってきた気がする。せっかく回復したのに、あと2、3日で帰らないといけないけど(笑)。

日本は3回目?

イグルー:たぶん6回目だと思う。

いちばん最初に来たのって?

イグルー:長野のタイコクラブだった。本当にクールだったのを覚えているよ。森のなかで、霧がすごくて。楽しかったな。

それは何年?

イグルー:2018年じゃないかな。

あなたがポケモンとともに育って、日本のポップカルチャーが大好きだったという話はよく知られています。初めて日本に来て自分の目で日本を見たときはどういう印象でしたか?

イグルー:素晴らしかった。空港からバスに乗って東京に行ったんだけど、空港が東京じゃなくて郊外にあるっていうのを知らなくて、最初はバスから見える景色にちょっと戸惑ったんだ。立ち並ぶ高層ビルを想像してたのに何の変哲もない景色が広がっていて、「あ、もしかしたら思ったほど東京ってクレイジーじゃないのかも」って思った。でも東京都内に入った途端、すぐにその景色に引き込まれたんだ。すごく衝撃的な瞬間だったよ。

ところでイグルーの本名は、シーマス・マリア(Seamus Maliah)。この苗字は珍しいんじゃないですか?

イグルー:うん。イギリス人でさえ読み方を知らないんだから(笑)。

あなたが生まれた場所、ドーセット州シャフツベリーは、イングランド南西の海沿いのほうですが、ケルティックな文化があるような変わった場所?

イグルー:いや、そうでもないよ。ストーンヘンジに近いし、そういう古いものがたくさんあるからおとぎ話みたいな雰囲気はあるけど。でも、子供時代を過ごすには退屈な場所なんだ。まわりで何か面白いことが起こってるわけじゃないから。だから、自分の成長期の時間のほとんどはインターネットに費やした。まわりに森しかないから(笑)。

あなたとよく比べられるエイフェックス・ツインもコーンウォール出身で、ドーセット州の西隣です。土着的な何かがあるんじゃないのかな?

イグルー:あまり近くはないけどすごく似ているとは思う。共通点は、まわりに影響されるものがないことだと思う。音楽シーンもないから、作るものが自分流になって奇妙なものが生まれるんじゃないかな。

あなたの作品に『Lei Line Eon』というアルバムがありますよね。これもぼくのフェイヴァリットなのですが、「レイ・ライン」という、古代のマジカルパワーを結ぶラインという説があってそれを題名にしています。こういう神秘的なものへの憧憬というか共感というか、やっぱり生まれ故郷が影響しているのかなと思ったんですけど。

イグルー:たしかにそうだね。70年代から80年代にかけて、イギリスではネオペイガニズムというムーヴメントがあったんだ。ストーンヘンジもその一部だったんだけど、そのときに民間信仰や農村の伝統みたいなものが再び広がった。とくにサブカル系が好きで熱狂的な人たちのあいだでね[*ドルイド教を模倣したザ・KLFもそうで、レイ・ラインはビル・ドラモンドの重要なコンセプト]。ぼくの両親もその一部だったんだけど、そのムーヴメントのなかで、レイ・ラインという魔法のような目に見えない繋がりで場所と場所がつながっている、という考え方があって、ぼくはそれについてよく聞かされて育ったんだ。

ご両親の話が出ましたが、どんな家庭環境で育ったんですか?

イグルー:ぼくの両親はふたりとも音楽が大好きだから、音楽をたくさん聴いて育った。とくに父親は音楽の趣味がすごくクレイジーで、子供の頃は前衛的な音楽をたくさん聴かされたよ。Swansとかね。あと、母はフルートをよく吹いてた。

お父さんは具体的にどんな音楽を好んでいたんですか?

イグルー:最近だとソフィーを聴いてる(笑)。もう60代なのにね[*質者も60代であるが、それを言うと話が違う方向に行きそうだったのでそのまま流しました]。でも、それくらい父親は昔からオープンマインドなんだ。ぼくが子供の頃は、ヘビメタも聴いていたし、エレクトロニック・ミュージックも聴いてたよ。KLFとかね。それ以外にも本当に幅広くいろんな音楽を聴いてたね。

お父さんはレイヴに行ったりしてたんですか?

イグルー:いや、それはあまり。レイヴに行くにはちょっと歳をとっていたと思う[*ということは質者よりも年上ですかね]。でも、行ってはいなかったけどそういった音楽に興味は持っていたし、レイヴ・カルチャーが起きたことをとても嬉しく思っていたよ。

なかなかユニークな家庭環境だったんですね。いつから音楽を作りはじめたんですか?

イグルー:子供の頃からずっと音楽をやりたいとは思っていたんだ。でも、ギターを習いはじめたんだけどうまくできなかった。不器用で、一生懸命やっても上手く弾けなくて。ドラムにも挑戦したけど同じ。身体を動かして奏でる楽器がぼくには向いてなかったらしい。で、9歳か10歳のときにコンピュータを手に入れたんだけど、身体を動かさなくてもコンピュータで音楽を作れることがわかって、それで音楽を作りはじめたんだ。そっちの作り方のほうがぼくにとってはすごく自然だった。

最初に作ろうとした音楽はスタイルで言うと何ですか? ヒップホップ? テクノ?

イグルー:実はガバみたいな音楽を作っていたんだ。昔のスタイルのDAWソフトを使って、とにかくすごく速いブレイクビートを作っていた。出来は最悪だったけど(笑)。でも、それを10歳くらいのときにはマイスペースにあげたりしてたよ。

あなたが15 歳のときにフライローにデモテープを渡した話は有名です。やっぱ最初に影響を受けたのはフライローだったんですか?

イグルー:確実にそう。初めて彼のアルバム『Cosmogramma』を聴いたときは、これはぼくにとって本当に重要な音楽的瞬間だと感じた。あんなに速くて複雑なのに、同時に聴いていたあそこまで楽しい音楽を聴いたのはあのときが初めてだった。

それは何歳のとき?

イグルー:たぶん18歳だったと思う。

自分の作品を公に出したのは、2013年出したカセット作品が最初になるんですか?

イグルー:そうだと思う。当時はまだ自分の声というものが確立されてなかったから、フライローのコピーみたいな感じだったけどね(笑)。でも〈Brainfeeder〉に自分の作品を送るころまでにはそれも変化して、もっと自分らしいものを作れていたと思う。

[[SplitPage]]

初めてフライローの『コスモグランマ』を聴いたときは、これはぼくにとって本当に重要な音楽的瞬間だと感じた。

UKのミュージシャンで好きだった人はいなかったんですか?

イグルー:2013年……あのことのぼくは、LAのアーティストの音楽ばかりを聴いていたんだ。たぶん、UKのシーンから離れすぎていたからかも。イギリスにもクールな音楽がたくさんあることを知らなくて、それに気づいたのはもう少し後になってからなんだよ。気づいてからは、そのユニークさがぼくの音楽作りの大きな助けになったと思うけど。

『Cosmogramma』の時代は、UKではUKガラージがあって、ダブステップがあって、ベリアルみたいな人も出てきて、アンダーグランドでまた新しい動きが出てきたときでした。

イグルー:たぶん、ぼくはちょっと若すぎたんだと思う[*1996年生まれの彼は、2010年は日本でいう中学生]。まだ学生だったし、世代があってなかった。〈プラスチック・ピープル〉もそうだし、そういった音楽や動きに関しては、もっと後になってから知ったんだ。

ちなみに、ぼくがあなたの音楽を聴いたのは2019年の『XYZ』が最初でした。bandcampで、デジタル+CDを購入したんですが、送られてきたCDはチャックの付いたビニールの袋に入っていて、あれって、もろDIY的な手作業でやったんだろうなと(笑)。

イグルー:本当にそう(笑)。

自分のなかで最初に納得がいった作品は何でしたか?

イグルー:〈Brainfeeder〉からリリースされた最初のEP「Chinese Nu Yr」かな。初めてファンとしての視点以上の音楽を作ることができたと思えた。それまでは、自分が好きな音楽があって、そのサウンドを自分でも作ってみたいと思って作品を作っていた。でもあのEPのときは、自分の世界観みたいなものを作品を通して表現することができたと実感できたんだ。

あなたの音楽はいろいろな要素が混ざっていますよね。自分の音楽のコンセプトをどう考えていますか?

イグルー:ぼくにとって大切なのは音楽とヴィジュアルを結びつけること。ぼくにとってヴィジュアルは音楽と同じくらい大切だし、作っていて楽しいものなんだ。だからいろいろ実験してみるんだよ。ジャケ写にこのイメージを使ったら音楽がどう感じられるだろう、とかね。イメージによって感じ方も変わると思うから。その逆もあるし。ぼくにとってはそのふたつは強くリンクしているんだ。

最新作『Tidal Memory Exo』は大好きで、今年のベストな作品のひとつです。

イグルー:ありがとう。

でも最初聴いたときには動揺したんですよね。音楽もヴィジュアルも、それまでのあなたの「カワイイ」[*通訳の原口さんがこれを“キュート”と訳されたのを聞いて、「いや、違うんです」と言おうかと思ったが、話が面倒になるので止めました]がない。おそらくファンも、なぜイグルーは「カワイイ」を捨てたんだ!? と思ったことでしょうね(笑)。

イグルー:(笑)今回作品を作っているときに住んでいた場所が、イギリスのマーゲートっていう場所だったんだけど、すごく暗い場所で、空がいつも灰色だったんだ。雨もずっと降っていたし、近くに海もあるけど、水は茶色だし、ぜんぜん綺麗な海じゃなくて(笑)。その環境のなかでイマジネーションを働かせて生まれたストーリーが反映されたからだと思う。あの環境の影響は大きかった。

いまイギリスはかなり悲惨な場所だと思うし、どんどん寂しい孤立した場所になってきてしまっている。その様子は、間違いなく今回の作品に反映されていると思うね。ぼくの音楽も、どんどんダークになってきているから。

〈Brainfeeder〉時代の数年間、あなたは帽子を被った「kawaii」アイコンをヴィジュアルにして、作品にもドリーミーなフィーリングがあった。いま振り返って、あの当時のあなたがやろうとしていたことは何だったのでしょうか? 

イグルー:あれは、子供の頃に目にしていたメディアの影響が強かったんだと思う。インスピレーションは間違いなくそれ。子供の頃は毎日のようにテレビで「ムーミン」を観て、日本ではあまり人気がなかったであろうマイナーなアニメなんかも早朝の時間帯に放送されていたんだよ。ぼくは、そのイメージを複雑なストーリーラインと組み合わせて表現するのが好きだったんだよね。見た目はかわいくてシンプルなのに実は秘密がある、みたいな。あのイメージの影には宗教的なストーリーのような複雑なストーリーが隠れている。それをデジタルで表現してラップトップのなかで命を与える、みたいなことをやりたかったんだ。

その「カワイイ」路線は2010年代からずっと続いていました。それはそれですごく良かったし、ぼくは2021年の『Neō Wax Bloom』だって大好きですが、新作を聴いたときは、あなたの内面で何か起こったのか!? と思いました(笑)。

イグルー:最初にキャリアをスタートさせた頃は、最初のアイディアにとらわれてしまっていた部分があると思う。しばらくは、その同じアイディアをこのまま広げ続けないといけないのかなと考えていた時期もあった。でも本心は、リリースするレコード全てで新しい世界を表現して、まったく異なる作品を作りたいと思っていたんだ。でも、前はそうやって作品を分けるということが少し怖かった。でもいまは、気持ち的にそれができるようになったし、自分にとってすごく新鮮なんだ。やっていてすごく心地いいしね。

今回のアルバムは、不法占拠して、不法のパーティがあって、不法のラジオがあって、ゴミや廃品が流れ着いたような場所から発信する、みたいなストーリーがあるけれど、そこには何か政治的な意味はあるんですか?

イグルー:それを敢えて意識したわけではないんだけど、もしかした政治と繋がっている部分もあるかもしれない。解釈はリスナーのみんなに任せたいからあまり詳しくは言わないけど、自分が住んでいた街があまり綺麗な場所じゃなかったんだよね。汚くて重苦しい感じでさ。例えば、水も汚染でいっぱいだったり。説明するのは複雑だから省くけど、そこにはブレグジットも関係していたりするんだ。いまイギリスはかなり悲惨な場所だと思うし、どんどん寂しい孤立した場所になってきてしまっている。その様子は、間違いなく今回の作品に反映されていると思うね。ぼくの音楽も、どんどんダークになってきているから。

これは質問ではなく感想なんだけど、最後の曲“Geo Sprite Exo”がとくに好きです。あのトラックは本当にすごいと思います。

イグルー:ありがとう。

今回のアルバムが〈LuckyMe〉からリリースされることになった経緯を教えてください。

イグルー:〈LuckyMe〉は元々ぼくが大好きなレーベルだったんだ。ぼくは、あのレーベルは本当に特別だと思っている。自分が発見していいなと思うエレクトロニック・ミュージックには必ず〈LuckyMe〉が関わっているし、エレクトロに限らず、それ以外の音楽にも影響を与えているレーベルだと思うから。

自分からアプローチしたんですか?

イグルー:お互いって感じかな。ぼくも最初に持っていたアイディアを彼らに見せて、彼らもすでにぼくのこれまでの作品を気に入ってくれていたからね。

日本に来たとき、J-PopのCDを買っていますか?

イグルー:うん。今回もミニ・カラオケCDを買ったよ(笑)。名前はわからないけど、グラフィックデザインが好みだった。子供の歌なんかも好きなんだ。イギリスでは絶対見つけられないような作品を買うのが好きなんだ。そういう作品はインスピレーションを与えてくれるから。

去る5月、ロレイン・ジェイムズが来日した際に彼女と少しだけ喋って、最近でお気に入りのアルバムは何? って聴いたら、あなたの作品を挙げてたんだよね。

イグルー:(嬉しそうに)クレイジーだね。ぼくも彼女の音楽が大好き。彼女は天才だと思う。

彼女も東京に来ると必ず渋谷のタワレコで日本の音楽を買うんです。

イグルー:そうなんだね。

次の作品はどこからいつでるか決まってるんですか?

イグルー:いま作っているところなんだけど、今回の滞在でもインスピレーションをもらって、それを新しい作品に反映させられたらなと思っているんだ。クレイジーに聞こえると思うけど、日本の建築現場にすごくインスパイアされて(笑)。乗り物がイギリスと違うんだよ。あの乗り物の名前ってなんだっけ? ショベルカーだ(笑)。日本のショベルカーの見た目が本当に好きなんだ。その見た目を音にしてみたいんだ。馬鹿げてると思われるかもしれないけど(笑)。

(笑)それはシングル?

イグルー:リリースするならEPとしてかな。レーベルはまだ決まってないけど。

以上です。どうも、お時間ありがとうございました。残りの滞在を楽しんでってください。

イグルー:こちらこそありがとう。


 対面取材はやはりいい。その人の雰囲気を知ることができる。イグルーは「カワイイ」人だったし、とても優しそうな人に思えた。それがいちばんの収穫だ。ぼくは彼と話して、ますますファンになった。よし、これからもイグルーゴーストを聴くぞ。

イグルーゴーストの『Tidal Memory Exo』は、最近ヴァイナル盤もリリースされた。

Playing Changes - ele-king

 ネイト・チネンによる『変わりゆくものを奏でる(Playing Changes)』のことを知ったのは、2018年にピッチフォークに掲載されたインタヴュー記事においてだった。「ジャズはかつてのような商業的魅力はないが、新世紀のジャズは創造性の爆発的な高まりを特徴としている」——つまり、1950年代のジャズのように音楽的娯楽の主流の座にはいないし、60年代のようにモードやフリーのような革命が起きているわけではない。しかし、こんにちのジャズは、かつてないほどあらゆる影響が注がれて、その創造性の高まりにおいて特徴を持っているとチネンは主張している。ジャズが文化エリートからの承認を得て久しいが、いまのジャズは、むしろジャズの正統的な歴史と格闘しているかのような、雑食性をいとわないジャズのなかにこそ面白さがあるという意見には共感する(スティル・ハウス・プランツにはジャズの影響があるし、注目の若きサックス奏者、ゾウ・アンバ擁するBeingsを聴いてもそれは感じる)。そして、それは本書が、カマシ・ワシトンにはじまり、ディアンジェロやフライローをジャズの側面から評価し、メアリー・ハルヴォーソンで終わっていることが象徴的に思える。

 長年、ニューヨーク・タイムズ紙でジャズを担当してきたチネンにとって、ジャズについて書くこととは、たんに読者にすすめる必聴盤を何百枚も選んで紹介することではなく、その背景と議論の道筋を見せながら紹介することだった。だからこの本は、「21世紀のジャズ」についての本であり、その主要アーティスト/主要作品を紹介する本ではあるが、話は1960年代にも飛ぶし、文脈を辿っている。わかりやすく言えば、カマシ・ワシトンについて語ることはアリス・コルトレーンについて触れなければならない。しかし同時に彼にはアリスにない現代的な雑食性がある。

 前世紀のジャズの言語でいまは語れないし、いま起きていることにまだ批評言語が追いついていないという思いがチネンの本の背景にはあるようだが、ぜひ本書を読みながら、現代のジャズを楽しんでもらいたい。巻末には、2000年から2024年までの必聴盤のリストもあります(日本版のために最新のものまで追記してくれた)。

 情報量がすごいので、読むのは時間がかかります。でも、その分、長時間楽しめるでしょう。ネイト・チネン著『変わりゆくものを奏でる──21世紀のジャズ』(坂本麻里子訳)は11月27日発売

カマシ・ワシントンからウィントン・マルサリス、
ロバート・グラスパーにエスペランサ・スポルディング、
そしてブラッド・メルドーにメアリー・ハルヴォーソン……

アメリカにおいてジャズは21世紀になってどのように変わり、
そしてどのように変わらないのか……
刊行と同時にすべての米国主要メディアから絶賛された名著がいよいよ上陸!

元ニューヨーク・タイムズ紙のジャズ批評家
ジャズ・ジャーナリスト協会選定の優秀執筆賞の13回受賞、
アメリカ屈指のジャズ批評家である著者が、
その博識と気品ある文体をもって21世紀ジャズの魅力を解説する

※21世紀の(2024年の現時点までの)必聴アルバム選:154作のリスト付き

(本書より)
ジャズは常に最先端を探究してきたし、複数の領域にわたり実験をおこなってきた。その点は、過去はもちろん現在も同様だ。しかし前衛の修錬と形式上の発明は今や著しい度合いで主流にまで巧みに浸透し、ジャズの美学的な中心をずらしてしまった。骨董品収集めいたホット・ジャズ熱──懐古趣味を堂々と認め、誇りとする者たちの領域──の復興ですら、多言語的なハイパーモダニズムを志向する現潮流、予想外の混合物と集合体を目指すトレンドをせき止めることはできない。

(登場するアーティスト)
カマシ・ワシントン、ウィントン・マルサリス、セシル・マクロリン・サルヴァント、ブラッド・メルドー、エスペランサ・スポルディング、ジョシュア・レッドマン、ジョン・ゾーン、ティム・バーン、ジャック・ディジョネット、ポール・モチアン、ウェイン・ショーター・クァルテット、ジェイソン・モラン、マーク・ターナー、オーネット・コールマン、ヴィジェイ・アイヤー、ロバート・グラスパー・エクスペリメント、フライング・ロータス、ジェフ・パーカー、エスペランサ・スポルディング、シャバカ・ハッチングス、モーゼス・ボイド、リオーネル・ルエケ…………そしてメアリー・ハルヴォーソン…………(ほか多数)

四六判/440頁

■目次

序文
1 政権交代
2 フロム・ディス・モーメント・オン
3 アップタウン、ダウンタウン
4 山を演奏する
5 新たな年長者たち
6 ループされるギャングスタリズム
7 ジャズを学ぶ
8 侵入し急襲せよ
9 変わってゆく同じもの
10 露出
11 十字路
12 スタイルの対決
後書き
※21世紀の(2024年の現時点までの)必聴アルバム選:154作

[著者プロフィール]
ネイト・チネン(NATE CHINEN)
ネイト・チネンはジャズに関して20年以上執筆してきた。ジャズ・ジャーナリスト協会の選ぶ「Helen Dance–Robert Palmer Award for Excellence in Writing」賞を13回受賞した彼は、『ニューヨーク・タイムズ』で12年にわたり音楽に関する報道をおこない、『ジャズタイムズ』でも長期連載コラムを執筆した。2017年にWBGO〔※ニュージャージー州のジャズ専門公共ラジオ局〕の記事製作責任者となり、オンライン報道を指揮する一方で、NPRミュージック向けに幅広いジャズ番組の企画に貢献している。著名なジャズ興行主である、ジョージ・ウィーンの自伝『Myself Among Others: A Life in Music』(2003)を共著し、また音楽評論家アレックス・ロスの編集した「Best Music Writing 2011」にも文章が収録されている。妻とふたりの娘と共に、ニューヨーク州ビーコン在住。

[訳者プロフィール]
坂本麻里子
1970年東京生まれ。日本大学芸術学部映画学科卒業。ライター/通訳/翻訳者として活動。ロンドン在住。訳書にコージー・ファニ・トゥッティ『アート セックス ミュージック──コージー・ファニ・トゥッティ自伝』、ジョン・サヴェージ『この灼けるほどの光、この太陽、そしてそれ以外の何もかも──ジョイ・ディヴィジョン ジ・オーラル・ヒストリー』、マシュー・コリン『レイヴ・カルチャー──エクスタシー文化とアシッド・ハウスの物語』、ジェン・ペリー『ザ・レインコーツ──普通の女たちの静かなポスト・パンク革命』、ハンナ・ロス『自転車と女たちの世紀』、マーク・フィッシャー『K-PUNK 夢想のメソッド──本・映画・ドラマ』『K-PUNK 自分の武器を選べ──音楽・政治』、ほか多数。

変わりゆくものを奏でる──21世紀のジャズ - ele-king

「チネンは、21世紀がジャズにとって豊かな時代であると主張する」──『ピッチフォーク』
「コンテンポラリー・ジャズについての素晴らしい本」──『ワシントン・ポスト』
「無限の可能性を秘め拡大し続けるサウンドを描いた想像力と表現力」──『ロサンゼルス・タイムス』
「素晴らしく鋭い」──ソニー・ロリンズ
「著者のジャズへの深い理解と知識によって、魅力的な読み物となっている」──ハービー・ハンコック

カマシ・ワシントンからウィントン・マルサリス、
ロバート・グラスパーにエスペランサ・スポルディング、
そしてブラッド・メルドーにメアリー・ハルヴォーソン……

アメリカにおいてジャズは21世紀になってどのように変わり、
そしてどのように変わらないのか……
刊行と同時にすべての米国主要メディアから絶賛された名著がいよいよ上陸!

元ニューヨーク・タイムズ紙のジャズ批評家
ジャズ・ジャーナリスト協会選定の優秀執筆賞の13回受賞、
アメリカ屈指のジャズ批評家である著者が、
その博識と気品ある文体をもって21世紀ジャズの魅力を解説する

※21世紀の(2024年の現時点までの)必聴アルバム選:154作のリスト付き

(本書より)
ジャズは常に最先端を探究してきたし、複数の領域にわたり実験をおこなってきた。その点は、過去はもちろん現在も同様だ。しかし前衛の修錬と形式上の発明は今や著しい度合いで主流にまで巧みに浸透し、ジャズの美学的な中心をずらしてしまった。骨董品収集めいたホット・ジャズ熱──懐古趣味を堂々と認め、誇りとする者たちの領域──の復興ですら、多言語的なハイパーモダニズムを志向する現潮流、予想外の混合物と集合体を目指すトレンドをせき止めることはできない。

(登場するアーティスト)
カマシ・ワシントン、ウィントン・マルサリス、セシル・マクロリン・サルヴァント、ブラッド・メルドー、エスペランサ・スポルディング、ジョシュア・レッドマン、ジョン・ゾーン、ティム・バーン、ジャック・ディジョネット、ポール・モチアン、ウェイン・ショーター・クァルテット、ジェイソン・モラン、マーク・ターナー、オーネット・コールマン、ヴィジェイ・アイヤー、ロバート・グラスパー・エクスペリメント、フライング・ロータス、ジェフ・パーカー、エスペランサ・スポルディング、シャバカ・ハッチングス、モーゼス・ボイド、リオーネル・ルエケ…………そしてメアリー・ハルヴォーソン…………(ほか多数)

四六判/440頁

■目次

序文
1 政権交代
2 フロム・ディス・モーメント・オン
3 アップタウン、ダウンタウン
4 山を演奏する
5 新たな年長者たち
6 ループされるギャングスタリズム
7 ジャズを学ぶ
8 侵入し急襲せよ
9 変わってゆく同じもの
10 露出
11 十字路
12 スタイルの対決
後書き
※21世紀の(2024年の現時点までの)必聴アルバム選:154作

[著者プロフィール]
ネイト・チネン(NATE CHINEN)
ネイト・チネンはジャズに関して20年以上執筆してきた。ジャズ・ジャーナリスト協会の選ぶ「Helen Dance–Robert Palmer Award for Excellence in Writing」賞を13回受賞した彼は、『ニューヨーク・タイムズ』で12年にわたり音楽に関する報道をおこない、『ジャズタイムズ』でも長期連載コラムを執筆した。2017年にWBGO〔※ニュージャージー州のジャズ専門公共ラジオ局〕の記事製作責任者となり、オンライン報道を指揮する一方で、NPRミュージック向けに幅広いジャズ番組の企画に貢献している。著名なジャズ興行主である、ジョージ・ウィーンの自伝『Myself Among Others: A Life in Music』(2003)を共著し、また音楽評論家アレックス・ロスの編集した「Best Music Writing 2011」にも文章が収録されている。妻とふたりの娘と共に、ニューヨーク州ビーコン在住。

[訳者プロフィール]
坂本麻里子

1970年東京生まれ。日本大学芸術学部映画学科卒業。ライター/通訳/翻訳者として活動。ロンドン在住。訳書にコージー・ファニ・トゥッティ『アート セックス ミュージック──コージー・ファニ・トゥッティ自伝』、ジョン・サヴェージ『この灼けるほどの光、この太陽、そしてそれ以外の何もかも──ジョイ・ディヴィジョン ジ・オーラル・ヒストリー』、マシュー・コリン『レイヴ・カルチャー──エクスタシー文化とアシッド・ハウスの物語』、ジェン・ペリー『ザ・レインコーツ──普通の女たちの静かなポスト・パンク革命』、ハンナ・ロス『自転車と女たちの世紀』、マーク・フィッシャー『K-PUNK 夢想のメソッド──本・映画・ドラマ』『K-PUNK 自分の武器を選べ──音楽・政治』、ほか多数。

オンラインにてお買い求めいただける店舗一覧
amazon
TSUTAYAオンライン
Rakuten ブックス
◇7net(セブンネットショッピング) *
ヨドバシ・ドット・コム
Yahoo!ショッピング
HMV
TOWER RECORDS
disk union
紀伊國屋書店
◇e-hon *
Honya Club
dショッピング
au PAY マーケット

P-VINE OFFICIAL SHOP
◇SPECIAL DELIVERY *

全国実店舗の在庫状況
紀伊國屋書店
◇三省堂書店 *
有隣堂
◇くまざわ書店 *
TSUTAYA
大垣書店
◇未来屋書店/アシーネ *

* 発売日以降にリンク先を追加予定。

シビル・ウォー アメリカ最後の日

監督・脚本:アレックス・ガーランド
出演:キルスティン・ダンスト、ヴァグネル・モウラ、スティーヴン・ヘンダーソン、ケイリー・スピーニー
原題:CIVIL WAR
製作国:アメリカ・イギリス
A24/2024年製作/109分/PG12/字幕翻訳:松浦美奈
配給:ハピネットファントム・スタジオ
公式HP:https://happinet-phantom.com/a24/civilwar/
©2023 Miller Avenue Rights LLC; IPR.VC Fund II KY. All Rights Reserved.
10月4日(金)TOHOシネマズ日比谷 ほか全国公開

 近未来のアメリカで内戦が勃発するという戦争ファンタジー。3年前に起きた国会議事堂襲撃は確かに内乱の予感を孕んでいた。議事堂を埋め尽くす人々を見上げるように撮ったショットも南北戦争のひとコマとダブって見えた。だとすれば暴力的な方向に想像力を広げるという悪ノリはありなのだろう。アメリカが自壊するというファンタジーは世界的にも需要が高そうだし、オリヴァー・ストーンあたりが監督を務めれば内省の質も高くなり、別次元の面白さが期待できたと思う。アレックス・ガーランド監督による『シビル・ウォー アメリカ最後の日』は、しかし、19の州が連邦政府から離脱し、WFと呼ばれる反乱軍として政府軍に武力攻撃を仕掛けるところから話は始まっているものの、離脱した19の州には民主党の支持母体とされるカリフォルニア州と共和党の屋台骨であるテキサス州が両方とも参加していて内戦の主体が共和党と民主党の対立に基づくものではないことが前提となっている(南北戦争は英語だとCIVIL WARなので、南部連合の再現という可能性もなくはないものの、そうした説明はなかった)。つまり、現実の政治状況とはかなりかけ離れた世界が想定されていて、誰と誰がなんのために戦っているのか、その理由は最後まで明らかにされない。アメリカのような文明国家で内戦が起きているのにその理由が示されないというのはさすがにどうなんだろうと思うし、「国会議事堂襲撃事件」に少なからずの衝撃を覚えた者としてはやはりそこを省略するのは違うと感じたことは否めない。途中で差し挟まれる人種問題もイレギュラーな事態だと取れる説明があり、内戦の本質ではなく、便乗という扱いだった。そう、民主党と共和党の対立という構図を避けてしまったために『シビル・ウォー』は現実と向き合った作品ではなく、むしろアメリカの現状を無視した作品に見えてしまった。思想よりも暴力や戦争に関心があるという人はそれでもいいんだろうけれど、だったら『ダンケルク』でも繰り返し観ればいいのでは? 結論から先に言ってしまえば、『シビル・ウォー』はガーランド監督の母国であるイギリスがアメリカを途上国のひとつに成り下がったと見下す作品であり、ヴィクトリア朝の精神がいまだイギリスでは健在なんだなということがわかる作品だった。

 アレックス・ガーランドは96年に小説『ザ・ビーチ』でデビューし、脚本家としてダニー・ボイルと組んでからは映画業界に軸足を移したイギリスのマルチ・タレント。ショッキングな題材を好み、作品のほとんどはB級で、『シビル・ウォー』の監督がガーランドだとわかった時は「目端の効くやつだな」という感想が最初に湧き出てきた。本編はキルステン・ダンストらによって演じられるジャーナリストたちがスーサイド“Rocket USA”に乗って車を発進させるところから本題に入っていく(以後、戦闘シーンにデ・ラ・ソウル“Say No Go”などBGMはどうもピンと来ないものが多かった)。ストーリーのほとんどは彼らがワシントンへと向かうロード・ムーヴィーとして費やされ、一行は道中で様々なアメリカ人と出会う。その多くはエゴを剥き出した市民たちであり、アメリカ人がどれだけ市民として下等なのかということが逐一印象づけられる。彼らはいわば未開の風景のなかを旅して行くのである。ダニー・ボイルがレイヴ・カルチャーと重ね合わせて映画化した前述の『ザ・ビーチ』は、レオナルド・ディカプリオ演じる主人公が冒頭でタイのホテルに泊まる際、『地獄の黙示録』から短いシークエンスを2回ほどインサートしていて、それはその後の旅で主人公が味わう苦難を先取りしたイメージとなっている。西欧人が未開のパラダイスを求めてアジアなどにやってきて、先に乗り込んでいた西欧人と対立するという図式は『地獄の黙示録』も『ザ・ビーチ』も『シビル・ウォー』もまったく同じ。要するにジョぜフ・コンラッドが『闇の奥』(1899)で提起した主題が踏襲され、さらにいえばガーランド監督による『エクス・マキナ』も『MEN 同じ顔の男たち』も遠くに出掛けて行って怖い目に会うという展開はやはり同じ感覚から発生しているといえる。大袈裟にいえばイギリス人にとってホーム以外はどこもかしこも未開で恐ろしい場所だという感覚があり、その感受性は『ガリヴァー旅行記』や『ロビンソン・クルーソー』といったグランド・ツーリズムの時代から何も変わっていないとすら思えてくる。『シビル・ウォー』の冒頭でアメリカの大統領が傍若無人に振る舞い、南米の独裁者のように認識される時点でこうした投影は始まっていた。ザ・ザが“Heartland”で「This is the 51st state of the USA(イギリスはアメリカの51番目の州)」と歌っていた現状認識とは真逆の精神性に裏打ちされている。

 そのように考えていくと、カリフォルニア州とテキサス州を含むWFというのは実はイギリス軍というキャラクターを背負っていたと僕には思えてくる。『シビル・ウォー』が描いているのはアメリカの内戦ではなく、独裁者に支配され、途上国と変わらなくなったアメリカにイギリス軍が攻め入り、ワシントンを陥落させるという近未来ファンタジーではないのか。『パイレーツ・オブ・カリビアン』で海賊船として描かれていたのは実際の歴史ではイギリス軍のことであり、イギリスの侵略マインドは相当に根が深く、ヴィクトリア朝時代のイギリスが19世紀にアフリカでどれだけの部族を根絶やしにしたことか。イギリスはジェノサイドの実行数では他の国家を圧倒的に引き離し、インド人がいまだにチャーチルを許さないという感情にも歴史の実像が反映されている。イラク戦争の時にも明らかにイギリスはアメリカを追随する存在だったのに、まるでアメリカと同等か、むしろアメリカを従えているかのような発言には違和感があり、昨年、イスラエルがパレスティナへの攻撃を始めた際にもアメリカとイギリスは瞬時にしてパレスティナの沖合に戦艦を派遣している。インドネシアが同じくパレスティナ沖合に医療船を派遣してけが人の治療にあたっているのとは対照的に、ただ単に戦艦を停泊させているのはなぜなんだろう(イギリス国内で強い影響力を持つユダヤ・マネーに気を使っているということなのか?)。いずれにしろワシントンはWFによって陥落させられ、イギリス軍の残酷さは『シビル・ウォー』のラスト・シーンに集約されている。ジャーナリストたちを主役にしているので、それは1枚のスナップ写真として示され、戦争の喜びと高揚感をこれでもかと表すものになっている。悪ノリに導かれたある種の本質といえるだろう。

 ちなみにアメリカの歴史が変わる瞬間を捉えた作品としては2年前に公開されたジェームズ・グレイ監督『アルマゲドン・タイム』がとてもよくできていて、ザ・クラッシュがカヴァーした“Armageddon Time”を階級闘争ではなくレーガンを支持した再生派キリスト教徒の終末意識と重ね合わせて表現した同作は政治的な知識がないと人種の差を意識した青春ものといった内容でしかないけれど、ドナルド・トランプの父が財政を牛耳る高校でトランプの姉が行うスピーチやユダヤ教徒が再生派に対して覚える絶望感など、宗教が政治を動かす様がよくわかり、政治的な文脈を理解できる人たちにはなにがしかの戦慄を覚える内容になっていた。いわゆるボーン・アゲインやエヴァンジェリストがレーガンを動かした経緯に詳しくない方はグレース・ハルセル著『核戦争を待望する人々』を読んでから観ることをお勧めします。(2024年10月5日記)

大好評につき3刷達成!
発売1週間にして重版決定!

ダブとは何か? それはどのように生まれ、いかにして広まり、拡張したのか?
そのすべてを俯瞰する!

ルーツからニューウェイヴ、ディスコ、テクノ、アンビエント、ベース・ミュージックまで
400枚以上の作品を紹介する、ダブ・ディスクガイドの決定版

監修・編集・執筆:河村祐介
執筆:野田努、三田格、鈴木孝弥、飯島直樹、猪股恭哉、草鹿立、大石始、宇都木景一、吉本秀純、Akie、八木皓平
featuring U‐ロイ、エイドリアン・シャーウッド、アンドリュー・ウェザオール、こだま和文、内田直之、1TA & Element、Sahara (Undefined)、Mars89

A5判オールカラー/224ページ

目次

イントロダクション

Chapter 1 ROOTS ダブのルーツ

サウンドシステムを巡るジャマイカ音楽史とダブの誕生譚
キング・タビーとはなにものなのか?(鈴木孝弥)
U-ROY・インタヴュー
人々を「アップセット」するための音響を──リー・ペリーのダブ
その他のジャマイカの重要ダブ・エンジニア/アーティスト
【disc】ROOTS OF DUB IN JAMAICA

Chapter 2 SPREAD 拡散

UKダブ史──いかにしてそれを自分たちの文化にしたのか(野田努)
【disc】UK REGGAE ┃ WACKIE'S
エイドリアン・シャーウッド・インタヴュー
【disc】ON-U SOUND
レゲエとパンクは似たもの同士ではない――UKでのDUB論の展開(野田努)
【disc】POST-PUNK / NEW WAVE ┃ DISCO
レゲエのデジタル化とダブ・アルバムの衰退(鈴木孝弥)
【disc】JAMAICA DIGITAL DANCEHALL DUB ┃ UK DIGITAL NEW ROOTS

Chapter 3 DANCE DJ カルチャーとダブ

UKレイヴ・カルチャーとダブ(三田格)
【disc】UK RAVE CULTURE IN DUB
アンドリュー・ウェザオール・インタヴュー
ブリストル・サウンドとはなにか?(飯島直樹)
【disc】BRISTOL SOUND ┃ DOWNTEMPO, TRIP HOP, TECHNO, JUNGLE ┃ BASIC CHANNEL

Chapter 4 FAR EAST 日本のダブ

こだま和文・インタヴュー
内田直之・インタヴュー
【disc】JAPANESE DUB

Chapter 5 EXPANTION 拡張

【disc】ELECTRONICA ┃ DUB TECHNO / MINIMAL DUB ┃ HOUSE / NEW DISCO ┃ LOCALIZED ┃ DUBSTEP / BASS MUSIC ┃ ROCK, ELECTRONICS, LEFTFIELD

Chapter 6 ADVENTURE モダン・ダブの冒険

国内外を結ぶ、注目の国内ダブ・レーベル主宰者に訊く、現在のダブ・シーン──1TA & Element(Riddim Chango)、Sahara(Newdubhall)、Mars89(Nocturnal Technology)
【disc】THE ADVENTURE OF MODERN DUB

索引
著者紹介

[監修]
河村祐介(かわむら・ゆうすけ)
OTOTOY編集長/ライター
1981年に幡ヶ谷で生まれてそのまま。石野卓球編纂の『テクノ専門学校Vol.3』収録のセイバーズ「Wilmot」でダブの虜仕掛けの明け暮れに。2004年~2009年『remix』編集部、LIQUIDROOM勤務やふらふらとフリーを経て、2013年より、OTOTOY編集部所属からの長。

オンラインにてお買い求めいただける店舗一覧
amazon
TSUTAYAオンライン
Rakuten ブックス
7net(セブンネットショッピング)
ヨドバシ・ドット・コム
Yahoo!ショッピング
HMV
TOWER RECORDS
disk union
紀伊國屋書店
e-hon
Honya Club

P-VINE OFFICIAL SHOP
SPECIAL DELIVERY

全国実店舗の在庫状況
紀伊國屋書店
三省堂書店
有隣堂
くまざわ書店
TSUTAYA
大垣書店
未来屋書店/アシーネ

K-PUNK 自分の武器を選べ──音楽・政治 - ele-king

「グラム・ロックこそパンクである──歴史的にもコンセプトにおいても」

彼を一躍人気作家にしたブログ「K-PUNK」から選集されたマーク・フィッシャーの原点にして最終作

21世紀初頭において、もっとも影響力のある
労働者階級出身の批評家によるエッセイ/論考集の「音楽・政治」編
資本主義の向こう側に突き抜けるための思考の記録

思想家/批評家、マーク・フィッシャーの人気を決定づけたブログ「K-PUNK」からのベスト・セレクションの第二弾。著書『資本主義リアリズム』で広く知られるフィッシャーだが、彼の批評活動の原点にあるのは音楽だ。その音楽批評には彼の政治思想が共鳴している。グラム・ロックやポスト・パンクからサッチャーにトランプまで。資本主義にも、音楽のレトロ化にも、頭でっかちなアカデミックな考えにも、左翼の高級化にも反対し続けた批評の数々。

本書で言及される音楽:
ロキシー・ミュージック、ブライアン・フェリー、デイヴィッド・ボウイ、グレイス・ジョーンズ、ケイト・ブッシュ、スージー・アンド・ザ・バンシーズ、ジョイ・ディヴィジョン、マーク・スチュワート、ザ・フォール、ザ・バースデー・パーティ、ギャング・オブ・フォー、スクリッティ・ポリッティ、テスト・デパートメント、ザ・キュアー、アンダーグラウンド・レジスタンス、モロコ/ロイシン・マーフィ、カニエ・ウェスト、ジェイムス・ブレイク、ドレイク、ダークスター、DJラシャド、スリーフォード・モッズ、ほか。

本書で扱われるテーマなど:
ポスト・フォーディズム、新自由主義、サッチャー、9・11と監視社会、ブレアと新しい労働党、テロリズム、メンタル・ヘルス、トランプとブレグジット、「コミュニスト・リアリズム」、ほか。

四六判/648頁

目次

日本語版編者序文

第三部
自分の武器を選べ:音楽関連の著述 (坂本麻里子+髙橋勇人訳)

今や恒例、グラストンベリーに対する暴言
アート・ポップ、いや、これは本物のそれの話
k‐パンク、あるいはグラムパンクなアート・ポップの非連続体
反資本としてのノイズ──『アズ・ザ・ヴィニア・オブ・デモクラシー・スターツ・トゥ・フェイド(民主主義の虚飾が消え薄れはじめるにつれて)』
うたた寝から目覚めたライオン、あるいは今日における昇華とは?
今におけるすべての外部
あなたの不快楽のために──ゴスの尊大なオートクチュール
僕たちみんな死んでしまおうが構わない──ザ・キュアーの不浄なる三位一体
光を眺めてごらん
ポップは不死身なのか?
クラーケンのメモレックス──ザ・フォールのパルプ・モダニズム パート1~3
スクリッティの甘美な病い
病理としてのポストモダン主義、パート2
自分の武器を選べ
あるテーマの変奏
ランニング・オン・エンプティ
ユー・リマインド・ミー・オブ・ゴールド──マーク・フィッシャーとサイモン・レイノルズとの対話
戦闘的傾向は音楽を養う
オートノミー・イン・ザ・UK
二一世紀の隠れた悲しみ──ジェイムス・ブレイクの『オーヴァーグロウン』
デイヴィッド・ボウイ、『ザ・ネクスト・デイ』評
すべてを持っている男──ドレイクの『ナッシング・ワズ・ザ・セイム』
ブレイク・イット・ダウン――DJラシャドの『ダブル・カップ』
自分のナンセンスを始めろ!──イーエムエムプレックズとドリー・ドリーについて
スリーフォード・モッズの『ディヴァイド・アンド・イグジット』と『チャブド・アップ:ザ・シングルズ・コレクション』評
テスト・デパートメント──左派理想主義と大衆モダニズムが出会う場
融資なしじゃロマンスはあり得ない

第四部
今のところ、我々の欲望には名前がない:政治に関する文章 (五井健太郎訳)

投票するな、奴らをその気にさせるな
一九七九年十月六日──資本主義と双極性障害
彼らが抗議して、皆が参加したからといって、いったいそれで何になるというのか
ヒドラを退治すること
テロリズムの顔なき顔
衒示的武力と害虫化
私の人生、私のカード──アメックス・レッド・キャンペーンについての注解
グレート・ブリンドン・クラブ・スウィンドル
ストレスの民営化
囲い込み(ケトル)の論理
不満の冬2.0――戦闘性の一ヶ月に関するメモ
フットボール/資本主義リアリズム/ユートピア
ゲームは変化した
創造的資本主義
現実の管理経営(マネジメント)
UKタブロイド
未来はいまだ我々のもの――オートノミーとポスト資本主義
美学的な貧困
確実なのは死と資本だけ
メンタル・ヘルスはなぜ政治の問題なのか
ロンドン版ハンガー・ゲーム
時間戦争──新資本主義時代のオルタナティヴに向けて
上手く負けるのではなく、勝つために戦うこと
マーガレット・サッチャーの幸福
微笑みとともに苦しむこと
ゾンビの殺し方──新自由主義の終わりを戦略化する
殺人罪を逃れ切ること
誰も退屈していない、すべてが退屈させる
影のための時間
未決状態は終わった
コミュニスト・リアリズム
今こそ痛みを
希望を棄てろ(夏がやって来る)
今のところ、我々の欲望には名前がない
アンチ・セラピー
民主主義とは喜びである
サイバーゴシック対スチームパンク
マネキン・チャレンジ

索引

[著者]
マーク・フィッシャー(Mark Fisher)
1968年生まれ。ハル大学で哲学の学士課程、ウォーリック大学で博士課程修了。ゴールドスミス大学で教鞭をとりながら自身のブログ「K-PUNK」で音楽論、文化論、社会批評を展開する一方、『ガーディアン』や『ワイアー』などに寄稿。2009年に『資本主義リアリズム』を、2014年に『わが人生の幽霊たち』を、2016年に『奇妙なものとぞっとするもの』を上梓。2017年1月、48歳のときに自殺。邦訳にはほかに講義録『ポスト資本主義の欲望』、ブログからの選集第一弾『K-PUNK 夢想のメソッド──本・映画・ドラマ』がある。

[訳者]
坂本麻里子(さかもと・まりこ)
1970年東京生まれ。日本大学芸術学部映画学科卒業。ライター/通訳/翻訳者として活動。ロンドン在住。訳書にコージー・ファニ・トゥッティ『アート セックス ミュージック』、ジョン・サヴェージ『この灼けるほどの光、この太陽、そしてそれ以外の何もかも』、マシュー・コリン『レイヴ・カルチャー』、マーク・フィッシャー『K-PUNK 夢想のメソッド』ほか多数。

髙橋勇人(たかはし・はやと)
1990年、静岡県浜松市出身。ロンドン在住。早稲田大学国際教養学部卒業後、ロンドン大学ゴールドスミス校で社会学修士課程と文化研究博士課程を修了。ウィンチェスター美術学校でメディア論を教える。音楽ライターとして、ハイパーダブの日本版ライナーノーツを執筆し、DJなどの音楽活動も行っている。

五井健太郎(ごい・けんたろう)
1984年生まれ。東北芸術工科大学非常勤講師。専門はシュルレアリスム研究。訳書にマーク・フィッシャー『わが人生の幽霊たち』『奇妙なものとぞっとするもの』、ニック・ランド『暗黒の啓蒙書』『絶滅への渇望』、共著に『統べるもの/叛くもの』『ヒップホップ・アナムネーシス』など。

オンラインにてお買い求めいただける店舗一覧
amazon
TSUTAYAオンライン
Rakuten ブックス
7net(セブンネットショッピング)
ヨドバシ・ドット・コム
Yahoo!ショッピング
HMV
TOWER RECORDS
disk union
紀伊國屋書店
honto
e-hon
Honya Club

P-VINE OFFICIAL SHOP
SPECIAL DELIVERY

全国実店舗の在庫状況
紀伊國屋書店
三省堂書店
有隣堂
くまざわ書店
TSUTAYA
大垣書店
未来屋書店/アシーネ

seekersinternational & juwanstockton - ele-king

彼らは暗闇に虹を残す ——マッシヴ・アタック“ブルー・ラインズ”

 ダブの面白さは、レイヴ・カルチャーと似ている。実際ぼくが行ったことのある、1993年、つまり再開発されるよりずっと以前の時代にブリクストンの倉庫でやった口コミのみのレイヴ会場のセカンド・ルームでは、中央に大きなピラミッドがあり(笑)、そしてキング・タビーやらルーツ的のダブがかかっていた(そしてピラミッドを囲んで何人かは瞑想していた)。この親和性は、ふたつの共通点からも理解できる。ひとつはこれらが基本的に都会の音楽であるということ、もうひとつは非言語的な音楽であるということ。さらにもうひとつ付け加えるなら、昔、ダディ・Gがサウンドシステム文化について語った次の言葉に集約されるだろう。「シンガーのような中心的存在は必要ないから、エゴイスティックな過剰な露出がない」
 カナダは、ブリティッシュ・コロンビア州のリッチモンドを拠点にするシーカーズインターナショナルは、この10年ものあいだコンスタントに作品を出し続けて、世界中のいたるところでファンを増やしている。いや、この言い方は正確ではない。正確には、ダブと呼ばれる音楽が世界中にそのファンを増やしているのだ。しかしなんで、なんでこの、夜とコンクリートの壁が似合う非言語的な(要するに、特別な言葉のメッセージのない)無言の音楽が人びとを誘うのか。現実逃避のためのシェルター? 
 ダブがアンビエントと決定的に違っているのは、あの大腸に響く、暴力的とも言える低音にある。体験談として言うが、ロンドンのジャー・シャカのサウンドシステムでは、そのすまさじい低音に気分が悪くなってぶっ倒れる人だっているほどで、だからダブとは無視できるような音楽ではなく、間違っても他の何かをしながら聴けるようなしろものではない。あれほど身体に響く音楽はないし、無害なイメージを絶え間なく再生産する一部のアンビエント/ニューエイジなどと違って、いくらそこから離れていたとしても、気がつけば夜の回路にアクセスし、その暗闇のなかでは何かが消失され、何かが生まれる。

 ダブは、その創始者キング・タビーの想像を遙かに超えたものとなって拡大していることが、シーカーズインターナショナルとジュワンストックトンの共作『キンツギソウルステッパーズ』を聴いているとまたしても感じられる。最新のダブをチェックしている音好きには言うまでもないことだが、ダブとは、いまや必ずしも引き算の音楽ではない。フィリピン系移民たちによるこのグループの音楽の背景には、Qバートのようなヒップホップのバトル系DJ(このシーンにもフィリピン系アメリカ人が大いに関わっていた)とベルリンのベーシック・チャンネル系のダブ・テクノがあり、この奇妙な組み合わせが彼らのユニークなサウンドの核にある。本作では、それをサウンド・コラージュの脈絡のない混乱をもって、さらにアップデートさせている。このアルバムを大きな音でかけていると、編集部小林が「ヴェイパーウェイヴですか?」と勘違いしていたが、近いのはダブルディー&スタンスキーの「レッスン1,2&3」のほうだ。80年代のサンプリング時代のヒップホップの支離滅裂だがビートに乗せてしまうあの遊び心、あのばかげた高揚感がここにはある。“Shinjuku Skanking”なる曲は、スタジオに『ファンタズマ』時代の小山田圭吾がいるのかと思わせるほど細切れのカットアップによるギザギザのグルーヴが展開されている。ラウンジーな“Mercury Rising”なんて曲もあるが、テーブルにグラスを置けないほど振動するこの音楽においてはカクテルパーティなどもってのほか。ぶっ飛びすぎているのだ。
 
 ダブは、ぼくにとっては、理論化されることを拒みながら膨張する宇宙だ。近年、ぼくが聴いたダブにおいてもっとも強烈だったのは、何度でも書くが、空しい10年代を予見したかのようなハイプ・ウィリアムスのライヴで、先日Casanova.S氏がレヴューしていたグレート・エリアの奇妙な(そして魅力的な)シンセ・ポップがそうであるように、いや、それ以上におそろしく空虚な何かだった。たいしてこちらシーカーズは、汚染された夜にさえもまだ楽しみはあると告げている。この素晴らしいダブ・アルバムは今年の春、日本の〈Riddim Chango〉からリリースされた。また、シーカーズは先日、Mars89との共作も発表しているが、そちらはより重たくダークで、テクノ寄りの音響に変換されている。機械を使って、スクラップだけで構成された音楽、言うなれば幽霊たちのコラージュが、いま東京で聴かれることを待っているこの事態に、ぼくたちは注意を払う必要があるだろう。

  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19