「Sunn O)))」と一致するもの

interview with Boris - ele-king

 幕開けとともに閉塞感が増しつつある2022年の世相を尻目にボリスは加速度を高めていく。起点となったのは2020年の夏あたり、最初の緊急事態宣言が明けたころ、主戦場ともいえるライヴ活動に生じた空白を逆手に、ボリスは音楽プラットフォーム経由で多くの作品を世に問いはじめる。新作はもちろん、旧作の新解釈やデジタル化にリマスター、ライヴやデモなどのオクラだし音源などなど、ザッと見積もって40あまりにおよぶ濃密な作品群は、アンダーグラウンド・シーンの牽引車たる風格にあふれるばかりか、ドゥーム、スラッジ、シューゲイズ・メタルの代表格として各界から引く手あまたな存在感を裏打ちする多様性と、なによりも生成~変化しつづける速度感にみちていた。
 なぜにボリスの更新履歴はとどまるところを知らないのか。そのヒントはルーツにある轟音主義に回帰した2020年の『NO』と、対照的な静謐さと覚醒感をもつ2022年の『W』——あわせると「NOW」となる2作をむすぶ階調のどこかにひそんでいる。
 取材をおこなったのは旧年12月21日。同月だけで彼らはBandcampにライヴ盤と3枚のEP(「Secrets」「DEAR Extra」「Noël」)をあげており、前月にはフィジカルで「Reincarnation Rose」をリリースしていた。いずれも必聴必携だが、クリスマス・アルバムの泰斗フィル・スペクターが聴いたら拳銃をぶっぱなしかねないドゥーミーな音の壁と化したワム!の「ラスト・クリスマス」(「Noël」収録)と、「Reincarnation Rose」EPの20分弱のカップリング曲「知 You Will Know」の水底からゆっくりと浮上するような音響性が矛盾なく同居する場所こそボリスの独擅場であり、その土壌のゆたかさはおそらく今年30年目を迎える彼らの歴史に由来する。
 そのような見立てのもと、最新アルバム『W』が収録する「You Will Know」の別ヴァージョンに耳を傾けると、浄化するようなサウンドと啓示的なタイトルに潜む未来形の視線までもあきらかになる。現在地からその先へ――Atsuo、Takeshi、Wataのボリスの3者に、30年目の現状と展望を訊いた。

スタジオでの作業は日々絵を描きつづけるような、どんどんアップデイトされていくような感じなんです――Atsuo

ボリスは海外を中心にライヴ活動がさかんですが、このコロナ禍で制約があったのではないかと想像します。実際はどうでしたか?

Atsuo:こんなに(海外に)出ていないのは何年ぶり? という感じだよね。

Takeshi:ぜんぜん行っていなかったのは2006年よりも前だよね。それ以降は毎年かならず行っていたもんね。

2006年より前というのは、いかに長く海外での活動をされているかということですよね。でも逆に、ライヴ・バンドのメンバーに取材すると、ツアーがなくなって最初は悲しかったけど、ツアーしない時間にいろんな発見があったという意見もありました。

Atsuo:前はツアーをしなければ食べていけないと思っていましたから。コロナに入ってアルバムをすぐに作ってBandcampで2020年の7月に出したんですけど、その反応がすごくよくて世界中のリスナーからガッチリサポートしてもらえたんです。Bandcampの運営とか、楽曲の管理を自分たちでやりはじめたらツアーに出るよりも、経済的によい面もあって、制作にも集中できた。あと、すごく大変なことをしていたんだ、という実感もあります、ツアーに出るということが(笑)。その反面、あらためて再開するのも大変かなと思っています。いちおう今年は米国ツアーを予定してはいるんですけどね。

アメリカはどこをまわられるんですか?

Takeshi:全米をほぼ1周する感じです。

「周」という単位を聞くだけでも大変そうですよね。

Atsuo:感覚を戻すのがね。ほんと体力も落ちているんで。コロナ以前の状態まで自分たちのコンディションを戻さなければならないというのはたしかに大変です。

Takeshi:オフ無しで7本連続とかね。

ツアーと制作中心の生活ではメンタル面での違いはありますか?

Atsuo:スタジオでの作業は日々絵を描きつづけるような感じなんです。そういった生活のほうが個人的には好きなんですけどね。新曲を作ってレコーディングしていると精神的にはめっちゃ安定するんですよ。日々新しい刺激が自分に返ってくると、やっぱりいいなと思います。コロナ禍で気づいたのは、自分の性質が絵描き的というか、描いて作られていく感覚に惹かれるということでした。いわゆるバンドマンとはちょっと違う感覚というか、描き続けていかないと完成しない、その感覚が強いです。

Wataさんはコロナ禍でご自分の生活や性格の面で新たな気づきはありましたか?

Wata:家にずっといてもけっこう大丈夫でした(笑)。

意外とインドアだったんですね。Takeshiさんは?

Takeshi:ライヴができなかっただけで、あとはあまり変わらなかったですね。スタジオにもしょっちゅう入っていたし。音楽が生活に占める割合は変わらないどころか、逆に増えた気がします。

Atsuo:制作ペースは上がっているものね。

Wata:スタジオはふつうに使えていたので、思いついたらスタジオに入ってセルフレコーディングして家にもってかえって編集して。

Takeshi:前はその合間にツアーのリハーサルがあったりして、制作に集中できない局面もあったんですけど、コロナ禍では制作に没頭していました。

Atsuo:今回のアルバム『W』はリモート・ミックスなんですね。

リモート・ミックスとは?

Atsuo:担当していただいたエンジニアが大阪在住で、そこのスタジオの音響を「Audiomovers」というアプリで共有して、オンラインで聴きつつzoomで話し合いながらミックスを進めました。家の環境で聴けるのでかえってジャッジもしやすかったりするんですよね。

東京で録った素材を大阪に送ってミックスしたということですか?

Atsuo:そうです。今回はBuffalo Daughterのシュガー(吉永)さんに制作に入ってもらったので、シュガーさんに音源をいったんお送りして、シュガーさんからエンジニアさんへ素材が行き、確認しながらミックスという流れです。

通常のスタジオ・レコーディングとはちょっと違った工程ですね。

Atsuo:僕らはもう20年以上セルフレコーディングなんです。リハスタで下書きしたものを完成品に仕上げていくスタイルです。ミックスだけはエンジニアに手伝ってもらっています。

その前の曲作りの段階はふだんどのような感じなんですか。

Atsuo:曲はリハスタでインプロした素材をもとに編集して曲の構造を作り、必要であれば肉づけするというプロセスでできあがります。CANと同じです。

Wata:最初は作り込んでいたけどね。

Takeshi:初期のころはわりと普通のバンド的だったね。

Atsuo:うん、リフを作って、何回繰り返したらここでキメが入ってとか決めていたね。セルフレコーディングをはじめたあたりからいまの方法になっていきました。いわゆるレコーディング・スタジオではどうしても「清書」しなければならない状況になると思うんですよ。それが苦痛で(笑)。間違えちゃダメというのがね。でも間違えたり、逸脱することに音楽的なよさがあったりするじゃないですか。だったら自分たちで録れば、たとえ失敗しても問題ない(笑)。そのぶんトライできるというか。

Takeshi:曲を作る工程は、みんながそれぞれ素描をしていて「こんなのが描けたんだけど」と互いに見せ合うような感じです。そこでやり取りしながら色を入れていったり、線が決まっていったり、そういった感じです。

Atsuo:いわゆるバンド的な曲作りだと、下書きみたいなリハーサルを何度も重ねてレコーディングがペン入れみたいなイメージな気がするんですね。清書するというのはそういう意味なんですが、僕らはそうじゃなくて下書きから一緒にドンドン塗り重ねて描き上げていく感じですね。

KiliKIliVillaとはインディペンデントにおける基本理念を共有している感覚があります。KiliKiliVilaの契約は利益が出たら折半なんですね。それは欧米ではごく普通のことなんですが、国内でそれをやっているレーベルはある程度以上の規模では極端に少なくなる。――Atsuo

プロセスを重視するからなにがあっても失敗ない?

Atsuo:失敗も2回繰り返すと音楽になる。そういう観点から以前はガチガチに決め込んでいた構成も、失敗を受け入れられる意識になり、(演奏の)グリッドも気にならなくなりました。反対に、ポストプロダクション全開な作り方を試した時期もありましたけどね。同期などを使っていた時期です。いまは自分たちにしかできない方向、グリッドレスな方向に行っています。

方向性の変化はどんなタイミングでおとずれるんですか?

Atsuo:そのときどき好きなことをやっているだけです。これだけ長いあいだやっていると、なにをやっても世間的な評価は変わらないんですよ。であれば好きなことをやったほうが単純に楽しい。それこそカヴァーとかやると、高校のころやっていた楽しい感じを思い出したり。

若々しいですね(笑)。

Atsuo:(笑)楽しいことをやっていたいとは思いますよ。とくにいまのような状況下では各自の死生観みたいなものも露わになってきますし、楽しいことをしないと意味がないですよね。

とはいえコロナ禍で音楽をとりまく状況は厳しくなりました。たとえば今後どのようにバンドを運営していくかというような、現実的な話になったりしませんか?

Atsuo:ずっとインディペンデントでやってきてレーベルに所属することもなく、すべてを自分たちで舵取りしてきたんですね。原盤もほとんど自分たちで持っています。コロナ禍では自分たちで判断して行動するという、ずっとやってきたことがあらためて重要な気がしています。

KiliKIliVillaから出すのでも、いままでと体制は変わらないということですね。

Atsuo:体制は変わりませんが、環境はよくなりましたよ。たまたま知人を介しての紹介だったんですけど、KiliKIliVillaとはインディペンデントにおける基本理念を共有している感覚があります。KiliKiliVilaの契約は利益が出たら折半なんですね。それは欧米ではごく普通のことなんですが、国内でそれをやっているレーベルはある程度以上の規模では極端に少なくなる。レーベルの与田(太郎)さんからそういう契約だと聞いたときも、自分たちには普通のことなので、「はい、お願いします」――だったんですが、いざまわりを見渡すと日本でそれをやっているレーベルはあまりない。インディペンデントにおける価値観もシェアできるし、やりやすいですよね。そういうインディペンデントにおける美意識を共有している方がKiliKiliVillaのまわりにはたくさんいるので、いろいろなことがスムーズですね。

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それこそ高校生のころの感じというか、影響を受けたことを直で出してしまうような。――Atsuo

レコーディング、作品づくりに話を移します。ボリスは2020年夏にアルバム『NO』を出し、2021年はBandcampを中心にデジタル・リリースを含めるとかなりの数の作品を出されています。そして2022年の第一弾アルバムとして『W』が控えています。『W』の制作はいつからはじまったんですか?

Atsuo:『NO』のレコーディングが終わった時点で『W』の方向性が見えてきて、『NO』をリリースする前には『W』のレコーディングは終わっていました。

『NO』は2020年の7月です。一度目の緊急事態宣言が解除になってしばらくしたころ。

Takeshi:そうですね、その年の6月には終わっていたんですよ。

同時進行ですか?

Takeshi:『NO』が先に終わって、その後にすぐつづく感じでした。つながっている感じといいますか。

『NO』が「Interlude」で終わっていたのが不思議でした。

Atsuo:出す時点で『W』が決まっていたので、2枚でひとつという感じでした。

ということは制作前に2枚にわたる構想をおもちだった?

Atsuo:『NO』の終わりごろにそうなった感じですかね。

では『NO』はもともとどういう構想のもとにたちあがったのでしょう。

Atsuo:いま思えば現実逃避だったかも(笑)。とりあえずスタジオに入って肉体的にもフルのことをやって、疲れてすぐに寝てしまうような、現実を見なくてすむようにしたいというコンセプトだったかもしれません(笑)。不安な感じやネガティヴなエモーションを音楽でポジティヴな方向に昇華する、それが表現の特性だと思うんですね。無意識にそのことを実践していたのかもしれないです。

そういうときこそ曲はどんどんできそうですね。

Atsuo:それはもう(笑)。

Takeshi:血と骨に刻み込まれているから(笑)。

Atsuo:それこそ高校生のころの感じというか、影響を受けたことを直で出してしまうような。『NO』のときはわりとTakeshiと僕のルーツにフォーカスしていました。僕がメインのヴォーカルをほとんどとって、曲作りの段階からこれはツアーでやろうともいっていました。僕がヴォーカルでサポート・ドラマーを入れてやるんだという前提があって、いまは実際そういうライヴ活動をしていますからね。そこで僕とTakeshiにフォーカスしたので『W』ではWataの声にピントを当てて――ということですね。

僕も高校のときはパンク、ハードコアの影響をもろに受けていて、『NO』ではノイズコアの方向に突き進んでいきました。Takeshiとそういった部分を共有できるのはソドム。カタカナのソドムのノイズコアな感じが大好きだったんです。――Atsuo

おふたりのルーツというのはひと言でいうとなんですか?

Takeshi:パンクとハードコア、ニューウェイヴも聴いていて、いちばん衝撃を受けたのはそのあたりの音楽なので、初期衝動とともに、身体に染みこんでいます。そういったものがコロナでグッと閉塞感が高まったたタイミングでウワーッとあふれでてしまった(笑)。

Atsuo:僕も高校のときはパンク、ハードコアの影響をもろに受けていて、『NO』ではノイズコアの方向に突き進んでいきました。Takeshiとそういった部分を共有できるのはソドム。カタカナのソドムのノイズコアな感じが大好きだったんです。『NO』はイタリアのF.O.A.D.というパンク~ハードコアのレーベルにアナログ化してもらったんですけど、そのレーベルがソドムの再発(『聖レクイエム + ADK Omnibus』)をしたんですよ。そういう流れもあってF.O.A.D.に決めたという(笑)。

高校時代ソドムをカヴァーしていたんですか?

Atsuo:ソドムはやっていなかったですね。『NO』では愚鈍の「Fundamental Error」をカヴァーしています。

原点回帰的な側面があったんですね。

Atsuo:あとはロック・セラピー。実際僕らは高校時代、そうした激しい音楽を聴いて精神を安定させていたところがあったんですね。

ことに思春期では激しい音楽が精神安定剤の役割を果たすのは、わが身に置き換えてもそう思います。

Atsuo:ヘヴィメタルが盛んな国は自殺率が低いという話を耳にしたこともある(笑)。精神に安定をもたらすメタルといいますか。それもあって『NO』はエクストリームなんだけどヒーリング・ミュージック的なおとしどころになっていきました。自分たちにとってもそういう効果がありましたし。

『NO』というと否定のニュアンスが強いですが、『W』と連作を成すことで激しさや衝動に終始しないボリスの現在(NOW)のメッセージを感じますよね。そのためのWataさんの声という気がします。

Atsuo:チルなんだけど逆に覚醒できる感じになっていったんですね。

『W』にはシュガー吉永さんがサウンド・プロデュースで入られていますが、かかわりはいつからですか?

Wata:EarthQuaker Devicesというアメリカのエフェクターメーカーから「Hizumitas」という私のシグネチャー・モデルのファズが出たんです。そのメーカーの親睦会が2016年にあって、そこで初めてお会いしました。

Atsuo:TOKIEさんもその集まりで初めてしゃべったのかな。そこからシュガーさんがライヴに来てくださったり、だんだんつながりでできていきました。もともとBuffalo Daughter、好きでしたしね。『New Rock』のレコ発とか行きましたもん。

意外なようなそうでもないような。ともあれ90年代的なお話ですね。

Atsuo:自分のなかではBuffalo Daughterはインディペンデントな位置づけ。ゆらゆら帝国などともに認知度が高かったですし、そういう日本の状況からの影響も当時は受けていました。

シュガーさんの手が入ったことでもっとも変化したのはどこでしょう?

Atsuo:エレクトロニカというか電子音的なアプローチはシュガーさんの手腕です。ローが利いたキックであるとか。でも聴いてすぐにおわかりになる通り、僕らの演奏にはグリッドがないんですよ。録音はスタジオで適当に録っているのでリズムも揺れまくっているんですが、それを前提にシュガーさんは縦の線をプログラムしてくれてバンドのノリに合うような感じでアレンジを追加してくれました。曲の構造はほぼ決まっていましたが、シュガーさんに、曲の間口を広げてもらったというか、見える、聴けるアングルを増やしていただいたという感じです。サウンド・プロデュースの依頼ではありましたが、曲が並んで、今回の個展はこんなテーマなんだ、というようなものが見えてきたとき、どのようにプレゼンテーションしてもらえるのか? そういった感覚です。

ちなみにボリスがいままでやってきた外部との協働作業というと――

Atsuo:成田忍さん、石原洋さん、NARASAKIさんにも1曲手がけていただいたことがあります。

Takeshi:あとはコラボレーションが多いですね。

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僕らはバンドというものに対するこだわりは強いですよ。だけど、バンドの運営や方法論で音楽の可能性が閉じられるのがイヤなんです――Atsuo

さきほどAtsuoさんは自分が歌うとき、別のドラマーに叩いてもらっているとおっしゃっていましたが、フォーメーションみたいなもがどんどん変わっていっていいというお気持ちがあるということですか?

Atsuo:僕らはバンドというものにたいするこだわりは強いですよ。だけど、バンドの運営や方法論で音楽の可能性が閉じられるのがイヤなんです。

でもそれはアンビバレンスですよね?

Atsuo:はい。だから基本この3人で音楽の可能性を広げたい、新しいものを追究して作っていきたいという思いもあって、シュガーさんへサウンド・プロデュースをお願いしたり、新しい血としてサポートのドラマーに入ってもらったり、以前は栗原(ミチオ)さんに入ってもらったこともありました。

そうでした。最近なにかと栗原さんのお話をしている気もしますが、栗原さんが参加された『Rainbow』がペダル・レコードから出たのが2006年ですね。

Atsuo:その後で正式にサポートで入っていただいて、本格的にツアーをまわるようになったのは2010年から11年あたりでした。

Takeshi:栗原さんはサポートと言うよりも、僕らの認識としては4人目のメンバーだったんですよ。当時新しいアルバムのデモを作っていたときも、栗原さんがいる体でやっていましたから。

Wata:2014年の『Noise』だよね。

Takeshi:曲に必要なギター・パートが1本ではなくて2本、無意識にそうなっていたんですね。ある程度までかたちになってきたときに栗原さんが離脱しなくてはならなくなって、いままで作った曲をどうしよう?ってなったときに、4人のアレンジだったものを3人用にリアレンジをする必要になり、それでWataが死にそうになるという(笑)。

Wata:『Noise』の何曲かは栗原さんの音も入っているんですよ。デモで弾いていたテイクをそのまま使ったりしました。私は栗原さんと同じようには弾けないので、どうしようって(笑)。

Atsuo:3人であらためて完成形を作らなきゃならなかったので、それは大変でした(ため息)。

Wata:すごく助けてもらっていたので、いなくなったときは心細かったです。演奏面ではとくに。

Atsuo:でもあの時期があったのでWataもヴォーカルに集中できるようになった。

ボリスは3人ともヴォーカルをとるのがいいですよね。

Wata:ヴォーカルというほど歌えているかはわからないですけどね。

Atsuo:さっき言っていたエフェクターメーカーのSNSでWataのことを「ボリスのギター、ヴォーカル」と紹介していたんですが、「いや、ヴォーカリストじゃないし」と本人がつぶやいているのを耳にした憶えがあります(笑)。

Wata:ヴォーカリストというよりは楽器的な感じ、ヴォイスという言い方が近いです。主張とかメッセージを伝える役割ではなくて、楽器の一部として存在している声ですね。

でも『W』ではメイン・ヴォーカルをとっていますよね。プレッシャーはなかったですか?

Wata:最初から音響的という作品内でのイメージはあったので構えたりはしはなかったです。

歌メロはWataさんが書かれた?

Wata:メロディはTakeshiです。

Atsuo:ほとんどの手順としては楽曲ができあがって、仮の歌メロをTakeshiがインプロで作って、曲ごとに見えたテーマをもとにふたりで歌詞を書くんですけど、Wataが歌うという前提だと出てくる言葉も違ってきますよね。

Wata:私は歌詞にはタッチしていないですけどね。ふたりが書く詞も、言葉で風景が見えてくるような内容なんですね、主張とかメッセージではなく。

Takeshi:逆に『W』では自分だと歌わないような言葉を歌わせることができたともいえるんです。Wataの口から出てくるであろうと想像した言葉だったり旋律などを使えたりしたので。

Atsuo:歌詞においてはWataの担当は「存在」ですよね。

歌詞も全員で書いているというイメージなんですね。

Atsuo:その点もKiliKiliと考え方が通じているんですよ。僕らは楽曲の登録も連名なんです。たとえばWataはじっさい歌詞を書いていないけれども作詞者はバンドとして登録しています。それはWataの存在があるからその言葉が生まれてくるという理由です。バンドというのはそういうものだと思うんです。

それならメンバー同士のエゴがぶつかって権利問題に発展するということもなさそうです。

Atsuo:エゴを聴きたいリスナーもいるとは思うんですよ、誰が曲を担当し、歌詞を書いているのかということですよね。そこをはっきりさせたいリスナーは多い気がします。

レノン、マッカートニーもそうですし、はっぴいえんどでも細野さんの曲と大瀧さんの曲は違いますから、そういう腑分けの仕方も当然あるとは思うんですが、ボリスの場合みなさんはキャラが立っているのにエゴイスティックな打ちだし方はしていないですよね。

Atsuo:自然とそうなったんですが、共通している考え方は、いちばん大事なのは「ボリス」という存在、バンドということなんですよね。

そのスタンスをとりながら、今年で――

Atsuo: 30年。

エゴという意識は僕らは薄いと思いますね。自分にとって音楽、曲というのは、言いたいことを言う場ではないんですね。曲のかたちがだんだんできてきて、仮のメロディを乗せたときに、「こういう言葉が乗るよな」と導かれるというか委ねるというか。――Takeshi

30年といえば、ひとつの歴史ですが、長くつづけてこられた秘訣はなんですか?

Atsuo:さっきも言ったようなエゴとかが音楽の可能性の狭めるのが僕らはイヤなんです。

そこもCANと同じですね。リーダーがいない、けっして誰かが中心ではない。

Atsuo:傍から見たら僕がリーダーに見えるかもしれませんが、いちばん雑務をしている、ただのアシスタントなんですよ(笑)。

与田(KiliKiliVilla):その考えを持っているだけでバンド内の格差を生まなくなりますよね。イギリスはバンドに権利が帰属することが多いですが、日本だと作詞作曲で個人を登録する習慣があります。そういったことを長いことみてきて、イヤな思いもしてきたから若いバンドにこういう登録の仕方があるから、そうしてみない?とアドバイスすることもけっこうあります。ボリスはそれを自分たちでやっていたという驚きはありましたよね。

日本の場合芸能界の習慣ともいえますよね。

Atsuo:だからバンドの地位が低いといいますか、フロントマンとバックバンドという序列のヒエラルキーになっていく。そういうビジネスモデルが主体になっている気がします。

Takeshi:エゴという意識は僕らは薄いと思いますね。自分にとって音楽、曲というのは、言いたいことを言う場ではないんですね。曲のかたちがだんだんできてきて、仮のメロディを乗せたときに、「こういう言葉が乗るよな」と導かれるというか委ねるというか。音にしても、僕はほっとけば、ガンガン弾き倒しちゃうんですよ。でも、バンドやとその音楽を主体に考えれば、曲がそうなりたいであろうというコードストロークや弾き方に自然になっていきますよね。楽器をもっているミュージシャンのエゴではなく、楽曲のほうへ自分を寄せていくというか、ボリスで音楽を作っているときはそういう感じになっていますね。

Atsuo:CANとの違いは音楽的な教育を受けているかどうかということかもしれないです。僕らは独学ですからね。外部とは共有できるかはさておき、バンド内での音楽言語はいろいろあるんですけどね。

とはいえ共演は多いですよね。秋田昌美さん(MERZBOW)、灰野(敬二)さん、エンドン、カルトのイアン・アストベリーなど、ボリスはいろいろなバンドやミュージシャンと共演していますが、他者と同じ場を作るには共通言語を見出す必要があるんじゃないですか?

Atsuo:秋田さんは誰とでもできるし、誰とでもできないと言えますからね。

Takeshi:秋田さんとやるときはおたがい干渉していないよね。

Atsuo:それもエゴがないということなのかもしれないですね。自分たちの曲を放り出していますからね。秋田さんで埋め尽くされてもぜんぜんかまわないというか、それで自分たちの曲が新しく立ち上がる感じを聞きたいというのがまずあるので。シュガーさんにしてもバンドのグリッドレスな感じを尊重してくれたので、『W』ではうまくいったんだと思います。

■ボリスにとって今年はアニバーサリーイアーですが、アメリカ・ツアーのほかに計画していることがあれば教えてください。

Atsuo: 『W』もKiliKiliで30周年記念第1弾アルバムと言っているので、第何弾までいけるか挑戦しようと思っています(笑)。アルバムはだいぶ録り進んでいるし。

KiliKiliからは昨年暮れに「Reincarnation Rose」が出ていますが、あれを聴くとやりたいことをやったらいいやという感覚を受けますよね。極端なことをいえば、売れなくてもいいやというような。

Atsuo:そもそも売れようと思ったことはないですよ。

とはいえ「Reincarnation Rose」もメロディはキャッチーじゃないですか。

Atsuo:キャッチーさは大事ですが、売れたいというのは違うんですよね。ヘヴィな曲でもキャッチーかそうでないかという判断基準がある。楽曲の世界観がしっかり確立されたとき、初めてキャッチーと言えるのかもしれないですね。

さきほどソドムとか栗原さんとかの話が出ましたが、70年代、80年代、90年代とつづく東京のアンダーラウンド・ロックシーンの牽引車は片やボリス、片やゆらゆら帝国というような見え方もあると思うんですよ。このふた組にはアンダーグラウンド、モダーンミュージックのようなセンスをポップアートにしているような側面があると思うんですね。ゆらゆら帝国とボリスはぜんぜん音楽性が違うけど、出てきているところってすごく近いところだったりするじゃないですか?

Atsuo:同じスタジオを使っていたり、近いようで遠い感じですか。いちばんの違いはメタル以降の文脈だと思うんですね。

ボリスはメタルにもリーチしていますよね。

Atsuo:海外では完全にメタル・バンドあつかいですね。

Takeshi:自分たちでメタルだと言ったことはないんですけどね。でも向こうから手を差しのべてくるんですよ。

メタルにもいろいろありますが、どのようなメタルですか?

Takeshi:メタル・シーンの裾野が欧米では広いというか、単純に規模が違います。

Atsuo:ドローン・メタルというジャンルがあるんですよね。僕らはそのオリジネイター的な扱いではありますね。SUNN O)))とかですね。あとはシューゲイズ・メタル、シューゲイズ・ブラックという呼び名もあって、そういった風合いも感じさせるようで、総じてポスト・メタル的な言われ方をします。

Takeshi:何かと後ろについてくるんですよ、メタルって(笑)。

Atsuo:日本と海外だとメタルという言葉がカヴァーする領域に差があると思うんですね。向うはものすごく広い。あのスリル・ジョッキーがメタル的な音楽性のバンドをリリースするくらいですから日本とは捉え方が違いますね。

日本だとどうしても様式的なものというイメージが強いですよね。

Takeshi:いわゆるカタカナの"ヘビメタ"のイメージなんですよね。

Atsuo:僕らは速く弾くよりはシロタマを伸ばしたいほうなので(笑)。もっとオーガニックなんですよね。音を伸ばしてそこでなにが起こってくるかというドローン・ミュージック的な方法を結果的にメタルに取り入れている。

一方でアメリカには日本のアンダーグラウンド・ロックの熱心なリスナーも多いですよね。

Atsuo:かつては音楽好きが最後のほうにたどりつく辺境という位置づけでしたよね。

いまではボリスや、それこそメルツバウやボアダムスのような方々の活躍で日本のアンダーグラウンド・シーンは一目置かれている気もします。

Atsuo:でも気をつけておきたいのは、一目を置かれると同時に大目にみられている部分もあるんですよね。日本人だからメチャクチャやっても許されるというか。

それを期待されているともいえないですか?

Atsuo:並びがボアダムス、ギター・ウルフ、メルト・バナナですよ。ルインズにしても。

ややフリーキーな音楽性ですが、いい意味で根がないからからフリーキーさなんじゃないですか?

Atsuo:それはそうかもしれない。

ボリスも、みなさんの佇まいも相俟って欧米の観衆に独特な印象を与えるのではないでしょうか? Wataさんなんかはすでにアイコニックな存在だし。でも「Reincarnation Rose」のMVはもうちょっと説明があってもいいかと思いました。

Wata:私以外のメンバーもあのなかに女装して参加していると思われていますよね。

そう思いました。検索してはじめて知りましたよ。

Atsuo:けっこうちかしい友だちからもAtsuoとTakeshiはどこにいるの? って訊かれましたもん。

ついにマリスミゼルみたいになるのか、いまからその展開は逆に攻めているというか、真の実験性とはこういうことをいうのだろうかと、いろいろ考えましたよ。それもアーティスト・エゴの薄さからくる展開なのかもしれないですね。あれは反響も大きかったですよね?

Atsuo:すごかったですよ。最初に写真を公開したときは、「ボリス、ヴィジュアル期に突入」とか書かれました。発表前はコスプレとか言われるかなと思っていましたけどね。

どなたのアイデアですか?

Atsuo:流れなんですよ。シュガーさんとTOKIEさんにMVに参加してもらうアイデアは最初からあったんです。それだったらドラムもよっちゃん(吉村由加)にお願いしようということになって。衣裳はpays des feesというランドにお願いして、TOKIEさんもWataも一緒にお店に行って衣裳合わせをして、メイクとウイッグに関してはビデオの監督のアイデア。当日ヘアメイクさんとかも入ってできあがったのがあれだったんですが、当日までメンバー自身どうなるかわからなかったです。

Takeshi:自分も知らなかった。PVの撮影だと聞いてスタジオに行ったら、あのメイクを済ませたみなさんがスタンバイしていて「えっ!?」って、なったんですよ。

Atsuo:写真を公開した直後の反応はこっちも不安になるような感じだったんですが、翌日にはMVが出て、音を聴いてもらえればふつうにロックですし、わかっていただけたと思います。

30年経ってもまだまだノビシロあるな、ボリスと思いました。

Atsuo:(笑)。でもそんなふうにみなさんの頭のなかにいろんな考えが湧き起こっていたのだとしたら、やってよかったと思いますよ。

R.I.P. Peter Rehberg - ele-king

 7月23日、ピタことピーター・レーバーグが逝去。明け方に見たガーディアンの見出しには53歳とあった。心臓発作だったという。レーバーグはエレクトロニック・ミュージックをダンスフロアから引き剥がし、エレクトロニカを先導したラップ・トップ・ミュージシャンの先駆者である。フェネスとともに現代音楽やミュジーク・コンクレートをリヴァイヴァルさせた中心人物といっていい。ウィーンを拠点にラモン・バウアーらと共同で運営していた〈メゴ〉からは自らの作品だけでなく、フェネスやヘッカーなど実験的なエレクトロニック・ミュージック(=ジム・オルークいわく「パンク・コンピュータ・ミュージック」)を矢継ぎ早にリリースすることでエレクトロニカというタームを引き寄せ、1999年には彼自身のソロ作『Get Out』と、フェネス及びジム・オルークと組んだ『The Magic Sound Of Fenn O'Berg』によってテクノのサブ・ジャンルに位置していたエレクトロニック・リスニング・ミュージックを一気に格上げすることとなった。また、コンピュータをサウンド・メイキングの主役としたことでDJカルチャーによって葬り去られた“演奏”を復活させ、ライヴにラップ・トップを持ち込むという早すぎたアクションは観客からパフォーマス中に罵声を浴びせられるという事態も招くことになった。〈メゴ〉が10年の歴史に幕を閉じてからはレーバーグひとりで〈エディション・メゴ〉を新たに立ち上げ、マーク・フェルやOPNなど2010年代の主役となる才能も幅広くフック・アップし、カテリーナ・バルビエリやヴォイシズ・フロム・ザ・レイクなど数えるのが面倒なほど幅広い才能にチャンスを与えている。一方で、ワイアーのギルバート&ルイスによるドームを全作再発するなど過去に向ける視点にも確かなものがあり、2012年にはミュジーク・コンクレートの再発や未発表作品に的を絞ったサブ・レーベル、〈リコレクションGRM〉からも話題作を多数リリース。元エメラルズのジョン・エリオットにA&Rを委ねた〈スペクトラム・シュプール〉やジム・オルーク専門の〈オールド・ニュース〉など6つのサブ・レーベルも併走させ、よくこんがらがらないなと思ったことがある(複数のサブ・レーベルを展開していた〈ミュート〉が彼の理想だったらしい)。レーバーグや〈メゴ〉は現代音楽をポップ・ミュージックの領域に近づけたといってもいいだろうし、エレクトロニック・ミュージックに現代音楽の使える部分を再注入したでもいいけれど、明らかに〈ラスター・ノートン〉や〈パン〉といったレーベルは〈メゴ〉の遺産の上に成り立ち、その裾野はいまも広がり続けている。

 レーバーグとステファン・オモーリー(Sunn O))))から成るKTLが初めて日本に来た際、僕は松村正人とともに一度だけレーバーグに取材したことがある。コンピュータ・ミュージックとブラック・メタルの融合と自称していたKTLはオモーリーのギターとレーバーグのノイズだけで構成され、ビートがないにもかかわらず、ゆらゆらと体を揺らしながら聴くことのできる有機的なノイズ体験であった(オモーリーも後に〈エディション・メゴ〉傘下で〈イディオロジック・オーガン〉というサブ・レーベルを始める)。お天気雨の日に赤坂の外れで会ったKTLは二人とも適度に話し好きといった印象で、簡単に打ち解け、ジゼル・ヴィエンヌが舞台のためにふたりにコラボレイトしないかと持ちかけてきたことがKTLの始まりで、奇妙なロケーションでレコーディングしたことやヨーロッパでは彼らの作品が不本意にもファシズムと結びつけられて批判されていることなどを語ってくれた。この時期、バックボーンがまだよくわからなかったオモーリーがアメリカで起きているドゥーム・メタルの動向やそれらとの距離感を冷静に説明してくれたのに対し、レーバーグは人間関係の行き詰まりから〈メゴ〉を閉鎖しなければならなくなったことや日本のライヴでは羽目を外し過ぎてしまった失敗談など、どちらかというと、話を盛り上げたい性格なのかなという話し方だったように記憶している。プライヴェートではマイルス・デイヴィスしか聴かないというオモーリーに対して、ミュジーク・コンクレートどころか、若い頃はニッツィアー・エッブに夢中だったというレーバーグの回想も興味深く、それを聞いて『Get Out』の暴力性が何に由来するのか少しは謎が解けた気もする。それこそボディ・ミュージックから最先端の実験音楽へと音楽性を発展させた彼のキャパシティに驚かざるを得なかったというか。

 レーバーグの演奏を最後に観たのは六本木のスーパーデラックスで行われたフェン・オバーグのリリパだった。『The Return Of Fenn O'Berg』から8年ぶりとなるサード・アルバム『In Stereo』のために行われたもので、その時のライヴも『Live In Japan』としてリリースされている(https://www.youtube.com/watch?v=r_trm302p_I)。初期に比べて諧謔性は抑えられ、ニュアンスに富んだドローンを演奏するレーバーグがそこにいた。ラップ・トップに意識を集中させる彼の眼差しは真剣そのものであり、罵声を浴びせるようなオーディエンスはなく、誰もが彼らの曲を静かに聴き入っていた。R.I.P.

Boris - ele-king

 本日7/3の日本時間16時、Boris が完全自主制作によるニュー・アルバム『NO』をbandcampでリリースしている。

 これまで灰野敬二、メルツバウ、SUNN O)))、栗原ミチオ(ex. ホワイ・ヘヴン)らとのコラボレーションを含め、ドゥーム/ストーナーにとどまらない懐の深い音楽性を披露してきた彼らだが、今作は広島のハードコア・レジェンド、愚鈍(GUDON)のカヴァー “Fundamental Error” (ソルマニア/ex. OUTO/ex. シティ・インディアンの KATSUMI が参加)や、MVが先行公開された “Anti-Gone” など2~3分台のファスト・ナンバーを多数収録。バンド史上屈指のハードコア・パンク作品となっている。この怒りに満ちたサウンドをライヴで浴びる日を心待ちにしよう。

『NO』
https://boris.bandcamp.com/album/no
7/3リリース(0:00 US standerd time. 16:00 japan time)

01. Genesis
02. Anti-Gone
03. Non Blood Lore
04. Temple of Hatred
05. 鏡 -Zerkalo-
06. HxCxHxC -Parforation Line-
07. キキノウエ -Kiki no Ue-
08. Lust
09. Fundamental Error
10. Loveless
11. Interlude

Takeshi: Vocals, Guitar & Bass
Wata: Vocals, Guitar & Echo
Atsuo: Vocals, Percussion & Electronics

Guest Guitar: Katsumi on Track 09
Recording: Fangsanalsatan at Sound Square 2020
Mix & Mastering: Koichi Hara (koichihara-mix.com)

“Fundamental Error” Originally Perfomed by GUDON

Logo Type: Kazumichi Maruoka
Design: Fangsanalsatan

FAS-023

Oren Ambarchi - ele-king

 音楽史におけるほぼと言っていい全ての段階で、即興演奏をする楽しみが存在してきた。音楽上のテクニックや作曲形式で、即興演奏による実践から発していないもの、本質的に影響を受けていないものはないからだ。にもかかわらず即興演奏に関する定義や知識にはっきりしたものはない。これはインプロヴィゼーションの「決して止まることなく、つねに変化し状況に合わせて姿を変える」(デレク・ベイリー『インプロヴィゼーション』)性質による。ジャンルを超えた新しいサウンドを作り出し、どの作品も異なるカラーを持つオーレン・アンバーチの音楽も定義できるものではないし、定義すること自体がナンセンスかもしれないが、それこそがオーレンの作品をかたちづくるものであることは間違いないでしょう。

 オーストラリア、シドニー出身でエクスペリメンタル、インプロヴィゼーション界隈で活動を続けている、オーレン・アンバーチが『Simian Angel』を〈Edition Mego〉より2016年の『Hubris』以来の3年ぶりにリリースしている。(2019年7月)(オーレン主宰のノイズ、インプロ、実験的音楽を扱う〈Black Truffle〉のリリースも要チェックです!)

 SUNN O))) のメンバーとしてはもちろん、灰野敬二やメルツバウPhewジム・オルークなど多くのミュージシャンとのコラボレーション作品を制作し、ソロではドラムとギターによる編成を好んできたオーレンだが、今作はジョン・ゾーンやハービー・ハンコック、坂本龍一との共演でも知られるブラジル出身パーカッション奏者シロ・バプティストをフィーチャーし、ブラジル音楽からの影響が濃密に反映されている。

 『Simian Angel』は “Palm Sugar Candy”、“Simian Angel” の2曲からなる。どちらも16分から20分前後の長さで、オーレンの実験的に繰り広げられ、発展し、フェードアウトしていくようなサウンドスケープに没入するには心地よい長さに感じる。“Palm Sugar Candy” はコンガと水のようなシンセがゆったりとした「時間の音楽」を生成していく。“Simian Angel” ではビリンバウのパーカッシヴなパターンが反復されていく。様々な楽器を用いながら、ジャンルを超えた新しいサウンド、楽器、音素材の可能性を拡張し続けてきたオーレンだが、今回はシロ・バプティストの巧妙でリズミカルなハンドリングや、ビリンバウ、コンガの音色を取り入れることによって、ブラジル音楽への可能性を拡張していく。(オーレンはもともとパーカッション奏者という経歴もある)。また本作『Simian Angel』ではエレクトリック・ギターへの新たなアプローチに焦点が当てられている。一聴してオルガンのように聴こえるあの音もギターの音で作り上げられ、スリーブに「guitars & whatnot」と記される。このアルバムはギターとその他のなんやかんやの音でできているわけだ。

 インプロヴィゼーションの世界では、楽器は単なる記号として楽譜に記された音符を演奏するという目的のための手段、道具ではない。ジョン・ケージが言うところの「音そのもの」に興味があるというオーレンにとってもそうであろう。ギターから作られる音色で様々な音色を作り出せるオーレンにとっても楽器は音素材の源であるはずだ。

 また、インド生まれの母親を持つ彼は幼少期からラーガの音楽によく触れてきたようだ。このような音楽では、ラーガのある種の秩序よって素材、その素材を規格化された方法、演奏の骨格が用意されるが、全ては流動的であって、演奏されたときに最終的な状態へと達する。音素材や旋法等に上下関係はなく、装飾音、効果音と聴こえるようなものでもその音が何か別の音の下位に位置しているわけではない。なるほど、彼がラーガに影響を受けてきたことに納得する。オーレンは音素材やメロディに優劣をつけない。一聴して、これはブラジルのリズムだ、コンガの音だと知覚することはあるものの、なにかある音が支配的なものなのではなく、すべての要素を平等に不可欠なものとして解放する。16分から20分前後で展開され発展しては消えていく音たちは何か別の音の上位に存在しているものではないと感じることができるだろう。シンセの音もパーカッションの音もその他のなんやかんやの音として平等に扱われる。

 オーレンが作り出すギターの音、ギターでないようなギターの音、その他の音、メロディ、パーカッション、さまざまなものが合わさったとき、インプロヴィゼーションのなかで、ライプニッツの言うところの「音楽は魂がなにをしているか気づかぬうちにおこなっている秘密の計算」をこの音楽からも色濃く感じることがきっとできるだろう。

 https://orenambarchi.com/

Mika Vainio Tribute - ele-king

 電子音楽の前進に多大なる貢献を果たしながら、惜しくも2017年に亡くなってしまったミカ・ヴァイニオ。きたる10月19日に、怒濤の《WWW & WWW X Anniversaries》シリーズの一環として、彼のトリビュート公演が開催されることとなった。会場は WWW X で、発案者は池田亮司。彼とカールステン・ニコライのユニット cyclo. や、行松陽介、Haruka など、そうそうたる面子が出演する。パン・ソニックをはじめ、さまざまなプロジェクト/名義でエレクトロニック・ミュージックの最前線を切り開いてきたミカの面影をしのびつつ、出演者による音の追悼を体験しよう。

WWW & WWW X Anniversaries "Mika Vainio Tribute"

極北の中の極北、電子音楽史に名を残すフィンランドの巨星 Mika Vainio (Pan Sonic) のトリビュート・イベントが Ryoji Ikeda 発案の元、WWW X にて開催。Mika Vainio とコラボレーション・ライブも行った同世代の Ryoji Ikeda と Alva Noto とのユニット cyclo. の8年ぶりの東京公演が実現、欧州やアジアでも活躍中の行松陽介と Haruka 等が出演。

テクノイズ、接触不良音楽、ピュア・テクノ、ミニマルとハードコアの融合、といった形容をされながら、90年代初期に Ilpo Väisänen (イルポ・ヴァイサネン)とのデュオ Pan Sonic の結成と同時に自身のレーベル〈Sähkö〉を立ち上げ、本名名義の他、Ø や Philus といった名義で、インダストリアル、パワー・エレクトロニクス、グリッチ、テクノ、ドローン、アンビエント等の作品を多数リリース、アートとクラブ・ミュージックのシーンをクロスオーバーした実験電子音楽のパイオニアとして、2017年の逝去後も再発や発掘音源のリリースが続き、新旧の世代から未だ敬愛され、後世に絶大な影響を与える故・Mika Vainio (ミカ・ヴァイニオ)。本公演では昨年音源化が実現し、〈noton〉よりリリースされた Mika Vainio とコラボレーション・ライブも行った Ryoji Ikeda の発案の元、Mika Vainio のトリビュート企画が実現。同じくそのコラボレーション・ライブに参加し、〈noton〉主宰の Carsten Nicolai (Alva Noto) が来日し、2人のユニット cyclo. で出演が決定。DJにはここ数年欧州やアジア圏でもツアーを行い、ベルリン新世代による実験電子音楽の祭典《Atonal》にも所属する行松陽介と、DJ Nobu 率いる〈Future Terror〉のレジデント/オーガナイザーであり、プロデューサーでもある Haruka が各々のトリビュート・セットを披露する。 ピュアなエレクトロニクスによる星空のように美しい静閑なサウンドス・ケープから荘厳なノイズと不穏なドローンによる死の気配まで、サウンドそのものによって圧倒的な個性を際立たせる Mika Vainio が描く“極限”の世界が実現する。追加ラインナップは後日発表。

WWW & WWW X Anniversaries "Mika Vainio Tribute"
日程:2019/10/19(土・深夜)
会場:WWW X
出演:cyclo. / Yousuke Yukimatsu / Haruka and more
時間:OPEN 24:00 / START 24:00
料金:ADV¥4,300(税込 / オールスタンディング)
チケット:
先行予約:9/7(土)12:00 〜 9/16(月祝)23:59 @ e+
一般発売:9/21(土)
e+ / ローソンチケット / チケットぴあ / Resident Advisor
※20歳未満入場不可・入場時要顔写真付ID / ※You must be 20 or over with Photo ID to enter.

公演詳細:https://www-shibuya.jp/schedule/011593.php

Mika Vainio (1963 - 2017)

フィンランド生まれ。本名名義の他、Ø や Philus など様々な別名義でのソロ・プロジェクトで〈Editions Mego〉、〈Touch〉、〈Wavetrap〉、〈Sähkö〉など様々なレーベルからリリースを行う。80年代初頭にフィンランドの初期インダストリアル・ノイズ・シーンで電子楽器やドラムを演奏しはじめ、昨今のソロ作品はアナログの暖かさやエレクトロニックで耳障りなほどノイジーなサウンドで知られているが、アブストラクトなドローンであろうと、ミニマルなアヴァン・テクノであろうと、常にユニークでフィジカルなサウンドを生み出している。また、Ilpo Väisänen とのデュオ Pan Sonic として活動。Pan Sonic は自作・改造した電子楽器を用いた全て生演奏によるレコーディングで知られ、世界中の著名な美術館やギャラリーでパフォーマンスやサウンド・イスタレーションを行う。中でもロンドンのイーストエンドで行った警察が暴動者を鎮圧する時に使う装置に似た、5000ワットのサウンドシステムを積んだ装甲車でのギグは伝説となっている。ソロや Pan Sonic 以外にも、Suicide の Alan Vega と Ilpo Väisänen とのユニット VVV、Vladislav Delay、Sean Booth (Autechre)、John Duncun、灰野敬二、Cristian Vogel、Fennesz、Sunn O)))、 Merzbow、Bruce Gilbert など、多数のアーティストとのコラボレーション、Björk のリミックスも行う。2017年4月13日に53歳の若さで永眠。Holly Heldon、Animal Collective、NHK yx Koyxen、Nicholas Jaar、Bill Kouligas (PAN) など世界中の世代を超えたアーティストたちから、彼の類稀なる才能へ賛辞が贈られた。
https://www.mikavainio.com/


Photo: YCAM Yamaguchi Center for Arts and Media

cyclo.

1999年に結成された、日本とドイツを代表するヴィジュアル/サウンド・アーティスト、池田亮司とカールステン・ニコライ(Alva Noto)のユニット cyclo.。「サウンドの視覚化」に焦点を当て、パフォーマンス、CD、書籍を通して、ヴィジュアル・アートと音楽の新たなハイブリッドを探求する現在進行形のプロジェクト。2001年にドイツ〈raster-noton〉レーベルより1stアルバム『. (ドット)』を発表。2011年には前作より10年振りとなる2ndアルバム『id』、そして同年、ドイツのゲシュタルテン出版より cyclo. が長年リサーチしてきた基本波形の可視化の膨大なコレクションを体系化した書籍『id』を出版。
https://youtu.be/lk_38sywJ6U

Ryoji Ikeda

1966年岐阜生まれ、パリ、京都を拠点に活動。 日本を代表する電子音楽作曲家/アーティストとして、音そのものの持つ本質的な特性とその視覚化を、数学的精度と徹底した美学で追及している。視覚メディアとサウンド・メディアの領域を横断して活動する数少ないアーティストとして、その活動は世界中から注目されている。音楽活動に加え、「datamatics」シリーズ(2006-)、「test pattern」プロジェクト(2008-)、「spectra」シリーズ(2001-)、カールステン・ニコライとのコラボレーション・プロジェクト「cyclo.」(2000-)、「superposition」(2012-)、「supersymmetry」(2014-)、「micro | macro」(2015-)など、音/イメージ/物質/物理的現象/数学的概念を素材に、見る者/聞く者の存在を包みこむ様なライブとインスタレーションを展開する。これまで、世界中の美術館や劇場、芸術祭などで作品を発表している。2016年には、スイスのパーカッション集団「Eklekto」と共に電子音源や映像を用いないアコースティック楽器の曲を作曲した新たな音楽プロジェクト「music for percussion」を手がけ、2018年に自主レーベル〈codex | edition〉からCDをリリース。2001年アルス・エレクトロニカのデジタル音楽部門にてゴールデン・ニカ賞を受賞。2014年にはアルス・エレクトロニカがCERN(欧州原子核研究機構)と共同創設した Collide @ CERN Award 受賞。
https://www.ryojiikeda.com/

Carsten Nicolai (Alva Noto)

本名カールステン・ニコライ。1965年、旧東ドイツのカールマルクスシュタット生まれ。ベルリンを拠点にワールドワイドな活動を行うサウンド/ビジュアル・アーティスト。音楽、アート、科学をハイブリッドした作品で、エレクトロニック・ミュージックからメディア・アートまで多彩な領域を横断する独自のポジションを確立し、国際的に非常に高い評価を得ている。彼のサウンド・アーティストとしての名義がアルヴァ・ノトである。ソロ活動の他、Pan Sonic、池田亮司との「cyclo.」、ブリクサ・バーゲルトなど注目すべきアーティストたちとのコラボレーションを行い、その中でも、坂本龍一とのコラボレーション3部作『Vrioon』『Insen』『Revep』により、ここ日本でも一躍その名を広めた。2016年には映画『レヴェナント:蘇りし者』(アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督)の音楽を坂本龍一、ブライス・デスナーと共同作曲し、グラミー賞やゴールデン・グローブ賞などにノミネートされた。また、1996年に自主レーベル〈Noton〉をByetone 主宰の〈Rastermusic〉と合併し〈Raster-Noton〉として共に運営してきたが、2017年に再解体し、Alva Noto 関連の作品をリリースする〈Noton〉を再始動。
https://www.alvanoto.com/

行松陽介 (Yousuke Yukimatsu)

2008年 SPINNUTS と MITSUKI 主催 KUHIO PANIC に飛び入りして以降DJとして活動。〈naminohana records〉主催 THE NAMINOHANA SPECIAL での KEIHIN、DJ NOBU との共演を経て親交を深める。2014年春、千葉 FUTURE TERROR メインフロアのオープンを務める。2015年、goat のサポートを数多く務め、DOMMUNE にも出演。PAN showcase では Lee Gamble と BTOB。Oneohtrix Point Never 大阪公演の前座を務める。2016年 ZONE UNKNOWN を始動し、Shapednoise、Imaginary Forces、Kamixlo、Aïsha Devi、Palmistry、Endgame、Equiknoxx、Rabit を関西に招聘。Arca 大阪公演では Arca が彼の DJ set の上で歌った。2017年、2018年と2年続けて Berlin Atonal に出演。2018年から WWW にて新たな主催パーティー『TRNS-』を始動。Tasmania で開催された DARK MOFO festival に出演。〈BLACK SMOKER〉からMIX CD『Lazy Rouse』『Remember Your Dream』を、イギリスのレーベル〈Houndstooth〉のA&Rを手掛ける Rob Booth によるMIXシリーズ Electronic Explorations にMIXを、フランスのレーベル〈Latency〉の RINSE RADIO の show に MIX を、CVN 主催 Grey Matter Archives に Autechre only mix を、NPLGNN 主催 MBE series に MIX TAPE『MBE003』を、それぞれ提供している。
https://soundcloud.com/yousukeyukimatsu
https://soundcloud.com/ausschussradio/loose-wires-w-ausschuss-yousuke-yukimatsu

Haruka

近年、Haruka は日本の次世代におけるテクノDJの中心的存在として活動を続けている。26歳で東京へ活動の拠点を移して以来、DJ Nobu 主催のパーティ、かの「Future Terror」のレジデントDJおよび共同オーガナイザーとして、DJスキルに磨きをかけてきた。彼は Unit や Contact Tokyo、Dommune など東京のメジャーなクラブをはじめ、日本中でプレイを続けている。また、フジロックや Labyrinth などのフェスでのプレイも経験。Haruka は、緻密に構成されたオープニング・セットからピークタイムのパワフルで躍動感のあるテクノ・セット、またアフターアワーズや、よりエクスペリメンタルなセットへの探求を続ける多才さで、幅広いパーティで活躍するDJだ。このような彼特有の持ち味は、Juno Plus へ提供したDJミックスや Resident Advisor、Clubberia のポッドキャスト・シリーズにも表れている。ここ数年都内で開催されている Future Terror ニューイヤー・パーティでは長時間のクロージングセットを披露、2017年にはロンドン・ベルリン・ミュンヘン・ソウル・台北・ホーチミン・ハノイへDJツアーを行なうなど、着実に活動の場を広げている。
https://soundcloud.com/haruka_ft
https://soundcloud.com/paragraph/slamradio-301-haruka

Félicia Atkinson - ele-king

 ASMR(Autonomous Sensory Meridian Response)とは、さまざまな心地よい音をヘッドフォンやイヤフォンで聴くことで「脳が溶けるような」感覚を得ることを指す。たとえばタッピング音、囁くようなヴォイス、雨の音、川の音、水の音、紙を丸める音、炭酸水の音、エアコンの発する音、工場の音などなどASMRで摂取される音の種類はさまざまだ(なかには咀嚼音や髪を洗う音まである)。ユーチューブにはそれらの音・動画が無数にアップされていて、自分の好みの音(動画)をみつけることで、たとえば就寝時などに摂取・聴取することで快楽を経て安眠を得たりするらしい。さらにはスマートフォンのアプリにもASMRを摂取/聴取できるアプリがある。ASMRが人気のいま、「どんな音楽を聴いているのですか?」という質問に、「ビリー・アイリッシュです」ではなく、「チョコレートを食べるときの咀嚼音です」とかいう返答も帰ってきても不思議ではない。つまり一音へのフェティシズムを喚起することで快楽を得る聴取行為なのだ。エクスペリメンタル・ミュージック・ファン/リスナーであれば、例えばフィールド・レコーディングやアンビエント、ノイズなどの聴取を思い浮かべるかもしれない。音それ自体への快楽である。
 しかしエクスペリメンタル・ミュージックが「意志と方法論と技法の結晶」=「音楽作品」として流通していることに対して、ASMRはそのような「音楽」ではない。ASMRの聴き手はただ脳が溶けるような音の快楽を求めている。おそらくスマートフォンの普及により(ということはネットのイヤフォン聴取の普及)、ノイズやエクスペリメンタル・ミュージック・リスナーではない層が、「音の快楽的摂取」に接する機会が増えた結果と思うのだが、同時に現代のリスナーのサウンド嗜好や音響の聴取に対する重要なヒントがあるような気がする。(私見だが)ビリー・アイリッシュ(ばかり例に挙げてしまって恐縮だが)の囁くようなヴォーカルとミニマル・トラックにもイヤフォンで聴くことから生まれる音の気持ちよさは、つまりASMRからの影響もあるのではないか、とか。

 トーマス・アンカーシュミットイーライ・ケスラーKTLJABブラック・ゾーン・ミス・チャントなどのエクスペリメンタル・ミュージック・アルバムをコンスタントにリリースし、まさに現在絶好調ともいえるフランスの電子音楽/エクスペリメンタル・ミュージック・レーベル〈Shelter Press〉だが、同レーベルの中心的アーティストであり、かつレーベル・オーナーでもある電子音楽家フェリシア・アトキンソンの音楽作品は電子音響の現在形だが、ときに「ASMR的」とも評される(じじつレーベルもそう紹介している)。その音は囁き声や細やかなノイズ音が交錯するものだが、ASMRと関連付けられていることは興味深い。
 そんなフェリシア・アトキンソンの『Hand In Hand』以来、2年ぶりのソロ・アルバム『The Flower And The Vessel』がリリースされた(2018年〈Shelter Press〉はジェフリー・キャントゥ=レデスマとのコラボレーション・アルバム『Limpid As The Solitudes』をリリース)。本作はレーベルにとって重要作であるだけではなく、音響音楽の現在形を考える上で極めて重要なアルバムだ。理由はノイズとミュージックの交錯と融解と聴取の快楽性の問題である。

 実はフェリシア・アトキンソンの経歴は長い。2008年にシルヴァン・ショヴォーとの共作『Roman Anglais』、2009年に〈Spekk〉からソロ・アルバム『La La La』をリリースして以来、ジェフリー・キャントゥ=レデスマとのコラボレーション作品を含めてコンスタントに9枚のアルバムをリリースしてきた。本作『The Flower And The Vessel』は記念すべき(?)10作目のアルバムである。じっさい本盤『The Flower And The Vessel』には、フェリシア・アトキンソンの音楽技法の粋を集めた傑作に仕上がっていた。声、電子音、ピアノなどが端正に、かつ逸脱的に重なりあい、それぞれが別の時空間から呼応しているようなサウンドを生成・構成しているのだ。
 前作『Hand In Hand』よりも、2015年の『A Readymade Ceremony』的な音に思えるが、その音響はさらに繊細になりつつ、ミュジーク・コンクレートを継承するような大胆なコンポジションも同時に展開する。エレガントなムードのなか不穏さすらも感じさせるサウンドは見事の一言。しかも今回はピアノが大きく取り入れられており、電子音とノイズとピアノの静謐なレイヤーはとにかく美しい。またゲストに『Life Metal』をリリースしたばかりである Sunn O))) のスティーヴン・オマリーが19分におよぶ“Des Pierres ”に参加。まるで KTL にフェリシア・アトキンソンが参加したような硬質かつ静謐な音響作品になっていた。本作の重要曲だ。
 ほかにもピアノの断片的な旋律と高音の電子音が絡み合う“Moderato Cantabile”、アンビエンスなギターとヴォイスが白昼夢のようにレイヤーされる“Shirley To Shirley”、砂時計のごとき電子音の粒子と声が流れ落ちる“Un Ovale Vert”、繊細なエレクトロニクスと不協和音を奏でるピアノに、童謡のような不安定な声が重なる現代音楽的な“Linguistics Of Atoms”、ライヒ的なミニマルなマリンバ音と細やかに蠢く“Lush”、複数の声と言葉がエディット/レイヤーされるサウンド・アート的な“L'Enfant Et Le Poulpe”など、アトキンソンは独自の音響美学と方法論によって、美麗かつ逸脱的なサウンドを繊細に組み上げらる。中でも“Un Ovale Vert”は、声と電子音とミニマルなフレーズが揺らめく光のカーテンのようにレイヤーされ、本作を代表する曲に思えた。

 本作『The Flower And The Vessel』で展開されるサウンドの緻密さ、繊細さ、運動性、多層性、そして気持ち良さは、2000年代以降のコンピューター内でノイズやサウンドを生成する電子音響作品の系譜を継ぐものだ。電子音響などのコンピューター生成音響音楽は00年代以降のもっとも革新的な音楽のひとつだが、それらがいわゆるエレクトロニカとして大衆化した現在、ゼロ年代初頭の革新性を継承するアーティストは稀になった。
 アトキンソンの音楽はピエール・シェフェール~リュック・フェラーリの音を継承するフランスのミュジーク・コンクレートの現在形だが、00年代以降のコンピューター生成の電子音響、10年代的な音の快楽的(ASMR的)聴取という二つのモードもレイヤーされているのだ。彼女の音響音楽の重要性はそこにある。音楽が音響のなかに融解する感覚が横溢している。
 この00年代から10年代は、インターネットによって情報量が増大化きた結果、音楽とノイズとの境界線が少しずつ溶けていっていった時代であった。ASMRの人気もそれに付随するものだろう。フェリシア・アトキンソンの新作『The Flower And The Vessel』は、そんな現代のリスニング・モードに呼応するアルバムに思えてならない。

空間現代 - ele-king

 空間現代が、Sunn O))) のスティーヴン・オマリー主宰のレーベル〈Ideologic Organ〉よりリリースした7年ぶりのオリジナル・アルバム『Palm』の発売を記念し、日本国内ツアーを、そして東京・渋谷WWW にてワンマン・ライヴを開催する。6月9日に自らが運営する京都のスタジオ/ライヴハウス「外」にて、盟友である YPY、行松陽介、oddeyes が出演するレコ発を皮切りに、日本各地を周るとのこと。ツアー最終日は8月14日、東京・渋谷WWW にて、空間現代のワンマン・ライヴが開催。音響に宋基文、照明に高田政義を迎える。東京公演の前売券は6月1日より発売中。ツアー詳細は下記より。

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空間現代『PALM』レコ発ツアー開催決定

追悼 スコット・ウォーカー - ele-king

冥界の天使 スコット・ウォーカー

 2019年3月25日の夜明け前。スコット・ウォーカーの訃報に接した瞬間、頭の中に広がったのは箱根仙石原のススキの大草原の絶景だった。いや、城ケ島の迷宮のようなジャングルだったかもしれない。仕事が途切れた時に、よく一人でバイクに乗って城ケ島や仙石原に行くのだが、その時は決まって、ポータブル・プレイヤーでスコット・ウォーカーの歌を聴くのだ。夕陽で黄金色に輝いたススキの大草原で聴く“太陽はもう輝かない(The Sun Ain't Gonna Shine Any More)”や“マチルダ(Mathilde)”や“ジャッキー(Jackie)”、城ケ島の森の中で聴く“マイ・デス(My Death)”や“行かないで(If You Go Away)”……。

 スコット・ウォーカーの歌はいつだって、世界を征服したような気分を味わわせてくれた。彼の声、歌には、言語化できない超越感がみなぎっていたから。甘美なメロディも心地よいビートも完全消え失せた晩年のウルトラ・アヴァンギャルドな作品においてさえ、ヴェクトルは違ってもその超越感だけは一貫していた。ソウルフル、というのとも違う。いや確かにソウルフルでパワフルでドラマテックなのだが、彼の歌声は、常に死の匂いを宿し、浮世離れしていた。ソウルやパワーの在り方、向かい方が、アレサ・フランクリンともジェイムズ・ブラウンともトム・ジョーンズとも違う。エロティックなバリトン・ヴォイスは、しかし常に深いメランコリーを孕み、タナトスの闇を浮遊していた。誰とも交わることなく、王のように、天使のように。その超越性こそに誰もが魅せられたのだと思う。

 世界に向けて最初に訃報を発したのは、近年のスコット・ウォーカーが契約していた〈4AD〉レーベルだったが、その直後からネット上には大量の弔辞が流れ続けた。ポップさを120パーセント無視した彼の近年の作品がセールス的に成功していたとはとても思えないのだが、その死を悼む声の多さ、真摯さは尋常ではなかった。特に、イギリスのミュージシャンたちの多さには驚かされる。生粋のアメリカ人ながら、ウォーカー・ブラザーズの一員としてデビューした直後の65年から最期までずっとイギリスを拠点に活動し、60年代末期にはBBCテレビで「スコット・ウォーカー・ショー」なる冠番組まで持っていたから、スコット好きのイギリス人ミュージシャンが多いのは無理からぬことだとは思う。ジュリアン・コープが編纂したスコット・ウォーカーのコンピ盤『Fire Escape In The Sky:The Godlike Genius Of Scott Walker』(81年)も、当時のニューウェイヴ系ミュージシャンたちに大きなショックを与えたそうだし。とにかくどの弔辞も実に心がこもり、“自分にとって彼がいかに特別な人だったか”を涙目で訴える感じのものが多いのだ。まさに、「行かないで」と叫んでいるように。
 ソフト・セル時代には60年代のスコットのルックス(ヘアスタイルとサングラス)を真似、ソロになったらスコットの持ち歌をカヴァした(しかもスコット以上にスコットぽく)マーク・アーモンドを筆頭に、最初期の代表曲“Creep”(92年)がスコットのカヴァだとプロデューサーに勘違いされるほどだったというレディオヘッドのトム・ヨーク、オリジナル・アルバムとしては最後の作品となった『Soused』(14年)をスコットと共作した Sunn O))) のスティーヴン・オマリー、80年代に日本の中古盤屋でスコットのソロ・アルバムを探し回ったたというデイヴィッド・シルヴィアン…その他コージー・ファニ・トゥッティ、グラハム・コクソン、ジャーヴィス・コッカー、ボーイ・ジョージ、ミッジ・ユーロ、デュラン・デュラン、ディーン・ウェアハム(ギャラクシー500)、さらにはスリーフォード・モッズやボズ・スキャッグス等々、新旧硬軟入り混じった名前が途切れなく続く。

 今デイヴィッド・ボウイが生きていたらはたしてどんな言葉を発しただろうか……。なにしろボイウこそはマーク・アーモンドやトム・ヨーク以上に歌い方から音楽家としての姿勢までスコット・ウォーカーに生涯憧れ続けた人だったし。ボウイの2016年のラスト・アルバム『★ (Blackstar) 』なんてまるで、自身の死期を悟ったボウイが渾身の力をふりしぼってスコットに宛てた最後のラヴレターのようではないか。
 また、ルー・リードも生前、雑誌の「Best Albums of All Time」なる企画で『Tilt』(95年)を第2位に選ぶほどスコットを高く評価していた。ちなみにそのベスト10の1位はオーネット・コールマン『Change Of The Century』、3位はボブ・ディラン『Blood On The Tracks』で、以下リトル・リチャードやハンク・ウィリアムズ、ローランド・カーク、ジョン・レノンなどの歴史的名盤が挙がっていた。90年代以降の作品は『Tilt』だけである。

 スコット・ウォーカーのかような時代を超えた絶大な影響力と表現者としての超越性を具に確認させてくれたのが、デイヴィッド・ボウイ総指揮の下で製作された06年のドキュメンタリー映画『スコット・ウォーカー 30世紀の男(30 Century Man)』だろう。前述した面々の他にもジョニー・マーやウテ・レンパー、エヴァン・パーカー、エクトール・ザズーなど多くのミュージシャンたちがインタヴューイとして登場するが、中でもブライアン・イーノの以下の発言は刺激的だった。

「『Nite Flights』で彼の音楽に衝撃を受けた。とてつもない曲だからぜひ聴いてみてくれと言ってデイヴィッドの制作現場に持ち込んだんだよ。感性の一致というか何か通じるものを感じた。ポピュラー音楽でなくオーケストラや実験音楽のようだった。ポップスの枠組みにありながらそこから遠く離れてる。これを聴くのは屈辱的だ。今でもこれを超えられない」

 『Nite Flights』(78年)は70年代半ばに一時再結成されたウォーカー・ブラザーズの復活第3作。その前の『No Regrets』(75年)と『Lines』(76年)は全員(スコット・ウォーカー、ジョン・ウォーカー=ジョン・ジョセフ・マウス、ゲイリー・ウォーカー=ゲイリー・リード)の音楽性が均等にバランスをとったアメリカン・ポップスだったのに対し、3作目の『Nite Flights』では音作りの随所にスコットの意志が強く反映され、トータルとしてかなりいびつな作品になっている。それはパンク時代への返答、などではなく、60年代からずっと維持されてきたスコットの本質そのものだ。これがデイヴィッド・ボウイのベルリン3部作最終章『Lodger』(79年)の制作時のできごとだったことに鑑みれば、『Lodger』のいびつさも実は『Nite Flights』と密につながっていたことがわかる。ちなみにこの映画には、当時のスコットの新作『Drift』(06年)の制作風景も出てくるのだが、スコットは未知のサウンドを探して“Clara”という曲でパーカッショニストに豚肉の塊を鉄拳で叩かせていた。楽器クレジットは“Meat Punching”。ホラーである。

 こういったスコットの前衛性は、特に95年の『Tilt』から全開し、齢を重ねるごとに加速し続けた。個人名義の最終作『Bish Bosch』(12年)や Sunn O))) とのコラボ作『Soused』(14年)のすさまじさたるや……。『Soused』が出た時、彼は既に71才だった。
 そして、今改めて初期の作品を聴き直し、そのヴィジョンのブレなさ、スコット・ウォーカーという表現者の超越性をじっくりとかみしめたい。とりわけ、ジャック・ブレルの作品をたくさん英語でカヴァしたソロの最初の3枚『Scott』(67年)、『Scott 2』(68年)、『Scott 3』(69年)。生と死が深く激しく交響するその陶酔的世界こそは、スコット・ウォーカー(本名 Noel Scott Engel/1943年1月9日米オハイオ州生まれ)が生涯追い求めたヴィジョンだった。

空間現代 - ele-king

 昨秋坂本龍一とのコラボLPが話題になった空間現代ですが、そのときから噂になっていたリリースがついに実現! 来る4月26日、〈Editions Mego〉傘下のレーベルで Sunn O))) のスティーヴン・オマリーの主宰する〈Ideologic Organ〉から、じつに7年ぶりとなる空間現代のオリジナル・アルバム、その名も『Palm』が発売されます。同バンドにとっては初の海外リリースです。録音とミックスは goat やテニスコーツなども手がける西川文章、マスタリング&カッティングはラシャド・ベッカー。現在、〈Editions Mego〉の SoundCloud にて新曲“Singou”が公開されています。出だしからもうかっこいい……。

 なお、空間現代はこの3月からアメリカ・ツアーも開催中で、アルヴィン・ルシエやアート・アンサンブル・オブ・シカゴも出演する《Big Ears Festival》への出演も決定しています。詳細は下記よりご確認を。

[Album Information]

空間現代(Kukangendai)
『Palm』

Format: LP / Digital
Label: Ideologic Organ / Editions Mego
Cat no: SOMA032
発売日: 2019年4月26日

1. Singou
2. Mure
3. Menomae
4. Hi-Vision
5. Sougei
6. Chigaukoto wo Kangaeyo

Recorded and mixed by Bunsho Nisikawa
Recorded at Soto, Kyoto JP
Mastered and cut by Rashad Becker at Dubplates & Mastering Berlin
Photographs by Mayumi Hosokura
Graphic design by Shun Ishizuka

https://editionsmego.com/release/SOMA032

[Tour Information]

March 10 Pioneer Works, Brooklyn // SECOND SUNDAYS 4-9PM // Kukangendai 7-8PM
https://pioneerworks.org/programs/second-sundays-march-2019/
https://www.facebook.com/events/413208172757505/

March 17 The Half Moon, Hudson
https://thehalfmoonhudson.com/

March 21 Big Ears Festival, Knoxville
https://bigearsfestival.org/

March 23 The Lab, San Francisco
https://www.thelab.org/projects/2019/3/23/kukangendai
https://www.facebook.com/events/584462182027642/

空間現代 × 坂本龍一 - ele-king

 布石はあった。空間現代と坂本龍一。昨年末に発売された『async』のリミックス盤『ASYNC - REMODELS』、そこにおいて両者はすでに出会っている。あるいは今年の6月。空間現代は、ロンドンでおこなわれた坂本のキュレイトによるイベント《MODE 2018》に出演してもいる。そんな彼らが、初めてのコラボレーションLPとなる『ZURERU』を11月3日にリリースする。
 Aサイドには『ASYNC - REMODELS』所収のトラック“ZURE - KUKANGENDAI REMODEL”を再構成した共作曲“ZURERU”が、Bサイドには空間現代のライヴでお馴染みの“SUUJI”と、それを坂本龍一がリミックスした“SUUJI REMODEL”が収録される。
 日本の音楽シーンにおいてひときわ尖った試みを続ける両者の邂逅――この機を逃すなかれ。

坂本龍一と空間現代の初コラボレーションLP『ZURERU』発売

来年に、〈Editions Mego〉傘下の、Sunn O))) の Stephen O'Malley が主宰するレーベル〈Ideologic Organ〉よりニュー・アルバムの発表も予定している「空間現代」と、Yellow Magic Orchestra や数々の実験音楽・映画音楽などで知られる日本の伝説的音楽家「坂本龍一」の初コラボレーション作品がアナログ・レコードで発売となります。

坂本氏が2017年に発表したアルバム『async』を、Oneohtrix Point Never や ARCA、コーネリアスなど国内外の様々なアーティストがリミックスした作品『ASYNC - REMODELS』の日本版ボーナストラックに空間現代が抜擢され、その際に制作され収録された「ZURE - KUKANGENDAI REMODEL」が、そこから更に、坂本龍一のピアノの内部奏法と空間現代の生演奏によって再構成・録音されたものが本作の「ZURERU」です。

本作には、この二組の共演曲“ZURERU”に加え、空間現代のライブ盤『LIVE』の冒頭や Moe and ghosts とのコラボ作品『RAP PHENOMENON』にもラップ入りで収録され、空間現代のライブではお馴染みの楽曲“数字|SUUJI”が、単曲としては初めて音盤化。そして、坂本龍一が“SUUJI”をリミックスし、7分に及ぶ荘厳なドローンに変換した“SUUJI REMODEL”を作品の最後に収録しています。

録音・ミックスは、サイデラCEO、オノセイゲン。マスタリングは、ビョークのミックスも手掛け The Mars Volta や Lightning Bolt、Gang Gang Dance など数々のマスタリングを手掛けるNYのエンジニア、ヘバ・カドリーが担当。

空間現代 × 坂本龍一
『ZURERU』

Format: LP
Label: KUKANGENDAI LLC.
Cat no: KKG-1
発売日: 2018年11月3日
価格: 2300円+税

A-1 空間現代 × 坂本龍一
「ZURERU」
B-1 空間現代
「SUUJI」
B-2 坂本龍一
「SUUJI REMODEL」

https://kukangendai.stores.jp/items/5bd017662a28623e2100039e

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