「W K」と一致するもの

Popp - ele-king

 ミュンヘンからツイン・ドラムのジャズ・ユニット、ファジー(Fazer)のサイモン・ポップによるセカンド・ソロ。ハッセル&イーノ『Possible Music』を思わせる2年前の『Laya』と同じく打楽器だけで構成されたインプロヴァイゼイション・アルバム。複数の打楽器や細かいパーカッション・ワークを駆使し、全体にインド音楽のテイストを残しながらもアフリカ色が強くなったことで同じようにスタティックな作風でも静謐さの種類に変化がもたらされている。ファジーが元々、ラウンジ・ミュージックに近い音楽性だったこともあり、テンションをみなぎらせるようなインプロヴァイゼイションではなく、かといってニューエイジのようなユルユルでもなく、ビアトリス・ディロンへのクラブ・ジャズからのアンサーというのか、スティーヴ・ライヒから可能な限り緊張感を取り除いたアンビエント・ドラミングというのか。あくまでも演奏を基本にしていることでフィールド・レコーディングとプロセッシングでつくり出すアンビエント・ミュージックにはないオーガニックなムードが全体のトーンを決めている(90年代の雰囲気を出すためにゲート・リヴァーブとピッチ・シフトは多用したらしい)。サイモン・ポップはファジー以外の活動としてアブシュタン(Abstand)やファジーのドラマー2人によるファジー・ドラムス名義のアルバム『Sound Measures』などでミニマルにフォーカスした試行も並行して続けており、そのためか、サイモン・ポップのソロ作を取り上げた欧米のレヴューでは「サード・ストリーム・ミニマリズム」という定義がやたらとコピペされて使われているものの、僕が調べた限りどこにも定義の内容は書かれていない(ので、よくわからない)。お笑いの第7世代みたいなものなのだろうか?



 前作の『Laya』は鐘の使い方やランダムなビートの刻み方など明らかにメディテイションを目的としていて、フィジカルではなく音の効果は意識に集中していた。『Devi』ではそれがガーナのリズムなど東アフリカのリズムを取り入れた結果、一転してフィジカルに訴えかける要素が増え、全体的に内省的な気分を誘発するものではなくなっている。“Gundel”や“Jilu”などインドとアフリカが融合し、なんとも気持ちのいいハイブリッドに仕上がっていて、透き通るような残響音が美しい“Myna”や、いまにもデヴィッド・アレンがごにょごにょとマントラじみたヴォーカルを歌い出しそうな“Dama”などどの曲も素晴らしく、『Devi』はドイツのミュージシャンがアフリカ音楽を取り入れた最高傑作といえるのではないだろうか(“Xolotl”は食品まつりのリミックスが聴いてみたい)。クラシック大国ドイツによるアフリカ音楽の受容はこれまで悲惨としか言いようがない過程を辿ってきた。ボアダムズ『77 Bore Drum』にヒントを与えたらしきナイアガラ(クラウス・ヴァイス)や最近のアフロ・ハウスまで、まったく横揺れがしないドイツ人のアフリカ趣味は彼らの生真面目な性格を伝えるだけで(なにせメトロノミック・ビートである)、カンのヤキ・リーベツァイトを例外としながらマーク・エルネスタスによるジェリ・ジェリやタイヒマン兄弟によるアフリカとの交流によって発展してきたクラブ・ミュージックの片隅でようやく重要が喚起されてきた程度だろう。その上でのサイモン・ポップであり、『Devi』なのである。

 70年代のクラウトロックでもミヒャエル・フェッター(Michael Vetter)やドイター(Deuter)がインド音楽をメインに似たようなことはやっていた。しかし、これらとモンバサやオム・ブッシュマンといったドイツのジャズ・ドラムが結びつくことはなく、2017年にヤン・シュルツ(=ヴォルフ・ミュラー)が『Tropical Drums Of Deutschland』を編纂することで新たなフュージョンの可能性が出てきたということなのだろう。70年代の空気と80年代のテクニックが結びつき、これに「サード・ストリーム・ミニマリズム」wを加えることでサイモン・ポップの音楽性は立ち上がってきたといえる。“Higlehasn”がクラフトワーク“Tanzmusik”のアンビエント・ヴァージョンに聞こえてしまったのは僕だけだろうか。ちなみに「Laya」はインドの音楽用語、「Devi」はインドの女神を意味しているのかなと思うけど、正確にはよくわからない。

YOUNG JUJU - ele-king

 この春にEP「LOCAL SERVICE 2」をリリースしたKANDYTOWN。同クルーのYOUNG JUJU、現在はKEIJUとして活動するラッパーが2016年に発表した記念すべきファースト・ソロ・アルバム『juzzy 92'』がアナログ化される。オレンジのクリア・ヴァイナル仕様で完全限定プレスとのこと。客演にもプロデュースにも豪華面子が集結した1枚を、いま改めてヴァイナルで楽しもう。

KANDYTOWNのYOUNG JUJU(現KEIJU)が2016年に発表したファースト・ソロ・アルバム『juzzy 92'』がオレンジのクリア・ヴァイナル/帯付きジャケット/完全限定プレスで待望のアナログ化!

◆ KANDYTOWNのラッパー、YOUNG JUJU(現KEIJU)が2016年に発表したファースト・ソロ・アルバム『juzzy 92'』が待望のアナログ化! 客演にはIO、DONY
JOINT、Neetz、Ryohu、GottzのKANDYTOWN勢に加えてB.D.やFEBB、プロデュースにはKANDYTOWNからNeetzにRyohu、MIKI、Fla$hBackSからFEBBとJJJ、さらにはJashwon、Jazadocument、MASS-HOLE、DJ Scratch Nice、U-LEEが参加! MASS-HOLEのプロデュースで先行カットされた "The Way" やIOとNeetzが参加した "Angel Dust" といったライブでもお馴染みな楽曲や縁の深いB.D.とのコラボによる"Live Now"(プロデュースはJJJ)等を収録した傑作!
◆ 親交の深かったFEBBのレコメンにより、ミックス&マスタリングはベニー・ザ・ブッチャーやカレンシー、スモーク・DZAら多くのドープな作品を手掛けている名エンジニア、ジョン・スパークス(John Sparkz)が担当!
◆ フォトグラファー、嶌村吉祥丸氏が撮影し、イラストレーター/グラフィック・デザイナー、上岡拓也氏とIOがディレクションしたアートワークをベースに、CDにはなかった日本語帯を付属したアナログ盤がオレンジのクリア・ヴァイナル/完全限定プレスでリリース!


[商品情報]
アーティスト:YOUNG JUJU
タイトル: juzzy 92'
レーベル:KANDYTOWN LIFE / BCDMG / P-VINE, Inc.
発売日:2021年11月23日(火)
仕様:LP(オレンジ・クリア・ヴァイナル/帯付きジャケット/完全限定プレス)
品番:PLP-7193
定価:3.740円(税抜3.400円)
Stream/Download/Purchase:
https://p-vine.lnk.to/OAG7L0bu

[トラックリスト]


1. Hallelujah
 Produced by DJ Scratch Nice
2. The Way
 Produced by MASS-HOLE
3. Angel Dust feat. Neetz, IO
 Produced by Neetz
4. Tap This feat. FEBB
 Produced by FEBB
5. First Things First
 Produced by FEBB
6. Skit 24/7
 Produced by MIKI
 Backing Vocal by IO
7. Live Now feat. B.D.
 Produced by JJJ
 Contain a sample from Shota Shimizu "Overflow" (JPSR01200783).
 Licensed by Sony Music Records.
 (P)2012 Sony Music Records


1. Ready
 Produced by JASHWON
2. Prrrr. feat. DONY JOINT
 Produced by Jazadocument
3. Speed Up
 Produced by Ryohu
 Backing Vocal by Ryohu
4. Til I
 Produced by U-LEE
5. DownTown Boyz feat. Ryohu
 Produced by Ryohu
6. Worldpeace feat. Gottz
 Produced by JJJ
 Backing Vocal by Ryohu
7. Outro
 Produced by Jazadocument

All Songs Mixed & Mastered by John Sparkz

Muck Spreader - ele-king

 ジャンルとは境界線とはいったいなんなのだろうか? 全部が隣にあって、時代もなにもかもアーカイヴ化されていて、指先一つでワープが可能な現代、誰かのSpotifyのプレイリストを眺めてみてもごちゃ混ぜで、国も地域も超越している。それでもやっぱりシーンというものはあって、場所がどこかに必要で根っ子にある部分がふとした瞬間に顔を出す。コンピューターの画面の中でどんなにスタイリッシュに先鋭化していっても結局はそんな人間の生身の部分に惹かれていく。

 マック・スプレッダーの『Abysmal』を聞くと頭にそんな考えが浮かんでくる。燃え上がるサウス・ロンドンのシーンを尻目に、そこにひっかかりながらも意に介さず彼らは飄々と存在する。この音楽はいったいなんなんだろう? ブラック・ミディと同じくらいにフラットでごちゃ混ぜ、自分の周りにあるもの(それはもちろん音楽以外のものも含まれる)の全てを鍋にぶち込んで、気怠くアウトプットしたような、マック・スプレッダーの音楽はそんな音楽なのだ。

 たとえばそれは “Would He” の歩みを進めるベースの上に乗ったサックスの音で、そこにギターが重なる、センスが良くて凄まじく格好いい音なのにクダを巻くようなヴォーカルをそこに乗せてグダグダにする。あるいは “A particular Shade Of White” や “Plumbing Problems” の瞑想じみたグルーヴのまどろみの中で語られる物語、僕はそこに生活を感じる。画面が綺麗なだけの映画ではないという魅力、スタイリッシュな画作りの中で路上で酒瓶片手に酔っ払って寝てしまう姿を描いているみたいなラップともしゃべるようなヴォーカルとも違う粘り気のある話かけるようなヴォーカル・スタイル、聞いてくれる相手がいるかどうかはわからないけれどタバコを吹かしながらずっと語りかけてくるようなそれ(しかし結局はひとり言になってしまうのかもしれない)、そんな人間臭い魅力がここにはあるのだ。ジャズがあってパンクがあって、ダブ、ヒップホップにインディ・ロック、サウス・ロンドンのヴェニューで夜毎に繰り広げられていたであろう狂騒の中で生まれた思い、その記憶をグラスの中で混ぜ合わせたようなやさぐれてグダグダで尖った音、マック・スプレッダーが奏でているのはそんな音楽でそれがたまらなく魅力的に映る。

『Abysmal』を聞いてそんなことを考えていたが、実際にマック・スプレッダーはサウス・ロンドンのライヴハウス「ウィンドミル」で生まれたようだ。バンドの中心人物であるヴォーカリスト、ルーク・ブレナン(というかもうこの人の為のプロジェクトのような感じだ)はデイリー・スターのインタヴューでこんな風に語っている。

「元々俺は詩を書いていてハックニーで依存症の問題を抱える人たちの為のスポークン・ワークのイベントを開いていたんだ。そのうちウィンドミルでショーをおこなうようになって、それをバンドをやってる奴らが見て一緒にやらないかって声をかけてきたんだ」

 そうしてルークは観客の中から足りないメンバーを集めはじめた。こいつはギターが弾ける、こいつはヴァイオリンが弾ける、固定されたコア・メンバー以外はそんな風に集められ、かなりの人数が出たり入ったりと流動的なライナップのバンドともコレクティヴとも呼べるようなマック・スプレッダーができ上がっていった。しかしこの集団は一筋縄ではいかない。ファット・ホワイト・ファミリーの登場以降のサウス・ロンドンの雰囲気を身にまといソーリーと一緒にツアーを回るなどシーンと無関係では決してないはずなのに現代のポップ・ミュージックのフォーマットから外れた独自の美学を貫こうとする。
「俺たちが直面した一番の問題はリリースした曲をライヴでやらなくても許されるのか? ってことだった」ルーク・ブレナンは言う、ライヴとレコーディングは完全に別物でライヴは観客が持つ集団的な恐怖感や何が起こるのかという期待感を楽しむものだと。舞台の上でおこなわれるのはその日の空気を表現した即興演奏であってリリースされた曲がそこで披露されることはない。それがたとえデビューEPのリリースを記念してのローンチ・パーティだったとしてもだ。使われなくなった食品倉庫の一角を改装して作られたヴェニューでおこなわれたレーベルメイトであるピーピング・ドレクセルとのライヴにおいて、リリースされたばかりのEP「Rodeo Mistakes」の曲が演奏されることはなかった。
ホドロフスキーのSFコミックに出てくるような探偵をもっとやさぐれさせたみたいな風貌のルーク・ブレナンはくだを巻き、寝転び、観客を見つめる。バンドは目の前のディストピアを祝福するかのようなメロディを奏でて、距離をおいて座る観客はそれぞれに体を揺らす。トランペットが鳴り響く中、最前列の男女がキスをする(ステージなんて見てはいない)。座り込んだルーク・ブレナンは笑顔でそれを眺めて言葉を重ねる、そうして音楽がまた変化していく。YouTubeの画面越しに見る白黒のライヴの映像はまるで映画のシーンを切り取ったかのようだったが、こうやって考えてみるとマック・スプレッダーのスタイルはジャズやフリースタイルのそれに近いのかもしれない。
「完璧なものを作るのが目的ではない。ものごとが完璧な形で組み合わさる必要はないんだ」「曲を覚えて何度も歌詞を歌うのは嫌だし、何かが失われている気がする。昔から写真でも何でも最初に撮ったものが一番で、創造性については本能的に動いているんだ」バンドのインタヴューでもそんな言葉が飛び交うくらいだ、マック・スプレッダーにとってリリースされた音楽はその日までに起こったことの記録という側面が強いのだろう。その日になんでそうなったのかという過程と結果の方が重要でそれをそのままステージの上で再現することには興味はない(彼らはこれをスポーツの試合にたとえていた)。この『Abysmal』にもマック・スプレッダーのそうした思想が反映されていて、それが生々しさやゾクゾクするようなスリルに繋がっている。ここに記録されているのは2021年のサウス・ロンドンに漂うその空気なのだ。

 その空気を考える上で『Abysmal』が〈Brace Yourself〉からリリースされているというのもまた重要だろう。ダンス・ミュージックの名門〈WARP〉や〈Ninja Tune〉がジョック・ストラップスクイッドブラック・カントリー・ニューロードのようなインディ・バンドと契約し、イタリア90やジョン、ピーピング・ドレクセルなどパンクに寄ったギターバンドをリリースする新興レーベル〈Brace Yourself〉からマック・スプレッダーのレコードが出る、そんな状況こそがいまなのだ。ポップ・ミュージックのフィールドでジャズ的な感性を発揮する、ダンス・ミュージックが鳴り響くフロアに向けてギターがかき鳴らされる、ジャンルレスあるいはポスト・ジャンル化が進む現代においてより一層個性が求められている。何を混ぜ何を削るのか、そこにいまを生きる人間の感性が現れる。マック・スプレッダーのレコードは時代との対話だ、そんなことを言いたくなるくらいにここに色々な要素が詰め込まれている。もしかしたらこの中にアンダーグラウンド・シーンの次の形が隠されているのかもしれない、頭の中にぼんやりとそんな考えが浮かんでくる。そうだとしてもそうではなくとも、マック・スプレッダーの音楽は常に疑問を投げかけてくる。ジャンルとは境界線とはいったいなんなのだろうか?

Ryoji Ikeda - ele-king

 電子音楽家、池田亮司による東京では5年ぶりのソロ・ライヴ・パフォーマンスと、2012年から各地で上演が続けられている作品「superposition」の上映が、10月23日(土)WWWとWWW Xにて開催される。両会場を舞台に、ライヴ・パフォーマンスは2回、上映は3回の計5公演が実施。
 そしてこのタイミングで、「superposition」のサウンドトラックCDもリリースされる。「superposition」とは、情報の新たな概念である「量子情報」についての、池田による芸術的探求プロジェクトとして始動したもの。これまでイギリス、アメリカ、コロンビア、ロシアなど世界各地で上演されてきた。初演から10年近くのときを経て、このたびパフォーマンスの音源がCD化される。
 同梱のブックレットには、舞台全体をオペレイトする全シーンのスコア、パーカッショニストが奏でるテキストソースなど、「superposition」を構成する全要素がアーカイヴされている。10月25日発売、限定999部とのことなので、これは逃せません。
 また、10月25日より京都公演の収録映像がcodex | editionのオンラインショップにてオンデマンド配信(有料)される。詳しくは下記より。

池田亮司、東京にて5年ぶりのソロライブパフォーマンスと「superposition」映像上映が決定。
周年を迎えるWWW、WWW Xの両会場を舞台に、知覚の極地へ向かう1日・計5公演を実施。

日本を代表する電子音楽作曲家/アーティスト、池田亮司によるソロライブパフォーマンスと
東京未上演のパフォーマンス作品「superposition」の特別スクリーニングが決定した。

東京でのソロライブパフォーマンスは2016年WWW Xで行われたMerzbowとの共演以来となる。

「superposition」は池田の作品では唯一となる生身の身体(2名のパフォーマー)がステージに登場する作品。
2012年から世界各地で上演され、東京では未上演となっていた。
CD+ブックレットと映像配信の全世界リリースを10月25日に控えており、世界に先駆けてその映像をWWWで特別上映する。

この日は、ライブパフォーマンス2回/上映3回の計5公演を実施。
音そのものの持つ本質的な特性とその視覚化を、数学的精度と徹底した美学で追及する池田亮司。
そのライブパフォーマンスと作品を1日で堪能できる、またとない機会となる。

●WWW & WWW X Anniversaries
 Ryoji Ikeda superposition special screening

日程:2021年10月23日(土)
会場:WWW
料金:各回 前売 ¥1,800 / 当日¥2,300(自由席)

開場/開演:
-1st 12:00/12:30
-2nd 16:00/16:30
-3rd 18:30/19:00
*上映時間は約60分となります。
*3rd setのみ、WWW Xで行われるlive set(2nd)と同時間帯の上映となります。

チケット情報(全公演共通):
先行予約 9月22日(水)18:00 - 9月26日(日)23:59 (先着受付)
一般発売 10月2日(土)10:00
受付URL:https://eplus.jp/ryoji-ikeda-1023/

公演詳細:https://www-shibuya.jp/schedule/013788.php
問い合わせ:WWW 03-5458-7685

●WWW & WWW X Anniversaries
 Ryoji Ikeda live set

会場:WWW X
出演:池田亮司 / Ryoji Ikeda
料金:各回 前売 ¥5,000 / 当日¥5,500(オールスタンディング/ドリンク代別)

開場/開演:
-1st 13:30/14:30
-2nd 17:30/18:30

チケット情報(全公演共通):
先行予約 9月22日(水)18:00 - 9月26日(日)23:59 (先着受付)
一般発売 10月2日(土)10:00
受付URL:https://eplus.jp/ryoji-ikeda-1023/

公演詳細:https://www-shibuya.jp/schedule/013790.php
問い合わせ:WWW X 03-5458-7688

※本公演は「ライブハウス・ライブホールにおける新型コロナウイルス感染拡大予防ガイドライン」に基づいた対策を講じ、お客様、出演者、スタッフの安全に最大限配慮した上で、従前の50%以下のキャパシティにて実施いたします。チケットのご購入、ご来場の際は必ず「新型コロナウィルス感染拡大予防に関する注意事項」(https://www-shibuya.jp/news/013186.php)にてご注意事項の確認をお願いいたします。

Ryoji Ikeda
1966年岐阜生まれ、パリ、京都を拠点に活動。 日本を代表する電子音楽作曲家/アーティストとして、音そのものの持つ本質的な特性とその視覚化を、数学的精度と徹底した美学で追及している。視覚メディアとサウンドメディアの領域を横断して活動する数少ないアーティストとして、その活動は世界中から注目されている。音楽活動に加え、「datamatics」シリーズ(2006-)、「test pattern」プロジェクト(2008-)、「spectra」シリーズ(2001-)、カールステン・ニコライとのコラボレーション・プロジェクト「cyclo.」(2000-)、「superposition」(2012-)、「supersymmetry」(2014-)、「micro | macro」(2015-)など、音/イメージ/物質/物理的現象/数学的概念を素材に、見る者/聞く者の存在を包みこむ様なライブとインスタレーションを展開する。これまで、世界中の美術館や劇場、芸術祭などで作品を発表している。2016年には、スイスのパーカッション集団「Eklekto」と共に電子音源や映像を用いないアコースティック楽器の曲を作曲した新たな音楽プロジェクト「music for percussion」を手がけ、2018年にCDをリリース。2001年アルス・エレクトロニカのデジタル音楽部門にてゴールデン・ニカ賞を受賞。2014年にはアルス・エレクトロニカがCERN(欧州原子核研究機構)と共同創設したCollide @ CERN Award受賞。
www.ryojiikeda.com

2012年から世界各地で上演を続けている池田亮司のパフォーマンス作品『superposition』のサウンドトラックCDとブックレットをcodex|editionから限定999部でリリース、2021年9月22日よりプレオーダー開始。10月25日より公演収録映像をオンデマンド配信。

アーティスト:Ryoji Ikeda
タイトル:superposition [cd+booklet]
レーベル:codex | edition
品番:CD-003
税込価格:5,500円
発売日:2021年10月25日(月)
(デジタル音源も同日リリース予定)

●superposition [cd+booklet] (2021.10.25 リリース)
*12トラック収録(全54分)のCDと96ページのブックレットのセット
*限定999部、エディションナンバー入りカード付き
*9月22日(水)20時(JST)よりcodex | editionのオンラインショップ(www.codexedition.com)にてプレオーダー開始
*10月23日(土)WWWにて先行販売実施予定(要入場チケット)

●superposition [video on demand] (2021.10.25 リリース)
*2013年10月のKYOTO EXPERIMENTでの公演(於 京都芸術劇場 春秋座)を収録、編集した4K映像をオンデマンド配信開始(有料)
*10月25日(月)よりcodex | editionのオンラインショップ(www.codexedition.com)にて配信開始予定

Jamire Williams - ele-king

 新世代のジャズ・ドラマーとして頭角を現し、ジェフ・パーカーやヴルフペックの作品に参加、プロデューサーとしてもソランジュなど、多くの作品に関わってきたジャマイア・ウィリアムス。彼の5年ぶりとなるソロ・アルバム『But Only After You Have Suffered』が11月24日にリリースされる。ここ5年の彼の試みを凝縮した、集大成に仕上がっているようだ。カルロス・ニーニョやサム・ゲンデルらも参加。チェックしておきましょう。

JAMIRE WILLIAMS『But Only After You Have Suffered』

ソランジュ、モーゼス・サムニー、ブラッド・オレンジ等の作品にも名を連ね、パット・メセニ ーからロバート・グラスパー・トリオまで、数々のライヴで圧巻のプレイを見せてきた現在のジャズ・シーンでも圧倒的な存在感を誇るジャマイア・ウィリアムス。自身のサウンドの頂点を目指した、音楽の旅の集大成となる5年振りのアルバムが、日本限定盤ハイレゾMQA対応仕様のCDでリリース!!

Brandon Owens – bass guitar / Carlos Niño – percussion / Chassol – keyboards, synthesizer, programming / Corey King – vocals / Jason Moran – piano / Josh Johnson – mellotron, synthesizer, programming / Matthew Stevens – lead guitar / Sam Gendel – guitar synthesizer, alto saxophone / etc.......

ジャズ・ドラマーとしてNYで活躍していた頃から、ジャマイア・ウィリアムスは自身の表現領域を拡張し、深化させてきた。このアルバムには、作曲家/プロデューサーとしての彼が到達した、複合的で美しいアートが刻まれている。ジェイソン・モランやコーリー・キングからサム・ゲンデルやシャソルまで、彼が歩んできた音楽の旅で出会った才能が、このアルバムを更に輝かせている。(原雅明ringsプロデューサー)

アーティスト : JAMIRE WILLIAMS(ジャマイア・ウィリアムス)
タイトル : But Only After You Have Suffered(バット・オンリー ・アフター・ユー・ハヴ・サファード)
発売日 : 2021/11/24
価格 : 2,800円 + 税
レーベル/品番 : rings (RINC81)
フォーマット : MQA-CD
バーコード : 4988044070271

*MQA-CDとは?
通常のプレーヤーで再生できるCDでありながら、MQAフォーマット対応機器で再生することにより、元となっているマスター・クオリティのハイレゾ音源をお楽しみいただけるCDです。

Official HP : https://www.ringstokyo.com/jamirewilliams

Anthony Naples - ele-king

 夏も終わろうとしている。じょじょにではあるが気温も下がり、肌が冷たくなるのを感じる。UKとは違い、こと日本において「夏の狂騒」なるものはほぼなかった(というか禁止された)わけだが、それでもやはり、こうして季節の節目を予感すると、なにか僕のなかの気分も変わってゆくような……。クレイジーなクラブ・バンガーもおおいに結構だけれど、いまは少し落ち着きたい。良質なハウスを提供していたアンソニー・ネイプルズが、こうしてアンビエント、あるいはダウンテンポへ急接近したことは、まさにいまの移ろいにフィットする。『Chameleon』は来る秋のための、あるいは夏に失望させられたひとのためのサウンドトラックになりうる作品だ。

 ニューヨークのアンソニー・ネイプルズは、〈Mister Saturday Night〉や〈The Trilogy Tapes〉などからいくつかの12インチをドロップ。現在は自身のレーベル〈Incienso〉と〈ANS〉を拠点に、前者ではDJパイソンダウンステアズJのような才能を紹介しつつ、後者では自身の近年作をリリースしている。フォー・テットによる〈Text Records〉からドロップされた2015年の『Body Pill』にはじまり、自身の〈ANS〉における2019年の『Fog FM』までを俯瞰すると、彼のフルレングス作品はクラブ/フロアから得られた反応をアルバムへ落としこんだ印象が強かったが、『Chameleon』では大胆と言えるほどにダンス・ミュージックから離れており、彼にとって初めて、シンセサイザー、ギター、ベースやドラムといった楽器の生演奏を主軸に制作されたという。

 全編を通して落ち着いたアンビエンスが充満しているものの、それは聴き手の邪魔をしないサウンドに終始するのでなく、ベースとの絶妙な絡み合いを生み出しながら、ときにエレクトリック・ギターは躍動し、ドラムは有機的に働き、そして随所にシンセのデジタルな音が散りばめられている。そのなかでもとりわけ、エレクトリック・ギターを中心に作られたサウンドスケープが驚きをもって迎えられるべき点だろう。タイトル・トラックの “Chameleon” ではフェイザーをぐっとかけたギターの反復が重要な役割を果たしているし、“Massive Mello” におけるギターのストロークとベースのコンビネーションは素晴らしく、後半における短いギター・ソロでは、万華鏡のようなサイケデリアすら感じさせる。

 近い雰囲気を持つアルバムとして2018年の『Take Me With You』がある。しかしそれはクラブで踊ったあと、友人たちと誰かの家でくつろぐムードを表現した、アフターアワーのための音楽であった。むしろ『Chameleon』において、クラブやそれに付随するあれこれはもはや無関係と言える。インタヴューによれば、いくつかの曲はホルガー・シューカイやハルモニアなどのクラウト・ロックから影響を受けたと語るし、ロックダウンで長らくすみに追いやられていた過去のレコードをたくさん聴いたとも。そこにはA.R.ケーン、コクトー・ツインズ、コナン・モカシン、はてはニール・ヤングまでもが含まれている。この取り留めのない聴取の経験がサウンドそのものに影響を与えたとは感じないが、今作がフロアにまったく縛られていないことはこの事実からもひしひしと感じる。アンソニー・ネイプルズは今作において、DAWを立ち上げたモニターを前に座るハウス・プロデューサー然とした態度を選ばなかった。その代わり、小さなループ・ペダルと OB-6 のシーケンサーを手に取り、ひとりで自由なジャム・セッションらしきもの──本人はそれについて、楽器を嗜んでいた子どものころを思い出したと語る──をえんえんと続けた。その結実が『Chameleon』の音世界なのだ。

 また、『Chameleon』には言葉が見当たらない。もちろん歌詞はないし、それぞれのタイトルの多くがひとつの単語のみであり、音楽において一般的に具わる、言葉を通した聴き手への語りかけはほとんどない。いや、むしろ言葉がないからこそ、僕はこの音楽に耳をそばたて、ひとり目を閉じながら想像をふくらませるのかもしれない。しかし、それでもなお言葉に着目するならば、クローザーにおける “I Don’t Know If That’s Just Dreaming”、「夢を見ているのかどうか、私にはわからない」と。これはひとつの手がかりになるだろう。つまり、今作は夢見心地のアンビエントやダウンテンポではなく、夢にいるのかどうか、そのはざまで揺れ動き、聴き手の想像力を喚起しながら、いつのまにかどこかへ連れていってしまう音楽なのだ。写真家であり妻のジェニー・スラッテリーとダウンステアズJによるアートワークも示唆に富む。秋に咲く彼岸花の写真は意図的にゆがみ、ねじ曲げられている。それは少なからず音楽の危機を感じた今夏を経た僕(ら)にとって、これからのゆくすえを考えさせるような意味を持たせる。ほんとうに、聴いていると、思いもよらぬ考えごとや空想があれやこれやと押し寄せてくるじゃないか。

Richard H. Kirk - ele-king

野田努(9/22)

 日本時間の昨晩、キャバレー・ヴォルテール(通称ザ・キャブス)の活動で知られるリチャード・H・カークが9月21日、65歳で亡くなったことを〈ミュート〉が発表した。昨年11月はキャバレー・ヴォルテールとしては26年ぶりのアルバム『Shadow of Fear』を発表し、エレキングの取材も快く答えてくれたカークだが、いまあらためてその記事を読み返してみると、すでに体調に問題があったのだろうか、取材中に何度か咳き込む様子が記されている。いずれにせよ悲しいことだ。各国の主要メディアが報じているように、偉大な音楽家/アーティストがまたひとりいなくなってしまった。

 1973年のイギリスのシェフィールドという地方都市で、リチャード・H・カークを中心に、クリス・ワトソンにスティーヴン・マリンダーという3人の“ダダ中毒”によって結成されたキャバレー・ヴォルテールは、パンク以降の音楽シーンにおいて未来を切り開いた重要なバンドのひとつだった。ブライアン・イーノが提唱した「non-musician」(音楽を作るのに音楽家である必要はない)という考え方に感化され、アブストラクトなテープコラージュから出発した彼らは、自らを「ミュジーク・コンクレートのガレージ版」と呼んだように、いわばアヴァンギャルドとパンクとの融合を実現させた第一人者でもあった。(初期の音源は2019年に〈ミュート〉から再発された『1974-76 (1974-76)』で聴ける)

 個人的な話で恐縮だが、彼らの初期の代表作“Nag Nag Nag”で見せた原始的なドラムマシンとテープ操作による反復、シンセサイザーと電子ノイズにスポークンワードめいた声といったキャブスのスタイルは、それが出たとき高校生だったぼくには、音楽に対する感受の仕方をいきなり押し広げられたような、相当な衝撃があった。また、彼らは政治的でもあり、予見的でもあった。ヴェルヴェッツのカヴァーを収録し、“バーダー・マインホフ”で締める『Live At The Y.M.C.A.』(1980)をはじめ、レーガン政権下で右傾化するアメリカを題材とした『The Voice Of America』、そしてイスラム主義の台頭を主題とした「Three Mantras」(1980)という、アメリカと中東における原理主義や宗教の政治介入に対する彼らの関心はその後のアルバム『Red Mecca』(1981)にも集約されている。こうしたコンセプトはリアルタイムで聴いていた10代の頃には何のことかさっぱりだったけれど。(ちなみに高校1年生の石野卓球が静岡のぼくの実家に遊びに来たときにぼくのまだわずかながらのレコード・コレクションを見て最初に反応したのがキャブスだった。いまでもその場面を鮮明に憶えている。お互い初めて会ったそのとき、「それ俺も好きです」とかなんとか、そんなようなことを彼は言った)
 1981年にクリス・ワトソンが脱退し、カークとマリンダーのふたりになってからの第二期は、レーベルも〈ラフトレード〉から〈サム・ビザール〉またはメジャーの〈パーロフォン〉へと変わって、音楽も実験色の強いコラージュ的なものからダンス・ミュージックへと路線変更された。80年代のキャブスは、“Just Fascination”(1983)や“Sensoria”(1984)、“I Want You”(1985)などポップ・チャートに入っても不自然ではないような曲をいくつか発表している。もちろんこうした彼らのエレクトロニック・ダンス・ミュージックは、同時代のアメリカのアンダーグラウンドなブラック・コミュニティで始動したダンス・カルチャーと併走し、そしてやがて合流した。カークは1989年から数年のあいだ地元のハウスDJ、パロットと結成したスウィート・エクソシストを介して〈Warp〉を拠点にブリープ・テクノ・ダンス・トラックの 12インチを切り、1990年のキャブスの12インチ「キープ・オン」においてはデリック・メイによるリミックス・ヴァージョンを収録している。それまでの方向性を考えれば必然だったと言えるかもしれないが、ポスト・パンク世代ではハウス‏/テクノに対してのダントツに素早い反応だった。あの当時はカークのその行動に痺れたし、自分たちの選んだ道は間違っていないとずいぶん勇気づけられもした。

 ハウスやテクノといったクラブ・ミュージックとの出会いを機に、リチャード・カークとキャバレー・ヴォルテールは、いっきにアンダーグラウンドヘと潜っていった。1990年代以降のカークは〈Warp〉や〈R&S〉、〈Touch〉といった先鋭的なインディペンデント・レーベルからソロ名義のほか、サンドズ名義をはじめとする数々の名義で作品を発表するようになる。90年代半ばにはキャブスからマリンダーも離れてしまうが、結果ひとりになってからもカークはひたすら作品を制作し、彼自身の〈Intone〉レーベルなどから、カーク本人でさえもとてもすべてを覚えられなかったのではないかと思われるほどのたくさんの名義を使ってテクノ‏/アンビエントの作品のリリースを停止することなく続けた。
 その数はあまりに多く、彼のすべての作品をチェックしている人がどれほどいるのだろうかと思う。ぼくは1994年のサンドズ名義の『Intensely Radioactive』と同年のソロ名義による〈Warp〉からの『Virtual State』、そしてマリンダー在籍時のキャブスの最後のアルバム〈Apollo〉からの『The Conversation』の3枚がお店で購入した最後のレコードだった。それは以降は、2000年代初頭のポスト・パンク・リヴァイヴァル時にいっしゅん初期の音源を聴き直したことはあったかもしれないが、2010年代に〈ミュート〉が80年代のキャブス作品を中心に再発するまでは、キャバレー・ヴォルテールもカークも自分のリスニング生活とはほとんど無関係だったことは否めない。それは個人的ではあるが、1979年/1980年のキャブスに心底震えた世代にとってありがちなコースだったのではないだろうか。(ゆにえ、まだ聴いていない彼の作品はあまりにも多くあるとは言える)

 2020年11月にキャバレー・ヴォルテール名義としては26年振りにリリースした『Shadow of Fear』は、カークのなかの“ファンク”が噴出した生命力ある力作で、そしてまた、初期の作品を彷彿させる言葉のカットアップを効果的に使った作品でありディストピックで暗示的なアルバムでもあった。その破壊的な迫力と否定の力に、カークの芸術的始祖のひとりであるトリスタン・ツァラもさぞかし歓喜したことだろう。が、しかし65歳とは、やはり早すぎた。今年に入ってからは3月にキャバレー・ヴォルテール名義での1曲およそ50分の『Dekadrone』と1時間にわたる『BN9Drone』という2枚のドローン作品をリリースしているが、彼は結局、ぶっ倒れるまで作り続けたのだろう。「彼は最後まで、ハングリーでアングリーでファンキーだった」とは『ガーディアン』の追悼記事の見出しだが、いやまったく、本当にその通りだ。

野田努

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三田格(9/24)

 ele-king臨時増刊号メタヴァース特集のために原稿を書きながらキャバレー・ヴォルテールがこの春にリリースした『Dekadrone』を聴き直し、漠然と初期のインダストリアル・テイストをロング・ドローンでやり直している感じかなあと思っていたら、深夜になってリチャード・H・カークの訃報を目にした。第一報では死因は不明とあった。亡くなったことを知って聴くのとそうでないのとでは聴き方がまったく変わってしまう。え、死んじゃったの!と思って、もう一度『Dekadrone』を再生すると、今度はなんともオプティミスティックで、近年のデッドロックな気分を反映したドローンとは正反対の高揚感がダイレクトに耳を打ってきた。「デカドロン」というのはステロイドの一種であるデキサメタゾンとドローンを足して、イタリアの古典文学「デカメロン」と掛けた造語のようで、おそらくはカークが最後まで服用していた抗炎症薬を題材としたものなのだろう。LSDを開発した製薬会社サントスの名義で10枚以上のアルバムを残した男である。デカドロンという薬にも大きな希望を見出していたのかもしれない。

 訃報を目にして最初に思い出したのはなぜかメジャーフォースの工藤(昌之)さんに聞いた話だった。キャブスが初めて来日し、新宿のツバキハウスでライヴを行なった後、彼らは工藤さんがDJを務めていた六本木クライマックスに遊びに来たというのである。そして、キャブスの3人はナンパをはじめたんだよと工藤さんは笑いながら言った。僕もつられて笑い、旧ベイシング・エイプのスタジオは俗っぽい雰囲気でいっぱいになってしまった。工藤さんが言いたかったことはこうだろう。インダストリアル・ミュージックの急先鋒として喧伝されていたキャバレー・ヴォルテールは当時、神格化ではないけれど、どこか恐れ多い雰囲気に包まれていた。でも、そんなことはなくて、当時から彼らは人間味のある人たちだったんだよと。クライマックスは狭いハコで客がすし詰めになっているようなこともなかったから、ナンパなんかしていれば、ほぼ全員に何をやっているかわかってしまうクラブである。チーク・タイムという習慣を最初に辞めたハコであり、陰湿な性格には似合うスペースではなかった。ちなみにツバキハウスのライヴを収めた『Hai!』は名作ながらマスター・テープを紛失し、〈Mute〉の復刻版はアナログ起こしだという。

 〈Rough Trade〉の3枚目ということもあり、キャブスはデビューEPから聴いていた。正直、ピタッと来る感じではなく、いま聴いてもカンの粗雑なコピーみたいに聞こえてしまう曲も多い(それでも全部買っていたのは『ロック・マガジン』がプッシュしていたから)。それが先行シングルもなく、ふいに2枚組でリリースされた4thアルバム『2X45』で僕は彼らの編み出したインダストリアル・ファンクにめろめろになってしまった。『2X45』はインダストリアル・ミュージックとファンクの官能性をものの見事に融合させ、ボディ・ミュージックや遠くはハード・ミニマルに至るまでダンス・ミュージックのアンダーグラウンド化に多大な導線を示した作品である。それこそヴァージン・プルーンズのギャビン・フライデーは『2X45』を聴いて「自分たちはもっといいディスコ・レコードをつくれる」とコメントしていたけれど、カークによればそれまでもダンス・ミュージックをやっているつもりはあったようで、クリス・ワトスンが脱退したことで思いっきり舵を切ることができた結果が『2X45』だったという。しかし、さらに驚かされたのは、続く『The Crackdown』だった。『2X45』以前のインダストリアル・テイストを大幅に回復させ、有象無象のブリティッシュ・ファンク・ブームとは一線を画すオルタナティヴ・ファンクの流れがここに確立される。『The Crackdown』がなければそれこそフロント242もタックヘッドもなかったかもしれない。

 キャバレー・ヴォルテールとフラ、そして、フォン・フォースがシェフィールドをダンス・カルチャーに引きずり込み、やがて〈Warp〉が設立される。〈Warp〉ではただひとりの創設メンバーとなってしまったスティーヴ・ベケットは早くからキャバレー・ヴォルテールのアルバムを出したがっていたけれど、彼の思いはかなり歪んだかたちで実現する。シェフィールドでは逸早くアシッド・ハウスに手を出し、現在もクルックド・マンなどの名義でアシッド・ハウスの改良に余念がないDJパロットがカークを誘って二人はスウィート・イクソシストを結成、設立当初の〈Warp〉に“Testone”を吹き込み、「ブリープ」と呼ばれるタームを引き起こす。LFOのビッグ・ヒットもあって「ブリープ」は〈Warp〉を認知させる大きな要因となるも、ここからが少しややこしい。〈Warp〉の創設メンバーのひとり、ロブ・ゴードンはイギリス人がハウスやテクノをやるならアメリカとは違ってレゲエのリズムを取り入れなければならないと主張し、もうひとりの創設メンバー、ロブ・ミッチェルと対立、レーベルから離脱してユニーク3のプロデュースに専念する。この対立を受けてカークは〈Warp〉ではなく、ロブ・ゴードンとゼノン(XON)というユニットを組み、さらに「ブリープ」を推し進める。その本質は「信号音」ではなくレゲエのリズムにあることが明らかとなり、これはスウィート・イクソシストのアルバムがいまでもグローバル・ミュージックの文脈で聴くことができる土台にも通じている(カークはレゲエをメインとしたサントスもほぼ同時にスタートさせる)。

 以後は、スウィート・イクソシストの新作もカークが新設した〈Plastex〉からのリリースとなり、キャバレー・ヴォルテールの新作も同レーベルを通じて〈R&S〉傘下の〈Apollo〉にライセンスされることに。リチャード・H・カークが〈Warp〉からソロ・アルバムをリリースするのは〈Plastex〉を閉鎖した1994年を待ってからであり、カークがテクノというタームと格闘を続けた91~93年を〈Warp〉が共有できなかったことは〈Factory〉とニュー・オーダーの関係とは異なる気分を浮上させ、できれば本人からもっと詳しい事情を聞いてみたかったところでもある。〈Apollo〉にライセンスされた『The Conversation』は、そして、ようやくレイヴ・カルチャーと距離が取れるようになった作品として完成度も高く、2020年に復活を果たすまでカークにとっても超えられない壁となってしまった感もなくはない。アシッド・ハウスの波に飲み込まれてしまい、自分でもキャバレー・ヴォルテールの作品らしくなかったと述懐していた『Groovy, Laidback And Nasty』やアシッド・ハウスに対抗してミニストリーと組んだアシッド・ホース、あるいはテクノにオリジナリティを見いだすことができなかった『Plasticity』とは異なり、『2X45』や『The Crackdown』をテクノで再構築した『The Conversation』はゆったりとした官能性を呼び戻し、ようやくオルタナティヴ・ファンクの本流に返り咲くことができた傑作だった。2時間を超える大作にもかかわらず、まったく飽きさせないのはさすがとしか言いようがない。

 リチャード・H・カークがさらにスゴいと思うのは自分の音楽を先入観をもって聞かれたくないために40以上の名義を使い分けたことである。『Red Mecca』や『Three Mantras』など早くから西欧とイスラムの衝突に関心があったというカークは、ジョージ・ブッシュがイラクに戦争を仕掛けた際はバイオケミカル・ドレッドの名義で『Bush Doctrine』をリリースして奇天烈なレゲエを聞かせ、ヴァスコ・ドゥ・メント名義ではさらにインダストリアル・ダブをこじらせていく。イクステンディッド・ファミリー(拡大家族)とかニトロジェン(窒素)とか気になるネーミングはたくさんあるけれど、さすがにすべてはフォローできない。どの名義だったか忘れてしまったけれど、ある時、石野卓球とカークのソロ作を聴いていて、卓球が「いまどきダダダッてプリセット音をそのまま使うのは彼だけだよ」と笑っていたことを思い出す。そう言われるまで僕は気がつかなくて、以降、ダダダッというプリセットのスネア音を聴くとリチャード・H・カークのことを思い出すようになってしまった。それこそダダイズムだし。R.I.P.

三田格

Riki Hidaka + Jim O' Rourke + Eiko IshibashiI - ele-king

 日高理樹(リキ・ヒダカ)は、彼の音楽がそうであるように、生粋のボヘミアンなのだろう。いまの日本では絶滅に近い、社会の規範に囚われることがないいわば自由人。いったい彼は何のために音楽を作っているのだろうか。崩壊したフォークソング、解体されたギター、無調と調性とを超えた響き、アマチュアリズムと実験……。
 ぼくが彼の音楽を初めて聴いたのは2016年の『Abandoned Like Old Memories』だったが、当時もいまも、彼はエスタブリッシュな音楽シーンにはいない。それはこの世界の秘密の入り口から下っていく地下室においてのみ演奏され、そこに遙々やって来た者たちのみが耳にすることができると、まあそんなところだ。

 しかしながら彼の彷徨にも、どうやら拠点と呼べる場所があるらしい。2005年10月に広島の中区にオープンしたレコード店〈Stereo Records〉である。LAで生まれ東京で育ち、NYでも数年ほど暮らしていたこの旅人がどうして広島なのか。2012年の夏、彼が貧乏旅行で日本を横断していたとき、ちょうど広島に着いたところで出会ったのが同店の店長、神鳥孝昭だったのである。風来坊というよりも浮浪者然とした日高に風呂場を教えて夕食をともにした神鳥が今夜はどこに泊まるのか訊いたところ日高は公園のベンチで寝るというので、だったらうちに泊まれと、こうしてふたりの関係ははじまったという。
 とはいえ、最初の出会いの時点では、神鳥にとって日高はただのおかしな若者である。神鳥が、日高が音楽をやっていることを知ったのはその出会いから1年後のことだった。2013年5月、広島でライヴを企画した際、友人づてにミュージシャンとして紹介されたのである。
 こうして日高と再会した神鳥だが、初めて聴いた彼の音に震えを覚えたという。そして、神鳥がレーベルをはじめようとしたときに、最初のリリースを日高理樹のアルバムにすることに迷いはなかった。2014年4月に、彼の『POETRACKS』のアナログ盤がRECORD STORE DAYに合わせて発売された。ぼくが最初に聴いた日高のソロ作品『Abandoned Like Old Memories』も〈Stereo Records〉からで、これはレーベルにとって3番目のリリースだった。(2番目のリリースはJan and Naomiでの活動で知られるJanと日高の共作によるサイケデリック・フォークの『Double Happiness in Lonesome China』)
 
 この頃神鳥は、人伝いではあったが石橋英子が日高を面白いと思っているという話を耳にし、アイデアが閃いた。2017年6月に広島の〈CLUB QUATTRO〉と愛媛の〈どうごや〉で神鳥が企画したライヴ公演にまず石橋英子とジム・オルークに声をかけた。それからふたりに当時はNY在住だった日高理樹のことを話し、ジョイント・ライヴを提案した。このアイデアに石橋とオルークは協力的だった。神鳥と石橋は話し合い、その結果公演は三部構成となって、最後を3人によるセッションで締めることにした。
 結果、6月6日の広島公演がこのトリオの最初の演奏になったわけだが、それがプロジェクトのはじまりとなった。3人は、2017年12月には、再度〈Stereo Records〉主催で東京と山梨でのライヴも実現させた。その山梨でのライヴのための滞在中、〈八ヶ岳星と虹レコーディングスタジオ〉においてセッションした記録をもとにオルークがエディットして、ミキシングを施した結果が本作『置大石』である。楽器は日高がギター、石橋がフルートとピアノ、オルークがシンセサイザーを担当している。
 
 “置_置_置”と“置___置___置”という謎めいた曲名の2曲が収録されている本作『置大石』(おきおおいし、と読むのだろうか)は、透明で美しいが抽象的で途方もなく、つかみ所がないかもしれない。しかも極めて静的なこの音色とテクスチュアの冒険は、外側だけ聴けばほとんど変化がないように感じられるかもしれないが、じつはその内部で変化している。ひょっとしたら、滲んだ水彩画さもなければ水墨画のように視覚的に再生されるかもしれない。
 レコードで言うA面の“置_置_置”では、抽象性の高いトーンが呼吸しているかのように途切れては鳴り、その幽妙な広がりの遠くからギターのドローンが響いている。曲のなかば過ぎから音は空間を包囲するように広がり、この空間は終盤に向け密度を増し、そして消えていく。
 石橋英子のピアノからはじまるB面の“置___置___置”は、その魅惑的な旋律にオルークのシンセサイザーと日高のギターがテクスチュアを描きながら展開する。ドローンのなかに石橋のフルートが加わると、音楽の背後からは平穏な気配がスローモーションで立ち上がり、やがてわずかな旋律はギターにゆだねられる。
 先述したようにこの2曲のミキシングはジム・オルークによるもので、彼はこの日常でも非日常でもない、いわば完結なきひとつの連続体のような曲における音のひとつひとつを調整し、静的で不規則的だが循環性のあるこれらの音響に輪郭を与えている。おそらくはオルーク自身もこの音楽のリスナーのひとりとして再構築したことだろう。
 また、レコード盤のレーベル面には〈Stereo Records〉の神鳥孝昭と〈八ヶ岳星と虹レコーディングスタジオ〉のオーナー、藤森義昭への感謝が記されている。この音楽は彼らとの出会いによって生まれているわけだが、ぼくがこのreviewの前半で書いているのは、日高と神鳥との出会いを軸にした話であって、山梨からやってきた石橋とオルークのふたり──音楽における静かな川の流れの深みのようなアーティスト──を軸にすればまたもうひとつの物語がある。そのふたつの物語の出会いが、このレコード(ないしはCD)に記録されている音楽と化したと。
 リスナーがこの音楽を聴いていてなにか胸のすく思いを感じられるとしたら、それはきっと彼らの出会いによって創出された感覚であり、そしてまた、リスナーが朝靄のかかったかのような、この空間にまでたどり着けたことへの喜びゆえであろう。(敬称略)

映画の歴史を変えた男、ジョージ・A・ロメロとは何者だったのか

『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』(1968年)、『ゾンビ』(1978年)、『死霊のえじき』(1985年)の「ゾンビ」三部作により、映画の世界に「ゾンビ映画」という映画史に残る大発明をした男、ジョージ・A・ロメロ。

このたび、お蔵入りとなっていた幻の非ゾンビ映画『アミューズメント・パーク』が発掘され、一般公開されることに。デビュー作『ナイト~』とブレイク作『ゾンビ』の間をつなぐ時期にあたる1973年に撮影された本作を基点に、改めてロメロという映画作家の本質に迫ります!

内容
・ジョージ・A・ロメロ伝
・スザンヌ・ロメロ(ジョージ・A・ロメロ財団)インタヴュー
・パオロ・ゼラティ(「Twilght of the Deat」脚本家)インタヴュー
・大槻ケンヂ、ロメロの魅力を語る
・幻の未公開作『アミューズメント・パーク』
・全作品レヴュー
・ロメロの遺伝子──ロメロの影響下にある作品紹介

執筆者
伊東美和、稲継美保、ノーマン・イングランド、氏家譲寿(ナマニク)、宇波拓、恵木大(ヒロシニコフ)、上條葉月、木津毅、キヒト、児嶋都、児玉美月、後藤護、高橋ヨシキ、てらさわホーク、とみさわ昭仁、麓隆次、真魚八重子、森本在臣、山崎圭司、山崎朋

目次

●レポート Living Dead Museum(ノーマン・イングランド)
●アミューズメント・パーク
 イラスト 児嶋都
 雇われ仕事でもやるなら徹底的に。アミューズメント・パークという名の地獄の楽園(ナマニク)
●クロスレビュー『ザ・クレイジーズ』&『マーティン』
 何ひとつ噛み合わない人びとの営み、ひたすら拡大し続ける混沌。そこに不気味なリアリティがある(てらさわホーク)
 連鎖する赤と狂気(木津毅)
 居場所のない絶望(キヒト)
 散種されたクィアな “ヴァンパイア” の魂(児玉美月)
●ジョージ・A・ロメロ バイオグラフィー(伊東美和)
●インタヴュー
 スザンヌ・デスロチャー・ロメロ「ホラーというジャンルもリスペクトされるべき」(ノーマン・イングランド/翻訳 児嶋都)
 パオロ・ゼラティ「ジョージがゾンビ・サーガの決着をどうつけるつもりだったのか伝えたい」(ノーマン・イングランド/翻訳 児嶋都)
 大槻ケンヂ、ロメロの魅力を語る
●作品レヴュー
 68年のインディペンデント映画としての『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』(上條葉月)
 ホラーの巨匠が若き日に挑んだ異色のロマンティック・コメディ『There's Always Vanilla』(児玉美月)
 『悪魔の儀式』と「ルーシー・ジョーダンのバラード」(高橋ヨシキ)
 熱力学と人間嫌悪に抗して──『ゾンビ』(後藤護)
 ゴブリンによる音楽がアルジェント版『ゾンビ』に与えたもの(てらさわホーク)
 ドラゴンと戦い続けるために──『ナイトライダーズ』は走り続ける(高橋ヨシキ)
 ロメロとキングのECコミック偏愛──『クリープショー』(森本在臣)
 製作過程の紆余曲折が生んだポリティカルな寓話──死霊のえじき(ヒロシニコフ)
 異常心理の世界に挑む──『モンキー・シャイン』(山崎圭司)
 ロメロのアンビバレンツを内包した映画『ダーク・ハーフ』(麓隆次)
 「お呼びとあれば!」メジャーに牙剥く、ロメロの頑固な恨み節──『URAMI~怨み~』(ナマニク)
 ロメロのゾンビが帰ってきた!──『ランド・オブ・ザ・デッド』(てらさわホーク)
 失われることのないプロトタイプの強靭さ──『ダイアリー・オブ・ザ・デッド』(真魚八重子)
 インディペンデント映画の雄による白鳥の歌──『サバイバル・オブ・ザ・デッド』(宇波拓)
 短編・CM・MV──ロメロのお仕事アラカルト(山崎圭司)
 ロメロの素顔とホラー映画への理解が深まるドキュメンタリー4作(山崎圭司)
 玉石混交? リメイク作品の数々(伊東美和)
●論考
 ロメロ以前のゾンビ映画からみるロメロの革新性(キヒト)
 ライブラリ音楽と創造性(宇波拓)
 ゾンビウォークからゾンビハンドへ──ゾンビの左手、人間の右手(後藤護)
 ゾンビを演じる(稲継美保+山崎朋)
●ロメロの遺伝子
●プロフィール

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SHAKKAZOMBIE - ele-king

 タイトルからもわかる通り、今年1月に亡くなった BIG-O ことオオスミタケシ氏へのトリビュートとして制作された、SHAKKAZOMBIE の〈cutting edge〉期の楽曲をリミックス/リメイクした6曲入りのEP。BIG-O および SHAKKAZOMBIE とも関わりの深いアーティスト、あるいは彼らに影響を受けた若い世代のプロデューサーやラッパーが参加し、時代的には90年代後半から2000年代前半に作られた楽曲を、いまのサウンドへとアップデートさせながら、同時に制作サイドの強い思いが滲み出る、非常に意義深い作品にもなっている。

 日本のヒップホップ・シーンの黎明期とも言える90年代半ばにデビューした SHAKKAZOMBIE であるが、同時代の様々なアーティストが日本人としてのヒップホップの表現方法というものを模索する中、彼らもまた独自のオリジナリティを築き上げていき、その結晶とも言えるのが、〈cutting edge〉からリリースした3枚のアルバム『Hero The S.Z.』(1997年)、『Journey Of Foresight』(1999年)、『The Goodfellaz』(2002年)だ。非常に繊細かつセンシティヴな感覚であったり、あるいは当時としては真っ直ぐすぎるほどのポジティヴな一面など、それまで他のアーティストがやっていなかったようなリリックの世界観を打ち出し、さらに音楽的には様々なジャンルの要素も貪欲に吸収しながら、最先端のヒップホップ・サウンドを追求していた彼ら。彼らが目指していた高いクリエイティヴィティの先にいまの日本のヒップホップ・シーンが存在しているのは間違いなく、このEPもまたその延長上にある。

 90年代の SHAKKAZOMBIE をリアルタイムに知っているファンであれば、“共に行こう CDS Version Pure 2021” は最も心が揺れる一曲だろう。ここではオリジナル・ヴァージョン以上に人気の高かった “共に行こう (Version Pure)” のトラックがそのまま使用されているが、当時は NITRO MICROPHONE UNDERGROUND 人気が爆発する以前の GORE-TEX、SUIKEN、DABO、MACKA-CHIN が参加していた代わりに、本作では Creative Drug Store の VaVa、JUBEE、BIM、in-d をフィーチャ。世代は全く違えど、SHAKKAZOMBIE と新しい才能との融合という20年以上前のコンセプトがそのまま踏襲され、日本のヒップホップ・シーンの時代の継承と進化を同時に感じることができる。

 本作中、最もチャレンジングなのが “5o tight So deep” だろう。5lack と PUNPEE が手がけたこの曲は、アルバム『The Goodfellaz』収録の “So Tight, So Deep” が元となっているわけだが、ラテンなテイストの原曲とは全く異なるグルーヴ感で、SHAKKAZOMBIE のラップやコーラスをそのまま使うのではなく、最小限が素材として取り込まれているのみ。そんなトラックの上で 5lack と PUNPEE が単なるリスナーであった時代に一ファンとして聞いた SHAKKAZOMBIE に対する思いがリリックで綴られており、実に美しいトリビュート・ソングに仕上がっている。個人的には Chaki Zulu がリミックスを手がけた “虹” も非常に好きな一曲だ。これもまたオリジナルは20年以上前の曲であるが、Chaki Zulu による現在進行形のサウンドを纏いながら、BIG-O と IGNITION MAN のラッパーとしてのふたりの普遍的な魅力が強く伝わってくる。

 『The Goodfellaz』以降はファッション・シーンでの活動に完全に軸を移し、おそらくオオスミ氏が SHAKKAZOMBIE というグループで活躍していたことを知らない人たちも多いだろう。このEPによってラッパーとしてのオオスミ氏の偉大さや SHAKKAZOMBIE というヒップホップ・グループの存在が若い世代に少しでも伝わると嬉しい。

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