「W K」と一致するもの

interview with Yo La Tengo - ele-king

ストリートで行進している人びと、落胆している人びと、怯えている人びと。美しい風景とは真逆なんだ。

 暴動が起きている。静かに。それはあのチャイルディッシュな元実業家がいちばん「偉い」立場に座っているアメリカ合衆国はもちろんのこと、ここ日本でも、どこであろうとそういえるだろう。しかしその暴動は主に、例えばワッツ暴動や西成暴動のように怒号や流血を伴ったものではない(そういった暴動ももちろん起こるであろうことを否定しているわけではない)。おそらくいま起こっているそれは主に、内面における暴動である。
 我々はいま、どのような形にせよ、後期資本主義体制下における効率主義と各種マネージメント思想の跋扈により心身の疲弊に絶え間なく晒され、(俗流の理解では最後の聖域とされてきた)「内面」までもが徐々にその戦いの場に供出させられるようになっている。しかも明確に指弾できる誰かにそうさせられているわけでなく、主には我々自らがすすんで、だ。「やり甲斐」は労働の場における新たな付与価値となり、それが収奪されることで個々の内面は切り崩されていく。また、「思想」は分類され、マーケティングされ、その結果として再び商品化(特定の“クラスタ”向けに調味)され外から内面へとやってきて、思想の顔をして内面を牛耳る、といったように。
 こうした趨勢を好ましいと思う人はあまりいないと思うが、悔しいことに、こうした趨勢には火炎瓶の投擲では対抗することが難しい。なぜなら倒すべき「敵」が内面化してしまっているから。

 1971年、躍動する肉体を鼓舞するようなそれまでのロック調ファンクをかなぐり捨て、スライ&ファミリー・ストーンとその首領スライ・ストーンが、『There's A Riot Going On』(邦題:『暴動』)というタイトルの暗く内省的な作品で愛と平和の時代の終焉をあぶり出したことと、ヨ・ラ・テンゴという尊敬を集めるベテラン・オルタナティヴ・ロック・バンドが同名のタイトルを据えたアルバムをこの2018年にリリースをしたということに、何かロマンチックな関連性を見出さないでいられる音楽ファンはいないだろう。事実、以下のジェイムズ・マクニューに対するインタヴューでは明言が避けられているにせよ、その関連は認められているし、別のインタヴューで彼らは「なぜこのタイトルにしたかは皆それぞれに考えてほしい」とも言っている。

 おそらく本作はバンド史上もっとも儚げで、しとしととした、そして類まれに美しいアルバムだ。最大のアイドルであるヴェルヴェット・アンダーグラウンド由来のギター・ロックを基軸に、ディープなリスナーとしてつねに様々な音楽を吸収し、茫漠としたサイケデリック風景を呼び込むグルーミーな音像、そして極めてメロウな旋律と詩情が融合した世界を作り続けてきた彼らは、世界中に熱心なファンをたくさん生んできた。つねに身近な題材や内面を描いてきた彼らは、もしかするといま、各種のせめぎ合いの場が我々の内面にまで伸長していることを、敏感に察知しているのかもしれない。美しい音楽へと耽溺し、エスケープすることは誰にも止める権利はないし、ときにそうすべきときもあるだろう。けれど、エスケープする先たる我々の内面そのものが何者かによって(それにも増して我々自身によって)侵食/破壊されているのだとしたら。その侵食の脅威にハッと気づかせてくれ、我々を立ち上がらせるのは、このように美しく鎮かなヨ・ラ・テンゴの音楽こそが得意とするところなのかもしれないし、内面で起こりつつある「暴動」を静かに焚き付けてくれるのかもしれない。

 その真摯さゆえなのだろう、相変わらず質問をはぐらかそうとしているように見えるジェイムズ(ライターとしては困ってしまうが、ファンとしては妙に嬉しくもある……)だが、要するに彼はこう言いたいのではないか。「全ては君の解釈さ。解釈するその内面の自由を大事に」
すべての解釈をいたずらに肯定するのではなく、解釈が成り立つ場として、我々の内面を慈しむこと。来る3年ぶりの来日ツアーで、彼らがいまどんな演奏を我々の内面に届けてくれるか、とても楽しみだ。

※ 以下の電話インタヴューは、アルバム発売時におこなわれたものです。

音楽学校に行ったり、ミュージシャンになるためにプロからの教育を受けなくても、経験でそれができるようになったのはすごくありがたいことだったし、良い気分だった。

最新作『There's A Riot Going On』は、みなさんのこれまでのディスコグラフィーのなかでももっとも美しい作品の一枚だと思いました。今作のオフィシャル・インタヴューで、アルバムがリリースされるまでの「待つ時期」は辛い、とおっしゃっていましたが、それから開放されて、いまどんな心持ちでしょうか? 

ジェイムズ・マクニュー(James McNew、以下JM):ははは(笑)。でき上がってからリリースされるまでの期間は、なんとも言えない時間なんだ。皆が聴けるようになるまで、ただ待って、待って、待ちまくる。その期間は緊迫の毎日だから、アルバムがリリースされていまは本当にハッピーだし、ホッとしているよ。日本にも行けるしね。日本は好きだから、また訪日できるのが待ちきれないよ。

本作はみなさんの作品のなかでも、楽曲もサウンドもとりわけジェントルでメロウな印象を受けました。そのようなモードになったのはなぜなのでしょう?

JM:それは意識してそうなったわけではないから、僕たちに理由はわからない。あと、僕たち自身はあまりジェントルでメロウな作品とは感じていないんだ。レコーディングも緊張感に溢れていてまったくメロウではなかったし(笑)。アメリカでライヴをしたんだけど、ライヴ自体もすごく緊張感があった。だから、僕にとってはまったくリラックスの要素はなくて、どちらかと言えば張り詰めた感じのアルバムなんだ(笑)。

皆さんのレコードからは、ありし日の美しくも儚い情景がふと浮かんでくるような、記憶や風景を喚起させる力を感じます(そして今作ではその感覚をより強く感じます)。あなたたち自身でも、曲作りをおこなっている際や演奏している際に、そういった感覚を覚えることはありますか?

JM:それも、君がそれを感じるとすれば、たまたまそういった音楽になったということだと思う。前回のアルバムを除いては、僕らはアルバムの音楽の方向性を初めからわかっていたことがないんだよ。コンセプトを考えたことがなくてね。だから、今回もコンセプトはない。自分たちが特にそれを感じることはないけれど、君がそう感じてくれたなら僕らはハッピーだよ。リリースされたいま、音楽はリスナーのものだし、自分たちの音楽が人に何かを感じさせることができているなんて本当に嬉しい。でも、僕たちはそういう風景は感じないんだ(笑)。というのも、僕らがアルバムで歌っている内容は、そう言った風景とはまったく逆のものだからね。ストリートで行進している人びと、落胆している人びと、怯えている人びと。美しい風景とは真逆なんだ。

今回は元々サウンドトラック作品の制作がきっかけとなり、その流れでオリジナル・アルバムの制作へ入っていたっと伺いました。劇伴音楽の特徵たる「映像とともにある音楽」、そのような意識は今作にも受け継がれていると思いますか?

JM:この質問に答えるのは難しいな。自分たちの周りにあるものすべてが受け継がれているからイエスとも言えるし、かといってそれがどう受け継がれているのかは自分たちにもわからない(笑)。自分たちのライフすべてがインスピレーションだからね。でも、サウンドトラックのプロジェクトの流れでアルバム制作がはじまったのは事実。あれがうまく行ったからアルバム制作につながったとはいえるね。作業と曲作りがテンポよく進んだんだ。すごく良い勢いがついているところでムーヴィーのプロジェクトが終わってしまったから、ムーヴィーなしで自分たち自身のためだけの作品を作りはじめたんだよ。

今回のアルバムに限らず、映像のための音楽を作る経験から何か得たことはありますか?

JM:ムーヴィー用の音楽のために、2004年から徐々にニュージャージーにあるリハーサル場所みたいなところで作業してきて、そのときは、エンジニアもプロデューサーも雇わず、ずっと自分たちだけだったんだ。そこには小さなレコーディングのセットアップなんかがあるんだけど、徐々にその場所での作業が上手くなっていったし、そこでの居心地が良くなっていった。自分たちの楽器も全部そこにあるしね。そういう面では、そこで自分たちだけで作業するようになったのはムーヴィーの経験からだから、それがいちばん大きな影響かもしれない。自分たちだけでも作品が作れるということを、その経験から学んだんだ。30年以上の活動のなかで、まったく新しいやり方で作品ができたときはすごくエキサイティングだったよ。新しい経験だったし、自分たちがやりたいだけミスをすることができたし、すごくスリルがあって自由だった。それを感じることができるようになったのは、ムーヴィーのプロジェクトの経験を通してだね。

いまのインディ・ロック・シーンは、すごく良い状態だと思うね。良いバンドがいないとか、勢いが落ちてきていると言われてもいるけれど、自分が好きな音楽、バンドというのは、探し続けている限り必ず見つかると思うんだ。

前作『Fade』ではジョン・マッケンタイアがプロデュースを担当していました。今作はバンド自身のセルフ・プロデュース作です。「プロデュース」という言葉の定義はときに曖昧でもあるかと思うのですが、あなたたちにとって「レコードをプロデュースする」とはどういったことなのでしょうか?

JM:すごく自然。僕たちはプロデューサーでもエンジニアでもないけれど、何年もかけて、素晴らしいプロデューサーやエンジニアと一緒に作業してきて、多くを学んできた。ロジャー・ムジュノーやジョン・マッケンタイアたちは、僕たちに多くを教えてくれたんだ。今回も、わからないことがあったときはメールで教えてもらったりしたし(笑)。音楽学校に行ったり、ミュージシャンになるためにプロからの教育を受けなくても、経験でそれができるようになったのはすごくありがたいことだったし、良い気分だった。自分の頭のなかにあるアイディアをそのまま、かつどうにか表に出すというのは、直感的でもあったね。

今作は、スライ&ザ・ファミリーストーンの『暴動』(71年作)と同名であることが話題となっています。ご自身たちで思う、あのアルバムと今作の共通点と、また相違点は何だと思いますか?

JM:それは僕らにはわからない。自分たちとそのタイトルとの繋がり方と、スライとそのタイトルとの繋がり方は違うんじゃないかな。でも、感情的に、スピリチュアル的に何かコネクションがあるんじゃないかとは感じているよ。

音楽および社会的な面において、1971年と2018年に何か象徴的な共通点と、また異なった点があるとすれば、どんなことだと思いますか?

JM:どうだろう(笑)。もっと変わってくれていたらと思うけど、問題はまだまだ残っていて、その問題の数々は全然変わっていないと思う。解消されつつある部分もあるかもしれないけれど、状況は同じなんじゃないかな。

このような時代だからこそ声高にプロテストを叫ぶ流れもあるなかで、本作ではむしろ何気ない日々を慈しみ、それを丁寧に伝えようとするような印象を抱ききました。いまこの時代において、そうしたパーソナルなことを歌い続けていくことの意義というものがあるならば、どういったことだと思いますか?

JM:僕自身は、そこに違いは感じない。皆、自分が言いたいことを表現しているのは同じで、表現の仕方が違うだけだと思うよ。例えば(初期の)ボブ・ディランのようなやり方もあるし、僕自身はボブ・ディランも好きだし、表現方法や音楽との繋がり方に選択肢がたくさんあって、皆がそれぞれに混乱や自分たちの周りにあるものを表現しているんだと思う。

オルタナティヴ・ロックがシーンに登場してから長い年月が経ちました。80年代からつねにシーンの一線で活動を続けてきたみなさんの目からみて、現在のインディ・ロックのシーンの状況はどのように映りますか?

JM:すごく良いと思う。素晴らしい若いバンドがたくさんいるし、長年活動していて、いまだに、そしてさらに力強い音楽を作り続けているバンドもまだたくさんいる。それらのバンドが共存しているいまのインディ・ロック・シーンは、すごく良い状態だと思うね。僕自身が好きな音楽が溢れている。良いバンドがいないとか、勢いが落ちてきていると言われてもいるけれど、自分が好きな音楽、バンドというのは、探し続けている限り必ず見つかると思うんだ。

みなさんとも深い交流のある坂本慎太郎さんですが、みなさんの催促も届いたのか、ついに昨年からライヴ活動を再開しました。今回のツアーでも10/11の東京追加公演では対バン共演をされますね。彼との出会いによって与えられた影響というのは、今作にもどこかへ表れていたりするのでしょうか?

JM:彼がライヴ活動を再開して、僕は心から嬉しい。でも、面白い質問だけど、僕には彼との出会いの影響がどう反映されているかはわからない。彼の音楽は大好きだし、彼らと一緒に演奏ができたのは素晴らしい経験だった。すごくマジカルな瞬間だったし、坂本さんとは良い友情を築けているんだ。彼がまた音楽を作りはじめてライヴ活動をはじめたことが、本当に嬉しいよ。

ずっと自分たちのレコードもアナログでリリースし続けているから、あまり復権という感覚はないね。僕らにとって、レコードというものはすごく自然な存在なんだ。

交流のある坂本慎太郎さんやコーネリアスといったアーティスト以外に、近頃注目している、もしくはお好きな日本のアーティストがいれば教えてください。

JM:たくさんいすぎて、誰からはじめればいいか……日本のサイケデリック、エクスペリメンタル音楽、70年代の音楽がとくに好きなんだけど、はっぴいえんどは好きだね。あとは、細野晴臣、ボアダムス。彼らの音楽にはどれも独特のソウルがあって、彼らのような音楽はこの世にふたつとない。ヨ・ラ・テンゴは彼らからとてつもなく影響を受けているし、彼らは、僕たちがこれからも絶えることなくインスピレーションを受け続けるアーティストたちだね。

ここ日本でも、この10年ほどでインディ・シーンが成熟してきつつあり、あなたたちのように長い年月にわたって質の高い作品をリリースし続け、ライヴもおこない続けているバンドに対しリスペクトを持っている若いアーティストたちも多くいます。「バンドを続けていくこと」にはどんな喜びがあるのか、また続けていくにあたってのコツはなんでしょうか?

JM:わからないな(笑)。じつは、僕はあまりそれを考えたことがない。バンドを続けるということを意識していないんだ。僕らは、お互い3人が出会ったことがただただラッキーだと思っているし、自然に作業していくなかで達成感が感じられることを皆で続けているだけ。何がコツかはわからないけど、若いバンドの皆が自然体で自分たちの作りたい音楽を作り続けていってくれることを願っているよ(笑)。

ヘヴィな音楽リスナーでもあるみなさんに伺います。ここ日本でも現役バンドが新作をアナログ盤でリリースしたり、過去の埋もれた作品がヴァイナルでリイシューされたりすることが定着しつつあります。みなさん、レコード蒐集は続けていますか? また、データ~サブスクリプション配信時代におけるこうしたレコード文化の復権についてどんな思いを持っていますか?

JM:もちろん、レコードはいまだに集めている。自分たちは昔からずっとヴァイナルを買っているし、1993年からずっと自分たちのレコードもアナログでリリースし続けているから、あまり復権という感覚はないね。僕らにとって、レコードというものはすごく自然な存在なんだ。でも、ウォークマンやカセットプレイヤーを持ち歩いていた時代を考えると、iPodがやはり素晴らしいとも思う。移動中はよくCDボックスを持ち歩いてなくしたりもしていたけど(笑)、iPodだと、何千もの音楽をあんな小さいもののなかにすべて納めて持ち運ぶことができる。まさにミラクルだよ。

最近購入して、これは日本のファンにもぜひオススメしたい! という音楽作品(新譜旧譜問わず)があれば教えてください。

JM:ニューヨークのバンドで 75 Dollar Bill というバンドがいるんだけど、彼らの作品はオススメ。そのバンドはたまに2人だったり、たまに8人だったりするんだけれど、インストゥルメンタル音楽で、サウンドが本当に美しいんだ。彼らのような音楽は他にないと思う。すごく壮大な音楽だからぜひチェックしてみて。誰もが気にいると思うよ。

National Sawdust にておこなわれた Pitchfork Live の映像がアップされていますが、今後、今作の楽曲がライヴ演奏されていくにしたがい、本作収録曲たちはバンドにとってどんな存在になっていきそうでしょうか?

JM:まだツアーをはじめて2週間だからわからない。これから時間をかけてわかっていくんだろうね。これまで演奏した感じでは、すごく自然に感じているし、本当に楽しい。セットに新しい感情やサウンドが加わるのは、やはりエキサイティングだね。アルバムがリリースされ、みんなの前で演奏されていくことで、曲は成長し、変化していく。いまは、生まれたばかりの子どもを見守っている親みたいな感覚だな(笑)。

ありがとうございました。来日公演楽しみにしています!

JM:ありがとう! 僕たちも日本に行くのを楽しみにしているよ。

HOLGER CZUKAY - ele-king

 ホルガー・シューカイ(80年代の日本の一部のファンのあいだではその知性と容姿ゆえにホルガー博士とも呼ばれていた)のソロ作品8タイトルがリイシューされる。

 それはつまりこういうこと。
 みんながそこは自由だと思っていた。ギターもLSDもみんな揃っていたから。が、しかし、その外側にはもっと広大な自由があることに気が付いているひとたちもいた。たとえ未熟であっても、いや、むしろ未熟だからこそ自由であることにもそのひとたちは気が付いていたし、いずれにせよ、その広大な自由を選んだ。これが俗にいうところのクラウトロックというもので、70年代前半のドイツのロックが70年代末から80年代初頭のポストパンクと同期したのも、お互いロックの外側の自由に貪欲だったからだった。ホルガー・シューカイはその中心人物のひとりである。
 それは最初から英米中心主義に意を唱えるモノでもあった。サンプリング・ミュージックの先駆的作品と言われる1969年の『カナクシス5』にはベトナムの民謡がミックスされているし、1979年のもっとも有名な人気作『ムーヴィーズ』に収録されたもっともヒットした曲“ペルシアン・ラヴ”にはイランの歌謡曲がカットインされている。ジョン・ハッセルとイーノの『第四世界』やトーキング・ヘッズの『リメイン・イン・ライト』あるいはイーノとバーンの『マイ・ライフ・イン・ブッシュ・オブ・ゴースト』のような作品は、ホルガー博士の(CAN時代の作品もふくめて)存在なくして語れない。
 周知のように、ホルガー・シューカイは、シュトックハウゼンの生徒だった。つまりは、厳密な理論と思想のうえから生まれた電子音楽の父のもとで学んでいる。が、彼はその厳密さを絶対的な自由に変換してしまった。マイルス・デイヴィスのジャズ・ロックとヨーロッパの前衛音楽とのあいだに回路を見つけてしまったし、そして明白な意味において「明日」の音楽を創造した。それは眉間にしわを寄せながら聴くような音楽ではない。基本的に、微笑みの音楽。
 CANやクラフトワークが古くならないように、ホルガー・シューカイが古くならないのはそういうわけだ。いま時代はようやく、かれらが出かけていった「外側の自由」に気が付いて、それをグローバル・ビートなどと呼んだりしている。
 ホルガー・シューカイ、ぜひ聴いて欲しい。

(※今回の再発、2種類のポスター・かレンダーやポストカードの特典があります。どうせなら、お店で買って特典もらってください。詳しくは→https://p-vine.jp/news/20180919-190000

●9月28日発売

PCD-24762

TECHNICAL SPACE COMPOSER'S CREW (aka Holger Czukay & Rolf Dammers) / Canaxis 5
1969年作品
このアルバムは80年代~90年代は聴くのが大変でした。82年にジャケ違いで再発されたもので聴いていたし、オリジナル盤は見たことがなかったです。エレクトロニック・ミュージックにおける重要作。

PCD-24763

HOLGER CZUKAY / Movies
1979年作品
“おー、神様、我らにお金をもっとください”というのが1曲目。ジャンルの境目を消していく、ユーモラスな音楽旅行の傑作。

PCD-24764

HOLGER CZUKAY / On The Way To The Peak Of Normal
1981年作品
ポストパンクとリンクしながらも離れていくナンセンス・ポップ・ロック・ダダイズム。

PCD-24765

HOLGER CZUKAY, JAH WOBBLE, JAKI LIEBEZEIT / Full Circle
1982年作品
まったく古びない(というかそのお手本のような)エディットが冴えている、ダビー・ダンス・トラックの“How Much Are They?”を聴くために買ってもソンしない。

●10月10日発売

PCD-24775

HOLGER CZUKAY / Der Osten Ist Rot
1984年作品
「東は赤」というタイトルで、つまり“東方紅”という中国の国歌で、作中にサンプリングされている。支離滅裂な作品だが、“フォト・ソング”は素晴らしい名曲。

PCD-24776

HOLGER CZUKAY / Rome Remains Rome
1987年作品
「ローマはローマのまま」。教会の聖歌や教皇の言葉のサンプリングをはじめ、“Sudentenland”でもそのサンプル技は冴える。“Hit Hit Flop Flop”のようなお馴染みのギャグも炸裂。

PCD-24777

HOLGER CZUKAY / Moving Pictures
1993年作品
過小評価されがちだがまるで晩年のフェリーニの映画を観ているような気持ちになれる佳作。年季が入ったコラージュとダウンテンポの“All Night Long”が最高。

PCD-24778

HOLGER CZUKAY / Radio Wave Surfer
1991年作品(ライヴ・アルバム)

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黙ってピアノを弾いてくれ - ele-king

 諸説あるので手頃なところでまとめてしまうと人類は直立歩行をするようになって両手が自由になり、さらに肉食によって脳の容積が倍=現在の大きさになったという。「手」や「脳」が人類にもたらしたものは計り知れない。そう、フェイクニュースを流したり、過剰融資や人身売買は人類にしかできないことである。『キャプテン・アメリカ』や『ブレードランナー2049』といったSF映画を観ていると、人類のさらなる進化はいまだに身体改造というイメージが強いのかなと思うけれど、僕は人類にさらなる進化があるとしたら座ったまま特に運動をしなくても身体能力が衰えることがない種が突然変異で現れることだと思う。筋肉は使わなくても維持されるし、有酸素運動も必要ない。直立歩行時代の人類をホモ・エレクトスと呼ぶなら、ホモ・セデレの出現である(セデレはラテン語で「座る」)。これにはきっと現生人類はかなわない。全滅するだろう。

 多くの人はしかし、まだ立ち上がらなければ、生きていくことはできない。そして、ラップを始めるのである。チリー・ゴンザレス(以下、ゴンゾ)もそうだった。僕は彼が〈キティ・ヨー〉からデビュー・アルバム『Gonzales Uber Alles』を2000年にリリースするまでその存在を知らなかった。当たり前である。彼はカナダのアンダーグラウンドで蠢いていたのである。ゴンゾのドキュメンタリー映画は彼が無名時代にその衝動を持て余し、カナダのクラブでラップをがなり立てるシーンをまずはたっぷりと見せる。体格がいいので、まずはそれだけで迫力がある。何かしていなければ死んでしまうとばかりに彼は音楽に没頭している。ゴンゾはバンドを結成することにし、集まったメンバーはファイスト、モッキー、そしてピーチズだった。そう、ピーチズがまたとんでもなかった。ゴンゾもピーチズもセクシーを通り越して、ICBMでも打ち込むような勢いでラップをまくし立てる。彼らはそのままベルリンに殴り込みをかけ、あっという間に人々の注目を集めてしまう。当時を思い返してピーチズとゴンゾが互いについて回想し合うシーンが面白い。ゴンゾもピーチズも相手の迫力に勇気付けられて、自分も前に進むことができたと語り出す。卵と鶏みたいな関係なのである。それにしてもよく映像が残っているなと思う場面も多い。

 ゴンゾの暴走は政治に及び、さらに舞台をパリに移しても静まらない。次から次へとユニークなエピソードが飛び出すので、ネタバレはここまで。彼は想像以上に荒くれで、かつてセルジュ・ゲンズブールが「大衆」の嫌がることをやればやるほど愛されていった過程をゴンゾがものの見事に踏襲していることもよくわかる。社会に収まりきれない人を音楽家と呼び、大衆がそれを愛するという国民性がフランスにはあり、日本にはあんまり見当たらないのかなあと思うばかりである。ゴンゾはそして、「パンクではもうダメなんだ」と彼がそれまでがむしゃらにやってきたことに終止符を打ってしまう。彼はマイクを捨ててピアノの前に「座る」。進化したのである(ウソ)。ピアノの天才だと自惚れていたゴンゾがクラシックの簡単な譜面を弾くこともできないといって打ちひしがれてしまうシーンも見応えがあった。彼は自分が思う通りにピアノが弾けるまで練習の毎日を繰り返す。その挙句にできたのが『Solo Piano』(04)であった。あの作品に至るまでに、これだけの葛藤があったとは思わなかった。『Solo Piano』が成功してから、彼はまた「パンク」に戻り、ドキュメンタリーの後半では新たな暴走を展開し始める。彼がステージに立つと何をやり出すかわからない。その緊張感はスクリーン越しにもびしびし伝わってきた。ゴンゾが監督のフィリップ・ジェディックに出した条件はひとつ、ドキュメンタリー映画にもかかわらず「プライヴェートはなし」だったという。

(編集部注)チリー・ゴンザレスのアルバム『Solo Piano』シリーズの最終章『Solo Piano III』は〈ビート〉より絶賛発売中です。

Forma - ele-king

 ジョージ・ベネット(George Bennett)、ジョン・オルソー・ベネット(John Also Bennett)、マーク・ドゥイネル(Mark Dwinell)ら3人によるニューヨークはブルックリンのシンセ・トリオ、フォーマは、2010年代における「ポスト・エメラルズ的シンセサイザー音楽」を語る上で欠くことのできない重要な存在である。なぜか。彼らの歩みには、このディケイドにおけるシンセサイザー音楽(シンセウェイヴ)の変化が象徴的に表れているからだ。

 まず彼らは〈エディションズ・メゴ〉傘下にして元エメラルズのジョン・エリオットが主宰する〈スペクトラム・スプールス〉から2011年にファースト・アルバム『フォーマ』、2012年にセカンド・アルバム『オフ/オン』をリリースした。この2作は10年代初期におけるシンセウェイヴのなかでもひときわエレクトロ・ポップなサウンドを放っており、ポスト・エメラルズの象徴のようなサウンドだった。特にセカンドの『オフ/オン』は無機質なシーケンス・フレーズと硬いドラムを組み合わせるといういかにも80年代中期的なサウンドを、2010年代的な緻密なミックスでアップデートした見事な仕上がりである(エメラルズのラスト・アルバム『Just To Feel Anything』は、どこか初期フォーマの音に近いものを目指していたように思えるのだが……)。

 それから4年後の2016年、リリースの拠点を〈クランキー〉に移した彼らはサード・アルバム『フィジカリスト』を発表する。4年という月日は彼らの音楽を洗練させるには十分な時間だった。サウンドは80年代のエレクトロ・ポップから70年代のソフトサイケな電子音楽へと遡行しつつも、音色の色彩感覚は繊細にアップデートされ、音のレイヤーはいっそう緻密に、サウンドの質感は滑らかになった。いわば心地よさと実験性の共存が際立ってきたのである。この『フィジカリスト』をもってフォーマ第二期の開始といっても過言ではないだろう。彼らの変化の背景には近年のニューエイジやエクスペリメンタル・アンビエントのブームへの接近という側面は少なからずあったとは思うが、安易な融合にはなっていない。音楽性そのものが深化している点が重要である。

 そして『フィジカリスト』の延長線上に、2018年リリースの本作『センバランス』があるといっていい。M1 “Crossings”とM2 “Ostinato”の軽やかなシンセ・サウンドを耳にした瞬間に、10年代後半のシンセ・ミュージックということが即座に理解できるはずだ。電子音と電子音が聴き手の意識を溶かすようにレイヤーされていく見事なトラックである。以降、ジョン・ハッセル的アンビエントとでも形容したいM3 “Three-Two”、天国的かつエキゾチックなアンビエント・トラックのM4 “Rebreather”、初期フォーマを想起させるビート・トラックにヴォイスがカットアップされるM5 “Cut-Up”、電子音とピアノと環境音によるニューエイジ風のM6 “New City”などの名トラックを連発した後、人の記憶を電子化するようなミニマル・シーケンスとメロディによるマシン・アンビエントな“Ascent”でアルバムは幕を閉じる。まさにアートワークのイメージどおりに人間をデータ化しつつ、しかしそこにヒトの身体/記憶の煌きを永遠に封じ込めたような見事な電子音楽集である。

 ここで重要なアルバムを、もう一作挙げておきたい。2018年にメンバーのジョン・オルソー・ベネットがアンビエント作家クリスティーナ・ヴァンズと「CV & JAB」名義で〈シェルタープレス〉からリリースした『ソーツ・オブ・ア・ドット・アズ・イット・トラヴェルズ・ア・サーフィス』である。
 この『ソーツ・オブ・ア・ドット・アズ・イット・トラヴェルズ・ア・サーフィス』はアート・ギャラリーでの絵画展で演奏/発表されたインスタレーション的な音楽なのだが、近年のエクスペリメンタル・ミュージックの潮流を意識したニューエイジなアンビエント・サウンドを生成していた。加えて即興性を全面に出している点も新しかった。私見だがフォーマの新作『センバランス』は、CV & JABの『ソーツ・オブ・ア・ドット・アズ・イット・トラヴェルズ・ア・サーフィス』とコインの両面のような関係にあるのではないかと考える。いわば「構築と即興の共存」、その洗練化とでもいうべきもの。
 じじつ、彼らの音楽は、どんどん自由に、かつ柔軟になってきている。その意味で『センバランス』はフォーマが追及してきた「新しいシンセ音楽」の現時点での完成形ともいえよう。

 これは何も『センバランス』だけに留まらない。たとえば元エメラルズのスティーヴ・ハウシルトの新作『Dissolvi』も非常に洗練されたシンセ音楽を展開している。
 現在、10年代的なシンセサイザー音楽は、アンビエント/ドローン、シンセウェイヴ、ニューエイジ・リヴァイヴァル、インダストリアル、ヴェイパーウェイヴなどを吸収しつつ、その境界線が次第に融解しつつある状態にある。言い方を変えれば、「いま」という時代は「10年代的なシンセ音楽や電子音楽」の爛熟期でもあるのだ。例えばOPNがここまで人気を得るような状況は8年前には想像もできなかった。これは電子音楽にとって「終わりの始まり」の光景のようにも感じられる。
 新しいディケイドの始まりである2020年まであと2年もない。電子音楽は潮流と潮流が混じり合うような大きな変化の渦中にある。

Octavian - ele-king

 UKのラッパー、オクテヴィアン(Octavian)が期待の最新のミックステープ『SPACEMAN』をリリースした。鼻歌のようなギャングスタ・ラップ、ジェイムス・ブレイクやボン・イヴェールから影響を受けたという空間的なダンス・ミュージック、その「型にはまらない」スタイルにすぐに虜になった。

 オクテヴィアンは南ロンドン出身のラッパー。アデルらを輩出した名門の音楽学校ブリットスクールに奨学生として入学したものの退学し、ホームレスになったときもあったという。昨年頃から彼のキャリアが変わり始めた。オクテヴィアンのシングル“Party Here”がドレイクの目にとまり、彼がオクテヴィアンのヴァースを歌うインスタ ストーリーをアップしたからだ。

 ドレイクのフックアップで話題になると、ルイ・ヴィトンのメンズファッションのディレクターを務めるヴァージル•アブローがルイ・ヴィトンの2019年SSコレクションのランウェイにも抜擢。メジャー契約も掴み、いまファッション界からも注目されるヒップなラッパーのひとりとなった。

 満を持してリリースされた『SPACEMAN』はメロディックなビートの上で紡がれるオクテヴィアンの「リヴェンジ」のストーリーだ。

もし俺が銃を買ったら、お前の顔にぶっ放してやる
逃げる道はどこにもない、ギャングもおまえを見捨てる、
お前に安全な場所はない “Revenge”
あのニガはファックだ
あのニガはうけつけねぇ
あのニガをぶっ潰してやる
一発はケツに、一発は口に、
もう一発はあいつらの仲間に
 “Break That”

 ヴァイオレントな歌詞はUKラップの十八番でもあるが、彼のメロディックなラップと歌詞の内容は不思議なバランスを保っている。不敵な笑みを浮かべるオクテヴィアンの姿が頭に浮かぶ。

 先月、オクテヴィアンがイタリアのブランド Stone Island の東京店のオープニング・パーティに初来日・ライヴを披露した。オクテヴィアンはビターなサウンドとダンスビートを柔らかに乗りこなしつつ、時折自身もリズムを身体で刻む。ライヴの中盤、DJからの「フロアにモッシュピットを作らせろ」という指示にも従わず、淡々と曲を披露していく。「モッシュすること」はいまのUS・UKのラップのライヴの定番となっているが、おきまりのライヴはやらないようだ。それでも、最後にムラ・マサの客演曲“Move Me”のビートが流れると、前列では自然とモッシュが起こった。

俺がお金を積み上げるところを見るだろ
あいつらだって俺を見てる、
あいつらだって俺みたくなれたのにな

あいつらはファミリーを待ってる
俺に逆らうことだってできない
だって、俺はリアルなドンダダ
俺やブラザーに近づくこともできない
そう、近づくことだってできないんだ
Mura Masa “Move Me feat. Octavian”

 型にはまったスタイルから遠く離れて、軽やかにラップの可能性を追求しているようだ。その様子は自由でエキサイティングだ。

C.E present - ele-king

 クラバー御用達のファッション・ブランド、C.Eが海外フェス級のラインナップで、東京と京都でパーティを開催する。
 2018年10月26日金曜日に代官山のUNITに出演するのは、ここ数年においても最高のDJでありつつづけているBen UFOをはじめ、Powder、Kassem Mosse(カッセム・モッセ)、Will Bankhead(ウィル・バンクヘッド)、Low Jack(ロー・ジャック)、E.L.M.S.(エルムス)の6名。これだけのメンツがひと晩に集結することは、ロンドンでもまずない。ポスト・ダブステップ以降のテクノ系ではいちばん活きのいい連中が揃ったと言える。
 翌日27日土曜日には、京都のWEST HARLEMでもパーティを開催。こちらは、Ben UFO、Kassem Mosse、Will Bankhead、Low Jackが出演。この4人だけでもそうとうなもの。
 ありがとう、C.E。絶対に遊びに行くよ!

C.E present
BEN UFO
POWDER
KASSEM MOSSE
WILL BANKHEAD
LOW JACK
E.L.M.S.

Friday 26 Oct 2018(2018年10月26日金曜日)
Open/Start: 11:00 PM
Venue: UNIT, Tokyo www.unit-tokyo.com
Advance \2,000 / Door \2,500
Tickets available from Resident Advisor / Clubberia / e+

Over 20's Only. Photo I.D. Required.

C.E present
BEN UFO
KASSEM MOSSE
WILL BANKHEAD
LOW JACK

Saturday 27 Oct 2018(2018年10月27日土曜日)
Open/Start: 11:00 PM
Venue: West Harlem, Kyoto westharlemkyoto.com
Advance \1,500 / Door \2,000
Tickets available from Resident Advisor / Clubberia / e+

Over 20's Only. Photo I.D. Required.

Blawan - ele-king

 かつてポスト・ダブステップと括られていたプロデューサーたちがどんどんテクノのほうへとスタイルを移行して久しい。2010年に〈Hessle Audio〉から登場したブラワンもそうした元ベース系/現在テクノ系を代表するひとり。今年は、行松陽介も絶賛したアルバム『Wet Will Always Dry』をリリース、やばいほどハマりにハマっているテクノ・サウンドを披露したばかりだ。
 そのブラウン、11月9日にVENTで開催されるElephantに出演。これは行くしかないでしょう。

Marc Ribot - ele-king

 ケンドリック・ラマーのカリスマティックなステージには痺れたし、ボブ・ディランの静かで豊かなバンド演奏にも嘆息した。だが今年のフジロック、僕がもっとも感動したのはマーク・リーボウのセラミック・ドッグだった。フィールド・オブ・ヘヴンのピースフルなムードを切り裂くように尖ったギター・サウンドの応酬で繰り広げられるポスト・パンキッシュなバンド演奏と、そこに獰猛に交配されるキューバ音楽とフリージャズによる熱さ・冷たさ。弛緩したところがひとつもない、限界までヤスリで砥いだように鋭く美しい音で、一切の躊躇もなく叩きつけられる暴君あるいは愚かな権力者に向けた「Why are you still here?」。ほとんど身がすくむ想いだった。僕はポリティカル・ソングにはユーモアがあったほうがいい、ほとんどふざけるぐらいでちょうどいいと思っている人間だが、そのまっすぐな怒りにはひれ伏すしかなかった。その日は奇しくも、マイノリティに対して差別的な発言をした国会議員に対しての抗議デモが東京でおこなわれていた日で、「なんで、お前は、まだ、ここに、いるんだ?」――その言葉が、そこに届くことを祈らずにはいられなかった。
 ただ圧倒されていると、終盤、ほとんど喋らなかったリーボウが「これはcivil rights movementに捧げられた歌だ」とポツリと言って、それまでとまったく異なるトーンのギターを演奏し始めた。アコースティックな響きのソウル・カヴァー――1966年にレコーディングされた“We'll Never Turn Back”だ。それまで一切なかった甘いメロディがゆっくりとその場を満たしていく。「civil rights movement」だから60年代後半の公民権運動を指す意味でリーボウは使ったのだろうが、僕は最初、勝手に「市民運動に捧げられた歌だ」と解釈してしまった。先述のデモに対していくらか感傷的になっていたせいかもしれない、が、その優しい調べはすべての市民運動に捧げられているように聴こえたのだ。

 『ソングス・オブ・レジスタンス 1942 - 2018』はリーボウが2016年ごろから始めたプロテスト・ソング集のプロジェクトであり、ダイレクトなアンチ・トランプという意味ではセラミック・ドッグの『ワイアーユー・スティル・ヒア?』からの連作である。様々な時代の様々な地域のプロテスト・ソングを蒐集しアレンジし、また、オリジナルの楽曲も並列することでマーク・リーボウ流の現代プロテスト・アルバムとなった。リーボウいわく、「勝利を収めたすべての運動には、歌があった」。
 アルバムはトラディショナルの“We Are Soldiers in the Army”のカヴァーから始まり、フリージャズ的な無調を導入することで紛れもないマーク・リーボウの音楽として立ち上げてしまう。続く“Bella Ciao (Goodbye Beautiful)”はイタリア内戦の際に作られのちに反ファシズムの歌となったフォークロアだが、トム・ウェイツのドスの効いた声が乗ることで一気にアメリカへと空間を超えるようだ。とりわけ面白いのは「ドナルド・トランプ、お前に言ってるんだよ!」の語りのあとに急に軽快なラテンのリズムが入ってくる“Rata de dos Patas”だ。原曲はメキシコの革命家に歌われていたプロテスト・ソングだが、それがアメリカ人俳優のオーヘン・コーネリアスのラップが挿入されることで現代アメリカにも通じるものとして奏で直されるのである……それも、陽気な、踊り出したくなるようなリズムで。ミシェル・ンデゲオチェロが物悲しい歌を聴かせるフォーク・ナンバー“The Militant Ecologist (based on Fischia II Vento)”は、これも元々はイタリアのパルチザンに歌われていたものだが、地球温暖化を食い止めようとする女性の視点にアレンジしたそうだ。過去のレジスタンス――抵抗の記憶を、それはそれは多彩なアンサンブルで、現代の闘いのために召喚するのだ。
 また、かなりソリッドな内容だった『ワイアーユー・スティル・ヒア?』とは異なり、大幅に叙情が入っているのも本作の魅力だ。偽キューバ人たちでの経験を生かしたラテンの風、フォーク、ソウルのエモーションが、リーボウを通過したものとして鳴らされる。サム・アミドンとフェイ・ヴィクターが参加した“How To Walk In Freedom”はストリングスとフルートが美しいフォーク・ナンバーとして始まり、やがてパーカッションの連打によって情熱的なラテン・ダンスへと姿を変えていく。このアルバムには怒りがあるが、怒り以外の感情――悲しみ、慈しみ、優しさ、不屈さ、勇敢さ、それに連帯の喜びといったものが、世界中に散らばった歌たちの助けを借りて表現されている。
 『超プロテスト・ミュージック』を読んだときにも思ったし、最近さることから猛烈な怒りを覚えたときにも痛感したことだが、プロテスト・ソングには怒り以外の感情を掬うこともまた必要なのだろう。怒りを純粋な状態で吐き出したからこそ、リーボウは現在「抵抗」の叙情を鳴らしているのではないか。アルバムのラストは件のソウル・チューン“We'll Never Turn Back”だ。リーボウが本作でもっとも鳴らしたかったのはこの温かさなのだと僕には思える。そこでは虐げられてきた人びとの記憶を慈しむようにギターが余韻たっぷりに響き、柔らかく声が重ねられている。
 「だけど、わたしたちは引き返さない。わたしたちみんなが自由になるまでは。わたしたちが平等を手にするまでは」――。

interview with tofubeats - ele-king


tofubeats
RUN

ワーナーミュージック・ジャパン

J-PopHouseTrapBass music

Amazon Tower HMV

 トーフビーツ、この男は本当に走り続けている。2009年の“しらきや”で笑わせ、2012年の“水星”ではヒップホップ・ビートのうえに切ない夢を描いた若者は、それからほぼ毎年のように作品を作っては出している。思春期にSNS文化に親しんだほとんど最初のほうの世代のひとりとして、シンプルなメロディを持った彼の音楽(主にヒップホップとハウスかる成るダンス・ミュージック)にはネット・レーベルの古参〈Maltine〉と同じように、非日常ではなく、日々の営みのなかにこそインターネットが存在する世代への感覚的なアピールがあったのだろうけれど、それと同時に、トーフビーツの汗をかいている感じ、自分の人生を一生懸命に生きている姿にも共感があったのだと思う。がむしゃらさは、彼の切ない夢の音楽と並列して、つねにある。この実直な思い、熱さこそ、大人たちから失われてしまいがちなものだ。トーフビーツの音楽を聴いていると、ぼくも走りたくなる(自転車だけど)。
 “朝が来るまで終わる事の無いダンスを”が特定秘密保護法への学生による抗議デモで使われたときには、自分の曲を政治に利用しないで欲しいと眉をひそめていた青年も、前作『FANTASY CLUB』では、それまでのスタンスをひっくり返したように、ありありと社会への異議申し立て(ことポスト・トゥルースに関して)を噴出させたのだった。新作『RUN』は、その問題作に続くアルバムだ。1曲目の、タフなビートを持つトラップ調の“RUN”には、閉塞状況をなんとかしようという思いに駆られた歌詞のように、力の入った彼のヴォーカルが挿入されている。
 とはいえ今作『RUN』は、トーフビーツのポップスへのアプローチがより洗練された形となって聴けるアルバムでもある。『FANTASY CLUB』で見せた彼の社会への問題意識は継続させつつも、映画(『寝ても覚めても』)やドラマ(『電影少女』)の主題歌となった彼のポップ路線が、決して明るくはない主題のいくつかの曲──愛の不在を嘆く“SOMETIMES”、孤独が強調される“Dead Wax”など──とのバランスをなんとかうまく取っている。
 まあ、それでも物憂いは今作でも重要な要素で、しかもそれは魅力的であったりもする。“NEWTOWN”という曲は21世紀の洒落たベッドルーム・ガラージであり、みごとなモダン・メランコリック・ハウスだ。ぜひチェックして欲しい。クラブの熱狂におけるふとした不安を歌った“MOONLIGHT”も良い。ある意味トーフビーツの現在のアンヴィバレンスな心情がそのまま反映されているようなこの曲は、いわば80年代末スタイルのポップ・ハウス、その現代版といった感じで、ほかにも今作には、彼の現場(DJ)からのフィードバックによるものなのだろう、ハウシーなトラックがいくつかある。『RUN』という動きを示唆するタイトルとも、これらダンス・ミュージックはリンクしているのだろう。動き続けること、それ自体が大きなメッセージのように思える。
 そんなわけで、神戸を拠点に走り続ける男=トーフビーツに会ってきた。いつものようにいまの思いを率直に語ってくれた。

『FANTASY CLUB』は、仲の良い人にはすごく評価してもらえたり、近しい人とかでわりとセルアウトしたと思っている人には、意外と真面目にやっていたんだみたいな(笑)。そういう近しい人で離れていった人がちょっと戻ってきたみたいな意味ではすごく効果があったアルバムでした(笑)。

ちょうど『FANTASY CLUB』から1年?

tofubeats(以下、TB):1年ちょいですね。

すごくコンスタントに作ってはいるけれど、自分で歌う楽曲を全面に打ち出すようになってからは2枚目とも言えるような(笑)。

TB:そうですね(笑)。第3期くらい。

第3期トーフビーツ(笑)。

TB:今回こんなに自分が歌う予定はなかったんですよ。毎回そうなんですけど。『FANTASY CLUB』もあんなに歌うつもりじゃなかったんですよ。今回もこんなに歌うつもりではなかったのに、ここまで来てしまったみたいな。たとえば今回も最初はドラマのタイアップで作った"ふめつのこころ"という乃木坂46の子が歌うヴァージョンのためにほぼ当て書きした曲なんで、自分が歌うやつは暫定的というか、一応作るし出すけど、ピークはそこだよなと思って作っていたんです。けど、そのヴァージョンは出せなくなっちゃって(結局自分が歌ったものが収録されている)。映画の主題歌も書いている時点では人に歌ってもらうつもりで書いたんですよ。

そういえば、『FANTASY CLUB』のリアクションはどうだったの?

TB:まぁ良いリアクションが帰ってきたとは思いますが、ちょっと不足している気持ちもあるというか……。

どこが?

TB:いわゆる仲の良い人にはすごく評価してもらえたり、近しい人とかでわりとセルアウトしたと思っている人には、意外と真面目にやっていたんだみたいな(笑)。そういう近しい人で離れていった人がちょっと戻ってきたみたいな意味ではすごく効果があったアルバムでした(笑)。俺はずっと真面目にやっていたつもりなんですけど(笑)。ある意味あんまり良くない方の偏見が取れたというのはすごく嬉しかったんですけど、一方で、思ったよりもエンドユーザーというか、いわゆる普通のリスナーに届かなかったなと。例えばele-kingとかじゃない普通の雑誌のレヴュー欄とかそういうところで全然取り上げられなかったなみたいな。それこそ年末のベスト・アルバムみたいなやつとかでも、全然取り上げられなかったなぁっていうのはちょっとありましたね。

それは悔しい?

TB:悔しいっす。あと、海外版もピッチフォークであんなに評価してくれたのに、出すのに1年かかって、バッて広がっているときに全然アクションが起こせなかったというのもガッカリ。作品としてはけっこう切り替わったタイミングでイメージを発信できたのに、そこらへんで手をこまねいてしまったというのが反省としてあります。

『FANTASY CLUB』は、聴きどころはたくさんあるんだけど、ある意味では真面目で重たいアルバムという側面もあったからね。

TB:そうなんですよ。ファンぽい人にはこれまででいちばんうけたんですよ。それはすごく嬉しかったですね。これまで応援してくれた人にはうけたと思うんで。

そのファンぽい人たちというのは、同じ時代感覚を共有しているというか、世代的にもすごく近い人たちということ?

TB:そうですね。

それはトーフビーツが抱えているような問題意識、インターネット、デジタル時代以降が抱える可能性と、負の部分もひっくるめて。

TB:あとぼくがちょっとだけひそかな期待を抱いていて、世代が一緒で音楽ジャンルが違う人に刺さらんかなと思っていたんですけど、全然そんなことはなかったので、そこは残念かな。

それはなんでだと思う?

TB:やっぱりクラブ・ミュージックだからじゃないですか(笑)。

クラブ・ミュージックだからなの?

TB:自分で言うのもあれなんですけど、これ(『FANTASY CLUB』)以前にこういう問題意識を打ち出したアルバムは日本では出ていなかったと思うんですよ。別に自分のことをクラブ・ミュージックのオーソリティとは思わないですけど、いわゆるバンドの人とかほかの若手ミュージシャンとかいろんなミュージシャンがいまめっちゃいるじゃないですか。前回のインタヴューで「次は政治的になるぞ」みたいなことを野田さんが言っていましたけど、多少そういうものを孕んだものってけっこうみんな忌避しているじゃないですか。やらないところで、こういうのをやってみたみたいなことは、自分のなかでは一個前に何かを進めようとした行為だったんで、そういうことに対するリアクションは、思ったより、ミュージシャンサイドからこなかったな。なんかガッカリではないですけど、多少残念やったなみたいなのはあるというか。
「政治的になりたくない!」ってあのときも言っていましたけど、ただならざるをえないみたいな情勢というか、普通にこんな悪いニュースとかが入ってくる生活をしていて、それに対してなんも思わないほうがおかしいみたいなそういうことはこのときくらいから思いはじめました。そういうことを音楽とかを作っている人は思っていないんかな? みたいな。それで思ってないんや……と思って。『FANTASY CLUB』が出て1年経って、言い方が悪いですけど、相変わらずのんきって言ったらあれですけど、そこはそんなに別か? みたいな。音楽を作るってけっこう反映していないと。

海外は多いけどね。そんなのばっかりとも言えるというか。

TB:そうなんですよね。そこもそれはそれでちょっと、俺はそこまではやらないで良いっていうか。

OPNほどやらなくて良いと(笑)?

TB:そうそうそう(笑)。あとはそこを評価できるところはほんとにムズイ。日本においては、そことの距離感みたいなことはけっこう美学というか。美学というのもなんか綺麗な言葉ですけどね。そこを逆に言い過ぎることによって伝わらなかったりすると言ったほうがいいですかね。そういうことをある意味抽象的なやり方で、例えばこの(『FANTASY CLUB』)ときのインタヴューでも政治的なことは言いたくないということへの批判とかもあったんですよね。でも政治的なことは言いたくないと言うことはめっちゃ政治的じゃないですか。なんか難しいですけど。そういうことやのになぁとか思いながら、いまいち難しいというか。だからこれ(『FANTASY CLUB』)はこれで別枠として、このアルバム(『RUN』)はもうちょっと宣伝を頑張りたいなと思いますけどね(笑)!

そうだね(笑)。

TB:こうして『RUN』も出ましたけど、契約のこととかもあって大急ぎで出たということもあって、『FANTASY CLUB』はもうちょっと長いこと宣伝しても良かったのかなとはいまでも思います。リミックス盤とかも出ましたけど。という感じですね。

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「政治的になりたくない!」ってあのときも言っていましたけど、ただならざるをえないみたいな情勢というか、普通にこんな悪いニュースとかが入ってくる生活をしていて、それに対してなんも思わないほうがおかしいみたいなそういうことはこのときくらいから思いはじめました。そういうことを音楽とかを作っている人は思っていないんかな? みたいな。

トーフビーツはちょうど時代のターニング・ポイントというところからスタートしているから、ただ音楽を作っているということ以上にいろんな……。

TB:諸問題を(笑)。

君は諸問題を抱えている青年なわけじゃない(笑)?

TB:でも諸問題はみんな抱えているはずなんですけどね(笑)。

たしかに(笑)。でも、トーフビーツは、ひとつは音楽ということに対する諸問題を抱えていると。例えば自分が出てくるひとつの突破口でありツールとして有効だったインターネットというものが、しかし同時にやっぱり音楽の細分化を加速させているわけであって、それはトーフビーツが目指すところのポップ・ミュージックというものの存在を、やはりどこかで阻むものとしても機能してしまっている。それだけでもすごくアンヴィバレンスを抱えながらこの数年間、作っては出し続けているんだよね。今回はもう何枚目になるの?

TB:今回はメジャーで4枚目です。

じゃあ『lost decade』とかは?

TB:『lost decade』と合わせると5枚目ですし、アルバムを出すのは前の諸名義と合わせると、10枚目くらいと言ってもいいですよ。(笑)。

いろんなものが細分化されて、昔のようなポップスというものが生まれづらくなっている今日において、トーフビーツがとくに問題視しているものはなんなんだろうか?

TB:やっぱりそれは、音楽と音楽以外のものが悪い意味で混同されているということがけっこうあると思います。それこそ有名な人とコラボをしたら曲が……。これけっこう難しい話で、例えばぼくはいろんなゲストの方とやらせてもらいましたけど、結局売り上げって、ゲストが誰やから大きく変わるということはなかったんですよね。ただ、テレビに出たら曲が売れるとか、そういうことってなんとなくわかるんですけど、そんなことかな? みたいな。今回もすごい露出がいっぱいあって、そうなるとそういう数が回転していくとか、難しいですけど。つまりは聴いている人が判断していないということじゃないですか。自分が好きかどうかというのを判断していなくて、判断を人に委ねているという傾向で、これは昔からあることではあるんですけど、それが強まっているということがポスト・トゥルースとかだったりするわけじゃないですか。自分で見た情報から判断できないとか、自分で音楽を聴いて自分はこの音楽を好きか嫌いかということを自分で考えないみたいな。そういう判断力とかひいては、想像力みたいなことやと思うんです。そういうことが減っているということが、全体的な諸問題みたいなものの起源である気がするんですよ。

その自分で判断できないってことは、同調圧力的なもの?

TB:同調圧力ともまたちょっと違うんですけど、単純にこれは誰かが言っているから正しいみたいな。

売れているから買うみたいな?

TB:それもそうですし、例えば偉い人が言っているからこれは正しいとか。そういうことの強まり。あとは何かを判断するときに2つ3つ情報を集めて自分のなかで考えるとか。そういうことをできない人が増えているのか、ぼくの目についているのかわからないですけど、そういうイメージはめっちゃ強いし、世のなかの人もそうやって人を扱う。上のほうのひとも若い世代はそんな判断をできないと思っているというか。

なめているんだ。

TB:なめた態度をとっているとはめっちゃ思う。人を馬鹿にしているということプラス、あとは判断ができないっていう。だから判断できないと思っている上の人と、それこそコピーコントロールCDとかもそうじゃないですか。客のことアホやと思っているみたいな(笑)。ひとに尊敬がないというのは想像力の話と一緒やと思うんで、結局は想像力と判断力みたいな。これはぼくのなかだったら、アートとかみたいなものをやることによって人っていうのは学ぶことができると思うんですよね。ぼくは音楽をやっていちばんよかったなと思うことは、絶対に会わないようなひとと会うことが増えたことなので。そういうことを音楽を通じて自分は学んできたので、音楽がそういうツールの代表格みたいになっているのはキツイことではありますね。

トーフビーツには見えている風景が大人たちには見えないってことはあると思う。ところで、現場にいくのはDJがメインなの?

TB:DJを増やしています。ライヴばっかりにならないようにしたいなというのはあります。

どんな感じ?

TB:いまめっちゃおもしろいですよ!

それは興味があるな。

TB:それこそDJをやっていたら「トーフさんの曲かけて!」とか言ってくる人もいますよ。

やっぱ"水星"がアンセムっていうか、いちばん盛り上がるの?

TB:いや、いまは"Lonely Nights”っす。いまめっちゃ自分の曲かかってんねんけどなぁと3日前も思っていました。DJでインストの自分の曲をかけていて、しかもホテルのラウンジでやっていて。「トーフさんの曲かけて!」って女性がずっと言ってくるんですよ。なんか悲しいなぁと思いながら、結局自分の曲がめっちゃ立て続けに10分くらいかかっていて。

どのくらいの割合でやっているの?

TB:DJは週一でやっていますね。年間80本から100本弱くらいぼくの現場はあります。

じゃあ全国。

TB:全国、週一で。ライヴももちろんやるんですけど、ライヴで地方に行っても2回目で行くときはDJとか、昼夜で行くときは夜DJさせてもらったりとか。

お客さんはやっぱり大体20代?

TB:そうですね、でも上の方もけっこういますね。

でもやっぱり20代という印象があるよね。

TB:多いと思います、大学生とか社会人入っているくらいの。東京だったらそうすかね。地方行くともうちょっと年齢層が上がる。

お客さんの層というかそういうのが変わったという印象はある?

TB:年々普通のクラブとかに行かない人は増えていますよね。クラブに行ったことがない人がぼくらのイベントで初めてクラブに来るみたいなことはあると思います。

すごく良いことだね。

TB:ただ、そこでクラブの遊び方がわからない人がいる。だからぼくの曲がかかっていないときにどうするのかみたいな問題が発生している(笑)。

まあ、それはポップ・フィールドでやっている以上は仕方がないというか。DJはコンサートじゃないし、DJとしてはいろんな音楽を楽しんでもらいたいだろうし。

TB:そういうときにぼくが自分の曲をバンバンやるというのではなくて、DJというものをある程度は見せていかないと、ぼくの曲以外の時間楽しめなくなっちゃうというか。あとは、自分が行っていたクラブがそんなクラブじゃないから、もうちょっとちゃんとパス回しで朝まで楽しめるみたいな、そういうものが残れば良いんですけど。そこをいまぼくらもバランスをみながらやっている感じですね。自分の曲はとりあえずDJでかけるけど、DJ用にヴォーカルを抜いたやつにしたりとか、ちゃんとそのときの新譜は絶対かけるようにしたりとか、クラブ・ミュージックのバランスを見ながらトライしている感じですね。

でもトーフビーツがクラブ・ミュージックの入り口になっているということはすごく良いことだと思う。クラブの主役はやっぱ20代〜30代だと思うから。

TB:そうっすね。それはけっこう意識してやるようにしていますね。

それでも頑張ってはいるし、人気が出てきたし、トヨム君もデビューアルバムが出るし。

TB:頑張っていますね彼も。あとはいまはちょっと下が元気。それこそパソコン音楽クラブとか。

世代は違うけど、食品まつりもすごいよね。

TB:上ですけど、食まつさんはすごいっすよ。それと2、3個下くらいの子がいますごく頑張っているイメージがあるので、ぼくらとはちょっと違った伸び方をしそうなんで楽しみですね。

そういう明るい兆しもあるなか、今回のアルバムは初めてのゲストなしのソロになって、しかも音楽的にはポップスとして洗練されていると思ったんだよね。

TB:初めてのソロ(笑)。『FANTASY CLUB』のときと違ってポップスにちゃんと戻って来たとは思います。

そういう意味ではすごくアプローチしやすいアルバムになっていて、背景には『ニュータウンの社会学』というコンセプトがあるにせよ、ポップとしてはすごく上手くまとめられていると思ったんだよね。ぱっと聴いたときにも思ったし、何回聴いていてもそう思う。とくに"NEWTOWN"っていう曲が最高だった。

TB:『FANTASY CLUB』のときの反省として、コンセプチュアルで難しいことを言い過ぎたがゆえにみたいなことはめっちゃあったんで。シンプルなモチーフで。

そこまで難しいことを言っているとも思わないけどね(笑)。難しいことを言っているのはOPNみたいな人でしょ?

TB:『FANTASY CLUB』のときにぼくはお客さんを馬鹿扱いしないということを最大限しようと思って、インタヴューとかでも誠意を尽くしてやったんですけど、やっぱり難しいというリアクションは世のなかから返ってきた。「これ難しいのか?」ということは思ったんですけど。

その「難しい」っていうのはあるよね。「洋楽って難しいっすよね」とか言われたり(笑)。

TB:そういう思考を停止しているのがいちばん腹立つみたいな。それは考えることを辞めているやん。考えてからわからんかったらええけど、聴く前に難しいとか言うなよとは思うんすけど、そういうことがあったので入り口としてはけっこう大胆な感じにしたくて、こういうでっかい文字とか。そういうものはありつつも作る制作半径はこのときのちっちゃい感じでやろうみたいなことがコンセプトです。これを作るときの制作上の課題でしたね。

ポップ・ソングが入ってる感があるもんね。

TB:タイアップがちゃんとあったもので(笑)。

そうはいっても、"RUN"もトーフビーツらしいなという感じで、これを1曲目にもってくるというのがトーフビーツの情熱を感じるよ。

TB:そうですよぉ。ぼくはけっこう情に厚い人間なんで。基本的には(笑)。

たしかに前作から継承されている部分はあるんだけど、"ふめつのこころ"とか、バラード調の"DEAD WAX"みたいな曲もあって。映画の主題歌"RIVER"もすごく良い曲で、メランコリーとポップさとのバランスがとれている。

TB:嬉しいです。

だから、『FANTASY CLUB』のときのアンバランスさを自分で対象化して、さらにポップスということを意識したのかなと。

TB:今回のアルバムは緩急がはっきりしているので、ポップスはポップス、クラブ・ミュージックはクラブ・ミュージックみたいな住み分けがわりとしっかりしています。わりとシャキッとした展開には。

そうだね。シャキッとしている。"YOU MAKE ME ACID"みたいなハウシーなトラックも印象的だよね。

TB:そうっすね、中盤の流れが4つ打ち4つ打ちできて、8曲目("NEWTOWN")でいきなり抜けるみたいな感じなんで。

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『POSITIVE』のときは未来に期待したいと言っていて、『FANTASY CLUB』でいやちょっと期待できないかもしれないとなって、今回であぁもう自分でどうにかするしかないんだなという感じですね。それを『ニュータウンの社会史』を読んで思ったんすよ。


tofubeats
RUN

ワーナーミュージック・ジャパン

J-PopHouseTrapBass music

Amazon Tower HMV

いろんなタイプの曲をやっているけど、作っていて一段上がれたかなと手応えを感じた曲は何?

TB:やっぱり8曲目ですね。"NEWTOWN"はそうですね。

"NEWTOWN"はアルバムのタイトルにしても良いんじゃないかくらいに素晴らしい曲だと思ったんだけど。でも、メランコリーな曲だし、それをやると重たくなるかな(笑)。

TB:そうすると思想というか、偏りが出る単語だなと思って。だからやめておこうと思いました。"NEWTOWN"はシンプルでちょっとしたことでわりとおっきく展開したように思う展開ができたので。ちょっとしか音は増えていかないですけど、めっちゃ変わったように感じる展開とか。そういうのはできると嬉しいですね。

"NEWTOWN"は繰り返しのメロディこれだけでまず完璧だということと、サウンドの時代感覚みたいなことで言えば、こういう曲はトーフビーツの世代にしか作れないものだなと思うんだよね。たとえばヴォイス・サンプリングの使い方とか。

TB:今回は自分の声でやっているのでわりと作っていてもあれでしたけど(笑)。

21世紀のエレクトロニック・ポップ・ミュージックというものがけっこう形になってきているなと思った。こういう曲は90年代にはなかったし。

TB:8曲目("NEWTOWN")9曲目(“SOMETIMES”)は技術的なところでいうとわりとピ―クというか。9曲目もポリリズムをパソコンで打ち込むみたいなことにけっこう挑戦しましたし、しかも簡単なやつじゃなくて7拍と8拍のポリリズムで、しかもヴォーカルをのせるみたいなことはけっこう頑張ったなとは思いますね。

トーフビーツとしては1曲目がいちばん、これがポップスとして……。

TB:キャッチーみたいな。でもラップとか歌とかみたいな概念とかではなくて、ポップスとして"RUN"はどうですかねと思うんですけどね。

でもトラップはあえてやったの?

TB:あえてやったというか、これはうわものだけでいうとグライムみたいな感じじゃないですか。あとトラップというかベースがデカい曲にしたい曲にしたいというのがあったんですよ。だから自分はトラップだと思って作ってはいないんですけど。

トラップをやろうという意識ではないんだ。

TB:『FANTASY CLUB』くらいからそうなんですけど、とにかくベースがでかい曲を出したいみたいなことがけっこうありました。このアルバムはマスタリングを得能さんがやっているんですけれど、実は1曲目だけマスタリングもぼくがやっています。ベースが出過ぎていて、得能さんのいつものセットアップではさばききれないところがあったので、ぼくがさばくことになったんです。この曲だけはベースの鳴りを自分の思い通りにしたいから、マスタリングもやらせてもらいました。トラップであることはそんなに大事ではない。

そういえばクレバの新作がトラップだったよね。

TB:そうっすね。おもしろかったですけどね。クレバさんのやつはサウンド的にはわりとテンプレというか、

そうだね。わりとベタにトラップをやっている。

TB:"RUN"とかもベースのインパクトとか。

グライムの要素を入れたと?

TB:あと技術的な話ですけど、半分から上と半分から下しか音が出ていないみたいな。真んなかの音が全然ない。そういうサウンド・デザインとか。そういうことをけっこう意識しましたね。あととにかく短尺。最初はこの曲は1分ちょいしかなかったんですけど、延ばそうかと言われてちょっと延ばしたんです。でも自分的にはすごくポップ・ソングだと思うんですよね、"RUN"は。別にあんまりラップという感じでもないし、歌といったら歌だし。そういうバランス感みたいなものをけっこう目指しているというか。これはラップだからとか、そんな時代でももうないでしょみたいなことはすごく思う。それこそ"NEWTOWN"とかもそうですよね。歌か歌じゃないかみたいな。

"RUN"という言葉はいまの自分にふさわしいなと思ったんだ。歌詞のことなんだけど。

TB:ふさわしいというか、こういう状態みたいな。

走っている感じ。

TB:そうっすね。あと自分で解決しないと仕方がないみたいなモードにようやくなってきて。『FANTASY CLUB』のときは世のなかがもうちょっと良くならんかな? みたいな感じだったんですけど、もう世のなかにも期待はできなさそうという感じですね。『POSITIVE』のときは未来に期待したいといっていて、『FANTASY CLUB』でいやちょっと期待できないかもしれないとなって、今回であぁもう自分でどうにかするしかないんだなという感じですね。

なるほどね。

TB:それを『ニュータウンの社会史』を読んで思ったんすよ。ニュータウンができて、バスでピストン輸送してという。バスが通らへんのやったら自分らでバスを通すしかないやんけという姿勢にいちばん感銘をうけました。ニュータウンはそういうこととは真逆の人らが住んでいるところだと思っていたんで。でもそんな人でも最終的にやっぱりバスが通らんかったらやるしかないよねという。病院が無かったらやるしかないよねみたいな思想にけっこう感銘を受けたというか。というか普通に考えたらそうかみたいな。他人が助けてくれることなんてないよなみたいな。

なるほどね。でも『ニュータウンの社会史』を読んだきっかけというのは何なの?

TB:それはJun Yokoyamaという写真家の人がいて、本人もたぶん読んでいないと思うんですけど、ニュータウンの本があったからってamazonのリンクのリプライがとんできたんですよ。これもなんかの縁やしと思って、そういう本をけっこう読んでいるので買って読んだら面白かったというだけ。でも今回のアルバムは、資料には書いていないけど本の影響が大きくって。"ふめつのこころ"のときは『中動態の世界』が出たときで。

國分功一郎、それこそ難しいものを(笑)!

TB:めっちゃ難しかったんですけど(笑)、あの本を読んで受けた影響というのはちょっとあるというか。それこそ"RUN"ってすごく能動的な言葉じゃないですか。そういうところで読んだのですごくおもしろいなと思いました。やっているのかやらされているのか、昔のCM曲みたいですけど。言ってんのか言わされてんのかみたいなね。そういうことはけっこう今回考えましたね。だから俺は走っているのか、会社に走らされているのかみたいな(笑)。そういうこととかを考えましたね。

この資料に書いてあるんだけど、ちょうど神戸にいたときに地震があったの?

TB:そうです。フラッシュバックしましたよね。

こないだフライング・ロータスに取材したんだけど、フライング・ロータスの『KUSO』という映画があるって。すごいひどいよ(笑)。でもすごくおもしろい(笑)。

TB:ほんまに見にいった人からまじのスカムって言われて(笑)。

でもおもしろいんだよね。よくできている。なんであの映画を作ったのかといったときに、子供の頃にロサンゼルスの大地震を経験しているんだよね。あれを経験しているからっていう話がでてきて。地震、いわゆる天災には人間なんてかなわないみたいなストーリーがはじまるんだよね。そういえばトーフビーツも1995年の神戸の大震災を経験しているよね。

TB:5歳ですけどね。でもけっこうダイレクトに被災していますね。あとは今回の台風やらもそうですし。

それはいまでも自分のなかで影響していると思う?

TB:震災自体はそんなに影響はなくて、親戚も誰も死んでいないですし、どっちかというとそのあとの街の仕組みみたいな。たとえば、ぼくは5歳のときに被災していますけど、小学校を卒業するまで、小学校の横に仮設住宅が建っていたんですよ。ということは10年くらい仮設住宅があったんですよね。あとぼくの祖父母は、まだ退去は終わっていないですけど、つい今年の春まで県住という被災した人に割り当てられる公営住宅に住んでいたんですよ。だから震災によって街が作り変わった後の街に自分は暮らしているみたいな。前の大阪の地震もめっちゃ揺れたんですけど、まあ神戸は地震の後に建ったものしかないしなとか。台風が来たときも大阪は昔の建物が残っているから飛ばされているんですよね。神戸はそんなに古い建物とか残ってへんから大阪ほど屋根とか飛んだりしないんですよ。みたいなものは感じることはあるというか。昔は良かったみたいな話のときに、絶対震災が出てくる。
震災より前は神戸には外タレとかもめっちゃ来ていて、大阪に500人くらいの箱の場所がなかったから東京と神戸でツアーがくまれていた話とか、クラブがすごくもりあがっていたとかいう話はめっちゃ聞くんですけど、そういうのがなくなったあとの神戸に自分は住んでいるねんなみたいな、昔、かつてよかった街なんやなみたいなことはすごく思います。地震まで祖父母がけっこう大きい八百屋だったので、そういう個人的なところでも、地震の後にめっちゃ儲かっていたものがなくなったとか、そういうそこの断絶の後に暮らしているみたいなことはすごく思います。

でも絶対トーフビーツの作品のなかでそういうものの影響がどこかにあるんだろうね。

TB:あると思いますけどね。

"DEAD WAX"という曲は音楽が主題になっているでしょ、それは前からあるんだけど。Spotifyとか配信で聴くことが一般化されたいま、CDというフォーマットに関してどう思っている?

TB:もちろんSpotifyで聴いてもらっても全然いいし、ただ、CDはCDの良さがあるなぁくらいのもので、あとは紙が入る最後のメディアじゃないですか。イラストとか載せられる。そういうものとしての良さもあります。あとはお店に並んだりとか、物流にのせられたりとかそういう魅力はあるんですけど、別になくなっても、データはちゃんと整備されたデータで全然いいし、みたいなタイプやったりはしますね。自分は好きで買うだろうけど、世間一般にそんなに残らなくてもいいかなとは思ったり。それはデビュー当初からそうです。できて嬉しいなという感覚がなくなるのはもったいなけど、それはもう1回レコードとかが出てくるのかなという気もしますし。持っていて嬉しい人にはより持っていて嬉しいレコードとか。そういう二極化はアメリカみたいに日本も進んでいくと思うんですけどね。

トーフビーツのファンはトーフビーツに何を求めているんだろう。

TB:"水星"ですかね(笑)。

はははは。またああいう曲を作ってくれよと(笑)。

TB:言われますよめっちゃ。コメント欄とかを見ていても懲りずに"水星"をくれって言ってくる。"水星”聴いたらいいやん……って思うんですけど。でもそれはそれで良いですよ、"水星"っぽい曲もときおり書きたいなとはもちろん思っていますし、それは良いんですけど、本とか読んでいて、わかり切っているものなんて読みたくなくないですか? どうなるんだろうみたいな方が良くないですか。なんかそういうものというかそういう感じになりたいなと思いますけどね。

そうだね。あともうひとつ、最初に会った頃から言っていたけど、昔は良かったって言わないで欲しいというね。自分が生きているのはいまのこの時代なんだからって。

TB:それはあります。だから神戸の話とかもそうなんですよ。神戸は昔は良かったよねっていまめっちゃ言われるんですよね、DJをやっている人とかに。実際いまは良くないよっていう。良くないけど、それはそういうことを言って良くしようと頑張ってこなかったやつらのせいっていう。客を馬鹿にしている人もそうですけど、そういう、なんでいま良くないんだって言ったらいまを良くせんかった自分らのせいやからねという話なんですよね。なので、そういうことは言わんといて欲しいなということはめちゃありますね。ぼくらの頃とかはって棚に上げるでしょ。若いやつは楽器もできひんとか、ちゃんと歌を歌わないとか(笑)。

誰が?

TB:トーフビーツは機械を使っていてちゃんと歌わへんとか(笑)。

そんなことまだ言っている人がいるの?

TB:いやーたまにありますよ。

それは古すぎる(笑)。

TB:そういうこととか、あとはラッパーがミュージックステーションとかに全然でないとか、タトゥーが入っているからでられないとかいう話とかもそうですけど。

そういうのはツイッターで言われるの?

TB:ツイッターとか、PVのコメント欄とかね。あとはぼくは自分でそういうのを見るので、どういうリアクションが返ってきたか。なんかそういう広い心みたいなのを(笑)。

今回ゲストをいれなかったじゃない? これは成り行きなの?

TB:ゲストをいれたいなっていう気持ちはあったんですけど、具体的な名前は上がらなかったです。つまりはたぶん呼びたい人がいなかったということですね。

自分のなかで、いつかは自分ひとりで完全なソロを作りたいという気持ちはあった?

TB:まったくなかったです。

『POSITIVE』とかあの頃はそんなことを考えていなかったもんね。

TB:いまも考えてなかったんですけど、ただ、前回のこのメッセージを人に預けられる人が、自分で歌わないとちょっと話がおかしくなっちゃうみたいな話があったんですけど、それとはまた別で純粋に話題を共有できる人が減ってきた。今回も"RUN"では思っていることをわりと言うときに自分が思っていることを共有できる人があんまりいない。唯一"ふめつのこころ"だけは乃木坂の子へのあてがきだったので、それは入れることができたら入れたかったんですけど。いま自分が曲にしたいことを、歌ってもらって納得のいくようなヴォーカリストがあんまりいないなと思ったんですよ。それこそぼくらの立ち位置の特異性みたいなところがあるかもしれないですけど。いまぼくらが悩んでいるようなことを歌って、ぼくらが納得できるようなミュージシャンが見当たらないというのはちょっとありました。自分でやらなしゃあないというのは、誰もやってくれへんし、同世代のミュージシャンとかのことをめっちゃ信用してやっていこう! みたいな感じでもないというか。

たしかにそういう孤独感も出ているし、表面的にはポップでも、じつは複雑な感情を孕んだアルバムだよね。

TB:そうなんですよ。『FANTASY CLUB』とかを作って、反応が友だちとかからはあったけど、もう一歩いったミュージシャンとかからあんまりなかった話とかもそうなんです。いまミュージシャンが持っている問題意識は、俺の持っている問題意識と違うんやっていうことが、これを作ってわかったんですよね。これを自分は音楽をやっているうえでぶつかる悩みやと思って作ったんですけど、音楽を作っている人はそんなことで悩んでへんねやみたいな。それやったらそれは他の音楽をやっている人には頼みにくいなみたいな話にどんどんなっていったというか。これを作ったことによってある意味呼びたい人がいなくなっていったというか。

(笑)。

TB:例えばこれにすごくシンパシーを感じましたという人が現れてやっていこうってなったらあれなんですけど。それで言ったらSTUTSさんを今回呼びたかったんですけど、単純にそういう曲がデモでできなかったというのがあって。そういう曲ができたら呼びたいという感じやったんですけど。なかなかそこらへんは難しかったという感じですね。

ある意味ではソロというよりもひとりぼっちで作ったという感覚も。

TB:そうそう。だからそういう曲がけっこう入っているみたいな。

たしかにね。正直なアルバムだけど、ちゃんとサーヴィスもしているし、この取材も相変わらず発話量が多くて楽しかったです(笑)。今日はどうもありがとうございます。

TB:ありがとうございます(笑)。

Yuta Orisaka - ele-king

 10月3日にアルバム『平成』をリリースする折坂悠太(おりさかゆうた)、スケールのでかい新人──とはいってもここ数年アンダーグラウンドで活動している──だ。バンド・アンサンブルによるみごとな音楽性は、ラテン、アフロ、ジャズ、ヒップホップなどあらゆるスタイルを飲み込んで(いわゆるグローバル・ビートだ)、それは折坂悠太の「うた」と調和し、まるであたたかい海のように広がる。つまり人生には意味があり、それは冒険であるという、意気揚々とした感じがとても良い。

坂道を駆け下りる
この体に開かれた
世界を置き去りに
鳥のように駆け下りる
“坂道”

 本人はフランク・オーシャンにそうとう入れ込んでいるようだが、その影響は今作『平成』には見られない。むしろ、サンズ・オブ・ケメットめいたアフロ・ジャズからの影響があったりして、しかもそれがいかにも「アフロやりました」的な嫌らしさがないというか、自分たちのモノにしている。

 この度、アルバムの表題曲“平成”のミュージックビデオが公開となった。バンドの演奏に名古屋のトラックメイカー、RAMZAが手を加えた楽曲で、映像監督は寺尾紗穂やバレーボウイズなど手掛ける玉田伸太郎。

 ま、とにかく、名前は覚えておいてソンはない!

 なお、今回のリリースに伴い、全国6都市のタワーレコード店舗(名古屋パルコ店、梅田NU茶屋町店、新宿店、福岡パルコ店、広島店、仙台パルコ店)でのインストアライブが決定。

【リリース情報】

アーティスト:折坂悠太
タイトル:平成
リリース:2018年10月3日
定価:2500円+税
品番:ORSK-005

1. 坂道
2. 逢引
3. 平成
4. 揺れる
5. 旋毛からつま先
6. みーちゃん
7. 丑の刻ごうごう
8. 夜学
9. take 13
10. さびしさ
11. 光


【インストアライヴ情報】

全国6ヶ所の下記店舗にて観覧フリーの弾き語りライブ+サイン会を行います。

10/25(木)20:00~ TOWER RECORDS 梅田NU茶屋町店(6Fイベントスペース)
10/27(土)15:00~ TOWER RECORDS 名古屋パルコ店
11/2(金)21:00~ TOWER RECORDS 新宿店(7Fイベントスペース)
11/4(日)12:00~ TOWER RECORDS 福岡パルコ店
11/4(日)18:00~ TOWER RECORDS 広島店
11/16(金)19:00~ TOWER RECORDS 仙台パルコ店

ご予約者優先で対象店舗にて、2018年10月3日発売 折坂悠太「平成」(ORSK-005)をご購入頂いたお客様に先着でサイン会参加券を配布致します。イベント当日、サイン会参加券をお持ちのお客様は、弾き語りライブ終了後のサイン会にご参加いただけます。サイン会は商品にサインをさせていただきますので、当日、商品を忘れずにお持ち下さい。

【ライヴ情報】

折坂悠太 “平成” Release Tour

名古屋 11/22(木) 名古屋Live & Lounge Vio
open 18:30 / start 19:30 \3,000(前売り/1ドリンク別)
#052-936-6041(JAIL HOUSE)

大阪 11/24(土) 心斎橋CONPASS
open18:00/ start 19:00 ¥3,000(前売/1ドリンク別)
#06-6535-5569 (SMASH WEST)

東京12/2(日) SHIBUYA WWW
open18:00/ start 19:00 ¥3,300(前売/1ドリンク別)
#03-3444-6751 (SMASH)

※各公演ワンマン、特別ゲストあり


■一般販売
チケット発売中
名古屋: ぴあ(P:126-568)・e+(pre:8/24-27) ・ローソン(L:42980)
大阪: ぴあ(P:125-915)・e+(pre:8/22-26) ・ローソン(L:55628)
東京: ぴあ(P:125-936)・e+(pre:8/22-26) ・ローソン(L:71310)

お問合わせ:
SMASH:03-3444-6751 smash-jpn.com ,smash-mobile.com
JAILHOUSE:052-936-6041 jailhouse.jp

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