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ジョージ・ベネット(George Bennett)、ジョン・オルソー・ベネット(John Also Bennett)、マーク・ドゥイネル(Mark Dwinell)ら3人によるニューヨークはブルックリンのシンセ・トリオ、フォーマは、2010年代における「ポスト・エメラルズ的シンセサイザー音楽」を語る上で欠くことのできない重要な存在である。なぜか。彼らの歩みには、このディケイドにおけるシンセサイザー音楽(シンセウェイヴ)の変化が象徴的に表れているからだ。
まず彼らは〈エディションズ・メゴ〉傘下にして元エメラルズのジョン・エリオットが主宰する〈スペクトラム・スプールス〉から2011年にファースト・アルバム『フォーマ』、2012年にセカンド・アルバム『オフ/オン』をリリースした。この2作は10年代初期におけるシンセウェイヴのなかでもひときわエレクトロ・ポップなサウンドを放っており、ポスト・エメラルズの象徴のようなサウンドだった。特にセカンドの『オフ/オン』は無機質なシーケンス・フレーズと硬いドラムを組み合わせるといういかにも80年代中期的なサウンドを、2010年代的な緻密なミックスでアップデートした見事な仕上がりである(エメラルズのラスト・アルバム『Just To Feel Anything』は、どこか初期フォーマの音に近いものを目指していたように思えるのだが……)。
それから4年後の2016年、リリースの拠点を〈クランキー〉に移した彼らはサード・アルバム『フィジカリスト』を発表する。4年という月日は彼らの音楽を洗練させるには十分な時間だった。サウンドは80年代のエレクトロ・ポップから70年代のソフトサイケな電子音楽へと遡行しつつも、音色の色彩感覚は繊細にアップデートされ、音のレイヤーはいっそう緻密に、サウンドの質感は滑らかになった。いわば心地よさと実験性の共存が際立ってきたのである。この『フィジカリスト』をもってフォーマ第二期の開始といっても過言ではないだろう。彼らの変化の背景には近年のニューエイジやエクスペリメンタル・アンビエントのブームへの接近という側面は少なからずあったとは思うが、安易な融合にはなっていない。音楽性そのものが深化している点が重要である。
そして『フィジカリスト』の延長線上に、2018年リリースの本作『センバランス』があるといっていい。M1 “Crossings”とM2 “Ostinato”の軽やかなシンセ・サウンドを耳にした瞬間に、10年代後半のシンセ・ミュージックということが即座に理解できるはずだ。電子音と電子音が聴き手の意識を溶かすようにレイヤーされていく見事なトラックである。以降、ジョン・ハッセル的アンビエントとでも形容したいM3 “Three-Two”、天国的かつエキゾチックなアンビエント・トラックのM4 “Rebreather”、初期フォーマを想起させるビート・トラックにヴォイスがカットアップされるM5 “Cut-Up”、電子音とピアノと環境音によるニューエイジ風のM6 “New City”などの名トラックを連発した後、人の記憶を電子化するようなミニマル・シーケンスとメロディによるマシン・アンビエントな“Ascent”でアルバムは幕を閉じる。まさにアートワークのイメージどおりに人間をデータ化しつつ、しかしそこにヒトの身体/記憶の煌きを永遠に封じ込めたような見事な電子音楽集である。
ここで重要なアルバムを、もう一作挙げておきたい。2018年にメンバーのジョン・オルソー・ベネットがアンビエント作家クリスティーナ・ヴァンズと「CV & JAB」名義で〈シェルタープレス〉からリリースした『ソーツ・オブ・ア・ドット・アズ・イット・トラヴェルズ・ア・サーフィス』である。
この『ソーツ・オブ・ア・ドット・アズ・イット・トラヴェルズ・ア・サーフィス』はアート・ギャラリーでの絵画展で演奏/発表されたインスタレーション的な音楽なのだが、近年のエクスペリメンタル・ミュージックの潮流を意識したニューエイジなアンビエント・サウンドを生成していた。加えて即興性を全面に出している点も新しかった。私見だがフォーマの新作『センバランス』は、CV & JABの『ソーツ・オブ・ア・ドット・アズ・イット・トラヴェルズ・ア・サーフィス』とコインの両面のような関係にあるのではないかと考える。いわば「構築と即興の共存」、その洗練化とでもいうべきもの。
じじつ、彼らの音楽は、どんどん自由に、かつ柔軟になってきている。その意味で『センバランス』はフォーマが追及してきた「新しいシンセ音楽」の現時点での完成形ともいえよう。
これは何も『センバランス』だけに留まらない。たとえば元エメラルズのスティーヴ・ハウシルトの新作『Dissolvi』も非常に洗練されたシンセ音楽を展開している。
現在、10年代的なシンセサイザー音楽は、アンビエント/ドローン、シンセウェイヴ、ニューエイジ・リヴァイヴァル、インダストリアル、ヴェイパーウェイヴなどを吸収しつつ、その境界線が次第に融解しつつある状態にある。言い方を変えれば、「いま」という時代は「10年代的なシンセ音楽や電子音楽」の爛熟期でもあるのだ。例えばOPNがここまで人気を得るような状況は8年前には想像もできなかった。これは電子音楽にとって「終わりの始まり」の光景のようにも感じられる。
新しいディケイドの始まりである2020年まであと2年もない。電子音楽は潮流と潮流が混じり合うような大きな変化の渦中にある。
デンシノオト