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UK出身のムラ・マサが通算2枚目、メジャー・デビューとなるアルバム『ムラ・マサ』をリリースした。
3年程前にサウンドクラウドでよくチェックしていたムラ・マサのことを思い出したのは、今年の3月にロンドンのオールドストリートの人気クラブ、XOYOのグライム・パーティでKahn & Neekがプレイしたのを聴いた時だった。その時かかっていたのは、ムラ・マサのヒット曲“ロータス・イーター(Lotus Eater)”のジャロウ・バンダル(Jarreau Vandal)のエディットで、アジアンなフルートに客は合唱する大盛り上がりだった。盛り上がりに応えてKahn & Neekは4回リワインドした。
Kahn & Neekだけでなく、ムラ・マサのリリース・パーティを〈ナイト・スラッグス〉やマムダンスがサポート、自身はグライムMC、ストームジーのプロデュースをするなど、ロンドンのクラブ・カルチャーとの関わりも強いアーティストだ。
ムラ・マサことアレックス・クロッサンは、イギリス海峡の島ガーンジー島に生まれた。音楽教育を受け、10代のはじめにはゴスペルやパンク・バンドでプレイしていたという。16歳でAbleton Liveを使って打ち込みを始め、サウンドクラウドから人気を広げた彼は、他のサウンドクラウドのプロデューサーが流行らせた「フューチャーベース」とは趣を異にし、こじんまりしていて音の粒を大切にするような空間づくりがユニークなプロデューサーであった。先述した“ロータス・イーター”が収録されているファースト・アルバム『サウンドトラック・トゥ・ア・デス(Soundtrack to a Death)』では、ストイックにメロディを聞かせるインスト曲がメインである。
その後、自身のレーベルを立ち上げて、リリースしたEP「サムデイ・サムウェア(Someday Somewhere)」は、ベッドルームからスタジオへ拠点を移し制作されたのだろう、シンガーとのコーラスワークを特徴とするプロダクションへと成長していく。特に今作に再録されている“ファイヤーフライ(Firefly)”で歌っている、ライヴでのサポートシンガーも務めるナオ(NAO)のコーラスワークは、今作へ繋がる重要な要素である。
今作は、ロンドンのバスがニュー・パーク・ロードへ到着するアナウンスから始まり、少し狂気じみたラヴ・ソング“メシー・ラブ(Messy Love)”から、マリファナをチキンナゲットに例えた“ナゲッツ”、そしてエイサップ・ロッキーを迎えた“ラヴシック(Love$ick)”へと流れていく。“ラヴシック”のイントロのタイトなドラムは、クラシックなヒップホップ・ブレイクスの質感を匂わせる。曲中のスチールパンのメロディに対して、エイサップ・ロッキーは「イビザにいるみたいな気分だ」と言ってリリックを書いたらしいが、自分にはむしろトリニダード・トバゴの祝祭をルーツに持つ、ロンドンのノッティングヒル・カーニヴァルが思い浮かんだ。
チャルリ・XCXを迎え、ワンナイト・ラヴを歌う“1 Night”では、iPhoneの着信音「マリンバ」を彷彿とさせるメロディが印象的だが、チャルリ・XCXがサビで少しだけ高めに外れる声に、彼女の歌唱力の高さを感じられた。続く“オール・アラウンド・ザ・ワールド(All Around the World)”では、USのラッパー、デザイナー(Desiigner)が共演している。しかしこの曲については、オリジナルのテーマを生かしたUKのギャングスタ・ラップ・グループ、67(シックスセヴン)によるシックなリミックスの方が素晴らしかった。
ショーで前の晩酔っ払っても、朝の飛行機に乗り遅れない
海外のショーの方が多いけど、それはイギリスが退屈だから
I'm drunk from the show last night but I gotta catch a flight in the morning
More time we overseas doing shows 'cause the UK got boring
... Liquez - Mura Masa - All Around the World (67 Version) より
(67のラップ・ショーは大人気なのにも関わらず、「治安上の問題から」イギリスの警察によって弾圧され、イギリス国内ではショー自体が中止になってしまうことが多い。)
後半の客演陣の中で、ジェイミー・リデルがプリンス顔負けの80sバイブスを披露する「ナッシング・エルス!(NOTHING ELSE!)」のポップネスが素晴らしく、ブラー(Blur)のヴォーカリスト、デーモン・アルバーンを客演に迎えたラスト・ソング“ブルー(Blu)”のコーラスには、ムラ・マサのルーツのひとつであるゴスペルを感じさせた。
全体を通して漂うドライな雰囲気と空間の隙間は、ラウドで感情的なメインストリームの音楽とは真逆である。ひとつひとつの音はバランスが取れていて、ヘッドルームに余裕があり、ひとつひとつの楽器の音の粒までがきちんと聴こえる。こうした音像は、ヘビーな808ベースに則ることが「ルール」となってしまったエレクトロニック・ポップスの流行のなかでとりわけユニークに響くし、2018年以降のエレクトロニック・ポップスのルールを書き換えてしまうだろう。そして、808ベースに代わりコーラスとメロディが再び主役となる。しかし、コーラスによって曲がエモーショナルになりすぎぬよう、ファットな生ドラムやスチールパンのメロディ、そしてロンドンの街のフィールド・レコーディングが添えられ、全体に乾いたクールネスを醸している。
米澤慎太朗