「Low」と一致するもの

Yo La Tengo - ele-king

 COVID-19というパンデミックがもたらした衝撃は、三波にわたり音楽を襲ったようだ。

 第一波は、フィオナ・アップルの『Fetch the Bolt Cutters』のようなアルバムで、パンデミック以前に作曲・録音されたものだが、閉塞感や孤立というテーマ、また、自宅で制作されたような雰囲気が、ロックダウン中のリスナーの痛ましい人生と、思いもかけぬ類似性を喚起した。

 第二波は、2020年の隔離された不穏な雰囲気の中で録音された作品群のリリース・ラッシュである。ニック・ケイヴとウォーレン・エリスの『Carnage』のように、緊張感ただよう分断の感覚を音楽に反映させたケースもあった。ガイデッド・バイ・ヴォイシズの『Styles We Paid For』では、離れ離れになってしまったロック・ミュージシャンたちが、電子メールで連絡を取り合いながら、デジタルに媒介された現代において失われつつある繋がりについて考察している。また、パンデミックによるパニック状態を麻痺させようと、アンビエントな音の世界に浸ることで、絶叫したくなるような静けさの中に安心感を生み出そうとしたアーティストたちもいた。ヨ・ラ・テンゴが短期間でレコーディングした、即興インストゥルメンタル・アルバム『We Have Amnesia Sometimes』の引き延ばされたようなテクスチャーとドローンは、一見するとこの後者の反応に当てはまるように思われる。

 しかしながら、この作品は、パンデミックが音楽にもたらした第三の波、つまり、リセットと再生という方向性を示しているのかもしれない。そこで登場するのが、このバンドの最新アルバム『This Stupid World』である。

 ヨ・ラ・テンゴについて、「過激な行動」や「激しい変化」という観点から語るのは、誤解を招く印象を与えるかもしれない。このバンドは、1993年の『Painful』で自身のサウンドを確立して以来、30年間にわたってその領域を拡張してきたわけだが、彼らがいままでに作ってきたどんな楽曲を聴いても、すぐに「これはヨ・ラ・テンゴだ」とわかるバンドである。それは、彼らの音楽がすべて同じに聴こえるという意味ではなく、彼らがいま占めている領域が、紛れもなく彼らのものであるように感じられるということだ。ヴェルヴェット・アンダーグラウンドが、わずか5枚のアルバムで切り開いた道は、いまやヨ・ラ・テンゴが20枚近いアルバムで包括的に探求し、拡張しており、たとえ彼らがその道の先駆者でなかったとしても、ヨ・ラ・テンゴこそがこれらの道を知り尽くした、影響力ある道案内だと言っても過言ではないだろう。

 簡単に言うと、ヨ・ラ・テンゴは自分たちがどのようなバンドであるかを理解しているのだ。彼らが長年にわたって起こしてきた変化というのは、総じて、甘美なものと生々しいものの間の果てしない葛藤に対して、様々な取り組みをしてきたことによる質感の移り変わりであると言える。彼らは、身近にあるツールを使って、角砂糖から血液を抽出するための様々な方法を模索してきたのだ。そして、ここ10年間は『Fade』や『There’s a Riot Going On』のようなアルバムにおいて、その過程のソフトな一面の中に、彼らが抱えている様々な不安を包み込んでいる傾向があった。

『We Have Amnesia Sometimes』は、ある意味、そのような優しい世界への旅路の集大成のように感じられた。だが一方で、この作品は、メンバーだけが練習室にこもり、中央に置かれた1本のマイクに向かって演奏したものが録音されたという、非常に生々しいアルバムでもあった。その撫でるような感触は確かに心地良いものだったが、このアルバムはメロディーを削ぎ落とし、彼らがノイズと戯れ、ポップな曲構造から完全に遊離したもので、ジョン・マッケンタイアがプロデュースを手がけた『Fade』にあった滑らかなストリングスのアレンジメントからは完全にかけ離れていたものだった。それはリセットだったのだ。

 では、『This Stupid World』はどのような作品なのだろうか。バンドは今作のプロダクションにDIY的なアプローチを全面的に取り入れており、7分間のオープニング曲 “Sinatra Drive Breakdown” から、かすれたような、粘り強い前進力がこのアルバムに備わっている。規制が緩和され、パンデミックより先のことが考えられるようになったとき、音楽シーンにいる多くの人が感じたものがあったが、それは、周囲の快適さが、抑圧されていた衝動に取って変わり、その衝動が爆発する出口を求めているという感覚だった。この曲はその感覚を捉えている。新鮮な気持ちで世界へと飛び出し、全てを再開するという感覚。再び人と会い、再び何かをしたいと思い、再び一緒に音を出す。もう2年も無駄にしてしまったのだから、いまこそが、それをやるときなのだ。

 同時に、ヨ・ラ・テンゴが確実にヨ・ラ・テンゴであり続けていることは、決して軽視すべきことではない。A面の最初の数秒から、ヨ・ラ・テンゴであることはすぐに認識でき、彼ら自身もそのことに対して完全な確信を持っている。『This Stupid World』は、彼らの過去30年におけるキャリアのどの時点でリリースされてもおかしくないアルバムであり、誰にとっても驚きではなかっただろう。このアルバムの48分間は、3面のレコード盤という、通常なら忌まわしいフォーマットで構成されているのだが、ヨ・ラ・テンゴらしい遊び心と妙な満足感がある。A面は、ゾクッとするようなディストーションと力強い威嚇が暗闇から唸り声を上げ、2曲目の “Fallout” はバンドがこれまで書いた曲の中で最も快活で生々しいポップ・ソングであり、A面を締めくくる “Tonight’s Episode” は、絶え間なく鳴り続けるフィードバック音の中、シンプルなグルーヴが柔らかに跳ねている。B面では、ジョージア・ハブリーがヴォーカルを取って代わり、“Aselestine” では最も甘美なスポットライトが彼女に当たり、ヨ・ラ・テンゴの抑えの効いたサウンドへの基調が打ち出されていく。そして、最終的には、メロディーと、むさ苦しいノイズ・ロック、テクスチャーのあるドローンといった、彼らのコアとなるスタイルへと回帰する。B面の最後は、永遠にループする仕様(ロックド・グルーブ)になっており、これはちょっとしたイタズラ心か、あるいはアルバム最後の2曲を聴くために、最後のレコードを取り出す時間をリスナーに与えるためのものだろう。

 最後の面では、ヨ・ラ・テンゴのノイズ・ロック的な側面がさらに深く掘り下げられており、何層にも重なったフィードバックとディストーションの中にリスナーを没入させていく。“Fallout” が、はるか彼方の海底からつぶやくように再び現れると、音楽は音程を外すように溶け出し、シンセ・ドローンの疲れながらも希望感ある流れに取って代わり、その雰囲気からデヴィッド・リンチを彷彿とさせるようなドリーム・ポップが浮き彫りになる。この2曲は、このアルバムを見事に締めくくるトラックであり、ここ数年ロウが追求してきた、激しい音の暴力と心が震えるような美しさの衝撃的な共存というものに、ヨ・ラ・テンゴがいままでになく近づいていることを示す2曲ではないだろうか。だが彼らはそれをヨ・ラ・テンゴらしく、最初から最後までやり遂げている。彼らは自分たちが何者であるか知っているが、『This Stupid World』では、その認識がより一層強く感じられるのだ。


by Ian F. Martin

The shock to the system delivered by the COVID-19 pandemic seems to have hit music in three waves.

The first was with albums like Fiona Apple’s “Fetch the Bolt Cutters”, written and recorded before the pandemic but where the theme of being trapped and the secluded, homemade atmosphere evoked unexpected parallels with the bruised lives of locked-in listeners.

The second was the initial rush of releases that were recorded in the atmosphere of isolation and unease of 2020. In some cases, like Nick Cave and Warren Ellis’ “Carnage”, this meant channeling that tense sense of fragmentation into the music. In Guided By Voices’ “Styles We Paid For” it meant dispersed rockers working by email to reflect on the loss of connection in digitally mediated lives. Others sought to anaesthetise the panic, using ambient sonic furniture to craft a sense of security out of the screaming silence. It’s this latter response to the situation that the drawn-out textures and drones of Yo La Tengo’s speedily recorded, improvised instrumental album “We Have Amnesia Sometimes” seemed on the face of it to fall into.

However, it perhaps also points the direction towards a third wave of influence brought to music by the pandemic: one of reset and even rejuvenation. It’s here that the band’s latest album, “This Stupid World” comes in.

Talking about Yo La Tengo in terms of radical moves and sharp shifts often seems like a misleading way to discuss them. This is a band where, at least since the expansion of their sound mapped out in 1993’s “Painful”, you can hear almost anything they’ve done over those thirty years and instantly know it’s them. This is not to say that their music all sounds the same so much as that the territory they occupy now feels so indisputably theirs. Paths blazed by The Velvet Underground over a mere five albums have now been explored and expanded by Yo La Tengo so comprehensively over nearly twenty albums that even if they weren’t the first, they’re these roads’ most immediately recognisable travellers and most influential stewards.

To put it simply, Yo La Tengo know what sort of band they are. The ways they have changed over the years have generally occurred in the shifting textures of their varying approaches to the endless struggle between the sweet and the raw — in finding different ways, with the tools at hand, to get blood from a sugarcube — and over the past decade or so, albums like “Fade" and “There’s a Riot Going On” have tended to wrap up whatever anxieties they have in the softer side of that process.

In some ways, “We Have Amnesia Sometimes” felt like a consummation of that journey into gentle fields. It was also a very raw album, though, recorded by the band alone in their practice room, playing into a single centrally placed microphone. There was certainly something soothing about its caress, but it was an album that stripped away melody and let them play with noise, liberated entirely from pop song structures — as far as the band has ever been from the smooth string arrangements of the John McEntire-produced “Fade”. It was a reset.

So what does that make “This Stupid World”? Well, the band have fully embraced a DIY approach to production, which from seven-minute opener “Sinatra Drive Breakdown” gives the album a scratchy, insistent forward momentum. It captures that feeling many of us in the music scene felt as restrictions relaxed and we start thinking beyond the pandemic, the comfort of the ambient giving way to a repressed urgency seeking an outlet from which to explode. The feeling of lurching out into a world where we are starting again, fresh: meeting people again, wanting to do something again, making a noise together again. We’d wasted two years already and now was a time to just do it.

At the same time, it’s important not to understate the extent to which Yo La Tengo are always definitively Yo La Tengo. From those first few seconds of Side A, the band are immediately recognisable and completely assured in themselves — “This Stupid World” is an album they could have released at any point in the past thirty years and surprised no one. Even in how the album’s 48 minutes are sequenced over the usually cursed format of three sides of vinyl manages to be both playful and strangely satisfying in a distinctly Yo La Tengo way. Side A growls out of the darkness in squalls of thrilling distortion and reassuring menace, second track “Fallout” as fizzy and raw a pop song as the band have ever written, and side closer “Tonight’s Episode” hopping softly around its simple groove beneath a constant hum of feedback. Side B flips the story with Georgia Hubley taking vocals for one of her sweetest spotlight moments in “Aselestine”, setting the tone for a tour through the band’s more sonically restrained side, eventually returning to their core conversation between melody, skronky noise-rock and textured drones. It ends on a lock-groove — perhaps born from a sense of mischief or perhaps to give the listener time to whip out the last disc for the final two songs.

The final side digs even deeper into Yo La Tengo’s noise-rock side, immersing the listener in layers of feedback and distortion, “Fallout” reappearing in a distant, submarine murmur before the music slips out of tune and dissolves, giving way to tired but hopeful washes of synth drone, crafting Lynchian dreampop out of the the ambience. These two tracks make for an intriguing exit to the album, and together form perhaps the closest the band have yet come to the devastating coexistence of harsh sonic violence and heart-stopping beauty explored over the last few years by Low. They way they do it is Yo La Tengo all the way, though: they know who they are, but on “This Stupid World” they’re just more so.

Boris - ele-king

 去る2022年、30周年記念アルバム『Heavy Rocks』をリリースしたBoris。同作を引っ提げたツアーは北米、オーストラリアをめぐり終え、今月末からは欧州ツアーがはじまる(最終日は6月8日、スペインのプリマヴェーラ・サウンド)。それに先がけ、昨年LAおよびサンフランシスコでおこなわれたパフォーマンスの映像が公開されている。チェックしておきましょう。

坂本龍一追悼譜 - ele-king

3日前の便り

 3月25日の夜9時24分、パートナーの方から初めてメールが来た。
 そこには、本人は送れないので「事情ご拝察のほど」とある。
 「ああ、とうとうなのか」
 白紙になった内心の画面にそういう文字列が浮かぶ。

 私は高校時代以来の付き合いだが、彼の他界を事実として知るのはみなと同じ。4月2日のTwitterを見た時である。
 その間の1週間、なにをしていたのだろうか。
 8年ぶりに新しい本を出す。その準備と新宿御苑に放射能汚染土が運び込まれる問題。両方で動きまわる。言葉どおり忙殺される毎日だった。
 一人の友が小舟を漕いで遠い海に去っていく。その背中を岸辺で見送るしかできない。もう声は届かないだろう。遠く夕陽が落ちていく水平線。その橙色のハレーションに吸い込まれる後ろ姿がどんどん小さくなるのである。

 あるときは最後から3番目の作品、映画音楽『レヴェナント:蘇えりし者』。
あらためてその音源を聴いた。
 レオナルド・デカプリオ演じる主人公が熊に体を抉られて森に横たわる場面。瀕死のまま夜の大空を見上げる。ミズーリ川沿いの大森林地帯を覆う濃紺の夜陰。無数の星々がぶちまけられている。息子を連れ去った裏切り者への怒り。さらに先住民から学んだ智慧が、彼を大地から立ち上がらせるのである。その眼が急流を見つめている。そんなシーンを思わずにはいられなかった。

 だが坂本龍一が蘇ることはなかった。
 結局、汚染水拡散反対を語るメッセージの公開も、私の新著『鉛の魂』も病床には間に合わなかったのである。

諫めること

  諌死という古い言葉がある。
 坂本龍一が去ってしばらく、そんな言葉が浮かんでいる。
 彼の優美というべき「諫死」をどう受けとめたらいいのか?
 しきりにそう思う。政治的にというより、『レヴェナント』や『async』、そして『12』の音響は、なにか大きな諌めを聴く者の身体に及ぼすからだ。

 どういうことなのか。
 ピアノが低く響くなか、大きな力に抗いつつ逝った彼の姿に、晩年のフーコーがギリシャから蘇らせた「パレーシア」を思う人もいる。「正しく生きて死を迎えること」。その姿勢を最後まで貫いた。そう言えるかもしれない。
 けれども私は、彼の孤独な打弦に「畏れ」を聴いてしまうのである。最期の3作が連作のように聞こえる。その印象は絶えることなく寄せては引いていく宇宙のさざ波だ。エリック・サティのピアノ譜には簡素な部屋がふさわしい。坂本が遺した水面には長い残照が見えるのである。

 諌死(かんし)ってなんだろう?
 東アジアでいう諫死とは、ふつう君主の過ちを臣下が死をもって諭すことだ。「論語 徴子篇」が出典らしい。主君と家臣がいた時代の話である。
 それをあえて演じた、三島由紀夫による半世紀前の惨死劇を思い浮かべればいいかもしれない。作家は駐屯地のバルコニーから「武士」になろうとしない自衛隊員を叱る。それは生き延びたスメラギを諫める声でもある。ところが下に集まる隊員たちはその説教にいら立つ。カルダンの制服を着た彼は戦地に行かなかったんじゃないの? ということはまあ措こう。

 なんでこんな話を――と思うだろう。
 実際私たちがまだ若い1970年11月25日、ハドソン川に浮かんだアルバート・アイラ―の訃報に心騒めく私と違って、坂本龍一は三島の首を見とどけようと市谷の坂を下るような人だった。同じ高校の3年生と2年生。前年の9月に校長室を占拠してから14か月たつ。
 この日の夜、新宿通りに面したピットイン・ティールームの奥まった席で、彼はすこし興奮していた。アイラ―を悼んで『ニューグラス』を聴きたい後輩に、『天人五衰』は読んだ?なんて呟く先輩なのである。麻薬の売人に殺されたテナーマンに惹かれる私は返答に困る。新宿二丁目青線のガキは四谷の高台で育った小説家にさして興味がなかったからだ。
 17歳同士でそんな会話をしたのは、私にとってつい昨日の出来事である。

時の亡霊

 しかし、半世紀たった坂本龍一の去り方はまた違うと思う。
 遺作『12』は「水になれ」と私には聴こえるのである。
 「海ゆかば」ではない。水平な諌めの譜である。そこには君も臣もいない。夕闇が迫る海と空の境い目あたりに去っていくピアニストの後ろ姿が浮き沈みするのである。
 それは、かつて彼自身が「戦場のメリークリスマス」は「海ゆかば」になってしまった――と密かに語ってくれたからだ。大島渚は先に逝った。それでも公式のステイトメントにこんな言い方は出てこないだろう。

 海ゆかば 水漬(みず)く屍(かばね)/山行かば 草生(む)す屍
 大君(おおきみ)の 辺(へ)にこそ死なめ/かえり見はせじ

 ――自分の死体が海に浮かび、山野で草が生えたとしても、私は天皇の傍で死のう。自分のことは決して顧みずに。詩は万葉集に採られた大友家持の長歌だ。この歌を5歳のころ聞いた1939年生まれの演出家、鈴木忠志はその思い出を書いている。

 私の戦争の記憶の中では、とび抜けて忘れられない旋律である。戦争が子供心にもたらした、唯一のすばらしい記憶と言っていいかもしれない。むろん当時の私には歌詞の意味はわからなかった。後に理解した時には、茫然たる想いにさせられたことは覚えている。
(SCOT ブログ鈴木忠志「見たり・聴いたり」、2011年6月23日より)

 悠久なる日輪の王。その荘厳に吸い込こまれる透明な死。その酩酊。1963年には11歳だった私の感想もたいして変わりない。なんだかわからないが、とにかく雄々しく潔い。
 それでも戦後生まれの少年。赤塚不二夫「おそ松くん」が載る『少年サンデー』が待ちどおしくてたまらないガキは、同時に『少年マガジン』で始まったちばてつやの連載「紫電改のタカ」にも惹かれる。初戦の勝利を飾ったゼロ戦と壊滅へ向かう戦争末期の紫電改は違うのである。ちばてつやの絵には幼い航空兵たちが南の島で生きようと思い悩む日常がある。大戦艦の艦橋から見る将官の眼ではない。
 前衛ばかりじゃないです、私たちも。坂本龍一と「紫電改のタカ」やうなぎ犬の話もするんだったなと思う。

 つまり「音楽は魔術」。Yellow Magic以前に、こういう違和感は坂本にも鋭く共有されている。だから1983年に自分自身が創った「戦場のメリークリスマス」のメロディーに、中国市場に進出する企業戦士たちの新しい「海ゆかば」が聞こえてしまうのである。大陸の経済が列島のそれを凌駕する25年前だ。
 これは二つの作品の比較楽曲分析ではまるでない。軍神の碑を爆破して始まる東アジア反日武装戦線の闘い。彼女/彼らが検挙されて7年という時代精神が、二つの曲に流れる音脈をつなぎ、かつ聴き分けるのである。
 時代精神のドイツ語原義は「時の亡霊」である。音楽こそ亡霊。20世紀の経験は私たちにさまざまな「亡霊」たちと付き合う術を教えてくれたのである。

水になれ

 私の中にも亡霊が棲んでいる。
 そのゴーストが『12』の楽曲を「水になれ」と聴く。
 「水になれ、Be Water」はブルース・リーの娘シャノンが書いた伝記に由来するという。その起源とされる『老子』の一篇を引こう(保立道久 現代語訳『老子』、ちくま新書』)。

 上善若水:上善(じょうぜん)は水のようなものだ。水の善、水の本性(もちまえ)は万物に利をあたえ、すべてを潤して争わない。水は多くの人の嫌がるところに流れこむ。水は道に近いのである。(原著8章、現代語訳9講)

 「善」と聞けば、誰でも説教臭い声を感じる。そこに異を立てる保立によれば老子の「善」 という考え方は、倫理的な「良い・悪い」と違って本性が自由自在な状態を意味するという。
 言ってみればこれはanarchyなのである。そしてその「善」を主語としてこの一篇を読む。 ベースには『論語』への対置がある。とりわけ孟子が上からの「仁政(おめぐみ)」を強調したのに対して、老子にとって「仁」とは「友の善」のことだと保立はいう。紀元前4世紀の中原で交わされた哲学論争の当否を判断する知識が私にはない。それでも直観する。

 最高のanarchyは水のごとし。仁なる政とは「友のanarchy」である。
 これは驚くほど爽快な理解である。
 ここまでくると、さらにジャンプした我流である。しかし1968年の小川環樹訳で『老子』に接した者には跳躍が必要である。もちろん坂本龍一も読んでいる。そして『12』には全編にわたって「水」が流れているのである。彼とは最期にこういう話がしたかったと切実に思う。
 亡くなって25日たった4月22日の夜、神宮外苑絵画館前に6000人が集まった。彼のポートレートの傍らで樹木伐採に抗して立つ人びとの体内からは水音が聞こえる。木々には天地から水が流れ込み、そして流れ出ていく――と、私の亡霊が呟くのである。

海に立つ牙

 と同時に、『async』になにか「牙」のようなものを聴きとる。
 彼は息をする最後まで「癒し」の感情を拒んだと思う。
 厳かな多重音が連なる。としても複雑な不協和音からさえ旋律は逃れる。三味線を弾く撥(ばち)から和を抜く。水の流れを清めつつ濁らせる。『12』でも、「戦場のメリークリスマス」ならオリエンタルな和合になじんでしまう波間に微かな白波が立つ瞬間がある。さらに2つの作品には、フレデリック・ジェフスキー「不屈の民」の欠片が飛び散っているのである。これは魂を濾過しなければ聞こえてこないだろう。
 「始源のサカモト」が形を変えて帰ってきた。最期の3作はそう聴こえてくるのである。

 1980年代に彼はYMOに加わり、私は山谷に流れる。バブルへ向かう時代を真逆の場所で生きたのである。それから30年近く「異論のある友情」の位置を保ってきた。これはけっこう難しい。彼がローランドのシンセサイザーを駆って世界ツアーした1年後に、寄せ場の闘いに加わった私は地面に転がる友人二人の死体を見ていた。山谷の映画を撮った二人は日の丸を背負う極道に殺されていた。それでも微かな接触はある。
 とはいえお互いに「時の亡霊」の乗りこなし方を覚えたのは、この30年間だったと思う。悪性新生物が私たちをもう一度引き合わせる。近づく死霊の影は、どうしても死にきれない魂を呼び戻すからだ。

 始まりの3作。1976年『ディスアポイントメント・ハテルマ』、1978年『千のナイフ』、1980年『B-2 UNIT』。ここにはよく砥がれた牙がある。そして電子音の歯牙を突き立てるのをためらう一瞬がある。この刹那が別の次元を開く。その技に知的な胆力を感じた。
 例えば「Riot in Lagos」。これは黒人音楽への坂本龍一の若い応えだ。まだ朴訥な機械状ファンク。腐乱したビートをかき集めて動く心臓。その心壁に触れる0.1ミリ手前で電子メスの手を止める。これが牙だ。終わりの3作でも、遠く海の彼方に去る海獣の背にそんな牙が朧げに浮かぶのである。

 ともに新生物を宿して暮らすようになってから、メールでは「龍一氏」と呼びかけるようになっていた。ベタに名を呼びながら敬意を添える。遠近を含む奇妙な言い方だが、今は水平線に向かってこう聞いてみたいのである。
―――龍一氏、奈良の暗殺者をどう思う? 

 ただ一人の標的だけを精密に消した者の「義と技」を、病床にいた彼はどう受け止めたのだろうか。2年前とりあえず新生物をいなした私に「おまえはいいよな」と書き送ってきたことがある。そこまで言う彼の病状は、ついにこの重い問いを許してくれなかった。
 だが、痛みの中で彼はこのことを考えていただろう。
 私の牙がそう言う。
 坂本龍一は私にとって、いつまでもそういう「海の牙」なのである。

Fridge - ele-king

 キエラン・ヘブデンがフォー・テットをはじめるまえに組んでいたポスト・ロック・バンド、フリッジの01年作『Happiness』が20周年記念盤となって蘇る。“Cut Up Piano and Xylophone” や “Long Singing” など美しい音世界が魅力のアルバムだ。現在 “Five Four Child Voice” がリード曲として公開、さらに同曲の2007年のライヴ映像も公開されている。発売は5月26日です。

Four TetことKieran Hebden率いるFridgeが2001年にリリースした名作『Happiness』のリリース20周年記念盤が5/26リリース決定。リード・シングルとして「Five Four Child Voice (Remastered)」がリリース、加えて、この曲を演奏した2007年のライヴ・パフォーマンス映像が公開。

Four TetことKieran Hebdenが学友であったAdem Ilhan、Sam Jeffersと共に1996年に結成したFridgeが2001年にリリースした『Happiness』がリリース20周年を記念し、リマスタリングし、ボーナス・トラックを加えた新装パッケージのアニヴァーサリー・エディションが5/26にリリースされることが決定致しました。

リード・シングルとして「Five Four Child Voice (Remastered)」がリリース、加えて、この曲を演奏した2007年のライヴ・パフォーマンス「Live at Bardens Boudoir, London, England (August 9, 2007)」が公開されました。

Fridge “Happiness – Anniversary Edition” 5/26 release

Artist: Fridge
Title: Happiness
Label: PLANCHA / Temporary Residence Ltd.
Format: CD(国内流通仕様盤)
※帯・解説付き
Release Date: 2023.05.26
Price(CD): 2,200 yen + tax

ポストロックとエレクトロニカが交錯し、フォークトロニカへも派生しようとしていたゼロ年代初頭を彩った不朽の名作の20周年記念盤が登場。Four TetことKieran Hebdenが学友であったAdem Ilhan、Sam Jeffersと共に1996年に結成したFridgeが2001年にリリースした『Happiness』がリリース20周年を記念し、リマスタリングし、ボーナス・トラックを加えた新装パッケージのアニヴァーサリー・エディション。ポストロックxエレクトロニカの超絶名曲にしてフォークトロニカの源流になったいう説もある超名曲「Long Singing」収録。

1996年に学友のKieran Hebden、Adem Ilhan、Sam Jeffers によって結成されたFridgeは、初期は驚くほど多作で、最初の4年間で10枚のシングルと4枚のアルバムをリリースした。メジャーレーベルに短期間在籍した後、トリオはこれまでで最も焦点を絞ったアルバム(Eph、1999年)をリリースした後、フリッジは4枚目のアルバム『Happiness』を発表した。

2001年に最初にリリースされた『Happiness』は、広大で田園的な傑作であり、アコースティック・クラッター、エレクトロニックな探求、ヒップホップ・プロダクション・テクニック、実験的なロック・アレンジの革新的なミックスです。Kieranの今をときめくソロ・プロジェクトであるFour Tetとともに、『Happiness』は1990年代の典型的な自己真面目なエレクトロニック、インディ〜アヴァンロックの最も説得力のある要素を引きずり出し、それらを折衷的なフォークやスピリチュアル・ジャズと組み合わせて、新しい世紀へ向けたものへと昇華した。さらに驚くべきことに、彼らはなんの気負いもなく、当時のあらゆるアルバムとは一線を画す完成度の高い作品を完成させたのだ。

当時のムーヴメントであったポストロックとエレクトロニカが交錯していくような極めて完成度の高い作品であるが、何といっても白眉は本編最後を飾る9分にも及ぶ「Long Singing」。エレクトロニックなサウンドとアコースティックな音色がミニマルながらエモーショナルなメロディに乗って重なり合っていきながらピークを迎えた後に徐々に減っていく。その構築美で聴かせるポストロック〜エレクトロニカ史上に輝く珠玉の名曲。また、フォークトロニカの源流のひとつであるとも言われており、20年の時を経ても未だ色あせていない。

『Happiness – Anniversary Edition』は、Fridgeのキャリアを決定づけたこの傑作の20周年記念リイシュー。 Kieran Hebdenがオリジナルのマスター・テープから細心の注意を払って復元、再構築、リマスタリングしたこのアルバムの音質は、かつてないほどオリジナルの録音を尊重しています。

01. Melodica & Trombone
02. Drum Machines & Glockenspiel
03. Cut Up Piano & Xylophone
04. Tone Guitar & Drum Noise
05. Five Four Child Voice
06. Sample & Clicks
07. Drums Bass Sonics & Edits
08. Harmonics
09. Long Singing
10. Five Combs (Bonus Track)

Restored and remastered by founding member of Fridge, Kieran Hebden (aka Four Tet)

"Five Four Child Voice (Remastered)" out now

Bandcamp
YouTube

Fridge – Live at Bardens Boudoir, London, England (August 9, 2007)
YouTube

COMPUMA - ele-king

 昨年、ソロ・アルバム『A VIEW』を発表し、さざ波のようにその評判が広がったことは記憶に新しい。COMPUMAの、アルバム・リリース後に渋谷WWWにおいておこなわれた初ライヴの模様がDVDとして発売される。内田直之がさらにダブミキシングを加え、映像作家・住吉清隆がその世界の映像化を研ぎ澄ませる。注目しましょう。
 なお、『A VIEW』のアナログ盤もリリースされるようで、こちらは限定300枚。詳しくはレーベル・ブログをチェック

アーティスト:COMPUMA
タイトル:A VIEW MOVIES(LIVE DUB)
リリース日:2023年4月28(金)
レーベル:SOMETHING ABOUT
品番:SOMETHING ABOUT 006
フォーマット:DVD+Download Code
値段:2000円(税抜)
流通:SOMETHING ABOUT / ブリッジ

■LP
アーティスト:COMPUMA
タイトル:A VIEW
リリース日:2023年4月28(金)
レーベル:SOMETHING ABOUT
品番:SOMETHING ABOUT 005 LP
フォーマット:LP2枚組+Download Code
値段:4500円(税抜)
流通:SOMETHING ABOUT

■レーベル詳細URL(近日公開予定)
https://compuma.blogspot.com

Oval - ele-king

 グリッチの開拓者、オヴァルが新作を発表する。ピアノの導入でリスナーを驚かせた『Ovidono』(2021)以来のアルバムだが、先行配信中の “Touha” を聴くかぎりどうやら今回もピアノがフィーチャーされているようだ。『Romantiq』と題されたそれは5月12日に世界同時発売。かつてグリッチで世界を震撼させたマーカス・ポップが目指す「ロマンティック」とはいかなるものになるのか? 期待しましょう。

OVAL(オヴァル)
『ROMANTIQ』(ロマンティック)

THRILL-JP 57 / HEADZ 258 (原盤番号:THRILL 590)
価格(CD):2,200円+税(定価:2,420円)
発売日(CD):2023年5月12日(金) ※ 全世界同時発売
フォーマット:CD / Digital
バーコード:4582561399527

01. Zauberwort(ツァオバーヴォルト)
02. Rytmy(リートミー)
03. Cresta(クレスタ)
04. Amethyst(アメティスト)
05. Wildwasser(ヴィルトヴァッサー)
06. Glockenton(グロッケントーン)
07. Elektrin(エレクトリン)
08. Okno(オクノ)
09. Touha(トウハ)
10. Lyriq(リューリク)
11. Romantic Sketch A(ロマンティック・スケッチ A)
12. Romantic Sketch B(ロマンティック・スケッチ B)

Total Time:46:20

Tracks 11, 12…日本盤CDのみのボーナス・トラック

All music written, arranged and produced by Markus Popp
Artwork by Robert Seidel

'90年代中盤、CDスキップを使用したエポック・メイキングな実験電子音響作品を世に送り出し(2022年発表されたPitchforkの『The 150 Best Albums of the 1990s』にて1995年作『94diskont.』が132位にランクイン)、エレクトロニック・ミュージックの新たな可能性を提示し続け、世界中にフォロワーを拡散させた独ベルリン在住の音楽家、オヴァル(OVAL)ことマーカス・ポップ(Markus Popp)。
2020年1月リリースの『SCIS』(THRILL-JP 51 / HEADZ 243)以来のワールドワイド・リリース(米シカゴの老舗インディー・レーベルThrill Jockey Recordsより)となるオヴァルの最新アルバム『ROMANTIQ』にて、マーカス・ポップがまたしてもエレクトロニック・ミュージックの可能性を刷新した。
「ASMR 2.0」とも呼ばれた、2021年12月に発表された女優Vlatka Alecとのアートプロジェクト作品(マーカス自身のレーベル、UOVOOOからのOVAL名義でのリリースとなった)『OVIDONO』(Soの豊田恵里子も参加)でのクリエイションも反映させ、『OVIDONO』のアルバム・カヴァーを担当したデジタル・アーティストRobert Seidel(ロバート・サイデル。ドイツのイエナ出身で、現在はベルリンを拠点に活動。『ROMANTIQ』のアートワークも担当)とのオーディオ・ヴィジュアルなコラボレーション(2021年9月に開館したDeutsches Romantik-Museumのグランド・オープニング用のコラボレーション)が契機となり、多様な建築物かのように立体的な音空間を創り出している。
かつてのフォークトロニカ、ポスト・クラシカルとは一線を画した、2010年の『O』以降、職人芸のように磨き上げた、生楽器(オーガニック)とエレクトロニクス(デジタル)の境界線を曖昧にした独特なブレンドが、新たな領域に達し、所謂音楽家的なコンポーザー、メロディーメイカーとしての才能が一気に開花したかのような、圧倒的にオリジナルでロマンティックな音楽を創り上げた。
‘膨大な情報量を、見事に昇華し、これまでの作品の中でも最高峰に美しく洗練された、ノスタルジックでありながらフューチャリスティックでもある、情緒豊かな大傑作アルバム。

アルバムからの先行シングルとなった9曲目「Touha」(トウハ)のHEADZヴァージョンのMusic Video(video by Robert Seidel)は現在、以下URLにて限定公開中。
https://www.youtube.com/watch?v=itRb-9EkhC8

◎ 全世界同時発売(2023年5月12日)
◎ 日本盤CDのみのボーナス・トラック2曲収録
◎ 日本盤CDのみマーカス・ポップ本人によるマスタリング音源を使用(デジタル配信は、ワールドワイド版のThrill Jockey盤と同様に、Rashad Beckerによるマスタリング音源を使用)
◎ 日本盤CDのみマーカス・ポップとロバート・サイデルのお気に入り画像をメインに使用した、Thrill Jockey盤とは異なるオリジナル・デザインのジャケット。

African Head Charge - ele-king

 エイドリアン・シャーウッド主宰の〈On-U〉を代表するグループのひとつ、81年にパーカッショニストのボンジョ・アイヤビンギ・ノアとシャーウッドによって開始されたダブ・プロジェクト、アフリカン・ヘッド・チャージ。なんと『Voodoo Of The Godsent』(2011)以来となる、12年ぶりのオリジナル・アルバムが発売されることになった。ボンジョの暮らすガーナの都市名が冠された新作『ボルガタンガへの旅』は7月7日発売。現在新曲 “Microdosing” が公開されている。やはりかっこいい……
 そしてなんとなんと、おなじく12年ぶりに来日公演も決定!! 詳細は後日とのことだが、首を長くして待っていようではないか。

African Head Charge
ヤーマン!!!!
パーカッションの魔術師、ボンジョ、

パーカッション奏者のボンジョ・アイヤビンギ・ノアとUKダブのパイオニアとして知られるプロデューサーのエイドリアン・シャーウッドを中心に結成された〈On-U Sound〉の伝説的プロジェクト、アフリカン・ヘッド・チャージが12年ぶりの新作『Trip To Bolgatanga』を7月7日に発売することを発表、同時に新曲「Microdosing」をMVと共に解禁した。また、12年ぶりの来日も決定しており、後日詳細が発表される予定となっている。

African Head Charge - Microdosing
https://youtu.be/DELmBbsI0jM

アフリカン・ヘッド・チャージが、12年ぶりのニューアルバムとともに〈On-U Sound〉に帰ってきた。タイトルは『Trip To Bolgatanga』で、結成メンバーであるボンジョ・アイヤビンギ・ノアがレコーディングを主導し、彼の盟友でともにグループを動かしてきたエイドリアン・シャーウッドが再び制作の指揮に携わった。

アルバムの間隔が大きく空いたことに関して、ボンジョは次のように述べる。「12年という時間が経つ間、私はガーナで家族と過ごしていたけど、創作は続けていた。まだまだ自分には世に問うべきことがたくさんあるってことは、きっとわかってもらえるだろう。人生の中で、この時期は仕事もしたかったけど、家族との時間も大切にしたかった。毎日を愉快に過ごしながら、創作にも精を出した。何といっても幸せなことがあれば、いっそう創作に前向きになれるものだし、最大の幸福は家族といることなんだから」

今回のアルバムのサウンドによって『My Life In A Hole In The Ground』や『Songs Of Praise』といったアフリカン・ヘッド・チャージの往年の名作が思い起こされるのは確かだが、だからといって彼らの音楽がすでに進化を止めていると思い込むのは誤りだ。名パーカッション奏者の彼は言葉を続ける。「ドラム演奏にしても、詠唱するようなチャントの歌唱にしても、できるまでには時間がかかる。私はひたすらガーナ全土に赴いてドラム奏者たちに会ってきた。ファンテ、アキム、ガー、ボルガタンガといったあらゆる部族が、それぞれに異なるドラムの文化を持っている。僕はできる限り多くを学び、組み合わせてひとつの形にしようと模索している。これは料理に似ている。すべての材料、例えばヤム(ヤマイモ)、バナナ、カボチャを混ぜ合わせると、そこに施す最終的な味付けが肝心だ。私は音楽をそういうふうに捉えている。さまざまな要素を集め、それを味わえば『いいね、これはいい味付けだ。いいね、これはいいサウンドだ』という言葉が出てくる。これこそがアフリカン・ヘッド・チャージの存在意義なんだ。ありとあらゆる組み合わせを追求して、それをエイドリアンのところに持って行けば、さらに新しいものを作るために彼が力を貸してくれる」

プロデューサーを務めるエイドリアン・シャーウッドも同じ意見だ。「アフリカン・ヘッド・チャージにふさわしい素材を選び抜き、それからオーバーダビングやミキシングを楽しみながら完璧なものに仕上げていくということをずっとやっている。これまで常にいい関係で仕事を続けてきたけれど、今回のアルバムで自分たちは史上最高の結果を出せたと思う」

グループが40年以上に渡って活動してきた中でも、今回のアルバムは、音楽の本質を共有する大家族のようなメンバーたちが現場に戻ってきた印象がある。マルチな楽器奏者のスキップ・マクドナルドと、彼とタックヘッドでともに活動するダグ・ウィンビッシュのふたりは、さまざまなトラックに参加してその力を発揮している。かつて90年代初めにアフリカン・ヘッド・チャージに関わっていたドラムのペリー・メリウスが、正統派の重厚なリズムを3つの楽曲に加えている。ここに新鮮な顔ぶれが数多く加わっていることも見逃せない。管楽器やリード楽器は、ポール・ブース、リチャード・ロズウェル、デイヴィッド・フルウッドが務める。キーボードにはラス・マンレンジとサミュエル・ベルグリッター。ギターはヴィンス・ブラック。さらにはシャドゥ・ロック・アドゥ、メンサ・アカ、アカヌオエ・アンジェラ、エマニュエル・オキネらによるパーカッション、イヴァン・“チェロマン”・ハシーによるストリングス、ゲットー・プリーストによる力強い歌声が加わる。そして特別ゲストとして、伝統楽器コロゴの名手キング・アイソバがボーカルで参加するとともに伝統的な2弦リュートの巧みな演奏を披露している。

過去のアルバムでは世界各地から集めたエッセンスを一緒くたに混ぜ合わせていたのに対し、ニューアルバムにおいてアフリカン・ヘッド・チャージはただひとつの場所を念頭に置いている。『A Trip To Bolgatanga』とは、ボンジョにとって現在の生活拠点であるガーナ北部を巡る音楽の旅だ。これは幻想的な旅路の記録であり、そこに現れる風景を象徴する、さまざまなハンドパーカッションや人々が唱和するチャントの歌声を補強するように、轟くベース音、変化を加えた管楽器、余分な音をカットするエフェクト、騒々しいワウペダルの効果、何かにとりつかれたようなブードゥー教のダンスミュージック、合成されたうねりのサウンド、コンガのリズム、何層にも入り乱れる電子楽器のエフェクト、ブルースの影響を感じさせる木管楽器、ファンキーなオルガンの音などが加わっている。〈On-U Sound〉の作品がすべてそうであるように、何度繰り返し聴いてもその度に細かいディテールに関する新たな発見がある。このサウンドは大がかりな音響システムで聴かなければ、その真価を理解することはできないだろうし、そうなった暁には、いかなる相手が競合しようとも太刀打ちできずに叩きのめされることだろう。

アフリカン・ヘッド・チャージの最新作は7月7日にデジタル、CD、LPで7月7日に発売!国内盤CDにはボーナストラックが追加収録され、歌詞対訳と解説書が封入される。LPは通常盤(ブラック・ヴァイナル)に加え、限定盤(蓄光ヴァイナル)、日本語帯付き仕様盤(蓄光ヴァイナル、歌詞対訳・解説書付)で発売される。さらに、国内盤CDと日本語帯付き仕様盤LPは、数量限定のTシャツセットでも発売される。

label: On-U Sound
artist: African Head Charge
title: A Trip To Bolgatanga
release: 2023.07.07

BEATINK.COM: https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=13353

国内盤CD Tracklist
01. A Bad Attitude
02. Accra Electronica
03. Push Me Pull You
04. I Chant Too
05. Asalatua
06. Passing Clouds
07. I’m A Winner
08. A Trip To Bolgatanga
09. Never Regret A Day
10. Microdosing
11. Flim 18 (Bonus Track)


蓄光ヴァイナル

蓄光ヴァイナル(暗闇ではこのように光ります。)

Cantaro Ihara - ele-king

 いよいよ新作フルレングスの登場だ。70年代以降のソウルやAORなどからの影響をベースにしつつ、現代的な感覚で新たなサウンドを探求するシンガー・ソングライター、イハラカンタロウ。昨年からウェルドン・アーヴィン日本語カヴァーや “つむぐように (Twiny)” といったシングルで注目を集めてきた彼が、ついにセカンド・アルバムを送り出す。メロウかつ上品、どこまでもグルーヴィーなサウンドと練られた日本語詞の融合に期待しよう。

70年代からのソウル〜AORマナーやシティ・ポップの系譜を踏襲したメロウなフィーリング、そして国内外のDJからフックアップされるグルーヴィーなサウンドで注目を集めるイハラカンタロウ待望の最新アルバムがリリース決定!

ジャンルやカテゴリにとらわれない膨大な音楽知識や造形の深さでFM番組やWEBメディアでの海外アーティスト解説やイベント、DJ BARでのミュージックセレクターなどミュージシャンのみならず多方面で活躍するイハラカンタロウが、前作『C』から2年を越える歳月を費やした渾身のフルアルバムをついに完成!

世界的なDJ、プロデューサーとしても知られるジャイルス・ピーターソンのBBCプレイリストにも入るなど海外、国内ラジオ局でのヘヴィ・プレイから即完&争奪戦となったWeldon Irvineによるレア・グルーヴ〜フリー・ソウルクラシック「I Love You」(M7)日本語カバーや、サウスロンドンのプロデューサーedblによるremixも話題となったスタイリッシュ・メロウ・ソウル「つむぐように (Twiny)」(M2)といった先行シングルに加えて、新進気鋭のトランペッター “佐瀬悠輔” が艶やかなホーンを聴かせるオーセンティックなソウルナンバー「Baby So in Love」(M3)、現在進行形のルーツ・ミュージックを体現する“いーはとーゔ”の菊地芳将(Bass)、簗島瞬(Keyboards)らが臨場感溢れるパフォーマンスを披露した極上のグルーヴィー・チューン「アーケードには今朝の秋」(M4)、そして自身のユニット “Bialystocks” でも華々しい活躍を続ける菊池剛(Keyboard)が琴線に触れるメロディーを奏でる「夜の流れ」(M6)など同世代の才能あるミュージシャン達が参加した新たな楽曲も多数収録!

イハラカンタロウ『Portray』ティザー
https://youtu.be/RyE9RtDsohk


[リリース情報]
アーティスト:イハラカンタロウ
タイトル:Portray
フォーマット:CD / LP / Digital
発売日:CD / Digital 2023年4月28日 LP:2023年7月19日
品番:CD PCD-25363 / LP PLP7625
定価:CD ¥2,750(税抜¥2,500)/ LP ¥3,850(税抜¥3,500)
レーベル:P-VINE

[Track List]
01. Overture
02. つむぐように (Twiny)
03. Baby So in Love
04. アーケードには今朝の秋
05. Cue #1
06. 夜の流れ
07. I Love You
08. ありあまる色調
09. You Are Right
10. Cue #2
11. Sway Me

[Musician]
Pf./Key.:菊池剛(Bialystocks)/簗島瞬(いーはとーゔ)
E.Guitar:Tuppin(Nelko)/三輪卓也(アポンタイム)
E.Bass:toyo/菊地芳将(いーはとーゔ)
Drums:小島光季(Auks)/中西和音(ボタニカルな暮らし。/大聖堂)
Tp./F.Hr.:佐瀬悠輔

[特典情報]
タワーレコード限定特典:未発表弾き語り音源収録CD-R

[Pre-order / Streaming / Download]
https://p-vine.lnk.to/1NYBzJ

[イハラカンタロウ]
1992年7月9日生まれ。70年代からのソウル〜AORマナーやシティ・ポップの系譜を踏襲したメロウなフィーリングにグルーヴィーなサウンドで作詞作曲からアレンジ、歌唱、演奏、ミックス、マスタリングまで 手がけるミュージシャン。都内でのライヴ活動を中心にキャリアを積み2020年4月に1stアルバム『C』(配信限定)を発表、“琴線に触れる” メロディ、洗練されたアレンジやコードワークといったソングライティング能力の高さで徐々に注目を集めると、同年12月にはアルバムからの7インチシングル「gypsy/rhapsody」、そして2022年2月には「I Love You/You Are Right」(7インチ/配信)をリリース、さらには12月にサウスロンドンで注目を集めるプロデューサーedblによるリミックスを収録した「つむぐように (Twiny)」(7インチ/配信)をリリースし、数多くのラジオ局でパワープレイとして公開され各方面から高い評価を受ける。またライヴや作品リリースだけでなく、ラジオ番組や音楽メディアで他アーティストの作品や楽曲制作にまつわる解説をしたり、ミュージックセレクターとしてDJ BARへの出演やTPOに合わせたプレイリストの楽曲セレクターなどへのオファーも多く、深い音楽への造詣をもってマルチな活動を行なっている。2023年2月には「I Love You (DJ Mitsu The Beats Remix)」(7インチ/配信)をリリース、春には待望の2ndアルバムのリリースを予定している。

Twitter:https://twitter.com/cantaro_ihara
Instagram:https://www.instagram.com/cantaro_ihara/

interview with Martin Terefe (London Brew) - ele-king

あのレコードを再発明したようなもの、派生的なもの、マイルスに繋がり過ぎるものは絶対に作りたくないと思っていた。それもあって、トランペットは入れないことにしたんだ。

 ジャズの歴史上、もっとも革新的な創造と破壊がおこなわれたアルバムとして記憶されるのが、マイルス・デイヴィスの『ビッチェズ・ブリュー』である。ジャズのエレクトリック化が進みはじめた1970年、ロックやファンクなど異種の音楽を巻き込み、それまでのモダン・ジャズやフリー・ジャズの流れからも逸脱した音楽実験がおこなわれたアルバムである。フュージョンやクロスオーヴァーといった1970年代のジャズの潮流とも異なり、あくまで自由で混沌とした集団的即興演奏がおこなわれたこのアルバムは、以後のミュージシャンにも多大な影響を及ぼし、マイルス・デイヴィスの名作の一枚というのみならず、ジャズを変えた歴史的な一枚という評価を残している。

 そして2020年の初め、『ビッチェズ・ブリュー』が生まれてから50周年を記念し、トリビュート的なプロジェクトがロンドンではじまった。『ロンドン・ブリュー』というこのプロジェクトは、当初はロンドンで記念ライヴをおこなう予定だったが、コロナ・パンデミックによるロックダウンで中止を余儀なくされる。しかし、発案者であるプロデューサーのマーティン・テレフはライヴから形態を変え、ミュージシャンたちによるセッションを録音し、それを編集した形でのリリースへとこぎ着けた。セッションに参加したミュージシャンはシャバカ・ハッチングスヌバイア・ガルシア、テオン・クロスなど、主にサウス・ロンドン周辺のジャズ・シーンで注目を集める面々から、ザ・シネマティック・オーケストラなどで演奏してきたニック・ラム、そしてトム・スキナー、トム・ハーバート、デイヴ・オクムという、ロンドンのジャズ~フリー・インプロヴィゼイション~オルタナ・ロック・シーンを繋ぐ面々(3人はかつてジェイド・フォックスで活動し、現在はオクム=ハーバート=スキナー名義で共演するほか、オクムとハーバートはジ・インヴィジブルでも活動する)。


London Brew
Concord Jazz / ユニバーサル

UK JazzFree JazzDub

Amazon Tower HMV disk union

 こうした面々が集まった『ロンドン・ブリュー』は、単に『ビッチェズ・ブリュー』を再現したりするのではなく、あくまでマイルスたちミュージシャンがおこなった音楽的な実験精神をもとに、自身のアイデアで新しく自由な音楽をクリエイトしていくというもの。そして、パンデミックという閉塞した状況の中、逆にそれがミュージシャンたちの結束や自由な精神を強め、大きなパワーを生み出すことになった。マーティン・テレフェはスウェーデン出身で、幼少期はヴェネズエラで育った音楽プロデューサー。コールドプレイのガイ・ベリーマン、アーハのマグネ・フルホルメル、ミューのヨーナス・ビエーレヨハンとアパラチックというユニットを結成したことで知られるが、一転して『ロンドン・ブリュー』ではシャバカやヌバイアなど多彩なミュージシャンから、DJのベンジーBやエンジニアのディル・ハリスなどスタッフを束ね、それぞれの自由で創造的な表現をまとめ、最終的に一枚のアルバムという形で世に送り出した。そんなマーティン・テレフェに、『ロンドン・ブリュー』のはじまりから話を伺った。

やりたかったのは、マイルスがミュージシャンたちに与えた自由と信頼、そしてレコードの精神を自分たちの音で表現することだった。『ビッチェズ・ブリュー』を再現するというよりも、あの作品におけるマイルスのスピリットを祝福する、という意味合いが強かったんだ。

マーティンさんは『ロンドン・ブリュー』のプロデュースをされているのですが、このプロジェクトはマイルス・デイヴィスの『ビッチェズ・ブリュー』からインスパイアされたものと伺います。どのようにして企画が生まれ、スタートしていったのですか?

マーティン・テレフェ(Martin Terefe、以下MT):『ビッチェズ・ブリュー』の50周年を記念して、ライヴをやろうというアイデアがはじまりだった。もちろん、それを話していたのはパンデミックの前のこと。友人のブルース・ラムコフがこのプロジェクトについて連絡をくれて、マイルス・デイヴィスの息子と甥と一緒にマイルスを祝い、敬意を表するためのアイデアを考えている、と教えてくれたんだ。で、彼らがロンドンにあるエレクトリック・ブリクストンというヴェニューで演奏していたロンドンのミュージシャンたちのパフォーマンスに感動したらしく、彼らにこのプロジェクトのためにバービカン・センターで開かれるイベントで演奏してくれないかと依頼することになった。でも、そこでパンデミックがはじまってしまい、ライヴ・イベントは実現できなくなってしまって。そこで皆と話を続けて、何か代わりにできることがないかアイデアを出してみることにしたんだ。そして、最終的にポール・エプワースのチャーチ・スタジオに3日間だけこもって、その豪華なミュージシャンたちと一緒に音楽を作ることにしたんだよ。


今回取材に応じてくれたプロデューサーのマーティン・テレフェ

個人的にマイルス・デイヴィスと『ビッチェズ・ブリュー』に対してどのような思いがありますか?

MT:私はつねに様々な種類の音楽に夢中だった。南米で育ったから、アメリカの音楽、アメリカのソウル・ミュージック、R&B、ラテン・ミュージックなんかをたくさん聴いて育ってきたんだ。でも、母国であるスウェーデンに戻ってからは、ロック・ギターをたくさん弾くようになった。そして最終的には、マイク・スターンやジョン・スコフィールドのようなギタリストたちにインスパイアされるようになったんだけれど、それらの作品すべてがマイルスと繋がりがあったんだ。私が最初にマイルスの音楽に出会ったのは、彼の初期のアコースティックな作品だった。でも、『ビッチェズ・ブリュー』のアルバムを手にしたとき、「このレコードはロック・レコードだ」と思ったんだよね。それが僕にとっての『ビッチェズ・ブリュー』の経験だったんだ。いい意味で危険を冒したレコードというか、すごく異質に感じた。そして火と怒りに満ちていて、同時に自由も感じられた。すごく自由な音楽だなという印象があったんだ。だから僕にとって『ビッチェズ・ブリュー』は、自由の炎を意味するレコードだと思う。

それを2023年のロンドンでどう表現しようと考えたのでしょう?

MT:私たちはあのレコードを再発明したようなもの、派生的なもの、マイルスに繋がり過ぎるものは絶対に作りたくないと思っていた。それもあって、トランペットは入れないことにしたんだ。しかもトランペットを入れると、トランペット奏者にとってもかなりプレッシャーになるからね。僕たちがやりたかったのは、マイルスがミュージシャンたちに与えた自由と信頼、そしてレコードの精神を自分たちの音で表現することだった。『ビッチェズ・ブリュー』を再現するというよりも、あの作品におけるマイルスのスピリットを祝福する、という意味合いが強かったんだ。だから、このアルバムはいろいろな意味で『ビッチェズ・ブリュー』とは全然違うと思う。このアルバムはパンデミックの時期に制作されたから、皆一緒に演奏できない、他の人に会えないというフラストレーションが溜まっていた直後に小さなスタジオで皆で集まり、さらに自由に演奏し、表現することを楽しむことができた。スタジオには本当に生き生きとした激しい瞬間も、静かで瞑想的な瞬間もあったね。そして、メランコリーなフィーリングが生まれたりもした。サウンドは『ビッチェズ・ブリュー』と違えども、自由を皆で共有しているのはあの作品と繋がる部分なんじゃないかと思う。スタジオに入る前、あらかじめ書かれた音楽はまったく存在しなかった。計画さえなかったし、3日間の完全な即興演奏であの曲の数々が生まれたんだ。当時のマイルスたちがそうであったように、私たちも同じ方法でまったく新しいものを作ったんだよ。

参加ミュージシャンはヌバイア・ガルシア、シャバカ・ハッチングス、テオン・クロスなど、主にサウス・ロンドン周辺のジャズ・シーンで注目を集める面々から、ザ・シネマティック・オーケストラなどで演奏してきたニック・ラム、それからトム・スキナー、トム・ハーバート、デイヴ・オクムというかつてジェイド・フォックスというユニットで活動してきた人たちが中心となっています。人選はどのようにおこなったのですか? トム・スキナー、トム・ハーバート、デイヴ・オクムの3人が中心となっているように思うのですが。

MT:前にも言ったようにそのメンバーは、最初にやる予定だったライヴ・イベントに参加してもらうはずだったミュージシャンたち。ブルースとマイルスの息子のエリン、そしてマイルスの甥でドラマーのヴィンスが見て感動したミュージシャンたちだね。で、パンデミックに入り一緒にプレイできなくなった人、会えない人たちも出てきたから、レコーディングに参加できるミュージシャンを後からまた選ばなければならなかった。決まりに沿って準備するのは大変だったんだ。スタジオに入れる人数は最大15人に絞らなければいけない、とかね。それで、僕と音楽ディレクターのデイヴ・オクムで誰がいいかを話し合い、いろいろな人に声をかけて、今回のアンサンブルを実現したんだ。特に誰が中心っていうのはないよ。12人のアンサンブルで、全員が全曲で演奏しているからね。参加ミュージシャン全員がメイン・ミュージシャン。もしかすると、ヌバイア・ガルシアとシャバカ・ハッチングスのふたりはソロイストとしてとくに目立っているかもしれないけれど、このレコードに参加しているミュージシャン全員がこのプロジェクトに同じくらい不可欠な存在なんだ。

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ヌバイア・ガルシア


シャバカ・ハッチングス

スタジオに入る前、あらかじめ書かれた音楽はまったく存在しなかった。計画さえなかったし、3日間の完全な即興演奏であの曲の数々が生まれたんだ。当時のマイルスたちがそうであったように、私たちも同じ方法でまったく新しいものを作ったんだよ。

ミュージシャンたちは参加するにあたって、どのようなプロジェクトにしていきたい、どのように演奏していきたいなど、述べていたことはありますか?

MT:多くのミュージシャンが、「なぜこんなことをするんだろう? この神話的で画期的なアルバムからどんなインスピレーションを得て、それをどう使う意図なんだろう?」と疑問に思っていた。それは私自身も最初に思ったことだったしね。だから、彼らにはそれを説明する必要があったんだ。でも同時に、ルールは設けず、明確な指示はしなかった。初日はロックダウンで何を経験したか、それを表現した音をひとつだけ演奏してもらうところからはじめ、そこから広げていったんだ。

楽曲自体はマイルス・デイヴィスをカヴァーするのではなく、『ビッチェズ・ブリュー』からのインスピレーションをもとに新たに作曲しているのですが、具体的には何かのテーマを設けて作曲していったのでしょうか? 例えばヌバイア・ガルシアによると、“マイルス・チェイシズ・ニュー・ヴードゥー・イン・ザ・チャーチ” という楽曲は、マイルスがジミ・ヘンドリックスに捧げたとされる “マイルス・ランズ・ザ・ヴードゥー・ダウン” を再解釈したもので、ふたりの音楽の革命家をイメージしてエフェクトを施したと聞きますが。

MT:今回のセッションには歌がなかったから、テーマに関してはちょっと複雑なんだ。丸三日間すべて即興演奏というセッションだったからね。曲はそれらの録音素材を使って後から構成していったんだ。長いセッションを聴いて、その中から何か面白い部分を見つけ、その7分や15分の気に入った部分をミックスしながらトラックを作っていった。そしてその後、タイトルを考えたんだ。で、タイトルを考えているとき、あの曲のヌバイアのサックスは、確かにジミ・ヘンドリックスに似たリアルなフィーリングがあると感じた。だからそのタイトルにしたんだよ。ヌバイアにあの曲のインスピレーションは何だったのかと聞いたのはそのあと。そしたらヌバイアが、“マイルス・ランズ・ザ・ヴードゥー・ダウン” とジミ・ヘンドリックスだって答えたんだ。他のトラックもテーマを設けたわけじゃなかった。1日のセッションで3時間録音したから3日間で合計9時間、とにかく自然に生まれるものをレコーディングしたんだ。ループも何もなく、ただ演奏するのみ。必要なのは、スタートとストップだけだった。最初の曲はなんと元の音源は24分もあったんだよ。自然にでき上がっていったから、レコーディングした曲の長さは様々だったんだ。

現代の音楽は多くの制約が設けられていると思うんだ。TikTokなんかもそうだし、曲が短くあることが強要されている感じがある。そして短い作品だと、ジャンルも限られてきてしまうと思うんだ。でも、このアルバムにはその制約が全くない。

主に作曲や編曲を担当したメンバー、リーダーとなって演奏を引っ張ったメンバーはいますか?

MT:作曲はやはり全員が同じくらい関わっていると言えると思う。完全な曲というものを皆で作ったわけではないけど、即興ででき上がった音楽だから、全員が制作に参加したと言えるんじゃないかな。制作をリードしていたのは、僕とデイヴ・オクムのふたりだったと思う。プロデューサーと音楽ディレクターという役割を担っていたし、バンドでも演奏もしていたし。セッション中に指示を出したりはしていたから。


デイヴ・オクム

例えばどんな指示を?

MT:こんなふうにはじまる曲を演奏してみよう、とか。あとはキーを決めてみたりもしたんだ。


London Brew
Concord Jazz / ユニバーサル

UK JazzFree JazzDub

Amazon Tower HMV disk union

多数のメンバーが参加するビッグ・バンド的な編成で、フリー・ジャズからアヴァンギャルド、ジャズ・ロックやプログレッシヴ・ロックなどが融合した演奏を繰り広げるというのは、歴史を遡れば今から50年以上も前のロンドンで活動したマイク・ウェストブルックのコンサート・バンドや、キース・ティペットキング・クリムゾン、ソフト・マシーン、ニュークリアスなどが参加したセンティピードを思い起こさせるところがあります。こうした先人たちを意識したところはありますか?

MT:意識はしていなかったけど、私はソフト・マシーンやプログレッシヴ・ロック、ジャズ・ロックに実際夢中だった時期があるから、その影響が自然と出てきたのかもしれない。ソフト・マシーンは何年もかけて進化してきたバンドだし、ハイブリッドな音楽として存在しているし。彼らの音楽はジャズでもなくロックでもない。自由で実験的で抽象的なものが許された音楽だから、彼らの音楽が連想されるのは良いことだと思う。

楽曲は生演奏だけではなく、プログラミングやエフェクトなども交え、最終的にはミキシングやポスト・プロダクションを経て完成されています。DJのベンジーB、エンジニアのディル・ハリスも参加しており、マーティンさん自身もギターのほかにプログラミングやミキシングを担当しているようですが、『ロンドン・ブリュー』において演奏以外のプロダクションはどのような働きを担っているのですか? 『ビッチズ・ブリュー』もテオ・マセロのプロダクションが重要な役割を果たしていたように、『ロンドン・ブリュー』におけるあなたの役割も大きいのではと思うのですが。

MT:プログラミングは交えてないけれど、電子的なエフェクトはたくさん使っている。今回はDJであるベンジーBがいてくれたから、あらかじめ録音しておいたギターの断片を、セッションの中で皆にヘッドフォンで聴かせたりもした。私はミックスと編集を担当したけど、私がそれを担当したのは、やはりパンデミックという特殊な状況で、人とコラボレーションするのが容易ではなかったから。それに時間もたくさんあったから、スタジオに行って何時間も何時間も音楽を聴いて、その中から面白いものを選ぶことができたんだ。編集やミックスをはじめたときは、このアルバムがどんな作品になるのか確信が持てなかった。でも、エグゼクティヴ・プロデューサーのブルース・ラムコフは、さっき話したようにマイルスの家族と繋がりがあったから、彼がこのプロジェクト全体をまとめる手助けをしてくれたんだ。ブルースに電話で私のアイデアについて話したとき、彼はとても協力的だった。彼には本当に助けられたよ。


ベンジーB

マイルスがいかに周りのミュージシャンを信頼していたか、そして彼らに多くのスペース、自由に演奏する余白を残していたかを学んだ。彼はとても聴き上手だったんだよ。

このアルバム自体もそうですし、パンデミックがあったからこそ生まれたというような作品も多いみたいですね。

MT:そうだね。もちろん、パンデミック期間中は多くの悲しみと悲劇も起こった。でも同時に、多くの人びとにとって多くの時間と空間が与えられた時期でもあると思うんだ。だからこそ、ある種の再編成と自由が生まれたんだと思う。長い間ほかのミュージシャンたちと一緒に演奏できていない状態で皆が集まったから、突然15人が集まって演奏がはじまったときのエネルギーは本当にすごかった。ほかの人間を身近に感じることができて、そこからすごく大きなパワーが生まれたんだ。

シャバカ・ハッチングスはこのプロジェクトについて、「音楽を作ることが好きなミュージシャンたちが、社会的な力として、また社会的な構成要素として、音楽を作っている。彼らは団結と動きを表現するものを作っている。それが生きているということなんだ。統一があり、運動があり、振動がある」ということを述べています。たんなる音楽活動ではなく、社会活動も見据えての発言かと思いますが、実際に『ロンドン・ブリュー』には社会活動としての意識はあるのでしょうか?

MT:シャバカは今回のセッションが、大きな鍋の中で音楽を皆でかき混ぜながら、キャンプ・ファイヤーの周りに座っているようなとても共同的な感覚だった、と言っていた。実際に皆円形になって演奏していたし、全員がお互いに向き合って顔を合わせながらセッションしたんだ。そこからは確かに団結感のようなものが生まれていたと思う。

『ロンドン・ブリュー』の成り立ちにも関わってくるかと思いますが、コロナによるパンデミックは音楽界にも多大な影響を与え、それまでの演奏形態や音楽制作も変化してきているところがあると思います。そうしたことがあって、先ほどのシャバカの社会活動としての音楽という発言もあるのかなと思いますが、改めて『ロンドン・ブリュー』の持つ意義についてお聞かせください。

MT:現代の音楽は多くの制約が設けられていると思うんだ。TikTokなんかもそうだし、曲が短くあることが強要されている感じがある。そして短い作品だと、ジャンルも限られてきてしまうと思うんだ。でも、このアルバムにはその制約が全くない。ジャズとかロックとか、そういうことを意識せずに自分たちを自由に表現できるのはすごく幸運だったと思う。そしてそれこそが、他のミュージシャンたちと一緒にマイルスのプロセスを研究したことによって得た教訓だったんだ。彼がいかに周りのミュージシャンを信頼していたか、そして彼らに多くのスペース、自由に演奏する余白を残していたかを学んだ。彼はとても聴き上手だったんだよ。だから2023年のいま、このレコードはそれを皆に思い出させる存在になると思う。音楽はこれほどまでに大きくなることができ、それ自体がひとつの宇宙であることに気づかせてくれる作品。リスナーの皆には、そこから得られるとても力強く大きな経験にぜひ触れてほしいね。

Masahiro Takahashi - ele-king

 日本出身でトロントを拠点に活動しているアンビエント・ミュージシャン、これまで〈Not Not Fun〉などからリリースを重ねてきたマサヒロ・タカハシが新作を送り出す。UNKNOWN MEの一員としても知られるH.TakahashiやTakaoらが参加。ラウンジ・ミュージックなどを参照した心地いいアルバムに仕上がっている模様。詳細は下記をご確認あれ。

Masahiro Takahashi / Humid Sun

USの老舗〈Not Not Fun〉からリリース経験がある、カナダ・トロント在住の日本人ミュージシャンMasahiro Takahashiが新作LP『Humid Sun』を、カナダの〈Telephone Explosion Records〉よりリリースする。

本作には日本からH.Takahashi、Takao、Yamaan、トロントからJoseph Shabason、Ryan Driverなど、国内外の重要アーティスト8名が参加。アンビエントを下敷きに、エキゾチカ、ラウンジ、ジャズ、バレアリックを横断した内容となっている。

タイトル: Humid Sun
アーティスト:Masahiro Takahashi
レーベル: Telephone Explosion Records
カタログ:TR107
フォーマット: LP&デジタル
発売日:2023/3/31
Bandcamp:https://masahirotakahashi.bandcamp.com/album/humid-sun

Masahiro Takahashi マサヒロ・タカハシ
カナダ・トロント在住のミュージシャン。ギターや鍵盤、ソフトウェアを使い、音響的なアプローチと、親しみやすいメロディのある音楽をつくる。2021年、アメリカのテープシーンを牽引してきた〈Not Not Fun Records〉からカセットアルバム『Flowering Tree, Distant Moon』をリリース(翌年にTelephone Explosion RecordsよりLP化)。これまでにベルギー、カナダ、アメリカなど海外のインディーレーベルにて作品を発表している。

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