「Not Waving」と一致するもの

interview with Kelly Moran - ele-king

 9月12日。それは渋谷O-EASTでOPNの来日公演が催される日だった。初めてバンドという形態で自らの音楽を世に問うたダニエル・ロパティン、ニューヨークロンドンに続くかたちで実現された東京版《MYRIAD》のショウにおいてもっとも異彩を放っていたのは、キイボード担当のケリー・モーランだった。クラシカルの文法を身につけた彼女が紡ぎ出す即興的な旋律の数々は、間違いなくロパティン個人からは出てこない類のそれであり、随所に差し挟まれる彼女の好演によって『Age Of』収録曲はもちろん、過去のOPNの楽曲もまたべつのものへと生まれ変わっていたのである。『Age Of』と《MYRIAD》との最大の相違点、それは彼女の存在の有無だろう。
 そのケリー・モーランがソロ名義の新作を〈Warp〉からリリースする。両者を仲介したのはロパティンだが、彼と出会う前の彼女はモダン・クラシカルな習作を手ずから発表するいっぽう、マーク・エドワーズやウィーゼル・ウォルターといったアヴァンギャルド勢(別エレのニューヨーク特集参照)のバンドに参加したり、ケイジの長年のコラボレイターだったマーガレット・レン・タンのために曲を書いたりと、なかなか興味深い経歴の持ち主である。そんな彼女は今回、ロパティンの手を借りることによって音楽家として新たな段階へ歩を進めたと言っていい。ミニマルに反復するプリペアド・ピアノとエレクトロニックな持続音が交錯する『Ultraviolet』は、恍惚と静謐を同時に成立させたじつに素晴らしい作品に仕上がっている。
 これまでの彼女の来歴や新作の制作秘話について、《MYRIAD》のために来日していた本人に語ってもらった。

私はたぶん音楽のADDだと思う(笑)。

これまで日本へ来たことは?

ケリー・モーラン(Kelly Moran、以下KM):今回が初めてね。

猫カフェへ行ったとお聞きしたのですが。

KM:初日に行った。ネコ派だから絶対に行かなきゃと思って。すごく楽しかった。ハリネズミカフェもあるって聞いたから、そっちも行かなきゃと思ってる(笑)。

通訳:出身はニューヨークですか?

KM:ええ。ニューヨーク生まれ。

NYにも猫カフェはあるんですか?

KM:何年か前に一店オープンしたから、行ったことはある。でも日本の猫カフェほど規模は大きくない。猫を飼っているんだけど、来日してから猫に会いたくて。だから、猫カフェに行って猫に会えて嬉しかった。

ほかにおもしろかったところはあります?

KM:大学のときのピアノの教授が、赤城ケイっていう日本のジャズ・ピアノ・プレイヤーで、私は数日前に日本に来たんだけど、彼もツアーで日本をまわっていて、たまたま東京にいたから会った。新宿を案内してもらったり、昨日は原宿をうろうろしてかわいいものを買ったり。

ミシガン大学で音楽を学んだそうですけれど、そこの先生ですか?

KM:いや、カリフォルニア大学のアーバイン校の、大学院の先生。

ミシガン大学のほうではピアノやサウンド・エンジニアリング、作曲技法を学んだとのことですが、つまりいわゆるクラシック音楽を学んだということですよね?

KM:私が専攻していたのはパフォーミング・アート・テクノロジー。そのなかでもいろいろ項目があるんだけど、そのひとつとして「クラシックのパフォーマンス」という項目を集中して受けていたの。あとは作曲とか、エレクトロニクスのクラスもとっていたし、サウンド・エンジニアリングも選べる科目としてあった。

そういうところへ進学したということは、幼い頃から音楽が好きだったのでしょうか?

KM:6歳のときにテレビでピアノを見て、これが欲しい、これがやりたい、って親に言ったら、小さなキイボードを渡されたの。「本気ならピアノを買ってあげる」って。それで一生懸命やっているのをみて、あとでピアノを買ってくれたわ。

現在はほかにもいろんな楽器を弾きこなしていますよね。

KM:私はたぶん音楽のADD(注意欠陥障害)だと思うの(笑)。最初はそういうふうにピアノをはじめたんだけど、それから次々と楽器に手をつけてしまって。小学校のとき、アップライト・ベースを弾ける人が必要になって、背が高いということもあって私が弾くことになった。あと、兄がクラリネットをやっていたから、それもやってみて、その流れでオオボエもやったわ。それから、私がちょうどロックに興味を持っていたときに、エレクトリック・ベースが必要だと言われて、それでベースをやって、そのまま今度はギターにも流れていった。アコーディオンもやったんだけど、アコーディオンだけはあんまりうまくなかった(笑)。

『Microcosms』(2010年)、『Movement』(2011年)、『One On One』(2012年)の最初の3作は、大学で学んでいたことがそのまま反映されているのかなと思いました。モダン・クラシカルとアンビエントの融合のような。

KM:大学時代はまわりにミュージシャンが大勢いたというのがあるね。みんなすごくオープンで、喜んでコラボレイションをやってくれる人たちだったから、私がアイディアをいっぱい持っているのをおもしろがって、寄ってきてくれて。私もそのへんにいる友だちを捕まえては、一緒にインプロやろうとかレコーディングしようとか誘っていたの。そうやって作った作品だったから、まわりの影響とかリソースがいっぱいあった。だから、たんなるクラシック音楽には終わっていない。

その後ウィーゼル・ウォルターのセルラー・ケイオスというパンク~ノーウェイヴのバンドでベースを担当していますよね。一気に音楽性が変わったなと。

KM:そもそも好きな音楽の種類が幅広くて、いろんなスタイルの音楽をやりたかったから、楽器もあれほど手を出してしまったんだと思う。とにかく楽しんで、いろいろなことを実験的にやってきたから、自分のなかではそんなに急に変わったとは思わなかったけど。

では、とくにノーウェイヴをよく聴いていたということではない?

KM:じつをいうと、ノーウェイヴは私がいちばんなじみのないジャンルの音楽かもしれない。大学院のときはカリフォルニアにいて、卒業後にニューヨークへ戻ってきたんだけど、仕事はないし、人生どうしたらいいのか、どんな音楽を追求したらいいのかわからなくて。大学時代はまわりに仲間がいっぱいいて、リソースがたくさんあったからよかったけど、それがない状態になってしまって。さあどうしようっていうときに、セシル・テイラーのところでやっていたマーク・エドワーズとウィーゼル・ウォルターのライヴを観たの。それがすごく楽しくて。いわゆるノーウェイヴ的なものはたぶんそのとき初めて観たに等しかったんだけど、こういうのがあるんだ、楽しそうだなと思っていたら、たまたまそのバンドのベーシストがニューヨークを離れることになって、後任を探していて。それで私が入ることになった。それがそのジャンルに入りこんだ流れね。

でもそのバンドには1年くらいしかいなかったんですよね?

KM:1年ちょっといたんだけど、とにかくツアーの多いバンドだった。私はニューヨークでべつの音楽の仕事もしていたから、それについていけないということもあって、いったん辞めたんだけど、そのあとに入ったベーシストが辞めるタイミングで、ニューヨークのショウだけ何本か手伝ったりしていたから、その後も関わりはあったのよね。いまはたぶん、トリオでやっているんじゃないかな。

その後はヴォイス・コイルズというバンドにシンセサイザーで参加しています。セルラー・ケイオスと比べるとこちらは、それ以前にやっていたことに近いのかなと思ったのですが――

KM:ヴォイス・コイルズではじつは、クリエイティヴなことは何もやっていなかったの。ギタリスト(サム・ギャレット)がぜんぶ曲を書いていたから。私はいわゆるセッション・ミュージシャンというかたちで参加していたんだけど、それだけだったというのが辞めた理由のひとつでもある。あまり創作性を発揮できなかったから。

2016年には『Optimist』を出して、大きな変化を迎えますね。プリペアド・ピアノを使いはじめて、電子音も以前より目立つようになりました。何かきっかけがあったのですか?

KM:もう1枚、『Bloodroot』(2017年)ってアルバムがあるでしょ。じつはそっちが先だったの。2016年の頭にそっちの曲が書きあがって、レコードにまで仕上げた。吹雪が続いた時期があって、そのときに仕上げたアルバムで。それまではプリペアド・ピアノで曲を作るなんてことはあんまりやりたくなかったというか、ちょっと引いている部分があったの。っていうのも、ジョン・ケイジが大好きで、すごく尊敬しているから。プリペアド・ピアノをやるとすぐ比べられてしまう。だから、勉強はしてきたんだけど、作品として作るのはちょっとなっていう思いがあって、手は出さないでいたのね。でも、吹雪で閉じ込められた状態のなかで曲作りをはじめたら、どんどんアイディアが湧いてきて、いつもと違うハーモニーも聞こえてきたりして。それで良い作品ができたので、せっかくだからちゃんとレーベルから出したいなと思ってレーベル探しをはじめたの。でもなかなかみつからなくて、だんだんイライラしはじめてきちゃって。すごく生産的な時期でもあったから、もうひとつアルバムができてしまった。それが『Optimist』(笑)。

おまけだったんですね(笑)。

KM:そっちがあとからできたんだけど、結果的には同じ年に2枚のアルバムを出すことになった。いろいろバンドをやっていた時期が長くて、ソロで音楽を発表するのは久しぶりだったし、自分だけの作品を作るというのをしばらくやっていなかったから、それをできるだけ活発に作りたいという思いが強くて、せっぱ詰まるものがあった。たからあの時期にたくさんアイディアが出てきたんだと思う。ただ、じっさいにレーベルを探そうとしたらすごく時間がかかるんだってこともわかった。なんとか2016年のうちに自分の作品を世に出したいという思いで一生懸命頑張って、まずは『Optimist』を仕上げたの。それで、自分で出せるということで、Bandcampで発表したという。

『Drukqs』は、ほんとうに、聴いたことがなかったの。神に誓って言うけど、今日に至るまであのアルバムを全曲聴いたことはなかった。

プリペアド・ピアノは今回の新作『Ultraviolet』でも用いられていますが、ケイジと比べられるのが嫌だという思いを克服したということですか?

KM:たしかにそれはあるかも。乗り越えたのかもしれない。プリペアド・ピアノをじっさいに使って、曲を書いて、出してみたらとても反応がよかったというのもあるし、自分自身もあのピアノが鳴らす音からすごくインスピレイションを受ける。ハーモニーの聞こえ方も違うし、オーヴァートーンとか、とにかくサウンドが独特だし、いじっていてすごく楽しい。そういうなかでいろんなアイディアがどんどん出てきたから、あれこれ悩んでいないでとにかくみんなに聴いてもらいたいという気持ちのほうが強くなったの。ちなみに、プリペアド・ピアノで曲を書いてアルバムを出しても、プリペアド・ピアノが使える会場ってけっこう限られてくるから、それもあって引いていた部分もあるんだけどね。

たぶんこれはもういろんな方から指摘されていると思うのですが、エイフェックス・トゥインの『Drukqs』というアルバムを聴いたことはありますか?

KM:これはほんとうにおかしくて、信じてもらえないかもしれないけど(笑)、いちおう話しておくね。エイフェックスは好きなんだけど、『Bloodroot』の時点では『Drukqs』は、ほんとうに、聴いたことがなかったの。そのあとそういう声がちらほら聞こえてきたから、気になって何曲か聴いてみて、なるほどなあとは思った。(プリペアド・ピアノが使われること自体が)珍しいから、同じものを使っているというだけで結びつけられちゃうのもわかるな、というくらいの認識だった。ただ、今回私が〈Warp〉からシングルを出したことで、まわりからいきなり「あのアルバムの影響が絶大ですね」とか言われちゃって(笑)。「違うんだけどなあ」って。神に誓って言うけど、今日に至るまであのアルバムを全曲聴いたことはなかったのよ。あまりにみんなからそう言われちゃうので、関係者にも「このアルバムはいままでちゃんと聴いたことがないってことをちゃんと説明してください」っていろいろ言って。それで、今日初めて全曲聴いたの。

今日!?

KM:まさに今日(笑)。でも、聴いてみたら、たしかにプリペアド・ピアノは使われているけど、それだけじゃない、スタイルも多様なアルバムだなと思った。

おっしゃるとおりです(笑)。

KM:私の曲が出たとたんに、YouTubeとかでもコメントがそればっかりで(笑)。「『Drukqs』の影響が」とか「『Drukqs』好きでしょ」って(笑)。

そのコメント、見ましたよ(笑)。

KM:わかってもらえると思うけど、ピアノの音楽にはあまり影響されたくないから、避けているという部分もあって。それで『Drukqs』も聴かずにきたんだけどね。

紫外線って、目に見えないけれど力のあるもので、それは私がこのアルバムの制作中に味わった経験につながる。

OPNの公演《MYRIAD》で彼のバンドに参加することになりましたけれど、それはどういう経緯で? たしか『Age Of』には参加していませんよね?

KM:そうね。彼が私の音楽を聴いてくれていて、Twitterでやりとりをしたのが最初。そのときはそれだけで終わっちゃって、2年くらいとくにやりとりはなかったんだけど、去年の11月くらいに、「そういえば彼のインスタはフォロウしてなかったな」とふっと思い出してフォロウしたら、速攻でフォロウが返ってきたの。その数日後に、会って話をしないかってメッセージがきて。それで、じつはいまこういうプロジェクトが進行中で、きみはたぶんぴったりだと思うんだ、っていう電話がきたの。そのとき私はOPNの『Garden Of Delete』のTシャツを着ていて(笑)。もともと彼の大ファンだったから、速攻でイエスと答えたわ。

先ほどまでずっとリハを観ていたんですが、ちょっと特殊なバンドのライヴですよね。あなたがこれまで体験してきたバンドとの違いはどういうところにあると思いますか?

KM:こんなの初めて! こういうのに参加したことはなかった。私がおもしろいと思うのは、お客さんの反応がいかに違うかということ。返ってくるエネルギーによって私たちの演奏も変わっていくから。ニューヨークでやったときはまだアルバム(『Age Of』)が出る前だったから、みんながその場で初めて曲を聴くことになる。それに着席の会場だったということもあって、初体験というか、オーディエンスがちょっとビビッているような感じだった。みんな「どうしよう、拍手してもいいのかな」という感じで聴いていた。逆にロンドンのときはアルバムが出て1ヶ月以上経っていたから、曲にもなじみがあって、みんな叫んだり踊ったり。“Chrome Country”のときなんかは最前列の男の人が大騒ぎして盛り上がっていて。そんな感じでどんどん反応が変わっていくのが私はおもしろかった。

今回〈Warp〉と契約してアルバムを出すことになりました。それはどういう経緯だったのでしょう?

KM:これはあまり言ってないんだけど、じつは今回、ダン(・ロパティン)が共同プロデュースというかたちでいくつか曲を手がけてくれているの。さっきの話で、彼から「こんなショウを企画しているんだけど」って言われたときに、「私もアルバムを作っていて」っていう話をしていたのよ。そしたら「聴かせてくれ」ってすぐに興味を示してくれて、「誰がプロデュースするの?」「どこから出すの?」って言われたから、「まだ何も決まってないんだけど」って。いままで私は自分の作品は自分で作って自分で発表してきたけれど、今回はもうちょっと野心的な作品だから、誰かのヘルプが必要だと思った。導いてくれるような人の存在が必要だって思っていたから、彼に力になってもらえないか聞いてみたの。そしたらその場で「ぜひぼくがやる」って言ってくれて。「きみがぼくのショウを手伝ってくれるんだから、ぼくはきみのレコードを手伝うよ」ということでやってくれた。レーベル探しも、できあがった音源を彼があちこちに配ってくれて。数週間経って「いくつか興味をもっているレーベルがあるんだけど、あそことここと〈Warp〉と」ってメッセージがきて、〈Warp〉って聞いたとたんにもう「ここだ!」って思った。〈Warp〉は私にとっても最高のレーベルだし。それで「会って話をしましょう」ということになって、スタッフの人たちとランチを食べながら話を聞いたら、とても気に入ってくれているということだったので、私としてはもう願ったり叶ったりで。夢が叶ったというか。それが2月ころの話ね。

急展開だったんですね。

KM:何が嬉しかったかって、2016年に『Bloodroot』でレーベル探しをしたときは、さっきも話したようにぜんぜん話がまとまらなかったのね。なんどもなんども拒絶されては蹴られて。その理由が「変すぎるから」とか「うちのレーベルの美意識に合わない」とか。とにかく、そのレーベルのスタイルに合わない、というのが大半の理由だった。それですごくがっかりしちゃって。「こんな私は誰も受け入れてくれないんだ」って思っていたところで〈Warp〉が興味を示してくれて、「ユニークだから」「誰とも違うから」「特別だから」って言ってくれた。ほかのレーベルがさんざん拒絶してきた、まさにその理由で〈Warp〉が私を気に入ってくれた。しかもあの有名な〈Warp〉が、ってことで、私としてはもう最高。

ちなみに〈Warp〉で好きなアーティストは誰ですか?

KM:ダンはべつとして(笑)、大勢いるから難しいな……。(しばし考え込んだのち)ボーズ・オブ・カナダ、エイフェックス・トゥイン、スクエアプッシャー。スクエアプッシャーが大好きなの。でもやっぱり選ぶのが難しい。その三つどもえかな。

今回の制作はとくに野心的だったとおっしゃっていましたけれど、これまでの作品と比べて、いちばん力を入れた点はどこですか?

KM:『Bloodroot』を作ったときは、それまでエンジニアの勉強もしてきていたし、プロじゃないけどそれなりに納得のいくミックスができたの。基本的にピアノの音だけだったら、自分でじゅうぶんできる、そこまでの力はあった。だから、半端なかたちで外の人に入ってほしくないという思いもあった。それに、女性アーティストが外部から男性のプロデューサーを連れてきて作品を作った場合って、手柄を持っていかれちゃうのが気になっていたのよね。でも今回のアルバムはエレクトロニクスを入れていて、そういうシンセサイザーやエレクトロニックな要素が増えれば増えるほど、その作業は難しくなっていく。曲はもちろん自分で書くし、音作りもどんどんするんだけど、それをオーガナイズするのは誰かに手伝ってもらわないと無理だと思ったの。そんなわけで、今回初めて外部からのインプットを受け入れて自分の作品を作ったんだけど、ダンとの仕事の関係性がすごくおもしろくて。彼はポイントを絞って、私の曲の余計なところをどんどんカットしていくアプローチなのね。対して私が彼の作品に口を出すときは「ここをもっと長くしろ」とか「もっと広げろ」って感じで、どんどん大きくしていく。『Age Of』のときもそんなふうにやりとりをしていて。だから、「セクション10くらいまでいっちゃいましょう」っていう私の作品を、彼はどんどん短くしていって、でもそのおかげうまくいったという感じかな。

タイトルは『Ultraviolet』ですが、これには何かテーマがあるのでしょうか?

KM:制作中にいろんなことがあって、それを詳しく説明するのはちょっと難しいんだけど、でもとにかくいろいろなことが変わった。ピアノの奏法が変わっていったり、けっこうインプロヴィゼイションぎみの演奏をやってもいるし、それをやっていく過程でトランス感覚を味わったりもした。幻覚が見えるような感じがあったり、幽体離脱のような感覚もあったり。紫外線って、目に見えないけれど力のあるもので、それは私がこのアルバムの制作中に味わった経験につながるかなって思ったの。

〈Warp〉のレーベル・カラーがパープルで、ヴァイオレットはそれに近い色なわけですけれど、〈Warp〉から出す最初のアルバムでその「外(ウルトラ)」を暗示するのはおもしろいなと。

KM:タイトルは〈Warp〉との話が出るまえに決めてあったの。でも運命かも。

Stine Janvin - ele-king

 このところ「もっとも暮らしやすい国」とか「高齢者の住みやすい国」といったアンケートでは必ず1位になるノルウェイからジェニー・ヴァルに続いてキュートな実験音楽を。大所帯のジャズ・バンド、キッチン・オーケストラやフィールド・レコーディング主体のネイティヴ・インストゥルメンタルとして活動してきたスティーン・ジャンヴァン・モットランド(現ベルリン)がソロ3作目にして、ついに〈パン〉にリクルート。メデリン・マーキー『Scent』(12)と同じく、すべて声を加工しただけでつくられたサウンドは(もちろん、そうとは思えないけれど)、女性特有のソプラノを断片化し、ループさせたり、ブリープ化することで、タイトル通り「フェイク・ミュージック」として成立させている。ノルウェイではもはやヴェテランともいえるスパンクのマラ・S・K・ラジェが地鳴りのような吠え声に挑んだり、広い音域を駆使するのとは対照的にソプラノだけにフォーカスし、キラキラと光り輝くイメージを構築していく。ニューヨークのエントリーレイディオの解説によると、黎明期の電子音楽にインスパイアされ、レイヴを脱構築したものだということになるそうだけれど、この場合の「レイヴ」は「怒鳴る」とか「わめく」という元の意味を指しているのだろうか。ということはヒステリックに叫んだ声を「素材」にしたということで、それはそれで合点が行くほど「高い声」しか使われていない。ずっと聴いていると、ちょっと気が遠くなってきたり。

 メレディス・モンクやオノ・ヨーコなど声だけでパフォーマンスしてきた女性は多い(なぜ女性ばっかりなんだろう)。それが声だけでつくられているとはすぐにはわからないほど加工してしまうようになったのはごく最近のことで、ダイアマンダ・ギャラスもシーラ・シャンドラもここまでではなかった。ポップ・ミュージックなどでも盛んにオート・チューンなどが使われ、肉声というものに対する愛着が薄れていたりするのだろうか。スティーン・ジャンヴァンの場合、どれだけ声を変調していても、ライヴなどでは息切れや疲れなどが伝わってくることも多く、身体性というのはどこからでも漏れ出してくるものだななとは思ったりするけれど、1枚のアルバムとしてまとめられた『Fake Synthetic Music』にはそういった破綻はなく、見事なほど現在形の「人工性」がパッケージされている。彼女が「フェイク」と表現する方法論には、実際には肉声も混ぜられており、それらが不可分のコンポジションになっているところも上手いとしか言いようがない。合成音には倍音が含まれることはなく、それが合成音のいいところだったりするけれど、いわばシンセサイザー・ミュージックのように聞こえるにもかかわらず、倍音がどこで出てくるかわからないとういう意味では二重にフェイクなのである。

 そもそも女性の声は社会的に高くなってしまう傾向にあり、必要以上に人工的なのだという考え方もある。スティーン・ジャンヴァンはそれを誇張して変形させることによって女性が置かれている位置を戯画して見せているともいえる。かつてローリー・アンダーソンは自分の声を男性の声に変えてパフォーマンスしていた。日本青年館で観たライヴはいまだにインパクトが薄れていない。ローリー・アンダーソンとスティーン・ジャンヴァンがもしも裏表の価値観で結びついているとしたら、誰か、ふたりの共演を実現させてくれないだろうか。滝沢カレンのヒューマン・ビートボックスを加えて(ウソ)。

水曜日のカンパネラ × yahyel - ele-king

 もののけ姫でしょうか? これまた興味深いコラボが実現しました。水曜日のカンパネラとヤイエルが本日正午にコラボ・シングル「生きろ。」をリリース。タイプの異なる彼らが組んだらいったいどんな音楽が生み出されるのか? その答えは下記リンクから。

https://wedcamp.lnk.to/yahyel_ikiro

Yoshino Yoshikawa × ONJUICY - ele-king

 これはおもしろい。〈Maltine Records〉からのリリースもあるプロデューサーの Yoshino Yoshikawa と、グライム~ベース・ミュージックを軸にしつつジャンルレスに活躍の場を広げているMCの ONJUICY が11月7日にコラボレーション・シングルをドロップ。ゲーム音楽由来の電子音とグライムをポップにかけあわせた“RPG”は繰り返し聴きたくなる1曲です。要チェック。

RPG - Yoshino Yoshikawa with ONJUICY
〈Maltine Records〉や〈ZOOM LENS〉でのリリースや、FPM、東京女子流、南波志帆を始めとするアーティストへのRemixを提供する等、Ultrapopを提唱し根強いファンを持つプロデューサー「Yoshino Yoshikawa」と、気鋭UKベース・ミュージック・レーベル〈Butterz〉からのリリースや、最近ではアジアからイギリスをめぐるツアーを成功に収め、mixmagやHypebeastに取り上げられる等、多方面に活躍するMC 「ONJUICY」とのコラボレーション・シングル「RPG - Yoshino Yoshikawa with ONJUICY」が2018/11/7にリリース! 本楽曲はYoshino Yoshikawaが得意とするゲーム・ミュージックからも多く影響を受けたエレクトロニックな質感のサウンドと、Grimeの基礎であるBPM 140をベースにポップにアレンジされた表題曲“RPG”と、爽やかなシンセが印象的且つグルービーな仕上がりとなっている“Green Hill”の2曲が収録されている。また、ジャケットには、 ロンドンを拠点とし、エルメスやコンバース、ビームズ等でも作品を提供しているアートレーター 「Charlotte Mei」が担当している。

RPG - Yoshino Yoshikawa with ONJUICY
1. RPG
2. Green Hill
2018年11月7日 17:00 (日本標準時) 配信開始

価格 : 3 USD
Bandcamp : https://yosshibox.bandcamp.com/album/rpg-ep
Apple Music : https://itunes.apple.com/jp/artist/383575881
Spotify : https://open.spotify.com/artist/21T30ALYp9IYZlvhnGLeos?si=vpWj0kAyR_qIU5kmrZYJQg

Yoshino Yoshikaw
東京在住のプロデューサー。Ultrapopを提唱し、ダンス・ミュージックからポピュラー・ミュージック、アニメやゲーム・ミュージックまで幅広い領域をカバーした楽曲を、ソフトウエアと共にシンセ、ガジェットを駆使しフラットな電子音楽的質感に落とし込む作風は国内外に根強いファンを持ち、これまで東京の〈Maltine Records〉やLAを拠点とする〈ZOOM LENS〉といったレーベルから複数のEP、LPをデジタル・リリース。これまでに、FPM、東京女子流、南波志帆などのアーティストにRemixを提供する一方で、音楽ゲーム「maimai」シリーズや、アニメ『きんいろモザイク』のキャラクターソング提供なども行った。2017年には初となる海外ライブを韓国Cakeshopで行い、盛況のうちに終了。英字新聞The Japan Timesや、OWSLA主催のメディア「NEST HQ」にも記事掲載あり。来年には初となるフィジカル・リリースも計画中。ライブ出演多数。

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ONJUICY
Grime・Bass・Hip Hopを中心としつつも、ジャンルレスに活動するMC。たまたま遊びに行っていたGrimeのパーティをきっかけに、2015年からMCとしてのキャリアをスタート。最近では、〈TREKKIE TRAX〉からCarpainterに続き、Maruとの楽曲に加え、UKを拠点とする気鋭ベース・ミュージック・レーベル〈Butterz〉からRoyal - Tとのコラボレーション楽曲を発表。上海/香港/ロンドンを拠点とするパーティ・コレクティブYETIOUTからリリースされた「Silk Road Sounds」に参加し、Hypebeastやmixmagに取り上げられる等、世界からも注目を集める。また、新木場ageHaにて開催されている「AGEHARD」でのアリーナMCや、ULTRAを始めとするフェスへの出演、イベント/ラジオ番組でのMC、イベントのレジデント等、その活動は多方面に渡る。Grime MCとしては、BOILER ROOMによる「Skepta Album Launch」や「JP Grime All-Stars」、「Full Circle: Grime In Japan」への出演から名が知られる様になり、英国雑誌mixmagへ、インタビューの掲載もされた。2018年にはロンドン、バンコク、中国へのツアーを実施。国内外多数のアーティストとのコラボレーション楽曲やアルバム・リリースも控えている。持ち前のフットワークを活かした、らしさ溢れるMCはジャンルを問わず様々なビートを乗りこなし、フロアを最高の空間へと導いてくれる。

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The Field - ele-king

 マイナー・チェンジというとパッとしない印象がするのはどうしてだろう。だがスウェーデンのザ・フィールドことアクセル・ウィルナーは、少しずつ少しずつ変化を重ねることでサウンドを多面的なものにしてきた。簡単に気づかれないような変化をアルバムごとに織り交ぜる奥ゆかしいやり方はミニマルの美学とも通じているだろうし、彼のザ・フィールドにおけるコンセプトそのもののように思われる。シューゲイズ・テクノという呼称とともに世界的な評価を受けたデビュー・アルバム『フロム・ヒア・ウィ・ゴー・サブライム』辺りで印象が止まっているひとは、ぜひこの6枚めとなる『インフィニット・モーメント』を聴いてみてほしいと思う。「サブライム」という言葉に象徴されるような単純なカタルシスが影を潜めている代わりに、複雑な快楽のありようが張り巡らされていることに気づくだろう。
 このアルバムを何度か聴いて、僕は発表順にアルバムを遡って聴いてみるということをやってみた。すると、本当にちょっとずつではあるが、しかし確実に段階的にシンプルになっていくのである。これはほんのり予想していたとはいえ驚きだった。というのは、そのことはサウンドだけでなく、構成や音色、そして何より感情面においても言えるからである。そのなかで際立っているのはジャケットの色を黒に変えた4枚め『キューピッズ・ヘッド』のリズムの冒険で、大まかに言えばウィルナーのキャリアはこれ以前と以降に分けられるだろう。それ以前のザ・フィールドの音のキャラクター――高揚感、メランコリー、温かみ、叙情性といったものは、いま聴くととても素朴だ。

 『インフィニット・モーメント』は前作『ザ・フォロワー』の終盤を引き継ぐようにアンビエントで幕を開ける。ザラついて冷たい長音と重々しい低音が重ねられ、イーブン・キックが入ると次第にビルドアップしていく。そのオープニング・トラック“Made Of Steel. Made Of Stone”はゆったりとしたテンポをキープしながら、仄かにダークなトーンを貫きながら終わる。なにやら不穏な導入だ。続く“Divide Now”は丸みのあるシンセ音のループがグルーヴィーなベースラインに乗ってドライヴするザ・フィールドらしいトラックだが、簡単に快楽の出口を聴き手に与えないまま、抽象的に崩されたドラムンベース風のスネアの打音や微妙に圧迫的なハイハットの連打で入り組んだ構成を取る。音の感触はオーガニックだが、多くの場合でかすかにノイズを含んでおり、ザ・フィールドを特徴づけてきたメロディアスなヴォイス・サンプルのループは厚みのあるシンセ・サウンドの奥のほうでさりげなく導入される(“Hear Your Voice”)。
 こうしたデリケートで複雑な音像は、ウィルナーなりに混乱を深めていく世相を反映させたものなのかもしれない……と言うと邪推だろうか。が、「左のもの、右のもの、正しいもの、間違っているもの」という示唆的なタイトルを持つ“Something Left, Something Right, Something Wrong”(ここでの「Right」はおそらく「右」と「正しい」のダブル・ミーニングだ)のシャリシャリとしたノイズの後方に漂うサイケデリアは、ただ心地よく浸るには幾分不安感を伴っている。ミニマル・テクノ、シューゲイズという初期からの要素はいまも担保されているが、アンビエントやノイズが繊細に配合されているいまのウィルナーのトラック群は、簡単に気持ちよくなれない現代のわたしたちの耳に奇妙に馴染む。〈KOMPAKT〉のレーベル・メイトであるGASのここ2作『Narkopop』、『Rausch』辺りと並べて聴いてもいいかもしれない。恐れや不安が混ざりこんだ安らぎがある。

 わたしたちはもう、素朴さを簡単に取り戻すことはできない。さりげない変化を続けた結果、かつて透明感に溢れていたザ・フィールドのテクノ・ミュージックはいまや、迷宮のように入り組んだものとなった。そこでは希望とメランコリーがせめぎ合い、どちらかの極に振れることはない……おそらく、もう二度と。だがだからこそ、“Who Goes There”のじわじわと効いてくる反復は単純に抜け出せない深い快楽を与えてくれるのである。
 僕なりに意訳すれば、『インフィニット・モーメント』とは「一瞬の永遠」だ。二度と帰ってこないその一瞬に意識と身体を預けること。永劫回帰。メビウスの環。リーインカーネーション。すべては繰り返しているようで、すべての瞬間が違っている。ザ・フィールドの反復の哲学を凝縮したようなタイトル・トラック“Infinite Moment”のダウンテンポ・ループは、変わり続けていく瞬間と取り戻せない時間の流れ、その抗えない真実に対する降伏と祝福のように聞こえる。

Cat Power - ele-king

 ひとは言う。作者と作品とは分けて考えるべきだと。人間としてはクズだが作品は悪くはないという考え方は、ある次元までにおいてはアリだろう。ぼくは作者と作品とを分割する考え方がすべてにおいて通用するとはこれっぽちも思わない。西欧の高慢さを突いた批評家エドワード・W・サイードは、むしろ芸術活動と作者の生涯というふたつの領域は混ざり合って存在すると力説している。ぼくもそう思う。経験が表現とまったく切り離されているとは思えないし、作者と作品とはどこかで繫がっている。そのひとの生き様があってこその作品であり、キャット・パワー(猫力)という名のロック・シンガーの作品は、ショーン・マーシャルというひとりの人間の生き様なしでは考えられない。
 彼女の『ムーン・ピックス』を繰り返し聴いたことがあるひとなら、彼女はかつてニューヨークの路上でぐだぐだになって歌っていたんだよという類の風説もほとんど疑わないかもしれないし、彼女の『ユー・アー・フリー』の初回盤に封入されていたポスター(女の子たちが陽光の下、芝生のうえで遊んでいる)を壁に貼ったことがあるひとなら、彼女の歌声は彼女の歌詞以上に雄弁であることを知っているだろう。あの雑な歌い方。感情を押し殺しながら歌われる感情。傷だらけの美しい声。

 ショーン・マーシャルは、アトランタの売れないブルースマンの父とやがて離婚する母との貧乏な家庭で育った。学校を中退した彼女はピザ屋でレジを打ちながら、10代後半をその多くの仲間がエイズかオーヴァードーズで死んでしまうようなコミュニティで過ごしている。やがて彼女はアトランタからニューヨークに出た。ギターを手にしたのは19のときだった。そして彼女は路上で歌った。学校から学んだことなどどれほどの役に立ったのだろう。やがてキャット・パワーは生まれ、1994年には再結成したレインコーツの前座で演奏した。たしかに初期のキャット・パワーの音楽性には、レインコーツのファーストとも共通する洗練とはほど遠い粗野なテクスチャーがある。が、と同時に、彼女にはレインコーツにはない深い憂鬱があった。忌まわしい記憶、自棄、悲しみ。『ガーディアン』によれば、マーシャルには、売春婦にならなかったことを誇りに思うと祖母から言われたというエピソードがあるそうだ。
 これはいまどき流行らない、カビの生えた古くさいロックの物語だろうか。いいや、恵まれていたとは言えない環境で育った大人による、人生はどこまでも悲しいとわかっていながら希望を胸にしまっている音楽が不要であるはずがない。ぼくはキャット・パワーのようなひとの音楽は、いまこの時代にこそ必要とされているように思えてならないのだ。彼女の10枚目の『ワンダラー(放浪者)』のジャケットには、シングルマザーになった彼女の幼子の顔が見える。いまとなっては彼女はいわゆる“オルタナティヴ・ロック”の大御所のひとりだろうけれど、マーシャルのキャリアは順風満帆ではなかった。うつ病やドラッグおよびアルコール中毒と戦いながらリハビリに通い、彼女はそしてまたいま戻ってきた。
 『ワンダラー』は、ポップに飾り立てた前作『サン』とは打って変わって、綺麗さっぱり装飾性がはぎ取られている。それゆえマーシャル本来の魅力が滲み出ている作品ではあるのだが、『ムーン・ピックス』が“救済”だとしたら新作は“回復”のアルバムだ。アメリカ南部の乾いた風が漂うブルースとフォークをベースにした作品で、最小限の音で構成されている楽曲には抜けた感じがあるし、四十路の坂もなかばを過ぎた彼女の声も良い感じで歳を重ねている。1曲目の“ワンダラー”は彼女のアカペラからはじまる。「Oh wanderer (ああ、放浪者)/I been wondering(私は思いをめぐらしている)」。復帰作として相応しいはじまりだ。
 ポンゴとアコースティックギターによる2曲目“イン・ユア・フェイス”では、彼女はトランプ政権をこき下ろす。洒落たキューバ風の響きのなか彼女らしいぶっきらぼうな声で歌われるその歌は、浅ましい会社経営者が政府を乗っ取ったようなものだとたとえた信頼できるジャーナリストのひとり、ナオミ・クラインの視線と重なっているように思える。(ぼくが仕入れた現地からの情報でも、トランプ政権は労働者階級の時給を上げて、景気を回復させている。よって下方からトランプを批判することは日本で考えているほど容易ではないかもしれない。まさにワン・フォー・ザ・マネー。試されているとも言える。見せかけの豊かさにそうやすやすと流されないでいられるのは、いま、アメリカにおいては自由を主張する女性たちかもしれない)
 とはいえ、『ワンダラー』は政治的なアルバムではない。最初のクライマックスは、ラナ・デル・レイが参加した“ウーマン”だろうが、この曲はありがちなフェミニズムの歌ではない。ラヴ・ソングであり、自尊心の歌だ。マーシャルが成し遂げたものは、個人の感情がときには社会や政治もおよぶということであり、言うまでもなくそれはポップ・ミュージックが成しうる最良のことのひとつだ。もちろん『ワンダラー』を女性の団結の作品と評するのも理解できる。マーシャルの“ウーマン”はジョン・レノンの同名曲とは対極の、男に捨てられた女の歌だ。サッドコアのふたりの女王は、その主題をメロウだがドライなブルース・ロックで表現する。
 アルバムの本当のクライマックスは、続く“ホライゾン”から“ステイ”にかけてにある。後者はリアーナの2013年のシングル曲であり、この5年で発表された曲のなかでも傑出したラヴ・ソングのひとつであろう曲だ。アリ・アップをして「自分のやりたかったことすべてやっている」とまで言わしめたリアーナというバルバトス出身のR&Bシンガーは、清楚な女性を賞揚する男性たちからは決して評判の良いシンガーというわけではない。だが、“ステイ”はパティ・スミスにカヴァーされ、いまこうしてマーシャルにもカヴァーされている。心のこもった素晴らしいカヴァーだ。
 アルバムの後半は、マーシャルの十八番でもある果てしない夜のためのメランコリックな弾き語りが続く。これをアンダーグラウンドにおいてハードコアに展開しているのがグルーパーなのだろう。そう、彼女も放浪者のひとり。“ステイ”という曲はしかし放浪者としては矛盾めいた感情の発露だ。これは「いっしょにとどまって欲しい」という歌である。いつかいっしょにいられることができなくなることがわかっているからこその「いっしょにとどまって欲しい」ということなのだろう。なんども挫折したとしても夜になればどこでも眠れた若いころと違って、心身のいろいろなところにガタが来る40もなかばを過ぎた人間が心の底からこの曲を歌えることに、ぼくは強いものを感じる。

interview with Anchorsong - ele-king

 これは穏やかで、休息としての音楽である。アンカーソングこと吉田雅昭はあきらかに成熟度を増している。ハウスの心地良いテンポとインドの多彩なパーカッションとのコンビネーション。温かく、平和的な音楽だ。井上薫とも少し似ているかもしれないが、アンカーソングはとことんミニマルで、物語性なるものは封じ込めている。まったく気持ち良い響きではあるのだが、なにか別の夢を与えるわけではない。つまり、これはサイケデリックな体験ではない。日常と地続きの音楽だ。ぜひともお試しあれ。こんどの休日に、彼にとって3枚目のアルバムとなる『コヒージョン』を家で聴いて欲しい。
 この音楽は、インド音楽を調査して制作された。しかしインド音楽ではない。お香の匂いもしなければ、シタールが鳴っているわけでもない。小刻みなリズムと最小限のメロディによるレイドバック・ミュージックなのである。
 ele-kingではこれまで吉田雅昭に二度の取材記事を掲載しているので、彼の詳しいプロフィールはここでは繰り返さないが、簡単には記しておこう。大学を出て彼は、ほとんどリスクを考えず、音楽文化がより豊であろうという解釈のもとロンドンに移住した。ヒッピーでも学生でも企業人でもない、とくに金持ちでもない日本人がこれをやることは、イギリス国籍の人間と結婚でもしないかぎり、いろんな意味で長くは続けられないし、そもそもロンドンに住んでいることで作品性が向上するともかぎらない。吉田雅昭はしかしそこにこだわっている。もしなんの情報も知らず彼の新作を聴いたら、これを日本人の作品であるとは思わないだろう。だからといってイギリスっぽいとも思わない。本人はまったく意識していないだろうけれど、井上薫しかり、Groundしかり、ぼくにはシカゴを離れたハウス・ミュージックにおけるノマド的展開がここからも聴こえる。
 以下、スカイプによる取材の記録だ。彼の喋り言葉は、ここに起こされた言葉そのままである。相も変わらず真面目で、丁寧な受け答えだった。

ぼくが実際に行くようなパーティも、緩い音楽がたくさんかかるようなパーティが多いんですよ。そのなかには、ぼくが好きな(インドの)ボリウッド映画の音楽をかける人も少なくないし。

すごく久しぶりですね。

Anchorsong(以下、吉田):そうですね。最後にお会いしたのが、新宿で以来。

一緒に飲んだよねー。たぶん取材をしたのはちょうど『Chapters』が出たときで、2011年なんですよ。新宿で飲んだときは吉田君が、実はぼくはこれからこういう方向性を考えているというデモを聴かせてくれたときで、それがまさに前作の『Ceremonial(セレモニアル)』に結実するわけですね。

吉田:はい。

いまもこうやってリリースをしているということはロンドンで相変わらず暮らしつつ音楽活動を継続されているということですよね。

吉田:そうですね。ただ、ぼくが最後に野田さんに新宿でお会いしたときは、イギリスを離れて日本に長期で帰国していたときだったんですよ。

あ、そうだっけ?

吉田:自分の本意ではなく、帰国せざるえなくなってしまい、けっきょく日本に帰った間に作品を作りはじめて、それが『Ceremonial』だったんです。それから3年前くらいにイギリスに戻ってきたんですよ。だからこの街(ロンドン)に、自分なりにこだわってはいるんですよね。必ずしもぼくの音楽はイギリスとかロンドンのシーンを反映しているわけではないんですけど。

反映しているんじゃないですか?

吉田:たとえばいまだと、ロンドンはアンダーグラウンドのジャズとかが盛り上がっていますけど、そういうものをすごく必死に追いかけたりしているわけではないです。ただやっぱりぼくがUKでおもしろいと思っているのはオーディエンスがオープンマインドなところなんですよね。どんなイベントに行ってもいろいろな音楽がかかっているし、それをオーディエンスも受け入れるだけの器量があるというか。そういうムードがいろいろな音楽を聴いてみたいという方向に動かしてくれるし、音楽を作るうえで、この街に住んでいるというだけでいろいろインプットがあるんですよね。

自分の意志とは反して日本に住まざるをえなくなった2年間というのは、吉田君にとってどういう意味があったのでしょうか?

吉田:いまになって思えばすごく良い機会だったなと思います。(ファースト・アルバムの)『Chapters』を出してちょうど1年くらいが経ったときだったんですけど、自分なりに今後どういう方向に進むのかということを考えなきゃいけなかったと思うんですよね。後ろ髪を引かれながらロンドンを離れることになったわけですけど、日本にいても世界に向けて発信できるような音楽を作りたいという思いは変わりませんでした。ロンドンという場所から離れたことでより自分のことを客観的に見る余裕ができたというか。あのときはいまよりも若かったということもあって、トレンドなどを自分なりに意識してはいたと思うんですよね。でも日本に戻ったことで、ロンドンを中心としたトレンドから距離を置くことになりました。『Ceremonial』は70年代とかのアフリカの音楽を反映した作品だったんですけど、実際トレンドとはあんまり関係のない、どちらかというと過去の音楽からインスパイアされた音楽になりました。そういう方向に進もうかなと思ったのはロンドンを離れたことが大きかったと思いますね。

クラブ・ミュージックやジャズに関して言えば、この10年間のイギリスの重要なファクターとして、アフロというのはデカいでしょう。UKにいたからこそアフロなのかと思っていたんですけど。

吉田:うーんどうなんでしょうね。まったくないとは言い切れないと思うんですけど。というのもちょうどぼくが作品を出した頃って、クラップ!クラップ!とか、いわゆるアフロ・フューチャリズムを追求している人たちがけっこう多かったので。でもぼく自身はそういうコンテンポラリーな人たちに触発されたというよりは、当時は〈Soundway〉や〈Analog Africa〉といったレーベルがさかんにリイシューを出していたときで、リイシューもののクオリティも高かった時期だったと思います。どちらかというとそういうものに傾倒していたんです。

〈Soundway〉のような発掘文化を身近に感じるのはイギリスにいるからこそじゃないですか?

吉田:それはそのとおりですね。ロンドンにいなかったら目を向ける機会があったかどうかはけっこうあやしいですね。

たとえば、サンプラーを使ってライヴ・パフォーマンスを売りにしていた『Chapters』までが第1期アンカーソングとすると、アフロをコンセプトにしたセカンド・アルバム『Ceremonial』からアンカーソングはあたらしい道に進んだという風に思って良いですか?

吉田:そうですね。音楽のスタイルという点では方向転換と解釈できると思いますが、マインドセット自体は実はあんまり変わっていないんですよね。たとえば、いまもライヴのやり方を変えていないんですよ。いまでもMPCとキーボードだけでライヴをやるというスタイルは変えていなくて、それをある意味自分のなかの芯の部分にしようかなと思っているんです。制作はもちろんコンピュータを使ってやっているんですけど、MPCとキーボードでやるという時点でかなり制限があるので完全に再現はできないまでも、ある程度アレンジすることでこのスタイルでライヴができるようになる、それが自分が保持するべき指標みたいに考えています。なので、もちろんぼくがアフリカの音楽を聴くことで、音楽的なスタイルというか方向性を広げたり、変えたりはしてはいくんですけど、根本にあるものは変わっていない。一聴した感じだとタッチは変わっているんですけど、たとえば曲の構成の仕方とか、展開の仕方とかそういうものは『Chapters』の頃から一番新しいものも含めて、そんなにがらりとは変わっていないですね。

そうだね。アンカーソングの特徴というか個性は、叙情性だと思っていて。今回の新作の8曲目、9曲目みたいな雄大さというか。何か叙情性というものがすごく滲み出てしまっている。今回インドのパーカッション、リズムを取り入れたという作品もやはり『Ceremonial』との連続性をぼくは感じます。

吉田:そう言ってもらえるとすごく嬉しいですね。

わりとアフロとかグローバル・ビートみたいなものを取り入れるときって、思いっきりそっち側の、アフリカだったらいかにもアフロというわかりやすい方向に行ってしまいがちなんだけど、アンカーソングの場合はそっち側にいかない。今回の作品もそうで、インドといったときに旋律がインド音階になりがちなんだけど、しかし我々がよく抱くようなインドではないんですよね。

吉田:それは実際にすごく意識したところです。

そこがおもしろいし、アンカーソングの音楽になっていると思う。

吉田:ありがとうございます。

前作の『Ceremonial』で自分がやったアプローチに手応えを感じて、今回もまた同じアプローチとして、アフロではなくインドのリズムを取り入れたと解釈しても大丈夫ですか?

吉田:少なくともガラッと方向性を変えようとは考えたことはまずなくて、前作を作ったうえで新たに生まれたぼくの音楽的関心を、単純に掘り下げた結果生まれてきたというニュアンスなんです。前のアルバムを作ったときにアフリカ音楽をたくさん聴き、パーカッションに対する興味がより深まりました。それからいろいろな国の、ぼくがまだあまりなじみのないようなパーカッションをいろいろ調べはじめたんですよ。パーカッションについて調べるとタブラとかドーラクとかそういうインドの打楽器など、必ずインドの音楽にいきあたるので。野田さんがおっしゃったようにインドの音楽と言ったらシタールの響きとか、インドの音階とかそういうものにまず気が行くと思うんですけど、ぼくはもともと身体を揺らせるような音楽が好きということもあって、パーカッションの響きに反応するんですよ。

それは徹しているんだね。

吉田:そうですね。インドの音楽に対してそういう方向から入って行って、けっきょくおもしろいと感じた部分を自分なりに発展させていった結果できたアルバムということなのかなと思います。

ちなみにいまでもクラブに遊びに行ったりするの?

吉田:そうですね、オールナイトのパーティに行くことは減りましたけど。小箱に行くことが多いんですが、とくにライヴアクトとかもでないDJが3、4人集まって好きな音楽をずっとかけているようなパーティに行くことはよくあります。

そういう場所からはインスピレーションを得ますか?

吉田:どうでしょう。ぼくが実際に行くようなパーティもひと晩中ハウスやテクノをかけているようなものではなくて、わりと早い時間からはじまるパーティだったりすることもあってか、緩い音楽がたくさんかかるようなパーティが多いんですよ。そのなかには、ぼくが好きな(インドの)ボリウッド映画の音楽をかける人も少なくないし。そういうところからおもしろい音楽を聴いて、Shazamで調べたりします。そういうところに足を運んでいるということ自体は、直接的にではなくても糧になっているとは思います。

好きなDJはいるんですか?

吉田:好きなDJ。うーん……。実際にその人のイベントにしょっちゅういっているわけではないんですけど、ソリスチャン(Thristian)は好きですね。ボイラールームをはじめた人なんですけど。もうレギュラーではやっていないみたいなんですけど、彼がNTSでやってた番組はよくチェックしていました。あとはフローティング・ポインツのNTSはいつも聴いています。あの人のセンスは随一だと思いますね。あとこの前、フォーテットのイべントにも行きました。

なんだかんだ言いながら行っているんだね。

吉田:いまでもエレクトロニックなものに限らず、現場に遊びに行くのが好きです。

いぜん吉田君は簡潔にダンス・ミュージックというものはアガりたい、気持ちがアガるものを求めているんだというふうに言っていたんですけど、自分の制作においてアガることというのはいまでもいちばん重視しているんですか?

吉田:自分が作っている音楽は決してフロア向きではないということは自覚しているんです。

しかしハウスのテンポじゃないですか。

吉田:今作でいうとキックがガツガツ入っている曲はわりと少ないんですよ。ベースが無い曲も多いし。そういう意味でクラブのダンスフロアでかかるようなものを必ずしも意識しているというわけではないんですよ。ただ、ぼくが好きなダンス・ミュージックは必ずしもそういうダンス・ミュージックではなくて、ゆったり身体を揺らせるような音楽がいちばん好きなんですよね。それは必ずしもガッツリお客さんをアゲようというものではなくても全然かまわなくて。家でも楽しめるし、自然と頭がうなずくようなものが自然にうまれるような。そういうものが好きなのはたしかです。ハウスっぽいテンポが多いというのも、歩くペースに近かったりするじゃないですか。

ある意味ではいちばん気持ち良いテンポだもんね。

吉田:そうですね。それはきっとそこから自然に反応して、そういうテンポになっているんだと思いますね。

アンカーソングの音楽は家でも聴けるし、フロアでも聴けるというところがすごく良いと思います。前作はアフリカだったのに対して、今作はインドのリズム。それ以外の部分で今回の新作に込めた新しいコンセプト、新規軸はありますか?

吉田:最初からものすごく意識して取り込んだわけではないんですけど、エレクトロニックな要素、具体的に言うと音なんですけど、そういうものを意図的により減らしたかなと思います。前のアルバムだと、たとえば1曲目にかなりエレクトロニックな曲が入っていたんですけど、今回の作品ではそれこそシンセのサウンドとかそういうものはできるだけ排除しています。ギターとかベースとか、ぼくが昔から馴染みのある楽器を重心に構成をしているんです。

ギターは自分で弾いているの?

吉田:そうです。今回楽器は全部自分で弾いています。エレクトロニックから離れようとしたとかそういうわけではないんですけど。ぼくが自分で音楽を作るときは、単体の各パートをひとつずつ作っていくんですけど、アンサンブルを組む上でいろいろな音を重ねていったときに生楽器がいちばん複雑で、リッチなハーモニーを生みだすと思うんですよね。もちろん大胆なエレクトロニクスをドンと入れてそれにフォーカスするのも良いんですけど、やっぱりギターとかベースとか一般的な楽器ってアンサンブルのなかですごく溶け込むので。インパクトのある音色ひとつをポンと出すよりも、いろんな音を重ねてアンサンブルを組み立てるというのがぼくなりのサウンドデザインの美学というか。シンセサイザーのオシレーターとかそういうものを使って音を組むのももちろんサウンドデザインではありますけれど、ぼくはむしろ生楽器の音やフレーズの組み合わせで勝負したい。そういうことがぼくがやりたいことなんですよね。それは今回、前のアルバムよりも意識したことだと思います。

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いろいろなところでおもしろいパーティはやっているけど、誰もが熱中しているようなものがないんです。もしぼくが間接的に影響を受けたものがあるとしたら、そういう状況そのものなのかなと思いますね。何でもできるし、どこにでも行ける状態でもある、フラット、ニュートラルな状態というか。

前のアルバム『Ceremonial』はすごくUKで評価されて、BBCラジオの6MUSICでも年間第5位に選ばれて、それなりに成功した作品だと思います。それで開けてきた活動というのがあると思うんですが、どうでしょうか?

吉田:やっぱり呼ばれるイベントがまず変わりましたね。実際『Chapters』を出したときはイギリスでは1枚目のアルバムだったということもあって、とくに呼ばれるイベントに脈絡がなかったんです。

『Chapters』は、プラッドみたいなエレクトロニカ的なところにも引っかかるし、あるいはボノボみたいなダウンテンポの人とも繋がるし。幅広いんだけど、逆に言うと掴みづらいところもあるよね。

吉田:それが必ずしも悪いことではないのかもしれないですけど、少なくとも呼ばれるイベントを見る限りあんまり脈絡がない。呼ばれて誰かのサポートをやることもあれば、すごくエレクトロニックなものもあればそうでないものもあったりとか。とにかくはたから見て自分の立ち位置があまり決まっていない感じがすごくあったと思います。前の作品を出してからは、よりダンス・ミュージックに特化したイベントに呼ばれることが多くなったということと、ワールド・ミュージックのフェスから呼ばれることも多くなりましたね。そういう意味ではオーディエンスが広がったのかなとは思いますね。

今回の作品もこのセカンドで得た手応えをちゃんと活かしつつ、それをさらにディベロップしようみたいな。

吉田:その考えがなかったということはないと思います。前のアルバムで多少ファンベースは広がったと思うんですけど、とはいえあれがイギリスではまだ2枚目のアルバムだったし、せっかく広がりはじめているので、前の作品で興味をもってくれた人が今回もいいなと思ってくれるような作品にしたいというのはやっぱりあったと思いますね。

イギリスのアンダーグラウンドなクラブ・ミュージックは、すごく他の文化、違う文化を取り入れるのがうまいですよね。たとえば最近で言えば南アフリカのゴムであるとか。

吉田:そうですね、そうだと思います。

そういう環境だからこそ発想できたところもあるんじゃないですか?

吉田:具体的なものというとパッと思い浮かばないですね。以前野田さんの取材のときもこういう話をしたと思うんですけど、イギリス、ロンドンを含めて過去5年くらい誰もが夢中になれるようなジャンルやスタイルみたいなものがあまりない状態が続いていると思うんです。

細分化されていてね。

吉田:それこそ、7、8年前にジェイムス・ブレイクが出てきたころなんかは、誰もがポスト・ダブステップというジャンルに注目していたと思うんですよ。好きじゃない人でさえ気にはなっているというくらい。ただ、ここ5年、6年くらいロンドンを含めてそういうものがない状態がずっと続いているとは思うんですよね。もちろんそれでもいろいろなところでおもしろいパーティはやっているけど、誰もが熱中しているようなものがないんです。もしぼくが間接的に影響を受けたものがあるとしたら、そういう状況そのものなのかなと思いますね。何でもできるし、どこにでも行ける状態でもある、フラット、ニュートラルな状態というか。そういう空気感を無意識のうちに反映している可能性はあるかなと思いますね。

音楽自体は盛り上がっているの?

吉田:ぼくはまだまだロンドンの音楽シーンは全然おもしろいと思っているし、それが急速に衰えているんだというようには、少なくともぼくは感じていないです。

たとえば食品まつりa.k.a foodmanとか、日本の土着性を洗練させたものがインターナショナルに評価されているじゃないですか。昔の三島由紀夫的なわかりやすいエキゾチズムではなくて、新しいセンスが国際舞台で受けていると思うんです。アンカーソングとしては、「日本を使う」と言ったら変だけど、「日本」を出そうという気持ちはないですか? たとえば、イギリスの音楽シーンも細分化されてニーズが多様化している状態がある。そのなかでやっぱり日本ぽいものというか、たとえばPCミュージックみたいなJ-POP的なものを取り入れているものだってイギリスにはあったりする。パフュームが好きな連中とか。そういうふうにある意味では大きな勢力が無い代わりに、いろいろなものがフラットに並べられているなかのひとつとして日本的なものがありますよね。

吉田:ぼく自身日本のシーンをはたから見ている状況になっちゃっているわけですけど、PCミュージックみたいなものを海外の人がおもしろいなと感じる理由がわかるんですよ。食品まつりさんの音とかは方向性が違いますけど、海外からみた日本人のオタク感、自分の世界観をとことん掘り下げているという意味でそういうものが海外の人に受ける感覚はすごくわかるんですよね。でも、それこそPCミュージックみたいな音とかってぼくにはある意味うまく距離感が取りづらい。イギリスのレーベルから出ている音ですし、日本の音楽とリンクしたものなんですけど、それがまるっきり自分にとって異質なものでもないかわりに、かといってぼくが昔から慣れ親しんだような音楽とも全然異なるので、うまくそれを自分のスタイルに落とし込むものとしてはあまり響いてこないということはあるかもしれないです。

エキゾチシズムというのは外国で暮らす異邦人にとって、ひとつの武器にもなると思うんだけど、それを求められることはない?

吉田:たまに言われますね。

DJクラッシュみたいな人だってそこを使っていたと思うんだよね。アンカーソングはそれを使わないよね。それをなぜかアフリカとかインドとかさ。

吉田:とくに今回その作品を作って、前の作品がアフリカの音楽に影響されて、今回はインドの音楽に影響されたというと、次はきっと日本だねと言われますね。

ハハハ(笑)。言われるでしょ。だってヴェイパーウェイブみたいに、グーグル翻訳で日本語翻訳したものが流行ったりとか、そういうご時世だからね。

吉田:日本のいかにも和の感じを思わされる尺八だとか、笙だとか太鼓だとかそういうふうなものを大々的にフィーチャーした作品はまだ作っていないわけですけど、なぜいまのところ選んでいないかと言うと、もしかしたらぼくの作品が、自分が興味を持っている国の音楽を外からみているということとすごく関係しているからだと思うんですよ。たとえばぼくがインドの音楽を好きになってインドの作品を作りたかったら、思い切って現地に行って現地のミュージシャンたちとレコーディングをして作品を作るということもその気になればできちゃうわけですよね。でも、ぼくはそういうふうなやりかたで作る作品よりも、はたからそういうものを見ていることで自分なりの距離感を置いて、そこでうまれた距離感のなかで自分の個性みたいなかたちで作品を作りたいなと思っているんですよ。あくまで異文化を外から見たうえで、自分なりに解釈して作るというか。そういうようなやり方に興味をもっているので。

それはすごくわかるな。

吉田:そういう意味で日本はぼくにとっては近すぎるというか。さっき言っていた、それこそパフュームやPCミュージックが注目している音楽にしてもたぶん同じような捉え方だと思います。うまく距離感がつかめないという意味では。

たしかに分断と対立がすごく目立つ時代だから。とくにロンドンはそれがすごいし、ブレグジットに対する非難がずっと絶えない街なので。脱退派が多数だった結果こうなっちゃったわけですけど、ロンドンに住んでいるとその分断ぶりが手にとれるようにみえます。それを表したタイトルなのかと言われることはあります。

今回の作品の話に戻ると、『Cohesion』は融合という意味ですよね。このタイトルを付けた理由を教えてもらえますか?

吉田:今回の作品はとくにインドの打楽器の響きに触発されて作った作品なんですけど、インドの打楽器、タブラとかドーラクとかってアフリカのコンガとかボンゴとかそういうもうちょっと一般的なパーカッションに比べてすごくクセがあるんですよね。特徴のひとつとして音階を付けられる楽器が多くて。インドのヴィンテージのポップスを聴くと打楽器がとても使われていて、それらをサイケデリックなギターとかと組み合わせているんです。パーカッションのパターンなりリズムなりがメロディの一部として聴こえるような音楽がすごく多い。打楽器なのでリズムなんだけど、メロディの一部になっているみたいな。インドの打楽器の音を使うと決めた時点で、そこはぼくもすごく実践したいなと思ったんですよね。リズム、ビートなんだけど、ビートがメロディの一部でもある。逆もしかりで、メロディがあってベースとかギターを使うにしても、打楽器の響きとかパターンに寄り添ったリフとかを重ねて行くことで、メロディとリズムの境界線があいまいな感じになる。それがインド音楽の特性だと思っています。それを自分なりにエレクトロニックな手法でやってみたかったんですよね。『Cohesion』というタイトルは、そういうコンセプトをダイレクトに表しています。

2曲目の曲名が”Resistance”だったりとか、ちょっといままでのアンカーソングには無い言葉も曲名になっているんですけど、それは何か意味があるんですか?

吉田:曲のタイトルは深く考えずに決めちゃうことが多いんですけど、たとえば”Resistance”で言えば、一般的ではない要素を組み合わせているつもりではいるんですよね。あの曲のビートはドーラクというインドの打楽器、ドラムをベースにして作っているんですけど、そこにいかにも西洋のオーケストラ的なチャイムの響きをあわせてみたり、エレキギターのリフをいれてみたり。いろいろな相反しかねない要素をたくさん盛り込んでいるんですが、そういうもの組み合わせようとしたプロセスを言葉にしたというか。どの曲もそういうふうにしてタイトルがつけられていることが多いと思います。

ブレグジット以降のUKアジアに対する、ある意味ポリティカルな共感から作ったのかなという深読みは違います?

吉田:たまに言われますけどね。

言われるでしょ。

吉田:たしかに分断と対立がすごく目立つ時代だから。とくにロンドンはそれがすごいし、ブレグジットに対する非難がずっと絶えない街なので。脱退派が多数だった結果こうなっちゃったわけですけど、ロンドンに住んでいるとその分断ぶりが手にとれるようにみえます。それを表したタイトルなのかと言われることはあります。実際にそれを意識したわけではないんですけど、ただこういうご時世なので、音楽を作るうえで少しでも境界線の少ないものを作ってみたいということは、もしかしたら無意識のうちにちょっとあったかもしれないです。

最後の質問ですが、自分の音楽を言葉で何と形容しますか? たとえば、これはワールド・ミュージックではないと思うんだよね。ワールド・ミュージックのイベントに呼ばれていると言ったけど、いわゆるワールド・ミュージックではない。かといってハウスではない。自分の音楽をなんて呼びますか?

吉田:うーん……。

よくグローバル・ビートという言葉でイギリスのメディアなんかは言ったりするけど。新しいクラップ!クラップ!みたいなものとか。

吉田:必ずしもパッとひと言で伝わる言葉ではなくても良いとしたら、ぼくは日本人でイギリスに住んでいる外国人なわけですけど、外国人というかアウトサイダーであるがゆえの、外国人だからこそうまれてくる視点をベースにしたグローバルな音楽というか。しばらくロンドンに拠点を置いてはいますけど、マインドセットとしては放浪の身というか。

ボヘミアンというかね、ノマドというかね。

吉田:そうですね。ぼく自身ヒッピー的気質なところはあんまりないんですけど、マインドセットとしてはどこにもある意味根差さないことを意識しているというか。根無し草であるがゆえの音楽を作りたいと思うんです。

おもしろいね。

吉田:うまく短くまとめられないのがもどかしいですけど。

では、グローバル・ビーツと言われるのはどう?

吉田:実際そういうふうに形容されることもありますね。それは必ずしも的外れではないと思うので。

ぼくはすごく気持ち良いアルバムだなと思いました。初期のころはもっと詰め込んだ音楽をやっていたと思うんだけど、いまは引き算の音楽になっていますよね。

吉田:実際に考え方自体はそういう方向に変わったと思いますね。

ぼくはこれを自分のiPhoneに入れて通勤中電車のなかで聴いていますけどね。気持ちよくて立ったままでも眠くなりますよ。

吉田:本当ですか。それだけでも十分嬉しいです。ぼく自身あまり時と場所を選ばないというか。そういう音楽ってひとつの理想ではあるんですよね。どういうムードで聴いてもすんなりはまってくれるというか。

やっぱりリズムがあるというのは良いよね。

吉田:いまこっちでは特定の、誰もが夢中になっている分野がないということを言いましたけど、そのなかでいろいろなものが出ていて、ひとつアンビエントぽいものってちょっとした流行りくらいになっていると思います。

それはもう終わったんじゃないの? 前から?

吉田:たしかにいちばん熱かった時期は過ぎているかもしれないですけど、やっぱりまだそれっぽいものが出てきていると思うんですよ。ぼく自身もそういうものを聴くのは好きなんですけど、作るうえでは自然と身体が動くようなものを作りたくなるんですよね。

(了)

Arthur Russell - ele-king

 なんども繰り返すが、アーサー・ラッセルほど没後再評価著しいアーティストもそういない。再評価どころのさわぎじゃないな。エレクトロニック・ミュージックにおいては、若い世代にただいなる影響を与えている。ジェイムス・ブレイクにもその痕跡が見えるし、もちろんティルザにもあるが、アーサー・ラッセルはミニマル・ミュージックからディスコ、ポップ・ミュージックからカントリーまでと、節操なくいろんな音楽をやっていたので、その影響もまたいち様ではない。
 
 アーサー・ラッセルには2008年に制作されたドキュメンタリー映画がある。日本でもいちど、渋谷・宇田川町のアップリンクで上映されているその作品、『ワイルド・コンビネーション:アーサー・ラッセルの肖像』(原題:WILD COMBINATION: a Portrait of Arthur Russell)がこのたび日本版DVDとして発売されることになった。
 これを記念してアップリンクにていち夜限りの再上映会(11/5(月))も決定。会場では11/7のDVD全国発売に先駆けてDVDを購入できるほか、スペシャルTシャツの販売なども予定している。
 アーサー・ラッセルの生涯とその功績をとてもよくまとめた映画で、実験音楽の現場からディスコを往復したラッセルの類い稀な活動がさまざまなアングルから見渡せる。永遠のイノヴェイターの世界をぜひご覧いただきたい。


■DVD紹介
ニューヨーク・ダウンタウンの伝説、アーサー・ラッセル。
その純粋にして深遠な、生涯の真実。


1980年代、音楽に関する実験と革新の拠点ニューヨーク・ダウンタウンを住処としたアーサー・ラッセル (Arthur Russell、1952 - 1992)。彼は、アコースティック/エレクトリックを横断しながらジャズやクラシック、ミニマルの手法を使用し、現代音楽や、フォーク、ニュー・ウェイヴ、ディスコ/ダンスなどのアヴァン&エクスペリメンタル・ポップ・ミュージックを作曲・演奏、シーンからシーンへといくつもの異なる音楽の間を渡り歩き、あるいはそれらを繋いだ(モダン・ラヴァーズを前衛シーンに紹介したのは他ならぬアーサーだ)。ウォルター・ギボンズ、フランソワ・K、そしてラリー・レヴァンらと共に生み出した一連の重要な12インチ・シングルによってダンス/クラブ・ミュージックの歴史を推し進め、また黎明期のハウスやヒップホップにも大きな影響を与えたスリーピング・バッグ・レコーズを共同設立。彼の伝記を執筆したティム・ローレンスいわく“当時のダウンタウン音楽シーンの途方もない複雑さの水先案内人として比類なき適任者”であり、その功績は今日のアンダーグラウンド・ミュージックにおける最大の礎のひとつと言って過言ではない。

この映画は、関係者へのインタヴューをベースに、アーサー・ラッセルの音楽的偉業を全編にわたって振り返りつつ、ゲイであった彼のパーソナリティに光を当てる。アイオワ州の片田舎に育ち、チェロと出会い、ニューヨーク・ダウンタウンを駆け抜け、そして1992年にエイズの合併症で亡くなるまでを丁寧に綴ったドキュメンタリーであり、全く謎めいたアーサーの人生を捉えるにあたって最善のイントロダクションとなるだろう。


タイトル:『ワイルド・コンビネーション:アーサー・ラッセルの肖像』(DVD)
(原題 WILD COMBINATION:a Portrait of Arthur Russell)
監督:マット・ウルフ(Matt Wolf)
発売:2018年 11月 7日(予定)
価格:税込 4,320円(本体4,000円+税)
品番:TANGD011
仕様:カラー/片面2層/MPEG-2/英語(ドルビーデジタルステレオ)/16:9/日本語字幕/リージョン・オール
特典映像等:
・マット・ウルフ監督によるオーディオ・コメンタリー
・アーサー・ラッセルによるパフォーマンス映像(フッテージ)
・アーサー・ラッセルの葬儀でのアレン・ギンズバーグによるマントラ詠唱映像
・アーサー・ラッセルが両親へ宛てたテープ・レター
・アーサーズ・ランディングによるカバー・パフォーマンス映像
封入特典:スペシャル・ポストカード(予定)
出版・販売:TANG DENG 株式会社
流通協力:ULTRA-VIVE,INC.


■上映会詳細

『ワイルド コンビネーション:アーサーラッセルの肖像』
★OPEN FACTORY企画(主催・企画:TANG DENG, Normal Screen)
日時: 11月5日(月)
【1回目】18:30開場/19:00上映開始
【2回目】20:20開場/20:50上映開始
料金: 各回ともに一律¥1,800(1ドリンク付き)
会場: UPLINK FACTORY(1F)
〒150-0042 東京都渋谷区宇田川町37-18 トツネビル1-2F
tel. 03-6825-5503
備考: DVDを先行販売いたします。またスペシャルTシャツの販売も予定しております。


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Spiral Deluxe - ele-king

 デトロイト・テクノとジャズの結びつきは古くからあり、カール・クレイグのインナーゾーン・オーケストラやマッド・マイクのギャラクシー・トゥー・ギャラクシーなどが成功例として知られる。こうした背景には、そもそもデトロイトがジャズやソウルの町として発展してきた経緯があり、テクノ・アーティストたちの中にもDNAとしてそうした音楽が刻み込まれている部分がある。そして、ギャラクシー・トゥー・ギャラクシーの“ハイテック・ジャズ”に顕著だが、アフリカ系たちのアフロフューチャリズムとゲットー感覚が、ブラック・ミュージックのシンボルとしてのジャズと、未来的なコズミック志向のテクノを結び付けているのである。テクノ・アーティストの中でもジャズを志向する者は、カール・クレイグにしろマッド・マイクにしろ、テクノの枠にとらわれない多様な音楽性を持つことが特徴だ。ジェフ・ミルズもそうしたひとりで、マッド・マイク、ロバート・フッドとアンダーグラウンド・レジスタンスを結成する以前、もともとヒップホップDJとしてキャリアをスタートしており、映画音楽からアンビエント、ポスト・クラシカルにも通じる幅広い音楽性を有している。ジェフ・ミルズとジャズの結びつきはデビュー前にさかのぼり、高校時代にジャズ・バンドのドラマーをやっていたそうである。2000年ごろにやっていたミルザートというプロジェクトは、ギャラクシー・トゥー・ギャラクシー同様にジャズやアフロとテクノやアンビエントなどエレクトロニック・ミュージックを結び付けたものと言える。近年はパリに移住してトニー・アレンと共演をし、改めてジャズに対するアプローチを見せている。そのコラボ作品『トゥモロー・カムズ・ザ・ハーヴェスト』が話題となった同時期、スパイラル・デラックスというバンド・プロジェクトのミニ・アルバム『ヴードゥー・マジック』もリリースされた。

 スパイラル・デラックスはジェフ・ミルズ(ドラム・マシン、パーカッション、ドラムス)のほか、アンダーグラウンド・レジスタンスやギャラクシー・トゥー・ギャラクシーのメンバーでもあるジェラルド・ミッチェル(キーボード)、エスクペリメンタル・ロック・バンドのバッファロー・ドーターのメンバーとして知られる大野由美子(ムーグ・シンセ)、ジャズ・トランペッターの日野皓正の息子で自身はジノ・ジャムというバンドを率いる日野賢二(ベース)からなるカルテット。ミルズは2014年にパリのルーヴル美術館オーディトリアムでレジデンシーを任され、そのときに一夜限りのバンドを結成。それをきっかけに、いろいろな分野で素晴らしいスキルを持つミュージシャンを集めたスーパー・グループを作りたいという構想が生まれ、2015年9月に東京と神戸で開催されたアート・フェス「TodaysArt JP」に現メンバーが集まり、パフォーマンスを披露したことが活動の発端となっている。そのライヴの模様はEP「神戸セッション」にも収められ、その後2016年にワールド・ツアーを行い、10月のヨーロッパ公演の録音はEP「タタータ(サンスクリット語で真理の意味)」としてリリースされている。この2枚のライヴ録音を経て、今回はスタジオ録音盤としてリリースするのが『ヴードゥー・マジック』で、改めてジャズ・カルテットとして打ち出したデビュー・アルバムとなる。録音はパリのフェルベール・スタジオで2日間に渡って行われ、“レット・イット・ゴー”にはニューヨークで活動するシンガーのタニヤ・ミシェルをフィーチャーし、またデトロイトの重鎮DJであるテレンス・パーカーがリミックスを手掛けている。

 初のスタジオ録音盤ではあるが、アルバムのほとんどはワンテイクで録音され、メンバーそれぞれのインプロヴィゼイションに委ねるという方向を打ち出している。ジェフは基本的にドラム・マシンを扱っているので、ビート面ではどうしてもプログラミングによる四つ打ちパートが多く、純粋なジャズと比較するとリズムの面白さや即興性に欠けるところがあるかもしれない。“E=MC²”は1990年ごろに流行ったジャズ・ハウス風で、ある意味でレトロな味わいがする。インプロヴィゼイションのスリルを求めるにはやや肩透かしを食らうが、基本的に演奏の主軸となるのはジェラルド・ミッチェルのピアノと日野賢二のフェンダー・ベースで、大野由美子のムーグ・シンセがアクセントを加えていくという構成。BPM 120くらいの四つ打ちから途中で4ビートのモダン・ジャズへと移行したり、ピアノが次第にスイング風のメロディを奏でたりという面もあり、そのあたりはライヴ感覚を生かしたものとなっている。表題曲の“ヴードゥー・マジック”はジャコ・パストリアスばりのベース・ソロに始まり、それにドラム・マシンが呼応しながらビートを刻むという形となっている。ドラム・マシンの「楽器」としてのインタープレイを楽しむなら、この曲が一番かもしれない。ジェフがパーカッションを演奏する“ザ・パリス・ルーレット”はファンクとフュージョンの中間的な演奏で、ディーゴやカイディ・テイタムなどのブロークンビーツあたりに通じるナンバーとなっている。“レット・イット・ゴー”のオリジナル・ミックスは、曲調としてはソウルフルなムードのディープ・ハウスで、アルバム中で唯一ジェフがドラムを演奏している。もともとドラム・マシンだった部分をドラムで録音し直したもので、彼のドラム演奏音源のリリースは今回が初めてだそうだ。全体を通してスパイラル・デラックスのポイントは、マシン・ビートを土台とした上で、ピアノとベースがどれだけ自由度の高い演奏をできるかだろう。革新性や新鮮さについては正直なところ薄いが、基本的にはギャラクシー・トゥー・ギャラクシーなどと同じように、エレクトロニック・ミュージックとジャズのエッセンスの融合を目指したユニットと言える。

Kiki Kudo - ele-king

 あれからどれくらいのときが経ったのだろう。僕(小林)が初めてその名を知ったのは『STUDIO VOICE』だったか、それとも『remix』だったか。その後『NO!!WAR』に勇気づけられ、あるいは会田誠や Chim↑Pom らを論じた『post no future』にも大いに啓発された(アートについてだけでなく、たとえば「なんておもしろい小林秀雄の読み方をするんだ」と感心した覚えがある)。
 これまでライターやキュレイターとして活躍してきた工藤キキが、なんと、ミュージシャンとしてデビューする。昨年音楽制作をはじめたという彼女は、今年に入ってイリシア・クランプトンやツーシン、ピュース・マリー、エンバシらに混じってコンピ『Physically Sick 2』に楽曲“Freakey Ke Ke”を提供したり、カセットテープ『Mineral Sequences』を発表したりしていたが、来る11月9日、初のEP「Splashing」をリリースすることが決定。しかも、アンソニー・ネイプルスとデザイナーのジェイムス・スラッタリーが主宰するニューヨークの〈Incienso〉からである。レーベルによれば、「ナノテク・ポップ、シンセ・ジャム、キッチン・ウェイヴ、リスニング・テクノ」に仕上がっているとのこと。現在、収録曲の“City Neo Neon”が先行公開されている。彼女の新たな船出に大きな拍手を贈りたい。

Kiki Kudo
Splashing

Incienso
12" / Digital
2018/11/09

[Tracklist]
A1. The Secret Bedside Track
A2. U ARE AWAKE
A3. Gadget & Co.
B1. Interactive Gee
B2. City Neo Neon

Bandcamp

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