![]() 山本精一 / Playground P-Vine |
Dommuneで6月10日に放送したPhewの「45回転であいましょう」の司会をした私はゲスト出演した山本精一の歌を隣で歌詞カードに記した特徴のある文字を目で追いつつ聴きながら、彼の歌をまぢかで体感できる至福を感じた。そのときはまだこのアルバムを聴いていなかったが、あれから何度も『Playground』を繰り返し聴き、なぜこれはこう何度も聴いてしまうのか考えるうちに、考えるよりも聴くのがおもしろくなった。
山本精一の『Playground』はサイケデリックでありながらアシッドであり、ソフト・ロックの音色のイメージも抱かせるが、身辺雑誌のように親密な気持ちにもさせる。つまりこの50分弱にはきわめてシンプルにみえても多くのものが入っている。ここしばらくPARAのようにコンセプトを濃縮したグループや、企画作品、あるいは羅針盤や想い出波止場の再発などであいかわらずその名をみなかった時期はなかった山本精一の精髄は私はやはりソロにあり、その極点と思った『なぞなぞ』から7年、Phewとのダブル・ネーム『幸福のすみか』からすでに12年、「歌もの」という音楽のあり方を決定づけた羅針盤が終わりを告げてもう6年も経つ。山本精一は『Playground』を粗く、やりたいように、まちがってもいいと思いながら作ったといった。「遊び場=Playground」にいたように。しかしそう思ったとき、このひとは本領を発揮する。
このアルバムでは自分の部屋のなかと、半径500メートルくらいまでの範囲を表しています。そこでは基本的になにも起こらないんですよ。なんにも起こらないところでどうやって歌ができていくのか、それを試したかった。
■『Playground』は資料では「6年ぶりの歌ものアルバム」となっていますが、どこから数えて6年目なんですか?
山本:羅針盤です。最後のアルバム『むすび』を録っていたのが04年なので、6年というよりは5年ぶりかな。
■曲は書きためていたんですか?
山本:ライヴでやっている曲ばかりですよ。
■いちばん古い曲は?
山本:みんな同じくらい。"飛ぶひと"だけはPhewとの98年の『幸福のすみか』のときですね。
■なぜ"飛ぶひと"を再演しようと思ったんですか?
山本:ライヴで演奏しているからです。なんの狙いもなく、最近のライヴを作品化しただけですよ。
■作品としては作りこんだ面もあると思いますが。
山本:作りこんではないですよ。足したところはありますけど、ほとんどワンテイク。
■曲のヴァリエーションの面の工夫を感じましたが。
山本:それはたんに曲がそういった感じなだけでしょう。
■今回千住(宗臣)さんが参加していますが、彼を起用したのは?
山本:いつもいっしょにやっているからです。
■ご自分でドラムを叩いてもよかったかもしれないですね。
山本:そうやね。まあでも叩けないし、1曲目"Days"はロックっぽいからああいうタイコは僕にはむずかしいし、あれはやっぱり千住でしょ。
■そうですね。私が山本さんがドラムを叩いた方がいいと思ったのは、『Playground』に非常に私的な印象を受けたからです。同じ歌でも羅針盤はバンドの音楽でありソロとはちがうと思いました。
山本:このアルバムでは自分の部屋のなかと、半径500メートルくらいまでの範囲を表しています。ブックレットに使っている写真も家のなかとか周辺とかそんなものばかりですもん。全部そう。
■500メートル半径というはご自分の生活がみえる範囲ということですね。
山本:そうです。そこから離れて生活してないし、最近ずっと歌ってるのも身の回りのことばかりですからね。そこでは基本的になにも起こらないんですよ、ほとんど動かないから。なんにも起こらないところでどうやって歌ができていくのか、それを試したかった。
■ある種のアンチロマンですね。たとえばいまのフォークであたらしいひとたち、前野健太さんや七尾旅人さんの歌をどう思います? 私は世代論はわかりませんが。
山本:世代論は僕はまったく関係ない。上の世代という感覚はないんですよ。21世紀に生きている人間のジェネレーションなんて全員いっしょですよ。だから世代は関係ないです。おもしろいかおもしろくないか。彼らの音楽は僕はいいと思いますよ、おもしろいと思います。
■ご自分と比較して?
山本:すべてちがいます。比べることはないし、どっちにもいいところがあって悪いところがある。僕は他人のことはわからない。自分のことで精一杯です。子どものころはフォークを聴いていたりすると、いろんなひとがいたし好きなミュージシャンもいましたが、積極的にいまも他者の音楽を聴くかというとそんなことはない。
[[SplitPage]]でも僕、ボアダムスをやる前はずっと歌っていたんで、個人的にはそっちの方がイメージですよ。羅針盤にしても87年、ほとんどボアダムスと同じ時期に結成しているから。
■今回はベースを弾かれていますが、このアルバムではベースがすごくポイントだと思うんですね。間をとるようなベースが全体のムードを作っていると思いました。
山本:ちょっとズレてね。全体の印象はすごくチープなんですけどね。
■山本さんがドラムまで叩いた方がよいと思った理由はそこにあります。
山本:千住は上手いからね。
■表題曲の"Playground"は譜面に書けるリズムではないですよね。
山本:そうね、このズレは譜面では表せないね。
■この曲を千住くんにどう説明するんですか?
山本:「遊んでいるみたいに叩いてくれ」とか、そんな感じですよ。それで一発録り。まちがっていても全然オーケー。ワンテイクの方が勢いがあるし、「遊んでいる感じ」では2回はできない。歌は入れ直した曲はあるけど、演奏は全部テイクワン、弾きながら、歌いながらドラムといっしょに録音しました。だからライヴといっしょです。
■曲をカチッと作るよりナマのままの歌を録音するという狙いだったんでしょうか?
山本:なんにも考えてないんですよ。「なんか今日レコーディングがあるな」という感じでスタジオに入ってなんとなくやっている、そのスタジオはお弁当が出るんですよ。エンジニアの方のお母さんがお弁当作ってくれるんですよ。だからマザーシップ・スタジオなんですが。大友(良英)くんとかふちがみとふなととかもそこで録ってますよ。ポコッといってポコッと録るにはいいんですよ。だからなんにもないんですよ。宅録みたいにね。
■『なぞなぞ』と『幸福のすみか』の間の感じじゃないですか?
山本:そうですかね? 『なぞなぞ』は宅録以下やからね。僕はね、もう凝りはじめたらとめどないですからね。はっきりいって5年はかかります。このアルバムはそんなことはない。それがコンセプトといえばコンセプトかもしれない。
■作りこまないアルバム。
山本:そう。粗い感じでやりたいようにやる作品。まちがってもそれはしょうがないというかね。完璧主義はもちだしませんでした。
■羅針盤とはまるでちがう?
山本:羅針盤もディテールにはそれほどこだわってないですよ。羅針盤はポップスのつもりだったから。あれは一般のひとにも聴いてほしいと思ったから。
■一般に届けるためのポイントはなんですか? 作曲ですか? アレンジですか?
山本:普通にラジオで聴いていても、そんなに違和感ないもの......ですかね。まあ違和感がないとはいいきれないけど(笑)。僕は歌がヘタなんで、極限まで普通に聴ける状態に近づけようと、一小節を100回くらい歌い直したこともあります。とくにシングル・カット曲では極限まで普通のポップスをやろうとしました。
■"永遠のうた"(羅針盤のファースト・シングル)から山本さんの音楽を聴きはじめたというひとも多いでしょうね。
山本:入り口が広がったとは思いますね。
■あの曲で歌に開眼したところはないですか?
山本:そんなことはない。普通のポップスをどこまでできるかということですよ。最終的には普通ではなくなったけど(笑)。
■あれだけ作品を出しているということは、やっているなかに発見があったということですよね。
山本:それもあったし、元々ポップスは好きですからね。
■羅針盤からそういった山本精一像はできた気がします。
山本:でも僕、ボアダムスをやる前はずっと歌っていたんで、個人的にはそっちの方がイメージですよ。羅針盤にしても87年、ほとんどボアダムスと同じ時期に結成しているから。
■羅針盤の方が後発のイメージがありますね。
山本:ほとんど同じ。ズレていても一年か半年ですね。ボアダムスとかあの辺のバンドには僕はギター(と作曲)で入っているから参加している意識だったんです。ボアダムスに入ったのも田畑(満)が抜けたからだし。
■そういはいってもボアダムスの在籍も結構長かったと思いますが、自分のバンドではないという意識だったんでしょうか?
山本:僕のなかのひとつの要素ではありましたけど、本来の僕のやりたいことではなかった。
■歌とボア的な要素をミックスすると想い出波止場になる?
山本:想い出波止場はまたちがう。想い出は......説明しにくい(笑)。あれに類するバンドはあんまり思いつかない。ファウストとか。
■想い出波止場も去年ライヴしましたね。
山本:まあでも当分やらないですね。
■どうしてですか?
山本:やるモチベーションがない。あのときは旧譜が再発されたからね。
■新譜は出さないですか?
山本:出さないです。
■それは残念ですね。音楽が進化しない限り出す意味がない?
山本:基本は......想い出の話は止めましょうか。あのバンドはむずかしいんですよ。言葉にしにくい
■わかりました(笑)。では『Playground』に戻りましょう。3曲目がタイトル曲になっていますが、その意図はどういったものでしょう?
山本:その曲は別な名前がついていたんです。タイトルが先にあって、それをつける曲を探していて、3曲目が一番いいと思った。3曲目は元は"めざめのバラッド"。名前を変えたんです。
■この曲が全体を象徴していると思った?
山本:変えるのはそこしかなかった。"めざめのバラッド"は......あれ入ってるわ。元は"メール"って曲だったかもしれない。
■曲名は気にしてなさそうですね。
山本:適当です。
■歌詞はどうやって作るんですか?
山本:......適当(笑)。
■このアルバムでは生活のなかから出てくる言葉が使われているんですよね?
山本:なんとなく出てくる言葉を書いているだけですよ。
■曲が先にあって、そこに言葉の断片をあてはめていくということですか?
山本:そうです。だから自分の歌詞を全然憶えられないんですよ。考えてできたようなものじゃないし、ドラマになってないし、ツジツマが合わないから憶えられない。厳密にいうと僕のなかから出てきているとけど頭は通過してないんですよ。昔からいうんですけど、「落ち穂ひろい」というかね。地面に落ちている木の枝のたき火になりそうなものだけをひろう、その感じ。僕のなかにそれを選び分けるなにか、装置みたいなものは働いているけど、自覚的に自分が言葉をつなぎ合わせるというかね、創造的に言葉を選ぶ感じはない。ひろいあげていっている。
■言葉の組み合わせには流れがいりますよね。歌詞もひとつの文章だから。
山本:そうかな?
■すくなくとも言葉の連なりではありますよね?
山本:でもね、それは音素というか言葉がスケール(音階)やメロディラインに乗っかっていくと、言葉が耕されていくというかね。音楽に言葉をうまいこと乗っていくわけです。それは自動的な選択、エンター・キーが押される感じです。
■たとえば2曲目の"待ち合わせ"のサビのあたりで、「孤独」「闇」「深い朝」と連なる流れにはイメージの起伏があると思うんですよ。これって意図しないと作れないフレーズだと思いますが。
山本:そこは意図しました。そこくらいはツジツマがあっていた方がいいと思ったから。
■そういった落ち穂ひろい的な断片のなかにイメージを繋げられる言葉が入りこむから印象を残すのかもしれないですね。
山本:最初にある意味、自動筆記的に歌詞を書きはじめるんですよね。そうすると、俯瞰すると、意味が合う場所ができる。それをあとでまとめることはありますね。
■出口ナオみたいな?
山本:お筆先? ちがう......いや、ちかいかもしれんな。出口王仁三郎があとでそれをまとめるというかね。
■山本さんは王仁三郎の役割ですね(笑)。
山本:いや、僕はナオと王仁三郎がいっしょになってるのかも(笑)。勝手に出てくるものがあって、それをリライトする自分がいる。作るときはナオしかない。
■山本さんは自分をものすごく客観視するところはありますよね。
山本:僕は批評性からは逃れられない。もともと僕、批評から音楽に入っているわけだし。だけど、批評臭さはでないようにしたようと思ってます。
■私は『Playground』も1曲ごとに批評性はあると思いますよ。たとえば、1曲目なんかはシューゲーザーへの批評とも思いました。
山本:そんなことないよ。マイブラ、僕大好きやもん。1曲目はマイブラですよ。
■『ラブレス』の1曲目("オンリー・シャロー")が元ネタですね。でもそれを山本さんがやるのは批評的なニュアンスがあるとも思います。
山本:批評には僕、否定的な意味合いがあると思うのよ、ちがう?
■うーん。そうは思わないですね。
山本:僕はでも、否定的なところはないですよ。好きだからやったというだけでね。マネしてみました、みたいな。この感じが大好きなんやね。
■それだけプライベートな作品だということですよね。それはたしかだと思いますけど、山本精一の名前で出ると批評的な色合いを帯びてくるとも思うんですね。
山本:因果なことですよ。
■作っていくなかで、参照したものは本当にないですか?
山本:とりたててなにかを参照したというのはやっぱりないですよ。自分のなかには、いままで聴いてきた何十万枚という音楽が入っていて、そこからのアウトアップは意識的にも無意識的にも当然あります。それを影響といえばそうなるでしょうが、その意味で影響がない人間はいないということでもある。でも僕はもう、どこからそれがきたのはもうわからない。膨大な量があって、それはもう土壌のようなものですよ。そこから生えてくるキノコみたいなものでね。それはもちろん音楽だけじゃなくてね。
■経験を土壌にできるかどうかでもあるとは思いますけどね。
山本:まあね。いい忘れたけど、今回もうひとつコンセプト的なものがあるとしたら質感ですね。
[[SplitPage]]戦前ブルースとかテクノロジーのない時代の音楽、簡素な録音設備を使って道端で録ったような音楽ですが、そういった録音物は何度も聴ける特性がある。リヴァーブがまったくかかってない素の音楽ね。
■音の質感でいえば、Phewさんの新譜『Five Fingers』を聴いて『Playground』と似たものを感じました。
山本:そうね。Phewもそうやね。
■あとジム(・オルーク)のバカラックのトリビュートなんかもそうでしたね。
山本:そうでしょ。そっちの方に行くんでしょうね。
■その共通項は具体的にどういうものでしょう?
山本:アナログな感触ですね。それと、これまでの録音ではあまりよいとされてこなかったフレット・ノイズとかヒビリとか、ベースの音だったらラインで録ったような硬い音色。
■それはいま、新鮮かもしれないですね。
山本:うん、いい。自分のなかで考えられるのは、いい音を聴きすぎて、そうじゃない音を生理的に聴きたくなっているのかなとは思う。単純にこういった感じの質感の音は中毒性があるんですよ。リヴァーブがカットされているというかね。
■よい音の定義ではよく立体感というものがいわれますからね。
山本:それがリヴァーブだね。
■あとサラウンドのような音響も含めてですね。そういった価値観からの変化をたしかに感じました。反動ではあると思うんですが、私が好きなミュージシャンがそういった作品を作るという符号のようなものは感じました。
山本:僕はずっとレコードを聴いてきて、重層的な音像とか広がりとかドリーミーなサウンド、たとえば『ペット・サウンズ』とかビートルズとか、ああいう世界は大好きなんだけど、それと別に好きな世界があるんです。戦前ブルースとかテクノロジーのない時代の音楽、簡素な録音設備を使って道端で録ったような音楽ですが、そういった録音物は何度も聴ける特性がある。リヴァーブがまったくかかってない素の音楽ね。ほとんどCDは売ってしまったけど、ブルース関係とか、Dommuneでも紹介したイングランズ・グローリーとか、そのへんは残してるからね。
■イングランズ・グローリーは私も聴きましたが、よかったですね。
山本:宅録みたいでしょ。とくにベースなんかあんな音では録れないですよ。
■あの感じは......
山本:まあヴェルヴェット・アンダーグラウンドですね。
■そうですね。でもヴェルヴェッツほどノイジーでもなくもっとスムーズですよね。
山本:そうやね。
■陰影があってイギリスらしい音楽ですね。
山本:ニック・ドレイクとか、そういった陰りがあるね。
■あの手のものは日本には似たバンドはないですよね?
山本:どうかなー。しいていえばスターズ。石原(洋)くんがちかいかもしれない。
■そう考えると、『Playground』は石原さんがプロデュースしたゆらゆら帝国と似た質感はあると思いますよ。
山本:そうかもしれない。坂本(慎太郎)くんとか柴山(慎二)くんにも通じるかもしれないですね。
■東京でのレコ発(8月27日、吉祥寺スターパインズ・カフェ)ではベースは入れないんですか?
山本:ベースはないですね。千住とふたりですね。ベースも入れたいけど、あの感じでできるひとがいないですからね。大阪のライヴ(10月10日、梅田シャングリラ)では須原(敬三)に弾いてもらうけど。あのニュアンスは伝えられないね。ベーシストはもっと太い音を好むからね。ベーシストが作る音じゃないからね。ギタリストが弾くベースの音ですよ。あと上手すぎないことね。テクニックには僕、全然興味ないんで。上手いのはあんまり好きじゃない。
■テクニックはむずかしい問題ですからね。
山本:なにをもってテクニックというかですよ。ジャズやろうとしてテクニックがなかったらムリですからね。
■音楽が求めるものを実現するのがテクニックだとすると、こうやって譜面化できない部分が重要な音楽を演奏するには通常のテクニックが問題になるわけではないということですね。
山本:そういうことですね。譜面にできないことしか僕はやりたくないですね。譜面にしようと思ったら書けないですよ。ニュアンスといってもむずかしい。
■やらないと、聴かないと伝わらないですね。
山本:体感しないと意味がないんですよ。
■カオス・ジョッキー(モストの茶谷雅之とのデュオ)の『1』がおなじタイミングで出たのは偶然ですか?
山本:あれは去年の暮れに録ったから相当前ですよ。
■あれもギター・ミュージックとしては挑戦的でしたね。
山本:あれも一発録りですね。
■ギターの音を複数のアンプに振っていますね。
山本:8台使ったかな。
■エフェクトはそれぞれ別の系統をかませているんですか?
山本:そうだったと思う。というかどうやって録ったか忘れた。
■あれもワンテイクですか?
山本:そうやね。GOKの近藤(祥昭)さん特性の、ヘッドフォンにマイクを合体させた録音機材があって、それを人形の頭に装着してターンテーブルに乗せて回転させるんですよ。ブックレットに写真が載ってるけど、回転しながら録音しているから音像が変化するんですよ。あれは近藤さんならではのアイデアですよ。そのマイクの名前はリンダだった。
■山本さんの回りにはおもしろいアイデアをもったエンジニアの方がいますよね。オメガ・サウンドの小谷(哲也)さんもそうですが。
山本:小谷がスタジオをやめてしまったのが、とくに想い出波止場のようなバンドができなくなった要因かもね。アルケミー関係とか、みんないってる。ボアダムスもみんなあそこやったからね。ああいう感じの録音ができなくなったんですよ。あれはでっかいよね。
■小谷さんは想い出波止場のメンバーといってもよかったですね。
山本:プラス・ワンですよ。高校の同級生だったからね。あいつとずっと作ってきた感じだからね。あいつとやれなくなったのは想い出ができなくなったひとつの要因になった。
■スタジオのアイデアで想い出はできていますからね。
山本:アイデアもそうやし、僕らはあれを実現する技術的な知識はないわけだから、そこをサポートするのが彼の役割だったからね。
■音響から逆算して音楽はできていく面もありますし、音響派でなくてもスタジオワークは音楽の重要な部分ですからね。
山本:すごく重要ですよ。僕らがいうアイデアは普通のスタジオでは通らないですよ。ムチャクチャやから。ああいうのをやらせてくれるのは同級生というのもあったし、それをおもしろいと思う感性があったからね。想い出なんて音に関しては半分はあいつの世界ですよ。だから想い出はライヴはできるかもしれないけど、あのバンドは音源ありきだからね。
■ライヴは音源をどう無視するかという...
山本:そういった世界だからね。本当に困っていてね。探しているんですけど、ああいった人間には出会えない。変態やからね。完全な変態やからね。宅録ではできることが限られてしまう。俺らが普段使わない機材を使って録音する醍醐味というかね。そうじゃないとレコーディングする意味もあまりないでしょう。ものすごく高性能なマイク、1台百万くらいするマイクをビニールにくるんで水のなかに入れるとかね(笑)。何百万もするオープン・リールのテープ・デッキを手で回したり止めたりするとかね。たのんでもやらしてくれないですよ。
■水の音はそうしなくても録れますからね。
山本:そうやらないとおもしろくない。強烈に金がかかった設備で極限までアホなことをする。想い出波止場は音のクオリティはすごく高いはずなんですよ。アメリカのロウファイのバンドなんかは音はチープですからね。
2010年6月23日/Pヴァインで













































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