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Technasia

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Central

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アボカズヒロ   Jul 07,2010 UP

 アルバムタイトルになっている"Central"(中環)というのは、香港の経済、金融、行政の中心となっている地区の名前だ。中環には巨大な劇場やショッピングモールが立ち並び、飲食店やクラブも集まっているなど一大繁華街の様相を見せている。それと同時に近年ソーホーと呼ばれる地区には若手のデザイナーやアーティストが多く住むようになっていて、香港におけるいちだい文化発信地としての顔も持ち合わせている。アルバムジャケットのアートワークになっているのは、地下鉄・中環駅の壁面に掲げられている駅名表示の写真だ。中環駅は地下鉄の路線がふたつ乗り入れているだけではなく、バスやフェリーの乗り口にもなっているなど、香港の交通ハブとしての役割を担っている。

 言わずもがな1997年までイギリスの統治下にあった香港は、それ自体が古くから東南アジアにおける交通や流通の拠点となっており、中華文化や英国文化のみならずさまざまなエッセンスが交じり合うアジア有数の都市だ。つまるところ、さしずめ中環はそんな"香港らしさ"をもっとも象徴しているエリアともいえるわけだ。
 ......思えば、いままでのテクネイジアの活動にしても香港の文化、そして中環から受けたインスピレーションは大きかっただろう。それはヨーロッパのハード・テクノが持つスピード感とデトロイト的なシンセワーク、そしてオリエンタルなメロディ・ラインというファクターを極めてシームレスにひとつのトラックに纏め上げたそのサウンド象徴されるし、自身のレーベル〈Sino〉を通じて、世界津々浦々の有望な新人をフックアップしていることからも伺える。現に〈Sino〉からのリリースでシーンに広く認知され、いまや押しも押されぬ存在となったオランダのヨリス・ボーンは現在では自身のレーベル〈Green〉を構え、こちらもこちらで才能の発掘に余念が無い。つまり、テクネイジアという存在もまた文化のターミナルとして機能していると言える。

 2008年に長年のパートナーであったアミル・カーンが子育てに専念するために脱退し、テクネイジアはシャール・シーリングのソロ・プロジェクトになった。2006年にリリースされた『ポップソーダ』以来4年ぶりのリリースとなる『セントラル』は、ソロ体制になって初のオリジナルアルバムだ。
 今作では自らの発想の根底につねに存在した"00年代のクラブ体験"をいまいちど意識して制作したという。たしかにアーリー90'sなハウスからの影響を思わせるヴォイス・サンプル使いとバウンシーなシンセ・ピアノだったり、レイヴ感溢れる鋭いシンセ・サウンドだったりと90年代の記号的な音色が随所に散りばめられている。もちろん、持ち前のデトロイト感覚溢れるエモーショナルで綿密なコードワークと、パーカッシブで疾走感溢れるビートも健在だ。
 BPMはいままでの作品より若干ピッチダウンし、125から128くらいを渡っていく感じでよりハウシーなグルーヴが強調されている。そしてなにより、いままで以上にシャールのメロディ・メイカーとしての側面がフィーチャーされていることも特筆したい。とくに香港のネオンをぼんやりと遠目に眺めているかのような"ミュージック・トゥ・ウォッチ・ザ・シティライツ・レイト・アット・ナイト"でのピアノや、アルバム中もっとも感傷的でエモーショナルな"ヘヴン・イズ・オンリー・100メートル・アウェイ"でのシンセ・フレーズはダンス・ミュージックという粋を超えて筆舌に尽くしがたい美しさだ。

 いままでもテクネイジアは流行に流されず、いち音楽として磐石な作品を作るというスタンスで活動してきた。アルバムを制作する際にも、いままでリリースしたシングルを寄せ集めたようなある意味インスタントな作品は作っていない。そのため、10年以上のキャリアでリリースしたアルバムは本作を含めてたったの3枚だ。DJとしての名声を得るためにアルバムをリリースするのであれば、きっともっとやり方があるだろう。......しかし、そうはしない。
 このアルバムでも、クラブトラックとしての機能性はもちろんのこと、メロディ、コード、ビート、そしてそれぞれの音色と、音楽を構成するエレメントをひとつひとつ丁寧にブラッシュアップしてきたシャールの音楽そのものに対する真摯な姿勢をひしひしと感じることが出できる。信頼できる音楽、という言い方はちょっと変かもしれないけれども、そういう音楽があるとすればこんな作品を言うのだろう。

アボカズヒロ