Home > Reviews > Album Reviews > Expressway Yo-Yo Dieting- Bubblethug
先月、アウター・スペースをピック・アップした際に「ドローンとテクノの壁にも穴が空きはじめ(中略)それがひとつの流れになるならば、スティーヴン・オモーリーのギターにジェフ・ミルズがリズムをつけるとか(中略)聴いてみたいと思う組み合わせは無数に思い浮かぶ。誰が最初にやるんだろうか」と書いた直後にデトロイト・テクノのホアン・アトキンスがこのところ急速にドローンへの傾斜を強めているサイキック・イルズのリミックスを手掛けていて、一瞬はゲッと驚いたものの、仕上がりはそれほどのものではなかった。キックが途絶えてドローンの一部がループされるなど手法的にはテクノ・フィールドに引きずり込んだだけで、ドローンは素材として料理されていただけだったからである。かなり本格的なドローン・ミュージックがダンス・ミュージックのリミックスを求めた例としてはもちろん特筆に価するし、アトキンス以外にはファウストやバットホール・サーファーズからギビー・ヘインがリミキサーに起用されているという発想は、もちろん、悪くはなかった。
同じ時期にリリースされたインディグナント・セニリティ(タイプから『プレイス・ワグナー』をリリース)ことパット・マウアーによる別名義は、しかし、何か違う扉をこじ開けようとしているように感じられる。簡単にいえばドローン・サウンドにさまざまなタイプのダンス・ビートがミックスされ、それらがDJミックスであるかのように構成された結果、ドローンとしてもダンス・ミュージックとしても使えないものに仕上がっている。そのどちらかを求めている人には単なる失敗作でしかない。ビートが導入されているという時点でドローン・サウンドとはとてもいいがたく、ダンス・ミュージックとしての機能を持つにしては全体がドローンに呑まれすぎで、どうしてもビートを追い続ける努力が必要になってくる。両方の価値観が渾然となって襲ってくるサウンドは壮大なる失敗作としかいいようがなく、その混沌とした存在感をなぜかわくわくしながら受け止めるのみである。なるほど、〈ウィアード・フォレスト〉にしかこれは出せないだろうと思いながら。
テクノやブレイクビーツ風のリズムも使われているけれど、ヒップホップのリズムやカット・アップ、あるいはジャケット・デザインに〈トミー・ボーイ〉のシルエットが使われるなどヒップホップの幻に取り付かれている様子はありありで、「バブル+サグ=実体のないチンピラ」とでも訳すのか、アルバム・タイトルもそんな風情を偲ばせる(インディ・ロックとヒップホップの架け橋となったアンチコンには、その初期にはヒップホップの正統を名乗ろうという気概があったけれど、ここにあるのはもはやフィールド・レコーディングの対象としてのヒップホップでしかない)。
ドローンの波間から残像のように立ち現れるヒップホップの幻影。ヒップホップをドローンに溶かし込んだという意味では力作である。とはいえ、それはもはやドローンではない。では......何なのだろう?
三田 格