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ステファン・マシューの新作『アン・クール・シーミレ』(〈バスカル〉)は、ここ数年に渡る彼の音響的実験、探求、そして作曲意識が「アルバム作品」として統合・昇華されている極めて重要な作品である。その意味では2004年の傑作『ザ・サッド・マック』(〈ヘッズ〉)以来、といえるだろう。
ステファン・マシューは、2004年の『ザ・サッド・マック』において、デジタル・エラーを意図的に用いることで未知のサウンドを生成する、00年代初頭の「DSP美学」を総括した。デジタル・グリッチ、エレクトロアコースティック、アンビエント/ドローンなど、さまざまな手法がアルバムのなかで、ひとつの大きな(繊細な)流れを生み出していた。それは確かに「完成形」であった。ゆえに『ザ・サッド・マック』以降の彼は『ザ・サッド・マック』のなかにすでに内包されていたドローン/アンビエント、フィールド・レコーディング的なサウンドを、多くのコラボレーション・ワークを行うことで、より深い場所へと潜航するように創作を続けていったように思う。
たとえば、06年リリースのヤネク・シェーフとの共作『ヒドゥン・ネーム』(〈クロニカ〉)。『ヒドゥン・ネーム』においては、古びた楽器や音源などが見事に加工され、過去へ遡行するような音響を作り上げていた。中世の記憶が、古びた洋館から芳香とともにたちがあるようなアンビエンス、音響......。09年のテイラー・デュプリーとの共作『トランスクリプションズ』(〈スペック〉)においても、「アナログ・レコードの元祖と言われる古いワックス・シリンダーと78rpmレコード」を素材に用いながら、過去の記憶が音響に溶けだしていくようなドローン・アンビエント作品を生みだしていた。
つまり、00年代中盤以降のステファン・マシューは、記憶と歴史のなかで打ち捨てられたような楽器や音盤をリサイクルすることで、過去と現在の記憶が溶けだすようなドローン作品を模索/創作していったのである。その彼の探求の最初の「成果」が2011年、ソロ作品としてリリースされた『ア・スタティック・プレイス』(〈12k〉)と『リメイン』(〈ライン〉)だ。また、2012年発表のカロ・ミカレフとの競演盤『レディオランド(パノラミカ)』(〈ライン〉)を加えてもいいだろう。
これらの作品は、総じて圧倒的に美しく洗練されたドローン/アンビエントな音響作品である。そしてこの「美しさ」はまさに反動ギリギリともいえる。しかし、ステファン・マシューはむしろ過激なまでに洗練されることで、果実が腐る直前のような強烈な甘さを音響に内包させたのではないか。
ではなぜ、ステファン・マシューはそのような洗練を追求したのか。それは、彼が本質的に、いわゆる「サウンド・アーティスト」というよりも、むしろ古典的な意味での「作曲家」だからではないか。それほどまでに、ステファン・マシューのドローンは弦楽曲のように聴こえるし、そこに彼ならではの和声や響きがある。ふたつ以上の音が重なり合い、絡まり、音と音のあいだから和声が生まれる。それは旋律のない旋律がもたらす恍惚。その音の重なりから生まれる響きに耳を澄ますと、多くの作曲家がそうであるように、ステファン・マシューもまた自分の響きに対するはっきりとした美意識があることがわかる。美を経由しない作曲家はありえない。彼の成熟は作曲家ゆえの要求がもたらしたものである。
そして、新作『アン・クール・シーミレ』は、「作曲家」としての美=意識が隅々にまで行き渡っている傑作である。本作もワックス・シリンダーや78回転レコードをコンピューター上でエディットする手法が用いられている。昨年の傑作EP『コーダ』(〈12k〉)を経由した本作の音響は、近作にみなぎっていた過剰な美しさに加え、枯れた美の質感すら獲得している。まずは、1曲め「メゾン」のこなごなになったレコード盤のような音響の素晴らしさに、耳をそばだてていただきたい。
さらに重要な点は、最初に書いたように「アルバム」として、ひとつのテーマ/コンセプトが全楽曲、構成に通奏低音のように響いている点にある。本作のアルバム・タイトルは、ギュスターヴ・フローベールの同名小説から取られている。この小説は、19世紀のフランスにおいて、愛を喪失し、信心深い女中の人生を描いたものだが、この作品においても不幸のなかの救いを希求する「崇高さ」を生成しているように思えた。
アルバム中、もっとも心揺さぶられるのは6曲め"ドゥヴニール・スール"である。突如、古いレコードからのサンプリングと思われる女性による歌曲が、ほぼそのまま流れるのだ。歌声にノイズがレイヤーされ、過去と現在の境界線が融解する。これまで音響のなかに溶け出していた「音楽」が突如、不意に実体化する鮮烈な驚き。まるでミサ曲のような「崇高さ」が、古い素朴な歌曲に宿っている。つづく7曲め"フェリシテ"で、なんとアコースティック・ギターのアルペジオが聴こえてくる。ステファン・マシューのアルバムで、このような音が聴けるとは! そしてラスト8曲め"トレース"は15分に及ぶ音響作品。この曲で静かに幕が下りる。幽霊のように不意に実体化した音が、また再び、アンビエントなドローンへと溶け出していく......、そんな見事な構成である。
『ア・スタティック・プレイス』と『リメイン』を経た、この『アン・クール・シーミレ』は、『ザ・サッド・マック』以降、やっと発表された「アルバム作品」のように思えた。『ザ・サッド・マック』には、DSP美学の終焉とデジタル以降の環境のなかで生きるモノたちの「喪失」というテーマや物語が静かに込められていた。そして本作にもまた、ある物語とテーマが込められている。それは何か? もちろん、想像でしかないが、喪失し、忘れられた過去を蘇生し、音として生成し、いまこの瞬間に弔うことではないかとも思う。
記憶が、夢のように溶けあっていく感覚。音響による過去と現在の(記憶の)交錯=融解。それは「アルバム」を聴くことから生まれるイマジネーションの生成でもある。本作は、知覚と記憶の深い部分に作用する作品のように思えた。
カメラのシャッター音と強靭なリズムが聴こえてきたので興奮しながら踊っていると、DJブースの前で跳ねまわっていた男が「ジャム・シティだ!」と叫び、とつぜん僕に飛びかかってきた。びっくりさせるなよ! ああ最高だよ、わかってるから、落ち着け。いや、まだ落ち着かないでくれ。みんなそれぞれ好きなだけ踊り狂っていよう。フロアには走り回って遊ぶパーティ・ピープルまでいた。
いやしかし、待て、いったい僕はどこから来てここに辿り着いたんだっけ? そして、ここはどこだったっけ?
ときは2013年3月某日の夜。東京・渋谷の街を見おろす商業施設ヒカリエの9階のホールでは、その立地に似つかわしくない奇妙な光景が繰り広げられていた。ファッション・ピープルが見守るなか、ロンドン・アンダーグラウンドの深い闇に根を張るウィル・バンクヘッド(The Trilogy Tapes)がジョイ・オービソンをプレイしている。それだけではない。自身の新曲を響かせながら、〈C.E〉のファッション・モデルとして大画面で堂々登場したのは、なんと我らがゾンビー。新作『ウィズ・ラヴ』のリリースを控えているゾン様、こんなところでいったいなにを!?
ファッション・ショーが終わり、なだれこむようにしてパーティは開かれた。DEXPISTOLSや〈キツネ〉のふたりやVERBALといった名の知れた出演陣がDJをしていたが、その一方、すこし離れたもうひとつのフロアでは、海を越えてやってきたアンダーグランド――その熱狂の予感が渦を巻いていた。
それは〈REVOLVER FLAVOUR〉と題された、デザイナー:KIRIによる饗宴だった。
日本から1-drink(石黒景太)が迎え撃ったのは、先に述べたウィル・バンクヘッドに加え、ロンドンの〈ナイト・スラッグス〉の姉妹レーベルとしてLAに基地をかまえる〈フェイド・トゥ・マインド〉(以下FTM)の面々。〈FTM〉をキングダムとともに運営するプリンス・ウィリアム(Prince William)、同レーベルに所属し、アメリカのアート・ミュージック・シーンをさすらうトータル・フリーダム(Total Freedom)。
彼らのプレイから飛び出したのは、グライム/UKガラージ/ドラムンベース/ジャングル/レゲトン/リアーナ/サウス・ヒップホップ/R&B/ジューク/ガラスが粉々にされる音/赤子の泣き声/獰猛な銃声/怯えたような男の叫び声/乱打されるドラムなどなど。
〈FTM〉について知っていた人はその場でも決して多くなかっただろう、が、とにかくフロアはダンスのエネルギーで溢れていた。レーベルのヴィジュアル面を担っているサブトランカ(Subtrança)によるヴィデオゲームめいたCGのギラギラした冷たいライヴVJも、このイヴェントの奇怪さと熱狂を促した。
それにしても、ヒカリエとベース・ミュージック――そのコントラストは〈FTM〉にうってつけだった。ぜひレーベルのウェブサイトやアートワークを見て欲しい。そこでは、発展していく文化やテクノロジーと、留まることのない人間の物欲や暴力と、地球を支配する自然界の力とが、ワールド・ワイド・ウェブのなかで拮抗と核融合を重ねながら爆発を起こし、我々の脳――PCの液晶ディスプレイへ流れだしている。すでにわれわれの実生活において、文明は現代のテクノロジーやデザインの(快適な)成果として現れつづけている(最近はじまった『to be』というウェブ・サーヴィスはもはやヴェイパーウェイヴを作るためのツールにしか見えない......)。〈FTM〉は、そんな現実を生きる活力として、LSDでもSNSでもなく、ダンスとソウルを主張する。すなわち、心へ(Fade to mind)、と。
![]() Kingdom Vertical XL Fade to Mind |
間もなく〈FTM〉から、レーベル・オーナーでもあるキングダムの『ヴァーティカル・XL』がリリースされる(先行公開されている曲は"バンク・ヘッド"と題されている)。
以下は、〈FTM〉の共同オーナー:プリンス・ウィリアムと、サブトランカの片割れ:マイルス・マルチネスとの貴重なインタヴューである。取材を受けるのは初めてとのことだった。サウンドトラックにはぜひこのミックスを。
いつなにが起こるかわからないのはデジタルの世界もアナログの世界もおなじ。インターネットが見れなくなる前に、いますぐ印刷するのをおすすめしたい。
夏以降、〈FTM〉のアクトが来日する動きもあるようなので、詳しくはまた追ってお知らせしよう。どうか、ダンスとソウルをあなたに。
90年代のレイヴ・カルチャーは逃避主義的すぎた。僕らは人びとに触れあいがあってほしいし、「いま」を生きてほしいんだ。クラブの外に出たとき自分たちがどこにいるのかを認識してほしいんだ。僕らのメインドラッグは珈琲だよ(笑)。
■今回はわざわざ来日してくれてありがとうございます。まさかこんなに早くあなたたち〈FTM〉に会えるとは思いませんでした。日本に来るのは何回目ですか?
マイルス・マルチネス:僕は2回目だよ。最初の来日は2001年で、アシュランド(トータル・フリーダム)も同じ。ングズングズ(Nguzunguzu)はソナーが初来日だ。
プリンス・ウィリアム:僕も同じころが最初で、今回は2回目だ。前にきたときは〈アンダーカヴァー〉や〈ベイプ〉とかストリート・ウェアのファンでただの買い物客だったんだ。だから、KIRIやSk8ightthingをはじめ、ファッションに携わるみんなとこうして仕事ができるなんて夢みたいな出来事だよ。いつか日本の生地をつかった服をつくりたいね。
■では、もともとファッションにはつよい興味を持っていたのでしょうか?
プリンス・ウィリアム:もちろんだよ。僕は人口の少ないテキサスのちいさな町で育ったんだけど、そういったカルチャーをディグしたんだ。
マイルス・マルチネス:ヴィジュアル・アーティストとして、映像も音楽もファッションもすべて表現という意味では共通しているものだと思っているし。
プリンス・ウィリアム:実際〈フェイド・トゥ・マインド〉のほぼみんながアートスクールに通っていたんだ。アシュランドとマイルスはレーベルのなかでももっとも精力的に現代アートの世界でも活躍していて、ほかのみんなは音楽にフォーカスしつつ、やっぱりアートはバックグラウンドにある。新しくてユニークでイノヴェイティヴであるカルチャーそのものを提示するっていう共通のアイデアが僕たちを動かしているし、繋げている。僕らは〈FTM〉をライフスタイルそのものだと考えているよ。〈FTM〉はみんなが友だちで、強い信頼関係にあるんだ。
マイルス・マルチネス:アシュランドはアートスクールには通っていなくて、ただただアーティスト/ミュージシャンとしてのキャリアがあるんだ。彼は学校にいってないことを誇りに思っているよ。
■日本の音楽やアートあるいはカルチャーでなにか惹かれるものはありますか?
プリンス・ウィリアム:音楽にもアートにもすごく魅了されているよ。マイルスは日本のアニメーションが好きだよね。僕はコンピュータ・グラフィックスが好きだ。
マイルス・マルチネス:日本のアートだと草間弥生や森万里子が好きで、日本のアニメもたくさん好き。広告もいいし、ヴィデオ・ゲームとかも。全体的に、ファッションもデザイナーもいい。葛飾北斎なんかの古典的な美術も好きだよ。
プリンス・ウィリアム:プリクラも。
マイルス・マルチネス:プリクラ、いいね。
プリンス・ウィリアム:音楽なら、坂本龍一のことは〈FTM〉のみんなが大好きだよ。YMOのこともね。とても大きな影響力があるよ。つまり何が言いたいかというと、日本のテクノロジーに惹かれるんだ。
マイルス・マルチネス:YAMAHAとかシンセサイザーとかね。
[[SplitPage]]インターネットの文化にはさまざまな問題も感じている。たくさんのリサイクルで溢れているし、多くの人びとが好きなだけ情報を享受しているばかりで、自分から何かを還元している人は少ないよね。その状況には文化的に何か問題がある気がするんだ。
■なるほど。テクノロジーについてはまたのちにお訊きしますが、その前にまず〈FTM〉のヴィジュアル面を大きく担っているサブトランカの活動について聞かせてください。ちょっと気になっていたんですが、ジャム・シティのヴィデオを手がけたのはあなたの相方であるダニエラ(Daniela Anastassiou)ですか? 変名かなと思ったのですが。
マイルス・マルチネス:あれは違うんだ。僕たちはングズングズ(Nguzunguzu)やマサクーラマン(Massacooramaan)のヴィデオを手掛けていて、〈FTM〉以外ではSFのショート・フィルムをサウンドトラックまで手掛けて、小規模な映画祭で上映したこともあるよ。
■〈REVOLVER FLAVOUR〉でもライヴですばらしいVJをしていましたね。以前にジェームス・フェラーロやインクのメンバーのライヴでもマッピング映像を披露しているそうですが、そういった上映作品はウェブにアップなどして公開しないのですか?
マイルス・マルチネス:僕たちは変人だと思われるかもしれないけど、レアなライヴの感覚が好きなんだ。サイバー・カルチャーには深く入れ込んでいるし、影響を受けてはいるんだけど、僕たちはインターネットに対して懐疑的でもあって、オンラインだと簡単に見過ごされてしまうこともある。だから僕たちはライヴ・ヴィジュアルにこだわって、体験としてレアでありたいんだ。変なことかもしれないけど、それが自分たちにとってここちよいやり方なんだ。
プリンス・ウィリアム:僕はそれがクールだと思うけどな。
■〈FTM〉はウェブサイトをとてもアーティスティックに作っていますし、コンピュータ・グラフィックによるアート・ダイレクションも、インターネットにおける情報の無茶な重層感/合成感といいますか、テクノロジーのごった煮感が強く表れていると思いますが、それでも同時にインターネットに対して懐疑的になるのはなぜでしょう?
プリンス・ウィリアム:インターネットは定義上、現れては消えて、臨時的だから。僕たちはクラシックな瞬間を作りたいんだ。それにとても言いたいのは、僕たちがおなじ部屋にいて初めておなじ瞬間をいっしょにわかちあっているという共通の体験を大切にしたいということだよ。ヴュアーの類としてではなくね。
マイルス・マルチネス:インターネットの文化にはさまざまな問題も感じている。たくさんのリサイクルで溢れているし、多くの人びとが好きなだけ情報を享受しているばかりで、自分から何かを還元している人は少ないよね。その状況には文化的に何か問題がある気がするんだ。もちろん僕はインターネットを愛しているよ。たくさんのひとが色んなものを見れるし、それは偉大なことだと思う。でも、レコードを手にして初めてアートワークを見る事ができたり、映画館に行かないと作品を見れない事だったり、現実世界のそういう制限的、だけど経験的な部分に僕は強く惹かれるんだ。たくさんのものがコピー&ペーストされていくインターネットとは違って、新譜のレコードを実際に手にするあの瞬間のような、その経験自体を僕はクリエイトしたいと思っているから。
プリンス・ウィリアム:タンブラーのことは知ってるでしょ? みんなが素材を拾って、再投稿する。そこでは新しいものを作らなくてよくなる。クリエイトするエナジーを使わないかわりに、「これイイネ!」「あれいいね!」ってライクすることでリサイクルにエナジーをつかっているだけなんだ。なにかを作っている気になれるのかもしれないけど、実際には借りているだけだ。それじゃあ新しいコンテキストは生み出せない。
マイルス・マルチネス:インターネットはたくさんのものを見れるかもしれない。それはたしかにクールなことだ。でも、僕たちはミステリーが好きだし、ミステリアスでいたいんだ。ファティマ・アル・カディリ(Fatima Al Qadiri)もングズングズも一目見てミステリアスでしょう。人知れぬ存在というか。
プリンス・ウィリアム:そう、僕たちはアンダーグラウンドを愛しているんだ。とても実験的なエッジ(力)として。
■なるほど。〈FTM〉は、ポスト・インターネット的な意匠が共通していながら、現状いかに面白い素材を拾ってきてリサイクルできるかを匿名で競っているヴェイパーウェイヴとはまったく逆の哲学を根源でお持ちなのですね。
〈FTM〉のレーベルを強く印象づける要素としてアートワークがとても大きな役割を果たしていると思います。サブトランカとはどのようにして手を組むことになったのでしょうか?
プリンス・ウィリアム:レーベル初期のアートワークはエズラ(キングダム)が担当していて、彼はコンピュータ・グラフィックのとてもクラシックなスタイルをとっている。マサクーラマンのアートワークの真んなかにあるオブジェなんかにそれが現れているね。ただ、彼も音楽にフォーカスしていくうちに時間が限られていってしまったんだ。マイルスはングズとも親友だったんだよね。
マイルス・マルチネス:ングズの作品はファーストEPからアートワークを担当しているよ。
プリンス・ウィリアム:当初〈FTM〉のアートワークを写真だけで作ろうと思っていたんだけど、イメージ通りにはいかなかったんだ。そこで3Dグラフィックをデザインできるひとを探しているところに、ングズと仲のよいマイルスたちサブトランカがいたんだ。自然な運びだよ。マイルスと初めて会った時からもうファミリーみたいに打ち解けたんだ。エズラがアート・ディレクターみたいなもので、マイルスはとてもコンセプチュアルなアイディアにもとづいたデザイナーでありクリエイターだ。エズラがちいさなアイディアをもっていたとして、マイルスはそれを実現に導いてくれる。
マイルス・マルチネス:最近はファティマの『デザート・ストライクEP』のアートワークを担当したり、ボク・ボク(Bok Bok)から『ナイト・スラッグス・オールスターズ・ヴォリューム2』の依頼も受けたりしているよ。
■サブトランカのツイッターの背景には写真がたくさん並べてありましたが、あなたのアートワークの基礎には写真があるということなんですね。
マイルス・マルチネス:僕はヴィジュアル・アートやフォトグラフィーやペインティングや3Dを主に学んで、相方のダニエラ・アナスタシアはアニメーションなど映像が基礎にあるんだ。僕はもともと映画業界で働いていたこともあったし、ウィル(プリンス)は写真を勉強していたり、それぞれみんなの背景があって現在のアートワークがかたちつくられているんだよ。僕のアートのコンセプトは「現実と非現実のブレンド」から来ているんだ。
プリンス・ウィリアム:僕たちは「現実と非現実」の狭間にいるね。
■〈ナイト・スラッグス〉もしかり、〈FTM〉も唯物的でフューチャリスティックなテクノロジーをアートワークの題材に用いていると思うのですが、それはどういった思想に基づいているのでしょう?
プリンス・ウィリアム:そうだなあ。僕たちは「いま」を生きなければならない。僕たちはクリシェとしてのレトロな音楽をつくりたくはないんだ。いまを生きている僕たちはたしかに過去から影響を受けているけども、僕たちがはじめてガラージやグライムを聴いたときのような衝撃を――音楽の原体験をファンに与えたいんだ。でもそれらを真似したり、おなじことを繰り返したくはない。そのとき、テクノロジーというのはコンテンポラリーであることの大きな要素ではあるよね。でも同時に、最新のシンセサイザーだけを使うわけではない。もちろん、ヴィンテージのサウンドも使う。ヴァイナルのほうが音がよいのもおなじで、過去からのものを活かすこともする。そう、僕たちのコンテクストで意味を成すことが大事なんだ。
マイルス・マルチネス:過去と現在の状況から何かを想定出来るという意味では、フューチャーという概念はすごく面白いと思う。
プリンス・ウィリアム:でも「いま」であるいうことはやっぱりすごく大切で。先進的であるという事ももちろん大切だけれども、リリースする作品は常に今を意識しているし、リスナーにも今好きになってほしいと思っている。2年後に再評価されるとかそういう物ではなくてね。とても難しい部分ではあるのだけれど、そういったバランスを大切にしながら、つねにイノヴェイティヴでいたいんだ。
マイルス・マルチネス:ただただ物事を先に進めて行きたいと思っている。前進だね。
プリンス・ウィリアム:そう、前進していくんだ。ただ、フューチャーという言葉はいまではレトロの文脈で使うことが多いよね。70年代とかクラシックなSFとかが持っていた「どんなことが起こり得るか」の想像力を愛してはいるけど、僕らはやっぱり現代に強く根ざしているし、〈FTM〉の哲学は「いま」(now)だよ。
[[SplitPage]]僕たちは「いま」を生きなければならない。僕たちはクリシェとしてのレトロな音楽をつくりたくはないんだ。いまを生きている僕たちはたしかに過去から影響を受けているけども、僕たちがはじめてガラージやグライムを聴いたときのような衝撃を、音楽の原体験をファンに与えたいんだ。
■なるほど。未来的なイメージとの差異から現代(いま)を浮かび上がらせるということでもあるのでしょうか。
それでは、レーベルそのものについて話を伺いたいと思います。〈FTM〉は、ロンドンのボク・ボクらによる〈ナイト・スラッグス〉の姉妹レーベルとしてLAで運営されていますね。まず、ングズングズをリリースをしたいということから〈FTM〉が始まったというのは本当ですか?
プリンス・ウィリアム:そのとおり、それがとても大きな理由だね。彼らは最初のEPをフリーでリリースしていた。色んなバンドをリリースしているレーベルからオファーがあったみたいだけど、旧いコンテキストのうえで紹介されて理解を得られないんじゃないかと僕たちは心配だった。だから僕たち自身のコンテキストを作ったんだ。それにングズングズとマイクQ(Mike Q)が〈ナイト・スラッグス〉の色とは違っていたのもあって、キングダムと手を組んで〈FTM〉を立ち上げてレコードを出すことにしたんだ。
それまで僕はブログをもっていたから、それをつかってレーベルをやろうとしていたんだ。例えば、ガール・ユニット(Girl Unit)はとてもシャイだったから当時隣の家に住んでたのに初期のデモ音源をボク・ボクに直接送れなくて、僕に渡してきたから、それを僕がボク・ボクに「これを聴くべきだよ」って繋いだんだ。だからもしそのとき僕がレーベルをはじめていたら、きっとガール・ユニットやキングダムと契約していただろうね。
その年に〈ナイト・スラッグス〉がはじまっていい仕事をしはじめて、僕たちは「オーケー、僕たちの出る幕はないな」と一旦は思ったんだけど、まだやる余地があるのを見つけたんだ。
そうして〈FTM〉は〈ナイト・スラッグス〉を基にして生まれたんだ。アレックス(ボク・ボク)がロゴをデザインしてくれたり、ミキシングやマスタリングなどのすべてにおいて彼から学んだんだ。リリースする作品に関しても彼の意見を常に参考にしていたよ。
■ボク・ボクとはどのようにして出会ったんですか?
プリンス・ウィリアム:インターネットだよ。マイスペースを通してだね。キングダムは当時デュオでDJをしていたボク・ボクとマナーラ(Manara)に出会ったんだ。キングダムはガラージや2ステップやグライムといったイギリス発の音楽にとても大きな影響を受けていて、ボク・ボクたちはサザン・ラップやアメリカ発のクラブ・ミュージックに影響を受けていた。お互いの国のカルチャーへの興味が交差して、その強いコネクションがあってそれぞれのサウンドが築かれていったんだ。
■〈FTM〉とおなじくングズングズやファティマ・アル・カディリをリリースしている〈ヒッポス・イン・タンクス〉や〈UNO NYC〉など、他のレーベルとはなにか交友関係があるのでしょうか?
プリンス・ウィリアム:〈ヒッポス・イン・タンクス〉のバロン(Barron Machat)はいい友だちなんだ。でも他の多くのレーベルもそうだけど、バロンもレイドバックしてるんだ。ングズングズがデモを送っても彼はそれを受け取るだけだった。でも僕たちはフィードバックを返して、ミックスに入れたり、好きなレコードをプレゼントしたりした。〈FTM〉は他のレーベルと違ってデモを受け取ってリリースするだけじゃないんだ。アーティストをプッシュして、彼らによりよいものを作ってほしいと思っている。僕らはアーティストのために働きたいし、リリースに際してたくさんのエナジーをつかうよ。お金や資源を投じるだけじゃなくてね。〈ヒッポス〉のようなレーベルと僕たち〈FTM〉の契約するときの違いはそういうところかな。〈UNO NYC〉もレイドバックしてるからね。でもどちらが正解ということじゃない。〈FTM〉にはクリエイティヴなプレッシャーがあるんだ。アーティストにはクリエイトする環境で生き抜いてほしいから。だから、ほかのレーベルとは違うシステムで動いていると思う。
〈FTM〉と〈ナイト・スラッグス〉はふたつでひとつのレーベルだと思う。僕たちはビヨンセやリアーナ、クラシックなR&Bに大きな影響を受けている。エモーショナルな歌が大好きだ。ブレンディーのレコードは去年のお気に入りだな。ジェシー・ウェアもわるくないけど、彼女の場合はスタイルに重きがあるよね。僕はエモーショナルなものが欲しい。メアリー・J. ブライジのように。
■「フェイド・トゥ・マインド(心へとりこまれる)」というレーベル名はプリンスがつけたそうですね。レーベル・コンセプトについてキングダムはクラブ・ミュージックに心を取り戻すと語っていたと思うのですが、つまりそれまでのクラブ・ミュージックに対する批評的な視点があるということでもあるのでしょうか? また、レーベルをスタートさせてから2年経ちますが、現状どのような感想をお持ちですか?
プリンス・ウィリアム:それはちょっと誤解で、僕たちはそれまでのクラブ・ミュージックに対して不満があったわけではないよ。レーベル名の意味については、ただ僕たちがやりたいこと――クラブにソウルを吹き込みたいということを語っているだけだよ。エズラ(キングダム)はとてもスピリチュアルでミスティカルな人間なんだ。メディテーションに興味があって、「身体の外の経験」――すなわちそれが「フェイド・トゥ・マインド」なんだ。そこにクラブ・ミュージックがあるとき、人びとにソウルフルな体験を味わってほしい。僕たちはクラブに/リスナーにエナジーを注ぎこみたい。朝の起き抜けに音楽を聴いて起きたり、夜の疲れているときクラブに行ったりするでしょう。僕たちはそういうものを欲しい。ハイエナジーな音楽を。
■さきほども挙げられていたガラージや2ステップなど、なぜイギリスの音楽に惹かれるのでしょう?
プリンス・ウィリアム:繰り返しになるけども、僕たちはただイノヴェイティヴなレコードを作っていく。けれど、それと同時に一般的な人びとやストリートにもアピールしたいと思っている。人びとがソウルフルになれる実験的なクラブ・ミュージック――たとえば、グライムはとてもクリエイティヴでイノヴェイティヴだ。さまざまなジャンルに派生していける可能性も秘めていたしね。
全体的にイギリスの音楽は、ソウルフルでありながらとても冷たい、温かいのにハードなんだ。驚くべきバランスで成り立っている。ロンドンにはとてつもない緊張感があって、それがすばらしい音楽を生み出しているんじゃないかな。そういうところに影響を受けているね。トレンドが移り変わって、リアクションがあって。イギリスの音楽はヴォーカルやアカペラをまったく色の違うトラックに乗せたりするけど、ヴォーカルを新しいコンテキストに組み込むというのは僕たち〈FTM〉にとっても設立時からずっと鍵であるアイディアだった。それもあって、ケレラ(Kelela)のようなオリジナルなシンガーをレーベルにずっと迎えたかったんだ。
■イギリスの音楽というところで、ブリアルやアンディ・ストット、また、国は違いますがR&Bのハウ・トゥ・ドレス・ウェルなどにはどのような感想をお持ちですか?
プリンス・ウィリアム:僕はとても〈ハイパーダブ〉に影響されたけど、もっとエネルギーのあるレコードを好んでいたから、ブリアルを最初聴いたときはチルな感触がマッシヴ・アタックのようなトリップ・ホップのように感じられた。そんなにプレイすることもなかったし、おおきな影響を与えられた存在とは言えない。エズラ(キングダム)はヴォーカルのマニピュレーションがとても評価されているけど、どちらかというとドラム・ン・ベースからの影響が強いね。
アンディ・ストットはどんな音楽なの? 知らないな。
ハウ・トゥ・ドレス・ウェルよりも、僕はインク(Inc.)の方が好きだ。近しい友だちでもあるしね。
僕は音楽においてダイナミクスが聴きたいんだ。ただ悲しいものだけじゃなくてね。僕たちの音楽は、悲しかったり、ハッピーだったり、ハイエナジーだったり、すべてがひとつの瞬間に起こる。でもハウ・トゥ・ドレス・ウェルはとってもとっても悲しくてとっても沈んでいるよね。沈みっぱなし。彼のプロダクションとかサウンドは好きなんだけど、僕は音楽にアーク(弧)が欲しいんだ――クラシカル・アーク――『クラシカル・カーヴ』さ。
(一同笑)
[[SplitPage]]〈FTM〉と〈ナイト・スラッグス〉はふたつでひとつのレーベルだと思う。僕たちはビヨンセやリアーナ、クラシックなR&Bに大きな影響を受けている。エモーショナルな歌が大好きだ。ブレンディーのレコードは去年のお気に入りだな。ジェシー・ウェアもわるくないけど、彼女の場合はスタイルに重きがあるよね。僕はエモーショナルなものが欲しい。メアリー・J. ブライジのように。
■ングズングズも含め、〈FTM〉のみなさんのDJプレイはダンスを強く希求するハイエナジーなものでした。本誌でも工藤キキさんが〈GHE20G0TH1K〉(ゲットーゴシック)の客のファッションについて「90'Sのレイヴの独自の解釈?」と表現していましたし、PROMの甲斐さんも「まるでレイヴだった」と話してくれました。あなたたち自身は、たとえばかつてのレイヴ・カルチャーないしはセカンド・サマー・オブ・ラヴに対して憧憬はありますか?
マイルス・マルチネス:僕個人的にはオリジナル・クラブ・ミュージックというのは、ヨーロッパではなくアメリカ発祥のそれであって、シカゴ・ハウス/シカゴ・ジューク/デトロイト・テクノなどかな。初めて好きになった音楽はヒップホップで、それからすこし違う文脈でハウスやテクノを知るようになった。
プリンス・ウィリアム:僕も初めはヒップホップから入ってデトロイト・テクノのようなものを知った。でもエズラはまったく違くて、彼はヨーロッパのクラブ・ミュージックに入れ込んでいた。彼も僕もドラムンベースは大好きだし鍵となる影響を受けているし、ドラムンベースは僕のなかでヒップホップとテクノとを繋いでいる橋なんだけれど、僕がヒップホップに入れ込んでいる一方で、エズラはR&Bに入れ込んでいた。ラジオでかかる音楽を実験的なテリトリーに引き込みたいというアイディアがあったんだ。ヨーロッパの国営放送では実験的なレコードがかかるよね。それはただのポップではない。アメリカのラジオは崩壊したシステムで成り立ってる。DJに金を払わなければいけない。良いレコードをつくってラジオでかけてもらうということがアメリカではありえないんだ。
はじめてレイヴが起こった頃に僕は14歳だったし、レイヴはヴィジュアル面でとてつもなく大きい影響があったこともたしかだ。フライヤーとかモーション・グラフィックとか、エズラもアート・ダイレクションにすごくレイヴカルチャーの影響を受けているよ。
マイルス・マルチネス:そう、そのとおり。
プリンス・ウィリアム:でも同時に、90年代のレイヴ・カルチャーは逃避主義的すぎた――ディプレスやデジャヴからの逃避。僕らはひとびとに触れあいがあってほしいし、「いま」を生きてほしいんだ。クラブの外に出たとき自分たちがどこにいるのかを認識してほしいんだ。なにも日々の仕事から離れさせようとか落ち込んでいるのをカヴァーするとかではなく、僕は気分の沈みをクリエイティヴィティに変えるのを助けたいんだ。僕らのメインドラッグは珈琲だよ(笑)。
■カフェインもなかなかですからね。プリンスはコンセプトについて語ると一貫していますし、〈FTM〉が逃避ではなく、いま現実を生きる活力としてのダンスを主張しているというのがよくわかりました。それでは、最近聴いた音楽でよかったものと、うんざりしたものを教えてください。
プリンス・ウィリアム:インク。インクだよ。僕たちのもっとも好きな音楽だし、とてつもない影響をもらっているし、新しいアルバム『ノー・ワールド』はつねに車でプレイしている。
不満をいうなら、トラップだね。あれはカウンター・カルチャーじゃないと感じるし、事実あれはアメリカのラジオでかかっている。たとえば、ビヨンセがトラップに乗った音楽がある、一方でトラップのインストゥルメンタルだけの音楽がある。どっちがほしいだろう? 僕はビヨンセが欲しい。わかるかな。僕はトラップのインストじゃなくてビヨンセがあればいい。それにトラップはサザン・スタイルのヒップホップだ。でも南部じゃないひとたちがたくさんトラップを作っているでしょう。そんなのはリアルじゃないよ。ただのトレンドだ。
マイルス・マルチネス:僕はDJラシャドが好きだな。新作はもちろん、古いのも。クドゥーロも好きだし、グライムも好きだし......なんていうかな。
プリンス・ウィリアム:マイルスはとてもポジティヴだからね。
マイルス・マルチネス:はは(笑)。好きじゃないものは聴かないから。音楽雑誌も読まなくなったし、欲しいものをは自分で探すようにしてる。僕はングズングズが大好きだし、ジャム・シティもキングダムもファティマ・アル・カディリも......シカゴの音楽も、マサクーラマンも、E+Eとかも...とにかく友達はすばらしい音楽を作るし、それが好きなだけだよ。
■それでは最後の質問です。あなたたちが日本にくるまえ、2年前に、震災と原発の事故があったことはご存知ですよね。日本国内の市民である僕たちでさえ安全だとはとても言えないのですが、そんななか自国を離れ、わざわざ日本に来るのは不安ではなかったですか?
マイルス・マルチネス:この世界では日常的に汚染だとか放射線とか僕たちにはわからないクレイジーなことが起きているし、いつも死に向かっているようなものだよ。それに、日本にはいつだってまた行きたいと思う場所で、それは事故のあとも変わらないよ。
プリンス・ウィリアム:僕が思うに、〈FTM〉は恐れではなくポテンシャルによってここまで来ることが出来た。僕らのクルーが恐れについてどうこう話をすることすらないよ。日本はすばらしい場所だし、いつだってサポートしたいと思うカルチャーがある。アメリカでもカトリーナのあとのニュー・オリーンズとおなじで、僕たちはそこに行ってお金を回してカルチャーを取り戻したいと思ったし、実際、日本の経済的な状況は前に来た時よりもおおきく変わったのを今回は肌で感じることもできた。
ストリート・カルチャーもおおきく変わったね。前に来日した時はコンビニに入れば『smart』とかストリート・ファッションの雑誌がたくさんあった。でももうそういうのが見られないよね。ストリート・カルチャーはもっと狭くなってしまった。みんな年を重ねてソフィスティケイトされた。でもそれは悪いことじゃなくて、ただシフトが起こっただけだと思う。
とはいえ、実際に住んで生活をしている人とアメリカにいる僕とでは経験としてまったく違うのだろうと思う。(311の頃)日本の友達にはすぐ電話したんだけど、僕はとても心配だったよ。
災害時にすぐにメディアがポジティヴな話題に切り替えたり、人びとの間で実際に被害の話ばかりするのが良くないという風潮があったというのは、やっぱり日本の文化的な面も大きいと思う。そこには悪い部分もあるかも知れないけれど、僕はそれは日本の良い部分でもあると思うんだ。恐れの話をしてもしょうがないというときもある。それはポテンシャルと自信を生む事もあるし、このように気の利いた社会というのはそういうメンタリティによって支えられているとも思うんだ。だから僕たちはまた機会があれば日本に来たいし、出来る限りサポートしたいと思っている。ここの文化からはすごく影響を与えられているから。
■なるほど。これからも〈FTM〉を躍進させて、僕たちを思いっきり踊らせてください! ぜひまたお会いしたいです。今回はありがとうございました。
嵐で中止を余儀なくされた伝説の1回目、私と野田さんと三田さんと磯部くんでネット中継による開演前の前説を行い、果たしてこの巨大な会場が埋まるんだろうかと抱いた不安が杞憂に終わった2回めを経て、3回目となるフリー・フェスティヴァルを、ドミューンは、宇川直宏は「FREEDOMMUNE 0 〈ZERO〉 ONE THOUSAND 2013」と銘打ち今年も開催する。
すでにご承知の方も多いと存じますが、第1弾ラインナップでペニー・リンボーが登場すると聞いたときはさすがに魂消たが、第2弾は瀬戸内寂聴氏であることを知ったときは尻子魂を抜かれる思いがした。アナーコ・パンクの雄、というか、言葉そのものであるCRASSについては、昨年ジョージ・バーガーの同名書が日本語で読める彼らの足跡を詳述して、どうせなら再結成して来日とかしないかと念じていたが、CRASS名義ではないもののペニー・リンボーがイヴ・リバティーンといっしょに来るとなると、CRASSの表現に少なからぬ恩恵を受けた、心ある音楽ファンはアガるなというほうがムリである。しかもその次に天台宗名誉住職にして小説家の瀬戸内寂聴さんが出るとなれば、島に住んでいる私の母もあわててパソコンを買いに走ったくらいだ。
フリードミューンの特設ページではいまのところこのふたりの出演の告知のみだが、この絶妙な異化効果は、フェスティヴァルを組織する行為そのものが宇川直宏の作品であることも意味している。とはいえ、CRASSのアナーキズムその可能性の中心にあるものが暴力や闘争ではなく――古くさい言葉だが――友愛であるなら――それはパンクの遺構などではなく、DIYの先年王国主義なのかもしれず――飛躍を承知でいえば、それはそのまま瀬戸内寂聴氏にもあてはまるものであり、私たちは彼らの法話から、昨年の明け方のマニュエル・ゲッチングの"E2-E4"に感じたのと同じ、いやそれ以上の法悦を得るだけでなく、マーガレット・サッチャー亡き後の世界の狼煙を、幕張に集うひとたちだけでなく、回線でつながった全世界から東北の地に向けてあげることにもなるだろう。


■東日本大震災被災地支援イベント
DOMMUNE FREE FESTIVAL
FREEDOMMUNE 0 〈ZERO〉 ONE THOUSAND 2013
■日時:7月13日(土)
■場所:幕張メッセ
■時間:17時開場~翌朝5時
■URL:https://www.dommune.com/freedommunezero2013/
ダフト・パンクが新作でジョルジオ・モロダーをわざわざ呼んで喋らせているのには呆れたが、それでもオーセンティックなディスコ・サウンドに乗せて「私の名前はジョヴァンニ・ジョルジオ」と彼が告げると、その瞬間は反射的に興奮しなくもない。が、その次の瞬間、我に返りもする。そこには終わっていくものに対しての共犯意識が作り手と聴き手のあいだに予め用意されているかのようで、その意味であのロボットたちは変わらずシニカルだ。彼らが作った映画『エレクトロマ』の死のイメージを思い浮かべたりもする。そんなアルバムが現象的に世界で大ヒットするのは、何とも皮肉めいている......と思う(そしてそれをアンビヴァレントな気分で楽しんでしまう自分もいる)。
同じ日に買ったマウント・キンビーのセカンド・フルに当たる本作には......そういったアイロニカルな地点から素早く自然と身をかわすかのように、これから生まれゆくもののざわめきが息づいている。ポスト・ダブステップの三大エースであるジェイムス・ブレイク、ダークスター、そしてマウント・キンビーがブリアルの「ゴースト」というモチーフをデビュー作で引き継ぎながらも、2作目においてそれぞれのアプローチで歌へと向かっているのは、歪められた声のサンプル、亡霊や死のイメージと訣別していくかのようだ。飛躍かもしれない。だが確実に、ドミニク・メイカーとカイ・カンポスのふたりはここで、過ぎ去ったことを振り返ろうとしていない。
誰もが指摘するようにバンド・サウンドや生楽器の大々的な導入、そして歌......が根本的な変化ではあるものの、楽曲の構成要素自体が『クルックス&ラヴァース』と大きく異なっているわけではない。クリック音が粒になって転がるようなビート、控えめながらダビーなベースライン、メランコリックな和音やメロディ。ダブステップと地続きの不穏なムードからも、ダークスターほど離れたわけではない。だが、キング・クルーが独特のダルそうな節回しで歌う2曲目の"ユー・トゥック・ユア・タイム"はどうだろう。抽象的な空気を生み出すシンセ音が浮遊するなか、ギターとドラムの生音が慎重に寄り添い、やがて声の主はそのエモーションを狂おしく低音へと変換する。ポスト・ダブステップという言葉ではもはやカヴァーしきれない範疇まで足を踏み入れているし、そしてまた、IDMとテクノとダブステップとシンセ・ポップのどこにも収まろうとしていない。そもそも94年生まれのシンガーソングライターであるアーチー・マーシャルを召喚する姿勢からして、マウント・キンビーは一貫していると言えよう......これからの可能性しか見えていないのだ。もう1曲、彼が出現する"メーター、ペイル、トーン"もまた、ブリアルとボーズ・オブ・カナダの血を引き継いでいることを自覚しながら、彼らとは違う領域で......よりバンド・サウンドのフォーマットを駆使しながら、憂鬱とも倦怠とも言い切れないフィーリングに聴き手を陶酔させる。
アルバムでは、可能な限り様々な試みをしているようだ。彼ら自身が歌うムーディなシンセ・ポップがあれば("ホーム・レコーディング")ダブステップもあり("サラン・グラウンド")、ギター・ロックとシンセ・ポップとIDMを足して割り切らないようなインスト・ナンバーもあり("ソー・メニー・タイムス、ソー・メニー・ウェイズ")、マッシヴなビートの上でフュージョンとアンビエントを同時にやっているようなトラックもある("スロウ")。そしてまた、それらは「これで完成」というフォルムを作っていないように思える。アルバムのなかでもっともよく出来ているトラックはおそらくファースト・シングルとなったハウシーなダンス・ナンバー"メイド・トゥ・ストレイ"だろうが、それにしたって、キャッチーな歌が入りこれから盛り上がりそうなブレイクを挟んだところで、しかし4分台であっさりと終わっていく。ふたりはお決まりのパターンを拒みながら、音の興味の対象を一枚のなかで性急に移していく。
メランコリックではあるが、同時に喜びに満ちた作品だ。マウント・キンビーは自分たちの得意とするところを発展させながらも、それをも侵食する挑戦に身を投じ、そのせめぎ合いこそを楽しんでいる。「ポスト~」としか説明できなかった場所から現れた才能たちが、なおも名づけられない荒地へと勇敢に進んでいる。その姿には、曇りのない興奮を覚えずにはいられない。
先週はアーヴィング・プラザ(Irvingplaza.com)という比較的大きめの会場に、アナマナグチという8ビット・パンク・ポップ・ダンス・バンドを見に行った。

メンバー4人、ニューヨーク・ベースの彼らの特徴を上げる:「蛍光色」「アニメ」「ヴィデオゲーム」「ライトアップ」「かわいい」「おたく」
サイト(https://www.anamanaguchi.com)からもわかるように、彼らには、たくさんのこだわりとアイディアがある。それに同意する人がいかに多いのかという結果として、最新アルバム「endless fantasy」を作るためにキックスターターで、189.529(=200万弱)をレイズした(https://www.kickstarter.com)。
会場は、半分がおたく男子(ナード、ギーク、でもスタイリッシュ)。彼らに向ける声援もアイドルのようだ。目を閉じるとゲーム音楽が流れ、目を開けると蛍光カラーのライトが反射するステージが飛び込んでくる。
このライトに関して言うと、ベースのジェイムス(彼のベースの弦は、4色とも蛍光カラー、ネットで購入したらしい)は自分の家の地下室にライト研究室を持つぐらい、蛍光ライトにこだわり、さらに映像と音のシンク、ステージでのプレゼンテーション全てをケアしている。ギターのアリーは、蛍光グリーンの髪に(最近黄色から変えた)、蛍光オレンジのキャップ、蛍光ピンクのTシャツに、蛍光イエローのギターで、見た目はアニメキャラ。
メンバーが着ていたのは、ブルックリンのファッション・レーベルRHLS/ルフェオ・ハーツ・リル・スノッティ(https://rhls.com/)、ウィリアムバーグ・ファッション・ウィークエンドでもおなじみの彼らは、アナマナグチと同じ世界観、ファンタジーの世界を生きている。ウィリアムズバーグにmovesというコンセプトストアも運営している(https://movesbrooklyn.com/)。
基本インストなのだが、ゲスト・ヴォーカルが入る曲もある。今回は、アイルランド人の女子(歌が下手なきゃりーぱみゅぱみゅ風)と、女性R&Bシンガーがアナマナ好みにサンプリングされていた。ライヴの最後には、今日の観客から引っ張り出されたような、ヒップスター女子ふたりが登場(柄物レギンスにボーイフレンドT)、歌い終わったあとは、客席へダイヴするのだった。
彼らの音楽は、アメリカのアタリや日本の任天堂、サブカルのごちゃ混ぜ感を、音楽+映像をプラットフォームに表現している。インディ・バンドのように心に訴えかける力やハングリー感はないが、音楽に対する熱意やアイディアは相当ある。オタクというと気持ち悪いというイメージもあるだろうが、新世代のオタクはヒップスターなのだ。バンドというフォーマットにこだわらず、自分が操作できる装置を使って、自分たちの娯楽を作っている。
このショーを見ながら、私はオブ・モントリオールを思い出した。どちらも現実を忘れさせるほど、ファンタジーの世界を捻り出している。ヴィジュアルやステージでのパフォーマンス、ライティングに定評があるが、その裏では果てしない奮闘を繰り広げている。
ちょうどアナマナグチのショーの3日後に、オブ・モントリオールを見たのだが、ステージを盛り上げるゲスト(シアトリカル・パフォーマー、女性ヴォーカリスト)、ライトショー(白い布を来た人がステージの中心に立ち、そこに映像が当てられる)など、音楽以外にさまざまなおまけが付いてきて、アナマナグチよりストーリー性を感じた。
ライトショーは前回もあったが、今回は人の体のラインや形によってライトの当て方を変え、まるで動くプラネタリウムを見ているようだった。新曲からヒット曲をまんべんなくミックスし、全曲スムースに進む。まったくソツがない。
バンドとして全体を見たとき、勢いなのか、新しいことをやっているワクワク感なのか、アナマナグチの方にパワーを感じたが、オブ・モントリオールは経歴も長いし、今回のツアーも後半に差し掛かっている。そこを差し引いても、オブモンはオーディエンスを楽しませること、アナマナグチは自分たちが楽しむことをいちばんとしているように思えた。
オブ・モントリオールはその足で、日本(6/1タイコクラブ)に行くので、多くの人に是非ライヴを体験して欲しい。
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村上春樹がなぜ海外であんな評価されているのかと、英国在住のある人に尋ねたところ、エキゾチック・ジャパンではないところが良いのではないかという答えをもらった。欧米の理屈のなかで解釈できると。なるほど。
これ、読み替えれば、世のなかにはエキゾティズムをかさにして輸入されるものは多くあれど、ハルキはそれを売りにしていない、ということにもなる。三島由紀夫も、相撲も舞踏も、オタク文も、良い悪いは別にして、エキゾティズムないしは物珍しさとして受け入れられているフシは隠せない。とくにパリとか、博覧会気質の伝統なのだろうか......。アメリカとか......。
エキゾティズムは使いようだ。本サイトで公開されているアシッド・マザーズ・テンプルのインタヴューを読めば、こうした眼差しを逆手にとるように、敢えて確信犯的に利用しているところが見える。YMOにもそれがあった。ケンイシイやDJクラッシュもそれを利用している。ボー・ニンゲンの写真を見ると、ジャックスのような髪型が欧米では「JAP ROCK」のイメージとして機能していることがわかる。
しかし、今日、欧州でもっぱら評判の日本人電子音楽家のひとり、タカマサ・アオキ(青木孝允)の音楽にそれはない。彼が何人だろうと、髪型がどうであろうと彼の人気とは関係ない。大阪出身のこの音楽家の作品の評判は、純粋な音としてヨーロッパ大陸で広がっている。
彼は、新世代への影響力もある。赤丸急上昇の大阪のレーベル〈Day Tripper〉を主宰する25歳のセイホーがテクノを作るきっかけは、ヨーロッパへ渡航する前のタカマサ・アオキだった。
2001年1月、東京の〈Progressive Form〉からデビュー・アルバム『Silicom』をリリースした彼は、その後、同レーベルからの諸作、そして〈Cirque〉やロンドンの〈FatCat〉、〈Op.disc〉や〈Commmons〉、ベルリンの〈Raster-Noton〉等々、さまざまなレーベルからコンスタントに作品を発表し続けている。どの作品もファンから好まれているが、とくに2005年に〈FatCat〉からリリースしたツジコノリコとの『28』(これはちとエキゾだが茶目っ気がある)、そして、〈Op.disc〉からの『Parabolica』(2006年)、〈Raster-Noton〉からの「Rn-Rhythm-Variations」(2009年)といった作品は彼の評判を決定的なものにしている。また、初期の頃は、オヴァルやSNDあたりのグリッチ/エレクトロニカ直系の音だが、〈Op.disc〉と出会って以降は、より強くダンス・ミュージックを意識するようになったと言う。
今作『RV8』は、この7~8年のあいだに発表した12インチ・シングルの「Mirabeau EP」や「Rn-Rhythm-Variations」、今年に入って〈Svakt〉からリリースされた「Constant Flow」、これらミニマル・テクノの新しいヴァリエーションとしてある。エレクトロニカの実験精神を残しつつも、作品はファンキーに鳴っている。押しつけがましくはないが、確実にダンスのグルーヴを持っている。バランスが良いのだ。
彼のファンクは上品で、アンビエントめいたところもあるので家聴きにも適している。ルーマニアのアンダーグラウンド・パーティの起爆剤としても使われ、アート・ギャラリーのBGMとしても機能している。サカナクションの音楽にもフィットするし、ヨーロッパを自由に往来する感覚はNHK'Koyxeиにも通じている。新作のマスタリングは砂原良徳、いま、タカマサ・アオキの音楽には、10年前よりもさらに多くの耳が集まってきている。
テクノは、ぜんぶの音楽の最終地点だという気がするんですよ。全ジャンルの......ダンス・ミュージックは当たり前だけど、クラシックも、ブレイクビーツも、レゲエも、ダブも......ぜんぶみんな......
■青木君は、なんでそんなにテクノという言葉にこだわっているの?
青木:テクノは、ぜんぶの音楽の最終地点だという気がするんですよ。全ジャンルの......ダンス・ミュージックは当たり前だけど、クラシックも、ブレイクビーツも、レゲエも、ダブも......ぜんぶみんな......
■ロックも?
青木:あ、ロックも......あるかもしれないですね、(小節の)頭にしかタイミングがないような、パンパンパンって(笑)。ギターのディストーションの質感とかね、あれもテクノだし、サカナクションのようなバンドもそうだし、ぜんぶの音楽の行き着く先がテクノだという気がしますね。
■それは斬新な意見ですね(笑)。テクノとは、普遍的な音楽であり、雑食性の高い音楽であると。
青木:ハイブリッドの極みですね。そして、シンプリシティの極みというか......すべてシンプルにして、すべて飲み込んで、すべてどうでもいい、踊るーっということに意識を集中させるのがテクノだと思うし。そういう意味で、コンピュータも生音もふくめて、ぜんぶを統括するのがテクノだと思いますね。
■すごいね。
青木:個人的にそう思っています。音も好きやし、字面も好きやし。
■字面(笑)。
青木:アルファベットで書いてもカタカナで書いても。
■自分の音楽のハイブリッド度合いは高いと思う?
青木:わからないです。自分はそれはただ意識して作っているだけなんで、それが他を比較してどうかはわからないです。自分ではそういうものなんだと思い込んで作っています。
■青木君は、最初からテクノだったの?
青木:中学生のときから打ち込みの音楽が好きになって、高校生のときに機材持っている友だちに教えてもらって作った。ジャンルとかはぜんぜん知らなくて、ただ、自分が好きなリズムを打ち込んで作れるってところに興味があったんですよね。リズムに興味があったんで。それがテクノだろうがレゲエだろうがヒップホップだろうが、良いリズムであればなんでも良かった。
■メロディよりもリズムだったと。
青木:リズムっすね。
■なぜヒップホップにはいかなかったの?
青木:ヒップホップは作ってたんですけど......、ちょっと言葉汚い感じが自分には合いませんでした(笑)。
■ハハハハ。
青木:でも、ヒップホップのトラックは好きですよ。だって、最初に作ったのはヒップホップでしたからね。自分で叩いた音か、レコードのドラムブレイクをサンプリングして作ってましたからね。ヒップホップのスタイルなんですよ。ブレイクビーツというのかヒップホップというのか、僕、そういうジャンル分けはわかんないんで。
■リズムの面白さを追求するなら、それこそブレイクビーツ、ジャングルとかドラムンベースとか、他にもあるじゃないですか。そうじゃなくていまのアオキ君のスタイル、ミニマルな方向性に行ったのはどうしてなんですか?
青木:作為的なものよりも、問答無用に感動するほうに意識がいったかもしれない。「こうだから良い」とか、「この人だから良い」とか、ただ「良い」っていう。何も知らずに初めてそこに来た人が「良い」と思えるようなもの、「なんか知らんけど良い」っていうか。そういう思考を挟まない良さがリズムにはある気がしました。
■ピート・ロックが作るビートだって、本能的に「良い」と感じてると思うよ。
青木:わからないです。ピート・ロック知らないです。
■DJクラッシュでもプレミアでも、本能的に「良い」ということだと思うんだけど。
青木:僕、聴いてないんで、わからないです。
[[SplitPage]]F1とか、レースのエンジン音にすごく興味があって。あれって、アンプとかスピーカー関係なく、モノが燃焼によって鳴っているじゃないですか。スピーカーとか関係なく音が鳴るってところにすごい興味があって。ぜんぶのパーツがその回転させるためだけにあって、良い素材を集めてあの音が鳴るっていうところに美しさを感じて。
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■青木君が本能的に「良い」と思った作品って何?
青木:ファンクのレコード、ドラムのブレイクとか、リズム、「誰か知らんけどココ良い」とか。
■はぁ。
青木:そういう感じ。
■いちばん最初に興味を持ったのは、エンジン音なんですか?
青木:F1とか、レースのエンジン音にすごく興味があって。あれって、アンプとかスピーカー関係なく、モノが燃焼によって鳴っているじゃないですか。スピーカーとか関係なく音が鳴るってところにすごい興味があって。ぜんぶのパーツがその回転させるためだけにあって、良い素材を集めてあの音が鳴るっていうところに美しさを感じて。
■はぁ。
青木:クラブが、ダンスという機能のためにすべての機材があるように。とにかくあの鳴る感じがすごいと好きで、しかも美しい音で。野蛮で美しいところに。あんだけ金かけて、ただ速く走るためだけに金をかけているあのアホさ。
■ハハハハ。
青木:それとダンス・ミュージックに近いモノを感じたんですよね。
■エレクトロニック・ミュージックに行ったのは何故?
青木:自分に演奏技術がなかったのと、自分が欲しい音を作るとき、サンプラーとシーケンサーが便利だった。
■最初はどんな風にはじめたの?
青木:高校生のときに同級生がたくさん機材を持っていて、そこでサンプラーの使い方とか教えてもらった。高校卒業した頃はバンドでやったりしていたんですけど、大学に入って、バイトして、やっとコンピュータを買えるようになって。98年ぐらいからですかね。
■目標としていたアーティストっていますか?
青木:衝撃を受けたのは、エイフェックス・ツインとか、オウテカとか、SNDとか、......あとは......マイク・インクって人。あとは、名前は知らないですけど、ヒップホップのトラック、黒人のグルーヴの感じられるものは好きでしたね。失礼だけど、名前を覚えていないんで。
■ブラック・ミュージックのことは本当に好きなんですね。
青木:子供の頃に影響を受けたのものはずっと残るのかなって。父親が聴かせてくれたスティーヴィー・ワンダーとか、マイケル・ジャクソンとか、そういうのはとにかく好きですよ。
■そういう黒い感じを前面に出すような方向にはいなかったんですね。
青木:物真似はしたくなかったんですよ。日本人のフィルターを通してその影響を出したほうが良いだろうと思って。
■僕は、青木君の音楽は、最初イギリス人から教えられたんだよ。昔から知っている某インディ・レーベルの人から、「タカマサ・アオキ知ってるか?」「すげー、良いよ」って何度も言われて。で、意識して聴くようにしたんですけど、結局、彼らが青木君の音楽のどこを「すごい」と思っているかと言うと、リズムだったりするんだよね。本当に、ビートなんだよね。
青木:そうなんですよ。それが問答無用に良いっていうことで、赤ちゃんが踊ってしまうのもリズムなんですよ。
■サッカーはイギリス生まれなのに、イギリス以外の人たちがどんどんうまくなってしまったように、ダンスのリズムも、アフリカ起源だけど、いまでは人種を問わず、いろんな国にうまい人が出てきていると思うんですよね。
青木:僕もそう思います。DNA的に見てもみんなアフリカに行き着くし、根本的にはいっしょだと思うんですよね。そもそも、宇宙の摂理自体がひとつのリズムを持っていると思うから、宇宙のなかで生まれた人間には同じリズムが宿っていると思っているんです。それにいちばん正直なのがアフリカの音楽なんだと思います。
■なるほど。先日、青木君は、スイスの〈Svakt〉というレーベルから12インチを出しましたよね。たまにレーベルをやっている人とメールのやりとりするんだけど、彼いわく「とにかく自分はタカマサ・アオキのファンで、リリースできて嬉しい」と。で、「君は何でそこまでタカマサ・アオキが好きなんだ?」と訊いたら、「ホントに彼の音が好きだ(i really like the sound he has)」と。「とてもピュアで、生で、アントリーティッドなところがね」と言ってきたね。
青木:向こうの人らは、そこで鳴っている音が良いか悪いかで判断してくれる人が多いんで、ヨーロッパはやりやすかったですね。
■今日はぜひ、ルーマニア・ツアーの話をうかがいたかったんですが。
青木:あー、それ流れちゃったんですよね。ポーランドも。昔、ライヴでは行きましたけど。
■ヨーロッパは何年いたんですか?
青木:7年。住んだのは、2004年から2011年です。最初の4年はパリで、あとの3年はベルリンに住んでましたね。
■日本にいたらやってられないっていうか、ヨーロッパに可能性を感じて行ったんですか?
青木:ライヴのオファーが多かったんでね。2001年からライヴで、2~3ヶ月行くようになって、ギャラも良いですからね。日本は、年功序列もあるし......。
■日本じゃ食っていけないと。
青木:ライヴでは食っていけなかったですね。僕らはCDでは食っていけない時代のミュージシャンなんで、ライヴやって、ライヴやって、それでお金を稼ぐしかなかったんですよ。駆け出しの頃は、ギャラがもらえるのって東京ぐらいだったんですね。でも、東京で何回もライヴをやることもできないし、ライヴ・セットを何回も変えるわけにもいかないじゃないですか。で、やりたくない仕事をやりながら、ちょこちょこ東京と大阪でライヴをやるんだったら、ヨーロッパに行ってライヴをやったほうが収入が良いと思って。
■向こうにいってしまうと、ブッキングも増えるものなんですか?
青木:僕の場合は増えましたね。バルセロナのソナーに出たら、その影響で、ぶわーっと1年ぐらいブッキングが決まりましたね。で、次にいったら、別のオーガナイザーが来ていて、「おまえ、うちのフェスティヴァルに来いよ」みたいなね。「あ、行く行く」って、次決まるとか。それでぽんぽんぽんぽん、2年~3年やってましたね。
能の勉強をするのにドイツ行っても意味ないように、ダンス・ミュージックが栄えたところはヨーロッパだと思うんで、その文化が栄えた場所の空気吸って、メシ食って、人と接して、社会感じて、それで初めて本質が見えると思って。自分が音楽を続けるなら、ヨーロッパに行ったほうが良いだろうと。
■へー、すごいなー。
青木:いや、ずっと綱渡りですよ(笑)。ぜんぜんすごくないです。
■いやいや、その行動力とか、素晴らしいですよ。しかし、せっかく渡欧して、成功したのに、帰国したのは何故なんでしょうか?
青木:いろんな理由があるんですけど、じいちゃんが死にかけてました。帰ってきて、1年だけでもいっしょに過ごすことができたんで良かったです。他に犬も死にそうやったんで。
■日本が恋しくなったというのはなかった?
青木:ずっと恋しかったです。日本食もそうだし、母国語で喋れるのも良いし。ビザがいらないというのも最高やし。ヨーロッパも日本も自由であるけど不自由でもあるし、そのバランスをどう取るかっていう。まあ、7年もおったし、最初は3~4年で転々としたかったんですよね。だから、パリで4年、ベルリン3年、いま大阪2年目だから、次はどこに行こうかなと思っていますね。
■生まれも育ちも大阪?
青木:そうですね。
■関西って、面白い人がどんどん出てくるよね。NHKyxとか、セイホー君とか、マッドエッグとか。
青木:情報が関係ないんだと思いますよ。
■大いなる勘違いの街だと思うんだよね。デトロイトやマンチェスターだって、大いなる勘違いの街だから。独創的なモノが生まれる。
青木:ハハハハ。そうかもしれないですね。あと、何かあっても「へー、そうなんかー」みたいな、情報をそのまま受け入れないっていうか、そういうところがあるんだと思います。
[[SplitPage]]ライヴでは食っていけなかったですね。僕らはCDでは食っていけない時代のミュージシャンなんで、ライヴやって、ライヴやって、それでお金を稼ぐしかなかったんですよ。駆け出しの頃は、ギャラがもらえるのって東京ぐらいだったんですね。
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■青木君が作品を作るうえでのインスピレーションはどこにあるの?
青木:F1。
■たとえば初期と後期......、え、F1!!!!
青木:F1。
■そこまでFIが好きなんだ(笑)。
青木:F1と宇宙の摂理ですね。F1の音が入っているCDもあります。
■へー。
青木:文明のあり方と宇宙の生成。
■ハハハハ! 最高、それサン・ラーだね(笑)。
青木:サン・ラー(笑)。でもそれは、ほんまに、人間として当たり前のことやと思うんですよ。文明に毒されて思考が限定されると、どうしても文明がすべてになっちゃうと思うんですけど、でもそこから解放されると、宇宙がすべての源だとわかると思うんです。
僕がF1に興味があるのは、宇宙摂理に反した文明があって、その文明の究極の形がF1だと思うんですよ。石油、技術、戦争、広告、地球の文明のいろいろなものが集中しているのが、戦争とF1だと思うんです。ふたつのうち戦争は、人殺しで、ださいし、かっこ悪いけど、F1は誰がいちばん速いんやということを何十億もかけてやるアホさと、凶暴なエンジンを持ちながら、そのできあがったマシンの美しさと、そういった多面性が現代文明を象徴している気がする。
■文明としていま猛威をふるっているのはコンピュータだと思うんだけど。
青木:F1もコンピュータ無しではあり得ないですよ。
■あー、そうか。
青木:制御にしても、管理にしても。F1は軍事と同じで、地球上のすべての技術が集約されているんですよ。公開されている技術ですね。
■つまり、ツール・ド・フランス(by クラフトワーク)なんて言ってる場合じゃないと。
青木:いや、別にそれはそれで良いんですけど。僕も自転車大好きなんですけど。人力も良いけど、作ったものを乗りこなすっていうのに興味があるんです。
■そうした青木君の写真機に対する偏愛と繋がっているの?
青木:いや、写真は、地球に初めて来たっていう気持ちで、「アホやな地球文明。まだモノ燃やしているわ」とか。
■ハハハハ。
青木:まだ競い合って、争って、どんぐりの背比べしているっていう。まだ自然を破壊してコンクリートの建物たてているっていう、その面白さ。それを記録する気持ちで。
■そんなシニカルな......それは機械が好きだからっていうことではないんだ?
青木:機械も好きですけど、「地球オモロイ」みたいな感じですね。「地球、変なとこー」みたいな(笑)。
■初期の頃からそうだったんですか?
青木:疑問に思うことが多かったですね。「なんでそんなことせなあかんの」とか。
■「地球オモロイ」は、いろんな思いが詰まっているんでしょうけど、やっぱ国境を何度も超えながら思ったことでもあるんですかね?
青木:それもあります。そして、国境を何度も超えたことで、わかったこと、自分なりに理解できたこと、腑に落ちたことが多くて。自分の疑問に対する答えでもあったし。
■F1は実際に観に行ったの?
青木:いや、日本では行ったけど、ヨーロッパでは行ったことがないです。ヨーロッパって、ほんま階級社会だから。サッカーはいちばん下のスポーツで、F1やクリケットや乗馬はほんまトップの階級のモノですね。
■そんな糞忌々しい文化を(笑)。
青木:いや、糞忌々しくないです(笑)。その人たちはただ生まれながらにそうなっているだけなんで。生まれてから金持ちなんでね。
■なるほど。青木君は、もうひとつ、ダンス・ミュージックということを強調するけど、世のなかにたくさんのダンス・ミュージックがありますよね。EDMっていうんですか?
青木:いや、知らないです。
■なんか、ダンス・ミュージックが大流行なのね。たとえば、DJでも、アニメの歌とかアイドルの曲とかアッパーなハウスをまぜるような人がけっこういて、それで踊っている人もいるのね。そういう音楽もダンス・ミュージックなわけですよ。自分がやっている音楽とそういう音楽もダンスという観点で見たら等価だと思いますか?
青木:ダンス・ミュージックには、魂が入っているモノと装飾だけのモノがあると思うんですよ。それは音楽全般に言えることですけど、そこに魂が入っていれば、同じだと思います。
■その魂というのは、別の言葉で言うとどういうことなんだろう?
青木:純粋な思いじゃないですかね。「○○っぽいのを作ろう」じゃない音楽。
■ヨーロッパなんかとくにダンス・ミュージックが根付いているからいろいろなモノがあるじゃないですか。そういうなかで好きなモノを嫌いなモノもあったわけでしょう?
青木:自分は作っているばっかで、あんま聴いてないので、うまく答えられないですね。ただ、ライヴで呼ばれて、その場で他の人の音楽も聴いて思うのは、あまりにも自己主張が強いダンス・ミュージックはちょっとしんどかったですね。
■自己主張が強いモノね、なるほど。
青木:そうじゃない人のほうが踊りやすかったですし、心地よかったですね。
■ダンスを強制するようなものは好きじゃない?
青木:そうですね。うぉぉぉぉーみたいな、そういうのが好きな時期もあったんですけど。歳のせいかもしれませんが。
■アンビエントというコンセプトは意識している?
青木:自分が聴いてきた音楽のハイブリッドがテクノなんで、当然、アンビエントもそのなかに入っています。しかも、いまのステレオの技術では、わりと簡単に立体音像が作れるんですよね。たとえミニマルであっても、そのなかにアンビエントを挟み込むことができるんです。そういう意味では意識していると言えますね。
僕もジャンルに詳しいわけじゃないんで、アンビエントが何なのかよくわかってないんですよね。それでも、打点のない、ビートがないけど、リズム感のあるような音楽は好きはですね。
自分が聴いてきた音楽のハイブリッドがテクノなんで、当然、アンビエントもそのなかに入っています。しかも、いまのステレオの技術では、わりと簡単に立体音像が作れるんですよね。たとえミニマルであっても、そのなかにアンビエントを挟み込むことができるんです。そういう意味では意識していると言えますね。
![]() AOKI takamasa RV8 Rater-Noton/p*dis |
■最近、日本の作品で、お金を出して買ったCDは何ですか?
青木:キリンジ。
■どういう人?
青木:ふたり組の。めちゃくちゃ良いですよ。
■詳しいなー(笑)。
青木:それは京都在住のDJのkohei君が教えてくれたんですけどね。すごい音楽に詳しい先輩で、魂籠もった音楽をよく知ってはるんです。
■レコード店はよく行く?
青木:行ってないですね。お金がなくて。機材買うお金とレコード買うお金は両立できないです。ほんまにDJで使いたい曲があるときは行きますけど、それ以外では行かない。
■青木君は機材に対してはどう考えているの? 90年代末はちょうどソフトウェアを使いはじめた時期だったけど、最近はまたモジュラー・シンセが流行ったり、いろいろ考えがあるじゃないですか。
青木:レーサーと同じで、自分のフィーリングに合ったマシンが欲しいですね。ベースの鳴り、キックの密度、ハイハットのシャープさ、シンセの広がり、温かさ、そういうのが自分の感覚に合うかどうかで判断していますね。それがぜんぶ組み合わさったときに自分なりのドライヴができる。まあ、そんなに機材を買えるほどのお金もないんでね、昔のヤツをずっと使ってますけど。
■ライヴの本数はいまも多い?
青木:ずっと多いです(笑)。
■コンピュータを持ったブルースマンみたいだね。機械を持って世界のいろいろなナイトクラブを回って、演奏して、金を得るみたいな。
青木:不思議な仕事ですよ。みんなが踊っているのを見ながらやっているというのは。純粋に楽しいです(笑)。
■日本では〈ラスター・ノートン〉を支持している層とフロアで踊っている層との溝があるように思うんだけど、ヨーロッパでは実験性とダンス・ミュージックがしっかり重なっているんでしょうか?
青木:正直、自分のことで精一杯だったんで、ヨーロッパのシーンのことまでわからなかったんですけど、やっぱ、金払って実験みたい人って、そんなにいないと思うんですよ。自分やったら、実験のためだけには行かないです。ダンスがあるから、そこに金払っても行きたいと思うんで、そこは重要かなと思いますね。僕は、自分の音楽が人の心を高揚させて、日々のストレスを忘れさせて、良い気持ちになってくれたら最高なんです。それだけですね。すべてに対してアウトサイダーかもしれないですね。シーン関係ないし、ジャンル関係ないし......。

■今回のアルバムの収録曲には曲名が"rhythm variation 01"とか"rhythm variation 02"とか、順番に数字になっているじゃない?
青木:意味を持たせたくないからです。ダンス・ミュージックに意味はないからです。思考が働かないほうが、無心に踊っているほうが自分をより解放できるし。
■曲名がある作品もあるじゃないですか。
青木:仕方なく......ですね。
■はははは。
青木:字面とかね。もちろん、言葉があったほうが曲に入りやすいかなと思って付けたものもありますけど、今回に関しては、踊るためだけなんで。
■この先、やってみたいことは何でしょうか?
青木:F1のエンジンを使って。
■ハハハハ。
青木:音源としてF1のエンジンを使いたいですね。
■シュトックハウゼンのヘリコプターみたいだね(笑)。でも、鈴鹿サーキットって、日本でいちばん爆音を出せる場所かもね。
青木:いつか、野外フェスでライヴをやって、トレイラーで、「AOKI LIVE powered by HONDA F1」とかやりたいですね。
■ハハハハ。
青木:子供の頃、レーサーになりたかったんです。いまでもレーサーになれるなら、音楽とかぜんぶ止めてなります!
■わかりました。今日はどうもありがとうございました。
ポニーテイルは静かではないやり方でドリーム・ポップを追求したバンドのひとつだ。こう書いても違和感はないのではないかと思う。
スタイルとしてはとてもノイジーでエクスペリメンタル。ライトニング・ボルトに比較され、ダン・ディーコン、ジャパンサー、デス・セットなどボルチモアのローファイ勢たちとともにシーンを刺激した存在だった。彼らと同軸で評価され愛されたノー・エイジ、メイ・シ、エイヴ・ヴィゴダら〈スメル〉周辺のアーティなパンク・バンドたちとも近い感覚がある。かつ、ギターのダスティン・ウォングが参加する別プロジェクト、エクスタティック・サンシャインは、アニマル・コレクティヴとも縁の深い〈カー・パーク〉からリリースがあったりもする。つまりはうるさくて、カラフルで、テクニカルで、実験的で、しかしめいっぱいドリーミーなサイケデリアを恃むバンドである。後期2000年代のインディ・ロックのひとつのモードを象徴する、忘れがたい面影がある。
そのギタリスト、ダスティン・ウォング初のソロ・アルバム『インフィニット・ラヴ』がリリースされたのは2010年。〈スリル・ジョッキー〉からのリリースだったが、国内盤の帯が秀逸だった。「エフェクターの魔術師」......けっして「音色オタク」に矮小化されるべきでない才能を持ったウォングだが、「魔術師」の語感には彼の提示する色彩豊かな音の世界と、それを自在に操ることのできるテクニック、そして何より「魔術」――ここにあるものをここにないものへと塗り替えてくれる彼の音楽がきれいに集約されている。手に取った方はそのアーティスト・イメージに納得したのではないだろうか。マーク・マグワイアの『リヴィング・ウィズ・ユアセルフ』が同年だが、彼らの作品は久々にシーンをソロ・ギタリストという存在へ振り向かせた(マーク・マグワイヤには「ここにないもの」ではなく、ひたすらここにあるものしか見つめないという美しい対照があるけれども)。
そして嶺川貴子との共作となる本作『トロピカル・サークル』がリリースされた。嶺川自身は13年ぶりの作品となるそうだが、彼女のファンでもあったというウォングから柔らかく詩情を引き出している。『インフィニット・ラヴ』はひとり遊びのフィーリングがあった。ひとりぶつぶつと、子どもらしい偏執をもってひとり遊びつづけるその手元口元から、すばらしい彩りが漏れでてくる......「咳の子のなぞなぞあそびきりもなや」(中村汀女)の「咳の子(風邪をひいた子)」のように、ひとりできりもなくギターと戯れているようなあの作品を、嶺川はもしかしたらこの句に出てくる母親のような気持ちで耳にしていたかもしれない。姉でも祖母でもかまわないが、咳の子につきあい、その問いに答え、また問いを投げるように、ひとり遊びにそっと介入し、寄り添うように感じられた。この共作には、そのように繊細な力関係が働いている。お互いがお互いのゲスト・ミュージシャンになるわけでなく、それぞれの役割があり、それぞれが合目的的にふるまいながら、互いを資するような関係。本作においてギターと声とはそのように溶け合い離反しながら存在している。散漫な集中力ともいうべきだろうか、くるくると方向や対象を変えながら伸びつづけるウォングのギター・ワークは、今作で対話的な空間へと引き出され、前作では天へと向かっていった旋律は、水平方向に広がることになった。
日本語の音節感覚もとても合っているのかもしれない。「からだを電気のように唄わせる」("エレクトリック・ウィーヴ")が「か・ら・だ・を・で・ん・き・の......」と一語を一音に対応させるように歌われ、そのあとを輪唱のようにギターが追いかける展開は、まさにひとり遊びがふたり遊びになる瞬間の優しい喩であるように響く。さまざまに挿入されるサンプリング等についても、どのようなプロセスで加えられていったのかわからないが、不整合なものは感じられない。ドリーミーであることはときに他人の介入を拒んで閉塞を選ぶけれども、ダイアローグによって入口が確保された夢というものもあるんだなと思った。
https://soundcloud.com/latinquarter_ppp
https://www.panpacificplaya.jp/blog/
DJの予定
5/25 福岡 Megaherz https://www.megahertz.jp/pickup.html
6/14 藤沢 Freeculture
6/22 渋谷 Koara
https://www.koara-tokyo.com/
最近DJの際に持っていきがちなモノ
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Robert Staruss - Slow Dancing - BBE |
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Robert Strauss - Party In My Body -BBE |
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Nick Nikolov - Come Down - Liebe Detail |
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CLASSIXX - Holding On (Losoul Remix) - Innovative Leisure |
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Randomer - This Train - Hemlock |
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Dajae - Day By Day (Cajmere Extended Mix) - Cajual |
![]() 7 |
Syclops - Sarah's E With Extra P - Running Back |
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Physical Sound Sport - Nigeria Game - JAZZY SPORT |
![]() 9 |
Whitney Houston - Million Doller Bill(Frankie Knucles Directions Club Cut) - Unknown |
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xxxx - Kahlua and Milk 1989EDIT - unreleased |



