「S」と一致するもの

interview with The Lemon Twigs - ele-king

 2016年のデビュー時、紛れもない「アンファン・テリブル」として不敵なオーラを放っていたブライアンとマイケルのダダリオ兄弟は、作を重ねるごとにその才能を磨き上げながら、徐々に「大人」としての成熟を身に着けてきたように見える。だがそれは、普通の意味での「成熟」≒カドが取れて丸くなっていく、みたいな意味とはどこかが違っているようにも思える。
 若いときから、既に歴史化の途に就いて久しい(文字通りの)ダッド・ロック的表現形態に与してきた彼らは、ある意味でははじめから老成していたのだともいえる。ロックが若者の音楽でなくなった時代において、紛れもない若者としてロックを演ること。ザ・レモン・ツイッグスの10年とは、そうした入れ子状の構造の中において、ひらすら――ある意味ではそうと意識するまでもない自明な課題として――上質なソングライティングとアンサンブル構築を追求することで、どのようにして内側からその構造を食い破ることができるのかという問いに答え続ける年月であったようにも見える。だが、その一方で、そうした構造の中で素直に遊んでしまえるのも彼らなのだ。そして、その遊び方があんまりにもアイデア豊かで鮮やかだものだから、私たちは常に胸のすくような気持ちを覚えてきたのだった。
 要するに彼らは、デビュー時から既にして反時代的だった自らの志向性を、時代の推移の中で研ぎ澄ませることで、結果としてその反時代性の実践こそが逆転的にコンテンポラリーな表現倫理たりうることを、ここに至って自らの手で浮かび上がらせたのだといえるかもしれない。更に言えば、ひょっとするとこのレトロトピア時代においてロックを(「実存」に密着した表現として)遂行するには、彼らのような方法以外にないのかもしれない(反対からみれば、仮に現在において進歩主義的なロックを素朴に標榜するのだとしたら、それこそがあまりにもお目出度い、アナクロニスティックな行為なのではないか?)。
 ロック(あるいはロックンロール)という音楽が、その始原の時点から(進歩主義的な装いをしておきながらも)実のところ反時代的な逸脱性を体現していたことを思い出してみれば、1960年代〜1970年代ロックの黄金の記憶から自らの飲み水を汲み出し続ける彼らの反時代的態度は、かつてのセックス・ピストルズやラモーンズがそうだったのと同じ程度に、ある種の捻じれを奥深くに内在しているのだともいえる。

 〈Captured Tracks〉に移籍してからの三作目となる本作『Look for Your Mind!』は、そんな彼らの危うくも美しい実践の軌跡が、再び「バンド」らしさとともに結晶化されているという意味で、是非とも傾聴すべきアルバムだといえる。個人的には、デビュー盤以来の爽快感を味わうことができた。そう、爽快なのだ。経験(年齢)を重ねてなお一層爽やかで軽やかにになるということがいかに成し難いことかを日々芯から実感せざるを得ないこの時代において、彼らが成し遂げたことは、稀有である以上に、なんらかの指針にすらなりうるのではないか。ヤンガー・ザン・イエスタデイ。いまやそれは、彼らのような反時代的な連中だけが嘯くことのできるテーゼなのかもしれない。それを成熟と呼ぶなら、成熟するのも結構楽しそうだと思う――などと、一足先に中年になった元ロック少年の私などは愚考するのである。
 だからそうか、「Look for Your Mind!」って、オレに向けて言ってくれているのね。おみそれしました&ありがとう。君らが楽しそうにロックを演り続けてくれることで、救われている連中が、ここにも、あそこにも、思いの外沢山いますヨ。

出発点がギターなんだと思う。だから日常の一部でもあるし、ツアー中でもいちばんよく触れている楽器だしね。もしギターに触れられなかったら、たぶん本当に困ると思う。(ブライアン)
ギターは人生だ。うーん、わかんないけど。(マイケル)

今年で早くもデビューから10年という節目を迎えますが、あっと言う間という感じでしょうか? それとも、ようやくここまでたどり着いたという感覚ですか?

ブライアン(以下、B):どうだろう。正直なところ、本当にちょうど10年って感じがする。ね、マイケル? あっという間だったっていう感じは、あまりないんだよね。むしろ、アルバムを出すごとに、少しずつ、ほんの少しずつ聴いてくれる人が増えていった。そういうすごく緩やかな積み重ねだったっていう感覚かな。

マイケル(以下、M):そうだね。なんていうか、いくつかの「章」がある感じかも。メンバーも何度も変わってきたし。いまのバンドと初期のバンドって、それぞれで区切られてるというか。だから、ずっと同じバンドだったっていう感覚でもないんだよね。だから一概には言えないけど。10年っていうのも……まあでも、ブライアンとは26年とか27年一緒にいるわけだからね。

いままでのキャリアを振り返ってみて、特に思い出深いターニングポイントがあるとしたらいつですか?

B:僕らは昔からレコーディングが好きだったし、人前で演奏する機会もずっと楽しんできたんだ。ライヴで演奏できるっていうこと自体、素晴らしいことだと思ってたしね。でも、ライヴを本当に心から楽しめるようになったのは、いまのメンバーになった3年くらい前からだと思う。ダニー(筆者注:現在のツアー・メンバーのダニー・アヤラ)とは、レコードを出し始めた10年くらい前から一緒にやっていて、その前にも別のバンドで少し一緒にやってたんだけど、そこにいまのドラマーのレザ(筆者注:同じくツアー・メンバーのレザ・マティン)が加わって、このメンバーが揃ったときに、一緒にライヴで演奏することが楽しめるようになってきたな、って感じたんだ。バンドの雰囲気も良かったし、ツアーを回るのもすごくいい感覚で。単純に、人の組み合わせがすごく良かったんだと思う。それで、ツアーに出ること自体も本当に楽しくなった、その感じは新しい曲にも少し出てる気がする。ライヴをやってからスタジオに戻ると、明らかにエネルギーが違うから。

〈Captured Tracks〉移籍後の作品を改めてきくと、グンとサウンドのクオリティが上がったように感じます。今作はそうした流れの集大成のような内容に感じるのですが、改めて、この5〜6年ほどで創作のモードが変わった感覚はありますか?

M:当時はブライアンと僕で距離ができてしまっていたというか、曲の作り方とかスタイルがだんだんバラバラになっていってたんだ。それで、〈Captured Tracks〉で最初に出した作品のとき――まだどのレーベルから出るかも決まってなかった段階だったけど――意識的にもう一度団結して、ちゃんとひとつの作品として成立するアルバムを作ろう、できる限りベストなものを作ろう、っていう方向に切り替えたんだ。それまでは、ただずっとアルバムを作り続けてきただけっていうか……若い頃にレーベル契約をもらって、その流れで半ば無意識に作ってたところがあったと思う。でも契約が終わって、「これはちゃんと良いものを作らないと次の契約につながらない」っていう状況になって、そこで初めて全部をちゃんと考えてやるようになった、っていう感じかな。

B:アルバムに何を入れるかとか、僕らそれぞれのソングライティングのスタイルをどうやってひとつに繋げるか、そういうことを前よりずっと意識的に考えるようになったんだ。それが大きな違いだったと思う。それと同時に、「自分たちが納得できないものは出さないようにしよう」って決めたんだよね。それまでは「自分たちで作ったものなんだから、どうせ後で聴きたいとは思わないだろう」みたいな前提がどこかにあって。アーティストって、自分の作品をどこかでは好きじゃないものなんだろう、って勝手に思ってたんだ。でもいまは違う。いまは、自分たちが出すものは全部、自分たちでちゃんと好きでいられるべきだと思ってる。

青木:なるほど、面白いですね。自分の作品をあまり聴き返さないアーティストもいますけど、いまはそういうタイプではなくなってきた、ということですよね。

M:まあ……よくわかんないけど。でも、自分が「こういうのを聴きたい」と思うものとか、「まだ世の中にない」と感じるものを作るべきだとは思うんだよね。それがいちばん自然だと思うし。もちろん、自分の作品ばかり聴いていたら飽きてくる、みたいなのはあると思うけど。でもさ、いま作ったばかりのものに対して、恥ずかしいとか嫌だとか思う必要はないと思う。それはちょっとおかしいと思う。

昨年のブライアンのソロ作制作の経験は、バンドとしての新作である今作に何か影響を与えましたか?

M:そうだね。後回しになっていた曲をある程度出し切って、そこから新しくスタートできた、という意味では影響はあったと思う。とはいえ、いちばん大きかったのは、ライヴでやっていて楽しいかどうかとか、スタジオで純粋にやっていて楽しいかどうか、そういう部分だったかな。今回はライヴのメンバーも何人かレコーディングに参加していて、それがブライアンと僕のコミュニケーションにもいい影響を与えたし、全体的な高揚感みたいなものにもつながったと思う。

B:僕にとっては、新しくリセットしてアルバムを作れたのはすごく大きかった。前の2作では、何年も前に書いた曲が少なくとも3曲か4曲は入っていたんだよ。それも、自分たちとしては、まあまあ満足している曲だと思っていたから出したんだけど、正直そこまでワクワクするものではなかった。でも今回は、すべて同じセッションの中で録音した素材で構成されていて、それぞれがちゃんとひとつのまとまりとしての感触を持っている。こういう作り方をここまで徹底したのは、たぶん今回が初めてに近いと思う。いつもはどうしても余った曲が出てくるからね。

前作に比べると、1968年後半的なサウンドから、シングル「I Just Can't Get Over Losing You」のジャケットやサウンドにあらわれているように、どちらかといえば1960年代半ば頃のギター主体のビート・バンドやジャングリーなフォーク・ロック的サウンドに寄ってきているように感じました。今作のサウンド上のコンセプトを教えてください。

M:前作に比べると、今回はもう少し削ぎ落とされた感じはあると思う。でも、そのベースになるロック・バンド的な形から外れている曲もいくつかあるよ。

B:とはいえ、どの曲も基本的には、バンドで一緒に演奏するっていう感覚を土台にしてる。たとえば “Gather Round” や “Joy” みたいな、よりオーケストラ的な曲でも、ストリングスはまとめて同時に演奏してもらっているし、クラリネットやフルートも同じ部屋で一緒に演奏しているんだ。もちろん後からオーバーダブして厚みを出したりはしているけど、それでも根本にはミュージシャン同士がその場でやり取りしている感覚がある。前作は基本的に全部オーバーダブで、マイケルと僕がひたすらレイヤーを重ねていって、楽器にもいろいろ人工的な処理を加えてサウンドを作っていたんだけど、今回は全体としてもっとナチュラルな音になっているし、いろんなプレイヤーのグループが実際に一緒に演奏している、そういう感触に近いと思う。

いきなりですが、おふたりにとって、ずばりギターとはどんな存在ですか?

B:うーん、そうだね……なんていうか、僕らにとって最初の……いや、マイケルにとっては最初の楽器ではないか。でもまあ、最初の「手段」というか、曲の作り方を覚えた入り口ではあるよね。僕らがどうやって曲を書くかっていう、その出発点がギターなんだと思う。だから日常の一部でもあるし、ツアー中でもいちばんよく触れている楽器だしね。もしギターに触れられなかったら、たぶん本当に困ると思う。それに単純に音が好きなんだよ。自分たちが感情的に強く共鳴する音楽のほとんどは、やっぱりギターが核になっているから。だから……うん、そういう存在かな。

M:ギターは人生だ(=Guitar is life)。うーん、わかんないけど。弾くのも好きだし、聴くのも好きだし……うん、なんだろうね。難しい質問だな。ほんとにわかんない。ブライアンがいっぱい話しちゃったし、もう言うことないよ。

[[SplitPage]]

「より成熟してる」かっていうと、正直よくわからないな。ただ違うものになってきてるだけだと思う。(マイケル)
「成熟」が常に良いものとは限らないんだと思う。そのときに自分たちがうまくできることをやる、それだけだよ。(ブライアン)

“Fire And Gold” にはアイルランド民謡やインド音楽などの要素を感じます。なぜそうした要素を取り入れようと思ったのでしょう?

B:あれはやっぱり、ああいう開放的な響きのコードを弾いている中で自然に出てきたものだと思う。それと、ああいうサイケデリックな音楽がすごく好きなんだよね。特にインド音楽の影響を受けているようなもの。インド古典音楽とか。ああいうドローン的な響きって、瞑想的で心地いい感じがあるし。それからアイルランドっぽい要素に関しては……ポール・ブレイディの “Arthur McBride” をよく聴いていて、あの歌い回しがすごく好きだったんだ。すごくテクニカルで面白いフレーズも多くて。そういう要素を取り入れることで、あの比較的ストレートなパワー・ポップ的なトラックの質感を、少し裏切るというか、ひねることができたら面白いなと思ったんだよね。

M:ああいう要素って、もともと似たようなDNAもあると思うんだよね。パワー・ポップでも、ドローン的な弦の響きって結構あるし。いわゆる典型的なパワー・ポップにもさ。

B:そうそう、たとえばザ・フーとか、フレイミン・グルーヴィーズみたいな、いわゆる完成度の高いパワー・ポップの曲でも、開放弦をずっと鳴らし続けるようなアプローチはあるんだよね。たとえばトッド・ラングレンの “Couldn’t I Just Tell You” なんかは、僕らにとってすごく大事な曲なんだけど、ああいうふうにドローン的な響きがずっと鳴り続けているんだよね。そういうのって、いわゆるパワー・ポップの核にある要素でもあると思うんだ。でも今回は、そこにさらに、普通はあまりギター・ポップと結びつけられないような要素も引き出してみたかったんだよね。 

いわゆる「パワー・ポップ」と言われる音楽は、ここ日本でも昔から人気があって、古くから国内でもそうしたサウンドを鳴らしていたバンドがいましたし、東南アジアでもそういうバンドがいました。なぜこれほどまでに世界的な広がりがあるのか不思議でもありますが、その理由を考えるとするとなんでしょうね?

M:パワー・ポップっていうのは、世界中である種ニッチな層に支持されてきた音楽だと思うんだ。レコード・コレクターとか、ちょっとマニアックなものを集めるのが好きな人たちっていうか。コアなファンの文化自体、昔からずっと大きな存在だったし。だから、パワー・ポップに詳しくなることとか、そういうレコードを集めることっていうのは……なんていうか、日本の文化にもすごく合ってる気がするんだよね。日本って、いろんなジャンルごとに専門店とかカフェがあるじゃない? だから、パワー・ポップ専門のバーがあってレコードをかけてる、みたいなのもすごく自然だと思うし。日本でこういう音楽がしっかり根付いてるのも、すごく納得できるよ。 

レザ(ドラム)とダニー(ベース)が録音に参加したことの効果はどのようなものでしたか?

M:ちょっとした構造が生まれるというか、コミュニケーションの感じが変わるんだよね。もちろんふたりでも楽しいときはあるし、今日も楽しい感じだけど。でもブライアンと僕のやり取りって、ほぼ要点だけで進む感じで、あまり気を遣ったり雑談したりっていうのがないんだよね。長年ずっと一緒にやってきてるから、そういうやり取りはもうやり尽くしてるっていうか。だからレザみたいにすごく明るいタイプがいたり、ダニーみたいにすごく面白い人がいると、それだけで場の空気が少し柔らぐし、レコーディングの雰囲気も前向きになる。それに単純にエネルギーも増すよね。部屋の中の空気というか、実際にバンドで演奏してる感じをそのまま捉えられるし。それからチョチキーのエヴァ・チェンバースにもベースを弾いてもらったんだけど、それも同じ理由でよかったよ。

B:そうだね。基本的には、彼らの演奏そのものとか、それぞれが楽器に持ち込む個性みたいなものが大きいと思う。それと、僕らふたりだけだと、僕たちは他に予定がないというか、時間に縛られていないんだよね……それは良い面でもあり、ときにはあまり良くない面でもあるんだけど。他の人が入ってくると、その人たちはそれぞれ予定もあるから、自然ともう少しペースを上げて進める必要が出てくるんだよね。

今回もブルックリンの小さなスタジオで録音したようですが、そうした環境でバンドで録音をおこなう利点とは改めてどんなところですか?

M:近所にポールっていう人がいて、僕らの作品はいつも一緒にやってくれてて、マスタリングとか技術的なこともいろいろ担当してくれてるんだ。それは大きいね。場所自体もいいところではあるんだけど、ブライアンと僕の家からはちょっと遠くて。それ以外は……むしろデメリットのほうが多いかも(笑)。すごく狭いし。でもいまちょっと片付けてて、少し広くなってきてるんだよね。

青木:いまそこにいるのがスタジオなんですね。

M:そうそう。いま物を整理してるから、ちょっと広く見えるんだよね。

B:めちゃくちゃ広い部屋ってわけではないけどね。でも、自分たちの拠点があるっていうのは、スタジオを借りるのとは比べものにならないくらい大きな利点なんだ。もちろん、設備的にはもっと本格的なスタジオのほうが揃っているものは多いけど、レコーディングにおいていちばん重要なのはやっぱり「時間」だから。

初期衝動の鮮烈さが印象的だったデビュー時の作品を起点に、作を重ねるごとに成熟を感じる内容になってきているように思うのですが、音楽的、精神的、肉体的に成熟していることを自分たちでも自覚したりしますか?

M:肉体的には確実にね。

B:ずっと脚が痛いよ。

M:あと横方向にもね(笑)。でも、何かが「より成熟してる」かっていうと、正直よくわからないな。ただ違うものになってきてるだけだと思う。より研ぎ澄まされてきてるし、精度は上がってるとは思うけど。

B:レコーディングに関しては、毎回確実に良くなっていると思うよ。あの辺は全部マイケルが中心になってやっているからね。作品ごとに必ず何かしら新しいことを学んでいるし。曲単位で見れば、前の作品にも今回の作品にも、より成熟していると感じるものはそれぞれあると思う。ただ、音楽において「成熟」が常に良いものとは限らないんだと思う。そのときに自分たちがうまくできることをやる、それだけだよ。次の作品は、もう少し未成熟な方向に振れるかもしれないし、それはそれで楽しいと思うよ。

その一方で、アンチ・クリシェ的というか、相変わらず尖ったアレンジ・センスを感じさせます。こうした点はレモン・ツイッグスの音楽の大きな魅力のひとつだと思うのですが、そもそもなぜそうした要素を盛り込みたくなるのでしょうか?

M:単純に、自分たちが楽しめるものにするためだよね。それに、僕らは作曲する人間がふたりいるから、普通にひとりでやってるバンドより曲数も多くなるし。僕たちに「高い基準」があるとまでは言わないけど……まあ、自分たちなりの基準みたいなものはあって、お互いがちゃんと気に入らないとアルバムには入らないんだよね。で、どちらかが「いい」と思うときって、そこに何かこう、ちゃんと形になってるものというか、強さみたいなものがあるんだと思う。それって大体、すごくポップな要素だったりするんだけど。さっき何て言ってたっけ……「尖ってる」っていうか。まあ、そんな感じかな。

B:そうだね。もうひとりが面白いと思うためには、やっぱりどこかに意外性みたいなものが必要なんだと思う。ただ普通に口ずさめるだけのメロディで終わるようなものにはしたくない、っていうか。

青木:なるほど。お互いがいることで……批評し合えるというか、面白さを保つための存在になっているんですね。

ずばり、今回の作品のタイトルにはどんな意味があるんでしょう?

B:14曲入ってるってことかな(笑)。

M:うん、いろいろ候補を考えてた中で、いちばんしっくりきた名前だったってだけだよ。他にどんなのがあったっけ?まあ、実際に使うつもりだったやつじゃないけど……「Yesterday’s Sound Tomorrow?」とか?

B:ああ、「Yesterday’s Sound Today」だね。

M:ああ、そうそう。「Yesterday’s Sound Today」。なんか「Tomorrow」だった気もするけど……まあ、あれはフィル・スペクターが掲げていたフレーズ「Tomorrow’s Sound Today」をもじったものなんだけど、ちょっと自虐っぽすぎるかなって思ってやめたんだよね。それで結局、「Look For Your Mind」は短くて見た目もいいし、曲としても気に入ってるから、そのままタイトルにしたっていう感じかな。アルバム・タイトルにすることで、その曲に意識が向くっていうのも別に嫌じゃなかったし。気に入ってる曲だからね。逆に、特に意味もないのに1曲だけをタイトルにするほうが変な感じもするし。

B:残念ながら、何か面白い裏話があるわけでもないんだよね。(笑)。

歌詞についてはあまり考えすぎないようにしてるんだよね。ほとんどの場合、言葉を大事にしすぎたり、こねくり回したりすると、逆にうまくいかなくなる。(マイケル)
僕はむしろ逆かな。昔はあまり言葉にこだわらないタイプだったんだけど。(ブライアン)

ザ・レモン・ツイッグスはデビュー以来ソングライティングの巧みさを評価されてきたと思うんですが、おふたりにとって、魂を揺さぶるメロディとはどんなものでしょうか?

B:うーん、最近で言うと、キャシー・ラモーンの曲で、すごく心を動かされたメロディがあって……ちょっとクラシックっぽい響きがあるんだよね。“Joy to the World” っていう曲なんだけど、あの有名な “Joy to the World(諸人こぞりて)” とは別の曲で。本当に素晴らしいメロディだと思う。あと、イギリスのバンド、ニルヴァーナの “Aline Cherie” もすごくいいメロディ。自分に強く響くメロディには、どこか共通するものがある気がするんだけど、それが何なのかはうまく言えないんだよね。たいていは、その……

M:そこに「流れ」があるというかね。

B:そう、流れがある。何度でも繰り返し聴きたくなるような感じがあるんだ。

M:多くの場合、ちゃんと最初に戻ってくる感じもあるよね。きれいにまとまるというか。

B:そうだね。ちゃんと方向性があって、どこかへ向かっている感じがする。それに、僕が好きなメロディには、どこかスピリチュアルな質感もあると思う。……どう思う、マイケル? こんな感じかな。

M:うん、特に付け加えることはないかな。

ふたりが音楽を聴いたり、作ったり、演奏をしている中で、もっとも強く魂を揺さぶられる瞬間はどんなときですか?

M:ステージで3声とか4声のハーモニーがぴったりハマったときかな。それが耳にすごく気持ちよく響く瞬間があって。聴いてる側にも同じように伝わってると思うし、自分でも「あ、いますごくうまくいってるな」って手応えがあるんだよね。そういうときは一気にテンションが上がる。普段はすごくローテンションなときと、すごくハイになるときの差が激しいんだけど(笑)、ぼーっとしてちょっと眠いな、みたいな状態でも、そういう瞬間が来ると一気に「!!!」ってなるんだ。

B:みんながすごく集中して、演奏をバッチリとキメられたときが最高だよね。そういう瞬間って、いつも起きるわけじゃないから。

歌詞作りに関しては前作までと比べて何か変化がありましたか?

M:僕は特に変わってないかな。ここ何作かずっとそうだけど、歌詞についてはあまり考えすぎないようにしてるんだよね。ほとんどの場合、言葉を大事にしすぎたり、こねくり回したりすると、逆にうまくいかなくなる。何度も書き直したものって、だいたい良くならないんだよ。だから、思いつきで出てくるものでないとダメなんだ。

B:僕はむしろ逆かな。昔はあまり言葉にこだわらないタイプだったんだけど。マイケルに「それ本当にそのままでいいの?」って言われても、「いや、考えすぎないようにしてるんだ」って答えてたんだ。でも何年か経ってからそのことを思い出して見返してみると、「ああ、これ全然意味通ってないな」って思う(笑)。

M:もし歌いにくかったり、響きがよくなかったり、あとは単純に言葉が多すぎると感じたら、そこは直すけどね。でもそもそも、自分でも意味がよくわからない言葉を入れる、みたいなことはしないけど。

B:ここ数作に関して言えば、以前よりは確実に時間をかけるようになってると思う。ひとつの曲の1ヴァースだけ書いて、うまくいかなければ別の曲に取りかかって、また後で戻る、みたいな感じで。歌詞が完成したと判断するまで、何ヶ月か寝かせることもあるよ。

Shindig! Magazineのインタヴューで、ブライアンは、「“I do think that now is a time of insanity”、“You really have to hold onto your own mind if you don’t wanna lose it.”」と述べていますが、この発言の意図するところを教えてください。

B:まあ、言ってしまえば全部だよね。戦争とかジェノサイドとか、経済的な崩壊の不安とか……誰もが目にしているような、いま世界で起きていることだよ。ただ、それをそのまま嘆いたり、すべてを音楽に持ち込もうとするわけではないんだ。もちろん、そういう現実が曲ににじみ出ることはあるけどね。でも、そういう状況があるからこそ、僕らが比較的明るい曲を演奏するときに、それがより意味のあるものになる気もするんだよね。聴いている人にとって、そういう現実から一時的に逃避できるというか。実際に影響が出ている曲もあって、“Bring You Down” とか “Gather Round” はそうだし、“Look For Your Mind” とか “Your True Enemy” もそうかもしれない。ああいう曲には内面的な葛藤みたいなものがあって、それはどうしても音楽にも反映されてしまうものだと思う。

“Gather Round” や “Bring You Down” といった曲はまさに現代社会への呼びかけにも思えます。いまの時代において、大衆的な社会運動に対してロック・ミュージックが果たせる役割があるとすればどんなものだと思いますか?

B:そこは正直、僕ら自身もまだ少し探っているところなんだ。音楽にできることって、結局のところ、人びとが感じていることを映し出すことくらいなんじゃないかと思ってる。音楽やアートが社会を大きく変える力になるとまでは、あまり期待されていない気もするし。むしろ、日々の生活とか、その中で感じるいろんな苦しさや抑圧みたいなものを乗り越えていくための支えになる、そういう役割のほうが大きいんじゃないかな。

この10年ほどを振り返ると、ロックが若者の音楽だった時代は既に遠く、既に現在のポップ・ミュージックの中心を占めているとはい言い難い、という意見がメディア上やミュージシャンの側からも盛んに言われる期間だったようにも思います。その中で、近年はインディ・ロックの流れが再び盛り上がっているという意見もありますよね。そういうムードの変化のようなものは、おふたりの創作にとって何かの影響を与えたりするものなんでしょうか? あるいは、そうしたことには惑わされず、集中して創作を行うことを第一に考えている?

[マイケルが急に退出]

B:普通に自分たちのやってることに集中してる感じかな。そもそも、自分たちが大きい音楽シーンの一部だって感じたこと、これまであんまりないんだよね。というか、たぶん一度もないかも。ずっとどっちかっていうとアンダーグラウンドなバンドだったし。だから、ロックがいまメインストリームじゃないことも、そんなにネガティヴには思ってない。ロックにはロックの時代があったし、いまラジオであんまり流れてなくても、それはそれでいいよねっていう。むしろ、そういう位置にある音楽をやってるっていうのが、ちょっと特別に感じられる部分もあるし。自分たちがやってるのと同じタイプの音楽をやってる最近のバンドがいるわけでもないし。

青木:マイケルが退出したようなのですが……。

B:あー、たぶんスマホの電池切れたんじゃない? いまつなぎ直してると思う。こういうのインタヴューだと結構あるんだよ。

青木:そうなんですか? 気を悪くして急に抜けたんじゃないといいんですが。

B:いや、それはないと思うよ(笑)。

日本のファンへメッセージをどうぞ。

B:日本で演奏するの、本当に大好きなんだよね。またフジロックに出られるのもすごく楽しみ。最初に出たときが、たしか初めて日本に行ったタイミングだったと思う。だから、また戻れるのはいつもすごく嬉しいよ。たぶんどのバンドもそうだと思うけど、日本で演奏するのって本当に特別なんだよね。すごくいい場所だし。

青木:今日はありがとうございました! ブライアン、時間をいただいてありがとうございます。マイケルにもよろしくお伝えください。数ヶ月後、日本で会えるのを楽しみにしています。

B:伝えておくよ。

Wendell Harrison with the Tribe Jazz Ensemble - ele-king

 これは見すごせないリリースだ。スピリチュアル・ジャズの巨匠であり、デトロイトのレーベル〈Tribe〉の共同創設者たるウェンデル・ハリソンが、故ファラオ・サンダースの楽曲を演奏する──録音は2025年7月。生前は交わることがなかったという両者だけれど、ここへきてハリソンによるトリビュート・ライヴ・アルバムが日の目を見ることになった、と。発売はCDが7月2日、LPが8月19日。“The Creator Has A Master Plan” といったサンダース曲がどのように再解釈され、生まれ変わっているのか、しかとこの耳で受けとめたい。

二大スピリチュアルジャズの巨匠、ファラオ・サンダースとウェンデル・ハリソン(TRIBE)による邂逅!コルトレーンの意志を継ぎ、メインストリームとオルタナティヴを横断し続ける新たなる伝説の序章がここに!

コルトレーンの意志を継ぎ、メインストリームとオルタナティヴを横断しながら、音という物理的な領域を越えて精神に働きかける演奏を最期まで続け、2022年に惜しまれながら亡くなったファラオ・サンダース。そしてデトロイトの地場からブレることなく一貫してブラックネス/スピリチュアルをインディペンデントで発信し続けるトライブの総帥ウェンデル・ハリソン。お互いの存在を意識しつつも生前、決して交わることのなかった2人が奇しくもファラオ・サンダースのトリビュート・ライヴという形で邂逅する!2025年7月、スピリチュアルジャズの大きなテーマである普遍的な愛そして平和という「Love & Peace」のもと、この戦禍の混沌とした世界に今こそ愛があふれ、そして平和の願いを込めてウェンデル率いるTRIBE JAZZ ENSEMBLEにより故ファラオ・サンダースの意志が精神的な癒しと共に永遠に引き継がれるだろう。P-VINEからのリリースとなる本作は、ライヴのオリジナル音源に日本で新たなマスタリングを施したフルボリューム/2枚組LP、ジャケットにTRIBEのオフィシャルロゴをフィーチャーしファラオへ最大級のリスペクトを込めたオマージュとなっている。

【リリース情報】
アーティスト:WENDELL HARRISON WITH THE TRIBE JAZZ ENSEMBLE / ウェンデル・ハリソン・ウィズ・ザ・トライブ・ジャズ・アンサンブル
タイトル:LOVE IS EVERYWHERE~PHAROAH SANDERS TRIBUTE LIVE / ラヴ・イズ・エヴリホエア〜ファラオ・サンダース・トリビュート・ライヴ
フォーマット:CD/LP/DIGITAL
発売日:CD 2026.7.2 / 2枚組LP 2026.8.19
定価:CD ¥2,750(税込)/2枚組LP ¥ 6,930(税込)
品番:CD PCD-25541 / LP PLP-8375/6
レーベル:P-VIINE

【収録予定曲】
・He's The One We All Knew composed
・Pojo
・Love Is Everywhere-composed
・The Sun Song
・The Creator Has A Master Plan
・Thembi
・Softly As The Morning Sunrise
・Song For My Father 他

【TRIBE(トライヴ)】
サックス奏者のウェンデル・ハリソンとトロンボーン奏者のフィル・ラネリンに よって1970年にデトロイトで産声を上げたジャズ・レーベル。1977年に活動を休止するまでに8枚のアルバムと数枚のシングルを発表したのみながら、公民権運動に基づくアフリカ回帰志向を持ったアフロ・アメリカン達による自主独立レーベルとして、レア・グルーヴ・ファンに人気が高い。STRATA EAST、BLACK JAZZと並ぶ3大スピリチュアル・ジャズ・レーベルの一つとしても有名。

*TRIBEリリース一覧
https://anywherestore.p-vine.jp/collections/tribe/rare-groove

Felix Kubin Japan Tour 2026 - ele-king

 フェリックス・クビンがやって来る! クラウトロック的な実験、ノイエ・ドイチェ・ヴェレ的な痛快さ、ポップとアヴァンギャルドを往復する唯一無二のアーティストである。長いこと日本でドイツのアンダーグラウンドな音楽を供給してきているレーベル〈Suezan Studio〉、15周年を記念しての来日公演だ。
 ゲストもすばらしい。東京のゲーテ・インスティトゥート東京にはカフカ鼾、大阪ではなんとZodiakがDJとして出演する。
 詳しくは、https://x.com/suezanstudio

[2026年6月5日(金) 東高円寺U.F.O.CLUB]
https://ufoclub.jp/
Suezan Studioレーベル創立15年祭
OPEN 18:30 / START 19:00
前売り¥4,500-(+1D) / 当日¥5,000-(+1D)
チケット:https://tiget.net/events/480880
LIVE:
・Felix Kubin (from Germany)
・Arturo Lanz (Esplendor Geométrico)
・Francis with Lily
・じゃ子 (opening act)

[2026年6月6日(土) Goethe-Institut Tokyo]
https://www.goethe.de/ins/jp/ja/index.html?wt_sc=japan
★この日のみFelix Kubinの演奏内容が異なります!!★
OPEN 18:00 / START19:00
前売:¥5,000 / 当日:¥5,500
チケット:https://tiget.net/events/480880
LIVE:
・Felix Kubin
・カフカ鼾(ジム・オルーク、石橋英子、山本達久)

[2026年6月7日(日) environment 0g(大阪)]
https://nuthings.wordpress.com/
フェリックス・クービンが初の大阪公演!
OPEN 18:00 / START 19:00
・ADV 4,000 (+D) / DOOR 4,500 (+D)
チケットご予約:environment0g@gmail.com
LIVE:
・Felix Kubin
・Juri Suzue
・Zodiak (DJ)

主催:TAP Co.Ltd.、小柳商店/Suezan Studio
協力:I AM ELECTRO 
協賛:Goethe-Institut Tokyo
#felixkubin #felix_kubin

オールド・オーク - ele-king

人間の顔を撮り続けた映画作家、ケン・ローチ

木津毅

 遺作だけが持つ重みを観る者に手渡す、ケン・ローチによる最終作である。音楽作品ではデイヴィッド・ボウイの『★』やレナード・コーエンの『You Want It Darker』が思い浮かぶが、人生を表現に捧げてきた人間が最後に何を残すのか、意識的に向き合った覚悟がここには感じられるのだ。いや、映画監督が引退を撤回することはよくあるし、ローチもまた、『わたしは、ダニエル・ブレイク』(2016)と『家族を想うとき』(2019)という晩年期の傑作を引退宣言を覆して発表している。だから、現在89歳のローチが今後も新作を制作する可能性はゼロではないのだが……僕は、この『オールド・オーク』を遺作として去ることを決めたのだと思う。長く彼の作品を観てきた人間ほど、その心構えを見出せる作品ではないだろうか。

 本作は、『わたしは、ダニエル・ブレイク』と『家族を想うとき』に続く〈イギリス北東部三部作〉の三作目に位置づけられ、前述の通りローチ本人によってキャリアを通した最終作になると宣言されたものだ。今回の舞台は明確に示されていないが、イングランド北東部のダラムからそう遠くない寂れた元炭鉱町という設定になっている。ときは2016年、イギリスのEU離脱を巡る投票がおこなわれた年。くたびれたパブ〈オールド・オーク〉の主人であるTJ・バランタイン(デイヴ・ターナー)と、町にやって来たシリア難民のひとりであるヤラ(エブラ・マリ)が思いがけず育む友情が中心に描かれるが、地域コミュニティを巡る物語でもある。移民や難民の排斥の風潮が強くなる小さな町を背景にしながらも、市井の人びとによる互助の可能性を掲げるのだ。
 前二作、とくに『家族を想うとき』があまりにハードな現実認識を伴った作品だったからこそ、ローチがここに来て友情と連帯をまっすぐに讃える映画を作りあげたことに不意を突かれ、そして強く胸を打たれる。どれほど社会が荒廃しても庶民は助け合うことができるし、それによって生きる力を得るのだという主張がここには存在するからだ。いや、潮流が変わり続ける映画界の片隅で、ずっとそんなことを言い続けてきたひとこそがローチでもある。地域の飢えた子どもたちとシリア難民の両方を助けるために〈オールド・オーク〉で始まるのは昔ながらの草の根の社会活動である炊き出しであり、そこでスローガンとなる「When you eat togethe, you stick together(ともに食べて連帯を)」はサッチャー政権時代の炭鉱ストライキの際に唱えられた言葉だ。古くからの左派の精神が継承されるさまが本作では見つめられる。演出は相変わらず飾り気がないが、淀みのないストーリーテリングやシンプルであるがゆえにダイナミズムが生まれるアクションは職人芸の域だ。

 ケン・ローチは庶民の顔を撮ってきた映画作家であると僕は考えている。主人公や登場人物の多くは社会福祉からこぼれ落ちるなどして苦境に直面しているが、そんな日常にあっても彼らはふと生き生きとした表情を見せる。ローチのリアリズムは悲惨さにではなく、市井の者たちの生きた顔にこそ宿っているのだ。それはたとえば、初期の代表作『ケス』(1969)で無表情な少年が友情を育む鷹について語り出す瞬間、とたんに輝くような面持ちを見せるシーンを撮ってきたときから何ひとつ変わっていない。
 貧困地域の困窮とそれゆえに生まれる対立を見据える『オールド・オーク』でもまた、たくさんのいい顔が映されている。TJやヤラはもちろん、炊き出しに協力する人びとのひとりひとりの佇まいがとても良くて、スキンヘッドで両腕にタトゥーを入れたおっちゃんなんかを見ていると「どこからこんないい味わいのひとを見つけてきたんだ」と微笑んでしまう。だがそれも、市民の社会運動に関わってきたケン・ローチや脚本のポール・ラヴァティのこれまで積みあげてきたことの成果だろう。たとえば町で社会活動に取り組む女性ローラを演じるクレア・ロッジャーソンは慈善団体の事務局員だそうだが、そんな風に映画制作自体が草の根の活動になっていることに感服せずにはいられない。そして父から受け継いだカメラを手に地域の人びとの豊かな顔を撮影するヤラは、ローチ自身のあり方が投影された人物だ。

 そういう意味ではケン・ローチらしく頑固なイギリスの左派が誇りを持って古きよき価値観を現代に受け渡す作品と言えるのだが、一方で自分は現代的な要素も感じた。TJは武骨な風貌をしているがじつのところ繊細な人物で、長らく孤独感を抱えてきたことが次第に明らかにされていく。古ぼけたパブをどうにか経営できているのは昔からの常連が通ってくれているからだが、TJは彼らが店でこぼす外国人へのヘイトに同調することはできず、かといってそれに反論することもできず、ひと知れず孤立している。近年、社会問題として取り沙汰される中高年男性の孤独の問題が入っているのだ。映画の前半、TJが頑なに開こうとしないパブの奥の部屋は、彼が閉ざした心の象徴だ。
 だから、その部屋が何のために開かれるのかが本作の核心だ。TJはシリア難民が経験してきた苦難を聴くことで少しずつ他者に対して開放的になり、自身が抱えている苦しみをヤラに吐露することになる。そうしてふたりの友情は、それぞれの人生の傷や痛みを分かち合うことが基盤となっていく。それは感情表現を不得意とする男性による自己開示に他ならず、本作ではたんなる自己救済ではなく、彼がコミュニティや社会に再び帰っていく過程として捉えられている。『家族を想うとき』では中年男性が社会から滑落していくさまを容赦なく描いていたのに対し、本作では孤独だったTJがコミュニティの一員である自身を再発見していく姿が映される。幼馴染で排外的な言説に同調し始めていたチャーリー(トレヴァー・フォックス)にTJが立ち向かうのは対決ではなく、彼なりの友人としての思いやりだろう。そこでは、さりげなく男性同士のケアのあり方も模索されているとも取れる。
 だから『オールド・オーク』はケン・ローチが変わらず現代社会のあり方を見つめ直す力強い映画であると同時に、人びとが(かつての友人同士でさえも)バラバラになってしまった時代において人間性のありかを辛抱強く探る映画でもある。僕は観ている間、ローチに「きみはどんな風に生きたいのか」と問われているような気持ちにならずにはいられなかった。生活が苦しいのは、自分も周りも変わらない。もちろん政治の無策に対する怒りもあるが、そのなかでパブ(公共のスペース)を愚痴をこぼしてくだを巻くだけの場所にするのか、それとも同じように困っている他者に対して開かれた場所にするかは結局のところ、ひとりひとりの決断と行動に委ねられているのだから。

 公開が始まった2日目の映画館は満員だった。よっぽど流行りの映画でもなければ最近はそんなこともめったにないが、僕にとってある種のコミューナルな体験となった。昨年の参院選の辺りから言いようのない疎外感を抱えていたのだが、その日はまったく異なる感慨を得ることができた……この物語に心を動かされるのは、自分だけではないのだと。
 ラヴァティは——長年、ローチのそばでともに映画を作り続けてきた脚本家は——本作の制作にあたって「希望」について考えていたと記述している。だがそれはけっして絵空事ではなく、人びとの苦境を見つめながら、その尊厳にまつわる物語をずっと紡いできた実感でもあるだろう。諦めることはない。そしてケン・ローチはヤラの声を借りて言う。希望はきみを苦しめもするが、それでも希望がないとひとは生きていけないのだ、と。


5キロ泳ぐにはまだ早い

野田努

 ケン・ローチの映画が、かくも人の心を打つのは何故だろう。英国社会における下層のリアリズムを英国流に表現しているだけのこの映画に、日本人である自分が落涙してしまうとはいかなることか。答えはこうだろう。彼の冷徹なリアリズム作品を観ていると、自分たちの不安、自分たちの恐れ、自分たちの苦しみ、そして自分たちの望むものが間違ってはいないと思えるからだ。同じことを同じように感じている人が英国にいる、そう思えるだけでも救いがあるのだろう。実際、そのように思わせるだけのリアリティがローチの映画にはあり、新作にそれ以上のものが込められているのは、これが最後の作品になることを意識しながら彼自身が作ったからに違いない。

 『オールド・オーク』において、ひとつ知っておくべきことは、1984年から1985年まで続いた炭鉱ストライキに関する話である。ビリー・ブラッグ、スタイル・カウンシル、ニュー・オーダー、EBTG、アズティック・カメラなど……多くのポスト・パンク系バンドたち、ブロンスキー・ビートやジョージ・マイケルほかLGBT団体、そしてアメリカ人であるブルース・スプリングスティーンまでもが支援した労働者たちの闘争、それが敗北に終わったことの意味は、産業革命以来の英国のいちだい国営産業の終焉と炭鉱閉鎖による労働者たちの失職や共同体の解体のみに収束されない。ピーク時では約3000の炭鉱が存在し、100万人以上の労働者(代々が炭坑夫であった人たち)が従事したその産業には、既述のように歴史があり、ゆえに政権を倒すほどの力を持った全国炭鉱労働組合の存在があった。資本の利益よりも労働者の生活を優先するその理念は、利益優先の新自由主義経済政策を推し進める上で真っ向から対立する代物だった。炭鉱ストライキを題材にした映画で『パレードへようこそ』がある。この傑作は、労働者たちの闘争にクイアたちも共闘したという実話をもとにしているわけだが、言い換えれば、これは労働者階級だけの問題ではなかったということなのだ。
 歴史のひとつの分水嶺とも言えよう。だから、「より安く、より自由に」儲かろうとするサッチャリズムが勝ったということは、労働者たちが連帯して抵抗する力を削ぎ、個人がバラバラの消費者や労働力へと還元されたということを意味した(またサッチャーは、強いイギリスを実現するため兵器産業と武器輸出に注力し、中東やアジアの首脳たちと取引した。そのなかのひとりにフセインもいる)。スプリングスティーンがいたたまれなかったのも、それは自国でレーガンがやっていることでもあったし、英国産業史の一コマに過ぎないのではなく、苦々しくこの言葉を使えば——世界史レベルの事件であるかもしれないことを薄々わかっていたのかもしれない。結局のところサッチャーは、モノの価値観、思考や行動さえも変えてしまった。勝ち負けの文化、モノを買うことで満足する生活へと。

 ローチの映画は昔から、あの素晴らしい『リフ・ラフ』にせよ『マイ・ネーム・イズ・ジョー』にせよ、サッチャリズムと新自由主義に変えられてしまった社会構造における底辺生活者たちの物語だ。炭鉱ストライキのドキュメンタリー映画まで作っているのだから、ローチにとってこの問題は生涯をかけて取り組むべきテーマなのだろう。彼の映画の裏側にある怒りの根源もおそらくはそこで、彼の遺作になると言われている『オールド・オーク』の舞台が、かつて炭坑産業で賑わった村になった理由もそこにあるのだと思う。
 舞台の中心は、壊れた看板も修理する資金さえない、みすぼらしいパブ〈オールド・オーク〉。店の奥にはトビラが閉ざされたもうひとつの部屋がある。長いこと使われていないその部屋の壁には、1980年代の炭鉱ストライキ時の労働者たちの写真がいくつも飾られている。敗北はしたが、団結し、闘ったことは彼らの父親の代の誇りだった。しかし、いにしえの栄光もいまや惨めなもので、パブ〈オールド・オーク〉では、昼間から常連客が1パイントのビールを片手に現状への不平不満をぶちまけている。まあ、ぶちまけているだけまだマシかもしれないが。
 ローチがたんなる老いぼれ左派ではなく、いまだ鋭い洞察力を持っていることは、こうした物語の舞台設定からもうかがえる。ときはブレグジットがおきた2016年。かつて炭鉱産業で賑わい、過疎化した小さな村の不動産は、海外投資家たちによって安く買いたたかれている。地元住民が所有する家の資産価値は暴落する一方だ。その生活も、子供に自転車を買ってあげられなかったり、子供がまともに食事もできなかったりするほど困窮している。そんなところに、シリアの戦火(アサド政権)を逃れた難民たちがやって来て、村で暮らすことになる。これが物語のはじまりだ。
 お馴染みの負の連鎖は、仕組まれているかのように進展する——自分たちの不遇さを自分たちより立場の弱い者たちへの虐待で穴埋めしようとする、我が国でもお馴染みの光景が顕現するわけだ。パブの店主(主人公)はシリアからの家族たちを支援しているひとりだが、常連客たちはそれが気にくわない。「俺たちはレイシストじゃない」と主張しているが、難民への暴言は止まらない。インターネットのSNSを覗けば、「国民ファースト」のスローガンとともにネトウヨたちがより下劣な罵詈雑言を繰り返す。これもまた我々がよく知る風景である。

 『オールド・オーク』をより多くの人に観て欲しいと願っているので、物語のこの先については書かない。ローチのすべての映画のように、ここには、容赦ない現実があり、同時に抑圧されている人たちへの深い慈しみが貫かれている。彼はいつものように怒っている。怒りは、最終的に、シリア難民を侮蔑する労働者階級の人たちに向かっていない。稀代のヒューマニストは、そういう人たちを生んでいるこの社会の残酷なあり方に怒っている。
 ローチは自分の思いを、登場人物たちの台詞のなかに込めてしまっている。シリア難民を扱った映画なら、ほかにはアキ・カウリスマキ(彼もまた稀代のヒューマニストである)の『希望のかなた』という、これまた素晴らしい作品がある。カウリスマキの抑制された演出と比較すると、ローチはある瞬間、あきらかに感情をたかぶらせている。そうすることで芸術性が削がれ、批評家たちから何かあげつらわれてもかまわん、ローチはそんな気持ちだったのではないかとついつい空想したくなるような、あけすけな物言いだ。しかもいくつかのその言葉には迫力がある。
 『オールド・オーク』はローチのほとんどの映画と違って、ユートピア的ヴィジョンが夢想される。物価も保険料も上昇し、見通しも暗く、信じがたい法案は強行採決されている。平和主義は形骸化し、言論統制さえも懸念されるなか、不安を感じない夜などない。5キロも泳いだら楽になれるかもしれないと思った主人公の気持ちだって理解できる(そして誰にも子犬がやって来たらいいのだが)。しかしやり方はあるのだ。まだ残されている。そのひとつがここに語られていると思ってくれていい。この老いぼれが言うには、それはインターネットではなく現実の小さな場所からはじまる。場所と、そして優しさ、助け合い。仲間とか身内ではない、越境的な利他主義。それは、マーティン・ルーサー・キング流に言うなら価値観の革命だ。寓話的でもある『オールド・オーク』は難破船にとっての灯台で、真っ暗な時代における灯火である。最後まで信念を曲げなかった巨匠からのメッセージが描かれているなどと軽口は叩きたくない。

 激震走るとはこのことだろうか。音楽界、とりわけインディ・シーンにとってショッキングな事態が報じられている。
 きっかけは音楽メディア、『New Environments』に4月17日に掲載されたエッセイ「誰も音楽なんて好きじゃないのか?」。そこではブルックリンのインディ・ロック・バンド、ギースをPRすべく、マーケティング会社があの手この手でバンドのことを「好きにさせる」よう仕組んでいたことが触れられていた。

 その後、英『ガーディアン』紙が4月29日に記事「インディ・ミュージックは偽のファンや不誠実なヴァイラル・キャンペーンに侵略されている」を掲載。オーヴァーモノやファットボーイ・スリム、チャーリー・XCX、ドーチーなどがそうしたデジタル・マーケティングを活用していたことが明かされた。
 マーケティング会社が用いる手法は、インフルエンサーなどに報酬を支払い投稿させたり、偽のファンのアカウントを作成したりすることによって、そのアーティストについての肯定的な感情を引き起こさせるというもので、顧客リストには近年ブレイクを果たしたMk.geeやオーケールーのみならず、デペッシュ・モードのようなヴェテランも含まれているという。

 『ガーディアン』いわく、「政党やAリストの俳優がSNSを利用して偽の世論を作り出すことは、以前から知られていた。音楽ファンも、メインストリームのポップ・スターならそうしたことをやっているだろうと予想しているかもしれない。しかし、オンラインでの言説は本物のファンによるものだという期待が依然として残るインディ・ミュージックにおいては、話が別だ」
 今後はこれまで以上に、SNSでの評判を気にせず、信頼できるメディアやライターを探すことが重要になってくるのかもしれない。

Xylitol - ele-king

 クラウトロックが好きであればハンス=ヨアヒム・ローデリウスの名は存じていることだろう。ご存じではなくても、キャリーケースを引きずりながら南の島に行ったりはせず、何気ない日常や近所の公園の移ろいに美を見出すような方であれば、この人の音楽を覚えておいても損はない。第二次大戦を経験している長老で、元Clusterの片割れ、ビーダーマイヤー的ロマン主義者、素朴さのエレクトロニカの始祖。ブライアン・イーノのアンビエントに影響を与えたハルモニアのメンバーという紹介もいいかもしれない。彼の、飾らないエレクトロニカが大好きで、ずいぶんとレコードを集めたものだった。
 かれこれ30年も昔の話になるが、ぼくがローデリウスにこだわった理由のひとつは、彼のソロ作品にはいわゆるサイケデリックな感性がほとんど無なところにある。ぶっ飛ばないのである。もっともその傾倒は、ぶっ飛んだ音楽ばかりを聴き過ぎた自分自身への反動的な要素が大で、ローデリウス当人がそれをいかに意識していたのかどうかはわからない。が、いずれにしてもキシリトールのこのアルバムを聴かなければならなかった最初の理由は、本作『Blumenfantasie』において、彼女はローデリウスをドラムンベースに変換しているからである。それも、彼の長年のキャリアにおいてもっともビーダーマイヤー的な初期作品『Selbstportrait(セルフポートレイト)』シリーズからの影響を。言うまでもなくドラムンベース(ジャングル)とは、ハードコアと呼ばれたくらいで、ぶっ飛ぶためのダンス・ミュージックの最強のスタイルのひとつである。

 アートワークもまたドラムンベース(ジャングル)らしからぬ意匠で、題名も「花のファンタジー(ブルーメンファンタジー)」。間違いなく、メタルヘッズやアートコア、ないしは90年代末のIDMの巨匠たちによるドリルンベースの影響下にありながら、しかし彼女はそれらと違った洗練をここで成し遂げている。
 キシリトールことキャサリン・バックハウスは新人ではない。彼女の探求の原点は、90年代にロンドン郊外で受信した海賊放送にある。そこで耳にしたアシッド・ハウス、デトロイト・テクノ、ディープ・ハウス、ジャングル、クラウトロックに圧倒された彼女は、まずはそれらのルーツを解き明かすことに情熱を注いだ。そのプロセスでピエール・アンリを知り、すなわちサウンドコラージュの原点を学んだ。
 キャサリンの作品を特徴付けているひとつの要素は中欧(旧ユーゴスラビア)のアンダーグラウンド・シーンからの影響だが、それはかつてのパートナーを通じてたどり着いた世界だった。さらにまた彼女の音楽に決定的な風合いを与えているのはドイツの実験的なロック・サウンド、すなわちクラウトロックである。

 自作の発表自体は2010年代からはじまっている。ただ、初期の活動はカセットやCDR、デジタル配信による少部数リリースが中心で、その音楽性もチップチューンやシンセウェイヴに近いものだった。その後、2024年に〈Planet Mu〉からリリースされた初作『Anemones(イソギンチャク)』によって、彼女が提示する繊細なジャングル・サウンドは一躍脚光を浴びることになった。よって同レーベルからの2枚目である本作は、リリース前からファンやメディアのなかでの期待値が高まっていたのである。

 キシリトールはその期待に応えている。ジャングルをアンビエント化していると言ってみたくなるほど、リズムの機能性よりも美学が優先されているが、彼女のスクウォッティング時代のレイヴ通いの記憶がこのビートには込められているのだから、地に足がついたグルーヴがある。クラウトロックからの影響と言っても、それはクラフトワークよりもベルリン系コスミッシェ・ムジークで、カンで言えば『タゴマゴ』のC面だ。シンセウェイヴの優美な響き、アモン・デュールIIのドラムブレイク、中欧メランコリア──表題曲や“Melancholia”という絶品は、クラウトロックをジャングル化するとはこういうことかと唸らせる。
 全篇がジャングルなわけでもない。ダウンテンポの“Mirjana”、ビートレスの“Tilted Arc”もある……が、しかし余韻として残るのはジャングルのリズムだ。アカペラのサンプリング&高速ルーピングという初期レイヴ系ジャングルのお約束ごとを甦らせる“Falling”が最後の曲だが、しかし総じてざっくりと言えば、すべてがチルアウトめいて聴こえる。
 ネット音楽がネット上でスクロールされネット上で騒がれている今日において、90年代的なアプローチの現代版と言える本作は、じっくり聴かれることを望んでいる。アルバムには、サラエボ生まれのシンセ奏者Miaux(ミャウ)、オーディオ・ヴィジュアル・ユニットのスカルプチャー、インディ・ロック・バンドのザ・リーフ・ライブラリー(ジョン・マッケンタイアがプロデュースした彼らの新作も素晴らしい)が客演。
 それで、冒頭に書いたハンス=ヨアヒム・ローデリウスのジャングル化だが、それは“Sudwestwind”なる曲で、なるほどね、たしかにそうだと納得した。ちょっと笑ってしまったけれど、この素朴なロマン主義は、日常生活と地続きかもしれない。だが、次の曲“Lights”は他の曲と同様にドリーミーで、本作の魅力が集約されている。というのも、ぼくが本アルバムにタグを付けるとしたら、エーテル(エセリアル)系とするだろうから。

Vol.6:⁺˚⋆。°卯月⁺˚⋆。° No!! WAR - ele-king

 みなさまhello! hello! hey!hey!
 heykazmaでございますっっ☆°.+

 みんないかがお過ごしでしょうかっ?
 heyは相変わらず職業””””””生きています””””って感じで日々生活している感じ♪

 先月の連載を更新してからは、PROTEST RAVE·クソデカフラッグ部·路哲が共同で開催していた “DROP BASS NOT BOMBS” に行ってきました。ワタクシheykazmaも、ele-kingでもお馴染み、みんな大好きMars89大教授とb2bで出演予定だったんですけど、運営の皆さんと何度も話し合った結果、今回は出演キャンセルという形になってしまいました。

 理由としては、思った以上にイベント情報が拡散されたこと、そして未成年である私自身の安全面の確保が難しいと判断されたためです。かなり現実的な判断だったとは思いつつも、やっぱりheyにとっては簡単には受け止めきれない出来事でした。
 もちろん私は「絶対に出てやる!!!!」という気持ちしかなかったので、今回このようなことになってしまって本当に残念だったし、悔しかったです。現地で、運営メンバーのみんなの前で出られなかった思い、自分の中で積み上がっていた感情、こんな世の中に対する思い、いま起こってる戦争止めたい、差別をやめろ……いろんな思いがごちゃごちゃのごちゃまぜぃになってしまって、ここ数年でいちばん号泣かましてしまいました(((((いま思うとまじで恥ずかしい✌️)))))。でもそれくらい本気だったし、それくらい大事な気持ちだったんだといま思い返せば思う。もちろんheyの安全を考えてくださったみなさんには感謝しかないですが。わたしは、大好きな音楽で連帯をしたいなと思っていただけなのにさ!

 実際、「当日応援しにいくからね!」「行けないけど応援している!」など、直接会ったときやDMでたくさんのお声をいただきました。この連載の担当をしてくださっている、我らが小林ティーチャーもb2bでの出演を楽しみにしてくださっていたみたいです。そういう声をもらっていたからこそ、その期待や思いに応えられなかったことも、なおさら悲しくてたまりませんでした。応援してくれる人がいるってすごくありがたいことだし、その分だけ悔しさも大きかったです。
 励ましの声も本当にたくさん届いて、みんなに囲まれてるんだな、わたしはひとりじゃないんだなと実感したよ……。あらためて、感謝でございます◎⋅.˳˳.❤.⋅ॱ˙⋅ こういうときに支えてくれる人たちの存在って、何より心強いし、大切にしなきゃいけないなと思いました。

 ていうか最近、偶然みなさま超respectしかない人物兼ele-king編集長・野田努さまが以前出版に携わっている『NO!!WAR』という本を見つけたんですね。こちらの本は河出書房新社から2003年に出版された本で、「戦争が終わっても路上に出た勢いは止められない。サブカルチャーから反戦の声を集め、なぜ反戦か、なぜストリートかを発信する緊急の1冊」と紹介されていました。

 即買いからの、1ページ目からびっくり。
 これいつの話? 2003年出版? え? 2026年イマの話じゃなくて?

 この本を読み進めて行くと、23年前もいまと同じようにNo!!WARの声をあげていた方々がたくさんいて、サウンドデモであったりクラブ・ミュージック、ロック、パンク、レゲエ、レイヴ、デザイン、文学……いろんな視点からのごちゃまぜバレアリック反戦投稿が載っていました。TikTokやYouTubeでわかった気になるより、当時の日本や世界のNo!!WARの空気感をこの一冊でより身近に知ることができた。23年前に限らず、No!!WARはずーっと前から続いてきた声なんだってさ。

 あらためてheyは思ったんよ、政権の暴走。いつだって人として当たり前に持つ権利が脅かされてしまう危機。戦争。それらはいつだって、リーダーの一言で起こりうる。そして「自分たちのリーダーが人権を侵すために法をごり押しすることをゆるしている社会」と本の中でもJeff Mills先生がおっしゃるように、いつの時代も残念ながら人間は選択を間違い危機にさらされている。

 heyは戦争を止めたいし、反対だし、やりたくない、加担したくない、行きたくない。
 二度と間違いを犯さないために大切に守られてきた憲法なのに、その憲法が改正されようとしているいま、heyとおなじ世代の人もこの問題を真剣に考える必要がある。光る板(という名のスマホ)からはなれて、街に出よう!

 さあさあ、贅沢にele-kingというメディアで独り言を書きまくっているわたしでございますが、最後に最近聴いている音楽たちを紹介します‧₊˚#☆

emamouse - nightawapoolmoumix
 昨年開催された野外RAVE”night pool”のLive Mix、いつ聴いてもエナジーすぎてやばい。
 emamouseさんは確かシシヤマザキちゃんと一緒に共演していたのをみてから知って、それ以降よくDJで曲をプレイしてたりしてたんだけど、DJもやばすぎるのでみなさまにシェア。会話しててバイブスも最高すぎるし、まじlove!

GEZAN - i ai – COMPUMA Remix
 18:18にも及ぶ超大作Remix、マジで最高! 仙台で仲良しのDJ・irllinaiが『i ai』の原曲をプレイしててそれから知ったこの曲。vinylにしか収録されていない本Remixですが、マジ全人類一家に一枚マストだと思うんですよ。『i ai』の映画本編はまだ見れてないのですが、サントラがとても素晴らしかったのでちゃんとみなければ。

Simoda Kaito - POPS(feat.Kuroyagi & Karavi Roushi)
 地元が同じ東北の下田、初のソロ楽曲リリースおめでとう!
 彼は山形出身で、RAF-RECというレコ屋で出会ったんですけど、それから一緒に遊ぶ仲になって。下田にしかないグルーヴっていうかバイブスがなんかあるんですよ。prodされてるaquadubさんも岩手在住のバイブス最高トラックメイカー!
https://soundcloud.com/user-276994523/simoda-kaito-pops-feat

 ということでおすすめ楽曲紹介でした。
 みんなもっと音楽と出会うためにクラブやレコ屋に行ったりしよ!

 そんなわけで、いきなり宣伝〜!
 heykazmaは5/3(日)に青山にあるライブハウス”月見ル君想フ”とのコラボ企画「もぎゅるんぱ!」開催します。(なんかいつも自主企画の宣伝してるよね、私www)
 かなりおもろいメンツ揃ってます。ここでしか共演しないであろうヤバメンツ!
 絶対に来るべきだょ! まってまーす!


https://www.ele-king.net/news/012187/

 ちゅーことで、今年度もスタートしましたね。
 新しいこといっぱいはじまるといいな! 今年もハッピーなこといっぱいしたい!
 みなさんあったらぜひ乾杯しましょーね! じゃ、またどっかで〜〜

Whitney Johnson, Lia Kohl & Macie Stewart - ele-king

 本作『Body Sound』は、ヴィオラのホイットニー・ジョンソン(Whitney Johnson)、チェロのリア・コール(Lia Kohl)、ヴァイオリンのメイシー・スチュワート(Macie Stewart)らによるアルバムである。彼女たちの弦楽器に加え、声やアナログ・テープのマニュペレートを組み合わせ、即興演奏を起点に静謐さと不穏さが交錯する繊細な音響空間を構築している。三者はそれぞれ、実験音楽、エレクトロニカ、インディ・ロックといった異なる領域で活動してきたアーティストだ。その背景の違いが、本作の複雑でありながら豊穣なサウンドを支えているといってもいいだろう。
 加えてシカゴのレーベル〈International Anthem〉からリリースされたことも見逃せない。同レーベルは、ジャズや即興音楽を基盤としつつ、プロセスやコミュニティのダイナミズムを重視する姿勢で知られている。ジェフ・パーカーやロブ・マズレク、トータスといったシカゴ音響派のベテランに加え、新鋭SMLなど、多様なアーティストの作品を発表してきた。その軌跡は、90年代以降のシカゴ音響派の文脈を現代的に再編成する試みと捉えられる。

 本作においても、演奏・録音・編集が分離されず、いわば連続的なプロセスとして生成・構成されているのだ。三者の声と弦楽器による即興演奏を基盤としながら、「聴き/応答する」という「関係性」そのものが音楽の中心に据えられているのである。空間の響きや残響、演奏が置かれる環境そのものも音響素材として取り込まれ、音を配置するのではなく「状況」を構成することで音楽が立ち上がっているわけである。
 本作の音は、完成された構造へと収束することない。つねに生成の途上にとどまり続ける。これが重要だ。アルバム全体には深い余韻と静かな高揚が同時に存在し、まるでモートン・フェルドマンの現代音楽と、ヨーロッパの古楽と、どこか失われたフォーク音楽の断片のような感触も漂っている(トラックタイトルにはオノ・ヨーコ『Grapefruit』からの着想も見られる)。
 弦の生々しい揺れと透明な響きは古楽的な感覚すら喚起し、その時間感覚は過去と現在を曖昧に接続する。個人的には、坂本龍一『out of noise』における弦と音響の関係性を想起させる瞬間もあった。とりわけ、フレットワークが演奏した坂本龍一 “hwit” と本作の “stone | piece” を続けて聴くことで、聴覚が開かれていくような感覚を得た。

 録音は、シカゴにあるインターナショナル・アンセム・スタジオやシルク・スタジオ(Shirk Studios)、さらにビッグ・イヤーズ・フェスティヴァル(Big Ears Festival)の会場など、複数の場所でおこなわれた。エンジニア/共同プロデューサーのデイヴ・ヴェトレイノ(Dave Vettraino)とともに、アナログ・テープを駆使したポストプロダクションも施されている。複数のテープマシンを用い、即興演奏の断片をループや編集によって再構築するこの手法は、録音そのものを作曲行為へと転化するものだ。
 その結果、音楽は単一の時間軸に従属せず、折り重なる複数の時間層として知覚される。ここでは「原初の演奏」と「後から付加された音」の区別は解体され、すべての音が同一平面上で関係し合うことにある。

 本作の構造の中核を担うのがリア・コールである。彼女はこれまで、フィールド・レコーディングやテープ操作を横断しながら、録音メディアそのものを作曲の領域へと引き込んできた才人だ。
 その実践は『Too Small to Be a Plain』(〈Shinkoyo〉/2022)における断片的な音響のコンポジション、『The Ceiling Reposes』(〈American Dreams Records〉/2023)におけるサウンドのミニマル化、『Normal Sounds』(2024)における日常音と楽音の境界の解体へと連なり、さらにメイシー・スチュワートとの共作『For Translucence』(〈Moon Glyph〉/2025)において、弦と声のレイヤー構造として結実していった。『Body Sound』は、これらの試みをさらに推し進めた作品とまずは言えるだろう(メイシー・スチュワートとは『Live at Epiphany』を2024年に〈Stena Tapes〉からリリースしている)。
 加えて〈Drag City〉から、アンビエント・ソロ・アルバム『Hav』やサッドコアのバンドであるキャンサー・ハウス(Cancer House)にも参加するホイットニー・ジョンソンは、そのヴィオラによって、多層的時間のなかで「持続する音響」を鳴らす。旋律や明確な展開を志向せず、ドローンとして空間全体を規定するその音は、微細なピッチの揺らぎや倍音の干渉によって内部に緊張を孕み、聴取者の身体に直接作用する。音はここで「対象」ではなく、「環境」として経験されることになる。
 一方、2025年に〈International Anthem〉からソロ『When The Distance Is Blue』(リア・コールも参加している)をリリースしたメイシー・スチュワートのヴァイオリンや声も重要な要素だ。彼女の音は明確な旋律を形成することなく、断片的なフレーズや呼吸のニュアンスによって知覚の焦点を揺らし続ける。その結果、完全な無方向性へと拡散することなく、かすかな輪郭が維持されることにある。それぞれ3人とも「声」を担当している点がポイントだ。このアルバムの音は楽器の音と声の音のレイヤーが重要な要素となっている。

 アルバムには全11曲が収録されている。冒頭の “dawn | pulse” では、持続音やループ、断片的な音が干渉し合いながら、時間が幾層にも折り重なるように進行する。続く “laundry | blood” では、粒子的な音が空間に点在し、拡散していくサウンドスケープが立ち上がる。アルバム・リリース以前にカセットとしても発表されていた “stone | piece” では、弦の美しい旋律とアンサンブルの上に声が波のように重ねられ、感情的なニュアンスを帯びた象徴的な楽曲となっている。
 “burning | counting (sleeping)” では、不安定な倍音が持続的な緊張を生み出し、いわゆる現代音楽的な性格が顕在化する一方で、音のアンビエンスには2026年的な響きも感じられる。さらに “Shadow | Mess” から最終曲 “Fog | Mirror” に至る後半では、基本構造を保ちながら音響のトーンが緩やかに変化し、全体として光と影が移ろうような音響空間が展開される(その意味でアルバム後半は “stone | piece” の変奏とも捉えられるのではないか)。

 『Body Sound』は、音楽を理解や解釈の対象としてではなく、知覚の条件そのものを変容させる作品である。音は意味を帯びる以前に「震え」として身体に浸透し、リスナーは音楽を「聴く」のではなく「そのなかに存在する」状態へと導かれる。本作は、音楽を固定されたオブジェクトではなく、関係とプロセスの連続体として再定義する試みである。
 ホイットニー・ジョンソンの持続、リア・コールの時間操作、メイシー・スチュワートの越境的感性。それらが交錯することで、本作は音楽と音響、作曲と即興といった従来の境界を静かに揺るがしていく。本作は「音はいかにして〈関係〉として立ち現れるのか」という問いを掘り下げているのだ。
 その変化は劇的ではないが、確実に聴取のあり方を変える力を持つ。重要なのは、本作が実験のための実験にとどまらず、音楽としての「美しさ」を確かに備えている点である。実験性と純粋な美しさが無理なく共存している点において、『Body Sound』は現代の音響表現が到達しうるひとつの理想を示したといえよう。

interview with Dolphin Hyperspace - ele-king

 ドルフィン・ハイパースペースはL.A.を拠点とするエレクトロ・ジャズ・デュオ。
サックス奏者のニコール・マッケイブとベーシスト/プロデューサーのローガン・ケインによるこのユニットは、2020年の1st EP、2021年作『Mini Giraffe』で頭角を現し、2024年の『What is my Porpoise?』ではルイス・コールやジャスティン・ブラウンを迎えて注目を集めた。
 新作『ECHOLOCATION』にはジェラルド・クレイトンも参加。モダン・ジャズの素養に裏打ちされた確かな演奏力をベースに、L.A.ビート・シーンのエレクトロニックな感触と、イルカのキャラクターをモチーフにした遊び心がカラフルに交差する。

 かつてテクノやドラム&ベースが「フューチャー」を標榜し、また「フューチャー・ジャズ」に 音楽の未来をかいま見た時代があった。
 それから20年以上。当時思い描いていた「未来」は、いまやすっかり日常のなかに沈み込んでいる。テクノロジーは「夢」から「インフラ」へと姿を変え、音楽の進化もアルゴリズムによる最適化になかば飲み込まれてしまっている。
「未来」は憧れではなく、ディストピアと戦争への恐怖や不安を思わせるものになってしまった。

 そんなことを考えながらこのアルバムを聴いていたら、思わずニヤリとしてしまった。このデュオの音楽には、もう信じられなくなりつつある、でも諦めきれない未来への期待感と、いたずらっ子のようなユーモアが同居している。
 「ガジェット・ジャズ」と呼びたくなるような、夢とガラクタが詰まったオモチャ箱みたいなサウンドは、まぶしいぐらいキラキラしていてちょっとヘンテコで、まっすぐな希望に満ちている。

ジャズと、かわいい動物にインスパイアされた音の風景みたいなものを、ちょっと混ぜてる感じかな。(ローガン)

あなたたちの音楽は、ハンパなく高度なテクニックで裏打ちされています。シリアスなジャズをやろうと思えばいくらでもできるだろうけど、そうはしません。スタンダードを崩したりしながら、ジャズの芯の部分はしっかり保っている。あなたたちは、伝統的なジャズの高度なヴォイシングと作曲方法、演奏テクニックを習得すると同時に、ポップで軽いオモチャみたいなサブカルチャーを同時に吸収してきたのだと思いますが、当たっていますか?

Logan Kane(以下、L):すごくいいね、ニコール、君から答える?

Nicole McCabe(以下、N):ううん。

L:その通りだよ。言ってくれてることはすごく的確だと思う。影響について話すと、ニコールと僕は、このプロジェクト以外でもプロのジャズ・ミュージシャンとして活動していて、いろんなアーティストと一緒にアコースティック編成でツアーもしてるし、大学でもジャズの歴史を学んできた。だから突き詰めると、これはジャズのプロジェクトだと思ってるし、そこをちゃんと汲み取ってもらえたのはすごく嬉しい。気づいてくれてありがとう。普段かなりアコースティック・ジャズをやってるからこそ、まだあまりやられていないことや、もっと新しく感じられるものをやりたいっていう気持ちがあって、それでこのプロジェクトではかなり違うサウンドの方向に振ってみたんだ。それと、ジャズって、本当に最高なんだけど、どうしてもすごくシリアスになりがちでさ。僕たち自身も真剣にやってはいるけど、質問者さんが言ってくれた「悪ふざけ」みたいな部分もすごく大事にしてる。あと、このインタヴューは(動画ではなく)テキストだから見えないけど、僕たちのロゴはイルカなんだ。かわいい動物がすごく好きだから。だから、ジャズと、かわいい動物にインスパイアされた音の風景みたいなものを、ちょっと混ぜてる感じかな。それもひとつのインスピレーションだね。

N:私とローガンって、それぞれかなり違う影響を持ってて、それを一緒にすると「Dolphin Hyperspaceの音」になるという感じ。それぞれいろんなものを持ち寄ってるんだけど、私はダンス・ミュージックからの影響が強くて、ドラムンベースとかジャングル、UKガラージとかがすごく好き。で、ローガンはゲームっぽい要素を加えてくれるし、プロダクションもめちゃくちゃ上手いの。聴こえてくるかっこいいエフェクトは、だいたいローガンだよ(笑)。制作は、私が曲のアイデアを作って送って、彼が仕上げることもあるし、その逆もあったりするかな。お互い影響の幅が広いのは大きいよね。ローガンはパンクとかブラストビートが好きで、私はファンクとかいろいろ好きだし、本当にいろんなものが混ざってる感じ。あと、結果をあまりジャッジしすぎないようにしてるのも大きいと思う。

2020年にデビューしていますが、ドルフィン・ハイパースペースの音楽スタイルが確立したのはいつ? どんなきっかけ?

L:これは正直、かなり偶然に近い形で最初から形になっていった感じがあるんだ。というのも、プロジェクトをはじめた当時、ニコールと僕は別々の街に住んでいた。だからお互いに音源データを送り合いながら、とにかく実験していくしかなかったんだ。その実験的なやり方自体が、それまで自分たちでもやったことのない新しいものを自然と生み出していった感じで、そこから少しずつそのサウンドを掘り下げていった、という流れかな。最初のEP『Dolphin Hyperspace』を聴くと、そのはじまりと、いまのサウンドにつながっていく過程がわかると思う。

N:そうね、私たちとしては、サウンド自体というより、「どういうふうに聴いてほしいか」みたいな部分をずっと磨いてきてる感じ。「親しみやすい・とっつきやすい(=accessible)」っていうのは、私たちにとってすごく大事なキーワード。演奏中には実際にすごくいろんなことが起きていて、かなりクレイジーではあるんだけど、ちゃんと聴き手が入り込める余地は残しておきたいと思ってる。私としては、しっかりしたメロディがあることもすごく大事で、聴く人がついて来れるポイントがあるといいなって思ってる。そのうえで、展開がある程度わかっている部分もあれば、逆に自分たちでもどうなるかわからない瞬間もたくさんあって、特にライヴではかなりオープンな状態になっていると思う。でも最終的には、聴いている人が楽しめて、ちょっとの間でも悩みを忘れられるようなものを作りたいっていうのがいちばん大きいかな。

L:やっぱり「楽しい(=fun)」っていうのがいちばんだよね。

あなたたちの音楽には、ズレや脱力が美しさに変わる瞬間があります。カッコよくキメるのではなく、ハズしの美学を感じます。まぬけで愛嬌があってかわいい感じ。制作やライヴで生じる音楽的な偶然や失敗をどう扱っていますか?

L:僕たちは、ジャズの現場で培ってきた感覚があるから、これはまさにぴったりの質問だね。ジャズって即興だから、その場でどんどん作っていくものなんだ。だからミスが起きたときも、それを別の新しいものに変えていくように訓練されてる。だからこそ、そういうものも全部そのまま音楽に残してる。実際、ただ録音しているだけという感覚に近くて、ニコールが言ったみたいに、ある程度どうなるかわかっている部分もあるけど、かなり広い範囲で何が起きるかわからない部分もある。そういう不確定な部分も含めて受け入れて、できるだけ編集はしすぎないようにしてる。

N:私たちってあんまり……特にソロに関しては、レコーディングでもライヴでも、ほとんど編集しないタイプだと思う。テイクも何回も重ねるっていうよりは、せいぜい数回くらいで。私たちにとっては完璧さよりも、その瞬間に生まれる感じのほうが大事なんだよね。それがあることで、ちょっとした愛嬌とか、自然な感じが出ると思うし。これまでにも、最初はミスだと思ってたものが、たとえばキーがずれてたりしても、あとから曲の大事な要素になったことが何度もあって。たとえば “Baby Parakeet” のローガンのソロとかもそうだったよね。最初に狙ってたものとは違うことが起きて、それがむしろそっちのほうがいいって気づくこともある。やっぱり「その場で生まれる感じ(=spontaneity)」っていうのは、私たちにとってすごく大きいと思う。

「伝統的なサンバを電子的に再現したらどうなるか?」っていう発想からはじまって。それでAセクションはそういうサンバになってて、Bセクションがダブステップになるっていう(笑)。(ローガン)

曲を聴いていると「ふざけているようで緻密」「軽やかで攻撃的」という相反する要素が同居しています。このバランス感覚はどのように養われたのでしょうか?

L:いい質問だね。正直に言うと……ニコールはまた違う答えかもしれないけど、このプロジェクトに限らず、僕は曲を書いてるときは、あんまり考えないようにしてるんだよね(笑)。実際、起きてることの多くはちょっと無意識に近いし、そういうふうに言葉にしてもらえるのはすごく面白い。自分としては、とにかくエネルギーに任せて進めてる感覚が強いかな。僕たちはその場で何が楽しいかとか、演奏してて楽しいものは何かっていうのを探りながらやってることが多くて、あと、どんな楽しいテーマを広げていけるかも大事にしてる。だから曲名も「Minuscule Minnow(ちび魚)」とか「Baby Parakeet(ひなインコ)」みたいに、かわいい動物系のタイトルが多いんだと思う。結果的にああいうサウンドになるのも、わりと偶然の積み重ねっていう感じかな。ニコールはどう思う?

N:私たちは、速いテンポが好きなのよ。

L:そう、やっぱり「楽しい」っていう感覚は大事だし、速いテンポもすごく好き。で、速いテンポをちゃんと演奏するには、むしろ軽やかさが必要になることが多いんだよね。だから攻撃的に聴こえる部分も、テクニックの一部がそのまま作曲に反映されてる、みたいなところがあると思う。

N:うん、それか単純にふたりのアイデアが混ざってるだけのときもあるよね。“Minuscule Minnow” だと、私はボサノヴァをやりたくて、ローガンはドラムンベースをやりたかったんだよね?

L:そうそう、ドラムンベース。

N:だからその両方のセクションを入れてみたら、すごくかわいい部分と、すごくコントラストの強い部分が並ぶ形になって。そうやってお互いのアイデアを持ち寄って、どうなるか試してみる、っていう感じかな。

ユーモアを表現する際、どの程度まで意識的におこなっていますか? 結果的に面白くなってしまう感じなのでしょうか?

N:自然に出てきてるものだと思う。私たち、普段からずっとふざけ合ってるし、よく冗談言ったり、変なシナリオで妄想したりしてるから。このプロジェクト自体も、「とにかくいちばんクレイジーなこと考えてみよう」とか、「いちばん面白い言葉って何だろう」みたいなところからはじまることが多くて。それを「いや、これはちょっとバカっぽいかな」ってボツにするんじゃなくて、そのまま追求するんだよね。すごく……なんて言えばいいんだろう、ほんとにそのまま突き進む感じっていうか。

L:ひとつのアイデアにちゃんと乗っかって、そこから広げていく感じだよね。新しいアルバムの中に “Dolphin Samba” って曲があるんだけど、それは「伝統的なサンバを電子的に再現したらどうなるか?」っていう発想からはじまって。それでAセクションはそういうサンバになってて、Bセクションがダブステップになるっていう(笑)。

通訳:いいですね(笑)

L:そんな感じで、そのアイデアをそのまま押し広げていったらできた曲で、アルバムのなかでもかなり気に入ってる一曲なんだ。

N:プロモーションとかヴィジュアルも同じで、イルカのイメージも含めて、「やってて楽しそうなアイデア」をそのまま形にしてる感じ。自分たちの想像の断片をそのまま現実にしていってる、みたいな感覚だと思う。

[[SplitPage]]

私たち、いろんなドラマーと一緒にやってるでしょ。ルイス・コールとか、ジャスティン・ブラウンとか、ロニー・カスピとか。でも、じつは一度もリハーサルしたことないんだよね。(ニコール)

サウンドのなかには、機械が誤作動するような滑稽さと人間の手触りが奇妙に混ざり合っています。デジタル機材と「笑い」との関係性についてはどう思いますか?

L:これもすごくいい質問だね。僕たちがかなり意識的にやっている手法のひとつが、「本物とフェイクの混ぜ方」なんだよね。ここではあえて電子楽器のことを「フェイク」と言わせてもらうけど。たとえば、電子ドラムと生ドラムを重ねたりとか。あとはニコールのサックスも、実際に吹いている音に、いわゆる「偽物のサックス」を重ねてることがよくある。そういう意味で、音楽のなかにすでに組み込まれてるんだと思う。このちょっと滑稽な二重性というか。たとえば今回のアルバムには、世界最高峰のドラマーのひとりであるルイス・コールが参加してるんだけど、その演奏と、僕がゴミ箱で見つけたカシオのキーボードに入ってたドラムマシンが一緒に鳴ってたりする(笑)。そういうことがアルバムのあちこちで起きていて、すごくハイファイなものとローファイなものが同時に存在している感じが好きなんだよね。すごく美しいし、確かにちょっとおかしみもあると思う。

通訳:なるほど。いつも聴きながら、どこまでがデジタルでどこからが生なのかを考えちゃうんですよね。それも楽しさのひとつだと思います。

L:まさにそうだね。

N:私も、いままさにそれを言おうとしてた。何が起きてるのかを探ること自体が、ユーモアの一部になってる気がする。これって本物なの? それともフェイク? っていうところで、結構いろんな人をいい意味でだませると思う(笑)。

通訳:そういう意味でも、実際のライヴがどんなふうになるのかすごく楽しみです。

ドルフィン・ハイパースペースの音楽には即興による奔放さと秩序が同居しています。その背景にあるコンポジションのルールや、音楽で遊ぶための手法について教えてください。

N:私たちの曲って、基本的な骨組みはけっこうシンプルで、メロディがあって、ブリッジとかBセクションがあって、あとはソロのパートがある、みたいな感じ。で、実際に「起きること」としてわかっているのは、だいたいそこまで。そういうパーツを組み合わせて曲にして、そのフォルムをベースにライヴでも演奏するんだけど、その間に起きることはかなり自由で、解釈も変えられるし、毎回違ってくる。

L:そうだね。ステージに上がる前に、コンパクトな構成はちゃんと作ってあるんだけど、その限られた時間のなかで即興として「物語をどう作るか」っていうのが課題になる。だから構成自体には無駄な余白がほとんどなくて、その分、その瞬間ごとの判断がすごく重要になってくる。限られた時間のなかで、どうにかしていいところにたどり着く、みたいな感覚かな。

N:あと、トリビアなんだけど、私たち、いろんなドラマーと一緒にやってるでしょ。ルイス・コールとか、ジャスティン・ブラウンとか、ロニー・カスピとか。でも、じつは一度もリハーサルしたことないんだよね。

通訳:しないんですか?

N:うん。自分で準備してきてもらって、そのまま自由にやってもらうの。その人の個性をそのまま出してほしいから、こっちから細かく指示する必要はないと思ってる。

L:何も指示は出さないね。

N:何も出さない。

N:そのほうが毎回違って面白いし。ちょっと変わったやり方だよね(笑)。でも、うまくいってる。

笑いとユーモアのセンスの源はなんでしょう? 音楽以外にも本や映画、オモチャ、コミックやアニメ、動物や魚、食べ物など。

L:いいね、この質問。ニコールと僕はけっこう趣味は違うんだけど、ひとつ面白いポイントとして言えるのは、同じ時代のテレビを観て育ったっていうのがあって、すごく好きだったのが『アドベンチャー・タイム』なんだよね。で、じつは最近、その監督のために音楽を書く機会があったんだ。監督はペンドルトン・ウォードっていう人で、その人の新作が最近Adult Swim で放送されていて、僕たちの音楽が番組で使われてるんだよ。もともとは、L.A.で僕たちのライヴを観に来てくれて、そのあと Bandcamp で僕たちを見つけてメールをくれて、それがきっかけで実現したんだ。だから、自分たちに影響を与えてくれたものに関われたっていう意味でも、ちょっと特別な出来事だった。あとは僕は『ポケモン』とか任天堂のゲームが大好きで、そういうものからの影響も大きいかな。ニコールとも『マリオカート』はよくやるよね。

N:『マリオカート』、楽しいよね。ユーモアについては……どうだろう。小さい頃にお母さんと一緒にすごくコメディ映画を観てたのが大きいかも。ウィル・フェレルが大好きで(笑)。ほんとに大好きなの。

通訳:いいですよね、彼。

N:動物に関しては、宮崎駿の映画がすごく好き。ああいう、かわいい動物の感覚は、そこから来てる気がする。あとはインターネットのユーモアもけっこう影響してると思う。

動物に関しては、宮崎駿の映画がすごく好き。ああいう、かわいい動物の感覚は、そこから来てる気がする。(ニコール)

あなたたちの音楽にはチップチューンの要素を感じますが、日本のゲームからの影響はありますか? ローガンは『マリオカート』が好きだとおっしゃっていましたが、他にもあれば教えてください。

L:間違いなく影響はあると思う。ああいう音にはかなり影響を受けてるね。ただ、どっちかというといまというより、子どもの頃の体験のほうが大きいかな。最初に遊んだゲームボーイの音楽が、いまでも頭のどこかに残ってる感じがあるんだよね。ちょっと面白いんだけど、このバンドに限らず、他のプロジェクトでも「ゲーム音楽っぽい」ってよく言われるんだ。でもそれって意図してやってるわけじゃなくて。自分にとっては、ああいう形で表現するのがすごく自然なんだと思う。

LAのシーンについて。どんなアーティストと交流がありますか? 刺激や影響を受けているLAのアーティストについても教えてください。

N:ほんとにありがたいことに、自分たちにとってのヒーローみたいな人たちと一緒に演奏する機会があって。ルイス・コールとか。ノウワーはすごく大きなインスピレーションだし、サンダーキャットもそう。あとドミ&JD・ベックもそうだし、そのあたりのシーンの人たちからはかなり影響を受けてると思う。ジェイコブ・マンも大好きだし。 

L:そうだね。あと、サンダーキャットが僕たちのライヴに何度か来てくれたこともあって、それは本当に光栄だった。自分はベーシストだから、なおさら特別な経験だったね。それって、彼のツアー・ドラマーでもあるジャスティン・ブラウンと一緒にやってることとも関係してると思う。ジャスティンも僕たちにとってすごく大きな存在で、本当に素晴らしいドラマーだし、いろんな重要なプロジェクトに関わってきてる人なんだ。L.A.に住んでるしね。個人的には、デイヴィッド・ビニーっていう、自分にとってメンターみたいな存在のミュージシャンにもすごく影響を受けてる。彼もロサンゼルスにいて、本当に素晴らしいプレイヤーなんだ。シーン全体で言えば、若い世代でもすごいことをやってる人が本当にたくさんいて……たとえばダコタ とか。ダコタの音楽はすごく好きだね。あと……

N:バッド・スナックスとか?

L:そうそう、バッド・スナックス。プロデューサーでもあるアーティストで、今回のアルバムにも参加してくれてる。それと、フレシア・ベルマーっていうアーティストもすごく好きだね。演奏も音楽も素晴らしいし、プロダクションの面でも面白いことをやってるベーシストなんだ。

新作アルバム『ECHOLOCATION』にまつわるエピソードがあれば教えてください。ツアーやライヴ、スタジオで起こった印象的な出来事は?

L:インストゥルメンタルの音楽って、すごく抽象的な物語を語れると思うんだよね。このアルバムもかなり抽象的なストーリーなんだけど、最初の “Vacation” からはじまって、まるで完璧な天気のビーチで目を覚ますようなイメージなんだ。今日はきっと最高の一日になる、みたいな。そこからだんだん、その日に起こるいろんな出来事に巻き込まれていく感じで、波がざわつき始めたり、天気が崩れたり戻ったり、ちょっとした混乱が起きたりしていく。でもアルバムの最後、“Memories of the Deep Blue Sea” にたどり着く頃には、また静けさを取り戻している。だから全体としては、何か問題に直面して、それを乗り越えていく「英雄の旅路」みたいな古典的な物語構造になっているんだけど、それをドルフィン的な世界観でやっている、という感じかな。

N:それに “Kyoto” っていうシングルもあって、これは去年の日本旅行からインスパイアされた曲。日本に行くのがすごく好きで、去年も今年もプライベートで行ってるくらい。私たちにとっては本当に大好きな場所で、日本のカルチャーとか音楽、アート、アニメーションからもすごく影響を受けてる。それもこのアルバムの大きな要素になってると思う。それに今回、〈P-Vine〉と一緒に日本盤をリリースできたのもすごく嬉しい。私たちにとって特別なことなの。

通訳:美意識的にもすごくキッチュでポップですよね。日本人にすごく響くと思います。かわいい文化というか。

N:そうだね、もしかしたらアメリカよりも日本のほうが、この感じを理解してくれるかもしれない(笑)。

バンドの名称にある「DOLPHIN」や「HYPERSPACE」という言葉には、どんなイメージを託していますか? 

N:私たちがやってることをすごくよく表してる言葉だと思う。まず「ドルフィン」は、かわいい動物っていう要素があって、「ハイパースペース」はもっとクレイジーで、別次元みたいなイメージ。で、そのふたつが合わさってる。かわいさと、ちょっとぶっ飛んだ感じ。その両方をくっつけたものが、私たちっていう感じかな(笑)。

L:イルカって本当にすごい生き物で、ものすごく知能が高いし、あまりちゃんと考えたことはなかったけど、もし楽器を持てたとしたら、ジャズを演奏できるんじゃないかって思うんだよね。それくらい知的で、スキルもあって、動きも速いから。だから、なんていうか……自分たちが目指してるものの、いい例えになってる気がする。

イルカって本当にすごい生き物で、ものすごく知能が高いし、あまりちゃんと考えたことはなかったけど、もし楽器を持てたとしたら、ジャズを演奏できるんじゃないかって思うんだよね。(ローガン)

アルバム・タイトルの『ECHOLOCATION』は、イルカが超音波で周囲の状況を知る能力ですよね。そもそもなぜイルカ?

L:「エコーロケーション」っていう言葉自体が、僕たちにとってすごく面白いテーマだったんだよね。まず「エコー」っていうのは、それだけで昔から使われてきたオーディオ・エフェクトでもあるし、自然のなかでも普通に存在している音(こだま・やまびこなど)でもある。それで調べてみたら、エコーロケーションって「生体ソナー(=biological sonar)」の一種だって説明されていて、それがすごくしっくりきたんだ。自分にとって音楽も似たようなものに感じていて、身体を使って楽器を演奏して、何かを外に向けて発信すると、それに対する反応がオーディエンスから返ってくる。そのやり取りが、どこかエコーロケーションみたいだなって思えて。だからすごく意味のある言葉に感じたんだ。

N:完璧に答えたね。あと、アルバム・タイトルとしては、ここ最近ずっと水っぽいテーマを続けていこうとしていて。“What Is My Porpoise?(わたしの目的ってなに?)” っていう作品もあったし、そこからそういう流れができてきた感じ。それに「エコー」っていう言葉自体もぴったりで、去年ロサンゼルスの The Echo っていう会場でライヴをやっていて、今年の5月にもそこでリリース公演をやる予定だから、そういう意味でもすごくしっくりきたタイトルなんだ。

楽曲のタイトルからはいろんな物語を想像します。インストゥルメンタルなので歌詞はないけど、あなたたちのなかではどんなストーリーがあるのでしょうか? また、ストーリーはどんなふうに思いつくのですか?

L:さっき話したみたいに、その場の思いつきから生まれてくることが多いかな。それをあまり疑わずに、そのままやりきるようにしてる。でもひとつ具体的に思い浮かぶのは、“Big Fishy” っていう曲。このタイトルには自分のなかでいくつか意味があるんだ。ひとつは、みんな知ってると思うけど、イルカってじつは魚じゃなくて哺乳類なんだよね。でも、もしそれを知らなかったら、ただの「大きな魚 (big fishy)」だと思うはず(笑)。ちょっとバカっぽいけど、それがひとつの意味。もうひとつは、僕たちにとってイルカってすごく大きな生き物に感じるけど、広い海のなかではきっとすごく小さな存在なんじゃないかっていう感覚。そういう意味も含まれてる。

N:え、そんなふうに思ってたんだ(笑)。初めて聞いた。どれもすごくいいね!

あなたたちの音楽を聴いていたら、ある人のことを思い出しました。日本には「さかなクン」というユニークなタレントがいるんです。魚類学者で大学の客員教授でイラストレーター。 テレビ番組で子供たちに大人気です。さかなクンは “コイシテイルカ” というイルカの歌を発表しています(https://www.youtube.com/watch?v=_clLCiPhy5k)。彼はサックス奏者でもあって、アルトサックスとバスサックス、バスクラリネットを吹きます。

L:ちょっと待って、その人のことメモってる(笑)。

通訳:このYouTubeリンクを、チャットで送りますね。

N:ぜひ! その人のこと知りたい。

通訳:いまZoomのチャットに送りました。これがイルカの曲です。ぜひチェックしてみてください。こちらからは以上です。今日は本当にありがとうございました。お話できてすごく楽しかったです。

L:ひとつお願いしてもいいかな。質問者さんが最後にメッセージを残してくれていたから、こちらからも何か伝えることってできるかな?

通訳:もちろんです。きっと喜ぶと思います。

L:じゃあ……まずは、細部までしっかり読み込んでくれて、本当に素晴らしい質問をしてくれたことに感謝したいです。こういうテーマについて本を書いてきた方に答えるというのは、自分たちにとっても特別な意味があります。今回のインタヴューは本当に印象に残るものでした。ありがとうございます。

N:うん、本当に。どの質問もすごく丁寧で、ちゃんと私たちのやっていることやメッセージを受け取ってくれている感じがして、とても嬉しかった。

通訳:きっと喜ぶと思います。ありがとうございます。日本でのライヴも本当に楽しみにしていますね!

L&N:私たちもすごく楽しみ。ありがとう! またねー!


Cornelius - ele-king

 コーネリアスが新たな動きを見せている。デジタル・シングル「夢寝見(ゆめねみ)」が4月29日から配信開始、合わせてコーネリアス自身が制作したAI映像によるMVも公開されている。
 この “夢寝見” という曲はもともとは1989年に発売された井上陽水のシングル曲で、昨秋〈Mule Musiq〉傘下の〈Studio Mule〉から7インチでリイシューされたりと、人気のうかがえる1曲。
 次なる段階へと突入したコーネリアス、今後の動向にも注目です。

デジタル・シングル「夢寝見」
4月29日(水)配信開始
配信URL:https://Cornelius.lnk.to/yumenemi
配信元:ワーナーミュージック・ジャパン

[LIVE情報]
SPARKS・CORNELIUS
5/5(火)SGC HALL ARIAKE

WORLD HAPPINESS 2026
6/28(日)代々木第一体育館 

SUMMER SONIC 2026
8/15(土)MAKUHARI MESSE
8/16(日)EXPO‘70 COMMEMORATIVE PARK

  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111 112 113 114 115 116 117 118 119 120 121 122 123 124 125 126 127 128 129 130 131 132 133 134 135 136 137 138 139 140 141 142 143 144 145 146 147 148 149 150 151 152 153 154 155 156 157 158 159 160 161 162 163 164 165 166 167 168 169 170 171 172 173 174 175 176 177 178 179 180 181 182 183 184 185 186 187 188 189 190 191 192 193 194 195 196 197 198 199 200 201 202 203 204 205 206 207 208 209 210 211 212 213 214 215 216 217 218 219 220 221 222 223 224 225 226 227 228 229 230 231 232 233 234 235 236 237 238 239 240 241 242 243 244 245 246 247 248 249 250 251 252 253 254 255 256 257 258 259 260 261 262 263 264 265 266 267 268 269 270 271 272 273 274 275 276 277 278 279 280 281 282 283 284 285 286 287 288 289 290 291 292 293 294 295 296 297 298 299 300 301 302 303 304 305 306 307 308 309 310 311 312 313 314 315 316 317 318 319 320 321 322 323 324 325 326 327 328 329 330 331 332 333 334 335 336 337 338 339 340 341 342 343 344 345 346 347 348 349 350 351 352 353 354 355 356 357 358 359 360 361 362 363 364 365 366 367 368 369 370 371 372 373 374 375 376 377 378 379 380 381 382 383 384 385 386 387 388 389 390 391 392 393 394 395 396 397 398 399 400 401 402 403 404 405 406 407 408 409 410 411 412 413 414 415 416 417 418 419 420 421 422 423 424 425 426 427 428 429 430 431 432 433 434 435 436 437 438 439 440 441 442 443 444 445 446 447 448 449 450 451 452 453 454 455 456 457 458 459 460 461 462 463 464 465 466 467 468 469 470 471 472 473 474 475 476 477 478 479 480 481 482 483 484 485 486 487 488 489 490 491 492 493 494 495 496 497 498 499 500 501 502 503 504 505 506 507 508 509 510 511 512 513 514 515 516 517 518 519 520 521 522 523 524 525 526 527 528 529 530 531 532 533 534 535 536 537 538 539 540 541 542 543 544 545 546 547 548 549 550 551 552 553 554 555 556 557 558 559 560 561 562 563 564 565 566 567 568 569 570 571 572 573 574 575 576 577 578 579 580 581 582 583 584 585 586 587 588 589 590 591 592 593 594 595 596 597 598 599 600 601 602 603 604 605 606 607 608 609 610 611 612 613 614 615 616 617 618 619 620 621 622 623 624 625 626 627 628 629 630 631 632 633 634 635 636 637 638 639 640 641 642 643 644 645 646 647 648 649 650 651 652 653 654 655 656 657 658 659 660 661 662 663 664 665 666 667 668 669 670 671 672 673 674 675 676 677 678 679 680 681 682 683 684 685 686 687 688 689 690 691 692 693 694 695 696 697 698 699 700 701 702 703 704 705 706 707 708 709 710 711 712 713 714 715 716 717 718 719 720 721 722 723 724 725 726 727 728 729 730 731 732 733 734 735 736 737 738 739 740 741 742 743 744 745 746 747 748 749 750 751 752 753 754 755 756 757 758 759 760 761 762 763 764 765 766 767 768 769 770 771 772 773 774 775 776 777 778 779 780 781 782 783 784 785 786 787 788 789 790 791 792 793 794 795 796 797 798 799 800 801 802 803 804 805 806 807 808 809 810 811 812 813 814 815 816 817 818 819 820 821 822 823 824 825 826 827 828 829 830 831 832 833 834 835 836 837 838 839 840 841 842 843 844 845 846 847 848 849 850 851 852 853 854 855 856 857 858 859 860 861 862 863 864 865 866 867 868 869 870 871 872 873 874 875 876 877 878 879 880 881 882 883 884 885 886 887 888 889 890 891 892 893 894 895 896 897 898 899 900 901 902 903 904 905 906 907 908 909 910 911 912 913 914 915 916 917 918 919 920 921 922 923 924 925 926 927 928 929 930 931 932 933 934 935 936 937 938 939 940 941 942 943 944 945 946 947 948 949 950 951 952 953 954 955 956 957 958 959 960 961 962 963 964 965 966 967 968 969 970 971 972 973 974 975 976 977 978 979 980 981 982 983 984 985 986 987 988 989 990 991 992 993 994 995 996 997 998 999 1000 1001 1002 1003 1004 1005 1006 1007 1008 1009 1010 1011 1012 1013 1014 1015 1016 1017 1018 1019 1020 1021 1022 1023 1024 1025 1026 1027 1028 1029 1030 1031 1032 1033 1034 1035 1036 1037