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Home >  Interviews > Interview with Beatink. - 設立30周年を迎えたビートインクに話を聞く

Interview with Beatink. 2000年の「エレクトラグライド」

Interview with Beatink.

設立30周年を迎えたビートインクに話を聞く

——9月14日の深夜には〈BEATINK 30th Anniversary Party〉が待っている

取材:野田努    Sep 09,2024 UP


オーディオ・アクティヴのメンバーとリー・ペリー。ペリーの後方に写っているのが、大村氏。

■あのときはバックのメンバーも最高だったよね。

大村:ダブ・シンジケートがバックで来て、スタイル・スコットも元気だったし。

■ところで、これは大村くんの名誉のために言っておくと、オーディオ・アクティヴは当時イギリスで評価が高くて、人気だったんですよ。グラストンベリー・フェスティヴァルがいまみたいにコマーシャルになる前のいい時代に出演しているし。若鍋くんはそのころは何歳だったの?

若鍋:小学生でしたよ。94年はぼく、小学校5年生。

■若鍋くんが入ったのっていつなんですか?

若鍋:ぼくは2007年です。

大村:(寺島)茂雄くんはその4年前ぐらい。だから、いまいるスタッフは〈Warp〉と〈Ninja Tune〉をはじめた後ですね。

■〈Warp〉と〈Ninja Tune〉をはじめたのは?

大村:2001年。

若鍋:まずは「エレクトラグライド(エレグラ)」(※2005年まで続いた、テクノに特化したオールナイトのイベント。冒頭の写真はその第一回目)が2000年からスタートするんです。その前は、フジロックの最初の5年間ホワイト・ステージのプロデュースをビートがやっていて、そこでスクエアプッシャーやエイフェックス・ツインをブッキングしているんですね。で、その流れで、エレグラにも〈Warp〉と〈Ninja Tune〉のアーティストが出演している。

大村:一回目がアンダーワールド、オービタル、リッチー・ホウティン、ルーク・スレーター、トゥー・ローン・スウォーズメン、トモヒラタ……。

若鍋:2年目がファットボーイ・スリム、エイフェックス・ツイン、ダレン・エマーソン、ローラン・ガルニエ、マウス・オン・マーズ、ハウィー・B、プラッド、バッファロー・ドーター、リチャード・マーシャル……。

大村:そういうなかで、〈Warp〉と〈Ninja Tune〉からアプローチを受けて、最初はキャパ的に、ふたつのレーベルを同時にやるのは無理だろうと思ってたんだけど、悩みに悩んで、両方ともやることになりました。

寺島:〈Warp〉をやることになって、最初に出した作品がオウテカの『Confield』。

■名盤じゃないですか。それは良いタイミングでしたね。

大村:そうなんですよ。ボーズ・オブ・カナダもそうだし、とんでもなくいいタイミングだった。

■その二大レーベルをやったことでだいぶ状況は変わったんじゃないですか?

大村:〈Warp〉と〈Ninja Tune〉をやる前は、オーディオ・アクティヴ、ドライ&ヘビー、ロンパリ、日本人のアーティストが精力的に活動していましたね。「ハッパーズ」もやったし。

■「ハッパーズ」! これはビートインク史における快挙のひとつだよね。8月8日をハッパの日と定めて、2000年8月8日に代々木公園でフリー・フェスティヴァルを開いた。いやー、あれはほんとうにすごかったなぁ。

大村:画期的でしたよね(笑)。そこにブルー・ハーブも出て。

寺島:オーディオ・アクティヴ、ドラヘビ、ブルー・ハーブ、クラナカ、DJ YASU。

■そのメンツで、野外で、無料で、「ハッパーズ」。しかも都会のど真ん中。いや、素晴らしい。

大村:ただ、〈Warp〉と〈Ninja Tune〉をやるようになってから、もうそっちで忙しくて、なかなか日本人のアーティストができなくなってしまったんですけどね。

■それはすごく残念でした。やっぱ、オーディオ・アクティヴとビートインクの仕事との両立はできなくなっていった?

大村:できなかったですね。若いころは寝ないでやればいいって感じだったけど、それもどんどんできなくなりますからね(笑)。ビートの仕事が終わってから夜中、「スタートレック」っていう高津にあったスタジオで朝まで作業して、そしてその朝ビートに来て仕事するという生活は、もう……。

■それはたしかに(笑)。ところで、第一期が90年代だとすると、〈Warp〉と〈Ninja Tune〉と契約してからが第二期と言えますよね。第二期以降のビートインクは、どういうふうに変わっていったと思いますか?

大村:発売の量自体が一気に増えたんで、まわすのが大変になりましたね。

ビートがやっていることって、つねにカウンターの側にいるように見えるんですよね。でも、それってメインストリームの存在が輝いているから、カウンター側も輝けるわけで、だからメインストリーム側にも強い存在としていてもらわないと、とは思います。

■若鍋くんと寺島さんのおふたりはなんでビートに入ったんですか?

寺島:ぼくはオーディオ・アクティヴとドライ&ヘビーがすごく好きで、さらに大好きな〈On-U〉やエイドリアン・シャーウッド、アンドリュー・ウェザオールもやっているし、プレフューズ73とかもやっていた。ここで働きたいと思って、バイトからはじめましたね。

若鍋:ぼくもバイトですね。ちょうどオーディオ・アクティヴやドラヘビが盛り上がっていた当時、ぼくは留学をしてまして、日本にいなかったんです。でも留学中に友だちから〈Warp〉と〈Ninja Tune〉のことを教えられるんです。しかも、その友だちがのちに日本に留学してビートでバイトするんですよ。で、彼からある日「お前スクエアプッシャーとか大好きじゃん。いま自分がアルバイトしてるビートインクでは、日本でそれを扱っているんだよ」と言われ、最初は翻訳のバイトからはじまりました。

大村:最初に〈Warp〉と〈Ninja Tune〉をやることになったときは、インディだし、どうやってやろうか考えましたね。それ以前は、〈Sony〉と〈TOY’S FACTORY〉という、日本のメジャーとライセンス契約していたじゃないですか。お金もたくさん使ってやっていただろうし、うちには同じことはできない、だから機転を効かせたり、スピード感で勝負するしかなかったですね。隙を突いていくような、うちだったらこういうやり方で攻めるというような。

■営業をやっていた関井さんが、ボーズ・オブ・カナダの大きなパネルつくってそれを新幹線に乗って関西のお店にまで配るとか、いろいろ泥臭い戦術でやっていましたね。

若鍋:ビートがやっていることって、つねにカウンターの側にいるように見えるんですよね。でも、それってメインストリームの存在が輝いているから、カウンター側も輝けるわけで、だからメインストリーム側にも強い存在としていてもらわないと、とは思います。

■音楽産業の昔ながらの生態系が変わるのって2010年代以降じゃないですか。いろんなものがインターネットや配信などで変わってしまった。

大村:デジタルへの移行もたしかにそうでしたけど、90年代にWAVEがなくなったときはほんとうにショックがデカかったんです。うちの商品って、ほとんどWAVE頼みみたいなところがあって、だからWAVEがなくなるって聞いたときのほうが「どうなるんだろう?」ってビビりましたね。あれが最初の地殻変動でした。その後のデカいのって言ったらやっぱデジタルですね。2000年代に入ってからちょうど4〜5年くらい経って、出荷数落ちてきたなと感じたりしましたね。

■30年もやっていれば、状況も変化するし、良いときもあれば悪いときもありますよ。それこそ雨、風、嵐が(笑)。

若鍋:デジタルがはじまってからは、いきなり大きな衝撃というより、その変化を徐々に体感していった感じですね。

大村:下手したら盛り下がっていることに気づかないくらい、静かに変化していったよね。ただ、日本ではフィジカルが好きな人はずっとフィジカル買うし、ヴァイナル買うのが流行れば、若い子もヴァイナル買うような感じになっているし。必ずしも、ストリーミングが喜ばれてないというか。

若鍋:ビートが創業してからいまだに変わってないのって、たぶんイベントだと思うんですよ。要はそこでしか体験できないことっていうのは、昔から変わっていない。そもそも、「ハッパーズ」じゃないですけど、ビートは「そこにそんなに力入れるんだ?」みたいなことをやってきているんです。採算度外視でも、それをやった方がお客さんに伝わるということならやる。アイデア・ベースというか、採算度外視のことをやって、でもそれが良くてリピーターになったり、アーティストのファンになってくれたりしてるのかな、みたいなことも、実感する瞬間は多々あるんです。

■たとえば?

大村:ロビーやエントランスの照明にこだわったり、とにかく、雰囲気をつくりたくて。

■なるほど〜。そして、ビートの第3期は、やっぱ〈Beggars〉グループとの契約だよね?

若鍋:2017年が〈Beggars〉、2019年が〈Domino〉だったと思います。

大村:〈Beggars〉は〈XL〉、〈Young〉、〈4AD〉、 〈Rough Trade〉、〈Matador〉の5レーベル。

■もう、UKインディの大きなところほぼすべてじゃないですか。まさかビートがそんなことになるなんて、大村くんも夢にも思わなかったでしょ。

大村:思ってなかったですね。じつは2000年代からずっといろんな話が来ていたんです。いろいろ断っていた話はたくさんあるんですけどね。

若鍋:ただね、時代が良ければメジャーがやっていてもおかしくないようなビッグ・アーティストを、もう日本で誰もやらなくなっちゃった状況があるじゃないですか。

■それはそうなんですよね。

若鍋:となると結局、マーケットがシュリンクすることを受け入れる感じになっちゃうし、そこにビートは我関せずではいられないよねっていうことで、ぼくらもちゃんとリスペクトのあるレーベルと仕事しているっていう話なんですけど、正直レーベルを取り合うような状況になったことはほとんどないんですよ。

■単純に、カウンターではいられなくなってしまったと。

若鍋:海外でどういう新しいエキサイティングなことが生まれているのか? っていう考え自体が、日本においてはレフトフィールドなものになっちゃっているっていうことなんでしょうね。

■海外文化の新しいもの自体が日本ではレフトフィールドになっているにではないかという感覚があるんですね。ただ、向こうのインディ・レーベルと直に仕事をしていると、良い意味で刺激を受けますよね?

若鍋:今週のチャートがまさに、1位がサブリナ・カーペンターで2位がフォンテインズD.C.で。いまはトップ・チャートも全然インディで、ブラック・カントリー・ニュー・ロードとかもトップ3位を獲ってるから、新人がトップ5とかってもうザラにあって。彼らはそれを本気で狙っているから、いいなと思います。

■フォンテインズD.C.やBCNRみたいなロックは、UKでは、インディでもメインストリームとも言えるだろうし、自分たちもオリコン・チャート1位目指すぞ、と(笑)。

若鍋:物怖じはしないでおこうと思います (笑)。

■ビートインクとして、紹介するのは、UKのインディ・シーンにこだわってますか?

大村:たとえばUSだと〈ROIR〉とか、〈Gold Standard Laboratories〉みたいなレーベルも扱っていたし、90年代のカーティス・マントロニックがいた〈OMW(オキシジェン・ミュージック・ワークス)〉はニューヨークのレーベルだったと思うんですけど、そこから出たアルバムの日本盤を出したりしてましたし、とくにUKにこだわってはいないです。ただ、やっぱり〈On-U〉、エイドリアンを起点に広がったところがあるので、そうなっているのかなと思いますね。

■ビートインクは、海外の最高にエキサイティングな音源をいまだに日本で配給している拠点だし、海外で起きていることを伝えるメディア的な役目も果たしているわけだし、ほんとうに頑張ってほしいなと思いますね。最後に、これからの展望なんかも聞かせてもらえたらと思います。

大村:2000年代に〈Warp〉と〈Ninja Tune〉と契約して、2010年代には〈Domino〉や〈Beggars〉も来て、ずいぶん変化しているように見えるかもしれないけど、美意識がちゃんとあれば、ずっと続けていけるかな、と。

■この会議室にもリー・ペリーの写真が飾ってあるぞ、と(笑)。

大村:リーに見られても恥ずかしくない生き様で続けていこう、と思います(笑)。

若鍋:時代とともに「なにがレフトフィールドなものに見えるか」みたいなことも変わっていますよね。ビートの軸は変わらないけど、マーケットが変わっていったら、それによってビートインクがやっていることは変わっていっているように見えているかもしれない。でも、じつはビートのアティチュードや信念みたいなものは変わっていないし、たぶん、それはいつの時代にも必要とされるものなんじゃないかと思います。

■そして最終的には、30周年のイベントを、エイドリアン・シャーウッドを迎えてやると。さすがですね、立派に筋が通っています!

一同:なので、9月14日の30周年パーティにもぜひ足を運んでください!

取材:野田努(2024年9月09日)

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