Home > Reviews > Live Reviews > Adrian Sherwood- @代官山UNIT
時計は19時30分頃を指していた。ダビーでインダストリアルなビートをBGMに、たくさんのひとが地上階からフロアへと伸びる階段にたむろしている。この日最初に目にした光景だ。当日券がソールド・アウトになってしまったのは、自分が会場に着いてからものの5分後の出来事だったらしい。エイドリアン・シャーウッドと関係を築いてきたリスナーたちはこんなにも多いのである。
おそらく、その各々に独自のシャーウッドへのアクセス経路があったにちがいない。ミキシングのスペシャリストである彼が関わってきた作品はあまりにも多く、その影響はあまりにも大きい。ダブ好きが通る道でもあれば、インディ史にクレジットされた人物でもある。階段に居座る様々な世代のレイヤーがそれを体現しているのだろうか、と考えているうちににせんねんもんだいのライヴがはじまっていた。
バンドの演奏をシャーウッドが生でミックスするというセットだったのだが、ステージ上にシャーウッド本人の姿はなく彼はフロアの後方で黙々と作業を行っていた。両者が向かい合う立ち位置で真剣勝負さながらの空気のなか、あたかもピッチャーとバッターの関係のようにドラムが放つ変化球的スネアを強烈なディレイで客席に打ち返し、ギターの放つマシンガンのような金属音をリヴァーブで加工していく。エンジニアとしてシャーウッドが演奏に展開をつける演出家的な立ち位置にまわることもあれば、彼自らが音を操り前に出ていき第四のメンバーのように立ち振舞う局面も。ライヴ前の短い日程で行われたレコーディング・セッションにおいてシャーウッドはバンドの音を深く理解したようだ。先月シャックルトンとの共演も経験したにせんねんもんだいは一体どのような作品を彼とスタジオで作り上げたのだろう。
バンドとの「セッション」を終えて、ふたたびシャーウッドがステージに戻ってくると「マルチ・トラック最新セット」と銘打たれたこの日最後のステージが始まった。手元にある膨大な数のノブとSEパッドを叩きながら、ガラージよりのダブステップからダブへジャングルへとセットは展開していく。
「最新セット」を耳にしていたはずなのだが、シャーウッドの魅力は過去に焦点を当て続けることのなのだろうかという考えが頭をよぎった。数ある彼のリリースのなかで自分が初めてリアルタイムで手に取ったものは2006年の『ビカミング・ア・クリシェ』(〈 Real World Records〉)なのだが、ダブステップが全盛期を迎えていたUKから届いたそのアルバムのなかで一番輝いているのはジャングルだ。その曲“ピース・オブ・ジ・アース”はコンゴ・ナッティのリズムにリトル・ロイのヴォーカルという文句のつけどころのない曲なのだが、随所にちりばめられている鼓膜が干上がるようなダブ・エフェクトなしではそこに科学反応は生じえない。表現しつくされたかに見えたジャンルを自身のミキシングを通すことによって、シーンの先端でも戦える武器に変換してしまう手腕がシャーウッドにはある。
この日のセットで彼はピンチとの共作“ディファレント・アイズ”や“プリシンクト・オブ・サウンド”もプレイした。今年リリースされた『レイト・ナイト・エンドレス』に収録されたナンバーなのだが、ゼロ年代中期の古典的なダブステップのスタイルを踏襲したものでいわゆる「新しさ」はない。けれども計算し尽くされた緻密なリズムと音響エフェクトを通過した音を聴いていると、曲が未来から語りかけてくるようにも聴こえてくる。常にブラン・ニューであることを強要するのではなく、シーンにあり続けるものを真に理解することの重要性を説く音楽がそこにはあった。
肝心なベースについて語るのを忘れていたようだ。ステージ下に設置されたサブ・ウーファーはとてつもない鳴りをしていた。会場の外に出たとき、これでもかというほど空気は澄み渡っていたほどだ。
文:高橋勇人