「!K7」と一致するもの

Moemiki - ele-king

 サブジャンルの聖地、東京。この街は、2000年代後半にシカゴから世界へと噴出したフットワーク・シーンにとって、砂のなかに埋もれたダイヤモンドのような存在であり続けてきた。フットワークに対する熱狂の波は、地元のダンス・シーンに取り込まれた際、まさに津波のごとき勢いを見せた。それは単に新鮮なダンス・ミュージックであるにとどまらず、黒人ダンス・コミュニティとの深い文化的紐帯を持ち、かつメインストリームの外側にあることを切望するクラブ・カルチャーを体現していたのである。
 しかしながら、世界的な紹介を経てからのここ7年ほど、フットワークはより派手で、あるいはより踊りやすい新たなジャンルとの競合を余儀なくされてきた。ダンス・ミュージックが誕生時よりもはるかに、はるかに、はるかに攻撃的になるにつれ、フットワークの血気盛んな人気は完全に衰えたわけではないにせよ、緩やかに霧散していった。他のジャンルと比較した際の「オフビートゆえの特異性」に対する不満は、近年のプレイリストにおける継続的な採用に影を落としている。「低音が弱く、シンク(同期)させるのが難しい」──かつてあるDJから投げつけられたその不平は、私の心を深く突き刺した。ひとりのDJによる泣き言だと思っていたものは、時を経て、多くのイベントにおけるフロアからの「沈黙の拒絶」へと進化してしまったかのように見えた。

 本来、フットワークは必ずしも単体で鑑賞するためだけの音楽ではない(もちろん、そうすることに何ら問題はないが)。それはむしろ、フットワークを通じた観客の適切な参与とフィードバックを本能的に要求する音楽である。この目新しさは、メインストリームの無関心という壁を前に、コール・アンド・レスポンスを渇望する献身的なサポーターや観客のコミュニティを育んできた。
 東京のフットワーク/ジュークの火を絶やさぬよう守り続けている中心的なDJのひとりが、Moemikiである。少なくとも2018年からDJシーンで活動し、フットワーク・シーンを支える強固な一翼を担ってきた彼女が、ついに初のオリジナル・トラック集『Amaharashi』を〈Usi Kuvo〉レーベルから発表した。ここは、むしろゴム(gqom)シーンのリリースで知られるレーベルである。Moemikiは1年以上にわたり、自身のDJセッションにおいて、それとは知らぬ聴衆を相手に自作曲をじらし、テストを繰り返してきた。より重要なのは、彼女がクラブの本格的なスピーカーでミキシングのダイナミクスを判断しながら、観客の反応を推し量るために作品を提示してきたことだ。自身の技術に対するこの執念は賞賛に値する。なぜなら、特定の種類の音楽が輝くためには、それがストリートとクラブの両方から生まれ、かつ両者によって承認されるべきであることを思い出させてくれるからだ。

 全6曲からなるこのコレクションは、単にフロアにふさわしい良質な音楽としてだけでなく、テクノの4/4拍子の単純さに近い機能を持つ他の音楽に抗う、このジャンルの進化の指標として注目に値する。
 オープニング・トラック “Tsurugidake ” の冒頭1分で、フットワーク特有の既視感が飛び出してくる。このジャンルの魔力は、しばしばオープンな空間と、最終的なダウンビートに向かってオフビートに小刻みに震える狂騒的な反復との往復にある。この曲を聴いていると、私は伝統的な畳の部屋に足を踏み入れたような感覚に陥る。一見、控えめな壁に囲まれているが、そこには深い精神の明晰さを得るために必要な「陰陽」を提示する、精緻な木彫りの装飾がアクセントとして施されているのだ。フットワーク由来のリズムに抗って弧を描くのは、体験全体を新鮮かつ流動的に保ついくつかのメロディックな変奏である。

 彼女は『Amaharashi』において、決してフットワークの純粋主義者ではない。ここではフットワークがデフォルトのスタイルとなっているが、その柔軟性ゆえに、 “Tsurugidake ” の終盤で見せるゴルジェ(gorge)的なベース・ビートが、いかなる苛立ちを伴う緊張感もなく突如として立ち現れる。タイトル曲では、パンデミック以降のここ数年で台頭した激しいベース・シーンに適切な注意を払いながら、ジュークとゴルジェの収束を継続させている。
 東京からしか生まれ得ないフットワークの姿は、 “Drone in the Fog ” において正当に表現されている。琴のサンプリングをメインメロディに据え、ロボットのような音声のノイズを配置することで、ダンサーがフロアで弾けるための絶妙な並置(ジャクスタポジション)を生み出している。確かなプロダクションに裏打ちされたこの曲は、それ自体が、フットワークの言語に精通したあらゆるダンサーを心酔させるに十分なうねり(エブ・アンド・フロー)を持っている。
 後半の数曲はフットワークの道筋からわずかに逸れ、現在のクラブ・シーンの反映をより強く投影している。メロディに関して言えば、すべての楽曲がイメージのワンダーランドであり、もしこれらがより長い尺のトラックであったならどのような響きになっただろうかと思わずにはいられない。このEPは全6曲、合計22分に過ぎないが、一秒たりとも無駄な時間はない。わずか22分のなかに、あまりにも多くの事象が詰め込まれている。

菊地雅章 - ele-king

 現代の私たちは、手のひらにある四角いガラス板の上で指を滑らせるだけで、あらゆる情報に触れることができる。だが、それはシステムの「表面」をなでているに過ぎない。
 パーソナル・コンピュータの父であるアラン・ケイがかつて、コンピュータを「粘土」に例えたのは、単なる操作感の話ではない。ユーザー自身が内部構造(プログラム)に手を突っ込み、骨格から作り変える──そんな自由を理想としたからだ。
 2026年現在、アルゴリズムが未知との遭遇すら「計算可能なレコメンド」として差し出す、この無菌化されたデジタル・グリッドの中には、あの泥遊びのような手触りは存在しない。
 だが、いまから40年前、無機質なシンセサイザーの群れを前に、電子音のしなやかな抵抗を指の腹で探り、その柔らかな手応えを確かめるように作品を編みあげた音楽家がいた。ジャズ・ピアニストという枠を超え、音の深淵を歩み続けた菊地雅章である。

 1958年に18歳でプロ・デビュー後、渡辺貞夫や日野晧正との共演を経て渡米。ギル・エヴァンス・オーケストラへの在籍やマイルス・デイヴィスのリハーサルへの参加などの活動を続け、81年にシンセサイザーを導入したアルバム『Susto』と『One Way Traveller』を発表。その後、本作『六大 (地・水・火・風・空・識)』の制作に、80年代の大半を費やすこととなった。

 菊地は本作では、録音した音の上に別の音を重ねていくオーヴァー・ダビングを封印した。事後的な音の塗り重ねや、時間軸を跨いだ修正は、彼にとって「音楽からの後退」を意味したからだ。必要なのは、一瞬の判断が生命線を分かつ、逃げ場のない「いま」への即応である。彼はすべての音をライヴ・ミックスしながらダイレクトに録音していく、彼自身が「リアルタイム・シンセサイザー・パフォーマンス」と呼んだ手法に没入していった。ごく簡単に言ってしまえば、大量の機材群(YamahaのDX7が6台、同じくQX1が4台、OberheimのOB-8が2台など、挙げればきりがない)をつなぎ、自動演奏パターンを仕込み、その上に即興ソロを乗せ、ミックスも同時にこなしながら、一発録りで完成させるという、極めてスリリングな方法だ。放たれる無数の電子音のなかで、その瞬間瞬間の判断を積み重ねながら、誰の目にも映ることのない巨大な彫刻をひとりで削り出していくような作業である。

 真言密教において万物を構成するとされる6つの要素──「地水火風空識」をタイトルに据えたこの全6作のプロジェクト。その幕開けとなるのは、憂いを帯びたレゲエのリズムの曲 “Reggae Triste” からはじまる『地・EARTH』だ。2曲目の “Andes” では、ガガーリンが宇宙から眺めた青い球体の光景から、人類が生まれる前の地底から突き上げられるカオスまでが、縦横無尽に拡散していく。
 その混沌を潜り抜けた先で、聞き手の意識をさらに深くへと引き込んでいくのが『水・WATER』だ。“Moon Splash” には、月光の飛沫が水面に弾けるような輝きと、底知れぬ不気味さが同居している。一方、“Aurola” で展開される、覚えのない影が背後を追ってくるような鏡的なシンコペーションは、後に登場するレイ・ハラカミの繊細な叙情や、エイフェックス・ツインの『Selected Ambient Works』が提示した孤高のサウンドへと繋がる、まだ誰も知らない予兆に満ちている。さらに特筆すべきは “Water Song” だ。BPMは121。突然、立体的なビートが立ち上がるこのトラックは、あらゆる方向からきめ細やかな音の粒が曲全体を纏う。深夜のクラブのメインフロアでこの曲が鳴り響くとき、人びとは瞬く間に平衡感覚を明け渡し、ただただ眩暈を伴う恍惚に呑み込まれていくに違いない。
 対照的に『火・FIRE』では極めて強いミニマリズムが支配し、『風・WIND』では穏やかさとは無縁の、ある種の恐れや不穏さを帯びた音風景が広がる。ミュジーク・コンクレートにも似たサウンドが漂う『空・AIR』では、どこか宗教的な響きも持ち合わせている。
 そして、プロジェクトの帰結とも言える『識・MIND』へと辿り着く。恐れずにいえば、約50分に及ぶこの楽曲には、終わりに向かう気配がない。ミニマルなループのイントロダクションが作り上げる網目を、一定の体温を保持した電気信号が、するすると滑り落ちていく。はっと息をのむのは、曲が30分に差し掛かろうとする直前。胎動か、あるいは宇宙の鼓動か。巨大な生命の脈動が、約1分間続く。『地・EARTH』からはじまった本作は、ここへきて、私たちの頭上の遥か彼方に意識が吸い上げられ、いつの間にか自分の身体の輪郭が曖昧になっていく。

 坂本龍一が信頼を寄せたテイラー・デュプリーによるリマスタリング、金岡秀友、稲岡邦弥、須川崇志、そして原雅明という、多角的な視点を持つ4名によるライナーノーツに加え、原雅明の著作『アンビエント/ジャズ マイルス・デイヴィスとブライアン・イーノから始まる音の系譜』に収録された菊地の1997年の未公開インタヴューも、本作を聴くための強力な補助線となる。機材の詳細、制作秘話、シュトックハウゼンやイーノへの傾倒、フランソワ・Kのレーベルからリリースされたハウスのトラックを作ったときの心境まで。それは過去を懐かしむためではなく、「いま」と真摯に向き合うことを一度も手放さなかった、ひとりの人間のドキュメンタリーだ。ただ、意外なのが、ここでの菊地の語り口が、ストイックな音楽とは裏腹に驚くほど軽やかなことだ。飾らない言葉で、包み隠さず話すその率直さに触れたとき、この作品を「超大作」と身構えて聴いてしまっていた自分を、どこか恥じるような気持ちにさえなってしまった。

 インターネットは世界を広げるどころか、色彩豊かな現実を遮断し、私たちの感性を日々狭めている。そこにあるのは、アラン・ケイが危惧した「遠隔操作」のような手応えのない世界であり、予期せぬノイズを排除した〈管理された偶然〉の虚構だ。しかし、菊地雅章が本作で示したのは、その真逆にある。テクノロジーを自らの身体の延長として扱いながら、それらを支配するでもなく、されるでもなく、長年に渡り電子音と向き合い、対話を続けてたどり着いた、コントロールの向こう側にある〈あるべき偶然〉。そこには、あまりにもやわらかな生命が、息づいている。

「『リアルタイム』っていうのは “いま” に対するフレキシビリティがないと絶対にできないからね」
── 菊地雅章

KENNY DOPE JAPAN TOUR 2026 - ele-king

 ルイ・ヴェガとケニー・ドープによる、ニューヨークを拠点とする伝説的プロデューサー・デュオ、Masters At Work (MAW)についていまさら説明するのもナンだが、ひと言で表すなら、90年代のハウス・ミュージック黄金期の象徴、その影響はダフト・パンクからマドンナまでとおそろしく幅広い。また、その特徴は、ハウス・ミュージックをベースに、ジャズ、ファンク、ソウル、ラテンを自在にミックスしたこと。ハイブリッドなNYサウンドのひとつの型を創出したことにあります。で、ケニー・ドープ——ビート職人であり、ファンクの探求者として崇められている。当日は、間違いなく、タフなファンクの祭典となるでしょう。

KENNY DOPE (MASTERS AT WORK, KAY-DEE RECORDS, DOPEWAX / Brooklyn, NY)
 グラミー賞に4度ノミネートされたDJ/プロデューサー、KENNY “DOPE” GONZALEZは、ダンスミュージック史において最も影響力のあるアーティストの一人である。ルイ・ヴェガとの伝説的デュオMasters At Workの一員として、ハウス、ヒップホップ、ラテン、ジャズ、ソウルを横断する革新的なサウンドを生み出し、ビョーク、ジャネット・ジャクソン、ダフト・パンク、ルーサー・ヴァンドロスら数多くのアーティストのプロダクションやリミックスを手がけてきた。
 ソロ名義ではThe Bucketheadsとして発表した「The Bomb! (These Sounds Fall Into My Mind)」が世界的ヒットを記録。さらにケブ・ダージと共に設立したKay-Dee Recordsや、自身のレーベルDopewaxを通じてレア・ファンクの再発や新たな音楽の発掘にも尽力している。近年はMasters At Workとしてブライアン・ジャクソンのアルバム『Now More Than Ever』のプロデュースも手がけ、世代を超えたコラボレーションを展開。豊富な音楽知識と卓越したビート感覚を武器に、45sからハウスまで縦横無尽に紡ぐDJプレイは世界中のフロアを魅了し続けている。
IG : https://www.instagram.com/djkennydope

Nondi_ - ele-king

 ノンディのセカンド・アルバムは、90年代の〈ワープ〉スタイルのエレクトロニカにおける現在形のような作品で、ようは部屋でぼーっと聴いていると気持ちいい。かの『アーティフィシャル・インテリジェンス』のアートワークとして、あの時代ならではの低解像度CGで描かれた人物のように、ソファに座って一服しながらこのサウンドの世界に浸れたらどんなに楽しいことだろうか……いや、でも待てよ。そうじゃない。あの時代の音楽に似ているこれは、決定的にあの時代のエレクトロニカとは違っている。
 90年代の〈ワープ〉スタイルのエレクトロニカが、レイヴの混濁とした狂乱からの逃避だったと言えるなら、ノンディのセカンド・アルバムは、それらすべてが情報化されインターネット上に吸収された世界から、むしろ混濁とした狂乱という現実世界を夢見ている作品だと言えるだろう。この時空のねじれを、ぼくのようなアナログネイティブな世代は、ノンディのようなデジタルネイティブ世代と出会ったときに痛切に感じてしまう。

 ペンシルベニア州ジョンズタウンという、アメリカでもよく知られていない町のプロデューサー、Nondi_ことタティアナ・トリプリンにとって、ある時期までインターネットこそが世界だった。でなければ、幼き頃、気の合う友だちがいなかった彼女がAFXに人生を救われることもなかった。「制作をはじめる決定的な動機になったのは、エイフェックス・ツインを死ぬほど聴いたことね」、彼女は『Tone Glow』のインタヴューでそう語っている。「“史上最高にクールな音楽だ”と思っていたのが、“自分でもこういう音楽を作りたい”に変わった。たぶん中学3年生の頃、エイフェックス・ツインみたいな音楽を作りたいという衝動に駆られたのは」
 それから彼女は、ヴェイパーウェイヴとOPN(ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー)に心酔し、ムーディーマンとデトロイト・テクノ(とくにジェフ・ミルズとロブ・フッド)に感激した。「私はデトロイト・テクノをもう何年も、めちゃくちゃ愛している。ムーディーマンなんて、もう……最高すぎて言葉にならない。彼は、私が初めて知った黒人の電子音楽家だった」と彼女は『Finals』のインタヴューで答えている。そして、フットワークとDJラシャド。「DJラシャドを死ぬほど聴き続けてきた」とノンディは強調する。「『Flood City Trax』は、そうした音楽に強く影響を受けながらも、その場所を実際に見ることができない自分と、まわりにそれを共有できる相手が誰もいない場所で生きているという状況を反映したような作品なんだ」

 90年代のエレクトロニック・ミュージシャンたちも、もちろん過去(クラフトワークその他)に対する尊敬はあった。だが、その音楽はほとんど同時代(ヒップホップ、ハウス、テクノ、ジャングル)からの刺激を主要成分とし、誰もが1年前にあったサウンドを(たとえ不可能だったとしても)更新することに腐心していた。圧倒的な「現在」があり、時間軸は過去から未来に直進し、作り手にとっても聴き手にとっても、その関心のほとんどは、まずは「それが新しいかどうか」に集中していた。しかし、ノンディのバイオグラフィーとその音楽から感じるのは、言うなれば過去への調査網と横に広がる時空であって、90年代にあった直進的な(リニアな)時間感覚ではない。非ユークリッド幾何学的に、過去を写しながら横に広がるその時空における任意の場所が、今回の場合で言えばノンディにとっての起点になっているのだ。
 彼女は自らのその音楽を「ネット音楽」と認識している。デジタルネイティヴの音楽やDJのほとんどが、それ以前とは異なる時空感覚を得てしまった、ある種の「ネット音楽」ではないかとぼくは思っている。この感覚をぼくは、あまたのインディ・ロック・バンドにも、もちろんハイパーポップにも、一見アナログ世界に思える人気漫画『ふつうの軽音部』においても感じてしまう。今日のDJは現在のサウンドよりも昔の曲を多くかける(90年代では、2年前の曲をかけたらそのDJは見捨てられたものだ)。『ふつうの軽音部』では、ZAZEN BOYSや銀杏BOYZなんかがマニアックでイケてるバンドになっているが、こうした何十年も昔の作品に対して無邪気に接することのできる感覚は、パンク/ポスト・パンクの時代には……、いや、50年代にも60年代にも、いや、20世紀後半にはまずなかった。
 アナログネイティブな時代では、時間は直進し時代は進化する、そんな勝手な思い込みがあったのだろう。家電の進化を経験し、原稿用紙は不要となって、電話さえも使用頻度が減る。そんな変化を経験してきた世代なのだから、「新しきものは善である」という認識が、なんとなく当たり前だと普遍化されていたのかもしれない。しかし、そんなぼくでさえも、ノンディを聴いたり、松島広人君や高校生と話したりしながら、現代のデジタルネイティブな感覚に慣れつつある。だから、ブライアン・イーノが提唱した「シーニアス(Scenius)」という概念は、いまこの時代になると、なおさらアイロニカルな説得力を持ちえてしまった。90年代はたしかに、特別な才能を持った強烈な個人よりも、シーンそのものが研磨した複数の人たちが時代を切り開いていた。シーンは濃密で、強度があった。今日、シーンと呼べるものが、ローカルなブラック・コミュニティ(ないしは非西欧圏)を除けば、ともすれば無きに等しいのではないかと錯覚してしまうのは、インターネットの影響は当然として、急激なフェスの増加にもその原因があるのだろう。

 ノンディは、現実的にシーンなどない場所から登場した。いや、より正確に言えば、シーンなどない場所で生活しているからネットでしか姿を見せることができなかった(彼女は2016年、ネットレーベル〈HRR〉を始動させている)。前作『Flood City Trax』は、ネット音楽家としてのノンディのある意味そのときの集大成と言える。だが、ノンディは今作で、シーンなどない自分のリアルな生活圏にシーンを作ろうとしている。少し気取って言えば、サイバースペースからやって来た彼女が、何もないところに「場」を作ろうとしているのだ。
 本作でフィーチャーされているジャングルは、30年以上前の発明品だが、いま「イケてる」スタイルのひとつである。リニアな時空間を失ったこの世界において、ひとつの共通言語としていたるところで盛り上がっている(ぼくは実のところ、キシリトールのアルバムのレヴューをしたくてたまらないのだ)。しかしながら、彼女はジャングルを歪ませ、なにか違うものに変換しようとしている。うまくいっているとは思えないが、しかし、なにか手を加え、変えようとしている。ぼくはその濁らせ方を面白く感じている。
 「私はただここに座ってシカゴをパクることはできないと思った。私はシカゴ出身じゃないから、シカゴのプロデューサーほどハードにはなれない。だから、自分に影響を与えたものに敬意を払いつつ、自分の出身地を反映した何かを作らなきゃいけない」とノンディは語る。「西ペンシルベニアには、なんだか無骨でハードなサウンドがたくさんある。ハードコアで、ラフで、ローファイなサウンドがこの地域をよく表している。みんな、いろんな種類のハードコアやロック、フォーク・パンクなんかが好き。もちろんヒップホップもたくさんあるけれど、ここのダンスサウンドはもっとハードコア寄りね」

 彼女が今作の表題を自身の名義を冠した『Nondi...』とした理由もそこにあるのかもしれない。「ハードコア寄り」とはいえ、リスナーに試練を与えるような、むき出しの過剰さがあるわけではない。なにせ彼女はハローキティをこよなく愛する、ある意味真性のkawaiiオタクである。だが、今作のジャケットにおいて、それはマイメロなのかキキララなのか、kawaiiキャラが意図的にローファイ化されている。しかしいったい、ローファイ化されたハローキティなど誰が望む? ──誰も望まないわけがない。なぜなら、音楽の世界では、滑らかで輝かしく、ほやほやですべすべしたものを汚し歪ませ、別のものに転換することで、より多くの成果を成してきたのだから。なぜかって? そりゃあもう当然、ほとんどの人が音楽を単なる産業ではなく、アートの一種だと思ってきたからだ。
 ノンディは孤独ではあったが、政治的だった。彼女が政治活動に興味を覚えたのは、トランプが最初の選挙で当選したときである。「社会主義理論をたくさん読み漁った。いまの状況があまりに酷いから、活動は必然として考えるようになった。情熱を持って取り組んでいるけれど、どちらかというと“ああ、これだけ世のなかがめちゃくちゃなんだから、絶対にやらなきゃいけないんだ”という義務感に近い」とノンディは言う。
 彼女が初めてテクノの聖地(デトロイト)を訪れたのも音楽が理由ではなく、「パレスチナのための人民会議」に出席するためだった。それが「ムーヴメント」という野外テクノ・フェスの開催日と重なっていたのは偶然だった。「労働者階級のアーティストとして、それを労働者階級のために政治化していく責任が少なくともあると感じている」とノンディは打ち明けている。「私がこれまで出してきた音楽のほとんどは政治的なものではないし、具体的なメッセージを伝えているわけでもない。でも、活動の現場にいる年上の人たちから学んだり、いろんな理論を読んだり、さまざまな場所から影響を受けたりするなかで、自分の音楽をより政治的にしていくアプローチがあるはずだと考えるようになった」

 今日のエレクトロニック・ミュージックの始祖を考える際、クラフトワークとドナ・サマーに多くの比重を置く者であれば、この音楽が身体的なリズムに起因していることをよくわかっているだろう。ゆえにこの音楽は、匿名という鎧をいいことにネット限定で暴言を吐きまくるデジタル版烏合の衆と同じ空間にいるべきではないのだ。
 「いまではネットが狭く感じるようになった」とノンディが言うように、90年代には世界を良きモノとする無限の理想郷に思えたサイバースペースは、リアル世界では言えない罵詈雑言に溢れ、堅苦しく、居心地が良くないばかりか散財もうながすという、用が済んだらとっとと退却したい場所になっている。「私はゲットーで育った人間。それも “田舎のゲットー ” でね。だから、現実がどういうものか知っているし、混沌とした世界のなかで、人びとが自分を変えようとしたり世界を理解しようとしたりして、どれほど苦闘しているかもわかっている」

 今日の時間感覚は、静止画像がゴムのようにところどころ、伸びたり、引っ張られたりしているだけなのだろうか、あるいは、ウロボロスのように、過去が再生して未来になる循環なのだろうか。あるいは、リニアに進んだところで、良いことはないかもしれないという予感めいたものがその感覚に干渉しているのだろうか。そうかもしれない。だが、たったいま重要なのはそこではないようだ。30年前の音楽が現在において有効であるなら、30年前にデリック・メイから言われた言葉を思い出しても良かろう。「たったふたりでも、いや、たったひとりでも、そこに人間がいたらシーンだ」
 『Flood City Trax』を出したとき、ロレイン・ジェイムスからの称賛のメールが、もっとも嬉しかった出来事のとひとつだったとノンディは言う。シカゴでもデトロイトでもNYでもフィラデルフィアでもLAでもアトランタでもない、田舎で暮らす孤立したひとりの黒人が、エレクトロニック・ミュージックの歴史がほとんどない地元との接点を求めて制作したのが、どうやらこの『Nondi...』のようだ。AFXに刺激されてからかれこれ16年以上、ベッドルームで音楽を作り続けてきた彼女が、ヘッドフォンではなく、初めてスピーカーを設置して制作した作品である。混濁とした世界のなか、日常生活の雑音とともに、この元「ネット音楽」をスピーカーで聴いてほしい。

※文中にあるように、本稿は以下のインタヴューを大いに参照している。
https://toneglow.substack.com/p/tone-glow-110-tatiana-triplin-nondi_
https://finals.blog/posts/The-Nondi_-Interview

真舟とわ - ele-king

 玉虫色の声を持つ人がいる。ルビンの壺のように、青にも金にも見えるあのドレスのように、出会ったときの空気の匂いやちょっとした生活の変化で、いかようにもリスナーに見せる表情が変わる声。幼さも老成もワンプレートで差し出すような、簡単には解せない声。

 さしづめ真舟とわには、その資質がたっぷりと備わっている。カラッとした童謡と虚空に投げるバラードとの間を行ったり来たりしながら、彼女は気丈に歌う。演劇的ですらある。

 YouTubeやSNSにアップされたライヴ映像をいくつか眺めてみると、カフェの店内から芝生の上まで、じつに様々なシチュエーションで歌っていることがわかるだろう。自身のバンドであるヒュードロドンを連れてライヴハウスで歌うこともあれば、縁側でひとり歌うこともある。そのなかで確かなことは、どんな環境でも埋もれることなく──それは比喩的な意味においても、そして音響的な効果においても──真舟とわの声が際立つことだ。決して張り上げる歌唱法ではないものの、フォーク・シンガーとして屹立している声。青葉市子やmei eharaのように、環境に合わせて連動こそはすれど実存は手元から離さない、そうした気高さに真舟とわはリーチしているようにも聴こえる。

 声が環境に合わせて役割を演じるなら、その創造性を解き放つための土台はできるだけ広い方がよい。そこで真舟は「海」という、これまた多義的な舞台を選び、自身の声が持つポテンシャルを双方向的に高める妙策を放った。カメラ割りもシーン設定も、ここでは全てがあなた次第。『海を抱いて眠る』はコンセプト・アルバムであり、そのコンセプト設定もあなたへと開かれているのだ。

 例えば “Eyes” では《海は目の前にあるのさ/いつも君の瞳が閉じているだけさ》という言葉からはじまる。霧笛のようなホーンとともに伸びやかに歌うと、今度はギターのバッキングとストリングスが追いかけてきて、高揚感を煽りながら同じ文言を繰り返す。ここでの「海」で何を見たのか、真舟は言わない。ただ、意味もなくつま先立ちになってしまうような、そんな微かな胸の高鳴りへと自身が吸い込まれる様だけが、2分半の間に描かれていく。

 続く “海のにおい” でも、真舟は《風、呼ぶその先にある声聞こえる?/耳を澄まして》と問いかける。どうやら私たちの目の前に、重大らしいそれはすでにあるらしい。その個別具体的な姿形についてはやはり明言せず、余白のあるオーケストラル・ポップは安寧へと誘う。言葉であれアレンジであれ、全ての要素が真舟の声が導く可能性に耳を傾けているのだ。幽体コミュニケーションズのpayaと歌う “天使はどこに” では夢を跨ぐように、子どもの笑い声が朗らかな “こんにちは今日” ではまるで地球最後の日が到来しているかのように、世界への感動がただ歌われている。

 さらにトーンを落とした後半では、先ほどまで眺めていたはずの海の底に触れて、心象とシンクロするように歌い継いでいく。だからこそアコースティック・ギターのバッキングとトランペットから始まる “birth” が抜けるように響くのだ。ベイルートが『Gallipoli』で描いたような、記憶の外にある港から漕ぎ出す体験。《新しい声はいつの日もどこかで高らかに笑っている》というのは、“海のにおい” で澄ませた耳を寿ぎ、強烈な生命賛歌として海原を渡っていく。

 『海を抱いて眠る』の特設サイトで、真舟とわは「あなたの海を覗かせてください」と尋ねている。彼女にとっての海は自身が生まれ育ったあたたかな瀬戸内海だったらしいが、他にも様々な海があるはずだ。「きっとそれを覗いてみたら海へのイメージはもちろん、その人の生活や性格生き様さえもほんの少し見えてくるような気がする」真舟はそう考える。『海を抱いて眠る』はその想像力へと最大限開かれた作品だ。もしかしたら、ある人にとって「海」は「海」ですらないかもしれない。間違っちゃいない。あなたがそう感じたなら確実にそうだ、決して飛躍しすぎてはいない。好きな場所へと渡っていく自由がここにはある。

heykazma - ele-king

 どんどん活躍の場を広げていっている若手DJのheykazma。その主催パーティ〈yuu.ten〉が、ライヴ・ハウスの月見ル君想フと共同で新企画を始動。「もぎゅるんぱ!」と題して5月3日に開催されることになった。ラッパーのなかむらみなみや徳利、トラックメーカーのimai、そしてビヨンセ研究所などが出演する。詳しくは下記より。

heykazma主催パーティー・yuu.tenとライブハウス・月見ル君想フによる共同企画『もぎゅるんぱ!』が5/3青山 月見ル君想フで開催決定。


アルファ世代の新星DJ・heykazma(ヘイカズマ)が主催する”音に溶ける”をコンセプトにしたパーティー『yuu.ten』と、青山にある文化娯楽施設&ライブハウス『月見ル君想フ』による共同企画『もぎゅるんぱ!』が2026年5月3日に 青山 月見ル君想フで開催決定。

本企画には、日本語詞とオリジナリティ溢れるフロウでトラップ、ダンスホール、クラブトラックを自在に横断する唯一無二のラッパー・「なかむらみなみ」、group_inouとしての活動をはじめ、クラブからライブハウス、大型フェスまで活動の幅を広げ続けるトラックメーカー・「imai」、ユーモアたっぷりに日常やリアルな生活感を織り交ぜたリリックで注目を集めるアーティスト・「徳利」、そしてビヨンセのステージ再現パフォーマンスを主軸に活動する日本で唯一の研究所・「ビヨンセ研究所」によるパフォーマンスなど、4組のライブアクトがラインナップ。

さらに、ジャンルの枠に収まらないプレイで各地のパーティーに名を連ね、独自の存在感を放つ「FELINE」、たぬきがやっているお祭りがコンセプトのイマジナリーパーティ『ぽんぽこ山』を主催するなど、ヘンテコ電子音楽の使い手・「テンテンコ」、月見ル君想フ・ブッキングマネージャーの「中村亮介」、yuu.tenオーガナイザーの「heykazma」がDJとして出演。フライヤーデザインは「Ginji Kimura」が手掛けた。
ここでしか見れない異なるカルチャーが交差し、音楽とパフォーマンスが溶け合う特別な一夜となる。

『もぎゅるんぱ!』イベント詳細
日時: 2026年5月3日(日)18:00-
会場: 青山月見ル君想フ
料金: ADV ¥3,300 / U-25 ¥2,000 / DOOR ¥4,300 (Drink別)
販売: 月見ル君想フ公式website
出演:
[LIVE] なかむらみなみ / imai / 徳利 / ビヨンセ研究所
[DJ] FELINE / テンテンコ / heykazma / 中村亮介
最新情報は公式SNSで随時更新予定。
yuu.ten
Instagram: https://www.instagram.com/melting_yuu.ten
X: https://x.com/melting_yuuten

青山 月見ル君想フ
Instagram: https://www.instagram.com/moonromantic_jp/
X: https://x.com/moonromantic

Leila Bordreuil + Kali Malone - ele-king

 カリ・マローンとレイラ・ボルドルイユによる『Music for Intersecting Planes』は、両者にとって初の本格的なデュオ作品であり、ドローン(持続音)とミニマル(反復)というふたつの音楽的語法の現在地を示す重要な一作である。本作『Music for Intersecting Planes』は、スティーヴン・オマリー[*編注1]主宰のレーベルにして、現代実験音楽の重要な拠点ともいえる〈Ideologic Organ〉からリリースされた
 『Music for Intersecting Planes』の核は、持続音同士が重なり合い、交差し、ときに軋みや衝突を伴いながら推移していくそのプロセスにある。いずれの音もどこか硬質な質感を帯びているが、そこから絶えず立ち現れる微細な「揺らぎ」が、結果として1960年代後半のサイケデリックな響きを想起させもする。

 まず初めに、カリ・マローンとレイラ・ボルドルイユの経歴を簡単に整理しておきたい。カリ・マローンはアメリカ出身で、現在はストックホルムを拠点に活動する作曲家/オルガニストである[*編注2]。純正律に基づく持続音(ドローン)の探求をおこない、現代「ドローン音楽」を代表する存在となった。代表作『The Sacrificial Code』(〈iDEAL Recordings〉/2019)では、教会オルガンと建築空間の残響を統合し、音響を時間ではなく空間として提示する方法を確立した。その後も『Living Torch』(〈Portraits GRM〉/2022)では金管アンサンブルを導入した。さらに『Does Spring Hide Its Joy』(〈Ideologic Organ〉/2023)では長時間の持続音の中で音色や音程の変化を極限まで引き延ばし、『All Life Long』(〈Ideologic Organ〉/2024)では、旋律的な要素とドローンを見事に交錯させるなど、一貫して「音の持続(ドローン)を構造化する」実践を続けている。
 加えて、本作『Music for Intersecting Planes』に先立つ重要な流れとして、カリ・マローンと実験音楽集団コイルのドリュー・マクドウォールによる『Magnetism』(〈Ideologic Organ〉/2025)も紹介しておきたい。『Magnetism』は持続音と電磁的な揺らぎが織りなす、緊張と静謐の均衡点を探る作品であった。マローンのミニマルなドローンに、マクドウォールの電子音響が干渉し、音は固定されず微細に変容し続ける。時間の流れは線形ではなく、場のように立ち現れ、聴取者を包み込む。両者の美学が拮抗しつつ融合した、精緻で物理的な音響を展開していた。ここでもマローンは音響の干渉をテーマに、持続音と音響空間の構築と生成を追求していたように思える。
 2026年のカリ・マローンは、ピュース・マリーとともに〈XKATEDRAL〉から発表されたスティーヴン・オマリーの新作『Spheres Collapser』にも参加している。同作もまたパイプオルガンによるドローン作品であり、『Music for Intersecting Planes』と併せて聴くことで、持続音がもたらす知覚の変容を、より明確に捉えることができるだろう。
 一方のレイラ・ボルドルイユは、NYを活動拠点とするチェリスト[*編注3]。チェロという伝統的な楽器を出発点としながら、その役割/音響を拡張してきた音楽家にして演奏家である。『Headflush』(〈Catch Wave Ltd.〉/2019)では増幅とフィードバックによってチェロを振動体として扱い、『Not An Elegy』(〈Boomkat Editions〉/2021)では環境音を取り込むことで演奏と空間の境界を曖昧にした。さらに『1991, Summer, Huntington Garage Fire』(〈Hanson Records〉/2024)では記録音とノイズ的演奏を衝突させ、音と記憶の関係を浮かび上がらせている。

 これらに共通するのは、音を固定されたエレメントとしてではなく、ノイズや環境音などさまざまな音との相互作用として捉える姿勢である。本作『Music for Intersecting Planes』は、これまでの流れを引き継ぎながらも、さらに踏み込んだ内容となっている。音は空間のなかでいくつもの層となって重なり合い、互いに影響し合いながら変化していく。言い換えれば、ふたつの音が異なる条件のもとで同時に交わり続けている状態である。これは、旋律や声部の関係によって構築される従来のポリフォニーとは異なり、音同士の重なり方やずれ、その関係そのものを作曲の単位として扱う試みである。
 『Music for Intersecting Planes』の録音はスイスのラ・トゥール=ド=ペイユ寺院でおこなわれた。エレン・アークブロの傑作『Nightclouds』(2025)の録音やフェリシア・アトキンソンのライヴなどがおこなわれた場所でもある。石造建築特有の長い残響によって音の減衰が引き延ばされ、過去の音と現在の音が重なり合う瞬間が訪れる場所だ。
 編成はチェロ、パイプオルガン、サイン波。劇的な強弱変化はほとんどなく、音のわずかな揺れが持続的に展開される。そのためリスナーは全体構造ではなく、微細な変化に意識を向けることになる。顕微鏡を覗き込み、音の変化を観察するように。ここにおいて時間は直線的に進むのではなく、空間のなかに留まり、層として知覚されていくのだ。
 録音はシングルテイクに近い方法でおこなわれ、編集による時間操作は極力排除されている。この手法によって、演奏の連続性や偶発性がそのまま作品に定着し、音響が生成される過程そのものが提示されることになった。
 収録された4曲は、それぞれ異なる音響の状態を示している。まず1曲目 “Intersecting Planes I” では、オルガンのドローンの上にチェロの持続音が重なり、わずかなピッチの揺れによって内部に細かな動きが生まれ、軋むような音が空間のなかで生成されている。まるで持続音をフィールド・レコーディングしたようなサウンドなのだ。この1曲でアルバム全体のトーンを見事に表現している。2曲目 “Intersecting Planes II” では高音と低音が交錯し、音同士の衝突や干渉がより明確に知覚される。ここでは「演奏された音」よりも「生成された音響」が前面に現れる。3曲目 “Pilots in The Night” は最も静的で、音が重なりながらゆっくりと変化していく。最終曲 “Endless Dance of Eternal Joy” は約1分30秒と短く、アルバム中で唯一、旋律的な要素が現れるが、反復ののち唐突に終わる。

 アルバム全体を通して聴くと、ふたりの音楽性の変化がはっきりと見えてくる。マローンは、従来の厳密な和声構造をやや緩め、より粗く、物質感のある音へと踏み出している。一方、ボルドルイユはこれまでのノイズ志向から距離を取り、持続音へと接近している。つまり両者とも「ノイズ」へと接近している。そこでは音同士の干渉によって持続音が生成され続け、その響きは空間や聴き手の感覚に深く刻み込まれていく。
 こうした変化は、音そのものの捉え方の転換へとつながっている。本作においてふたりは、音を「演奏する」や「聴く」という対象としてではなく、「観測する」対象として扱っているように思える。つまり音響の聴取から音響の観測へ。その点において、本作は現代エクスペリメンタル・ミュージックにおける重要なアルバムのひとつといえよう。

編注1 セルフタイトルの新作も話題のシアトルのドローン・メタル・バンド、サン・O)))としての活動でも広く知られている、2000年代以降のドローンの重要人物。
編注2 スティーヴン・オマリーのパートナーでもある。
編注3 アーロン・ディロウェイのレーベル〈Hanson Records〉からもリリースしているほか、ローレル・ヘイローとのコラボレイトしたり、アニマル・コレクティヴやジェイムズ・K作品に参加したりもしている。

Jane-B - ele-king

 anonymassやYMOのサポート、METAFIVEなどでの活動で知られる音楽家、ゴンドウトモヒコ。最近はゲーム・クリエイターにしてデザイナー、音楽家でもある佐藤理との共作を送り出している彼だけど、そんなゴンドウの「別の時間線を生きてきた人格」だというジェンビー(Jane-B)がアルバムをリリースしている。題して『Things That Don't Quite Stay』。歌モノだ。
 ジェンビーは、「オクラホマ州のどこでもない場所のあいだにいる2人組」とのことで、ゴンドウが生まれたころより家族から呼ばれている愛称でもあるという。なにはともあれ、まずはこちらから聴いてみよう。

https://linkco.re/3DACRFyS?lang=ja

Introduction to P-VINE CLASSICS 50 - ele-king

2026年3月の3枚

Penny Goodwin
Portrait Of A Gemini

Pヴァイン

JazzSoul

https://anywherestore.p-vine.jp/products/plp-8313cb

ミルウォーキーのジャズ・シンガー、ペニー・グッドウィンの人気作。1973年から1974年にかけ録音、プライヴェート・レーベルからのリリースだったため2,000枚しかプレスされなかったという幻の1枚。ギル・スコット・ヘロン “Lady Day & John Coltrane” やマーヴィン・ゲイ “What’s Going On” のカヴァーは必聴。

Naked Artz
Penetration

Pヴァイン

Hip Hop

https://anywherestore.p-vine.jp/products/plp-8307

90年代半ば、『悪名』『続悪名』『Hey! Young World』といったコンピレーションへの参加やシングル/EPのリリースなどにより注目を集めたグループのデビュー・アルバム。メンバーはMili、K-ON、DJ TONK、DJ SAS。心地いいサンプリング・サウンドとMC陣による軽妙な掛け合いがみごとマッチ。RHYMESTERやRAPPAGARIYAなどゲストにも注目だ。

NRQ
Retronym

Pヴァイン

JazzAlternativeFolk

https://anywherestore.p-vine.jp/products/plp-8309

「ニュー・レジデンシャル・クォーターズ」とは新興住宅地のこと。吉田悠樹(二胡)、牧野琢磨(ギター)、服部将典(コントラバス)、中尾勘二(管楽器、ドラム)からバンドが2018年に発表した4作目。ブルーズ、カントリーからジャズ、ラテンまで文字どおりさまざまな音楽を吸収・消化、唯一無二の音楽を響かせる。パンデミック期に名をあげた “在宅ワルツ” も収録。

2026年2月の1枚

Positive Force
Positive Force feat. Denise Vallin

Pヴァイン

SoulAOR

https://anywherestore.p-vine.jp/products/plp-6955cw

ギタリストのスティーヴ・ラッセルを中心に結成された西海岸のバンド、ポジティヴ・フォース。彼らが1983年に残した自主制作盤にして唯一のアルバム、そのクオリティの高さからソウル/AORコレクターたちを魅了しつづけてきた入手困難な1枚が、カラー・ヴァイナルで蘇った。まずは冒頭 “You Told Me You Loved Me” を聴いてみて。

2026年1月の2枚

MS CRU
帝都崩壊

Pヴァイン

Hip Hop

https://p-vine.lnk.to/qAsYHEBB

MSC
MATADOR

Pヴァイン

Hip Hop

https://p-vine.lnk.to/XoBDhVKf

新宿を拠点に活動していたMSCは、KAN(漢 a.k.a. GAMI)、TA-BOO(TABOO1)、PRIMAL、O2、GO a.k.a. G-PRINCEから成るグループ。2000年から活動をはじめ、コンピ『homebrewer's vol.1』への参加などを経て徐々に注目を集めていき、2002年にMS CRU名義でファーストEP「帝都崩壊」を発表。勢いそのままに翌年、満を持してのファースト・アルバム『MATADOR』(2003)が放たれる。彼らのダークなサウンドと生々しいリリックは、「構造改革」に沸く当時の日本の裏、ストリートというもうひとつの風景を浮かび上がらせていた。

2025年12月の1枚

キング・ギドラ
空からの力:30周年記念エディション

Pヴァイン

Hip Hop

https://p-vine.lnk.to/ii7WKV

「P-VINE CLASSICS 50」第1弾として12月にリリースされたのが、2025年にリリース30周年を迎えたキング・ギドラ『空からの力』の特別エディションだ。Kダブシャイン、Zeebra、DJ OASISからなるトリオのこのデビュー・アルバムは、日本語の押韻(ライミング)の可能性を大きく広げた1枚。重量盤LPとカセットテープの2フォーマットがすでに発売中、配信もされているので、チェックしておきたい。

MODE - ele-king

 一昨年、スティル・ハウス・プランツを招聘し、リキッドルームでそのすばらしいライヴを提供したMODEが、来る6月、今度はモイン(Moin)を呼ぶ。
 モインは、かのレイム(Raime)を母体にしたロック・バンドで、簡単に言えば、レイム+ヴァレンティーナ・マガレッティ(Valentina Magaletti)で構成されるロック・バンドである。スティル・ハウス・プランツ同様に、ロック・サウンドを更新させようとする点において、ポスト・パンク的な感性/実験性を持っている。つまり、ディス・ヒートやワイアーたちの子孫だと言える。
 ヴァレンティーナ・マガレッティは、ここ数年のキーパーソンのひとりで、最近ではNídia & Valentina名義のアルバムもあったし、昨年は日野浩志郎との共作アルバムを出しているわけだが(レヴューしようと何度も聴いて、しかし書けなかった一枚)、goatの出演もある。
 これは、楽しみです!

開催日時:2026年6月6日(土) OPEN 17:30 / START 18:30
会場:LIQUIDROOM(東京都渋谷区東3-16-6 / MAP)
チケット料金 :スタンディング ¥8,000(税込・ドリンクチャージ別)[ZAIKOにて販売中]
出演者:Moin / goat

2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111 112 113 114 115 116 117 118 119 120 121 122 123 124 125 126 127 128 129 130 131 132 133 134 135 136 137 138 139 140 141 142 143 144 145 146 147 148 149 150 151 152 153 154 155 156 157 158 159 160 161 162 163 164 165 166 167 168 169 170 171 172 173 174 175 176 177 178 179 180 181 182 183 184 185 186 187 188 189 190 191 192 193 194 195 196 197 198 199 200 201 202 203 204 205 206 207 208 209 210 211 212 213 214 215 216 217 218 219 220 221 222 223 224 225 226 227 228 229 230 231 232 233 234 235 236 237 238 239 240 241 242 243 244 245 246 247 248 249 250 251 252 253 254 255 256 257 258 259 260 261 262 263 264 265 266 267 268 269 270 271 272 273 274 275 276 277 278 279 280 281 282 283 284 285 286 287 288 289 290 291 292 293 294 295 296 297 298 299 300 301 302 303 304 305 306 307 308 309 310 311 312 313 314 315 316 317 318 319 320 321 322 323 324 325 326 327 328 329 330 331 332 333 334 335 336 337 338 339 340 341 342 343 344 345 346 347 348 349 350 351 352 353 354 355 356 357 358 359 360 361 362 363 364 365 366 367 368 369 370 371 372 373 374 375 376 377 378 379 380 381 382 383 384 385 386 387 388 389 390 391 392 393 394 395 396 397 398 399 400 401 402 403 404 405 406 407 408 409 410 411 412 413 414 415 416 417 418 419 420 421 422 423 424 425 426 427 428 429 430 431 432 433 434 435 436 437 438 439 440 441 442 443 444 445 446 447 448 449 450 451 452 453 454 455 456 457 458 459 460 461 462 463 464 465 466 467 468 469 470 471 472 473 474 475 476 477 478 479 480 481 482 483 484 485 486 487 488 489 490 491 492 493 494 495 496 497 498 499 500 501 502 503 504 505 506 507 508 509 510 511 512 513 514 515 516 517 518 519 520 521 522 523 524 525 526 527 528 529 530 531 532 533 534 535 536 537 538 539 540 541 542 543 544 545 546 547 548 549 550 551 552 553 554 555 556 557 558 559 560 561 562 563 564 565 566 567 568 569 570 571 572 573 574 575 576 577 578 579 580 581 582 583 584 585 586 587 588 589 590 591 592 593 594 595 596 597 598 599 600 601 602 603 604 605 606 607 608 609 610 611 612 613 614 615 616 617 618 619 620 621 622 623 624 625 626 627 628 629 630 631 632 633 634 635 636 637 638 639 640 641 642 643 644 645 646 647 648 649 650 651 652 653 654 655 656 657 658 659 660 661 662 663 664 665 666 667 668 669 670 671 672 673 674 675 676 677 678 679 680 681 682 683 684 685 686 687 688 689 690 691 692 693 694 695 696 697 698 699 700 701 702 703 704 705 706 707 708 709 710 711 712 713 714 715 716 717 718 719 720 721 722 723 724 725 726 727 728 729 730 731 732 733 734 735 736 737 738 739 740 741 742 743 744 745 746 747 748 749 750 751 752 753 754 755 756 757 758 759 760 761 762 763 764 765 766 767 768 769 770 771 772 773 774 775 776 777 778 779 780 781 782 783 784 785 786 787 788 789 790 791 792 793 794 795 796 797 798 799 800 801 802 803 804 805 806 807 808 809 810 811 812 813 814 815 816 817 818 819 820 821 822 823 824 825 826 827 828 829 830 831 832 833 834 835 836 837 838 839 840 841 842 843 844 845 846 847 848 849 850 851 852 853 854 855 856 857 858 859 860 861 862 863 864 865 866 867 868 869 870 871 872 873 874 875 876 877 878 879 880 881 882 883 884 885 886 887 888 889 890 891 892 893 894 895 896 897 898 899 900 901 902 903 904 905 906 907 908 909 910 911 912 913 914 915 916 917 918 919 920 921 922 923 924 925 926 927 928 929 930 931 932 933 934 935 936 937 938 939 940 941 942 943 944 945 946 947 948 949 950 951 952 953 954 955 956 957 958 959 960 961 962 963 964 965 966 967 968 969 970 971 972 973 974 975 976 977 978 979 980 981 982 983 984 985 986 987 988 989 990 991 992 993 994 995 996 997 998 999 1000 1001 1002 1003 1004 1005 1006 1007 1008 1009 1010 1011 1012 1013 1014 1015 1016 1017 1018 1019 1020 1021 1022 1023 1024 1025 1026 1027 1028 1029 1030 1031 1032 1033 1034 1035 1036 1037 1038 1039 1040 1041 1042 1043 1044 1045 1046 1047 1048 1049 1050 1051 1052 1053 1054 1055 1056 1057 1058 1059 1060 1061 1062 1063 1064 1065 1066 1067 1068 1069 1070 1071 1072 1073 1074 1075 1076 1077 1078 1079 1080 1081 1082 1083 1084 1085 1086 1087 1088 1089 1090 1091 1092 1093 1094 1095 1096 1097 1098 1099 1100 1101 1102 1103 1104 1105 1106 1107 1108 1109 1110 1111 1112 1113 1114 1115 1116 1117 1118 1119 1120 1121 1122