2019年に亡くなったダブのレジェンド、リー・ペリー。生前、ベルリンのマウス・オン・マーズのスタジオで録音されていたという両者のコラボレーション・アルバムが6月5日にリリースされることになった。この強力な共作、タイトルは『Spatial, No Problem』で、レーベルは〈Domino〉。現在、収録曲 “Rockcurry” が公開中です。
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『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』
監督:田口トモロヲ
原作:地引雄一『ストリート・キングダム』
脚本:宮藤官九郎
音楽:大友良英
出演:峯田和伸 若葉⻯也
吉岡里帆 仲野太賀 間宮祥太朗 中島セナ
大森南朋 中村獅童
公開日: 3月27日(金) TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開
企画製作・配給:ハピネットファントム・スタジオ
クレジット:©2026映画『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』製作委員会
公式サイト:https://happinet-phantom.com/streetkingdom
公式X/Instagram:@streetkingdomjp
忘れられた歴史に光を当てることは、疑いようもなく素晴らしい。しかしそこには、不可避的に「フェアになれない」という代償がともなう。とりわけ熱狂的なシーンを扱う場合はなおさらだ。およそ2時間という映画の枠組みで、過ぎ去った日々のすべてを網羅することなど、論理的に考えて不可能だからである。
シーンは一枚岩ではなく、10人いれば10人の解釈があり、当事者の思いも千差万別だ。映画として歴史を編む以上、どこかに焦点を絞らざるを得ず、必然的にこぼれ落ちる場面や、当事者から見て違和感のある解釈も生まれるだろう。そうしたリスクを引き受けてなお、作品を世に問うこと自体に大きな覚悟と意義がある。
ついでながら、もうひとつ書いておきたいことは、小さいものほど大きいという逆説。そのレトリックはオリジナル・パンクの武器でもあったわけだが(未来はないという未来、面白くないという面白さ、etc)、まあ、それをここでは深追いしない。ただ、言わねばならないのは、演奏技術の高さ、洗練の度合いが音楽作品の強度また魅力を決定するとは限らないということ、近年の日本におけるシティポップおよびYMOのブーム、これら人気の大衆文化と時を同じにする日本のアンダーグラウンドで起きていた、パンク以降の小さなこのシーンが無価値ではなかったんだと、いま、あらためて問うことに意義がないとは思えない、ということなのだ。
ワイアーという英国のパンク・バンドの1977年の曲にはこんな歌詞がある。「ただ見てるだけじゃダメだ、時間は過ぎていく。飛び込んで、その手で掴み取れ」。そして実のところ、みんなが飛び込んでしまった。レコードの売れた枚数は当時のメジャーと比べたら微々たるものだったろう。だとしても、リスナーを単なる消費者から「未熟であっても自ら表現する参加者」へと変貌させた影響力において、このシーンは圧倒的だった。日本のパンクには英国のような政治性がないと評されることもあるけれど、権威からは望まれていない行動を逆流的に展開すること自体、政治的アクションと言えやしないかと。
ヴァルター・ベンヤミンは、歴史が常に「勝者の視点」で語られ、敗者の記憶が消し去られることを批判した。商業的な勝敗が、文化的な価値を決めるわけではない。つまり言いたいのは、人生の本質は勝ち負けではない、ということではない。これは勝ち負けで計ろうとする価値観を強制する権威への抵抗であって、すなわち歴史に埋もれた者たちの記憶を救い出すこと。その試みこそが、芸術が少数のエリートから大衆の手へと渡り、切実なメッセージを運ぶ手段へと変容した証左なのである。
それにしても、本当によくやってくれました。1970年代末から80年代初頭、英米のパンクに触発された日本のシーン。その代表的な断片のひとつである「東京ロッカーズ」を題材にした『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』において、田口トモロヲ監督はこのシーンの魅力をあぶり出すことに成功している。映画に描かれたひとコマひとコマには意味があるし、そこにはメッセージを伝えるナラティヴが宿っている。そしてそれは、いまの音楽文化が失いつつあるものかもしれない。ひとりでも多くの人がこの映画を観て、日本にもこんなシーンがあったのだと知ってほしい。そう願うのは、決してぼくの個人的な時代愛(パトリオティズム)だけが理由ではないのである(と思います)。
国際舞台では、ことにエレキング周辺のアーティストたちからは、『鉄男』(塚本晋也監督)における驚異的な演技で多くのファンを持つ才人、『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』の監督を務めた田口トモロヲに話を聞いた。
自分だけができるようなテーマの映画を監督したいなと思っていて、「これだ!」と思ったんですね。『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』は自分しか撮らないし、撮れないだろうと思いました。
■いま(2月25日)、松山晋也さんといっしょに、まさにその時代の日本のパンク/ニューウェイヴの特集号を作っている真っ直中なんです。それは、今回の映画のことを考えずに、数年前からふたりで企画していたものなんですが、嬉しいことに、映画『ストリート・キングダム』の内容とも重なりました。映画に関係しているところで言うと、地引(雄一)さんと小嶋さちほ(チホ)さんにインタヴューしていまして、〈フジヤマ〉の渡辺(正)さんにも取材しました。
田口:渡辺さんたち、よくインタヴューを。
■映画のなかで、唯一、唐突に現代になるのが、三茶の〈フジヤマ〉の場面でしたね(笑)。あのシーンも良かったです。ぼくは映画自体、とても楽しく観させていただいたのですが、まずは、今回の企画をやられた契機というか、モチベーションといいますか、お気持ちの部分を聞かせてください。
田口:原作になった地引(雄一)さんの『ストリート・キングダム』を読んだときに、とてもワクワクしたんです。ぼくにとって、あれはジャストなドキュメントだったんです。読み物としてもほんとうに楽しく読めて、「ああもう、この人たちのこと大好きだった」という思いを掘り起こされまして。
それでふと考えると、日本のロック・フェスが盛んになって、いまでは何万人とか集まる状況になっているのに、この人たち(東京ロッカーズの時代のシーン)のことがまったく語られていないと。まさに、若い人たちは知らないんじゃないかと思いまして。フェスであったりとか、ライヴハウスの使い方であったりとか、そういう(現在に通じる)システムの開拓者たちなのに、その人たちの名前がネットを見ても出てくることがないんです。
ちょうど2015年だったと思うんですけれども、前の監督作品(『ピース オブ ケイク』)が終わったあとに、次は、自分にしか撮れない、自分だけができるようなテーマの映画を監督したいなと思っていて、「これだ!」と思ったんです。『ストリート・キングダム』は自分しか撮らないし、撮れないだろうと思いました。それで、地引さんは知り合いだったので直で電話しました。ですから、今年公開で11年目になっちゃうんですけれども、もう10年前ですね。
■『ストリート・キングダム』の初版は1986年にミュージック・マガジン社から出たじゃないですか。で、2008年にDVD付きで増補版が出ました。どちらを読まれたんですか?
田口:DVD付きの増補版ですね。
■ぼくもそうです。あの時代のあのシーンは、いろんな人たちが関わっていて、東京だけではないし、たとえば関西は関西で素晴らしいシーンがありましたよね。地引さんの『ストリート・キングダム』は、あくまでも地引雄一さんといういち個人のレンズを通してみたシーンなわけで、まあ、地引さんはたいへんフェアな方なので、本のなかではたくさんのバンド、たくさんのアーティスト、レーベルを紹介されているんですけど、やはり、どうしても全体を見せることはできないし、フェアになりきれない部分もあると思います。そのリスクの部分はどういうふうにお考えになりましたか?
田口:最初の構想では、出てくるバンドとか、出演する人物とかももっと多かったんですよ。でもそれだと収集がつかない。だから、作者である地引さん、映画のなかではユーイチという主人公になりますから、ユーイチ目線に絞ることによって見えてくる風景も絞られていく、そういう形にしました。まあ、映画化するにあたっては、絞らざるを得ないっていうのが現実です。
当初の予定では、人物にしてもバンドにしてももっと多かったんですよ。でも、それをテスト的に読んでもらったりしたら、全然わからないっていう意見が多かったんです。登場人物が多すぎるし、どこに焦点を当てて読んだらいいかわからないっていうふうに言われましてね、そこから試行錯誤しながら、泣く泣く、絞っていったっていう経緯がありました。
■いや、そこは仕方ないです。ドキュメンタリーではないので、そうせざるを得ないですよね。しかも、こうした熱狂的なシーンを題材にした場合、当事者だった人のなかには、「いや、それは違うんじゃないか」と言う人だっているだろうと、そういうリスクも想定されていたと思うんですよね。だから、勇気も要したプロジェクトだったんじゃないのかなって思うんですけど、いかがでしょうか?
田口:たしかに、ぼくはもう、その人たちの背中を見てバンドをはじめた世代ですから、いわばみんなレジェンドなので、(間違ったことをやってはいけないという)そういう緊張はありました。けれども、このシーンを忘れている人たちに伝える、その媒体としてやっぱり自分ができるのは映画だなと思っていたんです。自分もその人たちのファンだったわけだから、熱烈なファンとして、自分のやり方で発表することに関して迷いはなかったですね。
■なるほど。ちなみに、田口さんが日本のなかのこうしたパンク/ニューウェイヴのシーンを最初に知ったのは、だいたいいつぐらいのことで、きっかけは誰だったんですか?
田口:最初は、東京ロッカーズのアルバム(1979年の『東京ROCKERS』)でしょうか。あれが出たとき真っ先に買いました。それ以前にも、『NO NEW YORK』というアルバムが出ていたので、世界同時多発的にそういったパンク/ニューウェーブのオムニバス・アルバムがいろんなところで出るんだ、っていう面白さと衝撃、そこからです。
■そのときはおいくつだったんですか?
田口:まだ学生でした。20歳ぐらい。
■ぼくは静岡という地方都市の高校生でした。日本にパンクのシーンがあるということが嬉しくかったし、絶対に聴いてやろうと、で、『東京ROCKERS』の1曲目、フリクションの“せなかのコード”を聴いた瞬間、なんてかっこいいんだろう!って。田口さんは、ライヴハウスには行かれてましたか?
田口:はい、行ってましたね。でも東京ロッカーズは間に合わなかったんですよ。その後の、個別にいろんなバンドのライヴは観ていました。
■とくに好きだったバンドはなんでしょう?
田口:いやー、どうでしたかね。いろんなことを好きになっていく過程の時期だったし、シーンひっくるめて好きだったので。古い既成概念を壊して、新しいシーンを作ろうとしているバンド自体が。この映画のなかでいうと、江戸アケミさんですかね。じゃがたらのアケミさんからは圧倒的に影響を受けました。アケミさんの詞が刺さったし、行動も。
■ガガーリンやばちかぶりの印象で言わせていただくと、やっぱり、じゃがたらとスターリンっていうのが大きかったんじゃないのかっていうふうに、勝手に想像するんですけど。
田口:スターリンはすでに、ある意味、スターダムに乗ったレジェンドだったので。ただ、じゃがたらの初期であったりとか、あと同世代で言ったら、マスターベーションとか、あぶらだこ、ハナタラシですか。そういう同世代の人たちと、ちょっと大げさに言うと競い合いながら、では自分たちにはどういう表現ができるのかっていうことは意識していました。ただ、(スターリンのような)上の世代には、もう、かなわないっていう風には思ってました。
■とはいえ、田口さんには、ステージ上での数々の過激なパフォーマンス、伝説があるじゃないですか。スターリンや江戸アケミさんみたいな方々の、ある一線を越えていいのか悪いのかみたいな、ギリギリのところでやられた表現っていう、ああいったものを真面目に継承していらっしゃったというか、そんな風に思っていたのですが。
田口:そういう大げさな感じではないですけれども、なにか前衛的なことをやってもいいんだっていうのはありました。ただ、彼らの世代はそういうことがシリアスなんですよね。学生運動も通過しているし、政治の季節も経験している。自分は、あそこまでシリアスになれないっていうことで、じゃあ、自分たちにはどういう独自性があるのかって考えたときに、ユーモアという武器をまとって表現しようと、っていうことですかね。
同時期にジョン・ウォーターズの映画『ピンク・フラミンゴ』を字幕抜きで観ているんです。その強烈なブラック・ユーモアとでたらめさ、それにも衝撃を受けました。そういった自分が影響を受けたいろいろなものが渾然一体になって、バンド活動であったりとか、アングラ演劇活動といったものに出していった感じでしたね。
■田口トモロヲさんは、上杉清文さんの発見の会みたいな、日本の70年代から連綿と続いているアンダーグラウンド文化も継承されている。ヒカシューの巻上公一さんも寺山修司/東京キッドブラザースから来ていますが、そういう風に、まぶしい文化が見えなくしてしまっている、日本の面白い文化を受け継がれながら、21世紀の現代で、ちゃんとそれをこういう大きな舞台でも表現活動していることが、ほんとうに尊敬するというか、素晴らしいと思います。
田口:ありがとうございます。
■田口トモロヲさんという文化のハブからいろんなところに行けますよね。で、なんどもしつこくて申し訳ないのですが、田口さんのなかでスターリン(劇中名、解剖室)とじゃがたら(劇中名、ごくつぶし)をどう捉えているのでしょうか? いや、映画のなかで、リザード(劇中名、TOKAGE)、フリクション(劇中名、軋轢)、ゼルダ(劇中名、ロボットメイア)以外のバンドで、大きな意味を持つのが、このふたつのバンドだったので……。
田口:スターリンのミチロウさんは『宝島』とかでバンバン特集とか組まれていて、当時はもう大スターだったんです。でも、学生時代、北千住にあった甚六屋というライヴハウスに友部正人さんを観に行ったときに、前座でミチロウさんが出ていたんですよ。ひとりで、フォークで、“電動こけし”っていう曲を歌っていたんです。まだパンクになる前です。
■それは貴重ですね! 自閉体?
田口:自閉体の前です。フォーク・シンガーだったころの、だから、パンクをやる前です。「電動こけし」っていうワードも強烈でした。友部さんにではなく、どちらかというと三上寛さんに近い、そういうワード・センスがすごく印象に残っていますね。
それから何年か経って、ぼくが官能劇画を生業として描くようになったとき、ある劇画誌にミチロウさんがエッセイを書いていたんです。そこで「いまはパンクだ。自閉体っていうバンドを作った」と言ってるんです。それを読んで、「これってあのときの人じゃない?」と思っていました。パンクという引き金を見つけて、フォークじゃなくバンド、パンクという表現方法に変わっていったんだっていうのを読んで、それはわかるなあって思いました。パンクって……何をやったらいいかわからない人、若い人たちにいろんなヒントと引き金を与えてくれた音楽であり、各自のリアルを考えさせる音でした。
■あのシーンを、ありものの映像を編集したドキュメンタリー作品ではなく、俳優たちが演じるひとつの物語(フィクション)として制作されました。たとえばイギリスでは、そういう映画、『シド・アンド・ナンシー』とか『24アワー・パーティ・ピープル』とか、アメリカでも、俳優が演じるボブ・ディランの映画とかドアーズの映画とか、いろいろあるんですけど、なぜか日本にはなかったんですよ。この点でも、『ストリート・キングダム』は風穴をあけるであろう作品になったと思いますけど。
田口:まあ、たいへんでした。そういうの(海外のように実名を使った映画)ができたらいいなっていう希望は持っていましたけれども、ここまでたいへんだとは思わなかった。友人たちが観てくれて、純粋に質問として「なんで実名でできないの?」っていうふうに聞かれますけど、できなかったんだよと(笑)。
■なぜ、モモヨではなくモモなのか? と。
田口:海外のそういう音楽映画と制作状況が違う。たとえば『ボヘミアン・ラプソディ』みたいに、映画の内容に対しても、実人物が意見も言えるという契約もあるらしいじゃないですか。(映画を)観てここはダメだとか、脚本にも口を出せるとか、今回は、作っているときに、頭のなかで思い描いていたことが、どんどん変化して。現実問題として、ここはどうすれば成立するのか、というふうに学んでいくプロセスでもありました。

■設定が現実とは違うところもあるじゃないですか。例をひとつ挙げれば、小嶋さちほ(チホ)さんのご実家は印刷屋ではない、でも、映画では印刷屋さんになっています。そのあたりは、宮藤官九郎さんの意見もあったりとか、あえて現実に即さなくてもいいのではないか、みたいな感じだったんですか?
田口:できる限りのことは真実の物語として再生はさせましたけれども、物語として、ドラマとして立ち上げないと映画化には難しいところもあって、最終的にああいう形になりました。そこは、地引さんとも話して、いろいろ意見をいただきました。
■でも、あの映画で伝えたいことっていうのは、そういうディテールではないわけですから。重要なディテールっていうのは、もちろんあるんですけれども、おっしゃることわかります。
田口:映画作りは、実現するまで制作状況や現実との戦いなんですよね。海外の映画ではできているのに、どうして? みたいに言われたりもしますけれども。これが限界とは言わないまでも、自分がいまできる範囲でのベストな形の作品にはできたと思っています。
いまはクラウドファンディングとかもありますからね。お金を出してくれる人たちが多大にいて作っていくっていうことも、これから先は可能になっていくでしょうね。それはたぶん、どんな仕事をやっていても、日本の環境っていうか、音楽雑誌をやられていても、その大変さを感じると思うんですけど、それが映画制作においてのリアルなんです。
■映画はもっと規模が大きいですからね。ここでは言えないような困難もたくさんあったと思います。本当によくあそこまでちゃんとしっかりと完成させていただいて、ぼくが言うのもなんですけど、ありがとうございます!
田口:いやいや、とんでもないです。
■もう、何年も前ですが、この企画の話は地引さんから直接聞かされていたんです。で、じゃがたらの関係者だった大平ソーリさん。
田口:はい。
■ソーリさんからもこの企画のことを聞かされていて、「アケミが重要なところで出るらしいんだけど、どうなんだろうね?」って。ぼくも「どうなんでしょうね?」って。
田口:不安しかないですよね(笑)。
売れる売れないとかではなくて、自分たち、自分自身を売らないっていうことがまだ通用した時代だと思うんですよね。いまはもう喪失しているかもしれないし、そこのスピリットは確実に描きたいなと思っていました。
■で(笑)、試写に行ったんですけど、とても感動しましてね、地引さんに「良かったです」とメールして、大平さんにも、「ぜひ観てください」ってメールしたんです。その感動的な場面のひとつに、じゃがたらの“もうがまんできない”をみんなで歌うシーンがありますよね。あのミュージカル仕立ての場面には、どんな意図があったんですか?
田口:あれは、もう、ぼくのわがままですね。制作が終わりのほうにいくにしたがって、もうひとつ、映画的な表現ができないかなと考えていたんです。そこで、自分が大好きな曲を。“もうがまんできない”は、アケミさん、じゃがたらの曲のなかでも変わった曲なんです。
■はい、最高の曲のひとつですよね。
田口:「もうがまんできない」という歌詞はいっさい出てこない、「心の持ちよう」で厳しい世のなかにコミットしていくっていう曲で、これはいまにも通じるなと思いました。だから、後半に主人公たちがあれを歌うことによって、映画全体のメッセージを印象的にして、映画自体を強度にできると思ったんです。

■あの場面も良かったんですけど、ぼくがこの映画でいちばん感動したのは、主人公のモモが悩むじゃないですか。売れる音楽を周りからは要求される。でも、売れる音楽を作ることが正しいのかと、彼はつねに反発する。あれは売れる音楽への反発ではなく、売れるか売れないかでしか作品を計ろうとしない考え方に対する反発ですよね。だとしたらモモはまったく正しい。あれは現代への大きなメッセージになっていると思いました。モモが悩み、反発するシーン、あの映画のなかではすごく重要な場面ですよね?
田口:そうですね。目撃者であるユーイチとモモとの対話。ユーイチが気軽に言った言葉すらも、モモにとっては、すごく真剣に、お前までそんなこと言うんだっていう。そこには、それぞれの事情と感情があるわけです。友情で同じ方向を向いているはずなんだけれども、些細なことの価値観が違う。しかも、そのことに関してはお互い譲れないっていう部分を描きたかったんです。そういう人たちだったと思うんですよ。妥協なく理想を追うあの世代の人たちは。
■あの場面からもうひとつ引き出せるのは、損得勘定ではない価値観っていうのがあるとうことだと思います。東京ロッカーズの人たちにしても、当時のあのシーンのど真ん中にいたどんなバンドも、10万枚とか20万枚とか、ヒットを飛ばした人なんてほとんどいないわけですよ。だから商業的には失敗だった。でも、まさに、田口さんが言われたような、あそこからはじまったライヴハウスの文化があって、こんなにも状況を変革するような、価値ある革命を起こした。あるいは、楽器を弾けない素人が、好きなように好きな音楽をやっていいんだっていう、生き方の可能性だって切り開いていったわけで、やっぱりすごく大きなことをしたんですよ。だから、最後にリザードの“宣戦布告”のカヴァーが流れたとき、思わず涙腺が緩んでしまって……。
田口:曲名が “宣戦布告” ですから。
■峯田和伸のあの清々しい歌い方がまた良いんですよ。もっていかれてしまいましたね、あのエンディングには。
田口:売れる売れないとかではなくて、自分たち、自分自身を売らないっていうことがまだ通用した時代だと思うんですよね。いまはもう喪失しているかもしれないし、そこのスピリットは確実に描きたいなと思っていました。
■ぼくが行った試写会は、二回目か三回目でしたが、満席で、その後もずっと試写会が満席だったと聞いています。人気俳優が揃っているというのもあるんでしょうけど、やっぱ、この時代に、多くの人が求めているものあの映画にはあるんじゃないかと思います。すでに多くのリアクションをもらっていると思いますが、いまのところ、いかがですか?
田口:思っていたよりすごく良い反応で、ほっとしています。今回は、地引さんという尊敬する原作者がいますし、ぼくにとってはすごい人たちを、好きな俳優さんたちにやってもらった。そこは全部ぼくが責任を取るからねと、現場でも俳優さんに言いました。まあ、公開されるのはこれからですから。お金を払って観てくださるお客さんがどう感じるかっていうのは楽しみであり、もうドキドキです(笑)。

※映画『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』は、3月27日(金)TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開。地引雄一『ストリート・キングダム 最終版 東京ロッカーズと80’sインディーズ・シーン』は3月27日、SLOGANから刊行。松山晋也・監修『別冊エレキング:J-PUNK / NEW WAVE——革命の記憶』は3月31日、ele-king booksから刊行。
以下、蛇足(思い出とおさらい)。
リザードが静岡にやって来たのは、ぼくが高校二年生のときだった。人生で初めて体験したパンク・バンドのライヴである。会場は「サーカス・タウン」という、山下達郎の作品名から取られたステージもない小さなライヴハウス。(そこは、その3年後、16歳だった石野卓球の「人生」がデビューを飾る場所でもある)
さて、客はわずか10人ちょっと。その全員が15歳から17歳といったところ。いっしょにその場にいた市原健太(現在は静岡の古書店「水曜文庫」を営んでいる)の記憶によれば、出番前のモモヨは脇に雑誌『ユリイカ』を挟んでいたという。ジョン・サヴェージがとある講演で「ギャラガーよ、パンクは本を読んだのだよ」と語った通りだ。
50人も入れば満員の空間で繰り広げられた演奏は、荒々しいガレージ・パンクそのものだったと記憶している。作品化されたどの音源よりも、ぼくのなかではあの夜の演奏がベストだ。入場料はたしかドリンク代込みの1200円ほど、いま振り返れば、コーラを飲んで暴れ回る高校生たちを相手に、あんなにも真剣な演奏を届けてくれたことへの感謝しかない。採算など度外視だったに違いないあのステージを、バンドは一切の手抜きなしでやり遂げてくれた。小さなライヴハウスから大きな世界が広がって見えるほどに。
パティ・スミスが“マイ・ジェネレーション”のカヴァーにおいて、熱狂的に繰り返したフレーズがある。「私たちは若い、とっても若い、若い、若い、若い……とっても若い、若いんだ」。あの場所はまさに、そういう現場だった。パンクにとっての「若さ」とは、大人になるための準備期間を意味しなかった。たとえその帰着が「怪物」であったとしても、「何か別のモノ」になろうとする激しい欲望そのものだった。ディック・ヘブディッジが分析したように、パンクとは「あらゆる異なるユース・カルチャーのスタイルを集め、安全ピンで繋ぎ合わせた生けるコラージュ」だった。(その雑食性こそが、ポスト・パンクへと展開するポテンシャルだった)
あれは出発の合図だった。セックス・ピストルズはあっという間に終わっていたが、世界は確実に変わりはじめていた。毎月の新譜が楽しみでならず、同級生の家には新しいレコードが増えていった。あいつの家に行けばプラスティックスが聴けたし、あいつの家にはP-MODELがあって、近所の友人宅にはリザードがあった。ぼくはといえば深くのめり込んでしまい、そりゃまあ、いろいろと……
では、最後に歴史のおさらいを。
「去年のいまごろ、俺は音楽について書くのを完全にやめようと考えていた。すると突然、あらゆる業界誌のジャーナリストから電話がかかってくるようになった。“パンク・ロック”というこの新しい現象について知りたいというんだ。最初、俺は少し混乱した。俺にとってパンク・ロックとは、1966年あたりの薄汚い鼻先を突き出したザ・シーズやカウント・ファイヴのようなグループで、ストゥージズが解散し、ディクテイターズの1stアルバムが惨敗したときに、死んで葬られたものだったからだ。
だったら、いまからわずか1年前の、そこにはたったひとつのものしかなかったことを忘れないでくれよ。ラモーンズのファースト・アルバムのことだ。 あのレコードがこれほどの影響を与えるとは誰が予想できただろうか。それと、セックス・ピストルズの“アナーキー・イン・ザ・ UK”、その獰猛的な鋭さ。それだけで十分だった。突然、水門が解き放たれたかのように、世界中で一千万もの小さなグループが突っ込んできた。彼らはギターで人びとを叩きのめし、すべてに退屈し、うんざりしているという支離滅裂な不満をわめき散らした。
俺もうんざりしていたし、君たちもうんざりしていた。リンダ・ロンシュタットのニヤケた弱々しい泣き言を聴くくらいなら、どれほど惨めな対価を払ってでもスローター・アンド・ザ・ドッグスを聴く方がマシだった。レコードを買うのが再び楽しくなった。その理由のひとつは、これらのグループがすべて、偉大なロックンロールの“知ったことか、ぶちかませ”という精神を体現していたからだ」
——レスター・バングス(1977)
ここ数年来で気になるUKの女性シンガー・ソングライターの名前を挙げると、ジョルジャ・スミス、ヤスミン・レイシー、クレオ・ソルなどの名前が挙げられる。ネオ・ソウルをベースに、ジャズやフォーク、レゲエなど幅広い流儀も持ち合わせ、ときにエレクトリックなアプローチを見せたり、R&Bやヒップホップなど現代的なサウンドとの相性も良いという人たちだ。エゴ・エラ・メイもそうしたうちのひとりである。UKの女性シンガー・ソングライターの源流にはリンダ・ルイスがいて、彼女はカリブをルーツに持つ黒人だった。UK、なかでもロンドンの音楽にはアフリカやカリブからの移民が深く関わっていて、それはシンガー・ソングライターの世界においても同様である。リンダ・ルイスの後継的な存在のコリーヌ・ベイリー・レイもカリビアン・ルーツであるし、2010年代に台頭してきたローラ・マヴーラやリアン・ラ・ハヴァスもそうである。エゴ・エラ・メイのルーツはアフリカのナイジェリアで、ラッパーのリトル・シムズと同じだ。父親がジャズのファンで、エラという名前は往年のジャズ・シンガーのエラ・フィッツジェラルドからとられたそうだが、そうして幼少期からジャズやゴスペルなどを聴いて育つなかで、アフリカというルーツも彼女の音楽性のDNAに刻みこまれていったことは想像に難くない。
19歳の頃から独学でギターをマスターし、そしてビートメイクも習得して自身で音楽を作るようになった彼女は、ロンドンのICPM(The Institute of Contemporary Music Performance)に進学し、本格的に音楽を学ぶと同時に音楽仲間のコネクションを広げていった。そして、2013年に自主制作となるEPの「The Tree」を発表してデビューし、その後も2014年に「Breathing Underwater」、2015年に「Zero」をリリースしてキャリアを積んでいく。この頃のサウンドは、オーガニックなネオ・ソウルとジャズの折衷的なスタイルにエレクトリックな要素もブレンドしたもので、それが彼女の基本的なスタイルと言える。USのネオ・ソウルの源流であるエリカ・バドゥの影響が見られるのは当然ながら、アコースティックなジャズやソウルとエレクトリックなサウンドとのバランスでは、UKのファティマやヤスミン・レイシーなどのスタンスが近いのかなとも思う。
そうしたエゴ・エラ・メイの本領発揮となるファースト・アルバム『So Far』(2019年)では、いろいろなプロデューサーたちとコラボするなか、ウー・ルー(Wu-Lu)との共演が目に留まった。彼は南ロンドン・シーンに深く関わるプロデューサーであり、エゴ・エラ・メイも当然その影響を受ける。そして、次作『Honey For Wounds』(2020年)ではジャズ・ミュージシャンとのコラボが目につき、アルファ・ミスト、ジョー・アーモン・ジョーンズ、オスカー・ジェローム、エディ・ヒック、アシュリー・ヘンリー、シオ・クローカーらと共演しするわけだが、シオ・クローカーを除いて南ロンドンのジャズ・シーンで活躍する面々だ。また、『Honey For Wounds』においてはアフロ・ジャズ・バンドのヌビヤン・ツイストのリーダーであるトム・エクセルがプロデューサーとして参加していて、逆に彼女がヌビヤン・ツイストのアルバム『Freedom Fables』(2021年)で客演するなど、関係性を深めていく。ヌビヤン・ツイストはアフロビートを軸とする音楽性なので、エゴ・エラ・メイの音楽的ルーツとも好相性だったのだろう。
エゴ・エラ・メイの新作『Good Intensions』は、彼女がこれまで組んできたプロデューサー/ミュージシャンと再びタッグを組む。ウー・ルー、アルファ・ミスト、ヤスミン・レイシーのプロデューサーとして知られるメロー・ゼッドなどがそうで、なかでもトム・エクセルがメイン・プロデューサーとして多くの作品に関わる。彼が関わる “What You Waiting For” はアフロとブロークンビーツが融合したようなリズムで、ヌビヤン・ツイストにも通じるような楽曲だ。同様にトム・エクセルのプロデュースによる “Footwork” はタイトルどおりフットワークのビートの作品で、これまでのエゴ・エラ・メイの作品中でも極めてエレクトリックなアプローチが強いものだ。この2曲からわかるように、『Good Intensions』はこれまでになくチャレンジングな作品ということがわかる。ウー・ルーが手掛ける “What We Do” はちょうど1990年代初頭のアシッド・ジャズを思わせるグルーヴィーな楽曲で、全体的にダンサブルなアプローチの楽曲が増えている印象だ。
一方、“We’re Not Free” や “Tarot” はエゴ・エラ・メイ本来のオーガニックなテイストが出たアコースティック・ソウルで、“Hold On” はジャズとソウルのちょうど中間的な楽曲。“Back To Sea” や “Good Intentions” はギターの弾き語りによるフォーキーな楽曲で、“Love is a Heavy Thing” は往年のジャズ・シンガーのペギー・リーのようなコケティッシュな魅力の歌が印象的。“Pot Luck Baby” はチャールズ・ステップニーがプロデュースしたロータリー・コネクションを思わせる楽曲で、エゴ・エラ・メイの歌もミニー・リパートンを彷彿とさせるところがあって、そこにエリカ・バドゥのようなフレージングもミックスしているようだ。これらの楽曲ではエゴ・エラ・メイのシンガーとしての魅力が一段と深みを増している。
原雅明著『アンビエント/ジャズ』をきっかけにはじまり、狛江の野口晴哉記念音楽室(全生新舎)で開催されている好評のリスニング・シリーズ、「Dual Experience in Ambient/Jazz」。第2回の詳細が明かされまました。今回のゲストは岡田拓郎。シカゴのシアスター・ゲイツ率いるザ・ブラック・モンクスの作品を起点に、さまざまな音楽の「繋がり」や「振幅」を聴いていく会になるとのこと。ご予約は全生新舎のインスタグラムから。
Dual Experience in Ambient/Jazz
拙著『アンビエント/ジャズ――マイルス・デイヴィスとブライアン・イーノから始まる音の系譜』をきっかけに始まったリスニング会です。初回は、バーラウンジでのアンビエント/ジャズの記録であるロブ・マズレクの『Alternate Moon Cycles』(Internaional Anthemがリリースした最初のアルバム)からスタートして、月光茶房の原田正夫さんとシカゴの音楽を聴いていきました。偶然にも、来日中のシカゴ出身のアーティスト、シアスター・ゲイツさんが立ち寄ってくれました。
そして、2回目となる今回は、ゲイツさんの「アフロ民藝」からもインスパイアされた新譜『Konoma』をリリースされた岡田拓郎さんをお招きします。『Konoma』と、ゲイツさん率いるザ・ブラック・モンクスの新譜『Westside Kingdom』と『1965: Malcom in WInter / Walk with Me』を中心に、今回も関連する音楽の「繋がり」と「振幅」を聴いていきます。
(原 雅明)
Dual Experience in Ambient/Jazz
2026年4月4日(土)
野口晴哉記念音楽室
open 16.00 start 17.00
¥3000(+1d order制)※Limited seatings reservation only
Masaaki Hara
Takuro Okada
岡田拓郎
1991年生まれ、東京都福生市出身。音楽家/プロデューサー。ギター、ペダルスティール、シンセサイザーなどを操り、スタジオとライブの双方で音の探求を続ける。2022年には即興演奏を編集構築したアルバム『Betsu No Jikan』、2025年11月にはLAのレーベルTemporal Drift、In Sheeps Clothingより、ブラック・アートの美学と日本の民藝運動に着想を得た『Konoma』リリース。
原 雅明
2025年に『アンビエント/ジャズ――マイルス・デイヴィスとブライアン・イーノから始まる音の系譜』(Pヴァイン)を上梓。レーベルringsでは、レイ・ハラカミの再発やInternaional Anthemなどのライセンス・リリースも手掛ける。2026年3月25日には菊地雅章のエレクトロニック・ミュージック「六大」シリーズ(『地』『水』『火』『風』『空』『識』)を再発。
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スイスのギタリストのルイ・マトゥテ。1993年にジュネーヴで生まれたが、祖父は中米のホンジュラス出身というラテン・ルーツのミュージシャンである。10代にフラメンコ・ギターを学び、クラパレード大学進学後はジャズの道に進んで同大の音楽賞を受賞し、リオネール・ルエケやウォルフガング・ムースピールといったギタリストにも学んでいる。自身のルーツもあってスパニッシュ、ラテン、ブラジル音楽などにも通じており、自身のグループを率いて数枚のアルバムをリリースしているが、2022年の『Our Folklore』に見られようにジャズとブラジル音楽を繋ぐような作品が多い。また、リオネール・ルエケの影響からだろうが、アメリカのネオ・ソウル的なフィーリングを持つ新世代ジャズにも通じている。2024年にはハープ奏者のブランディ・ヤンガーをゲストに迎えた『Small Variations of the Previous Day』を発表。ブラジルのボサノヴァやサンバ、レユニオン島のマロヤ、カーボベルデのモルナなど、中南米や大西洋、インド洋の国々に伝わる伝統音楽を幅広く取り入れた作品となっていた。

Louis Matute
Dolce Vita
Naïve
そんなルイ・マトゥテの新作『Dolce Vita』は、ゲストにブラジルを代表するシンガー・ソングライターでのジョイス・モレーノを迎え、ブラジルの新世代シンガー・ソングライターのドラ・モレンバウム、前作に続いてフランス新世代のシンガー・ソングライターのギャビ・アルトマンも参加。ギャビもブラジルに音楽留学するなどブラジル音楽の造詣が深いミュージシャンだ。演奏はエミール・ロンドニアンなどの作品にも参加するレオン・ファル(サックス)、ネイサン・ヴァンデンブルケ(ドラムス)、ヴァージル・ロスレット(ベース)、アンドリュー・オーディガー(ピアノ、キーボード)、ザカリー・クシク(トランペット)など、これまでのルイのバンド・メンバーが固められている。フェデリコ・フェリーニ監督の映画『甘い生活』を由来とする『Dolce Vita』は、その甘美な世界とは裏腹に、軍事独裁政権だったホンジュラスから亡命してスイスに渡ったマトゥテ家族の苦難の歴史と、アメリカやヨーロッパに支配され、搾取されてきた歴史を持つホンジュラスをはじめとした中南米諸国を表現したものとなっている。アルバム制作にあたってルイはスペイン、キューバ、コスタリカ、ホンジュラス、ブラジルと旅を続け、ブラジルではジョイスとドラ・モレンバウムと共演してアルバムを完成させた。
アルバムはジャズ、ラテン音楽、ブラジル音楽などのほか、ロックやサイケ、ファンクなどの要素も融合したミクスチャーなものとなっている。その代表が表題曲の “Dolce Vita” で、アフロビートとラテン・ロックが融合したような1970年代風の楽曲。“Santa Marta” や “Le jour où je n'aurai d'autre désir que de partir” も、ラテン・ファンクとサイケがミックスしたクルアンビンを彷彿とさせる作品。ドラ・モレンバウムが歌う “Não me convém” は、どっしりとしたブラジリアン・ファンクのグルーヴとフェアリーなドラの歌声が好対照で、エイドリアン・ヤングとレティシア・サディエール(ステレオラブ)の共演を想起させる。“Tegucigalpa 72” はホンジュラスの首都テグシガルパで1972年に起った軍事クーデターを題材とした作品で、ホンジュラスの伝統的な舞踏音楽であるプンタにロックを混ぜたアグレッシヴなナンバーとなっている。

DJ Harrison
ELECTROSOUL
Stones Throw
ジャズ・ファンク・バンドのブッチャー・ブラウンでの活動と並行し、ソロ活動やほかのグループ、プロジェクトなども精力的に行うDJハリソンことデヴォン・ハリソン。マルチ・プレイヤーでありプロデューサー/トラックメイカーの顔を持つ彼だが、ブッチャー・ブラウンとしては2025年にアルバム『Letters From The Atlantic』をリリースし、ソロ活動では2024年の『Tales From The Old Dominion』以来となるニュー・アルバムの『ELECTROSOUL』をリリースした。彼らしいジャズ、ヒップホップ、ファンク、ソウル、R&Bなどがミックスした作品で、ミゲル・アットウッド・ファーガソン、キーファー、ナイジェル・ホール、ヤスミン・レイシー、ヤヤ・ベイ、アンジェリカ・ガルシア、ピンク・シーフなど多彩なゲストと共演している。
アルバム・タイトルにソウルが付いているだけあり、今回のアルバムはソウル寄りの内容と言えるだろう。ヤスミン・レイシーが歌う “It’s All Love” はエリカ・バドゥを想起させるネオ・ソウルで、ナイジェル・ホールが歌う “Can’t Go Back” はダニー・ハサウェイのようなソウルの伝統を今に引き継ぐ楽曲だ。グレベスが歌う “End of Time” はメロウなソウル・フィーリングにハリソンのピアノが絶妙にマッチし、“Y’all Good?” ではピンク・シーフのラップと幻想的なエレピが交錯する。一方 “OG Players” は、スライ~プリンス~ディアンジェロという系譜に繋がるような荒々しいロック・フィーリングを持つファンク・ナンバー。“Curtis Joint” も1960~1970年代のザラついた質感をわざと残し、DJならではのループ感覚で進行していく。そして、アルバム・タイトルの『ELECTROSOUL』を最も感じさせるのがキーファーと共演した “Beginning Again”。1970年代後半から1980年代にハービー・ハンコックなどがやっていたジャズとソウルの融合を現代に引き継ぐような作品で、複雑なビートによるジャズ・ファンク調の曲調とコズミックなキーボードの調和がハリソンとキーファー両者のコラボならではと言える。

Jimi Tenor Band
Selenites, Selenites!
Bureau B
2000年代後半以降のジミ・テナーは、ジャズ、即興音楽、ソウル、ファンク、サイケ、プログレ、クラウト・ロック、エクスペリメンタル・ミュージックなど多方面に触手を伸ばす一方、活動初期のようなテクノやハウスなどエレクトリック・ミュージックを作ることもある。そうしたなか、アフロ・バンドのカブ・カブやトニー・アレンとの共演などに見られるようにアフリカ音楽への傾倒がずっと続いているようだ。彼の新たなグループとなるジミ・テナー・バンドはパンデミックの頃にフィンランドのヘルシンキで結成され、パンデミック明けにフェスやクラブでのライヴで研鑽を積んできた。バンド・メンバーは明らかではないが、作曲者にはUMOジャズ・オーケストラのトロンボーン奏者のヘイッキ・トゥフカネン、サン・ドッグ名義でも活動するドラマーのエティ・ニエミネン、カブ・カブのドラマーのエコウ・アラビ・サヴェージ、ジャズ、ポップス、ヒップホップなどを縦断するギタリスト/マルチ・ミュージシャンのローリー・カイロらがクレジットされるので、おそらく彼らがメンバーと目される。ローリー・カリオの2025年のアルバム『Turtles, Cats and Other Creatures』にはジミ・テナー、エコウ・アラビ・サヴェージ、ヘイッキ・トゥフカネンも参加していたので、ジミ・テナー・バンドもそれらアルバムと地続きで進行するプロジェクトなのだろう。
アルバム『Selenites, Selenites!』はジャズ、ファンク、ソウルなどの折衷的な作品だが、随所にアフロの要素が散りばめられているところが特徴だ。“Universal Harmony” はカーティス・メイフィールドのようなソウルを軸とするが、アフロビートを咀嚼したドラミングやジミの土着的なフルート、ダイナミックなホーン・アンサンブルが加わることにより、非常にスケールの大きな作品となっている。“Some Kind of Good Thing” はビッグ・バンドの仕事もいろいろやってきたジミならではのジャズ・ファンクで、エキセントリックなアナログ・シンセと骨太のリズムに支えられる。“Shine All Night”にはガーナ北部のフラフラ族のゴスペル・クイーンとして注目を集めるフローレンス・アドーニが参加。彼女の昨年のデビュー・アルバム『A.O.E.I.U. (An Ordinary Exercise In Unity)』にはジミとエコウ・アラビ・サヴェージも参加していたので、そこから今回の共演へと繋がっている。アフロ・ファンクを軸とした楽曲ながら、パンキッシュで極めて実験色の濃い作品になっているのがジミらしい。“Furry Dice” はエコウ・アラビ・サヴェージの作曲で、ガーナのハイライフとアフロビートがミックスしたようなナンバー。

Criolo, Amaro Freitas, Dino D'Santiago
Criolo, Amaro e Dino
Criolo Produções
ブラジルの新世代ピアニストとして注目されるアマーロ・フレイタスのことは、2024年のアルバム『Y'Y』で紹介したが、今回の新作はラッパーのクリオロ、カーボベルデ系のポルトガル人シンガーのディノ・デ・サンティアゴとの共作となる。『Y'Y』はシャバカ・ハッチングス、ブランディ・ヤンガー、ジェフ・パーカーらが参加し、アマゾンの自然やそこに住む先住民をモチーフとした土着色の強いアフロ・サンバ、アフロ・ジャズという作品だったが、この『Criolo, Amaro e Dino』はまったく趣が異なる。1980年代末から活動し、ラテン・グラミー賞にノミネートされるなど世界的なブラジル人ラッパーとして認知されるクリオロ、ヨーロッパ各地で活躍し、カーボベルデ・ミュージック・アワードやMTVヨーロッパ・ミュージック・アワードなどを受賞するディノ・デ・サンティアゴが前面に出たコンテンポラリーな作品であるが、アマーロのピアノももちろん存在感を放っている。
ヒップホップやR&Bに接近したジャズという点では、ロバート・グラスパー・エクスペリメント(RGE)のブラジル/カーボベルデ(またはポルトガル語)版という見方もできる。特に “E Se Livros Fossem Líquidos_ (Poeta Fora da Lei Pt II)” でのメロウなメロディを奏でるピアノとズレたビートを刻むドラミングのやりとりなどはRGEのそれを彷彿とさせるが、ブラジル人ならではの独特のフレーズがやはりアマーロといったところ。“Ela é Foda” はネオ・ソウルとジャズが結びついたような作品だが、メロディ・ラインがブルニエール&カルチエールやアルトゥール・ヴェロカイなどブラジルの先人たちをどこか彷彿とさせるところがある。
昨年の12月26日の恵比寿リキッドルームにおける坂本慎太郎のライヴに感動して、年末はその余韻だけで充分だった。しばらくほかの音楽を聴きたくなかったのだけれど、29日にDOMMUNEがあったのでそうはいなかった。宇川直宏のはからいで、文庫化された『ブラック・マシン・ミュージック』の番組をやってもらえることになったのだ。よって選盤のため、27日、28日と朝から晩まで丸々二日間、デトロイト・テクノという、おろかにも音楽が世界を変えると信じている名盤の数々を聴いてしまった以上、気持ちはもう、すっかり“ナイト・オブ・ジャガー” に染まってしまったかに思われた。
が、しかしそれでも余韻は消えていなかったのである。29日の夜の11時、番組を終えたあと、その日五缶目のビールを飲みながら当日司会をしてくれた二木信にこう言った。「坂本慎太郎はすばらしいね!」
まあ、アルコールに支配されつつあった頭脳は、いい加減なことも言う。「いまの日本で最高のプロテスト・ミュージックだね!」。二木信は納得していたが、この場で却下したい。我ながら短絡的だった。
じゃあ、なにが? なにがすばらしいんだろう? ぼくはあのとき、なにかを聴いて、なにかを観た。ゆらゆら帝国時代から数えれば、何回も見ているステージ上でギターを手に歌う坂本慎太郎だが、あの淡々としたライヴには、異様な迫力でせまってくるなにかがあったのだ。1曲目は意表を突くように“悲しみのない世界”、続いて“スーパーカルト誕生”から新曲の“麻痺”、それから“あなたの居場所がありますか?”〜“おじいさんへ”〜“あなたもロボットになれる”へ——わかるだろう、ここではあきらかに物語が語られている。そして、4人のメンバーによる最小限の音数の見事なアンサンブルから放出されるものが、フロアを完璧にロックした。
音楽が社会問題を深く掘り下げることは、ぼくが10代のころの、サッチャー政権下の英国にはよくあった。あの頃は……音楽メディアのアルバム・レヴューすらもサッチャー批判からはじまる始末だった、と言ったのはサイモン・レイノルズだが、しかしそういうのではない。押しつけがましくなく、知識をひけらかしたりもせず、対等な立場で、共に体験している感覚が共有される瞬間、そう、それだ、あの夜のライヴはそういう響き合いなのだ。
そのように開いた感覚において聴いた “ナマで踊ろう” のインパクトを、自分はしばらくのあいだ忘れないだろう。音楽に夢見ることを諦めさせないその曲と、そして生きることを肯定する“君はそう決めた” がライヴのクライマックスだった。どちらもファンのあいだで人気の曲だが、あのライヴでの出来は特別だった。曲のマジックは……、いや、あの2曲に限らずにだが、リスナーの内部から言葉を引っ張り出してしまうところにある。曲はひとに聴かれたときに初めて完成する。
耳をつんざくようなサウンドの迫力、ノイズや歪み、フリーキーで激しいアクションといった「力」で押し切ることをいっさい止めたところから坂本慎太郎のソロ活動ははじまっている。ゆらゆら帝国というディオニュソス的なガレージ・ロック・バンドを経て、しかし髪に白いものが混じるようになっても青春を捨てることを拒んでしまうSo Youngな悲劇と違い、彼は自分の年齢を受け入れることでアポロン的なサウンドをモノにしている。たとえばこうだ。彼は言葉それ自体の響きを優先し、言葉のサウンド性をもって情景を広げることができる。『ヤッホー』は、その言葉がいくら滑稽に見えようとも、音として機能した途端に新鮮な面白さをもたらすことを実証している……どころの騒ぎではない、意味までもたせている。言葉そのものが持つ音の性質を意識するアプローチは、ブライアン・イーノの歌モノと共通している。イーノの場合は、意味があるようでないのだが、『ヤッホー』は違う。なにかが描かれてしまっている点において抜け目ないアルバムとなっているのだ。
たとえば、“おじいさんへ”。60年代ソウル風の軽快なリズムではじまるこの曲は、坂本サウンドの根幹にあるブルース・ロック解釈のヴァリエーションで、言葉はサウンドとしても馴染んでいる。が、ロックのクリシェにはないその言葉遣いによる「歌」が、異化効果をともない、さらなる意味を促そうとする。しかも奥ゆかしく、できるだけ目立たないように、だ。
この芸当は、哀愁たっぷりの次曲“あなたの居場所がありますか?”にも、いや、今回のアルバム全曲において発揮されている。言い方を変えれば、『ヤッホー』は灯台のようなアルバムではないということだ。外を明るくするというよりは、ひとりひとりの内なるところに光を灯している。そして、すべての彼のファンにはわかっていることをここで言わせてもらえば、その光が、この厳しい時代を生きているという現実を共有させながら、しかし同時に「希望」さえも感じさせるのだ。「なんとなく日々を/なんとなく生きてます/ああ僕は耐えられない/どこまでも澄み切った/どこまでも整った/どこまでも無邪気な正義」、これはバラード調の“正義”という曲だが、こんな皮肉めいた言葉の連なりがどうして「希望」と言えようか、だが、そう言える魔力がこの控えめな曲には潜んでいる。
“正義”にしても“脳をまもろう”にしても、“麻痺”にしても“ゴーストタウン”にしても、これらがいまどき稀な社会批評としてのポップスだとしても、単純な話、曲として楽しめるという点でその完成度は高い。“時の向こうで”は坂本ポップスの真骨頂のような曲で、この甘いメロディが荒れた心を解きほぐすこともありうるだろう。“時計が動きだした”や“なぜわざわざ”もレトロな光沢を装ったポップ・ソングだが、サウンド面に限定して言うなら、“麻痺”や“ゴーストタウン”のファンク解釈にはとくに魅力を感じる。表題曲の“ヤッホー”ではさりげない音響工作を楽しめるが、この曲に隣接しているのが初期サーフ・ミュージックとアーサー・ラッセルの『ワールド・オブ・エコー』であるとしたらは、坂本作品の(コーネリアスにも共通するポストモダン的な)妙味を象徴的に集約していると言えるかもしれない。
さて、これを書いている現在、まだ外は明るい。ぼくはお茶を飲んでいる。埃がつもり蜘蛛の巣がはっている我が脳みそも、まあまあクリアだと思われる状態だ。『ヤッホー』はこれまでのソロ作のなかで、もっとも滑稽で、いつもながら耳に優しく、だが、抵抗の声を上げているアルバムでもある。
『ヤッホー』に出会えたことをうれしく思う。当然、ぼくは100%満足しているわけではない。しかし、こんなにもじわじわと「希望」を感じるアルバムを聴いたのは久しぶりのような気がする。「希望」という言葉をあんまり使うと頭の良い連中からうさんくさく思われるので、もっと使ってやろう。詩ではなく、詞であることの面白さ。ロックやポップスを通してまだこんな風に、こんなにも面白く、ともすれば社会批評的なメッセージを共有することが可能であることを証明している。これは音楽が長いものに巻かれるだけの消費物になり、文化的強度を失いつつある現在において、微笑ましいあらがいだ。もう、なにもかもが狂ってしまった時代の「希望」の音楽だ……あ、ごめん、気が付いたらビールを一缶空けていた。さあ、聴くぞ。
※別冊エレキング『坂本慎太郎の世界』のなかで一箇所誤りがありました。P155、ゆらゆら帝国「次の夜へ」のジャケットが紹介しているリミックス盤ではなく、オリジナル盤になっています。申し訳ございませんでした。
政治において、言語は戦場であり法廷で争うための手段となる。その場に立つ全員が言葉の些細な言い回しを巡って議論する。そこで我々は弁護士となり、言葉の意味の違いを研ぎ澄ませて鋭利な刃物に変える兵士にもなる。その最たる現場がベルファストの政治だ。地理的にはアイルランドに位置しながら、一部はイギリスの統治下にあり、政治的・宗教的な背景によってカルチャーも分断されている。
モウグリ・バップとモ・カラのラッパーふたりとDJプロヴィからなるベルファストを拠点にするニーキャップの作品はそのような言語の宝庫であり、アイルランドの政治的風景を言葉とヴィジュアルの両方から色濃く反映している。DJプロヴィという(*「Provisional IRA(暫定IRA)」の略称から派生したスラング「Provei」が元ネタ)アーティスト名しかり、あるいはアイルランド国旗の3色の目出し帽もアイルランド共和派の武装組織IRAを示唆している。そもそもバンド名のニーキャップ自体が上記の関連団体によっておこなわれた悪名高い拷問を伴う制裁手段について言及している。つまり、あからさまに挑発している。しかし、このようなメッセージ性をライヴにおけるパーティのどんちゃん騒ぎ的なノリと合わせることによって、彼らはその背景にある恐怖や緊張感を緩和すると同時に、宗派の垣根を越えて若いファン層、とりわけ1998年の和平合意以降に育った若者が集える場を提供している。
とはいえ、彼ら自身はゴリゴリの共和主義者であり、アイルランド語で楽曲を制作し、イギリスによる北アイルランドの統治に対して公の場で激しく抗議している。さらに労働者階級であることに誇りを持ち、保守党の元首相マーガレット・サッチャーに対していまだに根深い嫌悪感を抱き続ける姿勢は、アイルランド国内だけでなくイギリスの左派系リスナーから圧倒的な支持を受けている(筆者もまたそのひとり)。さらにパレスチナへの支持も公言しており、それが原因でイギリスの首相キア・スターマー政権から糾弾され、同政権から反テロ法を盾にモ・カラがハマスを支持しているとの理由に(いまのところ、まったくの不毛な作戦とはいえ)法的に執拗な攻撃を受けている。
メディアや政治界などの権威からはニーキャップは無責任で無神経な危険分子のような描かれ方をしているのかもしれない。しかし、セルフ・タイトルにして彼ら自身が主演を務める映画『ニーキャップ』はときに寓話を交えながらフィクションという形で、彼ら自身が自らの目線で自らのストーリーを語る機会を提供している。さらにその特異な言語にフォーカスすることで、国家レベルから日常生活のレベルの両方から政治について多面的に映し出しながら、政治家やタブロイド紙が伝えるストーリーのカウンターとして、よりパンチとユーモアの効いた繊細な物語と同時に、いわゆる「トラブルズ」と呼ばれる北アイルランド紛争下のステレオタイプのイメージを覆す形でベルファストに暮らす人々の日常を描き出している。
今回、モウグリ・バップとモ・カラにビデオ通話によるインタヴューで、言語およびそこに含まる細部やニュアンスが、彼らの歌詞だけでなくアイデンティティや日常生活であり、そのすべてに関わる政治においてどのような中心的役割を担っているのかについて語ってもらった。
うちのライヴについて確実に言えるのは、ものすごい多様性があるってこと。全ジェンダーが勢揃いしてる。(モ・カラ)
いまではインターネットのおかげで、フランス語だのバスク語だのカタルーニャ語だの、ありとあらゆる言語の音楽にアクセスできるようになってる。いまはもっと実のある音楽が求められてる時代になってるんだろうね。(モウグリ・バップ)
■音楽を作って表現するというのは、ある種の空間なり環境を作り出してリスナーに提供するという側面もありますよね。ことライヴ・パフォーマンスでは大いにそれがあてはまると思うのですが、どのような空間を作り上げようとしていますか?
モウグリ・バップ:ニーキャップの使命のひとつとして、いまのメインストリームのラジオじゃ滅多に取り上げられることがない言語で語っていく、つまり、アイルランド語を中心にした自分たちのリアリティを反映した空間を作り上げようっていうのがあるんで。音楽を通して人びとがアイルランド語と繋がれる環境を作りたいわけさ。アイルランド語を自分自身のアイデンティティの一部として感じてもらいたい。これまでそういうことをやってる連中っていなかったんで。少なくともアイルランドのいまどきのヒップホップ・シーンにおいては。
モ・カラ:うちのライヴについて確実に言えるのは、ものすごい多様性があるってこと。全ジェンダーが勢揃いしてる。ヨーロッパというか、少なくともイギリスとアイルランドのヒップホップ・シーンってほぼ野郎に支配されてるじゃん。それがうちのバンドはカルチャー的側面も入ってきてるんでね。言語だったりとか、そこに伴うアイデンティティだったり、そこからも共感できる。毎回、ありとあらゆるジェンダーが集まってる。めっちゃエネルギーに溢れてるし、毎回モッシュピットが起きるし、モッシュするときは全員一緒、性別に関係なく、誰もケガしないようにお互いに気を遣いながら。誰にとってもめちゃくちゃ安全な場なんだよ。誰でも輪のなかに入ることができるし、そこに参加したいと願う全員にとってのオーガナイズされたカオスって感じ。
■ライヴ映像を見る限りモッシュピットがライヴで重要な位置を占めているように思いますが、そこには何らかの意図があるんでしょうか。実際、あなた方もそこに注力しているように見受けられますし、その場にいるが安全に楽しめるようにすごく気を配っているようですね。
モ・カラ:若干、エネルギー過剰って説も! というか、そもそもそれ自体がエネルギーを宿してるような、うちのバンドでやってるモッシュピットってそういうものだから。みんなそれを期待してるわけで、客のほうも盛り上がりにきてるみたいな……だから、盛り上げ役としては超ラクだよね。そもそもモッシュピットのことを聞きつけた上で会場に集まってるわけで、なんなら客同士が勝手にモッシュピットをはじめて盛り上がってる。とりあえずモッシュしてる最中ってめちゃくちゃ自由に感じるじゃん、なんか知んないけどさ。モッシュの輪のなかにいると、自分も全体の一部になったみたいな感覚になるっていうか、たんにライヴに来た客のひとりじゃなくて、それよりも大きな何かに繋がった感覚になる。自分もショウの一部になるわけさ。要するに、双方向からのエネルギーの交換がおこなわれてるわけだよね。俺らも客を楽しませるし、向こうも俺らを楽しませてくれる。
モウグリ・バップ:ライヴに熱狂が生まれるのと同時に一体感も生まれる。お互い安全な状態を保ちつつ楽しむためには信頼関係がないと。それがあるからこそ、モッシュピットはうちのライヴの中心みたいな存在になってるんじゃないかな。みんなうちのライヴからそういうものを受け取ってるわけさ、その場にいる全員が仲間みたいな意識というか。
■それって、あなたたちの政治的な思想にもあてはまりますよね。仲間意識であり人びとを繋いでいく力みたいな。
モウグリ・バップ:まさに。
モ・カラ:政治だって、ある意味、パーティと同じぐらい大事だからね。 政治に突っ込んでいくのだって、その先に楽しいことが待ってるって期待してるからなわけじゃん。あるいは戦いに勝利して祝福しようって気持ちがあるからなわけじゃん。パーティもライヴで自由になるのも生きるために必要不可欠なもんなんでね。
■そもそも共産党って言葉自体に、パーティ(党)って言葉が入ってますもんね。
モ・カラ:マジそれな!
モウグリ・バップ:ハハハ!
モ・カラ:てか、めっちゃウケてんじゃん!
政治に突っ込んでいくのだって、その先に楽しいことが待ってるって期待してるからなわけじゃん。あるいは戦いに勝利して祝福しようって気持ちがあるからなわけじゃん。パーティもライヴで自由になるのも生きるために必要不可欠なもんなんでね。(モ・カラ)
アイルランド語なり少数言語で歌うことの何がいいって、本質的に反資本主義的であるってことで、金儲けのためじゃなくてコミュニティのために存在してるってとこだよ。(モウグリ・バップ)
■以前もおっしゃっていましたが、ベルファストでもアイルランド語を話してる人口はそんなに多くないですよね。音楽という形を介すことでアイルランド語を完全に理解していなくても、その言語と繋がると思いますか。
モウグリ・バップ:とはいえ、流暢でなくてもいくつかの単語は知ってたりしるし、うちのライヴに来て一緒に歌ってアイルランドも十分堪能してもらえるんじゃないかな。流暢じゃなくても、その言葉を楽しむことはできるんだから。あともうひとつ重要なこととして、少数言語を話す環境に育った子どもって、まわりでその言語が使われてないと、その言語には価値がない、あるいは社会的に重要じゃないって自然と思い込まされるようになるんだよね。だから、俺らの映画が映画館で上映されたりラジオで曲がかかったりすることで、それまでアイルランド語に付随してた恥の部分が払拭されて、自分たちの言語でありアイデンティティに誇りが持てるように。 実際、うちのライヴに来る客のほとんどはアイルランド語を話せないけど、それでも十分楽しんでるしアイルランド語で一緒に歌って大満足してる。
モ・カラ:そりゃまあ、自分らの場合はラッキーだったっていうか、アイルランド語の学校に通わせてもらう機会に恵まれてたんで。というのも、自分たちの前の世代が国から支援もないなかでゼロから築き上げてくれたものなわけで。いまではみんな普通にウチのライヴに来て、たんに学校で勉強する科目とは別の形でアイルランド語に慣れ親しむことができる。それこそ自分たちの一世代、二世代前の世代にとってたんに学校で習うだけでそれ、それ以外で使う機会もなかったのが、いまではライヴだの映画だの学校の外でも楽しめるものになってる。
■1950年代のロックンロールの誕生以来、全世界においてポップ・ミュージックも英語の曲中心でしたよね。いまの英語が母語のリスナーは、自分たちが理解できない言語の音楽も以前よりもオープンに楽しめるようになってると思いますか?
モ・カラ:いや、確実にそれはあるでしょ。いまって、みんな何かしら新しいものを求めている時代で、前例のないものだったり、これまでとは違うものを自分から探しに行くようになってる。60年代の人間に自分の知らない外国語の音楽って言っても、なかなかピンと来なかっただろうけど、いまではみんな普通に言葉なんて関係なしに音楽を聴いてる。
モウグリ・バップ:結局、英語が長いあいだ公共の電波を支配してきたのだって、昔は音楽を発表する機会が大手のラジオだのテレビだの一つ二つのメディアに絞られていたからであって。それがいまではインターネットのおかげで、フランス語だのバスク語だのカタルーニャ語だの、ありとあらゆる言語の音楽にアクセスできるようになってる。いま、うちの相方が言ってたように、いまはもっと実のある音楽が求められてる時代になってるんだろうね。
■以前のように世界のポップ・カルチャーをアメリカが支配しているという構造が崩れかけてるのもあるんじゃないでしょうかね。
モ・カラ:まさに!
モウグリ・バップ:それってアメリカで植民地の支配者の銅像が撤去されていったのと同じ動きだよね。植民地とか、主要もしくは多数派言語による支配が徐々に綻びを見せてる証拠だよね。しかもいまではインターネットのおかげで、人びとが自分で聴きたい音楽を自分で選ぶ権利を取り戻してる。アイルランド語なり少数言語で歌うことの何がいいって、本質的に反資本主義的であるってことで、金儲けのためじゃなくてコミュニティのために存在してるってとこだよ。
モ・カラ:過去の歴史からも帝国が崇拝対象となるシステムになってたわけで、アートもそれに倣うような形になってたわけで。英語で歌われてきたのなんてまさにその最たる例だし。でもいまはわざわざ学校で勉強するまでもなく、誰でもインターネットにアクセスして、諸外国の歴史について知ることができるし、かつての帝国がどれだけ世界に害悪をもたらしてきたかもはや周知の事実になってるわけさ(笑)。結果として、先住民族の言語や少数民族のカルチャーが再び注目されるようになってる。
モウグリ・バップ:いま言ったのって、インターネットがもたらした最大限にポジティヴな面の一例だよね。そりゃまあ、アメリカや中東の帝国主義者の連中はフェイク・ニュースを拡散するためにインターネットを利用してるっていう側面があるとはいえ。
※このあとふたりの舌鋒はまだまだ続きます。後編は2月下旬発売予定の『別冊ele-king 音楽は世界を変える』に掲載。ぜひそちらもチェックを。
2025.11.19 ON SALE
今最もエキサイティングで重要なアーティストの一人、アイルランド出身のラップ・トリオ、ニーキャップ。トドラ・Tのプロデュースによるデビュー・アルバム『ファイン・アート』にボーナス・ディスク(シングル「サヨナラ」と「リキャップ」を収録)を追加した来日記念盤、リリース【2CD】
【来日公演決定!】
★rockinʼon sonic
2026年1⽉4⽇(⽇)幕張メッセ国際展⽰場
https://rockinonsonic.com/
★単独公演
2026年1月5日(月)EXシアター六本木
https://www.creativeman.co.jp/

■アーティスト:KNEECAP(ニーキャップ)
■タイトル:FINE ART(ファイン・アート(2CD来日記念盤))
■品番:HVNLP225CDJX[CD/国内流通仕様]※帯付で解説他はつきません。
■定価:¥2,900 +税
■発売元:ビッグ・ナッシング/ウルトラ・ヴァイヴ
■収録曲目:
01. 3CAG (ft. Radie Peat)
02. Fine Art
03. I bhFiacha Linne
04. I’m Flush
05. Better Way To Live (ft. Grian Chatten)
06. Sick In The Head
07. Love Making
08. Drug Dealin Pagans
09. Harrow Road (ft. Jelani Blackman)
10. Parful
11. Rhino Ket
12. Way Too Much
(Bonus Disc)
01. Sayōnara
02. THE RECAP (ft. MOZEY)

今最もエキサイティングで重要なアーティストの一人、アイルランド出身のラップ・トリオ、KNEECAPは、デビュー・アルバム『Fine Art』を2024年6月にHeavenly Recordingsからリリースした。Toddla Tがプロデュースした12曲入りのこのアルバムは、アイルランド語と英語、風刺と社会意識の高い歌詞がシームレスに融合しており、激しく知的で、一貫して浮かれて騒がしく、真に示唆に富んでいる。そこには、アイルランド北部のあまりにも恵まれない地域からの叫びがあり、あまりにも無視されがちな言葉で彼らは語りかけてくる。アルバムは、高い評価を獲得。Hot Press(2位)、The Skinny(4位)、The Sunday Times(5位)、The Telegraph(10位)など、各メディアは同年の年間ベスト・アルバムの1枚に同作を選出。また、2025年のコーチェラ・フェスティバルでのパフォーマンスも大きな話題を呼んだ。一方、KNEECAPの半自伝的映画『KNEECAP/ニーキャップ』(原題:KNEECAP)も公開。地元アイルランドではアイルランド語映画として初週動員歴代1位の大ヒットを記録。さらに、第40回サンダンス映画祭では観客賞(NEXT部門)を受賞、第97回アカデミー賞国際長編映画賞にアイルランド代表としてショートリストに選ばれるなど、25の受賞と63のノミネートを果たした。そして、2025年8月より、同映画の日本公開もスタートした。
■ジャパン・オフィシャル・サイト:https://bignothing.net/kneecap.html
【来日公演決定!】
★rockinʼon sonic
2026 年1月4日(日)幕張メッセ国際展示場
https://rockinonsonic.com/
開場 12:00 /開演 13:30
1日券¥19,500
★単独公演
2026年1月5日(月)EXシアター六本木
https://www.creativeman.co.jp/
開場 18:00 /開演 19:00
スタンディング¥8,800 指定席¥9,800 ※税込/未就学児入場不可/別途1ドリンクオーダー
English version
interviewed by Ian F. Martin
When it comes to politics, language is both a battleground and a courtroom. It makes lawyers of us all, arguing over the finest differences in meanings between words, and it makes soldiers of us too, honing these differences down into blades. Nowhere is that more true than in the politics of Belfast. Geographically part of Ireland, ruled as part of the United Kingdom, and culturally split down the middle along political and religious grounds.
Formed by rappers Móglaí Bap and Mo Chara, along with DJ Próvaí, Belfast-based band Kneecap’s work is dense with the language, both verbal and visual, of the Irish political landscape. DJ Próvaí’s name and Irish tricolour flag balaclava are both references to the republican paramilitary group the IRA. The group’s name refers to a notorious form of torture and punishment carried out by such groups. It’s a provocation, for sure, but marrying this language to the sort of raucous party atmosphere of their shows is also a way of putting the edge of fear and danger it implies behind them and open up a shared space for young fans from both sides of the sectarian divide — especially those who grew up in the years after the 1998 peace agreement.
That said, the group are staunch republicans, writing in the Irish language and fiercely and vocally opposed to British rule over their corner of Ireland. They are proudly working class and retain a deep loathing for Conservative former Prime Minister Margaret Thatcher, which has endeared them to left-leaning listeners both at home and in Britain (I’ll admit, myself included). They have also been vocal supporters of Palestine and attracted condemnation and ongoing legal attacks from the government of British prime minister Keir Starmer, who have used anti-terrorism laws to (thus far unsuccessfully) prosecute Mo Chara on accusations of promoting Hamas.
Seen only through the lens of the media and political establishment, Kneecap come across as irresponsible, insensitive and dangerous. Their self-titled movie, which stars the group themselves in a fictionalised, often allegorical version of their origin story, was an opportunity for the group to frame their story in their own way, and in its explicit focus on language as a multilayered vehicle for politics on both a national level and in daily life, presented a powerful, funny and nuanced counter-narrative to the story the politicians and tabloid newspapers were telling, as well as a depiction of Belfast life that subverts many of the Troubles-era stereotypes of the city.
I spoke to Móglaí Bap and Mo Chara via video about how language in all its specificities and nuances is at work at the core of not just their lyrics but their identities, their everyday lives, and the politics that run through it all.
■When you make music, you’re also creating a space or an environment for the listeners, especially when you think of the live performance. What kind of space are you trying to create?
Móglaí Bap (MB): A big part of Kneecap is creating this environment of reality where the Irish language is central, especially as it’s not a language that’s heard a lot on the mainstream radio. So we’re trying to create an environment where people can connect with the language through the music. They can identify with the language. And it’s not something that’s been done, really, in contemporary hip hop music in Ireland.
Mo Chara (MC): There’s also something to be said about our gigs that we have such a mix. There’s a mix of all genders. I think a lot of hip hop gigs in Europe, in England, in Ireland, it’s very male-dominated. And I think the difference with Kneecap is that we have a cultural aspect to it as well, with language and identity to it, so people relate to that. We always have a mix of genders. We have very high energy gigs, there’s always moshpits, but everyone’s moshing together, all genders, no one’s trying to injure each other. It’s a very safe space for everyone. Organised chaos for everybody who wants to be involved.
■Watching videos of your live performances, the moshpit seems to have a central place in the show. Is there something special about the moshpit? Because you seem to put a lot of energy into that part of the show — organising, or taking a lot of care to make sure everybody’s safe.
MC: Maybe too much energy sometimes! But I think it took on a life of its own, the moshpits that we do, because everyone is expecting hig energy, and what happens is the crowd… we can rile them up pretty easily, but the crowd have heard about all the moshpits and so they come in and do it themselves. The thing is there’s something very freeing about it. When you’re part of a moshpit, you’re part of a collective, you’re part of a greater thing rather than just an individual at a show — you’re part of a show then. When there’s a moshpit happening, the audience are putting on a show for us. It’s kind of transactional: we entertain them, they entertain us back.
MB: It creates a sense of excitement at the gig, and also a sense of solidarity between people because you have to rely on each other to keep each other safe and have a good time. So I think that’s why it’s kind of central to our gigs, because that’s what people get from our gigs: a sense of solidarity.
■Which I guess feeds into the political aspects of what you do: the sense of solidarity and everyone being in it together.
MB: Exactly.
MC: In certain scenarios, politics is just as important as partying. I mean what’s the point of chasing political memes unless you’re going to be able to enjoy yourself at the same time, or enjoy yourself after the fight’s done? So partying and the freedom that comes with gigs are just as important a part of life.
■You can’t spell “Communist Party” without “party”!
MC: Exactly!
MB: Hahaha!
MC: He loves that one!
■You’ve mentioned in the past about how, even in Belfast, there’s not a lot of Irish speakers, so is there a way in which, by delivering it through music, that gives people a way to connect with it even without fully understanding all of it?
MB: One aspect of it is that people who don’t speak Irish but they speak a few words, they can come to the gig and they can sing along and get that sense of fulfilment, that you don’t have to be fluent to enjoy the language. And another aspect of it is that, when you speak a minority language growing up as a kid, if it’s not heard, you feel like it’s not worthy or that society values it. So the fact that our movie was in the cinemas and our songs are on the radio, it gets rid of that shame and gives them self esteem towards their language and identity. Most people don’t speak Irish at our gigs, so the fact that they can come along, enjoy the gig and sing along in Irish, there’s a sense of fulfilment there.
MC: Obviously we were lucky enough that we had the opportunities to go to school in Irish because of the generations that came before us who had built that stuff up from scratch with no help from the state. And now people can come to our shows and it’s not just a school subject the way it was for the generation or two before us, where they were just learning it in school and they didn’t have any services or anywhere to go to enjoy it socially. Now people can go to a show or see a movie and it’s just about taking it outside of the classroom.
■Since the birth of rock’n’roll in the 50s, pop music worldwide has been dominated by the English language. Do you think English speaking audiences nowadays are becoming more open to enjoying music in languages they don’t speak?
MC: Definitely. I think we’re at a time in history now where we’re seeking something different. Everybody’s seeking something new, that hasn’t been done, or branching out in some way. If you tried to explain to somebody in the 60s that you’re listening to music in a language you don7t understand, it’s probably alien to them, but now it’s become the norm.
MB: The reason that English has dominated the airwaves for so long is because there was only one or two avenues for getting your music out there through mainstream radio or TV or whatever, but now you have the internet, and there’s people singing in French or languages you’ve never even heard, Basque languages or Catalan or whatever, so now we have access to all this music and I think, as he was saying, people are looking for something with a bit more substance these days.
■I wonder as well if part of it’s also this sort of slow collapse of the United States as the centre of global pop culture.
MC: Yes!
MB: I think it’s kind of reflected in, you know when they were taking down the statues in America of the former colonialists. I think that’s part of this slow degeneration of this idea of colonies, of mainstream languages, of majority languages. And with the internet, we can take back control of the avenues of listening to music. And a good thing about singing in Irish or any minority language is that it’s anti-capitalist at its core because it’s not there for profit, it’s there for the sake of community.
MC: If you go back, empires have always been looked up to, and obviously art kind of imitated that, obviously with music always being in the English language and stuff, but now you don’t have to be in a classroom to learn a certain subject, anyone can get on the internet and listen to someone talk about some historical event that happened in another country, we’ve all kind of realised that empires have (laughs) been a kind of bad thing for the world, so people are looking more towards indigenous languages and more towards minority culture again.
MB: I think that’s the most positive aspect of the internet, because of course we have imperialists in America and the Middle East, etcetera, using the internet as a means of spreading fake news.
ジェイ・エレクトロニカという名の「謎」が帰ってきた。しかも、実にあっけらかんとした明るい笑みを浮かべて。自分自身の宇宙のタイムスケジュールに基づき、極めて正気なやり方で、わずか5日間のうちに5つの作品をリリースしたのだ。
多くのアーティストが望み、多くのラッパーが部屋に足を踏み入れる際に「持っている」と言い張るもの、それが「リップ(威信)」だ。しかしジェイは異種の生き物である。スワッグ(虚勢)を自慢したり、大勢のセキュリティやアシスタントを引き連れたり、単に「なんとなく」という理由だけでわずか20kmの距離をプライベートジェットで飛んだりするような人間ではない。ジェイ・エレクトロニカはそのような世界には住んでいないが、まるでドクター・ストレンジが新たな魔術やポータルを呼び出すかのように、それ以上の尊敬を勝ち得ている。
ヒップホップ界に25年身を置き、技術的な記録としてのデビュー(MySpaceでだ!……MySpaceを覚えているだろうか?)は2007年(後にオフライン化)であったにもかかわらず、ジェイのアルバムは片手では数えきれなかった。これまでは。いまや、両手が必要だ。だが、それ以上はいらない。
おそらく49歳の誕生日を祝うためだろうか(確証はないので引用しないでほしいが)、ジェイは5日間で1枚でも2枚でも3枚でも4枚でもなく、5つもの作品をリリースした。まずInstagramで発表され、続いてTwitter(X)のアカウント、そして〈Roc Nation〉が続いたこの衝撃的なニュースは、完全なサプライズだった。まるでエイプリルフールのジョークのようだが、それが届けられたのはどんよりとした9月だった。
文字通り、彼が3枚目のアルバムをリリースした瞬間にこの記事を書き始めたのだが、インターネット上の噂で「19枚のアルバムを出すかもしれない」と囁かれたため、筆を止めざるを得なかった。だから、状況が落ち着くまで数日待った。この地球外生命体のような事態を百科事典的に紐解くため、少し時間をかけて整理させてほしい。まず、これを見てくれ。
Act I: Eternal Sunshine (The Pledge) /永遠の陽光(誓約)— 2025年9月17日
Act II: The Patents of Nobility (The Turn)/貴族の特許状(転機) — 2025年9月18日
A Written Testimony: Leaflets /書面による証言:リーフレット— 2025年9月19日
A Written Testimony: Power at the Rate of My Dreams /書面による証言:夢の速度で流れる力— 2025年9月19日
A Written Testimony: Mars, The Inhabited Planet /書面による証言:火星、居住可能な惑星 — 2025年9月21日
ジェイ・エレクトロニカという男において、「苦悩するアーティストがスタジオに引きこもり、翌年に新作を出す」という古くからの不測の事態やロマンチックなステレオタイプは当てはまらない。彼は業界を気にせず、業界だけで生きているわけでもなく、業界から自尊心を得ているわけでもない。1週間以内に5枚のアルバムをリリースするという発想は、ラップ界では前代未聞であり、業界の幹部たちからは恐れられることだ。
しかし、主流に抗うことこそが誰よりも彼に似合っている。適切な説明をするならば、彼はメインストリームのラップ・ゲームの圏外に身を置きつつ、同時にその中心に存在している、ということだろう。少なくとも世界中で、このような空間に生息しているラップ・アーティストは他にいない。Jay-Zの親友であり、彼のレーベル〈Roc Nation〉に守られ、エリカ・バドゥの親友かつ相談相手であり、彼女の子供の一人の父親でもある。その一方で、ヒップホップ業界により意図的に深く組み込まれている数多くのプロデューサーやラッパーたちとも、電話一本でつながる距離にいるのだ。
ジェイ・エレクトロニカという謎は、彼が最初に登場したときや、その後の『What The Fuck is a Jay Electronica?』(2012年)の頃の初期の熱狂とはまた別物だ。当初から彼は際立っていたが、スタイル的には、ケンドリック・ラマーをはじめとする多くのアーティストが好んだ「1小節に100万語を詰め込む」タイプのラップとまだ競い合っていた。しかし、リークや客演を重ね、「Exhibit A」(2009年)のようなシングルを経て、彼は独自の地位を確立し、その台座を勝ち取った。
何年もラジオから音沙汰がなく、Instagramで難解な投稿を繰り返していても、一度ヴァースがリークされたりトラックがドロップされたりすれば、ファンは狂喜乱舞し、あらゆる単語、引用、フレーズを徹底的に解剖する。その磁力を持つ声の明快さと語彙、より正しい道へと導く父親のような言葉のジェスチャー、そして物語を語るという絶対的な意図が、単に誰にも理解できないトラックを作るために言葉を並べるだけの業界の多くの人びとから彼を隔てている。
かつて誰かに「なぜジェイを聴くべきなのか」と聞かれたことがある。私はこう答えた。ジェイはサビ(コーラス)に辿り着くためにヴァースや節を急いで終わらせようとは決してしない、と。そもそも、彼はサビ(コーラス)を書かないことも多い。すべての言葉が重要で詩的であり、それはまるで村の人びとに歴史を語り継ぐセネガルの語り部「グリオ」のようだ。ジェイは「変な奴」として知られているが、その「変な奴」は、イスラム教の戒律への全面的な献身を軸とした難解な情報の断片を丹念に紐解き、聖書の証言、アウトサイダー的な思考、そしてモス・デフのような巧みさが絡み合う濃密なウェブを作り上げる。
彼の言っていることは聞き取れるし、その語りに首を振りながら、その過程で何かを学ぶことができる。彼の最高のトラックを聴くことは、言葉遣い、テナー(音域)、聴衆の理解への予見が最優先される説教者の礼拝に出席するようなものだ。
さらに重要なのは、彼が「時間」を気にしていないことだ。夏のリリースのスケジュールに間に合わせようと急ぐことなど、クソ食らえだと思っている。はっきりさせておくと、9月の5つのリリースのうち、『Act 1』と『Act 2』は新作ではない。デジタルのものは誰かのウェブサイトやハードドライブのどこかにあるはずだが、1と2はどちらも一瞬現れては消えていた。『Act 1』は、ジョン・ブリオンによる映画『エターナル・サンシャイン』のスコアをインストに使用した、2007年のムード溢れる15分のミックステープだ。MySpaceを通じて公開され、20年近くインターネット上を漂っていたが、公式なものではなかった。
『Act 2』はリークされ、Jay-ZのTidal(※レーベルではなくストリーミングサービス)を通じてリリースされたが、同じ月(2020年)のうちに葬り去られ、5年経ってようやく再浮上した。先に述べたように、ジェイは時間を気にしない。リークの数ヶ月前に出された2020年の『A Written Testimony』の勢いがあったにもかかわらず、今年までそれを再び世に出そうとアクセルを踏むことはなかった。そして、2025年の『A Written Testimony』シリーズは形式上は新作だが、正直なところ、それらのトラックがいつ制作されたのかはわからない。録音された音楽に対するジェイの特異な性質は、彼の全アウトプットが、制作時期に関わらずいつでも貸し出し可能な彼専用のライブラリであるかのように感じさせる。時間は捉えどころがない。
アウトプットは少なく限定的だが、熱狂的なファンにとってそれは許容範囲内だ。しかし、2020年の『A Written Testimony』と、今回の2025年の5つの新作を比較せずにはいられない。喩えるなら、2020年の『A Written Testimony』は銀座の職人が握った寿司やおにぎりのようだった。対して、2025年のリリース群(『Act 1』と 『Act 2』、そして3つのアルバム『Power at the Rate of My Dreams』『Mars, The Inhabited Planet』『Leaflets』)は、地元の祭りの屋台で手早く作られた焼きそばに近い。
2020年の『A Written Testimony』は、心地よく調和した鋭いトラックのコレクションだった。ハードなビートから、鋭い感情、さらには部分的な信仰心まで、繰り返し読み解くことができた。一方、『Act 1』は瞑想のようであり、『Act 2』は2020年のアルバムに近い、より弾むようなトラックと流れるようなビートがある。車で仕事に向かうなら、『Life on Mars』や『Bonnie and Clyde』を再生するといい。
2025年の3つの『A Written Testimony』は、まさに「証言(Testimonies)」が、別々のトラックでありながら編み合わされたもののようだ。各アルバムが、辛うじてアルバムと呼べる程度であることは心に留めておいてほしい。EPと呼ぶべきだろうか? 私の不満のいくつかは間違いなくここにある。各EPが死ぬほど短いのだ。どれも20分をかろうじて超える程度だ。それに加えて、使用されているサンプルの量が異常だ。3分のトラックであっても、ジェイが物語を語っているのはわずか1分程度だったりする。
ここでのプロデューサーワークは、J・ディラやパブリック・エネミーのような意味で精巧に作られたものではない。サンプルは延々と流され続け、カット&ペーストされて再解釈されたり踊らされたりする「音のオブジェクト」としてではなく、歴史の遺物のように、そのオリジナルの意味をそのまま保存しようとしている。だから、もしプレイボーイ・カルティのようなバンガー(盛り上がる曲)を期待しているなら、ひどく失望することになるだろう。そして、もし君が1990年以降に生まれたのなら、同情する。選ばれたサンプルの多くは、君たちが生まれるずっと前の映画やインタヴュー、その他のメディアからのものだからだ。出典を知らなければ、なぜそのサンプルが面白いのかを理解するのは難しい。
だが、それは許される。ジェイ・エレクトロニカが口を開けば、リスナーは一語一句、あらゆる引用を精査し、Wikipediaやインターネットを駆使して理解しようとするからだ。
『Power at the Rate of My Dreams』に収録された、ラッパーのウエストサイド・ガンとの“Best Wishes”を例に挙げてみよう。3分間のトラックで、ジェイがラップしているのはわずか1分だが、その言葉は……こんな感じだ。
「マイクを渡された瞬間に 仕事に取り掛かる 俺の舌は マスター・ファード(ネイション・オブ・イスラムの創始者)自身の手によって 絹へと変わる 『トップ5』リストにいる奴らなら 誰にだって深手を負わせてやるさ もし俺が 蛇から進化したドラゴンと戦っていなければな」
そして
「左 右 左 右 左 右 夜に木の葉のように 俺の夢のなかを漂う」
「信じる者たちのための 蝶 心臓が標的で 鼓膜が受信機だ」
ジェイは難解な知識、とくにイスラム教とUFOのファンだ。それらと、彼が信仰から感じる光とともに人間の悲惨な存在について語る心揺さぶる能力の組み合わせは、『Leaflets』収録の“Is It Possible that The Honorable Elijah Muhammed is Still Physically Alive??(名誉あるイライジャ・ムハンマドは、いまも物理的に生きている可能性があるだろうか??)”において強力に発揮されている。
「空にあるあの街のことが いつも気になっていた あの眩い光と 色鮮やかな輝きとともに 空に美しく浮かぶ街 あの金と エメラルドと サファイア そしてジャスパー(碧玉)と 真珠に囲まれた 真実にして生ける神の 玉座」
ここでジェイは、UFOとの「ロサンゼルスの戦い」の証拠とされる話について詩的に語り、それが人生に苦しむ女性と混ざり合い、その出来事が信仰の必要性を強める。曲は、ネイション・オブ・イスラムの指導者であり創設者である名誉あるイライジャ・ムハンマドの歴史を語る人物の声で終わる。
彼女がもっとも嫌いだと言った色が不可視(インビジブル)
水着姿のストーリーのコメントにそれを固定した
日の光のなかでは 彼女は背が高く
無敵(インビンシブル)に感じている
だが夜になれば 誰かのセクションで
小さく 説き伏せられやすくなる
また別の堕ちた星が別のクレーターに激突する
なぜ俺に尋ねた?
俺たちは救世主が必要なのかと?
ジェイ・エレクトロニカの素晴らしさを理解し評価することは、彼の決して静かではない「矛盾」と向き合うことでもある。ネイション・オブ・イスラムの極めて熱心な信奉者であるジェイは、5つのリリースの機会を利用して、各リリースのカヴァーにネイションが使用する象徴的なシンボルを採用した。アートワークはどれも派手ではなく、新規のリスナーを誘うようなものではない。最近の人はアートワークにそれほど注意を払わないので、それは避けられたひとつのハードルと言える。しかし、彼の曲の多くでは、名誉あるイライジャ・ムハンマドの名前が絶えず賛美のなかで使われている。
歴史的に見てこれは興味深いことだ。ネイション・オブ・イスラムは、公民権運動時代のアメリカにおける白人至上主義の人種差別や、キリスト教会を通じたそのつながりの影響を回避しようとしたイスラム教の信奉者たちによって誕生した。多くの受刑者がしばしば「神を見出す」場所において、1960年代以降、マルコムXがそうしたように、多くの者がアッラーを見出した。
ネイション・オブ・イスラム以前のアメリカの歴史の大部分において、イスラム教徒の大きな存在はなかった(多くの奴隷にされたアフリカ人がキリスト教への改宗を強要されたため)。そのため、黒人コミュニティにとって、キリスト教やそこから生じた生ぬるい活動に対する「信仰の対抗軸」として、ネイション・オブ・イスラムの影響力は強かった。しかし、いまは2025年だ。アメリカに住む元来のイスラム教諸国出身のイスラム教徒の数は、ネイション・オブ・イスラムの信奉者よりも遥かに多く、彼らのなかでネイションを重視する者はほとんどいない。したがって、いまネイションの信奉者であることは、かつてほど重要ではない。そして、名誉あるイライジャ・ムハンマドとマルコムX(彼は今日でも絶大な敬愛を集めている)のあいだの歴史的経緯が、事態をさらに複雑にしている。
ジェイ・エレクトロニカは、ラップ界のサン・ラ、あるいはMFドゥームのような存在だ。両者とも不屈の精神を持ち、自らの信念に対して100%の信頼を置いていた(あるいは置いている)。まったく揺るがない。アウトサイダーとしてのジェイの信仰は、他のアウトサイダーに対する彼の支持と同じくらい強い。それが名誉あるイライジャ・ムハンマドであろうと、P・ディディ(??!!!!!!!)であろうと。
そう、あのP・ディディだ。ホテルの廊下で恋人を打ちのめし、あざだらけにして置き去りにする姿が世界中に晒された、あのP・ディディだ。この記事を読んでいる頃にはすでに判決が出ているかもしれないが、売春目的の移送の罪で有罪判決を受け、量刑を言い渡されようとしている、あのP・ディディだ。そのP・ディディが、『Leaflets』の最初のトラック“Abracadabra“のイントロの声として、刑務所から直接電話でジェイに指示を送っているのだ。ジェイは、指示を示すために犬を連れてP・ディディの裁判所に現れた男でもある。
そしてジェイは、献身、天使のような詩、アイコンとしての地位、そして独特で疑問の残る選択のあいだで危うい綱渡りをしながら、奇妙な方法でプロデュースされ、パッケージされ、リリースされるクラシックなトラックを作り上げている男なのだ。
The enigma that is Jay Electronica has returned and he wears a bright smile very plainly. 5 releases in just 5 days released by his own universe`s time schedule, very sanely. Rep is what most artists want and what many rappers claim they have when they walk into a room. But Jay is a different creature. Never one to gloat about swag or tow a conglomeration of security and assistants around or fly private jets to locations only a 20 kilometer distance away just because. Jay Electronica doesn`t inhabit that world but commands more respect as if he were Doctor Strange conjuring new magics and portals. Despite being in hip hop for 25 years and his technically recorded debut (on MySpace!!!! - do you remember MySpace????? ) in 2007 (then taken offline), you can`t count Jay albums on one hand. Until now. Now you need 2 hands. But no more than that.
I`m guessing maybe to celebrate his 49th birthday (don`t quote me cause I really don`t know), Jay released not one, not two, not three, not four, but five releases within five days. Announced first via Instagram, then his twitter account followed by Roc Nation, the bombshell came as a complete surprise. Almost like a April Fool`s Day joke except it came out in gloomy September. Literally as I started writing this article upon the release of his 3rd album, I had to stop cause internet rumors stated he might be releasing 19 albums! So I waited a few more days til the coast was clear. Do to the encyclopedic nature of this near extraterrestrial situation, allow me a bit of time to unpack things. First, peep this :
Act I: Eternal Sunshine (The Pledge) — September 17, 2025
Act II: The Patents of Nobility (The Turn) — September 18, 2025
A Written Testimony: Leaflets — September 19, 2025
A Written Testimony: Power at the Rate of My Dreams — September 19, 2025 A Written Testimony: Mars, The Inhabited Planet — September 21, 2025
With Jay Electronica, the age old contingency, the age old romantic stereotype of a tortured artist holing up in a studio, to release new work in the following year doesn`t fit with Jay Electronica. He doesn`t care about the industry, doesn`t live solely off the industry, and doesn`t maintain his self-respect from the industry. The idea of releasing 5 albums within a week is unheard of in rap and quite feared of by industry exes. But going against the grain fits him more than anyone else. A proper explanation might be he is living off grid of the main stream rap game while also being in the center. There is probably no other rap artist at least in the world that inhabits such a space. A close friend of Jay Z and protected by his Roc Nation label, a close friend and confidante of Erykah Badu while also being the father of one of her children, and also a phone call away from numerous other producers and rappers who are more intentionally imbedded in the hip hop industry.
The enigma that is Jay Electronica is not the same as the initial hype when he first came out or afterwards on “What The Fuck is a Jay Electronica?” (2012). From the start, he stood out but stylistically, he was still competing with the usual a-miliion-words-per-bar type of rap popular a la Kendrick Lamar and many others. But with each leak and cameo appearance and singles like “Exhibit A” (2009), he grew into his own and earned his pedestal. Despite continuous years of near radio silence and often cryptic posts on Instagram, once a bar leaks out, once a track drops, fans go rabid and pick apart every word, reference and phrasing. The clarity of his magnetic voice and wording, the fatherly like verbal gesturing toward a more righteous path, and total intention on telling a story separates him from many of the industry who often throw words together just to make a track that really no one can understand. Someone once asked me why they should listen to Jay. I relayed that Jay is never in a race to finish a bar or a stanza to get to a chorus. Often he doesn`t write them anyway. Every word is important and poetic like a griot of Senegal telling a village of their history. Jay is known as a weird dude and that weird dude picks apart esoteric bits of information that often revolve around his total devotion to Islamic observance creating a thick web of biblical testimony, outsider thought and Mos Def like finesse. You can hear what he is saying, and you can head nod to his relaying and learn something in the process. Listening to his best tracks is like attending a preacher‘s service where diction, tenor, anticipation of the attendee`s understanding is paramount.
More importantly though, he doesn`t care about time. He ain`t rushing to make it in time for the summer schedule or shit like that. To be clear from his 5 September releases, both Act 1 and 2 are not new. Everything digital is somewhere on someone`s website or hard drive available but both 1 and 2 have appeared and were disappeared in a flash. Act 1, a moody 2007 15-minute mixtape instrumentally based off of Jon Brion’s Eternal Sunshine of the Spotless Mind score, put out via MySpace, has been bouncing around the internet for almost 2 decades but never official. Act 2 was leaked, released through Jay Z`s Tidal and bodied within the same month (2000) disappearing only to finally re-appear 5 years later. As I said Jay doesn`t care about time. Despite the momentum from 2000`s “A Written Testimony” put out several months before the leak, there was no foot on the gas to get it out to the public again until this year. And though the 2025 “A Written Testimony” releases are technically new, we honestly don`t know when the tracks were made. Jay`s peculiar nature toward his recorded music makes it seem as if his total output is a library for him to check out tracks to make releases regardless of when they were made. Time is elusive.
Output is low and liminal and this for his rabid fans is forgivable. But it is impossible to not compare A Written Testimony (2020) to his 5 new 2025 releases. If I may be poetic , A Written Testimony (2020) was like Ginza crafted sushi and onigiri, where as his 2025 releases, Act 1 and 2, and the 3 albums under the “A Written Testimony : Power at the Rate of My Dreams, A Written Testimony : Mars, The Inhabited Planet, and A Written Testimony : Leaflets” are more in the vain of yakisoba (fried noodles) thrown together at a food stall at a local festival. A Written Testimony (2020) was a collection of sharp tracks that fit together quite comfortably. One could pore over them repeatedly. From hard beats to the acute emotional, even partially devotional. Act 1 is like a meditation and Act 2 is closer to A Written Testimony (2020) with bouncier tracks and a beat flowing. Press play on “Life on Mars” and “Bonnie and Clyde” if listening in a car to work.
The three A Written Testimony (2025) seem to be exactly that - testimonies woven together despite being separate tracks. Keep in mind that each album is barely an album! Call them eps maybe? And for sure some of my gripes are exactly here cause each ep is short as hell. Each barely past the 20 minute mark. Add to that the amount of samples used is insane. Even on a 3 minute track, you will find Jay telling tales for only a minute. Production here isn`t well crafted in the Dilla or Public Enemy sense. Samples are left to go on and on with the original meaning of the samples meant to be preserved as they are, like relics of history instead of as sound objects cut and pasted to be reinterpreted or danced to. So if you are expecting bangers a la Playboi Carti, you will be horribly disappointed. And if you are born past 1990, I feel for you cause many of the samples selected are from movies, interviews, or other outlets way before your time.
Understanding why each sample is interesting is difficult when you don`t know the source.
But that is forgiven. When Jay Electronica speaks, listeners pore over each word, reference and make good use of Wikipedia and the rest of the internet to understand.
Let me illustrate with “Best Wishes” from “Power at the Rate of My Dreams,” recorded with rapper Westside Gunn. A 3 minute track with Jay tapped in rapping for only for a minute but the words bro.....the words.
“Soon as they put the mic in my hand, I get straight to workin' My tongue turn into silks by Master Fard in person I'd give anybody in a 'Top 5' list a serious hurtin' If I wasn't at war with the Dragon who evolved from the Serpent”
and
“Left
Right
Left
Right
Floating through my dreams like a leaf at night
Left
Right
Butterflies for the believers
The heart is the target, the eardrum is the receiver”
Jay is a fan of esoteric knowledge, more specifically with Islam and UFOs. The combination of them with his own heartfelt ability to speak on the dire existence of humans with the light he feels coming from his faith is powerful on “Is It Possible that The Honorable Elijah Muhammed is Still Physically Alive??” From “Leaflets”
“I always wondered 'bout that city in the sky With all that bright light and all them colors, looking pretty in the sky With all that gold, and all that emerald, and all that sapphire And all that jasper, and all that pearl around the throne Of the true and living God”
Here Jay waxes poetic on purported evidence of a battle of Los Angeles with UFOs that then gets mixed with a woman suffering in her life and that event strengthening the need for belief. The song them ends with someone telling the history of The Honorable Elijah Muhammed, the head and creator of the Nation of Islam.
“The color that she said she hate the most of all, invisible She pinned it to her comments on her Stories in her swimming suit In the daylight, she be feeling tall and invincible But at night she in somebody section, small and convincible Another fallen star to crash another crater So why you had to ask me if we actually need a savior?”
Understanding and appreciating the brilliance of Jay Electronica is also coupled with his not so quiet contradictions. A deep, deep follower of the Nation of Islam, Jay took the opportunity of his 5 releases to use symbolism used by the Nation for the covers for each one of his releases. None of the artwork is flashy or inviting for newcomers. Most people recently don`t pay that much attention to artwork so that is one hurdle avoided. But in many of his songs, the name of The Honorable Elijah Muhammed is continuously used in praise.
Historically this is interesting as the Nation of Islam came into existence from devotees of Islam who wanted to circumvent the influence of white racism in America and its connection through the Christian church in the civil rights era. Where many inmates often “find God,” from the 1960`s onward, many also found Allah just like Malcolm X did. Before the Nation of Islam for much of America`s existence, there was no major presence of Muslims in America (as many enslaved Africans were forced to convert to Christianity), so the Nation of Islam`s influence was strong as a counterweight of faith to Christianity for the Black community and the tepid activism that sprouted from it. However, it is now 2025, and the number of Muslims originally from Islam practicing countries living in America, is way greater than the followers of the Nation of Islam, and few if any of them shower any importance on the Nation. Hence being a follower of the Nation now, is basically, is not as important as it once was. And the history between The Honorable Elijah Muhammed and Malcolm X (who is still greatly beloved to this day ) adds more complication to the cake.
Jay Electronica is kinda like the Sun Ra of rap or an MF Doom. Both have / had indomitable spirits and 100 percent faith toward their convictions. Totally unbending. Jay`s faith as an outsider is as strong as his support for other outsiders is as well. Whether The Honorable Elijah Muhammed or P-Diddy (????!!!!!!!). Yes, that P-Diddy. The one who was seen worldwide beating his girlfriend in the hallway of a hotel leaving her battered and bruised. That P-Diddy, who is about to be sentenced (by the time you read this, he may already be sentenced ), having been found guilty of two counts of transportation for prostitution. That P-Diddy, who is the intro voice to the first track “Abracadabra” from Leaflets, giving his support to Jay via phone directly from prison !? Jay is the same guy who pulled up to P-Diddy`s courthouse with his dogs to show support. And Jay is the guy who walks a funny tightrope between devotion, angelic poetry, icon status, and unique questionable choices while creating classic tracks produced, packaged, and released in strange ways.
良質な発掘で知られるUKの〈BBE〉から、またも興味深い企画の登場だ。いわく、ソウルやゴスペル、スピリチュアル・ジャズ、ラテン音楽などからトーキング・ヘッズをとらえなおしたコンピレーションとのことで、アレンジャーとしてひっぱりだこのミゲル・アトウッド=ファーガソン、〈Stones Throw〉や〈Brainfeeder〉などLAシーンで活躍してきたシンガーのジョージア・アン・マルドロウ、新世代アフロ・パンクのウールー、NYハウスの巨匠、マスターズ・アット・ワークのケニー・ドープとUKインディ・ダンスのヴェテラン、ロイシン・マーフィーからなるコンビ、詩人にして活動家でもあるアジャ・モーネイ、ソウルクエリアンズから浮上してきたNYのシンガー、ビラル、21世紀ジャズにおける有力なトランペット奏者のひとり、シオ・クローカーなどなど、なんとも豪華な面々が集結している。
年明け後、CDは1月23日に、LPは2月6日に発売。トーキング・ヘッズの数々の代表曲がどのように生まれ変わっているのか……これはチェックしておくべき1枚です。
アーティスト名:various artists
アルバム名:『ナイヴ・メロディーズ』
『Naive Melodies』
フォーマット:2x12”、CDとデジタル配信
CDと配信の発売日: 2026年1月23日/ アナログ盤の発売日:2026年2月6日
カタログ番号: CD: BBE424CCD/ LP: BBE424CLP
『ナイーヴ・メロディーズ』は、トーキング・ヘッズの音楽への大胆かつ先見的なオマージュであり、「ブラック・ミュージックの革新」というレンズを通して再解釈された作品である。『モダン・ラブ』(デヴィッド・ボウイのトリビュート・アルバム)を手掛けたクリエイティブ・マインド、ドリュー・マクファデンが監修したこの新作は、トーキング・ヘッズの紛れもないニュー・ウェーヴ・サウンドを形作る一助となった、アフリカ系ディアスポラのリズムと実験的なソウル・ルーツの深淵 へと潜り込む。フェラ・クティ、パーラメント、アル・グリーンといったアーティスト(彼らの影響はこのバンドのリズム的な遺伝子に大きく刻まれている)に触発された、トーキング・ヘッズの芸術性を支えたブラック・ミュージックの伝統に光を当て、従来のトリビュートとは一線を画し、ジャンルを超越する新世代のアーティストたちの声とビジョンを通じて、このバンドの楽曲群を再構築している。
アナログ盤のトラックリスト
DISC 1
SIDE A
1. Heaven - Miguel Atwood-Ferguson
2. Sugar On My Tounge (Dub) - Pachyman
3. Once In A Lifetime - W.I.T.C.H.
4. Girlfriend Is Better - Georgia Anne Muldrow
5. Mind - Wu-Lu
SIDE B
1. Psycho Killer - Astrønne
2. Born Under Punches (The Heat Goes On) - Kenny Dope feat. Róisín Murphy
3. I Zimbra - Liv.e
4. The Book I Read - Aja Monet
5. Burning Down The House - Rosie Lowe
DISC 2
SIDE C
1. Uh-Oh Love Comes To Town - EBBA
2. Road To Nowhere - Rogê
3. And She Was - Vicky Farewell
4. Crosseyed and Painless - Florence Adooni
SIDE D
1. Seen And Not Seen - Bilal
2. Born Under (More) Punches (The Heat Goes On) - Theo Croker feat. Theophilus London
3. Take Me To The River - Dominique Johnson
4. This Must Be The Place (Naive Melody) - Leon Jean-Marie
CD のトラックリスト
01. Heaven - Miguel Atwood-Ferguson
02. Sugar On My Tounge (Dub) - Pachyman
03. Once In A Lifetime - W.I.T.C.H.
04. Girlfriend Is Better - Georgia Anne Muldrow
05. Mind - Wu-Lu
06. Psycho Killer - Astrønne
07. Born Under Punches (The Heat Goes On) - Kenny Dope feat. Róisín Murphy
08. I Zimbra - Liv.e
09. The Book I Read - Aja Monet
10. Burning Down The House - Rosie Lowe
11. Road To Nowhere - Rogê
12. And She Was - Vicky Farewell
13. Crosseyed and Painless - Florence Adooni
14. Seen And Not Seen - Bilal
15. Born Under (More) Punches (The Heat Goes On) - Theo Croker feat.
Theophilus London
16. Take Me To The River - Dominique Johnson
17. This Must Be The Place (Naive Melody) - Leon Jean-Marie
この過去の夏、大阪の歴史的建造物であるミソノビルの閉鎖/解体の発表に対する悲しみは、その歴史と長寿を祝うための一連のパフォーマンスによって明るいものとなった。7月5日に予定されていたそのパフォーマンスのひとつは、∈Y∋(BOREDOMS)による新プロジェクトFINALBY( )(発音 ― Final B Empty/ファイナルビーエンプティ)であり、大阪を拠点とするCOSMIC LABとのコラボレーションであった。大阪音楽シーンの伝説である∈Y∋は、間違いなく、このビルの長寿を祝う最適な人物だった。興奮した私は、すぐにチケットを購入し、関西への旅を計画した。不運なことに、いまはもう11月の終わりであり、スケジュールの都合でその旅をキャンセルせざるを得なかったことに、いまだに軽い痛みを覚える。ああ、なんという惨めさ! 叶わなかった夏の記憶。家に居なければならなかった悲しみは、ほとんど耐えがたいものだった。
しかし運命とは不思議なもので、東京では∈Y∋関連のイベントが次々と行われている。逃した夏の機会を補って余りあるほどに。∈Y∋は渋谷の中心ど真ん中、ミヤシタパーク3階のgallery SAIで開催された新しい展覧会Mapocy(まぽチー)のために東京に戻って、さらに、歌舞伎町のZERO TOKYOにおけるFINALBY( )の東京初演があった。それから、歌舞伎町の王城ビルでのBENTEN2のための∈Y∋の2024年のARV100パフォーマンスのマルチスクリーン・インスタレーションもあって、Art Tokyo Week でのC.O.L.O.(COSMICLAB)による小さなサプライズ・コンサート、さらに締めくくりとしてMUTEK Japanの巨大ステージでのC.O.L.O.とのユニークなオーディオ・ヴィジュアル・パフォーマンスがあった。
日本のオルタナティヴ・シーンにおける最大級の革新者としての∈Y∋の多く多くの年月にもかかわらず、BOREDOMSの非活動とより散発的なソロ活動が相まって、∈Y∋は数年間“混沌の中心”にいなかった。だからこそ、半年の間にこれだけ多くのイベントがあることは、一種の“再紹介”のように感じられる。新たな歴史をつくるための完璧なタイミングだ。私が最後にBOREDOMSのライヴを見たときのひとつは、∈Y∋がステージ上で足を骨折し、痛みにもかかわらず演奏を続けたときだった。だから、まだ気づいていないなら言っておくが、∈Y∋関連の出来事はしばしば歴史的なのだ。私はこの秋のこれらすべての素晴らしい体験をレポートにまとめた。
MAPOCY
5つの部屋に分かれ、とくに4つ目はほとんど“隠し部屋”のようなサプライズになっている。本展「MAPOCY」は、∈Y∋のジャンク・アート的な作風を巨大インスタレーションとして展開したもので、現在も活動をともにするPUZZLE PUNKSのパートナー、マルチメディア・アーティストの大竹伸朗の気配と、彼がしばしば扱うドラムのシンバルというモチーフが混ざり合っている。
まず圧倒されるのは、とにかく“緑”。これでもかというほど緑。壁に取り付けられたキャンバス、シンバル、ビニールシート、ガラクタの数々——あらゆるものに緑のペンキがぶちまけられている。床にまで飛び散っていて、空間全体が緑色の施工現場のようでもあり、同時に、初期∈Y∋作品でも見られた木片の寄せ集めによるギザギザの形状がそこかしこに出現している。
ひとつ目の部屋は床と壁にオブジェが置かれた比較的ゆとりのある空間だったが、ふたつ目に入ると一転、大小さまざまな物体が山のように積み上がり、すべてが同じ緑に染められている。天井からはビニールシートが垂れ下がり、換気用のファンが絶えず唸っている。最初はまとまった形など見えず、ただ“ノイズ”だけがある。正直なところ非常に混乱を招く展示だが、もし音楽におけるノイズに惹かれる人なら、聴覚的ノイズと物質としてのノイズに大差はないとすぐ理解できるだろう。
混沌は3つ目の部屋でも続く。奥の隅にほとんど真っ暗な空間へと続く黒い入口が見え、その向こうに“4つ目の部屋”がある。ここはFINALBY( )のメンバーたちと制作した映像作品が、三面の細長いクリーンに巻物のように投影されるダイナミックな空間だ。黒いビニールシートで覆われた小さな穴をくぐって入ると、モノクロームの点滅するプログラム図形と、轟音のノイズ・ミュージックが部屋全体を震わせている。精密にピクセル化された映像は、伝統的なアジアの雲や花の意匠を再構成し、左右から現れては中央でぶつかり、新たな幾何学へと変容していく。その視覚的なカオスは池田亮司のもっとも衝撃的な作品を思わせつつ、より柔らかく親しみのある感触を残す。ここを先に観たことで続くFINALBY( )のライブがどのようなものになるのか、無自覚のままヒントを得ることになった。
最後の5つ目の部屋は、これまでの強烈な表現から一度“息をつかせる”空間だ。出口前の壁一面に、古い手描き作品と実際のアナログ盤が組み合わされて展示されており、紙のドローイングという∈Y∋の原点的な表現へと立ち返る、一種の後味として配置されている。
FINALBY( )
FINALBY( )が初めて姿を現したのは、観客の多くがその存在を知らぬまま迎えた2021年のフジロックだった。以来、その公演歴は香港、大阪、そして今回の東京のみと極めて限定的だ。∈Y∋が音楽家であると同時に卓越したヴィジュアル・アーティストであることはよく知られているが、これほどまでにステージ上で視覚と音響が正面衝突した例は稀だ。私の目には、テクノロジーを全面的にアップデートして蘇った現代版ハナタラシのようにも映る。∈Y∋は、身体性を伴う新しいパフォーマンスを構築しており、それはパフォーマンス・アートと、ノイズマシンや照明、センサーと接続されたオブジェ群とが密接に絡み合ったものだ。この技術面を支えるFINALBY( )の共同制作者は、COSMIC LAB(C.O.L.O.主宰)、アートエンジニアの堀尾寛太、そしてプログラマーの新美太基である。デジタライズされた∈Y∋——まさにテクノロジー時代が生んだ独自の結晶だと言える。
私自身、この新しい方向性の萌芽を、パンデミック前の原宿で偶然目撃する幸運に恵まれた。2019年、TOKYO CULTuART by BEAMS Harajuku で開催されたBOREDOMSのTシャツ展でのことだ。∈Y∋はフェイスマイクを付け、両手に装着したモーション・センサー内蔵のサウンドマシンからノイズを放ちながら、黒いジャケットの下に隠れた装置を動かし、通常のマイクに縛られない歌唱を試みていた。ここにはすでにFINALBY( )の原型があった。また、このとき∈Y∋は巨大な円錐形オブジェへの偏愛を初めて披露している。黒いコーンの底部にセンサーが仕込まれており、それを持ち上げて振るたび、音は揺らぎ、形状の奇妙さも相まって視覚的にも滑稽で魅力的だった。背後には技術面を支えるエンジニアが控えており、30名ほどのファンしかいない小部屋での濃密な光景は、後に東京で結実するまでに6年かかった構想の出発点を示していた。
FINALBY( )を観に行く前、気分を高めようと私はBOREDOMSの入手困難な問題作『Super Roots 5』を久々に取り出した。重厚なドラムとシンバルへ傾斜していく初期段階にあたる一枚で、1曲=1時間という構成、ほぼ一本調子の宇宙的トーンに泡立つノイズとシンバルが折り重なる——「曲」というより「体験」だ。これを聴くと、1982年のある出来事を思い出す。
1982年、前衛ギタリスト/作曲家グレン・ブランカは『Symphony No.2 – The Peak of the Sacred』をライヴで披露した。副題「聖性の頂」は本来その作品固有のものだが、彼のエモーショナルな創作全般を言い当てる表現でもある。複雑な転調をほぼ廃したこの交響曲は、天上のエネルギーが雷鳴のように連続して吹き荒れる、彼の作品中もっとも強烈な体験のひとつだった。
「聖性の頂」とは、人間が自己を超越するための、絶えず恍惚と狂喜を更新し続ける音楽を指す。∈Y∋がBOADRUMシリーズやその他の公演で追求してきた方向性は、明言されていなくとも、まさにその頂点に向かう試みだったと私は感じている。「曲」よりも「経験」を重視する姿勢——それは彼の精神性と音楽性が複雑に深化してきた証でもある。FINALBY( )の公演中、∈Y∋はまさにその「聖性の頂」に到達しようとしていた。
2025年10月25日 FINALBY( ) LIVE in 歌舞伎町EXPANDED
presented by COSMIC LAB & TST ENTERTAINMENT CO.,LTD.
FINALBY( ) LIVE in 歌舞伎町EXPANDED Photo : Masayuki Shioda
当日の「FINALBY( )Live in 歌舞伎町Expanded」というフルタイトルの公演は、実に2時間ノンストップのパフォーマンス作品だった。事前告知からは想像もできない構成である。チケットを買った時点で「2時間」とあったため、DJか何かが挟まるのだろうと勝手に思っていたが、違った。2時間まるごとが、巨大なノイズの奔流と悦楽的ヴィジュアルの対話で満ちていた。
ステージ中央には、光に照らされ巨大なカップケーキのように見える“何か”が鎮座している。後にそれが、∈Y∋ がジェンベのように叩くノイズ・ジェネレーターであると知った。ステージ上には複数のコーンが配置され、最大のものは宙吊りになっていて、∈Y∋の身長を完全に覆うほど巨大だった(実際、後半で∈Y∋がその内部に隠れる場面があった)。さらに、フロア中央、観客のほとんどが囲むようにして別の巨大コーンが置かれ、公演後半ではそのコーンが発光し、∈Y∋の手で回転させられる仕掛けになっていた。
ZEROTOKYOという会場は、巨大なメインスクリーンに加え、左右と背後にも細長いスクリーンが連なる独特の構造で、360度的な没入感を生み出す。MAPOCYで見たモノクロームのデジタル雲はここでも再登場し、背面や側面から湧き上がるため、観客は携帯で“映え”を狙う余裕を失い、その瞬間に没入せざるを得なくなる。近年まれに見る、記録では再現不可能な体験だった。
奇妙なパンク・バンドから出発し、90分超の儀式的公演を構築できる存在へと変貌したBOREDOMS。その中心人物である∈Y∋は、観客の細胞レベルに作用する「悟性の構造」を知り尽くしている。聖性の頂。
公演の最後、∈Y∋は稀にみる“口頭での解説”を行い、コーンの群れを「家族」だと呼んだ。FINALBY( )の本当のメンバーはコーンであり、人間はその媒体にすぎないのだと。※詳しくは∈Y∋本人が10月26日付でInstagramに投稿した説明を参照してほしい。
この一連の経験は、初期舞踏、ローリー・アンダーソン、フィリップ・グラスらの系譜に連なる、ダイナミックなパフォーマンスアートの華麗な再誕に等しかった。

FINALBY( ) LIVE in 歌舞伎町EXPANDED Photo : Masayuki Shioda
∈Y∋ × C.O.L.O(COSMICLAB)@ MUTEK JAPAN
渋谷で開催されたMUTEK JAPAN 2025で、∈Y∋はC.O.L.O.とともに初めてこのフェスのステージに立った。ART WEEK TOKYO(11月5日)のサプライズ公演をさらに拡張し、より長く、より“怪物的”な形で提示したものだ。FINALBY( )とは異なり、形式上は伝統的なオーディオビジュアル公演に近いが、幸いにも遥かに奔放だった。多くのMUTEK出演者が“引き算の美学”で勝負するなか、これは「足し算の極北」とも呼べる公演だった。
FINALBY( )が2時間のノイズの海へ沈めるような体験だったのに対し、今回の2人は長いテーブルに並んで立ち、背後の巨大スクリーンとともに、∈Y∋のDJ PICA PICA PICA的な狂騒を現代化したような世界を作り上げた。FINALBY( )のノイズ成分と、モノクロームのフリッカー映像、そして近年∈Y∋が執着するハイパー・サイケデリックなシンゲリ(singeli)が高密度に衝突し合う。言語化困難なコラージュも大量に挟まれる。
∈Y∋の音楽とヴィジュアルは、まるでドラッグまみれのポップアートだ。C.O.L.O.は∈Y∋の衝動を鏡のように反射し、狂気じみたフリッカー花、精神を攪拌する幾何学模様、スクリーンいっぱいの“眼”、ハートやブタの絵文字が奇妙な規則性で踊り、そのあとにはスローモーションのデコトラ事故寸前3D映像が続く。強度は綿密に計算され、現実味がないほど完璧だった。息つく暇もない全頭脳的ラッシュ。
ここ数ヶ月の間に、∈Y∋の唯一無二の表現が多角的に更新される様子を目撃してきた者として、2026年にさらに何が生まれるのか、ただ祈るばかりである。

FINALBY( ) LIVE in 歌舞伎町EXPANDED Photo : Masayuki Shioda
Sadness at the announcement of the closing / demolition of the historic Misono building in Osaka this past summer was brightened with a string of performances to celebrate the history and longevity of the famous landmark. One of those performances, scheduled on July 5th, was EYE`s (Boredoms) new project FinalBy ( ) **(pronounced - Final B Empty) (ファイナルビーエンプティ), a
collaboration with Osaka based COSMICLAB. EYE, a legend in the the Osaka music scene, was definitely the best choice to celebrate the building`s longetivity. Excited, I immediately purchased and planned my trip to Kansai. Unfortunately, it`s now the end of November and I still feel a light sting of having had to cancel said trip due to schedule conflicts. Oh the misery! A summer memory unrealized. My sadness at having to stay home was almost unbearable.
Fate though works wonders and Tokyo is enjoying a string of of EYE related events. More than enough to make up for the missed summer opportunity. EYE has returned to Tokyo for a new exhibition, Mapocy (まぽチー), smack dab in the center of Shibuya
on the third floor of Miyashita Park at gallery SAI, the Tokyo premiere of FINALBY ( ) at ZERO TOKYO in Kabukicho, a multi- screen installation of EYE`s ARV100 performance in 2024 for BENTEN2 at 王城ビル (also in Kabukicho), a small surprise concert
with C.O.L.O. (COSMICLAB) at Art Tokyo Week, and a unique audiovisual performance with C.O.L.O. on a huge stage for MUTEK Japan to round it out. Despite EYE`s many many years as one of the greatest innovators in the alternative scenes of Japan, the inactivity of the Boredoms coupled with more sporadic solo
activities means that EYE hasn`t been at the center of the chaos for some years. So with this many events within just half a year, it feels like a reintroduction of sorts. Perfect for creating new history. One of the last times I saw the Boredoms live was when EYE broke his leg on stage and kept performing despite the pain. So if you haven`t guessed so far, anything EYE related is often historic. I have compiled all of these great experiences this fall in a report.
MAPOCY
Separated into 5 rooms with the 4th almost a secret surprise, MAPOCY reflects EYE`s junk art style as a large installation closely in line with his ongoing PUZZLE PUNKS partner, multi-media artist Ohtake Shinro, mixed with his other common collaborator, the drum cymbal.
The installation is very, very, very, very, very green. Green paint splattered on canvases installed on the walls, on cymbals, on plastic sheets, on junk items. There is green paint literally everywhere including the floor. Almost like an artistic, construction site mixed with wooden assemblages, created into jagged shapes you can see in older EYE works. While the first room was spacious with objects on the floor and wall, the second room was chaotically littered and piled up with numerous objects of different types completely splattered with the same green paint, plastic sheets hanging down and a fan constantly going to keep possible fumes from making anyone sick. There were no coherent shapes at first, just noise. The site is honestly incredibly confusing and confounding but if you have any taste for noise in your music, I would say there is no difference between aural noise or physical noise.
The chaos continues in the 3rd room where in the far corner you might see a dark entrance way into a near pitch black room. The 4th room is a dynamic 3 wall screen scroll-like video of his work with the other members of FINALBY ( ). Only viewable by entering through a small hole created with black plastic sheets, the room literally reverberates with the intensity of the monochrome flashing programmed shapes and the noise music blasting. The images carefully pixelated reimagine traditional Asian cloud flower designs colliding into each other becoming new geometry. Often starting from the far left and far right side, they eventually meet in the center and evolve into new forms. The visual cacophony reminded me of Ikeda Ryoji`s most impactful works but with a fresh and friendly take. Visiting this exhibition first gave me a good unknowing hint of what the following FINALBY ( ) would be like.
The last room is a calm down from the bold expressions of the previous ones. Only one wall of older very familiar hand drawn art combined with physical lps before the exit, it was an interesting last taste offering a comparison to EYE`s initial choice of expression - paper drawings.
FINALBY ( )
FINALBY ( ) first debuted at Fuji Rock in 2021 in front of an unknowing crowd. Since then, FINALBY ( ) has performed only in Hong Kong, Osaka, and now Tokyo. We all know that EYE is a visual artist on top of being a musician but rarely has his visual side collided justly with the music on stage. Like an updated and rebirthed technological Hanatarash (by my eye), EYE has developed a new strong, physical performance more like
performance art coupled with objects connected to noise machines, lights, and sensors. His technical collaborators = other members of FINALBY ( ) are COSMICLAB (directed by C.O.L.O.), art engineer Horio Kanta, and programmer Niimi Taiki. This is very much a digitized EYE. Without a doubt a unique combination of our technical age.
I was lucky enough to witness the beginning of this new venture toward multi media in a small room in Harajuku before the pandemic. At TOKYO CULTuART by BEAMS Harajuku in 2019 for a BOREDOMS t-shirt exhibition, EYE wore a face mic and a black jacket somewhat covering two motion detecting sound machines attached to both his hands that emitted noises. Activating the sensors with motion and singing unbound by a regular mic, EYE was experimenting with the beginning of what would become FINALBY ( ). Here EYE also introduced his obsession with large cones as sound devices. To match his clothing, EYE had a black cone with sensors on the bottom. Picking it up and waving it around affected the sounds emitted and provided funny eye candy as cones are naturally bottom heavy and odd shaped. Behind EYE was an engineer to support the technical side of the performance. Having witnessed this very intimate performance in a room full of 30 or so fans, I can now see the initial development and vision that took 6 years to materialize in Tokyo.
To prepare and hype myself up for going to see FINALBY
( ), I dusted off a copy of the Boredoms` Super Roots 5, one of their most difficult to attain recordings and also their most abstract. At the beginning of their heavy drum and cymbal phase, the one track album is one hour long and basically one long cosmic tone
maintained straight with bubbling noise and cymbals. There is no song per se. Only a holy experience. This reminds me of 1982.
In 1982, the avant garde guitar composer, Glenn Branca performed live his work Symphony 2 with the added title “The Peak of the Sacred.” Only meant for that work in particular, that title though often describes much of his most emotional work. Symphony 2, one of the least complex of his works in terms of multiple chord changes, was one of his best for the sheer intensity and almost god-like continuous blasts of angelic amorphous energy that felt like thunder in the air.
The idea of the peak of the sacred evokes music that is continuously euphoric and orgasmic for humans to rise beyond themselves. EYE`s direction of the Boredoms with the BOADRUM series and other performances I feel were meant to reach “ the peak of the sacred” whether explicitly expressed or not. EYE`s focus on the “experience” over the “song” illustrates his evolving and complex mental state and music focus since then. Throughout FINALBY
( ), I keenly felt EYE reach “ the peak of the sacred” as only he could.
FINALBY ( ) Live in Kabukicho Expanded (the full title of the night) was a 2 hour uninterrupted performance art piece which didn't advertise itself to be that. Genius. When purchasing the ticket, I noticed that the performance was supposed to be 2 hours but I assumed that there would be a dj or something. No, it was 2 full hours of huge blasts of noise with EYE and matching euphoric visuals designed to create a dialogue that worked very perfectly.
On stage at the center was a “thing” that I could only describe as a light illuminated huge cupcake. That “thing” I learned later was a noise generator that EYE could tap at like a djembe. Across the
stage were several more cones with the largest suspended in air at the front of stage so massive it could cover EYE from head to toe (which it later did). In the center of the floor surrounded by the majority of the audience right before the sound and visual mixing booth of another huge - I do mean huge - cone on a platform that later would light and spin in a circle pushed by EYE. During the performance EYE moved back and forth from the stage to the floor centered cone. ZEROTOKYO, for the many who have never been inside it, is a venue unique in having not only a huge stage screen but long thin screens on the left, right, and back wall making a 360 degree surround experience.
The monochrome digital clouds from Mapocy re-introduced themselves here, they emerged from the back and the sides making everyone have to be present in the moment instead of looking for the next instagram moment with their phones. Unlike any performance I have been to in years, this was first time in ages where no documentation could do justice to each person`s experience that night. Whether with the noise assault or the constantly shifting orientation of the images.
EYE, having changed the Boredoms from an unusual, quirky punk group to a band capable of performing hour and a half concerts has attained the psychological knowledge few have of how to construct enlightening performances of such depth that change the molecules of the crowd. The peak of the sacred.
EYE named the group of cones a family and stated so at the end of the performance in a rare commentary of his ideas to the audience. The cones were a family and the real members of FINALBY ( ) making the human members only conduits. *** Please refer to his exact explanation of the cones posted on
October 26th on EYE`s own Instagram account. The total experience felt like a great rebirth of dynamic performance art in the tradition of early Butoh, Laurie Anderson, Philip Glass, and others.
EYE with C.O.L.O of COSMICLAB at MUTEK JAPAN
Held in Shibuya, EYE for the first time ever graced the stage of the 2025 edition of MUTEK JAPAN with C.O.L.O. (COSMICLAB) presenting a more fantastic and longer version of the surprise performance they did for ART WEEK TOKYO on Nov. 5. Unlike FINALBY ( ), this performance was closer to a traditional audiovisual performance but luckily more unhinged. Most performers of MUTEK try to impress with a less-is-more aesthetic but this was a case of more-is-so-much-more one. The FINALBY (
) concert was a submersion in 2 hours of near constant noise. The MUTEK performance of C.O.L.O. and EYE, standing together at a long table shadowed by a huge screen behind, was closer to EYE`s manic DJ PICA PICA PICA mix style. An incredible soup of noise portions of FINALBY ( ) with the same monochrome flicker visuals side by side with hyper psychedelic hardcore singeli music reflecting his ongoing fascination with the manic genre. And tons of near indescribable collages in between.
EYE`s music and visual style is like pop art on acid. C.O.L.O. convinced me he was the best collaborator for EYE, brilliantly reflecting EYE`s impulses assaulting the audience with demented flicker flowers, mind-altering geometry, a sea of eyes (totally tongue in cheek), heart and pig emojis dancing across the screen in similar patterns followed by near collision slow motion disaster 3D video game scenes of Dekotora trucks loosing their wheels. The intensity
was beautifully calculated and unreal. A full head rush with barely a moment to breath.
With so many perspectives of EYE`s singular always evolving expression in only a few months time, I can only pray that 2026 brings us more.
