「PAN」と一致するもの

SOIL LIFE@ Shinjuku - ele-king

 土研究者、金澤晋二郎(著)『「土」の本』の刊行を記念して、2025年6月9日~6月30までのあいだ、新宿のBrooklyn Parlor SSHINJUKUの一角より生命の源である「土」にフォーカスしたPOP UP「SOIL LIFE」が開催される。
 地球46億年の歴史のなかで、約4億年前に微生物の進化とともに誕生した土壌。その「土」に惹きつけられ、、約60年もの月日をかけ土壌微生物の研究に従事してきた土壌微生物農学博士の金澤晋二郎。「SOIL LIFE」では、そんな博士の実験室や書斎をイメージして、オーガニック肥料「土の薬膳」やバイオソイル(培養土)、植物の鉢、土壌に関する本棚を展示する。
 開催期間中に『「土」の本』、鉢、植物、種、お茶各種、そして有機肥料や土を販売。
 また、6月9日(月)~6月15日(日)のあいだ、博士の土で育った緑茶、ほうじ茶(ホット/アイス)を提供する。

 なお、開催中の毎週月・木にはDJたちがGOOD MUSICをプレイします。

毎週月・木
午後7:30 p.m. - 午後10:00入場無料

[DJ LINE UP]
2025 6.9 月. dj yumi-cco @yumicco
2025 6.12 木. DJ YOGURT @djyogurt0107
2025 6.16 月. MACKA-CHIN @opec_hit
2025 6.19 木 Munacat @_mnct
2025 6.23 月 MARU @maru_denkishock
2025 6.26 木. DJ KENSEI (sarasvati music ashram) #sarasvatimusicashram
2025 6.30 月. 社長 (SOIL&"PIMP”SESSIONS) @shachosoilpimp

[参加ブランド]
金澤バイオ研究所
Root Pouch
GREENFIELD PROJECT
SLAVE OF PLANTS
WABARA
HERVA
LUCKY HILL FRUIT FARM
TERRAGEN FARM


「土」の本 - 金澤晋二郎(著)
発行元:株式会社Pヴァイン
本体:2200円+税
https://www.ele-king.net/books/011695/


金澤晋二郎
株式会社金澤バイオ所長。土壌微生物学農学博士、中国河南省科学院名誉教授、九州バイオリサーチ研究会会長。1942年北海道小樽市生まれ。東京大学大学院農学系研究科修了。鹿児島大学農学部助教授、九州大学大学院農学研究院教授を経て、2016年に金澤バイオ研究所を設立。日本土壌肥料学会学会賞(1986年)、第13回 国際土壌科学会議(西ドイツ)土壌生物部門最優秀賞(1986年)、愛・地球賞―Global 100 Eco-Tech Awards(1986年)、第13回 微量元素の生物地球化学会議『福岡観光コンベンションビューロー国際会議開催貢献賞』(2017年)など受賞歴多数。
https://www.kanazawa-bio.com

Laraaji - ele-king

 2010年代に再評価が高まったニューエイジの巨匠、ララージ。2019年の公演以来、6年ぶりに来日することが決まりました。9月11日(木)東京・草月ホール、12日(金)京都・東福寺塔頭光明院、13日(土)札幌・DALWHINNIEの3箇所をまわります。彼の美しい音楽を全身で浴びましょう。

LARAAJI

聴く者の心を連れ去る唯一無二のサウンドスケープ
“生ける伝説”ララージ、6年振り待望の来日決定!
宇宙と現実も、時代もジャンルもゆるやかに横断する音の彼方へ

LARAAJI
JAPAN TOUR 2025

TOKYO 09.11(THU) 草月ホール | Sogetsu Hall
KYOTO 09.12(FRI) 東福寺塔頭 光明院 | Komyoin
SAPPORO 09.13(SAT) PROVO presents “SOL”at DALWHINNIE

1943年生まれ、ニューヨークを拠点に今もなお活動を続けるニューエイジ/アンビエントの生ける伝説、ララージ (Laraaji)。 ワシントン・スクエア・パークでのストリート演奏をきっかけに、ブライアン・イーノと出会い、『Ambient 3: Day of Radiance』(1980年)へ起用されたことで世界の注目を集めることとなった。以来、ジョン・ケイル(ヴェルヴェット・アンダーグラウンド)、ハロルド・バッド、ビル・ラズウェル、ファラオ・サンダース、細野晴臣など、ジャンルも国境も超えたコラボレーションを重ねてきた。オーディオ・アクティブとの『The Way Out Is The Way In』でも日本の音楽シーンに確かな爪痕を残している。長きにわたり様々な音楽のシーンを横断して愛されて来た稀有のアーティストなのだ。
独自の感性と演奏方法で民族楽器から管楽器、弦楽器、ピアノまで操るマルチ奏者であり、その独自のサウンドスケープは、ニューエイジ、アンビエントといった枠を超え、時に音が色彩や風景に変わるような感覚を与えながら、時にスピリチュアルで、時に宇宙的な広がりを感じさせながら、聴く者の意識を緩やかに解き放つ。 幾度もの時代の波をサヴァイブし、今もなお静かな熱狂とともに世界中の音楽家やリスナーに影響を与え続ける存在、それがララージ。唯一無二なその存在感で、演奏のみにとどまらず、瞑想や笑いのワークショップも行っている。5年振りに貴重な来日を果たす今回は、東京は草月ホールで、京都は東福寺の塔頭である光明院にて100名限定のライブを、札幌では郊外にあるダルウィニー札幌で2日間にわたり開催される小さな野外パーティーの初日、夕暮れ時に合わせて親密なライブを行う。
瞑想やヒーリングの文脈だけでは捉えきれない、本物のサイケデリック・アンビエンスとリアルな音の旅。 ララージがもたらす音世界を、ぜひライブで体験してほしい。

【イベント詳細】
TOKYO
09.11(THU) 草月ホール | Sogetsu Hall
with Special guest
OPEN 18:00 / START 19:00
TICKET:前売¥8,400 (税込/全席指定席) ※未就学児童入場不可
※開演前に余裕をもってご来場ください。開演後の入場は制限させていただく場合が有りますので予めご了承ください。

KYOTO
09.12(FRI) 東福寺塔頭 光明院 | Komyoin
OPEN 18:30 / START 19:15
TICKET:前売¥8,400 (税込/整理番号なし/自由着席) ※未就学児童入場不可

SAPPORO
09.13(SAT)-14(SUN)
PROVO presents Open Air Party “SOL”at DALWHINNIE SAPPORO
OPEN 11:00 *LARAAJI Live → 9/13(SAT) 16:30~17:40 (予定)
TICKET:前売 1DAY¥5,000 / 2DAY \8,000
INFO:info@provo.jp

TICKETS (東京・京都)
【先行販売】
★6/2(Mon)18:00~BEATINK主催者WEB先行
★6/4(wed)12:00 - イープラス最速先行販売(抽選):6/4(水)10:00~6/8(日)23:59 受付
★6/9(mon) イープラスpre-order 6/9(mon)-10(tue) ※クレカ決済のみ

【一般発売:6月14日(土)~】
イープラス
ローソンチケット
BEATINK

MORE INFO: WWW.BEATINK.COM / 03-5768-1277

interview with caroline - ele-king

 ポケットに手を入れたまま、コンクリートの隙間から伸びる雑草をまたいで土手を歩く。川辺には、この季節に相応しく草は青々と茂っているが、向こう側には味気ないマンションが並んで、東京郊外のあいまいな田園地帯の境界をさらにぼかしている。それでもぼくは牧歌的なイメージに浸っている。『キャロライン2』を聴いているのだ。
 いま、これほどロマンティックに聞こえる音楽がほかにあるのだろうか。
 いまどき、8人組という大所帯のロック・バンドが新しく感じられるのはなぜだろう。
 彼ら彼女らは輪になって演奏する。バンドというよりはコレクティヴで、見た目は地味というか目立たないというか、どこかほのぼのしているが楽曲は挑戦的だ。作品の趣きたるや空想的で、陶酔的でもあるが英国風メランコリアも横溢している。フォーキーだがテクスチュアもあって、即興的な要素はバンドの相互作用に大胆な効果をもたらしもするが、総じてキャロラインの音楽は美しい。
 なぜ自分がかくもキャロラインを好きなのかわかっている。けど、その話——チャーリーと過剰消費、現代におけるイアン・マーティンにいわく「20世紀音楽の無限のリミックス状態」等々——をすると長くなるので止めておく。ただ、ぼくはこのバンドの新作を心待ちにしていたひとりであって、いまここで、『キャロライン2』は今年のもっとも素晴らしいアルバムの1枚になると断言しておきたい。1曲目の“Total euphoria”でぶっ飛ばされた。極めて21世紀的なポストモダニストのキャロライン・ポラチェックがゲストで歌う3曲目までは完璧だと思う(君もきっと賛同してくれるはず)。
 インタヴューに答えてくれたマイク・オーマリー(Mike O’Malley)は、キャスパー・ヒューズ(Casper Hughes)、ジャスパー・ルウェリン(Jasper Llewellyn)とともにバンドの中核を作ったひとりだ。2017年、この3人がマンチェスターの大学在学中にキャロラインは産声を上げている。


右で電話をかけているのがマイク。赤いポロシャツがジャスパー。前面に横たわっているのがキャスパー。順に右から左へ、アレックス・マッケンジー、オリヴァー・ハミルトン、マグダ・マクリーン、ヒュー・エインスリー。フレディ・ワーズ・ワース。

すべてのサウンドが調和して作用するのではなく、対立する要素が必要だと思っているんだ。さまざまな要素が対立していて、激しく聴こえるけれど、同時に美しくも聴こえる——その状態まで曲を持っていくまで曲は完成していないと思っている。

お時間ありがとうございます。新作を聴くのがずっと楽しみだったので、今回の取材がとても嬉しいです。

マイク(以下、M):素敵な言葉をありがとう!

古きものと新しきもの、静と動、生楽器とエレクトロニクスの混じったアルバムですね。アルバムの冒頭でやられました。ラフな質感や即興性もあるけど、前作以上に手の込んだ作品でもあると思います。

M:ふむふむ。

■レコーディングはいつからいつまでやっていたんですか?

M:このアルバムは長い時間をかけて作られたんだ。いま挙げられたようなディティールの判断も長い制作期間の途中にほどこされている。レコーディングをいつから開始したのかをはっきりと答えるのは難しい。音源を録音しているときは、まだそれがアルバムに使われることになると気づいていなかったりするからね。でも、アルバムに使われている音源を最初に録音したのはだいたい18ヶ月くらい前だったかもしれない。それくらいの時期から、レコーディングをはじめたり、みんなで音楽合宿をやって作曲をしたり、コンセプトについて話し合ったりしていたんだ。曲のアイデアについて話したり、今回のアルバムではどんなサウンドにして、どんなことをしたいのか——そういうことをみんなで決めていった。アルバムは今年の1月に完成したばかりなんだ。完成してからリリースまでの期間がとても短く感じられたよ。

通訳:その音楽合宿というのは、3人でスコットランドに行ったときのことですか?

M:そうだよ。それが最初の合宿だった。それ以前もロンドンでアイデアについて話し合ったりしていたんだけど、合宿に行ったときに、「これらのアイデアをなんとかまとめて、次のアルバムに使える素材として持って帰れるようにしよう」と初めて決めた。アルバムを作ろうという明確な意志が固まった段階だった。

2022年に『caroline』を出して、ぼくらも大好きでしたが、世界中の多くの人があのアルバムが好きで、そうしたリアクションで得た自信はあったと思います。アルバム制作に迷いはありませんでした? 「俺たちはもう、これしかないぜ!」みたいな方向性は定まっていました?

M:いい質問だね。迷いというものはなかったけれど、今回と前回のアルバムではまったく状況が違った。前回のアルバムを出したとき、キャロラインというバンドを知っている人はあまりいなかった。イギリスに何人かのファンはいたけれど、いまと比べたらずっと小規模だった。アルバムがリリースされて、各所で宣伝されて、ぼくたちの名前が広まった。そして(名が広まったという時点で)セカンド・アルバムを作るとなると、自意識過剰になったり、自分たちの活動に疑問を感じたりするかもしれないとは思っていた。制作に入る前は、どんなサウンドを追求するべきなのかがわからないときがあった。でも制作に入ってからは、何をすべきで何をすべきじゃないかということがわかってきた。制作の流れができてからは、自信を持って自分たちを疑うことなく制作に臨めたから、ぼくたちは幸運だったのかもしれない。セカンド・アルバムにプレッシャーはつきものとよく言うからね。ぼくにもそのプレッシャーはあったけれど、今回のアルバムの仕上がりには満足しているし、制作過程においても自分達のやっていることに自信を持って制作することができたと思う。

歌に関して、前作以上に意識的になっているように感じたのですが、あなたがたはどんな「歌」、どんな「歌手」がお好きなのでしょうか?

M:それもいい質問だね。好きな歌手か……これはぼく個人の答えになってしまうけれど、ぼくはアーサー・ラッセルがすごく好きなんだ。他にも好きな歌手はたくさんいるよ。でも、ぼくはある「歌手」に注目して音楽を聴くということをあまりやらないんだ。いろいろな種類の音楽を聴いているから、ある特定の歌手にフォーカスするということがとても稀なんだ。でも、例えばジャスパー(・ルウェリン)やマグダレーナ(・マクリーン)など、バンドメンバーで歌う機会が多い人たちには好きな歌手がいたり、参考にしている歌手がいると思う。ぼくは今回のアルバムではあんまり歌っていないからね。だから好きな歌手や歌についてはうまく答えられない。毎週好みが変わったりするから、特定の歌手に注目していることが少ないんだ。

クローザーの“Beautiful ending”も凝っていますが、ぼくは1曲目の“Total euphoria”に驚かされました。バンドにとって他の何かに似ていると言われるのはイヤだと思いますが、すいませんと謝りつつ、Still House Plants にちょっと近いアプローチを感じたんですよね。SHPはお好きですか?

M:好きだよ。彼らのライヴはロンドンで何度も観たことがある。“Total euphoria”を書いていたときに、とくに彼らのことを参考にしたわけではないけれど、スティル・ハウス・プランツと比較されるのも理解できる。リズム上で起きていることが似ているのかもしれない。すごくいいグループだと思うし、去年リリースされたアルバムは素晴らしかった。ライヴに何度も行ったことがあるけれど、彼らのライヴはいつ観てもすごくエキサイティングだよ。彼らの体制は完璧に整っていると思うんだ。そんなところが素晴らしいと思う。

“Song two”も魅力的な曲です。これもまた前作にはなかったタイプの曲ですが、曲作りは誰かひとりが作ってきたものをみんなで肉付けするんですか?

M:そうやって曲ができるときもあるけれど、曲によって作られ方は違うんだ。例えば、キャスパーが「最近よく弾いているコードで試してみたいものがある」と言って、みんなに聴かせて、そこからみんなで即興していくというパターンもある。こういう場合は、先にヴァースやコーラスのアイデアがあるというわけではないんだ。今回のアルバムには前回と比べて曲の構成がしっかりとしたものも多いけれど、最終的にそこまで構成がきちんとした曲にはならなかった。だから、いま話したようなパターンや、3人の即興からはじまるパターンなどがある。即興で歌ったり、即興のギター演奏やドラム演奏がたくさんおこなわれる。そうやって曲が作られていくことが多い。でも曲によって違うんだよ。曲のパートが気づいたら浮上していることもあって、それがどこから浮上してきたのかわからないけれど、いい感じのパートだから、それで進めてみる。そんな感じ。

caroline にとって曲はひとつの物語でしょうか?

M:曲には、物語のなかから切り取った断片のようなものがあるかもしれないね。ある行動の詳細や環境、ある出来事など。でも、曲を通して物語が語られるということはあまりない。歌詞に関して言うと、ジャスパーは別に物語を語っているわけではないと思う。彼の頭のなかで何が起こっているのかはわからないけれど、物語というよりは、意識の流れみたいなものだと思う。彼が歌詞や歌のパートを書くときは、即興の歌からはじめることが多いんだ。メロディやサウンドからはじまって、それがじょじょに歌詞としての形を帯びてくる。だから抽象的な意識の流れみたいなものなんだ。でも些細な瞬間や物語を行ったり来たりしているときもたしかにある。ぼくが思うに、歌詞とは、言葉を扱うソングライティングの一種であって、はじまりがあって終わりがあるという直線的なものではなく、大きなボウルにさまざまな要素がたくさん入っている感じに近いと思っている。


中央にいるピンク系のドレスを着ているのがゲストのキャロライン・ポラチェック。

8人で輪になって演奏すると、すごく支えられている感じがする。一体感や支えられているということを強く実感できる体験なんだよ。

歌詞に、社会や政治は関係していますか?[*前作の“Good Morning (Red)”は、2017年のジェレミー・コービンの社会主義労働党運動の台頭と、それにともなう楽観主義の波にインスピレーションを受けたとピッチフォークの取材では語っている] 

M:社会や政治に関する明確な言及はしていないと思う。(ぼくは歌詞を書いていないから)歌詞の由来を答えることはできないけれど、歌詞が生まれる瞬間はぼくもその場にいた。歌詞を聴いていると、無意識にいろいろなものが思い出されたり、感じられたりすると思う。でも、ぼくが知る限り、それが何らかの具体的な説明だったり、社会や政治に関する意見ではない。歌詞にはぼくたちが生きる時代について歌っている内容もあるけれど、そこに批判や強い意見があるというわけではない。現代の生活をほのめかす要素はあるけれど、とても抽象的なものとしてぼくには感じられるね。

3曲目や5曲目のようなフォーキーな響きは、前作にもありましたが、今回はとくに印象的に思います。英国にはフォークに関する歴史が綿々とありますが、そういうことは意識されましたか? 

M:バンドで使用されている楽器がフォークのものに近いということはときどきあると思う。それらはキャロラインのサウンドを形成する要素のひとつだと思うし、ファースト・アルバムでもそういうサウンドは色濃かったと思う。でも使っている楽器だけでフォークとは言い切れないと思う。キャロラインはアコースティック・ギターやフィドルを使っているけれど、それをすごくフォークっぽい演奏方法で扱っているわけではなくて、むしろぼくたちの関心や嗜好や演奏方法に、フォーク的な要素があるということだと思う。それが無意識に曲に表れてくるのだと思う。バンドとして「こういう風に演奏しよう」とみんなで話し合って、決めたことではないんだ。でもみんなで演奏していると、そこにフォークの響きがあることは暗黙の了解で感じられる。ただし、それはフォークの表面的なサウンドというだけなんだ。ぼくたちの音楽にはフォークの伝統と似通った要素はまったく見当たらないと思うから。また、フォーク音楽をやっている人たちの根本的な理由も、ぼくたちのバントとは関連性のないものだと思うから。でも、ぼくたちのアルバムを聴くと、その節々にフォーク・ミュージックのようなサウンドが含まれているのはたしかだね。

また、レトロでフォーキーな響きのなかにオートチューンを入れることで、どんな効果を狙っているのですか? たんに音響的な面白さなのか、それとも、そこには意味があるのか?

M:深い意味があるかはどうかわからないけれど、ぼくたちは昔から、可能な限り極端なジャクスタポジション(対比)をしたいと思っていて、今回のアルバムではそれをさらに押し進めることができたと思う。ぼくたちが書く曲においては、すべてのサウンドが調和して作用するのではなく、対立する要素が必要だと思っているんだ。さまざまな要素が対立していて、激しく聴こえるけれど、同時に美しくも聴こえる——その状態まで曲を持っていくまで、曲は完成していないと思っている。その要素たちの関係性が自然なものに感じられなければいけないんだ。対立する要素を無理矢理あわせた感じはあるけれど、あえて聴くのに耐えられない対立を探るのではなく、その組み合わせを聴いたら魅力的だと感じられる。そういうバランスを求めている。根本的に異なったスタイルやサウンドを合わせるということが、今回の曲における大きなテーマだった。ふたつやそれ以上の対立した要素を組み合わせるということ。

ちょっとめんどくさい質問で申し訳ないのですが、“Two riders down”はクレシェンドで、じょじょに盛り上がる曲ですが、あの高揚感は何を意味しているのでしょう? アルバムのなかであの曲が直球な盛り上がりを見せているので、気になっています。

M:それは嬉しいね! 何を意味しているか……ストレートな答えを出すのは難しい。というのも、ぼくたちは曲を作っている時の90%は直感でそれをやっているから。それにぼくたちには演奏においてクライマックスに向かっていくという傾向がある。あの曲では、音が常に拡張しては縮小していくということに重点を置いていたから、お互いに覆いかぶさってくるレイヤーがあった。ぼくたちは、最終的な目標(ゴール)を共有して作曲していたと思うけれど、その目標が何なのかという話を具体的にしたわけではないんだ。この曲がまとまったのはアルバム制作の終盤だったんだけど、メンバーみんなが本質的に、この曲で何をやろうとしていたのかわかっていたと思う。終わりのない勢いで突き進んでいくような感じで、常に拡張しては縮小していく曲を作るというのが目標だったと思う。それから当初、表現しようとした感じがあったんだけど、最終的にその感じは少し控えになった。それは、曲を聴くとわかると思うんだけど、ふたつの部屋があって、各部屋では曲が演奏されているということ。つまり、ふたつの部屋から同時に曲が演奏されているという状態。曲を通して、そのふたつの部屋のバランスが崩れてくる。ひとつの部屋では弦楽器のセクションがあって、シンフォニーのような音がするけれど、もうひとつの部屋では騒がしいロック・バンドで、そのふたつのバランスが崩れたり、偏ったりする。この曲では、そういうことを狙いとしていたんだけど、最終的には控えめな響きになったね。

アルバムのタイトルが意味していることは?

M:「セルフタイトル・アルバムから先に進んだ」ということを意味するアルバム名を考えていたんだ。これはぼくたちの2枚目のアルバムだから、そういう意味では『caroline 2』は適したタイトルだと思う。それに、みんなが満場一致でピンときたタイトルが『caroline 2』だったというのもある。すごく壮大で大袈裟。それに自己主張が強いようにも聞こえる。そういう意味で面白いタイトルかなと思ったんだ。とても重要な作品のようなタイトルに聞こえるところが面白いと思った。うまく説明できないけど、『caroline 2』がフィットして気に入ったんだ。

それにしても、メンバーが8人もいると練習もツアーもたいへんですよね。リハーサル・スタジオの広くなきゃいけないし、ツアー中にバスに乗るのもレストランに入るのもたいへんだと思うんですけど、8人いることで良かった、素晴らしい、最高だと思ったことはありますか?

M:素晴らしい質問だね。たしかに8人だとメンバーの移動や予定管理も大変だし、みんなの予定をずっと前から決めて計画しないといけない。でもそれだけの価値はあって、いつでもそれが実感できるよ。ぼくたちはすごく仲が良くて、お互いを大切に思っている。小さなグループに分かれることもあって、それはそれで良いことなんだ。常に大人数のグループでいる必要はないから、小さなグループに分かれる。するといろんな人たちと時間を過ごしていろいろな体験ができる。バンドにはいろいろな人たちがたくさんいるからね(笑)。それに8人で輪になって演奏すると、すごく支えられている感じがする。一体感や支えられているということを強く実感できる体験なんだよ。一緒に演奏していると、みんなで共有した、あるひとつの目標に向かって進んでいる感覚があって、それが8人ともなると、たとえば4人のグループよりも、さらに人と人との交流や交渉がおこなわれるから、その感覚もさらに強いものになる。

それではせっかくの機会なので、最後に、過去でも現在でも、英国のバンドで共感しているバンドがあれば教えてください。

M:これもいい質問だね。どうだろう? ぼくたちみんなが好きなのは、ライフ・ウィズアウト・ビルディングス。グラスゴーのバンドで活動期間は短かったんだけど、キャロラインの活動において大きなインスピレーションになっている存在だ。あと他に英国のバンドだと誰だろう? 他にもたくさんいるけれど、ライフ・ウィズアウト・ビルディングスには大きな影響を受けたから、それをぼくの答えとしたい。とても美しい、蛇行するような音楽。ロック・バンドなんだけど、エモとかスロウコア時代のギターで、ヴォーカリストのスー・トンプキンズがマントラのような歌い方をする。即興の歌い方みたいなんだけど、本当はちゃんと書かれたものだと思う。楽しくて、弾むようなエネルギーがあって本当に最高なんだ。そして本当に美しい。いろいろな要素が美しく組み合わさっている。 

dublab.jp - ele-king

 1999年にLAで立ち上がった非営利インターネット・ラジオ局のdublab。2012年にその日本支部として発足したのがdublab.jpだ。LAと深い関わりをもつ彼らが、今年1月に発生した当地の大規模な山火事被災者たちの支援を目的として、チャリティ・コンピレーション・アルバムをリリースする。

 その『dublab.jp presents A Charity Compilation in Aid of the 2025 LA Wildfires -resilience-』は計38曲ものトラックをフィーチャー。岡田拓郎、食品まつり a.k.a. FoodmanやBUSHMIND、Daisuke Tanabe、Albino Sound & Daigos (D.A.N)、SUGAI KEN、優河、Ramza×hotaru、TAMTAM、嶺川貴子、白石隆之などなど、おもに日本の有志たちによる楽曲が収録されている(カール・ストーンも参加)。収益は全額、被災者に寄付されます。この試みが少しでもLAのアーティストやDJ、被害に見舞われた人びとの助けとならんことを願って。

https://dublabjp.bandcamp.com/album/a-charity-compilation-in-aid-of-the-2025-la-wildfires-resilience

Artist : V.A.
Title:dublab.jp presents A Charity Compilation in Aid of the 2025 LA Wildfires -resilience-
Release Date:2025.6.7(予定)
Label : dublab.jp
Format : Digital
Buy : https://dublab.jp/show/resilience/
Tracklist:

1. BLUEVALLEY: own -minimal mix-
2. BUSHMIND: Sunbright
3. Carl Stone: The Fiery Crab
4. Daisuke Tanabe: for the twin (masutomi edition)
5. Dekai Fune|でかい船: K0
6. DJ Dreamboy: Beyond A Dream
7. DJ Pigeon: Echo Chamber Recovery
8. "Dungeoneering -Albino Sound&Daigos(D.A.N)- “: Hua Jiao
9. Endurance: Jonesy
10. Final Drop: ASAKURU
11. Foodman|食品祭り: sunflower
12. Fujimoto Tetsuro: Akashi
13. Kankyo (Yu Arauchi + Hiroki Chiba)|王睘 土竟(荒内佑 + 千葉広樹): Yuku
14. Leakman: When I was 8、I drank orange juice、in LA
15. mamekx: UTOPIA
16. methodd: Adaptive Radiation
17. Metome: Toucan
18. Ramza×hotaru: kagashima,kodomo mikoshi#3
19. RGL: Echoes for the West
20. RLP: Memories
21. Sakura Tsuruta: MB
22. Shöka: Polaris
23. SUGAI KEN: れじりえんす
24. SUISHOU NO FUNE. |水晶の舟: Cherry Appears in a Dream|夢に現れた"チェリー
25. SUNNOVA: 救
26. suzuki keita: contingency
27. Suzuki-33rpm-Masao|鈴木33回転正夫: Yattokame Biscuit
28. Takako Minekawa|嶺川貴子: みんなへ
29. Takayuki Shiraishi|白石隆之: Kōsen-ga
30. Takuro Okada, Aska Mori, Kazuhiko Masumura: Valley
31. TAMTAM|花を一輪 - Hana Wo Ichirin
32. TARO NOHARA: AIR
33. Tidal: Nagi
34. YAMAAN: LAKE
35. yohei: Home For Now
36. Yoshio Ojima & Satsuki Shibano: Germinatio
37. Yosi Horikawa: Second hand
38. Yuga. |優河: 愛を Session at the Hut

Compile and Produce: Yuki Tamai, Hi-Ray, mamekx
Mastering: AZZURRO
Production Management: Yusuke Ono
Advisory: Masaaki Hara
PR Support: Kunihiro Miki
Design: Kohei Nakazawa

2025年1月7日、ロサンゼルスを襲った広範囲かつ長期にわたる山火事は、多くの住民の生活を一変させました。
家を失い、大切なものを奪われた人々の中には、我々のdublabの仲間であるアーティストやDJたちも含まれています。

あれから5ヶ月が経とうとしている現在、日本国内はもちろん、現地でも報道されることは少なくなっていますが、被災者たちの困難な状況は今なお続いています。

それでも、ロサンゼルスのコミュニティは力強く結束し、復興に向けたさまざまな活動を行っています。特にdublabを中心とした音楽コミュニティは、支え合いながら歩みを進めています。

インフラの完全な復旧には莫大な資金と、長期的な支援が必要です。
災害復興は短距離走ではなく、マラソンであるとも例えられます。私たちは今こそ、音楽を通じた持続的なサポートのかたちを考えるべき時だと感じています。

そして、その一環として、私たちはチャリティ・コンピレーションアルバムを制作しました。
このアルバムには、ロサンゼルスの音楽文化に影響を受けてきた日本のクリエイターたちが、リスペクトと共感を込めて参加しています。

驚くほど幅広いサウンドが詰まったこの作品は、ロサンゼルスの多様で豊かな音楽文化そのものであるといえ、その文化に敬意を表し、それを今に繋いでいるコミュニティを、音楽を通して支援していただければ幸いです。

本アルバムの収益は全額、ロサンゼルスのdublabを通じて被災者へ寄付されます。

*ENG

On January 7, 2025, a widespread and prolonged wildfire struck Los Angeles, drastically changing the lives of many residents. Among those who lost their homes and cherished possessions were artists and DJs who are part of our dublab community.

Nearly five months have passed since the disaster. While media coverage has declined both in Japan and locally, the affected individuals continue to face challenging circumstances.

Still, the Los Angeles community remains resilient and united, actively engaging in various recovery efforts. In particular, the music community centered around dublab is moving forward by supporting one another.

Full restoration of infrastructure will require substantial funding and long-term assistance. Disaster recovery is often likened not to a sprint, but to a marathon. We believe now is the time to consider sustainable forms of support through music.

As part of that effort, we have created a charity compilation album. This album features Japanese creators who have been influenced by Los Angeles’ musical culture, participating with deep respect and solidarity.

Packed with an astonishingly wide range of sounds, this project embodies the diverse and rich musical culture of Los Angeles. We hope that through music, you can help support the community that honors and continues this cultural legacy.

All proceeds from this album will be donated to the victims of the wildfire through dublab in Los Angeles.

5月のジャズ - ele-king

Emma-Jean Thackray
Weirdo

Brownswood Recordings / Parlophone

 トランペットやキーボードなどを操るマルチ演奏家/作曲家にしてシンガーでもあるエマ・ジーン・サックレイが、2021年のデビュー・アルバム『Yellow』以来となる新作『Weirdo』を発表した。女性ミュージシャンが多く活躍するロンドンの中でも極めて多彩かつユニークな才能を有するエマは、多くのミュージシャンが通ってきたトゥモローズ・ウォリアーズの出身者とはまた異なる個性を持つ。クラシックに始まり、インディ・ポップやグランジ、フリー・インプロヴィゼイションやジャズ/フュージョン、ソウルやファンク、ゴスペルやアフロなどさまざまな音楽の影響を受けてきたエマだが、『Yellow』はそうした影響や多様性が融合したもので、世間からも高い評価をもって受け入れられた。個人的な印象では思いのほかにダンサブルなサウンド・カラーを感じさせる部分があり、ディープ・ハウスやブロークンビーツ的なアプローチを感じさせるところもあったわけだが、彼女自身がダンス・サウンドやグルーヴィーな音楽が好きで、そうした方向性の作品もアルバムに収録したかったからということだった。ゴスペルもそうだが、ダンス・ミュージックは強いパワーを周囲の人と共有したいというエナジーから生まれるもので、エマの楽曲にはそうしたパワーが備わっている。2023年にエマは長年のパートナー亡くしていて、そのときに制作途中だった『Weirdo』は方向性の変更を余儀なくされた。深い絶望の淵にいたエマを救うべく、『Weirdo』は再生や生存のパワーを持つ作品となっていった。『Yellow』にあった生命力のパワーを、さらに強く感じさせるアルバムとなっている。

 『Yellow』ではほかのミュージシャンとのライヴ・セッションの素材を、自宅スタジオで彼女が演奏した素材などを交えて編集した内容だったが、『Weirdo』はほぼ彼女ひとりで演奏・録音・編集をおこなっており、トランペットはじめ管楽器、鍵盤楽器、ギター、ベース、ドラムス、パーカッションやヴォーカルと全てを担当する。例外的にアメリカからエマと同じマルチ・ミュージシャンのカッサ・オーヴァーオールと、俳優/コメディアンでラッパー/ヒューマン・ビートボクサーとして知られるレジー・ワッツがゲスト参加。そのレジー・ワッツのヴォーカルをフィーチャーした “Black Hole” は、『Yellow』でも見られたファンカデリック・スタイルのパワフルなファンク・ナンバー。ファンカデリックのアフロ・フューチャリズムを投影したような楽曲で、彼女自身は黒人ではないのだが、黒人以上にブラックネスやファンクネスに溢れている。『Weirdo』は『Yellow』以上にヴォーカルの比重が高くなっており、ネオ・ソウル調の “Stay” などは彼女のシンガーとしての成熟度を物語る。ディープ・ハウス調の “Thank You For The Day”、ほのかにアフロビートを取り入れた “Save Me” にしても、基調となるのはエマのソウルフルなフィーリングで、彼女のシンガーとしての資質にうまく目を向けたアルバムと言えよう。


Chiminyo
NRG 4

NRG Discs

 サウス・ロンドンのジャズ・シーンを中心に、マイシャやシカーダなどのグループでも演奏してきたドラマー/パーカッション奏者のティム・ドイル。彼のソロ・プロジェクトであるチミニョは、2019年にEPの『I Am Chiminyo』でデビューし、2020年にはファースト・アルバムの『I Am Panda』をリリースしている。チミニョにおいては生演奏とエレクトロニクスの融合が顕著で、ダブステップ、ベース・ミュージック、ビート・ミュージックなどとジャズやエクスペリメンタル・ミュージック、インプロヴィゼーションを結び付けたユニークなサウンドを展開する。『I Am Panda』においても自身でドラムやパーカッションのほかに、ピアノとヴォーカル、そしてエレクトロニック・プロダクション全般も手掛け、ゲスト・ミュージシャンでストリングスや民族楽器の演奏家らも交え、アフリカ、中央アジア、東南アジア、東ヨーロッパなどのエスニックなサウンドを取り入れた独特の世界を表現していた。『I Am Panda』以後は自主レーベルの〈NRGディスクス〉を主宰し、『NRG』というアルバムを定期的にリリースしている。これまで第3集まで発表してきたが、それぞれ構成メンバーは異なるもののシンセ類を交えたエレクトロニックな作品集となっている。ロンドンにおけるフューチャリスティックなジャズにおいては、ザ・コメット・イズ・カミングと双璧と言えるような内容だ。

 そして、この度『NRG』の第4集がリリースされたが、今回はロンドンのジャズ・クラブの名門であるロニー・スコッツでのライヴ録音となる。サウス・ロンドン・シーンを支えるベーシストのダニエル・カシミールほか、ヌバイア・ガルシア、エマ・ジーン・サックレイ、ザラ・マクファーレンらと共演してきたキーボード奏者のライル・バートンなどが伴奏し、ライヴ・エレクトロニクスも参加する。“Into The Storm” でチミニョはドラムンベース的なビートを叩き出し、緊迫感を煽るジェイムズ・エイカーズのサックスやSEが絡み、後半へ向けて爆発していくコズミック・ジャズとなっている。“Chrysalis” はダブステップ調の楽曲で、ダブ・エフェクトが霧のように立ち込めて幻想性を際立たせる。“Luminescence” はブロークンビーツ調のビートの上で、ジェイムズ・エイカーズのディープなサックスとライル・バートンのきらめくキーボードが交わり、エレクトロニクスによるエフェクティヴな音響が全体を包み込んでいく。“Sonder” はダブを取り入れたミスティカルな楽曲で、アラビックな音階が幻想性を高めていく。“Nightfall” でチミニョはヴォーカルをとり、シンセによる音響空間の中で深くエモーショナルな歌声を披露する。


Luke Titus
From What Was Will Grow A Flower

Sooper

 ルーク・タイタスはシカゴ出身のプロデューサー/ドラマー/マルチ・ミュージシャンで、同郷のラッパーのノーネームや、R&Bシンガーのレイヴン・レネイなどの作品に参加したこともあり、どちらかと言えばヒップホップ/R&Bの文脈から注目を集めるようになった。2020年の『Plasma』はレイヴン・レネイ、セン・モリモト、ブライアン・サンボーンといったゲストを招きつつ、ルーク自身はドラムスのほかにギター、ベース、キーボードなど各種楽器を演奏し、作詞・作曲・歌唱を行うシンガー・ソングライター的な立ち位置を見せるものとなっていた。DIY的なアルバムではあるが、その演奏技術はかなり高いもので、楽曲によってはサンダーキャットなどを彷彿とさせるものも。ヒップホップやR&B的な部分もあるが、全体的にはジャズやオルタナティヴな要素も強く、ロンドン勢で比較するならトム・ミッシュオスカー・ジェロームあたりと比較すべき人材に思ったものだ。

 それから5年後のニュー・アルバム『From What Was Will Grow A Flower』は、アーロ・シムズ、ジョナサン・フーバー、イライジャ・フォックス、マイク・ハルデマンらと共同で作曲をおこない、シカゴ、ニューヨーク、ロサンゼルスの音楽仲間の中からミゲル・アットウッド・ファーガソンなどがレコーディングに参加している。ヴォーカル曲の印象が強い彼だが、インスト曲の“Lotus Leaf” を聴くと、彼のジャズ・ミュージシャンとしての資質が逆に鮮明になる。ドラムはドラムンベース的な小刻みなビートを叩き出し、コズミックな空間を作り出すキーボードにメロディアスなサックスが絡んでいくという、非常に繊細で美しい楽曲。ロサンゼルスのキーファーと、マンチェスターのゴーゴー・ペンギンが合体したような楽曲だ。ヴォーカル作品を見ると “What Am I – Radio Tower” はドリーミーなフォーキー・ワルツで、ニック・ハキムあたりに通じるオルタナティヴなムードを感じさせる。“Sideline” や “Up In The Stars”、“Above Us” はJディラ譲りのズレたビートを持ちつつ、70年代から続くフォーキー・ソウルやAORの伝統的なエッセンスも感じさせ、それこそトム・ミッシュやオスカー・ジェロームのグルーヴ感に繋がる楽曲だ。


Lauri Kallio
Turtles, Cats and Other Creatures

Mustik Motel

 ローリー・カリオはフィンランドで活動するギタリスト、およびマルチ・ミュージシャンで、作曲やヴォーカルまでおこなう。これまでヒップホップ系バンドのソウル・ヴァルピオ・バンドや、エレクトロニック・ジャズ/フュージョン・バンドのウニヤ、ドリーム・ポップ・デュオのパンビカリオなどで活動してきており、ジャンルにとらわれない多彩な音楽性を持つ。ソロ・アルバムとしては2020年に『Rusko』を発表しており、ジャズ、アンビエント、実験音楽などを交えた作品だった。それから5年ぶりの新作『Turtles, Cats and Other Creatures』は、前作に比べてポップな要素が増えつつも、彼ならではの多様な音楽要素が折衷した内容となっている。

 そうした折衷的な音楽要素を手助けする人物として、フィンランドの奇才であるジミ・テナーの参加が大きい。フルート、サックス、シンセの演奏として4曲に参加しているが、そのうちの1曲である “Spiralling Down” はエコウマニアのヴォーカルをフィーチャーしたアフロビート×ジャズで、かつてジミがドイツのアフロビート・バンドのカブ・カブと共演して作ったアルバム群を思い起こさせる。実際のところエコウマニアことエコウ・アラビ・サヴェージは、ガーナ出身のドラマー/シンガーで、カブ・カブのメンバーでもあった。ジミのフルートとシンセをフィーチャーした “Forgetting Things” にもエコウはパーカッションで参加していて、フォークロアな風味のジャズ・ファンクとなっている。同じくふたりが参加した“Meirami (The World Awaits)” は、ハープシコードを用いたレトロでサイケな風合いのジャズ・ファンクで、映画音楽やライブラリーに近いような雰囲気。ドリーム・ポップなども作ってきたローリーの才が生かされた作品だ。

Rashad Becker - ele-king

 前作『Traditional Music of Notional Species Vol. II』(2016/〈PAN〉)から、じつに9年。現代エクスペリメンタル・ミュージックのマスタリング職人として知られるラシャド・ベッカーが、新作『The Incident』を自身の新レーベル〈Clunk〉から発表した。名エンジニアとしての多忙ぶりから、もはやアーティストとしての新作は望めないのではという見方もあった。実際、アンビエント作家シュテファン・マシューのように、創作活動を停止したエンジニアも少なくない。

 そんな中、自らのスタジオ名を冠したレーベルからの突如のリリースは、われわれリスナーにとって意外性に満ちた出来事だった。2010年代以降の尖端音楽を追ってきた者にとって、ラシャド・ベッカーはもはや “伝説” の部類に属する存在である。2025年にその新作を耳にできるという事実は、僥倖と言うほかない。しかも、そのサウンドは『Vol. II』後半からまるで自然に接続されるかのような連続性を感じさせる。彼はこの9年間、マスタリング業務の傍らでも、音に対する実験と探求を一度も手放さなかったのだ。音の実験とは、断絶ではなく連続なのだという事実を、彼は改めて示してみせた。

 不確定で非反復的な音の運動を主軸とした『Vol. I』(2013/〈PAN〉)、そこに繰り返しのリズムやモチーフが加わった『Vol. II』――そして本作『The Incident』では、再び不定形な音のうねりに、より強固な反復構造が交錯する。結果として現れる音響空間は、デヴィッド・チュードアの電子音楽『Rainforest』と、未知なる民族音楽とが交差するかのような、既視感と未視感がせめぎ合う音の迷宮だ。既知でありながら未知、馴染みがありながら異様、その矛盾を孕んだ連鎖こそが、『The Incident』の鮮烈さの核心である。

 全11曲構成の本作は、4部構成をなしているとされる。レーベル資料によれば、第1部は「情報化時代の終焉」に関する音的考察。ノイズと音が混じり合い、現実が情報によって書き換えられていく様相を音響で描くという。第2部は「言語と場所」が我々の理解に与える影響、第3部では「反響(repercussions)」をテーマに、鈍く増幅された “無関心” の状態を描写。第4部は「群衆によるドキュメンタリー・フィクション作品」を想定しているという。

 こうした主題は極めて抽象的であり、音からそれを読み取るのは難しい。しかし、SNSにおけるフェイク・ニュースや炎上といった現代社会の歪みに対し、ベッカーが問題意識を抱いていることは想像に難くない。彼にとってノイズは、情報の洪水に巻き込まれずに抵抗するためのオルタナティヴなのではないか。逸脱と闘争、そして反復――それらは現代の情報社会における “逃走線” を描く行為として響いてくる。

 以下、楽曲を順に見ていこう。まず1曲目 “Busy Ready What, Corroborators” は、軽快なリズムの反復で幕を開ける。跳ねるような電子音と歪んだノイズが交錯し、自然現象のように複雑で不思議な電子音楽が生成されていく。続く2曲目 “A Supposition Darkly” は、静謐なムードへと転じる。反復される乾いたビートが、あたかも未知の儀式を想起させる。3曲目 “Of Permanent Advent” はより厳粛な雰囲気をたたえ、架空の民族音楽のような趣を帯びる。音の間(ま)が深く、聴き進めるほどに没入感が高まる。

 4曲目 “All You Need To Know About Confusion” では音がさらに抽象化し、ミニマルな響きと微細なノイズがドローン手前の密度を形成。5曲目 “Zero Hour” はそのムードを引き継ぎつつ、中盤からリズミックな要素が加わり、音の輪郭が変容する。6曲目 “L’heure H” は、まるで自然の営みのようなノイズによる音響風景。カラカラと乾いた音が背後で心地よく響く。

 7曲目 “Stunde Null” もまた、乾いたメタリックなサウンドが打ち込まれる実験的な一曲だ。そして8曲目 “Sāʿatu Alṣṣufri” では、中東風の旋律断片がふと浮かび上がる。アルバムのハイライトともいえるこの楽曲は、儀式的ムードと圧倒的な音響空間で聴き手を包み込む。9曲目 “A Puttering Purgation” は、先の情熱的高まりを鎮めるように、再び静謐な音響へと移行する。

 10曲目 “Deadlock” ではアンビエントの要素が前景化し、インダストリアル風味の乾いた響きが漂う。そして、ラストとなる11曲目 “What Really Happened” は、本作最長の18分40秒。内的空間へと深く潜り込むような構成で、まさに「儀式音楽」とも呼ぶべき音の旅路が展開される。

 ラシャド・ベッカーのノイズはときに、現代社会における新たな「儀式」や「祝祭」の音楽として響く。筆者がふと連想したのは、意外にも灰野敬二である。音そのものは異なるが、ノイズを儀式化し、反復によって生成するという構造には、どこか通底するものを感じる。あるいは、〈モナド〉時代の細野晴臣、たとえば『Paradise View』(1985)の乾いたパーカッションや、架空の民族音楽的ムードとも共鳴する瞬間があった(もちろん、これは筆者の妄想にすぎない)。

 いずれにせよ、本作『The Incident』には、「実験音楽の先にある音の儀式」というテーマが刻まれているように思えてならない。ノイズを鳴らし、構築し、揺らぎを与え、反復させ、音楽へと昇華する。そのプロセス自体が、「ここ」でしか起こり得ない “事件=Incident” なのだ。音そのものの儀式化と、空想の民族音楽的リズムの再構築。その二重螺旋構造が生み出す、結晶のような音響作品。それが、『The Incident』なのである。

caroline - ele-king

 5月30日にセカンド・アルバム『caroline 2』のリリースを控えるキャロライン。初の来日公演が決定しました。東京は9月3日(水)@WWW X、大阪は9月4日(木)@BANANA HALLの2公演。総勢8名のユニークな面々はいったいどんなパフォーマンスを披露してくれるのか――新作が出たばかりという絶好のタイミング、逃すことなかれ。

caroline
ロンドンの8人組キャロライン、
2ndアルバムと共に記念すべき初来日ツアー決定!
襲い来る陶酔のノスタルジアに完全包囲される夜。


Designed by Sho Hanafusa

TOKYO - 2025.09.03(WED) - WWW X
OSAKA - 2025.09.04(THU) - BANANA HALL

先行リリースされた1stシングル「Total euphoria」に続く、キャロライン・ポラチェックをフィーチャーした2ndシングル「Tell me I never knew that」でインディー・ロック・ファンの心を鷲掴みにし、既にザワザワが拡がりを見せていたロンドン拠点の8人組キャロライン。新世代UKインディーズの中でも最も亜流に位置するマニアックなバンドと思われていた彼らが2ndアルバム『caroline 2』を5月30日に遂に放つ。1stシングルでありアルバムの幕開けを飾る「Total euphoria(完全なる幸福感)」のタイトルそのままにブッ飛んだ傑作の誕生だ。寄せては返す永遠のリフレイン、襲い来る陶酔のノスタルジア、気付いた時には彼らの音に完璧に包囲されているのだ。そして遂に記念すべき初来日ツアーも決定!もう出来ることはライブの衝撃を待つのみ。これは是非ライブで体験を!

彼らの次のアルバムは傑作だ。(自分が参加した)この曲は困惑するほど美しいパズルの1ピースに過ぎない。
- キャロライン・ポラチェック

caroline Japan Tour 2025
TOKYO - 2025.09.03(WED) - WWW X
OSAKA - 2025.09.04(THU) - BANANA HALL

OPEN 18:00 / START 19:00
前売:8,000円 (税込 / 別途1ドリンク代 / オールスタンディング) ※未就学児童入場不可

【チケット詳細】

先行発売:
BEATINK主催者先行:5/19(mon)18:00 (※限定枚数・先着、Eチケットのみ)
イープラス・プレイガイド最速先行受付:5/21(wed)10:00~5/25(sun)23:59 (抽選)
LAWSONプレリクエスト(大阪のみ):5/26(mon)12:00~5/27(tue)23:59 (抽選)

一般発売:5月31日(土)10:00~

《東京公演》
イープラス
LAWSON TICKET
BEATINK
INFO: BEATINK 03-5768-1277 www.beatink.com

《大阪公演》
イープラス (pre:5/26-27)
チケットぴあ
LAWSON TICKET
BEATINK
INFO: SMASH WEST 06-6535-5569 https://smash-jpn.com/

公演詳細ページ: https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=15067

label: Rough Trade Records / Beat Records
artist: caroline
title: caroline 2
release date: 2025.05.30.
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=14915

国内盤CD
(解説書・歌詞対訳付き/ボーナストラック追加収録)
輸入盤CD
輸入盤LP
国内仕様盤LP
(数量限定/ブラック・ヴァイナル/日本語帯付き/解説書・歌詞対訳付き)
国内盤CD+Tシャツ
国内仕様盤LP+Tシャツ

Tracklist
01. Total euphoria
02. Song two
03. Tell me I never knew that (ft. Caroline Polachek)
04. When I get home
05. U R UR ONLY ACHING
06. Coldplay cover
07. Two riders down
08. Beautiful ending
09. _you never really get that far_ (Bonus Track for Japan)
10. Before you get home from the club bathroom (Bonus Track for Japan)

国内盤CD + Tシャツセット

日本語帯付きLP + Tシャツセット

CD

ブラック・ヴァイナル

日本語帯付きLP

※商品写真と実際の商品は異なる場合がございます。

 デイヴィッド・リンチは、ポップ・ミュージックの秘めたる威力をよくわかっていた映画監督である。それが無防備なリスナーのなかに入ると、やがては禁じられた欲望に火を点けて、ときにその人の人生に深刻な影響を与えてしまう。ゆえに、ササクレだった言葉ややかましい音響などではない、相手を警戒させないポップ・ミュージックこそ危険になりうるのだ。 『ブルーベルベット』で挿入されるロイ・オービソンの “イン・ドリームス” を思い出してほしい。映画的異化効果は、平凡な日常品、たとえば部屋の照明やドアノブなどを突然不気味なものに変えてしまう。同じように、他愛のないポップソングこそが見せ方によっては深い意味を持ちえるものなのだが、それを、つまり異化効果を音楽それ自体において高めることもできる。すなわちテクスチュア(質感)に注力するかどうか、その要素があるかないか──初期のヴェイパーウェイヴがわかりやすいかもしれない。テクスチュアを持った楽曲は、それがどんなに凡庸なラヴソングであったとしても違って聞こえる。普通だと思っていたものが奇妙に聞こえる。

 テクスチュアを聞かせるポップソングのことを現代ではドリーム・ポップと呼んでいる。リフやメロディやリズムではない、テクスチュア。そのルーツにあるのが、コクトー・ツインズでありディス・モータル・コイル(あるいはA.R.ケイン)だ。デイヴィッド・リンチが『ブルーベルベット』で使用したかった曲は、ディス・モータル・コイルのファースト・アルバムの2曲目、 “Song to the Siren” だったことは有名な話である。ヘロインの過剰摂取により28歳で夭折した唯一無二の声を持つ歌手、ティム・バックリーの1970年のアルバム『Star Sailor』に収録された、セイレーン神話──ホメロスの叙事詩に登場する、人間を死へと誘う魔性の歌声をもつ妖女──に着想を得たこの曲を、1984年にリリースされたUKの〈4AD〉というレーベルの金字塔の1枚、『It'll End in Tears』のなかで歌ったのは、ほかでもない、コクトー・ツインズのエリザベス・フレイザーだった。

ディス・モータル・コイルの当時の日本盤では“Song to the Siren”が “警告の歌” なる邦題という、「Siren」を妖女ではなく「サイレン」だと誤謬している。いかにTMCやコクトー・ツインズが日本で理解されていなかったかを物語っている実例だ。

 エレクトロニック・ミュージックを好きなリスナーがドリーム・ポップを好むのは、エレクトロニック・ミュージックの多くがテクスチュアの音楽であるからだ(ザ・ケアテイカーを思い出そう)。エレクトロニック・ミュージックを好きなリスナーがフィル・スペクターやジョー・ミークに関心を示すのも、彼らの人工的に脚色されたサウンドにはテクスチュアへの渇望があるからだ。まあ、エレクトリック・ギターにおけるエフェクターだってテクスチュアを生んではいるけれど、曲全体にそれがなければドリーム・ポップとは言えない。
 90年代のなかばだったか、三田格から「いまコクトー・ツインズを聴くとすごくいいぜ」と言われたことがあるが、それはじつに理にかなった話で、コクトー・ツインズは、そのテクスチュアにおいて、つまり何を歌うかよりも、そのサウンドをどう響かせるのかには注力した先駆的バンドのひとつで、しかもその恍惚とした音響はあたかも天上の音楽を想わせた。エレクトロニック・ミュージックがもっとも勢いのあったその時代、ドリーム・ポップの始祖と再会するのは時間の問題だったのだろう。当時の〈4AD〉がコクトー・ツインズにとっての相応しい音響を求めてアンビエント作家のハロルド・バッドと組ませて1枚のアルバム、『The Moon And The Melodies』を作ったということは、アイヴォ・ワッツ=ラッセル(*)に30年後の音楽が見えていたとは言わないまでも、感覚としては未来を感知していたことになる。

 さて、「株主資本主義とクレジットカード、規制緩和による見せびらかし消費が傲慢に跋扈する80年代末期」──ゴスの歴史をみごとに描いた『魔女の季節』の著者、キャティ・アンスワースにいわく「異界の気配を喚び起こす術を身につけていた」コクトー・ツインズは、スコットランドのフォルカークなる町にて、1979年、まだ十代だった男女によって誕生した。産業革命のとき重工業で栄えた運河の町で、1970年代以降は製油業の拠点となり、やがて巨大な石油化学コンプレックスとなった、アンスワースにいわく「誰にも愛されず、美しさとも無縁な土地」から、やがてこの世のものとは思えないと評された声と天上のサウンドを持つドリーム・ポップが生まれたという事実には、このスタイルの本質を知る手がかりがある。
 その霧深さゆえに神秘的で、容赦なくリスナーを異界へと連れ去ってしまうコクトー・ツインズは、既述したようにのちにドリーム・ポップと呼ばれるスタイルの大いなる始祖とされているが、フレイザーの、気体のような歌声をもったサウンドを現代ではエーテル(英語読みすれば「イーサー」)系ないしはイシリアル・ウェイヴともタグ付けされている。「イシリアル(Ethereal)」の語源、古代ギリシャ語では「上空の澄んだ空気」や「神の住む天の領域」を意味するそうだ。コクトー・ツインズの──何を語っているのかではなく、どのようなテクスチュアで語るのか、どのように響かせるのかというアプローチには、大衆音楽におけるオルタナティヴな可能性が広がっていた。それはよく言われるように、詩を書くよりも絵画を描くことに近い。(**)

 軽く説明しておこう。ディス・モータル・コイル、「この死すべき肉体/この儚き現世」なる詩的な名前を持つコレクティヴは、80年代なかばの〈4AD〉、つまりワッツ=ラッセルが仕組んだ企画もので、言うなればレーベルの才能を結集させたプロジェクトだった。コクトー・ツインズのフレイザーとロビン・ガスリーの2人、そして、もうひとりの重要メンバー、60年代にはダスティ・スプリングフィールドやウォーカー・ブラザーズらと仕事をしていた作曲家/編曲家の父を持つ音楽人、ベガーズ・バンケットのレコード店で働いていたサイモン・レイモンド。『It'll End in Tears』の1曲目“Kangroo”では、20年後には〈エディション・メゴ〉から作品を出すことになる若きシンディトークが歌っているが、その曲──ドラッギーな熱狂的な夢、ワッツ=ラッセルの説明よれば「ヴェルヴェッツの “ヘロイン” とシド・バレットを足して二で割った曲──のレイモンドによるベースラインを聴いたら、数年後の『ツイン・ピークス』のあの有名な “Fallin” を連想できるはずだ。
 予算の都合からディス・モータル・コイルの“Song to the Siren”の使用を断念せざるをえなかったことで、デイヴィッド・リンチは、その代案として自ら詞を書き、アンジェロ・バダラメンティに曲を依頼し、そしてジュリー・クルーズに歌ってもらうことにした。こうして生まれた曲が『ブルーベルベット』の終盤、ジェフリーとサンディがスローダンスを踊るシーンで挿入される“Mysteries of Love” だ。当初リンチは、“Song to the Siren”の音響を模した曲を求めたが、すでに職業音楽家としてのキャリアのあるバダラメンティを起用したことで、結果、ディス・モータル・コイルにはないオーケストレーションと、そしてエーテル系ではあるがエリザベス・フレイザーとは別種の、羽の生えたような声を持つジュリー・クルーズという稀代のシンガーと巡り会えることができたのである。


Julee Cruise  Fall - Float - Love: Works 1989-1993 Cherry Red

 先日、〈チェリー・レッド〉からCD2枚組で、ジュリー・クルーズ(1956–2022)の最初の2枚のアルバムに、ボーナス曲を加えてカップリングした『Fall · Float · Love(Works 1989–1993)』がリリースされたので、この1週間はこればかりを聴いている。ジュリー・クルーズはリンチ映画の専属歌手ではなかったし、彼女にはより幅の広いキャリア(クルーズはかのB-52's にも参加)がある。しかし、ぼくのなかのクルーズは、“Mysteries of Love” がきっかけとなり、リンチ、バダラメンティとの素晴らしい共犯関係のなかで歌うクルーズであることから逃れられない。そこで生まれた名曲 “Fallin” ——このドリーム・ポップの古典は、『ツイン・ピークス』第一話の最後のほう、ロードハウス〔*物語の舞台となった町のナイトクラブ〕のステージ上で披露された。黒いレザージャケットにミニスカート、頭には黒いレザーのフラットシルクハット、一時期の戸川純ないしはマーク・アーモンドのような服装で歌うクルーズは、さながら悪夢から目覚めることがないこの世界から逃避するゴスの使徒だ。エリザベス・フレイザーの腕には「Siouxsie」というタトゥーがあった。もちろんこれはスージー・スーへの尊敬であり、だからコクトー・ツインズの、要するにドリーム・ポップがパンク・ロックとゴシックとの交差点から生まれたことの証左でもある。

 クルーズの最初の2枚のアルバム(1989年『Floating into the Night』と1993年の『The Voice of Love』)とは、ともにリンチ(作詞)、バダラメンティ(作曲)との共作で、ともにリンチ作品と連動している。前者には“Mysteries of Love”や“Fallin” があり、『ツイン・ピークス The Return』の最終回でクルーズがロードハウスで歌う“The World Spins”がある。後者には、リンチで唯一のコメディ(暴力ロマンス)映画『ワイルド・アット・ハート』に挿入された“Kool Kat Walk”、また、『ツイン・ピークス/ローラ・パーマー最期の7日間』に挿入された“She would Die for Love”と“The Voice of Love”があり、劇中ロードハウスでクルーズが歌う“Questions in a World of Blue”もある。
 だが、彼ら3人の2枚のアルバムは、リンチ映画に使われている曲が収録されているから価値があるのではない。デイヴィッド・リンチが好んだ50年代アメリカのポップス(もしくはアメリカン・ポップスの源流のひとつ、ブロードウェイ・ミュージカルなど)の再解釈/80年代的解釈が、いまでも魅力的だから価値があるのだ。リンチは一時期、それこそ『ワイルド・アット・ハート』におけるエルヴィスとマリリンがわかりやすいが、50年代アメリカに執着した。そして、『ブルーベルベット』のもっとも重要な登場人物のひとりの名前が『オズの魔法使い』の主人公からの引用であろう、ドロシーで、『ワイルド・アット・ハート』のルーラが自分を重ねているのもドロシー。そして、1939年の『オズの魔法使い』でドロシーを演じているのは戦前の、つまり最初期のポップスター、現代でいうところのセレブ、反逆児でもないのにアウトサイダーたちの絶対的アイドル、葬儀においてストーンウォールの暴動を促したジュディ・ガーランドそのひとである。

「この世界全体が野性の心で、そのうえ極めて奇妙(This whole world’s wild at heart and weird on top)」、『ワイルド・アット・ハート』でルーラはそう繰り返す。この世界全体が、抑制不能な心であると。これは、『ブルーベルベット』で反復される「変な世界(It's a strange world)」に対応している。そしてそれより数年前に、スージー・スーはこう歌っている。「異常な世界から正常を求めて地上を目指したら、私はより悪化した」(“Overground”)
 異界から抜け出してきたかのような、クレオパトラめいた化粧のじつに堂々としたパンクの女王とリンチとの直接の繋がりはまったくない。シュルレアリスム的な表現という点と、正常だと思われるものを異常に見せる(バンシーズの“Happy House”を思い出せ)という点では似ているかもしれないが、パンクとリンチを繋げるのは、ラモーンズもジョニー・サンダースもブロンディも、そしてマルコム・マクラレンがまさにそうであったように、50年代的なスタイルへの偏愛だろう。ゆえにレトロなポップスが遍在する80年代ニューウェイヴに、当時のリンチは共感できた。

 

『Floating into the Night』と『The Voice of Love』を聴いてあらためて思うのは、この2枚において、リンチとバダラメンティは50年代ポップスのクリシェを使い倒していることだ。そう、クリシェばかりだから退屈なのではない。クリシェばかりだからいい。それを限界まで使うことはリンチが映像でもやっていることだ。敢えてクリシェにこだわることでテクスチュアが活かされる。このアプローチは、ドリーム・ポップというタグを一躍有名にしたビーチハウスの3枚目、ないしはマジー・スターのようなサウンドにも見受けられる。
 とはいえ、『ロスト・ハイウェイ』を映画館で観た人にはわかることだが、あの映画で印象的なサウンドは不穏なドローンでありサブベース、あるいは金属音だ。この特異なサウンドはそれこそデンシノオトが本サイトで紹介しているような音響作品を先取りしているし、かのフェリシア・アトキンソンのオールタイム・ベストにクルーズの『Floating into the Night』が挙げられていたことも、じつに感慨深い。(***)

 3人が作ったこの朦朧としたポップソング集は、なにか別の世界に繋がっている装置である。ぼくたちはこれらポップソングを耳に流し込みながらなにか別のものを聴いているのだ。それはポップソングが異様に思えるさかしまの世界のことではなく、ポップソングが気持ちよく鳴っている世界そのものがさかしまであるかもしれないという反転をうながしている。ロードハウスは、エッシャーの絵のようにどこからかこの現実の裏側にめくれている。『ブルーベルベット』は絵に描いたような幸福な50年代的アメリカの風景からはじまる。しかし主人公が、茂みのなかに切断された耳──いわば闇の世界へのパスポート──を拾ってしまってから世界は一変する。

 闇のない世界などない、すべては試される。今夜もまた羽の生えた声がどこかへ連れていってくれるだろう。「私が夢見たのは、あなたが私の夢を見ていたから?(Did I dream, you dreamed about me?)」──これはリンチが使いたくても使えなかった “Song to the Siren” の一節である。ティム・バックリーが歌ったこの曲に永遠の命を与えたのはエリザベス・フレイザーとロビン・ガスリーだった。そしてその妖光を世界中にばらまいたのが、デイヴィッド・リンチ、アンジェロ・バダラメンティ、そしてジュリー・クルーズだった。周知のようにクルーズは2022年6月に旅立ち、同年12月にはバダラメンティも永眠した。リンチが突然逝ったのは今年の1月のことである

(*)アイヴォ・ワッツ=ラッセルはベガーズ・バンケット創設メンバーのひとりにして〈4AD〉の設立者。〈4AD〉のイメージ、つまりコクトー・ツインズのサウンドはこの人なしではあり得なかった。ディス・モータル・コイルもこの人のアイデアから生まれている。

(**)エリザベス・フレイザーのもっとも有名な歌のひとつに、マッシヴ・アタックの “Teardrop” がある。この曲の歌詞を訳して意味を探っても徒労に終わる。重要なのは言葉の発語されたときの音感であり、全体から聞こえるイメージなのだ。

(***) https://thequietus.com/interviews/bakers-dozen/felicia-atkinson-bakers-dozen-favourite-albums/9/

【追記】コクトー・ツインズの物語は、ここに書いたのはほんのひと欠片に過ぎない。彼らのとくに素晴らしい4枚のアルバム『Head Over Heels』(83)、『Treasure』(84)、『Victorialand』(86)、『Blue Bell Knoll』(88)で聴けるあの天上の音楽を思えば、しかしじっさいは残酷なまでに両義的で、不幸な崩壊をしている。また、これはよく知られている話だが、バンドが終わり、ロビン・ガスリーと別れたエリザベス・フレイザーが恋に落ちたのは、かつて“Song to the Siren”を歌ったティム・バックリーのひとり息子、スージー・スーを大きな影響だと公言するジェフ・バックリーだった(ちなみにジェフは、ディス・モータル・コイルの『It'll End in Tears』の1曲目、 奇才アレックス・チルトンの曲“Kangroo” を演奏しているが、このオリジナル曲が VUの“ヘロイン”に近いことは、バックリーのヴァージョンのほうがよくわかる )。周知のようにバックリーは30歳で溺死する。それからフレイザーはブリストルに移住し、やがて、明らかにコクトー・ツインズの影響がうかがえるかの地のコレクティヴ、マッシヴ・アタックと出会うのだった。

Joseph Hammer (LAFMS)JAPAN TOUR 2025 - ele-king

 ウエスト・コースト・フリーク・ミュージック・シーンを代表するコレクティヴ=Los Angeles Free Music Society (LAFMS)に在籍し、テープ・マニピュレーションに独自の境地を開拓したJoseph Hammer が 11 年ぶりに来日します。
 自身のソロアクトのみならず、催眠術師でもあるパートナーの Sayo Mitsuishiとのデュオ Swinging Chandeliers としての演奏や、幼馴染のCarl StoneとのユニットLubaoによる公演などを、大阪、東京、神奈川で開催します。

2025年
5月18日(日)
「LAFMS と遊ぶ」
大阪・複眼ギャラリーhttp://fukugan.net/
13:00-16:00
Swinging Chandeliers (Joseph Hammer+Sayo Mitsuishi)
DESTROMO(大野雅彦)

6月3日(火)
東京・代々木上原hako galleryhttp://hakogallery.jp
Joseph Hammer
Lubao (Joseph Hammer+Carl Stone)
T.Mikawa(Incapacitants)+A VIRGIN

6月4日(水)
中原昌也誕生会 -おめでとう55歳-
神奈川・日ノ出町シャノアールhttps://www.instagram.com/chatnoir_hinodecho
Open 18:00/Start 19:00
【TALK】
中原昌也×三田格×TAXIM
【LIVE】
Swinging Chandeliers (Joseph Hammer+Sayo Mitsuishi)
2MUCH CREW
QUEER NATIONS+more
【DJ】
PatchADAMS
HappySet(カントリー田村+テンテンコ)
山辺圭司(LOS APSON?)

※詳細はこちらのXアカウントの今後をご確認ください @savemasaya1

⚫︎Joseph Hammerとは
文・坂口卓也(NEUREC主催)

Joseph Hammerは1959年に米国カリフォルニア州のハリウッドで生まれた。今年66歳の筈だが、Los Angeles Free Music Society(LAFMS)の実働体としては最も若い。彼は1980年からLAFMS 外のユニットであるPoints of Frictionのメンバーとして音楽活動を始めた。当初彼はオプティガンやギズモトロンを演奏していたが、サウンドエンジニアとしての才能に秀でていたので、楽器は演奏せず音の調整に専念することでユニットに寄与することも少なくなかったようだ。

そして彼は1982年にRick PottsとのデュオであるDinosaurs with Hornsとして活動を始めた。この時、彼がLAFMSに参加したと見做すことができる。このDinosaurs with HornsにWorld Imitation Productionという秘密結社めいた団体で活動していたSteve Thomsenが参加し、1992年にSolid Eyeが始動した。やはりJosephはサウンドエンジニアリングの才能によってこのユニットに寄与していたのだが、1998年にハワイに居た時、オープンリール・テープ・デッキを使って音楽をミックスする全く新しい方法を発見する。

彼はオープンリール・テープ・デッキのマニアで、スリフト・ストアで4ドル程度のデッキを見つけては購入していた。磁気テープを切り出し、その両端を繋げたループをデッキで再生して遊んでいたが、その時に並行して録音と消去を行う演奏法を発見する。録音はデッキに外部から入力を送りこむことによって行った。

通常、最初ループに録音されている音は新たな録音によって消え去るが、Josephは手作業で録音ヘッドと磁気テープの間に隙間を作り出す。そうすると、元々テープに録音されていた音の一部が残存し、外部から導入した音の一部がそこに被さるのだ。つまり、究極的にアナログな音のミックスが成立する。彼は消去ヘッドに対しても同様の手作業を行い、音の一部を残し一部を抹消する作業を行った。この作業によって、一本のテープ・ループをデッキで回し続けて行けば最初の音はどんどん変異して行く訳だ。

以降JosephはDinosaurs with Horns、Solid Eyeでの活動と並行してソロ演奏家として活躍する。2003年のファースト・ソロ “Dynasty Suites” を皮切りに6つのアルバムを発表しているが、日本のArt into Life から2014年に発表した“Roadless Travel” は彼の代表作だと言って良い。

さて、このようにしてソロ演奏者としての活動を始めたJosephは新しいユニット活動にも意欲的だ。サンフランシスコ在住のTomas DimuzioとのDimmerは2007年の “The Shining Path” 以降4つのアルバムを発表している。今秋にはHammer、DimuzioとScot Jenerikが日本ツアーを行うことが決まっているが、その時にDimmerの片鱗を聴くことができるかも知れない。

それに先行する今年5月には、Josephがパートナーであり催眠術師でもありアーティストSayoと結成したSwinging Chandeliersの演奏が日本で披露される。Sayoは透明シートに両手で同時に絵を描き、オーバーヘッドプロジェクターでそれを投影。Josephはこれに呼応する形の演奏を行う。

同じハリウッド出身の著名な電子音楽家Carl StoneとはLubaoを結成しているが、JosephとCarlの家はすぐ傍で、幼い頃から一緒に育ったらしい。

今年は春にSwinging Chandeliers、Lubao、そしてJosephのソロ演奏が日本で展開される。秋にはTomas Dimuzio、そしてScot Jenerikとのパッケージ・ツアーで来日するJosephの様々な活動を是非ご覧頂きたい。

interview with aya - ele-king

 いろんなものごと、価値観が変わった。生活のいろんな細部に軋みが走り、家族のあり方も解体され、米の値段も高騰し、民主主義を否定する新反動主義がトランプ政権の背後で暗躍するこんにちになっても、喜ばしいことに、英国からはDIY音楽が独自解釈のもと次から次へと生まれている。ぼくたちは、『ツイン・ピークスThe Return』の冒頭で、ファイアマンがデイル・クーパーに放った台詞を思い出す。「音に耳を澄ませよ」

 たとえそれが恐怖と興奮の入り混じった低く唸る不穏なサウンドであったとしても、ぼくの耳は惹きつけられている。アヤの『im hole』(2021)はその決定的な1枚だった。それはUKアンダーグラウンド・ダンス・ミュージックから生まれた汚さのなかの美しいナラティヴで、今回のアルバム『hexed!』は、その続編でもあり番外編でもある。
 前作同様に、いろんな影響がここにはある。簡潔にいえば、繊細さと強迫性が今作の特徴になるのだろうが、サウンド・デザイナーとしてのアヤは、前作以上にノイズを活かし、激しさを強調している。これは不純物としての魅惑を備えたアルバムで、読者諸氏にも口のなかに入れていただきたい。

ミミズは廃棄物や腐敗した食物を分解し、肥料や堆肥に変えるために必要不可欠な存在だよね。つまり、このアルバム楽曲を書く過程で、自分の脳のなかでミミズになり、クソみたいな酷いものを音楽の肥料に変えてきたんだ。

あなたの『im hole』が大好きで、2021年のベスト・アルバムの1枚に選びました。

aya:ワォ、ありがとう!

UKのベース・ミュージックの新しい局面として、純粋にサウンドのみを楽しみました。ところが今回の『hexed!』は、楽しむというよりはぶっ飛ばされました。デイヴィッド・リンチの映画のように日常と悪夢の境界線から広がる世界というか、インダストリアルな響きへの嗜好というか、かなり激しい。

aya:デイヴィッド・リンチを引き合いに出されたことは、実は過去にもあったよ。先日もDJ中にある人から、「観客に対する軽蔑の度合いがリンチ的な感じがする」って言われたばかりで(苦笑)。

あなたのインタヴューをいくつか読みました。『hexed!』は、あなたの個人的な体験からきていて、ドラッグ中毒とその混乱、人生でもっとも辛い時期と向き合って生まれた作品だと知りました。そしてあなたは避けてきた自分のトラウマに浸った。なぜ、そのようなことになったのでしょうか?

aya:「人生でもっとも辛い時期」というのはかなり昔で、辛さから逃れるために薬物を使っていた過去の話なんだ。あの頃は、薬物との関係がどうにもならないところまでいってしまい、自分の人生や人間関係でさまざまな問題を引き起こしてしまった。摂取量を減らし、自分を厳しく律することで、最終的には完全に断つことができた。内省的な音楽を書くと、新たな景色が見えてくるよね。音楽的インスピレーションは常に水面下にあったし、自分のプシケ(魂)にぶら下がっていた。避け続けてきたものを克服しようとするのは当然のことだけど、これまではなかなかできなかった。(今作の制作にあたり、自分のトラウマに浸ることになったのは)そういった理由から。決断というよりは、どちらかというと、自分が置かれた状況からそうなったんだ。

なぜメタルコアが思春期のあなたに突き刺さったのか? いまなら客観的に対象化して説明できますか?

aya:いい質問だね。ADHDである自分にとっては、メタルコアのようなチョッピーな(途切れ途切れの)サウンドが魅力的だった。非常にエモーショナルで、抑圧されたクィアネスに明確に訴えかけてくるから。当時のUKでは、クイア界におけるポリティックス(政治)が存在したから、エモ系のムーヴメントのお陰で多くの人たちがそういったクィア・コミュニティに参加せずに、自分のクィア性を楽に表現できるようになったと思う。メタルコアは狂乱したエモーショナルな音楽で、当時の僕は狂乱したエモーショナルな人間だったし(苦笑)。

ロンドンに住んでいる友人があなたのライヴを観ているのですが、スケートボーディングがずいぶんうまいと言ってました。あなたはおそらく運動神経が良いと。スポーツはやっていたのですか?

aya:アハハハ(笑)! スケートボードのことをどうして知ってるんだろ(笑)? スケボーは7歳くらいから滑っているけど、それ以外のスポーツは一切無縁だった(苦笑)。

話を音楽に戻しましょう。思春期のあなたがオウテカやエイフェックス・ツインに求めたものはなんだったのでしょうか?

aya:信じられないほど新しい音楽だった。幼い頃からジャングルやドラムンベースを聴いて育ち、その後11歳か12歳のときに父が教えてくれたエイフェックス・ツインの“Come to Daddy”を聴いて、衝撃を受けたんだ。あんな音楽は聴いたことがなかったし、それまで聴いてきた音楽のなかでいちばん怖かったね(苦笑)。
 それ以前も自分で音楽制作に取り組んでいたけど、12歳か13歳あたりから実際に自作曲を書きはじめ、ソフトウェアを駆使するようになった。ああいった難解な音楽は「一体どうやって作っているんだろう?」って分析したりして、どんどんハマっていったんだ。でも、こういった音楽を知っているのはうちの父と、それから高校時代にメディア・スタディーズを担当していた先生くらいだった。そもそも友だちはいなかったけど……うちのクラス内では誰もこういった音楽を聴いていなかったから。

通訳:お父様はミュージシャンですか?

aya:うん。父はミュージシャンで、いろんな楽器を演奏できるんだ。以前は演劇の監督・演出家として長年仕事していた。その他、マルチメディア・デザイナーとしてのキャリアもある。一方、母は舞台女優で、セラピストとしても働いていた。両親からの影響で、最終的に自分が現在アーティストとして活動していることは理にかなっていると思う。

あらゆるドラッグをやったそうですが、あなたがハマったドラッグのひとつ、ケタミンの幻覚は、あなたにどんな作用をもたらしたのでしょうか?

aya:(ケタミンを)摂取すると、脳のさまざまな部分がじょじょに機能しなくなり、大音量と小音量を区別する能力が恐ろしく阻害される。だから、『im hole』の収録曲でも聴こえる微かな触覚的な音には理由があるんだ。自分の髪を耳の後ろにこすりつけるだけで、カサカサという音を出せたし、指をこすり合わせるだけで、即興的に自分の音楽を創り出すこともできた。
 私が表現したもうひとつの方法は……このケタミン摂取のような感覚は、完全な体外離脱の深い幻覚のようなもので、自分自身や環境、アイデンティティから完全に切り離された。リアリティ・シフトが起こり、その後に自分自身を身体のなかで再認識するようなものなんだ。とくに、アルバム『im hole』の収録曲、“If Redacted Thinks He's Having This As A Remix He Can Frankly Do One”では、あるシンセのステムを、時間の経過とともに変化する音の層(レイヤー)の処理を通して見ることができる。大半の場合、MIDIの1チャンネルで、その下にいろいろ敷いてあって、そこではフィルタリングが変化しているだけ。ひとつの物体があり、その物体を自分はどのように見ているのか。そして、それは世界からどのように切り離されているのか? 私との関係によって、どのように再解釈されるのか? つまり、このシンセのステムは、私自身の「アイデンティティ」として捉えることができるかも(笑)。

“peach”や“Time at the Bar”のような曲にみられるパラノイアックな展開は、禁断症状と関係あるのでしょうか?

aya:その2曲はまったく違う内容。“peach”はたしかに薬物使用を歌った楽曲だけど、それだけじゃないんだ。この曲は自分だけでなく、周囲のカップルにも当てはまる内容で、お互いのために最善を尽くそうとするふたりが結局はお互いを傷つけ合ってしまうという、恋愛関係のダイナミズムを描写している。サビの歌詞に「リンゴを半分に切って、交代でかじりながら午後を過ごそう(I could slice up half an apple and we could take turns nibbling the afternoon away)」という歌詞には、「これは君のためにやっているんだ……私は夕食を作っているけど、じっさい今夜ふたりで食べるのはリンゴ半分だけ」という意味が込められている。つまり、ふたりの摂食障害やアルコール依存症というような、クィアな人たちが抱えている問題を扱っているんだよね。
 一方、“Tim at the Bar”では、社会においてもっとも大衆的な「実家を出て大学に進学し、人生を楽しんだ後に家庭を築く」というナラティヴを取り上げている。自分が経験した話じゃないけど、平凡な日常生活だとか、自分が望むような生き方ができないというような、よくある話で……。
 私の場合、自分がクィアだとわかっていながらトランスジェンダーであることをカミングアウトしたのは7、8年前。イメージ的には、出航する船に乾杯するような感じだね。ちなみに、タイトルの “time at the bar”っていうのは、英国のパブやバーで閉店前のラスト・オーダー時にベルを鳴らしてスタッフが店内にいる客に向かって叫ぶセリフ。この曲が「暴力的」だと言う人もいるけど、最後の大きな鐘の音やコードや若干外れた音には、「若干の恐怖心」と「解放感」が感じられると思う。

解放的な「自由」は「恐怖」と背中合わせ。それまで自分のストーリーをすべて手放し、自分を理解するための新しい言語を見つけることは恐ろしいけど、同時に解放的なんだ。

Silvia Federiciの『キャリバンと魔女(Caliban and the Witch)』は、資本主義の成立と発展における女性の身体、労働、そして魔女狩りの役割を深く掘り下げた内容ですが、なぜあなたはこの本にたどり着いたのでしょうか?

aya:友人が薦めてくれた。以前はADHDと薬物、アルコールの問題を抱えていたから落ち着いて本も読めなかったけど、健康的になった現在は、再び読書を楽しむようになった。

日本ではJ.K.ローリングの反トランスジェンダーがとても有名で、いまだに議論になっていることです。しかし音楽の世界ではトランスジェンダーのアーティストがどんどん登場しています。とくにエレクトロニック・ミュージックの世界では、この10年、クィアと女性の進出がめざましいと思いますが、どうしてこのジャンルなんだと思いますか?

aya:社会のあらゆる分野において、以前よりクィア性の可視化が強まっていると思う。認知度が高まるということは、自分自身を理解し、潜在的なクィアネスを認識し、自分に合った新しい定義を見つける機会が増えているということ。私の場合、自分がトランスジェンダーだと気づくまで、長期間に渡り自分自身のクィアネスに対する理解と格闘してきた。エレクトロニック・ミュージックを制作している人たちと出会い、同じ音楽に惹かれ、自分自身のクィア性に関する気づきを得た。エレクトロニック・ミュージックはメタルコアやエモと似ていて、クィアな人たちを魅了していると思う。クィアなエレクトロニック・ミュージックにも解放感があり、複雑かつ重層的な感情を表現しているから。
 前の質問で「解放感」に触れたけど、解放的な「自由」は「恐怖」と背中合わせ。それまで自分のストーリーをすべて手放し、自分を理解するための新しい言語を見つけることは恐ろしいけど、同時に解放的なんだ。理解できなくても、音楽が感情面で私たちに啓示を与えてくれることがあるから。なんだか話がとっ散らかっちゃったけど、クィア性の可視化が強まっていることはいいことだね。

あなたから見て、トランスジェンダーをめぐる状況は少しずつでもよくなっていると思いますか?

aya:もちろん、良くなっていると思う。私は子供の頃から自分がトランスジェンダーだとわかっていたけど、10年前はカミングアウトなんてできない状況だった。状況は間違いなく明るい方向に進んでいると思う。

音楽の話に戻りましょう。あなたが大学時代、ベリアル、ゾンビー、ジェイムズ・ブレイクらに夢中になったことが『im hole』に繋がっていると思います。今作の目玉のひとつ、“off to the EESO”には、テクノからの影響もあると思います。テクノでは、どんなDJやアーティストが好きでしたか?

aya:“off to the EESO”はテクノではなく、最近UKで聴くことができる楽しくて馬鹿げていながら神経質な感じのハードコア系ものを参照した。例えば、(ブリストルの)Rrritalinとか。シェフィールドの〈Off Me Nut〉というレーベルも好き。彼らは主にベースライン系レーベルで、Spongebob Squarewaveみたいな音楽も扱っているんだ。

ダンス・カルチャーの快楽主義についてのあなたの考えを教えてください。じつに刹那的なものだと思いますが、だから良いとも言えるし、だから悪いとも言えますよね。

aya:(ダンス・カルチャーは)両刃の剣のようだよね。多くの人にとっては踊ることで楽しい時間を過ごしたり、健康な「必要な空間」。でも一方では、クラブ・シーンで人生を台無しにするような状況に陥る人もいる。自分を振り返ってみても、音楽を観に行くというよりクラブの奥の部屋に座りっぱなしで、DJプレイに注目していなかったことがあるし。 でも、クラブに行く人の目的は各自違うし、音楽を聴かずに奥の方にいることが悪いことだと決めつけたくはない。人生から解放されたい人もいるだろうし、生きていれば最悪なことだってある。各自に合った手法でそういう感情を処理する必要があると思うから。

“the names of Faggot Chav Boy”をUKガラージ風の曲調にしたのは、あなたのウィットなセンスがあると思います。この曲を説明してもらえますか?

aya:この曲に出てくる話は私が見てきた数々の悪夢をまとめたもの。私は長いあいだ、本当に激しい悪夢に悩まされてきた。本当に長いあいだ、いつも強烈な夢を見てきたんだ。

ミミズを口のなかに入れるというアイデアはどこから来たんですか?

aya:デビュー・アルバム(『im hole』)のジャケ写は公園の地面に落ちていたゴミの束を持つ私の手だった。ベルリンを去る自分のパートナーのために開催したパーティで私はこのゴミを手にして「ねぇ、誰かこのアングルから写真を撮って」ってお願いしたんだ。ちょうどクラブ系のアルバムを解体したようなアートワークだと思ったんだよね(笑)。その後、前作のアルバム制作中に、ジャケ写が必要になり、その写真を引っ張り出してきて、「(このアルバムに)凄くいいジャケ写真!」と思った。暗闇から突き出されたこの手は火傷を負っているのか、何故かわからないけど真っ赤で、持っているのはこのゴミだけ。
 新作『hexed!』は、前作『im hole』の続編ではないけど、ある意味では続いているというか、鏡のようなもの。新作にはヴォーカル曲を多数収録したから「今回は手ではなく、自分の顔の一部をジャケ写にしたい」と考えた。この写真での私は何か恐ろしいものを吐き出していて、そこにはミミズと土の関係性がある。ミミズは廃棄物や腐敗した食物を分解し、肥料や堆肥に変えるために必要不可欠な存在だよね。つまり、このアルバム楽曲を書く過程で、自分の脳のなかでミミズになり、クソみたいな酷いものを音楽の肥料に変えてきたんだ。

『hexed!』が意味することは、“wanting to get over the hex, shake the curse(呪いを解き放ち、振り払いたい)”だと『Wire』の取材で答えていますね。じっさいこのアルバムを作ったことで、あなたはシラフの生活に戻ったわけですが、現在、あなた自身がこのアルバムをひとりで聴きたくなることはあるんですか?

aya:まだそういう気持ちじゃないんだよね……。8〜9カ月前くらいに完成したばかりだし。実は現在ツアー中で、毎週末ギグが入ってるから、ある意味では(新曲を)聴いているけど、最後にアルバムを通して聴いたのは昨年10月かな。このアルバムを書いているときに『im hole』を久しぶりに聴いて、マジ変な作品だと自分でも思ったね(苦笑)。

“droplets”は、歌が際立っているという意味で、ayaのポップ・ソングだと思いました。こうした方向性は今後も追求しますか?

aya:それは、わからないなぁ。次の音楽的方向性はわからない。実現させたいコラボレーションはいくつかあるけど、自分の音楽がどこに向かうかはわからない。

あなたもっとも癒やされる/癒やされた音楽作品をあげてください。

aya:表面的に「癒し」を与えるような音楽にはあまり惹かれないんだ。複雑な感情が根底に流れていないような音楽にはイライラするから、「癒し」よりも「カタルシス」を与えてくれる音楽が好き。熱狂的だけどエモーショナルなメタルコアものとか。2018年に解散したアメリカのスクリーモ・エモ・バイオレンス・バンドのLord Snowが大好きで、彼らのアルバム『Solitude』は昨年、何百万回も聴いたよ。アルバムの尺はたったの30分くらいだけど、ああいった作品は他にないね。よりエレクトロニック寄りなアーティストだとクララ・ルイス(ワイヤーのグレアム・ルイスの娘さん)の『Ingrid』が好きだし、彼女の最新作『Thankful』も大好き。クララ・ルイスが奏でる音色のセンスは実に驚異的で、『Ingrid』は本当にのめり込める音楽。チェロの音色がループし続けるような作品で、尺は30分近くあるけど、何時間でも聴けるんだ。

いつかあなたのギグを日本でも観れることを願ってます。今日はどうもありがとうございました。

aya:こちらこそありがとう。早く日本に行きたい!

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