「Noton」と一致するもの

編集後記(2019年3月27日) - ele-king

 昨晩のDOMMUNEは最高にクールだったな。状況によってはビートルズさえも余裕で否定するワイドショー的価値観に対して、文化やアートからの見事な反論だったと思う。宇川直宏をはじめ、出演したDJもみんな素晴らしかったけれど、90年代にマニアック・ラヴに通っていたような古いファンにとっては、WADAさんとケンイシイが電気グルーヴだけをかけるというのはものすごく意味があることで、彼らのなかの強い気持ちを感じないわけにはいかなかった。また、40万人を越えた視聴者数というのは、電気グルーヴのファン以外の大勢の人たちも注目していたからで、今回のピエール瀧逮捕をめぐる報道のされ方や悪意あるSNS、そして回収処分などになにかしらの違和感、疑問を抱いている人たちが多数いたということでもあるのだろう。まあ、アンチも混ざっていたようだけれど、おおよそツイッターが人びとの気持ちを分かち合うために機能していたことも良かった。
 が、しかしそれにしても、辛気くさくなってもおかしくないような状況のなかだからなおさらそう感じたのか、彼らの音楽には妙な破壊力があるものだとあらためて思った。数日前の石野卓球のツイートからは彼の音楽への衰えぬ情熱を感じたし、逆境のなかでむしろ電気グルーヴは自らの存在感を強めているように思えるのだが、この先まだまだ困難があるにせよ、それがどんな名義になるにせよ、次作が楽しみにも思えてきた。ニュース番組から流れる“Shangri-La”を久しぶりに聴きながら、あらためて良い曲だなーと思ってしまったし、今回の件は6月末発売予定の紙エレで、自分なりの考えをまとめてみようと思っています。

蜂工場 - ele-king

 イアン・バンクス『蜂工場』は、スコットランドのある島で父親とともに暮らす16歳の少年・フランクの一人称によって展開される小説だ。物語は精神病院に入院している異母兄・エリックが脱走したらしいという一報で幕を開ける。エリックは入院前、子どもに毛虫や蛆を食べさせようとしたり犬を燃やしたりと種々の「狂気」を実行し、島ではその名を知らない者がないほどであった。フランクは潜伏中のエリックから電話を受ける。「殺してやる!」 話は相変わらず通じないが、エリックはどこにいるのかを口にしない狡猾さを保持している。おいおい兄ちゃん、勘弁してくれや。フランクは我が家を目指しているらしいエリックを警戒し、フランクなりの捜索と哨戒を開始する──。
 フランクはエリックを「狂気」、自身を「正気」に属する存在として位置づけているが、読者はすぐにフランクの行動こそ「狂気」的だと気がつく。フランクは自らが殺した生き物の首を柱に吊るして〈生贄の柱〉を作成し、野うさぎを巣ごと爆殺する。しかも弟を含む三人の子どもを殺し、いずれも事故として処理されるように振舞ってその目的を達成しているのである。自らの行動を語るフランクは淡々としている。フランクの認識でいえばそれが当たり前だからだ。
 帯に「驚愕の結末」とあるように、本作最大の秘密は最終章で明らかにされる形になっているが、私はこの秘密はむしろデザートのようなもので、メインディッシュはフランクが送る日常そのものであるように思えてならない。スコットランドの海岸沿い、砂丘と平原のある景色のなかで、フランクは「普通やってはいけない残虐な行動」を取りながらも、商店のおじいさんと語らい、親友のジェイミーとゲームをして遊び、お手伝いさんに挨拶をし、父親とともに食卓を囲み、エリックからかかってくる意味不明で攻撃的な電話に丁寧に応答する。裏でやばいことをしているやつが何食わぬ顔で暮らしている恐怖と見ることも確かに可能なのだが、もう一歩フランクに近づいて考えてみると、フランクはフランクなりに環境に適応しようとしていたこともまた確かなのだ。
 「異常」を「正常」な立場から見る、という姿勢は、この作品に向き合うためにはあまりにも冷笑的すぎる。今作の結末を不穏なものの前哨と認識するのも一つの読みだろうが、明かされた秘密の衝撃に比して思いのほか冷静にエリックの心配をしているフランクの様子をみると、私にはフランクの生活はこの先もたいして変化しないような気すらしてくるのだ。

 「こんなことするなんて悪意があるかよほどイヤイヤやっているか、どっちかでしょう」
 頼まれた家事が雑だったり達成できていなかったりしたときに、母からよくこう言われてきた。私の認識では「そのどちらでもなく、できる限り努力をしてやったつもりだがこういう結果になる」(たとえば鍋の存在を認識できずに洗い忘れるなど)と主張しているのだが、これが理解してもらえた試しは今のところない。私は全てを漠然とした景色として眺めているふしがあって、そこから物をオブジェクトとして個別に切り出して認識するのがとても苦手だ。それゆえに「景色」と誤認された物をいっさい忘れて作業を進めてしまうことが頻繁にある。私の認識のなかではこれで完璧に終えたと思っていても、母からすればまったくもってだらしなくて中途半端な仕事でしかなく、その認識の差ゆえに私は叱られる。
 程度の差こそあれ、フランクの行動もこれに近いものがあると思う。タイトルの「蜂工場」は、フランクが作った呪術装置のことだ。ゴミ捨て場から拾ってきた巨大な時計盤をもとに、一つの数字につき一つずつ回廊を用意してある。回廊には一度落ちると二度と出てこられず、進んだ先にはそれぞれにさまざまなやり方で蜂を殺す仕掛けがある。フランクはそこに生きた蜂を放ち、蜂がどの回廊に落ちてどのように死ぬかを観測するのだ。その結果をフランクは予言として受け取り、行動の参考にする。
 確かに奇妙だ。そして〈蜂工場〉の作成過程をはじめとするフランクの暴力は、めまいがするほどあっけなく、「幼稚園で習わなかったのか」的道徳にことごとく反する形で表出する。「動物を殺したらかわいそうでしょ!」「子どもを殺すのは絶対ダメでしょ!」と思う。もちろんそこは許されない、許されないのだが、しかしフランクにとって〈蜂工場〉の予言は、私が外出のために天気予報を確認するのと同じで、エリックの行方を捜すためには至極当たり前の行動なのである。二人の男児のあとに一人の女児を殺したのは、統計的な均等を求めたがゆえのものなのである(フランクのように「片方を叩いたらもう片方も叩かずにいられない」癖を持つ人を、私は複数人知っている)。やばいしまずいし許されないだろお前ちょっとやめとけよと思うのだが、フランクは本気でエリックとエリックによって侵犯されかねない己の日常の心配をしているがゆえに動物を殺すのだ。
 最終章で明かされる秘密は、フランクが暴力に強烈に惹きつけられる理由に直結している。秘密を受け入れたフランクは、理屈っぽく、かつ性急に、自分の行動について説明し始める。自己弁護のようでもあり、告解のようでもあり、虚脱した人間の遺書のようでもある。ここでフランクは新しいステージに登るが、決して過去のフランクが死んだわけではないこともわかる。
 フランクはこの先暴力を捨てるのか? どうにもそうとは思えない。暴力なしに生きられない人というのはどうしてもいる。だったら何してもいいのかというともちろん絶対にそうではないのだが(くどいようだが繰り返させてもらった)、フランクのこともエリックのことも、自分を「正気」ゾーンに置いた上で「狂気」として切り離すようなことはしたくない。やってはならないことをする人もまた人だ。その人なりの認知に従って生きている。誰かの存在そのものについて許す/許さないの問いを発生させるのは間違っている。ただフランクがフランクとして生きてそこにいることを否定しないがゆえに、私は『蜂工場』がとても愛しい。

僕たちのラストステージ - ele-king

 コメディアンが彼らの先輩を演じるとなると、やはり気合が違うのだろうか。チャップリンやバスター・キートンと共にトーキー時代から活躍していたローレル&ハーディの引退劇を扱った『僕たちのラストステージ』では何を演じてもワン・パターンだったスティーヴ・クーガンがまずは同一人物とは思えない役者ぶりを見せている。『24アワー・パーティ・ピープル』(02)でファクトリー・レコーズの社長、トニー・ウイルソンを演じ、ハリウッド進出後も『アザー・ガイズ』(10)では嫌味たっぷりなCEO、『ミスター・スキャンダル』(13)ではイギリスのポルノ王、ポール・レイモンド、最近では『ノーザン・ソウル』(14)にも教師役でキャスティングされていたクーガンはどちらかというとイギリスではアラン・パートリッジというTVのコメディ・シリーズで知られる喜劇役者で、苦虫をかみつぶした表情だけですべてを貫き通してきた筋金入りの金太郎飴役者であった(エレキング本誌でかつてブレディみかこ×水越真紀の対談シリーズにつけた「NO POLITICS,THANK YOU」というタイトルも『スティーヴとロブのグルメトリップ』(10)から拝借した彼のセリフ)。そのクーガンが老境に差し掛かったスタン・ローレルの哀愁や喜び、相方への愛憎や不屈の精神を信じられないほど多彩な表情で演じ切り、恐ろしいほど感情移入させてくれるのである。これにまずは唸ってしまった。クーガンだけではない。バカみたいなコメディ(『俺たちステップブラザース』『おとなのけんか』)から極度のシリアス(『少年は残酷な弓を射る』『ロブスター』)まで、役者としての幅は充分に演じ分けてきたジョン・C・ライリーも始まってしばらくは彼だと気づかないほどメイクで肥え太った体型となり、ここまで別人になれてしまうのかと思うほどオリヴァー・ハーディになりきっていた(とんでもない巨漢に扮してしまったために、彼は服の中にホースを張り巡らせ、水で体を冷やしながら演技していたらしい)。ふたりはまた、ローレル&ハーディのダンスをコピーする際、オリジナルのふたりがミスをしたところまで忠実に写し取っていたといい、さすがにそこまで僕にはわからなかったものの、「しつこい」ということがもたらす普遍性が時代も人種も超えてしまうことはいやというほど理解できた。というより、そもそもローレル&ハーディの体の動き、それは日本ではドリフターズやその周辺のお笑い芸人たちが70年代まで繰り返し模倣してきた基本動作であり、間接的に想起させられる懐かしさでもあった。

 ローレル&ハーディがメイクを済ませ、ハリウッドでスタジオ入りするところから話は始まる。ローレルはプロデューサーのハル・ローチ(ダニー・ヒューストン)と口論になる。ハーディはローレルに結婚したいと考えているルシール(シャーリー・ヘンダーソン)を紹介する。舞台はそこから一気に1937年から1953年にジャンプし、ローレル&ハーディはすっかり過去の人となっている。彼らは映画界に復帰するために資金をつくろうとイギリスまでドサ回りのツアーに来たのである。辿り着いたのはニューカッスルの汚いホテル。蓋を開けてみると客席はガラガラで、前途は暗い。予定されたスケジュールも減らすことになりそうだと興行主から告げられる。路上を歩いていると、見上げればアボット&コステロのポスターが彼らを見下ろすようにして貼られている。彼らはそれでもイギリス北部を中心にツアーを続け、少しずつ客足が回復してくる。そして、ロンドンでは大きな公演が組まれることとなり、アメリカに残してきた妻たちもイギリスまでやってくることに。ところが妻たちの口論がきっかけとなってローレルとハーディの関係も複雑な過去を振り返るかたちでギクシャクし始め、とある小さなイベントに余興で出演しようとした際、それまで体力的に無理を重ねてきたハーディが急に倒れてしまう。ハーディは絶対安静の身となり、せっかくのロンドン公演も続行不可能に。興行主はせっかく大量のチケットがさばけたこともあり、代役を立てて予定通り公演を行おうとするものの、舞台袖で待機していたローレルは……。

 テクノロジーの発展はなんでもひとりでやれることを拡大してきた。岩井俊二のように演技以外のことは、監督も編集も照明も音楽までひとりでこなせてしまうということは、映画監督がイメージを具現化する上で大きな恩恵を与えてくれたことだろう。クリエイターだけの話ではなく、いまでは誰かに何かを尋ねても「ググレカス(JFGI)」と言い返されるだけだし、生きることはスマホが全部やってくれる時代もすぐそこに実現しかけている(道を歩いている時に会いたくない人が近くを歩いている場合はその道を避けられるようスマホが指示を出してくれるとか、寝ろだの起きろだの、1時間おきに椅子から立てだの、次に何をやればいいかはだいたいスマホが指示を出してくれるわけだし)。スタン・ローレルとオリヴァー・ハーディが苦境を脱しようと助け合い、あるいは激しく罵り合い、最後のドサ回りを完遂していく姿は、もはや人類にとって贅沢品のような行為になりつつあるのかもしれない。誰かひとりと強い関係を結べば、それは一生その人を支配し、他の人と関係を構築することは不可能に近くなる。多くの人々と多面的な付き合いを優先するならばテクノロジーは存分にその助けとなってくれるし、多くの人間関係を維持していた方がたいていの人にとってはビジネス上は有利になるだろう。ローレル&ハーディのような成功例は多くの人の教科書にはならないし、ぞれぞれにそれなりの能力がなければ力を合わせるという考え方からして成立するよすががない。少しずれるかもしれないけれど、さっき、ワイドショーを観ていたらヨーロッパに進出した電気グルーヴは石野卓球ばかりが才能を認められ、楽器のできないピエール瀧は劣等感に苛まれ、それでドラッグに手を出したのではないかという推論が堂々と述べられる始末であった。スタン・ローレルとオリヴァー・ハーディを見ていても、ローレルが脚本を書き、それをふたりで演じるのだとしても、明らかにハーディの愛嬌によってローレルのアイディアは何倍にも増幅するのであって、すべてをローレルだけでまかなったところで同じ結果が得られないのは明らかである。誰かと誰かががっちりと組むデラックスでラグジュアリーな人生の豊かさをこの映画で味わっていただけたら。

『僕たちのラストステージ』予告編

Nubiyan Twist - ele-king

 ここ数年来のサウス・ロンドンのジャズ・ミュージシャンたちの活躍により、UKジャズとエレクトロニックなクラブ・サウンドの結びつきも再び活性化しているようだ。こうした結びつきはかつてのアシッド・ジャズの頃からあり、その後ウェスト・ロンドンで起こったブロークンビーツ・ムーヴメントもジャズとクラブ・サウンドが交差していた。当時活躍していたディーゴやカイディ・テイタムなどは、このところの新作で再評価の気運を高めているが、ヘンリー・ウーテンダーロニアスあたりは、そうしたブロークンビーツ・ムーヴメント時代の空気をいまに継承するアーティストである。そしてジョー・アーモン・ジョーンズとマックスウェル・オーウィンの『イディオム』、モーゼス・ボイドの『アブソリュート・ゼロ』など現在のエレクトロニック・ジャズの傑作が生まれ、シャバカ・ハッチングスの参加するザ・コメット・イズ・カミングの新作もさらにエレクトロニック度が増した印象だ。クラブ・サウンド的な要素の強いジャズ系アーティストとして、バンド/ミュージシャン的なスタンスではエズラ・コレクティヴ、ユナイテッド・ヴァイブレーションズ、エマネイティヴ、エクスパンションズなどがおり、DJ/プロデューサー的なスタンスではブルー・ラブ・ビーツ、ダーク・ハウス・ファミリー、K15、ベン・ホークなどがいる。そうした中でヌビヤン・ツイストは、バンド/ミュージシャン的なスタンス、DJ/プロデューサー的なスタンスの両方を兼ね備えたグループである。

 ヌビヤン・ツイストは総勢10名ほどの大所帯バンドで、リーズで結成されて現在は拠点をロンドンに移して活動している。ギタリストのトム・エクセルがバンド・リーダー及びプロデューサーで、ベースやパーカッションなどほかの楽器からエレクトロニクスも扱う。アフリカ系のリード・シンガーのヌビヤ・ブランドンとアルト・サックスも兼ねたニック・リチャーズによるツイン・ヴォーカル、4名の分厚いホーン・セクション、キーボードやリズム・セクションというラインナップで、ステージによってDJも配する。音楽形態としてはジャズ、ソウル、ファンク、アフロビートが柱となり、リズム・セクションにブラジル系ミュージシャンがいることなどから、サンバ、アフロ・キューバン、ラテン、クンビア、レゲエ、ダブなどワールド・ミュージックの要素が色濃い。そうした生演奏にブロークンビーツ、ヒップホップ、グライム、ダブステップ、ベース・ミュージックを通過したエレクトロニクス・サウンドが融合されている、というのが大雑把なヌビヤン・ツイスト・サウンドである。こうしたクラブ・ジャズ系のバンドの中でもエレクトロニクスとの折衷度は極めて高く、またワールド・ミュージックの取り入れ方も群を抜いている。2015年に結成されてグループ名と同名のデビュー・アルバムをリリースし、ライヴ・アクトとしてもグラストンベリー、シャンバラ、ブームタウン、エディンバラなどUKの大型フェスを制覇し、2015年のメルトダウン・フェスではデヴィッド・バーンのキュレーションによってクイーン・エリザベス・ホールでパフォーマンスを披露している。その後2016年リリースのEP「サイレン・ソング」などを経て、この度〈ストラット〉と契約を結んでセカンド・アルバムの『ジャングル・ラン』を発表した。

 〈ストラット〉はアフロをはじめワールド系のリリースやリイシューも多く、過去にアフロビートのオリジネイターのトニー・アレン、エチオピアン・ジャズの巨星のムラトゥ・アスタトゥケの作品をリリースしている。〈ストラット〉のコネクションを通じてだろうか、その両名が『ジャングル・ラン』にゲスト参加している。そのほかにアフロ、ラガマフィン、ダンスホール、ジャングルなどをフィールドとするガーナ出身のMC/シンガーの K.O.G. (クウェク・オブ・ガーナ)もフィーチャーされる。躍動感溢れるリズムに始まる“テル・イット・トゥ・ミー・スロウリー”は、アフロビートとブロークンビーツがミックスしたような曲調で、ニック・リチャーズがジョーダン・ラカイに近い歌声を披露する。後半のテナー・サックス・ソロはじめライヴ・バンドとしての魅力も一杯詰まっている。ニックは“ゴースツ”でもリード・ヴォーカルをとっていて、こちらもアフリカン・リズムとソウルフルなフィーリングに貫かれたUKクラブ・ジャズらしい折衷的な曲。アルバム・タイトル曲の“ジャングル・ラン”はダブステップ調のビートに始まり、エレクトロニック・サウンドとジャズやアフロの生音の融合がもっとも顕著な作品。そしてヌビヤン・ブランドンのソウルフルなヴォーカルが、バンドの大きな武器になっていることも印象づける。同系では“パーミッション”もあり、こちらのヌビヤンのヴォーカルはグライムやヒップホップを通過したものだ。

 K.O.G. のヴォーカルをフィーチャーした“バサ・バサ”は、アルバムの中でもっとも土着的なアフリカ音楽色が強い。K.O.G. はアップテンポの“ゼイ・トーク”でもヴォーカルをとっていて、こちらはアフロとダンスホールとグライムがミックスされた彼ならではのスタイル。“ブラザー”はジャズとヒップホップの折衷的なスタイルで、ヌビヤのスポークン・ワード調のヴォーカルを含めてアシッド・ジャズの香りが漂う。“アディス・トゥ・ロンドン”はタイトルが示すようにムラトゥ・アスタトゥケがヴィブラフォンを演奏。アフリカ系ジャズの中でもミステリアスな色彩が強いエチオピアン・ジャズを咀嚼した演奏で、スペイシーなキーボードにムラトゥのヴィブラフォンがうまくマッチしている。ブラジリアン・ジャズにビート・ミュージックのエッセンスを隠し味とした“ボーダーズ”は、ブラジル系パーカッション奏者のピロ・アダミがヴォーカルをとる。カシンやドメニコ・ランセロッチなどブラジルの新世代ミュージシャンに通じる曲だ。“シュガー・ケイン”はベース・ミュージックとジャズの中間的な曲で、ヌビヤのヴォーカルはところどころでダビーな処理を施しているものの、歌声そのものはローラ・ムヴーラあたりと比較してもおかしくない。アフリカ音楽からブラジル音楽など多彩な側面を見せるアルバムだが、そのどれもが借り物ではない本格的なものを感じさせ、だからこそデヴィッド・バーンも彼らを認めたことがわかる。


Roma/ローマ - ele-king

 スティーヴン・スピルバーグがストリーミング・サーヴィスはアカデミー賞ではなく、TVドラマを対象としたエミー賞で扱うべきだったと提言を下した『ローマ』。世界で同時配信される前に3週間の劇場公開をしているのでアカデミー賞を競う条件は満たしていると反論するネットフリックス(カンヌは選考外としている)。前にも書いたようにNHKニュースでも『グリーンブック』はほぼスルーで、『ローマ』を観ること=映画はもはや映画館で観る時代ではなくなるという論点ばかりが語られ、それはもしかすると最大で66億円もつぎ込んだというキャンペーンの成果なのかもしれないけれど、いずれにしろ横長のスクリーンで観たいと思ったこともあり、遠くの映画館まで足を延ばしてきた(都心ではやっていない~)。結論からいうと『トゥモロー・ワールド』よろしく横に水平移動するカメラが多用され、それも視点が移動したりしなかったりと効果も臨機応変で、画面の右側を三分の一しか使わない構図など、バカでかいTVを持っていない僕としてはスクリーンで観たことは完全に正解だった(ちなみに僕が行った回はガラガラで、珍しくおっさんばっかり)。

 オープニングがまず美しい。画面いっぱいに敷石が映し出され、やがてそれが水浸しになっていく。水たまりには空が映り、はるか上空を飛行機の陰が飛んでいく。いつまででも観ていられるアート・フィルムのようで、真上から撮っていたカメラが視点を上昇させていくとヤリッツァ・アパリシオ演じるクレオが掃除を終えて家に入っていくシーン。この質感はヌエーヴォ・シネ・メヒカーノそのもの。ハリウッド以前は世界の映画シーンをリードしていたメキシコが50年ぶりに再生を賭けて起こした芸術運動がヌエーヴォ・シネ・メヒカーノで、イニャリトゥ『アモーレス・ペロス』(00)が代表作とされている。カルロス・レイガダス『闇のあとの光』(12)のようなマジック・リアリズムは一切なく、端正なモノクロ仕上げはキュアロンが製作したフェルナンド・エインビッケ『ダック・シーズン』(04)と同じくルイス・ブニュエルの精神に立ち返ったことを表している。クレオは同じく先住民のアデラと共に家政婦として働いていることがだんだんとわかってくる。彼女たちが住み込みで働いているのはアントニオとソフィア夫妻に子どもが4人とグランマのテレサを加えた7人構成の中産階級の上……ぐらいの家。アントニオが車で帰ってくるシーンが序盤のハイライトになるだろうか。ただの車庫入れをここまで誇張して描くかと思うほどバカみたいなアップが笑ってしまう。それはおそらく子どもにはそう見えていたということで、この映画は実際、キュアロン自身の子ども時代を描いたものらしく、舞台はメキシコのローマ地区、時代は1970年から71年にかけて。ちなみにキュアロンは自分が特権階級として育ったことに罪悪感があるとも語っている。

 クレオとアデラはこまめに働き、休みになるとボーイフレンドたちとドイツ映画を見たり、ベッドを共にしたり。繁華街のにぎやかさといかがわしい物売りたちのデモンストレーションは念入りに再現されていて、TVに登場するビックリ人間なども含めて、それらは子どもたちに見えていた世界観が色濃く反映されているのだろう。子どもたちが様々な遊びに興じるなか、そして、アントニオはカナダに出張で出掛けていく。(ここからはネタバレというと大袈裟だけれど、知らない方が楽しめるストーリー展開で)雹に打たれて遊んでいる子どもたちを呼び寄せ、出張中の父親に手紙を書くよう指示したソフィアにクレオは自分が妊娠したこと、そして、そのことを話すとボーイフレンドは行方をくらませてしまったことを告げる。「クビですか?」と尋ねるクレオにソフィアはそんなことはしないといって翌日、かかりつけの病院にクレオを連れていき、自分は別な医者とベタベタしている。診察を済ませたクレオは「新生児室を見てくれば」とソフィアに促されるまま生まれたばかりの赤ちゃんたちを眺めているといきなり大地震に襲われる(前の日にTVで3・11特番を目にしていた僕はこの場面、本気で怖かったです)。

『ローマ』には様々な音楽が流れているものの、それらはすべて作中で鳴っている音楽であって、いわゆる劇伴はまったくつけられていない(最後にエンドロールでクレジットされている曲の多さにはあッと驚くものがあった)。にもかかわらず、場面転換は非常にリズミカルで、どちらかといえばミニマリズムに近い作風ながら、だらだらとして思わせぶりなカットが多いデヴィッド・リンチとは対照的に編集のテンポだけで淀みなく日常は織り成されていく。先住民たちが住むゲットー地区の描写を経てクレオがテレサに伴われて家具店に赤ちゃん用具を探しに行くと、外で渦巻いていた学生たちのデモ隊が政府に支援された武装組織と衝突し、後に120人が殺害されたことが判明する「血の木曜日事件」が勃発。家具店の中に「殺さないでくれ」と逃げ込んできた学生を撃ち殺したひとりがクレオに銃を向けたまま、しばらく微動だにせず、やがて走り去っていく。それはクレオを妊娠させたフェルミンであった。クレオはそのショックで破水し、病院に運び込まれる。テレサは病院のスタッフにクレオの名前や家族のことを訊かれるものの、ミドルネームすらわからず、ほとんどのことには答えられない。そして分娩室でクレオが産んだ子どもは死産であった(新生児のベッドが地震で瓦礫に埋まったり、新年のお祝いでコップを割ってしまうなど予兆はいくらでもあった)。

 打ち沈んだクレオには休暇のつもりで、ソフィアは子どもたちと海辺の避暑地へ行こうと提案する。実は出張だといっていたアントニオはそのまま別な女性と駆け落ちし、留守の間に本棚を運び出しに来ることになっていた。ソフィアもクレオも男に裏切られたと言う意味では同じ境遇になったのである。キュアロンは前作『ノー・グラヴィティ』で生きることに絶望した宇宙飛行士ライアン・ストーン(サンドラ・ブロック)がもう一度生きようという意志を持った時に「重力」がその助けとなるという設定を与えていた(原題は『グラヴィティ』で、邦題が『ノー・グラヴィティ』だと教えると英語圏の人たちにはバカ受けします)。しかし、もう一度生きてみようとストーンが思い直す時に彼女は幻覚を見ていて、ジョージ・クルーニー演じるマット・コワルスキー(=男)がそのアシスト役になっている。それが『ローマ』ではアントニオとフェルミンだけでなく、他の細かいシーンでも男性は役立たずか裏切り者として描かれ、男たちは見事に女性が生きることを邪魔する存在でしかない。それは意図的なのかもしれないし、キュアロンにとっての過去が偶然にも#MeTooと共振しただけなのかもしれない。ビーチで繰り広げられるクライマックスではソフィアとクレオには階級差がなくなったともとれるような場面が逆光の中に映し出される。そして、死産がクレオにとって悲劇ではなかったことが明かされる。

 ソフィアはしかし、あまりにも強い女性として描かれすぎな気もしないではない。母親に求めるものが多過ぎると批判された細田守『おおかみこどもの雨と雪』(12)と同じく、妊娠したことで戸惑うクレオと比較して何に対してもめげる様子を見せないソフィアの気丈さはさすがに尋常ではない。女性がその意志を貫くという意味では初期の代表作『天国の口、終りの楽園。』にも通じるものがあるのかもしれないけれど、この作品が扱っている人種問題や経済格差、あるいは#MeTooに通じる部分よりも僕はどうしてもそこが気になってしまった。マザコンをよしとするメキシコの気風なのかもしれないし、キュアロンが母親の弱い面を見ないで育ったというだけのことかもしれない。わからない。ちなみに最初から最後まで犬だらけで、犬と人間の距離感も僕にはナゾだらけでした。

『ROMA/ローマ』予告編
                  

『何が私をこうさせたか』は、わずか23歳で獄中自殺した大正時代の活動家・金子文子が遺した膨大な自伝であるが、このタイトルは官憲が文子について最も知りたがり、文子に投げかけ続けた問いそのものである。文子はこの世に存在するものすべてをぶち壊したいと本気で思っていた。文子は大逆罪の疑いで引きずり出された法廷を舞台として、同志でありパートナーである朝鮮出身の活動家・朴烈とともに、攻撃的かつ切実な言葉で自身の思想を開陳し続けた。文子を尋問した者、裁こうとした者、取り締まらんとする者は、文子を見て思った──どうして金子文子は、「こう」なのか?

「此の呪いを何処に持って行くか、自然を呪い社会を呪い生物を呪って私は総ての物を破壊して自分は死なうと思ひます。」(『裁判記録』15ページ、カタカナをひらがなに訂正している)

 文子の思想はまぎれもなく文子のものであったが、官憲どもは文子から何度も思想を奪おうとした。やつらは文子の思想を、文子の激情を、文子という人間が心から抱いているものだと認めたくなかったのだ。頭がおかしいのではないか? そんなに激昂するのは生理だからか? 身体の具合が悪いのではないか? その思想は朴烈への義理立てなのではないか? その信念を断念するわけにはいかないか? 違う学問をするわけにはいかないか? 文子の裁判を担当した立松判事は、何度も何度も転向するよう文子を説得した。文子は「かわいそうな女の子」として憐れまれ、舐められ続けていた。
 文子の苦しみはいつも主体性にあった。無戸籍児として教育のかわりに虐待を受け続けた文子の生い立ちがどれほど選択肢のないものであったかは、自伝で確認できる通りだ。文子は教育を渇望していたが、「女だから」という理由でその意志は尊重されなかった。選びたい道を選ぶ自由はなかった。文子は存在しているようで存在していないことになっていた。その地獄から立ち上がり、「私は私自身を生きる」という信念を貫き通すために、文子は主体的に死を選んだのである。

 2月16日よりイメージフォーラムほか全国で放映中の映画『金子文子と朴烈』(原題『朴烈 植民地からのアナキスト』)は、関東大震災における朝鮮人虐殺の正当化のため「テロを企てた朝鮮人」として起訴された朴烈と文子の裁判を中心に描いた作品である。
 正直に言って、私はこの作品を高く評価できない。私が文子に強すぎる思い入れを持っているからかもしれないが、「金子文子の人生」を扱った作品として期待はずれであったと言わざるを得ないからだ。文子の人生を朴烈の人生に合わせて切り取るやり方が気にくわないからだ。今作では文子の葛藤がすっぱりと消えている。「女性」という役割、思想の変化、死との対峙について、文子が一人で考え込んでいたことは描かれない。妙に「男を愛する女」なのである。それもまた文子の一側面であるとは思うが、この作品に出てくる文子は、私が痛いほど感情移入した文子とは違う。
 そして朴烈についても、確かにかっこいいのだが、虚無主義者としての側面はほとんど描かれない。朴烈が社会に突き立てた鉾がいかに鋭いものであったか、その鉾が何を目指すものであったかについて、ありのままに描いてほしかった。

 ただ、批判を始める前に書いておきたいことがある。この映画に込められた思想と深い怒り・悲しみについて、私は深く敬意を表し、加害者の系譜を持つ者として引き受ける覚悟を持たねばならないと考える。今作の原題が「朴烈」であるように、製作者が光を当てようとしたのは、民族主義者として日本の帝国主義に抵抗した朴烈の姿だ。作中では日本で起きたすさまじい朝鮮人差別と迫害・虐殺の歴史が描かれる。文子と朴烈の運命を狂わせた関東大震災における朝鮮人虐殺事件では、6000人以上(この数字は「わかっている限り」であり、実際はもっと多いであろう)の朝鮮人が日本人自警団によって殺害された。映画には登場しないが、例えば千葉では陸軍が捕縛した朝鮮人を各地の村落に引き渡し、分担して殺害させたというおぞましい記録が残っている。虐殺はデマと混乱のなかで市井の人々によって行われ、伝播していったのだ。決して「昔の悪い人」が犯した「誰かの罪」ではない。今作は歴史を忘れるなという悲痛な叫びそのものであり、耳をふさぐわけにいかない。
 私はアナキストであり、おのれの意志に従わないあらゆる所属を否定するが、この考えが構造的・歴史的責任を回避する言い訳になっては絶対にいけないと思っている。日本の帝国主義の被害を受けた人々からすれば、わが思想と関わりなく私の姿は加害者の流れに属するものとして映るだろう。人間として相手の苦しみを想像し、おのれにできることを考え、引き受けるべきものはきっちり引き受けたい。私はこれからこの映画への批判を書き連ねていくが、この批判は『金子文子と朴烈』が持つ政治的文脈の否定、映画の背景となる歴史の否定では決してない。そうなってはならない。
 以上、私の批判が私が尊重したい潮流をどこかで抑圧するのではないかと心配しているがゆえに、ごく長い前提を説明させてもらった。それでは内容に触れていくこととする。なお、このレビューは史料から確認できることを映画の内容と比較する内容を中心としている。映画はフィクションなんだから気にするほうが野暮だと言われるかもしれないが、史実に基づいて描いたと標榜している作品であること、この映画がどのように過去を切り取っているのかを確認するために意義のある行為であると判断した。セリフや展開など各種ネタバレへの配慮はないので、気にされる方はどうかこの先は鑑賞後に読んでいただきたいと思う。

 物語は朴烈と文子の出会いから始まる。当時「社会主義おでん」の通称で親しまれた「岩崎おでん屋」で働いていた文子が、朴烈の書いた詩「犬ころ」に魅せられ、出会い頭に告白するのだ。文子は「私もアナキストです」と名乗る。
 この時点で実際にあったこととは相当食い違っている。まず文子が朴烈と出会ったとき、二人はすでにどちらもアナキストではなくなっていた。虚無主義者=ニヒリストであり、二人とも宇宙の万物を絶滅させたいと考えていたのである。二人の思想は一貫していたわけではなく、数度の変遷があった(文子はその後再び無政府主義へ回帰し、朴烈は虚無主義のまま民族主義へ傾倒していく)。原題のサブタイトル「植民地からのアナキスト」は、映画で描かれる時期の朴烈が実際に抱いていた思想との間で齟齬があると言わざるを得ない。朴烈が主催していた結社「不逞社」は無政府主義を掲げていたものの、これは間口を広く取ったためであり、あくまで朴烈と文子にとってはニヒリズムに至るプロセスとしての無政府主義であった。
 文子はお互いがそれぞれの人生のなかで同じ思想を育てていたことに感激し、配偶者として、同志として、同棲したいと考えた。そのさいに文子は以下のことを念入りに確認している。

「[……]私日本人です。しかし、朝鮮人に対して別に偏見なんかもっていないつもりですがそれでもあなたは私に反感をおもちでしょうか」
「[……]あなたは民族運動者でしょうか……私は実は、朝鮮に永らくいたことがあるので、民族運動をやっている人々の気持ちはどうやら解るような気もしますが、何といっても私は朝鮮人でありませんから、朝鮮人のように日本に圧迫されたことがないので、そうした人たちと一緒に朝鮮の独立運動をする気にもなれないんです。ですから、あなたがもし、独立運動者でしたら、残念ですが、私はあなたと一緒になることができないんです」(『何が私をこうさせたか』400ページ)

 二つの問いに、朴烈はそれぞれノーと答えた。文子はそこで「(交際・同棲に至るための)すべての障碍は取り除かれた」と判断している。ここからわかるのは、文子は朝鮮の独立運動に深い配慮と理解を示していたとはいえ参加の意思がなかったこと、そしておのれとできる限り同一の思想を持っている者でなければパートナーにできないと考えていたことだ。それゆえに朴烈が民族主義の色合いを強めていったとき、文子は葛藤を抱えるようになる。

 同棲を始めた直後、文子が提案した三つの誓約を壁に張り出し、母印を押すシーンが登場する。張り紙は氏名を除いてハングル表記になっていたので、原文直訳なのか多少アレンジが加わっているのかはうまく確認できなかったが、この誓約じたいは実際に存在しており、その内容は以下のようなものだった。

 宣言1:「同志として同棲する事」
 宣言2:「運動の方面に於ては私が女性であると云ふ観念を除去す可き事」
 宣言3:「一方が思想的に堕落して権力者と握手する事が出来た場合には直ちに共同生活を解く事」
 約束:「相互は主義の為めにする運動に協力する事」
(『裁判記録』19ページ、カタカナをひらがなに訂正している)

 三つの宣言が文子から朴烈への要請、最後の約束は互いに取り決めたものだろう。注目したいのは宣言2である。
 文子と朴烈が同棲を開始した1922年に二人に会った文子の母親の証言によると、朴烈と同棲して朝鮮人参商をしていたころの文子は、髪を切り、朝鮮服を着て、男性の格好で生活していたという。文子の男装は女性扱いに対する抵抗であった。性別を理由に主体性を奪われ続けた自身の経験を参照した文子が、主体的に生きるために選んだ試みだったのだ。さらに和服ではなく朝鮮服を選んだことには、日本人でありながら日本人が憎くて仕方ないと独白した文子の葛藤が見えるように思われる。「女性」に疲弊し、「日本人」であることに苦悩し、それでもどうしようもなく「女性」であり「日本人」である自身に向き合わざるを得ない。この苦悩のなかで、文子は「女性」「日本人」の記号を避け、身にまとわりつくものを必死に振り切ろうとしていたのではないか。
 文子は獄中で「あたしの宣言として」と題した手紙を書き送っている。

「同一戦線上に立つ者の間に、何の性的差別観の必要があらうか。性慾の対象としてゞも見ない限り、女とか、男とか云ふ様な特殊な資格が、何の役に立つであらう。同じ人間でいいではないか。そしてそれ以上に何が必要であらうか。
 妾はセックスに関しては、至極だらしのない考へしか持っていない。政敵直接行動に関しては無条件なのだ。だがそれと同時に妾が一個の人間として起つ時、即ち反抗者として起つ時、性に関する諸諸のこと、男なる資格に於て活きてゐる動物──さうしたものは妾の前に、一足の破れ草履程の価値をも持ってゐないことを宣言する。
 今の妾が求めてゐるものは、男ではない。女ではない。人間ばかりである。」(『金子文子』328~329ページ)

 文子は自分が性交渉を持つことについてあまりよい印象を持っていないようだ。それは幼いころに見てしまった父親の不倫現場の影響かもしれないし、朴烈と出会う前の悲しい性体験の影響かもしれないが、それ以上におそらく「女」という立場そのものへの葛藤があったのだと思う。文子の言葉を裏返すと、「性慾の対象」とする場合は女や男という立場が役に立つ、ということになる。文子は自身が性欲を持つときは「女」であると感じ、その自認と「女」扱いに苦悩している自分との間で板挟みになっていたのではないだろうか。
 文子はただ人間として平等に築かれた信頼関係のみを他者とおのれとの関係の前提とすることを「あたしの宣言」としている。性別を理由に舐められ続けた文子の言葉は、現代に生きるわれわれの胸にも強く響く。
 映画では宣言2について掘り下げられない。「あたしの宣言」も出てこない。また、作中の文子はずっと髪も長いままで、日常着には着物をまとい、容姿を褒めそやす野次にも笑顔で応え、性的な言葉を判事相手に挑発的に告げてみせる、コケティッシュな「いい女」だ。この描き方には強い違和感を覚えた。

 本作の朴烈は実にかっこいい。ひょうひょうと振る舞うイ・ジェフンの肉声で語られる天皇制批判には非常にしびれた。もっとやっちまえと叫びたくなる(今作の「応援上映」があったらどうなるのか、大いに興味がある)。
 しかし作中に出てくる朴烈の思想は帝国主義・朝鮮民族迫害への抵抗を宣言する部分がほとんどで、虚無主義者としての朴烈の言葉はほとんど出てこない。著作を執筆するシーンでちらりと「俺の宣言」(先に引用した「あたしの宣言として」と関連があるのかもしれない)の一部「滅ぼせ! 総べてのものを滅ぼせ」のあたりが読まれたと思うが、それぐらいしかないのだ。朴烈が目指した社会は、朝鮮独立を中継点としているが、その理想の終点は宇宙の万物の絶滅にあった。

「滅ぼせ! 総べてのものを滅ぼせ
 火を付けろ! 爆弾を飛ばせ!
 毒を振り撒け! ギロチンを設けよ! 政府に、議会に、監獄に、工場に、人間の市に、寺院に、教会に、学校に、町に、村に。
 斯うして総べてのものを滅ぼすんだ。赤い血を以って最も醜悪にして愚劣なる人類に依って汚されたる世界を洗ひ清めるんだ。さうして俺自身も死んで行くのだ。其処に真の自由があり、平等があり、平和があるんだ。真に善美なる虚無の世界があるんだ。
 嗚呼最も醜悪にして愚劣なる総べての人類よ! 有ゆる罪悪の源泉! 何うか願はくば汝等自身の滅亡の為めに幸あれ、虚無の為めに祝福あれ!」(『裁判記録』77ページ)

 これが映画で読まれた「俺の宣言」の最終段落に当たる部分だ。これは搾取される朝鮮半島、蔓延する迫害、運動を行うなかで繰り返した決裂を経験した朴烈がたどり着いた、人類に対する最後の愛である。徹底してニヒリストであった朴烈の生について、もっと立体的に描いてもよかったはずだ。

 ついで大審院のシーンについて言及したい。徹底的に帝国と敵対する決意をした朴烈と文子は、裁判の場を意見表明のために利用する。その終盤、1926年2月27日の大審院公判の場面で文子が読み上げる手記「二十六日夜半」は、自らににじり寄ってきた死と距離なく向き合った文子の切実な言葉が綴られている。

「私は朴を知って居る。朴を愛して居る。彼に於ける凡ての過失と凡ての欠点とを越えて、私は朴を愛する。私は今、朴が私の上に及ぼした過誤の凡てを無条件に認める。そして外の仲間に対しては云はふ。私は此の事件が莫迦げて見えるのなら、どうか二人を嗤ってくれ。其れは二人の事なのだ。そしてお役人に対しては云はう。どうか二人を一緒にギロチンに投り上げてくれ。朴と共に死ぬるなら、私は満足しやう。して朴には云はう。よしんばお役人の宣告が二人を引き分けても、私は決してあなたを一人死なせては置かないつもりです。──と。」(『金子文子』7ページ)

 この文子の宣言はただの愛の告白ではない。
 文子が死を覚悟するうえで最も苦悩したのは、爆弾事件が文子自身の主体的な計画ではなかったという点だった。そもそも爆弾事件は実現可能性も計画の具体性も薄く、大逆罪として裁かれる正当な理由のない案件であるが、文子はさらに裁かれるいわれのない位置にあった。文子は自分が一言謝り、反省したふりさえすれば出所できるであろうことも知っていた。その道を選ぼうかと悩んでいた。文子だって死にたくはなかった。自分の意志で起こしたわけではない事件によって死刑になることは、果たして主体的な行動だと言えるのか。文子はおのれの関与について考えぬいた末、自らのなかに爆弾事件に同意する叛逆の意志があることを理由に「私は今、朴が私の上に及ぼした過誤の凡てを無条件に認める」と言ったのである。
 またこの手記は、朴烈と「同志」として付き合うことにこだわり抜いてきた文子が、すでに自らと違う政治思想の道を歩んでいた朴烈を、その差異を超えて愛すると宣言するものでもある。このときの文子はもう虚無主義者ではなく、自分は何主義者かわからないが「個人主義的無政府主義」であろう、と判断していた。人間が権力のない共同体を築く世界について再び想像し始めていたのだ。かつて「私は世の中の『愛』といふものを極端から否定して居ります」(『金子文子』298ページ)とすら言った文子が死の間際に口にした「愛」に、私は断絶を超える巨大な何かを見る。
 映画では文子と朴烈の思想の食い違いとそれに対する苦悩は描写されないため、この言葉は朴烈と意志も運命も共にすることを了承する愛の告白のように聞こえる。しかし「二十六日夜半」の意義は、文子と朴烈という「二人」の関係のなかで位置付けるより、文子という「一個人」の人生がたどり着いた境地であることが重要だと思う。この手記を読み上げるまでにかかった長い長い文子の思索の旅こそ、私は尊重したい。

 最終局面、無期懲役に減刑された二人はそれぞれ異なる刑務所へ移管されることとなる。朴烈は千葉へ、文子は宇都宮へ。映画ではこの離別を決定的なものとして描き、移送のシーンの直後に朴烈が文子の死を告知されるシーンが持ち込まれていた。ここに時系列にまつわる説明はない。
 そのまま鑑賞すれば、いかにも文子は朴烈と別れたことによって自殺を遂げたかのような印象だ。しかし実際に文子が自殺したのは移送から三ヶ月半後のことである。文子が死を選んだ背景については恩赦への抵抗であると解釈する向きが強いが、山田昭次は移送後の三ヶ月半の間に文通のいっさいを禁じられ読書を強く制限されたことを原因の第一として推察している。すなわち判決確定後も続いた転向政策に対する抵抗として自殺が選ばれたと判断しているのだ。
 文子が何を思って自死したかはわからない。文子が遺書を書かなかったとは考えられないが、遺書は残されていない。自殺の理由が一つに絞れるとも思わない。しかし文子が最期の三ヶ月半、読書も文通も抑圧されたまま死ぬまで獄に繋がれる自分を想像していたであろうことは見逃せない。自身の生育環境ではいっさい与えられなかった読み書きと学問を強く志向した文子の人生に照らして考えれば、文子の生から無期限に文字と交感を奪う仕打ちはこれ以上ないほど堪えたことだろう。この苦痛と絶望は、映画ではほとんどあらわれない。

 映画の最後に表示されるテロップも心苦しいものだった。一言一句覚えているわけではないが、朴烈が建国勲章(朝鮮独立に功績のあった個人を表彰する韓国の勲章)を受勲したこと、さらに弁護士布施辰治が日本人として初めて建国勲章を受勲したことが示されていた。もちろん意味はわかる。民族主義者としての朴烈を描いた切実な映画なのだから。帝国主義への抵抗がナショナリズムに接続するのは、朝鮮半島が日本によって搾取され尽くし蹂躙され尽くした以上当たり前だ。何度もいうが明らかに今作の主題は民族主義者としての朴烈なのだ。
 そのうえで、それでも、ここまで文子を取り上げてくれたというのに、結局国から表彰された男の話で終わるのは、やはりどうにもやるせなかった。こんな終わり方をするのなら、わざわざ邦題に文子の名前など入れないでほしかった。
 昨年秋に、文子は「日本人」として二人目の「建国勲章」を受けたという。これは映画公開後のできごとなのでテロップには出てこない。なんども言うが文子は最終的には無政府主義者としてその生涯を終えている。申し訳ないが、死者に鞭打つとはこのことか、と思わずにいられない。

 私は文子が好きだ。心から尊敬し、嫉妬し、感情移入し、今も文子に揺すぶられている。ここまで書き連ねてきた内容は相当私自身の感傷と解釈が含まれているだろうと思う。書かずにいられねえという気持ちだけで書いた。どうしようもないから書いた。
 この文章が今作の勢いを止めることはあってはならないと思う。何度もいうがこの映画に込められた思いは悲痛かつ切実で、歴史的責任を伴う。その一方で、『金子文子と朴烈』があらゆる場所から浮遊する「一人」と「一人」でもあったことを、私は忘れたくないのだ。

「時折は、かつてかうした不逞の一人間が、女性らしくない人間が存在してゐた。そしてこの人間が幾分にせよ、貴方とかなり永い間、しかも深い間交際し続けて来た──と云ふ事実を思い出して下さい。」(『金子文子』333ページ)



参考文献

再審準備会編『朴烈・金子文子裁判記録』黒色戦線社、1991年

(注:同一タイトルの著作として1977年に発行されたものがあるが、こちらは原資料の写真を掲載したものであり、私が入手した1991年度版は活字版である。こちらに掲載されているのは調書が中心で、大審院入り後の公判の内容は掲載されていない。よって公判で語られた言葉はほかの書籍からの孫引きとなっている。)

山田昭次『金子文子──自己・天皇制国家・朝鮮人──』影書房、1996年

金子文子『何がわたしをこうさせたか』岩波書店、2017年

ここ5年ほど、アイスランドや北欧のフェスティバルに積極的に参加している、アイスランド・エアウェイブスhttps://icelandairwaves.is。2013年から数えて5回アイスランドや北欧のフェスティバルに参加し、バルセロナのプリマヴェーラhttps://www.primaverasound.es/には2回、ノルウェイのフェスには最近参加し始めた。

私がNYのインディ・オンライン・ストアの〈インサウンド〉insound.comで働いていた1999年頃、同僚がノルウェイのオスロで開催されるフェスティバル、Øya(オイヤ)https://oyafestivalen.noについて話していたのを覚えている。当時、創業したばかりのインサウンドとØyaは、同じようなアーティストを扱っていた。ノルウェイなんて遠い異国だと思っていたが、NYからは約7時間、時差も6時間で、時差ボケも酷くない。


会場への道

私は2017年に初めてオスロのØyaに参加し、2018年には同じくノルウェイのトロントヘイムで開催されるPstereo(ぺステレオ)https://pstereo.noに参加した。
Øyaは1999年にスタートし、ソニック・ユース、イギー・ポップ、アークティック・モンキーズ、ベックなど、ピッチフォーク系のバンドが出演することを売りにしている。一方、Pstereoは2007年にスタートし、クラフトワーク、モグワイ、ロイクソップ、スロウダイブなど、エレクトロニカ、ポップ、ロックなどのバンドが主に出演している。2019年のØyaのヘッドライナーは、キュア、ロビン、テーム・インパラ、ジェイムス・ブレイク。同じ年、ぺステレオには、ホイットニー、イェーセイアー、ブロック・パーティ、ビッグバンなどが出演した。



コンファレンス

コンファレンス会場


今年2019年は、オスロのBy:Larm(ビ・ラーム)https://bylarm.noに参加した。By:Larmでは音楽フェスと一緒にコンファレンスも行われ、SXSWの北欧版と言える。3日間(今年は2/28-3/2)講義、セミナー、ネットワーキングが昼間に行われ、夜は18の会場で、350ものコンサートが開かれる。By:Larmは北欧の音楽と海外の音楽の出会いの場である。

1998年に始まったBy:larmはスタート当初、バーゲン、トロントへイム、トロムソ、クリスチャンサンドなど毎年異なるノルウェイ内の都市で行われていたが、参加者が増え続けたために大きな会場やホテルが必要になり、2008年からはオスロを拠点としている。

今年のレクチャー内容は、「デジタルミュージックの世の中でアーティストが侵す10の間違い、それを避ける方法。」、「デジタル革新の世の中でアーティストとレーベルはどうやってインパクトを与えるか。」、「ストリーミングの技術は熟したが、収入が公平になるディストリビューション問題。ユーザー中心の世の中でどのように音楽経済を変えることが出来るか。」、「ブランドやスポンサーが古臭さや妥協なくどのように音楽業界に新しい内容を提供出来るか。アーティストは信頼性を損なわず収益を上げるため、スポンサーを利用できるか。」、「自分のバンドはホット。では次は。」、など興味あるトピックが続く。〈シークレットリー・カナディアン〉や〈モ・ワックス〉のA&Rの話や、マネージャー、エージェントからも直接話を訊けて音楽業界で働く人には気になる話題が満載である。



Girl in red

Kelly Moran

ショーケースされるバンドは北欧のバンドが殆どで、2日間で30ほどを駆け足で観た。ノルウェイのマック・デマルコと言われているBrenn.(ブレン)は、演奏は下手だし何がしたいのか分からなかったのだが、とにかく音を掻き鳴らしていて「やってやる!」という姿勢も伝わってきたし、期待のホープに思えた。青とピンクの色違いのジャンプスーツも可愛かった。〈ベラ・ユニオン〉のPom Poko(ポンポコ)は、柔道着風ツナギとバスケットボールのユニフォームというよくわからないアウトフィットだったが、元気一杯エナジー爆発で、ガール・イン・レッドと同じくオーディエンスにダイブしたり、ファンのサポートも熱かった。スウェーデンのMeidavale(メイダヴェール)は、ウォーペイントとワォー・オン・ドラッグスを足したようなサイケデリックな浮遊感が漂うバンドで、黄色のジャンプスーツが可愛かった。〈DFA〉からも作品をリリースするアバンギャルドアーティストの、Nils bech(ニルス・ベック)はストリングス隊をバックに歌い、同時に会場の外に3Dマッピングをしていて、現代的なアートのようなパフォーマンスを見せた。


Selma Judith

Maidavale

土曜日は、Torggata通りで行われるTorggatafestというフリーショーが3時から7時まで8つのお店や会場で行われ、50ほどのバンドがプレイした。さらにアン・オフィシャルパーティが近くで行われ、ビール、アップルサイダー、ビーツ・スープ(!)などが振る舞われた。

SXSWと同じで知り合いが出来ると数珠繋ぎにどんどん人を紹介され、見たいバンドを見逃すという事態に陥るが、ネットワーキングを目的に来る人が殆どである。アジア人は全く見なかったが、中国からのジャーナリスト、DJが来ていた。その他は北欧の違う都市から訪れていた音楽業界の人々だった。彼らはSXSWにも行くらしく、月に一回はNYに行くという人も居て、世界中を飛び回ってるのだなあと。オスロは、レイキャビックやコペンハーゲンと同じく、Wi-Fiや充電場所が何処にでもあり、水道水も飲めるが、アルコールは外では飲めない。日曜日にはフリーマーケットがあったり、少し散歩も出来る、小さいがとても便利なオスロを体験出来た。

大満喫した次の日NYに戻ろうとすると、フライトが悪天候のためキャンセルに。何故かロンドンに行く事になった。旅もフェスも予測出来ないという事で、初のロンドンを楽しむ事にする。


Yoko Sawai
3/4/2019

椅子を持って出かけるだけで、公園や河原、野山や海岸などお気に入りの場所があなただけの酒場やリビングに!
その手軽さと意外な快適さに虜になる人も続出中。インスタでも「#チェアリング」は人気ハッシュタグとなっています。
そんな「チェアリング」の命名者であり提唱者である飲酒ユニット「酒の穴」(パリッコ&スズキナオ)によるチェアリングの手引書が登場!

ライムスター宇多丸、中尊寺まい(ベッド・イン)、和嶋慎治(人間椅子)、コナリミサト(『凪のお暇』)、谷口菜津子(『彼女は宇宙一』)などの豪華ゲストを迎えた実践レポートのほか、おすすめ椅子&アウトドアグッズガイド、チェアリング向きのつまみ徹底検証、100均で揃う便利グッズなど情報充実!


ライムスター宇多丸さん、ラッパーMETEORさんとTBS局内でチェアリング座談会


中尊寺まいさん(ベッド・イン)とお台場チェアリング


和嶋慎治さん(人間椅子)に竹林でチェアリングしながらアウトドア談義


著書のスズキナオ&パリッコ

■著者略歴

スズキナオ
東京生まれのフリーライター。WEBサイト「デイリーポータルZ」「excite bit」「メシ通」などを中心に執筆中。テクノバンド「チミドロ」のメンバーで、大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。パリッコとの共著『酒の穴』(シカク出版)がある。

パリッコ
東京生まれ。酒場ライター、DJ/トラックメイカー、漫画家/イラストレーター、他。酒好きが高じ、2000年代後半よりお酒と酒場関連の記事の執筆を始める。雑誌でのコラムや漫画連載、WEBサイトへの寄稿も多数。著書に『酒場っ子』(スタンド・ブックス)、11人の著名人との対談集『晩酌百景』(シンコーミュージック)など。

■目次

まえがき
チェアリングとは
キャプテンスタッグ全面協力! チェアリング向けアウトドアチェアの世界
「ベッド・イン」ちゃんまいさんと、お台場“トレンディ&アーバン”チェアリング
「人間椅子」和嶋慎治さんと、都内で気軽に自然を感じるチェアリング
すてきナイスチェアリスト名鑑
椅子にプラスで快適さワンランクアップ! コールマンの使えるアウトドアギア
コナリミサトさん×谷口菜津子さんの「チェアリング女子会」
ライムスター宇多丸さん、孤高のラッパーMETEORさんと飲む! TBS生放送スタジオ内でチェアリング
チェアリング向きのおつまみ食べ比べ徹底検証!
ベランダチェアリングの気楽な楽しみ
酒の穴対談「チェアリングのこれまでとこれから」
晴れた日曜にふらっと楽しむ大阪城公園チェアリング
安田理央と愉快な仲間たちによるチェアリング初体験ツアー
ほとんどキャンプ! 川の水に足を泳がせながらの武蔵五日市チェアリング
ちょっと遠出してチェアリングしてみる~茨城県・水海道篇~
都市部で気軽に水辺チェアリング「隅田川テラス」
チェアリングが憧れの雑誌に載った日
秋冬におすすめ、バードウォッチング×チェアリング=バードチェアリング
500円あれば手ぶらでOK! 100均チェアリングを試す
あとがき
年表

K Á R Y Y N - ele-king

 ラビットが出てきたとき、ビョークは彼の音楽を「いわば21世紀型のテクノね」などと呼んでいるが、そのビョークも認めた才能というわけで、〈ミュート〉が肝いりでデビューさせるこのカーリーンも「いわば21世紀型のテクノね」である。アルメニアとシリアをルーツに持ち、アメリカで生まれ育った彼女は、ロンサジェルスで活動をはじめ、やがてNYに移住し、ベルリンにも滞在しながらIDM系の作品を作っている──なんてたしかに21世紀っぽい。プロモ用の写真では、仏教と『スターウォーズ』に影響を受けた衣装を着ているらしい。インターネットのおかげで趣味が地球規模になってきているのだ。
 音楽的にみて、FKAツイッグスやホリー・ハーンドンあたりがカーリーンと似たもの同士ってことになるのだろうけれど、彼女のデビュー・アルバム『ザ・クアンタ・シリーズ』はビョークの『ヴェスパタイン』とも繫がっている。レイキャビックで公演されたオペラに出演中のカーリーンを見てビョークが賞賛したという話だが、そもそもカーリーンがビョークに似ている。その感情のこもった歌い方とエレクトロニクスの実験とのバランスにうえに成り立っているという意味において。
 
 1曲目の“EVER”にはポップのセンスも注がれている。この曲は多分にR&Bからの影響が出ているのだが、しかし、カーリーンの歌声は、ソウルというよりもコクトー・ツインズのエリザベス・フレイザーに近い。いわゆるエーテル系、彼女のエレクトロニック・ミュージックにおいては彼女自身の声が音のパーツのひとつとして使われている。声はこの作品の聴き所なので、注意深く聴いて欲しい。彼女のちょっとしたアイデアが随所で楽しめる。
 カーリーンのメロディラインには、おそらくはアルメニア人である父親の影響が大きいと思われる。西欧でも東洋でもブラックでもない。独特の節回しがところどころで聴ける。まあこれはつまり、グローバル・ミュージックである。
 そして『ザ・クアンタ・シリーズ』にはメランコリーが充満している。シリア内戦の悲劇を歌っている曲もある。これはとても重たいテーマだ。ほかのいくつかの曲でも悲しみが歌われているし、最後の曲などはレクイエムと言ってもいいだろう。と同時に、これはちょっと面白かったのだが、彼女の歌詞にはコンピュータに関する単語がときおり出てくるし、サウンドのところどころからはある種機械へのフェティシムズムも感じなくもない。彼女が歌う「二進法で愛して」という言葉の意味はぼくにはよくわからないけれど、ひょっとしたら彼女は人間に絶望しているのかもしれない。それこそフィリップ・K・ディックの世界で、アンドロイドのほうがよほど人間らしいやという逆説である。しかしまあ、それと同時に、恋人への思いが綴られているわけで、恋物語のアルバムとしても聴ける。かなり風変わりな。

 それではいったいこのアルバムはいつ聴いたら良いんだろうかという問題がある。ぼくは真夜中に聴くことをオススメする。ちなみに彼女のもっとも素晴らしい瞬間は、2曲目の“YAJNA”という曲にある。これは最高に格好いいです。

柴田聡子 - ele-king

 いったいこの違和感はなんなんだ。羅針盤による“ロビンソン”のカヴァーを初めて聴いたのは高校生の頃だったと思う。既存のヒット・ソングをほかの誰かが歌ったときに不可避的に生じるような、たんなる印象上の齟齬ではない。もっと深いレヴェルでの違和、いうなれば恐怖体験にもつうじるもの──当時はその正体がなんなのかわからなかったし、それから20年近くが経過したいまでもけっして明確に分析できているわけではないけれど、遠近法をエクスキューズに振り返るならそれは、ポップ・ソングが歌唱法や音響上のアプローチの変更によっていかようにも異化されうるのだということにたいする、素朴な驚きだったんだろう。すでにトータスやザ・シー・アンド・ケイクには触れていたくせに、まだその勘所には気がついていなかったというわけだ。

 それとはやや位相の異なる話ではあるけれど、かつて ya-to-i のアルバムでゲスト・ヴォーカルを務め、山本精一をプロデューサーに迎えてアルバムを制作した経験もあるシンガーソングライター、柴田聡子の音楽もまた違和に溢れている。それはまず彼女の歌唱法にあらわれていて、その音量の大小のつけ方はちょっとほかに類を見ない独自性を有しているが、よりわかりやすいのは旋律のほうだろう。Jポップではメロディが次にどういう動きを見せるか予測できてしまうケースが多いけど、そんな聴き手の願望を彼女はいともたやすく裏切ってみせる。たとえば『愛の休日』の“あなたはあなた”。まるで THE BLUE HEARTS の“青空”をなぞるようにはじまったはずの主旋律は、しかしそこからは想像もつかない方向へと歩を進めていく。あるいは“思惑”。中盤で挿入される謎めいたパートは、曲全体を構成する典型的なコード進行を宙吊りにしようとしているとしか思えない。

 先日リリースされたばかりの通算5枚目となる新作『がんばれ!メロディー』において柴田は、これまで以上にキャッチーさを追求している。といっても彼女特有の違和が失われてしまっているわけではなくて、たとえば2曲目の“ラッキーカラー”は、コードじたいは王道の展開を見せるし、主題もいわゆる歌謡曲~Jポップのマナーに則っているものの、「なんでそこ行った?」と突っ込みたくなるような跳躍が随所に差し挟まれている。同じことは“結婚しました”や“東京メロンウィーク”についても言えるが、重要なのはそれらのギミックが、けっして奇をてらって施されたもののようには聞こえないという点だ。この違和感は彼女がいちリスナーとして、メインストリームなものとオルタナティヴなものとをとくに区別することなく平等に摂取してきたことの、きわめて自然なあらわれなのだと思う。あまりに自然な、不自然。
 柴田聡子のもうひとつの魅力はそしてもちろん、言葉にたいする音響的なアプローチだ。日本語を外国語のように響かせるその企みは、“好きってなんて言ったらいいの”や“悪魔のパーティー”(『柴田聡子』)、“大作戦”(『愛の休日』)といった曲に最良のかたちで実を結んでいたわけだけれど、それもたぶん彼女にとってはきわめて自然なスタイルなのだろう。今回の新作でも“アニマルフィーリング”の「ときどき」や「アン・ドゥ・トㇿワ」、“佐野岬”の「レジェンド」なんかは、こうやって文字を視覚的に認識しているだけでは想像もつかない、不思議な響きを伴って私たちの耳元へと降り注いでくる。

 とそんなふうに『がんばれ!メロディー』には、彼女のオリジナリティともいえる「自然な不自然」が相変わらずいっぱい詰め込まれているわけだけど、これまでとは異なっている部分もある。そのひとつは歌詞で、たとえば“ぼくめつ”や“サン・キュー”(『柴田聡子』)、“遊んで暮らして”(『愛の休日』)あたりで試みられていた、通俗的な価値観にたいする諷刺や皮肉(「オリンピックなんてなくなったらいいのに」「酒が飲みたきゃ墓場へ行けよ」「男やってたつもりないけど」)は影を潜め、比較的ストレートな言葉遣いが増えている(まあ“佐野岬”の「3万借りたら5万返す」なんかは、いわゆる奨学金の返済やリボ払いのようなローン地獄を想起させる点でアイロニカルではあるが)。
 サウンド面での変化も大きい。おそらくは前回の“後悔”が転機となったのだろう、弾き語りないしそれに準じたスタイルは減退し、そのぶんバンド・アンサンブルに磨きがかかっている。冒頭“結婚しました”における岡田拓郎のファンキーなギター・カッティング、かわいしのぶのベースとイトケンのドラムが織り成すじつに快活なグルーヴは、SSWとしての「柴田聡子」の成熟以上に「柴田聡子inFIRE」というバンドの結束力を伝えてくれる。

 中盤の“いい人”もおもしろい曲で、背後に忍ばされた佐藤秀徳のフリューゲルホルンは、柴田の発する言葉の響きを中和すると同時に、その「不自然さ」を増殖させる役を担ってもいるが、より強烈なのは“ワンコロメーター (ALBUM MIX)”だろう。ヴォーカルよりも国吉静治によるユーモラスなフルートのループ、柴田自身の手によるプログラミング~オムニコードのほうへと耳を誘導するこの曲のつくりは、前作の表題曲“愛の休日”のエレクトロニックな路線を発展させたものと言える(歌詞のうえでも「コロ」という共通項がある)。あるいは“セパタクローの奥義 (ALBUM MIX)”も異彩を放っていて、連呼される「セパタクロー」という言葉の音響性、ある時期のダーティ・プロジェクターズを思わせるコーラス、酩酊的な大正琴、ころころと耳をくすぐるSE、フルート、それらが渾然一体となってこちらへ押し寄せてくるさまは、Jポップ的なものとフォーク・ソング的なもの、その双方に喧嘩をふっかけているかのようだ。

 シンガーソングライターというポジションをしっかりとキープしつつ、歌謡曲やJポップの流儀にアレルギー反応を示すこともなく、他方で網守将平のエレクトロニカや《《》》のインプロヴィゼイションとも軽やかに接続していく柴田聡子は、かつて山本精一が開拓した尖鋭的な歌モノの系譜に連なる音楽家である──そう分類することも一応は可能だろう。けれども、しかし、彼女はもっとナチュラルだ。もっと自然な感じで、不自然だ。その違和感に勝る魅力なんて、そうそう多くありはしまい。

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